台本概要

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タイトル 嫁ぎ物語〜恋を知らない姫様は〜
作者名 大輝宇宙@ひろきうちゅう  (@hiro55308671)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 4人用台本(男1、女3) ※兼役あり
時間 30 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 架空の中世ヨーロッパ的な国々を舞台に
「嫁ぐ」ことをテーマに書いているシリーズです。
今作で2作目ですが、この作品だけでも完結しますのでお好きな話をどうぞお使い下さい。

シリーズ時系列
1ディルガの涙
2恋を知らない姫様は

 非営利利用の場合、連絡は不要です。
 投げ銭システムの配信等で使用、投稿が可能ですが台本の大幅な改変はおやめ下さい。
 なお、予告時、使用時にはタイトルと作家名を必ず明記して下さい。
 作家名:大輝宇宙@ひろきうちゅう
 (大輝宇宙だけでも可)

 その他利用に関する注意やルールはXの固定ポストを必ず読んで、
 ご理解下さい。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
シスター 12 修道院で孤児の面倒をみている。40代後半〜想定。 今作の語り部。 ※魔女妃イヴェットを兼役。ファゴラの王妃。病弱な王に代わり政治を執り仕切っている。私利私欲、嫉妬深い、欲深い女。ジェレミーの母。
シャーリー 54 ロンアーク国の前王と側室の子。14歳。実の兄を慕っている。活発、思ったことをハッキリいう。おしゃま。想い合う結婚に憧れている。 ※子供役兼役(セレーネ役と相談)
ジェレミー 75 ファゴラ国の王子。政治に関心がなく、いつも街をふらついているが、街の内情、国民感情をよく理解している。口には出さないが王子の立場に嫌気が差している。自由がほしい。
セレーネ 36 聖女信仰の宗教サントレシャ教の聖女。責任感が強く冷静。祭り上げられても何もできない自分に悩んでいる。 ※子供役を兼役(シャーリー役と相談)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:夜。ロンアーク国の修道院。孤児の子供たちがベッドに入っている。その部屋の中央辺りに年配のシスターが一人、木の丸椅子に座って、彼らを寝かしつけている。 子供:(シャーリー役やセレーネ役が兼役)シスターお話しして?プリンセスのお話がいい! シスター:また?あなたたちは本当にプリンセスが好きだねぇ。 子供:お話してよ! シスター:分かった。その後ちゃんと寝ること。いいね? シスター:・・プリンセスがいたのは、この国がまだ3つに別れていた頃の話。ちょうどこのあたりは、ファゴラ国と呼ばれていた。自由と芸術を愛する活気あふれる国だった。 シスター:その頃、病弱な国王陛下に代わって国を動かしていたのは、後に魔女妃(まじょひ)として名を残す王妃、イヴェットだった。王妃には、一人息子がいた。名はジェレミー。赤い長い髪と、笑うと見える八重歯が印象的な王子だった。 0:回想。物語中の物語 ジェレミー:ロンアークの姫君と婚姻?・・とうとう俺も遊び回ってはいられなくなるってことか・・。これは、何が目的の婚姻なんです? イヴェット:(シスターと兼役)ロンアークとここで手を結んでおくのが得策なのよ。 ジェレミー:どういう風の吹き回しですか?あんなに女王マヌエラを憎んでいるお母様が。 イヴェット:ふん。国王アリスター亡き後、今は王妃マヌエラが王権を握っているが、すぐにでも息子に譲りたいらしい・・でもあの王子は ジェレミー:その気がない。 イヴェット:そう。私の仕掛けた教育係に夢中だからね。そうなれば、ゆくゆく王権は第二王子の側室子(そくしつし)ヘンリーへと渡るでしょう。 イヴェット:そうなった時、ヘンリーの妹とお前が結婚していれば、ロンアークの内部に入り込んだも同然。 ジェレミー:相変わらず攻めの手腕ですね、お母様・・。 イヴェット:代替わりに乗じて、ロンアークを我が手中に収めることも夢では無いわ。我が国ファゴラと、ロンアークの関係をより強固なものにするため、お前とヘンリーの妹、シャーリーの結婚が必要なのよ。 シスター:ジェレミー王子は当時19歳、ロンアークの姫、シャーリーはまだ14歳だった。若い?そうねぇ・・でも昔は、国のために姫たちが他の国へ若くして嫁ぐことは普通に行われていることだった。 0:場転。ロンアーク国、シャーリー姫が兄ヘンリーに話しかけている。 シャーリー:ファゴラ国に嫁ぐことが決まったの。でも、このまま恋も知らず結婚していいのかしら? シスター:姫の相談相手は、いつも兄だった。 シャーリー:兄様(にいさま)みたいな素敵な人はいないでしょう?・・それは期待しすぎだってわかっているのよ。でも・・せめて、父様と母様のように想い合えるような結婚をしたいものだわ。 シスター:兄様は・・兄王はとても優しく、賢く、いつも決まってこう答えた。「シャーリーの幸せを祈っているよ」 0:間 シスター:姫の不安をよそに結婚話はとんとん拍子に進み、二人の顔合わせの日となった。 シャーリー:ロンアーク国、王位継承権4位。アリスター前王と、妃(きさき)ノーリーンの子、シャーリーにございます。本日、この良き日に美しいファゴラの王妃イヴェット様と、王子ジェレミー様にお目にかかれますことを、とても光栄に存じます。 ジェレミー:(吹き出す)ぷっ・・くくく!無理をするな、姫君。 シャーリー:なっ・・! ジェレミー:あなたはその若さで、今日初めて会った男に嫁ぐ。本当は不安な気持ちの方が大きいだろう?挨拶なんて後にして、まずは、この国を知って頂こう! イヴェット:待ちなさい!ジェレミー!どこへいくの!まだ式の話が終わってないのよ! 0:街の中 シスター:姫にとってファゴラ国の街は、初めて見るもの、食べるものに溢れ、夢のようだった。 シャーリー:この国は、エネルギッシュね。人々に活気があるわ。ロンアークは美しいけれど、貴族と庶民の線引きは厳しくて街全体の一体感がないのよ。(クレープの様なものを齧り)んーー!美味しい!わたし、外で立って食事をするのは初めてよ!(にこっと笑う) ジェレミー:その顔の方がいい。あんな肩肘張って挨拶なんて俺にはしなくていい。何故って・・?俺ができないからな!(笑う) シャーリー:あなたはずいぶんと王子らしくないのね。兄様(にいさま)とは大違い。 ジェレミー:兄様?優秀と聞く、第二王子か? シャーリー:ええ!兄様は、とてもお優しいし、とても思慮深いの。感情で物事を進めたりせず、必ず国民や相手のことを考えるのよ。いつも立場をわきまえていて、迂闊なことはなさらないわ!でも、国民のためになる決断は早いし、自ら率先して家臣たちを引っ張ってゆかれるの!とってもすごいのよ! ジェレミー:なるほど。俺が越えねばならぬ壁は、かなり高そうだ。 0:間 シスター:その頃ファゴラでは王妃が国民の心を掴もうと、聖女様を信仰するサントレシャ教を率いる教皇ウバルドと手を組もうとしていた。 シスター:しかし、聖女様はご自分の立場に苦しんでいらっしゃった。 0:街の中で男たちに絡まれていた女性をジェレミーが助ける。腕を掴み、人気の多い通りの端へと二人で駆け込む。 ジェレミー:はぁ・・はぁ・・ここまで来れば、もう追っては来ないだろう。この国は、昼と夜、大通りと裏通りで治安がだいぶ変わる。あんた旅人か?女の一人旅なら気をつけないと・・ セレーネ:・・・。 ジェレミー:おい、大丈夫か?震えて・・。これを羽織っておけ(上着を脱いで渡すが、受け取らないセレーネ) セレーネ:結構よ・・。 ジェレミー:あ・・?俺はこう見えてもこの国の セレーネ:王子でしょう? ジェレミー:あん?・・あ。俺もあんた・・知ってるぞ!(思わず指をさす) セレーネ:・・・。 ジェレミー:こないだサントレシャ教のウバルドと一緒に城に来ていた・・聖女だ。 セレーネ:やめて。 ジェレミー:? セレーネ:聖女だなんて呼ばないで。私は、逃げ出してきたんだから。 ジェレミー:教会から? セレーネ:そうよ。私は所詮、お飾りの聖女なのよ。人々に祭り上げられているけれど、私に出来ることはただ祈るだけ・・お腹を満たすことも寒さを和らげることもしてあげられない。困っている人を救うなんて・・できないのよ。 ジェレミー:なるほどな。城下に集った(つどった)民衆を見ただろう?あいつらには、あんたに力があろうがなかろうが関係ない。 セレーネ:私はただの飾りとしてそこにいろと言うの!? ジェレミー:違う!・・全く、何で俺の周りには気の強い女しか集まってこないんだ・・。 ジェレミー:まぁ、たしかに、祭り上げられて、その場にあぐらかいて笑ってることだってできるんだよ。勝手に祭り上げられてるんだから、このままでいいやって。 セレーネ:そんなこと! ジェレミー:申し訳ないと思うってことだろ?何かしてやりたいって思うってことだろう? セレーネ:そうよ・・でも・・何もできない。 ジェレミー:俺は、ファゴラの王子であることにあぐらをかいてる。目的意識もなくただのうのうと暮らしている。実際俺は、母の子ではあるが、国王である父の子ではない。母の不定の末の子だ。父以外はみんな知ってるようなことだ。それでも俺は、この立場を捨てようとは思ってない。自由にさせてもらえるからだ。 セレーネ:・・・国民が気の毒だわ。 ジェレミー:・・ああ、まったくだ。 ジェレミー:あんたは、ただあの教皇が祭り上げたから今のポジションにいるんじゃないと思うぜ。 セレーネ:どういうこと? ジェレミー:あんたは、自分の置かれた立場、期待されていることに応えられないことを悲しんで悩んでる。それだけ真摯に頼ってくる連中に向き合っているってことだ。あんたのその優しさや、寄り添う気持ちが人々を惹きつけるんじゃないのか? セレーネ:そんなこと・・ ジェレミー:それに、あんたはそのまま、みんなの拠り所であればいいと俺は思う。それだけで価値があると思う。 セレーネ:え? ジェレミー:あんたが「いる」ってだけで救われた気持ちになるやつや、前を向いて歩いていこうと思うやつ、真面目に生きようと思うやつはかならずいるからだ。それだけでもあんたのいる意味が十分にある。あんたは絶対に誰かを救ってるさ。 セレーネ:・・・そうだったら、私が救われるわ。 ジェレミー:一度、そんな目線で「聖女」をやってみたらいい。それでも、もしまた嫌になっちまったなら、どこへでも旅にでたらいいさ。考え方一つだと俺は思うけどね。 セレーネ:聖女でなくなった私に価値なんてあるのかしら? ジェレミー:それは、分からない。 セレーネ:無責任だわ。 ジェレミー:そこから価値を作れるかどうかだ。 ジェレミー:ここは、自由と芸術を愛する国ファゴラ。ここからあんたの新しい人生を始めてみるのも面白いだろ? セレーネ:・・そうね。そのときにまた考えてみたらいいってことね。・・なんだか気持ちがとても楽になったわ。 ジェレミー:それは良かった。 セレーネ:変な人。王子様って感じじゃないわね。あなたこそ旅が似合う、まるで吟遊詩人(ぎんゆうしじん)だわ。 ジェレミー:・・・そうだな、俺もそう思う。 0:場面転換 0:昼間シャーリーとジェレミーがファゴラ城の庭で話をしている。楽しそうなシャーリーに対し、どこか上の空である。 シャーリー:ねぇ、今日はロンアークとの境(さかい)の森で狩りをしましょうよ。兄様は、狩りもとても上手なのよ。 ジェレミー:…ほぉ。 シャーリー:でも、ウサギやキツネなんかは狩らないの。優しいのよ。 シャーリー:国の民の作物を守るためにクマやシカ、イノシシなんかを狩ることが多いのよ。 シャーリー:私はいつも「危ない」ってお母様に止められてやらせてもらえないんだけど、あなたと一緒なら、きっと許してくださるわ。 ジェレミー:なぁ・・シャーリー姫は、自分の立場が嫌になることはあるか? シャーリー:ないわ。私は、運命を受け入れているの。こうして側室子(そくしつし)として生まれたことも、私の運命だったと思っている。 ジェレミー:そして、望まない相手と結婚させられることもか? シャーリー:ええ。わたしの国ロンアークの女王マヌエラ様は、そういう生き方をされているわ。私の憧れなの。マヌエラ様は、もともといた婚約者の方を連合国軍に葬られ(ほうむられ)、すぐロンアークへと嫁ぐことになったのよ。 ジェレミー:しかし、ロンアークの当時の国王、シャーリー姫の父君には寵愛する妃がいた。マヌエラ様はファゴラでも愛されなかった正妃(せいひ)として有名だ。 シャーリー:そうね。お父様はマヌエラ様を認めなかったし、マヌエラ様もお義兄様が生まれてからは、円満な関係を諦めていたようだと聞いているわ。 ジェレミー:恋にうつつを抜かしているという噂の第一王子か。 シャーリー:そうよ。第二王子である私のお兄様とは大違い。ご自分の立場を全く分かってらっしゃらないわ!マヌエラ様がお可哀想。 ジェレミー:立場ねぇ・・。俺は、立場なんか考えず激しい恋に身を投じてみたいと思ったりもするけどな。 シャーリー:(自分とのことだと思い動揺する)えっ? ジェレミー:ははっ!シャーリー姫にはまだ早かったか! 0: シスター:姫は、ジェレミー王子との距離がだんだん縮まってきているように思えて嬉しかった。運命として受け入れる婚姻だと口では言っていたけれど、この人となら恋ができると思っていた。 シスター:そんな想いの蕾をふくらませ始めた頃、周辺国ではとんでもないことが起きた。 シスター:ファゴラ王妃イヴェット、ジェレミー王子の母君が、聖女信仰の教皇ウバルドと結託し国民を誘導していると他国から責められた。ウバルドはファゴラを追われ、あんなに聖女様、聖女様と盛り上がっていた国民たちもイヴェットを追放しようという動きに変わっていった。 シャーリー:こんな時だからよ。 ジェレミー:いや、姫、今は危ない。ロンアークで大人しくしていた方がいい。 シャーリー:嫌よ。嫁ぐ国の危機だもの。私もこの国の流れを見ておきたいの。正直、今回の国の混乱は、聖女信仰を政治に利用されたショックから来ているんでしょうけど、国民の不満はそれまでも溜まっていたってことなんでしょうね。・・イヴェット様はみんなのお金をご自分に使いすぎていたんだわ。 ジェレミー:ああ。・・・もしかしたら母上は国を追われ、同時に王権は病弱な父ではなく、弟の叔父に譲られるかもしれない。 シャーリー:国を立て直すには賢明な判断だわ。 ジェレミー:俺も母と共に国を追われるかもしれない。そうなれば、この婚姻はなくなるだろう。 シャーリー:・・あなたはどうするの? ジェレミー:他国へ渡る。その時は、自由気ままにやるさ。 シャーリー:ついて行くわ。 ジェレミー:馬鹿言うな。 シャーリー:おもしろそうだもの。私もついて行くわ。 ジェレミー:姫、こないだ言ってたよな。この結婚は運命だって。姫は憧れのマヌエラ様のようにロンアークのためにまた別の国へ嫁ぐ運命だと思うぜ。 シャーリー:それでも私は、今はファゴラの第一王子、ジェレミー様の許嫁(いいなずけ)ですもの。この混乱を見届けてから、後のことは考えるわ! ジェレミー:それでこの屋敷を買い上げたのか。 シャーリー:ええ、そうよ。しばらくはこの屋敷を拠点にファゴラに滞在してゆっくり市井(しせい)を観察したいと思っているの。 ジェレミー:分かった。しかし、王妃排除の動きは大きい。国を追われるだけでは済まなくなるかもしれない。姫も十分注意してくれ。 シャーリー:分かった。気をつけるわ。 ジェレミー:姫、これを渡しておく。 シャーリー:なあに?ブローチ? ジェレミー:エメラルドだ。指輪やネックレスなんかも考えたが、姫にはこれが一番いいと思った。 シャーリー:ありがとう!・・それはドレスじゃなくても華美(かび)にならないから? ジェレミー:ああ。どうせ民衆に紛れて、街の中を偵察に行くんだろ? シャーリー:ふふっ分かっているじゃない! ジェレミー:エメラルドは、姫の目と同じ綺麗なグリーンだ。 シャーリー:そうね。緑は、マヌエラ様もお好きな色なの。私も好きよ。 ジェレミー:それはなによりだ。じゃあ、偵察するのはいいが十分気をつけてくれよ? 0: シスター:姫は、ファゴラ国の混乱ですら輝いているように感じた。未来を、ジェレミー王子を信じて疑わなかった。 0: 0:ドアを激しくノックする音。シャーリーが開けるとジェレミーがセレーネを抱えるようになだれ込んでくる。 シャーリー:こんな夜中に何事? ジェレミー:頼む。彼女を匿って(かくまって)やってくれ。 シャーリー:この方は・・ ジェレミー:聖女信仰で教皇に利用され祭り上げられた、哀れな聖女様だ。 シャーリー:聖女様・・・。匿うって誰に追われてるの? ジェレミー:祭り上げていた連中だ。 シャーリー:? セレーネ:私が、ウバルドに詰め寄ると、彼は私を利用していたことを悪びれもせず、認めました。 ジェレミー:面の皮の厚いじじぃだ。 セレーネ:私を殺して、別の聖女を立てればいいとウバルドは言いました。 セレーネ:私は・・・逃げ出してきたのです。私は…政治のために利用されていただけだった・・。何もできないことが露呈して・・。でも、いつかこうなるって分かっていたのです。どんなに崇められても助けを求められても、でも私にできることは、ただ祈るだけ・・・。教皇に利用されながら、そうやって皆を騙してきたツケが回ってきたのです。 シャーリー:でも、それに救われたと感じた人だって沢山いたはずよ。何かに縋りたいほど不安な国民は、あなたがいて良かったと思っているに違いないわ。 セレーネ:・・・ふふ、王子と同じことを仰るんですね。 シャーリー:そ、そうなの? セレーネ:ええ、先日夜道で助けていただいた時に、言ってくださったんです。 ジェレミー:(外の様子を確認して)もう追っ手は来ていない。この屋敷は、安全だ。 セレーネ:どうしてそう言い切れるの? ジェレミー:ここは、ファゴラの力が及ばない。シャーリー姫は、隣国ロンアークの姫君だ。 セレーネ:そうだったんですね。お初にお目にかかります。私は、ツァピート国のセレーネと申します。 シャーリー:私は、ロンアークの前王アリスターの子、シャーリーと申します。 セレーネ:なぜファゴラに?姫様。 シャーリー:ああ、私はジェレミー王子の ジェレミー:こんな夜更けに申し訳なかった、姫。しばらくセレーネを頼む。 シャーリー:あなたは残らないの? ジェレミー:ああ、俺は城へ戻る。また様子を見に来る。 セレーネ:ありがとう、王子。 0:姫は、この夜のことがなんとなく引っかかっていた。ジェレミー王子の婚約者としてセレーネ様に挨拶するつもりが、間が悪くできなかったことも、ジェレミー王子とセレーネ様の間に親密な空気を感じ取ったことも。 0:間 シャーリー:イヴェット様が、投獄された? ジェレミー:ああ。そして、連合国軍が教皇ウバルドと聖女セレーネも処刑すると探している。 セレーネ:処刑・・。 ジェレミー:俺は、魔女妃イヴェットの息子として国外追放だそうだ。 シャーリー:そんな・・。 ジェレミー:まぁ、外国でずっと暮らしてみたかったからな。命だけは取られなくて良かった・・。 セレーネ:お母様、お父様はどうなるの? ジェレミー:父は病弱でな、国の政治をする力はない。叔父が今後は国王としてやっていくことになる。 シャーリー:ダメよ・・きっと連合国軍はこの機に乗じてファゴラを統治しようとするわ。 ジェレミー:・・だろうな・・。 シャーリー:そんなの、王政が潰れたツァピートの二の舞じゃない! セレーネ:王政が潰れた後、ウバルドは聖女信仰の宗教、サントレシャ教を広めたの・・。ツァピートは王政を排除して国民が国を動かしてる様に見えるけど、内情は宗教の国なのよ。 ジェレミー:連合国は、ツァピートの資源を横取りしてやりたい国が沢山いるからな。 シャーリー:聖女信仰を弾圧して、国力を弱めるのが狙いなのね? ジェレミー:だと思う。そして、ついでに手を結んだファゴラを叩き、国を奪うつもりだろう。 セレーネ:・・・。わたし、火あぶりね・・きっと。 ジェレミー:逃げよう、セレーネ。 シャーリー:そうよ!貴方は何も悪くないんだから逃げましょう! セレーネ:え・・? シャーリー:私の通行手形(つうこうてがた)を出すわ!それを持っていれば連合国ロンアークの使者として、この国を出られるわ! セレーネ:でも・・!あなたは、どうするの?ジェレミー・・。 ジェレミー:・・俺は・・・。 シャーリー:ジェレミー様は、ロンアークへ来たらいいわ!大丈夫、マヌエラ様なら分かってくださるわ! ジェレミー:・・・すまない・・・。 シャーリー:気にしなくていいわ!私は・・貴方の婚約者ですもの。 ジェレミー:すまない・・姫。 シャーリー:いいって言ってるでしょう・・・? ジェレミー:・・・俺は、君と一緒に行けない。すまない・・シャーリー・・。 シャーリー:それは、貴方が国を追われる立場だから?だから婚約も破談だってこと? ジェレミー:・・・。 セレーネ:ごめんなさい!姫、私が彼に一緒に来てほしいって言ったの・・! シャーリー:セレーネ様は黙ってて!私は、ジェレミー様に聞いてるの。 ジェレミー:違う。セレーネではなく、俺が、彼女と一緒に逃げたいんだ。ごめん・・シャーリー・・。 シャーリー:さっきから・・。こんな時に・・、はじめて名前で呼ばないで。 ジェレミー:俺は、ずっと自由な暮らしに憧れていた。姫のように立場を弁えたり、何かを強いられる暮らしにずっと息苦しさを感じていたんだ。 シャーリー:・・私もついて行けないのね・・。 ジェレミー:すまない・・。自分の愛したい相手を愛する恋を、俺もしてみたいんだ。 シャーリー:・・・良かったわ!お兄様と全然違う自由すぎる王子とじゃ恋ができないと思っていたもの。私、運命を受け入れるとは言ったけど、恋はしてみたかったの。そりゃあ女ですもの、恋に憧れくらいあって当然よね、セレーネ様! セレーネ:え・・・ええ。 ジェレミー:すまない・・本当に、すま・・ シャーリー:(遮って)通行手形は2つ必要ね。ジェレミー王子、その長髪はお気に入りでしょうけど、目立ちすぎるから切ってくださいね。お二人はロンアークの要人として国外に出られるけど・・もしバレたら、私もただでは済まないんですから。 ジェレミー:分かった。 セレーネ:ありがとうございます。姫・・。 シャーリー:夜が明ける前に出発しましょう。時間がないわ! 0: シスター:そして、大急ぎで通行手形を出し、二人を見送ったあと、姫はさっきまで三人でいた部屋に戻った。 0: シャーリー:愛する人を愛する・・。想い合える結婚・・・。恋・・・。 シャーリー:馬鹿ね・・恋だったわ・・・。こんなの絶対・・恋に決まってる。 0: シスター:それからすぐファゴラは連合国の統治下になった。姫は再び他国へ嫁ぐことが決まった。相手は60歳を超える国王陛下で姫のことは大切にしてくれたが、姫の思う想い合える婚姻ではなかった。 シスター:彼の死後、子供もいなかった彼女は修道院へ出家し、生涯神に仕え・・(子どもたちが寝ていることに気づく) シスター:みんな、寝たわね。・・姫の話か・・こんな実らない恋の昔話の何がおもしろいんだか・・(苦笑する)。 0: 0:静かに枕元のロウソクを消し、子どもたちの寝所を去るシスター。一瞬手元のロウソクに照らされた彼女の瞳の色は、シャーリー姫と同じ綺麗なグリーンであった。 0: 0:end

0:夜。ロンアーク国の修道院。孤児の子供たちがベッドに入っている。その部屋の中央辺りに年配のシスターが一人、木の丸椅子に座って、彼らを寝かしつけている。 子供:(シャーリー役やセレーネ役が兼役)シスターお話しして?プリンセスのお話がいい! シスター:また?あなたたちは本当にプリンセスが好きだねぇ。 子供:お話してよ! シスター:分かった。その後ちゃんと寝ること。いいね? シスター:・・プリンセスがいたのは、この国がまだ3つに別れていた頃の話。ちょうどこのあたりは、ファゴラ国と呼ばれていた。自由と芸術を愛する活気あふれる国だった。 シスター:その頃、病弱な国王陛下に代わって国を動かしていたのは、後に魔女妃(まじょひ)として名を残す王妃、イヴェットだった。王妃には、一人息子がいた。名はジェレミー。赤い長い髪と、笑うと見える八重歯が印象的な王子だった。 0:回想。物語中の物語 ジェレミー:ロンアークの姫君と婚姻?・・とうとう俺も遊び回ってはいられなくなるってことか・・。これは、何が目的の婚姻なんです? イヴェット:(シスターと兼役)ロンアークとここで手を結んでおくのが得策なのよ。 ジェレミー:どういう風の吹き回しですか?あんなに女王マヌエラを憎んでいるお母様が。 イヴェット:ふん。国王アリスター亡き後、今は王妃マヌエラが王権を握っているが、すぐにでも息子に譲りたいらしい・・でもあの王子は ジェレミー:その気がない。 イヴェット:そう。私の仕掛けた教育係に夢中だからね。そうなれば、ゆくゆく王権は第二王子の側室子(そくしつし)ヘンリーへと渡るでしょう。 イヴェット:そうなった時、ヘンリーの妹とお前が結婚していれば、ロンアークの内部に入り込んだも同然。 ジェレミー:相変わらず攻めの手腕ですね、お母様・・。 イヴェット:代替わりに乗じて、ロンアークを我が手中に収めることも夢では無いわ。我が国ファゴラと、ロンアークの関係をより強固なものにするため、お前とヘンリーの妹、シャーリーの結婚が必要なのよ。 シスター:ジェレミー王子は当時19歳、ロンアークの姫、シャーリーはまだ14歳だった。若い?そうねぇ・・でも昔は、国のために姫たちが他の国へ若くして嫁ぐことは普通に行われていることだった。 0:場転。ロンアーク国、シャーリー姫が兄ヘンリーに話しかけている。 シャーリー:ファゴラ国に嫁ぐことが決まったの。でも、このまま恋も知らず結婚していいのかしら? シスター:姫の相談相手は、いつも兄だった。 シャーリー:兄様(にいさま)みたいな素敵な人はいないでしょう?・・それは期待しすぎだってわかっているのよ。でも・・せめて、父様と母様のように想い合えるような結婚をしたいものだわ。 シスター:兄様は・・兄王はとても優しく、賢く、いつも決まってこう答えた。「シャーリーの幸せを祈っているよ」 0:間 シスター:姫の不安をよそに結婚話はとんとん拍子に進み、二人の顔合わせの日となった。 シャーリー:ロンアーク国、王位継承権4位。アリスター前王と、妃(きさき)ノーリーンの子、シャーリーにございます。本日、この良き日に美しいファゴラの王妃イヴェット様と、王子ジェレミー様にお目にかかれますことを、とても光栄に存じます。 ジェレミー:(吹き出す)ぷっ・・くくく!無理をするな、姫君。 シャーリー:なっ・・! ジェレミー:あなたはその若さで、今日初めて会った男に嫁ぐ。本当は不安な気持ちの方が大きいだろう?挨拶なんて後にして、まずは、この国を知って頂こう! イヴェット:待ちなさい!ジェレミー!どこへいくの!まだ式の話が終わってないのよ! 0:街の中 シスター:姫にとってファゴラ国の街は、初めて見るもの、食べるものに溢れ、夢のようだった。 シャーリー:この国は、エネルギッシュね。人々に活気があるわ。ロンアークは美しいけれど、貴族と庶民の線引きは厳しくて街全体の一体感がないのよ。(クレープの様なものを齧り)んーー!美味しい!わたし、外で立って食事をするのは初めてよ!(にこっと笑う) ジェレミー:その顔の方がいい。あんな肩肘張って挨拶なんて俺にはしなくていい。何故って・・?俺ができないからな!(笑う) シャーリー:あなたはずいぶんと王子らしくないのね。兄様(にいさま)とは大違い。 ジェレミー:兄様?優秀と聞く、第二王子か? シャーリー:ええ!兄様は、とてもお優しいし、とても思慮深いの。感情で物事を進めたりせず、必ず国民や相手のことを考えるのよ。いつも立場をわきまえていて、迂闊なことはなさらないわ!でも、国民のためになる決断は早いし、自ら率先して家臣たちを引っ張ってゆかれるの!とってもすごいのよ! ジェレミー:なるほど。俺が越えねばならぬ壁は、かなり高そうだ。 0:間 シスター:その頃ファゴラでは王妃が国民の心を掴もうと、聖女様を信仰するサントレシャ教を率いる教皇ウバルドと手を組もうとしていた。 シスター:しかし、聖女様はご自分の立場に苦しんでいらっしゃった。 0:街の中で男たちに絡まれていた女性をジェレミーが助ける。腕を掴み、人気の多い通りの端へと二人で駆け込む。 ジェレミー:はぁ・・はぁ・・ここまで来れば、もう追っては来ないだろう。この国は、昼と夜、大通りと裏通りで治安がだいぶ変わる。あんた旅人か?女の一人旅なら気をつけないと・・ セレーネ:・・・。 ジェレミー:おい、大丈夫か?震えて・・。これを羽織っておけ(上着を脱いで渡すが、受け取らないセレーネ) セレーネ:結構よ・・。 ジェレミー:あ・・?俺はこう見えてもこの国の セレーネ:王子でしょう? ジェレミー:あん?・・あ。俺もあんた・・知ってるぞ!(思わず指をさす) セレーネ:・・・。 ジェレミー:こないだサントレシャ教のウバルドと一緒に城に来ていた・・聖女だ。 セレーネ:やめて。 ジェレミー:? セレーネ:聖女だなんて呼ばないで。私は、逃げ出してきたんだから。 ジェレミー:教会から? セレーネ:そうよ。私は所詮、お飾りの聖女なのよ。人々に祭り上げられているけれど、私に出来ることはただ祈るだけ・・お腹を満たすことも寒さを和らげることもしてあげられない。困っている人を救うなんて・・できないのよ。 ジェレミー:なるほどな。城下に集った(つどった)民衆を見ただろう?あいつらには、あんたに力があろうがなかろうが関係ない。 セレーネ:私はただの飾りとしてそこにいろと言うの!? ジェレミー:違う!・・全く、何で俺の周りには気の強い女しか集まってこないんだ・・。 ジェレミー:まぁ、たしかに、祭り上げられて、その場にあぐらかいて笑ってることだってできるんだよ。勝手に祭り上げられてるんだから、このままでいいやって。 セレーネ:そんなこと! ジェレミー:申し訳ないと思うってことだろ?何かしてやりたいって思うってことだろう? セレーネ:そうよ・・でも・・何もできない。 ジェレミー:俺は、ファゴラの王子であることにあぐらをかいてる。目的意識もなくただのうのうと暮らしている。実際俺は、母の子ではあるが、国王である父の子ではない。母の不定の末の子だ。父以外はみんな知ってるようなことだ。それでも俺は、この立場を捨てようとは思ってない。自由にさせてもらえるからだ。 セレーネ:・・・国民が気の毒だわ。 ジェレミー:・・ああ、まったくだ。 ジェレミー:あんたは、ただあの教皇が祭り上げたから今のポジションにいるんじゃないと思うぜ。 セレーネ:どういうこと? ジェレミー:あんたは、自分の置かれた立場、期待されていることに応えられないことを悲しんで悩んでる。それだけ真摯に頼ってくる連中に向き合っているってことだ。あんたのその優しさや、寄り添う気持ちが人々を惹きつけるんじゃないのか? セレーネ:そんなこと・・ ジェレミー:それに、あんたはそのまま、みんなの拠り所であればいいと俺は思う。それだけで価値があると思う。 セレーネ:え? ジェレミー:あんたが「いる」ってだけで救われた気持ちになるやつや、前を向いて歩いていこうと思うやつ、真面目に生きようと思うやつはかならずいるからだ。それだけでもあんたのいる意味が十分にある。あんたは絶対に誰かを救ってるさ。 セレーネ:・・・そうだったら、私が救われるわ。 ジェレミー:一度、そんな目線で「聖女」をやってみたらいい。それでも、もしまた嫌になっちまったなら、どこへでも旅にでたらいいさ。考え方一つだと俺は思うけどね。 セレーネ:聖女でなくなった私に価値なんてあるのかしら? ジェレミー:それは、分からない。 セレーネ:無責任だわ。 ジェレミー:そこから価値を作れるかどうかだ。 ジェレミー:ここは、自由と芸術を愛する国ファゴラ。ここからあんたの新しい人生を始めてみるのも面白いだろ? セレーネ:・・そうね。そのときにまた考えてみたらいいってことね。・・なんだか気持ちがとても楽になったわ。 ジェレミー:それは良かった。 セレーネ:変な人。王子様って感じじゃないわね。あなたこそ旅が似合う、まるで吟遊詩人(ぎんゆうしじん)だわ。 ジェレミー:・・・そうだな、俺もそう思う。 0:場面転換 0:昼間シャーリーとジェレミーがファゴラ城の庭で話をしている。楽しそうなシャーリーに対し、どこか上の空である。 シャーリー:ねぇ、今日はロンアークとの境(さかい)の森で狩りをしましょうよ。兄様は、狩りもとても上手なのよ。 ジェレミー:…ほぉ。 シャーリー:でも、ウサギやキツネなんかは狩らないの。優しいのよ。 シャーリー:国の民の作物を守るためにクマやシカ、イノシシなんかを狩ることが多いのよ。 シャーリー:私はいつも「危ない」ってお母様に止められてやらせてもらえないんだけど、あなたと一緒なら、きっと許してくださるわ。 ジェレミー:なぁ・・シャーリー姫は、自分の立場が嫌になることはあるか? シャーリー:ないわ。私は、運命を受け入れているの。こうして側室子(そくしつし)として生まれたことも、私の運命だったと思っている。 ジェレミー:そして、望まない相手と結婚させられることもか? シャーリー:ええ。わたしの国ロンアークの女王マヌエラ様は、そういう生き方をされているわ。私の憧れなの。マヌエラ様は、もともといた婚約者の方を連合国軍に葬られ(ほうむられ)、すぐロンアークへと嫁ぐことになったのよ。 ジェレミー:しかし、ロンアークの当時の国王、シャーリー姫の父君には寵愛する妃がいた。マヌエラ様はファゴラでも愛されなかった正妃(せいひ)として有名だ。 シャーリー:そうね。お父様はマヌエラ様を認めなかったし、マヌエラ様もお義兄様が生まれてからは、円満な関係を諦めていたようだと聞いているわ。 ジェレミー:恋にうつつを抜かしているという噂の第一王子か。 シャーリー:そうよ。第二王子である私のお兄様とは大違い。ご自分の立場を全く分かってらっしゃらないわ!マヌエラ様がお可哀想。 ジェレミー:立場ねぇ・・。俺は、立場なんか考えず激しい恋に身を投じてみたいと思ったりもするけどな。 シャーリー:(自分とのことだと思い動揺する)えっ? ジェレミー:ははっ!シャーリー姫にはまだ早かったか! 0: シスター:姫は、ジェレミー王子との距離がだんだん縮まってきているように思えて嬉しかった。運命として受け入れる婚姻だと口では言っていたけれど、この人となら恋ができると思っていた。 シスター:そんな想いの蕾をふくらませ始めた頃、周辺国ではとんでもないことが起きた。 シスター:ファゴラ王妃イヴェット、ジェレミー王子の母君が、聖女信仰の教皇ウバルドと結託し国民を誘導していると他国から責められた。ウバルドはファゴラを追われ、あんなに聖女様、聖女様と盛り上がっていた国民たちもイヴェットを追放しようという動きに変わっていった。 シャーリー:こんな時だからよ。 ジェレミー:いや、姫、今は危ない。ロンアークで大人しくしていた方がいい。 シャーリー:嫌よ。嫁ぐ国の危機だもの。私もこの国の流れを見ておきたいの。正直、今回の国の混乱は、聖女信仰を政治に利用されたショックから来ているんでしょうけど、国民の不満はそれまでも溜まっていたってことなんでしょうね。・・イヴェット様はみんなのお金をご自分に使いすぎていたんだわ。 ジェレミー:ああ。・・・もしかしたら母上は国を追われ、同時に王権は病弱な父ではなく、弟の叔父に譲られるかもしれない。 シャーリー:国を立て直すには賢明な判断だわ。 ジェレミー:俺も母と共に国を追われるかもしれない。そうなれば、この婚姻はなくなるだろう。 シャーリー:・・あなたはどうするの? ジェレミー:他国へ渡る。その時は、自由気ままにやるさ。 シャーリー:ついて行くわ。 ジェレミー:馬鹿言うな。 シャーリー:おもしろそうだもの。私もついて行くわ。 ジェレミー:姫、こないだ言ってたよな。この結婚は運命だって。姫は憧れのマヌエラ様のようにロンアークのためにまた別の国へ嫁ぐ運命だと思うぜ。 シャーリー:それでも私は、今はファゴラの第一王子、ジェレミー様の許嫁(いいなずけ)ですもの。この混乱を見届けてから、後のことは考えるわ! ジェレミー:それでこの屋敷を買い上げたのか。 シャーリー:ええ、そうよ。しばらくはこの屋敷を拠点にファゴラに滞在してゆっくり市井(しせい)を観察したいと思っているの。 ジェレミー:分かった。しかし、王妃排除の動きは大きい。国を追われるだけでは済まなくなるかもしれない。姫も十分注意してくれ。 シャーリー:分かった。気をつけるわ。 ジェレミー:姫、これを渡しておく。 シャーリー:なあに?ブローチ? ジェレミー:エメラルドだ。指輪やネックレスなんかも考えたが、姫にはこれが一番いいと思った。 シャーリー:ありがとう!・・それはドレスじゃなくても華美(かび)にならないから? ジェレミー:ああ。どうせ民衆に紛れて、街の中を偵察に行くんだろ? シャーリー:ふふっ分かっているじゃない! ジェレミー:エメラルドは、姫の目と同じ綺麗なグリーンだ。 シャーリー:そうね。緑は、マヌエラ様もお好きな色なの。私も好きよ。 ジェレミー:それはなによりだ。じゃあ、偵察するのはいいが十分気をつけてくれよ? 0: シスター:姫は、ファゴラ国の混乱ですら輝いているように感じた。未来を、ジェレミー王子を信じて疑わなかった。 0: 0:ドアを激しくノックする音。シャーリーが開けるとジェレミーがセレーネを抱えるようになだれ込んでくる。 シャーリー:こんな夜中に何事? ジェレミー:頼む。彼女を匿って(かくまって)やってくれ。 シャーリー:この方は・・ ジェレミー:聖女信仰で教皇に利用され祭り上げられた、哀れな聖女様だ。 シャーリー:聖女様・・・。匿うって誰に追われてるの? ジェレミー:祭り上げていた連中だ。 シャーリー:? セレーネ:私が、ウバルドに詰め寄ると、彼は私を利用していたことを悪びれもせず、認めました。 ジェレミー:面の皮の厚いじじぃだ。 セレーネ:私を殺して、別の聖女を立てればいいとウバルドは言いました。 セレーネ:私は・・・逃げ出してきたのです。私は…政治のために利用されていただけだった・・。何もできないことが露呈して・・。でも、いつかこうなるって分かっていたのです。どんなに崇められても助けを求められても、でも私にできることは、ただ祈るだけ・・・。教皇に利用されながら、そうやって皆を騙してきたツケが回ってきたのです。 シャーリー:でも、それに救われたと感じた人だって沢山いたはずよ。何かに縋りたいほど不安な国民は、あなたがいて良かったと思っているに違いないわ。 セレーネ:・・・ふふ、王子と同じことを仰るんですね。 シャーリー:そ、そうなの? セレーネ:ええ、先日夜道で助けていただいた時に、言ってくださったんです。 ジェレミー:(外の様子を確認して)もう追っ手は来ていない。この屋敷は、安全だ。 セレーネ:どうしてそう言い切れるの? ジェレミー:ここは、ファゴラの力が及ばない。シャーリー姫は、隣国ロンアークの姫君だ。 セレーネ:そうだったんですね。お初にお目にかかります。私は、ツァピート国のセレーネと申します。 シャーリー:私は、ロンアークの前王アリスターの子、シャーリーと申します。 セレーネ:なぜファゴラに?姫様。 シャーリー:ああ、私はジェレミー王子の ジェレミー:こんな夜更けに申し訳なかった、姫。しばらくセレーネを頼む。 シャーリー:あなたは残らないの? ジェレミー:ああ、俺は城へ戻る。また様子を見に来る。 セレーネ:ありがとう、王子。 0:姫は、この夜のことがなんとなく引っかかっていた。ジェレミー王子の婚約者としてセレーネ様に挨拶するつもりが、間が悪くできなかったことも、ジェレミー王子とセレーネ様の間に親密な空気を感じ取ったことも。 0:間 シャーリー:イヴェット様が、投獄された? ジェレミー:ああ。そして、連合国軍が教皇ウバルドと聖女セレーネも処刑すると探している。 セレーネ:処刑・・。 ジェレミー:俺は、魔女妃イヴェットの息子として国外追放だそうだ。 シャーリー:そんな・・。 ジェレミー:まぁ、外国でずっと暮らしてみたかったからな。命だけは取られなくて良かった・・。 セレーネ:お母様、お父様はどうなるの? ジェレミー:父は病弱でな、国の政治をする力はない。叔父が今後は国王としてやっていくことになる。 シャーリー:ダメよ・・きっと連合国軍はこの機に乗じてファゴラを統治しようとするわ。 ジェレミー:・・だろうな・・。 シャーリー:そんなの、王政が潰れたツァピートの二の舞じゃない! セレーネ:王政が潰れた後、ウバルドは聖女信仰の宗教、サントレシャ教を広めたの・・。ツァピートは王政を排除して国民が国を動かしてる様に見えるけど、内情は宗教の国なのよ。 ジェレミー:連合国は、ツァピートの資源を横取りしてやりたい国が沢山いるからな。 シャーリー:聖女信仰を弾圧して、国力を弱めるのが狙いなのね? ジェレミー:だと思う。そして、ついでに手を結んだファゴラを叩き、国を奪うつもりだろう。 セレーネ:・・・。わたし、火あぶりね・・きっと。 ジェレミー:逃げよう、セレーネ。 シャーリー:そうよ!貴方は何も悪くないんだから逃げましょう! セレーネ:え・・? シャーリー:私の通行手形(つうこうてがた)を出すわ!それを持っていれば連合国ロンアークの使者として、この国を出られるわ! セレーネ:でも・・!あなたは、どうするの?ジェレミー・・。 ジェレミー:・・俺は・・・。 シャーリー:ジェレミー様は、ロンアークへ来たらいいわ!大丈夫、マヌエラ様なら分かってくださるわ! ジェレミー:・・・すまない・・・。 シャーリー:気にしなくていいわ!私は・・貴方の婚約者ですもの。 ジェレミー:すまない・・姫。 シャーリー:いいって言ってるでしょう・・・? ジェレミー:・・・俺は、君と一緒に行けない。すまない・・シャーリー・・。 シャーリー:それは、貴方が国を追われる立場だから?だから婚約も破談だってこと? ジェレミー:・・・。 セレーネ:ごめんなさい!姫、私が彼に一緒に来てほしいって言ったの・・! シャーリー:セレーネ様は黙ってて!私は、ジェレミー様に聞いてるの。 ジェレミー:違う。セレーネではなく、俺が、彼女と一緒に逃げたいんだ。ごめん・・シャーリー・・。 シャーリー:さっきから・・。こんな時に・・、はじめて名前で呼ばないで。 ジェレミー:俺は、ずっと自由な暮らしに憧れていた。姫のように立場を弁えたり、何かを強いられる暮らしにずっと息苦しさを感じていたんだ。 シャーリー:・・私もついて行けないのね・・。 ジェレミー:すまない・・。自分の愛したい相手を愛する恋を、俺もしてみたいんだ。 シャーリー:・・・良かったわ!お兄様と全然違う自由すぎる王子とじゃ恋ができないと思っていたもの。私、運命を受け入れるとは言ったけど、恋はしてみたかったの。そりゃあ女ですもの、恋に憧れくらいあって当然よね、セレーネ様! セレーネ:え・・・ええ。 ジェレミー:すまない・・本当に、すま・・ シャーリー:(遮って)通行手形は2つ必要ね。ジェレミー王子、その長髪はお気に入りでしょうけど、目立ちすぎるから切ってくださいね。お二人はロンアークの要人として国外に出られるけど・・もしバレたら、私もただでは済まないんですから。 ジェレミー:分かった。 セレーネ:ありがとうございます。姫・・。 シャーリー:夜が明ける前に出発しましょう。時間がないわ! 0: シスター:そして、大急ぎで通行手形を出し、二人を見送ったあと、姫はさっきまで三人でいた部屋に戻った。 0: シャーリー:愛する人を愛する・・。想い合える結婚・・・。恋・・・。 シャーリー:馬鹿ね・・恋だったわ・・・。こんなの絶対・・恋に決まってる。 0: シスター:それからすぐファゴラは連合国の統治下になった。姫は再び他国へ嫁ぐことが決まった。相手は60歳を超える国王陛下で姫のことは大切にしてくれたが、姫の思う想い合える婚姻ではなかった。 シスター:彼の死後、子供もいなかった彼女は修道院へ出家し、生涯神に仕え・・(子どもたちが寝ていることに気づく) シスター:みんな、寝たわね。・・姫の話か・・こんな実らない恋の昔話の何がおもしろいんだか・・(苦笑する)。 0: 0:静かに枕元のロウソクを消し、子どもたちの寝所を去るシスター。一瞬手元のロウソクに照らされた彼女の瞳の色は、シャーリー姫と同じ綺麗なグリーンであった。 0: 0:end