台本概要

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タイトル 斯くして舞台は幕を開ける
作者名 ニンジャ。
ジャンル その他
演者人数 4人用台本(男1、女1、不問2)
時間 30 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 【声劇配信時の規約】
・配信時に作者名および作品名を記載
※上記一点のみ必ずご対応くだされば、作者への連絡は不要です。
(投げ銭の有無、有償無償に関わらず) 
可能でしたら連絡してくれると喜びます。

※2024年4月9日 加筆修正

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
不問 64 橘 漣(たちばな れん) 劇団「天の双子座」の裏方。脚本担当。座長。 性格は落ち着いているが、リーダー的存在。
美咲 66 橘 美咲(たちばな みさき) 劇団「天の双子座」の一員。 性格は非常に明るく、天真爛漫。 芝居を何より「楽しむ」ことを生きがいとしている。
68 唐立 竜(からたち りゅう) 劇団「天の双子座」の一員。 性格は非常に生真面目。礼儀正しい。 芝居をするには、なにより基礎能力が重要だということを信条にしている。
不問 84 山田 紫(やまだ むらさき) 舞台に立つことにあこがれる人物。 性格は優しくてまじめ。 舞台経験こそないものの、運動神経や声量は光るものがある。 3年ほど前に足を怪我しており、古傷がある。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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紫:幼いころから演劇や舞台が好きだったかというとそうではなかった。 竜:彼が初めて演劇に興味を持ったのは、今から8年前だった。 漣:学校の行事で初めて演劇の「舞台」を見た少年の心に、突き刺さるものだった。 美咲:激しく舞い、踊り、言葉を巧みに操る舞台の役者たち。 竜:それは、少年の心を決意させるには十分なものだった。 紫:あの人たちみたいになりたい、と。 美咲:8年後、劇団「天のふたご座」(あまのふたござ)稽古場前にて。 紫:…来ちゃったなあ。ここまで。 紫:合格、したんだ。劇団に。 紫:…まさか、自分がここまでやれるとは思わなかった。…はあ、緊張するなあ。 紫:でも、せっかくここまでこれたんだし…今日からがんばるぞ。 紫:よし、ごめんくださー 美咲:あなたはいつもそう!自分の立場や肩書を何よりも優先して! 紫:(稽古場の扉を開けた先では、) 竜:何を言うんだい、僕が見つめているのは君の美しい瞳だけさ。 紫:(「演劇」の世界が待っていた。) 美咲:またそうやってあなたは嘘ばかり言う!どれだけ私の心をもてあそべば…ってあれ? 竜:!おい!稽古中だぞ! 美咲:見ない顔だね!ひょっとして、新人さんかな? 漣:はい、カット、カット!…姉さん、せっかく芝居に熱が入っていいところだったのに。 紫:あ、あの 竜:全くだ、せっかくここからのセリフの感情の入れ方を研究しようと思ってたのに…それで、ええと、君がたしか今日から入るっていう新人さんか? 紫:そ、そうです!、よ、宜しくお願い致します! 漣:あー、そういえばそろそろ来る頃だと思ってた。 美咲:漣!新人さんが来るなんて、こんな大事なことは早めに教えといてよね! 漣:稽古が始まる前のミーティングで言ったじゃないか。 竜:俺も、それははっきりと聞いたな。 美咲:えー、なんだあ、あたしだけ聞いてなかったのかあ。 竜:この馬鹿はほっといて。君、名前は? 紫:え、えっと、山田 紫(やまだ むらさき)といいます。 漣:山田さんね、よろしく。僕は橘 漣(たちばな れん)っていうんだ。…うわっと! 美咲:(漣の肩に手をまわして)あたしがそのお姉ちゃんの、橘 美咲(たちばな みさき)だよ!よろしくね!で、こっちの頭がすごーく硬くて、もう本当にどうしようもないくらい硬くて、ヤシの実くら 竜:だれがヤシの実だ!…まったく、俺は唐立 竜(からたち りゅう)だ。よろしく、山田さん。 紫:は、はい、よろしくお願いします。 紫:(先ほどまでの殺気立った表情はどこへ行ったのか。打って変わって、この人たちは柔和な表情で僕を迎えてくれた。) 紫:…すごいなあ。 美咲:ん?今すごいって言ったの私のこと?(同時に) 竜:ん?今すごいって言ったの俺のこと?(同時に) 美咲:…は?(同時に) 竜:…は?(同時に) 美咲:おい、かぶせるな!(同時に) 竜:おい、かぶせるな!(同時に) 紫:え、なんか急にコント始まった? 漣:ふふ、相変わらず仲がいいんだか悪いんだか。山田さん、ごめんね。さわがしくて。 漣:この2人は、実力はたしかなんだけどよくケンカしたりケンカしたり・・・いちゃついたりしてるから。 紫:な、なるほどですね 美咲:だれがこんなやつと!(同時に) 竜:だれがこんなやつと!(同時に) 漣:ほら、やっぱり仲良しじゃないか。 美咲:ぐ、ぐぬぬぬぬぬ(同時に) 竜:ぐ、ぐぬぬぬぬ(同時に) 紫:あ、あはは…(ここはなんだか、楽しそうなところかもしれない) 0: 稽古場、休憩スペースにて 紫:それじゃあ、今日はみなさん3人しかいないんですか? 漣:あはは…人が少なくてごめんね。うちは、そんなに人数が多い劇団じゃないからね。 紫:いえ、そんなことは。 漣:事実だし、大丈夫だよ。でも、人数は少なくても芝居の実力はみんな確かだよ。 紫:橘さんも、芝居をするんですか? 漣:ううん、僕は裏方。脚本と演出を担当しているんだ。 美咲:おーい、そこの新人!うちの子となに楽しそうに話してるの?私も混ぜてよ! 竜:こら、橘。大事な話に決まっているだろう。じゃまをするんじゃない。 美咲:なんで大事な話ってわかるんだよ!もしかしたらしょーもない話かもしれないじゃん! 竜:せっかく劇団に入ってくれた人と、いきなりそんな話をするわけないだろう。・・・それに 紫:(・・・竜さんと、目が合う。なんだか、前にもこんなことがあったような気がした。) 竜:この人の演技には、光るものがある。だから、今ここにいるんだろ。 紫:え、な、なんで僕のことを知っているんですか? 竜:入団オーディションの際の審査員には、俺もいたからな。もちろん、漣もな。 紫:あ…なるほど。すみません。緊張してて覚えていなくて… 竜:なに、気にするな。その気持ちはわかる。 美咲:えー、じゃあ新人君の実力を知らないの私だけ!!?? 竜:はしゃぐな、うるさい。 美咲:まー、この堅物メガネはほっといて、新人君、ちょっと実力見せてよ! 紫:え、と言われましても… 美咲:なーに、ちょっと殺陣(たて)をやってもらうだけだから!漣も、見たいでしょ? 漣:まあ、山田さんなら基礎はできてると思うし、いいと思うよ。山田さんは、殺陣の経験は? 紫:高校の時に、少しだけなら… 漣:それなら、大丈夫かな。危ないと思ったら、すぐに竜さんを呼んで。止めてくれるから。 竜:おれかよ。 美咲:よーし、じゃあこれ持ってね。 0: 美咲は刀身が柔らかい素材で作られた模造刀を紫に手渡す。 紫:これは・・・模造刀ですか? 美咲:そーだよ!さ、どこからでも打ち込んできていいよ。君の力を見せてもらうよ。 竜:無理はするなよ、山田さん 紫:は、はい!・・・えっと、殺陣の基本、わかりやすく、大きく振るうこと!…やああああ! 美咲:お! 漣:いいかけ声だね 竜:ああ、基本に忠実な構えだな。 美咲:ほっ!ほっ!…いいね、いいね、筋がいいよ! 紫:あ、ありがとうございます!(この人、相当上手い・・・けっこう全力で打ち込んでいるのに、びくともしない) 竜:相手に武器を当ててもいけないという基本も押さえているな、まあ、美咲が軽く受け止めているというのもあるが。 漣:あはは、基本を押さえているのは竜さん好みだねえ。 美咲:さて、じゃあそろそろ、こっちからもいくよ・・・はああああ! 紫:!!??(今までの動きとは、ぜんぜん違う!、表情、動き、全部に迫力がある・・・なんて、強さなんだ) 美咲:どうした、どうした!まだ私の本気はこんなもんじゃないよお! 竜:あのバカ、頭に血がのぼって・・・ちょっと止めてくる 漣:待って、竜さん・・・もう少し、見ていたい。 竜:っ!おい、本当に大丈夫か? 紫:はあ、はあ、はあ・・・・(数度受け止めただけなのに、半端じゃない重みと強さ・・・) 美咲:ほら、ラスト行くよお! 紫:・・・すごいな、本当に。でも僕だって、負けたくないんだ! 美咲:っ!!あたしの、刀を・・・ 竜:美咲の模造刀をはじいただと! 漣:・・・これは、いい殺陣だね。 美咲:ふふふ、完敗だよ!!いやあ、最高だね!新人君、いや、紫くん! 紫:い、いや、あの、本当にすみません!調子乗っちゃって・・・ 竜:何を言うんだ、紫君。君は本当に素質がある。 漣:うん、たった一回とはいえ、姉さんの刀をはじけるなんて、そんなことができるのはこの劇団には竜さん以外いないよ。 美咲:そうそう!あたしがいうのもなんだけど、君は本当にいい役者になれるよ! 紫:!!、あ、ありがとうございます!!・・・痛っ! 美咲:ん?どうしたの?どこか痛む??大丈夫?? 紫:いえ、大丈夫です、ちょっとだけ足がしびれただけです。 竜:準備運動もろくにせずやるからだ。今度教えてやろう。 美咲:あー、長くなるからまた今度ね。 竜:お前には言っていない! 漣:なにはともあれ、今日からよろしくね、山田さん。 紫:は、はい! 紫:(若干足の古傷が痛んだのは、おそらく気のせいではなかったけど。自分の実力が認められた気がして、とてもうれしかった。) 0:紫が入団してから、10日後。稽古場にて。 紫:今日はちょっと人が多いですけど、何をするんですか? 美咲:今日はね、3か月後にある舞台の台本と役の発表があるんだよ! 紫:おお、じゃあ、みなさんの晴れ舞台がみられるんですね! 竜:他人事みたいに言ってるけど、君ももう立派な団員だからな。みんなにチャンスはあるんだぞ。 0 ――― 漣が遅れて入ってくる。 漣:みんな、お待たせしたね。・・・うん、全員そろっているみたいだね。 漣:さて、では3か月に迫っている定期公演の台本の発表をするよ。 漣:今回の台本の名前は、「おとめ座の騎士」。 漣:過去につらい思い出を抱えた騎士が、国の姫様と恋に落ちて、結ばれる話だよ。 美咲:おお、すごいわかりやすい説明だね! 竜:ふむ、おとめ座というのも何か話に関係あるのか…分析せねばな。 紫:台本の発表なんて、初めてだからドキドキするなあ。 漣:では、役の発表をするよ!まず、おとめ座の騎士こと「ナイトハイク」を唐立 竜! 竜:はい!精一杯努めます! 漣:そして、騎士が恋する姫こと「マリアンナ」を橘 美咲! 美咲:はーい!がんばりまーす!! 漣:そして、騎士の従者の「ルード」に・・・山田 紫! 紫:・・・え?ええ?!僕、ですか? 漣:そんなに驚くことじゃないよ。それに、君以外の全員が納得の配役だと思うよ。 竜:まだたった10日間だけど、君の実力は確かなものだと確信したからな。まあ妥当だろ。 美咲:楽しみ~どんな舞台になるか今からワクワクしちゃうね! 紫:・・・わ、わかりました!どれだけ力になれるかわかりませんが、がんばります! 美咲:あはは、そんな緊張しなくても大丈夫だって!・・・楽しも! 竜:まずは、本読みから始めていけば不安も少ないだろう。 漣:さて、じゃあまずは脚本を書いた僕が台本を読むよ。手元に台本を配るから、見ながら聞いてね。 紫:(こうして、3か月後の舞台に向けての稽古が始まった。稽古はとても厳しく、新人である僕にはついていけない場面もあった。) 美咲:紫さん!そこ、もっとがーっと大きく身振りをしないと、遠くのお客さんに見えないよ! 紫:は、はい! 竜:山田!もっとハキハキしゃべらないと、長文のセリフで苦戦するぞ! 紫:はい! 0: 稽古場、休憩スペースにて 紫:や、やっと休憩だ~、つかれた~~ 漣:おつかれ、紫さん。 紫:あ、漣さん。おつかれさまです。 漣:はい、スポーツドリンク持ってきたから、飲んでね。 紫:ありがとうございます・・・ 漣:練習は楽しい?・・・それとも、きつい?? 紫:いえ、とても楽しいです!ずっと、舞台に立ちたいと思っていたので。 漣:あはは、それはすごいね!・・・僕には、無理だなあ。 紫:・・・あの、聞いてもいいですか? 漣:ん?なんだい? 紫:漣さんは、どうして脚本家をされているんですか? 漣:んー・・・むずかしい質問だなあ。そうだねえ、自分に務まる仕事が、たまたまそれだったからかなあ。 紫:それ? 漣:うん。舞台って、表でやる役者と、裏方の人がいることで基本的には成り立ってるでしょ? 漣:だからね、自分の役割は裏方かなって。 紫:漣さん、とても演技が上手だから役者もできそうですけど・・・ 漣:あはは、そんなことはないよ。・・・僕にはね、とても身近に芝居がとってもうまい人がいるからね。 紫:美咲さんのこと、ですか? 漣:そう。・・・実はね、僕らには親がいないんだ。・・・僕らが小さいころ、蒸発しちゃって。 紫:え? 漣:だから、小さい頃はずっと姉さんと暮らしていたんだ。姉さんは、すごいんだよ。なんでもできて。 漣:学校の勉強や、日々の生活の家事。人とのコミュニケーション能力も高くて。 漣:身内から見てもぜんぜん隙がない完璧な人。でもね、芝居においてはまだ伸びしろがあるんだ。 紫:・・・ 漣:その伸びしろを作ってくれているのは、竜さん。姉さんとはよくケンカするけど、それもお互いに意識しあっているからこそのこと。お互いにないものを吸収しようとしているんじゃないかって思うんだ。 漣:だから・・・そんな姉さんの成長を、僕みたいな中途半端な役者が邪魔をしちゃいけないんだ。 紫:・・・うーん、そうなんですか。 漣:ごめんね。こんな話を休憩中にしちゃって。しっかり休んでね。・・・舞台ではね、遠慮しない人間が強いんだ。もちろん、それだけじゃないけどね。 漣:だから、紫さん。僕みたいになっちゃだめだよ。・・・じゃあね。稽古再開の時にまた呼ぶね。 紫:あ・・・ 紫:(なんて声をかけたらよかったんだろう。その時の僕には、わからなかった。遠慮しない人間が強い、か。・・・僕も、一生懸命やらないとな。) 0:1か月後、稽古場にて。 漣:さて、今日で稽古が始まって一か月がたったね。それでは今日は、ナイトハルクとルードの2人が別れの会話をする場面の練習だね。・・・いくよ、3,2,1… 紫:お待ちになってください!ナイトハルク様! 竜:ルード、止めてくれるな、私はもう決めたのだ。 紫:だって、だって、こんなことあんまりじゃないですか! 竜:・・・カットだ! 紫:え? 漣:ん? 美咲:は? 竜:山田、あんまりこういうことははっきりとは言いたくないが、お前は発声の基礎がなっていない。 紫:え?あ、は、はい。すみません。 竜:前々から思っていたのだが、おそらく口の形が間違っているのだろう。修正しよう。皆、すまない。5分ほど時間をくれ。 美咲:ちょっとちょっと竜!なにしてんの! 竜:なにって、山田の発声の修正をこれから 美咲:そんなこと、どうでもいいじゃない!この場面は、役者がどれだけ気持ちをお客さんに伝えられるかが重要でしょ! 竜:・・・どうでもいい、だと。 紫:あ、あの、僕なら大丈夫ですから。 美咲:紫ちゃんは黙ってて! 竜:ずっと頭にくるやつだと思っていたが、これほど大事なことになぜ気づかない! 竜:いくら気持ちがのっている芝居をしても、お客さんが聞き取れないんじゃ意味がないんだぞ! 美咲:そこは根性と気合いで伝えるのよ! 竜:バカバカしいにもほどがある!そんな理論もなにもない芝居のやり方で、人に伝えられるか! 美咲:バカ?はあ!?バカって言ったわねアンタ!! 竜:お前のことをバカといったわけじゃない!やり方がバカげていると 漣:いい加減にしてください!! 漣:…姉さん!竜さん!あなたたちはいつもそうだ。どちらも正しいことを言っているのに。 漣:どちらもちょっとだけ歩み寄ればいいだけの話じゃないか。 漣:僕は裏方の人間だ。舞台には立たない人間だ。・・・だけど!お互いに歩み寄れない人間に、僕は舞台に立ってほしくない!! 美咲:・・・っ 竜:・・・ 0: 静寂が稽古場を包んだ。 漣:・・・すみません、言いすぎました。ちょっと休憩にしましょう。僕も頭を冷やしてきます。 紫:そ、そうですね、休憩にしましょう。・・・竜さん。 竜:あ、ああ。どうした? 紫:この休憩の間に、僕の発声のどのあたりがおかしいのか教えてください。 竜:・・・わかった。 紫:美咲さん。 美咲:ん? 紫:ありがとうございました。かばってくださって。 美咲:別に、そんなんじゃないよ。…竜。ごめん、熱くなりすぎた。 竜:いや、俺のほうこそ言い過ぎた。 美咲:あたしたち、自分のことばっかり考えてて、裏方の人とか、他の役者のこととか考えられてなかったなあ。 竜:それについては、俺も同じだ。…ちょっとだけ歩み寄る、か。簡単そうなのに、難しいな。 美咲:そうね。難しいなあ~ 紫:ちょっとずつ、ちょっとずつでいいので、できるようになれればいいんじゃないでしょうか。前に、漣さん言ってました。「舞台は遠慮しない人間が強い。けど、それだけじゃないって。」 美咲:あいつが、そんなことを・・・そうね、そのとおりね。 竜:にしても、漣のあんな大きな声初めて聞いた。 美咲:あたしも! 竜:漣もあんなに大きな声が出るのか…これはぜひ感情の研究対象に… 美咲:また始まっちゃったよ、竜の分析グセ~ 紫:あ、あの。ちょっと漣さんの様子を見てきます! 0: 稽古場。休憩スペースにて。 漣:・・・はあ。 紫:漣さん!いた! 漣:?やあ、紫さん。・・・ごめんね、さっきは怒鳴っちゃって。 紫:いえ、そんな・・・それより… 漣:それより? 紫:怒ったときの漣さん、すごく素敵でした!・・・あ、えっと。それだけです!僕は戻りますね! 漣:…はは、怒ったときが素敵、か。初めて言われた。本当に怒りたいのは、不甲斐ない自分自身なのになあ。 紫:(そして、季節もすっかり変わったある日。竜さんと美咲さんも、近頃けんかをやめて、議論することが多くなったころ。僕の体に異変が起き始めた。) 0: 稽古場。休憩スペースにて。 紫:うーん、今日は特に痛いなあ。膝君。仲良くしようよ。 竜:おはよう。山田。…あれ、膝なんてさすってどうした?痛いのか? 紫:りゅ、竜さん。大丈夫です… 竜:無理はするなよ。もし、本当に痛むようだったら、病院に行くんだ。 紫:大丈夫です!元気ですよ! 竜:…そうか。 紫:先に準備運動、始めちゃいますね! 竜:あ、おい!…本当に、大丈夫なのか… 0: 稽古場にて。 漣:さて、では今日も稽古をするよ。場面は、マリアンナとルードが口論の末もみ合いになるシーンだ。では…3、2、1・・・ 紫:(ちょっと足が痛むけど、これくらいなら…)あなたか。私の主人をたぶらかす堕落の姫君というのは。 美咲:(…?、いつもより、表情が固いような。)たぶらかすだなんて、そんな…私はナイトハルク様を愛しているのです! 漣:紫さん!ここで足を使って思いっきり地面を蹴って、迫力を出して! 紫:はい!・・・黙れ!っ!い、痛・・・ 竜:っ!山田!おい、大丈夫か!! 美咲:紫ちゃん?! 漣:紫さん! 紫:だ、大丈夫です… 竜:この痛がりようで大丈夫なわけがあるか! 美咲:ズボン、膝までめくるわよ?…っ! 漣:…右膝が腫れてる…! 竜:救急車を呼ぼう! 美咲:そうね! 竜:(こうして、紫は救急車で運ばれた。) 美咲:(医者によると、ひどいねんざのようで、完治にはしばらく時間がかかると言われた。) 0:翌日。稽古場にて。 漣:… 美咲:おはよう!漣。 漣:あ、姉さん… 美咲:どうしたの、暗い顔して…って、空元気だしてもしょうがないよね。 竜:さすがにこういう時は空気を読めるのな、お前も。 美咲:竜はいつもうるさいよ!…どうする?今回の舞台 竜:脚本と演出をしている漣が座長だが… 漣:…すみません。すぐには、切り替えられなくて。 美咲:代役を立てるにしても、本番まで1か月を切った今からだとちょっと… 紫:僕の代役は、漣さんにお願いしたいです。 漣:っ!、紫君! 美咲:紫ちゃん! 竜:もう大丈夫・・・なわけないよな、松葉杖をついてここまで来たのか。 紫:杖をつきながらなら歩けますけど、これじゃ稽古はできないですね。…だったら、ぜひ漣さんに僕の代役をお願いしたいです! 漣:僕は、あくまで裏方だよ…今から稽古をしても、とても… 紫:できますよ、漣さんなら。…今までだって、 紫:ずっと僕たちの演技を指導してこられましたし、ずっと芝居のことを見ておられる。ルードは、そういう人だからこそできる役だと思うんです。 漣:で、でも… 紫:「舞台は、遠慮しない人間が強い」んでしょ?漣さんは、今まで遠慮していた。でも今は、もう遠慮しなくていいと思うんです。…お願いします! 漣:…そうか、そうだね。 美咲:やってみようよ!漣。 竜:それしか方法がないだろう。漣。 漣:2人とも…うん。わかった。どこまでできるかわからないけど、やってみるよ。 紫:(こうして、残りの稽古期間は僕の代わりに漣さんの稽古を中心に行うことになった。) 美咲:漣!もうちょっと声張るとここは伝わりやすいと思うよ! 漣:うん! 竜:漣!そのセリフはもう半歩前に出ると目立ちやすい! 漣:はい! 紫:(そして、迎えた舞台本番の日) 0: 舞台が始まる前。 竜:今日は舞台本番だな。・・・いよいよ、この日が来たな。 美咲:どうなるかと思ったなあ~ 漣:… 美咲:漣!どんだけ緊張してるの、よ!! 漣:うわあ、姉さん!背中をたたかないでよ… 竜:緊張をほぐすための手段だろ。少々荒っぽいが、効果的なやり方かもな。 紫:応援してます!! 美咲:なにいってるの、紫ちゃん!あなたも、舞台の一員でしょ! 竜:そうだ、誰一人として欠けてはいけないメンバーだ。 紫:・・・そうですね。漣さん。 漣:ん?なんだい? 紫:…がんばってください! 漣:…ありがとう。 紫:(あの時とは違う光景、自分ができなかったことはたくさんある。けど、僕はここからだ。) 紫:・・・準備はいいですか? 竜:いつでも。 美咲:オッケーだよ! 漣:はい! 紫:開演まで、3,2,1・・・ 漣:斯くして舞台は幕を開ける!

紫:幼いころから演劇や舞台が好きだったかというとそうではなかった。 竜:彼が初めて演劇に興味を持ったのは、今から8年前だった。 漣:学校の行事で初めて演劇の「舞台」を見た少年の心に、突き刺さるものだった。 美咲:激しく舞い、踊り、言葉を巧みに操る舞台の役者たち。 竜:それは、少年の心を決意させるには十分なものだった。 紫:あの人たちみたいになりたい、と。 美咲:8年後、劇団「天のふたご座」(あまのふたござ)稽古場前にて。 紫:…来ちゃったなあ。ここまで。 紫:合格、したんだ。劇団に。 紫:…まさか、自分がここまでやれるとは思わなかった。…はあ、緊張するなあ。 紫:でも、せっかくここまでこれたんだし…今日からがんばるぞ。 紫:よし、ごめんくださー 美咲:あなたはいつもそう!自分の立場や肩書を何よりも優先して! 紫:(稽古場の扉を開けた先では、) 竜:何を言うんだい、僕が見つめているのは君の美しい瞳だけさ。 紫:(「演劇」の世界が待っていた。) 美咲:またそうやってあなたは嘘ばかり言う!どれだけ私の心をもてあそべば…ってあれ? 竜:!おい!稽古中だぞ! 美咲:見ない顔だね!ひょっとして、新人さんかな? 漣:はい、カット、カット!…姉さん、せっかく芝居に熱が入っていいところだったのに。 紫:あ、あの 竜:全くだ、せっかくここからのセリフの感情の入れ方を研究しようと思ってたのに…それで、ええと、君がたしか今日から入るっていう新人さんか? 紫:そ、そうです!、よ、宜しくお願い致します! 漣:あー、そういえばそろそろ来る頃だと思ってた。 美咲:漣!新人さんが来るなんて、こんな大事なことは早めに教えといてよね! 漣:稽古が始まる前のミーティングで言ったじゃないか。 竜:俺も、それははっきりと聞いたな。 美咲:えー、なんだあ、あたしだけ聞いてなかったのかあ。 竜:この馬鹿はほっといて。君、名前は? 紫:え、えっと、山田 紫(やまだ むらさき)といいます。 漣:山田さんね、よろしく。僕は橘 漣(たちばな れん)っていうんだ。…うわっと! 美咲:(漣の肩に手をまわして)あたしがそのお姉ちゃんの、橘 美咲(たちばな みさき)だよ!よろしくね!で、こっちの頭がすごーく硬くて、もう本当にどうしようもないくらい硬くて、ヤシの実くら 竜:だれがヤシの実だ!…まったく、俺は唐立 竜(からたち りゅう)だ。よろしく、山田さん。 紫:は、はい、よろしくお願いします。 紫:(先ほどまでの殺気立った表情はどこへ行ったのか。打って変わって、この人たちは柔和な表情で僕を迎えてくれた。) 紫:…すごいなあ。 美咲:ん?今すごいって言ったの私のこと?(同時に) 竜:ん?今すごいって言ったの俺のこと?(同時に) 美咲:…は?(同時に) 竜:…は?(同時に) 美咲:おい、かぶせるな!(同時に) 竜:おい、かぶせるな!(同時に) 紫:え、なんか急にコント始まった? 漣:ふふ、相変わらず仲がいいんだか悪いんだか。山田さん、ごめんね。さわがしくて。 漣:この2人は、実力はたしかなんだけどよくケンカしたりケンカしたり・・・いちゃついたりしてるから。 紫:な、なるほどですね 美咲:だれがこんなやつと!(同時に) 竜:だれがこんなやつと!(同時に) 漣:ほら、やっぱり仲良しじゃないか。 美咲:ぐ、ぐぬぬぬぬぬ(同時に) 竜:ぐ、ぐぬぬぬぬ(同時に) 紫:あ、あはは…(ここはなんだか、楽しそうなところかもしれない) 0: 稽古場、休憩スペースにて 紫:それじゃあ、今日はみなさん3人しかいないんですか? 漣:あはは…人が少なくてごめんね。うちは、そんなに人数が多い劇団じゃないからね。 紫:いえ、そんなことは。 漣:事実だし、大丈夫だよ。でも、人数は少なくても芝居の実力はみんな確かだよ。 紫:橘さんも、芝居をするんですか? 漣:ううん、僕は裏方。脚本と演出を担当しているんだ。 美咲:おーい、そこの新人!うちの子となに楽しそうに話してるの?私も混ぜてよ! 竜:こら、橘。大事な話に決まっているだろう。じゃまをするんじゃない。 美咲:なんで大事な話ってわかるんだよ!もしかしたらしょーもない話かもしれないじゃん! 竜:せっかく劇団に入ってくれた人と、いきなりそんな話をするわけないだろう。・・・それに 紫:(・・・竜さんと、目が合う。なんだか、前にもこんなことがあったような気がした。) 竜:この人の演技には、光るものがある。だから、今ここにいるんだろ。 紫:え、な、なんで僕のことを知っているんですか? 竜:入団オーディションの際の審査員には、俺もいたからな。もちろん、漣もな。 紫:あ…なるほど。すみません。緊張してて覚えていなくて… 竜:なに、気にするな。その気持ちはわかる。 美咲:えー、じゃあ新人君の実力を知らないの私だけ!!?? 竜:はしゃぐな、うるさい。 美咲:まー、この堅物メガネはほっといて、新人君、ちょっと実力見せてよ! 紫:え、と言われましても… 美咲:なーに、ちょっと殺陣(たて)をやってもらうだけだから!漣も、見たいでしょ? 漣:まあ、山田さんなら基礎はできてると思うし、いいと思うよ。山田さんは、殺陣の経験は? 紫:高校の時に、少しだけなら… 漣:それなら、大丈夫かな。危ないと思ったら、すぐに竜さんを呼んで。止めてくれるから。 竜:おれかよ。 美咲:よーし、じゃあこれ持ってね。 0: 美咲は刀身が柔らかい素材で作られた模造刀を紫に手渡す。 紫:これは・・・模造刀ですか? 美咲:そーだよ!さ、どこからでも打ち込んできていいよ。君の力を見せてもらうよ。 竜:無理はするなよ、山田さん 紫:は、はい!・・・えっと、殺陣の基本、わかりやすく、大きく振るうこと!…やああああ! 美咲:お! 漣:いいかけ声だね 竜:ああ、基本に忠実な構えだな。 美咲:ほっ!ほっ!…いいね、いいね、筋がいいよ! 紫:あ、ありがとうございます!(この人、相当上手い・・・けっこう全力で打ち込んでいるのに、びくともしない) 竜:相手に武器を当ててもいけないという基本も押さえているな、まあ、美咲が軽く受け止めているというのもあるが。 漣:あはは、基本を押さえているのは竜さん好みだねえ。 美咲:さて、じゃあそろそろ、こっちからもいくよ・・・はああああ! 紫:!!??(今までの動きとは、ぜんぜん違う!、表情、動き、全部に迫力がある・・・なんて、強さなんだ) 美咲:どうした、どうした!まだ私の本気はこんなもんじゃないよお! 竜:あのバカ、頭に血がのぼって・・・ちょっと止めてくる 漣:待って、竜さん・・・もう少し、見ていたい。 竜:っ!おい、本当に大丈夫か? 紫:はあ、はあ、はあ・・・・(数度受け止めただけなのに、半端じゃない重みと強さ・・・) 美咲:ほら、ラスト行くよお! 紫:・・・すごいな、本当に。でも僕だって、負けたくないんだ! 美咲:っ!!あたしの、刀を・・・ 竜:美咲の模造刀をはじいただと! 漣:・・・これは、いい殺陣だね。 美咲:ふふふ、完敗だよ!!いやあ、最高だね!新人君、いや、紫くん! 紫:い、いや、あの、本当にすみません!調子乗っちゃって・・・ 竜:何を言うんだ、紫君。君は本当に素質がある。 漣:うん、たった一回とはいえ、姉さんの刀をはじけるなんて、そんなことができるのはこの劇団には竜さん以外いないよ。 美咲:そうそう!あたしがいうのもなんだけど、君は本当にいい役者になれるよ! 紫:!!、あ、ありがとうございます!!・・・痛っ! 美咲:ん?どうしたの?どこか痛む??大丈夫?? 紫:いえ、大丈夫です、ちょっとだけ足がしびれただけです。 竜:準備運動もろくにせずやるからだ。今度教えてやろう。 美咲:あー、長くなるからまた今度ね。 竜:お前には言っていない! 漣:なにはともあれ、今日からよろしくね、山田さん。 紫:は、はい! 紫:(若干足の古傷が痛んだのは、おそらく気のせいではなかったけど。自分の実力が認められた気がして、とてもうれしかった。) 0:紫が入団してから、10日後。稽古場にて。 紫:今日はちょっと人が多いですけど、何をするんですか? 美咲:今日はね、3か月後にある舞台の台本と役の発表があるんだよ! 紫:おお、じゃあ、みなさんの晴れ舞台がみられるんですね! 竜:他人事みたいに言ってるけど、君ももう立派な団員だからな。みんなにチャンスはあるんだぞ。 0 ――― 漣が遅れて入ってくる。 漣:みんな、お待たせしたね。・・・うん、全員そろっているみたいだね。 漣:さて、では3か月に迫っている定期公演の台本の発表をするよ。 漣:今回の台本の名前は、「おとめ座の騎士」。 漣:過去につらい思い出を抱えた騎士が、国の姫様と恋に落ちて、結ばれる話だよ。 美咲:おお、すごいわかりやすい説明だね! 竜:ふむ、おとめ座というのも何か話に関係あるのか…分析せねばな。 紫:台本の発表なんて、初めてだからドキドキするなあ。 漣:では、役の発表をするよ!まず、おとめ座の騎士こと「ナイトハイク」を唐立 竜! 竜:はい!精一杯努めます! 漣:そして、騎士が恋する姫こと「マリアンナ」を橘 美咲! 美咲:はーい!がんばりまーす!! 漣:そして、騎士の従者の「ルード」に・・・山田 紫! 紫:・・・え?ええ?!僕、ですか? 漣:そんなに驚くことじゃないよ。それに、君以外の全員が納得の配役だと思うよ。 竜:まだたった10日間だけど、君の実力は確かなものだと確信したからな。まあ妥当だろ。 美咲:楽しみ~どんな舞台になるか今からワクワクしちゃうね! 紫:・・・わ、わかりました!どれだけ力になれるかわかりませんが、がんばります! 美咲:あはは、そんな緊張しなくても大丈夫だって!・・・楽しも! 竜:まずは、本読みから始めていけば不安も少ないだろう。 漣:さて、じゃあまずは脚本を書いた僕が台本を読むよ。手元に台本を配るから、見ながら聞いてね。 紫:(こうして、3か月後の舞台に向けての稽古が始まった。稽古はとても厳しく、新人である僕にはついていけない場面もあった。) 美咲:紫さん!そこ、もっとがーっと大きく身振りをしないと、遠くのお客さんに見えないよ! 紫:は、はい! 竜:山田!もっとハキハキしゃべらないと、長文のセリフで苦戦するぞ! 紫:はい! 0: 稽古場、休憩スペースにて 紫:や、やっと休憩だ~、つかれた~~ 漣:おつかれ、紫さん。 紫:あ、漣さん。おつかれさまです。 漣:はい、スポーツドリンク持ってきたから、飲んでね。 紫:ありがとうございます・・・ 漣:練習は楽しい?・・・それとも、きつい?? 紫:いえ、とても楽しいです!ずっと、舞台に立ちたいと思っていたので。 漣:あはは、それはすごいね!・・・僕には、無理だなあ。 紫:・・・あの、聞いてもいいですか? 漣:ん?なんだい? 紫:漣さんは、どうして脚本家をされているんですか? 漣:んー・・・むずかしい質問だなあ。そうだねえ、自分に務まる仕事が、たまたまそれだったからかなあ。 紫:それ? 漣:うん。舞台って、表でやる役者と、裏方の人がいることで基本的には成り立ってるでしょ? 漣:だからね、自分の役割は裏方かなって。 紫:漣さん、とても演技が上手だから役者もできそうですけど・・・ 漣:あはは、そんなことはないよ。・・・僕にはね、とても身近に芝居がとってもうまい人がいるからね。 紫:美咲さんのこと、ですか? 漣:そう。・・・実はね、僕らには親がいないんだ。・・・僕らが小さいころ、蒸発しちゃって。 紫:え? 漣:だから、小さい頃はずっと姉さんと暮らしていたんだ。姉さんは、すごいんだよ。なんでもできて。 漣:学校の勉強や、日々の生活の家事。人とのコミュニケーション能力も高くて。 漣:身内から見てもぜんぜん隙がない完璧な人。でもね、芝居においてはまだ伸びしろがあるんだ。 紫:・・・ 漣:その伸びしろを作ってくれているのは、竜さん。姉さんとはよくケンカするけど、それもお互いに意識しあっているからこそのこと。お互いにないものを吸収しようとしているんじゃないかって思うんだ。 漣:だから・・・そんな姉さんの成長を、僕みたいな中途半端な役者が邪魔をしちゃいけないんだ。 紫:・・・うーん、そうなんですか。 漣:ごめんね。こんな話を休憩中にしちゃって。しっかり休んでね。・・・舞台ではね、遠慮しない人間が強いんだ。もちろん、それだけじゃないけどね。 漣:だから、紫さん。僕みたいになっちゃだめだよ。・・・じゃあね。稽古再開の時にまた呼ぶね。 紫:あ・・・ 紫:(なんて声をかけたらよかったんだろう。その時の僕には、わからなかった。遠慮しない人間が強い、か。・・・僕も、一生懸命やらないとな。) 0:1か月後、稽古場にて。 漣:さて、今日で稽古が始まって一か月がたったね。それでは今日は、ナイトハルクとルードの2人が別れの会話をする場面の練習だね。・・・いくよ、3,2,1… 紫:お待ちになってください!ナイトハルク様! 竜:ルード、止めてくれるな、私はもう決めたのだ。 紫:だって、だって、こんなことあんまりじゃないですか! 竜:・・・カットだ! 紫:え? 漣:ん? 美咲:は? 竜:山田、あんまりこういうことははっきりとは言いたくないが、お前は発声の基礎がなっていない。 紫:え?あ、は、はい。すみません。 竜:前々から思っていたのだが、おそらく口の形が間違っているのだろう。修正しよう。皆、すまない。5分ほど時間をくれ。 美咲:ちょっとちょっと竜!なにしてんの! 竜:なにって、山田の発声の修正をこれから 美咲:そんなこと、どうでもいいじゃない!この場面は、役者がどれだけ気持ちをお客さんに伝えられるかが重要でしょ! 竜:・・・どうでもいい、だと。 紫:あ、あの、僕なら大丈夫ですから。 美咲:紫ちゃんは黙ってて! 竜:ずっと頭にくるやつだと思っていたが、これほど大事なことになぜ気づかない! 竜:いくら気持ちがのっている芝居をしても、お客さんが聞き取れないんじゃ意味がないんだぞ! 美咲:そこは根性と気合いで伝えるのよ! 竜:バカバカしいにもほどがある!そんな理論もなにもない芝居のやり方で、人に伝えられるか! 美咲:バカ?はあ!?バカって言ったわねアンタ!! 竜:お前のことをバカといったわけじゃない!やり方がバカげていると 漣:いい加減にしてください!! 漣:…姉さん!竜さん!あなたたちはいつもそうだ。どちらも正しいことを言っているのに。 漣:どちらもちょっとだけ歩み寄ればいいだけの話じゃないか。 漣:僕は裏方の人間だ。舞台には立たない人間だ。・・・だけど!お互いに歩み寄れない人間に、僕は舞台に立ってほしくない!! 美咲:・・・っ 竜:・・・ 0: 静寂が稽古場を包んだ。 漣:・・・すみません、言いすぎました。ちょっと休憩にしましょう。僕も頭を冷やしてきます。 紫:そ、そうですね、休憩にしましょう。・・・竜さん。 竜:あ、ああ。どうした? 紫:この休憩の間に、僕の発声のどのあたりがおかしいのか教えてください。 竜:・・・わかった。 紫:美咲さん。 美咲:ん? 紫:ありがとうございました。かばってくださって。 美咲:別に、そんなんじゃないよ。…竜。ごめん、熱くなりすぎた。 竜:いや、俺のほうこそ言い過ぎた。 美咲:あたしたち、自分のことばっかり考えてて、裏方の人とか、他の役者のこととか考えられてなかったなあ。 竜:それについては、俺も同じだ。…ちょっとだけ歩み寄る、か。簡単そうなのに、難しいな。 美咲:そうね。難しいなあ~ 紫:ちょっとずつ、ちょっとずつでいいので、できるようになれればいいんじゃないでしょうか。前に、漣さん言ってました。「舞台は遠慮しない人間が強い。けど、それだけじゃないって。」 美咲:あいつが、そんなことを・・・そうね、そのとおりね。 竜:にしても、漣のあんな大きな声初めて聞いた。 美咲:あたしも! 竜:漣もあんなに大きな声が出るのか…これはぜひ感情の研究対象に… 美咲:また始まっちゃったよ、竜の分析グセ~ 紫:あ、あの。ちょっと漣さんの様子を見てきます! 0: 稽古場。休憩スペースにて。 漣:・・・はあ。 紫:漣さん!いた! 漣:?やあ、紫さん。・・・ごめんね、さっきは怒鳴っちゃって。 紫:いえ、そんな・・・それより… 漣:それより? 紫:怒ったときの漣さん、すごく素敵でした!・・・あ、えっと。それだけです!僕は戻りますね! 漣:…はは、怒ったときが素敵、か。初めて言われた。本当に怒りたいのは、不甲斐ない自分自身なのになあ。 紫:(そして、季節もすっかり変わったある日。竜さんと美咲さんも、近頃けんかをやめて、議論することが多くなったころ。僕の体に異変が起き始めた。) 0: 稽古場。休憩スペースにて。 紫:うーん、今日は特に痛いなあ。膝君。仲良くしようよ。 竜:おはよう。山田。…あれ、膝なんてさすってどうした?痛いのか? 紫:りゅ、竜さん。大丈夫です… 竜:無理はするなよ。もし、本当に痛むようだったら、病院に行くんだ。 紫:大丈夫です!元気ですよ! 竜:…そうか。 紫:先に準備運動、始めちゃいますね! 竜:あ、おい!…本当に、大丈夫なのか… 0: 稽古場にて。 漣:さて、では今日も稽古をするよ。場面は、マリアンナとルードが口論の末もみ合いになるシーンだ。では…3、2、1・・・ 紫:(ちょっと足が痛むけど、これくらいなら…)あなたか。私の主人をたぶらかす堕落の姫君というのは。 美咲:(…?、いつもより、表情が固いような。)たぶらかすだなんて、そんな…私はナイトハルク様を愛しているのです! 漣:紫さん!ここで足を使って思いっきり地面を蹴って、迫力を出して! 紫:はい!・・・黙れ!っ!い、痛・・・ 竜:っ!山田!おい、大丈夫か!! 美咲:紫ちゃん?! 漣:紫さん! 紫:だ、大丈夫です… 竜:この痛がりようで大丈夫なわけがあるか! 美咲:ズボン、膝までめくるわよ?…っ! 漣:…右膝が腫れてる…! 竜:救急車を呼ぼう! 美咲:そうね! 竜:(こうして、紫は救急車で運ばれた。) 美咲:(医者によると、ひどいねんざのようで、完治にはしばらく時間がかかると言われた。) 0:翌日。稽古場にて。 漣:… 美咲:おはよう!漣。 漣:あ、姉さん… 美咲:どうしたの、暗い顔して…って、空元気だしてもしょうがないよね。 竜:さすがにこういう時は空気を読めるのな、お前も。 美咲:竜はいつもうるさいよ!…どうする?今回の舞台 竜:脚本と演出をしている漣が座長だが… 漣:…すみません。すぐには、切り替えられなくて。 美咲:代役を立てるにしても、本番まで1か月を切った今からだとちょっと… 紫:僕の代役は、漣さんにお願いしたいです。 漣:っ!、紫君! 美咲:紫ちゃん! 竜:もう大丈夫・・・なわけないよな、松葉杖をついてここまで来たのか。 紫:杖をつきながらなら歩けますけど、これじゃ稽古はできないですね。…だったら、ぜひ漣さんに僕の代役をお願いしたいです! 漣:僕は、あくまで裏方だよ…今から稽古をしても、とても… 紫:できますよ、漣さんなら。…今までだって、 紫:ずっと僕たちの演技を指導してこられましたし、ずっと芝居のことを見ておられる。ルードは、そういう人だからこそできる役だと思うんです。 漣:で、でも… 紫:「舞台は、遠慮しない人間が強い」んでしょ?漣さんは、今まで遠慮していた。でも今は、もう遠慮しなくていいと思うんです。…お願いします! 漣:…そうか、そうだね。 美咲:やってみようよ!漣。 竜:それしか方法がないだろう。漣。 漣:2人とも…うん。わかった。どこまでできるかわからないけど、やってみるよ。 紫:(こうして、残りの稽古期間は僕の代わりに漣さんの稽古を中心に行うことになった。) 美咲:漣!もうちょっと声張るとここは伝わりやすいと思うよ! 漣:うん! 竜:漣!そのセリフはもう半歩前に出ると目立ちやすい! 漣:はい! 紫:(そして、迎えた舞台本番の日) 0: 舞台が始まる前。 竜:今日は舞台本番だな。・・・いよいよ、この日が来たな。 美咲:どうなるかと思ったなあ~ 漣:… 美咲:漣!どんだけ緊張してるの、よ!! 漣:うわあ、姉さん!背中をたたかないでよ… 竜:緊張をほぐすための手段だろ。少々荒っぽいが、効果的なやり方かもな。 紫:応援してます!! 美咲:なにいってるの、紫ちゃん!あなたも、舞台の一員でしょ! 竜:そうだ、誰一人として欠けてはいけないメンバーだ。 紫:・・・そうですね。漣さん。 漣:ん?なんだい? 紫:…がんばってください! 漣:…ありがとう。 紫:(あの時とは違う光景、自分ができなかったことはたくさんある。けど、僕はここからだ。) 紫:・・・準備はいいですか? 竜:いつでも。 美咲:オッケーだよ! 漣:はい! 紫:開演まで、3,2,1・・・ 漣:斯くして舞台は幕を開ける!