台本概要

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タイトル とある吸血鬼の恋物語
作者名 天道司
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 吸血鬼になりたい少女と、吸血鬼を増やしたくない吸血鬼の恋の物語。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ココ 167 一途で天真爛漫。幼い頃に疫病で両親を亡くし、奴隷商人に連れ去られそうになっているところをマルスに助けられた。
マルス 159 吸血鬼。森の奥に一人で住んでいる。とても優しい性格で、薬学の研究をしている。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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ココ:「ドラゴンのエンブレム・・・。ここだ・・・。やっと見つけた・・・」 0: ココ:(N)荘厳(そうごん)なる吸血鬼の古城(こじょう)。高い塀(ほり)に囲まれ、庭には静寂(せいじゃく)が広がり、太陽の光が巧妙(こうみょう)に遮(さえぎ)られている。 ココ:(N)少女が古びた門を叩く・・・。それは、もう、しつこく何度も・・・。 ココ:(N)観念したのか、寝ぐせで乱れた髪を搔(か)きむしりながら、一人の男が出てきた。 0: マルス:(欠伸) ココ:「私を吸血鬼にして下さい!」 マルス:「あん?」 ココ:「吸血鬼になりたいんです!」 マルス:「ちょっと待って!真昼間に訪ねてきて、いきなり何を言い出すの!?」 ココ:「だから!私は!吸血鬼になりたいんです!」 マルス:「いやいや、吸血鬼って、どんなモノか分かってる?そもそも君は誰なの!?」 ココ:「吸血鬼は、吸血鬼でしょ?私は、ココです!」 マルス:「ココ?それが、君の名前?」 ココ:「はい」 マルス:「ココ・・・。ココね・・・。吾輩たち、初対面だよね?」 ココ:「初対面ではないです」 マルス:「えっ!?吾輩、ずっと何年も森の奥に引きこもってるから、人間の知り合いなんていないはずなんだけどな・・・。しかも、こんなに若い女の子・・・」 ココ:「それでも、あなたは、私を助けてくれました」 マルス:「吾輩が君を?助けた?いっ、いつ!?」 ココ:「10年ほど前のことになります。街では疫病(えきびょう)が流行っていて、そのせいで私の両親は亡くなってしまいました。そして、身寄りのない私は、奴隷商人に目を付けられ、攫(さら)われそうになっているところを、あなたに助けてもらったんです」 マルス:「え・・・?それ、ほんとに吾輩!?人違いじゃない!?あ・・・。吾輩は吸血鬼だから、吸血鬼違いか・・・」 ココ:「いいえ!あなたに!助けられました!」 マルス:「あっ・・・、はい・・・」 ココ:「あなたは、私を助けた後に、孤児院の前まで背負ってくれて・・・」 マルス:「はい・・・」 ココ:「あなたに出会えたから、今の私があるんです」 マルス:「なるほど・・・。君が無事に生きていてくれて、良かったよ。はい。それじゃ、さようなら」 0:マルスは扉を閉めようとするが、ココは体を挟み込む勢いで止める。 ココ:「待って下さい!」 マルス:「ぬあっ!まだ、なにか?吾輩、眠たいんだけど?」 ココ:「昼間ですよ?」 マルス:「昼間だから、すっごく眠たいの!」 ココ:「あぁ・・・。吸血鬼だから?」 マルス:「そう。太陽の光が苦手で、昼間は寝る時間なの」 ココ:「なるほど・・・」 マルス:「そういうことだから、帰ってくれるかな?君は、こんなところに来るべきじゃない」 ココ:「帰りません!」 マルス:「え?」 ココ:「吸血鬼にしてくれるまで、帰りません!」 マルス:「も~う・・・」 ココ:「吸血鬼にして下さい!」 マルス:「うぅ・・・」 ココ:「吸血鬼になりたいんです!」 マルス:「・・・。わかった・・・。君が吸血鬼になりたい理由だけは、聞いてあげよう」 ココ:「理由を話したら、吸血鬼にしてくれますか?」 マルス:「しない」 ココ:「どうしてですか?」 マルス:「どうしても」 ココ:「・・・」 マルス:「とりあえず、夜にならないと頭が回らないから、少し休ませてくれるかい?吾輩が起きてくるまで、寝室と研究室以外の部屋なら、どこでも自由に使ってくれて構わない」 ココ:「研究室?研究室があるんですか?」 マルス:「あぁ・・・。まぁ・・・ね」 ココ:「何の研究をしているんですか?」 マルス:「・・・。秘密だ」 ココ:「秘密ですか・・・」 マルス:「一つだけ赤い扉の部屋がある。それが、研究室。一応鍵をかけてあるから、無理やりこじ開けようとしない限り、入れないはずだ」 ココ:「・・・わかりました」 マルス:「じゃあ、おやすみ・・・」 ココ:「はい。おやすみなさい」 0: 0:【間】 0: ココ:「いっちゃった・・・。それにしても、なんなの!この屋敷は!」 0: マルス:(N)床には、古本や折れた家具の破片が散乱し、壁の塗料(とりょう)はひび割れ、その下からは蜘蛛の巣が懸垂(けんすい)している。 0: ココ:「これは・・・」 0: マルス:(N)腐敗(ふはい)した生ごみには、不気味な生き物たちが群がり、鼻をへし折るような匂いが隅々に広がっている。 0: ココ:「もう・・・」 0: マルス:(N)破れたカーテンの隙間から漏れる光が、部屋全体に幽(かす)かな灰色の薄明かりを与え、その光によって生み出された影が、部屋を一層荒廃させている。 0: ココ:「徹底的に掃除するしかない!」 0: 0:【間】 0: ココ:(N)そして、夜・・・。 0: マルス:(欠伸) ココ:「あっ!吸血鬼さん!」 マルス:「・・・・。ふぁっ!?なっ、なに!?・・・ここ・・・どこ!?」 ココ:「吸血鬼さんの家ですよ?」 マルス:「うん・・・。そ、そうだよね?すごく綺麗になっていて、まだ夢の中にいるのかと思ったよ・・・」 ココ:「見ていられないほど酷い状態だったので、掃除しておきました」 マルス:「うっ、うん・・・」 ココ:「もう!あんな汚い部屋で生活していたら、病気になりますよ?」 マルス:「病気にはならない」 ココ:「え?」 マルス:「吸血鬼だから、病気にはならない」 ココ:「それでも、よくないです!綺麗な部屋の方が気持ちが良いでしょ?」 マルス:「まっ、まぁ・・・。確かに・・・。えっと・・・。その・・・。ありがとう」 ココ:「はい!」 マルス:「・・・」 ココ:「ということで、私を吸血鬼にして下さい!」 マルス:「待って!その前に、君は、どうしてそんなに吸血鬼になりたいのか話してくれないか?」 ココ:「そんなの決まってるじゃないですか!」 マルス:「決まってる?」 ココ:「吸血鬼さんのお嫁さんになりたいからです!」 マルス:「・・・・・・は?」 ココ:「だから、私は、吸血鬼さんのお嫁さんになりたいんです!」 マルス:「いやいやいや!冗談だよね?」 ココ:「冗談なんかじゃないです。本気です!」 マルス:「本気・・・。本気、ね・・・」 ココ:「やっぱり吸血鬼さんのお嫁さんになるためには、私も吸血鬼にならないといけないと思って!」 マルス:「まぁ、そうなんだけど・・・」 ココ:「ダメですか?」 マルス:「ダメだ・・・」 ココ:「どうしてですか?私、可愛くないですか?街では、『すれ違う男たちが三度振り返るくらい可愛い』って評判だったんですよ?」 マルス:「うん。すっごく可愛いと思うよ。吾輩の好みの顔立ちをしている。でも、ダメだ」 ココ:「どうしてダメなんですか?家事全般も、この部屋を見ての通り、バッチリこなす自信があります!私のような優良物件、他にないと思いますよ?ダメな理由はないはずです!」 マルス:「それでも、君を吸血鬼にすることはできないし、お嫁さんにすることもできない」 ココ:「できないできないじゃなくて、できない理由を聞かせて下さい!」 マルス:「・・・」 ココ:「聞かせて下さい!」 マルス:「これ、言わないとダメなやつ?」 ココ:「はい!理由を聞くまでは、私、絶対に街には帰りませんから!」 マルス:「う~ん・・・」 ココ:「・・・」 マルス:「じゃあ、話すね・・・」 ココ:「はい」 マルス:「・・・まず、吸血鬼が、人を吸血鬼にするためには、お互いに両想いであることが必須条件としてあるんだ」 ココ:「両想い?じゃあ、私のことを好きになって下さい」 マルス:「おいおい・・・。『好きになって下さい』と言われて、すぐに好きになれるわけがないだろう?」 ココ:「そうですか?」 マルス:「それに、吸血鬼は、数年に一度、定期的に人の血を吸うことで、不老不死の肉体を維持することができる。だから、人の血を吸うために、吸血鬼は、人を牢に閉じ込めたり、殺したり、残虐なことをしている」 ココ:「吸血鬼さんは?」 マルス:「吾輩も、過去に何人も人を殺している」 ココ:「・・・」 マルス:「生き永らえるためには、人に危害を加えなければならない。人に危害を加えるのだから、当然、吾輩たち吸血鬼は、人から恐れられ、忌み嫌われることになる。容易に街には近づけず、ハンターからは命を狙われ、多額の懸賞金もかけられている。そんな危険で、悲しい運命を背負う吸血鬼を増やしたくはない」 ココ:「吸血鬼さんが背負っているなら、私も一緒に背負いたいです」 マルス:「君は、吸血鬼じゃないから、そんなことが言えるんだ。吸血鬼になったら分かる。この世界が、どれだけ生きづらいかが・・・」 ココ:「生きづらくても、吸血鬼さんと一緒なら、幸せです」 マルス:「どうして・・・?」 ココ:「私、吸血鬼さんのことが好きなんですよ!」 マルス:「好き?吾輩は、吸血鬼。人間に危害を加える存在だ。君は、好きになる相手を間違えている」 ココ:「いいえ、間違えていません!私は、吸血鬼さんが、吸血鬼さんだから、好きになったんです!」 マルス:「吾輩は、ただの人殺しの吸血鬼だ」 ココ:「ただの人殺しなんかじゃありません。吸血鬼さんは、とっても優しい人です。私はそれを知っています」 マルス:「知っています?君は、吾輩の何を知っているというんだ?」 0: ココ:(M)私は、首に下げたペンダントの、服に隠れていたロケットの部分を、吸血鬼さんに見せた。 0: マルス:「ドラゴンのエンブレム・・・」 ココ:「この屋敷の玄関にも、同じ彫刻がありますよね?」 マルス:「・・・まだ、持っていたのか」 ココ:「私の宝物です。やっぱり、あの時、私を助けてくれた吸血鬼さんで間違いないじゃないですか!」 マルス:「確かに吾輩は、君を助けた・・・。でも、たったそれだけの理由で、背負う運命の対価としては、明らかに釣り合いが取れていない」 ココ:「助けたのは、私だけじゃなかったでしょ?」 マルス:「・・・」 0: 0:【回想】 0:※回想が終わるまで、ココは、幼い少女になります※ 0: ココ:(N)夕暮れの路地裏。人気(ひとけ)のないその場所で、男はココを攫(さら)おうとした奴隷商人に立ち向かい、吸血(じゅけつ)して殺害した。 ココ:(N)男は、血まみれの口元をハンカチで拭いた後、ココに静かな声で話しかけた。 0: マルス:「すまない・・・。子どもに見せるようなものじゃなかったよね・・・」 ココ:「ぐすっ・・・ぐすっ・・・(泣)」 マルス:「あぁ、泣かないでおくれ?どうしよう・・・。あぁ~、そうだ!飴(あめ)!飴があるんだ!食べるかい?」 ココ:「いらない・・・」 マルス:「じゃあ、じゃあ、どうしよう・・・。君、おうちは?」 ココ:「もう、ないよ・・・。お父さんも、お母さんも、死んじゃったから・・・。うわ~ん!!!」 マルス:「ああ!泣かないで泣かないで!ごめんごめん・・・。嫌なこと、思い出させてしまったね・・・」 ココ:「おじさん、吸血鬼なんだね・・・」 マルス:「うん・・・。怖いかい?」 ココ:「怖くない」 マルス:「そうか・・・。君は、強いんだね」 ココ:「強くないよ・・・。だって、一人だもん・・・」 マルス:「うーん・・・。だったら、吾輩が、君を友達がたくさんいる場所に連れて行ってあげよう」 ココ:「えっ?でも、知らない人に付いていったらいけないって、お母さんが・・・」 マルス:「知らない人ではないよ。なにしろ吾輩は、『人』ではなく、『吸血鬼』だからね。吸血鬼に付いていってはいけないとは言われていないだろ?」 ココ:「それは・・・」 マルス:「ほれっ!おぶってあげよう!吾輩は、プリンセス専用のペガサスだ!」 ココ:「え?」 マルス:「さぁ、プリンセス、吾輩の背に!」 ココ:「・・・うん」 0: ココ:(M)私が恐る恐る吸血鬼さんの背に乗ると、彼は空高く跳躍(ちょうやく)した。家々の屋根を軽々と飛び越えて行く様子は、まるでペガサスのようだった。 0: マルス:「さぁ、着いたよ」 ココ:「ん?」 マルス:「あそこの孤児院の院長は、とても慈悲深い人だから、君のことも温かく迎え入れてくれるはずだ」 ココ:「吸血鬼さんは?」 マルス:「吾輩かい?吾輩とは、ここでお別れだ」 ココ:「お別れなの?」 マルス:「あぁ・・・。吾輩の姿を見ると、みんな、びっくりしてしまうからね」 ココ:「みんなと変わらないよ?」 マルス:「変わらないかも知れないけど、分かる人には、分かってしまうものだからさ」 ココ:「・・・」 マルス:「あぁ!そんなに悲しそうな顔をしないでおくれ。吾輩は、吸血鬼だ。本来であれば、君たち人間から忌み嫌われ、恐れられる存在なのだから」 ココ:「でも、吸血鬼さんは、優しいよ。私を助けてくれたし」 マルス:「・・・。ただの気まぐれさ。そう、ただの気まぐれ」 ココ:「気まぐれ・・・」 マルス:「あと、この紙を、院長に渡してくれるかな?」 ココ:「これは?」 マルス:「今、街で流行っている病気を治す薬の作り方を書いたメモさ。もう少し早く完成していれば、君の両親も助けられたはずなのに、ごめんよ」 ココ:「吸血鬼さんが渡せばいいんじゃないの?」 マルス:「吾輩は、吸血鬼だからね。嫌われ者の吸血鬼が作った薬ということが知れ渡ってしまうと、誰も薬を飲んでくれなくなるだろうからね」 ココ:「そんなことないと思うよ。本当に良い薬だったら、みんな飲んでくれると思う」 マルス:「うん・・・。そんな世界だったなら、どれだけ楽に生きられただろう・・・」 ココ:「ん?」 マルス:「なんでもない。独り言さ・・・。とにかく、君は、あの孤児院に行き、このメモを、うーん・・・。『旅のお医者さんからもらった』とでも言って、院長に渡す。いいね?」 ココ:「・・・」 マルス:「きっと、あの孤児院では、たくさんのお友達ができるはずだよ。大丈夫」 ココ:「・・・」 マルス:「早く行くんだ」 ココ:「吸血鬼さんと、また会える?」 マルス:「・・・。会えるよ。きっとね」 ココ:「ほんとに?」 マルス:「うーん・・・。だったら、これを君にプレゼントしよう」 0: 0:マルスは、首に下げていたペンダントをココに手渡した。 0: ココ:「これは?」 マルス:「お守りだよ。お守り」 ココ:「お守り?」 マルス:「また会えるように、おまじないがかけられている」 ココ:「おまじない?」 マルス:「あぁ・・・。だから、そのペンダントを持っていれば、必ず、また会える」 ココ:「うん・・・」 マルス:「それに、強そうなドラゴンも描かれているだろ?そのドラゴンが、吾輩の代わりに、君を危険なことから守ってくれる」 ココ:「そうなの?」 マルス:「うん。だから、大丈夫だよ・・・。さぁ、もう、行くんだ」 ココ:「うん・・・。吸血鬼さん、ありがとう」 0: 0:【回想終了】 0: ココ:「吸血鬼さんが言った通り、孤児院の院長さんは優しかったし、友達もたくさんできました。そして、吸血鬼さんのメモのおかげで、疫病も瞬(またた)く間に収束しました」 マルス:「・・・それは、良かったじゃないか」 ココ:「吸血鬼さんは、私だけじゃなく、たくさんの人の命を救ったんです」 マルス:「・・・だが、吾輩は、人殺しもしている」 ココ:「殺しているのは、悪い人だけでしょ?あの時も、私を助けるために」 マルス:「違う!たまたまだ!ただの偶然だ!吾輩のことを買いかぶりすぎだ!」 ココ:「買いかぶりかどうか、その真偽(しんぎ)を確かめるために、今日から一緒に生活しますね」 マルス:「・・・は!?」 ココ:「一緒に生活させていただきます」 マルス:「吾輩は、吸血鬼で、君は人だ。そもそもとして、生活のリズムが違う。一緒に暮らすなんて、不可能だ」 ココ:「私が、吸血鬼さんに何でも合わせます」 マルス:「昼夜逆転だぞ?」 ココ:「構いません」 マルス:「夜、眠らないのは、人の体には良くない」 ココ:「だったら、私を吸血鬼にしてくれますか?」 マルス:「それは・・・。あと、ニンニクも食べられないし」 ココ:「私もニンニクは、あまり好きではありません。口の中が臭くなるのが嫌で・・・」 マルス:「プッ・・・!」 ココ:「あ!吸血鬼さん、初めて笑いましたね!」 マルス:「あっ、いや・・・。笑ってない」 ココ:「笑いましたよね?」 マルス:「笑ってなどいない。吾輩を、からかうな!」 ココ:「ふふっ。吸血鬼さんって、可愛いですね!」 マルス:「可愛いだと!?」 ココ:「はい。とっても可愛いです」 マルス:「はぁ・・・。とにかく、一緒に生活はできん!今すぐ出て行け!」 ココ:「今すぐ出て行け?今、外は真っ暗ですよ?こんな真っ暗な中、か弱い少女を一人、森の中にほっぽり出そうって言うんですか?」 マルス:「そ、それは・・・。あぁ・・・。人間は、夜眼(よめ)が効かないんだったな・・・。すまない・・・」 ココ:「ふふっ。やっぱり、吸血鬼さんって、優しいんですね!」 マルス:「優しくなんかない。それに、吸血鬼さんって呼ばれるのも、なんか嫌だ」 ココ:「え?吸血鬼さんって、名前があったんですか?」 マルス:「‎ヘルベルト・ハウル・‎クリストファー・リー・‎ジル・ド・レイ・‎マルス」 ココ:「ん?アルコール・ハウス・・・」 マルス:「マルスでいい」 ココ:「マルス!カッコいい名前ですね!」 マルス:「おぉ・・・。いきなり呼び捨てか・・・。ココも、可愛い名前、だと思う」 ココ:「あ!私の名前も覚えていてくれたんですか?」 マルス:「・・・吾輩は、記憶力が良いからな」 ココ:「記憶力が良い?それなのに、私が来た時に、私だって気づかなかったんですか?」 マルス:「薄々、勘づいてはいたが、その・・・。あまりにも、綺麗に、なって、いたからな・・・」 ココ:「え?」 マルス:「うるさい。なんでもない。とにかく、朝がきたら、街に帰ってもらうからな。今から眠った方がいい」 ココ:「私、今夜は、ずっと起きてますよ?」 マルス:「眠くないのか?」 ココ:「眠いです。でも、マルスと生きて行くって決めたから、マルスの生活リズムに合わせて行きます」 マルス:「はぁ・・・・」 ココ:「そんな溜息なんてつかないで下さいよ!」 0: 0:【間】 0: マルス:(M)そして、吾輩とココの生活が始まった。 ココ:(M)マルスは、普段は研究室にこもって、薬を作っていた。次に疫病が流行った時のために・・・。 マルス:「何事も、備えは大事だからな」 ココ:「どうして、人を助けようとしてくれるんですか?」 マルス:「大事な人を失う悲しみは、人も吸血鬼も同じだと思うから・・・」 ココ:「マルスは、過去に大事な人を亡くしているんですか?」 マルス:「そりゃあ、数百年も生きていたらな・・・。だから・・・」 ココ:「だから?」 マルス:「いや、なんでもない・・・」 ココ:(M)本当に、優しい吸血鬼。私を吸血鬼にしないのも・・・。 マルス:「ココに、人殺しをさせたくないからな」 ココ:「悪い人であれば・・・」 マルス:「悪い人であってもだ。そもそもとして、善悪の判断を我々が下していること自体、悪い行いであると吾輩は思う」 ココ:(M)マルスは時々、難しいことを言う。 マルス:「一方にとって正義でも、一方にとっては、悪の場合もある。そもそもとして、戦争とは、正義を振りかざす者同士の争いだからな。正義を主張しなければ、戦争なんてものは起こらない」 0: ココ:「人と吸血鬼の違いって、そんなにないのかも知れないですね」 マルス:「あぁ、そうかも知れないな・・・」 ココ:「お話をして、こうして心を通わせることもできる。だから、吸血鬼も人なんです」 マルス:「吾輩も、人ということか?」 ココ:「はい。血を吸わないと生きて行けなかったり、ニンニクが苦手な特性を持って生まれただけで、人と同じように心があるんです」 マルス:「心があるか・・・」 ココ:「嬉しいも悲しいも、美味しいも不味いも、好きも嫌いも、感じ取ることができる心。そんな素敵な心を持っているんだから、マルスも私と同じ人です」 マルス:「あぁ・・・。そう思ってもらえるのは、とても嬉しいよ。ありがとう・・・」 ココ:「はい」 0: ココ:(M)マルスと生活を始めて、数か月が過ぎようとしていた。未だにマルスは、人を殺していない。吸血行為をしていない。 0: マルス:「うっ・・・」 0: ココ:(M)研究室に響く椅子の転倒音(てんとうおん)が、夜の静まり返った空気を揺らす。 ココ:(M)私は、紅茶を入れる手を止めて、すぐにマルスの様子を見に行った。 0: ココ:「マルス!?大丈夫ですか?」 マルス:「あぁ・・・。少し、眩暈(めまい)がしただけだ」 ココ:「体調が悪いんですか?」 マルス:「少し、な」 ココ:「しばらく人の血を吸っていないんじゃないですか?」 マルス:「・・・」 ココ:「そうなんでしょ?」 マルス:「あぁ・・・」 ココ:「最後に人の血を吸ったのは、いつですか?」 マルス:「・・・ココを助けた時かな」 ココ:「じゃあ、もう、何年も人の血を吸っていないってことですよね?」 マルス:「・・・そうだな」 ココ:「人の血を吸わなかった吸血鬼は、死ぬんですよね?」 マルス:「フッ・・・」 ココ:「嫌です・・・。マルス、死なないで下さい!私の血を吸って下さい!」 マルス:「・・・断る」 ココ:「どうしてですか?」 マルス:「・・・これ以上、愛する人の死に行く様を見たくはないし、愛する人に人殺しの罪を背負わせたくはない」 ココ:「愛する人って・・・」 マルス:「あぁ・・・。吾輩は、ココを愛してしまった。だから、すまない」 ココ:「そんなのずるいです・・・」 マルス:「ずるい?」 ココ:「私に、愛する人の死を背負わせる気なんですか?」 マルス:「?」 ココ:「私も、あなたを、マルスを愛しています」 マルス:「それは、愛する相手を間違っただけだ・・・。すぐに忘れる」 ココ:「忘れません。忘れられません!私のあきらめの悪い性格、知っていますよね?だから、マルスに会いに来たんですよ!邪険(じゃけん)にされながらも、今日まで一緒に生活してきたんですよ!」 マルス:「・・・」 ココ:「幼い頃に抱いた初恋を、ずっと今の今まで抱えて、ようやく、またマルスに会えたのに、一緒に生活することが叶ったのに、どうして私を置いて死んでしまうんですか?そんなの、あんまりです」 マルス:「すまない・・・。もう、疲れたんだ・・・。色々なことにね・・・」 ココ:「私は、嫌です!マルスが死ぬなら、その後を追って私も死にます!」 マルス:「え?そんな意地悪なことは言わないでくれ」 ココ:「だって、マルスが、意地悪をするんでしょ!先に死んでしまうなんて、一番の意地悪ですよ!」 マルス:「一番の、意地悪か・・・」 ココ:「そうです。だから、私の血を吸って、私を吸血鬼にして下さい!マルスと、ずっと一緒に生きて行きたいんです!」 マルス:「・・・。クソッ・・・。ようやく、死ねると思ったのに・・・。なんなんだよ・・・。ほんとに・・・」 ココ:「なんなんだよって、私は、私ですよ。あなたが、あなたであるように・・・」 マルス:「フッ・・・。そうだな・・・。そうだったな・・・。目、閉じてろ・・・。ガブッ(吸血音)」 ココ:「うっ・・・。ふふっ。これで、やっとマルスと同じになれた・・・。両想いになれた・・・。嬉しいです・・・」 マルス:「・・・すまない」 ココ:「謝らないで。私は、好きな人と一緒になれて、今、とても嬉しいんです」 マルス:「すまない!」 ココ:「ありがとう!」 マルス:「すまない!!」 ココ:「ありがとう!!」 マルス:「すまない!!!」 ココ:「ありがとう!!!」 0: 0:【間】 0: ココ:「ねぇ、今夜は、月が綺麗ですね」 マルス:「あぁ、そうだな」 ココ:「あぁ、そうだなって、『月が綺麗ですね』の返しは、『死んでもいい』ですよ?」 マルス:「死んでもいい?どういうことだ?」 ココ:「ふふっ・・・」 マルス:「ん?」 ココ:「愛しています」 マルス:「あっ、あぁ・・・。吾輩も、愛してる」 0: 0:-了-

ココ:「ドラゴンのエンブレム・・・。ここだ・・・。やっと見つけた・・・」 0: ココ:(N)荘厳(そうごん)なる吸血鬼の古城(こじょう)。高い塀(ほり)に囲まれ、庭には静寂(せいじゃく)が広がり、太陽の光が巧妙(こうみょう)に遮(さえぎ)られている。 ココ:(N)少女が古びた門を叩く・・・。それは、もう、しつこく何度も・・・。 ココ:(N)観念したのか、寝ぐせで乱れた髪を搔(か)きむしりながら、一人の男が出てきた。 0: マルス:(欠伸) ココ:「私を吸血鬼にして下さい!」 マルス:「あん?」 ココ:「吸血鬼になりたいんです!」 マルス:「ちょっと待って!真昼間に訪ねてきて、いきなり何を言い出すの!?」 ココ:「だから!私は!吸血鬼になりたいんです!」 マルス:「いやいや、吸血鬼って、どんなモノか分かってる?そもそも君は誰なの!?」 ココ:「吸血鬼は、吸血鬼でしょ?私は、ココです!」 マルス:「ココ?それが、君の名前?」 ココ:「はい」 マルス:「ココ・・・。ココね・・・。吾輩たち、初対面だよね?」 ココ:「初対面ではないです」 マルス:「えっ!?吾輩、ずっと何年も森の奥に引きこもってるから、人間の知り合いなんていないはずなんだけどな・・・。しかも、こんなに若い女の子・・・」 ココ:「それでも、あなたは、私を助けてくれました」 マルス:「吾輩が君を?助けた?いっ、いつ!?」 ココ:「10年ほど前のことになります。街では疫病(えきびょう)が流行っていて、そのせいで私の両親は亡くなってしまいました。そして、身寄りのない私は、奴隷商人に目を付けられ、攫(さら)われそうになっているところを、あなたに助けてもらったんです」 マルス:「え・・・?それ、ほんとに吾輩!?人違いじゃない!?あ・・・。吾輩は吸血鬼だから、吸血鬼違いか・・・」 ココ:「いいえ!あなたに!助けられました!」 マルス:「あっ・・・、はい・・・」 ココ:「あなたは、私を助けた後に、孤児院の前まで背負ってくれて・・・」 マルス:「はい・・・」 ココ:「あなたに出会えたから、今の私があるんです」 マルス:「なるほど・・・。君が無事に生きていてくれて、良かったよ。はい。それじゃ、さようなら」 0:マルスは扉を閉めようとするが、ココは体を挟み込む勢いで止める。 ココ:「待って下さい!」 マルス:「ぬあっ!まだ、なにか?吾輩、眠たいんだけど?」 ココ:「昼間ですよ?」 マルス:「昼間だから、すっごく眠たいの!」 ココ:「あぁ・・・。吸血鬼だから?」 マルス:「そう。太陽の光が苦手で、昼間は寝る時間なの」 ココ:「なるほど・・・」 マルス:「そういうことだから、帰ってくれるかな?君は、こんなところに来るべきじゃない」 ココ:「帰りません!」 マルス:「え?」 ココ:「吸血鬼にしてくれるまで、帰りません!」 マルス:「も~う・・・」 ココ:「吸血鬼にして下さい!」 マルス:「うぅ・・・」 ココ:「吸血鬼になりたいんです!」 マルス:「・・・。わかった・・・。君が吸血鬼になりたい理由だけは、聞いてあげよう」 ココ:「理由を話したら、吸血鬼にしてくれますか?」 マルス:「しない」 ココ:「どうしてですか?」 マルス:「どうしても」 ココ:「・・・」 マルス:「とりあえず、夜にならないと頭が回らないから、少し休ませてくれるかい?吾輩が起きてくるまで、寝室と研究室以外の部屋なら、どこでも自由に使ってくれて構わない」 ココ:「研究室?研究室があるんですか?」 マルス:「あぁ・・・。まぁ・・・ね」 ココ:「何の研究をしているんですか?」 マルス:「・・・。秘密だ」 ココ:「秘密ですか・・・」 マルス:「一つだけ赤い扉の部屋がある。それが、研究室。一応鍵をかけてあるから、無理やりこじ開けようとしない限り、入れないはずだ」 ココ:「・・・わかりました」 マルス:「じゃあ、おやすみ・・・」 ココ:「はい。おやすみなさい」 0: 0:【間】 0: ココ:「いっちゃった・・・。それにしても、なんなの!この屋敷は!」 0: マルス:(N)床には、古本や折れた家具の破片が散乱し、壁の塗料(とりょう)はひび割れ、その下からは蜘蛛の巣が懸垂(けんすい)している。 0: ココ:「これは・・・」 0: マルス:(N)腐敗(ふはい)した生ごみには、不気味な生き物たちが群がり、鼻をへし折るような匂いが隅々に広がっている。 0: ココ:「もう・・・」 0: マルス:(N)破れたカーテンの隙間から漏れる光が、部屋全体に幽(かす)かな灰色の薄明かりを与え、その光によって生み出された影が、部屋を一層荒廃させている。 0: ココ:「徹底的に掃除するしかない!」 0: 0:【間】 0: ココ:(N)そして、夜・・・。 0: マルス:(欠伸) ココ:「あっ!吸血鬼さん!」 マルス:「・・・・。ふぁっ!?なっ、なに!?・・・ここ・・・どこ!?」 ココ:「吸血鬼さんの家ですよ?」 マルス:「うん・・・。そ、そうだよね?すごく綺麗になっていて、まだ夢の中にいるのかと思ったよ・・・」 ココ:「見ていられないほど酷い状態だったので、掃除しておきました」 マルス:「うっ、うん・・・」 ココ:「もう!あんな汚い部屋で生活していたら、病気になりますよ?」 マルス:「病気にはならない」 ココ:「え?」 マルス:「吸血鬼だから、病気にはならない」 ココ:「それでも、よくないです!綺麗な部屋の方が気持ちが良いでしょ?」 マルス:「まっ、まぁ・・・。確かに・・・。えっと・・・。その・・・。ありがとう」 ココ:「はい!」 マルス:「・・・」 ココ:「ということで、私を吸血鬼にして下さい!」 マルス:「待って!その前に、君は、どうしてそんなに吸血鬼になりたいのか話してくれないか?」 ココ:「そんなの決まってるじゃないですか!」 マルス:「決まってる?」 ココ:「吸血鬼さんのお嫁さんになりたいからです!」 マルス:「・・・・・・は?」 ココ:「だから、私は、吸血鬼さんのお嫁さんになりたいんです!」 マルス:「いやいやいや!冗談だよね?」 ココ:「冗談なんかじゃないです。本気です!」 マルス:「本気・・・。本気、ね・・・」 ココ:「やっぱり吸血鬼さんのお嫁さんになるためには、私も吸血鬼にならないといけないと思って!」 マルス:「まぁ、そうなんだけど・・・」 ココ:「ダメですか?」 マルス:「ダメだ・・・」 ココ:「どうしてですか?私、可愛くないですか?街では、『すれ違う男たちが三度振り返るくらい可愛い』って評判だったんですよ?」 マルス:「うん。すっごく可愛いと思うよ。吾輩の好みの顔立ちをしている。でも、ダメだ」 ココ:「どうしてダメなんですか?家事全般も、この部屋を見ての通り、バッチリこなす自信があります!私のような優良物件、他にないと思いますよ?ダメな理由はないはずです!」 マルス:「それでも、君を吸血鬼にすることはできないし、お嫁さんにすることもできない」 ココ:「できないできないじゃなくて、できない理由を聞かせて下さい!」 マルス:「・・・」 ココ:「聞かせて下さい!」 マルス:「これ、言わないとダメなやつ?」 ココ:「はい!理由を聞くまでは、私、絶対に街には帰りませんから!」 マルス:「う~ん・・・」 ココ:「・・・」 マルス:「じゃあ、話すね・・・」 ココ:「はい」 マルス:「・・・まず、吸血鬼が、人を吸血鬼にするためには、お互いに両想いであることが必須条件としてあるんだ」 ココ:「両想い?じゃあ、私のことを好きになって下さい」 マルス:「おいおい・・・。『好きになって下さい』と言われて、すぐに好きになれるわけがないだろう?」 ココ:「そうですか?」 マルス:「それに、吸血鬼は、数年に一度、定期的に人の血を吸うことで、不老不死の肉体を維持することができる。だから、人の血を吸うために、吸血鬼は、人を牢に閉じ込めたり、殺したり、残虐なことをしている」 ココ:「吸血鬼さんは?」 マルス:「吾輩も、過去に何人も人を殺している」 ココ:「・・・」 マルス:「生き永らえるためには、人に危害を加えなければならない。人に危害を加えるのだから、当然、吾輩たち吸血鬼は、人から恐れられ、忌み嫌われることになる。容易に街には近づけず、ハンターからは命を狙われ、多額の懸賞金もかけられている。そんな危険で、悲しい運命を背負う吸血鬼を増やしたくはない」 ココ:「吸血鬼さんが背負っているなら、私も一緒に背負いたいです」 マルス:「君は、吸血鬼じゃないから、そんなことが言えるんだ。吸血鬼になったら分かる。この世界が、どれだけ生きづらいかが・・・」 ココ:「生きづらくても、吸血鬼さんと一緒なら、幸せです」 マルス:「どうして・・・?」 ココ:「私、吸血鬼さんのことが好きなんですよ!」 マルス:「好き?吾輩は、吸血鬼。人間に危害を加える存在だ。君は、好きになる相手を間違えている」 ココ:「いいえ、間違えていません!私は、吸血鬼さんが、吸血鬼さんだから、好きになったんです!」 マルス:「吾輩は、ただの人殺しの吸血鬼だ」 ココ:「ただの人殺しなんかじゃありません。吸血鬼さんは、とっても優しい人です。私はそれを知っています」 マルス:「知っています?君は、吾輩の何を知っているというんだ?」 0: ココ:(M)私は、首に下げたペンダントの、服に隠れていたロケットの部分を、吸血鬼さんに見せた。 0: マルス:「ドラゴンのエンブレム・・・」 ココ:「この屋敷の玄関にも、同じ彫刻がありますよね?」 マルス:「・・・まだ、持っていたのか」 ココ:「私の宝物です。やっぱり、あの時、私を助けてくれた吸血鬼さんで間違いないじゃないですか!」 マルス:「確かに吾輩は、君を助けた・・・。でも、たったそれだけの理由で、背負う運命の対価としては、明らかに釣り合いが取れていない」 ココ:「助けたのは、私だけじゃなかったでしょ?」 マルス:「・・・」 0: 0:【回想】 0:※回想が終わるまで、ココは、幼い少女になります※ 0: ココ:(N)夕暮れの路地裏。人気(ひとけ)のないその場所で、男はココを攫(さら)おうとした奴隷商人に立ち向かい、吸血(じゅけつ)して殺害した。 ココ:(N)男は、血まみれの口元をハンカチで拭いた後、ココに静かな声で話しかけた。 0: マルス:「すまない・・・。子どもに見せるようなものじゃなかったよね・・・」 ココ:「ぐすっ・・・ぐすっ・・・(泣)」 マルス:「あぁ、泣かないでおくれ?どうしよう・・・。あぁ~、そうだ!飴(あめ)!飴があるんだ!食べるかい?」 ココ:「いらない・・・」 マルス:「じゃあ、じゃあ、どうしよう・・・。君、おうちは?」 ココ:「もう、ないよ・・・。お父さんも、お母さんも、死んじゃったから・・・。うわ~ん!!!」 マルス:「ああ!泣かないで泣かないで!ごめんごめん・・・。嫌なこと、思い出させてしまったね・・・」 ココ:「おじさん、吸血鬼なんだね・・・」 マルス:「うん・・・。怖いかい?」 ココ:「怖くない」 マルス:「そうか・・・。君は、強いんだね」 ココ:「強くないよ・・・。だって、一人だもん・・・」 マルス:「うーん・・・。だったら、吾輩が、君を友達がたくさんいる場所に連れて行ってあげよう」 ココ:「えっ?でも、知らない人に付いていったらいけないって、お母さんが・・・」 マルス:「知らない人ではないよ。なにしろ吾輩は、『人』ではなく、『吸血鬼』だからね。吸血鬼に付いていってはいけないとは言われていないだろ?」 ココ:「それは・・・」 マルス:「ほれっ!おぶってあげよう!吾輩は、プリンセス専用のペガサスだ!」 ココ:「え?」 マルス:「さぁ、プリンセス、吾輩の背に!」 ココ:「・・・うん」 0: ココ:(M)私が恐る恐る吸血鬼さんの背に乗ると、彼は空高く跳躍(ちょうやく)した。家々の屋根を軽々と飛び越えて行く様子は、まるでペガサスのようだった。 0: マルス:「さぁ、着いたよ」 ココ:「ん?」 マルス:「あそこの孤児院の院長は、とても慈悲深い人だから、君のことも温かく迎え入れてくれるはずだ」 ココ:「吸血鬼さんは?」 マルス:「吾輩かい?吾輩とは、ここでお別れだ」 ココ:「お別れなの?」 マルス:「あぁ・・・。吾輩の姿を見ると、みんな、びっくりしてしまうからね」 ココ:「みんなと変わらないよ?」 マルス:「変わらないかも知れないけど、分かる人には、分かってしまうものだからさ」 ココ:「・・・」 マルス:「あぁ!そんなに悲しそうな顔をしないでおくれ。吾輩は、吸血鬼だ。本来であれば、君たち人間から忌み嫌われ、恐れられる存在なのだから」 ココ:「でも、吸血鬼さんは、優しいよ。私を助けてくれたし」 マルス:「・・・。ただの気まぐれさ。そう、ただの気まぐれ」 ココ:「気まぐれ・・・」 マルス:「あと、この紙を、院長に渡してくれるかな?」 ココ:「これは?」 マルス:「今、街で流行っている病気を治す薬の作り方を書いたメモさ。もう少し早く完成していれば、君の両親も助けられたはずなのに、ごめんよ」 ココ:「吸血鬼さんが渡せばいいんじゃないの?」 マルス:「吾輩は、吸血鬼だからね。嫌われ者の吸血鬼が作った薬ということが知れ渡ってしまうと、誰も薬を飲んでくれなくなるだろうからね」 ココ:「そんなことないと思うよ。本当に良い薬だったら、みんな飲んでくれると思う」 マルス:「うん・・・。そんな世界だったなら、どれだけ楽に生きられただろう・・・」 ココ:「ん?」 マルス:「なんでもない。独り言さ・・・。とにかく、君は、あの孤児院に行き、このメモを、うーん・・・。『旅のお医者さんからもらった』とでも言って、院長に渡す。いいね?」 ココ:「・・・」 マルス:「きっと、あの孤児院では、たくさんのお友達ができるはずだよ。大丈夫」 ココ:「・・・」 マルス:「早く行くんだ」 ココ:「吸血鬼さんと、また会える?」 マルス:「・・・。会えるよ。きっとね」 ココ:「ほんとに?」 マルス:「うーん・・・。だったら、これを君にプレゼントしよう」 0: 0:マルスは、首に下げていたペンダントをココに手渡した。 0: ココ:「これは?」 マルス:「お守りだよ。お守り」 ココ:「お守り?」 マルス:「また会えるように、おまじないがかけられている」 ココ:「おまじない?」 マルス:「あぁ・・・。だから、そのペンダントを持っていれば、必ず、また会える」 ココ:「うん・・・」 マルス:「それに、強そうなドラゴンも描かれているだろ?そのドラゴンが、吾輩の代わりに、君を危険なことから守ってくれる」 ココ:「そうなの?」 マルス:「うん。だから、大丈夫だよ・・・。さぁ、もう、行くんだ」 ココ:「うん・・・。吸血鬼さん、ありがとう」 0: 0:【回想終了】 0: ココ:「吸血鬼さんが言った通り、孤児院の院長さんは優しかったし、友達もたくさんできました。そして、吸血鬼さんのメモのおかげで、疫病も瞬(またた)く間に収束しました」 マルス:「・・・それは、良かったじゃないか」 ココ:「吸血鬼さんは、私だけじゃなく、たくさんの人の命を救ったんです」 マルス:「・・・だが、吾輩は、人殺しもしている」 ココ:「殺しているのは、悪い人だけでしょ?あの時も、私を助けるために」 マルス:「違う!たまたまだ!ただの偶然だ!吾輩のことを買いかぶりすぎだ!」 ココ:「買いかぶりかどうか、その真偽(しんぎ)を確かめるために、今日から一緒に生活しますね」 マルス:「・・・は!?」 ココ:「一緒に生活させていただきます」 マルス:「吾輩は、吸血鬼で、君は人だ。そもそもとして、生活のリズムが違う。一緒に暮らすなんて、不可能だ」 ココ:「私が、吸血鬼さんに何でも合わせます」 マルス:「昼夜逆転だぞ?」 ココ:「構いません」 マルス:「夜、眠らないのは、人の体には良くない」 ココ:「だったら、私を吸血鬼にしてくれますか?」 マルス:「それは・・・。あと、ニンニクも食べられないし」 ココ:「私もニンニクは、あまり好きではありません。口の中が臭くなるのが嫌で・・・」 マルス:「プッ・・・!」 ココ:「あ!吸血鬼さん、初めて笑いましたね!」 マルス:「あっ、いや・・・。笑ってない」 ココ:「笑いましたよね?」 マルス:「笑ってなどいない。吾輩を、からかうな!」 ココ:「ふふっ。吸血鬼さんって、可愛いですね!」 マルス:「可愛いだと!?」 ココ:「はい。とっても可愛いです」 マルス:「はぁ・・・。とにかく、一緒に生活はできん!今すぐ出て行け!」 ココ:「今すぐ出て行け?今、外は真っ暗ですよ?こんな真っ暗な中、か弱い少女を一人、森の中にほっぽり出そうって言うんですか?」 マルス:「そ、それは・・・。あぁ・・・。人間は、夜眼(よめ)が効かないんだったな・・・。すまない・・・」 ココ:「ふふっ。やっぱり、吸血鬼さんって、優しいんですね!」 マルス:「優しくなんかない。それに、吸血鬼さんって呼ばれるのも、なんか嫌だ」 ココ:「え?吸血鬼さんって、名前があったんですか?」 マルス:「‎ヘルベルト・ハウル・‎クリストファー・リー・‎ジル・ド・レイ・‎マルス」 ココ:「ん?アルコール・ハウス・・・」 マルス:「マルスでいい」 ココ:「マルス!カッコいい名前ですね!」 マルス:「おぉ・・・。いきなり呼び捨てか・・・。ココも、可愛い名前、だと思う」 ココ:「あ!私の名前も覚えていてくれたんですか?」 マルス:「・・・吾輩は、記憶力が良いからな」 ココ:「記憶力が良い?それなのに、私が来た時に、私だって気づかなかったんですか?」 マルス:「薄々、勘づいてはいたが、その・・・。あまりにも、綺麗に、なって、いたからな・・・」 ココ:「え?」 マルス:「うるさい。なんでもない。とにかく、朝がきたら、街に帰ってもらうからな。今から眠った方がいい」 ココ:「私、今夜は、ずっと起きてますよ?」 マルス:「眠くないのか?」 ココ:「眠いです。でも、マルスと生きて行くって決めたから、マルスの生活リズムに合わせて行きます」 マルス:「はぁ・・・・」 ココ:「そんな溜息なんてつかないで下さいよ!」 0: 0:【間】 0: マルス:(M)そして、吾輩とココの生活が始まった。 ココ:(M)マルスは、普段は研究室にこもって、薬を作っていた。次に疫病が流行った時のために・・・。 マルス:「何事も、備えは大事だからな」 ココ:「どうして、人を助けようとしてくれるんですか?」 マルス:「大事な人を失う悲しみは、人も吸血鬼も同じだと思うから・・・」 ココ:「マルスは、過去に大事な人を亡くしているんですか?」 マルス:「そりゃあ、数百年も生きていたらな・・・。だから・・・」 ココ:「だから?」 マルス:「いや、なんでもない・・・」 ココ:(M)本当に、優しい吸血鬼。私を吸血鬼にしないのも・・・。 マルス:「ココに、人殺しをさせたくないからな」 ココ:「悪い人であれば・・・」 マルス:「悪い人であってもだ。そもそもとして、善悪の判断を我々が下していること自体、悪い行いであると吾輩は思う」 ココ:(M)マルスは時々、難しいことを言う。 マルス:「一方にとって正義でも、一方にとっては、悪の場合もある。そもそもとして、戦争とは、正義を振りかざす者同士の争いだからな。正義を主張しなければ、戦争なんてものは起こらない」 0: ココ:「人と吸血鬼の違いって、そんなにないのかも知れないですね」 マルス:「あぁ、そうかも知れないな・・・」 ココ:「お話をして、こうして心を通わせることもできる。だから、吸血鬼も人なんです」 マルス:「吾輩も、人ということか?」 ココ:「はい。血を吸わないと生きて行けなかったり、ニンニクが苦手な特性を持って生まれただけで、人と同じように心があるんです」 マルス:「心があるか・・・」 ココ:「嬉しいも悲しいも、美味しいも不味いも、好きも嫌いも、感じ取ることができる心。そんな素敵な心を持っているんだから、マルスも私と同じ人です」 マルス:「あぁ・・・。そう思ってもらえるのは、とても嬉しいよ。ありがとう・・・」 ココ:「はい」 0: ココ:(M)マルスと生活を始めて、数か月が過ぎようとしていた。未だにマルスは、人を殺していない。吸血行為をしていない。 0: マルス:「うっ・・・」 0: ココ:(M)研究室に響く椅子の転倒音(てんとうおん)が、夜の静まり返った空気を揺らす。 ココ:(M)私は、紅茶を入れる手を止めて、すぐにマルスの様子を見に行った。 0: ココ:「マルス!?大丈夫ですか?」 マルス:「あぁ・・・。少し、眩暈(めまい)がしただけだ」 ココ:「体調が悪いんですか?」 マルス:「少し、な」 ココ:「しばらく人の血を吸っていないんじゃないですか?」 マルス:「・・・」 ココ:「そうなんでしょ?」 マルス:「あぁ・・・」 ココ:「最後に人の血を吸ったのは、いつですか?」 マルス:「・・・ココを助けた時かな」 ココ:「じゃあ、もう、何年も人の血を吸っていないってことですよね?」 マルス:「・・・そうだな」 ココ:「人の血を吸わなかった吸血鬼は、死ぬんですよね?」 マルス:「フッ・・・」 ココ:「嫌です・・・。マルス、死なないで下さい!私の血を吸って下さい!」 マルス:「・・・断る」 ココ:「どうしてですか?」 マルス:「・・・これ以上、愛する人の死に行く様を見たくはないし、愛する人に人殺しの罪を背負わせたくはない」 ココ:「愛する人って・・・」 マルス:「あぁ・・・。吾輩は、ココを愛してしまった。だから、すまない」 ココ:「そんなのずるいです・・・」 マルス:「ずるい?」 ココ:「私に、愛する人の死を背負わせる気なんですか?」 マルス:「?」 ココ:「私も、あなたを、マルスを愛しています」 マルス:「それは、愛する相手を間違っただけだ・・・。すぐに忘れる」 ココ:「忘れません。忘れられません!私のあきらめの悪い性格、知っていますよね?だから、マルスに会いに来たんですよ!邪険(じゃけん)にされながらも、今日まで一緒に生活してきたんですよ!」 マルス:「・・・」 ココ:「幼い頃に抱いた初恋を、ずっと今の今まで抱えて、ようやく、またマルスに会えたのに、一緒に生活することが叶ったのに、どうして私を置いて死んでしまうんですか?そんなの、あんまりです」 マルス:「すまない・・・。もう、疲れたんだ・・・。色々なことにね・・・」 ココ:「私は、嫌です!マルスが死ぬなら、その後を追って私も死にます!」 マルス:「え?そんな意地悪なことは言わないでくれ」 ココ:「だって、マルスが、意地悪をするんでしょ!先に死んでしまうなんて、一番の意地悪ですよ!」 マルス:「一番の、意地悪か・・・」 ココ:「そうです。だから、私の血を吸って、私を吸血鬼にして下さい!マルスと、ずっと一緒に生きて行きたいんです!」 マルス:「・・・。クソッ・・・。ようやく、死ねると思ったのに・・・。なんなんだよ・・・。ほんとに・・・」 ココ:「なんなんだよって、私は、私ですよ。あなたが、あなたであるように・・・」 マルス:「フッ・・・。そうだな・・・。そうだったな・・・。目、閉じてろ・・・。ガブッ(吸血音)」 ココ:「うっ・・・。ふふっ。これで、やっとマルスと同じになれた・・・。両想いになれた・・・。嬉しいです・・・」 マルス:「・・・すまない」 ココ:「謝らないで。私は、好きな人と一緒になれて、今、とても嬉しいんです」 マルス:「すまない!」 ココ:「ありがとう!」 マルス:「すまない!!」 ココ:「ありがとう!!」 マルス:「すまない!!!」 ココ:「ありがとう!!!」 0: 0:【間】 0: ココ:「ねぇ、今夜は、月が綺麗ですね」 マルス:「あぁ、そうだな」 ココ:「あぁ、そうだなって、『月が綺麗ですね』の返しは、『死んでもいい』ですよ?」 マルス:「死んでもいい?どういうことだ?」 ココ:「ふふっ・・・」 マルス:「ん?」 ココ:「愛しています」 マルス:「あっ、あぁ・・・。吾輩も、愛してる」 0: 0:-了-