台本概要
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タイトル | 剣鬼の恋 |
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作者名 | Oroるん (@Oro90644720) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
女郎とその馴染み客。 二人はいつもの様に他愛も無い会話を交わす。 互いに、秘めた想いを抱きながら・・・ ・演者性別不問ですが、設定性別は変更しない様にお願いします。 ・時代考証甘めです。 ・軽微なアドリブ可 887 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
女 | 女 | 294 | 女郎 |
男 | 男 | 252 | 馴染み客 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:女郎屋(じょろうや)の一室。男が入ってくる
男:よう。
女:あら、いらっしゃい。久方ぶりじゃ無いか。
男:そうだっけか?ほい、土産。
女:どうも。(土産の箱を受けとる)また、ここの饅頭(まんじゅう)かい?アンタの土産は、毎度代わり映えがしないねえ。(饅頭食べる)
男:良いじゃねえか、好物だろ?
女:そりゃそうだけどさ、たまには、簪(かんざし)の一本でも、持ってきてくれたらどうなんだい?
男:おめえなあ、俺に簪の良し悪しが分かると思うか?
女:それは・・・
男:大体、もう持ってるじゃねえか。
女:新しいのが欲しいんだよ!普通の馴染み客ってのは、遊女にそういう気の利いたもんを贈ってくれるんだけどねえ。
男:ただの髪飾りだろ?なんでそんなもん集めたがるんだか。
女:アンタ何にも分かってないねえ。
男:(同時に)これだから女ってやつは・・・
女:(同時に)これだから男ってやつは・・・
0:一瞬間の後、お互い笑い合う。
女:ま、取り敢えず飲みなよ。
0:女、釈をする
女:あっ!
0:手元が狂って酒をこぼしてしまう
男:おっとと!勿体ねえなあ、酒がこぼれちまったじゃねえか。
女:ゴメンよ、今朝方(けさがた)から腕が痛むんだ。
男:大丈夫か?
女:大したことないんだよ。さ、改めて
0:改めて釈をする
男:ありがとよ(酒を一息に飲む)ふう、おめえも飲むか?
女:頂戴いたします。
0:男、女に釈をする
女:(酒を飲む)最近はどうなんだい?
男:あん?
女:また、あっちこっち行ってんのかい?
男:ああ、そうだなあ。
女:どんな所に行ったんだい?
男:あー・・・この前は、有馬に行ったぜ。
女:有馬!じゃあ、温泉に入ったんだね!
男:温泉?いや。
女:え?何で?せっかく有馬に行ったんなら、温泉に入らなきゃ!
男:風呂、嫌いなんだよ。別に良いじゃねえか、遊びで行ってるわけじゃ無いんだし。
女:そりゃそうだけど(ため息)土産もなければ、土産話も無しかい。
男:・・・饅頭買ってきただろ。
女:これは近所の店のじゃ無いか!(饅頭食べる)アタシはねえ、滅多な事でこの女郎屋(じょろうや)から外には出られないんだ。客からいろんな土地の話を聞くのが、数少ない楽しみなんだよ。
男:悪かったな、世事(せじ)に無頓着でよ。
女:全く、アンタはさ・・・(少し笑う)そういうとこ、昔から変わらないね
男:そうか?
女:そうさ。
男:それは、褒めてんのか?
女:どうだろうねえ?
男:(少し笑う)おめえは、昔とは全然違うよな。
女:そりゃあ、ね(饅頭食べる)
男:昔より・・・綺麗になったな。
女:(吹き出す)
男:きったねえなあ!饅頭が飛び散ったじゃねえか!
女:(咳き込みながら)アンタのせいだろ!
男:ああ?
女:急に変な事言わないでおくれよ!あーもう、明日は槍でも降るのかねえ!
男:ひでえ言われようだな。折角褒めてやったのによ。
女:そんな殺し文句、どこで覚えた?
男:何だよそれ。俺はただ、思ったままを言っただけさ。
女:そんな事言うの初めてじゃ無いか。私を、綺麗だなんて。
男:そうか、言ってなかったか。
女:そうだよ。
男:そいつは、悪かったな。
女:・・・何かあったのかい?
男:別に、何もねえよ。
女:そう?なら、良いんだけどさ。
0:時間経過
男:なあ、昔の事って覚えてるか?
女:昔?
男:俺たちが、生まれ育った村のことだよ。
女:ああ・・・
男:(笑いながら)ひでえ所だったよな。
女:そうだね・・・まあ、貧しい百姓の家なんて、どこもあんなだったろうさ。
男:いやあ、俺らの家なんかは、特にひどかったと思うぜ。よく働いたよなあ。お互いガキだったのによ。
女:本当にねえ。子供なんて、家畜の一匹ぐらいにしか思ってなかったんだろうさ。
男:(笑いながら)時々親の目盗んで。一緒に遊んだりしたよな?
女:(笑いながら)そうだったね。けど結局見つかって、よく引っ叩かれたもんさ。
男:俺もおんなじ。親父のゲンコツ、痛かったなあ。
女:来る日も来る日も、起きて、働いて、食って、寝る、その繰り返しだったねえ。
男:・・・懐かしいな。
女:そうだねえ。ずっとあの村に残っていたら、今頃どうなってたんだろうね?
男:(少し寂しそうに)そりゃおめえ、無理だったじゃねえか。
女:私はね。でも・・・アンタは、違うじゃないか。
男:・・・
女:アンタはさ・・・
男:(遮って)なあ
女:何だい?
男:膝枕、してくれねえか?
女:え?
男:膝枕してくれよ、いつかみたいにさ。
0:回想 十数年前
女:明日、町に行く。おっとうに言われた。
男:町?何しに行くんだ?
女:おっとうは言わなかったけど、きっと三島屋(みしまや)に行くんだ。
男:三島屋って女郎屋だろ?そんなとこに、何しに行くんだ?
女:何で分かんねえんだ!そんなもん、一つしかねえべさ!
男:分かんねえよ!俺頭わりいから!
女:もう、おめえは本当に!
女:オラは・・・売られんだ。
男:え・・・
女:物分かりがわりいのも大概にしろ!このバカタレ!
男:嘘だろ?何でおめえが?
女:しょうがねえだろ。オラも一応女子(おなご)だ。年頃になったら、口減らしの為に売られんのはわかってた。
男:でもよ・・・
女:まあ、そういうことだからよ、おめえも達者(たっしゃ)で暮らせ。じゃあな!
0:女、走り去る。
男:お、おい!
女:(走りながら泣いている)
男:アイツが・・・女郎になる?そんな・・・
0:翌日
女:『翌朝、私は父に連れられ、町に向かった。歩きながら、自分が生まれ育った村を見回す。』
女:『苦痛で、変わり映えのしない毎日だと思っていた。早く抜け出したいとさえ、思っていた、そんな日々が、今では愛おしく、かけがえの無いものに感じられるのだ。』
女:『行きたくない、ここに居たい、ここであの人と・・・そんな事を考えていると、突然』
男:待て!
女:『あの人が、現れた。』
男:行かせねえ!
女:っ!おめえ、何してるんだ?
男:うるせえ!絶対に、行かせねえぞ!
女:『彼はそう叫ぶと、私の父を殴り飛ばした。そして、呆気に取られる私の腕を掴むと・・・』
男:走れ!
女:『そう言って駆け出した。私は強い力にぐんと引き寄せられ、共に駆け出す。』
女:『二人で畦道(あぜみち)を駆け抜ける。あっという間に村の門を抜けた。』
男:(走っている息遣い)
女:(走っている息遣い)
女:『息を切らせながら、草原を駆ける。これだけ走り続けたのは初めてだった。しかし、不思議な事に疲れは感じない。山に入った。険しい山道を進む。』
男:(さっきよりも苦しそうな息遣い)
女:『彼は、何も言わず走り続ける。流石に疲れが出たのか、苦しそうだ。それでも、足を止めることは無い。私は、もはやどうやって足を動かしているかさえも分からない。それでも、必死について行った。』
男:(倒れ込む)
女:(倒れ込む)
女:『山頂について、ようやく止まった。二人とも地面に倒れ込み、しばらく動けなかった。やがて呼吸が整うと、彼は私の方に向き直り、口を開いた。』
男:お、おめえよう
女:?
男:俺・・・俺の!・・・俺の、よう
女:『彼は結局、その続きを言わなかった。』
0:時間経過
女:これから、どうするの?
男:おめえに、不自由な思いはさせねえ。俺が、何とかする!
女:『彼はそう意気込んでいたが、私達に日々の糧(かて)を得る術(すべ)などあるはずも無く、廃寺(はいでら)で寝起きしながら野草や獣を取ったり、物乞い(ものごい)をして生活した。しかし、ある日・・・』
0:廃寺にて
男:ほれ、見ろ!
女:『と言って、たくさんの銀貨や銅貨が入った巾着袋(きんちゃくぶくろ)を持ってきた。』
女:この銭っ子(ぜにっこ)、どうしたんだ?
男:ど、どうでも良いだろ!これでうまいもんいっぱい食えるぞ!着物だって買ってやる!
女:・・・盗ってきたんか?
男:!
女:人様のもん、盗んできたんか?
男:別に良いじゃねえか!銭は銭だ!
女:いらねえ。
男:何だと?
女:オラ、こんなもんいらねえ!
0:女、巾着袋を払い除ける。銀貨が辺りに散らばる。
男:何しやがる!
0:男、女の頬を平手打ちする
女:痛っ!
男:あ・・・
女:(睨み付ける)おめえなんか大っ嫌いだ!どっか行っちまえ!
男:・・・(泣きそうになりながら)ちくしょう!
0:男、走り去る
女:バカタレが・・・
0:翌日
女:(目覚める)アイツ、昨日帰ってこんかったんか。
女:・・・ちょっと、言い過ぎたかな。
女:(人の気配を感じる)帰ってきた!どこ行って・・・誰だおめえ?
女:く、来るな!助けて!
0:場面転換
男:へへ、食い物いっぱい手に入ったぞ。これでアイツも機嫌直すだろ。
女:イャアアア!
男:っ!何だ?
女:離せ・・・やめて!
女:『その男は、私達と同じ浮浪者だったのだろう。下卑た(げびた)笑みを浮かべて、私に襲い掛かってきた。地面に倒され、組み敷かれたところで、こちらに走り込んでくる人影が目に入った。』
男:やめろ!
女:『私にのしかかっていた男は、殴り飛ばされ、はるか後方に吹っ飛んだ。』
男:この野郎!
女:『彼の怒りはそれだけでは収まらず、男に馬乗りになると、何度も顔面に拳を撃ち付けた。』
男:(何度も殴りながら、叫び声は何でも良い)この!この!この!この!この!
女:やめて!これ以上殴ったら死んじまう!
女:『男は辛うじて息をしていたが、顔は原形を留めていない程、ぐちゃぐちゃになっていた。』
男:(荒い息遣い)
女:『私は思った。彼と一緒にいたら駄目だ。このままだと、彼はいつか、私の為に人を殺してしまう、と。』
女:『いや、本当は怖かったのだろう。躊躇い(ためらい)なく、人を傷つける彼が、まるで鬼の様に思えて。』
女:『だから私は、彼の元を去った。』
0:数年後
女:『彼と別れた私は、生きる為に、結局体を売る道を選んだ。数年かけて様々な土地を巡った後、ようやく一軒の女郎屋に腰を落ち着けることができた。』
女:『そして、その女郎屋に行き着いて一年くらいが過ぎた頃、彼と再会した。』
女:いらっしゃ・・・おめえ!
男:やっと、見つけた!
女:『数年ぶりに会った彼は、すっかり変わっていた。上等な着物を着て、髪を結い、刀まで差していた。』
男:・・・
女:(気まずそうに)久しぶりだね。元気そうじゃないか。
男:おめえ!
0:男、女の腕を掴む
女:痛っ!何すんだい?離しとくれ!
男:おめえはこんなとこにいちゃ駄目だ!
女:何言ってんだよ!騒ぐなよ、店のもんが出てくるよ!
男:そんな連中、俺がまとめて叩き斬ってやる!
女:!
0:女、男の頬に平手打ちする。
男:!
女:帰っとくれ!
男:お、俺はただ・・・
女:良いから出てけ!バカタレ!
0:女、男を追い出す。
女:バカタレが・・・
0:翌日
男:よう・・・
女:・・・
男:昨日は、悪かったな。騒いだりしてよ。ほれ、これ土産だ。近くの店で買ってきたんだ。
女:何の用だい?
男:そんな邪険にすんなよ。店の連中にもちゃんと謝ったしよう。
女:よく入れてもらえたね。
男:ああ。銭を多目に渡したらすんなり通してくれたよ。
女:あいつら・・・
男:な、もう堪忍(かんにん)してくれよ。
女:(ため息)言っとくけど、次はないからね。
男:分かってるって。
女:(土産の饅頭を食べる)あら?これ美味しいね。
男:そうか?その店の饅頭、評判なんだってよ。
女:そうかい、ありがとよ。(酒を差し出しながら)これは?飲めるようになったかい?
男:ああ(酒を飲む)何かよう・・・
女:あん?
男:おめえ、別人みてえだ。見た目もそうだけど、話し方とか。
女:そりゃ、百姓言葉のまんまじゃ、この商売はできないさね。
男:(笑い出す)村にいた頃は、「オラがー、オラがー」って言ってたのによう。
女:もう!バカにしやがって!大体、変わったのはアンタの方じゃないか!
男:え?俺?
女:そうだよ!その出立ち(いでたち)は何だい?刀まで差して、侍にでもなったのかい?
男:ああ、この格好のことか・・・いや、本当に侍になったわけじゃねえんだ。武芸者の先生に弟子入りしてよ、今はその先生のとこにいるんだ。
女:武芸者?
男:そうなんだ。けっこう有名な先生でよ、めちゃくちゃ強えんだぜ。
女:へえ、良かったね、良い人に巡り会えて。
男:いやあ、うちの先生は剣の達人ではあるけど、間違っても「良い人」じゃあねえぜ。ありゃあ、人の皮被った鬼だぜ、鬼!
女:自分の先生をそんな風に言って良いのかい?
男:だってよお・・・本当に鬼畜なんだよ。まあ、そんな先生だからこそ、俺みたいなのを拾ってくれたんだろうけどよ。
女:まあ、何にせよ、食いっぱぐれてないなら良かったよ。
男:おめえも、その、何だ。
女:?
男:良い店に来れて・・・良かったな。
女:ああ、金にはちょっと汚いけど、皆良い人さ。良くしてもらってるよ。ここに来るまでは散々だったけどね。(笑いながら)良く今まで生きてこられたもんだよ。
男:そうか・・・
女:・・・どうしたんだい?
男:悪かったな。
女:何の話だい?
男:それは・・・あれだ、おめえのこと引っ叩いただろ?
女:え?
男:ほら、俺が盗っ人働いた時によ。
女:・・・ああ!そりゃ私達が別れる前の話じゃないか!何だよ今更。
男:だってよう、ずっと気になってたんだ。
女:良いよ、そんな昔の話。それを言うなら、昨日私もアンタをはたいたじゃないか。
男:(吹き出す)そうだな。あれは痛かったぜ。
女:(笑う)
女:私の方こそ、悪かったよ。勝手にいなくなってさ。
男:(ため息)しょうがねえよ。こんなおっかねえ男、誰でも嫌になるだろ。
女:そんな事ないよ。アンタは私の為に、全てを投げ出してくれた。なのに、私はアンタから逃げちまった。
男:・・・
女:そして結局私は・・・
男:おっと!そういや先生に使い頼まれてたんだった!そろそろお暇(いとま)するわ。
女:え、もう?だってあんたまだ・・・
男:先生怒らせると面倒だからよ。そいじゃあな・・・
女:待ちな!
男:!
女:・・・また、来てくれるかい?
男:ん?ああ、また来るぜ。
女:本当かい?約束だよ?
男:ああ、約束だ。
女:『それから彼は、時々店に通う様になった。毎度同じ饅頭を手土産に「よう」と声をかけて、ふらりと入ってくる。』
女:『彼の前では、少しだけ、あの村にいた頃に、本当の自分に還ることができた。』
女:『でも、現実は否応(いやおう)なくあの頃とは違う事を突き付けてくる。』
0:回想 男が店に通い始めてから数年後
男:(疲れた様子で)よう・・・
女:いらっしゃ・・・どうしたんだい?顔が真っ青じゃないか!
男:あ?・・・(ため息をつく)そんなにひどい顔してるか、俺?
女:何かあったのかい?
男:ああ、今日、立ち合いがあってな。
女:立ち合い?剣での勝負のこと?
男:相手が手練(てだれ)でよ。ちょっと手こずっちまった。
女:どこか怪我したのかい?
男:いや、体は何ともねえよ。かすり傷一つ負っちゃいねえ。ただ、気をやられちまってな。
女:気をやられた?
男:ああ、なんて言うかな・・・心を消耗したって言うかな。
女:大丈夫なのかい?
男:大丈夫だよ。酒を一杯、もらえねえか?
女:あ、ああ。
0:女、酒を注ごうとする。
女:痛っ!
男:おい、大丈夫か?
女:大丈夫さ、ちょっと腕が痛くてね。(酒を注ぐ)ほら。
男:ありがとよ。(酒を一気に飲み干す)じゃあ、そろそろ行くわ。
女:え?帰るのかい?何で?
男:近くまで来たから、ちょっと寄っただけなんだ。きっと今、悪い気を撒き散らしてるからよ、この店に客が寄り付かなくなっちまったら悪いしな。
女:そんな事・・・
男:じゃあな、また来るわ。
女:待ちな!(男の腕を掴む)
男:何だよ?
女:バカタレ!
男:あ?
女:辛いから、苦しいから、私に会いに来たんだろう?慰めて欲しいから。
男:そんなんじゃ・・・
女:うるさい!つべこべ言うな!
0:女、男を引き倒す。
男:うおっと!
女:アンタ、どんだけ弱ってんだい?私に倒されるなんて。
男:うるせえ、いつもならこんな風には行かねえぞ!
女:はいはい。
0:女、男を膝枕する。
男:あ・・・
女:(優しい口調で)どうだい?
男:膝枕か・・・懐かしいな。
女:おっかさんを思い出したかい?
男:お袋が膝枕なんかするわけねえだろ。・・・おめえだよ、昔も膝枕してくれたのは。
女:そっか。
男:こいつは・・・極楽だなあ。
女:ねえ。
男:ん・・・
女:あの時、何て言おうとしたんだい?
男:あの、とき?(眠たそうな声)
女:私を村から連れ出してくれた時、あの山の上で、アンタ私に何か言おうとしたじゃないか。
男:・・・
女:アンタ、私を・・・
男:(寝息)
女:(少し笑いながら)寝ちゃったか。
女:『膝の上で眠る彼の頭をそっと撫でる。』
男:ん・・・
女:『こうしていると、昔と何も変わらない。不器用で、乱暴だけど、本当は優しい人。』
女:『そんな彼から、今微かに(かすかに)香るのは、血の匂いだった。』
0:別の日
男:こ、この度は・・・お、お招きにあずかり、ま、まことに、恐悦地獄(きょうえつじごく)に・・・
女:恐悦至極(きょうえつしごく)!何だよ、恐悦地獄ってのは!
男:きょ、恐悦、至極じゃあっ!
女:「恐悦至極に存じます!」何でアンタの方が偉そうなんだよ!
男:(ため息)ちょっと休憩にしねえか?
女:まだ始めたばっかりじゃないか!もうちょっと頑張りな!
男:厳しいなあ。
女:誰の為にやってると思ってんだい!アンタが「偉いお武家様の屋敷に招待されたんで、侍の礼儀作法を教えて欲しい」って言うから、私が一肌脱いでやってるんだろ!
男:そりゃそうだけどよ。
女:大体、礼儀作法ならアンタの先生に教われば良いじゃないか。
男:あのなあ、先生に「礼儀作法を教えて下さい」なんて頼んでみろ。その場ではっ倒されて終わりだぜ?そのくせ、粗相(そそう)したら、それはそれで怒られるしな。
女:だからって、侍の作法を女郎に教わるって言うのはどうなんだい?そりゃ、私達の客には侍もいるから、所作や言葉遣いくらいなら多少は分かるけどさ。
男:そんな事言わないで助けてくれよ!頼めるのはおめえしかいないんだ!
女:そうだ!アンタの弟弟子(おとうとでし)は?ほら、この前弟弟子ができたって言ってただろ?そいつ、確か武家の出じゃなかったかい?
男:・・・あいつはダメだ!
女:何で?
男:兄弟子が弟弟子に、ものを教わるわけにはいかねえだろ!
女:だから女郎は良いのかって・・・
男:そうでなくても生意気なのに、また調子に乗っちまう。
女:(少し笑う)弟弟子を手懐け(てなずけ)られてないみたいだね。
男:あの野郎・・・いつも散々打ちのめしてやってるのに、いつまで経っても俺の事認めやがらねえ。もっと厳しく稽古しねえとな!
女:駄目だよ、そんなんじゃ。
男:あ?
女:そんなことしたら、ますます反発するに決まってるだろ。もっとこう、尊敬の念ってやつを抱かせないとね。
男:そんなんどうやるんだよ?
女:アンタの方が剣士として格上だって、分からせてやれば良いのさ。例えば、アンタが本気で立ち合いしてる姿を、そいつに見せてやるとか。
男:そんなんで良いのか?
女:そいつが本物の剣士なら、それで分かるはずさ。分かんなきゃ、見込み無しってことだね。
男:そんなもんかねえ。
女:そんなもんさ。
男:・・・おめえ、すげえな。
女:は?何が?
男:人の事が良く分かってる。
女:そりゃあね、この商売やってたら、人の気持ちは嫌でも分かる様になるからね。
男:なるほどなあ。先生ももうちょっと、人に気を遣える様になりゃあ、今頃どこぞの大名にでも召し抱えられてるのにな。
女:そうなのかい?
男:ああ。先生もかなり有名になったからな、そういう話もちらほら出るんだが、いかんせん気難しい人でな・・・
女:勿体ないねえ。
男:まあ、先生は出世とかに興味が無いからな。何よりも剣が優先なんだよ。
女:でも先生が仕官すりゃ、アンタだって一緒に召し抱えられたりするんじゃないのかい?
男:実際そういう話もある。というか・・・
女:?
男:本当にたまにだけどよ、俺一人だけでも家来にならないかって言ってくれる人もいるんだ。
女:本当かい!?すごいじゃないか!・・・何で受けなかったんだい?先生が駄目って言ったのかい?
男:いや、先生は何も言わねえよ。ただよ、俺はまだ修行中の身だしさ、先生を差し置いて仕官はできないかなって思ったんだよ。
女:ふーん。
男:でも、そろそろ良いのかもな・・・
女:ん?
男:俺も先生に弟子入りして長いし、そろそろ一人立ちしても良いかなって。弟弟子もできたから、先生のお世話はそいつに任せりゃ良いし。
女:うんうん!アンタもそろそろ腰を落ち着けた方が良いよ!
男:・・・あのよ。
女:?なんだい、改って。
男:仕官するとなりゃ、俺も正式な侍だ。そうなったらさ・・・
女:?
男:おめえの事、身請けしたいって言ったら、受けてくれるか?
女:・・・
男:・・・
女:・・・バカタレ。
男:え?
女:侍になっただけで身請けなんか出来るわけないだろ!いくらかかると思ってるんだい!
男:え!?侍でも身請けするのに銭がいんのか!?
女:当たり前だよ!
男:そんなあ。
女:全く、考え無しにも程がある。
男:いいや!俺は諦めねえぞ!これから銭稼いで、いつかおめえを身請けするんだ!
女:(少し笑って)はいはい、期待しないで待ってるよ。
男:え?
女:あ?
男:おめえ、今「待ってる」って・・・
女:あら?そんな事言ったかねえ?
男:言ったじゃねえか!
女:さてねえ?・・・ほら!稽古の続きだよ!侍になるんだろ!
男:お、おう!
女:『彼が、私を身請けしたいと言ってくれた事、照れ臭くて誤魔化したけど・・・嬉しかった。死ぬ程嬉しかった。』
女:『今まで、他の馴染み客から身請けの話をされたことは何度かあった。しかし、一度も受けた事はない。私の中にはいつも、彼の存在があったから。子供の頃から大好きだったあの人がいたから。』
女:『女郎になって、もう彼と一緒になることは出来ないと諦めていた。その諦めていた夢が、叶うかもしれない。』
女:『私は天にも昇るような気持ちだった。お金の問題はある。簡単な事ではないのは確かだった。しかし、何年かかっても構わない。その希望があるだけで、私は生きていける・・・そう思った。』
女:『だが、結局それは叶わなかった。』
0:それから数ヶ月後
女:痛っ!また腕が痛む。これは・・・
0:男が部屋に入ってくる。
女:ああ。いらっしゃ・・・い?
男:(息が荒く怯えている様子)
女:どうしたんだい?何かあったのかい?
男:(先程と同じ怯えている様子)
女:何とか言いなよ。ほら、これでも飲んで落ちつきな。
0:女、酒を注ごうとするが、男がとっくりごと引ったくる。
男:(とっくりをらっぱ飲みする)
女:そんな飲み方したら、体に毒だよ!
男:(酒を飲み干して一息つく)
女:・・・
男:・・・・・・斬った。
女:え?
男:・・・斬っちまった。
女:・・・誰を?
男:・・・子供
女:!
男:子供を・・・斬っちまった。
女:どうして?
男:先生が・・・斬れって言ったから。
女:・・・
男:先生が立ち合って斬り殺した相手に子供がいて・・・その子供が刀抜いて斬りかかってきて・・・勿論子供の剣なんてどうって事なかったんだけど・・・先生気に食わなかったみたいで・・・それで俺に・・・
女:それは・・・し、仕方無いじゃないか。先生の命令だったんだろ。
男:・・・鬼だ。
女:え?
男:俺はもう人じゃねえ・・・鬼になっちまったんだ・・・先生みたいに・・・
女:何言ってるんだい!アンタは人だよ!
男:いいや!俺は鬼だ!女子供も平気で斬り殺す、剣に狂った鬼だ!
女:違う!
0:女、男を抱きしめる。
男:!
女:私の腕の中で、こうやって震えてるアンタが、鬼のはずないじゃ無いか。
男:・・・
女:アンタは馬鹿で、乱暴者だけど、本当は臆病で、優しい、ただの人だよ。
男:(嗚咽)
女:『彼は、何も答えず、ただ嗚咽を漏らすだけだった。』
女:『そして、更に月日は流れた・・・』
0:回想終わり
男:膝枕してくれよ、いつかみたいにさ。
女:あ、ああ。
0:女、男を膝枕する
男:ああ、やっぱこれ良いなあ。
女:(少し小声で)こんなんで満足してるんじゃ無いよ。
男:あん?
女:・・・アンタ、ここに何回通った?
男:へ?そんなん覚えてるわけないだろ?
女:忘れるくらい通ってるんなら、立派な馴染みだ。それなのに・・・
女:どうしてアンタ、一度も私を抱こうとしないんだい?
男:・・・今更おめえとそういう仲になるの、気恥ずかしいだろ。だからさ。
女:じゃあ、他の娘なら良いだろ?何なら今から呼んでやろうか?
男:(笑いながら)そんなこと言って、俺が帰った後、その娘に「具合はどうだった」とか下世話な事聞くつもりだろ?その手にゃ乗らねえぞ。
女:もう良いよ。
男:あ?
女:アンタ・・・女を抱いた事無いだろ?
男:・・・何馬鹿な事言ってんだ。
女:どうなんだい?
男:(起き上がる)そんな訳ないだろ?俺をいくつだと思ってんだよ。
女:やめな、もう戯言(ざれごと)は聞き飽きたんだよ。頼むから、本当の事を言っておくれよ。
男:・・・
女:アンタは、女を抱いた事が無い。そしてそれは・・・私のせいなんだろ?
男:違う・・・
女:アンタは、売られそうになった私を助け出してくれた。でも私は、アンタの元を離れて、結局体を売る道を選んだ。アンタはそれを、自分のせいだと思ってるんだろ?
男:・・・
女:(ため息)身売りをしたのは私が選んだ事だ、アンタのせいじゃない。
男:どうしてだ!?・・・俺がもっと強かったら、こんな馬鹿じゃなかったら、おめえを助けられたじゃねえか!
女:何を言ってるのさ!アンタは私を助けてくれたじゃ無いか!
男:違う!!
男:俺は・・・おめえを助けるどころか、身売りをしなきゃいけないように仕向けちまった。
男:この世の誰よりも、幸せにしなきゃいけなかった女を、俺は不幸にしちまった。
男:そんな俺が、おめえを抱けるわけねえだろ・・・
女:・・・
男:他の女を抱こうとしたこともあった。でもできなかった!おめえ以外の女となんて・・・俺には・・・
女:ああ、何てこと・・・
男:・・・あの村でよ、毎日こき使われて、辛くて、それでも耐えてこられたのは・・・おめえがいたからだ。
男:いつか、おめえと夫婦(めおと)になってよ、ガキ作ってよ・・・ああ、勿論俺たちのガキは、こき使ったりしねえぞ?うんと可愛がってやるんだ。
男:そんな夢があったから、俺は頑張ってこれたんだ。それはおめえを連れ出して、村を出た時も同じだった。俺がおめえを一生かけて守るって、そう決めていたんだ。それが、このザマだ。
女:もう、やめておくれ・・・
男:おめえの親父ぶっ飛ばして、俺は何がしたかったんだ?結局、何の意味も無かったじゃねえか!
女:バカタレ!!
男:っ!
女:・・・あの時、アンタが私を村から連れ出してくれたから、今の私があるんだ。アンタに腕を引かれて駆け抜けたあの瞬間、私は人生で一番幸せだった!
女:あの瞬間の思い出があったから、私を助けようとしてくれたアンタの思いがあったから、私は今まで歯ぁ食い縛って生きてこれたんだ!
男:っ!
女:ゴメンよ・・・そんなアンタが怖くなって逃げ出すなんて、私は本当に馬鹿だった。その事だけは、ずっと後悔してたんだ。
男:・・・
女:だから、あの時言えなかった・・・言わなきゃいけなかった言葉、いま伝えるよ。
0:男の両手を力いっぱい握りしめ、目を真っ直ぐに見つめる。
女:私を助け出してくれて、本当にありがとう。心の底から、感謝しています。
男:・・・・・・
女:今の暮らしは、確かに辛い事もある。でも、悪くないって思ってるよ?全ては巡り合わせだってね。
男:巡り合わせ・・・
女:アンタのした事は、無意味なんかじゃ無いよ。
女:だから、お願いだから、もう自分を責めるのはやめておくれ。
男:俺は・・・
女:立ち合いが、あるんじゃないのかい?
男:え?
女:しかも、今度は分が悪い相手なんだろ?
男:何で、そんな事・・・
女:アンタ・・・私に別れを告げに来たんじゃないのかい?
男:・・・
女:答えておくれよ。
男:・・・そうだ
女:・・・
男:よく、分かったな。
女:腕がね・・・
男:え?
女:腕が、痛むんだよ。アンタに何かある時にはね。
男:腕?
女:そう、ここだよ。(男に腕を握らせる)
男:これは・・・
女:思い出したかい?アンタがあの日、私を村から連れ出してくれた時、アンタが力一杯握って、引っ張ってくれた、そこと同じ所が、痛むんだよ。
男:・・・
女:最初はどうしてか分からなかった。でも気付いたんだよ。私の腕が痛む時は、アンタが誰かと立ち合ったり、辛い目にあった時だって。
男:そうか・・・
女:今思えば、ここに来ない日も、何度も痛むことがあったよ。アンタ、ずっと辛い思いをしてきたんだね。
男:そんな事ねえさ・・・
女:でも今回は、いつもと違う。いつもは立ち合いが終わってからここに来た。でも今日は、立ち合いの前にここに来た。それはつまり、負けるかもしれないと思ってるからだろ?
男:・・・おめえには、なんにも隠し事できないんだな。
女:当たり前だろ。アンタと私は、ずっと昔から、繋がってるんだよ。
男:そうみたいだな。
男:おめえの言う通りだよ。俺は明日、立ち合いをする。相手は俺より強い。だから、俺は明日・・・死ぬかもしれねえ。
男:それで、最後になるかもしれないと思ったから、おめえに会いにきたんだ。
女:・・・どうしても、行かないと駄目なのかい?
男:ああ、行かないと駄目なんだ。
女:命よりも大切なのかい、その立ち合いが。
男:ああ、俺にとってはな。
女:私が、行かないでって言ってもかい?
男:・・・ゴメン。
女:このまま、私を抱かないまま、行っちまうのかい?
男:・・・
女:アンタは、私が生涯で唯一人(ただひとり)惚れた男だ。アンタもそうなんだろ?そんな二人が結ばれないままなんて、あんまりじゃないか。
女:後生だよ、私を抱いておくれよ。
男:・・・それはできない。
女:どうして?
男:女を、いや・・・おめえを抱いたら、俺は変わっちまう。きっと、弱くなる。それじゃ駄目なんだ。明日の立ち合いは、今の俺のままじゃなきゃ駄目なんだ。
女:私よりも、剣を選ぶのかい?
男:・・・
女:(ため息)まったく男ってやつは、抱くも勝手なら、抱かぬも勝手かい。
0:二人とも無言のまま時間が過ぎて・・・
男:弟弟子、覚えてるか?
女:ああ。
男:少し前にな、あいつ、俺と同じように先生に命じられたんだ。「子供を斬れ」って。
女:・・・
男:でもよ、斬らなかったんだぜ。「できない」って言ってよ。あいつ、先生に逆らったんだ。
男:俺、その事が嬉しいんだ。何でかな?
女:バカタレ・・・そんなの、決まってるじゃないか。
男:?
女:アンタが人だからだよ。鬼じゃなく、ね。
男:そうか。
女:そうさ。
男:・・・なあ
女:何だい?
男:・・・もし、百に一つ、命を拾うことができたらよ。
女:うん・・・
男:そん時は、俺を男にしてくれるかい?
女:・・・もちろんだよ。
男:(笑いながら)ありがとよ。
女:約束、だよ?
男:約束だ。
女:絶対諦めちゃ駄目だよ!生きて・・・私の所に帰ってこい!
男:おう!
女:『それが・・・彼の姿を見た最後だった。』
女:『それから一年程して、彼の弟弟子が私を訪ねてきた。そして、やはり彼は立ち合いに敗れ、命を落としたことを知らされた。』
女:これは・・・
女:『差し出されのは一本の簪だった。彼の遺品の中にあったらしい。きっと私に渡すつもりだったのだろう、と持ってきてくれたのだ。』
女:(少し笑いながら)何だ、ちゃんと買ってたんじゃないか・・・
女:『でも私は、それを受け取らず、彼の骸(むくろ)と一緒に葬って(ほうむって)欲しいと伝えた。』
女:『渡すつもりなら、生きている間に渡していただろう。渡さなかったのか、渡せなかったのか、どちらにしても、彼の想いのままにしておきたいと思った。』
女:『それから更に数年が経って、私は馴染みの客に身請けされる事になった。大店(おおだな)をかまえる大商人だけど、とても気さくで、誰にでも分け隔てなく優しく接する人。』
女:『この人になら、自分の身を任せても良いと思えた。』
女:『あの人の事を完全に忘れたわけじゃない。でも、いつまでも立ち止まってはいられない、前に進まなきゃいけないと思った。あの人もきっと、それを望んでいる。』
女:『身請けされる前の日の夜、私は夢を見た。それは、あの日、あの村を二人で飛び出した日の夢。』
男:『息を切らせながら、畦道を駆け抜ける。村を抜け、草原を駆ける。どれだけ走っても疲れは感じない。』
女:『山に入った。険しい山道に入っても走り続ける。彼は何も言わず、けれど足を止めることは無い。私は、ただただ必死について行く。』
男:『山頂について、ようやく止まった。二人とも地面に倒れ込み、しばらく動けなかった。』
女:『やがて呼吸が整うと、彼は私の方に向き直り、こう言うのだ。』
男:俺の・・・嫁になってくれ!
0:完
0:女郎屋(じょろうや)の一室。男が入ってくる
男:よう。
女:あら、いらっしゃい。久方ぶりじゃ無いか。
男:そうだっけか?ほい、土産。
女:どうも。(土産の箱を受けとる)また、ここの饅頭(まんじゅう)かい?アンタの土産は、毎度代わり映えがしないねえ。(饅頭食べる)
男:良いじゃねえか、好物だろ?
女:そりゃそうだけどさ、たまには、簪(かんざし)の一本でも、持ってきてくれたらどうなんだい?
男:おめえなあ、俺に簪の良し悪しが分かると思うか?
女:それは・・・
男:大体、もう持ってるじゃねえか。
女:新しいのが欲しいんだよ!普通の馴染み客ってのは、遊女にそういう気の利いたもんを贈ってくれるんだけどねえ。
男:ただの髪飾りだろ?なんでそんなもん集めたがるんだか。
女:アンタ何にも分かってないねえ。
男:(同時に)これだから女ってやつは・・・
女:(同時に)これだから男ってやつは・・・
0:一瞬間の後、お互い笑い合う。
女:ま、取り敢えず飲みなよ。
0:女、釈をする
女:あっ!
0:手元が狂って酒をこぼしてしまう
男:おっとと!勿体ねえなあ、酒がこぼれちまったじゃねえか。
女:ゴメンよ、今朝方(けさがた)から腕が痛むんだ。
男:大丈夫か?
女:大したことないんだよ。さ、改めて
0:改めて釈をする
男:ありがとよ(酒を一息に飲む)ふう、おめえも飲むか?
女:頂戴いたします。
0:男、女に釈をする
女:(酒を飲む)最近はどうなんだい?
男:あん?
女:また、あっちこっち行ってんのかい?
男:ああ、そうだなあ。
女:どんな所に行ったんだい?
男:あー・・・この前は、有馬に行ったぜ。
女:有馬!じゃあ、温泉に入ったんだね!
男:温泉?いや。
女:え?何で?せっかく有馬に行ったんなら、温泉に入らなきゃ!
男:風呂、嫌いなんだよ。別に良いじゃねえか、遊びで行ってるわけじゃ無いんだし。
女:そりゃそうだけど(ため息)土産もなければ、土産話も無しかい。
男:・・・饅頭買ってきただろ。
女:これは近所の店のじゃ無いか!(饅頭食べる)アタシはねえ、滅多な事でこの女郎屋(じょろうや)から外には出られないんだ。客からいろんな土地の話を聞くのが、数少ない楽しみなんだよ。
男:悪かったな、世事(せじ)に無頓着でよ。
女:全く、アンタはさ・・・(少し笑う)そういうとこ、昔から変わらないね
男:そうか?
女:そうさ。
男:それは、褒めてんのか?
女:どうだろうねえ?
男:(少し笑う)おめえは、昔とは全然違うよな。
女:そりゃあ、ね(饅頭食べる)
男:昔より・・・綺麗になったな。
女:(吹き出す)
男:きったねえなあ!饅頭が飛び散ったじゃねえか!
女:(咳き込みながら)アンタのせいだろ!
男:ああ?
女:急に変な事言わないでおくれよ!あーもう、明日は槍でも降るのかねえ!
男:ひでえ言われようだな。折角褒めてやったのによ。
女:そんな殺し文句、どこで覚えた?
男:何だよそれ。俺はただ、思ったままを言っただけさ。
女:そんな事言うの初めてじゃ無いか。私を、綺麗だなんて。
男:そうか、言ってなかったか。
女:そうだよ。
男:そいつは、悪かったな。
女:・・・何かあったのかい?
男:別に、何もねえよ。
女:そう?なら、良いんだけどさ。
0:時間経過
男:なあ、昔の事って覚えてるか?
女:昔?
男:俺たちが、生まれ育った村のことだよ。
女:ああ・・・
男:(笑いながら)ひでえ所だったよな。
女:そうだね・・・まあ、貧しい百姓の家なんて、どこもあんなだったろうさ。
男:いやあ、俺らの家なんかは、特にひどかったと思うぜ。よく働いたよなあ。お互いガキだったのによ。
女:本当にねえ。子供なんて、家畜の一匹ぐらいにしか思ってなかったんだろうさ。
男:(笑いながら)時々親の目盗んで。一緒に遊んだりしたよな?
女:(笑いながら)そうだったね。けど結局見つかって、よく引っ叩かれたもんさ。
男:俺もおんなじ。親父のゲンコツ、痛かったなあ。
女:来る日も来る日も、起きて、働いて、食って、寝る、その繰り返しだったねえ。
男:・・・懐かしいな。
女:そうだねえ。ずっとあの村に残っていたら、今頃どうなってたんだろうね?
男:(少し寂しそうに)そりゃおめえ、無理だったじゃねえか。
女:私はね。でも・・・アンタは、違うじゃないか。
男:・・・
女:アンタはさ・・・
男:(遮って)なあ
女:何だい?
男:膝枕、してくれねえか?
女:え?
男:膝枕してくれよ、いつかみたいにさ。
0:回想 十数年前
女:明日、町に行く。おっとうに言われた。
男:町?何しに行くんだ?
女:おっとうは言わなかったけど、きっと三島屋(みしまや)に行くんだ。
男:三島屋って女郎屋だろ?そんなとこに、何しに行くんだ?
女:何で分かんねえんだ!そんなもん、一つしかねえべさ!
男:分かんねえよ!俺頭わりいから!
女:もう、おめえは本当に!
女:オラは・・・売られんだ。
男:え・・・
女:物分かりがわりいのも大概にしろ!このバカタレ!
男:嘘だろ?何でおめえが?
女:しょうがねえだろ。オラも一応女子(おなご)だ。年頃になったら、口減らしの為に売られんのはわかってた。
男:でもよ・・・
女:まあ、そういうことだからよ、おめえも達者(たっしゃ)で暮らせ。じゃあな!
0:女、走り去る。
男:お、おい!
女:(走りながら泣いている)
男:アイツが・・・女郎になる?そんな・・・
0:翌日
女:『翌朝、私は父に連れられ、町に向かった。歩きながら、自分が生まれ育った村を見回す。』
女:『苦痛で、変わり映えのしない毎日だと思っていた。早く抜け出したいとさえ、思っていた、そんな日々が、今では愛おしく、かけがえの無いものに感じられるのだ。』
女:『行きたくない、ここに居たい、ここであの人と・・・そんな事を考えていると、突然』
男:待て!
女:『あの人が、現れた。』
男:行かせねえ!
女:っ!おめえ、何してるんだ?
男:うるせえ!絶対に、行かせねえぞ!
女:『彼はそう叫ぶと、私の父を殴り飛ばした。そして、呆気に取られる私の腕を掴むと・・・』
男:走れ!
女:『そう言って駆け出した。私は強い力にぐんと引き寄せられ、共に駆け出す。』
女:『二人で畦道(あぜみち)を駆け抜ける。あっという間に村の門を抜けた。』
男:(走っている息遣い)
女:(走っている息遣い)
女:『息を切らせながら、草原を駆ける。これだけ走り続けたのは初めてだった。しかし、不思議な事に疲れは感じない。山に入った。険しい山道を進む。』
男:(さっきよりも苦しそうな息遣い)
女:『彼は、何も言わず走り続ける。流石に疲れが出たのか、苦しそうだ。それでも、足を止めることは無い。私は、もはやどうやって足を動かしているかさえも分からない。それでも、必死について行った。』
男:(倒れ込む)
女:(倒れ込む)
女:『山頂について、ようやく止まった。二人とも地面に倒れ込み、しばらく動けなかった。やがて呼吸が整うと、彼は私の方に向き直り、口を開いた。』
男:お、おめえよう
女:?
男:俺・・・俺の!・・・俺の、よう
女:『彼は結局、その続きを言わなかった。』
0:時間経過
女:これから、どうするの?
男:おめえに、不自由な思いはさせねえ。俺が、何とかする!
女:『彼はそう意気込んでいたが、私達に日々の糧(かて)を得る術(すべ)などあるはずも無く、廃寺(はいでら)で寝起きしながら野草や獣を取ったり、物乞い(ものごい)をして生活した。しかし、ある日・・・』
0:廃寺にて
男:ほれ、見ろ!
女:『と言って、たくさんの銀貨や銅貨が入った巾着袋(きんちゃくぶくろ)を持ってきた。』
女:この銭っ子(ぜにっこ)、どうしたんだ?
男:ど、どうでも良いだろ!これでうまいもんいっぱい食えるぞ!着物だって買ってやる!
女:・・・盗ってきたんか?
男:!
女:人様のもん、盗んできたんか?
男:別に良いじゃねえか!銭は銭だ!
女:いらねえ。
男:何だと?
女:オラ、こんなもんいらねえ!
0:女、巾着袋を払い除ける。銀貨が辺りに散らばる。
男:何しやがる!
0:男、女の頬を平手打ちする
女:痛っ!
男:あ・・・
女:(睨み付ける)おめえなんか大っ嫌いだ!どっか行っちまえ!
男:・・・(泣きそうになりながら)ちくしょう!
0:男、走り去る
女:バカタレが・・・
0:翌日
女:(目覚める)アイツ、昨日帰ってこんかったんか。
女:・・・ちょっと、言い過ぎたかな。
女:(人の気配を感じる)帰ってきた!どこ行って・・・誰だおめえ?
女:く、来るな!助けて!
0:場面転換
男:へへ、食い物いっぱい手に入ったぞ。これでアイツも機嫌直すだろ。
女:イャアアア!
男:っ!何だ?
女:離せ・・・やめて!
女:『その男は、私達と同じ浮浪者だったのだろう。下卑た(げびた)笑みを浮かべて、私に襲い掛かってきた。地面に倒され、組み敷かれたところで、こちらに走り込んでくる人影が目に入った。』
男:やめろ!
女:『私にのしかかっていた男は、殴り飛ばされ、はるか後方に吹っ飛んだ。』
男:この野郎!
女:『彼の怒りはそれだけでは収まらず、男に馬乗りになると、何度も顔面に拳を撃ち付けた。』
男:(何度も殴りながら、叫び声は何でも良い)この!この!この!この!この!
女:やめて!これ以上殴ったら死んじまう!
女:『男は辛うじて息をしていたが、顔は原形を留めていない程、ぐちゃぐちゃになっていた。』
男:(荒い息遣い)
女:『私は思った。彼と一緒にいたら駄目だ。このままだと、彼はいつか、私の為に人を殺してしまう、と。』
女:『いや、本当は怖かったのだろう。躊躇い(ためらい)なく、人を傷つける彼が、まるで鬼の様に思えて。』
女:『だから私は、彼の元を去った。』
0:数年後
女:『彼と別れた私は、生きる為に、結局体を売る道を選んだ。数年かけて様々な土地を巡った後、ようやく一軒の女郎屋に腰を落ち着けることができた。』
女:『そして、その女郎屋に行き着いて一年くらいが過ぎた頃、彼と再会した。』
女:いらっしゃ・・・おめえ!
男:やっと、見つけた!
女:『数年ぶりに会った彼は、すっかり変わっていた。上等な着物を着て、髪を結い、刀まで差していた。』
男:・・・
女:(気まずそうに)久しぶりだね。元気そうじゃないか。
男:おめえ!
0:男、女の腕を掴む
女:痛っ!何すんだい?離しとくれ!
男:おめえはこんなとこにいちゃ駄目だ!
女:何言ってんだよ!騒ぐなよ、店のもんが出てくるよ!
男:そんな連中、俺がまとめて叩き斬ってやる!
女:!
0:女、男の頬に平手打ちする。
男:!
女:帰っとくれ!
男:お、俺はただ・・・
女:良いから出てけ!バカタレ!
0:女、男を追い出す。
女:バカタレが・・・
0:翌日
男:よう・・・
女:・・・
男:昨日は、悪かったな。騒いだりしてよ。ほれ、これ土産だ。近くの店で買ってきたんだ。
女:何の用だい?
男:そんな邪険にすんなよ。店の連中にもちゃんと謝ったしよう。
女:よく入れてもらえたね。
男:ああ。銭を多目に渡したらすんなり通してくれたよ。
女:あいつら・・・
男:な、もう堪忍(かんにん)してくれよ。
女:(ため息)言っとくけど、次はないからね。
男:分かってるって。
女:(土産の饅頭を食べる)あら?これ美味しいね。
男:そうか?その店の饅頭、評判なんだってよ。
女:そうかい、ありがとよ。(酒を差し出しながら)これは?飲めるようになったかい?
男:ああ(酒を飲む)何かよう・・・
女:あん?
男:おめえ、別人みてえだ。見た目もそうだけど、話し方とか。
女:そりゃ、百姓言葉のまんまじゃ、この商売はできないさね。
男:(笑い出す)村にいた頃は、「オラがー、オラがー」って言ってたのによう。
女:もう!バカにしやがって!大体、変わったのはアンタの方じゃないか!
男:え?俺?
女:そうだよ!その出立ち(いでたち)は何だい?刀まで差して、侍にでもなったのかい?
男:ああ、この格好のことか・・・いや、本当に侍になったわけじゃねえんだ。武芸者の先生に弟子入りしてよ、今はその先生のとこにいるんだ。
女:武芸者?
男:そうなんだ。けっこう有名な先生でよ、めちゃくちゃ強えんだぜ。
女:へえ、良かったね、良い人に巡り会えて。
男:いやあ、うちの先生は剣の達人ではあるけど、間違っても「良い人」じゃあねえぜ。ありゃあ、人の皮被った鬼だぜ、鬼!
女:自分の先生をそんな風に言って良いのかい?
男:だってよお・・・本当に鬼畜なんだよ。まあ、そんな先生だからこそ、俺みたいなのを拾ってくれたんだろうけどよ。
女:まあ、何にせよ、食いっぱぐれてないなら良かったよ。
男:おめえも、その、何だ。
女:?
男:良い店に来れて・・・良かったな。
女:ああ、金にはちょっと汚いけど、皆良い人さ。良くしてもらってるよ。ここに来るまでは散々だったけどね。(笑いながら)良く今まで生きてこられたもんだよ。
男:そうか・・・
女:・・・どうしたんだい?
男:悪かったな。
女:何の話だい?
男:それは・・・あれだ、おめえのこと引っ叩いただろ?
女:え?
男:ほら、俺が盗っ人働いた時によ。
女:・・・ああ!そりゃ私達が別れる前の話じゃないか!何だよ今更。
男:だってよう、ずっと気になってたんだ。
女:良いよ、そんな昔の話。それを言うなら、昨日私もアンタをはたいたじゃないか。
男:(吹き出す)そうだな。あれは痛かったぜ。
女:(笑う)
女:私の方こそ、悪かったよ。勝手にいなくなってさ。
男:(ため息)しょうがねえよ。こんなおっかねえ男、誰でも嫌になるだろ。
女:そんな事ないよ。アンタは私の為に、全てを投げ出してくれた。なのに、私はアンタから逃げちまった。
男:・・・
女:そして結局私は・・・
男:おっと!そういや先生に使い頼まれてたんだった!そろそろお暇(いとま)するわ。
女:え、もう?だってあんたまだ・・・
男:先生怒らせると面倒だからよ。そいじゃあな・・・
女:待ちな!
男:!
女:・・・また、来てくれるかい?
男:ん?ああ、また来るぜ。
女:本当かい?約束だよ?
男:ああ、約束だ。
女:『それから彼は、時々店に通う様になった。毎度同じ饅頭を手土産に「よう」と声をかけて、ふらりと入ってくる。』
女:『彼の前では、少しだけ、あの村にいた頃に、本当の自分に還ることができた。』
女:『でも、現実は否応(いやおう)なくあの頃とは違う事を突き付けてくる。』
0:回想 男が店に通い始めてから数年後
男:(疲れた様子で)よう・・・
女:いらっしゃ・・・どうしたんだい?顔が真っ青じゃないか!
男:あ?・・・(ため息をつく)そんなにひどい顔してるか、俺?
女:何かあったのかい?
男:ああ、今日、立ち合いがあってな。
女:立ち合い?剣での勝負のこと?
男:相手が手練(てだれ)でよ。ちょっと手こずっちまった。
女:どこか怪我したのかい?
男:いや、体は何ともねえよ。かすり傷一つ負っちゃいねえ。ただ、気をやられちまってな。
女:気をやられた?
男:ああ、なんて言うかな・・・心を消耗したって言うかな。
女:大丈夫なのかい?
男:大丈夫だよ。酒を一杯、もらえねえか?
女:あ、ああ。
0:女、酒を注ごうとする。
女:痛っ!
男:おい、大丈夫か?
女:大丈夫さ、ちょっと腕が痛くてね。(酒を注ぐ)ほら。
男:ありがとよ。(酒を一気に飲み干す)じゃあ、そろそろ行くわ。
女:え?帰るのかい?何で?
男:近くまで来たから、ちょっと寄っただけなんだ。きっと今、悪い気を撒き散らしてるからよ、この店に客が寄り付かなくなっちまったら悪いしな。
女:そんな事・・・
男:じゃあな、また来るわ。
女:待ちな!(男の腕を掴む)
男:何だよ?
女:バカタレ!
男:あ?
女:辛いから、苦しいから、私に会いに来たんだろう?慰めて欲しいから。
男:そんなんじゃ・・・
女:うるさい!つべこべ言うな!
0:女、男を引き倒す。
男:うおっと!
女:アンタ、どんだけ弱ってんだい?私に倒されるなんて。
男:うるせえ、いつもならこんな風には行かねえぞ!
女:はいはい。
0:女、男を膝枕する。
男:あ・・・
女:(優しい口調で)どうだい?
男:膝枕か・・・懐かしいな。
女:おっかさんを思い出したかい?
男:お袋が膝枕なんかするわけねえだろ。・・・おめえだよ、昔も膝枕してくれたのは。
女:そっか。
男:こいつは・・・極楽だなあ。
女:ねえ。
男:ん・・・
女:あの時、何て言おうとしたんだい?
男:あの、とき?(眠たそうな声)
女:私を村から連れ出してくれた時、あの山の上で、アンタ私に何か言おうとしたじゃないか。
男:・・・
女:アンタ、私を・・・
男:(寝息)
女:(少し笑いながら)寝ちゃったか。
女:『膝の上で眠る彼の頭をそっと撫でる。』
男:ん・・・
女:『こうしていると、昔と何も変わらない。不器用で、乱暴だけど、本当は優しい人。』
女:『そんな彼から、今微かに(かすかに)香るのは、血の匂いだった。』
0:別の日
男:こ、この度は・・・お、お招きにあずかり、ま、まことに、恐悦地獄(きょうえつじごく)に・・・
女:恐悦至極(きょうえつしごく)!何だよ、恐悦地獄ってのは!
男:きょ、恐悦、至極じゃあっ!
女:「恐悦至極に存じます!」何でアンタの方が偉そうなんだよ!
男:(ため息)ちょっと休憩にしねえか?
女:まだ始めたばっかりじゃないか!もうちょっと頑張りな!
男:厳しいなあ。
女:誰の為にやってると思ってんだい!アンタが「偉いお武家様の屋敷に招待されたんで、侍の礼儀作法を教えて欲しい」って言うから、私が一肌脱いでやってるんだろ!
男:そりゃそうだけどよ。
女:大体、礼儀作法ならアンタの先生に教われば良いじゃないか。
男:あのなあ、先生に「礼儀作法を教えて下さい」なんて頼んでみろ。その場ではっ倒されて終わりだぜ?そのくせ、粗相(そそう)したら、それはそれで怒られるしな。
女:だからって、侍の作法を女郎に教わるって言うのはどうなんだい?そりゃ、私達の客には侍もいるから、所作や言葉遣いくらいなら多少は分かるけどさ。
男:そんな事言わないで助けてくれよ!頼めるのはおめえしかいないんだ!
女:そうだ!アンタの弟弟子(おとうとでし)は?ほら、この前弟弟子ができたって言ってただろ?そいつ、確か武家の出じゃなかったかい?
男:・・・あいつはダメだ!
女:何で?
男:兄弟子が弟弟子に、ものを教わるわけにはいかねえだろ!
女:だから女郎は良いのかって・・・
男:そうでなくても生意気なのに、また調子に乗っちまう。
女:(少し笑う)弟弟子を手懐け(てなずけ)られてないみたいだね。
男:あの野郎・・・いつも散々打ちのめしてやってるのに、いつまで経っても俺の事認めやがらねえ。もっと厳しく稽古しねえとな!
女:駄目だよ、そんなんじゃ。
男:あ?
女:そんなことしたら、ますます反発するに決まってるだろ。もっとこう、尊敬の念ってやつを抱かせないとね。
男:そんなんどうやるんだよ?
女:アンタの方が剣士として格上だって、分からせてやれば良いのさ。例えば、アンタが本気で立ち合いしてる姿を、そいつに見せてやるとか。
男:そんなんで良いのか?
女:そいつが本物の剣士なら、それで分かるはずさ。分かんなきゃ、見込み無しってことだね。
男:そんなもんかねえ。
女:そんなもんさ。
男:・・・おめえ、すげえな。
女:は?何が?
男:人の事が良く分かってる。
女:そりゃあね、この商売やってたら、人の気持ちは嫌でも分かる様になるからね。
男:なるほどなあ。先生ももうちょっと、人に気を遣える様になりゃあ、今頃どこぞの大名にでも召し抱えられてるのにな。
女:そうなのかい?
男:ああ。先生もかなり有名になったからな、そういう話もちらほら出るんだが、いかんせん気難しい人でな・・・
女:勿体ないねえ。
男:まあ、先生は出世とかに興味が無いからな。何よりも剣が優先なんだよ。
女:でも先生が仕官すりゃ、アンタだって一緒に召し抱えられたりするんじゃないのかい?
男:実際そういう話もある。というか・・・
女:?
男:本当にたまにだけどよ、俺一人だけでも家来にならないかって言ってくれる人もいるんだ。
女:本当かい!?すごいじゃないか!・・・何で受けなかったんだい?先生が駄目って言ったのかい?
男:いや、先生は何も言わねえよ。ただよ、俺はまだ修行中の身だしさ、先生を差し置いて仕官はできないかなって思ったんだよ。
女:ふーん。
男:でも、そろそろ良いのかもな・・・
女:ん?
男:俺も先生に弟子入りして長いし、そろそろ一人立ちしても良いかなって。弟弟子もできたから、先生のお世話はそいつに任せりゃ良いし。
女:うんうん!アンタもそろそろ腰を落ち着けた方が良いよ!
男:・・・あのよ。
女:?なんだい、改って。
男:仕官するとなりゃ、俺も正式な侍だ。そうなったらさ・・・
女:?
男:おめえの事、身請けしたいって言ったら、受けてくれるか?
女:・・・
男:・・・
女:・・・バカタレ。
男:え?
女:侍になっただけで身請けなんか出来るわけないだろ!いくらかかると思ってるんだい!
男:え!?侍でも身請けするのに銭がいんのか!?
女:当たり前だよ!
男:そんなあ。
女:全く、考え無しにも程がある。
男:いいや!俺は諦めねえぞ!これから銭稼いで、いつかおめえを身請けするんだ!
女:(少し笑って)はいはい、期待しないで待ってるよ。
男:え?
女:あ?
男:おめえ、今「待ってる」って・・・
女:あら?そんな事言ったかねえ?
男:言ったじゃねえか!
女:さてねえ?・・・ほら!稽古の続きだよ!侍になるんだろ!
男:お、おう!
女:『彼が、私を身請けしたいと言ってくれた事、照れ臭くて誤魔化したけど・・・嬉しかった。死ぬ程嬉しかった。』
女:『今まで、他の馴染み客から身請けの話をされたことは何度かあった。しかし、一度も受けた事はない。私の中にはいつも、彼の存在があったから。子供の頃から大好きだったあの人がいたから。』
女:『女郎になって、もう彼と一緒になることは出来ないと諦めていた。その諦めていた夢が、叶うかもしれない。』
女:『私は天にも昇るような気持ちだった。お金の問題はある。簡単な事ではないのは確かだった。しかし、何年かかっても構わない。その希望があるだけで、私は生きていける・・・そう思った。』
女:『だが、結局それは叶わなかった。』
0:それから数ヶ月後
女:痛っ!また腕が痛む。これは・・・
0:男が部屋に入ってくる。
女:ああ。いらっしゃ・・・い?
男:(息が荒く怯えている様子)
女:どうしたんだい?何かあったのかい?
男:(先程と同じ怯えている様子)
女:何とか言いなよ。ほら、これでも飲んで落ちつきな。
0:女、酒を注ごうとするが、男がとっくりごと引ったくる。
男:(とっくりをらっぱ飲みする)
女:そんな飲み方したら、体に毒だよ!
男:(酒を飲み干して一息つく)
女:・・・
男:・・・・・・斬った。
女:え?
男:・・・斬っちまった。
女:・・・誰を?
男:・・・子供
女:!
男:子供を・・・斬っちまった。
女:どうして?
男:先生が・・・斬れって言ったから。
女:・・・
男:先生が立ち合って斬り殺した相手に子供がいて・・・その子供が刀抜いて斬りかかってきて・・・勿論子供の剣なんてどうって事なかったんだけど・・・先生気に食わなかったみたいで・・・それで俺に・・・
女:それは・・・し、仕方無いじゃないか。先生の命令だったんだろ。
男:・・・鬼だ。
女:え?
男:俺はもう人じゃねえ・・・鬼になっちまったんだ・・・先生みたいに・・・
女:何言ってるんだい!アンタは人だよ!
男:いいや!俺は鬼だ!女子供も平気で斬り殺す、剣に狂った鬼だ!
女:違う!
0:女、男を抱きしめる。
男:!
女:私の腕の中で、こうやって震えてるアンタが、鬼のはずないじゃ無いか。
男:・・・
女:アンタは馬鹿で、乱暴者だけど、本当は臆病で、優しい、ただの人だよ。
男:(嗚咽)
女:『彼は、何も答えず、ただ嗚咽を漏らすだけだった。』
女:『そして、更に月日は流れた・・・』
0:回想終わり
男:膝枕してくれよ、いつかみたいにさ。
女:あ、ああ。
0:女、男を膝枕する
男:ああ、やっぱこれ良いなあ。
女:(少し小声で)こんなんで満足してるんじゃ無いよ。
男:あん?
女:・・・アンタ、ここに何回通った?
男:へ?そんなん覚えてるわけないだろ?
女:忘れるくらい通ってるんなら、立派な馴染みだ。それなのに・・・
女:どうしてアンタ、一度も私を抱こうとしないんだい?
男:・・・今更おめえとそういう仲になるの、気恥ずかしいだろ。だからさ。
女:じゃあ、他の娘なら良いだろ?何なら今から呼んでやろうか?
男:(笑いながら)そんなこと言って、俺が帰った後、その娘に「具合はどうだった」とか下世話な事聞くつもりだろ?その手にゃ乗らねえぞ。
女:もう良いよ。
男:あ?
女:アンタ・・・女を抱いた事無いだろ?
男:・・・何馬鹿な事言ってんだ。
女:どうなんだい?
男:(起き上がる)そんな訳ないだろ?俺をいくつだと思ってんだよ。
女:やめな、もう戯言(ざれごと)は聞き飽きたんだよ。頼むから、本当の事を言っておくれよ。
男:・・・
女:アンタは、女を抱いた事が無い。そしてそれは・・・私のせいなんだろ?
男:違う・・・
女:アンタは、売られそうになった私を助け出してくれた。でも私は、アンタの元を離れて、結局体を売る道を選んだ。アンタはそれを、自分のせいだと思ってるんだろ?
男:・・・
女:(ため息)身売りをしたのは私が選んだ事だ、アンタのせいじゃない。
男:どうしてだ!?・・・俺がもっと強かったら、こんな馬鹿じゃなかったら、おめえを助けられたじゃねえか!
女:何を言ってるのさ!アンタは私を助けてくれたじゃ無いか!
男:違う!!
男:俺は・・・おめえを助けるどころか、身売りをしなきゃいけないように仕向けちまった。
男:この世の誰よりも、幸せにしなきゃいけなかった女を、俺は不幸にしちまった。
男:そんな俺が、おめえを抱けるわけねえだろ・・・
女:・・・
男:他の女を抱こうとしたこともあった。でもできなかった!おめえ以外の女となんて・・・俺には・・・
女:ああ、何てこと・・・
男:・・・あの村でよ、毎日こき使われて、辛くて、それでも耐えてこられたのは・・・おめえがいたからだ。
男:いつか、おめえと夫婦(めおと)になってよ、ガキ作ってよ・・・ああ、勿論俺たちのガキは、こき使ったりしねえぞ?うんと可愛がってやるんだ。
男:そんな夢があったから、俺は頑張ってこれたんだ。それはおめえを連れ出して、村を出た時も同じだった。俺がおめえを一生かけて守るって、そう決めていたんだ。それが、このザマだ。
女:もう、やめておくれ・・・
男:おめえの親父ぶっ飛ばして、俺は何がしたかったんだ?結局、何の意味も無かったじゃねえか!
女:バカタレ!!
男:っ!
女:・・・あの時、アンタが私を村から連れ出してくれたから、今の私があるんだ。アンタに腕を引かれて駆け抜けたあの瞬間、私は人生で一番幸せだった!
女:あの瞬間の思い出があったから、私を助けようとしてくれたアンタの思いがあったから、私は今まで歯ぁ食い縛って生きてこれたんだ!
男:っ!
女:ゴメンよ・・・そんなアンタが怖くなって逃げ出すなんて、私は本当に馬鹿だった。その事だけは、ずっと後悔してたんだ。
男:・・・
女:だから、あの時言えなかった・・・言わなきゃいけなかった言葉、いま伝えるよ。
0:男の両手を力いっぱい握りしめ、目を真っ直ぐに見つめる。
女:私を助け出してくれて、本当にありがとう。心の底から、感謝しています。
男:・・・・・・
女:今の暮らしは、確かに辛い事もある。でも、悪くないって思ってるよ?全ては巡り合わせだってね。
男:巡り合わせ・・・
女:アンタのした事は、無意味なんかじゃ無いよ。
女:だから、お願いだから、もう自分を責めるのはやめておくれ。
男:俺は・・・
女:立ち合いが、あるんじゃないのかい?
男:え?
女:しかも、今度は分が悪い相手なんだろ?
男:何で、そんな事・・・
女:アンタ・・・私に別れを告げに来たんじゃないのかい?
男:・・・
女:答えておくれよ。
男:・・・そうだ
女:・・・
男:よく、分かったな。
女:腕がね・・・
男:え?
女:腕が、痛むんだよ。アンタに何かある時にはね。
男:腕?
女:そう、ここだよ。(男に腕を握らせる)
男:これは・・・
女:思い出したかい?アンタがあの日、私を村から連れ出してくれた時、アンタが力一杯握って、引っ張ってくれた、そこと同じ所が、痛むんだよ。
男:・・・
女:最初はどうしてか分からなかった。でも気付いたんだよ。私の腕が痛む時は、アンタが誰かと立ち合ったり、辛い目にあった時だって。
男:そうか・・・
女:今思えば、ここに来ない日も、何度も痛むことがあったよ。アンタ、ずっと辛い思いをしてきたんだね。
男:そんな事ねえさ・・・
女:でも今回は、いつもと違う。いつもは立ち合いが終わってからここに来た。でも今日は、立ち合いの前にここに来た。それはつまり、負けるかもしれないと思ってるからだろ?
男:・・・おめえには、なんにも隠し事できないんだな。
女:当たり前だろ。アンタと私は、ずっと昔から、繋がってるんだよ。
男:そうみたいだな。
男:おめえの言う通りだよ。俺は明日、立ち合いをする。相手は俺より強い。だから、俺は明日・・・死ぬかもしれねえ。
男:それで、最後になるかもしれないと思ったから、おめえに会いにきたんだ。
女:・・・どうしても、行かないと駄目なのかい?
男:ああ、行かないと駄目なんだ。
女:命よりも大切なのかい、その立ち合いが。
男:ああ、俺にとってはな。
女:私が、行かないでって言ってもかい?
男:・・・ゴメン。
女:このまま、私を抱かないまま、行っちまうのかい?
男:・・・
女:アンタは、私が生涯で唯一人(ただひとり)惚れた男だ。アンタもそうなんだろ?そんな二人が結ばれないままなんて、あんまりじゃないか。
女:後生だよ、私を抱いておくれよ。
男:・・・それはできない。
女:どうして?
男:女を、いや・・・おめえを抱いたら、俺は変わっちまう。きっと、弱くなる。それじゃ駄目なんだ。明日の立ち合いは、今の俺のままじゃなきゃ駄目なんだ。
女:私よりも、剣を選ぶのかい?
男:・・・
女:(ため息)まったく男ってやつは、抱くも勝手なら、抱かぬも勝手かい。
0:二人とも無言のまま時間が過ぎて・・・
男:弟弟子、覚えてるか?
女:ああ。
男:少し前にな、あいつ、俺と同じように先生に命じられたんだ。「子供を斬れ」って。
女:・・・
男:でもよ、斬らなかったんだぜ。「できない」って言ってよ。あいつ、先生に逆らったんだ。
男:俺、その事が嬉しいんだ。何でかな?
女:バカタレ・・・そんなの、決まってるじゃないか。
男:?
女:アンタが人だからだよ。鬼じゃなく、ね。
男:そうか。
女:そうさ。
男:・・・なあ
女:何だい?
男:・・・もし、百に一つ、命を拾うことができたらよ。
女:うん・・・
男:そん時は、俺を男にしてくれるかい?
女:・・・もちろんだよ。
男:(笑いながら)ありがとよ。
女:約束、だよ?
男:約束だ。
女:絶対諦めちゃ駄目だよ!生きて・・・私の所に帰ってこい!
男:おう!
女:『それが・・・彼の姿を見た最後だった。』
女:『それから一年程して、彼の弟弟子が私を訪ねてきた。そして、やはり彼は立ち合いに敗れ、命を落としたことを知らされた。』
女:これは・・・
女:『差し出されのは一本の簪だった。彼の遺品の中にあったらしい。きっと私に渡すつもりだったのだろう、と持ってきてくれたのだ。』
女:(少し笑いながら)何だ、ちゃんと買ってたんじゃないか・・・
女:『でも私は、それを受け取らず、彼の骸(むくろ)と一緒に葬って(ほうむって)欲しいと伝えた。』
女:『渡すつもりなら、生きている間に渡していただろう。渡さなかったのか、渡せなかったのか、どちらにしても、彼の想いのままにしておきたいと思った。』
女:『それから更に数年が経って、私は馴染みの客に身請けされる事になった。大店(おおだな)をかまえる大商人だけど、とても気さくで、誰にでも分け隔てなく優しく接する人。』
女:『この人になら、自分の身を任せても良いと思えた。』
女:『あの人の事を完全に忘れたわけじゃない。でも、いつまでも立ち止まってはいられない、前に進まなきゃいけないと思った。あの人もきっと、それを望んでいる。』
女:『身請けされる前の日の夜、私は夢を見た。それは、あの日、あの村を二人で飛び出した日の夢。』
男:『息を切らせながら、畦道を駆け抜ける。村を抜け、草原を駆ける。どれだけ走っても疲れは感じない。』
女:『山に入った。険しい山道に入っても走り続ける。彼は何も言わず、けれど足を止めることは無い。私は、ただただ必死について行く。』
男:『山頂について、ようやく止まった。二人とも地面に倒れ込み、しばらく動けなかった。』
女:『やがて呼吸が整うと、彼は私の方に向き直り、こう言うのだ。』
男:俺の・・・嫁になってくれ!
0:完