台本概要

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タイトル 【二人芝居】願い事は何ですか ?
作者名 栞星-Kanra-
ジャンル その他
演者人数 2人用台本(男2)
時間 50 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 妻の出産のために病院へ車を走らせる
ようやく、待ちに待った子供に逢える
これからは家族三人で……そんな幸せな未来を想像していた

一変。 目の前に迫り来るトラック
宙を舞う、妻の身体
そして、目を開ければ、真っ暗な空間にポツンと一人。

「願い事は何ですか?」

願い事を叶えるために、何を差し出す?
大切なものを犠牲にしてまで叶えたい願い事は、ありますか?

※こちらは、セリフが「 」で囲まれることなく、書かれている作品です。
 そのため、セリフ・情景描写説明の区別がされておりませんので、ご使用の際にはご注意ください。

性別変更:不可

誤字、脱字等ありましたら、アメブロ、noteの『星空想ノ森』までご連絡をお願いいたします。
読んでみて、演じてみての感想もいただけると嬉しいです。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
紘基 157 こうき。妻の咲希(さき)からは、ひろきと呼ばれる
慧介 151 けいすけ。姉の咲希(さき)からは、彗(すい)と呼ばれる
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:キャラクター名の変更、および、一人称、語尾等の変更は、演者様間でお話の上、ご自由に楽しんでいただければと思います。 0:なお、世界観、内容が変わるほどの変更やアドリブは、ご遠慮ください。 0:  0:(役紹介) 0:【紘基】紘基(こうき。妻の咲希(さき)からは、ひろきと呼ばれる) 0:【慧介】慧介(けいすけ。姉の咲希(さき)からは、彗(すい)と呼ばれる) 0:  0:(補足) 0:降霊中の声については、わかりやすいように変えていただいても、身体(声帯)は変わらないため変えなくても、どちらでもよいと思っております。 0:  :  :――(上演開始)―― :  :  紘基:本当に直行しなくて大丈夫か? :(妻の咲希(さき)との掛け合いのため、少し間を置く) 紘基:それにしても、彗(すい)君の入院してる病院の近くを通りたいって。 本当に仲がいいな :(咲希との掛け合いのため、少し間を置く) 紘基:確かに。 子供が生まれたら、なかなか会いにも行けなくなるもんな。 紘基:ん? うわっ! :  紘基:対向車線。 白線を跨ぎ、どんどんとこちらに迫り来るトラック。 紘基:避け切れるか? 咄嗟(とっさ)に急ブレーキを踏み、ハンドルを切る。 紘基:トラックが、もう目の前に! と、同時に、視界の端で動く大きな何か。 咲希の身体が宙を舞い、フロントガラスへと吸い込まれていく様(さま)。 紘基:あぁ、そうだ。 お腹が辛いから、シートベルトを締めないと言ってた。 紘基:咲希が。 俺たちの子供が! 紘基:ハンドルから手を離し、必死に手を伸ばす。 紘基:頼む、届いてくれ! 届けっ! :  :  :(少し間を置く) :  :  紘基:……ん? ここは、どこだ? 紘基:気が付けばそこは、薄暗く、ただっ広いだけの空間。 その床に、たった一人、寝転がっていた。 紘基:確か、咲希を病院に送っていく途中で……。 そう、それでトラックが……っ! 紘基:っ! 咲希! 咲希! :  紘基:誰もいない場所。 大声で叫んでいるはずのその声すらも、己(おのれ)の耳には返ってこない。 紘基:叫ぶ。 叫ぶ。 叫ぶ! 紘基:誰か答えをくれ。 ここはどこなんだ。 妻は……子供は無事なのか! :  紘基:けれども、しかし、どこからも答えなど返ってくるはずもなく。 そんなことなど勿論なく。 紘基:それでも俺は、声を荒(あら)らげ続けた :  紘基:咲希! 咲希! :  紘基:わかっている。 わかってはいるんだ。 紘基:あれだけの事故。 痛みを感じていない身体。 どこも怪我をしていない自分自身。 家を出発したときの綺麗なままの服。 紘基:そう。 ここは……現実じゃない 紘基:だから、何だ? 現実じゃないとわかったところで、何だと言うのだ! 紘基:妻は? 子供は? 不安からなのか、苛立ちからなのかわからない感情が、左から、右から、上から、と、どんどん……どんどんと押し寄せてくる :  紘基:頼むから、誰か何か言ってくれよ! 教えてくれよ! ……なんなんだよ、ここは……! 紘基:叫ぶのをやめ、膝に手を付き、再度周りを見渡す。 紘基:すると、一段高くなっている場所があることに気が付く。 膝から手を放し、フラフラとそこへ近づく。 紘基:円形。 そこから、左右に長く伸びる通路。 また、円の中央には椅子がぽつんと一つ、置かれていた。 紘基:……一体ここは何なんだ? :  紘基:一段高い、円形の、その舞台のような場所へと上がる。 紘基:椅子に近づくと、座面に何やら紙が置かれていた。 手に取り、中を確認する :  :  紘基:と、同時に、扉の開く音がした。 顔を上げると、左側の長く伸びた通路の先に人影が現れた :  :  紘基:あっ、あの! すみません。 ここってどこかわかりますか? 慧介:……まぁ、やっぱり、あんたと会うことになるよな 紘基:……えっ? あの……もしかして、どこかでお会いしたことがありますか? 紘基:近づいてくるその人影は、高校生くらいの青年だった 慧介:会ったことはない。 ただ、こうなるんだろうな、とは、思っていた 紘基:えっと、あの……ごめん。 君が何を言ってるのか理解できなくて。 ……わかるように話してくれると助かるんだけど 慧介:それ。 手に持ってるもの、何? 紘基:えっ? あぁ、これ? これは、この椅子の上に置いてあったもので―― 慧介:貸して? 紘基:えっ、あっ、はい 慧介:ふーん。 :  :  慧介:一つの魂と引き換えに、他の魂は元の世界に帰ることができます 慧介:タイムリミットは三十分 慧介:タイムリミットとなる瞬間に、この椅子に腰かけていた方(かた)の魂をいただきます :  慧介:また、この椅子には別の機能も備わっています 慧介:この椅子に座った相手に、既に亡くなっている方の魂を降霊させて、話をすることができます 慧介:一降霊、最大で十分(じゅっぷん)。 つまり、三人の亡くなった方と話すことができます 慧介:亡くなった方と話をして、ご自身が魂を差し出すことを選ぶも良し、相手がどのような人物なのかを見極め、ご自身の魂と天秤に掛けるも良し 慧介:あなた方が導き出す結末を楽しみにしています :  :  慧介:なるほど。 そうくるのか 紘基:えっ、君、何かわかったのか? 慧介:は? ここに書かれてることが全てだろ? で? 話すの、あんたからでいいよ。 俺、話したい相手は一人しかいないから 紘基:いや、えっと……状況がよくわかってなくて。 ここがどこなのかとか、君は俺のことを知っているようだけど、どこで知ったのかとか、教えてもらえると助かるんだけど 慧介:はぁ…… 紘基:……君、学生さんだよね? 慧介:だったら、何? 紘基:いや、一応俺の方が歳上だし、もうちょっと言葉遣いとか丁寧だと有り難いなぁって 慧介:何? 歳上だから敬えって? ……俺も色々考えてるんだよ、どう接するべきか、とか。 あんた以上に 紘基:……やっぱり、何か知ってーー 慧介:今、教えてもいいけど、時間ないよ? 紘基:えっ? 慧介:ほら、後、二十七分 紘基:?! さっきまで、こんなカウンターなかったのに。 一体どこから? 慧介:そんなこと気にしてる場合? 時間、どんどん減ってるけど 紘基:……じゃあ、一つだけ! 君の名前は? 慧介:……慧介(けいすけ) 紘基:慧介君か。 ありがとう。 俺の名前は、知っているのかもしれないけど、紘基(こうき)って、言うんだ。 じゃあ……俺は、じーちゃんと話しがしたい 慧介:えっ、こう……き? ふっ、相変わらずだな。 ……なぁ、これ、ちゃんと名前言わなくいいやーーうっ! 紘基:ちょ、慧介君! 大丈夫? 慧介:あぁ、この子なら大丈夫だよ。 しっかし、おっきくなったなぁ、紘基 紘基:……じーちゃん 慧介:そりゃそうか。 最後に話したのは、紘基が小学生のときだったもんなぁ 紘基:うん。 じーちゃんは、喋り方とか全然変わんないな 慧介:そりゃそうだろ。 死んでるんだから。 しかし……あれだな。 向こうのじーさんじゃなくて、俺が選ばれたのは嬉しいなぁ。 これは、ばーさんに自慢しないといけないな 紘基:何の自慢だよ! 慧介:そりゃもちろん、勝ったことだ 紘基:どこで勝ち負け競ってんの?! 慧介:はははっ。 なぁ。 いい父親になれよ、紘基 紘基:! 無事なのか! 子供は無事なのか、じーちゃん! 慧介:あぁ。 ……子供は、な 紘基:ってことは、やっぱり…… 慧介:咲希さんは残念だが、亡くなったよ 紘基:……だよな。 ……っ! 咲希…っ! 慧介:……しっかりしろ、紘基! 子供は生きてる。 あの子にとっては、お前はたった一人の親なんだからな、紘基 紘基:そう……だけどっ。 でも、子供からしたら、母親を守れなかった、役立たずな父親じゃないか 慧介:……いや。 お前は、母親の願いを叶えた、優しい父親だよ 紘基:……えっ? 慧介:あぁ、これは、俺の口から聞くことじゃないな。 後で咲希さんからでも直接聞けばいい。 それよりも、話したいことがあったから、一番に俺を選んだんじゃないのか? 紘基:……。 俺さ、じーちゃんの家に行くの、好きだった。 いつも明るくて、楽しくて。 たくさん話を聞いてくれて。 母さんもいつも以上に穏やかっていうか。 だから、どうしたら、そんな家族に、じーちゃん達みたいになれるのかなって 慧介:嬉しいなー。 そう思ってくれてたことが、伝わってたことが 紘基:……じーちゃん? 慧介:俺が親になるってときに、心に決めたことで、ばーさんにも話したことだ。 慧介:子供はな、ずーっと見てるんだ。 気付いている。 わかってるんだ。 慧介:子供は、嬉しいことがあったとき、まず、そこにいる母親に話す。 で、後から帰ってきた父親にも、同じ話をするんだ 紘基:う、うん 慧介:仕事でひどく疲れて帰ったとする。 明日にしてくれ、母さんに聞いてもらえ。 そう返すのは簡単だ。 けどな、そんなことを言われたら、子供はどうする? ごめんなさいと謝って、次第に話をしてくれなくなる。 そればっかりか、親の顔色ばかり伺う子供になっちまう 慧介:俺は、子供にそんな風にはなって欲しくなかった。 だから、ばーさんと約束したんだ。 どんなにしんどくても、疲れていても、子供の話はちゃんと目を見て、向き合って聞いてやろうって。 その時間を大切にしようって 紘基:そうなんだ 慧介:贅沢はさせてやれなかった。 旅行にもそんなに連れて行ってやれなかった。 けどもその分、俺はあいつと家具を作った。 ばーさんは料理を作った。 あいつはいつも楽しそうに笑ってくれていた……と、俺は思ってる 紘基:うん 慧介:だから俺は、俺の子育ては間違ってなかったと思ってる 紘基:うん。 俺も、そう思う 慧介:お前は、俺より大変だろう。 母親の分まで、しなきゃいけないことがある。 でもな、子供の話は、どんなに大変でも、ちゃーんと聞いてやれ。 話したいと思ってもらえる親でいろ 紘基:うん 慧介:それに、一緒に過ごす時間を大切にしろ。 飯を作ったり、掃除したり、散歩したり、な。 やることは、なーんでもいいんだ 紘基:うん、わかったよ 慧介:でも、だ。 お前が潰れたら仕舞いだ。 だから……親を頼れ。 母親を、ばーさんを頼れ。 お前は、いつまで経っても、俺とばーさんの孫だし、あいつの子供なんだから 紘基:そうだね。 頼るよ 慧介:あっ、そうだ。 ばーさんも一人だとさっさとボケちまうかもしれないから、子供の世話をさせてやったらいい 紘基:ははっ。 そんな言い方したら、ばーちゃん、怒るよ? 慧介:そうかー? まぁ、いくつになっても、子供や孫から頼られるのは嬉しいもんだ。 存分に頼れ、頼れ 紘基:もう……じーちゃん! 慧介:はははっ。 でも、子供連れて、俺の家にもいっぱい遊びに来いよ 紘基:うん 慧介:でも、良かった。 ちゃーんと守れて 紘基:? 守れて? 何を? 慧介:大震災のときだ。 周りの家のほとんどが崩壊したが、俺の造った家はしっかり建ってただろ? 紘基:うん。 みんなで、じーちゃんが建てた家は、やっぱり凄いな! って言ってた 慧介:……家がしっかりしてなきゃ、みんな安心して暮らせない。 先に逝っちまったけど、ちゃーんと守ってやれて良かった。 一家の大黒柱って、俺らの頃にはよく言ったもんだが、まさにこのことだろ? 紘基:うん。 じーちゃんはやっぱり凄いよ。 かっこいい 慧介:お前もなれるさ 紘基:なれるかな 慧介:なれるさ。 お前がどれだけ優しいかは、よーく知ってる 紘基:そっか。 ありがとう 慧介:おう。 俺の家、ちゃんと子供にも見せてくれよ? 紘基:わかったよ 慧介:ちゃーんと親を頼れ。 一人で抱え込むな 紘基:わかった 慧介:紘基。 元気でな! 紘基:ちょっ! 頭撫でるのやめてよ。 俺、もう大人だよ? 慧介:俺にとっては、いつまで経っても可愛い可愛い孫だからなぁ。 仕方ないだろー 紘基:もうっ! じーちゃん! 慧介:ははっ。 ……じゃあな 紘基:うん。 ありがとう :  :  慧介:……仲いいんだな、お祖父さんと 紘基:って! うわっ! 戻るもの急なんだな 慧介:知らないよ。 こっちだって初めてなんだから、わかる訳ないだろ 紘基:だよな。 ……ありがとう 慧介:……何が? 紘基:いや、じーちゃんと話させてくれて、ありがとう 慧介:……ここのルールなんだから、別にお礼言われるようなことでもないだろ 紘基:そうかもしれない。 けど、言いたかったから。 ありがとう、慧介君 慧介:くそっ、こういうとこかよ 紘基:えっ? 何が? 慧介:いいよ。 次、交代! はい、座って 紘基:あ、うん。 で、慧介君は、誰と話がしたいんだ? 慧介:俺は……母さん 紘基:えっ? 慧介君、君もお母さんが亡くなって――っ! 慧介:……。 :  :  紘基:慧介……。 大きくなったわね 慧介:……さっきのお祖父さんとおんなじこと言ってる 紘基:ふふっ、本当ね。 ……ごめんね、一度も抱っこしてあげられなくて 慧介:いいよ。 その分、親父と姉ちゃんが抱っこしてくれたから 紘基:……それに、健康に産んであげられなかった 慧介:母さん! 紘基:……慧介? 慧介:せっかくこうして話せてるんだ、謝ってばっかりはやめようよ 紘基:そうね。 ふふっ。 たくさん話したいことがあったはずなのに、何から話せばいいのかわからなくなっちゃうわね 慧介:それはいつか、ゆっくり聞くよ。 先に姉ちゃんと話してればいいよ 紘基:そうね。 ……あの子も、びっくりするくらい頑張ってくれていたから、褒めてあげなきゃ 慧介:うん。 姉ちゃんは凄いと思う。 普通だったら、学校から帰ってきたら友達と遊んだり、好きなことをしたかったはずなのに、俺の世話をして、みんなの分のご飯を作ったり、洗濯もしたりして 紘基:本当。 でもね、一緒にいたときは、すっごく甘えたさんだったのよ? 慧介:うわっ、想像できねぇ 紘基:ふふっ。 私が言っていたこと、見せていたことがちゃんと伝わってたのね。 紘基:……慧介のことも、ちゃんと見てたわよ。 お父さんに抱っこされたら泣いちゃうのに、お姉ちゃんだとすぐ泣き止むの 慧介:……それ、姉ちゃんもよく言ってた 紘基:お父さんは落ち込んでたなぁ。 でも、面白かったわ。 やっぱりあなた達は姉弟なのねぇって 慧介:姉ちゃんも、親父に抱っこされたとき、泣いてたの? 紘基:泣いた、泣いた! だから、すぐ私にバトンタッチしようとしてきたの。 でもね、私は代わらなかった 慧介:えっ、なんで? 紘基:だって、そんなことしたら、いつまで経っても抱っこしないままでしょ? お母さんだと泣き止むのは、ずっとお腹の中で聞いていた音がすぐ側にあるから。 その腕が、自分を守ってくれるものだとわかっていて、安心できるからなの。 お父さんはお仕事もあるから、なかなか一緒にいることはできない。 でも、だからこそ、そういう時間はちゃんと作っていかなきゃいけないの。 意識して、ね? それに…… 慧介:それに? 紘基:私が抱っこしてあげられないときがくるってわかっていたから。 慣れておいてもらわなきゃいけない。 でしょ? 慧介:俺のとき……か 紘基:……。 慧介が初めて歩けたとき、お母さんも一緒に喜んでたのよ? 保育園に行って、お友達もできて。 おっきなランドセルを背負って、大丈夫かな? 転ばないかな? って、心配してたら、どんどん大きくなって。 ようやく逢えたと思ったら、こーんなにかっこよくなってるんだもの 慧介:親父よりもかっこいい? 紘基:何言ってるの! 私にとっては、お父さんよりかっこいい人なんていないわ 慧介:ははっ。 ようやく生で聞けた 紘基:さては、言わせたわねー! 慧介:姉ちゃんがよく言ってたから、直接、母さんの口から聞いてみたくなった 紘基:もう! 本当に……本当に仲良い姉弟に育ってくれて良かった 慧介:……。 紘基:いっぱい辛い思いもさせちゃった。 たくさん寂しい思いもさせちゃった。 でもね、その分、人の痛みがわかるから、きっと慧介は、誰よりも人に寄り添うことができる 慧介:……それ、姉ちゃんにも言われた 紘基:……お義兄さんの力になってあげてね 慧介:どうせ、説明するのは俺の役目なんだろうな、って思ってる 紘基:お父さんのこともよろしくね 慧介:わかってる 紘基:慧介! ……幸せになってね 慧介:うん 紘基:それじゃあ……またね 慧介:うん。 っ! 母さん! 俺、親父と、母さんの子供に、姉ちゃんの弟に産まれてこれて、幸せだからっ! 紘基:っ! もう……慧介っ! 慧介:母さんっ! 紘基:……。 慧介:……。 紘基:……。 えっと……これ、どうしたらいいのかな? 慧介:あっ、戻ってたんだ 紘基:いや、その、うん……ごめん 慧介:なんで謝んの? 紘基:いや、貴重な親子の時間だったのに邪魔しちゃったから 慧介:時間制限あるんだし、そんなもんでしょ。 てか、最後に言った俺も悪かったし 紘基:……なぁ、それより、さっきのお母様との会話で気になったことがあるんだけど―― 慧介:時間ないけど? いいの? 紘基:えっ? あっ、後五分! 慧介:俺の話、聞く? 時間的には交代した方がいいと思うんだけど 紘基:……っ! いや、いい。 交代してくれ 慧介:で? 聞くまでもないけど、誰と話したいの? 紘基:妻の……咲希と…… 慧介:ふっ 紘基:えっ、なんで笑って……! 慧介:予想通りだったからだよ、紘基(ひろき) 紘基:咲希……! 慧介:色々ごめんね? 紘基:いや……俺の方こそごめん。 もっとちゃんと前を見て運転していれば良かった。 そしたら……そうしたらっ! 慧介:ううん、紘基(ひろき)のせいじゃないよ。 私が死ぬことはわかってたことなの。 決まっていたことなの 紘基:決まってた……? それってどういう……? 慧介:それにしても、まさか彗(すい)の体を借りて、紘基(ひろき)と話すことになるなんて、思ってもみなかったなぁ 紘基:彗……って、弟君だよな……? 彼、慧介君って言ってたけど? 慧介:本当は、慧介って名前なの。 彗星の彗の下に心が付いたら、慧介の慧の字になるでしょ? 彗が産まれたくらいのときに見てたアニメに、彗って名前の、すっごく可愛い男の子がいてね。 で、それからずっと彗って呼んでる 紘基:お義父さんや慧介くんには、何も言われなかったの? 慧介:んー、言われたよ。 言われたけど、それでも彗って呼んでたら、そのうち何も言わなくなっちゃった。 ……紘基(ひろき)と一緒だよ。 紘基(ひろき)だって、本当は紘基(こうき)だけど、紘基(ひろき)って呼んでも、否定しなくなったでしょ? 紘基:確かに。 なんか、もう、咲希からは紘基(ひろき)でいいや、ってなっちゃったんだよな 慧介:私が……その、なんで死んじゃうってわかっていたかは、彗から聞いて? 彗も、自分が説明するつもりみたいだし 紘基:……わかった 慧介:……ねぇ、出逢ったときのこと、覚えてる? 紘基:あぁ、もちろん。 大講義室で、初対面の女の子に、あなたに一目惚れをしました。 だから、付き合って欲しい、なんて言われることなんてそうそうないから 慧介:紘基(ひろき)の笑顔に惹かれたって言ったけど、本当はね……その前から知ってたの。 友達から紘基のこと、聞いてて 紘基:えっ、俺のことを? 慧介:うん。 人が良い……けど、良い人すぎて、彼氏にはちょっとね、って 紘基:あははっ。 なんとなく、言われてることは知っていたけど……。 女子って本当、そういうこと、本人がいないところではサラッと言ってるよな 慧介:ふふっ。 でね、どんな人なんだろう、会ってみたいな、って思ってた。 で、会ってみたら…… 紘基:会ってみたら? 慧介:男友達の頭を撫でて、笑ってた。 まるで、子供を褒めるみたいに。 それを見たとき、あぁ、この人なんだ、って思った。 子供のことを大事に、大切にしてくれているところを、愛してくれているところを、想像できちゃった 紘基:……そっか 慧介:私にくれるはずだった愛情、全部あの子にあげて 紘基:もちろん 慧介:本当のこと、言わなくてごめん 紘基:いいよ。 今、こうしてちゃんと謝ってくれたから 慧介:ねぇ。 実は名前、もう決めてるの 紘基:産まれてから二人で決めようって言ってたのに? 慧介:だって……私はその話、できないってわかってたし 紘基:そうだな……。 で? 何て名前にするんだ? 慧介:紬希(つむぎ) 紘基:つむぎ? 慧介:そう、紬希(つむぎ)。 糸へんに由来の由って書いて紬ぐ。 それと、希望の希で、紬希(つむぎ)。 ほらっ、私のお母さんが希和(きわ)で、私が咲希(さき)でしょ? だから、希は使いたくて。 で、紘基の糸と……で 紘基:……それで、紬希(つむぎ)か。 綺麗な名前だな。 咲希の想いもしっかり紬いでくれる子に育ってくれそうだ 慧介:育てるのは、紘基だけどね? 紘基:……努力します 慧介:紘基なら、絶対大丈夫! だって私、お母さん譲りで、見る目だけはあるから! 紘基:なんだ、その根拠のない自信は 慧介:ふふふっ。 あっ、そろそろ時間だね 紘基:あっ、まずい! まだ慧介君とどっちが座るか決めてないんだ! 慧介:それなら、このままで大丈夫 紘基:えっ、このまま? いや、慧介君の意思は? 慧介:紘基。 私はまだ死んでからちょっとしか経ってないんだよ? つまり、私の魂は、まだこの世のものなの。 だから……、このまま座っていれば、私の魂と引き換えに、二人のことを助けられる 紘基:……えっ? そんな。 じゃあ、俺と変わろう? な? 子供のためにも、紬希のためにも、咲希の方が絶対良いに決まって―― 慧介:紘基? 紘基:……ごめん。 それは無理……なんだよな 慧介:最後にこうやって話せて良かった 紘基:あぁ 慧介:ねぇ……せっかくだから、私も頭、撫でてもらっちゃおっかな 紘基:……あぁ。 ありがとうな、咲希。 紬希を産んでくれて。 産まれるまで育ててくれて。 残してくれて 慧介:ありがとう。 私のこと、好きになってくれて。 ……大好きだよ、紘基 紘基:あぁ。 俺も愛してる、咲希 慧介:ひろ―― :  :  :(少し間を置く) :  :  紘基:咲希、咲希っ! っ! 紘基:咲希を抱き締めたはずの腕は、空(くう)を切っていた 紘基:真っ白の天井、ベッド。 ここがどこかなんて、考えなくてもすぐにわかる。 ……そう、病院。 紘基:あぁ、咲希。 もっと伝えるべきことがあったんじゃないか。 咲希が喜ぶ言葉があったんじゃないか 紘基:くっ。 紘基:伸ばした腕で、今度は自らの目を覆う 慧介:……あのさ、感傷に浸りたいなら、明日にした方がいい? って言っても、もう三日も待ってるんだけど 紘基:?! うわっ、慧介君! いたの?! 慧介:毎日、看護師さんにここまで車椅子押してもらって来てるんだけど? あんたがなかなか、目を覚まさないから 紘基:あ……、そうなんだ。 ありがと―― 慧介:姉ちゃんがなんで死ぬことがわかってたか、聞きたいんじゃないの? 紘基:あっ、そうだ! 慧介君から聞いてって、咲希に言われたんだった。 ……えっと、その、教えてもらえるかな? 慧介:……俺の家系、女の人はみんな、自分で描いた絵を現実にできる能力があるんだ。 ただし、近しい人に死期が迫っているとき。 で、子供を産むとき、自分の命と引き換え、が条件 紘基:なっ! えっ、それ、本当なのか? しかも、条件が自分の命と引き換えって…… 慧介:本当なんじゃない? 実際、母さんは、姉ちゃんを産むときには身近に死にそうな人がいなかったから、産んでからも生きてたし。 まぁ、俺を産んだときには死んじゃったんだけど…… 紘基:慧介君が生まれるとき、誰か身近で亡くなりそうな方がいたの? 慧介:親父だよ。 海外に技術者を派遣するやつあるだろ? ほら、発展途上国にインフラ整備をーとかってやつ。 あれに親父が行っててさ。 慧介:……行って、向こうで戦争が始まった。 帰国しようにも、できない状態になって。 親父の同僚には、巻き込まれて亡くなる人も出た。 親父だって危ないかもってなって。 慧介:それで、母さんが描いた絵がこれだよ。 親父と、姉ちゃんと、俺……のつもりだったんだろうな。 俺がこの絵に描かれてるくらい大きくなるまでは、親父も無事に生きていますようにって 紘基:そっか……。 みんな笑顔で、いい絵だね 慧介:で、これが、姉ちゃんが描いた絵 紘基:えっ、咲希が? 慧介:親父に渡してたんだ。 俺と、あんたと……それと、紬希ちゃんだろうな 紘基:紬希がランドセルを背負っている。 ……咲希は、こんな風に紬希が大きくなっていくことを想像していたのか 慧介:……あのさ、姉ちゃんに謝ってたじゃん、あんた。 けど、実際は俺なんだよ。 俺が……俺がこんな身体じゃなかったら、姉ちゃんは死ぬことはなかった 紘基:あっ……。 いや、でもそれは慧介君のせいじゃないだろ! 慧介君は今まで大変な時間を過ごしてきた。 耐えてきた! だからそんな風に―― 慧介:じゃあ、なんであんたは俺の入院してる病院の前と通ろうとした?! 姉ちゃんが、そう頼んだんだろ? ……姉ちゃんは、俺に、自分の心臓がより新鮮な状態で渡せるようにって、道を変えさせたんだよ! もうわかってるんだろ?! 紘基:……えっ? あっ……。 じゃあ、慧介君の心臓は…… 慧介:手術は成功したよ。 姉ちゃんのお陰で俺は生きてる。 その絵……俺はドナーが見つからなかったら、その歳まで生きてはいられない。 死んでるはずなんだよ 紘基:そうか……。 咲希が、どれだけ家族のことを、慧介君のことを大切にしているのか、大好きなのかはわかっていたから。 ……咲希らしい選択だな 慧介:……怒んないのかよ 紘基:怒る? どうして? 慧介:だって、俺が殺したも同然だろ! 怒れよ……俺を責めろよ…… 紘基:慧介君……。 ありがとう。 こんな話、しなきゃいけないなんて、辛かったよな? けど、教えてくれた。 ありがとう 慧介:くそっ! あんたがもっと嫌なヤツなら良かったのにっ! そしたら、そしたらっ 紘基:慧介君。 それに、咲希は生きてるんだろ? 君の心臓(なか)で 慧介:……っ! あーぁ。 やっぱ姉ちゃんが選んだ男だな、あんた。 いい人過ぎるよ……姉ちゃんが、いい人捕まえたって何度も自慢してきた理由、わかったよ 紘基:えっ……? 慧介:……俺じゃ、全然力になれないと思う。 でも、紬希ちゃんのこと、俺や親父にも頼ってくれよ。 守らせてくれよ 紘基:あぁ、もちろん。 よろしく、慧介君 慧介:あぁ……義兄ちゃん :  :  :(少し間を置く) :  :  紘基:もしもし、慧介君? どうしたんだ、電話なんて 慧介:いや、今日だろ? 紬希ちゃんが結婚相手を連れてくるの。 どうかなーって心配になって 紘基:……そっか。 ありがとう。 ……きっと、お義父さんもこんな気持ちだったのかなって思ってる 慧介:こんな気持ち? 紘基:あぁ。 本当は喜ぶべきこと……なんだろうけど、寂しさと、あとは……やっぱり、苦しさが強いな。 紬希が選んだ未来だ。 すべてをわかった上で選んだことだ。 ……でも、結婚して、もし子供を……ってなったとき、そうなったときっ…… 慧介:死ぬために結婚するようなもんだ、って? 紘基:そこまでは、言えないけど…… 慧介:……なぁ、姉ちゃんは幸せだったと思う? 紘基:……わからない 慧介:俺は、幸せだったと思うよ。 大好きだって思える人と結婚して、紬希ちゃんを残せた。 姉ちゃんが、いや、母親がいなくても、紬希ちゃんがあんなにいい子に育ったのは、義兄さんと出逢えた、紬いだ未来の証拠なんだよ 紘基:そう……かな 慧介:そうだよ。 自信持ってよ、紬希ちゃんのためにも。 姉ちゃんのためにも…… 紘基:そう……だよな 慧介:酒。 用意して待ってるから。 報告、聞き終わったら、俺んち来いよ 紘基:慧介君がお酒を? 珍しいな 慧介:……親父が呑んでた酒と一緒の、買っといたんだ。 義兄さんが挨拶に来た日。 俺の病室に来て呑んでた酒 紘基:……えっ? お義父さん、慧介君の病室でお酒呑んでたの? 慧介:そっ。 すぐ見つかって、追い出されてたけど。 ……まぁ、色々思うことがあったんだろ、今の義兄さんにはわかると思うけど 紘基:そう……だね 慧介:しっかし、義兄さんも結局、再婚しなかったな。 もしかして、親父もしなかったせいだったりする? 紘基:お義父さんが再婚されてないのもあったけど……一番の理由は、一つくらい咲希の思う通りにはならないことがあってもいいんじゃないかなって思ったんだ 慧介:……えっ? それってどういうこと? 紘基:咲希と一緒に取っていた一般教養の授業……数学の講義があったんだ。 その担当教授が、凄くかっこいい人で、学生からもかなり言い寄られていて。 紘基:その先生、奥様を早くに亡くされたらしくって。 だから、学生と付き合っても問題はなかったんだろうけど、ずっと断っていたんだ。 紘基:その理由が、永遠に愛すると誓った相手がいる。 たとえ、相手が先に亡くなったからといって、自分が永遠に愛することを辞めていい理由にはならない。 永遠があることを自分の生涯を掛けて証明するんだって言ってたんだ。 紘基:それが、なんだかかっこよく思えて 慧介:数学好きって、変なやつ多いよな。 ……で? それがなんで姉ちゃんの思い通りになる、ならないと関係があるの? 紘基:それを聞いて、咲希が言ってたんだ。 私だったら、再婚して欲しいけどな、だって、一人は寂しいじゃない? って 慧介:なるほど……それで、思い通りにならない、か 紘基:そう、そう 慧介:まっ、再婚したっていいことばっかじゃないだろうしな。 連れ子が除け者にされる話もよく聞くし 紘基:難しいこともたくさんあるだろうね 慧介:……じゃ、まぁ、頑張ってきなよ、お義父さん。 待ってるから 紘基:……あぁ、ありがとう :  :  慧介:何が一番の幸せで、何が本当の望みなのか 慧介:欲したものを、すべて得られる者など、きっといないのだろう :  慧介:健康、お金、学歴、友人、恋人、仕事、家族、そして……運命 :  慧介:例えば、自分の命を引き換えにすれば、大切な人を救うことができる能力 慧介:それは、ある瞬間ではきっと喉から手が出るほど欲しい力だろう 慧介:けれども、その力を持ってしまったからこその悩みもある。 苦しみもある :  慧介:きっと、この世の中はないものねだりだ 慧介:本当に欲しいものを、心からの願いを見つけたのなら、絶対に手放さないと決めよう 慧介:それが、きっと強さになる。 覚悟になる 慧介:だって、大切なものは、ここにあるのだから :  :  :(少し間を置く) :  :  紘基:そうですか、君が……。 紘基:いえ。 どうか……どうか、娘をよろしくお願いします。 どうか……どうか、娘の願いを叶えてやってください :  :  慧介:あなたの、願い事は何ですか? :  :  :――(上演終了)――

0:キャラクター名の変更、および、一人称、語尾等の変更は、演者様間でお話の上、ご自由に楽しんでいただければと思います。 0:なお、世界観、内容が変わるほどの変更やアドリブは、ご遠慮ください。 0:  0:(役紹介) 0:【紘基】紘基(こうき。妻の咲希(さき)からは、ひろきと呼ばれる) 0:【慧介】慧介(けいすけ。姉の咲希(さき)からは、彗(すい)と呼ばれる) 0:  0:(補足) 0:降霊中の声については、わかりやすいように変えていただいても、身体(声帯)は変わらないため変えなくても、どちらでもよいと思っております。 0:  :  :――(上演開始)―― :  :  紘基:本当に直行しなくて大丈夫か? :(妻の咲希(さき)との掛け合いのため、少し間を置く) 紘基:それにしても、彗(すい)君の入院してる病院の近くを通りたいって。 本当に仲がいいな :(咲希との掛け合いのため、少し間を置く) 紘基:確かに。 子供が生まれたら、なかなか会いにも行けなくなるもんな。 紘基:ん? うわっ! :  紘基:対向車線。 白線を跨ぎ、どんどんとこちらに迫り来るトラック。 紘基:避け切れるか? 咄嗟(とっさ)に急ブレーキを踏み、ハンドルを切る。 紘基:トラックが、もう目の前に! と、同時に、視界の端で動く大きな何か。 咲希の身体が宙を舞い、フロントガラスへと吸い込まれていく様(さま)。 紘基:あぁ、そうだ。 お腹が辛いから、シートベルトを締めないと言ってた。 紘基:咲希が。 俺たちの子供が! 紘基:ハンドルから手を離し、必死に手を伸ばす。 紘基:頼む、届いてくれ! 届けっ! :  :  :(少し間を置く) :  :  紘基:……ん? ここは、どこだ? 紘基:気が付けばそこは、薄暗く、ただっ広いだけの空間。 その床に、たった一人、寝転がっていた。 紘基:確か、咲希を病院に送っていく途中で……。 そう、それでトラックが……っ! 紘基:っ! 咲希! 咲希! :  紘基:誰もいない場所。 大声で叫んでいるはずのその声すらも、己(おのれ)の耳には返ってこない。 紘基:叫ぶ。 叫ぶ。 叫ぶ! 紘基:誰か答えをくれ。 ここはどこなんだ。 妻は……子供は無事なのか! :  紘基:けれども、しかし、どこからも答えなど返ってくるはずもなく。 そんなことなど勿論なく。 紘基:それでも俺は、声を荒(あら)らげ続けた :  紘基:咲希! 咲希! :  紘基:わかっている。 わかってはいるんだ。 紘基:あれだけの事故。 痛みを感じていない身体。 どこも怪我をしていない自分自身。 家を出発したときの綺麗なままの服。 紘基:そう。 ここは……現実じゃない 紘基:だから、何だ? 現実じゃないとわかったところで、何だと言うのだ! 紘基:妻は? 子供は? 不安からなのか、苛立ちからなのかわからない感情が、左から、右から、上から、と、どんどん……どんどんと押し寄せてくる :  紘基:頼むから、誰か何か言ってくれよ! 教えてくれよ! ……なんなんだよ、ここは……! 紘基:叫ぶのをやめ、膝に手を付き、再度周りを見渡す。 紘基:すると、一段高くなっている場所があることに気が付く。 膝から手を放し、フラフラとそこへ近づく。 紘基:円形。 そこから、左右に長く伸びる通路。 また、円の中央には椅子がぽつんと一つ、置かれていた。 紘基:……一体ここは何なんだ? :  紘基:一段高い、円形の、その舞台のような場所へと上がる。 紘基:椅子に近づくと、座面に何やら紙が置かれていた。 手に取り、中を確認する :  :  紘基:と、同時に、扉の開く音がした。 顔を上げると、左側の長く伸びた通路の先に人影が現れた :  :  紘基:あっ、あの! すみません。 ここってどこかわかりますか? 慧介:……まぁ、やっぱり、あんたと会うことになるよな 紘基:……えっ? あの……もしかして、どこかでお会いしたことがありますか? 紘基:近づいてくるその人影は、高校生くらいの青年だった 慧介:会ったことはない。 ただ、こうなるんだろうな、とは、思っていた 紘基:えっと、あの……ごめん。 君が何を言ってるのか理解できなくて。 ……わかるように話してくれると助かるんだけど 慧介:それ。 手に持ってるもの、何? 紘基:えっ? あぁ、これ? これは、この椅子の上に置いてあったもので―― 慧介:貸して? 紘基:えっ、あっ、はい 慧介:ふーん。 :  :  慧介:一つの魂と引き換えに、他の魂は元の世界に帰ることができます 慧介:タイムリミットは三十分 慧介:タイムリミットとなる瞬間に、この椅子に腰かけていた方(かた)の魂をいただきます :  慧介:また、この椅子には別の機能も備わっています 慧介:この椅子に座った相手に、既に亡くなっている方の魂を降霊させて、話をすることができます 慧介:一降霊、最大で十分(じゅっぷん)。 つまり、三人の亡くなった方と話すことができます 慧介:亡くなった方と話をして、ご自身が魂を差し出すことを選ぶも良し、相手がどのような人物なのかを見極め、ご自身の魂と天秤に掛けるも良し 慧介:あなた方が導き出す結末を楽しみにしています :  :  慧介:なるほど。 そうくるのか 紘基:えっ、君、何かわかったのか? 慧介:は? ここに書かれてることが全てだろ? で? 話すの、あんたからでいいよ。 俺、話したい相手は一人しかいないから 紘基:いや、えっと……状況がよくわかってなくて。 ここがどこなのかとか、君は俺のことを知っているようだけど、どこで知ったのかとか、教えてもらえると助かるんだけど 慧介:はぁ…… 紘基:……君、学生さんだよね? 慧介:だったら、何? 紘基:いや、一応俺の方が歳上だし、もうちょっと言葉遣いとか丁寧だと有り難いなぁって 慧介:何? 歳上だから敬えって? ……俺も色々考えてるんだよ、どう接するべきか、とか。 あんた以上に 紘基:……やっぱり、何か知ってーー 慧介:今、教えてもいいけど、時間ないよ? 紘基:えっ? 慧介:ほら、後、二十七分 紘基:?! さっきまで、こんなカウンターなかったのに。 一体どこから? 慧介:そんなこと気にしてる場合? 時間、どんどん減ってるけど 紘基:……じゃあ、一つだけ! 君の名前は? 慧介:……慧介(けいすけ) 紘基:慧介君か。 ありがとう。 俺の名前は、知っているのかもしれないけど、紘基(こうき)って、言うんだ。 じゃあ……俺は、じーちゃんと話しがしたい 慧介:えっ、こう……き? ふっ、相変わらずだな。 ……なぁ、これ、ちゃんと名前言わなくいいやーーうっ! 紘基:ちょ、慧介君! 大丈夫? 慧介:あぁ、この子なら大丈夫だよ。 しっかし、おっきくなったなぁ、紘基 紘基:……じーちゃん 慧介:そりゃそうか。 最後に話したのは、紘基が小学生のときだったもんなぁ 紘基:うん。 じーちゃんは、喋り方とか全然変わんないな 慧介:そりゃそうだろ。 死んでるんだから。 しかし……あれだな。 向こうのじーさんじゃなくて、俺が選ばれたのは嬉しいなぁ。 これは、ばーさんに自慢しないといけないな 紘基:何の自慢だよ! 慧介:そりゃもちろん、勝ったことだ 紘基:どこで勝ち負け競ってんの?! 慧介:はははっ。 なぁ。 いい父親になれよ、紘基 紘基:! 無事なのか! 子供は無事なのか、じーちゃん! 慧介:あぁ。 ……子供は、な 紘基:ってことは、やっぱり…… 慧介:咲希さんは残念だが、亡くなったよ 紘基:……だよな。 ……っ! 咲希…っ! 慧介:……しっかりしろ、紘基! 子供は生きてる。 あの子にとっては、お前はたった一人の親なんだからな、紘基 紘基:そう……だけどっ。 でも、子供からしたら、母親を守れなかった、役立たずな父親じゃないか 慧介:……いや。 お前は、母親の願いを叶えた、優しい父親だよ 紘基:……えっ? 慧介:あぁ、これは、俺の口から聞くことじゃないな。 後で咲希さんからでも直接聞けばいい。 それよりも、話したいことがあったから、一番に俺を選んだんじゃないのか? 紘基:……。 俺さ、じーちゃんの家に行くの、好きだった。 いつも明るくて、楽しくて。 たくさん話を聞いてくれて。 母さんもいつも以上に穏やかっていうか。 だから、どうしたら、そんな家族に、じーちゃん達みたいになれるのかなって 慧介:嬉しいなー。 そう思ってくれてたことが、伝わってたことが 紘基:……じーちゃん? 慧介:俺が親になるってときに、心に決めたことで、ばーさんにも話したことだ。 慧介:子供はな、ずーっと見てるんだ。 気付いている。 わかってるんだ。 慧介:子供は、嬉しいことがあったとき、まず、そこにいる母親に話す。 で、後から帰ってきた父親にも、同じ話をするんだ 紘基:う、うん 慧介:仕事でひどく疲れて帰ったとする。 明日にしてくれ、母さんに聞いてもらえ。 そう返すのは簡単だ。 けどな、そんなことを言われたら、子供はどうする? ごめんなさいと謝って、次第に話をしてくれなくなる。 そればっかりか、親の顔色ばかり伺う子供になっちまう 慧介:俺は、子供にそんな風にはなって欲しくなかった。 だから、ばーさんと約束したんだ。 どんなにしんどくても、疲れていても、子供の話はちゃんと目を見て、向き合って聞いてやろうって。 その時間を大切にしようって 紘基:そうなんだ 慧介:贅沢はさせてやれなかった。 旅行にもそんなに連れて行ってやれなかった。 けどもその分、俺はあいつと家具を作った。 ばーさんは料理を作った。 あいつはいつも楽しそうに笑ってくれていた……と、俺は思ってる 紘基:うん 慧介:だから俺は、俺の子育ては間違ってなかったと思ってる 紘基:うん。 俺も、そう思う 慧介:お前は、俺より大変だろう。 母親の分まで、しなきゃいけないことがある。 でもな、子供の話は、どんなに大変でも、ちゃーんと聞いてやれ。 話したいと思ってもらえる親でいろ 紘基:うん 慧介:それに、一緒に過ごす時間を大切にしろ。 飯を作ったり、掃除したり、散歩したり、な。 やることは、なーんでもいいんだ 紘基:うん、わかったよ 慧介:でも、だ。 お前が潰れたら仕舞いだ。 だから……親を頼れ。 母親を、ばーさんを頼れ。 お前は、いつまで経っても、俺とばーさんの孫だし、あいつの子供なんだから 紘基:そうだね。 頼るよ 慧介:あっ、そうだ。 ばーさんも一人だとさっさとボケちまうかもしれないから、子供の世話をさせてやったらいい 紘基:ははっ。 そんな言い方したら、ばーちゃん、怒るよ? 慧介:そうかー? まぁ、いくつになっても、子供や孫から頼られるのは嬉しいもんだ。 存分に頼れ、頼れ 紘基:もう……じーちゃん! 慧介:はははっ。 でも、子供連れて、俺の家にもいっぱい遊びに来いよ 紘基:うん 慧介:でも、良かった。 ちゃーんと守れて 紘基:? 守れて? 何を? 慧介:大震災のときだ。 周りの家のほとんどが崩壊したが、俺の造った家はしっかり建ってただろ? 紘基:うん。 みんなで、じーちゃんが建てた家は、やっぱり凄いな! って言ってた 慧介:……家がしっかりしてなきゃ、みんな安心して暮らせない。 先に逝っちまったけど、ちゃーんと守ってやれて良かった。 一家の大黒柱って、俺らの頃にはよく言ったもんだが、まさにこのことだろ? 紘基:うん。 じーちゃんはやっぱり凄いよ。 かっこいい 慧介:お前もなれるさ 紘基:なれるかな 慧介:なれるさ。 お前がどれだけ優しいかは、よーく知ってる 紘基:そっか。 ありがとう 慧介:おう。 俺の家、ちゃんと子供にも見せてくれよ? 紘基:わかったよ 慧介:ちゃーんと親を頼れ。 一人で抱え込むな 紘基:わかった 慧介:紘基。 元気でな! 紘基:ちょっ! 頭撫でるのやめてよ。 俺、もう大人だよ? 慧介:俺にとっては、いつまで経っても可愛い可愛い孫だからなぁ。 仕方ないだろー 紘基:もうっ! じーちゃん! 慧介:ははっ。 ……じゃあな 紘基:うん。 ありがとう :  :  慧介:……仲いいんだな、お祖父さんと 紘基:って! うわっ! 戻るもの急なんだな 慧介:知らないよ。 こっちだって初めてなんだから、わかる訳ないだろ 紘基:だよな。 ……ありがとう 慧介:……何が? 紘基:いや、じーちゃんと話させてくれて、ありがとう 慧介:……ここのルールなんだから、別にお礼言われるようなことでもないだろ 紘基:そうかもしれない。 けど、言いたかったから。 ありがとう、慧介君 慧介:くそっ、こういうとこかよ 紘基:えっ? 何が? 慧介:いいよ。 次、交代! はい、座って 紘基:あ、うん。 で、慧介君は、誰と話がしたいんだ? 慧介:俺は……母さん 紘基:えっ? 慧介君、君もお母さんが亡くなって――っ! 慧介:……。 :  :  紘基:慧介……。 大きくなったわね 慧介:……さっきのお祖父さんとおんなじこと言ってる 紘基:ふふっ、本当ね。 ……ごめんね、一度も抱っこしてあげられなくて 慧介:いいよ。 その分、親父と姉ちゃんが抱っこしてくれたから 紘基:……それに、健康に産んであげられなかった 慧介:母さん! 紘基:……慧介? 慧介:せっかくこうして話せてるんだ、謝ってばっかりはやめようよ 紘基:そうね。 ふふっ。 たくさん話したいことがあったはずなのに、何から話せばいいのかわからなくなっちゃうわね 慧介:それはいつか、ゆっくり聞くよ。 先に姉ちゃんと話してればいいよ 紘基:そうね。 ……あの子も、びっくりするくらい頑張ってくれていたから、褒めてあげなきゃ 慧介:うん。 姉ちゃんは凄いと思う。 普通だったら、学校から帰ってきたら友達と遊んだり、好きなことをしたかったはずなのに、俺の世話をして、みんなの分のご飯を作ったり、洗濯もしたりして 紘基:本当。 でもね、一緒にいたときは、すっごく甘えたさんだったのよ? 慧介:うわっ、想像できねぇ 紘基:ふふっ。 私が言っていたこと、見せていたことがちゃんと伝わってたのね。 紘基:……慧介のことも、ちゃんと見てたわよ。 お父さんに抱っこされたら泣いちゃうのに、お姉ちゃんだとすぐ泣き止むの 慧介:……それ、姉ちゃんもよく言ってた 紘基:お父さんは落ち込んでたなぁ。 でも、面白かったわ。 やっぱりあなた達は姉弟なのねぇって 慧介:姉ちゃんも、親父に抱っこされたとき、泣いてたの? 紘基:泣いた、泣いた! だから、すぐ私にバトンタッチしようとしてきたの。 でもね、私は代わらなかった 慧介:えっ、なんで? 紘基:だって、そんなことしたら、いつまで経っても抱っこしないままでしょ? お母さんだと泣き止むのは、ずっとお腹の中で聞いていた音がすぐ側にあるから。 その腕が、自分を守ってくれるものだとわかっていて、安心できるからなの。 お父さんはお仕事もあるから、なかなか一緒にいることはできない。 でも、だからこそ、そういう時間はちゃんと作っていかなきゃいけないの。 意識して、ね? それに…… 慧介:それに? 紘基:私が抱っこしてあげられないときがくるってわかっていたから。 慣れておいてもらわなきゃいけない。 でしょ? 慧介:俺のとき……か 紘基:……。 慧介が初めて歩けたとき、お母さんも一緒に喜んでたのよ? 保育園に行って、お友達もできて。 おっきなランドセルを背負って、大丈夫かな? 転ばないかな? って、心配してたら、どんどん大きくなって。 ようやく逢えたと思ったら、こーんなにかっこよくなってるんだもの 慧介:親父よりもかっこいい? 紘基:何言ってるの! 私にとっては、お父さんよりかっこいい人なんていないわ 慧介:ははっ。 ようやく生で聞けた 紘基:さては、言わせたわねー! 慧介:姉ちゃんがよく言ってたから、直接、母さんの口から聞いてみたくなった 紘基:もう! 本当に……本当に仲良い姉弟に育ってくれて良かった 慧介:……。 紘基:いっぱい辛い思いもさせちゃった。 たくさん寂しい思いもさせちゃった。 でもね、その分、人の痛みがわかるから、きっと慧介は、誰よりも人に寄り添うことができる 慧介:……それ、姉ちゃんにも言われた 紘基:……お義兄さんの力になってあげてね 慧介:どうせ、説明するのは俺の役目なんだろうな、って思ってる 紘基:お父さんのこともよろしくね 慧介:わかってる 紘基:慧介! ……幸せになってね 慧介:うん 紘基:それじゃあ……またね 慧介:うん。 っ! 母さん! 俺、親父と、母さんの子供に、姉ちゃんの弟に産まれてこれて、幸せだからっ! 紘基:っ! もう……慧介っ! 慧介:母さんっ! 紘基:……。 慧介:……。 紘基:……。 えっと……これ、どうしたらいいのかな? 慧介:あっ、戻ってたんだ 紘基:いや、その、うん……ごめん 慧介:なんで謝んの? 紘基:いや、貴重な親子の時間だったのに邪魔しちゃったから 慧介:時間制限あるんだし、そんなもんでしょ。 てか、最後に言った俺も悪かったし 紘基:……なぁ、それより、さっきのお母様との会話で気になったことがあるんだけど―― 慧介:時間ないけど? いいの? 紘基:えっ? あっ、後五分! 慧介:俺の話、聞く? 時間的には交代した方がいいと思うんだけど 紘基:……っ! いや、いい。 交代してくれ 慧介:で? 聞くまでもないけど、誰と話したいの? 紘基:妻の……咲希と…… 慧介:ふっ 紘基:えっ、なんで笑って……! 慧介:予想通りだったからだよ、紘基(ひろき) 紘基:咲希……! 慧介:色々ごめんね? 紘基:いや……俺の方こそごめん。 もっとちゃんと前を見て運転していれば良かった。 そしたら……そうしたらっ! 慧介:ううん、紘基(ひろき)のせいじゃないよ。 私が死ぬことはわかってたことなの。 決まっていたことなの 紘基:決まってた……? それってどういう……? 慧介:それにしても、まさか彗(すい)の体を借りて、紘基(ひろき)と話すことになるなんて、思ってもみなかったなぁ 紘基:彗……って、弟君だよな……? 彼、慧介君って言ってたけど? 慧介:本当は、慧介って名前なの。 彗星の彗の下に心が付いたら、慧介の慧の字になるでしょ? 彗が産まれたくらいのときに見てたアニメに、彗って名前の、すっごく可愛い男の子がいてね。 で、それからずっと彗って呼んでる 紘基:お義父さんや慧介くんには、何も言われなかったの? 慧介:んー、言われたよ。 言われたけど、それでも彗って呼んでたら、そのうち何も言わなくなっちゃった。 ……紘基(ひろき)と一緒だよ。 紘基(ひろき)だって、本当は紘基(こうき)だけど、紘基(ひろき)って呼んでも、否定しなくなったでしょ? 紘基:確かに。 なんか、もう、咲希からは紘基(ひろき)でいいや、ってなっちゃったんだよな 慧介:私が……その、なんで死んじゃうってわかっていたかは、彗から聞いて? 彗も、自分が説明するつもりみたいだし 紘基:……わかった 慧介:……ねぇ、出逢ったときのこと、覚えてる? 紘基:あぁ、もちろん。 大講義室で、初対面の女の子に、あなたに一目惚れをしました。 だから、付き合って欲しい、なんて言われることなんてそうそうないから 慧介:紘基(ひろき)の笑顔に惹かれたって言ったけど、本当はね……その前から知ってたの。 友達から紘基のこと、聞いてて 紘基:えっ、俺のことを? 慧介:うん。 人が良い……けど、良い人すぎて、彼氏にはちょっとね、って 紘基:あははっ。 なんとなく、言われてることは知っていたけど……。 女子って本当、そういうこと、本人がいないところではサラッと言ってるよな 慧介:ふふっ。 でね、どんな人なんだろう、会ってみたいな、って思ってた。 で、会ってみたら…… 紘基:会ってみたら? 慧介:男友達の頭を撫でて、笑ってた。 まるで、子供を褒めるみたいに。 それを見たとき、あぁ、この人なんだ、って思った。 子供のことを大事に、大切にしてくれているところを、愛してくれているところを、想像できちゃった 紘基:……そっか 慧介:私にくれるはずだった愛情、全部あの子にあげて 紘基:もちろん 慧介:本当のこと、言わなくてごめん 紘基:いいよ。 今、こうしてちゃんと謝ってくれたから 慧介:ねぇ。 実は名前、もう決めてるの 紘基:産まれてから二人で決めようって言ってたのに? 慧介:だって……私はその話、できないってわかってたし 紘基:そうだな……。 で? 何て名前にするんだ? 慧介:紬希(つむぎ) 紘基:つむぎ? 慧介:そう、紬希(つむぎ)。 糸へんに由来の由って書いて紬ぐ。 それと、希望の希で、紬希(つむぎ)。 ほらっ、私のお母さんが希和(きわ)で、私が咲希(さき)でしょ? だから、希は使いたくて。 で、紘基の糸と……で 紘基:……それで、紬希(つむぎ)か。 綺麗な名前だな。 咲希の想いもしっかり紬いでくれる子に育ってくれそうだ 慧介:育てるのは、紘基だけどね? 紘基:……努力します 慧介:紘基なら、絶対大丈夫! だって私、お母さん譲りで、見る目だけはあるから! 紘基:なんだ、その根拠のない自信は 慧介:ふふふっ。 あっ、そろそろ時間だね 紘基:あっ、まずい! まだ慧介君とどっちが座るか決めてないんだ! 慧介:それなら、このままで大丈夫 紘基:えっ、このまま? いや、慧介君の意思は? 慧介:紘基。 私はまだ死んでからちょっとしか経ってないんだよ? つまり、私の魂は、まだこの世のものなの。 だから……、このまま座っていれば、私の魂と引き換えに、二人のことを助けられる 紘基:……えっ? そんな。 じゃあ、俺と変わろう? な? 子供のためにも、紬希のためにも、咲希の方が絶対良いに決まって―― 慧介:紘基? 紘基:……ごめん。 それは無理……なんだよな 慧介:最後にこうやって話せて良かった 紘基:あぁ 慧介:ねぇ……せっかくだから、私も頭、撫でてもらっちゃおっかな 紘基:……あぁ。 ありがとうな、咲希。 紬希を産んでくれて。 産まれるまで育ててくれて。 残してくれて 慧介:ありがとう。 私のこと、好きになってくれて。 ……大好きだよ、紘基 紘基:あぁ。 俺も愛してる、咲希 慧介:ひろ―― :  :  :(少し間を置く) :  :  紘基:咲希、咲希っ! っ! 紘基:咲希を抱き締めたはずの腕は、空(くう)を切っていた 紘基:真っ白の天井、ベッド。 ここがどこかなんて、考えなくてもすぐにわかる。 ……そう、病院。 紘基:あぁ、咲希。 もっと伝えるべきことがあったんじゃないか。 咲希が喜ぶ言葉があったんじゃないか 紘基:くっ。 紘基:伸ばした腕で、今度は自らの目を覆う 慧介:……あのさ、感傷に浸りたいなら、明日にした方がいい? って言っても、もう三日も待ってるんだけど 紘基:?! うわっ、慧介君! いたの?! 慧介:毎日、看護師さんにここまで車椅子押してもらって来てるんだけど? あんたがなかなか、目を覚まさないから 紘基:あ……、そうなんだ。 ありがと―― 慧介:姉ちゃんがなんで死ぬことがわかってたか、聞きたいんじゃないの? 紘基:あっ、そうだ! 慧介君から聞いてって、咲希に言われたんだった。 ……えっと、その、教えてもらえるかな? 慧介:……俺の家系、女の人はみんな、自分で描いた絵を現実にできる能力があるんだ。 ただし、近しい人に死期が迫っているとき。 で、子供を産むとき、自分の命と引き換え、が条件 紘基:なっ! えっ、それ、本当なのか? しかも、条件が自分の命と引き換えって…… 慧介:本当なんじゃない? 実際、母さんは、姉ちゃんを産むときには身近に死にそうな人がいなかったから、産んでからも生きてたし。 まぁ、俺を産んだときには死んじゃったんだけど…… 紘基:慧介君が生まれるとき、誰か身近で亡くなりそうな方がいたの? 慧介:親父だよ。 海外に技術者を派遣するやつあるだろ? ほら、発展途上国にインフラ整備をーとかってやつ。 あれに親父が行っててさ。 慧介:……行って、向こうで戦争が始まった。 帰国しようにも、できない状態になって。 親父の同僚には、巻き込まれて亡くなる人も出た。 親父だって危ないかもってなって。 慧介:それで、母さんが描いた絵がこれだよ。 親父と、姉ちゃんと、俺……のつもりだったんだろうな。 俺がこの絵に描かれてるくらい大きくなるまでは、親父も無事に生きていますようにって 紘基:そっか……。 みんな笑顔で、いい絵だね 慧介:で、これが、姉ちゃんが描いた絵 紘基:えっ、咲希が? 慧介:親父に渡してたんだ。 俺と、あんたと……それと、紬希ちゃんだろうな 紘基:紬希がランドセルを背負っている。 ……咲希は、こんな風に紬希が大きくなっていくことを想像していたのか 慧介:……あのさ、姉ちゃんに謝ってたじゃん、あんた。 けど、実際は俺なんだよ。 俺が……俺がこんな身体じゃなかったら、姉ちゃんは死ぬことはなかった 紘基:あっ……。 いや、でもそれは慧介君のせいじゃないだろ! 慧介君は今まで大変な時間を過ごしてきた。 耐えてきた! だからそんな風に―― 慧介:じゃあ、なんであんたは俺の入院してる病院の前と通ろうとした?! 姉ちゃんが、そう頼んだんだろ? ……姉ちゃんは、俺に、自分の心臓がより新鮮な状態で渡せるようにって、道を変えさせたんだよ! もうわかってるんだろ?! 紘基:……えっ? あっ……。 じゃあ、慧介君の心臓は…… 慧介:手術は成功したよ。 姉ちゃんのお陰で俺は生きてる。 その絵……俺はドナーが見つからなかったら、その歳まで生きてはいられない。 死んでるはずなんだよ 紘基:そうか……。 咲希が、どれだけ家族のことを、慧介君のことを大切にしているのか、大好きなのかはわかっていたから。 ……咲希らしい選択だな 慧介:……怒んないのかよ 紘基:怒る? どうして? 慧介:だって、俺が殺したも同然だろ! 怒れよ……俺を責めろよ…… 紘基:慧介君……。 ありがとう。 こんな話、しなきゃいけないなんて、辛かったよな? けど、教えてくれた。 ありがとう 慧介:くそっ! あんたがもっと嫌なヤツなら良かったのにっ! そしたら、そしたらっ 紘基:慧介君。 それに、咲希は生きてるんだろ? 君の心臓(なか)で 慧介:……っ! あーぁ。 やっぱ姉ちゃんが選んだ男だな、あんた。 いい人過ぎるよ……姉ちゃんが、いい人捕まえたって何度も自慢してきた理由、わかったよ 紘基:えっ……? 慧介:……俺じゃ、全然力になれないと思う。 でも、紬希ちゃんのこと、俺や親父にも頼ってくれよ。 守らせてくれよ 紘基:あぁ、もちろん。 よろしく、慧介君 慧介:あぁ……義兄ちゃん :  :  :(少し間を置く) :  :  紘基:もしもし、慧介君? どうしたんだ、電話なんて 慧介:いや、今日だろ? 紬希ちゃんが結婚相手を連れてくるの。 どうかなーって心配になって 紘基:……そっか。 ありがとう。 ……きっと、お義父さんもこんな気持ちだったのかなって思ってる 慧介:こんな気持ち? 紘基:あぁ。 本当は喜ぶべきこと……なんだろうけど、寂しさと、あとは……やっぱり、苦しさが強いな。 紬希が選んだ未来だ。 すべてをわかった上で選んだことだ。 ……でも、結婚して、もし子供を……ってなったとき、そうなったときっ…… 慧介:死ぬために結婚するようなもんだ、って? 紘基:そこまでは、言えないけど…… 慧介:……なぁ、姉ちゃんは幸せだったと思う? 紘基:……わからない 慧介:俺は、幸せだったと思うよ。 大好きだって思える人と結婚して、紬希ちゃんを残せた。 姉ちゃんが、いや、母親がいなくても、紬希ちゃんがあんなにいい子に育ったのは、義兄さんと出逢えた、紬いだ未来の証拠なんだよ 紘基:そう……かな 慧介:そうだよ。 自信持ってよ、紬希ちゃんのためにも。 姉ちゃんのためにも…… 紘基:そう……だよな 慧介:酒。 用意して待ってるから。 報告、聞き終わったら、俺んち来いよ 紘基:慧介君がお酒を? 珍しいな 慧介:……親父が呑んでた酒と一緒の、買っといたんだ。 義兄さんが挨拶に来た日。 俺の病室に来て呑んでた酒 紘基:……えっ? お義父さん、慧介君の病室でお酒呑んでたの? 慧介:そっ。 すぐ見つかって、追い出されてたけど。 ……まぁ、色々思うことがあったんだろ、今の義兄さんにはわかると思うけど 紘基:そう……だね 慧介:しっかし、義兄さんも結局、再婚しなかったな。 もしかして、親父もしなかったせいだったりする? 紘基:お義父さんが再婚されてないのもあったけど……一番の理由は、一つくらい咲希の思う通りにはならないことがあってもいいんじゃないかなって思ったんだ 慧介:……えっ? それってどういうこと? 紘基:咲希と一緒に取っていた一般教養の授業……数学の講義があったんだ。 その担当教授が、凄くかっこいい人で、学生からもかなり言い寄られていて。 紘基:その先生、奥様を早くに亡くされたらしくって。 だから、学生と付き合っても問題はなかったんだろうけど、ずっと断っていたんだ。 紘基:その理由が、永遠に愛すると誓った相手がいる。 たとえ、相手が先に亡くなったからといって、自分が永遠に愛することを辞めていい理由にはならない。 永遠があることを自分の生涯を掛けて証明するんだって言ってたんだ。 紘基:それが、なんだかかっこよく思えて 慧介:数学好きって、変なやつ多いよな。 ……で? それがなんで姉ちゃんの思い通りになる、ならないと関係があるの? 紘基:それを聞いて、咲希が言ってたんだ。 私だったら、再婚して欲しいけどな、だって、一人は寂しいじゃない? って 慧介:なるほど……それで、思い通りにならない、か 紘基:そう、そう 慧介:まっ、再婚したっていいことばっかじゃないだろうしな。 連れ子が除け者にされる話もよく聞くし 紘基:難しいこともたくさんあるだろうね 慧介:……じゃ、まぁ、頑張ってきなよ、お義父さん。 待ってるから 紘基:……あぁ、ありがとう :  :  慧介:何が一番の幸せで、何が本当の望みなのか 慧介:欲したものを、すべて得られる者など、きっといないのだろう :  慧介:健康、お金、学歴、友人、恋人、仕事、家族、そして……運命 :  慧介:例えば、自分の命を引き換えにすれば、大切な人を救うことができる能力 慧介:それは、ある瞬間ではきっと喉から手が出るほど欲しい力だろう 慧介:けれども、その力を持ってしまったからこその悩みもある。 苦しみもある :  慧介:きっと、この世の中はないものねだりだ 慧介:本当に欲しいものを、心からの願いを見つけたのなら、絶対に手放さないと決めよう 慧介:それが、きっと強さになる。 覚悟になる 慧介:だって、大切なものは、ここにあるのだから :  :  :(少し間を置く) :  :  紘基:そうですか、君が……。 紘基:いえ。 どうか……どうか、娘をよろしくお願いします。 どうか……どうか、娘の願いを叶えてやってください :  :  慧介:あなたの、願い事は何ですか? :  :  :――(上演終了)――