台本概要
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タイトル | 今宵も頁を紐解いて_No.03 小川未明「月夜と眼鏡」より |
---|---|
作者名 | ラーク (@atog_field) |
ジャンル | コメディ |
演者人数 | 4人用台本(男2、女2) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
古本屋の整理を手伝う文学部生とそこに訪れる高校生。
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キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ハリマ | 男 | 64 | ハリマ ユウイチ 二十歳。陽明館大学二年。男性。 一人称は「僕」。 視力は二・〇。 |
イズモ | 女 | 68 | 二十代。古本屋「夜見書堂」店主。女性。 一人称は「あたし」。 視力は〇・五(普段はコンタクト使用)。 |
スオウ | 女 | 56 | スオウ キキョウ 二十歳。陽明館大学二年。女性。 一人称は「私」。 視力は八・〇 ※本人談。マサイ族の視力を聞いたときに 「私と同じだ~!」と発言。 |
イセ | 男 | 36 | イセ ミツル 十七歳。男子高校生。 一人称は「ぼく」。 視力は二・〇(伊達メガネ)。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
ハリマ:よい……しょっと。げほっげほっげほっ。
スオウ:わぁ、ハリハリ。すごい埃!
イズモ:あんまり雑に扱わないでもらえるかしら? 大事な売り物なんだから。
ハリマ:だって言うなら、イズモさんもちゃんと動いてもらっていいですか?
イズモ:あら、ごめんなさい。
ハリマ:って言うならせめて目だけでもこっちに向けてくれません!? ページ捲るな!
イズモ:あなた。自分の部屋を掃除することあるかしら?
ハリマ:えっ。そりゃあまあ、たまには。
イズモ:本棚を整理してるときに、昔好きだった漫画が出てくることがある。
ハリマ:はぁ。
イズモ:そんなとき、ついついそれを開いてしまったが最後。気づいたら数時間が経ってる。そんなことない?
スオウ:あっ、それめちゃくちゃあります! 何なんですかねあれ? 私なんか掃除しようと思いつつ初手漫画の時もありますよ!
ハリマ:それはもうそもそも掃除する気ないんじゃない?
イズモ:今、あたしはその状態になってるの。
ハリマ:そんなさも当然みたいに言わないでくださいよ。……何読んでるんです?
イズモ:「定本小川未明童話全集」。
ハリマ:小川……?
イズモ:あら、あなた小川未明を知らないのかしら? 文学部に通っているのに?
ハリマ:……すみません。
イズモ:謝る速度だけは一人前ね。その速度で蔵書整理もしてくれないかしら。
ハリマ:何だこれ、僕が悪いのか?
スオウ:私知ってる! 「赤い蝋燭と人魚」とか「月夜と眼鏡」書いた人ですよね!
イズモ:スオウさんは優秀ね。この箱も棚に入れてくれるかしら?
スオウ:えっへん! 任せてください!
ハリマ:うまく使われてるな……
イズモ:ほら、ハリマ君もさっさと動きなさいな。終わったらお茶くらいはおごってあげるから。
ハリマ:これだけ労働させといてお茶!? って言いながらこっちをちらとも見ようとしないし!
イズモ:今、いいところなの。
ハリマ:そんないいところとかあるんですか? 童話なんですよね?
イズモ:童話に山場があっちゃいけないのかしら? あなた山場がある童話読んだことないの?
ハリマ:いや、なんていうか……童話ってイマイチあんまり読んだことないんですよね。小さい頃はあんまり本とか読んでなかったですし。
イズモ:今の子は、あんまり本を読まないんでしょうね。
スオウ:私は好きでしたよ! 宮沢賢治とか、新見南吉とか、寺村輝夫とか!
ハリマ:あーそっか、宮沢賢治とかも童話書いてたんだっけ。
スオウ:そうだよー! クラムボンはかぷかぷ笑ったよ、とか。
ハリマ:クラムボン?
イズモ:あなた。本当に何にも知らないのね。
ハリマ:何かしゃべるたびに自分の無知を露呈させている気が。
スオウ:宮沢賢治の「やまなし」。なんか不思議な世界観で私、好きでした。
イズモ:宮沢賢治は、自分の暮らす現実世界に独自の不可思議性を与えて作品を作り出すのが上手よね。子どもの想像力と感覚的に理解する力、それらを育むのにもぴったり。
スオウ:何かよくわからないですけど、そういうことです!
イズモ:うふふ。スオウさんは面白いわね。
スオウ:面白いですか? うれしいなあ。ハリハリ、面白いって言われたよ!
ハリマ:馬鹿にされてるんじゃない?
イズモ:失礼ね。あたしは人を馬鹿にするときは直球で言うわよ。そんなやらしい婉曲的な方法は使わない。
ハリマ:いったいどの口が……
スオウ:イズモさん、この本はどちらに?
イズモ:話してたらちょうど児童文学の箱になったわね。それは入り口の左脇の棚にお願い。
ハリマ:それにしても。こんなにたくさんの入荷品、どうやって入手したんですか?
イズモ:持ち主が死んだのよ。
ハリマ:えっ?
0:少し間が空く
イズモ:昔から懇意にしている蔵書家さんがいてね。もう結構なお年だったのだけれど、先日亡くなられたのよ。
ハリマ:ああよかった、イズモさんが殺したとかじゃないんですね。
イズモ:あなたがそんなにお望みなら、ただ働きにしてあげてもいいけど?
ハリマ:大変失礼しました。
スオウ:それで、そのご家族とかから譲ってもらったんですか?
イズモ:そういうこと。蔵書家が亡くなると大変なのは遺族なのよ。本なんて重いし、処分しようとしても大変だし、どれだけの価値があるかわからないしね。だから、あたしがそれをお手伝いしてあげたの。
スオウ:何かそれ、いいですね。こうやって古書店を営んでる人が引き取ってくれれば、捨てるよりは気分もいいですし。
イズモ:あたしも安く買い付けができるしね。
ハリマ:あ、本音が出ましたね。
イズモ:いいのよ。あちらはただで蔵書を処分できる。こっちは安く売り物が確保できる。どっちもウィンウィンなんだから。
スオウ:本って、持ち主の趣味も出ますし、なんかこう……〝想い〟みたいなのも宿ると思うんですよね。それを捨てるのって何か気が引けて。私はそっちのほうがいいと思います!
ハリマ:それは僕もいいことだと思うんですけど……それで働かされてる立場としては、ちょっと複雑です。
イズモ:思ったより量が多くてねえ。幸い、大口の取引があって場所が空いたからちょうどよかったのだけれど。
ハリマ:大口の取引……? 古書店でそんなのあるんですか?
イズモ:とある作家さんが資料になる書物がほしいってね。根こそぎ買ってったの。
スオウ:根こそぎ!? すご!
イズモ:お陰様で専門書関係の棚は空っぽ。その空いたところにこれらを入れてるから、在庫のバランスは悪くなっちゃうんだけど。もともと専門書の中古品なんてほっとんど売れないからあんまり関係ないわね。……あ、この箱そっちに入れてもらえる?
スオウ:はい! お任せを。ほら、ハリハリ、持ってきて。
ハリマ:はいはい……ってこれ、イズモさんの担当分じゃないですか?
イズモ:あたしはこっちでやることあるから。
ハリマ:だーかーら! ページをめくるな! やることってそれですか。
スオウ:まあまあ、いつもお世話になってるんだし、これくらいやったげようよ。
イズモ:そうよぉ。いっつもろくに買い物もせず冷やかしばっかりやってるんだから、こんな時くらい手伝ったって罰は当たらないわよ。
ハリマ:うぅ……それを言われるとつらい。
イズモ:早くしないと日が暮れちゃうわよー。って、もう日は暮れちゃってるわね。
スオウ:うっそ。もうこんな時間?
イズモ:大丈夫スオウさん。何かご予定があるなら、ここで切り上げてもらっちゃってもいいけど。あとはハリマ君がやってくれるから。
スオウ:ああいや、今日はバイトもないので大丈夫です! 純粋に時間の流れって早いなあって思っただけなので。
ハリマ:……今の言い方、認識違いでなければ僕に帰るという選択肢が与えられてなかったように思うのですが。
イズモ:よく気付いたわね。安心して、認識違いじゃないわ。
ハリマ:この店の中では僕の人権はないのか……
スオウ:ん……イズモさーん。
イズモ:どうしたの、スオウさん。
スオウ:今たまたま気づいたんですけど。これ。表紙の裏になんかハンコみたいなのが押されてるんですけど。
イズモ:あら、ちょっと見せてもらっていいかしら?
ハリマ:あ、僕のところにあるのにも押されてる。……これ、まさか全部に押されてます?
イズモ:ああ。これは蔵書印ね。
ハリマ:ゾウショイン?
イズモ:文学部に通っていながら……と言いたいところだけれど。反応を見るにスオウさんも知らないみたいだからいいわ。蔵書印っていうのは、図書館や蔵書家が自分のところの蔵書であることを表すために押す印のことを言うの。
ハリマ:印が押されてるのに、売り物にしちゃって大丈夫なんですか?
イズモ:蔵書印が押されていると売り物にできなかったら、古本屋なんてやっていけないわよ。押されてる印によっては、プレミアがついたりもするからね。
スオウ:プレミア!? え、じゃあこの本も高くなったりするんですか。
イズモ:残念ながら。市井の個人蔵書家じゃあ価値は大して変わらないわね。有名な作家の蔵書だったり、歴史ある文庫のものだったりしたら、話は変わるけど。
スオウ:あー確かに。有名作家の蔵書なんて、そのファンにとってはすいたんものだもんねぇ。
ハリマ:すいぜん(垂涎)な。イズモさん、こういう語彙の間違いは何か言わないんですか?
イズモ:「涎」をゼンって読むのって、難しいわよねえ。
スオウ:ですよねえ!
ハリマ:……何か、とてつもない理不尽を感じる。
スオウ:それにしても、この印鑑って何て書いてあるかわかりづらいなあ。日本語ですか?
イズモ:日本語よお。篆書体。歴史ある字体だから覚えておきなさい。
スオウ:へえぇ……何て書いてあるんです?
イズモ:これはねえ。
イセ:あの、すみません。
イズモ:あら、いらっしゃい。ごめんなさいね、今蔵書を整理してて散らかってるの。気にしないなら入っていいわよ。
イセ:あ、すみません。ちょっと失礼します。
ハリマ:(イズモに耳打ち)いいんですか、こんな状態の店に入れて。
イズモ:いいわよそれくらい。それに、あの子はただのお客じゃないから。
ハリマ:ただのお客じゃない……? それってどういう。
スオウ:きみ、高校生?
ハリマ:!? スオウ、いくら何でも初対面でしかもお客さんに話しかけるのは……
イセ:はい、高校二年です。
スオウ:名前はなんていうの?
イセ:イセミツルって言います。……(ハリマのほうを向いて)どうかされました?
ハリマ:い、いや。何でもない、です。
スオウ:高校生かー。わっかいなー。
イセ:お姉さんも、若く見えますが。
スオウ:あら、思ったより口がうまい! ハリハリより口がうまいよ!
ハリマ:悪かったな口下手で。ほら、お客さんなんだしその辺で……
スオウ:今日は本を買いに来たの?
ハリマ:人の話聞かないねスオウ!
イセ:まあ、そんなところです。……お姉さんたちは、このお店の人?
スオウ:んー、まあそんなとこ。もし場所を教えてほしいとかあったらお姉さんに言ってくれれば案内するよ!
イセ:ありがとうございます。もしかしてお姉さんたち、陽明館大の学生さんですか?
スオウ:よくわかったね。顔にでも書いてた?
イセ:いや……顔には何も。キレイな顔ですよ。
スオウ:キャー何この子! ハリハリ、この子女の子の扱い上手い!
ハリマ:いちいち報告しなくていいよ……
イセ:何か陽明館大の学生さんで面白い人が最近店に来るようになったって、イズモさんが。
ハリマ:え、そんなこと言ってたのイズモさん。君、イズモさんとどういう関係なの?
イセ:どういう関係というか……まあ、たまにこのお店に来てお話をするだけですよ。
スオウ:常連さんなのね。若いのに古書店に来るなんて感心感心。
イセ:本、好きなので。
スオウ:ますます感心! 高校二年生だっけ? 卒業したらウチ(陽明館大)に来なよ!
イセ:陽明館大は受けるつもりですよ。
スオウ:お、ほんと!?
イセ:はい。滑り止めですけど。
スオウ:……ハリハリ~、この子突然かわいくなくなった!
ハリマ:聞こえてるよ。でも、うちが滑り止めとかすごいね。第一志望ワセダとか?
イセ:いえ、東大です。
ハリマ:東大? なら滑り止めももう少しランク高いところ行けるんじゃ。
イセ:陽明館大、家から近いので。
ハリマ:……絶妙にかわいくないなあ。
イズモ:本人の前でかわいくないとか、どういう神経してるのかしら?
イセ:あ、イズモさん。
ハリマ:本当にごめんなさいね。この子、礼儀というものがなってないの。
ハリマ:いや、最初にかわいくないって言いだしたのはスオウで……
スオウ:(割り込んで)ひっどいですよねえ。こんな可愛い高校生に。
ハリマ:こんの裏切り者が!
イズモ:失礼な輩は置いといて。今日の目的は、これ、だね。
イセ:あ、これですこれです。やっぱりここにあったんですね。
イズモ:箱の底にあったわ。電話くれたら持って行ったのに。
イセ:いえ、いいんです。大切なものですし。お母さんに渡されちゃうと捨てられてしまうかもしれないので。
スオウ:なになに、それ?
イセ:眼鏡です。
スオウ:眼鏡? イセくんの?
イセ:はい。
スオウ:またふっるそうな丸眼鏡だね!
イセ:そうですね、かなり古いと思います。でも、お気に入りなんです。味があると思いませんか?(かけてみる)
スオウ:味……かどうかはわからないけど、何かそれかけてると戦前のブンゴウに見えてくるね。
ハリマ:確かに。白黒写真に写ってそう。
イズモ:初対面の人に、失礼ね。
スオウ:えーっ、イズモさんもそう思いません?
イズモ:まあ、思うわね。
ハリマ:思うんじゃないですか!
イズモ:原民喜とか葉山嘉樹とか、そんな感じに見えるわ。
ハリマ:どちらも作家なのはわかるけど、ビジュアルが思い浮かばない……
イセ:光栄です。そんな作家たちと並べていただけるなんて。
ハリマ:君……なかなか変わってるね。
イセ:そうですか?
ハリマ:うん、なかなか。
イセ:確かに、お母さんには頗る不評です。こんな眼鏡さっさと捨ててしまいなさいって。
スオウ:えー、何それひどい。捨てろはさすがに言いすぎだよー!
イセ:ですよね。祖父の形見なので、捨てるのは絶対に嫌です。
スオウ:それ、おじいさんの形見なんだ?
イセ:はい。正確には、形見になってしまった、ですけど。
スオウ:え?
イセ:あ、そうだ。イズモさん、もう一つ、あるんです。
イズモ:もう一つ?
イセ:はい。今お持ちの、それです。
イズモ:これ?
イセ:それ、さっきまでイズモさんが読んでた全集……?
イズモ:そう、これもあなたの大切なモノなのね。いいわ。返してあげる。
イセ:ありがとうございます。これだけでも、手元に残しておきたかったのですが……
イズモ:そういえば引取にうかがったとき、あなたいなかったわね。
イセ:お母さんが、ぼくのいないうちに全部処分しようとしたんだと思います。
イズモ:ちゃんとあなたにも、確認しておけばよかったわね。
イセ:いえ。聞かれてもぼくにはどうしようもなかったと思いますし。祖父もきちんと文面で残したわけではないので。でも、眼鏡とこの一冊だけは、宝物だったから。
スオウ:宝物の一冊があるって、なんかいいね。
イセ:そうですか?
スオウ:そうです! 私もそういうの、ほしいなあ。
0:少し間
イセ:あ、すみません、そろそろ帰らないと!
スオウ:ええっ、もう帰っちゃうの?
ハリマ:そりゃ、もうこんな時間だし……
イセ:塾の帰りだったんです! 早く帰らないと、晩御飯片づけられちゃう。
イズモ:また今度、ゆっくり来なさいな。
イセ:はいありがとうございます! お姉さんとお兄さんも、また今度!
スオウ:……行っちゃった。
ハリマ:すごい速さで走ってったね。陸上でもしてるのかな。
イズモ:ふふっ。
ハリマ:何かおかしいことでもありましたか?
イズモ:いいえ。でもなんだか、こちょうみたい、って。
スオウ:こちょう……?
イズモ:さっき、あの子が来る前。蔵書印の話をしてたわね。
ハリマ:あ、そういえばそうでしたね。
イズモ:この本たちに押されている印には、「伊勢満文庫」って書かれてるの。
スオウ:イセマンブンコ?
イズモ:読み方はおそらく語呂がよくなるように音読みにしたのでしょうけど。きっとこの持ち主は、自分の亡き後蔵書をお孫さんに遺したかったのでしょうね。
ハリマ:あーなるほど……。イセくんはそれを知ったうえで、一冊だけでも手元にって思って取りに来たんですね。
イズモ:おそらくは、ね。さーて、今日はここまでにして、ご飯でも食べに行きましょうか。
ハリマ:え、でもまだ整理終わって……
イズモ:もう遅くなっちゃったから、あとは明日でいいわよ。ほら、奢ってあげるからごはん、行きましょ。
スオウ:(伸びをしながら)んーーーーっ、疲れたぁ。
イズモ:あら、今日は満月ね。
スオウ:わ、本当だ! まんまる!
ハリマ:そういえば、こうやってちゃんと月を見るのっていつ以来だろう。
イズモ:現代人は、月を愛でるなんて習慣、ほとんどなくしてしまったものね。……私も含めて。
スオウ:あ! 満月で思い出したけど、私明日バイトだ!
ハリマ:満月関係なくない? ……あれ、もしかしてイズモさん、明日も僕に手伝ってもらおうとしてます?
イズモ:当たり前でしょ。明日は土曜日だから、大学も休みよね? 朝から手伝ってもらえるわー。
ハリマ:あーーっ! そういえば、僕もバイトが……
スオウ:なーに言ってんの、ハリハリ私とバイト先おんなじでしょ? 明日はシフト入ってなかったはずだけど?
うっ……
ハリマ:イズモ:スオウさん、ありがとう。ってわけで、明日は九時にお店に来てね。
ハリマ:うわああああせっかくの休みがあああああ!
イズモ:ふふっ。
イズモ:(少し間)……本当に、いい月夜ね。
ハリマ:よい……しょっと。げほっげほっげほっ。
スオウ:わぁ、ハリハリ。すごい埃!
イズモ:あんまり雑に扱わないでもらえるかしら? 大事な売り物なんだから。
ハリマ:だって言うなら、イズモさんもちゃんと動いてもらっていいですか?
イズモ:あら、ごめんなさい。
ハリマ:って言うならせめて目だけでもこっちに向けてくれません!? ページ捲るな!
イズモ:あなた。自分の部屋を掃除することあるかしら?
ハリマ:えっ。そりゃあまあ、たまには。
イズモ:本棚を整理してるときに、昔好きだった漫画が出てくることがある。
ハリマ:はぁ。
イズモ:そんなとき、ついついそれを開いてしまったが最後。気づいたら数時間が経ってる。そんなことない?
スオウ:あっ、それめちゃくちゃあります! 何なんですかねあれ? 私なんか掃除しようと思いつつ初手漫画の時もありますよ!
ハリマ:それはもうそもそも掃除する気ないんじゃない?
イズモ:今、あたしはその状態になってるの。
ハリマ:そんなさも当然みたいに言わないでくださいよ。……何読んでるんです?
イズモ:「定本小川未明童話全集」。
ハリマ:小川……?
イズモ:あら、あなた小川未明を知らないのかしら? 文学部に通っているのに?
ハリマ:……すみません。
イズモ:謝る速度だけは一人前ね。その速度で蔵書整理もしてくれないかしら。
ハリマ:何だこれ、僕が悪いのか?
スオウ:私知ってる! 「赤い蝋燭と人魚」とか「月夜と眼鏡」書いた人ですよね!
イズモ:スオウさんは優秀ね。この箱も棚に入れてくれるかしら?
スオウ:えっへん! 任せてください!
ハリマ:うまく使われてるな……
イズモ:ほら、ハリマ君もさっさと動きなさいな。終わったらお茶くらいはおごってあげるから。
ハリマ:これだけ労働させといてお茶!? って言いながらこっちをちらとも見ようとしないし!
イズモ:今、いいところなの。
ハリマ:そんないいところとかあるんですか? 童話なんですよね?
イズモ:童話に山場があっちゃいけないのかしら? あなた山場がある童話読んだことないの?
ハリマ:いや、なんていうか……童話ってイマイチあんまり読んだことないんですよね。小さい頃はあんまり本とか読んでなかったですし。
イズモ:今の子は、あんまり本を読まないんでしょうね。
スオウ:私は好きでしたよ! 宮沢賢治とか、新見南吉とか、寺村輝夫とか!
ハリマ:あーそっか、宮沢賢治とかも童話書いてたんだっけ。
スオウ:そうだよー! クラムボンはかぷかぷ笑ったよ、とか。
ハリマ:クラムボン?
イズモ:あなた。本当に何にも知らないのね。
ハリマ:何かしゃべるたびに自分の無知を露呈させている気が。
スオウ:宮沢賢治の「やまなし」。なんか不思議な世界観で私、好きでした。
イズモ:宮沢賢治は、自分の暮らす現実世界に独自の不可思議性を与えて作品を作り出すのが上手よね。子どもの想像力と感覚的に理解する力、それらを育むのにもぴったり。
スオウ:何かよくわからないですけど、そういうことです!
イズモ:うふふ。スオウさんは面白いわね。
スオウ:面白いですか? うれしいなあ。ハリハリ、面白いって言われたよ!
ハリマ:馬鹿にされてるんじゃない?
イズモ:失礼ね。あたしは人を馬鹿にするときは直球で言うわよ。そんなやらしい婉曲的な方法は使わない。
ハリマ:いったいどの口が……
スオウ:イズモさん、この本はどちらに?
イズモ:話してたらちょうど児童文学の箱になったわね。それは入り口の左脇の棚にお願い。
ハリマ:それにしても。こんなにたくさんの入荷品、どうやって入手したんですか?
イズモ:持ち主が死んだのよ。
ハリマ:えっ?
0:少し間が空く
イズモ:昔から懇意にしている蔵書家さんがいてね。もう結構なお年だったのだけれど、先日亡くなられたのよ。
ハリマ:ああよかった、イズモさんが殺したとかじゃないんですね。
イズモ:あなたがそんなにお望みなら、ただ働きにしてあげてもいいけど?
ハリマ:大変失礼しました。
スオウ:それで、そのご家族とかから譲ってもらったんですか?
イズモ:そういうこと。蔵書家が亡くなると大変なのは遺族なのよ。本なんて重いし、処分しようとしても大変だし、どれだけの価値があるかわからないしね。だから、あたしがそれをお手伝いしてあげたの。
スオウ:何かそれ、いいですね。こうやって古書店を営んでる人が引き取ってくれれば、捨てるよりは気分もいいですし。
イズモ:あたしも安く買い付けができるしね。
ハリマ:あ、本音が出ましたね。
イズモ:いいのよ。あちらはただで蔵書を処分できる。こっちは安く売り物が確保できる。どっちもウィンウィンなんだから。
スオウ:本って、持ち主の趣味も出ますし、なんかこう……〝想い〟みたいなのも宿ると思うんですよね。それを捨てるのって何か気が引けて。私はそっちのほうがいいと思います!
ハリマ:それは僕もいいことだと思うんですけど……それで働かされてる立場としては、ちょっと複雑です。
イズモ:思ったより量が多くてねえ。幸い、大口の取引があって場所が空いたからちょうどよかったのだけれど。
ハリマ:大口の取引……? 古書店でそんなのあるんですか?
イズモ:とある作家さんが資料になる書物がほしいってね。根こそぎ買ってったの。
スオウ:根こそぎ!? すご!
イズモ:お陰様で専門書関係の棚は空っぽ。その空いたところにこれらを入れてるから、在庫のバランスは悪くなっちゃうんだけど。もともと専門書の中古品なんてほっとんど売れないからあんまり関係ないわね。……あ、この箱そっちに入れてもらえる?
スオウ:はい! お任せを。ほら、ハリハリ、持ってきて。
ハリマ:はいはい……ってこれ、イズモさんの担当分じゃないですか?
イズモ:あたしはこっちでやることあるから。
ハリマ:だーかーら! ページをめくるな! やることってそれですか。
スオウ:まあまあ、いつもお世話になってるんだし、これくらいやったげようよ。
イズモ:そうよぉ。いっつもろくに買い物もせず冷やかしばっかりやってるんだから、こんな時くらい手伝ったって罰は当たらないわよ。
ハリマ:うぅ……それを言われるとつらい。
イズモ:早くしないと日が暮れちゃうわよー。って、もう日は暮れちゃってるわね。
スオウ:うっそ。もうこんな時間?
イズモ:大丈夫スオウさん。何かご予定があるなら、ここで切り上げてもらっちゃってもいいけど。あとはハリマ君がやってくれるから。
スオウ:ああいや、今日はバイトもないので大丈夫です! 純粋に時間の流れって早いなあって思っただけなので。
ハリマ:……今の言い方、認識違いでなければ僕に帰るという選択肢が与えられてなかったように思うのですが。
イズモ:よく気付いたわね。安心して、認識違いじゃないわ。
ハリマ:この店の中では僕の人権はないのか……
スオウ:ん……イズモさーん。
イズモ:どうしたの、スオウさん。
スオウ:今たまたま気づいたんですけど。これ。表紙の裏になんかハンコみたいなのが押されてるんですけど。
イズモ:あら、ちょっと見せてもらっていいかしら?
ハリマ:あ、僕のところにあるのにも押されてる。……これ、まさか全部に押されてます?
イズモ:ああ。これは蔵書印ね。
ハリマ:ゾウショイン?
イズモ:文学部に通っていながら……と言いたいところだけれど。反応を見るにスオウさんも知らないみたいだからいいわ。蔵書印っていうのは、図書館や蔵書家が自分のところの蔵書であることを表すために押す印のことを言うの。
ハリマ:印が押されてるのに、売り物にしちゃって大丈夫なんですか?
イズモ:蔵書印が押されていると売り物にできなかったら、古本屋なんてやっていけないわよ。押されてる印によっては、プレミアがついたりもするからね。
スオウ:プレミア!? え、じゃあこの本も高くなったりするんですか。
イズモ:残念ながら。市井の個人蔵書家じゃあ価値は大して変わらないわね。有名な作家の蔵書だったり、歴史ある文庫のものだったりしたら、話は変わるけど。
スオウ:あー確かに。有名作家の蔵書なんて、そのファンにとってはすいたんものだもんねぇ。
ハリマ:すいぜん(垂涎)な。イズモさん、こういう語彙の間違いは何か言わないんですか?
イズモ:「涎」をゼンって読むのって、難しいわよねえ。
スオウ:ですよねえ!
ハリマ:……何か、とてつもない理不尽を感じる。
スオウ:それにしても、この印鑑って何て書いてあるかわかりづらいなあ。日本語ですか?
イズモ:日本語よお。篆書体。歴史ある字体だから覚えておきなさい。
スオウ:へえぇ……何て書いてあるんです?
イズモ:これはねえ。
イセ:あの、すみません。
イズモ:あら、いらっしゃい。ごめんなさいね、今蔵書を整理してて散らかってるの。気にしないなら入っていいわよ。
イセ:あ、すみません。ちょっと失礼します。
ハリマ:(イズモに耳打ち)いいんですか、こんな状態の店に入れて。
イズモ:いいわよそれくらい。それに、あの子はただのお客じゃないから。
ハリマ:ただのお客じゃない……? それってどういう。
スオウ:きみ、高校生?
ハリマ:!? スオウ、いくら何でも初対面でしかもお客さんに話しかけるのは……
イセ:はい、高校二年です。
スオウ:名前はなんていうの?
イセ:イセミツルって言います。……(ハリマのほうを向いて)どうかされました?
ハリマ:い、いや。何でもない、です。
スオウ:高校生かー。わっかいなー。
イセ:お姉さんも、若く見えますが。
スオウ:あら、思ったより口がうまい! ハリハリより口がうまいよ!
ハリマ:悪かったな口下手で。ほら、お客さんなんだしその辺で……
スオウ:今日は本を買いに来たの?
ハリマ:人の話聞かないねスオウ!
イセ:まあ、そんなところです。……お姉さんたちは、このお店の人?
スオウ:んー、まあそんなとこ。もし場所を教えてほしいとかあったらお姉さんに言ってくれれば案内するよ!
イセ:ありがとうございます。もしかしてお姉さんたち、陽明館大の学生さんですか?
スオウ:よくわかったね。顔にでも書いてた?
イセ:いや……顔には何も。キレイな顔ですよ。
スオウ:キャー何この子! ハリハリ、この子女の子の扱い上手い!
ハリマ:いちいち報告しなくていいよ……
イセ:何か陽明館大の学生さんで面白い人が最近店に来るようになったって、イズモさんが。
ハリマ:え、そんなこと言ってたのイズモさん。君、イズモさんとどういう関係なの?
イセ:どういう関係というか……まあ、たまにこのお店に来てお話をするだけですよ。
スオウ:常連さんなのね。若いのに古書店に来るなんて感心感心。
イセ:本、好きなので。
スオウ:ますます感心! 高校二年生だっけ? 卒業したらウチ(陽明館大)に来なよ!
イセ:陽明館大は受けるつもりですよ。
スオウ:お、ほんと!?
イセ:はい。滑り止めですけど。
スオウ:……ハリハリ~、この子突然かわいくなくなった!
ハリマ:聞こえてるよ。でも、うちが滑り止めとかすごいね。第一志望ワセダとか?
イセ:いえ、東大です。
ハリマ:東大? なら滑り止めももう少しランク高いところ行けるんじゃ。
イセ:陽明館大、家から近いので。
ハリマ:……絶妙にかわいくないなあ。
イズモ:本人の前でかわいくないとか、どういう神経してるのかしら?
イセ:あ、イズモさん。
ハリマ:本当にごめんなさいね。この子、礼儀というものがなってないの。
ハリマ:いや、最初にかわいくないって言いだしたのはスオウで……
スオウ:(割り込んで)ひっどいですよねえ。こんな可愛い高校生に。
ハリマ:こんの裏切り者が!
イズモ:失礼な輩は置いといて。今日の目的は、これ、だね。
イセ:あ、これですこれです。やっぱりここにあったんですね。
イズモ:箱の底にあったわ。電話くれたら持って行ったのに。
イセ:いえ、いいんです。大切なものですし。お母さんに渡されちゃうと捨てられてしまうかもしれないので。
スオウ:なになに、それ?
イセ:眼鏡です。
スオウ:眼鏡? イセくんの?
イセ:はい。
スオウ:またふっるそうな丸眼鏡だね!
イセ:そうですね、かなり古いと思います。でも、お気に入りなんです。味があると思いませんか?(かけてみる)
スオウ:味……かどうかはわからないけど、何かそれかけてると戦前のブンゴウに見えてくるね。
ハリマ:確かに。白黒写真に写ってそう。
イズモ:初対面の人に、失礼ね。
スオウ:えーっ、イズモさんもそう思いません?
イズモ:まあ、思うわね。
ハリマ:思うんじゃないですか!
イズモ:原民喜とか葉山嘉樹とか、そんな感じに見えるわ。
ハリマ:どちらも作家なのはわかるけど、ビジュアルが思い浮かばない……
イセ:光栄です。そんな作家たちと並べていただけるなんて。
ハリマ:君……なかなか変わってるね。
イセ:そうですか?
ハリマ:うん、なかなか。
イセ:確かに、お母さんには頗る不評です。こんな眼鏡さっさと捨ててしまいなさいって。
スオウ:えー、何それひどい。捨てろはさすがに言いすぎだよー!
イセ:ですよね。祖父の形見なので、捨てるのは絶対に嫌です。
スオウ:それ、おじいさんの形見なんだ?
イセ:はい。正確には、形見になってしまった、ですけど。
スオウ:え?
イセ:あ、そうだ。イズモさん、もう一つ、あるんです。
イズモ:もう一つ?
イセ:はい。今お持ちの、それです。
イズモ:これ?
イセ:それ、さっきまでイズモさんが読んでた全集……?
イズモ:そう、これもあなたの大切なモノなのね。いいわ。返してあげる。
イセ:ありがとうございます。これだけでも、手元に残しておきたかったのですが……
イズモ:そういえば引取にうかがったとき、あなたいなかったわね。
イセ:お母さんが、ぼくのいないうちに全部処分しようとしたんだと思います。
イズモ:ちゃんとあなたにも、確認しておけばよかったわね。
イセ:いえ。聞かれてもぼくにはどうしようもなかったと思いますし。祖父もきちんと文面で残したわけではないので。でも、眼鏡とこの一冊だけは、宝物だったから。
スオウ:宝物の一冊があるって、なんかいいね。
イセ:そうですか?
スオウ:そうです! 私もそういうの、ほしいなあ。
0:少し間
イセ:あ、すみません、そろそろ帰らないと!
スオウ:ええっ、もう帰っちゃうの?
ハリマ:そりゃ、もうこんな時間だし……
イセ:塾の帰りだったんです! 早く帰らないと、晩御飯片づけられちゃう。
イズモ:また今度、ゆっくり来なさいな。
イセ:はいありがとうございます! お姉さんとお兄さんも、また今度!
スオウ:……行っちゃった。
ハリマ:すごい速さで走ってったね。陸上でもしてるのかな。
イズモ:ふふっ。
ハリマ:何かおかしいことでもありましたか?
イズモ:いいえ。でもなんだか、こちょうみたい、って。
スオウ:こちょう……?
イズモ:さっき、あの子が来る前。蔵書印の話をしてたわね。
ハリマ:あ、そういえばそうでしたね。
イズモ:この本たちに押されている印には、「伊勢満文庫」って書かれてるの。
スオウ:イセマンブンコ?
イズモ:読み方はおそらく語呂がよくなるように音読みにしたのでしょうけど。きっとこの持ち主は、自分の亡き後蔵書をお孫さんに遺したかったのでしょうね。
ハリマ:あーなるほど……。イセくんはそれを知ったうえで、一冊だけでも手元にって思って取りに来たんですね。
イズモ:おそらくは、ね。さーて、今日はここまでにして、ご飯でも食べに行きましょうか。
ハリマ:え、でもまだ整理終わって……
イズモ:もう遅くなっちゃったから、あとは明日でいいわよ。ほら、奢ってあげるからごはん、行きましょ。
スオウ:(伸びをしながら)んーーーーっ、疲れたぁ。
イズモ:あら、今日は満月ね。
スオウ:わ、本当だ! まんまる!
ハリマ:そういえば、こうやってちゃんと月を見るのっていつ以来だろう。
イズモ:現代人は、月を愛でるなんて習慣、ほとんどなくしてしまったものね。……私も含めて。
スオウ:あ! 満月で思い出したけど、私明日バイトだ!
ハリマ:満月関係なくない? ……あれ、もしかしてイズモさん、明日も僕に手伝ってもらおうとしてます?
イズモ:当たり前でしょ。明日は土曜日だから、大学も休みよね? 朝から手伝ってもらえるわー。
ハリマ:あーーっ! そういえば、僕もバイトが……
スオウ:なーに言ってんの、ハリハリ私とバイト先おんなじでしょ? 明日はシフト入ってなかったはずだけど?
うっ……
ハリマ:イズモ:スオウさん、ありがとう。ってわけで、明日は九時にお店に来てね。
ハリマ:うわああああせっかくの休みがあああああ!
イズモ:ふふっ。
イズモ:(少し間)……本当に、いい月夜ね。