台本概要
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タイトル | 善の鬼 第十一章「故郷」 |
---|---|
作者名 | Oroるん (@Oro90644720) |
ジャンル | 時代劇 |
演者人数 | 8人用台本(男6、女1、不問1) ※兼役あり |
時間 | 50 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
遂に一刀斎は、善鬼と典膳に一刀流の跡目をかけた真剣勝負を命じる 思い悩む典膳とは対照的に、あっさりと了承する善鬼 彼の思惑は如何に そして、善鬼は帰る 生まれ育った故郷に ・演者性別不問ですが、役性別は変えないようにお願いします。 ・時代考証甘めです。 ・軽微なアドリブ可。 185 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
善鬼 | 男 | 147 | 小野善鬼(おのぜんき)一刀流の剣士 |
ぜん | 男 | 124 | 善鬼のかつての名 ※善鬼との兼役推奨 |
とら | 女 | 105 | ぜんの幼馴染。後に穂邑という名の女郎となる。 |
典膳 | 男 | 39 | 神子上典膳(みこがみてんぜん)善鬼の弟弟子 |
一刀斎 | 男 | 30 | 伊東一刀斎(いとういっとうさい)一刀流創始者。善鬼、典膳の師 |
ぜんの父 | 男 | 198 | ぜんの父 ※一刀斎との兼役推奨 |
とらの父 | 男 | 93 | とらの父 ※典膳との兼役推奨 |
太郎 | 不問 | 3 | 庄屋の息子 ※とらとの兼役推奨 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:十数年前 故郷の村にて
0:畦道に座り込んでいるぜんととら
ぜん:何だよそれ?
ぜん:『とらが大きな紙を持っていた。それには細い木の棒が貼り付けられ、糸が結びついていた』
とら:へっへっへっ・・・こいつはなあ、「凧(たこ)」だ!
ぜん:たこ?
とら:んだ!
ぜん:タコって、海に住んでて足がいっぱい生えてるやつだべ?
とら:違え!こいつはな、もっと良いもんだ!
ぜん:ただの糸をくくりつけた紙じゃねえか。それが何だって言うんだ?
とら:見てろよ。この糸の端を持ってだな・・・
ぜん:おう。
とら:こうやって走ると!(走り出す)
ぜん:おおっ!
とら:(走りながら)これが、「凧揚げ(たこあげ)」だあ!
ぜん:・・・?そうやって、紙を引きずって走るのが「たこあげ」なんか?
とら:えっ?(立ちどまり)あ、あれ?
とら:(お、おかしいな?こうやったら凧が飛んでいくはずなのに・・・)
ぜん:どした?
とら:も、もう一回!(走り出す)
ぜん:・・・
とら:(何でだ?全然上がらねえ!ちゃんと庄屋様(しょうやさま)の家で見た通りに作ったのに)
ぜん:何も変わらねえぞ?
とら:(荒い呼吸)
とら:ど、どうだ!?
ぜん:いや何が?
とら:これが、「凧揚げ」だあっ!
ぜん:・・・それ、面白いんか?
とら:当たり前だろ!ほれ、おめえもやってみろ!(凧を渡す)
ぜん:お、おう。
とら:まず糸の端を持って。
ぜん:こうか?
とら:そんで、思いっきり走るだ!
ぜん:(走りながら)こうかあー!
とら:もっと声を出せ!
ぜん:声っ!?
とら:そうだ!
ぜん:(走りながら)うぉぉぉ!
とら:もっと!
ぜん:(走りながら)ぬぉぉぉぉぉ!!
とら:もっともっと!
ぜん:(走りながら)ふぉぉぉぉぉ!!!
とら:おめえは風だ!風と一つになるだあ!
0:時間経過
ぜん:(しんどそうな息遣い)
とら:どうだ、これが「凧揚げ」だ!
ぜん:(息を乱しながら)これ・・・ただ走ってるだけじゃねえか・・・別に凧要らねえだろ。
とら:おめえは何も分かってねえなあ。
ぜん:これのどこが面白えんだ?・・・ん?
とら:どした?
ぜん:(指差しながら)あそこに居るの、庄屋様と倅(せがれ)の太郎か?
とら:(ぜんの示した方を向き)本当だ。
・・・(二人が持っている物に気付き)あ。
ぜん:二人が持ってるのって。
0:少し離れた場所
0:凧揚げをする庄屋と太郎
太郎:すげえすげえ!この凧すげえ上がるぞう!
太郎:おっとうのより、俺の方が高く上がってるだ!
太郎:凧揚げ、楽しいなあ!
0:楽しそうに笑い合う二人
0:その様子を呆然と見つめるぜんととら
ぜん:・・・
とら:・・・
ぜん:・・・なあ。
とら:言うな!
ぜん:でもよ。
とら:違う!
ぜん:・・・何がだよ?
とら:(突然笑い出す)
ぜん:ど、どうした?
とら:(笑いながら)おめえ、アレだな?アレなんだろ?
ぜん:・・・どれだよ?
とら:ああやって、凧を飛ばすのが「凧揚げ」だと思っちまったんだろ?まったくしょうがねえなあ。
ぜん:違うのか?
とら:分かってねえなあ。凧はな、地べたを引き摺り(ひきずり)回すのが、「通(つう)」の楽しみ方ってもんよ!
ぜん:「つう」って何だ?
とら:いや、オラも良く分かんねえけど・・・
とら:とにかく、あっちのは本当の凧揚げじゃねえだ!
ぜん:そうなんか?ああやって空高く飛ばした方が楽しそうだけどなあ。
とら:こっちの方が楽しいに決まってる!見てろ!
とら:(凧を引き摺りながら)うおおおおぉ!
ぜん:・・・
とら:(走りながら)すっげえ楽しいなあ!
ぜん:無理してねえか?
とら:(走りながら)してねえ!めちゃくちゃ面白え!
ぜん:・・・あっ。
とら:えっ?
ぜん:『凧の糸が、切れた。切り離された凧は風に吹かれて舞い上がり、飛んでいってしまった』
とら:・・・
ぜん:・・・凧、飛んだな。
とら:・・・
ぜん:・・・なあ。
とら:(少しずつ泣き出す)
ぜん:ええっ?お、おい、とら。
とら:(泣きながら)ぜんの馬鹿あ!
ぜん:何で!?
0:とらの父が小走りにやってくる
とらの父:おうい、とらあ!
とら:お、おっとう。
とらの父:何だおめえ、泣いてんのか?
とら:(涙を拭き)な、泣いてねえ!
とらの父:こんな所で油売ってる場合じゃねえぞ!今日は地主様の家に行く日だべ!
とら:あ・・・
とらの父:今日は、地主様と一緒に風呂に入って(へえって)、お背中を流して差し上げる約束だろ?
ぜん:は?
とら:・・・
とらの父:早くいかねえと、地主様待っていなさるぞ?
とらの父:そんでな、とら。お背中だけじゃなくて、「前の方」も洗って差し上げるだぞ?
とらの父:特に、下の方をよおく洗うだ。そうすりゃ、地主様きっと喜んで下さる。
とら:おっとう、オラは・・・
とらの父:なんだ?文句でもあるだか?
とら:・・・ううん。
とらの父:いつも言ってんだろ、これは全部「おめえの為」なんだ。
とら:・・・うん。
ぜん:・・・
とらの父:ほれ、行くぞ。(とらの手を引く)
とらの父:ぜん、おめえも、サボってばかりいるんじゃねえぞ。親に苦労かけるでねえ。
ぜん:・・・苦労かけられてんのはこっちだ。
とらの父:ふん。それから、あんまりとらに近寄んな。とらはな、おめえの相手する暇なんかねえんだ。
ぜん:・・・
とらの父:じゃあな。
とら:・・・
ぜん:とら。
とら:え?
ぜん:おめえ、地主様の家、行きたいだか?
とらの父:ぜん、急に何だ?おめえには関係ねえ!
とら:・・・オラは。
とらの父:とら!行くぞ!(腕を引っ張る)
ぜん:駄目だ!(腕を掴む)
とらの父:はあ!?
とら:ぜん!
ぜん:とらは、俺と遊ぶんだ!(二人を引き剥がす)
とらの父:あっ!
ぜん:走れ!
とら:う、うん!
0:走り出す二人
とらの父:ふざけんな!待てえ!
ぜん:へん!待つわけねえべさ!
とら:(走ってる息遣い)
とらの父:(ヨタヨタ走りながら)待てええ!待へええ!
ぜん:(走りながら)何だ、もうへばったのか?とらにばっか野良仕事押し付けて、怠け(なまけ)てるからそうなんだべさ!
とらの父:(ヨタヨタ歩きながら)ちくじょうぅ・・・
ぜん:(走りながら)全然追いつけねえぞ!
とら:(走りながら)ぜん、前!
ぜん:へ?(何かにぶつかり)うわあっ!
ぜんの父:(ぜんにぶつかられ)痛え!この野郎!
ぜん:お、親父!?
ぜんの父:何遊んでるだ、この馬鹿息子!(殴る)
ぜん:ぐあっ!
とら:ぜん!
ぜんの父:今日という今日は勘弁ならねえぞ!
ぜん:くっ・・・何しやがるクソ親父!(父に掴みかかる)
ぜんの父:(揉み合いになりながら)てめえ、親に手え出すとは何事だ!
ぜん:(揉み合いながら)うるせえ!おめえを親だなんて思ったことねえだ!
ぜんの父:何だと!
ぜん:文句があるなら、親らしい事の一つでもしてみやがれ!
ぜんの父:このクソガキ!
0:揉み合いながらフェードアウト
ぜん:『家族との思い出なんて、ロクな物はない。いつもいがみ合って、喧嘩ばかりしていた』
とら:『親は、私のことなど、道具の一つとしか思っていない。大切にされた事など、一度も無かった』
ぜん:『俺ととらは、そんな暮らしに耐え切れなくなり、村を飛び出した。手を取り合って』
とら:『でも、互いに掴んでいたはずの手は、すぐに離れ離れ(はなればなれ)になってしまった』
ぜん:『とらは、「穂邑」という名の女郎に』
とら:『ぜんは、「善鬼」という名の武芸者になった』
ぜん:『そして、故郷に戻らぬまま、十年を越える歳月が流れた』
とら:『ぜんは、今・・・』
0:現在
0:故郷の村
0:家の前の切り株に腰掛けるぜんの父
ぜんの父:・・・
ぜんの父:(あくびする)
ぜんの父:腹、減ったなあ。
善鬼:よう。
ぜんの父:ん?
0:声の方へ顔を向ける父
善鬼:・・・
ぜんの父:・・・
0:「善の鬼」
0:
0:第十一章「故郷」
0:
0:二日前 善鬼達の逗留先
典膳:兄者。
善鬼:典膳、どうした?
典膳:先生が、お呼びです。
善鬼:そうか、すぐ行く。
典膳:・・・
善鬼:どうした?
典膳:いえ・・・先に行っております。
善鬼:ああ。
0:一刀斎の私室
一刀斎:来たか。
善鬼:お待たせ致しました。
一刀斎:うむ。
一刀斎:実はな、そろそろ一刀流の跡目(あとめ)を決めようかと思っている。
善鬼:えっ?
典膳:・・・
一刀斎:別に隠居(いんきょ)するわけではないぞ。ただ、このまま俺たち三人だけでは、一刀流が先細り(さきぼそり)になるのは目に見えている。
0:
一刀斎:せっかく興した(おこした)流派だ、このまま廃れ(すたれ)させるのは忍びなくてな。
0:
一刀斎:かと言って、俺自身でこれ以上弟子を取る気もない。だから、お前らのどちらかに、俺の跡を継いで、流派を盛り立ててもらいたいと思っている。
善鬼:そうですか。で、跡目はどちらに?
一刀斎:弟子としては善鬼が先達(せんだつ)。だが無論、そんなもので決めるつもりはない。
0:
一刀斎:俺の跡を継ぐのは、より強い方に決まっているだろ?
善鬼:では?
一刀斎:お前たち二人で仕合え(しあえ)。勝った方に一刀流をくれてやる。
典膳:・・・
善鬼:承知(いたしました)
一刀斎:(被せて)ただし、立ち会いは真剣を以って(もって)執り行う(とりおこなう)ものとする。
典膳:・・・
善鬼:真剣で?
一刀斎:ちなみに、だ。「勝った方」とはすなわち、「生き残った方」という意味だからな?
典膳:っ!
善鬼:承知致しました。(両手をついて頭を下げる)
典膳:えっ?
一刀斎:・・・善鬼。お前、俺が言ってる意味、分かってるのか?
善鬼:はい。
一刀斎:・・・良いのか?
善鬼:先生がお決めになったことであれば。
典膳:兄者・・・
一刀斎:お前は本当に、とことんつまらんな。
善鬼:・・・
一刀斎:仕合いは一月後とする。準備を怠らぬようにな。
善鬼:はっ!
典膳:は、はい。
一刀斎:出てくる。今日は戻らんからな。
善鬼:分かりました。行ってらっしゃいませ。
0:一刀斎、部屋を出て行く。
典膳:兄者。
善鬼:何だ?
典膳:宜しいのですか?
善鬼:ああ。
典膳:本当に、宜しいのですか?先生は、私達に殺し合えと言ったのですよ?
善鬼:分かってるよ。
典膳:何故、平然としていられるのですか!?
善鬼:先生のご命令だぞ?逆らうのか?
典膳:そ、それは・・・
善鬼:さてと、俺もちょっくら出てくる。2、3日戻らねえと思うから、留守頼むぜ。
典膳:どちらへ?
善鬼:野暮用(やぼよう)だよ、野暮用。じゃあな。
0:善鬼、部屋を出て行く
典膳:・・・
0:
典膳:(分かっているのか?)
0:
典膳:(先生は私に秘伝を伝授して、兄者を斬らせようとしているのだぞ?)
0:
典膳:(何故、受け入れている?)
0:
典膳:(このまま、兄者を殺すつもりか?)
0:
典膳:(あの兄者を・・・)
0:
典膳:(お前は、親しき者を簡単に殺め(あやめ)られる人間なのか?)
0:少し間
典膳:(お前は、何の為に一刀流の門人になった?)
0:
典膳:(お前は、何の為に武芸者になった?)
0:
典膳:(・・・腰抜けめ)
0:間
善鬼:・・・
ぜんの父:・・・
善鬼:『そこに居たのは、間違いなく親父だった』
0:
善鬼:『白髪が多くなり、背中も曲がっている。最後に会った時より、小さくなったように思えた』
ぜんの父:アンタ・・・
善鬼:えっ?
ぜんの父:アンタ、お侍さんけ?
善鬼:・・・
ぜんの父:すまねえなあ。俺、目が良くねえもんでよ。
善鬼:目が?
ぜんの父:ああ。二年ほど前に、病(やまい)でな。まるっきり見えんわけじゃねえが、何もかもぼやけてやがってよ。
善鬼:(俺のこと、分かってねえのか)
ぜんの父:お侍さんが、こんな寂れた(さびれた)農村に何の用だべさ?
善鬼:『この村が、何年か前に飢饉(ききん)に見舞われたことは知っていた。長く続いた干ばつ(かんばつ)により、作物(さくもつ)が採れなくなった。多くの村民(そんみん)が、命を落としたという』
ぜんの父:ここに知り合いでもいたんか?そいつはもう、くたばってるかもしんねえぞ?
善鬼:俺は・・・
ぜんの父:・・・
善鬼:とらの・・・そう、とらの知り合いなんだ!
ぜんの父:とらの?
善鬼:ああ!あいつに、自分の故郷を見て来て欲しいって頼まれてよ。
ぜんの父:何で自分で見にこねえんだ?
善鬼:それは・・・色々、事情があってよ。
ぜんの父:もしかして、病(やまい)か?
善鬼:いや、そうじゃねえ。体は元気さ。
ぜんの父:そうか。ま、何でも良いけどな。
善鬼:あいつの親が、この村に住んでるって聞いたんだが、今は?
ぜんの父:もう居ねえよ。遠いところに行っちまった。
善鬼:遠いところ?
ぜんの父:ああ。二度と会えねえくれえ、遠いところにな。
善鬼:それってつまり・・・
ぜんの父:・・・
善鬼:そいつは、残念だな。墓はどこだい?
ぜんの父:墓?そんなもんあるかよ。
善鬼:そうか・・・
ぜんの父:なあ。
善鬼:ん?
ぜんの父:その・・・とらの暮らし向きはどうなんだ?・・・亭主は、いるんけ?
善鬼:・・・いや、居ねえよ。
ぜんの父:居ない?じゃあ、あいつは・・・
善鬼:あいつ?
ぜんの父:・・・・・・いや、何でもねえんだ。
善鬼:・・・あんた、家族は?
ぜんの父:居ねえよ。一人もんだ。
善鬼:そうか・・・
0:間
善鬼:・・・色々、教えてくれてありがとよ。そろそろ、行くわ。
ぜんの父:お、おう。
善鬼:・・・体、気、つけてな。
ぜんの父:お侍さんも、達者でな。
0:善鬼、立ち去る。
0:十数年前 故郷の村
とら:(息を切らせながら)も、もう走れねえぞ。
ぜん:(息を切らせながら)こ、ここまで来りゃ、大丈夫だろ。
とら:あっ!
ぜん:どした?
とら:凧・・・置いてきちまった。
ぜん:ああ、そういえばそだな。
とら:どうしよう・・・
ぜん:別に良いじゃねえか、あんなもん。
とら:っ!(ぜんを叩く)
ぜん:あいたっ!
とら:(ぜんの背中をたたきながら)「あんなもん」とはなんだ!「あんなもん」とは!オラが一生懸命作ったんだぞ!
ぜん:(叩かれながら)分かった!分かったって!俺が悪かった!
とら:今すぐ取ってこい!
ぜん:何で俺が!
とら:つべこべ言わねえで行け!
ぜん:やだよ!自分で行け!
0:場面転換 ぜんを探すぜんの父
ぜんの父:くそっ!あの馬鹿息子、どこ行っただ!
とらの父:(遠くから呼びかける)おーーい!
ぜんの父:お?
とらの父:(走り寄ってきて、息を切らせながら)おめえ・・・とら・・・どこ行ったか・・・知らねえか?
ぜんの父:とら?とらなら、ぜんと一緒に行っちまったよ。
とらの父:何で止めてくれなかっただ!とらには大事な用があるだぞ!
ぜんの父:俺が知るか。
ぜんの父:・・・ん?おめえ、手に何持ってるだ?
とらの父:ああ、これか?とらが持ってたみたいなんだが、何だかよく分かんねえんだ。
ぜんの父:それ、ひょっとして・・・
とらの父:あ?
0:現在
善鬼:よう!
ぜんの父:・・・ん?もしかして、昨日のお侍さんか?
善鬼:そうだ。
ぜんの父:どうしただ?もうここに用は無いべ?
善鬼:いや、まあ、そうなんだけどよ。アンタともう少し話したいと思ってな。
ぜんの父:俺と?こんなしょぼくれた百姓崩れと、何話すって言うだ?
善鬼:別に良いじゃねえか。
ぜんの父:俺は・・・(酒の匂いを嗅ぎつけ)ん?この匂いは?
善鬼:お?
ぜんの父:ひょっとして酒か!?
善鬼:よく分かったな。
ぜんの父:俺に、酒、恵んでくれるだか!?
善鬼:恵むとかじゃねえよ。ただの手土産さ。
ぜんの父:うひゃあ!アンタ、良い人だったんだなあ!邪険(じゃけん)にしてごめんよぉ。
善鬼:(小声で)変わってねえな。
ぜんの父:何か言ったか?
善鬼:いいや?何も言ってねえぜ。
ぜんの父:待ってろ!いま茶碗持ってくるからよ。
善鬼:(・・・親父と酒を呑む日が来るなんてな)
0:時間経過
ぜんの父:(酒を飲み)ぷはあっ!
善鬼:(酒を注ぐ)良い飲みっぷりだなあ。見てて気持ちが良いよ。
ぜんの父:ん?ちょっと待てよ。よく考えたら、何でただで酒を呑ませてくれるんだ?アンタひょっとして、何か魂胆(こんたん)があるんじゃねえのかあ?
善鬼:散々飲んでから言う台詞かね。
ぜんの父:言っとくけどな、銭なら無えぞ。
善鬼:はいはい、分かったよ。良いから飲みな。
ぜんの父:お、おう。(酒を飲む)
善鬼:アンタ、一人もんだって言ってたよな?
ぜんの父:ん?そうだ。
善鬼:ずっと、一人なのかい?
ぜんの父:いや、違うが・・・何でそんな事聞くだ?
善鬼:別に。酒の肴(さかな)に、世間話でもさ。
ぜんの父:ふうん。ま、良いけどよ。
ぜんの父:昔は、女房と馬鹿息子がいた。でも、二人とも随分前に出て行っちまっただ。
善鬼:出て行った?
ぜんの父:んだ。最初は馬鹿息子の方だった。アンタの知り合いのとらとよ、村を飛び出して行っちまったんだ。ガキのくせに、駆け落ちでもしたつもりだったのかねえ。
善鬼:・・・
ぜんの父:その事で、女房と大喧嘩してよ。「何で行かせたんだ!?」って、女房のやつ喚き散らした(わめきちらした)んだ。
ぜんの父:ま、喧嘩はしょっちゅうだったし、その後出て行くのもいつものことだった。で、いつもならその内ひょっこり帰ってくる。それが・・・
善鬼:帰らなかった?
ぜんの父:ああ。女房も俺と同じで、邪険(じゃけん)に扱ってたはずなのによう。やっぱり自分が腹痛めて産んだ子には、情があったんかなあ。
善鬼:(小声で)お袋・・・
ぜんの父:それ以来俺は、ずっと一人だ。
善鬼:寂しいとは、思わないのかい?
ぜんの父:寂しい?(笑い出す)そんなん思うわけねえべさ!俺たちは、たまたま一緒に暮らしていただけだ。家族って言ったって、他人と何も変わらねえべさ。
善鬼:・・・
ぜんの父:お侍さんには分からんかもしれねえけどな、それが俺たちの生き方だ。俺だってガキの頃、親から大事にされた覚えなんてねえ。みんな、自分の身を守るのに、生きるのに必死なんだ。
0:
ぜんの父:だから、寂しいなんて思うわけがねえ。
0:
ぜんの父:思うわけが、ねえんだ。
0:回想
とらの父:見つけたぞ!
とら:おっとう!
ぜん:まずい!
ぜんの父:こんな所にいただか。
ぜん:げっ!親父・・・
とらの父:とらあ!早く地主様の所へ行こう。きっと湯を沸かして待っていなさるだ。
とら:おっとう・・・もう風呂の話は良いべさ。
ぜんの父:おい。
ぜん:何だよ?
ぜんの父:(壊れた凧を差し出し)これ、おめえらが作ったのか?
ぜん:あっ!
とら:オラの凧!
ぜんの父:どうなんだ?
ぜん:返せ!返しやがれ!
ぜん:それはな、とらが一生懸命作った、大事なもんなんだぞ!
とら:ぜん・・・嬉しいけどよ、おめえさっき「あんなもん」って言ってたよな。
ぜんの父:これ・・・ひょっとして凧か?
ぜん:え?
とらの父:凧?それ凧だったんか?
とら:おっとう、凧知ってんのか?
ぜん:凧だったら、何だって言うんだ!
ぜんの父:・・・
ぜん:?
ぜんの父:・・・(吹き出す)
とら:へっ?
ぜんの父:(笑いながら)凧!?こいつが!?
ぜん:な、何笑ってるだ!?
ぜんの父:(笑いながら)こんな出来映え(できばえ)の悪い凧、初めて見た!こんなもん、ただのゴミじゃねえか!
ぜん:な、何だと!
ぜんの父:どうせ飛ばなかったんだべ?
とら:う・・・何でそれを?
ぜんの父:ただ紙に糸をつけりゃあ良いってもんじゃねえんだ。ちゃんとした作り方があるんだよ。
ぜん:何で親父がそんなこと知ってんだ?
ぜんの父:何でって、作ったことがあるからに決まってるべ。なあ?
とらの父:へ?
ぜんの父:忘れたんか?ガキの頃、一緒に凧作ったじゃねえか。
とら:おっとうが?
とらの父:あー・・・そんなこと、あったような、なかったような。
ぜんの父:おめえ、庄屋様の家から凧盗み出してよう、でも結局見つかってボコボコにされて、それが悔しくて「俺たちで凧作んぞ!」って言い出したんじゃねえか。
とら:・・・
とらの父:・・・そうだったかなあ?昔のことなんで、忘れちまったよ。
ぜん:それで、二人で凧作ったんか?
ぜんの父:ああ。こんな出来損ないじゃなくて、ちゃんとした凧だったぞ。ま、何回も失敗したけどなあ。
とら:オラの凧は、何がいけなかったんだ?
とらの父:おい、凧なんかどうでも良いべ。それよりも・・・
ぜんの父:まず、糸が細過ぎる。これじゃすぐ切れちまうべ。
ぜんの父:骨組みも一本しかねえだろ。骨組みは大事なんだぞ。風を真正面から受けれるようにしねえと、飛ぶわきゃねえ。
とら:そうなんか。
とらの父:もう良いだろ。とら、行くべ。
ぜんの父:待て。
とらの父:あ?
ぜんの父:おめえ、凧糸と丈夫な和紙、持ってねえだか?
とらの父:何言ってるだ?おめえまさか、凧作るとか言い出すつもりじゃねえよな?
ぜんの父:持ってるのか、持ってねえのか、どっちなんだ?
とらの父:んなもん、ねえよ。
ぜんの父:じゃあ、地主様からもらってきてくれ。
とらの父:はあ!?何で俺がそんなことしなくちゃならねえだ!?
ぜんの父:良いじゃねえか。おめえなら地主様にも顔がきくだろ?とらを使って、日頃から散々ご機嫌を取ってきてるからな。
とらの父:それは凧糸なんぞをもらう為にやってんじゃねえ!
ぜんの父:つべこべ言ってねえで、さっさと行ってこい!
とらの父:いやだ!
とら:おっとう、行こ?風呂の件も、お詫びしなけりゃなんねえだろ?
とらの父:う・・・
とら:オラも行くからよ。な?
とらの父:くそっ!一つ貸しだからな!とら、行くぞ!
とら:う、うん。
0:とら、とらの父、地主の家に向かう。
ぜんの父:さてと、俺たちは骨組みの方を準備するべか。どうせならでっかいの作んぞ!
ぜん:・・・
ぜんの父:ぜん、何ぼーっとしてるだ?
ぜん:へっ?
ぜんの父:おめえもやんだぞ。
ぜん:・・・お、おう。
0:回想終わり
ぜんの父:お侍さんは、どうなんだい?
善鬼:えっ?
ぜんの父:俺は答えたから、今度はお侍さんの番だ。家族は?
善鬼:あ、ああ。俺も、一人もんだ。
ぜんの父:良い人はいないのかい?所帯(しょたい)を持ちたいと思うような相手は?
善鬼:・・・そんなことを考えた女もいたけどよ、色々あってな。
ぜんの父:そうか。
善鬼:・・・
ぜんの父:親は?
善鬼:・・・・・・さあな。もう長いこと会ってねえ。生きてんのか死んでんのかも分からねえよ。
ぜんの父:会いたい・・・なんて思わねえよな?ガキじゃねえんだしよ。
善鬼:どうだろうなあ。まあ、例え生きてたとしても、もう会えそうもねえし。
ぜんの父:何でだ?
善鬼:(酒を飲み干し)俺よう、
善鬼:もうすぐ死ぬんだ。
0:場面転換
0:夜の荒れ地で稽古する典膳と一刀斎
典膳:(荒い息遣い)
一刀斎:まあ、こんなものか。
典膳:先生・・・
一刀斎:一応、秘伝の伝授は完了した、
一刀斎:と言うことにしておこう。
典膳:・・・
一刀斎:不服そうだな。
典膳:いえ。
一刀斎:腕はお前の方が上だ。更に秘伝まで授けた。負ける要素は何も無い。
一刀斎:それで尚、お前の負け筋があるとすれば、それは「情(じょう)」だけだ。
一刀斎:お前が善鬼に情けをかけたりしなければ、結果は決まっているようなものだ。
典膳:・・・
一刀斎:仕損じるなよ、何があろうともな。
典膳:・・・先生は、本当にそれで宜しいのですか?
一刀斎:何?
典膳:これが、先生の望みなのですか?
一刀斎:そうだ。
典膳:どうして・・・
一刀斎:これが、我らの進むべき道だからだ。そしてお前は、それに従わなければならない。
一刀斎:俺の弟子だからな。
典膳:・・・
一刀斎:俺を憎め。殺したい程に憎め。
一刀斎:そして願わくば、いつかその想いを遂げてくれ。
0:間
典膳:『口ではどうこう言っても、私は先生に逆らうことはできない』
0:
典膳:『私たち三人は、このまま突き進むしかないのか』
0:
典膳:『その先にあるのは、地獄か。それとも・・・』
0:場面転換 善鬼の故郷
ぜんの父:死ぬ?あんたが?
善鬼:ああ。
ぜんの父:声の感じじゃ元気そうだが、どっか悪いのかい?
善鬼:いや、別に病(やまい)じゃねえよ。
善鬼:それでも、俺は死んじまうんだ。多分な。
ぜんの父:・・・よく分かんねえな。
善鬼:だろうな。
ぜんの父:もうすぐ死ぬってのに、こんな所で油を売ってて良いのかい?
善鬼:もうすぐ死ぬから、ここに来たんだよ。
ぜんの父:・・・
善鬼:俺は・・・
とらの父:(苦しそうな息遣いで)やっとこさ着いたべ。
善鬼:へ?
ぜんの父:遅かったでねえか。本当なら昨日着いてるはずだろ?
とらの父:よくも俺にそんな口が効けるな!?誰のためにわざわざ山一つ越えて来てやってると思うだ!
ぜんの父:うるせえ!その背中の風呂敷、さっさと寄越す(よこす)だ!
とらの父:何だその態度は。もう二度と来てやらねえぞ!(背負っていた風呂敷を渡す)
ぜんの父:頼んでたもん、全部あるだか?
とらの父:当たり前だ。ほれ、さっさと銭よこせ。
ぜんの父:がめつい奴だな、おめえは(銅貨を渡す)
とらの父:(銭を確認し)おい、ちょっと待て。
ぜんの父:ああ?
とらの父:銭が足りねえ。
ぜんの父:何言ってるだ。間違いなく足りてる。ちゃんと数えろ。
とらの父:これじゃ代金分にしかならねえ。ここまで運んだ手間賃(てまちん)が入ってねえぞ!
ぜんの父:手間賃だあ!?そんなもん知るか!
とらの父:ふざけんな!手間賃払うのは当たり前だ!
ぜんの父:絶対嫌だ!第一そんな銭はねえ!
とらの父:何だと?じゃあ、そのとっくりは何だ?酒買う銭はあるじゃねえかよ!
ぜんの父:これは、このお侍さんにもらったんだ!
とらの父:ああ?
善鬼:・・・
ぜんの父:そうだ、あんた。実はこいつがよ・・・
善鬼:(被せて)とらの、親父?
ぜんの父:・・・そうだ。何で分かったんだ?
善鬼:ちょっと待て。とらの親は、死んだんじゃねえのか?
ぜんの父:は?
善鬼:あんた、昨日言ったじゃねえか!「遠いところに行っちまった」って。
ぜんの父:ああ、こいつは今、女房と山を越えたところにある町に住んでてよ。すっげえ遠いんだ。
善鬼:でも、「二度と会えねえくらい遠い」って。
ぜんの父:それぐらい遠いんだ。
善鬼:普通に会いに来れてるじゃねえか!
ぜんの父:そういえば、そだな。
善鬼:紛らわしい言い方しやがって。だから「墓は無い」って言ってたのか。生きてるんなら、墓立てるわけねえもんな。
とらの父:アンタ、とらを知ってるだか?
善鬼:あ、ああ。
とらの父:元気だか?
善鬼:元気にしてるよ。
とらの父:暮らし向きはどうだ?不自由はしてねえか?
善鬼:まあ、食うに困ることは無いな。
とらの父:どうやって稼いでるんだ?どっかの家に嫁いで(とついで)るんか?
善鬼:いや、それは・・・
とらの父:懐具合(ふところぐあい)はどうなんだ?例えば、親を助けれるくらいの・・・
ぜんの父:おい、実の娘にたかろうとすんじゃねえ。
とらの父:おめえには関係ねえ!子が親を助けんのは当たり前だ!
善鬼:(小声で)このオッサンも、相変わらずだな。
とらの父:なあ、とらは今どこにいんだ?何で会いに来てくれねえ?
善鬼:・・・さ、さあ?
とらの父:今度とらに会ったら、顔出すように頼んでおくれよ。俺も女房も、もう怒ってねえから、いつでも帰ってこいって。
善鬼:・・・わかった。一応、言ってみるよ。
とらの父:頼んだぞ。
善鬼:(女郎のまんまじゃ、難しいだろうけどな)
とらの父:そういやよ・・・あんた、どこかで会ったことねえか?
善鬼:えっ?
とらの父:その顔、どっかで見たような気がするだ・・・
善鬼:・・・
ぜんの父:何だおめえ、侍の知り合いがいるってのか?そんなわけねえべ!
とらの父:それは・・・まあ、そうか。そうだよな。きっと俺の勘違いだ。
善鬼:あんた、何を持ってきたんだ?
とらの父:ああ、前にこいつに頼まれてたもんをな。着るもんとか、食いもんとか。
善鬼:わざわざ、届けにきたのか?
とらの父:しょうがねえべ、こいつが頼れるのは、俺くらいしか居ねえんだから。
ぜんの父:うるせえ。
善鬼:・・・
とらの父:あ、そうだ。忘れるとこだった。ほれ。(薬入れの貝殻を渡す)
ぜんの父:これは何だ?
とらの父:薬師(くすし)に作ってもらった塗り薬だ。おめえこの前、野良仕事手伝った時に腰痛めたって言ってたべ。だからそれに効く薬を、わざわざ持ってきてやっただ。
善鬼:野良仕事を手伝った?
とらの父:んだ。どうせ大した手伝いにもならなかったんだべ。
ぜんの父:そんな事ねえべ!
善鬼:(自分の田んぼすら、俺に任せっきりだった親父が?)
ぜんの父:隣の田んぼをついでにな。時々食いもん分けてくれる礼だ。
とらの父:それで体壊してちゃ、世話ねえべ。あ、それから、その薬ただでやるわけじゃねえからな。次来る時に、銭はきっちりもらうからよ。
ぜんの父:そんなことだろうと思った。
とらの父:あと手間賃!
ぜんの父:それは知らね。
善鬼:(何だろう。この二人、昔とは何かが違う気がする)
とらの父:そいじゃ、他の家も周らなきゃならねえから、そろそろ行くぞ。
ぜんの父:おう。
とらの父:体、大事にするだぞ。
ぜんの父:おめえもな。
0:とらの父、立ち去る
善鬼:・・・
ぜんの父:(笑い出す)
善鬼:何で笑ってるんだ?
ぜんの父:いや、おかしなもんだと思ってな。俺たちが、お互いを気遣うなんて。
ぜんの父:さっき言ったべ?この村の連中は、皆自分さえ良ければそれで良いって奴ばかりだった。自分の家族さえ、例外じゃなかった。
0:
ぜんの父:それを、ちっともおかしいことだと思わなかった。なのによ・・・
善鬼:今は、変わった?
ぜんの父:今じゃ、みんな身を寄せ合って生きてんだ。本当に人間ってのは不思議な生き物だな。
善鬼:・・・
ぜんの父:飢饉(ききん)でよ、この村の連中は皆死にかけた。そしてつくづく、一人じゃ生きていけねえと悟った。
0:
ぜんの父:だからかな。いつからか、お互い助け合うようになった。今のアイツみたいに、村を出た後でも、時々帰ってきて世話焼いてくれる奴もいる。
0:
ぜんの父:俺たちはもしかしたら、ようやく「人間」になれたのかもしれねえだな。
ぜん:そうか・・・
0:少し間
ぜんの父:さてと、この風呂敷、家にしまっておくとするか。
ぜんの父:(立ち上がるがふらつき)あら?
善鬼:おっと(ぜんの父を支え)大丈夫かい?ふらふらじゃねえか。
ぜんの父:ちょっと酔いが回ったかな?久しぶりに飲んだからよ。
善鬼:ちょっと座って休みな。こいつは俺が片付けとくよ。
ぜんの父:すまねえ。適当に置いといてくれ。
0:間
善鬼:『俺は家に入った。久しぶりの、我が家だ』
0:
善鬼:『昔よりも、壁や天井は痛み、物が少なくなっているような気がした』
0:
善鬼:(ん?・・・あれは・・・)
0:
善鬼:『俺が目を止めたのは、柱に貼り付けられていたある物だった』
0:回想
とらの父:ほれ、もらってきてやったぞ。
ぜんの父:おう。
とらの父:さあ、とら。帰るぞ。
ぜんの父:まだだ。おめえらも手伝え。
とらの父:はあ!?何で俺たちが手伝わなきゃいけねえんだ?
とら:おっとう。オラ、凧作ってみたいだ。
とらの父:ああ?
とら:お願いだよう。
とらの父:・・・(ため息)おい、これで二つ貸しだからな。
ぜんの父:へいへい。
ぜん:(木を短刀で削るが上手くいかず)くっ、この・・・
ぜんの父:何やってんだ、ぜん。貸してみろ。
ぜん:あっ。
ぜんの父:おめえは何でも力任せだな。こういうのは、もっと優しく、こう丁寧にだな・・・
ぜん:・・・
ぜんの父:何だ?
ぜん:い、いや。
ぜん:(親父って、手先が器用なんだな)
とら:糸はここを通すだか?
とらの父:ああ、確かそうだ。
とら:おっとうが凧を作ったことがあるなんて、オラ全然知らなかった。
とらの父:まあ、俺もガキだったしな。遊び道具が欲しかったんだ。
ぜん:その時の凧、どこにやったんだ?
とらの父:ええっと、どうしたんだっけな?捨てたんじゃねえか。
ぜんの父:何言ってやがる。俺に黙って、おめえ町で売ろうとしたじゃねえか!
ぜん:ええっ?
とら:せっかく作った凧、売っただか?
とらの父:いや、少しでも銭になればと思って。
ぜんの父:ま、ガキが手作りした凧なんて売れるわけもねえ。結局誰も買ってくれなくて、町で絡まれたゴロツキに取り上げられたんだよな。
とらの父:うっ。おめえ、よく覚えてんな。
とら:おっとうは、今も昔もあんまり変わんねえんだな。
0:時間経過
ぜん:こ、これで良いのか?
ぜんの父:(凧の出来栄えを確認し)まあ、良いんじゃねえか。
とら:やった!ついに出来たぞ!オラ達の凧!
とらの父:もうすっかり夕暮れじゃねえか。あーあ、時間を無駄にしちまった。
とらの父:もう良いだろ?俺たちは帰るからよ。
とら:おっとう。オラ、飛んだ所を見てみたい!
とらの父:ああ?
とら:せっかく作ったんだし、飛ばしてみてえよ!
とらの父:とら、おめえ良い加減に・・・
ぜんの父:良いじゃねえかそんぐらい。一回飛ばしてみるだけだ。
とら:おっとう、お願い。
とらの父:・・・一回だけだぞ。さっさと済ませるだ。
とら:うん!
ぜんの父:よし。ぜん、凧を持て。
ぜん:おう。
ぜんの父:二人一緒に走って、俺が合図したら離すんだぞ。わかったな?
ぜん:わかった。
ぜんの父:行くぞ・・・走れ!
ぜん:っ!(走り出す)
ぜんの父:(走りながら)まだ・・・まだだぞ!
ぜん:(走っている息遣い)
とら:・・・
ぜんの父:(走りながら)いまだ!離せ!
ぜん:っ!(凧を離す)
とら:あっ!
ぜん:『俺が手を離すと、凧は重力に逆らい、浮き上がった』
ぜんの父:よし!
ぜん:『俺たちの凧が、風を受けてぐんぐん空へと昇って行く』
0:
ぜん:『それは天高く舞い上がり、俺たちを見下ろしていた』
とら:やった!飛ん(だぞ)
とらの父:(被せて)飛んだぞー!!!
とら:えっ?
とらの父:見ろ、とら!俺たちが作った凧が飛んでんぞ!どんどん高く上がってんぞ!
とら:お、おう。そうだな、おっとう。
とらの父:(大笑いする)
とら:おっとう・・・(一緒に笑う)
ぜん:・・・
ぜんの父:ぜん。
ぜん:何?
ぜんの父:持ってみろ。
ぜん:良いの?
ぜんの父:ああ。絶対離すんじゃねえぞ。
ぜん:おう。(紐を受け取り)うっ!結構引っ張られる!
ぜんの父:おっと。
ぜん:あっ。
ぜん:『親父の手が、俺の手に添えられる。思ったよりも、大きな手だった』
ぜんの父:だから言ったろ。しっかり持て。
ぜん:う、うん。
ぜんの父:力入れ過ぎても駄目だからな。上手く加減するだ。
ぜん:こ、こう?
ぜんの父:そうだ。糸伸ばしてみろ。
ぜん:あ、まだ高くなる?
ぜんの父:まだまだ、昇ってくぞ。
ぜん:すっげえなあ(笑う)
ぜんの父:・・・
ぜん:何?
ぜんの父:いや、おめえが笑ったの、久しぶりに見た気がしてよ。
ぜん:・・・
とら:ぜん!オラにもやらせてくれよ!
ぜん:お、そうだな。
とらの父:俺が先だ!
ぜん:・・・え?
とら:おっとう、ズルい!オラが先だ!
とらの父:うるせえ!俺が先だ!これもおめえの為なんだ!
とら:意味分かんねえよ!
とらの父:やだやだやだ!おっとうが先だあ!!
とら:おっとう、分かったよ。分かったから、喚く(わめく)のはやめてけろ!
0:間
ぜん:『これが、俺が親父と遊んだ唯一の記憶だ』
0:
ぜん:『次の日には、全て忘れてしまったように、いつものように怒鳴られ、殴られた』
0:
ぜん:『いつもの辛く退屈な毎日が戻り、俺は、あの日、一緒に凧揚げをしたのは、全て夢だったんじゃないかと思うようにさえなった』
0:
ぜん:『そして俺も、段々とあの日の出来事が、記憶から薄れていった』
0:
ぜん:『でも・・・』
0:回想終わり
ぜんの父:酒、もう無くなっちまったか。
善鬼:よう。
ぜんの父:すまねえな、客人に片付けさせちまって。
善鬼:そんな事は良いんだ。それよりも・・・
ぜんの父:ん?
善鬼:これ、柱に飾られてたんだ。
ぜんの父:何が?
善鬼:これだよ!持ってみな!
ぜんの父:これ・・・凧か?
善鬼:そうだ。何でこんなもん飾ってたんだ?
ぜんの父:何でって・・・
善鬼:『間違いなく、あの日、一緒に作ったあの凧だ。あの日以来、どこに行ったか分からなくなっていたはずだ。勿論、飾られてなどいなかった』
ぜんの父:何年か前に、家の中片付けてたら、そいつが出て来たんだ。
善鬼:それ、手作りみたいだが、アンタが作ったのかい?
ぜんの父:どうかなあ?覚えてねえ。そもそも、なんでこんなもんが家にあるのか、分からねえんだ。
善鬼:・・・何で、そんなもんを飾ったんだ?
ぜんの父:最初は捨てようと思ったんだ。
0:
ぜんの父:・・・でも何でか、捨てられなかったんだなあ。
0:
ぜんの父:俺にとってこいつは、大切なもんのような気がしてよ。
善鬼:・・・そうか。
0:時間経過
ぜんの父:色々、ありがとうよ。
善鬼:俺は酒を飲ませただけだ。
ぜんの父:それが何よりもありがたかったんだよ。
善鬼:そうかい。そりゃ何よりだ。
0:間
善鬼:あのよ・・・
ぜんの父:何だ?
善鬼:出て行った馬鹿息子のこと、恨んでるかい?
ぜんの父:えっ?
善鬼:だってそいつ、アンタらを捨てたんだろ?自分の親をさ。
ぜんの父:・・・そうか。俺たちは、捨てられたのか・・・
善鬼:・・・
ぜんの父:腹は立った。
0:
ぜんの父:けどな、恨んじゃいねえ。
善鬼:本当か?
ぜんの父:ああ。
0:
ぜんの父:それに、恨んでるとしたら向こうの方だべ。
善鬼:えっ?
ぜんの父:毎日家畜みてえにこき使って、殴り飛ばして・・・飯を取り上げたこともある。
0:
ぜんの父:親らしいことなんて、何一つしてやれなかった。恨まれて当然だべ?
善鬼:・・・
ぜんの父:何でそんなこと聞くんだ?
善鬼:いや、ちょっと気になったんだ。
ぜんの父:そか。
善鬼:・・・じゃあ、行くわ。
ぜんの父:ああ。達者でな。
0:
ぜんの父:って、アンタもうすぐ死ぬんだっけか?
善鬼:そうだな。
0:お互い笑い合う
ぜんの父:でもまあ・・・達者でな。
善鬼:ありがとよ。アンタも、達者でな。
0:善鬼、しばらく歩き、振り返る
善鬼:(遠くから呼びかけるように)なあ!
ぜんの父:ん?
善鬼:アンタの、その「馬鹿息子」も、
0:
善鬼:きっと恨んでなかったと思うぜ!
0:
善鬼:分かってたはずさ!全部、貧さのせいだって!
0:間
ぜんの父:・・・そうかもな!
善鬼:じゃあな!
ぜんの父:おう!
0:間
善鬼:あばよ、クソ親父。
0:間
ぜんの父:馬鹿息子が・・・
0:つづく
0:十数年前 故郷の村にて
0:畦道に座り込んでいるぜんととら
ぜん:何だよそれ?
ぜん:『とらが大きな紙を持っていた。それには細い木の棒が貼り付けられ、糸が結びついていた』
とら:へっへっへっ・・・こいつはなあ、「凧(たこ)」だ!
ぜん:たこ?
とら:んだ!
ぜん:タコって、海に住んでて足がいっぱい生えてるやつだべ?
とら:違え!こいつはな、もっと良いもんだ!
ぜん:ただの糸をくくりつけた紙じゃねえか。それが何だって言うんだ?
とら:見てろよ。この糸の端を持ってだな・・・
ぜん:おう。
とら:こうやって走ると!(走り出す)
ぜん:おおっ!
とら:(走りながら)これが、「凧揚げ(たこあげ)」だあ!
ぜん:・・・?そうやって、紙を引きずって走るのが「たこあげ」なんか?
とら:えっ?(立ちどまり)あ、あれ?
とら:(お、おかしいな?こうやったら凧が飛んでいくはずなのに・・・)
ぜん:どした?
とら:も、もう一回!(走り出す)
ぜん:・・・
とら:(何でだ?全然上がらねえ!ちゃんと庄屋様(しょうやさま)の家で見た通りに作ったのに)
ぜん:何も変わらねえぞ?
とら:(荒い呼吸)
とら:ど、どうだ!?
ぜん:いや何が?
とら:これが、「凧揚げ」だあっ!
ぜん:・・・それ、面白いんか?
とら:当たり前だろ!ほれ、おめえもやってみろ!(凧を渡す)
ぜん:お、おう。
とら:まず糸の端を持って。
ぜん:こうか?
とら:そんで、思いっきり走るだ!
ぜん:(走りながら)こうかあー!
とら:もっと声を出せ!
ぜん:声っ!?
とら:そうだ!
ぜん:(走りながら)うぉぉぉ!
とら:もっと!
ぜん:(走りながら)ぬぉぉぉぉぉ!!
とら:もっともっと!
ぜん:(走りながら)ふぉぉぉぉぉ!!!
とら:おめえは風だ!風と一つになるだあ!
0:時間経過
ぜん:(しんどそうな息遣い)
とら:どうだ、これが「凧揚げ」だ!
ぜん:(息を乱しながら)これ・・・ただ走ってるだけじゃねえか・・・別に凧要らねえだろ。
とら:おめえは何も分かってねえなあ。
ぜん:これのどこが面白えんだ?・・・ん?
とら:どした?
ぜん:(指差しながら)あそこに居るの、庄屋様と倅(せがれ)の太郎か?
とら:(ぜんの示した方を向き)本当だ。
・・・(二人が持っている物に気付き)あ。
ぜん:二人が持ってるのって。
0:少し離れた場所
0:凧揚げをする庄屋と太郎
太郎:すげえすげえ!この凧すげえ上がるぞう!
太郎:おっとうのより、俺の方が高く上がってるだ!
太郎:凧揚げ、楽しいなあ!
0:楽しそうに笑い合う二人
0:その様子を呆然と見つめるぜんととら
ぜん:・・・
とら:・・・
ぜん:・・・なあ。
とら:言うな!
ぜん:でもよ。
とら:違う!
ぜん:・・・何がだよ?
とら:(突然笑い出す)
ぜん:ど、どうした?
とら:(笑いながら)おめえ、アレだな?アレなんだろ?
ぜん:・・・どれだよ?
とら:ああやって、凧を飛ばすのが「凧揚げ」だと思っちまったんだろ?まったくしょうがねえなあ。
ぜん:違うのか?
とら:分かってねえなあ。凧はな、地べたを引き摺り(ひきずり)回すのが、「通(つう)」の楽しみ方ってもんよ!
ぜん:「つう」って何だ?
とら:いや、オラも良く分かんねえけど・・・
とら:とにかく、あっちのは本当の凧揚げじゃねえだ!
ぜん:そうなんか?ああやって空高く飛ばした方が楽しそうだけどなあ。
とら:こっちの方が楽しいに決まってる!見てろ!
とら:(凧を引き摺りながら)うおおおおぉ!
ぜん:・・・
とら:(走りながら)すっげえ楽しいなあ!
ぜん:無理してねえか?
とら:(走りながら)してねえ!めちゃくちゃ面白え!
ぜん:・・・あっ。
とら:えっ?
ぜん:『凧の糸が、切れた。切り離された凧は風に吹かれて舞い上がり、飛んでいってしまった』
とら:・・・
ぜん:・・・凧、飛んだな。
とら:・・・
ぜん:・・・なあ。
とら:(少しずつ泣き出す)
ぜん:ええっ?お、おい、とら。
とら:(泣きながら)ぜんの馬鹿あ!
ぜん:何で!?
0:とらの父が小走りにやってくる
とらの父:おうい、とらあ!
とら:お、おっとう。
とらの父:何だおめえ、泣いてんのか?
とら:(涙を拭き)な、泣いてねえ!
とらの父:こんな所で油売ってる場合じゃねえぞ!今日は地主様の家に行く日だべ!
とら:あ・・・
とらの父:今日は、地主様と一緒に風呂に入って(へえって)、お背中を流して差し上げる約束だろ?
ぜん:は?
とら:・・・
とらの父:早くいかねえと、地主様待っていなさるぞ?
とらの父:そんでな、とら。お背中だけじゃなくて、「前の方」も洗って差し上げるだぞ?
とらの父:特に、下の方をよおく洗うだ。そうすりゃ、地主様きっと喜んで下さる。
とら:おっとう、オラは・・・
とらの父:なんだ?文句でもあるだか?
とら:・・・ううん。
とらの父:いつも言ってんだろ、これは全部「おめえの為」なんだ。
とら:・・・うん。
ぜん:・・・
とらの父:ほれ、行くぞ。(とらの手を引く)
とらの父:ぜん、おめえも、サボってばかりいるんじゃねえぞ。親に苦労かけるでねえ。
ぜん:・・・苦労かけられてんのはこっちだ。
とらの父:ふん。それから、あんまりとらに近寄んな。とらはな、おめえの相手する暇なんかねえんだ。
ぜん:・・・
とらの父:じゃあな。
とら:・・・
ぜん:とら。
とら:え?
ぜん:おめえ、地主様の家、行きたいだか?
とらの父:ぜん、急に何だ?おめえには関係ねえ!
とら:・・・オラは。
とらの父:とら!行くぞ!(腕を引っ張る)
ぜん:駄目だ!(腕を掴む)
とらの父:はあ!?
とら:ぜん!
ぜん:とらは、俺と遊ぶんだ!(二人を引き剥がす)
とらの父:あっ!
ぜん:走れ!
とら:う、うん!
0:走り出す二人
とらの父:ふざけんな!待てえ!
ぜん:へん!待つわけねえべさ!
とら:(走ってる息遣い)
とらの父:(ヨタヨタ走りながら)待てええ!待へええ!
ぜん:(走りながら)何だ、もうへばったのか?とらにばっか野良仕事押し付けて、怠け(なまけ)てるからそうなんだべさ!
とらの父:(ヨタヨタ歩きながら)ちくじょうぅ・・・
ぜん:(走りながら)全然追いつけねえぞ!
とら:(走りながら)ぜん、前!
ぜん:へ?(何かにぶつかり)うわあっ!
ぜんの父:(ぜんにぶつかられ)痛え!この野郎!
ぜん:お、親父!?
ぜんの父:何遊んでるだ、この馬鹿息子!(殴る)
ぜん:ぐあっ!
とら:ぜん!
ぜんの父:今日という今日は勘弁ならねえぞ!
ぜん:くっ・・・何しやがるクソ親父!(父に掴みかかる)
ぜんの父:(揉み合いになりながら)てめえ、親に手え出すとは何事だ!
ぜん:(揉み合いながら)うるせえ!おめえを親だなんて思ったことねえだ!
ぜんの父:何だと!
ぜん:文句があるなら、親らしい事の一つでもしてみやがれ!
ぜんの父:このクソガキ!
0:揉み合いながらフェードアウト
ぜん:『家族との思い出なんて、ロクな物はない。いつもいがみ合って、喧嘩ばかりしていた』
とら:『親は、私のことなど、道具の一つとしか思っていない。大切にされた事など、一度も無かった』
ぜん:『俺ととらは、そんな暮らしに耐え切れなくなり、村を飛び出した。手を取り合って』
とら:『でも、互いに掴んでいたはずの手は、すぐに離れ離れ(はなればなれ)になってしまった』
ぜん:『とらは、「穂邑」という名の女郎に』
とら:『ぜんは、「善鬼」という名の武芸者になった』
ぜん:『そして、故郷に戻らぬまま、十年を越える歳月が流れた』
とら:『ぜんは、今・・・』
0:現在
0:故郷の村
0:家の前の切り株に腰掛けるぜんの父
ぜんの父:・・・
ぜんの父:(あくびする)
ぜんの父:腹、減ったなあ。
善鬼:よう。
ぜんの父:ん?
0:声の方へ顔を向ける父
善鬼:・・・
ぜんの父:・・・
0:「善の鬼」
0:
0:第十一章「故郷」
0:
0:二日前 善鬼達の逗留先
典膳:兄者。
善鬼:典膳、どうした?
典膳:先生が、お呼びです。
善鬼:そうか、すぐ行く。
典膳:・・・
善鬼:どうした?
典膳:いえ・・・先に行っております。
善鬼:ああ。
0:一刀斎の私室
一刀斎:来たか。
善鬼:お待たせ致しました。
一刀斎:うむ。
一刀斎:実はな、そろそろ一刀流の跡目(あとめ)を決めようかと思っている。
善鬼:えっ?
典膳:・・・
一刀斎:別に隠居(いんきょ)するわけではないぞ。ただ、このまま俺たち三人だけでは、一刀流が先細り(さきぼそり)になるのは目に見えている。
0:
一刀斎:せっかく興した(おこした)流派だ、このまま廃れ(すたれ)させるのは忍びなくてな。
0:
一刀斎:かと言って、俺自身でこれ以上弟子を取る気もない。だから、お前らのどちらかに、俺の跡を継いで、流派を盛り立ててもらいたいと思っている。
善鬼:そうですか。で、跡目はどちらに?
一刀斎:弟子としては善鬼が先達(せんだつ)。だが無論、そんなもので決めるつもりはない。
0:
一刀斎:俺の跡を継ぐのは、より強い方に決まっているだろ?
善鬼:では?
一刀斎:お前たち二人で仕合え(しあえ)。勝った方に一刀流をくれてやる。
典膳:・・・
善鬼:承知(いたしました)
一刀斎:(被せて)ただし、立ち会いは真剣を以って(もって)執り行う(とりおこなう)ものとする。
典膳:・・・
善鬼:真剣で?
一刀斎:ちなみに、だ。「勝った方」とはすなわち、「生き残った方」という意味だからな?
典膳:っ!
善鬼:承知致しました。(両手をついて頭を下げる)
典膳:えっ?
一刀斎:・・・善鬼。お前、俺が言ってる意味、分かってるのか?
善鬼:はい。
一刀斎:・・・良いのか?
善鬼:先生がお決めになったことであれば。
典膳:兄者・・・
一刀斎:お前は本当に、とことんつまらんな。
善鬼:・・・
一刀斎:仕合いは一月後とする。準備を怠らぬようにな。
善鬼:はっ!
典膳:は、はい。
一刀斎:出てくる。今日は戻らんからな。
善鬼:分かりました。行ってらっしゃいませ。
0:一刀斎、部屋を出て行く。
典膳:兄者。
善鬼:何だ?
典膳:宜しいのですか?
善鬼:ああ。
典膳:本当に、宜しいのですか?先生は、私達に殺し合えと言ったのですよ?
善鬼:分かってるよ。
典膳:何故、平然としていられるのですか!?
善鬼:先生のご命令だぞ?逆らうのか?
典膳:そ、それは・・・
善鬼:さてと、俺もちょっくら出てくる。2、3日戻らねえと思うから、留守頼むぜ。
典膳:どちらへ?
善鬼:野暮用(やぼよう)だよ、野暮用。じゃあな。
0:善鬼、部屋を出て行く
典膳:・・・
0:
典膳:(分かっているのか?)
0:
典膳:(先生は私に秘伝を伝授して、兄者を斬らせようとしているのだぞ?)
0:
典膳:(何故、受け入れている?)
0:
典膳:(このまま、兄者を殺すつもりか?)
0:
典膳:(あの兄者を・・・)
0:
典膳:(お前は、親しき者を簡単に殺め(あやめ)られる人間なのか?)
0:少し間
典膳:(お前は、何の為に一刀流の門人になった?)
0:
典膳:(お前は、何の為に武芸者になった?)
0:
典膳:(・・・腰抜けめ)
0:間
善鬼:・・・
ぜんの父:・・・
善鬼:『そこに居たのは、間違いなく親父だった』
0:
善鬼:『白髪が多くなり、背中も曲がっている。最後に会った時より、小さくなったように思えた』
ぜんの父:アンタ・・・
善鬼:えっ?
ぜんの父:アンタ、お侍さんけ?
善鬼:・・・
ぜんの父:すまねえなあ。俺、目が良くねえもんでよ。
善鬼:目が?
ぜんの父:ああ。二年ほど前に、病(やまい)でな。まるっきり見えんわけじゃねえが、何もかもぼやけてやがってよ。
善鬼:(俺のこと、分かってねえのか)
ぜんの父:お侍さんが、こんな寂れた(さびれた)農村に何の用だべさ?
善鬼:『この村が、何年か前に飢饉(ききん)に見舞われたことは知っていた。長く続いた干ばつ(かんばつ)により、作物(さくもつ)が採れなくなった。多くの村民(そんみん)が、命を落としたという』
ぜんの父:ここに知り合いでもいたんか?そいつはもう、くたばってるかもしんねえぞ?
善鬼:俺は・・・
ぜんの父:・・・
善鬼:とらの・・・そう、とらの知り合いなんだ!
ぜんの父:とらの?
善鬼:ああ!あいつに、自分の故郷を見て来て欲しいって頼まれてよ。
ぜんの父:何で自分で見にこねえんだ?
善鬼:それは・・・色々、事情があってよ。
ぜんの父:もしかして、病(やまい)か?
善鬼:いや、そうじゃねえ。体は元気さ。
ぜんの父:そうか。ま、何でも良いけどな。
善鬼:あいつの親が、この村に住んでるって聞いたんだが、今は?
ぜんの父:もう居ねえよ。遠いところに行っちまった。
善鬼:遠いところ?
ぜんの父:ああ。二度と会えねえくれえ、遠いところにな。
善鬼:それってつまり・・・
ぜんの父:・・・
善鬼:そいつは、残念だな。墓はどこだい?
ぜんの父:墓?そんなもんあるかよ。
善鬼:そうか・・・
ぜんの父:なあ。
善鬼:ん?
ぜんの父:その・・・とらの暮らし向きはどうなんだ?・・・亭主は、いるんけ?
善鬼:・・・いや、居ねえよ。
ぜんの父:居ない?じゃあ、あいつは・・・
善鬼:あいつ?
ぜんの父:・・・・・・いや、何でもねえんだ。
善鬼:・・・あんた、家族は?
ぜんの父:居ねえよ。一人もんだ。
善鬼:そうか・・・
0:間
善鬼:・・・色々、教えてくれてありがとよ。そろそろ、行くわ。
ぜんの父:お、おう。
善鬼:・・・体、気、つけてな。
ぜんの父:お侍さんも、達者でな。
0:善鬼、立ち去る。
0:十数年前 故郷の村
とら:(息を切らせながら)も、もう走れねえぞ。
ぜん:(息を切らせながら)こ、ここまで来りゃ、大丈夫だろ。
とら:あっ!
ぜん:どした?
とら:凧・・・置いてきちまった。
ぜん:ああ、そういえばそだな。
とら:どうしよう・・・
ぜん:別に良いじゃねえか、あんなもん。
とら:っ!(ぜんを叩く)
ぜん:あいたっ!
とら:(ぜんの背中をたたきながら)「あんなもん」とはなんだ!「あんなもん」とは!オラが一生懸命作ったんだぞ!
ぜん:(叩かれながら)分かった!分かったって!俺が悪かった!
とら:今すぐ取ってこい!
ぜん:何で俺が!
とら:つべこべ言わねえで行け!
ぜん:やだよ!自分で行け!
0:場面転換 ぜんを探すぜんの父
ぜんの父:くそっ!あの馬鹿息子、どこ行っただ!
とらの父:(遠くから呼びかける)おーーい!
ぜんの父:お?
とらの父:(走り寄ってきて、息を切らせながら)おめえ・・・とら・・・どこ行ったか・・・知らねえか?
ぜんの父:とら?とらなら、ぜんと一緒に行っちまったよ。
とらの父:何で止めてくれなかっただ!とらには大事な用があるだぞ!
ぜんの父:俺が知るか。
ぜんの父:・・・ん?おめえ、手に何持ってるだ?
とらの父:ああ、これか?とらが持ってたみたいなんだが、何だかよく分かんねえんだ。
ぜんの父:それ、ひょっとして・・・
とらの父:あ?
0:現在
善鬼:よう!
ぜんの父:・・・ん?もしかして、昨日のお侍さんか?
善鬼:そうだ。
ぜんの父:どうしただ?もうここに用は無いべ?
善鬼:いや、まあ、そうなんだけどよ。アンタともう少し話したいと思ってな。
ぜんの父:俺と?こんなしょぼくれた百姓崩れと、何話すって言うだ?
善鬼:別に良いじゃねえか。
ぜんの父:俺は・・・(酒の匂いを嗅ぎつけ)ん?この匂いは?
善鬼:お?
ぜんの父:ひょっとして酒か!?
善鬼:よく分かったな。
ぜんの父:俺に、酒、恵んでくれるだか!?
善鬼:恵むとかじゃねえよ。ただの手土産さ。
ぜんの父:うひゃあ!アンタ、良い人だったんだなあ!邪険(じゃけん)にしてごめんよぉ。
善鬼:(小声で)変わってねえな。
ぜんの父:何か言ったか?
善鬼:いいや?何も言ってねえぜ。
ぜんの父:待ってろ!いま茶碗持ってくるからよ。
善鬼:(・・・親父と酒を呑む日が来るなんてな)
0:時間経過
ぜんの父:(酒を飲み)ぷはあっ!
善鬼:(酒を注ぐ)良い飲みっぷりだなあ。見てて気持ちが良いよ。
ぜんの父:ん?ちょっと待てよ。よく考えたら、何でただで酒を呑ませてくれるんだ?アンタひょっとして、何か魂胆(こんたん)があるんじゃねえのかあ?
善鬼:散々飲んでから言う台詞かね。
ぜんの父:言っとくけどな、銭なら無えぞ。
善鬼:はいはい、分かったよ。良いから飲みな。
ぜんの父:お、おう。(酒を飲む)
善鬼:アンタ、一人もんだって言ってたよな?
ぜんの父:ん?そうだ。
善鬼:ずっと、一人なのかい?
ぜんの父:いや、違うが・・・何でそんな事聞くだ?
善鬼:別に。酒の肴(さかな)に、世間話でもさ。
ぜんの父:ふうん。ま、良いけどよ。
ぜんの父:昔は、女房と馬鹿息子がいた。でも、二人とも随分前に出て行っちまっただ。
善鬼:出て行った?
ぜんの父:んだ。最初は馬鹿息子の方だった。アンタの知り合いのとらとよ、村を飛び出して行っちまったんだ。ガキのくせに、駆け落ちでもしたつもりだったのかねえ。
善鬼:・・・
ぜんの父:その事で、女房と大喧嘩してよ。「何で行かせたんだ!?」って、女房のやつ喚き散らした(わめきちらした)んだ。
ぜんの父:ま、喧嘩はしょっちゅうだったし、その後出て行くのもいつものことだった。で、いつもならその内ひょっこり帰ってくる。それが・・・
善鬼:帰らなかった?
ぜんの父:ああ。女房も俺と同じで、邪険(じゃけん)に扱ってたはずなのによう。やっぱり自分が腹痛めて産んだ子には、情があったんかなあ。
善鬼:(小声で)お袋・・・
ぜんの父:それ以来俺は、ずっと一人だ。
善鬼:寂しいとは、思わないのかい?
ぜんの父:寂しい?(笑い出す)そんなん思うわけねえべさ!俺たちは、たまたま一緒に暮らしていただけだ。家族って言ったって、他人と何も変わらねえべさ。
善鬼:・・・
ぜんの父:お侍さんには分からんかもしれねえけどな、それが俺たちの生き方だ。俺だってガキの頃、親から大事にされた覚えなんてねえ。みんな、自分の身を守るのに、生きるのに必死なんだ。
0:
ぜんの父:だから、寂しいなんて思うわけがねえ。
0:
ぜんの父:思うわけが、ねえんだ。
0:回想
とらの父:見つけたぞ!
とら:おっとう!
ぜん:まずい!
ぜんの父:こんな所にいただか。
ぜん:げっ!親父・・・
とらの父:とらあ!早く地主様の所へ行こう。きっと湯を沸かして待っていなさるだ。
とら:おっとう・・・もう風呂の話は良いべさ。
ぜんの父:おい。
ぜん:何だよ?
ぜんの父:(壊れた凧を差し出し)これ、おめえらが作ったのか?
ぜん:あっ!
とら:オラの凧!
ぜんの父:どうなんだ?
ぜん:返せ!返しやがれ!
ぜん:それはな、とらが一生懸命作った、大事なもんなんだぞ!
とら:ぜん・・・嬉しいけどよ、おめえさっき「あんなもん」って言ってたよな。
ぜんの父:これ・・・ひょっとして凧か?
ぜん:え?
とらの父:凧?それ凧だったんか?
とら:おっとう、凧知ってんのか?
ぜん:凧だったら、何だって言うんだ!
ぜんの父:・・・
ぜん:?
ぜんの父:・・・(吹き出す)
とら:へっ?
ぜんの父:(笑いながら)凧!?こいつが!?
ぜん:な、何笑ってるだ!?
ぜんの父:(笑いながら)こんな出来映え(できばえ)の悪い凧、初めて見た!こんなもん、ただのゴミじゃねえか!
ぜん:な、何だと!
ぜんの父:どうせ飛ばなかったんだべ?
とら:う・・・何でそれを?
ぜんの父:ただ紙に糸をつけりゃあ良いってもんじゃねえんだ。ちゃんとした作り方があるんだよ。
ぜん:何で親父がそんなこと知ってんだ?
ぜんの父:何でって、作ったことがあるからに決まってるべ。なあ?
とらの父:へ?
ぜんの父:忘れたんか?ガキの頃、一緒に凧作ったじゃねえか。
とら:おっとうが?
とらの父:あー・・・そんなこと、あったような、なかったような。
ぜんの父:おめえ、庄屋様の家から凧盗み出してよう、でも結局見つかってボコボコにされて、それが悔しくて「俺たちで凧作んぞ!」って言い出したんじゃねえか。
とら:・・・
とらの父:・・・そうだったかなあ?昔のことなんで、忘れちまったよ。
ぜん:それで、二人で凧作ったんか?
ぜんの父:ああ。こんな出来損ないじゃなくて、ちゃんとした凧だったぞ。ま、何回も失敗したけどなあ。
とら:オラの凧は、何がいけなかったんだ?
とらの父:おい、凧なんかどうでも良いべ。それよりも・・・
ぜんの父:まず、糸が細過ぎる。これじゃすぐ切れちまうべ。
ぜんの父:骨組みも一本しかねえだろ。骨組みは大事なんだぞ。風を真正面から受けれるようにしねえと、飛ぶわきゃねえ。
とら:そうなんか。
とらの父:もう良いだろ。とら、行くべ。
ぜんの父:待て。
とらの父:あ?
ぜんの父:おめえ、凧糸と丈夫な和紙、持ってねえだか?
とらの父:何言ってるだ?おめえまさか、凧作るとか言い出すつもりじゃねえよな?
ぜんの父:持ってるのか、持ってねえのか、どっちなんだ?
とらの父:んなもん、ねえよ。
ぜんの父:じゃあ、地主様からもらってきてくれ。
とらの父:はあ!?何で俺がそんなことしなくちゃならねえだ!?
ぜんの父:良いじゃねえか。おめえなら地主様にも顔がきくだろ?とらを使って、日頃から散々ご機嫌を取ってきてるからな。
とらの父:それは凧糸なんぞをもらう為にやってんじゃねえ!
ぜんの父:つべこべ言ってねえで、さっさと行ってこい!
とらの父:いやだ!
とら:おっとう、行こ?風呂の件も、お詫びしなけりゃなんねえだろ?
とらの父:う・・・
とら:オラも行くからよ。な?
とらの父:くそっ!一つ貸しだからな!とら、行くぞ!
とら:う、うん。
0:とら、とらの父、地主の家に向かう。
ぜんの父:さてと、俺たちは骨組みの方を準備するべか。どうせならでっかいの作んぞ!
ぜん:・・・
ぜんの父:ぜん、何ぼーっとしてるだ?
ぜん:へっ?
ぜんの父:おめえもやんだぞ。
ぜん:・・・お、おう。
0:回想終わり
ぜんの父:お侍さんは、どうなんだい?
善鬼:えっ?
ぜんの父:俺は答えたから、今度はお侍さんの番だ。家族は?
善鬼:あ、ああ。俺も、一人もんだ。
ぜんの父:良い人はいないのかい?所帯(しょたい)を持ちたいと思うような相手は?
善鬼:・・・そんなことを考えた女もいたけどよ、色々あってな。
ぜんの父:そうか。
善鬼:・・・
ぜんの父:親は?
善鬼:・・・・・・さあな。もう長いこと会ってねえ。生きてんのか死んでんのかも分からねえよ。
ぜんの父:会いたい・・・なんて思わねえよな?ガキじゃねえんだしよ。
善鬼:どうだろうなあ。まあ、例え生きてたとしても、もう会えそうもねえし。
ぜんの父:何でだ?
善鬼:(酒を飲み干し)俺よう、
善鬼:もうすぐ死ぬんだ。
0:場面転換
0:夜の荒れ地で稽古する典膳と一刀斎
典膳:(荒い息遣い)
一刀斎:まあ、こんなものか。
典膳:先生・・・
一刀斎:一応、秘伝の伝授は完了した、
一刀斎:と言うことにしておこう。
典膳:・・・
一刀斎:不服そうだな。
典膳:いえ。
一刀斎:腕はお前の方が上だ。更に秘伝まで授けた。負ける要素は何も無い。
一刀斎:それで尚、お前の負け筋があるとすれば、それは「情(じょう)」だけだ。
一刀斎:お前が善鬼に情けをかけたりしなければ、結果は決まっているようなものだ。
典膳:・・・
一刀斎:仕損じるなよ、何があろうともな。
典膳:・・・先生は、本当にそれで宜しいのですか?
一刀斎:何?
典膳:これが、先生の望みなのですか?
一刀斎:そうだ。
典膳:どうして・・・
一刀斎:これが、我らの進むべき道だからだ。そしてお前は、それに従わなければならない。
一刀斎:俺の弟子だからな。
典膳:・・・
一刀斎:俺を憎め。殺したい程に憎め。
一刀斎:そして願わくば、いつかその想いを遂げてくれ。
0:間
典膳:『口ではどうこう言っても、私は先生に逆らうことはできない』
0:
典膳:『私たち三人は、このまま突き進むしかないのか』
0:
典膳:『その先にあるのは、地獄か。それとも・・・』
0:場面転換 善鬼の故郷
ぜんの父:死ぬ?あんたが?
善鬼:ああ。
ぜんの父:声の感じじゃ元気そうだが、どっか悪いのかい?
善鬼:いや、別に病(やまい)じゃねえよ。
善鬼:それでも、俺は死んじまうんだ。多分な。
ぜんの父:・・・よく分かんねえな。
善鬼:だろうな。
ぜんの父:もうすぐ死ぬってのに、こんな所で油を売ってて良いのかい?
善鬼:もうすぐ死ぬから、ここに来たんだよ。
ぜんの父:・・・
善鬼:俺は・・・
とらの父:(苦しそうな息遣いで)やっとこさ着いたべ。
善鬼:へ?
ぜんの父:遅かったでねえか。本当なら昨日着いてるはずだろ?
とらの父:よくも俺にそんな口が効けるな!?誰のためにわざわざ山一つ越えて来てやってると思うだ!
ぜんの父:うるせえ!その背中の風呂敷、さっさと寄越す(よこす)だ!
とらの父:何だその態度は。もう二度と来てやらねえぞ!(背負っていた風呂敷を渡す)
ぜんの父:頼んでたもん、全部あるだか?
とらの父:当たり前だ。ほれ、さっさと銭よこせ。
ぜんの父:がめつい奴だな、おめえは(銅貨を渡す)
とらの父:(銭を確認し)おい、ちょっと待て。
ぜんの父:ああ?
とらの父:銭が足りねえ。
ぜんの父:何言ってるだ。間違いなく足りてる。ちゃんと数えろ。
とらの父:これじゃ代金分にしかならねえ。ここまで運んだ手間賃(てまちん)が入ってねえぞ!
ぜんの父:手間賃だあ!?そんなもん知るか!
とらの父:ふざけんな!手間賃払うのは当たり前だ!
ぜんの父:絶対嫌だ!第一そんな銭はねえ!
とらの父:何だと?じゃあ、そのとっくりは何だ?酒買う銭はあるじゃねえかよ!
ぜんの父:これは、このお侍さんにもらったんだ!
とらの父:ああ?
善鬼:・・・
ぜんの父:そうだ、あんた。実はこいつがよ・・・
善鬼:(被せて)とらの、親父?
ぜんの父:・・・そうだ。何で分かったんだ?
善鬼:ちょっと待て。とらの親は、死んだんじゃねえのか?
ぜんの父:は?
善鬼:あんた、昨日言ったじゃねえか!「遠いところに行っちまった」って。
ぜんの父:ああ、こいつは今、女房と山を越えたところにある町に住んでてよ。すっげえ遠いんだ。
善鬼:でも、「二度と会えねえくらい遠い」って。
ぜんの父:それぐらい遠いんだ。
善鬼:普通に会いに来れてるじゃねえか!
ぜんの父:そういえば、そだな。
善鬼:紛らわしい言い方しやがって。だから「墓は無い」って言ってたのか。生きてるんなら、墓立てるわけねえもんな。
とらの父:アンタ、とらを知ってるだか?
善鬼:あ、ああ。
とらの父:元気だか?
善鬼:元気にしてるよ。
とらの父:暮らし向きはどうだ?不自由はしてねえか?
善鬼:まあ、食うに困ることは無いな。
とらの父:どうやって稼いでるんだ?どっかの家に嫁いで(とついで)るんか?
善鬼:いや、それは・・・
とらの父:懐具合(ふところぐあい)はどうなんだ?例えば、親を助けれるくらいの・・・
ぜんの父:おい、実の娘にたかろうとすんじゃねえ。
とらの父:おめえには関係ねえ!子が親を助けんのは当たり前だ!
善鬼:(小声で)このオッサンも、相変わらずだな。
とらの父:なあ、とらは今どこにいんだ?何で会いに来てくれねえ?
善鬼:・・・さ、さあ?
とらの父:今度とらに会ったら、顔出すように頼んでおくれよ。俺も女房も、もう怒ってねえから、いつでも帰ってこいって。
善鬼:・・・わかった。一応、言ってみるよ。
とらの父:頼んだぞ。
善鬼:(女郎のまんまじゃ、難しいだろうけどな)
とらの父:そういやよ・・・あんた、どこかで会ったことねえか?
善鬼:えっ?
とらの父:その顔、どっかで見たような気がするだ・・・
善鬼:・・・
ぜんの父:何だおめえ、侍の知り合いがいるってのか?そんなわけねえべ!
とらの父:それは・・・まあ、そうか。そうだよな。きっと俺の勘違いだ。
善鬼:あんた、何を持ってきたんだ?
とらの父:ああ、前にこいつに頼まれてたもんをな。着るもんとか、食いもんとか。
善鬼:わざわざ、届けにきたのか?
とらの父:しょうがねえべ、こいつが頼れるのは、俺くらいしか居ねえんだから。
ぜんの父:うるせえ。
善鬼:・・・
とらの父:あ、そうだ。忘れるとこだった。ほれ。(薬入れの貝殻を渡す)
ぜんの父:これは何だ?
とらの父:薬師(くすし)に作ってもらった塗り薬だ。おめえこの前、野良仕事手伝った時に腰痛めたって言ってたべ。だからそれに効く薬を、わざわざ持ってきてやっただ。
善鬼:野良仕事を手伝った?
とらの父:んだ。どうせ大した手伝いにもならなかったんだべ。
ぜんの父:そんな事ねえべ!
善鬼:(自分の田んぼすら、俺に任せっきりだった親父が?)
ぜんの父:隣の田んぼをついでにな。時々食いもん分けてくれる礼だ。
とらの父:それで体壊してちゃ、世話ねえべ。あ、それから、その薬ただでやるわけじゃねえからな。次来る時に、銭はきっちりもらうからよ。
ぜんの父:そんなことだろうと思った。
とらの父:あと手間賃!
ぜんの父:それは知らね。
善鬼:(何だろう。この二人、昔とは何かが違う気がする)
とらの父:そいじゃ、他の家も周らなきゃならねえから、そろそろ行くぞ。
ぜんの父:おう。
とらの父:体、大事にするだぞ。
ぜんの父:おめえもな。
0:とらの父、立ち去る
善鬼:・・・
ぜんの父:(笑い出す)
善鬼:何で笑ってるんだ?
ぜんの父:いや、おかしなもんだと思ってな。俺たちが、お互いを気遣うなんて。
ぜんの父:さっき言ったべ?この村の連中は、皆自分さえ良ければそれで良いって奴ばかりだった。自分の家族さえ、例外じゃなかった。
0:
ぜんの父:それを、ちっともおかしいことだと思わなかった。なのによ・・・
善鬼:今は、変わった?
ぜんの父:今じゃ、みんな身を寄せ合って生きてんだ。本当に人間ってのは不思議な生き物だな。
善鬼:・・・
ぜんの父:飢饉(ききん)でよ、この村の連中は皆死にかけた。そしてつくづく、一人じゃ生きていけねえと悟った。
0:
ぜんの父:だからかな。いつからか、お互い助け合うようになった。今のアイツみたいに、村を出た後でも、時々帰ってきて世話焼いてくれる奴もいる。
0:
ぜんの父:俺たちはもしかしたら、ようやく「人間」になれたのかもしれねえだな。
ぜん:そうか・・・
0:少し間
ぜんの父:さてと、この風呂敷、家にしまっておくとするか。
ぜんの父:(立ち上がるがふらつき)あら?
善鬼:おっと(ぜんの父を支え)大丈夫かい?ふらふらじゃねえか。
ぜんの父:ちょっと酔いが回ったかな?久しぶりに飲んだからよ。
善鬼:ちょっと座って休みな。こいつは俺が片付けとくよ。
ぜんの父:すまねえ。適当に置いといてくれ。
0:間
善鬼:『俺は家に入った。久しぶりの、我が家だ』
0:
善鬼:『昔よりも、壁や天井は痛み、物が少なくなっているような気がした』
0:
善鬼:(ん?・・・あれは・・・)
0:
善鬼:『俺が目を止めたのは、柱に貼り付けられていたある物だった』
0:回想
とらの父:ほれ、もらってきてやったぞ。
ぜんの父:おう。
とらの父:さあ、とら。帰るぞ。
ぜんの父:まだだ。おめえらも手伝え。
とらの父:はあ!?何で俺たちが手伝わなきゃいけねえんだ?
とら:おっとう。オラ、凧作ってみたいだ。
とらの父:ああ?
とら:お願いだよう。
とらの父:・・・(ため息)おい、これで二つ貸しだからな。
ぜんの父:へいへい。
ぜん:(木を短刀で削るが上手くいかず)くっ、この・・・
ぜんの父:何やってんだ、ぜん。貸してみろ。
ぜん:あっ。
ぜんの父:おめえは何でも力任せだな。こういうのは、もっと優しく、こう丁寧にだな・・・
ぜん:・・・
ぜんの父:何だ?
ぜん:い、いや。
ぜん:(親父って、手先が器用なんだな)
とら:糸はここを通すだか?
とらの父:ああ、確かそうだ。
とら:おっとうが凧を作ったことがあるなんて、オラ全然知らなかった。
とらの父:まあ、俺もガキだったしな。遊び道具が欲しかったんだ。
ぜん:その時の凧、どこにやったんだ?
とらの父:ええっと、どうしたんだっけな?捨てたんじゃねえか。
ぜんの父:何言ってやがる。俺に黙って、おめえ町で売ろうとしたじゃねえか!
ぜん:ええっ?
とら:せっかく作った凧、売っただか?
とらの父:いや、少しでも銭になればと思って。
ぜんの父:ま、ガキが手作りした凧なんて売れるわけもねえ。結局誰も買ってくれなくて、町で絡まれたゴロツキに取り上げられたんだよな。
とらの父:うっ。おめえ、よく覚えてんな。
とら:おっとうは、今も昔もあんまり変わんねえんだな。
0:時間経過
ぜん:こ、これで良いのか?
ぜんの父:(凧の出来栄えを確認し)まあ、良いんじゃねえか。
とら:やった!ついに出来たぞ!オラ達の凧!
とらの父:もうすっかり夕暮れじゃねえか。あーあ、時間を無駄にしちまった。
とらの父:もう良いだろ?俺たちは帰るからよ。
とら:おっとう。オラ、飛んだ所を見てみたい!
とらの父:ああ?
とら:せっかく作ったんだし、飛ばしてみてえよ!
とらの父:とら、おめえ良い加減に・・・
ぜんの父:良いじゃねえかそんぐらい。一回飛ばしてみるだけだ。
とら:おっとう、お願い。
とらの父:・・・一回だけだぞ。さっさと済ませるだ。
とら:うん!
ぜんの父:よし。ぜん、凧を持て。
ぜん:おう。
ぜんの父:二人一緒に走って、俺が合図したら離すんだぞ。わかったな?
ぜん:わかった。
ぜんの父:行くぞ・・・走れ!
ぜん:っ!(走り出す)
ぜんの父:(走りながら)まだ・・・まだだぞ!
ぜん:(走っている息遣い)
とら:・・・
ぜんの父:(走りながら)いまだ!離せ!
ぜん:っ!(凧を離す)
とら:あっ!
ぜん:『俺が手を離すと、凧は重力に逆らい、浮き上がった』
ぜんの父:よし!
ぜん:『俺たちの凧が、風を受けてぐんぐん空へと昇って行く』
0:
ぜん:『それは天高く舞い上がり、俺たちを見下ろしていた』
とら:やった!飛ん(だぞ)
とらの父:(被せて)飛んだぞー!!!
とら:えっ?
とらの父:見ろ、とら!俺たちが作った凧が飛んでんぞ!どんどん高く上がってんぞ!
とら:お、おう。そうだな、おっとう。
とらの父:(大笑いする)
とら:おっとう・・・(一緒に笑う)
ぜん:・・・
ぜんの父:ぜん。
ぜん:何?
ぜんの父:持ってみろ。
ぜん:良いの?
ぜんの父:ああ。絶対離すんじゃねえぞ。
ぜん:おう。(紐を受け取り)うっ!結構引っ張られる!
ぜんの父:おっと。
ぜん:あっ。
ぜん:『親父の手が、俺の手に添えられる。思ったよりも、大きな手だった』
ぜんの父:だから言ったろ。しっかり持て。
ぜん:う、うん。
ぜんの父:力入れ過ぎても駄目だからな。上手く加減するだ。
ぜん:こ、こう?
ぜんの父:そうだ。糸伸ばしてみろ。
ぜん:あ、まだ高くなる?
ぜんの父:まだまだ、昇ってくぞ。
ぜん:すっげえなあ(笑う)
ぜんの父:・・・
ぜん:何?
ぜんの父:いや、おめえが笑ったの、久しぶりに見た気がしてよ。
ぜん:・・・
とら:ぜん!オラにもやらせてくれよ!
ぜん:お、そうだな。
とらの父:俺が先だ!
ぜん:・・・え?
とら:おっとう、ズルい!オラが先だ!
とらの父:うるせえ!俺が先だ!これもおめえの為なんだ!
とら:意味分かんねえよ!
とらの父:やだやだやだ!おっとうが先だあ!!
とら:おっとう、分かったよ。分かったから、喚く(わめく)のはやめてけろ!
0:間
ぜん:『これが、俺が親父と遊んだ唯一の記憶だ』
0:
ぜん:『次の日には、全て忘れてしまったように、いつものように怒鳴られ、殴られた』
0:
ぜん:『いつもの辛く退屈な毎日が戻り、俺は、あの日、一緒に凧揚げをしたのは、全て夢だったんじゃないかと思うようにさえなった』
0:
ぜん:『そして俺も、段々とあの日の出来事が、記憶から薄れていった』
0:
ぜん:『でも・・・』
0:回想終わり
ぜんの父:酒、もう無くなっちまったか。
善鬼:よう。
ぜんの父:すまねえな、客人に片付けさせちまって。
善鬼:そんな事は良いんだ。それよりも・・・
ぜんの父:ん?
善鬼:これ、柱に飾られてたんだ。
ぜんの父:何が?
善鬼:これだよ!持ってみな!
ぜんの父:これ・・・凧か?
善鬼:そうだ。何でこんなもん飾ってたんだ?
ぜんの父:何でって・・・
善鬼:『間違いなく、あの日、一緒に作ったあの凧だ。あの日以来、どこに行ったか分からなくなっていたはずだ。勿論、飾られてなどいなかった』
ぜんの父:何年か前に、家の中片付けてたら、そいつが出て来たんだ。
善鬼:それ、手作りみたいだが、アンタが作ったのかい?
ぜんの父:どうかなあ?覚えてねえ。そもそも、なんでこんなもんが家にあるのか、分からねえんだ。
善鬼:・・・何で、そんなもんを飾ったんだ?
ぜんの父:最初は捨てようと思ったんだ。
0:
ぜんの父:・・・でも何でか、捨てられなかったんだなあ。
0:
ぜんの父:俺にとってこいつは、大切なもんのような気がしてよ。
善鬼:・・・そうか。
0:時間経過
ぜんの父:色々、ありがとうよ。
善鬼:俺は酒を飲ませただけだ。
ぜんの父:それが何よりもありがたかったんだよ。
善鬼:そうかい。そりゃ何よりだ。
0:間
善鬼:あのよ・・・
ぜんの父:何だ?
善鬼:出て行った馬鹿息子のこと、恨んでるかい?
ぜんの父:えっ?
善鬼:だってそいつ、アンタらを捨てたんだろ?自分の親をさ。
ぜんの父:・・・そうか。俺たちは、捨てられたのか・・・
善鬼:・・・
ぜんの父:腹は立った。
0:
ぜんの父:けどな、恨んじゃいねえ。
善鬼:本当か?
ぜんの父:ああ。
0:
ぜんの父:それに、恨んでるとしたら向こうの方だべ。
善鬼:えっ?
ぜんの父:毎日家畜みてえにこき使って、殴り飛ばして・・・飯を取り上げたこともある。
0:
ぜんの父:親らしいことなんて、何一つしてやれなかった。恨まれて当然だべ?
善鬼:・・・
ぜんの父:何でそんなこと聞くんだ?
善鬼:いや、ちょっと気になったんだ。
ぜんの父:そか。
善鬼:・・・じゃあ、行くわ。
ぜんの父:ああ。達者でな。
0:
ぜんの父:って、アンタもうすぐ死ぬんだっけか?
善鬼:そうだな。
0:お互い笑い合う
ぜんの父:でもまあ・・・達者でな。
善鬼:ありがとよ。アンタも、達者でな。
0:善鬼、しばらく歩き、振り返る
善鬼:(遠くから呼びかけるように)なあ!
ぜんの父:ん?
善鬼:アンタの、その「馬鹿息子」も、
0:
善鬼:きっと恨んでなかったと思うぜ!
0:
善鬼:分かってたはずさ!全部、貧さのせいだって!
0:間
ぜんの父:・・・そうかもな!
善鬼:じゃあな!
ぜんの父:おう!
0:間
善鬼:あばよ、クソ親父。
0:間
ぜんの父:馬鹿息子が・・・
0:つづく