台本概要
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タイトル | ラバーズ |
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作者名 | まりおん (@marion2009) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 10 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
わたしに実害が無い範囲で、有料無料に関わらず全て自由にお使いください。 過度のアドリブ、内容や性別、役名の改編も好きにしてください。 わたしへの連絡や、作者名の表記なども特に必要ありません。 一話約3分ほどのお話が20本ほど載せてあります。 お好きな話をチョイスして自由にお使いください。 290 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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男 | 男 | 323 | 色んな年代の男性 |
女 | 女 | 305 | 色んな年代の女性 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:
:一話三分のオムニバス。
:色んな男女の日常を切り取ったお話です。
:お好きな話だけをチョイスして遊んでください。
0:
:
男:1話【最後の写真】
:
女:「ねえ、覚えてる?この写真。」
男:部屋の片付けをしていた彼女が、一枚の写真を懐かしそうに見ながら言った。
男:「ああ、覚えてるよ。確か、初めて二人で海に行った時の写真だよね。」
女:「そう。この後タカシったら、わたしをおんぶしたまま転んじゃってさ。
女: 二人とも砂だらけになっちゃって。」
男:「だって、リカが砂浜を無理矢理走らすから。」
女:「あら、わたしのせい?」
男:「いや、そうは言わないけど、おれにだって言い分はあるって事さ。」
男:彼女は、そんなおれの言い訳を聞くでもなく流した。
女:「ねえ、知ってた?わたしたちが写ってる写真てこれ一枚だけなんだよ。」
男:「そうだっけ?」
女:「そう。わたしが一緒に写真を撮ろうとすると、いつも何か言い訳して。
女: タカシは写真に写りたがらないから。」
男:「あまり写真は好きじゃないんだよ。」
女:「知ってる。でも、二年もつき合ってたんだから、
女: もう少しくらいあってもいいって思わない?」
男:「でも、写真なんか無くても思い出はいっぱい残ってるじゃん。それじゃ駄目なの?」
女:「じゃあタカシは、二人で行った場所、全部ちゃんと覚えてる?
女: いつ、どこに行ったか。どんな事が起こって、どんな気持ちだったか、全て。」
男:「わかったよ。悪かったって。もう良いじゃないか、そんな事。」
女:「駄目よ。あなたの為に言ってるんだから。いい?
女: 写真て言うのは単なる思い出じゃなくて証拠なの、二人が愛し合ってたって言う。
女: 特にあなたの場合はそう。自分にとって嫌な事だからこそ、
女: わたしの為に思い出を残そうとしてくれたって言う愛情の証拠なのよ。
女: その証拠が少ないって事は、相手は不安になるって事よ。」
男:「・・・リカも不安だったって事?」
男:彼女はおれのその問いには答えずに、
男:もう一度写真を見つめてから、それをゴミ袋に捨てた。
女:「あと三十分くらいで手伝ってくれる人が来るから・・・。」
男:「そっか・・・。じゃあ、おれはどこかに出てるよ。
男: 終わったら連絡ちょうだい。」
女:「ゴメンね。」
男:「ううん。・・・じゃあ、元気でね。」
女:「うん、タカシも。仕事、無理しないでね。」
男:「うん・・・。さよなら。」
女:「さよなら。」
男:二時間後、連絡をもらって戻った部屋には、
男:まだうっすらと彼女の香りが残っていた。
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:
男:2話【彼女の笑顔はリンゴ色】
:
女:「はい、これ。実家から送ってきたの。」
男:彼女はそう言って、リンゴをお皿いっぱい持ってきた。
男:「リンゴ?」
女:「そう。青森のおばさん家から、毎年実家にいっぱい送られてくるんだ。美味しいよ。」
男:「あー、おれ、あんまり果物食べないんだよね。」
女:「えー、美味しいのに。なんで?」
男:「果物ってさ、皮をむいたり種を取ったり、食べるの面倒じゃない?
男: その割に、そんなに美味しいと思わないし・・・。」
女:「そうかなぁ・・・。美味しいと思うんだけど。ビタミンだって豊富だし。」
男:「ビタミンとかはサプリメントで摂れるし、わざわざ果物食べなくてもよくない?」
女:「でもこれは、皮をむいてあるんだし、食べるの面倒じゃないでしょ?」
男:「うーん、まあ、そうなんだけど。
男: 果物を食べる習慣自体が無いんだよね。
男: せっかくむいてくれたから食べるけど、こんなには無理だよ。」
女:「そっか。勿体なかったね・・・。」
男:彼女は残念そうにそう言って、リンゴを一つ口に運んだ。
男:「・・・そう言えば、おれ達けっこう食べ物の好みが違うよね。」
女:「そう?」
男:「ほら、おれは甘いものが苦手だけど、ゆかりは甘いもの好きだろ?」
女:「うん。」
男:「おれは酒もあんま飲まないけど、おまえはけっこう飲むじゃん。
男: そういう食べ物の好みってさ、けっこう大きい問題だと思うんだよ。」
女:「そうかなぁ。」
男:「だって長く一緒にいたら、食べ物の好みの違いって耐えられなくなるって言うじゃん?
男: おれはあれが食べたいのに、ゆかりが食べられないから遠慮して言えないとか・・・。
男: そういうのって、いつかきつくなってくるかもな。」
女:「そんな事ないよ。だって、好みが違うから、
女: ユウイチが残したものをわたしが食べられるんだし、
女: 好みが同じだったら食べるものが偏って良くないと思うよ。」
男:「そうかなぁ。」
女:「そうだよ。同じだったら二人でいてもつまらないじゃん。
女: 違う二人だからこそ、お互い新しいものに触れ合えるし、
女: 相手の足りないところを補えるとは思わない?」
男:「まあ、確かに・・・。」
女:「ね。だから、あたしたちの相性はバッチリって事よ。」
男:「何それ?」
女:「はい、リンゴ。美味しいよ。」
男:そう言って彼女はにっこりと笑った。
男:この笑顔におれはいつも丸め込まれてしまう。
男:そうしていつの間にか、彼女色に染められていくのだろう。
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:
男:3話【消えたパズル】
:
男:彼女はパズルが好きだった。部屋に行くと、いつも作りかけのパズルがあった。
女:「ねえ、紅茶で良い?」
男:「うん。ありがと。・・・ねえ。」
女:「んー?何?」
男:「由紀恵はさ、いつもパズル作ってるよね。」
女:「あ、うん。高校の頃にハマっちゃって、それからずっと作ってるの。
女: もう、趣味と言うより、日課かな。」
男:「へぇ、そうなんだ。」
女:「暗いかな?」
男:「いや、そんな事無いと思うよ。ただ・・・。」
女:「ただ?」
男:「うん。完成したパズルを一度も見た事がないなって思っただけ。
男: だから、いつも途中でやめちゃってるのかなって・・・。」
女:「え?いつもちゃんと最後まで作ってるよ。
女: この前なんか、無くしちゃったピースを取り寄せてまで作ったんだから。」
男:「そうなんだ。でも、完成したものを見た事が無いよ?
男: 何処かにしまってるの?」
女:「ううん。完成したのは、全部人にあげちゃってるの。」
男:「あげてる?何で取っておかないの?」
女:「だって完成しちゃったら、もうつまらないじゃない。
女: パズルは絵を完成させるまでの過程を楽しむものなんだから。」
男:「それはそうかもしれないけど・・・。」
女:「それに、ただの絵になってしまったら、
女: 継ぎ目がある分だけパズルは見にくいだけじゃない。
女: 飾るんだったら普通の絵を飾るわ。はい。」
男:そう言って、彼女が一番好きだというダージリンティーをぼくの前に置いた。
男:「・・・ねえ、一つ聞いても良い?」
女:「何?」
男:「どうしてぼくと付き合おうと思ったの?」
女:「どうしたの?急に。」
男:「いや、何となく。」
女:「そうねぇ・・・、ミステリアスだったから、かな。
女: 他の人と違うって言うか、何を考えてるかわからない感じが魅力的だったから。」
男:「・・・そっか。」
女:「うん。あ、ほら、紅茶、冷めちゃうよ。」
男:「うん・・・。」
男:その時の彼女の笑顔に、ぼくは得体の知れない恐怖を感じた。
男:きっと彼女にとってぼくは、額に入った絵ではなく、
男:完成までを楽しむパズルの一つなんだろう。
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:
男:4話【普通の選択】
:
女:「あ、降ってきた・・・。」
男:空を見上げると、灰色の空からぽつりぽつりと雨が降り始めていた。
男:「だから言ったろう。今日は雨が降るって。」
女:「だって、天気予報で五十パーセントだって言ってたから、降らないかもって思ったんだもん。」
男:「五十パーセントは普通、降るって考えるだろ。」
女:「そんな事決まってないよ。半々なんだから、降るかもしれないし、降らないかもしれないじゃない。」
男:「だから、わからなかったら、用心して傘を持ってくるのが普通だって言ってるんだよ。」
女:「何よ、普通普通って。ユウジの普通とわたしの普通は違うの。」
男:「何だよ。こっちは心配して・・・。」
女:「別に心配してなんて頼んでない。」
男:「あ、そう。じゃあ、勝手に濡れて帰れば。」
男:勢いとはいえ、少し言いすぎたかなと思い、
男:ちょっと行ってから彼女の方を振り返ると、
男:彼女は元の場所で立ちつくしたまま、空を睨んでいた。
男:「・・・風邪ひくよ。」
女:「・・・・・・。」
男:「ほら、入って。」
女:「・・・・・・。」
男:「・・・悪かったよ。ゴメン、言い過ぎた。」
女:「そうじゃないの・・・。わたし、・・・お見合いをしたの。」
男:「え?」
女:「お見合いをしたのよ。相手は証券会社の専務の息子・・・。」
男:「・・・そう。」
女:「学歴も収入も良いし、見た目だって悪くない。
女: わたしの事も気に入ってくれたみたいで・・・。
女: 普通に考えたら、誰だってその人を選ぶって・・・。」
男:彼女は雨の打ちつけるアスファルトを見つめたままそう言った。
男:小さな出版社のしがない編集のおれには、何も言葉が出なかった。
女:「ねえ、ユウジの『普通』を聞かせて。ユウジだったら・・・」
男:「おれの・・・。おれも、その人を選ぶのが普通だと思うよ。」
女:「・・・ユウジ、それがあなたの答え?」
男:「そうだね・・・。」
女:「そう・・・。ありがと。決心がついた。」
男:「そっか。・・・おめでとう、って言うべきかな。」
女:「ごめんなさい。」
男:「いや、謝らなくて良いよ。それが・・・、『普通』の選択さ。」
女:「・・・もし今日、雨が降らなかったら。」
男:「え?」
女:「ううん。何でもない。・・・それじゃあ、行くね。」
男:「うん・・・。」
女:「さよなら。」
男:「さよなら。」
男:その日以来、おれは傘を持って出かけるのをやめた。
男:普通を捨てられない自分に対する小さな抵抗として。
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:
男:5話【オリーブオイルとシャンパンと】
:
女:「あれー?」
男:台所で、彼女が大きな声をあげた。
男:「どうしたの?」
女:「パスタ作ろうと思ったら、オリーブオイルが切れてたの。」
男:「何だ、そんな事か。サラダ油で良いじゃん。」
女:「駄目よ。ペペロンチーノはオリーブオイルが命なんだから。
女: ねえ、買ってきてくれない?」
男:「え?今から?」
女:「だって、それがないと夕飯が作れないんだもの。」
男:「えー。今、仕事のメールを待ってるとこなんだよ。」
男:メールを待ってる事は嘘じゃなかったが、
男:正直ぼくは買い物に行くのが面倒だった。
女:「そう。じゃ、わたしが買いに行ってくる。」
男:「ゴメンね。」
女:「ううん。良いよ、別に。・・・でも、覚えてる?
女: わたしたちが初めて食事した日のこと。」
男:「え?」
女:「ほら、まだわたしたちがつき合う前。
女: 偶然街で会って・・・。」
男:「ああ、一緒にパスタを食べに行ったっけ。」
女:「あの時も、うちのオリーブオイルが切れてて買いに行って・・・。」
男:「そうそう。その話を聞いて、
男: 会社じゃほとんど会話した事無かったのに、
男: 何故かパスタの話でふたりで盛り上がっちゃって。
男: それで、ぼくのおすすめのパスタ屋に一緒に行ったんだっけ。」
女:「あの時オリーブオイルが切れてなかったら、
女: こんな風になることも無かったと思うなぁ。
女: ううん。わたしがオリーブオイルを買いに行ってなかったら、
女: わたしたちがつき合う事はなかっただろうなぁ。」
男:「・・・何が言いたいの?」
女:「別に・・・。
女: ただ、今日オリーブオイルが切れたのも運命なのかなぁって。」
男:ちょうどその時、メールの受信音が聞こえてきた。
女:「・・・メール、届いたみたいだね。」
男:「・・・オリーブオイルの他に買うものは?」
女:「あら、買い物に行ってくれるの?」
男:「またどこかで運命の人に出会われたら困るからね。」
女:「そう?ありがと。じゃあ、シャンパンを一つお願い。」
男:「シャンパン?」
女:「うん。だって今日は、オリーブオイルが切れた記念日だから。」
男:ぼくは仕事のメールに目を通しながら、近くのショッピングモールに向かった。
男:オリーブオイルとシャンパンと、小さな花束を買いに。
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:
男:6話【恋の神様】
:
女:「ねえねえ、これ見て。」
男:とても嬉しそうに目を輝かせながら彼女が持ってきたモノは、
男:どう見ても可愛いとは言えない、
男:あやしげなマスコットのついたキーホルダーだった。
女:「原宿を歩いてたら雑貨屋さんで見つけちゃったの。ねえ、可愛いでしょ。」
男:「・・・これ何?」
女:「わかんない。多分、猫か何かだと思う。」
男:「何かって・・・。わからないのに買ったの?」
女:「だって可愛かったんだもん。」
男:「どこが?」
女:「えー、可愛くない?」
男:「少なくとも、おれにはこれの可愛さはわからないな。」
女:「そうかなぁ。可愛いと思うんだけどなぁ。
女: ま、いいや。はい、プレゼント。」
男:「え?」
女:「大切にしてね。」
男:「ちょっと待って。いらないよ、こんなの。」
女:「えー、なんでぇ?」
男:「大体、キーホルダーならこの間もらったヤツがあるじゃん。
男: また、あのよくわからないキャラクターの。」
女:「もにゅもにゅ君?」
男:「それ。その、もにゅもにゅ君。」
女:「そっか。でも良いじゃん、二つとも付ければ。」
男:「二つも付けたら邪魔だよ。
男: それに、カナが気に入って買ったんだから、
男: カナが付ければいいじゃんか。」
女:「駄目だよ。だってこれ、マーくんに似合うと思って買ったんだから。」
男:「これがおれに似合うって?」
女:「そう。」
男:「・・・カナのセンスは、おれにはよく分からないな。」
女:「そう?」
男:「変わり者だって言われない?」
女:「うーん・・・、あ、言われたことある。」
男:「ほらね。」
女:「前に友達に、彼氏の写真見せてって言われて、マーくんの写真見せたの。
女: そしたら、『あんた変わってるね』って。」
男:彼女に悪気がないのは、表情を見ればわかった。
男:でも、おれには返す言葉が見つからなかった。
女:「どうしたの?」
男:「いや、別に・・・。貸して、付けるから。」
女:「・・・いやだったら、無理しなくても良いよ。」
男:「おれに似合うと思って買ったんでしょ?」
女:「うん。」
男:「・・・どう?似合う?」
女:「うん。可愛い。」
男:人の好みは千差万別。
男:彼女の好みを決めた神様に、感謝しなければいけないんだろう。
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:
男:7話【恋愛小説】
:
女:「ねえ、あなた小説書いてみない?」
男:テーブルの上でパソコンに向かっていた彼女が、
男:ぼくの方に振り返り突然こんな事を言い出した。
男:「どうしたの?急に。」
女:「前から思ってたのよ。あなたには文章の才能があるって。」
男:「やめてくれよ。無いよ、そんなもの。」
女:「何でそんな事言いきれるの?
女: 現に、プロのわたしが才能があるって言ってるのに。
女: ねえ、一度で良いから賞に応募してみない?」
男:「素人がちょっとかじったところでやっていける世界じゃないのは、
男: きみがよくわかってるだろ?
男: ぼくはそんなに無謀じゃないよ。」
女:「だったら、本気でやってみればいいじゃない。」
男:「もう、そんな夢を追いかける歳でもないから。」
女:「あら、夢を追いかけるのに年齢は関係ないわ。」
男:「どうしてそんなにぼくに小説を書かせたいの?」
女:「それは、あなたに才能があるって思うからじゃない。
女: せっかくの才能を埋もれさせるのは惜しいわ。」
男:「・・・じゃあ、気が向いたら書いてみるよ。」
女:「期待してるから。」
男:それから一年後、彼女と別れた。結局、その間、ぼくは小説を書かなかった。
男:が、ふと彼女の言葉を思い出して書いた小説で、ぼくはなんと新人賞を受賞した。
女:「受賞、おめでとう。」
男:「ああ、ありがとう。」
女:「これであなたも、晴れて売れっ子作家の仲間入りね。」
男:「さあ、どうかな。すぐに飽きられて、いなくなるかも。」
女:「そんな事無いわよ。わたしが保証するわ。
女: でも、あれだけ嫌がってたのに、どうして急に書く気になったの?」
男:「別に・・・。何となく。」
女:「・・・わたしとよりを戻したかったとか?」
男:「さあ、どうかな。」
女:「そう言う時は、嘘でも『そうだよ』って言うものよ。」
男:「ごめん。」
女:「まあ、良いわ。言われたところで困るだけだし。
女: ・・・今度結婚するの。
女: ほら、審査員に杉浦直人っていたでしょ?あの人。」
男:「ああ。」
女:「あの人の文章ね、あなたに似てるのよ。
女: 知的で繊細で、でも内側に強い意志を感じるって言うか・・・。
女: わたしって、文字に恋するタイプなのね。」
男:「・・・おめでとう。」
女:「え?・・・うん。ありがと・・・。
女: あ、そうだ。他の先生方に挨拶がまだでしょ?
女: 紹介してあげる。」
男:「いいよ。大丈夫。自分で行く。」
女:「・・・そっか。わかった。じゃあ、わたし行くね。」
男:「ああ。」
女:「受賞、おめでとう。次の作品も期待してるから。」
男:「ありがとう。じゃあ、また。」
女:「うん。また。」
男:去っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、
男:ぼくは次の小説の構想を考えていた。
男:次もまた、悲しい恋愛小説になる予感がした。
0:
:
男:8話【彼女のビックリ箱】
:
女:「ねえ、ちょっと聞いてる?」
男:昔お酒で大きな失敗をしたという話を聞いたのが全ての始まりだった。
男:面白半分に彼女のコーヒーにブランデーを入れて出したのが三十分前。
男:目の前には、耳まで真っ赤にして酔っぱらっている彼女がいた。
女:「ねえってば。」
男:「大丈夫。ちゃんと聞いてます。」
女:「えへへー。」
男:「・・・何?」
女:「ううん。別にー。」
男:「何なんだか・・・。」
女:「耳かゆい。」
男:「・・・あの、いちいち報告しなくていいです。」
女:「はーい。あ、そうだ。今度温泉行こ。」
男:「温泉?」
女:「そう、温泉。近くにパッと行って来られる温泉があるの。
女: 夜中に車でちょちょいのちょいって。」
男:「・・・唐突だね。」
女:「どう?」
男:「どうったって、おれ、車持ってないし。しかもなぜ夜中なの?」
女:「んー、何となく。楽しそうじゃない?」
男:「楽しそうって・・・。」
女:「じゃあもういい。他の誰かと行・・・、あ、ラーメン食べたい。」
男:「は・・・?」
女:「なんか急にラーメン食べたくなった。ラーメン食べ行こ。」
男:「今から?」
女:「うん。」
男:「だって、もう十一時過ぎてるよ?」
女:「十一時ならまだやってるよ。」
男:「でも、夕飯食べたよね。」
女:「うん。でも、何かちょっと食べたいのよね。ちょっと。」
男:「どうせ食べきれないんだから。」
女:「残ったらあげる。」
男:「・・・いらない。」
女:「なんでー。食べに行こうよ。イエイ、イエーイ。」
男:「・・・なぜ、そんなにハイテンションなの?」
女:「うふ。何か、楽しくなってきたよ。」
男:「おれは頭が痛くなってきたよ・・・。」
女:「ん?何か言った?」
男:「別に・・・。」
女:「ほら、早く支度して。」
男:「本当に行くの?」
女:「もちろん。」
男:「はあ・・・。」
女:「ほらほら、早くー。レッツラゴー。」
男:「・・・はい。」
女:「うふ。」
男:大きな後悔を感じると共に、どこか楽しんでいる自分がいる事に、おれはちょっと驚いてもいた。
男:多分またいつか、怖いモノ見たさに、彼女のビックリ箱を開けてしまう日が来るだろう。
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:
男:9話【左手のぬくもり】
:
女:「ねえ、別れましょう。」
男:彼女からの別れ話を聞きながら、ぼくは別の事を考えていた。
女:「これ以上あなたとつき合っていてもお互い辛い事の方が多いし、
女: わたし、他に好きな人が出来たの。だから、今日で別れましょう。」
男:「辛い事・・・。ぼくとつき合うのはそんなに辛かった?」
女:「・・・・・・。」
男:「別に責めてるわけじゃないんだ。ただ・・・、
男: 何がそんなに辛かったのか知りたかっただけで。」
女:「・・・・・・。」
男:「いつからだろう・・・。」
女:「え・・・?」
男:「いや、いつから手を繋がなくなったんだろうと思って・・・。」
男:さっきからずっと考えていた事だった。
男:しかし、特に答えを求めていたわけでもない。
男:彼女が覚えているとも思っていなかった。
女:「去年の秋・・・。」
男:「え?」
女:「去年の秋、美術館に行ったでしょ?それが最後よ。」
男:「・・・そっか。よく覚えてるね。」
女:「だって、その日を境に、わたしから手を繋ぐのをやめたから。」
男:「・・・・・・。」
女:「手を繋ぐのはいつもわたしから・・・。
女: あなたからは一度だって手を繋いでくれた事はないわ。
女: その事すら、あなたは気付いてないでしょう。」
男:「・・・うん。」
女:「あなたはそれなりに優しいし魅力もある。
女: 遠くからみるとなかなか素敵だわ。
女: でも、あなたの隣を歩いてみて良く分かったの。
女: この人は誰の事も見ていないって。
女: あなたは心の中の、自分だけの世界で生きてるんだって。
女: わたしの入り込む余地はなかった・・・。」
男:「・・・だから別れようって思ったの?」
女:「初めは努力したわ。何とか私の方を向いてもらおうって。
女: ・・・でも、それも無駄な努力だった。」
男:「ぼくはきみの事を好きなつもりなんだけど。」
女:「ううん。わたしの事を好きだと思ってる自分が好きなだけよ。
女: その証拠に、今こうして別れ話を切り出されても、
女: あまり悲しいと思ってないでしょ?」
男:「うーん・・・、どうだろう。」
女:「そうやって冷静に考えられてる事こそ、証拠じゃない?」
男:「・・・そっか。」
女:「その態度も、もうわたしには耐えられないのよ。」
男:「ごめん・・・。」
女:「ま、いいわ。今日で最後だし。
女: 最後に、一つあなたに忠告しておくわ。」
男:「何?」
女:「去年の冬に、わたしが『手が寒い』って言ったら手袋を買ってくれたでしょ?
女: プレゼントしてくれたのは確かに嬉しかったけど、わたしはただ手を繋いで欲しかっただけなの。
女: そこに気づけないうちは、きっと誰とつき合っても上手くいかないわよ。」
男:「・・・ありがとう。覚えておくよ。」
女:「じゃあ、わたし行くわね。」
男:「ああ。」
女:「さよなら。」
男:「さよなら。」
男:去っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、
男:彼女の手のぬくもりを思い出そうとしてみた。
男:でも、ぼくにはもうそれを思い出す事は出来なかった。
0:
:
男:10話【幸せな日常】
:
女:「ねえ、ウサギとカメの話あるじゃん?」
男:「え?」
女:「ほら、かけっこの話。」
男:「ああ、ウサギが途中で寝ちゃって負けちゃう話だろ?」
女:「どう思う?」
男:「どうって?」
女:「世間的にはウサギが悪くて、カメが良いみたいな見方をされてるじゃん。」
男:「そうだね。アリとキリギリスの話みたいな感じじゃない?
男: 楽をしようとする方が、結果的にひどい目にあうっていう。
男: ま、戒め的な話でしょ。」
女:「違うよ。キリギリスは働かずに遊んでたからじゃん。」
男:「ウサギだって、カメが一生懸命走ってる時に昼寝してたんだろ?」
女:「でも、カメは起こしてくれなかった。」
男:「だから?」
女:「アリは忠告してくれたもの、働かないと後で大変だって。
女: でも、カメは寝ているウサギを起こさなかった。
女: 自分が勝ちたいから。」
男:「・・・結局何が言いたいの?」
女:「カメは悪いやつ・・・。」
男:「・・・・・・。」
女:「どう?」
男:「何が?」
女:「そう思わない?」
男:「・・・そうだね。」
女:「あー、そう思ってないでしょ。」
男:「思ってるよ。思ってるけど、それが一体何なの?」
女:「わたしはそんな事しない。」
男:「は?」
女:「わたしはちゃんと起こすし、まず、三歩下がってついて行くもの。」
男:「・・・結局、何が言いたいの?」
女:「ん?だから、えーと・・・、わたしはいい女って事?」
男:「・・・そこに着地するんだ。」
女:「んー、初めはそうじゃなかったんだけど、そうなった。」
男:「何それ?」
女:「まあ、いいじゃない。この幸せ者~。」
男:「はあ?」
女:「わたしといられて、幸せでしょ?」
男:「はあ・・・。」
女:「何、そのため息。」
男:「別に。」
男:こんな何気ない日常が、実はとても幸せなんだと思う。
男:ちょっと悔しいけれど、彼女の言うとおり、ぼくはとても幸せ者だ。
0:
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男:11話【分かれ道】
:
女:「ねえ、行かないで。」
男:彼女はぼくの服をつかんでぼくを引き止めた。
男:「どうして?」
女:「・・・行って欲しくないから。」
男:「でも、助けてって・・・。」
女:「それでも。それでも行って欲しくない・・・。」
男:「どうしたんだよ?」
男:ぼくに届いた一通のメール。
男:そこにはただ「たすけて」とだけ書いてあった。
男:差出人は、最近恋人からのDVの相談を受けていた女の子からだ。
女:「なんでタカヒロが行くの?他の人でもいいじゃん。」
男:「だから、他に相談できる人がいないって・・・。」
女:「そんなの知らないよ。タカヒロには関係ないじゃん。
女: なんでタカヒロが行かなきゃいけないの?
女: 本当に危険なんだったら、警察にでも行けばいいじゃん。そうでしょ?
女: ねえ、わたしはタカヒロに行って欲しくないって言ってるの。
女: ・・・タカヒロは、わたしとその女、どっちを選ぶの?」
男:「どうしたの?マイはそういうこと言う子じゃないじゃん。」
女:「なにそれ?どういうこと?」
男:「だって、彼女は恋人に乱暴されて困ってるんだよ?
男: こうやってSOSを送ってるんだよ。それを無視しろって言うの?
男: ・・・マイがそんなこと言うと思わなかった。」
女:「タカヒロはわかってないんだよ。」
男:「なにが?」
女:「今行ったら、タカヒロ、もうわたしのとこ帰って来れなくなるよ?
女: もし今その女のとこに行くなら、その女を選ぶことになるんだよ?」
男:「は?なにそれ?もしかして、ぼくと彼女がどうにかなると思ってるの?」
女:「・・・・・・。」
男:「まさかそんな風に思われてたなんて・・・。」
女:「ねえ、行かないで。」
男:「行ってくる。」
女:「タカヒロ!」
男:「無事保護したら、ちゃんと帰ってくるから。
男: だから、マイはここで待ってて。」
女:「タカヒロ・・・。」
男:「大丈夫。」
男:そう言い残してぼくは部屋を出た。
男:それから一ヶ月後・・・。ぼくとマイは別れた。
男:ぼくは今もマイが好きだったし、別れたくなんかなかった。
男:でも今ぼくの隣には、DVを受けていたあの彼女が座っていて、
男:ぼくの肩に寄りかかりながら、なぜか一緒にテレビを見ている・・・。
0:
:
男:12話【一世一代の大舞台】
:
女:「ごめんね。今日はお客さんが多くて。待ったでしょ?」
男:終演後の客への挨拶を終えた彼女が、バタバタと慌ただしくやってきた。
男:舞台用のメイクもまだ落としていない彼女は、充実感にあふれた笑顔をしていた。
男:「ううん。お疲れさま。芝居、とっても良かったよ。話も面白かったし。」
女:「ほんと?そう言ってもらえて良かった。
女: 今回のは完全新作だったし、それに、わたしの最後の舞台でもあるしね。」
男:笑顔でそうは言うものの、彼女の顔はどこか寂しげだった。
男:「・・・本当にやめるつもり?」
女:「うん。もういい加減フラフラしてないでちゃんと就職しろって、
女: 結構前から親に言われてるからね。
女: わたしも来年で三十歳だし、ここらが潮時かなって・・・。」
男:彼女はそう言って、やはり寂しそうに笑った。
女:「ねえ、ところでその手に持ってるお花は、もしかしてわたしに?」
男:「あ、うん。はい。」
女:「(匂いを嗅いで)ん~、いい香り。ありがとう。」
男:「あの!」
女:「ん?なに?」
男:「今日の舞台観て、あらためて思った。
男: ナナコは舞台の上が一番輝いてるって。
男: おれ、ナナコの夢を応援したい。
男: 俺が支えるから、ナナコには芝居を続けて欲しい。」
男:そう言って俺は、ポケットから小さな箱を取り出して開けた。
男:「ナナコ、俺と結婚してください。」
女:「ユウタ・・・。」
男:「おれが絶対に幸せにすゅかだ、あ・・・。」
女:「・・・・・・。」
男:「なんで大事なとこで噛むかな、おれ・・・。
男: あの、頼りないかもしれないけど、おれ頑張るから・・・。」
女:「ユウタ、大好き。」
男:彼女はそう言って、ひと目もはばからず俺に抱きついてキスをした。
女:「大丈夫だよ。ユウタは世界一かっこいいよ。」
男:「ナナコ・・・。」
女:「ねえ、指輪、はめてみて。」
男:「うん。・・・はい。」
女:「・・・どう?」
男:「とっても似合ってるよ。」
女:「こんな最高のファンがいて、わたしは幸せ者だな。」
男:目を潤ませながらそう言って、彼女はもう一度キスをした。
女:「このあと打ち上げなんだけど、ユウタも来れる?」
男:「おれ部外者だけど大丈夫?」
女:「何言ってるの。当たり前でしょ?
女:ユウタは、うちの劇団の主演女優を引き止めた功労者なんだから。」
男:そう言って彼女は僕の手を引いて楽屋へ向かった。
男:ぼくの一世一代の大舞台は、なんとか成功に終わったようだ。
0:
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男:13話【彼女の糸】
:
男:「くそ、既読もつかないじゃん。ちっ。」
男:普段遅刻なんかしたことない彼女が、一時間経っても連絡すらつかない。
男:彼女の買い物に付き合う約束だった俺は、すっぽかされたことにとても腹を立てていた。
男:「何なんだよ、マジで。ふざけんなよ。」
男:いくら待っても既読がつかないチャットに恨み言をたっぷり書いてその日は家に帰った。
男:それから一週間後、やっと彼女から連絡が来た。
男:会って話を聞いて欲しいと言うので、仕方なく喫茶店で言い訳を聞いてやることにした。
女:「あの・・・、この前はごめんなさい。
女: ちょっと実家に帰ってて、急いでたから携帯を持っていくの忘れちゃったの。」
男:「それで?」
女:「それで?」
男:「俺がどれだけ待ったと思う?一時間だよ?
男: お前が買い物付き合ってくれって言ったんじゃん。
男: なんなの?おれのこと馬鹿にしてるの?」
女:「違う。そんなこと・・・。」
男:「携帯忘れたってさ、誰か一人くらい番号わかる友達いないの?
男: 誰かに聞けばいいんじゃん、俺の番号。
男: なに?そんなこともできないくらい忙しかったの?」
女:「・・・・・・。」
男:言いたいことを全部言ったら少しすっきりした。
男:しょうがない。そろそろ許してやるかと思っていると、彼女が感情のない声で喋り出した。
女:「なにも聞いてくれないんだね・・・。」
男:「は?」
女:「わたしに何があったのか、なにも聞いてくれないんだね。」
男:「なんだよ。なにがあったんだよ。聞いてやるよ」
女:「・・・お母さんがね、死んだの」
男:「え・・・?」
女:「お母さんが倒れたって連絡が来て、急いで新幹線で帰ったんだけど・・・、
女: 病院に着いた時にはもう、お母さん、死んでた・・・。」
男:「・・・・・・。」
女:「連絡できないくらい忙しかった?忙しかったよ。
女: お父さんと二人で葬儀屋さん手配して、お通夜の準備して。
女: 親戚やお母さんの知り合いに連絡してお葬式して。
女: お葬式が終わっても、色んな手続きがあったり、荷物の整理したり・・・。
女: それで、やっと終わって疲れて自分のアパートに帰ってきたら、チャットにあなたからの恨み言がいっぱい入ってて・・・。
女: 一時間待った?それがなに?
女: わたしはあなたのこと一時間以上待つのなんて何度もあったよ!
女: わたしがどんな気持ちで帰ってきたかわかる?
女: 今どんな気持ちでここにいるかわかる?」
男:俺は何一つ、彼女にかけられる言葉が見つからなかった。
女:「もう二度とわたしに連絡しないでください。
女: わたしの連絡先も消してください。
女: わたしがあなたに望むことはそれだけです。」
男:それだけ言い残すと、彼女はさよならも言わずに立ち去った。
男:彼女がいなくなった後も、俺はその場で後悔することしかできなかった。
0:
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男:14話【二人だけの場所】
:
女:「わあ、綺麗。」
男:お盆の休みを利用して、彼女と地元の花火大会に来ていた。
男:「うちの地元の花火大会は結構有名でさ、県外からもかなりの人が来るんだよ。」
女:「そうなんだ。たしかにすごい綺麗だもんね。」
男:「しかもここは、地元でもあまり知られてない穴場なんだ。
男: 山の上から見る花火っていうのも、なかなかいいもんでしょ?」
女:「そうね。とっても素敵だと思う。」
男:「でしょ?」
男:ぼくが自慢げにそう言うと、彼女は花火を見上げたままぼくに言った。
女:「ところで、こういう話知ってる?
女: 女は前の彼との思い出の場所に今の彼氏を連れて行ったりはしないけど、
女: 男性は新しい彼女も、いつも同じ自分のテリトリーに連れて行くんだって。」
男:「へ、へえ、そうなんだ。知らなかった・・・。」
女:「何人目?」
男:「え?」
女:「ここに連れてきたの、わたしで何人目?」
男:「えっと・・・、二人目・・・。」
女:「・・・本当は?」
男:「・・・四人目です。」
女:「はあ・・・。」
男:「ごめん・・・。」
女:「成功の経験を踏襲するのは悪いことじゃないけど、あんまり楽してると愛想つかされるよ。」
男:「でも本当に、ここから見る花火をユナに見せたかったんだよ。」
女:「それはわからなくもないけど。
女: でもね、もし何年か経って記憶が曖昧になってきて、
女: わたしじゃない誰かと行った時の記憶とごっちゃになって、
女: それをわたしに話しちゃった時のことを想像してみて・・・。
女: わかった?」
男:彼女の笑顔に、ぼくは背筋が凍るような気がした。
女:「そういうわけで、ちゃんとわたしとトオルの二人だけの思い出を作ろ。」
男:「はい。」
女:「ねえ、北海道って行ったことある?」
男:「いや、無いけど。」
女:「じゃあ、北海道にしよ。雪まつり。
女: わたし一度行ってみたかったんだよね。
女: 飛行機代はトオル持ちね。
女: しっかりお金貯めておいてね。」
男:「はい・・・。」
男:良かれと思って連れてきたのに、まさかこんなことになるなんて。
男:でもこうやって二人の思い出が増えていくんだろうと思った。
男:冬の旅行こそは、彼女に喜んでもらえるよう頑張ろう。
0:
:
女:15話【二度目のプロポーズ】
:
男:「じゃあ、結婚する?」
女:部屋で二人、こたつに入りながらなんとなく話をしていたら彼が言った。
女:「え?ちょっと待って?今なんて言った?」
男:「だから、結婚する?って。」
女:「なんで急に?」
男:「だって今ユカちゃんが、わたしもそろそろって・・・。」
女:「言ったよ。言ったけど。
女: 今年は友達の結婚ラッシュだ。わたしもそろそろなぁって言ったけども。」
男:「けど?」
女:「え?そんな簡単なの?結婚だよ?
女: 今まで一度もそんなこと言わなかったじゃん。」
男:「うん。でもおれ、結婚してもいいなって思うくらいじゃないと付き合わないし。」
女:「はあ?」
男:「だから、いい加減な気持ちじゃ付き合わないってこと。
男: 付き合うってことは、いつ結婚してもいいくらいには好きってことだよ。」
女:「え?え?じゃあ、なんで付き合うの?即結婚すればいいじゃん。」
男:「それは無理だよ。そうは思ってても、実際に付き合ってみると、
男: やっぱり結婚は無理だなって思うこともあるし。」
女:「結婚のお試し期間ってこと?」
男:「そう。あと、俺はいいとして、ユカちゃんは付き合いもせずにいきなり結婚なんてできる?無理でしょ?」
女:「それは、たしかに・・・。」
男:「だからとりあえず付き合うけど、俺にとって『付き合ってください』は、ほぼプロポーズと同じなんだよね。」
女:わたしにとっては驚くべきことを、この男はさも当たり前のようにのほほんと言った。
女:「え?じゃあ、なに?わたしはすでにプロポーズを一度されてるってこと?」
男:「うん。で、さっき二度目のプロポーズをしたよ。」
女:「ちょっと待った!」
男:「なに?」
女:「一度目のは仕方ないにしても、二度目のプロポーズはもっとちゃんとして欲しい!」
男:「ええ。でも、もう言っちゃったし。」
女:「やり直しを要求します。もっとロマンチックなプロポーズをしてくれなきゃ嫌。」
男:「それはハードル高いなぁ。」
女:「大丈夫。あなたはやれば出来る子だから。
女: 一度目だって、クリスマスにサプライズしてくれたじゃない。」
男:「う~ん。じゃあ、ちょっと時間をちょうだい。考えてみるから。」
女:「それならクリスマスまで待ってあげる。
女: まだ半年もあるんだから大丈夫でしょ?」
男:「・・・頑張ってみる。でもあまり期待しないでよ。」
女:「最高のプロポーズを期待してるから。」
女:少し困った顔をして考えている彼の頬にわたしはキスをした。
女:最高のプロポーズを楽しみに、今年は素敵な日々を過ごせそうだ。
0:
:
男:16話【正しさと幸せの秤(はかり)】
:
女:「ねえ、聞いてよ。今日主任がさぁ。」
男:夜の10時過ぎに彼女から電話が掛かってきた。
男:いつものように、スキンケアでもしながら愚痴が言いたいんだろう。
女:「でね、自分が無理やりわたしに仕事押し付けておきながら、
女: ちょっとミスがあっただけで、すごい怒鳴ってきて。
女: なんなの?マジ。だいたいこれ、わたしの仕事じゃないし。
女: ならお前がやれっての。」
男:「まあでも、ミスがあったのは本当だし、しょうがない部分もあるよ。」
女:「え?ナオキはわたしが悪いって言うの?」
男:「いや、そうじゃないけど、でも受けちゃったわけだし、ミスしたのも本当なわけでしょ。
男: そういうのが嫌だったら、最初にキチンと断らないと。
男: これは私の仕事じゃありませんからって。」
女:「そんなこと言えるわけないじゃん。」
男:「だったらちゃんと仕事こなさなきゃダメだし、
男: ミスはちゃんとミスとして受け入れないと。」
女:「そうじゃなくて、わたしは腹が立ったって話をしてるの。」
男:「だから、腹を立てるのは違うんじゃないかなってこと。」
女:「なにそれ?・・・もういい。
女: ・・・ナオキ、いつもそうじゃん。」
男:「なにが?」
女:「『それは間違ってる』『こうするのが正しいんだよ』って。
女: なに?正しいからなんなの?間違ってたらダメなの?
女: わたしは、腹が立ったって言ってるの。聞いてる?
女: わたしの行動が正しいかなんて聞いてないの。
女: 『そっか。そりゃ腹立つね』で、それでいいじゃん。
女: なんでわたしが悪いみたいに言うの?
女: わたしはただ慰めて欲しいだけなの。」
男:「・・・・・・。」
女:「・・・ナオキはいつも正しいよ。正しいこと言ってるよ。
女: でも、わたしは正しくなくていいから幸せになりたい。
女: 正しい人生より、幸せな人生を送りたいの。
女: 毎日を楽しく幸せに過ごしたい・・・。
女: でも、ナオキの言葉はわたしを全然幸せにしてくれない。
女: 正しさじゃなく、『わたしの気持ち』を考えてよ。
女: ナオキの正しさをわたしに押し付けないで。」
男:「・・・ごめん。」
女:「・・・もう今日は寝るね。おやすみ。」
男:「おやすみ・・・。」
男:電話を切った後も、彼女の言葉がずっと刺さったままだった。
男:正しさと幸せ。
男:それがもし相反する時、僕はいったいどちらを選択するんだろうか・・・。
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男:17話【10年越しの告白】
:
女:「篠崎(しのざき)先輩!」
男:新入生歓迎のムードでごった返している大学の構内で、いきなり名前を呼ばれた。
男:そちらを見ると、見たことのない女の子がまっすぐに僕の方を見て立っていた。
女:「篠崎先輩、お久しぶりです!」
男:「えっと・・・、ごめん。誰だろ・・・?」
女:「ハナです。遠山(とおやま)ハナ。・・・覚えてまえんか?」
男:「遠山さん・・・?ごめん、ちょっと・・・。」
女:「小学生の時、よく遊んでもらった、遠山ハナです。」
男:「え?ええ!?ハナって、あのハナちゃん!?」
女:「はい!よく教室で遊んでもらってた、あのハナです!」
男:「マジか、あのハナちゃんか、懐かしいなぁ。
男: 小学生の頃は、よく遊んだっけ。
男: あの頃は、よく低学年の教室に遊びに行ってたから。」
女:「はい。いつも先輩に遊んでもらってました。」
男:「チャイムが鳴って自分の教室に戻ろうとすると、
男: ハナちゃんが俺の足にしがみついて行かせないようにして。」
女:「だって、先輩が帰っちゃうのが嫌だったから。」
男:「いや、懐かしいな。でも、よく僕のことがわかったね。」
女:「だって、わたし先輩に会いに来ましたから。」
男:「ん?僕に?どういうこと?」
女:「先輩、わたしと付き合ってください。」
男:「え?・・・ええ!?ぼ、僕と?」
女:「はい。」
男:「え?なんで?え?あの、こう言ったらなんだけど、僕モテないよ?」
女:「知ってます。」
男:「え?」
女:「先輩がモテないことも、友達が少ないことも全部知ってます。
女: 先輩のことは色々調べてありますから。」
男:「調べて・・・?」
女:「わたしが4年生に上がったら、先輩は中学に上がっちゃったじゃないですか。
女: それから中学・高校と、わたしが上がるごとに先輩は次に進んじゃって・・・。
女: ずっと先輩とは一緒になれず離れてたから、
女: その間は、知り合いから話を聞いたりして先輩の情報を集めてました。」
男:「そ、そうなんだ。」
女:「そしてやっと、大学で先輩と同じ学校になることができました。
女: 大学に上がってからも、先輩にずっと彼女がいないのも調査済みです。
女: さあ先輩、わたしと付き合ってください。」
男:絶対に断られることがないと信じきっているような、キラキラとした目で彼女は言った。
男:「・・・本当に僕でいいの?」
女:「はい、先輩がいいです。」
男:「でも、小学生の頃と今じゃ、全然違う人になってるかもしれないよ?」
女:「大丈夫です。先輩のことはなんでも知ってますから。」
男:彼女の執着と押しの強さに恐怖を感じる僕と、彼女の笑顔の可愛さに負けた僕とが心の中で戦っていた。
男:「えっと、じゃあ、とりあえず友達からっていうのは・・・?」
女:「え~、なんでですか?」
男:「ほら、すごく久しぶりだし、僕は今のハナちゃんのことよく知らないし・・・。」
女:「やっと先輩と同じ学校になれたのに・・・。
女: じゃあ、名前で呼んでもいいですか?ユウ先輩。」
男:「それくらいなら。」
女:「よかった。じゃあユウ先輩、今からわたしを案内してください。」
男:「案内?」
女:「だって、変なサークルに入っちゃったら困るでしょ?」
男:「ああ、そうだね。わかった。案内するよ」
女:「やったぁ!よろしくお願いします、ユウ先輩。」
男:そう言って彼女は僕の腕にしがみついた。
男:彼女のことをまだちょっと怖いなと思いつつも、彼女の10年越しの思いと行動力には、敬意を感じずにはいられなかった。
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男タイトル:18話【時の砂】
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女:「でも、もう歳だし・・・。」
男:それが僕より7歳年上の彼女の口癖だった。
男:「今どき32歳なんて、まだまだ若いでしょ。
男: それに、ユキちゃん綺麗だし、年齢なんて気にすることないよ。」
女:「でも・・・。」
男:「大丈夫だって。ほら、こっちおいで。」
女:「・・・うん。」
男:僕はそれが単なる彼女の口癖だと思っていた。
男:もしくは年下の僕に対するコンプレックスだと。
男:でも、そうじゃなかったのだと、その日知った。
女:「・・・ねえ、話があるの。」
男:「ん?なに?どうしたの?」
女:「あのね・・・、わたし、実家に帰ることにした。」
男:「え?どうしたの?急に・・・。」
女:「お父さんが倒れてね、命は助かったんだけど、介護が必要になって。
女: お母さん一人じゃ大変だし、わたしが手伝ってあげないと・・・。」
男:「ユキちゃんのお母さんっていくつだっけ?」
女:「今年で70歳。
女: わたしは遅くにできた子で、しかも兄弟もいないから、両親の面倒はわたしが見ないといけないの。」
男:「・・・・・・。」
女:「両親を見てて、年を取ってから子供育てるのは色々大変だなって思ってたから、
女: わたしは早く結婚して子供作ろうって思ってたのに・・・。
女: 結局こんな年になっても、まだ子供どころか結婚もできなかった。」
男:彼女がそんなふうに思っていたなんて・・・。
男:僕は彼女に何も言うことができなかった。
女:「ごめんね。あなたのこと責めてるんじゃないの。
女: あなたはまだ若いんだもん。しょうがないよ。
女: 悪いのは、あなたを選んだわたし・・・。」
男:「・・・実家に戻ってどうするの?」
女:「どうかな。介護を手伝いながら、お見合いでもしようかな。」
男:「そっか・・・。」
女:「でも、こんなおばさんじゃ誰も受けてくれないかな。」
男:「そんなことないよ。ユキちゃん、綺麗だもん・・・。」
女:「・・・ありがと。」
男:「ううん。」
女:「今までありがとね。好きだったよ。」
男:彼女の顔が涙で滲みそうになる。
男:それでも僕は、彼女に『僕と結婚しよう』と言うことができなかった。
男:それは、僕にとって『結婚』があまりにも現実から遠いところにあったからだった。
男:無限にあると思っていた僕と彼女の時間は、いつのまにかこの手からこぼれ落ちていた。
0:
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男タイトル:19話【求めてるもの】
:
男:放課後の教室に彼女と二人きり。
男:外からは部活動の声が聞こえる中、俺たちは教室の隅に隠れるように座っていた。
女:「ねえ、誰か来るかも。」
男:「誰も来やしないって。」
女:「でも、もし先生に見つかったら、停学になっちゃうよ。」
男:「大丈夫だって。だからここに隠れてるんじゃん。」
女:「でも・・・。」
男:「なんだよ、ヒナは俺のこと好きじゃないの?」
女:「好きだよ。好きだけど・・・。」
男:「だったらいいじゃん。な、少しだけ。」
女:「うん・・・。」
男:実はその日、友達のヨシヒコから、昨日初体験をしてきたという話をされていた。
男:まるで勝ち誇ったように俺たちを見下してくるヨシヒコに俺はカチンときていた。
男:それで彼女を呼び出して、放課後の教室でキスをした。
女:「ん・・・。はい、もうおしまい。」
男:「もうちょっと、もうちょっとだけ。」
女:「ん~・・・、うん。じゃあ、もう一回だけ・・・。」
男:「うん。」
女:「ん・・・、ん!ちょっと!やめて!キスだけって言ったじゃん。」
男:「なんだよ。ちょっと胸さわっただけじゃん。」
女:「なんで?なんでそんなことするの?」
男:「それは、ヒナのこと好きだからじゃん。
男: 好きだから、触りたいって思うのは普通のことだろ?」
女:「・・・好きって、リュウイチの好きってなに?」
男:「は?」
女:「わたしはリュウイチが好きだから、リュウイチがしたいなら、それに応えてあげたいって思った。
女: だから、学校でそういう事するの嫌だったけど、ちょっとくらい我慢しようって思った。
女: でも、リュウイチの好きってなに?
女: そこにわたしの気持ちはある?
女: ただそういうことがしたいだけじゃないの?
女: そんなの、わたしがどこにもいないじゃん。」
男:「そんなこと無いよ。ヒナだからしたいと思うんじゃん。」
女:「じゃあなんで、わたしが嫌だって言ってるのに、ここでそういうことするの。」
男:俺はなにも言えなくなってしまった。
女:「リュウイチのことは好きだけど、そういうリュウイチは好きじゃない。」
男:そう言って彼女は教室を出ていってしまった。
男:俺はその場に座ったまま、彼女を追いかけることができなかった。
男:頭の中が後悔でいっぱいで、何も考えられなくなっていたから・・・。
0:
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女タイトル:20話【八月の星】
:
男:「つき合って下さい。」
女:ある日、休憩室の屋上に出ていたわたしに、彼は突然告白してきた。
女:わたしはあまりの突然の出来ごとに、状況がうまく理解できなかった。
男:「・・・あの?ダメですか?」
女:「え?・・・えっと、どちらさま?」
男:「あ、すみません。ぼく、高橋コウイチって言います。
男: 5階の紳士服売り場で働いてます。」
女:「あ、えと、わたし、3階の婦人服売り場の山野ユリエです。」
男:「はい、知ってます。」
女:「あ、だよね。」
男:「はい。」
女:「えっと、どうしてわたし?」
男:「はい?」
女:「だって、多分だけど、わたしのほうがあなたより、けっこう年上な気がして・・・。」
男:「そうですか?ぼく23歳です。」
女:「ほら、わたしより5つも下じゃない。」
男:「そうですか。ぼくは気にしませんよ。」
女:「え、でも、そう。なんでわたし?」
男:「え?好きな理由ですか?だって綺麗だし、優しいし、誰にでも丁寧だし、気遣いがすごいし、仕事もできるし、時々見せる悲しげな顔がとっても気になるし、それに・・・。」
女:「もう!もう、もういいから。わかった。わかったから、それ以上言わないで。」
男:「はい。」
女:なんなんだろう、この可愛い生き物は。
女:こんな気持ちになったのは初めてだった。
男:「あの・・・、それで、どうですか?」
女:「え?なにが?」
男:「ぼくと付き合ってくれますか?・・・ダメですか?」
女:彼は叱られた仔犬の様な目でわたしを見つめ、そう言った。
女:「・・・いいよ。」
男:「え?」
女:「いいよ。付き合おう。」
男:「本当ですか?」
女:「うん。」
男:「やったー!ふぅ~!」
女:彼は飛び跳ねながら子供のように喜んだ。
男:「じゃあ、じゃあ、今日、仕事終わったら、一緒にご飯に行きませんか?」
女:「今日?うん、わかった。いいよ。」
男:「ぼくのおすすめのお店に連れて行きますから、期待しててください!」
女:「うん。・・・えっと、コウイチくん、だっけ?」
男:「はい。」
女:「山野ユリエです。よろしくお願いします。」
男:「こちらこそよろしくお願いします!」
女:その後、わたしたちは顔を見合わせて笑った。
女:なにが面白かったのかわからないけど、彼の顔を見ていたら自然と笑顔があふれた。
女:こんなにも真っ直ぐに気持ちをぶつけられたのは高校生以来だろうか。
女:いつの間にか忘れていた笑い方を、彼はわたしに思い出させてくれた。
:
0:
:一話三分のオムニバス。
:色んな男女の日常を切り取ったお話です。
:お好きな話だけをチョイスして遊んでください。
0:
:
男:1話【最後の写真】
:
女:「ねえ、覚えてる?この写真。」
男:部屋の片付けをしていた彼女が、一枚の写真を懐かしそうに見ながら言った。
男:「ああ、覚えてるよ。確か、初めて二人で海に行った時の写真だよね。」
女:「そう。この後タカシったら、わたしをおんぶしたまま転んじゃってさ。
女: 二人とも砂だらけになっちゃって。」
男:「だって、リカが砂浜を無理矢理走らすから。」
女:「あら、わたしのせい?」
男:「いや、そうは言わないけど、おれにだって言い分はあるって事さ。」
男:彼女は、そんなおれの言い訳を聞くでもなく流した。
女:「ねえ、知ってた?わたしたちが写ってる写真てこれ一枚だけなんだよ。」
男:「そうだっけ?」
女:「そう。わたしが一緒に写真を撮ろうとすると、いつも何か言い訳して。
女: タカシは写真に写りたがらないから。」
男:「あまり写真は好きじゃないんだよ。」
女:「知ってる。でも、二年もつき合ってたんだから、
女: もう少しくらいあってもいいって思わない?」
男:「でも、写真なんか無くても思い出はいっぱい残ってるじゃん。それじゃ駄目なの?」
女:「じゃあタカシは、二人で行った場所、全部ちゃんと覚えてる?
女: いつ、どこに行ったか。どんな事が起こって、どんな気持ちだったか、全て。」
男:「わかったよ。悪かったって。もう良いじゃないか、そんな事。」
女:「駄目よ。あなたの為に言ってるんだから。いい?
女: 写真て言うのは単なる思い出じゃなくて証拠なの、二人が愛し合ってたって言う。
女: 特にあなたの場合はそう。自分にとって嫌な事だからこそ、
女: わたしの為に思い出を残そうとしてくれたって言う愛情の証拠なのよ。
女: その証拠が少ないって事は、相手は不安になるって事よ。」
男:「・・・リカも不安だったって事?」
男:彼女はおれのその問いには答えずに、
男:もう一度写真を見つめてから、それをゴミ袋に捨てた。
女:「あと三十分くらいで手伝ってくれる人が来るから・・・。」
男:「そっか・・・。じゃあ、おれはどこかに出てるよ。
男: 終わったら連絡ちょうだい。」
女:「ゴメンね。」
男:「ううん。・・・じゃあ、元気でね。」
女:「うん、タカシも。仕事、無理しないでね。」
男:「うん・・・。さよなら。」
女:「さよなら。」
男:二時間後、連絡をもらって戻った部屋には、
男:まだうっすらと彼女の香りが残っていた。
0:
:
男:2話【彼女の笑顔はリンゴ色】
:
女:「はい、これ。実家から送ってきたの。」
男:彼女はそう言って、リンゴをお皿いっぱい持ってきた。
男:「リンゴ?」
女:「そう。青森のおばさん家から、毎年実家にいっぱい送られてくるんだ。美味しいよ。」
男:「あー、おれ、あんまり果物食べないんだよね。」
女:「えー、美味しいのに。なんで?」
男:「果物ってさ、皮をむいたり種を取ったり、食べるの面倒じゃない?
男: その割に、そんなに美味しいと思わないし・・・。」
女:「そうかなぁ・・・。美味しいと思うんだけど。ビタミンだって豊富だし。」
男:「ビタミンとかはサプリメントで摂れるし、わざわざ果物食べなくてもよくない?」
女:「でもこれは、皮をむいてあるんだし、食べるの面倒じゃないでしょ?」
男:「うーん、まあ、そうなんだけど。
男: 果物を食べる習慣自体が無いんだよね。
男: せっかくむいてくれたから食べるけど、こんなには無理だよ。」
女:「そっか。勿体なかったね・・・。」
男:彼女は残念そうにそう言って、リンゴを一つ口に運んだ。
男:「・・・そう言えば、おれ達けっこう食べ物の好みが違うよね。」
女:「そう?」
男:「ほら、おれは甘いものが苦手だけど、ゆかりは甘いもの好きだろ?」
女:「うん。」
男:「おれは酒もあんま飲まないけど、おまえはけっこう飲むじゃん。
男: そういう食べ物の好みってさ、けっこう大きい問題だと思うんだよ。」
女:「そうかなぁ。」
男:「だって長く一緒にいたら、食べ物の好みの違いって耐えられなくなるって言うじゃん?
男: おれはあれが食べたいのに、ゆかりが食べられないから遠慮して言えないとか・・・。
男: そういうのって、いつかきつくなってくるかもな。」
女:「そんな事ないよ。だって、好みが違うから、
女: ユウイチが残したものをわたしが食べられるんだし、
女: 好みが同じだったら食べるものが偏って良くないと思うよ。」
男:「そうかなぁ。」
女:「そうだよ。同じだったら二人でいてもつまらないじゃん。
女: 違う二人だからこそ、お互い新しいものに触れ合えるし、
女: 相手の足りないところを補えるとは思わない?」
男:「まあ、確かに・・・。」
女:「ね。だから、あたしたちの相性はバッチリって事よ。」
男:「何それ?」
女:「はい、リンゴ。美味しいよ。」
男:そう言って彼女はにっこりと笑った。
男:この笑顔におれはいつも丸め込まれてしまう。
男:そうしていつの間にか、彼女色に染められていくのだろう。
0:
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男:3話【消えたパズル】
:
男:彼女はパズルが好きだった。部屋に行くと、いつも作りかけのパズルがあった。
女:「ねえ、紅茶で良い?」
男:「うん。ありがと。・・・ねえ。」
女:「んー?何?」
男:「由紀恵はさ、いつもパズル作ってるよね。」
女:「あ、うん。高校の頃にハマっちゃって、それからずっと作ってるの。
女: もう、趣味と言うより、日課かな。」
男:「へぇ、そうなんだ。」
女:「暗いかな?」
男:「いや、そんな事無いと思うよ。ただ・・・。」
女:「ただ?」
男:「うん。完成したパズルを一度も見た事がないなって思っただけ。
男: だから、いつも途中でやめちゃってるのかなって・・・。」
女:「え?いつもちゃんと最後まで作ってるよ。
女: この前なんか、無くしちゃったピースを取り寄せてまで作ったんだから。」
男:「そうなんだ。でも、完成したものを見た事が無いよ?
男: 何処かにしまってるの?」
女:「ううん。完成したのは、全部人にあげちゃってるの。」
男:「あげてる?何で取っておかないの?」
女:「だって完成しちゃったら、もうつまらないじゃない。
女: パズルは絵を完成させるまでの過程を楽しむものなんだから。」
男:「それはそうかもしれないけど・・・。」
女:「それに、ただの絵になってしまったら、
女: 継ぎ目がある分だけパズルは見にくいだけじゃない。
女: 飾るんだったら普通の絵を飾るわ。はい。」
男:そう言って、彼女が一番好きだというダージリンティーをぼくの前に置いた。
男:「・・・ねえ、一つ聞いても良い?」
女:「何?」
男:「どうしてぼくと付き合おうと思ったの?」
女:「どうしたの?急に。」
男:「いや、何となく。」
女:「そうねぇ・・・、ミステリアスだったから、かな。
女: 他の人と違うって言うか、何を考えてるかわからない感じが魅力的だったから。」
男:「・・・そっか。」
女:「うん。あ、ほら、紅茶、冷めちゃうよ。」
男:「うん・・・。」
男:その時の彼女の笑顔に、ぼくは得体の知れない恐怖を感じた。
男:きっと彼女にとってぼくは、額に入った絵ではなく、
男:完成までを楽しむパズルの一つなんだろう。
0:
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男:4話【普通の選択】
:
女:「あ、降ってきた・・・。」
男:空を見上げると、灰色の空からぽつりぽつりと雨が降り始めていた。
男:「だから言ったろう。今日は雨が降るって。」
女:「だって、天気予報で五十パーセントだって言ってたから、降らないかもって思ったんだもん。」
男:「五十パーセントは普通、降るって考えるだろ。」
女:「そんな事決まってないよ。半々なんだから、降るかもしれないし、降らないかもしれないじゃない。」
男:「だから、わからなかったら、用心して傘を持ってくるのが普通だって言ってるんだよ。」
女:「何よ、普通普通って。ユウジの普通とわたしの普通は違うの。」
男:「何だよ。こっちは心配して・・・。」
女:「別に心配してなんて頼んでない。」
男:「あ、そう。じゃあ、勝手に濡れて帰れば。」
男:勢いとはいえ、少し言いすぎたかなと思い、
男:ちょっと行ってから彼女の方を振り返ると、
男:彼女は元の場所で立ちつくしたまま、空を睨んでいた。
男:「・・・風邪ひくよ。」
女:「・・・・・・。」
男:「ほら、入って。」
女:「・・・・・・。」
男:「・・・悪かったよ。ゴメン、言い過ぎた。」
女:「そうじゃないの・・・。わたし、・・・お見合いをしたの。」
男:「え?」
女:「お見合いをしたのよ。相手は証券会社の専務の息子・・・。」
男:「・・・そう。」
女:「学歴も収入も良いし、見た目だって悪くない。
女: わたしの事も気に入ってくれたみたいで・・・。
女: 普通に考えたら、誰だってその人を選ぶって・・・。」
男:彼女は雨の打ちつけるアスファルトを見つめたままそう言った。
男:小さな出版社のしがない編集のおれには、何も言葉が出なかった。
女:「ねえ、ユウジの『普通』を聞かせて。ユウジだったら・・・」
男:「おれの・・・。おれも、その人を選ぶのが普通だと思うよ。」
女:「・・・ユウジ、それがあなたの答え?」
男:「そうだね・・・。」
女:「そう・・・。ありがと。決心がついた。」
男:「そっか。・・・おめでとう、って言うべきかな。」
女:「ごめんなさい。」
男:「いや、謝らなくて良いよ。それが・・・、『普通』の選択さ。」
女:「・・・もし今日、雨が降らなかったら。」
男:「え?」
女:「ううん。何でもない。・・・それじゃあ、行くね。」
男:「うん・・・。」
女:「さよなら。」
男:「さよなら。」
男:その日以来、おれは傘を持って出かけるのをやめた。
男:普通を捨てられない自分に対する小さな抵抗として。
0:
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男:5話【オリーブオイルとシャンパンと】
:
女:「あれー?」
男:台所で、彼女が大きな声をあげた。
男:「どうしたの?」
女:「パスタ作ろうと思ったら、オリーブオイルが切れてたの。」
男:「何だ、そんな事か。サラダ油で良いじゃん。」
女:「駄目よ。ペペロンチーノはオリーブオイルが命なんだから。
女: ねえ、買ってきてくれない?」
男:「え?今から?」
女:「だって、それがないと夕飯が作れないんだもの。」
男:「えー。今、仕事のメールを待ってるとこなんだよ。」
男:メールを待ってる事は嘘じゃなかったが、
男:正直ぼくは買い物に行くのが面倒だった。
女:「そう。じゃ、わたしが買いに行ってくる。」
男:「ゴメンね。」
女:「ううん。良いよ、別に。・・・でも、覚えてる?
女: わたしたちが初めて食事した日のこと。」
男:「え?」
女:「ほら、まだわたしたちがつき合う前。
女: 偶然街で会って・・・。」
男:「ああ、一緒にパスタを食べに行ったっけ。」
女:「あの時も、うちのオリーブオイルが切れてて買いに行って・・・。」
男:「そうそう。その話を聞いて、
男: 会社じゃほとんど会話した事無かったのに、
男: 何故かパスタの話でふたりで盛り上がっちゃって。
男: それで、ぼくのおすすめのパスタ屋に一緒に行ったんだっけ。」
女:「あの時オリーブオイルが切れてなかったら、
女: こんな風になることも無かったと思うなぁ。
女: ううん。わたしがオリーブオイルを買いに行ってなかったら、
女: わたしたちがつき合う事はなかっただろうなぁ。」
男:「・・・何が言いたいの?」
女:「別に・・・。
女: ただ、今日オリーブオイルが切れたのも運命なのかなぁって。」
男:ちょうどその時、メールの受信音が聞こえてきた。
女:「・・・メール、届いたみたいだね。」
男:「・・・オリーブオイルの他に買うものは?」
女:「あら、買い物に行ってくれるの?」
男:「またどこかで運命の人に出会われたら困るからね。」
女:「そう?ありがと。じゃあ、シャンパンを一つお願い。」
男:「シャンパン?」
女:「うん。だって今日は、オリーブオイルが切れた記念日だから。」
男:ぼくは仕事のメールに目を通しながら、近くのショッピングモールに向かった。
男:オリーブオイルとシャンパンと、小さな花束を買いに。
0:
:
男:6話【恋の神様】
:
女:「ねえねえ、これ見て。」
男:とても嬉しそうに目を輝かせながら彼女が持ってきたモノは、
男:どう見ても可愛いとは言えない、
男:あやしげなマスコットのついたキーホルダーだった。
女:「原宿を歩いてたら雑貨屋さんで見つけちゃったの。ねえ、可愛いでしょ。」
男:「・・・これ何?」
女:「わかんない。多分、猫か何かだと思う。」
男:「何かって・・・。わからないのに買ったの?」
女:「だって可愛かったんだもん。」
男:「どこが?」
女:「えー、可愛くない?」
男:「少なくとも、おれにはこれの可愛さはわからないな。」
女:「そうかなぁ。可愛いと思うんだけどなぁ。
女: ま、いいや。はい、プレゼント。」
男:「え?」
女:「大切にしてね。」
男:「ちょっと待って。いらないよ、こんなの。」
女:「えー、なんでぇ?」
男:「大体、キーホルダーならこの間もらったヤツがあるじゃん。
男: また、あのよくわからないキャラクターの。」
女:「もにゅもにゅ君?」
男:「それ。その、もにゅもにゅ君。」
女:「そっか。でも良いじゃん、二つとも付ければ。」
男:「二つも付けたら邪魔だよ。
男: それに、カナが気に入って買ったんだから、
男: カナが付ければいいじゃんか。」
女:「駄目だよ。だってこれ、マーくんに似合うと思って買ったんだから。」
男:「これがおれに似合うって?」
女:「そう。」
男:「・・・カナのセンスは、おれにはよく分からないな。」
女:「そう?」
男:「変わり者だって言われない?」
女:「うーん・・・、あ、言われたことある。」
男:「ほらね。」
女:「前に友達に、彼氏の写真見せてって言われて、マーくんの写真見せたの。
女: そしたら、『あんた変わってるね』って。」
男:彼女に悪気がないのは、表情を見ればわかった。
男:でも、おれには返す言葉が見つからなかった。
女:「どうしたの?」
男:「いや、別に・・・。貸して、付けるから。」
女:「・・・いやだったら、無理しなくても良いよ。」
男:「おれに似合うと思って買ったんでしょ?」
女:「うん。」
男:「・・・どう?似合う?」
女:「うん。可愛い。」
男:人の好みは千差万別。
男:彼女の好みを決めた神様に、感謝しなければいけないんだろう。
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:
男:7話【恋愛小説】
:
女:「ねえ、あなた小説書いてみない?」
男:テーブルの上でパソコンに向かっていた彼女が、
男:ぼくの方に振り返り突然こんな事を言い出した。
男:「どうしたの?急に。」
女:「前から思ってたのよ。あなたには文章の才能があるって。」
男:「やめてくれよ。無いよ、そんなもの。」
女:「何でそんな事言いきれるの?
女: 現に、プロのわたしが才能があるって言ってるのに。
女: ねえ、一度で良いから賞に応募してみない?」
男:「素人がちょっとかじったところでやっていける世界じゃないのは、
男: きみがよくわかってるだろ?
男: ぼくはそんなに無謀じゃないよ。」
女:「だったら、本気でやってみればいいじゃない。」
男:「もう、そんな夢を追いかける歳でもないから。」
女:「あら、夢を追いかけるのに年齢は関係ないわ。」
男:「どうしてそんなにぼくに小説を書かせたいの?」
女:「それは、あなたに才能があるって思うからじゃない。
女: せっかくの才能を埋もれさせるのは惜しいわ。」
男:「・・・じゃあ、気が向いたら書いてみるよ。」
女:「期待してるから。」
男:それから一年後、彼女と別れた。結局、その間、ぼくは小説を書かなかった。
男:が、ふと彼女の言葉を思い出して書いた小説で、ぼくはなんと新人賞を受賞した。
女:「受賞、おめでとう。」
男:「ああ、ありがとう。」
女:「これであなたも、晴れて売れっ子作家の仲間入りね。」
男:「さあ、どうかな。すぐに飽きられて、いなくなるかも。」
女:「そんな事無いわよ。わたしが保証するわ。
女: でも、あれだけ嫌がってたのに、どうして急に書く気になったの?」
男:「別に・・・。何となく。」
女:「・・・わたしとよりを戻したかったとか?」
男:「さあ、どうかな。」
女:「そう言う時は、嘘でも『そうだよ』って言うものよ。」
男:「ごめん。」
女:「まあ、良いわ。言われたところで困るだけだし。
女: ・・・今度結婚するの。
女: ほら、審査員に杉浦直人っていたでしょ?あの人。」
男:「ああ。」
女:「あの人の文章ね、あなたに似てるのよ。
女: 知的で繊細で、でも内側に強い意志を感じるって言うか・・・。
女: わたしって、文字に恋するタイプなのね。」
男:「・・・おめでとう。」
女:「え?・・・うん。ありがと・・・。
女: あ、そうだ。他の先生方に挨拶がまだでしょ?
女: 紹介してあげる。」
男:「いいよ。大丈夫。自分で行く。」
女:「・・・そっか。わかった。じゃあ、わたし行くね。」
男:「ああ。」
女:「受賞、おめでとう。次の作品も期待してるから。」
男:「ありがとう。じゃあ、また。」
女:「うん。また。」
男:去っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、
男:ぼくは次の小説の構想を考えていた。
男:次もまた、悲しい恋愛小説になる予感がした。
0:
:
男:8話【彼女のビックリ箱】
:
女:「ねえ、ちょっと聞いてる?」
男:昔お酒で大きな失敗をしたという話を聞いたのが全ての始まりだった。
男:面白半分に彼女のコーヒーにブランデーを入れて出したのが三十分前。
男:目の前には、耳まで真っ赤にして酔っぱらっている彼女がいた。
女:「ねえってば。」
男:「大丈夫。ちゃんと聞いてます。」
女:「えへへー。」
男:「・・・何?」
女:「ううん。別にー。」
男:「何なんだか・・・。」
女:「耳かゆい。」
男:「・・・あの、いちいち報告しなくていいです。」
女:「はーい。あ、そうだ。今度温泉行こ。」
男:「温泉?」
女:「そう、温泉。近くにパッと行って来られる温泉があるの。
女: 夜中に車でちょちょいのちょいって。」
男:「・・・唐突だね。」
女:「どう?」
男:「どうったって、おれ、車持ってないし。しかもなぜ夜中なの?」
女:「んー、何となく。楽しそうじゃない?」
男:「楽しそうって・・・。」
女:「じゃあもういい。他の誰かと行・・・、あ、ラーメン食べたい。」
男:「は・・・?」
女:「なんか急にラーメン食べたくなった。ラーメン食べ行こ。」
男:「今から?」
女:「うん。」
男:「だって、もう十一時過ぎてるよ?」
女:「十一時ならまだやってるよ。」
男:「でも、夕飯食べたよね。」
女:「うん。でも、何かちょっと食べたいのよね。ちょっと。」
男:「どうせ食べきれないんだから。」
女:「残ったらあげる。」
男:「・・・いらない。」
女:「なんでー。食べに行こうよ。イエイ、イエーイ。」
男:「・・・なぜ、そんなにハイテンションなの?」
女:「うふ。何か、楽しくなってきたよ。」
男:「おれは頭が痛くなってきたよ・・・。」
女:「ん?何か言った?」
男:「別に・・・。」
女:「ほら、早く支度して。」
男:「本当に行くの?」
女:「もちろん。」
男:「はあ・・・。」
女:「ほらほら、早くー。レッツラゴー。」
男:「・・・はい。」
女:「うふ。」
男:大きな後悔を感じると共に、どこか楽しんでいる自分がいる事に、おれはちょっと驚いてもいた。
男:多分またいつか、怖いモノ見たさに、彼女のビックリ箱を開けてしまう日が来るだろう。
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:
男:9話【左手のぬくもり】
:
女:「ねえ、別れましょう。」
男:彼女からの別れ話を聞きながら、ぼくは別の事を考えていた。
女:「これ以上あなたとつき合っていてもお互い辛い事の方が多いし、
女: わたし、他に好きな人が出来たの。だから、今日で別れましょう。」
男:「辛い事・・・。ぼくとつき合うのはそんなに辛かった?」
女:「・・・・・・。」
男:「別に責めてるわけじゃないんだ。ただ・・・、
男: 何がそんなに辛かったのか知りたかっただけで。」
女:「・・・・・・。」
男:「いつからだろう・・・。」
女:「え・・・?」
男:「いや、いつから手を繋がなくなったんだろうと思って・・・。」
男:さっきからずっと考えていた事だった。
男:しかし、特に答えを求めていたわけでもない。
男:彼女が覚えているとも思っていなかった。
女:「去年の秋・・・。」
男:「え?」
女:「去年の秋、美術館に行ったでしょ?それが最後よ。」
男:「・・・そっか。よく覚えてるね。」
女:「だって、その日を境に、わたしから手を繋ぐのをやめたから。」
男:「・・・・・・。」
女:「手を繋ぐのはいつもわたしから・・・。
女: あなたからは一度だって手を繋いでくれた事はないわ。
女: その事すら、あなたは気付いてないでしょう。」
男:「・・・うん。」
女:「あなたはそれなりに優しいし魅力もある。
女: 遠くからみるとなかなか素敵だわ。
女: でも、あなたの隣を歩いてみて良く分かったの。
女: この人は誰の事も見ていないって。
女: あなたは心の中の、自分だけの世界で生きてるんだって。
女: わたしの入り込む余地はなかった・・・。」
男:「・・・だから別れようって思ったの?」
女:「初めは努力したわ。何とか私の方を向いてもらおうって。
女: ・・・でも、それも無駄な努力だった。」
男:「ぼくはきみの事を好きなつもりなんだけど。」
女:「ううん。わたしの事を好きだと思ってる自分が好きなだけよ。
女: その証拠に、今こうして別れ話を切り出されても、
女: あまり悲しいと思ってないでしょ?」
男:「うーん・・・、どうだろう。」
女:「そうやって冷静に考えられてる事こそ、証拠じゃない?」
男:「・・・そっか。」
女:「その態度も、もうわたしには耐えられないのよ。」
男:「ごめん・・・。」
女:「ま、いいわ。今日で最後だし。
女: 最後に、一つあなたに忠告しておくわ。」
男:「何?」
女:「去年の冬に、わたしが『手が寒い』って言ったら手袋を買ってくれたでしょ?
女: プレゼントしてくれたのは確かに嬉しかったけど、わたしはただ手を繋いで欲しかっただけなの。
女: そこに気づけないうちは、きっと誰とつき合っても上手くいかないわよ。」
男:「・・・ありがとう。覚えておくよ。」
女:「じゃあ、わたし行くわね。」
男:「ああ。」
女:「さよなら。」
男:「さよなら。」
男:去っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、
男:彼女の手のぬくもりを思い出そうとしてみた。
男:でも、ぼくにはもうそれを思い出す事は出来なかった。
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:
男:10話【幸せな日常】
:
女:「ねえ、ウサギとカメの話あるじゃん?」
男:「え?」
女:「ほら、かけっこの話。」
男:「ああ、ウサギが途中で寝ちゃって負けちゃう話だろ?」
女:「どう思う?」
男:「どうって?」
女:「世間的にはウサギが悪くて、カメが良いみたいな見方をされてるじゃん。」
男:「そうだね。アリとキリギリスの話みたいな感じじゃない?
男: 楽をしようとする方が、結果的にひどい目にあうっていう。
男: ま、戒め的な話でしょ。」
女:「違うよ。キリギリスは働かずに遊んでたからじゃん。」
男:「ウサギだって、カメが一生懸命走ってる時に昼寝してたんだろ?」
女:「でも、カメは起こしてくれなかった。」
男:「だから?」
女:「アリは忠告してくれたもの、働かないと後で大変だって。
女: でも、カメは寝ているウサギを起こさなかった。
女: 自分が勝ちたいから。」
男:「・・・結局何が言いたいの?」
女:「カメは悪いやつ・・・。」
男:「・・・・・・。」
女:「どう?」
男:「何が?」
女:「そう思わない?」
男:「・・・そうだね。」
女:「あー、そう思ってないでしょ。」
男:「思ってるよ。思ってるけど、それが一体何なの?」
女:「わたしはそんな事しない。」
男:「は?」
女:「わたしはちゃんと起こすし、まず、三歩下がってついて行くもの。」
男:「・・・結局、何が言いたいの?」
女:「ん?だから、えーと・・・、わたしはいい女って事?」
男:「・・・そこに着地するんだ。」
女:「んー、初めはそうじゃなかったんだけど、そうなった。」
男:「何それ?」
女:「まあ、いいじゃない。この幸せ者~。」
男:「はあ?」
女:「わたしといられて、幸せでしょ?」
男:「はあ・・・。」
女:「何、そのため息。」
男:「別に。」
男:こんな何気ない日常が、実はとても幸せなんだと思う。
男:ちょっと悔しいけれど、彼女の言うとおり、ぼくはとても幸せ者だ。
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男:11話【分かれ道】
:
女:「ねえ、行かないで。」
男:彼女はぼくの服をつかんでぼくを引き止めた。
男:「どうして?」
女:「・・・行って欲しくないから。」
男:「でも、助けてって・・・。」
女:「それでも。それでも行って欲しくない・・・。」
男:「どうしたんだよ?」
男:ぼくに届いた一通のメール。
男:そこにはただ「たすけて」とだけ書いてあった。
男:差出人は、最近恋人からのDVの相談を受けていた女の子からだ。
女:「なんでタカヒロが行くの?他の人でもいいじゃん。」
男:「だから、他に相談できる人がいないって・・・。」
女:「そんなの知らないよ。タカヒロには関係ないじゃん。
女: なんでタカヒロが行かなきゃいけないの?
女: 本当に危険なんだったら、警察にでも行けばいいじゃん。そうでしょ?
女: ねえ、わたしはタカヒロに行って欲しくないって言ってるの。
女: ・・・タカヒロは、わたしとその女、どっちを選ぶの?」
男:「どうしたの?マイはそういうこと言う子じゃないじゃん。」
女:「なにそれ?どういうこと?」
男:「だって、彼女は恋人に乱暴されて困ってるんだよ?
男: こうやってSOSを送ってるんだよ。それを無視しろって言うの?
男: ・・・マイがそんなこと言うと思わなかった。」
女:「タカヒロはわかってないんだよ。」
男:「なにが?」
女:「今行ったら、タカヒロ、もうわたしのとこ帰って来れなくなるよ?
女: もし今その女のとこに行くなら、その女を選ぶことになるんだよ?」
男:「は?なにそれ?もしかして、ぼくと彼女がどうにかなると思ってるの?」
女:「・・・・・・。」
男:「まさかそんな風に思われてたなんて・・・。」
女:「ねえ、行かないで。」
男:「行ってくる。」
女:「タカヒロ!」
男:「無事保護したら、ちゃんと帰ってくるから。
男: だから、マイはここで待ってて。」
女:「タカヒロ・・・。」
男:「大丈夫。」
男:そう言い残してぼくは部屋を出た。
男:それから一ヶ月後・・・。ぼくとマイは別れた。
男:ぼくは今もマイが好きだったし、別れたくなんかなかった。
男:でも今ぼくの隣には、DVを受けていたあの彼女が座っていて、
男:ぼくの肩に寄りかかりながら、なぜか一緒にテレビを見ている・・・。
0:
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男:12話【一世一代の大舞台】
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女:「ごめんね。今日はお客さんが多くて。待ったでしょ?」
男:終演後の客への挨拶を終えた彼女が、バタバタと慌ただしくやってきた。
男:舞台用のメイクもまだ落としていない彼女は、充実感にあふれた笑顔をしていた。
男:「ううん。お疲れさま。芝居、とっても良かったよ。話も面白かったし。」
女:「ほんと?そう言ってもらえて良かった。
女: 今回のは完全新作だったし、それに、わたしの最後の舞台でもあるしね。」
男:笑顔でそうは言うものの、彼女の顔はどこか寂しげだった。
男:「・・・本当にやめるつもり?」
女:「うん。もういい加減フラフラしてないでちゃんと就職しろって、
女: 結構前から親に言われてるからね。
女: わたしも来年で三十歳だし、ここらが潮時かなって・・・。」
男:彼女はそう言って、やはり寂しそうに笑った。
女:「ねえ、ところでその手に持ってるお花は、もしかしてわたしに?」
男:「あ、うん。はい。」
女:「(匂いを嗅いで)ん~、いい香り。ありがとう。」
男:「あの!」
女:「ん?なに?」
男:「今日の舞台観て、あらためて思った。
男: ナナコは舞台の上が一番輝いてるって。
男: おれ、ナナコの夢を応援したい。
男: 俺が支えるから、ナナコには芝居を続けて欲しい。」
男:そう言って俺は、ポケットから小さな箱を取り出して開けた。
男:「ナナコ、俺と結婚してください。」
女:「ユウタ・・・。」
男:「おれが絶対に幸せにすゅかだ、あ・・・。」
女:「・・・・・・。」
男:「なんで大事なとこで噛むかな、おれ・・・。
男: あの、頼りないかもしれないけど、おれ頑張るから・・・。」
女:「ユウタ、大好き。」
男:彼女はそう言って、ひと目もはばからず俺に抱きついてキスをした。
女:「大丈夫だよ。ユウタは世界一かっこいいよ。」
男:「ナナコ・・・。」
女:「ねえ、指輪、はめてみて。」
男:「うん。・・・はい。」
女:「・・・どう?」
男:「とっても似合ってるよ。」
女:「こんな最高のファンがいて、わたしは幸せ者だな。」
男:目を潤ませながらそう言って、彼女はもう一度キスをした。
女:「このあと打ち上げなんだけど、ユウタも来れる?」
男:「おれ部外者だけど大丈夫?」
女:「何言ってるの。当たり前でしょ?
女:ユウタは、うちの劇団の主演女優を引き止めた功労者なんだから。」
男:そう言って彼女は僕の手を引いて楽屋へ向かった。
男:ぼくの一世一代の大舞台は、なんとか成功に終わったようだ。
0:
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男:13話【彼女の糸】
:
男:「くそ、既読もつかないじゃん。ちっ。」
男:普段遅刻なんかしたことない彼女が、一時間経っても連絡すらつかない。
男:彼女の買い物に付き合う約束だった俺は、すっぽかされたことにとても腹を立てていた。
男:「何なんだよ、マジで。ふざけんなよ。」
男:いくら待っても既読がつかないチャットに恨み言をたっぷり書いてその日は家に帰った。
男:それから一週間後、やっと彼女から連絡が来た。
男:会って話を聞いて欲しいと言うので、仕方なく喫茶店で言い訳を聞いてやることにした。
女:「あの・・・、この前はごめんなさい。
女: ちょっと実家に帰ってて、急いでたから携帯を持っていくの忘れちゃったの。」
男:「それで?」
女:「それで?」
男:「俺がどれだけ待ったと思う?一時間だよ?
男: お前が買い物付き合ってくれって言ったんじゃん。
男: なんなの?おれのこと馬鹿にしてるの?」
女:「違う。そんなこと・・・。」
男:「携帯忘れたってさ、誰か一人くらい番号わかる友達いないの?
男: 誰かに聞けばいいんじゃん、俺の番号。
男: なに?そんなこともできないくらい忙しかったの?」
女:「・・・・・・。」
男:言いたいことを全部言ったら少しすっきりした。
男:しょうがない。そろそろ許してやるかと思っていると、彼女が感情のない声で喋り出した。
女:「なにも聞いてくれないんだね・・・。」
男:「は?」
女:「わたしに何があったのか、なにも聞いてくれないんだね。」
男:「なんだよ。なにがあったんだよ。聞いてやるよ」
女:「・・・お母さんがね、死んだの」
男:「え・・・?」
女:「お母さんが倒れたって連絡が来て、急いで新幹線で帰ったんだけど・・・、
女: 病院に着いた時にはもう、お母さん、死んでた・・・。」
男:「・・・・・・。」
女:「連絡できないくらい忙しかった?忙しかったよ。
女: お父さんと二人で葬儀屋さん手配して、お通夜の準備して。
女: 親戚やお母さんの知り合いに連絡してお葬式して。
女: お葬式が終わっても、色んな手続きがあったり、荷物の整理したり・・・。
女: それで、やっと終わって疲れて自分のアパートに帰ってきたら、チャットにあなたからの恨み言がいっぱい入ってて・・・。
女: 一時間待った?それがなに?
女: わたしはあなたのこと一時間以上待つのなんて何度もあったよ!
女: わたしがどんな気持ちで帰ってきたかわかる?
女: 今どんな気持ちでここにいるかわかる?」
男:俺は何一つ、彼女にかけられる言葉が見つからなかった。
女:「もう二度とわたしに連絡しないでください。
女: わたしの連絡先も消してください。
女: わたしがあなたに望むことはそれだけです。」
男:それだけ言い残すと、彼女はさよならも言わずに立ち去った。
男:彼女がいなくなった後も、俺はその場で後悔することしかできなかった。
0:
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男:14話【二人だけの場所】
:
女:「わあ、綺麗。」
男:お盆の休みを利用して、彼女と地元の花火大会に来ていた。
男:「うちの地元の花火大会は結構有名でさ、県外からもかなりの人が来るんだよ。」
女:「そうなんだ。たしかにすごい綺麗だもんね。」
男:「しかもここは、地元でもあまり知られてない穴場なんだ。
男: 山の上から見る花火っていうのも、なかなかいいもんでしょ?」
女:「そうね。とっても素敵だと思う。」
男:「でしょ?」
男:ぼくが自慢げにそう言うと、彼女は花火を見上げたままぼくに言った。
女:「ところで、こういう話知ってる?
女: 女は前の彼との思い出の場所に今の彼氏を連れて行ったりはしないけど、
女: 男性は新しい彼女も、いつも同じ自分のテリトリーに連れて行くんだって。」
男:「へ、へえ、そうなんだ。知らなかった・・・。」
女:「何人目?」
男:「え?」
女:「ここに連れてきたの、わたしで何人目?」
男:「えっと・・・、二人目・・・。」
女:「・・・本当は?」
男:「・・・四人目です。」
女:「はあ・・・。」
男:「ごめん・・・。」
女:「成功の経験を踏襲するのは悪いことじゃないけど、あんまり楽してると愛想つかされるよ。」
男:「でも本当に、ここから見る花火をユナに見せたかったんだよ。」
女:「それはわからなくもないけど。
女: でもね、もし何年か経って記憶が曖昧になってきて、
女: わたしじゃない誰かと行った時の記憶とごっちゃになって、
女: それをわたしに話しちゃった時のことを想像してみて・・・。
女: わかった?」
男:彼女の笑顔に、ぼくは背筋が凍るような気がした。
女:「そういうわけで、ちゃんとわたしとトオルの二人だけの思い出を作ろ。」
男:「はい。」
女:「ねえ、北海道って行ったことある?」
男:「いや、無いけど。」
女:「じゃあ、北海道にしよ。雪まつり。
女: わたし一度行ってみたかったんだよね。
女: 飛行機代はトオル持ちね。
女: しっかりお金貯めておいてね。」
男:「はい・・・。」
男:良かれと思って連れてきたのに、まさかこんなことになるなんて。
男:でもこうやって二人の思い出が増えていくんだろうと思った。
男:冬の旅行こそは、彼女に喜んでもらえるよう頑張ろう。
0:
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女:15話【二度目のプロポーズ】
:
男:「じゃあ、結婚する?」
女:部屋で二人、こたつに入りながらなんとなく話をしていたら彼が言った。
女:「え?ちょっと待って?今なんて言った?」
男:「だから、結婚する?って。」
女:「なんで急に?」
男:「だって今ユカちゃんが、わたしもそろそろって・・・。」
女:「言ったよ。言ったけど。
女: 今年は友達の結婚ラッシュだ。わたしもそろそろなぁって言ったけども。」
男:「けど?」
女:「え?そんな簡単なの?結婚だよ?
女: 今まで一度もそんなこと言わなかったじゃん。」
男:「うん。でもおれ、結婚してもいいなって思うくらいじゃないと付き合わないし。」
女:「はあ?」
男:「だから、いい加減な気持ちじゃ付き合わないってこと。
男: 付き合うってことは、いつ結婚してもいいくらいには好きってことだよ。」
女:「え?え?じゃあ、なんで付き合うの?即結婚すればいいじゃん。」
男:「それは無理だよ。そうは思ってても、実際に付き合ってみると、
男: やっぱり結婚は無理だなって思うこともあるし。」
女:「結婚のお試し期間ってこと?」
男:「そう。あと、俺はいいとして、ユカちゃんは付き合いもせずにいきなり結婚なんてできる?無理でしょ?」
女:「それは、たしかに・・・。」
男:「だからとりあえず付き合うけど、俺にとって『付き合ってください』は、ほぼプロポーズと同じなんだよね。」
女:わたしにとっては驚くべきことを、この男はさも当たり前のようにのほほんと言った。
女:「え?じゃあ、なに?わたしはすでにプロポーズを一度されてるってこと?」
男:「うん。で、さっき二度目のプロポーズをしたよ。」
女:「ちょっと待った!」
男:「なに?」
女:「一度目のは仕方ないにしても、二度目のプロポーズはもっとちゃんとして欲しい!」
男:「ええ。でも、もう言っちゃったし。」
女:「やり直しを要求します。もっとロマンチックなプロポーズをしてくれなきゃ嫌。」
男:「それはハードル高いなぁ。」
女:「大丈夫。あなたはやれば出来る子だから。
女: 一度目だって、クリスマスにサプライズしてくれたじゃない。」
男:「う~ん。じゃあ、ちょっと時間をちょうだい。考えてみるから。」
女:「それならクリスマスまで待ってあげる。
女: まだ半年もあるんだから大丈夫でしょ?」
男:「・・・頑張ってみる。でもあまり期待しないでよ。」
女:「最高のプロポーズを期待してるから。」
女:少し困った顔をして考えている彼の頬にわたしはキスをした。
女:最高のプロポーズを楽しみに、今年は素敵な日々を過ごせそうだ。
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男:16話【正しさと幸せの秤(はかり)】
:
女:「ねえ、聞いてよ。今日主任がさぁ。」
男:夜の10時過ぎに彼女から電話が掛かってきた。
男:いつものように、スキンケアでもしながら愚痴が言いたいんだろう。
女:「でね、自分が無理やりわたしに仕事押し付けておきながら、
女: ちょっとミスがあっただけで、すごい怒鳴ってきて。
女: なんなの?マジ。だいたいこれ、わたしの仕事じゃないし。
女: ならお前がやれっての。」
男:「まあでも、ミスがあったのは本当だし、しょうがない部分もあるよ。」
女:「え?ナオキはわたしが悪いって言うの?」
男:「いや、そうじゃないけど、でも受けちゃったわけだし、ミスしたのも本当なわけでしょ。
男: そういうのが嫌だったら、最初にキチンと断らないと。
男: これは私の仕事じゃありませんからって。」
女:「そんなこと言えるわけないじゃん。」
男:「だったらちゃんと仕事こなさなきゃダメだし、
男: ミスはちゃんとミスとして受け入れないと。」
女:「そうじゃなくて、わたしは腹が立ったって話をしてるの。」
男:「だから、腹を立てるのは違うんじゃないかなってこと。」
女:「なにそれ?・・・もういい。
女: ・・・ナオキ、いつもそうじゃん。」
男:「なにが?」
女:「『それは間違ってる』『こうするのが正しいんだよ』って。
女: なに?正しいからなんなの?間違ってたらダメなの?
女: わたしは、腹が立ったって言ってるの。聞いてる?
女: わたしの行動が正しいかなんて聞いてないの。
女: 『そっか。そりゃ腹立つね』で、それでいいじゃん。
女: なんでわたしが悪いみたいに言うの?
女: わたしはただ慰めて欲しいだけなの。」
男:「・・・・・・。」
女:「・・・ナオキはいつも正しいよ。正しいこと言ってるよ。
女: でも、わたしは正しくなくていいから幸せになりたい。
女: 正しい人生より、幸せな人生を送りたいの。
女: 毎日を楽しく幸せに過ごしたい・・・。
女: でも、ナオキの言葉はわたしを全然幸せにしてくれない。
女: 正しさじゃなく、『わたしの気持ち』を考えてよ。
女: ナオキの正しさをわたしに押し付けないで。」
男:「・・・ごめん。」
女:「・・・もう今日は寝るね。おやすみ。」
男:「おやすみ・・・。」
男:電話を切った後も、彼女の言葉がずっと刺さったままだった。
男:正しさと幸せ。
男:それがもし相反する時、僕はいったいどちらを選択するんだろうか・・・。
0:
:
男:17話【10年越しの告白】
:
女:「篠崎(しのざき)先輩!」
男:新入生歓迎のムードでごった返している大学の構内で、いきなり名前を呼ばれた。
男:そちらを見ると、見たことのない女の子がまっすぐに僕の方を見て立っていた。
女:「篠崎先輩、お久しぶりです!」
男:「えっと・・・、ごめん。誰だろ・・・?」
女:「ハナです。遠山(とおやま)ハナ。・・・覚えてまえんか?」
男:「遠山さん・・・?ごめん、ちょっと・・・。」
女:「小学生の時、よく遊んでもらった、遠山ハナです。」
男:「え?ええ!?ハナって、あのハナちゃん!?」
女:「はい!よく教室で遊んでもらってた、あのハナです!」
男:「マジか、あのハナちゃんか、懐かしいなぁ。
男: 小学生の頃は、よく遊んだっけ。
男: あの頃は、よく低学年の教室に遊びに行ってたから。」
女:「はい。いつも先輩に遊んでもらってました。」
男:「チャイムが鳴って自分の教室に戻ろうとすると、
男: ハナちゃんが俺の足にしがみついて行かせないようにして。」
女:「だって、先輩が帰っちゃうのが嫌だったから。」
男:「いや、懐かしいな。でも、よく僕のことがわかったね。」
女:「だって、わたし先輩に会いに来ましたから。」
男:「ん?僕に?どういうこと?」
女:「先輩、わたしと付き合ってください。」
男:「え?・・・ええ!?ぼ、僕と?」
女:「はい。」
男:「え?なんで?え?あの、こう言ったらなんだけど、僕モテないよ?」
女:「知ってます。」
男:「え?」
女:「先輩がモテないことも、友達が少ないことも全部知ってます。
女: 先輩のことは色々調べてありますから。」
男:「調べて・・・?」
女:「わたしが4年生に上がったら、先輩は中学に上がっちゃったじゃないですか。
女: それから中学・高校と、わたしが上がるごとに先輩は次に進んじゃって・・・。
女: ずっと先輩とは一緒になれず離れてたから、
女: その間は、知り合いから話を聞いたりして先輩の情報を集めてました。」
男:「そ、そうなんだ。」
女:「そしてやっと、大学で先輩と同じ学校になることができました。
女: 大学に上がってからも、先輩にずっと彼女がいないのも調査済みです。
女: さあ先輩、わたしと付き合ってください。」
男:絶対に断られることがないと信じきっているような、キラキラとした目で彼女は言った。
男:「・・・本当に僕でいいの?」
女:「はい、先輩がいいです。」
男:「でも、小学生の頃と今じゃ、全然違う人になってるかもしれないよ?」
女:「大丈夫です。先輩のことはなんでも知ってますから。」
男:彼女の執着と押しの強さに恐怖を感じる僕と、彼女の笑顔の可愛さに負けた僕とが心の中で戦っていた。
男:「えっと、じゃあ、とりあえず友達からっていうのは・・・?」
女:「え~、なんでですか?」
男:「ほら、すごく久しぶりだし、僕は今のハナちゃんのことよく知らないし・・・。」
女:「やっと先輩と同じ学校になれたのに・・・。
女: じゃあ、名前で呼んでもいいですか?ユウ先輩。」
男:「それくらいなら。」
女:「よかった。じゃあユウ先輩、今からわたしを案内してください。」
男:「案内?」
女:「だって、変なサークルに入っちゃったら困るでしょ?」
男:「ああ、そうだね。わかった。案内するよ」
女:「やったぁ!よろしくお願いします、ユウ先輩。」
男:そう言って彼女は僕の腕にしがみついた。
男:彼女のことをまだちょっと怖いなと思いつつも、彼女の10年越しの思いと行動力には、敬意を感じずにはいられなかった。
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男タイトル:18話【時の砂】
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女:「でも、もう歳だし・・・。」
男:それが僕より7歳年上の彼女の口癖だった。
男:「今どき32歳なんて、まだまだ若いでしょ。
男: それに、ユキちゃん綺麗だし、年齢なんて気にすることないよ。」
女:「でも・・・。」
男:「大丈夫だって。ほら、こっちおいで。」
女:「・・・うん。」
男:僕はそれが単なる彼女の口癖だと思っていた。
男:もしくは年下の僕に対するコンプレックスだと。
男:でも、そうじゃなかったのだと、その日知った。
女:「・・・ねえ、話があるの。」
男:「ん?なに?どうしたの?」
女:「あのね・・・、わたし、実家に帰ることにした。」
男:「え?どうしたの?急に・・・。」
女:「お父さんが倒れてね、命は助かったんだけど、介護が必要になって。
女: お母さん一人じゃ大変だし、わたしが手伝ってあげないと・・・。」
男:「ユキちゃんのお母さんっていくつだっけ?」
女:「今年で70歳。
女: わたしは遅くにできた子で、しかも兄弟もいないから、両親の面倒はわたしが見ないといけないの。」
男:「・・・・・・。」
女:「両親を見てて、年を取ってから子供育てるのは色々大変だなって思ってたから、
女: わたしは早く結婚して子供作ろうって思ってたのに・・・。
女: 結局こんな年になっても、まだ子供どころか結婚もできなかった。」
男:彼女がそんなふうに思っていたなんて・・・。
男:僕は彼女に何も言うことができなかった。
女:「ごめんね。あなたのこと責めてるんじゃないの。
女: あなたはまだ若いんだもん。しょうがないよ。
女: 悪いのは、あなたを選んだわたし・・・。」
男:「・・・実家に戻ってどうするの?」
女:「どうかな。介護を手伝いながら、お見合いでもしようかな。」
男:「そっか・・・。」
女:「でも、こんなおばさんじゃ誰も受けてくれないかな。」
男:「そんなことないよ。ユキちゃん、綺麗だもん・・・。」
女:「・・・ありがと。」
男:「ううん。」
女:「今までありがとね。好きだったよ。」
男:彼女の顔が涙で滲みそうになる。
男:それでも僕は、彼女に『僕と結婚しよう』と言うことができなかった。
男:それは、僕にとって『結婚』があまりにも現実から遠いところにあったからだった。
男:無限にあると思っていた僕と彼女の時間は、いつのまにかこの手からこぼれ落ちていた。
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男タイトル:19話【求めてるもの】
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男:放課後の教室に彼女と二人きり。
男:外からは部活動の声が聞こえる中、俺たちは教室の隅に隠れるように座っていた。
女:「ねえ、誰か来るかも。」
男:「誰も来やしないって。」
女:「でも、もし先生に見つかったら、停学になっちゃうよ。」
男:「大丈夫だって。だからここに隠れてるんじゃん。」
女:「でも・・・。」
男:「なんだよ、ヒナは俺のこと好きじゃないの?」
女:「好きだよ。好きだけど・・・。」
男:「だったらいいじゃん。な、少しだけ。」
女:「うん・・・。」
男:実はその日、友達のヨシヒコから、昨日初体験をしてきたという話をされていた。
男:まるで勝ち誇ったように俺たちを見下してくるヨシヒコに俺はカチンときていた。
男:それで彼女を呼び出して、放課後の教室でキスをした。
女:「ん・・・。はい、もうおしまい。」
男:「もうちょっと、もうちょっとだけ。」
女:「ん~・・・、うん。じゃあ、もう一回だけ・・・。」
男:「うん。」
女:「ん・・・、ん!ちょっと!やめて!キスだけって言ったじゃん。」
男:「なんだよ。ちょっと胸さわっただけじゃん。」
女:「なんで?なんでそんなことするの?」
男:「それは、ヒナのこと好きだからじゃん。
男: 好きだから、触りたいって思うのは普通のことだろ?」
女:「・・・好きって、リュウイチの好きってなに?」
男:「は?」
女:「わたしはリュウイチが好きだから、リュウイチがしたいなら、それに応えてあげたいって思った。
女: だから、学校でそういう事するの嫌だったけど、ちょっとくらい我慢しようって思った。
女: でも、リュウイチの好きってなに?
女: そこにわたしの気持ちはある?
女: ただそういうことがしたいだけじゃないの?
女: そんなの、わたしがどこにもいないじゃん。」
男:「そんなこと無いよ。ヒナだからしたいと思うんじゃん。」
女:「じゃあなんで、わたしが嫌だって言ってるのに、ここでそういうことするの。」
男:俺はなにも言えなくなってしまった。
女:「リュウイチのことは好きだけど、そういうリュウイチは好きじゃない。」
男:そう言って彼女は教室を出ていってしまった。
男:俺はその場に座ったまま、彼女を追いかけることができなかった。
男:頭の中が後悔でいっぱいで、何も考えられなくなっていたから・・・。
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女タイトル:20話【八月の星】
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男:「つき合って下さい。」
女:ある日、休憩室の屋上に出ていたわたしに、彼は突然告白してきた。
女:わたしはあまりの突然の出来ごとに、状況がうまく理解できなかった。
男:「・・・あの?ダメですか?」
女:「え?・・・えっと、どちらさま?」
男:「あ、すみません。ぼく、高橋コウイチって言います。
男: 5階の紳士服売り場で働いてます。」
女:「あ、えと、わたし、3階の婦人服売り場の山野ユリエです。」
男:「はい、知ってます。」
女:「あ、だよね。」
男:「はい。」
女:「えっと、どうしてわたし?」
男:「はい?」
女:「だって、多分だけど、わたしのほうがあなたより、けっこう年上な気がして・・・。」
男:「そうですか?ぼく23歳です。」
女:「ほら、わたしより5つも下じゃない。」
男:「そうですか。ぼくは気にしませんよ。」
女:「え、でも、そう。なんでわたし?」
男:「え?好きな理由ですか?だって綺麗だし、優しいし、誰にでも丁寧だし、気遣いがすごいし、仕事もできるし、時々見せる悲しげな顔がとっても気になるし、それに・・・。」
女:「もう!もう、もういいから。わかった。わかったから、それ以上言わないで。」
男:「はい。」
女:なんなんだろう、この可愛い生き物は。
女:こんな気持ちになったのは初めてだった。
男:「あの・・・、それで、どうですか?」
女:「え?なにが?」
男:「ぼくと付き合ってくれますか?・・・ダメですか?」
女:彼は叱られた仔犬の様な目でわたしを見つめ、そう言った。
女:「・・・いいよ。」
男:「え?」
女:「いいよ。付き合おう。」
男:「本当ですか?」
女:「うん。」
男:「やったー!ふぅ~!」
女:彼は飛び跳ねながら子供のように喜んだ。
男:「じゃあ、じゃあ、今日、仕事終わったら、一緒にご飯に行きませんか?」
女:「今日?うん、わかった。いいよ。」
男:「ぼくのおすすめのお店に連れて行きますから、期待しててください!」
女:「うん。・・・えっと、コウイチくん、だっけ?」
男:「はい。」
女:「山野ユリエです。よろしくお願いします。」
男:「こちらこそよろしくお願いします!」
女:その後、わたしたちは顔を見合わせて笑った。
女:なにが面白かったのかわからないけど、彼の顔を見ていたら自然と笑顔があふれた。
女:こんなにも真っ直ぐに気持ちをぶつけられたのは高校生以来だろうか。
女:いつの間にか忘れていた笑い方を、彼はわたしに思い出させてくれた。
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