台本概要

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タイトル 兄弟弟子
作者名 Oroるん  (@Oro90644720)
ジャンル 時代劇
演者人数 2人用台本(男2)
時間 60 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 天下無双と称される剣豪の二人の弟子。
二人は出会いから今までを振り返る。
別れが近い事を知りながら・・・

・演者性別不問ですが、設定性別は変えないようにお願いします。
・時代考証甘めです。
・軽微なアドリブ可

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
弟弟子 353 弟弟子
兄弟子 309 兄弟子
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:荒野 兄弟子が岩に腰を降ろしている所に弟弟子がやってくる 兄弟子:よう、先生はまだか? 弟弟子:はい。 兄弟子:そうか。 弟弟子:昨日は、戻られなかったのですね。 兄弟子:あん?ああ、馴染みの女の所で朝までしっぽりと、な。 弟弟子:立ち会いの前に女の所、ですか。 兄弟子:立ち会いの前だからこそ、だろ。いやあ、後ろ髪引かれたぜ。これで最後だと思うと燃え上がっちまってよ、腰が痛えのなんのって・・・ 弟弟子:・・・ 兄弟子:何だ?しけたツラしやがって。 弟弟子:今日の立ち会い、本当にやるんですか? 兄弟子:当たり前だろ。 弟弟子:私は、まだ納得ができません。いくら先生の命(めい)とは言え、今回はあまりにも・・・ 兄弟子:(被せて)あまりにも、俺に分が悪過ぎるってか? 弟弟子:戯言(ざれごと)を・・・ 兄弟子:(笑う) 弟弟子:なぜ、笑っていられるのですか? 兄弟子:ん?楽しいからさ。決まってんだろ? 弟弟子:私には、分かりません。命のやり取りをするのが、そんなに楽しいんですか? 兄弟子:ああ、楽しいね。これから起こることを考えるとよ、楽しみでしょうがねえよ。 弟弟子:しかし、兄者! 兄弟子:よせ。 弟弟子:っ! 兄弟子:俺の事は、もう「兄」なんて呼ぶな。 弟弟子:・・・ 兄弟子:第一、俺はお前の兄弟子ではあっても、本当の兄貴じゃねえ。 弟弟子:いいえ!私に取っては、本当の兄の様な存在です! 兄弟子:よく言うぜ。 弟弟子:え? 兄弟子:弟子入りしてからしばらく、俺の事認めずに、生意気な態度取ってたじゃねえか。 弟弟子:そんな昔の事は、忘れました。 兄弟子:そうか?俺ははっきり覚えてるぜ。おめえと初めて会った時の事もよ。 弟弟子:私が、無謀にも先生に挑んで、無様に敗れた時の事ですか? 兄弟子:覚えてるじゃねえか・・・それも勿論だけどよ、おめえはその次の日も・・・ 0:回想 数年前 兄弟子達が逗留している屋敷の玄関先にて 弟弟子:今一度、お手合わせ願いたい! 兄弟子:おめえなあ、昨日先生にやられたばっかりじゃねえか。それを昨日の今日で、よく再戦を申し込めるな。 弟弟子:昨日は、油断していただけです!今度こそは! 兄弟子:何が油断だ。手も足も出ずにやられたくせによ。 弟弟子:くっ! 兄弟子:第一、今先生は居ねえよ。 弟弟子:いつお戻りに? 兄弟子:さあな。夜まで戻らねえんじゃねえの? 弟弟子:ならば、帰るまでここで待たせて頂きます! 兄弟子:いや帰れよ。 弟弟子:帰りません! 兄弟子:(ため息)面倒な奴だな。じゃあ、こういうのはどうだ? 弟弟子:? 兄弟子:先生の代わりに、俺が相手してやるよ。 弟弟子:何だと? 兄弟子:弟子の俺に勝てないようじゃ、先生に敵うはずがねえ。それで諦めが付くだろ? 弟弟子:まるで、貴方が勝つことが決まっているような口振りですね。 兄弟子:そう言ったつもりだけど? 弟弟子:言わせておけば!・・・後悔しますよ。 兄弟子:させてみな。木刀持ってくるから、ちょっと待ってろ。 0:木刀を手に向かい合う二人 兄弟子:いつでも良いぜ? 弟弟子:(この振る舞いや言葉遣いからして、この男、武家の出ではない。そんな奴が、高名(こうめい)な剣豪の一番弟子とは・・・虫唾が走る!) 兄弟子:どうした?やっぱ辞めるか? 弟弟子:愚問(ぐもん)!いざ参る!でやあああ! 0:弟弟子の打ち込みを兄弟子が受ける。 兄弟子:よっと・・・ははっ、おめえの剣は軽いなあ。 弟弟子:(何だ、この感触は?まるで大岩にでも打ち込んだような。) 兄弟子:そらっ! 0:弟弟子、突き放される。 弟弟子:ぐっ!・・・なるほど、力だけはあるようですね。 兄弟子:「力だけ」ねえ? 弟弟子:はあああ! 兄弟子:ほいっ。 弟弟子:やああ! 兄弟子:はいな。 弟弟子:うおおお! 兄弟子:あらよっと。・・・おめえ、威勢の良いのは掛け声だけだな。 弟弟子:(息切れ気味に)そっちこそ、さっきから私の剣を防ぐので精一杯じゃないですか! 兄弟子:ほう?そいつはどうかなっ! 弟弟子:(っ!組み付かれた?) 兄弟子:せいっ! 0:兄弟子、弟弟子を投げ飛ばす。 弟弟子:うわあああ!(地面に叩きつけられ)ぐはっ! 兄弟子:どうだ? 弟弟子:くっ! 0:弟弟子の眼前に木刀を突きつける。 兄弟子:実戦なら、おめえはここで死んでるな。 弟弟子:まだまだ!もう一本! 兄弟子:やれやれ。 弟弟子:うおおお! 兄弟子:だから・・・ 弟弟子:やああ! 兄弟子:そんなんじゃあ・・・ 弟弟子:でやああ! 兄弟子:俺には通じねえよ!・・・はっ! 弟弟子:なっ!私の剣を、素手で掴み取っただと!? 兄弟子:おめえの太刀筋はもう見切ったよ。 弟弟子:ぐっ!放せ! 兄弟子:嫌だね。ほれっ! 0:兄弟子、弟弟子の木刀を放り投げる。 弟弟子:あ・・・ 兄弟子:木刀拾ってこいよ。そんで帰りな。もう充分分かっただろ? 弟弟子:・・・ 兄弟子:おめえの剣は、お行儀が良過ぎる。それじゃ、いくらやっても俺には勝てねえよ。 弟弟子:・・・まだだ 兄弟子:は? 0:弟弟子、木刀を拾って戻ってくる。 弟弟子:もう一本! 兄弟子:嘘だろ。 弟弟子:行くぞ!でやあああ! 0:時間経過 兄弟子:(息を切らせながら)おめえ、良い加減にしろよ。いつまで続けんだよ。 弟弟子:(息を切らせながら)またまだ、もう一本! 兄弟子:付き合ってられるか。やめだやめ! 弟弟子:なら、私の勝ちということですね? 兄弟子:はあ!?どんな理屈だ! 弟弟子:相手に背を向けると言うことは、負けを認めると言うことです! 兄弟子:阿呆か!おめえ、実戦だったら何回死んでると思ってんだ! 弟弟子:問答無用! 兄弟子:何が「問答無用」だ!・・・あったまきた!こうなりゃ俺も腹くくるぜ。おめえが根負けするまで、付き合ってやらあ! 弟弟子:望むところだ! 0:更に時間経過 兄弟子:(激しく息切れしながら)ど、どうだ・・・ 弟弟子:まだ、まだ・・・ 0:弟弟子、立ち上がろうとするが、力が入らない。 弟弟子:くっ!体が、言うことを聞かない。 兄弟子:立てねえみたいだな。流石に終い(しまい)だろ? 弟弟子:くそう・・・ 兄弟子:はー!やっと終わった! 0:兄弟子、その場に倒れ込む。 弟弟子:・・・ 兄弟子:なあ、大丈夫か?水でも持ってきてやろうか? 弟弟子:・・・何故だ? 兄弟子:あ? 弟弟子:私は、武芸者の家に生まれ、幼少の頃より武芸の鍛錬に明け暮れてきた。命を削るような思いで、努力してきたのだ!それが、どうして、貴方の様な・・・ 兄弟子:俺みたいな、農民出身の奴に負けるんだ、ってか? 弟弟子:・・・ 兄弟子:知りたいか? 弟弟子:え? 兄弟子:俺に勝つ方法。 弟弟子:それは・・・ 兄弟子:そいつはな、おめえも先生に弟子入りすりゃ分かるぜ。 弟弟子:私が? 兄弟子:ああ。どうだ? 弟弟子:・・・ 兄弟子:先生には、俺から話しといてやるよ。 弟弟子:何故ですか? 兄弟子:あ? 弟弟子:何故私に、世話を焼くのです? 兄弟子:さあな、俺にもよく分かんねえや? 弟弟子:・・・ 兄弟子:ただ一つ確かな事は・・・ 弟弟子:? 兄弟子:こき使える弟弟子ができるってこったな! 弟弟子:なっ! 兄弟子:(豪快に笑う) 弟弟子:『こうして私は先生に弟子入りすることになった。』 弟弟子:『弟子入りの経緯については複雑な思いだったが、天下に名を馳せる剣豪の弟子になれる、その事には心が昂ぶった(たかぶった)。それだけで、武芸者としての格が上がったような気がしたのだ。』 弟弟子:『だが、現実は期待通りとは行かなかった。』 0:数ヶ月後 仮宿としている小屋の外 兄弟子:おらあ! 0:兄弟子、弟弟子に打ち込む。 弟弟子:くっ! 兄弟子:お?少しは受けれる様になったか?じゃあこういうのはどうだっ! 弟弟子:あぐっ!頭突き? 兄弟子:どうした?痛かったか? 弟弟子:くっ!まだまだあ! 0:弟弟子、激しく責め立てる。 兄弟子:おおっと!こいつは不味い(まずい)なあ。 弟弟子:(いける!このまま押し切れば!) 兄弟子:と見せかけて・・・そりゃ。 弟弟子:ぶあっ!何だ?砂? 兄弟子:おらっ! 0:兄弟子、弟弟子の胴に打ち込む。 弟弟子:ぐはっ! 兄弟子:惜しかったなあ。 弟弟子:目に砂をかけるとは、卑怯な! 兄弟子:あ?何言ってやがる?戦いに「卑怯」なんて言葉は存在しねえ。勝つためには手段なんか選んでられねえんだよ。 弟弟子:こんなもの、武芸とは言えません!それに・・・ 兄弟子:あ? 弟弟子:いつになったら先生は稽古を付けて下さるのですか?弟子入りして、もう数ヶ月経つというのに。 兄弟子:さあな?その分俺が相手してやってるだろ? 弟弟子:貴方では不足です! 兄弟子:何だと?いまだに俺から一本も取れないのはどこのどいつだ? 弟弟子:くっ! 兄弟子:大体、それが兄弟子に対する態度か?厳しい一門なら、とっくに追い出されてんぞ? 弟弟子:ふんっ! 兄弟子:(ため息)今日の稽古はここまでだ。さっさと薪割り済ませてこい。先生が帰る前に終わらせんだぞ? 弟弟子:・・・嫌です。 兄弟子:んー?俺の聞き間違いかな?今何て言った? 弟弟子:い・や・で・す! 兄弟子:てめえ、ふざけてんのか!さっさと行ってこい! 弟弟子:貴方がやれば良いじゃないですか! 兄弟子:雑用は弟弟子の仕事だろうが! 弟弟子:前から気になっていたんですが、何故私が貴方の弟弟子になるのですか? 兄弟子:俺の方が先に弟子になったからに決まってるだろうが! 弟弟子:確かに、先生に弟子入りしたのは貴方が先。しかし、私は幼少の頃より父や祖父より武芸の手解き(てほどき)を受けてきた身。対して貴方は先生が初めての師のはず・・・ 兄弟子:だから? 弟弟子:すなわち、武芸者としては私が先達(せんだつ)、よって貴方は私の兄弟子ではありません! 兄弟子:何じゃそりゃ!そんな理屈があるか!  弟弟子:あります! 兄弟子:ない! 弟弟子:ある! 兄弟子:ない! 弟弟子:ある! 兄弟子:ない! 弟弟子:ある! 兄弟子:歳だって俺の方が上だ! 弟弟子:一つしか変わらないでしょうが! 兄弟子:体だって俺の方がでけえ! 弟弟子:・・・それ、何の関係があるんですか? 兄弟子:くっ! 弟弟子:ほら、先生が帰る前に薪割り済ませないと、叱られますよ? 兄弟子:あ!そうだった!急がねえと・・・斧、斧どこだっけ? 弟弟子:どうぞ。 0:弟弟子、斧を渡す。 兄弟子:おお、ありがとよ! 弟弟子:かなり錆びてるから、一度研いだ方が良いですよ。 兄弟子:あ、本当だ。えーと研ぎ石、研ぎ石は・・・って、だからおめえがやれえええ! 弟弟子:『当時の私は、兄者の事を兄弟子と認める事はできなかった。結局のところ、兄者が百姓出身であったが故(ゆえ)、見下していたのだ。稽古でいくら打ちのめされようとも、それは変わらなかった。』 弟弟子:『いつも言い訳ばかりして、兄者の強さを・・・いや、自分の弱さを、認めようとしなかった。』 0:数日後 兄弟子:立ち会い、ですか? 弟弟子:先生の名代(みょうだい)として? 弟弟子:(ある日、先生から立ち会いの命が下った。相手は、以前先生に敗れた男。敗れたとは言え、先生を相手に一命を取り留め、こうして再戦を挑んで来た以上、相当な使い手と思われた。) 弟弟子:(相手は先生との再戦を望んでいた。が、先生は一度戦った相手には興味が湧かないと、自身で立ち会うことを拒んだ。そして、先生が代理に選んだのは・・・) 兄弟子:承知致しました。行って参ります。 弟弟子:・・・ 兄弟子:留守中の事は頼んだぞ。 弟弟子:お待ち下さい。名代のお役目、此度(こたび)は、私に務めさせて頂けないでしょうか? 兄弟子:(少し小声で)おい、やめろ。 弟弟子:お役目、見事果たしてご覧にいれます!どうか・・・ 弟弟子:(N)しかし先生は、私を一顧だ(いっこだ)にすることなく立ち去った。 兄弟子:少しは身の程を弁えろ(わきまえろ)いまだに先生に稽古付けてもらってない分際でよ。 弟弟子:く・・・ 兄弟子:とりあえず行ってくるからよ、大人しく留守番してるんだぞ。 弟弟子:・・・分かりました。 弟弟子:『大人しく留守番、するつもりはなかった。私は密かに立ち会いに向かう兄者の後を追う。近くの荒野に、相手はいた。二人は一定の距離を挟んで対峙する。』 弟弟子:『兄者の真剣での立ち会いを見るのは初めてだった。どうせ稽古の様に卑怯な手ばかり使う無様な立ち会いになるだろう、と私は高を括っていた。』 兄弟子:いざ! 弟弟子:『瞬間、空気が変わった。二人は一切動いていない。刀の柄に、手をかけてさえいない。それでも、私は何かを感じた。』 兄弟子:(深く息をする) 弟弟子:『既に立ち会いは始まっているのだ。身体は動いていなくとも、二人の心は激しく斬り合っていた。』 兄弟子:(先程より短い間隔で呼吸する) 弟弟子:『局面が変わった。二人はゆっくりと刀を抜く。私は息をするのも忘れていた。拳を激しく握り込む。心臓の鼓動が痛い。その心音は、二人に聴こえてしまうのではとさえ思った。』 弟弟子:『二人はまだ刀を抜いただけ、しかし、勝負は既に終盤だった。私は見た。兄者の気が、相手を飲み込んでいくのを。』 兄弟子:はあっ! 弟弟子:『実際の勝負は一瞬だった。兄者は刀を振るい、相手は鮮血を吹き出し倒れた。』 兄弟子:(激しく呼吸する) 弟弟子:『振るったのはただの一太刀、しかし、まるで何十回と斬り合ったかの如く、兄者は激しく息をつき、全身から大量の汗を噴き出していた。』 弟弟子:これが・・・本物の剣士・・・ 0:翌日 兄弟子:(あくびをする)もうすぐ夜が明けるなあ。先生もあいつも、まだ寝てるよな? 弟弟子:お帰りなさいませ、兄者! 兄弟子:うわっ! 弟弟子:立ち会いお疲れ様でございました!朝食(あさげ)の支度ができております! 兄弟子:な、何だあ?兄者って、俺のことか? 弟弟子:はい!兄弟子は、実の兄の様に敬う。それが武芸者の習わしですから。 兄弟子:それは知ってるけどよ、何でそんな急に・・・ 弟弟子:・・・ 0:弟弟子、兄弟子の前に土下座する。 兄弟子:な、何だ?何の土下座だよ? 弟弟子:これまでの数々のご無礼、何卒お許し下さい! 兄弟子:あ? 弟弟子:私は、兄者の事を見誤っておりました!兄者こそ真(まこと)の剣豪です!あの気迫、太刀捌き、私は感服致しました! 兄弟子:もしかして、昨日の立ち会い見たのか? 弟弟子:これからも何卒ご指導、ご鞭撻(ごべんたつ)の程、宜しくお願い申し上げます! 兄弟子:お、おう・・・ 弟弟子:さあ、朝食をお召し上がり下さい! 兄弟子:あ、ありがたいけど、別に腹は減ってねえんだ。 弟弟子:それなら湯浴み(ゆあみ)をなさいますか?今すぐ沸かして参ります! 兄弟子:いや、俺風呂嫌いだから・・・ 弟弟子:では、肩でもお揉み致しましょう!失礼致します! 兄弟子:ええい、鬱陶しい(うっとうしい)!おめえ、極端に変わりすぎだ! 弟弟子:『こうして私達は、ようやく本当の「兄弟弟子」になれたのだった。』 弟弟子:『それからの私は、兄者の教えを素直に受けるようになった。言い訳をやめ、全て兄者の言う通りにした。』 弟弟子:『そのうち、先生も稽古をつけてくれる様になった。私は先生と兄者の元で、充実した日々を過ごしていった。』 0:数ヶ月後 逗留している道場 兄弟子:よう 弟弟子:兄者!おはようございます。 兄弟子:おう・・・掃除してんのか? 弟弟子:はい。 兄弟子:そうか。ちょっと出てくるからよ、留守頼むぜ。 弟弟子:承知致しました、行ってらっしゃいませ。 兄弟子:おう・・・あ、そうだ。 弟弟子:どうされました? 兄弟子:・・・いや、何でもねえ。それじゃあ、行ってくるわ。 弟弟子:はい、お気をつけて。 0:兄弟子、立ち去ろうとするが戻ってくる。 兄弟子:あ、あのよ! 弟弟子:はい? 兄弟子:えーと・・・あれ、何だっけな?何言おうとしたのか忘れちまった。 弟弟子:はあ・・・ 兄弟子:思い出したらまた言うわ。じゃあな! 弟弟子:・・・ 0:兄弟子、やはり戻ってくる。 兄弟子:実はよ・・・ 弟弟子:さっきから何ですか!?言いたいことがあるならはっきり言って下さい!鬱陶しいなあ! 兄弟子:う、鬱陶しいだと!?てめえ、兄弟子に向かって何て口を利きやがる! 弟弟子:だってそうじゃないですか!さっきから私の前を行ったり来たり。 兄弟子:う、うるせえ! 弟弟子:(ため息)で、何ですか? 兄弟子:・・・(小声で)遊女を身請けするのって、いくらぐらいかかるんだ? 弟弟子:は? 兄弟子:だから!遊女を身請けするのに、銭はどれくらいいるのかって聞いてんだよ! 弟弟子:・・・それは、その店や遊女の格によると思いますけど? 兄弟子:おめえ、身請けした事あるか? 弟弟子:・・・あるわけないでしょう? 兄弟子:そうか・・・ 弟弟子:身請け、するんですか? 兄弟子:え!? 弟弟子:そういえば、馴染み(なじみ)の方がいらっしゃるんでしたっけ? 兄弟子:いや、それは・・・ 弟弟子:随分長く通ってらっしゃるんですよね?それでついに、身請けを決意されたと・・・ 兄弟子:まあ、な。 弟弟子:確かに、遊女を身請けするとなれば相当な金子(きんす)が要りますからね。 兄弟子:・・・聞いてこい。 弟弟子:は? 兄弟子:店教えるから、身請けにいくらかかるか聞いてこい! 弟弟子:はあ!?嫌ですよ! 兄弟子:これは兄弟子命令だ! 弟弟子:ご自分でお聞きになって下さい! 兄弟子:そんな格好悪い事聞けるか!銭持ってねえと思われるだろ! 弟弟子:実際持ってないじゃないですか! 兄弟子:くっ・・・ 弟弟子:(ため息)私も協力したいですが、そういう事では力になれそうもありません。 兄弟子:もう良い!おめえに相談した俺が馬鹿だった!行ってくる! 弟弟子:行ってらっしゃいませ・・・勝手に言って勝手に怒るんだもんなあ。 弟弟子:身請けか・・・大変だろうけど、うまく行ってほしいな。 0:先生がやってくる。 弟弟子:先生・・・兄者なら先程お出かけに・・・え?立ち会い? 0:近くの河原 弟弟子:(激しい息遣い)くそっ! 弟弟子:『ある武芸者から、先生に立ち会いの申し込みがあった。しかし、先生はそれを受けず、私を代役に立てた。』 弟弟子:『たまたま兄者が不在だったからかもしれない。それでも、初めて先生の名代(みょうだい)に選ばれて、私は嬉しかった。しかし、約束の刻限、指定された場所に行ってみると・・・』 弟弟子:『相手は五人だった。』 弟弟子:(激しく呼吸しながら)貴様ら、武芸者としての矜持(きょうじ)はないのか! 弟弟子:『何とか二人斬ったが、限界だった。利き腕に傷を負って、もう動かすことはできない。片腕で三人を相手にするのは至難の技だ。』 弟弟子:(激しく呼吸しながら)この・・・ 弟弟子:『「卑怯者」と言おうとして、言葉を飲み込んだ。』 兄弟子:『戦いに「卑怯」なんて言葉は存在しねえんだよ。』 弟弟子:『どう見ても腕が立ちそうではなかったのに、妙に自信あり気だった。「何かある」と思うべきだった。見抜けなかった私が未熟だっただけだ。』 弟弟子:くっ!でやあああ! 弟弟子:『片手で振るった剣は、簡単にいなされた。男達は下卑た(げびた)笑みを浮かべる。』 弟弟子:『こんな連中が最後の相手とは・・・先生や兄者に、もっと教えを受けたかった。剣技の真髄を極めたかった。だがそれは、どうやら叶わないらしい。』 弟弟子:『私は死を覚悟した。だが・・・』 兄弟子:よう、随分楽しそうなことしてるじゃねえか。 弟弟子:あ、兄者・・・ 兄弟子:情けねえ声出すんじゃねえよ。大丈夫か?まだ死なねえよな? 弟弟子:は、はい! 兄弟子:それにしても、うちの弟弟子をえらく可愛がってくれたみてえだな?一人相手に五人がかりとは、おめえらそれでも武芸者の端くれか?この卑怯もん共が。 弟弟子:え? 兄弟子:あ? 弟弟子:(吹き出す) 兄弟子:何だよ? 弟弟子:(少し笑いながら)す、すいません。 兄弟子:ったく・・・怖かったら、俺の後ろに隠れてても良いんだぜ? 弟弟子:ご冗談を 兄弟子:よし、そんじゃあ行くか 弟弟子:はい! 弟弟子:『数の上ではまだこちらが不利・・・にもかかわらず、私には何の心配もなかった。』 兄弟子:おらあああ! 弟弟子:『兄者が居てくれる、それだけで力が湧いてきた。』 弟弟子:はあああ! 兄弟子:何だ元気じゃねえか。これなら助ける必要なかったか。 弟弟子:当然!この程度の相手、私一人で十分です! 兄弟子:生意気な所は直ってねえ、な! 弟弟子:『兄者の太刀が唸る(うなる)。私も負けじと刀を振るう。いつの間にか、両腕で刀を握っていた。もう痛みは感じない。』 兄弟子:どうした?へばったか? 弟弟子:(荒い呼吸しながら)っ!まだまだあ! 兄弟子:(豪快に笑う) 弟弟子:『私の剣は、振るうごとに鋭さを増している気がした。そんな力、どこに残っていたのか・・・』 兄弟子:仕上げだ!畳みかけるぞ! 弟弟子:はい! 弟弟子:『命を奪い合う戦いの場で、こんな事を思うのは不謹慎かもしれない。でも・・・』 弟弟子:『楽しかった。』 0:数年後 逗留している道場 兄弟子:(荒い呼吸) 弟弟子:(荒い呼吸) 兄弟子:はあっ! 0:弟弟子、兄弟子の打ち込みを受ける。 弟弟子:くっ!はっ! 0:弟弟子、兄弟子を押し返し距離を取る。 兄弟子:(深く呼吸する) 弟弟子:(M)落ち着け・・・落ち着け。 兄弟子:ふっ! 弟弟子:やあっ! 0:二人の木刀がぶつかり合う。 弟弟子:(弟子入りした時とは違う。兄者の太刀筋が見えるようになってきた。) 兄弟子:せいっ! 弟弟子:やあっ! 弟弟子:(集中しろ!必ず勝機は来る!) 兄弟子:おらあ! 弟弟子:(今だ!) 弟弟子:でやああ! 0:弟弟子の一太刀が兄弟子の肩を打つ 兄弟子:ぐっ! 弟弟子:や、やった・・・兄者から・・・兄者から一本取った! 兄弟子:(激しい息遣い) 弟弟子:あ、兄者!すいません、大丈夫ですか? 兄弟子:へっ、大丈夫だよ。それより・・・ 弟弟子:? 兄弟子:やるじゃねえか。今のは見事だったぜ。腕上げたな。 弟弟子:は、はい! 兄弟子:鍛えた甲斐があったってもんだ。最初から分かってたんだぜ。「おめえはもっと強くなれる」ってな。 弟弟子:(涙ぐみながら)兄者。 兄弟子:おめえは、俺の自慢の弟弟子だ! 弟弟子:ありがとうございます!これも全て先生と兄者のおかげです!これからもご指導、ご鞭撻の程を・・・ 兄弟子:(被せて)隙ありぃ! 0:兄弟子、弟弟子に打ち込む。 弟弟子:ぐはぁ! 兄弟子:(豪快に笑う)油断したなあ!勝負はまだ終わってねえぞ! 弟弟子:ひ、卑怯な! 兄弟子:卑怯?戦いに「卑怯」なんて言葉は存在しねえ! 弟弟子:いや、今のは流石に・・・ 兄弟子:問答無用! 弟弟子:くっ!でやあああ! 弟弟子:『時に真剣に、時にはふざけあいながら、私達は絆を深めていった。』 0:数ヶ月後 町にて 弟弟子:あれ、兄者?買い物中かな? 兄弟子:(真剣に悩んでいる様子) 弟弟子:兄者! 兄弟子:のわあ! 弟弟子:そんなに驚かないで下さい。 兄弟子:な、何だ、おめえか・・・ 弟弟子:何見てるんですか? 兄弟子:こ、これは・・・ 弟弟子:ああ、簪(かんざし)ですか。 兄弟子:・・・ 弟弟子:贈り物ですか? 兄弟子:うるせえ。 弟弟子:どなたに贈られるんですか? 兄弟子:うるせえっつってんだろ! 弟弟子:(笑いながら)お邪魔してすいませんでした。私はもう行きますから、ゆっくり選んで下さい。 兄弟子:・・・待て! 弟弟子:何ですか? 兄弟子:おめえ、簪買ったことあるか? 弟弟子:まあ、無くはないですけど。 兄弟子:どれが良いと思う? 弟弟子:はい? 兄弟子:俺は、こういうの買った事ねえから、良し悪しが分かんねえんだよ!だから、代わりに選んでくれ! 弟弟子:ああ、そういう事ですか。 兄弟子:頼む! 弟弟子:お断りします。 兄弟子:なっ!何だとこの野郎!兄弟子の頼みが聞けねえって言うのか? 弟弟子:大切な方に贈られるんでしょう?なら、人に頼んじゃ駄目です。 兄弟子:う・・・ 弟弟子:大丈夫ですよ。兄者が選んだ物なら、きっと喜んで下さいます。 兄弟子:そうか? 弟弟子:そうですとも。 兄弟子:よし、それじゃあ・・・ 弟弟子:・・・ 兄弟子:(悩んでいる様子)やっぱ駄目だ!さっぱり分かんねえ!今日は辞める! 弟弟子:おっと!逃しませんよ。 兄弟子:なっ!てめえ、どういうつもりだ! 弟弟子:兄弟子が簪の一本も選べないような朴念仁(ぼくねんじん)では、弟弟子として恥ずかしいですから。 兄弟子:くっ!おめえどっか行くんじゃなかったのかよ! 弟弟子:気が変わりました。兄者の偉業達成をここで見届けさせて頂きます。 兄弟子:馬鹿にしやがって。次の稽古、覚えてろよ。 弟弟子:望む所です。 兄弟子:くそっ!こんな店、来るんじゃなかった。 弟弟子:「こんな店」とか言っちゃ駄目ですよ。ところでその簪、例の方に贈られるんですか? 兄弟子:あ? 弟弟子:ほら、いつか仰っていたじゃないですか。身請けしたい人がいるって。 兄弟子:・・・ 弟弟子:金子(きんす)集めの方は順調ですか?私も少しは蓄えられる様になりましたので、必要なら・・・ 兄弟子:(少し小声で)もう俺に、そんな資格は無えよ・・・ 弟弟子:え? 兄弟子:・・・よし!これに決めた!ほれ、これで文句ねえだろ? 弟弟子:は、はい。 兄弟子:やれやれ、やっと帰れるぜ・・・ 弟弟子:『一瞬見せた兄者の寂しそうな顔。そして言葉の意味。私は、それを知ることはできなかった。』 0:数年後 山賊の根城 弟弟子:できません! 兄弟子:何だと?これは先生の命令だぞ! 弟弟子:いくら先生の命とは言え・・・子供を斬るなど、私にはできません! 弟弟子:『ある村に逗留(とうりゅう)した際、村人から先生に依頼があった。近くの山を根城(ねじろ)にしている山賊を退治して欲しいと。』 弟弟子:『村に降りてきては作物や金品を盗み、男は殺し、女は攫う(さらう)凶悪な連中だった。』 弟弟子:『先生は、良い稽古になる、と私達を連れて山賊の根城に向かった。相手は多数だったが、私達三人にかかれば大した事はなかった。』 弟弟子:『気がついた時には、そこに立っていたのは私達三人だけだった。敵は死んだか、逃げたかのどちらかだろう。私は討ち漏らしがないか根城を見てまわった。すると・・・』 弟弟子:『子供が、いた。』 兄弟子:村人の依頼は、山賊を根絶やしにすることだ! 弟弟子:村人も子供が居るなんて思って無かったはずです! 兄弟子:そいつだって山賊の一味だ! 弟弟子:こんな小さな子供に何が出来るって言うんです!たまたま親が山賊だっただけです! 兄弟子:つべこべ言うんじゃねえ! 弟弟子:『先生に子供の事を告げると、私にこう命じられた。「その子を斬れ」と。そして兄者に、「見届けよ」と。そのまま先生は山を降りてしまった。』 兄弟子:良いから斬れ! 弟弟子:嫌です! 弟弟子:『私の後ろで、子供は泣きながら震えている。村人の願いはもう十分果たせているはず、この子を斬る必要など無い。それは先生も分かっているはずだった。』 弟弟子:『先生は試しているのだ。私が非情になれるかどうかを。自分の様な「鬼」になれるかどうかを。』 弟弟子:『そして兄者も、私にそれを強いる事ができるかを、見定められようとしている。』 兄弟子:先生の命令に逆らうなんて許されねえ! 弟弟子:子供を斬る方が許されません! 0:二人、しばし睨み合う 兄弟子:(舌打ち)今回だけだぞ。 弟弟子:兄者・・・ 兄弟子:代わりに俺が斬ってやる。 弟弟子:っ! 兄弟子:どけ! 弟弟子:駄目です! 兄弟子:これ以上我儘(わがまま)を言うな! 弟弟子:どうしてもこの子を斬ると言うなら・・・ 兄弟子:何だ?俺とやり合うってか? 弟弟子:私を斬ってからにして下さい! 兄弟子:なっ!・・・何でだ?そのガキの為に、何でそこまでするんだ? 弟弟子:それは、私が人だからです。 兄弟子:っ! 弟弟子:私は、先生の様な「鬼」にはなれません。それは、兄者も同じではないのですか? 兄弟子:違う!俺は容赦しねえ!お望み通り二人まとめてぶった斬ってやる! 弟弟子:・・・ならば、仕方ありませんね。 兄弟子:くっ!このっ! 弟弟子:『兄者の剣が振り上げられる。刀身が陽光に反射して妖しく光った。私は死を覚悟し、目を閉じた。』 兄弟子:うおおお! 弟弟子:っ! 0:静寂 兄弟子:っ! 弟弟子:・・・ 弟弟子:『私は恐る恐る目を開ける。刃は、私の頭まであと僅かのところで止まっていた。』 兄弟子:(荒い呼吸) 弟弟子:兄・・・者? 兄弟子:・・・斬った。 弟弟子:え? 兄弟子:おめえはそのガキを斬った!俺は確かに見届けた!それで良いな!? 弟弟子:兄者・・・ 兄弟子:さっさと失せろガキ!俺の気が変わらねえうちに! 弟弟子:待って下さい!子供一人で険しい山道を行かせるのは危険です!せめて人里まで私が・・・ 兄弟子:やめろ! 弟弟子:! 兄弟子:良く聞け。俺が譲れんのはここまでだ。これ以上は何が何でも許せねえ。そのガキの事は忘れろ!良いな! 弟弟子:は、はい・・・ 弟弟子:『・・・うなずくことしか出来なかった。それは怒りではなく、懇願だと思えた。だって兄者は、とても辛そうな顔をしていたから・・・』 弟弟子:『結局、子供を斬らなかった事について、先生から咎められる事は無かった。私達の嘘を信じたのか、真実に気付きながらあえて捨て置いたのか、それは分からなかった。』 0:数ヶ月後 滞在している旅籠 弟弟子:ただいま戻りました。 兄弟子:(酔っ払っている様子で)おう!やっと帰ってきたか!どこほっつき歩いてやがった!? 弟弟子:・・・また飲んでるんですか?最近飲み過ぎですよ。先生は? 兄弟子:知らねえよっ! 弟弟子:また朝帰りか・・・ 兄弟子:そんなとこ突っ立ってないでこっち来い!おめえも飲めい! 弟弟子:嫌です。もう寝ます。 兄弟子:何だとう!兄者の盃が受け取れねえってのか!? 弟弟子:(ため息)少しだけですよ 兄弟子:ほらほら、兄者が直々に酌してやるんだぞ?ありがたく思え! 弟弟子:全く、先生が居ないからってハメ外して。 0:時間経過 兄弟子:おめえは、どうするんだ? 弟弟子:何がですか? 兄弟子:こっから先だよ。将来どうするかって聞いてんだ。 弟弟子:そうですね・・・やっぱり、士官はしたいですね。それから、所帯を持ちたいです。あと子供も。 兄弟子:何だそりゃ!つまんねえな! 弟弟子:別に良いじゃないですか。 兄弟子:おめえ仮にも武芸者だろ?だったらもっとこう、壮大な野望ってやつを持てよ! 弟弟子:はあ・・・そういう兄者はどうなんですか? 兄弟子:あん? 弟弟子:将来ですよ。いずれは先生の下を離れて、独り立ちするんでしょ? 兄弟子:・・・ 弟弟子:兄者? 兄弟子:先生の下を離れる、か。そんな事、できるのかな・・・ 弟弟子:そりゃ、いつまでもこのままというわけには・・・ 兄弟子:それを考えた事もあったけどよ、結局俺は・・・ 弟弟子:このままずっと先生の弟子でいるって言うんですか? 兄弟子:・・・さあな。 弟弟子:兄者こそ、何の目標も無いじゃないですか。「武芸者なら野望を持て」じゃないんですか? 兄弟子:野望ならあるぜ。野望って言うか、夢かな? 弟弟子:夢、ですか?どんな夢なんですか? 兄弟子:ああ?何でおめえに言わなくちゃいけねえんだ? 弟弟子:ええ?私は言ったんだから、教えて下さいよ。 兄弟子:嫌だね。さてと、俺そろそろ寝るわ。 弟弟子:ずるいですよ!始めたのは兄者じゃないですか! 兄弟子:あーうるせーうるせー。後片付けとけよ。 弟弟子:もう・・・ 弟弟子:(いずれ先生の下を離れる・・・しかし正直な所、今はそんな先の事は考えられなかった。今はただ、剣術の研鑽を積みながら、こんな他愛もないやり取りをずっと続けていきたい・・・それが本音だった。) 弟弟子:(しかし、それは叶わなかった。数日後、先生から新たな命が下った。) 弟弟子:・・・・・・え? 0:回想終わり 兄弟子:あの時、先生や俺に手も足も出なかった「ただの若造」が、今は一端(いっぱし)の剣士の面構えしてやがる。時が経つのは早えな。 弟弟子:・・・ 兄弟子:あの子供、どうなったかな? 弟弟子:え? 兄弟子:俺達が逃がしたガキの事だよ。おめえ、あの後会ったか? 弟弟子:いいえ。兄者との約束でしたので。 兄弟子:そうか・・・無事に山を降りれたんだろうか。途中で道に迷ったり、獣に襲われたりしたかもしれねえ。人買いに攫われたかもしれねえ。 弟弟子:・・・ 兄弟子:運良く人里に辿り着いたところで、見ず知らずのガキを、誰が世話してくれるって言うんだ?そのままのたれ死んだかもしれねえな。 弟弟子:何が仰りたいんですか?私がしたことは無意味だったと、そう言いたいんですか? 兄弟子:・・・すまなかったな。 弟弟子:え? 兄弟子:おめえはあのガキにもっと世話焼きたかったのによ、俺が止めたばっかりに・・・ 弟弟子:兄者・・・ 兄弟子:本当にあれが限界だったんだ。おめえの言う事が正しいって、分かっちゃいるんだ。でも先生に言われるとよ、頭が回らなくなっちまう。何も考えられなくなって、ただ先生の言う事を聞くしか無くなるんだ。 弟弟子:それでも兄者は、最後にはあの子を助けたじゃないですか? 兄弟子:そうだな、「あのガキは」斬らずに済んだ・・・おめえのおかげでな。 弟弟子:・・・ 兄弟子:俺は、先生と出会ってからずっと、あの人を恐れて生きてきた。先生の事が、怖くて怖くてたまらねえんだ。今まで散々人を斬ってきた俺がだぜ?笑えるだろ? 弟弟子:それは私も同じです。 兄弟子:でもおめえは、先生に逆らったじゃねえか。先生の命令に背く(そむく)事が、できたじゃねえか。 弟弟子:それは、あの場に先生が居なかったからです。もし先生が居たら、同じ様にできていたかは分かりません。 兄弟子:いいや、おめえはきっと、同じ事をしたさ。でも俺は、先生があの場にいたら、迷いなくおめえらを斬ってただろうよ。 弟弟子:・・・だから今回も、先生には逆らえないと? 兄弟子:・・・ 弟弟子:先生の指示通りに、立ち会いを行うと? 兄弟子:・・・ 弟弟子:先生の命ずるままに・・・私と殺し合うと言うのですか!? 弟弟子:『先生は言った。私達二人に、真剣を持って立ち会えと。勝った方を、自分の後継者とする、と。』 弟弟子:『また、先生はこう付け加えられた。「勝った方」とはすなわち「生き残った方」である、と。』 兄弟子:承知致しました。 弟弟子:『兄者は何の躊躇い(ためらい)も無く、それを受けた。それはまるで、私に異を唱える隙を与えない為のようだった。』 兄弟子:おめえは・・・ 弟弟子:? 兄弟子:もう俺を超えた。俺より強い。 弟弟子:兄者!だから戯言は・・・ 兄弟子:戯言じゃねえ! 弟弟子:! 兄弟子:おめえも気付いてるはずだ。本物の剣士なら、相手との力量の差ぐらい見抜けるだろ? 弟弟子:・・・ 兄弟子:もちろん、勝負は水物(みずもの)だ。実際の所はやってみなけりゃ分からねえ。俺だって、むざむざやられるつもりは無えしな。油断してると、あっさり俺が勝っちまうかもしれねえぞ? 弟弟子:兄者は、私と立ち会うことに、躊躇い(ためらい)は無いのですか?お嫌では、無いのですか? 兄弟子:無いな、全く。 弟弟子:私は、嫌です。兄者と斬り合うなど。 兄弟子:堪えろ(こらえろ)。これは、やらなきゃならねえ事だ。 弟弟子:私はそうは思いません。 兄弟子:・・・ 弟弟子:・・・今まで、お世話になりました。 兄弟子:あ?何言ってやがる? 弟弟子:先生には、「私は臆病風に吹かれて逃げ出した」とでもお伝え下さい。 兄弟子:ちょっと待て・・・ 弟弟子:もう会う事も無いでしょうが、兄者もお元気で。 兄弟子:いい加減にしろ! 弟弟子:どうしてですか?この立ち会いに何の意味があるんですか?ただの先生の気まぐれじゃないですか! 兄弟子:意味はある! 弟弟子:ありません! 兄弟子:ある! 弟弟子:ない! 兄弟子:ある! 弟弟子:ない! 兄弟子:ある! 弟弟子:ない! 兄弟子:・・・ 弟弟子:・・・ 兄弟子:(同時に吹き出す) 弟弟子:(同時に吹き出す) 兄弟子:昔、こんなやり取りをした事があったなあ。 弟弟子:そうでしたね。懐かしい・・・ 兄弟子:前に、俺の夢の話をしただろ? 弟弟子:はい。 兄弟子:俺の夢はな・・・おめえだよ。 弟弟子:・・・え? 兄弟子:初めて会った時、おめえは弱かった。形ばかりの剣術しか身に付けてない青二才だった。それでも、俺は何故か、おめえを先生の弟子にしなきゃならねえ、でなきゃ後悔する、そう思ったんだ。 弟弟子:・・・ 兄弟子:おめえと稽古を重ねて、どんどん強くなっていくのを見ているうちに分かったんだ。おめえは、いつか先生を超える剣士になれる。だから俺は、おめえを弟弟子にしたんだって。 弟弟子:買い被りです!私ごときが、そんな・・・ 兄弟子:できるさ、おめえなら。だからこそ、この立ち会いで、おめえが俺に勝って、先生に認められた、正式な後継者になって欲しいんだ。 弟弟子:兄者・・・すべては私の為だと言うのですか?私の為に、命を懸けると? 兄弟子:違うって。それが全部、俺の為になるんだよ。 弟弟子:どういう事ですか? 兄弟子:おめえが天下に名を知られた剣士になってよ、たくさんの門弟に剣を教えてよ、そいつらがまた弟子を取って・・・ 兄弟子:そうやって、おめえの・・・いや、「俺達の」剣が、何十年、何百年先の世まで受け継がれて行く事。それが・・・俺の夢だ。 弟弟子:っ! 兄弟子:すげえ事だと思わねえか?俺はな、これが楽しみでしょうがねえんだ。 弟弟子:そんな事、本気で思っていらっしゃるんですか? 兄弟子:もちろん。これを思い付いた時は自分を天才だと思ったぜ。 弟弟子:途方も無さすぎる・・・ 兄弟子:確かにな。だからこそ、この壮大な夢になら、俺は命を懸ける価値があると思ったんだ。 兄弟子:俺はこれまで、ろくな生き方をしてこなかった。大事なもんも、何一つ守れなかった。もう何を望んでも、叶う事はないと思ってた。 兄弟子:これはな、そんな俺が、また見つける事ができた、たった一つの夢なんだ! 弟弟子:そんな事、私にできるとは思えません。兄者が成されれば宜しいじゃないですか! 兄弟子:俺には無理だよ。先生の恐怖に、最後まで打ち勝てなかった、弱虫の俺にはよ。 弟弟子:何故、そうやってご自分を卑下(ひげ)なさるのですか・・・ 兄弟子:その先生にも無理だ。あの人は剣についてはもはや人の域を越えている。だが、人を想う「心」が無い。そんな人間に、人は付いて来ねえ。 弟弟子:だから、私だと言うのですか? 兄弟子:おめえは頭が良い。それに人を思いやる優しさと、時には自分よりも強大な相手に立ち向かえる、心の強さを持ち合わせている。 弟弟子:買い被りだと言ったじゃないですか!私では役不足です!ましてや、先生を超えるなんて、とても・・・ 兄弟子:強くなれ・・・ 弟弟子:え? 兄弟子:足りねえって言うんなら、もっと強くなれ!もっともっと強くなれ! 兄弟子:俺を斬って・・・先生よりも、誰よりも、強くなりやがれ! 弟弟子:そんな・・・ 兄弟子:すまねえな、おめえには「兄弟子を斬った剣士」の汚名を着せちまう。それは修羅の道だ。でもおめえなら、きっと乗り越えられる。 兄弟子:だからおめえに、俺の命・・・俺の剣士としての存在全てを、託させてくれ。 弟弟子:・・・ 兄弟子:なあ、俺の夢、一緒に叶えちゃくれねえか? 弟弟子:もし・・・もしも私が、本当にそんな剣士になれると言うのならば、兄者には、生きて、私の側で、見届けて頂きたいです! 兄弟子:何言ってんだ、俺はずっと側にいるさ。 弟弟子:え? 兄弟子:おめえの剣の中で、俺は生き続ける。そうだろ? 弟弟子:兄者・・・ 0:時間経過 兄弟子:・・・先生が来たみたいだな。 弟弟子:はい。 兄弟子:覚悟はできたか? 弟弟子:・・・はい! 兄弟子:そうか。流石、俺が見込んだ弟弟子だ。 弟弟子:兄者!私は・・・ 兄弟子:もう良いだろ?もう言葉はいらねえよ。 兄弟子:ここから先は・・・剣で語り合おう。 0:時間経過 兄弟子:『俺達は対峙する。俺はあいつの顔を見た。』 兄弟子:『あいつの視線は、真っ直ぐに俺に向けられていた。優しさの奥に、強さを秘めた、そんな目だ。』 兄弟子:『俺は嬉しかった。本気で俺と剣を交える覚悟を決めてくれた事が。』 兄弟子:さらばだ・・・・・・弟よ。 0:二人の間を、風が通り抜ける・・・ 弟弟子:『兄者が、何かを言った。しかし、風の音がそれをかき消した。』 弟弟子:『私は兄者の顔を見る。一瞬、兄者が笑ったような、そんな気がしたんだ・・・』 兄弟子:いざ! 弟弟子:尋常に(じんじょうに)! 兄弟子:(同時に)勝負! 弟弟子:(同時に)勝負! 0:完

0:荒野 兄弟子が岩に腰を降ろしている所に弟弟子がやってくる 兄弟子:よう、先生はまだか? 弟弟子:はい。 兄弟子:そうか。 弟弟子:昨日は、戻られなかったのですね。 兄弟子:あん?ああ、馴染みの女の所で朝までしっぽりと、な。 弟弟子:立ち会いの前に女の所、ですか。 兄弟子:立ち会いの前だからこそ、だろ。いやあ、後ろ髪引かれたぜ。これで最後だと思うと燃え上がっちまってよ、腰が痛えのなんのって・・・ 弟弟子:・・・ 兄弟子:何だ?しけたツラしやがって。 弟弟子:今日の立ち会い、本当にやるんですか? 兄弟子:当たり前だろ。 弟弟子:私は、まだ納得ができません。いくら先生の命(めい)とは言え、今回はあまりにも・・・ 兄弟子:(被せて)あまりにも、俺に分が悪過ぎるってか? 弟弟子:戯言(ざれごと)を・・・ 兄弟子:(笑う) 弟弟子:なぜ、笑っていられるのですか? 兄弟子:ん?楽しいからさ。決まってんだろ? 弟弟子:私には、分かりません。命のやり取りをするのが、そんなに楽しいんですか? 兄弟子:ああ、楽しいね。これから起こることを考えるとよ、楽しみでしょうがねえよ。 弟弟子:しかし、兄者! 兄弟子:よせ。 弟弟子:っ! 兄弟子:俺の事は、もう「兄」なんて呼ぶな。 弟弟子:・・・ 兄弟子:第一、俺はお前の兄弟子ではあっても、本当の兄貴じゃねえ。 弟弟子:いいえ!私に取っては、本当の兄の様な存在です! 兄弟子:よく言うぜ。 弟弟子:え? 兄弟子:弟子入りしてからしばらく、俺の事認めずに、生意気な態度取ってたじゃねえか。 弟弟子:そんな昔の事は、忘れました。 兄弟子:そうか?俺ははっきり覚えてるぜ。おめえと初めて会った時の事もよ。 弟弟子:私が、無謀にも先生に挑んで、無様に敗れた時の事ですか? 兄弟子:覚えてるじゃねえか・・・それも勿論だけどよ、おめえはその次の日も・・・ 0:回想 数年前 兄弟子達が逗留している屋敷の玄関先にて 弟弟子:今一度、お手合わせ願いたい! 兄弟子:おめえなあ、昨日先生にやられたばっかりじゃねえか。それを昨日の今日で、よく再戦を申し込めるな。 弟弟子:昨日は、油断していただけです!今度こそは! 兄弟子:何が油断だ。手も足も出ずにやられたくせによ。 弟弟子:くっ! 兄弟子:第一、今先生は居ねえよ。 弟弟子:いつお戻りに? 兄弟子:さあな。夜まで戻らねえんじゃねえの? 弟弟子:ならば、帰るまでここで待たせて頂きます! 兄弟子:いや帰れよ。 弟弟子:帰りません! 兄弟子:(ため息)面倒な奴だな。じゃあ、こういうのはどうだ? 弟弟子:? 兄弟子:先生の代わりに、俺が相手してやるよ。 弟弟子:何だと? 兄弟子:弟子の俺に勝てないようじゃ、先生に敵うはずがねえ。それで諦めが付くだろ? 弟弟子:まるで、貴方が勝つことが決まっているような口振りですね。 兄弟子:そう言ったつもりだけど? 弟弟子:言わせておけば!・・・後悔しますよ。 兄弟子:させてみな。木刀持ってくるから、ちょっと待ってろ。 0:木刀を手に向かい合う二人 兄弟子:いつでも良いぜ? 弟弟子:(この振る舞いや言葉遣いからして、この男、武家の出ではない。そんな奴が、高名(こうめい)な剣豪の一番弟子とは・・・虫唾が走る!) 兄弟子:どうした?やっぱ辞めるか? 弟弟子:愚問(ぐもん)!いざ参る!でやあああ! 0:弟弟子の打ち込みを兄弟子が受ける。 兄弟子:よっと・・・ははっ、おめえの剣は軽いなあ。 弟弟子:(何だ、この感触は?まるで大岩にでも打ち込んだような。) 兄弟子:そらっ! 0:弟弟子、突き放される。 弟弟子:ぐっ!・・・なるほど、力だけはあるようですね。 兄弟子:「力だけ」ねえ? 弟弟子:はあああ! 兄弟子:ほいっ。 弟弟子:やああ! 兄弟子:はいな。 弟弟子:うおおお! 兄弟子:あらよっと。・・・おめえ、威勢の良いのは掛け声だけだな。 弟弟子:(息切れ気味に)そっちこそ、さっきから私の剣を防ぐので精一杯じゃないですか! 兄弟子:ほう?そいつはどうかなっ! 弟弟子:(っ!組み付かれた?) 兄弟子:せいっ! 0:兄弟子、弟弟子を投げ飛ばす。 弟弟子:うわあああ!(地面に叩きつけられ)ぐはっ! 兄弟子:どうだ? 弟弟子:くっ! 0:弟弟子の眼前に木刀を突きつける。 兄弟子:実戦なら、おめえはここで死んでるな。 弟弟子:まだまだ!もう一本! 兄弟子:やれやれ。 弟弟子:うおおお! 兄弟子:だから・・・ 弟弟子:やああ! 兄弟子:そんなんじゃあ・・・ 弟弟子:でやああ! 兄弟子:俺には通じねえよ!・・・はっ! 弟弟子:なっ!私の剣を、素手で掴み取っただと!? 兄弟子:おめえの太刀筋はもう見切ったよ。 弟弟子:ぐっ!放せ! 兄弟子:嫌だね。ほれっ! 0:兄弟子、弟弟子の木刀を放り投げる。 弟弟子:あ・・・ 兄弟子:木刀拾ってこいよ。そんで帰りな。もう充分分かっただろ? 弟弟子:・・・ 兄弟子:おめえの剣は、お行儀が良過ぎる。それじゃ、いくらやっても俺には勝てねえよ。 弟弟子:・・・まだだ 兄弟子:は? 0:弟弟子、木刀を拾って戻ってくる。 弟弟子:もう一本! 兄弟子:嘘だろ。 弟弟子:行くぞ!でやあああ! 0:時間経過 兄弟子:(息を切らせながら)おめえ、良い加減にしろよ。いつまで続けんだよ。 弟弟子:(息を切らせながら)またまだ、もう一本! 兄弟子:付き合ってられるか。やめだやめ! 弟弟子:なら、私の勝ちということですね? 兄弟子:はあ!?どんな理屈だ! 弟弟子:相手に背を向けると言うことは、負けを認めると言うことです! 兄弟子:阿呆か!おめえ、実戦だったら何回死んでると思ってんだ! 弟弟子:問答無用! 兄弟子:何が「問答無用」だ!・・・あったまきた!こうなりゃ俺も腹くくるぜ。おめえが根負けするまで、付き合ってやらあ! 弟弟子:望むところだ! 0:更に時間経過 兄弟子:(激しく息切れしながら)ど、どうだ・・・ 弟弟子:まだ、まだ・・・ 0:弟弟子、立ち上がろうとするが、力が入らない。 弟弟子:くっ!体が、言うことを聞かない。 兄弟子:立てねえみたいだな。流石に終い(しまい)だろ? 弟弟子:くそう・・・ 兄弟子:はー!やっと終わった! 0:兄弟子、その場に倒れ込む。 弟弟子:・・・ 兄弟子:なあ、大丈夫か?水でも持ってきてやろうか? 弟弟子:・・・何故だ? 兄弟子:あ? 弟弟子:私は、武芸者の家に生まれ、幼少の頃より武芸の鍛錬に明け暮れてきた。命を削るような思いで、努力してきたのだ!それが、どうして、貴方の様な・・・ 兄弟子:俺みたいな、農民出身の奴に負けるんだ、ってか? 弟弟子:・・・ 兄弟子:知りたいか? 弟弟子:え? 兄弟子:俺に勝つ方法。 弟弟子:それは・・・ 兄弟子:そいつはな、おめえも先生に弟子入りすりゃ分かるぜ。 弟弟子:私が? 兄弟子:ああ。どうだ? 弟弟子:・・・ 兄弟子:先生には、俺から話しといてやるよ。 弟弟子:何故ですか? 兄弟子:あ? 弟弟子:何故私に、世話を焼くのです? 兄弟子:さあな、俺にもよく分かんねえや? 弟弟子:・・・ 兄弟子:ただ一つ確かな事は・・・ 弟弟子:? 兄弟子:こき使える弟弟子ができるってこったな! 弟弟子:なっ! 兄弟子:(豪快に笑う) 弟弟子:『こうして私は先生に弟子入りすることになった。』 弟弟子:『弟子入りの経緯については複雑な思いだったが、天下に名を馳せる剣豪の弟子になれる、その事には心が昂ぶった(たかぶった)。それだけで、武芸者としての格が上がったような気がしたのだ。』 弟弟子:『だが、現実は期待通りとは行かなかった。』 0:数ヶ月後 仮宿としている小屋の外 兄弟子:おらあ! 0:兄弟子、弟弟子に打ち込む。 弟弟子:くっ! 兄弟子:お?少しは受けれる様になったか?じゃあこういうのはどうだっ! 弟弟子:あぐっ!頭突き? 兄弟子:どうした?痛かったか? 弟弟子:くっ!まだまだあ! 0:弟弟子、激しく責め立てる。 兄弟子:おおっと!こいつは不味い(まずい)なあ。 弟弟子:(いける!このまま押し切れば!) 兄弟子:と見せかけて・・・そりゃ。 弟弟子:ぶあっ!何だ?砂? 兄弟子:おらっ! 0:兄弟子、弟弟子の胴に打ち込む。 弟弟子:ぐはっ! 兄弟子:惜しかったなあ。 弟弟子:目に砂をかけるとは、卑怯な! 兄弟子:あ?何言ってやがる?戦いに「卑怯」なんて言葉は存在しねえ。勝つためには手段なんか選んでられねえんだよ。 弟弟子:こんなもの、武芸とは言えません!それに・・・ 兄弟子:あ? 弟弟子:いつになったら先生は稽古を付けて下さるのですか?弟子入りして、もう数ヶ月経つというのに。 兄弟子:さあな?その分俺が相手してやってるだろ? 弟弟子:貴方では不足です! 兄弟子:何だと?いまだに俺から一本も取れないのはどこのどいつだ? 弟弟子:くっ! 兄弟子:大体、それが兄弟子に対する態度か?厳しい一門なら、とっくに追い出されてんぞ? 弟弟子:ふんっ! 兄弟子:(ため息)今日の稽古はここまでだ。さっさと薪割り済ませてこい。先生が帰る前に終わらせんだぞ? 弟弟子:・・・嫌です。 兄弟子:んー?俺の聞き間違いかな?今何て言った? 弟弟子:い・や・で・す! 兄弟子:てめえ、ふざけてんのか!さっさと行ってこい! 弟弟子:貴方がやれば良いじゃないですか! 兄弟子:雑用は弟弟子の仕事だろうが! 弟弟子:前から気になっていたんですが、何故私が貴方の弟弟子になるのですか? 兄弟子:俺の方が先に弟子になったからに決まってるだろうが! 弟弟子:確かに、先生に弟子入りしたのは貴方が先。しかし、私は幼少の頃より父や祖父より武芸の手解き(てほどき)を受けてきた身。対して貴方は先生が初めての師のはず・・・ 兄弟子:だから? 弟弟子:すなわち、武芸者としては私が先達(せんだつ)、よって貴方は私の兄弟子ではありません! 兄弟子:何じゃそりゃ!そんな理屈があるか!  弟弟子:あります! 兄弟子:ない! 弟弟子:ある! 兄弟子:ない! 弟弟子:ある! 兄弟子:ない! 弟弟子:ある! 兄弟子:歳だって俺の方が上だ! 弟弟子:一つしか変わらないでしょうが! 兄弟子:体だって俺の方がでけえ! 弟弟子:・・・それ、何の関係があるんですか? 兄弟子:くっ! 弟弟子:ほら、先生が帰る前に薪割り済ませないと、叱られますよ? 兄弟子:あ!そうだった!急がねえと・・・斧、斧どこだっけ? 弟弟子:どうぞ。 0:弟弟子、斧を渡す。 兄弟子:おお、ありがとよ! 弟弟子:かなり錆びてるから、一度研いだ方が良いですよ。 兄弟子:あ、本当だ。えーと研ぎ石、研ぎ石は・・・って、だからおめえがやれえええ! 弟弟子:『当時の私は、兄者の事を兄弟子と認める事はできなかった。結局のところ、兄者が百姓出身であったが故(ゆえ)、見下していたのだ。稽古でいくら打ちのめされようとも、それは変わらなかった。』 弟弟子:『いつも言い訳ばかりして、兄者の強さを・・・いや、自分の弱さを、認めようとしなかった。』 0:数日後 兄弟子:立ち会い、ですか? 弟弟子:先生の名代(みょうだい)として? 弟弟子:(ある日、先生から立ち会いの命が下った。相手は、以前先生に敗れた男。敗れたとは言え、先生を相手に一命を取り留め、こうして再戦を挑んで来た以上、相当な使い手と思われた。) 弟弟子:(相手は先生との再戦を望んでいた。が、先生は一度戦った相手には興味が湧かないと、自身で立ち会うことを拒んだ。そして、先生が代理に選んだのは・・・) 兄弟子:承知致しました。行って参ります。 弟弟子:・・・ 兄弟子:留守中の事は頼んだぞ。 弟弟子:お待ち下さい。名代のお役目、此度(こたび)は、私に務めさせて頂けないでしょうか? 兄弟子:(少し小声で)おい、やめろ。 弟弟子:お役目、見事果たしてご覧にいれます!どうか・・・ 弟弟子:(N)しかし先生は、私を一顧だ(いっこだ)にすることなく立ち去った。 兄弟子:少しは身の程を弁えろ(わきまえろ)いまだに先生に稽古付けてもらってない分際でよ。 弟弟子:く・・・ 兄弟子:とりあえず行ってくるからよ、大人しく留守番してるんだぞ。 弟弟子:・・・分かりました。 弟弟子:『大人しく留守番、するつもりはなかった。私は密かに立ち会いに向かう兄者の後を追う。近くの荒野に、相手はいた。二人は一定の距離を挟んで対峙する。』 弟弟子:『兄者の真剣での立ち会いを見るのは初めてだった。どうせ稽古の様に卑怯な手ばかり使う無様な立ち会いになるだろう、と私は高を括っていた。』 兄弟子:いざ! 弟弟子:『瞬間、空気が変わった。二人は一切動いていない。刀の柄に、手をかけてさえいない。それでも、私は何かを感じた。』 兄弟子:(深く息をする) 弟弟子:『既に立ち会いは始まっているのだ。身体は動いていなくとも、二人の心は激しく斬り合っていた。』 兄弟子:(先程より短い間隔で呼吸する) 弟弟子:『局面が変わった。二人はゆっくりと刀を抜く。私は息をするのも忘れていた。拳を激しく握り込む。心臓の鼓動が痛い。その心音は、二人に聴こえてしまうのではとさえ思った。』 弟弟子:『二人はまだ刀を抜いただけ、しかし、勝負は既に終盤だった。私は見た。兄者の気が、相手を飲み込んでいくのを。』 兄弟子:はあっ! 弟弟子:『実際の勝負は一瞬だった。兄者は刀を振るい、相手は鮮血を吹き出し倒れた。』 兄弟子:(激しく呼吸する) 弟弟子:『振るったのはただの一太刀、しかし、まるで何十回と斬り合ったかの如く、兄者は激しく息をつき、全身から大量の汗を噴き出していた。』 弟弟子:これが・・・本物の剣士・・・ 0:翌日 兄弟子:(あくびをする)もうすぐ夜が明けるなあ。先生もあいつも、まだ寝てるよな? 弟弟子:お帰りなさいませ、兄者! 兄弟子:うわっ! 弟弟子:立ち会いお疲れ様でございました!朝食(あさげ)の支度ができております! 兄弟子:な、何だあ?兄者って、俺のことか? 弟弟子:はい!兄弟子は、実の兄の様に敬う。それが武芸者の習わしですから。 兄弟子:それは知ってるけどよ、何でそんな急に・・・ 弟弟子:・・・ 0:弟弟子、兄弟子の前に土下座する。 兄弟子:な、何だ?何の土下座だよ? 弟弟子:これまでの数々のご無礼、何卒お許し下さい! 兄弟子:あ? 弟弟子:私は、兄者の事を見誤っておりました!兄者こそ真(まこと)の剣豪です!あの気迫、太刀捌き、私は感服致しました! 兄弟子:もしかして、昨日の立ち会い見たのか? 弟弟子:これからも何卒ご指導、ご鞭撻(ごべんたつ)の程、宜しくお願い申し上げます! 兄弟子:お、おう・・・ 弟弟子:さあ、朝食をお召し上がり下さい! 兄弟子:あ、ありがたいけど、別に腹は減ってねえんだ。 弟弟子:それなら湯浴み(ゆあみ)をなさいますか?今すぐ沸かして参ります! 兄弟子:いや、俺風呂嫌いだから・・・ 弟弟子:では、肩でもお揉み致しましょう!失礼致します! 兄弟子:ええい、鬱陶しい(うっとうしい)!おめえ、極端に変わりすぎだ! 弟弟子:『こうして私達は、ようやく本当の「兄弟弟子」になれたのだった。』 弟弟子:『それからの私は、兄者の教えを素直に受けるようになった。言い訳をやめ、全て兄者の言う通りにした。』 弟弟子:『そのうち、先生も稽古をつけてくれる様になった。私は先生と兄者の元で、充実した日々を過ごしていった。』 0:数ヶ月後 逗留している道場 兄弟子:よう 弟弟子:兄者!おはようございます。 兄弟子:おう・・・掃除してんのか? 弟弟子:はい。 兄弟子:そうか。ちょっと出てくるからよ、留守頼むぜ。 弟弟子:承知致しました、行ってらっしゃいませ。 兄弟子:おう・・・あ、そうだ。 弟弟子:どうされました? 兄弟子:・・・いや、何でもねえ。それじゃあ、行ってくるわ。 弟弟子:はい、お気をつけて。 0:兄弟子、立ち去ろうとするが戻ってくる。 兄弟子:あ、あのよ! 弟弟子:はい? 兄弟子:えーと・・・あれ、何だっけな?何言おうとしたのか忘れちまった。 弟弟子:はあ・・・ 兄弟子:思い出したらまた言うわ。じゃあな! 弟弟子:・・・ 0:兄弟子、やはり戻ってくる。 兄弟子:実はよ・・・ 弟弟子:さっきから何ですか!?言いたいことがあるならはっきり言って下さい!鬱陶しいなあ! 兄弟子:う、鬱陶しいだと!?てめえ、兄弟子に向かって何て口を利きやがる! 弟弟子:だってそうじゃないですか!さっきから私の前を行ったり来たり。 兄弟子:う、うるせえ! 弟弟子:(ため息)で、何ですか? 兄弟子:・・・(小声で)遊女を身請けするのって、いくらぐらいかかるんだ? 弟弟子:は? 兄弟子:だから!遊女を身請けするのに、銭はどれくらいいるのかって聞いてんだよ! 弟弟子:・・・それは、その店や遊女の格によると思いますけど? 兄弟子:おめえ、身請けした事あるか? 弟弟子:・・・あるわけないでしょう? 兄弟子:そうか・・・ 弟弟子:身請け、するんですか? 兄弟子:え!? 弟弟子:そういえば、馴染み(なじみ)の方がいらっしゃるんでしたっけ? 兄弟子:いや、それは・・・ 弟弟子:随分長く通ってらっしゃるんですよね?それでついに、身請けを決意されたと・・・ 兄弟子:まあ、な。 弟弟子:確かに、遊女を身請けするとなれば相当な金子(きんす)が要りますからね。 兄弟子:・・・聞いてこい。 弟弟子:は? 兄弟子:店教えるから、身請けにいくらかかるか聞いてこい! 弟弟子:はあ!?嫌ですよ! 兄弟子:これは兄弟子命令だ! 弟弟子:ご自分でお聞きになって下さい! 兄弟子:そんな格好悪い事聞けるか!銭持ってねえと思われるだろ! 弟弟子:実際持ってないじゃないですか! 兄弟子:くっ・・・ 弟弟子:(ため息)私も協力したいですが、そういう事では力になれそうもありません。 兄弟子:もう良い!おめえに相談した俺が馬鹿だった!行ってくる! 弟弟子:行ってらっしゃいませ・・・勝手に言って勝手に怒るんだもんなあ。 弟弟子:身請けか・・・大変だろうけど、うまく行ってほしいな。 0:先生がやってくる。 弟弟子:先生・・・兄者なら先程お出かけに・・・え?立ち会い? 0:近くの河原 弟弟子:(激しい息遣い)くそっ! 弟弟子:『ある武芸者から、先生に立ち会いの申し込みがあった。しかし、先生はそれを受けず、私を代役に立てた。』 弟弟子:『たまたま兄者が不在だったからかもしれない。それでも、初めて先生の名代(みょうだい)に選ばれて、私は嬉しかった。しかし、約束の刻限、指定された場所に行ってみると・・・』 弟弟子:『相手は五人だった。』 弟弟子:(激しく呼吸しながら)貴様ら、武芸者としての矜持(きょうじ)はないのか! 弟弟子:『何とか二人斬ったが、限界だった。利き腕に傷を負って、もう動かすことはできない。片腕で三人を相手にするのは至難の技だ。』 弟弟子:(激しく呼吸しながら)この・・・ 弟弟子:『「卑怯者」と言おうとして、言葉を飲み込んだ。』 兄弟子:『戦いに「卑怯」なんて言葉は存在しねえんだよ。』 弟弟子:『どう見ても腕が立ちそうではなかったのに、妙に自信あり気だった。「何かある」と思うべきだった。見抜けなかった私が未熟だっただけだ。』 弟弟子:くっ!でやあああ! 弟弟子:『片手で振るった剣は、簡単にいなされた。男達は下卑た(げびた)笑みを浮かべる。』 弟弟子:『こんな連中が最後の相手とは・・・先生や兄者に、もっと教えを受けたかった。剣技の真髄を極めたかった。だがそれは、どうやら叶わないらしい。』 弟弟子:『私は死を覚悟した。だが・・・』 兄弟子:よう、随分楽しそうなことしてるじゃねえか。 弟弟子:あ、兄者・・・ 兄弟子:情けねえ声出すんじゃねえよ。大丈夫か?まだ死なねえよな? 弟弟子:は、はい! 兄弟子:それにしても、うちの弟弟子をえらく可愛がってくれたみてえだな?一人相手に五人がかりとは、おめえらそれでも武芸者の端くれか?この卑怯もん共が。 弟弟子:え? 兄弟子:あ? 弟弟子:(吹き出す) 兄弟子:何だよ? 弟弟子:(少し笑いながら)す、すいません。 兄弟子:ったく・・・怖かったら、俺の後ろに隠れてても良いんだぜ? 弟弟子:ご冗談を 兄弟子:よし、そんじゃあ行くか 弟弟子:はい! 弟弟子:『数の上ではまだこちらが不利・・・にもかかわらず、私には何の心配もなかった。』 兄弟子:おらあああ! 弟弟子:『兄者が居てくれる、それだけで力が湧いてきた。』 弟弟子:はあああ! 兄弟子:何だ元気じゃねえか。これなら助ける必要なかったか。 弟弟子:当然!この程度の相手、私一人で十分です! 兄弟子:生意気な所は直ってねえ、な! 弟弟子:『兄者の太刀が唸る(うなる)。私も負けじと刀を振るう。いつの間にか、両腕で刀を握っていた。もう痛みは感じない。』 兄弟子:どうした?へばったか? 弟弟子:(荒い呼吸しながら)っ!まだまだあ! 兄弟子:(豪快に笑う) 弟弟子:『私の剣は、振るうごとに鋭さを増している気がした。そんな力、どこに残っていたのか・・・』 兄弟子:仕上げだ!畳みかけるぞ! 弟弟子:はい! 弟弟子:『命を奪い合う戦いの場で、こんな事を思うのは不謹慎かもしれない。でも・・・』 弟弟子:『楽しかった。』 0:数年後 逗留している道場 兄弟子:(荒い呼吸) 弟弟子:(荒い呼吸) 兄弟子:はあっ! 0:弟弟子、兄弟子の打ち込みを受ける。 弟弟子:くっ!はっ! 0:弟弟子、兄弟子を押し返し距離を取る。 兄弟子:(深く呼吸する) 弟弟子:(M)落ち着け・・・落ち着け。 兄弟子:ふっ! 弟弟子:やあっ! 0:二人の木刀がぶつかり合う。 弟弟子:(弟子入りした時とは違う。兄者の太刀筋が見えるようになってきた。) 兄弟子:せいっ! 弟弟子:やあっ! 弟弟子:(集中しろ!必ず勝機は来る!) 兄弟子:おらあ! 弟弟子:(今だ!) 弟弟子:でやああ! 0:弟弟子の一太刀が兄弟子の肩を打つ 兄弟子:ぐっ! 弟弟子:や、やった・・・兄者から・・・兄者から一本取った! 兄弟子:(激しい息遣い) 弟弟子:あ、兄者!すいません、大丈夫ですか? 兄弟子:へっ、大丈夫だよ。それより・・・ 弟弟子:? 兄弟子:やるじゃねえか。今のは見事だったぜ。腕上げたな。 弟弟子:は、はい! 兄弟子:鍛えた甲斐があったってもんだ。最初から分かってたんだぜ。「おめえはもっと強くなれる」ってな。 弟弟子:(涙ぐみながら)兄者。 兄弟子:おめえは、俺の自慢の弟弟子だ! 弟弟子:ありがとうございます!これも全て先生と兄者のおかげです!これからもご指導、ご鞭撻の程を・・・ 兄弟子:(被せて)隙ありぃ! 0:兄弟子、弟弟子に打ち込む。 弟弟子:ぐはぁ! 兄弟子:(豪快に笑う)油断したなあ!勝負はまだ終わってねえぞ! 弟弟子:ひ、卑怯な! 兄弟子:卑怯?戦いに「卑怯」なんて言葉は存在しねえ! 弟弟子:いや、今のは流石に・・・ 兄弟子:問答無用! 弟弟子:くっ!でやあああ! 弟弟子:『時に真剣に、時にはふざけあいながら、私達は絆を深めていった。』 0:数ヶ月後 町にて 弟弟子:あれ、兄者?買い物中かな? 兄弟子:(真剣に悩んでいる様子) 弟弟子:兄者! 兄弟子:のわあ! 弟弟子:そんなに驚かないで下さい。 兄弟子:な、何だ、おめえか・・・ 弟弟子:何見てるんですか? 兄弟子:こ、これは・・・ 弟弟子:ああ、簪(かんざし)ですか。 兄弟子:・・・ 弟弟子:贈り物ですか? 兄弟子:うるせえ。 弟弟子:どなたに贈られるんですか? 兄弟子:うるせえっつってんだろ! 弟弟子:(笑いながら)お邪魔してすいませんでした。私はもう行きますから、ゆっくり選んで下さい。 兄弟子:・・・待て! 弟弟子:何ですか? 兄弟子:おめえ、簪買ったことあるか? 弟弟子:まあ、無くはないですけど。 兄弟子:どれが良いと思う? 弟弟子:はい? 兄弟子:俺は、こういうの買った事ねえから、良し悪しが分かんねえんだよ!だから、代わりに選んでくれ! 弟弟子:ああ、そういう事ですか。 兄弟子:頼む! 弟弟子:お断りします。 兄弟子:なっ!何だとこの野郎!兄弟子の頼みが聞けねえって言うのか? 弟弟子:大切な方に贈られるんでしょう?なら、人に頼んじゃ駄目です。 兄弟子:う・・・ 弟弟子:大丈夫ですよ。兄者が選んだ物なら、きっと喜んで下さいます。 兄弟子:そうか? 弟弟子:そうですとも。 兄弟子:よし、それじゃあ・・・ 弟弟子:・・・ 兄弟子:(悩んでいる様子)やっぱ駄目だ!さっぱり分かんねえ!今日は辞める! 弟弟子:おっと!逃しませんよ。 兄弟子:なっ!てめえ、どういうつもりだ! 弟弟子:兄弟子が簪の一本も選べないような朴念仁(ぼくねんじん)では、弟弟子として恥ずかしいですから。 兄弟子:くっ!おめえどっか行くんじゃなかったのかよ! 弟弟子:気が変わりました。兄者の偉業達成をここで見届けさせて頂きます。 兄弟子:馬鹿にしやがって。次の稽古、覚えてろよ。 弟弟子:望む所です。 兄弟子:くそっ!こんな店、来るんじゃなかった。 弟弟子:「こんな店」とか言っちゃ駄目ですよ。ところでその簪、例の方に贈られるんですか? 兄弟子:あ? 弟弟子:ほら、いつか仰っていたじゃないですか。身請けしたい人がいるって。 兄弟子:・・・ 弟弟子:金子(きんす)集めの方は順調ですか?私も少しは蓄えられる様になりましたので、必要なら・・・ 兄弟子:(少し小声で)もう俺に、そんな資格は無えよ・・・ 弟弟子:え? 兄弟子:・・・よし!これに決めた!ほれ、これで文句ねえだろ? 弟弟子:は、はい。 兄弟子:やれやれ、やっと帰れるぜ・・・ 弟弟子:『一瞬見せた兄者の寂しそうな顔。そして言葉の意味。私は、それを知ることはできなかった。』 0:数年後 山賊の根城 弟弟子:できません! 兄弟子:何だと?これは先生の命令だぞ! 弟弟子:いくら先生の命とは言え・・・子供を斬るなど、私にはできません! 弟弟子:『ある村に逗留(とうりゅう)した際、村人から先生に依頼があった。近くの山を根城(ねじろ)にしている山賊を退治して欲しいと。』 弟弟子:『村に降りてきては作物や金品を盗み、男は殺し、女は攫う(さらう)凶悪な連中だった。』 弟弟子:『先生は、良い稽古になる、と私達を連れて山賊の根城に向かった。相手は多数だったが、私達三人にかかれば大した事はなかった。』 弟弟子:『気がついた時には、そこに立っていたのは私達三人だけだった。敵は死んだか、逃げたかのどちらかだろう。私は討ち漏らしがないか根城を見てまわった。すると・・・』 弟弟子:『子供が、いた。』 兄弟子:村人の依頼は、山賊を根絶やしにすることだ! 弟弟子:村人も子供が居るなんて思って無かったはずです! 兄弟子:そいつだって山賊の一味だ! 弟弟子:こんな小さな子供に何が出来るって言うんです!たまたま親が山賊だっただけです! 兄弟子:つべこべ言うんじゃねえ! 弟弟子:『先生に子供の事を告げると、私にこう命じられた。「その子を斬れ」と。そして兄者に、「見届けよ」と。そのまま先生は山を降りてしまった。』 兄弟子:良いから斬れ! 弟弟子:嫌です! 弟弟子:『私の後ろで、子供は泣きながら震えている。村人の願いはもう十分果たせているはず、この子を斬る必要など無い。それは先生も分かっているはずだった。』 弟弟子:『先生は試しているのだ。私が非情になれるかどうかを。自分の様な「鬼」になれるかどうかを。』 弟弟子:『そして兄者も、私にそれを強いる事ができるかを、見定められようとしている。』 兄弟子:先生の命令に逆らうなんて許されねえ! 弟弟子:子供を斬る方が許されません! 0:二人、しばし睨み合う 兄弟子:(舌打ち)今回だけだぞ。 弟弟子:兄者・・・ 兄弟子:代わりに俺が斬ってやる。 弟弟子:っ! 兄弟子:どけ! 弟弟子:駄目です! 兄弟子:これ以上我儘(わがまま)を言うな! 弟弟子:どうしてもこの子を斬ると言うなら・・・ 兄弟子:何だ?俺とやり合うってか? 弟弟子:私を斬ってからにして下さい! 兄弟子:なっ!・・・何でだ?そのガキの為に、何でそこまでするんだ? 弟弟子:それは、私が人だからです。 兄弟子:っ! 弟弟子:私は、先生の様な「鬼」にはなれません。それは、兄者も同じではないのですか? 兄弟子:違う!俺は容赦しねえ!お望み通り二人まとめてぶった斬ってやる! 弟弟子:・・・ならば、仕方ありませんね。 兄弟子:くっ!このっ! 弟弟子:『兄者の剣が振り上げられる。刀身が陽光に反射して妖しく光った。私は死を覚悟し、目を閉じた。』 兄弟子:うおおお! 弟弟子:っ! 0:静寂 兄弟子:っ! 弟弟子:・・・ 弟弟子:『私は恐る恐る目を開ける。刃は、私の頭まであと僅かのところで止まっていた。』 兄弟子:(荒い呼吸) 弟弟子:兄・・・者? 兄弟子:・・・斬った。 弟弟子:え? 兄弟子:おめえはそのガキを斬った!俺は確かに見届けた!それで良いな!? 弟弟子:兄者・・・ 兄弟子:さっさと失せろガキ!俺の気が変わらねえうちに! 弟弟子:待って下さい!子供一人で険しい山道を行かせるのは危険です!せめて人里まで私が・・・ 兄弟子:やめろ! 弟弟子:! 兄弟子:良く聞け。俺が譲れんのはここまでだ。これ以上は何が何でも許せねえ。そのガキの事は忘れろ!良いな! 弟弟子:は、はい・・・ 弟弟子:『・・・うなずくことしか出来なかった。それは怒りではなく、懇願だと思えた。だって兄者は、とても辛そうな顔をしていたから・・・』 弟弟子:『結局、子供を斬らなかった事について、先生から咎められる事は無かった。私達の嘘を信じたのか、真実に気付きながらあえて捨て置いたのか、それは分からなかった。』 0:数ヶ月後 滞在している旅籠 弟弟子:ただいま戻りました。 兄弟子:(酔っ払っている様子で)おう!やっと帰ってきたか!どこほっつき歩いてやがった!? 弟弟子:・・・また飲んでるんですか?最近飲み過ぎですよ。先生は? 兄弟子:知らねえよっ! 弟弟子:また朝帰りか・・・ 兄弟子:そんなとこ突っ立ってないでこっち来い!おめえも飲めい! 弟弟子:嫌です。もう寝ます。 兄弟子:何だとう!兄者の盃が受け取れねえってのか!? 弟弟子:(ため息)少しだけですよ 兄弟子:ほらほら、兄者が直々に酌してやるんだぞ?ありがたく思え! 弟弟子:全く、先生が居ないからってハメ外して。 0:時間経過 兄弟子:おめえは、どうするんだ? 弟弟子:何がですか? 兄弟子:こっから先だよ。将来どうするかって聞いてんだ。 弟弟子:そうですね・・・やっぱり、士官はしたいですね。それから、所帯を持ちたいです。あと子供も。 兄弟子:何だそりゃ!つまんねえな! 弟弟子:別に良いじゃないですか。 兄弟子:おめえ仮にも武芸者だろ?だったらもっとこう、壮大な野望ってやつを持てよ! 弟弟子:はあ・・・そういう兄者はどうなんですか? 兄弟子:あん? 弟弟子:将来ですよ。いずれは先生の下を離れて、独り立ちするんでしょ? 兄弟子:・・・ 弟弟子:兄者? 兄弟子:先生の下を離れる、か。そんな事、できるのかな・・・ 弟弟子:そりゃ、いつまでもこのままというわけには・・・ 兄弟子:それを考えた事もあったけどよ、結局俺は・・・ 弟弟子:このままずっと先生の弟子でいるって言うんですか? 兄弟子:・・・さあな。 弟弟子:兄者こそ、何の目標も無いじゃないですか。「武芸者なら野望を持て」じゃないんですか? 兄弟子:野望ならあるぜ。野望って言うか、夢かな? 弟弟子:夢、ですか?どんな夢なんですか? 兄弟子:ああ?何でおめえに言わなくちゃいけねえんだ? 弟弟子:ええ?私は言ったんだから、教えて下さいよ。 兄弟子:嫌だね。さてと、俺そろそろ寝るわ。 弟弟子:ずるいですよ!始めたのは兄者じゃないですか! 兄弟子:あーうるせーうるせー。後片付けとけよ。 弟弟子:もう・・・ 弟弟子:(いずれ先生の下を離れる・・・しかし正直な所、今はそんな先の事は考えられなかった。今はただ、剣術の研鑽を積みながら、こんな他愛もないやり取りをずっと続けていきたい・・・それが本音だった。) 弟弟子:(しかし、それは叶わなかった。数日後、先生から新たな命が下った。) 弟弟子:・・・・・・え? 0:回想終わり 兄弟子:あの時、先生や俺に手も足も出なかった「ただの若造」が、今は一端(いっぱし)の剣士の面構えしてやがる。時が経つのは早えな。 弟弟子:・・・ 兄弟子:あの子供、どうなったかな? 弟弟子:え? 兄弟子:俺達が逃がしたガキの事だよ。おめえ、あの後会ったか? 弟弟子:いいえ。兄者との約束でしたので。 兄弟子:そうか・・・無事に山を降りれたんだろうか。途中で道に迷ったり、獣に襲われたりしたかもしれねえ。人買いに攫われたかもしれねえ。 弟弟子:・・・ 兄弟子:運良く人里に辿り着いたところで、見ず知らずのガキを、誰が世話してくれるって言うんだ?そのままのたれ死んだかもしれねえな。 弟弟子:何が仰りたいんですか?私がしたことは無意味だったと、そう言いたいんですか? 兄弟子:・・・すまなかったな。 弟弟子:え? 兄弟子:おめえはあのガキにもっと世話焼きたかったのによ、俺が止めたばっかりに・・・ 弟弟子:兄者・・・ 兄弟子:本当にあれが限界だったんだ。おめえの言う事が正しいって、分かっちゃいるんだ。でも先生に言われるとよ、頭が回らなくなっちまう。何も考えられなくなって、ただ先生の言う事を聞くしか無くなるんだ。 弟弟子:それでも兄者は、最後にはあの子を助けたじゃないですか? 兄弟子:そうだな、「あのガキは」斬らずに済んだ・・・おめえのおかげでな。 弟弟子:・・・ 兄弟子:俺は、先生と出会ってからずっと、あの人を恐れて生きてきた。先生の事が、怖くて怖くてたまらねえんだ。今まで散々人を斬ってきた俺がだぜ?笑えるだろ? 弟弟子:それは私も同じです。 兄弟子:でもおめえは、先生に逆らったじゃねえか。先生の命令に背く(そむく)事が、できたじゃねえか。 弟弟子:それは、あの場に先生が居なかったからです。もし先生が居たら、同じ様にできていたかは分かりません。 兄弟子:いいや、おめえはきっと、同じ事をしたさ。でも俺は、先生があの場にいたら、迷いなくおめえらを斬ってただろうよ。 弟弟子:・・・だから今回も、先生には逆らえないと? 兄弟子:・・・ 弟弟子:先生の指示通りに、立ち会いを行うと? 兄弟子:・・・ 弟弟子:先生の命ずるままに・・・私と殺し合うと言うのですか!? 弟弟子:『先生は言った。私達二人に、真剣を持って立ち会えと。勝った方を、自分の後継者とする、と。』 弟弟子:『また、先生はこう付け加えられた。「勝った方」とはすなわち「生き残った方」である、と。』 兄弟子:承知致しました。 弟弟子:『兄者は何の躊躇い(ためらい)も無く、それを受けた。それはまるで、私に異を唱える隙を与えない為のようだった。』 兄弟子:おめえは・・・ 弟弟子:? 兄弟子:もう俺を超えた。俺より強い。 弟弟子:兄者!だから戯言は・・・ 兄弟子:戯言じゃねえ! 弟弟子:! 兄弟子:おめえも気付いてるはずだ。本物の剣士なら、相手との力量の差ぐらい見抜けるだろ? 弟弟子:・・・ 兄弟子:もちろん、勝負は水物(みずもの)だ。実際の所はやってみなけりゃ分からねえ。俺だって、むざむざやられるつもりは無えしな。油断してると、あっさり俺が勝っちまうかもしれねえぞ? 弟弟子:兄者は、私と立ち会うことに、躊躇い(ためらい)は無いのですか?お嫌では、無いのですか? 兄弟子:無いな、全く。 弟弟子:私は、嫌です。兄者と斬り合うなど。 兄弟子:堪えろ(こらえろ)。これは、やらなきゃならねえ事だ。 弟弟子:私はそうは思いません。 兄弟子:・・・ 弟弟子:・・・今まで、お世話になりました。 兄弟子:あ?何言ってやがる? 弟弟子:先生には、「私は臆病風に吹かれて逃げ出した」とでもお伝え下さい。 兄弟子:ちょっと待て・・・ 弟弟子:もう会う事も無いでしょうが、兄者もお元気で。 兄弟子:いい加減にしろ! 弟弟子:どうしてですか?この立ち会いに何の意味があるんですか?ただの先生の気まぐれじゃないですか! 兄弟子:意味はある! 弟弟子:ありません! 兄弟子:ある! 弟弟子:ない! 兄弟子:ある! 弟弟子:ない! 兄弟子:ある! 弟弟子:ない! 兄弟子:・・・ 弟弟子:・・・ 兄弟子:(同時に吹き出す) 弟弟子:(同時に吹き出す) 兄弟子:昔、こんなやり取りをした事があったなあ。 弟弟子:そうでしたね。懐かしい・・・ 兄弟子:前に、俺の夢の話をしただろ? 弟弟子:はい。 兄弟子:俺の夢はな・・・おめえだよ。 弟弟子:・・・え? 兄弟子:初めて会った時、おめえは弱かった。形ばかりの剣術しか身に付けてない青二才だった。それでも、俺は何故か、おめえを先生の弟子にしなきゃならねえ、でなきゃ後悔する、そう思ったんだ。 弟弟子:・・・ 兄弟子:おめえと稽古を重ねて、どんどん強くなっていくのを見ているうちに分かったんだ。おめえは、いつか先生を超える剣士になれる。だから俺は、おめえを弟弟子にしたんだって。 弟弟子:買い被りです!私ごときが、そんな・・・ 兄弟子:できるさ、おめえなら。だからこそ、この立ち会いで、おめえが俺に勝って、先生に認められた、正式な後継者になって欲しいんだ。 弟弟子:兄者・・・すべては私の為だと言うのですか?私の為に、命を懸けると? 兄弟子:違うって。それが全部、俺の為になるんだよ。 弟弟子:どういう事ですか? 兄弟子:おめえが天下に名を知られた剣士になってよ、たくさんの門弟に剣を教えてよ、そいつらがまた弟子を取って・・・ 兄弟子:そうやって、おめえの・・・いや、「俺達の」剣が、何十年、何百年先の世まで受け継がれて行く事。それが・・・俺の夢だ。 弟弟子:っ! 兄弟子:すげえ事だと思わねえか?俺はな、これが楽しみでしょうがねえんだ。 弟弟子:そんな事、本気で思っていらっしゃるんですか? 兄弟子:もちろん。これを思い付いた時は自分を天才だと思ったぜ。 弟弟子:途方も無さすぎる・・・ 兄弟子:確かにな。だからこそ、この壮大な夢になら、俺は命を懸ける価値があると思ったんだ。 兄弟子:俺はこれまで、ろくな生き方をしてこなかった。大事なもんも、何一つ守れなかった。もう何を望んでも、叶う事はないと思ってた。 兄弟子:これはな、そんな俺が、また見つける事ができた、たった一つの夢なんだ! 弟弟子:そんな事、私にできるとは思えません。兄者が成されれば宜しいじゃないですか! 兄弟子:俺には無理だよ。先生の恐怖に、最後まで打ち勝てなかった、弱虫の俺にはよ。 弟弟子:何故、そうやってご自分を卑下(ひげ)なさるのですか・・・ 兄弟子:その先生にも無理だ。あの人は剣についてはもはや人の域を越えている。だが、人を想う「心」が無い。そんな人間に、人は付いて来ねえ。 弟弟子:だから、私だと言うのですか? 兄弟子:おめえは頭が良い。それに人を思いやる優しさと、時には自分よりも強大な相手に立ち向かえる、心の強さを持ち合わせている。 弟弟子:買い被りだと言ったじゃないですか!私では役不足です!ましてや、先生を超えるなんて、とても・・・ 兄弟子:強くなれ・・・ 弟弟子:え? 兄弟子:足りねえって言うんなら、もっと強くなれ!もっともっと強くなれ! 兄弟子:俺を斬って・・・先生よりも、誰よりも、強くなりやがれ! 弟弟子:そんな・・・ 兄弟子:すまねえな、おめえには「兄弟子を斬った剣士」の汚名を着せちまう。それは修羅の道だ。でもおめえなら、きっと乗り越えられる。 兄弟子:だからおめえに、俺の命・・・俺の剣士としての存在全てを、託させてくれ。 弟弟子:・・・ 兄弟子:なあ、俺の夢、一緒に叶えちゃくれねえか? 弟弟子:もし・・・もしも私が、本当にそんな剣士になれると言うのならば、兄者には、生きて、私の側で、見届けて頂きたいです! 兄弟子:何言ってんだ、俺はずっと側にいるさ。 弟弟子:え? 兄弟子:おめえの剣の中で、俺は生き続ける。そうだろ? 弟弟子:兄者・・・ 0:時間経過 兄弟子:・・・先生が来たみたいだな。 弟弟子:はい。 兄弟子:覚悟はできたか? 弟弟子:・・・はい! 兄弟子:そうか。流石、俺が見込んだ弟弟子だ。 弟弟子:兄者!私は・・・ 兄弟子:もう良いだろ?もう言葉はいらねえよ。 兄弟子:ここから先は・・・剣で語り合おう。 0:時間経過 兄弟子:『俺達は対峙する。俺はあいつの顔を見た。』 兄弟子:『あいつの視線は、真っ直ぐに俺に向けられていた。優しさの奥に、強さを秘めた、そんな目だ。』 兄弟子:『俺は嬉しかった。本気で俺と剣を交える覚悟を決めてくれた事が。』 兄弟子:さらばだ・・・・・・弟よ。 0:二人の間を、風が通り抜ける・・・ 弟弟子:『兄者が、何かを言った。しかし、風の音がそれをかき消した。』 弟弟子:『私は兄者の顔を見る。一瞬、兄者が笑ったような、そんな気がしたんだ・・・』 兄弟子:いざ! 弟弟子:尋常に(じんじょうに)! 兄弟子:(同時に)勝負! 弟弟子:(同時に)勝負! 0:完