台本概要
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タイトル | 善の鬼 第十章「秘伝」 |
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作者名 | Oroるん (@Oro90644720) |
ジャンル | 時代劇 |
演者人数 | 4人用台本(不問4) ※兼役あり |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
鬼の道を歩む事を辞めた善鬼 穂邑と典膳は安堵する しかし、一刀斎は・・・ ・実在の人物をモデルにしていますが、内容はフィクション要素大目です。 ・時代考証甘めです。 ・演者性別不問ですが、役性別は変えないようにお願いします ・軽微なアドリブ可 150 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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善鬼 | 男 | 198 | 小野善鬼(おのぜんき) |
穂邑 | 女 | 41 | ほむら |
典膳 | 男 | 263 | 神子上典膳(みこがみてんぜん) |
一刀斎 | 男 | 112 | 伊東一刀斎(いとういっとうさい) |
剣客 | 男 | 45 | ※一刀斎との兼ね役推奨 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:道場 木刀を手に対峙する善鬼と典膳
典膳:いやあっ!
善鬼:ふんっ!
典膳:はあっ!
善鬼:甘いっ!
典膳:くっ!
典膳:(しまった!足を・・・)
善鬼:ぬんっ!(打ち込む)
典膳:はっ!(剣を受け止める)
典膳:(駄目だ、踏ん張りが効かない。ここは一旦距離を取って・・・)
善鬼:はあっ!(足払いを放つ)
典膳:うあっ!(仰向けに倒れる)
典膳:(くそっ!足払いとは・・・)
善鬼:勝負あり、だな。
典膳:『兄者の木刀が、私の眼前にあった』
善鬼:・・・
典膳:参りました。
善鬼:足。
典膳:は?
善鬼:挫いたか(くじいたか)?
典膳:は、はい。先ほど、斬撃を受け止めた時に。
善鬼:馬鹿野郎、丸分かりだったぞ。だから俺の足払いを食らっただけで、すっ転んじまうんだ。
典膳:・・・はい。
善鬼:怪我をしても、絶対に相手に気取ら(けどら)れるんじゃねえ。
善鬼:命のかかった真剣勝負なら、相手はどんな手でも使ってくる。弱点を突いてくるのは当然だ。
典膳:・・・
善鬼:やはり、まだまだ甘えな。
典膳:次からは・・・気をつけます。
善鬼:・・・見せてみろ。
典膳:え?
善鬼:足だよ、足。痛めたんだろ?
典膳:は、はい!
善鬼:何で嬉しそうなんだよ?
典膳:い、いえ!
善鬼:まったく(典膳の足に触れる)
典膳:うっ!
善鬼:ちょっと腫れてるな。骨まではいってないみたいだが。
典膳:大丈夫です、大したことありません。
善鬼:馬鹿野郎。そうやって油断してると、長引いたりするんだぞ。
善鬼:とりあえず、冷やさねえとな。ちょっと待ってろ。
典膳:兄者・・・
善鬼:だから、何で「にやついて」るんだよ?
典膳:べ、別に!
善鬼:変な奴。
典膳:『兄者が・・・兄者が帰ってきた!』
典膳:『以前の・・・いや、本来の兄者が!』
典膳:『私の前に居るのは、もう「鬼」などでは無い』
典膳:『ぶっきらぼうで下品だけど、芯が強く、心根が優しい、私が敬愛している兄者だ』
善鬼:これで良し、と。
典膳:『これで元通りだ。何もかも元通りだ』
典膳:『私たちは、また一緒に・・・』
一刀斎:(暗いトーンで)お前は、「俺と同じ」になれると思ったのに。
典膳:っ!?
典膳:『振り向いた先には、先生の後ろ姿があった』
典膳:『先生はこちらに一瞥(いちべつ)すらする事なく、行ってしまった』
典膳:(今のは、先生が言ったのか?)
典膳:(とても冷たい響きだった。絶望が込められているような)
善鬼:典膳、どうした?
典膳:・・・何でもありません。
典膳:『あの子供を逃したこと、先生には隠すことにした』
典膳:『兄者とも口裏を合わせ、私が渋々ながら斬り殺した、と先生に告げた』
典膳:『すると先生は一言』
一刀斎:そうか・・・
典膳:『と言った。それ以上、何の詮索(せんさく)もされなかった』
典膳:『本当に、先生は我らを信じたのか?それとも・・・』
典膳:『・・・これから、何か悪いことが起こるような、そんな予感がした』
0:欅楼
善鬼:よう。
穂邑:あら、いらっしゃい。ぜん。
善鬼:おう。ほれ、これ土産。
穂邑:わあ、いつもと何一つ変わり映えのしない饅頭(まんじゅう)だあ。どうもありがとう。
善鬼:何だよその言い草!
穂邑:ちゃんと礼は言っただろ。気持ちを込めてさ。(饅頭を食べる)
善鬼:(舌打ち)一個よこせ!(奪い取ろうとする)
穂邑:嫌だね(箱を遠ざける)これは私がもらったんだ。
善鬼:けち!
穂邑:けちじゃない!
穂邑:大体、アンタ前に簪(かんざし)買ってきてくれるって言わなかったかい?
穂邑:私が腰抜かすような一品持ってきてやる!ってさ。
善鬼:・・・
穂邑:ま、初めから期待なんかしてないけどね。
善鬼:・・・クックックッ!
穂邑:何だい?その気持ち悪い笑い方?
善鬼:(今日の俺はいつもとは違うんだぜ!何故なら)
善鬼:『俺は懐(ふところ)に手を入れた』
穂邑:?
0:数日前 町の小間物屋
善鬼:(うなっている)
善鬼:駄目だ、さっぱり分かんねえ!
善鬼:女ってやつは、何でこんなもん欲しがるんだ?
善鬼:一体どうしたら・・・
典膳:兄者?
善鬼:うわあっ!
典膳:そんなに驚かないで下さい。
善鬼:な、何だ、おめえか。
典膳:何見てるんですか?
善鬼:こ、これは・・・
典膳:ああ、簪ですか。
善鬼:・・・
典膳:贈り物ですか?
善鬼:うるせえ。
典膳:どなたに贈られるんです?
善鬼:うるせえっつってんだろ!
典膳:(笑いながら)お邪魔してすいませんでした。私はもう行きますから、ゆっくり選んで下さい。
善鬼:・・・待て。
典膳:何ですか?
善鬼:おめえ、簪買ったことあるか?
典膳:まあ、無くはないですけど。
善鬼:どれが良いと思う?
典膳:はい?
善鬼:俺はこういうの買ったことねえから、良し悪し(よしあし)が分かんねえんだよ!
典膳:ああ、そういう事ですか。
善鬼:頼む!代わりに選んでくれ!
典膳:お断りします。
善鬼:なっ!何だとこの野郎!
善鬼:兄弟子の頼みが聞けねえって言うのか!
典膳:大切な方に贈られるんでしょう?なら、人に頼んじゃ駄目ですよ。
善鬼:う・・・
典膳:大丈夫、兄者が選んだものなら、きっと喜んで下さいます。
善鬼:そ、そうか?
典膳:そうですとも。
善鬼:よし!それじゃあ・・・
0:現在 欅楼
善鬼:『と、言うわけで、今日はちゃあんと簪を持って来てるんだよ!』
善鬼:『とらの奴、きっと驚くぞ!』
穂邑:さっきから何ニヤニヤしてるのさ?
善鬼:とら、実はよ!
穂邑:?
善鬼:これ・・・(簪を取り出そうとするが)
典膳:『そう言えば兄者、簪を女性に贈る意味、知ってますか?』
善鬼:っ!(手が止まる)
穂邑:・・・何だよ?
0:再び小間物屋
善鬼:ああ?意味?
典膳:ええ。
善鬼:そんなもん知らねえよ。
典膳:知らずに贈ろうとなさってたんですか?
典膳:簪を女性に贈ると言うのは、「一生をその方と供にしたい」という意味があるんですよ。
善鬼:・・・そうなのか。
典膳:素敵ですねえ。
善鬼:・・・
典膳:・・・兄者?
善鬼:・・・一生を供に、か。
0:欅楼
穂邑:どうしたんだよ?何で固まってんだ?
善鬼:(俺が、とらと一緒に・・・)
穂邑:(善鬼の目の前で手を振りながら)おーい、目開けたまま寝てんのかあ?
穂邑:ぜーん!ぜんってば!
0:どこかの百姓家
穂邑:父ちゃん!
善鬼:へっ?
0:百姓姿の善鬼と穂邑 二人の間で赤子が鳴いている
穂邑:「へっ?」じゃねえべ!我が子が泣いてんのに、何呆けて(ほうけて)るだ!
善鬼:俺の・・・子供?
穂邑:暑さで頭やられちまったかあ?
穂邑:オラ今手が離せねえから、あやしてやってけれ!
善鬼:お、おお!
0:善鬼、恐る恐る赤子を抱き抱える
善鬼:よーし、よし。父ちゃんだぞお。もう泣くんじゃねえぞお。
0:赤子 激しく泣く
善鬼:うわっ!泣き止むどころか、ますますひどくなった!
善鬼:かはっ!顔に小便引っかけやがった!
穂邑:もう何やってるだ!しょうがねえなあ。
0:穂邑、善鬼から赤子を奪い取る
穂邑:ほうれ、母ちゃんだぞ。よしよし。
善鬼:すぐ泣き止みやがった。何でだよ。
穂邑:そうかそうか、父ちゃんは嫌か。可哀想になあ、ごめんよお。
善鬼:おめえがあやせって言ったんじゃねえか!
穂邑:もう良いから、早よう畑に行け。
善鬼:へいへい。(鍬を担いで)
穂邑:ほい、握り飯。
善鬼:(握り飯を受け取る)おう。じゃあ父ちゃん行ってくるからよ、良い子にしてんだぞ!
穂邑:気いつけてな!
0:欅楼
穂邑:おめえ本当に大丈夫か?
善鬼:・・・
一刀斎:『斬れ!善鬼!』
善鬼:・・・
穂邑:ぜん?
善鬼:(少し自嘲気味に笑いながら)もう俺に、そんな資格は無えよ。
穂邑:ん?何て言ったんだ?
善鬼:隙あり!(饅頭を一つ奪い取る)
穂邑:あっ!私の饅頭!
善鬼:(饅頭を頬張りながら)これは俺の銭で買ったんだ!
穂邑:返せ!
善鬼:もう食っちまったもんねー。
穂邑:くっ!
善鬼:ははっ!やっぱりおめえは、簪より饅頭の方が似合うぜ!
穂邑:何だと!?
善鬼:(豪快に笑う)
0:数日後 河川敷
0:立ち会い中の剣客と典膳
0:それを離れて見ている善鬼
剣客:やあっ!
典膳:はあっ!
善鬼:『その日、武芸者から立ち会いの申込があった』
善鬼:『相手が指名したのは典膳だった』
善鬼:『最近は先生に限らず、俺や典膳を指名してくる奴も増えていた』
善鬼:『俺たちの剣名(けんめい)も、それなりに高まっているらしい』
剣客:これならどうだ!(突きを放つ)
典膳:ふっ(突きを捌く)
剣客:簡単に捌かれた(さばかれた)だと?
善鬼:(典膳の奴、ますます腕を上げたな)
剣客:おのれえ!(斬りかかる)
典膳:甘いっ!(斬撃を弾き返す)
剣客:くそっ!こんなはずでは・・・
善鬼:(そろそろ終い(しまい)か)
典膳:はあっ!
剣客:ぐあっ!
善鬼:『典膳の放った斬撃が、相手の刀身(とうしん)を叩き折った』
典膳:(深く息を吐く)
善鬼:勝負あり、だな。
剣客:ま、まだだ!まだ勝負はついておらん!
善鬼:どうしようってんだ?折れた剣で続けんのか?
典膳:潔く(いさぎよく)負けを認めてはいかがですか?
剣客:(不敵に笑う)
善鬼:?
剣客:案ずるな、得物(えもの)ならまだある。こいつがなっ!(懐から鉄砲を取り出す)
典膳:っ!
善鬼:鉄砲だと!?
剣客:形成逆転だな。
善鬼:『それは短筒(たんづつ)と呼ばれる、片手で扱える種類の鉄砲だった。小さいとは言え、威力は充分だ』
剣客:さあ、剣を納めて、潔く負けを認めてはいかがかな?
善鬼:ふざけんな!そんなもん使っといて、「勝ち」になると思うのか!?
剣客:「負け」を認めて頂けないのなら、こいつが火を吹くまでだ。
善鬼:こいつ、性根(しょうね)が捻じ曲がってやがる。同じ武芸者として恥ずかしいぜ。
典膳:・・・
剣客:一刀流の神子上典膳(みこがみてんぜん)に勝ったとなれば、俺の名は天下に轟く(とどろく)だろう。
剣客:晴れて、仕官(しかん)の道も拓ける(ひらける)というもの。
善鬼:おめえみたいなのを家来にした主君は不幸だな。
剣客:何とでも言え!真剣勝負ならば、勝つ為に手段を選ばんのは道理であろう。
典膳:・・・確かに、一理ありますね。
善鬼:阿保(あほ)、共感してる場合か。
善鬼:(小声で)とにかく、走り回って掻き回す(かきまわす)ぞ。
善鬼:(小声で)あの鉄砲は連発できねえはずだ。幸いこっちは二人、上手く無駄撃ちさせりゃあ・・・
典膳:兄者、手出しは無用に願います。
善鬼:おい!
典膳:これは一対一の立ち会いです。助太刀を受けては、私の名が廃ります(すたります)
善鬼:そんな事言ってる場合か!
剣客:さっきから何をごちゃごちゃ言っている。早く剣を納めぬか!
典膳:お断りします。
剣客:何ぃ!
典膳:あなたもさっき仰った(おっしゃった)ではありませんか。まだ勝負はついていません。
剣客:俺が撃てないとでも思っているのか?
典膳:いいえ。
善鬼:(どうするつもりだ?)
剣客:い、良いんだな?本当に撃つぞ。
典膳:御託(ごたく)はもう結構です。さっさと撃って下さい。
剣客:おのれ!
善鬼:『虚勢(きょせい)では無い。典膳は落ち着き払っている』
善鬼:『俺は手出ししない事にした。そうしても、きっと大丈夫だろう、そう思えた』
剣客:貴様が悪いのだ!大人しく負けを認めていれば、こんな物使わずに済んだ!
典膳:(細く息を吐き出し、集中力を高める)
剣客:死ね!(引き金を引く)
典膳:はっ!(剣を素早く振り下ろす)
善鬼:・・・
剣客:・・・
剣客:・・・どういうことだ?何故、あいつはまだ立っている?
典膳:・・・
剣客:まさか・・・鉄砲の弾を、斬り落としたとでも言うのか?
典膳:・・・(激しく呼吸する)
善鬼:『典膳の身体中から汗が吹き出す。極限まで集中力を高めていたのだろう』
剣客:化け物・・・(鉄砲が手から滑り落ちる)
典膳:今度こそ、勝負ありですね。
剣客:・・・斬れ。
典膳:・・・
剣客:こんな物まで使っても勝てなかった。おめおめと生き恥を晒す(さらす)つもりは無い。
剣客:さっさと斬れ!
典膳:(剣を納める)
剣客:なっ!?何故剣を納める!斬れと言っておるだろうが!
典膳:貴方、良い腕をしておられます。
剣客:え?
善鬼:・・・
典膳:相当な修練(しゅうれん)を積んできたのでしょう?あの太刀捌きは、ちょっとやそっとで身につくものではありません。
剣客:・・・
典膳:しかし・・・鉄砲を持ってしまった事が、貴方の剣筋(けんすじ)を歪めてしまったのではありませんか?
典膳:安易な力を手にしたが為に、貴方の覇気(はき)を奪ってしまった。
剣客:く・・・う・・・
典膳:もう一度、やり直しでごらんなさい。今度はそんな物抜きで。
典膳:貴方の剣士としての道のりは、きっとまだ途上ですよ?
典膳:その道を歩んでいれば、いつかまた、相見える(あいまみえる)こともあるでしょう。
典膳:その時、また勝負しましょう。
剣客:・・・
善鬼:・・・
剣客:・・・お心遣い、誠にかたじけない。
剣客:(土下座して)腕前お見事。某(それがし)の、完敗でござる。
典膳:・・・
剣客:神子上典膳殿。いや・・・先生。
善鬼:あ?
典膳:はい?
剣客:某を・・・弟子にして下され!
典膳:ええっ!
善鬼:(吹き出す)
剣客:先生の腕前、お人柄、感服つかまつった!某の師は、先生をおいて他におりませぬ!
典膳:やめて下さい!私はまだ修行中の身ゆえ、弟子など取りません!
剣客:さっき仰って頂いたではないですか!「一生共に、歩んで行きましょう」と。
典膳:言ってない!全然違います!
典膳:私が言ったのは「いつか相見えることもあるでしょう」です!
剣客:なるほど!支度金(したくきん)がいるのですな!某の全財産、お渡し致そう!
典膳:いりません!いつそんな事言いました?
剣客:それから、女子(おなご)も手配せよと?かしこまりました!
典膳:人の話聞いてます!?
典膳:弟子になる条件が金に女って、私どれだけ下衆(げす)なんですか?
剣客:じゃあ!逆にお聞きしますが!一体どうしたら弟子にして頂けるのか!?
典膳:何で貴方が怒ってるんですか!?
典膳:兄者!黙って見てないで、兄者も止めて下さい。
0:振り返るが、善鬼はいない
典膳:あれ、兄者?居ない?
剣客:足を舐めよと?なるほど、そういうご趣味か!
剣客:先生、失礼致します!
典膳:ちょ、ちょっと!やめて下さい!
善鬼:『俺は二人の様子を遠くから見ていた』
典膳:兄者!どこにいかれた!?助けて下さい!!
善鬼:(そうか、そう言う事か)
善鬼:(ようやく分かった)
善鬼:(俺が何故、典膳を弟弟子にしたのか)
0:数刻後 逗留している宿
典膳:ただいま戻りました・・・
善鬼:お!これはこれは、典膳先生ではありませんか!
典膳:やめて下さい!
典膳:兄者、ひどいじゃないですか!私を放ったらかして先に帰っちゃうなんて!
善鬼:おや?お弟子さんはご一緒じゃないんですかい?
典膳:弟子などおりません!あれから大変だったんですからね。何とか諦めさせましたけど。
0:一刀斎が現れる
一刀斎:戻ったか。
典膳:先生、ただ今戻りました。
善鬼:先生!聞いて下さいよ、典膳のやつ・・・
一刀斎:善鬼、稽古を付けてやる。
善鬼:え?
一刀斎:どうした、嫌か?
善鬼:いえ、まさか。
一刀斎:中庭に来い。
善鬼:分かりました。
典膳:(珍しいな)
0:中庭
善鬼:先生、お待たせして・・・え?
一刀斎:どうした?
典膳:先生、何故真剣をお持ちで?
一刀斎:稽古だと言っただろう。
善鬼:まさか、真剣で稽古を?
一刀斎:そうだ。問題無かろう。
善鬼:はい・・・
典膳:(先生、一体何を考えておられる?)
典膳:『先生が我らを相手に真剣で稽古をするなど、まず無い。私は先生の心中(しんちゅう)を図りかねていた』
0:真剣を手に対峙する二人
一刀斎:では始めるか。
善鬼:はい!
典膳:『兄者は上段に構えた。本気だ。一分(いちぶ)の隙もない構えだった』
典膳:『兄者はそのまま斬りかかろうとした。だが・・・』
一刀斎:っ!(殺気を放つ)
善鬼:っ!?
典膳:(殺気?)
典膳:『先生から凄まじい殺気が放たれ、兄者の動きが止まった』
典膳:『いや、動けなくなったのだ。見ているだけの私でさえ、身体を押し潰されそうな圧力を感じていた』
善鬼:くっ・・・
一刀斎:どうした?
善鬼:・・・いやあああ!
典膳:『兄者は先生の気を何とか振り払い、斬撃を放った。しかし、振り降ろすのが精一杯、という感じだった』
一刀斎:ハァッ!(善鬼の斬撃を弾き返す)
善鬼:うあっ!(よろめく)
一刀斎:(深く息を吐く)
典膳:『先生の圧力が強まる。常人ならば、対峙しただけで、息が出来なくなる程の気迫だった』
善鬼:(浅く早い息遣い)
典膳:『兄者はまた動けない。変わりに、滝のような汗が流れ落ちていた』
典膳:(これ程なのか)
典膳:(まだ、これ程に、差があるのか)
典膳:『一刀流の門下に入り数年、格段に腕は上がったと思っていた』
典膳:『かつては手も足も出なかった兄者に、ようやく良い勝負ができるようにもなってきた』
典膳:『その兄者が・・・何もできない』
典膳:『本気を出した先生とは、まるで大人と子供と言う程の実力差があると思えた』
典膳:『いや・・・果たしてこれが、先生の本気なのかさえも、定かではなかった』
一刀斎:・・・(一歩間合いを詰める)
善鬼:っ!(一歩下がる)
典膳:兄者、下がってはなりません!
一刀斎:(息を大きく吸い込む)
善鬼:うっ!
一刀斎:シャアッ!!(一足で間合いを詰め、その勢いのままに斬撃を放つ)
善鬼:ぐあっ!!
典膳:『兄者の・・・首が飛んだ』
0:欅楼
穂邑:え?
穂邑:『部屋に置いてあった徳利(とっくり)が、突然割れた』
穂邑:『それも真っ二つに、まるで剣で斬られたかのようだった』
穂邑:・・・ぜん?
穂邑:『何故か、アイツの顔が、頭に浮かんだ』
0:再び中庭
一刀斎:これまでだ。
典膳:え?
善鬼:・・・
典膳:『兄者の首は、まだ胴体と繋がっていた。先ほど、確かに飛ばされたように思ったが』
一刀斎:やはりお前は、ここで終い(しまい)か(剣を納める)
善鬼:先・・・生・・・
典膳:『先生は我らに背を向けた。そして兄者は』
善鬼:う・・・(倒れ込む)
典膳:兄者!?
典膳:『そのまま意識を失った』
0:数日後 とある大名屋敷
典膳:『それから数日後、私たち三人はとある大名家の招待で、ご領地を訪れていた』
典膳:『今回の目的は、その大名家ご当主の前で、御前試合(ごぜんじあい)を行うこと』
典膳:『しかも今回、試合を行うのは先生では無く、兄者だ』
典膳:『先方からのご指名だった』
典膳:『普段であれば、この上無い栄誉(えいよ)だが・・・』
姫:善鬼殿!お久しゅうございます!
典膳:『出迎えてくれたのは、ご当主の姫君(ひめぎみ)だった』
善鬼:(少し弱々しく)ご無沙汰しております、姫。
姫:?
典膳:お初にお目にかかります。一刀流門下(もんか)、神子上典膳と申します。
姫:ああ、貴方が新しいお弟子さんですね。かなりの腕前だとか。私の耳にも評判は届いておりますよ。
典膳:いえ、私など、まだまだ未熟でございます。
姫:ご謙遜(けんそん)を。これで一刀流もご安泰(あんたい)ですね、善鬼殿。
善鬼:・・・
姫:善鬼殿?
善鬼:・・・はっ!し、失礼しました。
姫:大丈夫ですか?お加減でも?
善鬼:いえ、大丈夫です。
姫:そうですか?
善鬼:はい・・・
姫:・・・
一刀斎:姫。
姫:い、一刀斎殿。
一刀斎:この度は、お招きに預かり、誠にありがとうございます。
姫:いいえ、御足労(ごそくろう)をお掛けし、恐縮にございます。父も喜んでおります。
一刀斎:まさか、善鬼をご指名になるとは、意外でした。
姫:以前こちらに来られた際、父は善鬼殿をえらく気に入ったようでして。
一刀斎:そうですか。良かったなあ善鬼、俺を差し置いて御前試合をさせてもらえるのだからな。
善鬼:そんな・・・先生を差し置いてなど・・・
姫:む、無論、父も一刀斎殿を無双の武芸者と評しております。ただ此度(こたび)は・・・
一刀斎:(少し笑う)少し軽口(かるくち)が過ぎ申した、許されよ。
姫:・・・
一刀斎:善鬼、俺は今から御当主様(ごとうしゅさま)にお目通り(おめどおり)してくるが、戻ったら酒が飲みたい。
一刀斎:町で買うて来い。
姫:それでしたら、当家の者に用意させます。
一刀斎:いえいえ、今晩の寝床(ねどこ)をご用意頂いただけでも恐縮ですのに、これ以上お手間はかけられません。
典膳:では私が。
一刀斎:俺は善鬼に命じたのだ。分かったな、善鬼。
善鬼:承知、致しました。行ってまいります。
0:善鬼、ふらふらと歩き出す。
一刀斎:何だあいつ、姫の前だと言うのに覇気の無い。無礼な奴だ。
姫:私は、別に・・・
一刀斎:では、そろそろお父上に会うて参ります。
姫:はい。
一刀斎:典膳、姫になんぞ土産話でもして差し上げろ。
典膳:承知致しました。
一刀斎:では、また(立ち去る)
姫:・・・・・・(大きく息をつく)
姫:一刀斎殿は相変わらずの迫力でいらっしゃいますね。息が詰まりました。
典膳:・・・
姫:あっ、すいません、お師匠様の事をそんな風に・・・
典膳:い、いえ。
姫:それにしても、善鬼殿は本当に大丈夫なのですか?もしや病(やまい)でも?
典膳:いいえ、病ではありません。
典膳:『兄者は、先生との真剣稽古以来、ずっとあの調子だ』
典膳:『体は斬られずとも、心を、魂を、斬られてしまったような、そんな風に見えた』
姫:明日の御前試合、大丈夫でしょうか?
典膳:問題ございません。一刀流の剣技、存分にご堪能(たんのう)頂けると存じます。
典膳:『そうは言ったが、自信は無かった』
姫:そうですね。父も大層楽しみにしております。
典膳:しかし、今回は何故兄者をご指名に?普通は先生にお声がかかるものですが。
姫:無論、父が善鬼殿を気に入ったのもありますが・・・実は私がお願いしたのです。
典膳:姫様が?
姫:ええ。以前こちらにいらっしゃった時に、善鬼殿には助けて頂いたのです。
典膳:兄者に?
姫:私がこっそり城を抜け出して町に遊びに行った時に、野犬(やけん)の群(むれ)に襲われまして。
姫:その時に善鬼殿が現れて、野犬を追い払って頂いたのです。
姫:そのまま城まで送り届けて頂いたばかりか、城に忍び込むのまで手伝って頂きまして。
典膳:お転婆(おてんば)でいらっしゃったのですね。
姫:お恥ずかしい限りで。でも、お陰で父に知られずに済みました。
姫:もちろん、武芸者としてもこの上無い腕前をお持ちです。だから今回、善鬼殿をお呼びしたというわけです。
姫:それに・・・
典膳:?
姫:実は、明日の御前試合の如何(いかん)によっては、父は善鬼殿を召し抱えても良いと申しておりまして。
典膳:誠(まこと)ですか!?
姫:はい。
典膳:・・・
姫:あっ。でも、善鬼殿が居なくなれば、一刀斎殿も典膳殿も困ってしまいますわね。
典膳:いいえ!
姫:え?
典膳:そのお話、是非とも進めて頂きたい!
典膳:『良い話なのは確かだ。そして何より・・・もう兄者は、先生の側に居ない方が良い気がしていた』
典膳:『寂しくはなるが、このままでは、何か取り返しのつかない事が起こりそうで、ずっと不安だったのだ』
典膳:『この話は、正(まさ)に渡りに舟だと思った』
姫:典膳殿がそう言って下さるのは心強いですが、善鬼殿のお気持ちもございますし。
典膳:兄者は私が承知させますゆえ、何卒(なにとぞ)
姫:そうですか?ありがとうございます。
姫:明日、楽しみにしておりますわ。
0:夜 眠っている善鬼
一刀斎:『善鬼』
善鬼:『先生の声が聞こえる』
一刀斎:『善鬼』
善鬼:『以前とは違って、俺を操ろうとはしない』
一刀斎:『善鬼』
善鬼:『俺を、締め付けるように』
一刀斎:『善鬼善鬼善鬼善鬼善鬼善鬼善鬼善鬼』
善鬼:『俺を・・・喰らい尽くすように』
一刀斎:『善鬼・・・・・・許さぬ』
善鬼:はっ!(目覚める)
一刀斎:どうした、善鬼。うなされておったようだが?
善鬼:せ、先生。
善鬼:『先生が俺を見ていた。俺の傍ら(かたわら)に座り、俺の顔を覗き込んでいた』
一刀斎:そのままで良いぞ。具合が悪いのだろう?
善鬼:・・・
一刀斎:悪い夢でも見たか?
善鬼:何をしておいでで?
一刀斎:お前を見ていた。
善鬼:俺を・・・
一刀斎:善鬼、俺たちは出会ってどのくらいになる?
善鬼:・・・もう、十年以上にはなるかと。
一刀斎:そうだなあ、随分長く一緒に過ごしてきたものだ。
善鬼:・・・
一刀斎:前に話したことがあったな、俺が一緒に寝ていた妾(めかけ)に剣を奪われ、丸腰で刺客と戦う羽目になった話を。
善鬼:はい。その時に、払捨刀(ほっしゃとう)の極意(ごくい)を閃かれた(ひらめかれた)、と。
一刀斎:その妾な、結構気に入っていたのだ。将来、俺の子を産ませても良い、と思っていた。
善鬼:・・・
一刀斎:そんな女が裏切った。大方、金でも掴まされたのだろう。
一刀斎:だがな、その女、最後にこう言いおった。
一刀斎:「貴方は、死ぬその瞬間まで、きっと一人きりだ」と。
善鬼:『先生がこんな顔をするのを、初めて見た』
一刀斎:それを聞いた後、すぐに斬り捨ててやった。
一刀斎:何の感情も湧いては来なかった。
一刀斎:所詮、誰も俺とは歩めぬ。
一刀斎:分かっていた事ではないか。
0:一刀斎が善鬼の肩を掴む。
善鬼:っ?
一刀斎:どこへやった?
0:一刀斎が善鬼の体を揺する。
善鬼:先生、何を?
一刀斎:「俺の血」を、どこへやった?
0:どんどん揺する速度が早くなる。
善鬼:せ、先生?
一刀斎:お前を満たしてやったのに、どうして溢れた(こぼれた)?
善鬼:(揺らされ続ける)
一刀斎:そんなに嫌か?
一刀斎:そんなに、この道は辿り(たどり)たくないのか?
一刀斎:ならば、お前はどう生きる?
一刀斎:お前の、生きる意味とは何だ?
一刀斎:そこに、どれだけの価値があると言うのだ?
善鬼:先生・・・俺は・・・
一刀斎:(揺するのを辞める)つまらん。
一刀斎:何も面白くない。
一刀斎:もう、何も。
0:一刀斎は立ち上がり、部屋を出て行く。
善鬼:・・・先生。
0:翌朝
典膳:『御前試合の日を迎えても、兄者の体調は一向に回復しなかった』
典膳:『いや、むしろ悪化していた』
善鬼:(苦しそうな息遣い)
典膳:兄者!
善鬼:(息も絶え絶えに)大丈夫。大丈夫だ。
典膳:『息は荒く、目は虚ろ(うつろ)で、足元もおぼつかない。立っているのがやっと、と言う様子だ』
善鬼:(息も絶え絶えに)そんなに心配すんな。ちゃっちゃと終わらせるからよ。
典膳:しかし・・・
善鬼:おっと・・・(倒れそうになる)
典膳:兄者!(抱き留める)
典膳:『兄者がよろめき倒れそうになるのを、私は寸前で抱き留めた。その体は・・・』
典膳:っ!兄者、すごい熱じゃないですか!?
善鬼:(息も絶え絶えに)そうか?馬鹿は風邪引かねえって言うのにな。
典膳:こんな状態で試合など無理です!今回は辞退しましょう!
善鬼:そんな礼を欠くような真似、出来るわけねえだろ。せっかくお招き頂いたのによ。
典膳:ならば、私が名代(みょうだい)に立ちます!
善鬼:向こうは俺をご指名なんだ。
典膳:兄者!
善鬼:典膳(典膳の両肩を掴む)
典膳:っ!
善鬼:俺は大丈夫。大丈夫だからよ。
典膳:兄者・・・
善鬼:(肩から手を離し)さあ、行こうか。立ち会い人、しっかり頼むぜ。
典膳:・・・・・・はい。
典膳:『この時、兄者を力づくでもお止めしなかった事』
典膳:『私は生涯、後悔する事になる・・・』
0:城の中庭(御前試合の会場)
姫:『二人の剣豪が、木刀を手に対峙していた』
姫:『一人は、当家の剣術指南役(けんじゅつしなんやく)を務める武芸者、新陰流(しんかげりゅう)の達人だった』
姫:『相当な腕前だが、善鬼殿に敵うことはまず無い。普段であれば・・・』
善鬼:(苦しそうな息遣い)
姫:(善鬼殿、まだお加減が優れないのね)
一刀斎:・・・
姫:『一刀斎殿は、善鬼殿の後方に座(ざ)していた。その心中(しんちゅう)を窺い知る(うかがいしる)ことはできない』
典膳:此度(こたび)の御前試合、立ち会い人は某(それがし)、一刀流門下、神子上典膳が相(あい)務めまする。
典膳:双方、死力を尽くされますよう。
姫:『善鬼殿はまるで反応しない。これから試合をする人間とは思えぬほどに』
典膳:それでは・・・始められませい!
善鬼:・・・やあああ!!
姫:『善鬼殿が斬撃を放つ。だが・・・』
典膳:(兄者!?)
姫:『その木刀は、相手のはるか前方に振り下ろされた』
善鬼:(激しく息を吐く)
善鬼:・・・はあああ!!
姫:『善鬼殿がまた木刀を振るう。だがやはり、まるで見当違いの所を斬りつけていた』
善鬼:(木刀を振るいながら)やあっ!・・・せやあっ!・・・らあっ!
姫:『善鬼殿の剣は空(くう)を斬り続ける。相手は呆気に取られ、攻めかかるのを躊躇って(ためらって)いた』
姫:『この異様な光景に、見ている者がざわつき始めた。私の父も含めて』
典膳:(しまった!やはりお止めすべきだった!)
善鬼:(荒い息遣い)
善鬼:・・・わあああああ!
姫:『そして、ついには自分の斬撃にすら耐えられなくなり・・・』
善鬼:うわっ!(足元を滑らせ、派手に転ぶ)
姫:『空振りした勢いそのままに、善鬼殿の体はくるりと一回転した後、不様(ぶざま)に倒れ込んでしまった』
善鬼:(倒れた痛みと苦しさでうめき声を上げる)
姫:『周りのざわめきは、やがて失笑に変わった』
姫:『善鬼殿を嘲り(あざけり)笑う声が、広がってゆく』
典膳:(まずい!)
姫:『だがその時』
一刀斎:方々(かたがた)!!
典膳:っ!?
姫:『・・・皆、静まり返った。その視線が、一刀斎殿に注がれる』
一刀斎:我が不肖(ふしょう)の弟子がお見苦しい所をお見せし、痛恨(つうこん)の極み(きわみ)にござる。
一刀斎:どうか、今日はこれまでとさせて頂きたい。(頭を下げる)
典膳:(先生が・・・謝った?)
姫:『その言葉は、謝罪であったはずなのに、周りを圧倒するような威圧感が込められていた』
善鬼:(うめいている)
0:時間経過 城の中 善鬼の休んでいる部屋の前
姫:・・・
一刀斎:姫。
姫:一刀斎殿!
一刀斎:いかがされた?
姫:善鬼殿の身が案じられまして。
一刀斎:それはそれは。お心遣い、痛み入り申す。
姫:私のせいです。私が父に、御前試合など強請らねば(ねだらねば)このような事には・・・
一刀斎:ほう、この御前試合は姫様がお望みになったものでしたか。
姫:・・・
一刀斎:姫のせいではございませぬ。善鬼が未熟だっただけのこと。
姫:善鬼殿に会えますか?一目、お顔が見たいのですが。
一刀斎:それには及びませぬ。典膳も付いております故(ゆえ)、どうかこれ以上のお気遣いはご無用に願いたい。
姫:しかし・・・
一刀斎:姫!
姫:っ!
姫:『一刀斎殿が私を見ていた。この世のものとは思えぬ様な、昏く(くらく)冷たい目だった』
一刀斎:善鬼の事は、ご放念(ほうねん)を。お引き取り下され。
姫:は、はい。
0:一刀斎、部屋に入っていく。
姫:『私は頷く(うなずく)ことしかできなかった。あの目に睨まれて(にらまれて)逆らえる者などおるだろうか』
姫:『そして、私は以後二度と、小野善鬼と言う剣豪に、会う事はなかった』
0:善鬼達の控室
善鬼:(苦しそうな息遣い)
典膳:兄者、大丈夫ですか?
善鬼:俺は、何てことを・・・一刀流の看板に、泥を塗っちまった。
典膳:具合が悪かったのです、仕方ないではありませんか。
典膳:先生には、私から申し開き致します。
善鬼:よせ・・・
0:一刀斎が部屋に入ってくる
一刀斎:(一直線に善鬼に向かって歩いてくる)
善鬼:先生、申し訳ございませんでした・・・
典膳:先生!兄者は病(やまい)だったのです!普段の兄者ならあの様な・・・
一刀斎:っ!(善鬼を蹴り飛ばす)
善鬼:がはっ!
典膳:『先生は、有無を言わず兄者を蹴り飛ばした。兄者の身体は宙を飛び、壁に叩きつけられた』
典膳:先生!何を!?おやめ下さい!!
一刀斎:ああっ!!?(典膳を睨みつける)
典膳:ひっ!
典膳:『先生に睨まれ、身がすくんだ』
典膳:『その顔、正に鬼そのものだった。この世のものでは無い、人外の怪物』
典膳:『私は、まるで分かっていなかったのだ。自分の師が、何者であるかを』
一刀斎:(善鬼を蹴り続ける)
善鬼:(蹴られながら)先生・・・お、お許しください・・・
一刀斎:(蹴り続けながら)この・・・役立たずがぁっ!!!
典膳:『先生は兄者を蹴り続ける。兄者は段々と動かなくなっていった』
典膳:『私はそれを、ただ震えながら見ているしかできなかった。兄者が苦しんでいると言うのに、何も出来ずに』
一刀斎:があっ!(蹴る)
典膳:(・・・怖い)
善鬼:(蹴られ)ぐはっ!
典膳:(怖い)
典膳:(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い・・・)
一刀斎:(荒い息遣い)
善鬼:(うめき声を上げている)
典膳:『ようやく制裁(せいさい)が終わった。兄者はもう、虫の息だった』
一刀斎:(少し息を切らせながら)行くぞ、典膳。
典膳:(辿々しく)先・・・生。あ、兄者・・・は?
一刀斎:捨ておけ!
典膳:っ!・・・はい。
典膳:『私は先生の後を付いて行く。ぼろぼろになった兄者を残して』
善鬼:(うめき声)
典膳:『・・・私は手で耳を塞ぎ、兄者の苦しむ声を、聞かないようにした』
0:約一月後 逗留先
典膳:あっ。
善鬼:・・・
典膳:・・・
典膳:『私は黙って、兄者の隣を通り過ぎた。あの御前試合以来、兄者とはほとんど口を効かなくなった』
典膳:『後ろめたい気持ちがあるからだ』
典膳:『いや、兄者だけではない。私は先生のことも避ける様になっていた。これは恐怖からだ』
典膳:『そして、先生と兄者も、ほとんど話すことは無くなっている様だった』
典膳:『私たちは、三人きりで過ごしているはずなのに、その心は離れ離れ(はなればなれ)になっていた』
一刀斎:典膳。
典膳:っ!せ、先生。
一刀斎:ついてこい。
典膳:どちらへ?
一刀斎:良いから来い。
典膳:は、はい。
0:近くの荒れ地
典膳:『先生に連れられたのは、近くの荒れ地だった』
典膳:(先生・・・一体何の御用だろう?)
典膳:(・・・まさか、あの子供を斬らなかった事、知られてしまったのか?)
典膳:『あの時、子供を斬らなかったのは、正しい事だと思っていたはずだった。それなのに・・・』
典膳:『今私は、「何故あんな事をしてしまったのだろう?」とまで思っている』
一刀斎:典膳、抜け。
典膳:っ!
典膳:(やはり先生は、私を罰するおつもりなのか?)
一刀斎:早くしろ。
典膳:は、はい!(剣を抜く)
典膳:『私が抜いた剣は震えていた』
典膳:『だが、先生は剣を腰に差したまま、こう言った』
一刀斎:斬りかかってこい。
典膳:先生?しかし・・・
一刀斎:ここままで構わん、早う来い。
典膳:・・・分かりました。
典膳:やあああ!(斬りかかった)
典膳:『私は戸惑いながら斬撃を放つ。刀身は先生に擦りも(かすりも)しなかった』
一刀斎:本気でこんか!
典膳:は、はい!でやあああ!
典膳:『私は再び斬撃を放った。やはり、当たらなかった』
一刀斎:いま一度。
典膳:はあああ!
一刀斎:いま一度。
典膳:いやあああ!
一刀斎:いま一度。
典膳:おおおおお!
典膳:『何度か振るう内に、ようやく斬撃が鋭さを帯びてきた』
典膳:『しかし、先生には全く当たらない。全てかわされてしまう』
典膳:『・・・いや?』
一刀斎:・・・
典膳:『かわされて・・・いない?先生は全く動いていない様に見える』
典膳:『これではまるで、私がわざと外しているかのようだ』
典膳:『勿論、私は外そうなどと思っていない。本気で剣を振るっている』
典膳:(何だ、これは?)
一刀斎:・・・
典膳:(・・・まさか)
0:時間経過
一刀斎:それまで。
典膳:(荒い息遣い)
典膳:『結局、一撃も当たらなかった』
一刀斎:明日もここで同じ稽古をする。そのつもりで(背を向ける)
典膳:お待ち下さい!
一刀斎:何だ?
典膳:今のは・・・もしや一刀流の秘伝では?
一刀斎:・・・
典膳:私に、秘伝をご伝授下さるのですか?
一刀斎:・・・ああ。
典膳:しかし、秘伝は後継者にしか伝授せぬと。
一刀斎:つまり、そういうことだ。
典膳:私を・・・一刀流の後継者に!?
典膳:『驚きの後、喜びが広がった。先生が、私をそこまで認めて下さっていたとは!』
典膳:『しかし・・・一つだけ、気になる事があった』
一刀斎:どうした?
典膳:先生・・・その、兄者は?
一刀斎:ああ、その事なんだがな。
典膳:『先生が静かに私の方に向き直る。そして、口を開いた』
一刀斎:お前、あいつを斬れ。
0:つづく
0:オマケ(今後の章で出てくる予定の台詞集です。ここから先は読まなくても問題ありません)
0:そして、ついに始まる、運命の戦い
善鬼:一刀流、小野善鬼!
典膳:一刀流、神子上典膳!
善鬼:いざ!
典膳:尋常に(じんじょうに)!
善鬼:(同時に)勝負!
典膳:(同時に)勝負!
0:誰が、この様な戦いを望んだのか
穂邑:アンタが・・・伊東一刀斎!?
0:誰が、この様な結末を望んだのか
一刀斎:一刀流、免許皆伝(めんきょかいでん)を申し渡す。
0:そして運命は、何を導き出すのか
善鬼:とら・・・・・・ゴメンな。
0:遺された者たちの、悲しみは
典膳:楽しゅう(たのしゅう)、ございましたなあ!
0:遺された者たちの怒りは
穂邑:返してっ!!
穂邑:あの人を・・・返してよぉっ!!!
0:答えはどこに
一刀斎:俺は一人で生きてきた!今までも!そしてこれからも!
一刀斎:俺と分かり合える者などおらぬ!
一刀斎:誰も!
一刀斎:誰にも!!!
0:どの様な未来を、選択するのか
典膳:剣鬼一刀斎・・・お覚悟を!
0:彼の遺志を・・・継ぐために
善鬼:「ぜん」・・・それが俺の、本当の名前だ。
0:(十一章鋭意執筆中、ご期待下さい)
0:道場 木刀を手に対峙する善鬼と典膳
典膳:いやあっ!
善鬼:ふんっ!
典膳:はあっ!
善鬼:甘いっ!
典膳:くっ!
典膳:(しまった!足を・・・)
善鬼:ぬんっ!(打ち込む)
典膳:はっ!(剣を受け止める)
典膳:(駄目だ、踏ん張りが効かない。ここは一旦距離を取って・・・)
善鬼:はあっ!(足払いを放つ)
典膳:うあっ!(仰向けに倒れる)
典膳:(くそっ!足払いとは・・・)
善鬼:勝負あり、だな。
典膳:『兄者の木刀が、私の眼前にあった』
善鬼:・・・
典膳:参りました。
善鬼:足。
典膳:は?
善鬼:挫いたか(くじいたか)?
典膳:は、はい。先ほど、斬撃を受け止めた時に。
善鬼:馬鹿野郎、丸分かりだったぞ。だから俺の足払いを食らっただけで、すっ転んじまうんだ。
典膳:・・・はい。
善鬼:怪我をしても、絶対に相手に気取ら(けどら)れるんじゃねえ。
善鬼:命のかかった真剣勝負なら、相手はどんな手でも使ってくる。弱点を突いてくるのは当然だ。
典膳:・・・
善鬼:やはり、まだまだ甘えな。
典膳:次からは・・・気をつけます。
善鬼:・・・見せてみろ。
典膳:え?
善鬼:足だよ、足。痛めたんだろ?
典膳:は、はい!
善鬼:何で嬉しそうなんだよ?
典膳:い、いえ!
善鬼:まったく(典膳の足に触れる)
典膳:うっ!
善鬼:ちょっと腫れてるな。骨まではいってないみたいだが。
典膳:大丈夫です、大したことありません。
善鬼:馬鹿野郎。そうやって油断してると、長引いたりするんだぞ。
善鬼:とりあえず、冷やさねえとな。ちょっと待ってろ。
典膳:兄者・・・
善鬼:だから、何で「にやついて」るんだよ?
典膳:べ、別に!
善鬼:変な奴。
典膳:『兄者が・・・兄者が帰ってきた!』
典膳:『以前の・・・いや、本来の兄者が!』
典膳:『私の前に居るのは、もう「鬼」などでは無い』
典膳:『ぶっきらぼうで下品だけど、芯が強く、心根が優しい、私が敬愛している兄者だ』
善鬼:これで良し、と。
典膳:『これで元通りだ。何もかも元通りだ』
典膳:『私たちは、また一緒に・・・』
一刀斎:(暗いトーンで)お前は、「俺と同じ」になれると思ったのに。
典膳:っ!?
典膳:『振り向いた先には、先生の後ろ姿があった』
典膳:『先生はこちらに一瞥(いちべつ)すらする事なく、行ってしまった』
典膳:(今のは、先生が言ったのか?)
典膳:(とても冷たい響きだった。絶望が込められているような)
善鬼:典膳、どうした?
典膳:・・・何でもありません。
典膳:『あの子供を逃したこと、先生には隠すことにした』
典膳:『兄者とも口裏を合わせ、私が渋々ながら斬り殺した、と先生に告げた』
典膳:『すると先生は一言』
一刀斎:そうか・・・
典膳:『と言った。それ以上、何の詮索(せんさく)もされなかった』
典膳:『本当に、先生は我らを信じたのか?それとも・・・』
典膳:『・・・これから、何か悪いことが起こるような、そんな予感がした』
0:欅楼
善鬼:よう。
穂邑:あら、いらっしゃい。ぜん。
善鬼:おう。ほれ、これ土産。
穂邑:わあ、いつもと何一つ変わり映えのしない饅頭(まんじゅう)だあ。どうもありがとう。
善鬼:何だよその言い草!
穂邑:ちゃんと礼は言っただろ。気持ちを込めてさ。(饅頭を食べる)
善鬼:(舌打ち)一個よこせ!(奪い取ろうとする)
穂邑:嫌だね(箱を遠ざける)これは私がもらったんだ。
善鬼:けち!
穂邑:けちじゃない!
穂邑:大体、アンタ前に簪(かんざし)買ってきてくれるって言わなかったかい?
穂邑:私が腰抜かすような一品持ってきてやる!ってさ。
善鬼:・・・
穂邑:ま、初めから期待なんかしてないけどね。
善鬼:・・・クックックッ!
穂邑:何だい?その気持ち悪い笑い方?
善鬼:(今日の俺はいつもとは違うんだぜ!何故なら)
善鬼:『俺は懐(ふところ)に手を入れた』
穂邑:?
0:数日前 町の小間物屋
善鬼:(うなっている)
善鬼:駄目だ、さっぱり分かんねえ!
善鬼:女ってやつは、何でこんなもん欲しがるんだ?
善鬼:一体どうしたら・・・
典膳:兄者?
善鬼:うわあっ!
典膳:そんなに驚かないで下さい。
善鬼:な、何だ、おめえか。
典膳:何見てるんですか?
善鬼:こ、これは・・・
典膳:ああ、簪ですか。
善鬼:・・・
典膳:贈り物ですか?
善鬼:うるせえ。
典膳:どなたに贈られるんです?
善鬼:うるせえっつってんだろ!
典膳:(笑いながら)お邪魔してすいませんでした。私はもう行きますから、ゆっくり選んで下さい。
善鬼:・・・待て。
典膳:何ですか?
善鬼:おめえ、簪買ったことあるか?
典膳:まあ、無くはないですけど。
善鬼:どれが良いと思う?
典膳:はい?
善鬼:俺はこういうの買ったことねえから、良し悪し(よしあし)が分かんねえんだよ!
典膳:ああ、そういう事ですか。
善鬼:頼む!代わりに選んでくれ!
典膳:お断りします。
善鬼:なっ!何だとこの野郎!
善鬼:兄弟子の頼みが聞けねえって言うのか!
典膳:大切な方に贈られるんでしょう?なら、人に頼んじゃ駄目ですよ。
善鬼:う・・・
典膳:大丈夫、兄者が選んだものなら、きっと喜んで下さいます。
善鬼:そ、そうか?
典膳:そうですとも。
善鬼:よし!それじゃあ・・・
0:現在 欅楼
善鬼:『と、言うわけで、今日はちゃあんと簪を持って来てるんだよ!』
善鬼:『とらの奴、きっと驚くぞ!』
穂邑:さっきから何ニヤニヤしてるのさ?
善鬼:とら、実はよ!
穂邑:?
善鬼:これ・・・(簪を取り出そうとするが)
典膳:『そう言えば兄者、簪を女性に贈る意味、知ってますか?』
善鬼:っ!(手が止まる)
穂邑:・・・何だよ?
0:再び小間物屋
善鬼:ああ?意味?
典膳:ええ。
善鬼:そんなもん知らねえよ。
典膳:知らずに贈ろうとなさってたんですか?
典膳:簪を女性に贈ると言うのは、「一生をその方と供にしたい」という意味があるんですよ。
善鬼:・・・そうなのか。
典膳:素敵ですねえ。
善鬼:・・・
典膳:・・・兄者?
善鬼:・・・一生を供に、か。
0:欅楼
穂邑:どうしたんだよ?何で固まってんだ?
善鬼:(俺が、とらと一緒に・・・)
穂邑:(善鬼の目の前で手を振りながら)おーい、目開けたまま寝てんのかあ?
穂邑:ぜーん!ぜんってば!
0:どこかの百姓家
穂邑:父ちゃん!
善鬼:へっ?
0:百姓姿の善鬼と穂邑 二人の間で赤子が鳴いている
穂邑:「へっ?」じゃねえべ!我が子が泣いてんのに、何呆けて(ほうけて)るだ!
善鬼:俺の・・・子供?
穂邑:暑さで頭やられちまったかあ?
穂邑:オラ今手が離せねえから、あやしてやってけれ!
善鬼:お、おお!
0:善鬼、恐る恐る赤子を抱き抱える
善鬼:よーし、よし。父ちゃんだぞお。もう泣くんじゃねえぞお。
0:赤子 激しく泣く
善鬼:うわっ!泣き止むどころか、ますますひどくなった!
善鬼:かはっ!顔に小便引っかけやがった!
穂邑:もう何やってるだ!しょうがねえなあ。
0:穂邑、善鬼から赤子を奪い取る
穂邑:ほうれ、母ちゃんだぞ。よしよし。
善鬼:すぐ泣き止みやがった。何でだよ。
穂邑:そうかそうか、父ちゃんは嫌か。可哀想になあ、ごめんよお。
善鬼:おめえがあやせって言ったんじゃねえか!
穂邑:もう良いから、早よう畑に行け。
善鬼:へいへい。(鍬を担いで)
穂邑:ほい、握り飯。
善鬼:(握り飯を受け取る)おう。じゃあ父ちゃん行ってくるからよ、良い子にしてんだぞ!
穂邑:気いつけてな!
0:欅楼
穂邑:おめえ本当に大丈夫か?
善鬼:・・・
一刀斎:『斬れ!善鬼!』
善鬼:・・・
穂邑:ぜん?
善鬼:(少し自嘲気味に笑いながら)もう俺に、そんな資格は無えよ。
穂邑:ん?何て言ったんだ?
善鬼:隙あり!(饅頭を一つ奪い取る)
穂邑:あっ!私の饅頭!
善鬼:(饅頭を頬張りながら)これは俺の銭で買ったんだ!
穂邑:返せ!
善鬼:もう食っちまったもんねー。
穂邑:くっ!
善鬼:ははっ!やっぱりおめえは、簪より饅頭の方が似合うぜ!
穂邑:何だと!?
善鬼:(豪快に笑う)
0:数日後 河川敷
0:立ち会い中の剣客と典膳
0:それを離れて見ている善鬼
剣客:やあっ!
典膳:はあっ!
善鬼:『その日、武芸者から立ち会いの申込があった』
善鬼:『相手が指名したのは典膳だった』
善鬼:『最近は先生に限らず、俺や典膳を指名してくる奴も増えていた』
善鬼:『俺たちの剣名(けんめい)も、それなりに高まっているらしい』
剣客:これならどうだ!(突きを放つ)
典膳:ふっ(突きを捌く)
剣客:簡単に捌かれた(さばかれた)だと?
善鬼:(典膳の奴、ますます腕を上げたな)
剣客:おのれえ!(斬りかかる)
典膳:甘いっ!(斬撃を弾き返す)
剣客:くそっ!こんなはずでは・・・
善鬼:(そろそろ終い(しまい)か)
典膳:はあっ!
剣客:ぐあっ!
善鬼:『典膳の放った斬撃が、相手の刀身(とうしん)を叩き折った』
典膳:(深く息を吐く)
善鬼:勝負あり、だな。
剣客:ま、まだだ!まだ勝負はついておらん!
善鬼:どうしようってんだ?折れた剣で続けんのか?
典膳:潔く(いさぎよく)負けを認めてはいかがですか?
剣客:(不敵に笑う)
善鬼:?
剣客:案ずるな、得物(えもの)ならまだある。こいつがなっ!(懐から鉄砲を取り出す)
典膳:っ!
善鬼:鉄砲だと!?
剣客:形成逆転だな。
善鬼:『それは短筒(たんづつ)と呼ばれる、片手で扱える種類の鉄砲だった。小さいとは言え、威力は充分だ』
剣客:さあ、剣を納めて、潔く負けを認めてはいかがかな?
善鬼:ふざけんな!そんなもん使っといて、「勝ち」になると思うのか!?
剣客:「負け」を認めて頂けないのなら、こいつが火を吹くまでだ。
善鬼:こいつ、性根(しょうね)が捻じ曲がってやがる。同じ武芸者として恥ずかしいぜ。
典膳:・・・
剣客:一刀流の神子上典膳(みこがみてんぜん)に勝ったとなれば、俺の名は天下に轟く(とどろく)だろう。
剣客:晴れて、仕官(しかん)の道も拓ける(ひらける)というもの。
善鬼:おめえみたいなのを家来にした主君は不幸だな。
剣客:何とでも言え!真剣勝負ならば、勝つ為に手段を選ばんのは道理であろう。
典膳:・・・確かに、一理ありますね。
善鬼:阿保(あほ)、共感してる場合か。
善鬼:(小声で)とにかく、走り回って掻き回す(かきまわす)ぞ。
善鬼:(小声で)あの鉄砲は連発できねえはずだ。幸いこっちは二人、上手く無駄撃ちさせりゃあ・・・
典膳:兄者、手出しは無用に願います。
善鬼:おい!
典膳:これは一対一の立ち会いです。助太刀を受けては、私の名が廃ります(すたります)
善鬼:そんな事言ってる場合か!
剣客:さっきから何をごちゃごちゃ言っている。早く剣を納めぬか!
典膳:お断りします。
剣客:何ぃ!
典膳:あなたもさっき仰った(おっしゃった)ではありませんか。まだ勝負はついていません。
剣客:俺が撃てないとでも思っているのか?
典膳:いいえ。
善鬼:(どうするつもりだ?)
剣客:い、良いんだな?本当に撃つぞ。
典膳:御託(ごたく)はもう結構です。さっさと撃って下さい。
剣客:おのれ!
善鬼:『虚勢(きょせい)では無い。典膳は落ち着き払っている』
善鬼:『俺は手出ししない事にした。そうしても、きっと大丈夫だろう、そう思えた』
剣客:貴様が悪いのだ!大人しく負けを認めていれば、こんな物使わずに済んだ!
典膳:(細く息を吐き出し、集中力を高める)
剣客:死ね!(引き金を引く)
典膳:はっ!(剣を素早く振り下ろす)
善鬼:・・・
剣客:・・・
剣客:・・・どういうことだ?何故、あいつはまだ立っている?
典膳:・・・
剣客:まさか・・・鉄砲の弾を、斬り落としたとでも言うのか?
典膳:・・・(激しく呼吸する)
善鬼:『典膳の身体中から汗が吹き出す。極限まで集中力を高めていたのだろう』
剣客:化け物・・・(鉄砲が手から滑り落ちる)
典膳:今度こそ、勝負ありですね。
剣客:・・・斬れ。
典膳:・・・
剣客:こんな物まで使っても勝てなかった。おめおめと生き恥を晒す(さらす)つもりは無い。
剣客:さっさと斬れ!
典膳:(剣を納める)
剣客:なっ!?何故剣を納める!斬れと言っておるだろうが!
典膳:貴方、良い腕をしておられます。
剣客:え?
善鬼:・・・
典膳:相当な修練(しゅうれん)を積んできたのでしょう?あの太刀捌きは、ちょっとやそっとで身につくものではありません。
剣客:・・・
典膳:しかし・・・鉄砲を持ってしまった事が、貴方の剣筋(けんすじ)を歪めてしまったのではありませんか?
典膳:安易な力を手にしたが為に、貴方の覇気(はき)を奪ってしまった。
剣客:く・・・う・・・
典膳:もう一度、やり直しでごらんなさい。今度はそんな物抜きで。
典膳:貴方の剣士としての道のりは、きっとまだ途上ですよ?
典膳:その道を歩んでいれば、いつかまた、相見える(あいまみえる)こともあるでしょう。
典膳:その時、また勝負しましょう。
剣客:・・・
善鬼:・・・
剣客:・・・お心遣い、誠にかたじけない。
剣客:(土下座して)腕前お見事。某(それがし)の、完敗でござる。
典膳:・・・
剣客:神子上典膳殿。いや・・・先生。
善鬼:あ?
典膳:はい?
剣客:某を・・・弟子にして下され!
典膳:ええっ!
善鬼:(吹き出す)
剣客:先生の腕前、お人柄、感服つかまつった!某の師は、先生をおいて他におりませぬ!
典膳:やめて下さい!私はまだ修行中の身ゆえ、弟子など取りません!
剣客:さっき仰って頂いたではないですか!「一生共に、歩んで行きましょう」と。
典膳:言ってない!全然違います!
典膳:私が言ったのは「いつか相見えることもあるでしょう」です!
剣客:なるほど!支度金(したくきん)がいるのですな!某の全財産、お渡し致そう!
典膳:いりません!いつそんな事言いました?
剣客:それから、女子(おなご)も手配せよと?かしこまりました!
典膳:人の話聞いてます!?
典膳:弟子になる条件が金に女って、私どれだけ下衆(げす)なんですか?
剣客:じゃあ!逆にお聞きしますが!一体どうしたら弟子にして頂けるのか!?
典膳:何で貴方が怒ってるんですか!?
典膳:兄者!黙って見てないで、兄者も止めて下さい。
0:振り返るが、善鬼はいない
典膳:あれ、兄者?居ない?
剣客:足を舐めよと?なるほど、そういうご趣味か!
剣客:先生、失礼致します!
典膳:ちょ、ちょっと!やめて下さい!
善鬼:『俺は二人の様子を遠くから見ていた』
典膳:兄者!どこにいかれた!?助けて下さい!!
善鬼:(そうか、そう言う事か)
善鬼:(ようやく分かった)
善鬼:(俺が何故、典膳を弟弟子にしたのか)
0:数刻後 逗留している宿
典膳:ただいま戻りました・・・
善鬼:お!これはこれは、典膳先生ではありませんか!
典膳:やめて下さい!
典膳:兄者、ひどいじゃないですか!私を放ったらかして先に帰っちゃうなんて!
善鬼:おや?お弟子さんはご一緒じゃないんですかい?
典膳:弟子などおりません!あれから大変だったんですからね。何とか諦めさせましたけど。
0:一刀斎が現れる
一刀斎:戻ったか。
典膳:先生、ただ今戻りました。
善鬼:先生!聞いて下さいよ、典膳のやつ・・・
一刀斎:善鬼、稽古を付けてやる。
善鬼:え?
一刀斎:どうした、嫌か?
善鬼:いえ、まさか。
一刀斎:中庭に来い。
善鬼:分かりました。
典膳:(珍しいな)
0:中庭
善鬼:先生、お待たせして・・・え?
一刀斎:どうした?
典膳:先生、何故真剣をお持ちで?
一刀斎:稽古だと言っただろう。
善鬼:まさか、真剣で稽古を?
一刀斎:そうだ。問題無かろう。
善鬼:はい・・・
典膳:(先生、一体何を考えておられる?)
典膳:『先生が我らを相手に真剣で稽古をするなど、まず無い。私は先生の心中(しんちゅう)を図りかねていた』
0:真剣を手に対峙する二人
一刀斎:では始めるか。
善鬼:はい!
典膳:『兄者は上段に構えた。本気だ。一分(いちぶ)の隙もない構えだった』
典膳:『兄者はそのまま斬りかかろうとした。だが・・・』
一刀斎:っ!(殺気を放つ)
善鬼:っ!?
典膳:(殺気?)
典膳:『先生から凄まじい殺気が放たれ、兄者の動きが止まった』
典膳:『いや、動けなくなったのだ。見ているだけの私でさえ、身体を押し潰されそうな圧力を感じていた』
善鬼:くっ・・・
一刀斎:どうした?
善鬼:・・・いやあああ!
典膳:『兄者は先生の気を何とか振り払い、斬撃を放った。しかし、振り降ろすのが精一杯、という感じだった』
一刀斎:ハァッ!(善鬼の斬撃を弾き返す)
善鬼:うあっ!(よろめく)
一刀斎:(深く息を吐く)
典膳:『先生の圧力が強まる。常人ならば、対峙しただけで、息が出来なくなる程の気迫だった』
善鬼:(浅く早い息遣い)
典膳:『兄者はまた動けない。変わりに、滝のような汗が流れ落ちていた』
典膳:(これ程なのか)
典膳:(まだ、これ程に、差があるのか)
典膳:『一刀流の門下に入り数年、格段に腕は上がったと思っていた』
典膳:『かつては手も足も出なかった兄者に、ようやく良い勝負ができるようにもなってきた』
典膳:『その兄者が・・・何もできない』
典膳:『本気を出した先生とは、まるで大人と子供と言う程の実力差があると思えた』
典膳:『いや・・・果たしてこれが、先生の本気なのかさえも、定かではなかった』
一刀斎:・・・(一歩間合いを詰める)
善鬼:っ!(一歩下がる)
典膳:兄者、下がってはなりません!
一刀斎:(息を大きく吸い込む)
善鬼:うっ!
一刀斎:シャアッ!!(一足で間合いを詰め、その勢いのままに斬撃を放つ)
善鬼:ぐあっ!!
典膳:『兄者の・・・首が飛んだ』
0:欅楼
穂邑:え?
穂邑:『部屋に置いてあった徳利(とっくり)が、突然割れた』
穂邑:『それも真っ二つに、まるで剣で斬られたかのようだった』
穂邑:・・・ぜん?
穂邑:『何故か、アイツの顔が、頭に浮かんだ』
0:再び中庭
一刀斎:これまでだ。
典膳:え?
善鬼:・・・
典膳:『兄者の首は、まだ胴体と繋がっていた。先ほど、確かに飛ばされたように思ったが』
一刀斎:やはりお前は、ここで終い(しまい)か(剣を納める)
善鬼:先・・・生・・・
典膳:『先生は我らに背を向けた。そして兄者は』
善鬼:う・・・(倒れ込む)
典膳:兄者!?
典膳:『そのまま意識を失った』
0:数日後 とある大名屋敷
典膳:『それから数日後、私たち三人はとある大名家の招待で、ご領地を訪れていた』
典膳:『今回の目的は、その大名家ご当主の前で、御前試合(ごぜんじあい)を行うこと』
典膳:『しかも今回、試合を行うのは先生では無く、兄者だ』
典膳:『先方からのご指名だった』
典膳:『普段であれば、この上無い栄誉(えいよ)だが・・・』
姫:善鬼殿!お久しゅうございます!
典膳:『出迎えてくれたのは、ご当主の姫君(ひめぎみ)だった』
善鬼:(少し弱々しく)ご無沙汰しております、姫。
姫:?
典膳:お初にお目にかかります。一刀流門下(もんか)、神子上典膳と申します。
姫:ああ、貴方が新しいお弟子さんですね。かなりの腕前だとか。私の耳にも評判は届いておりますよ。
典膳:いえ、私など、まだまだ未熟でございます。
姫:ご謙遜(けんそん)を。これで一刀流もご安泰(あんたい)ですね、善鬼殿。
善鬼:・・・
姫:善鬼殿?
善鬼:・・・はっ!し、失礼しました。
姫:大丈夫ですか?お加減でも?
善鬼:いえ、大丈夫です。
姫:そうですか?
善鬼:はい・・・
姫:・・・
一刀斎:姫。
姫:い、一刀斎殿。
一刀斎:この度は、お招きに預かり、誠にありがとうございます。
姫:いいえ、御足労(ごそくろう)をお掛けし、恐縮にございます。父も喜んでおります。
一刀斎:まさか、善鬼をご指名になるとは、意外でした。
姫:以前こちらに来られた際、父は善鬼殿をえらく気に入ったようでして。
一刀斎:そうですか。良かったなあ善鬼、俺を差し置いて御前試合をさせてもらえるのだからな。
善鬼:そんな・・・先生を差し置いてなど・・・
姫:む、無論、父も一刀斎殿を無双の武芸者と評しております。ただ此度(こたび)は・・・
一刀斎:(少し笑う)少し軽口(かるくち)が過ぎ申した、許されよ。
姫:・・・
一刀斎:善鬼、俺は今から御当主様(ごとうしゅさま)にお目通り(おめどおり)してくるが、戻ったら酒が飲みたい。
一刀斎:町で買うて来い。
姫:それでしたら、当家の者に用意させます。
一刀斎:いえいえ、今晩の寝床(ねどこ)をご用意頂いただけでも恐縮ですのに、これ以上お手間はかけられません。
典膳:では私が。
一刀斎:俺は善鬼に命じたのだ。分かったな、善鬼。
善鬼:承知、致しました。行ってまいります。
0:善鬼、ふらふらと歩き出す。
一刀斎:何だあいつ、姫の前だと言うのに覇気の無い。無礼な奴だ。
姫:私は、別に・・・
一刀斎:では、そろそろお父上に会うて参ります。
姫:はい。
一刀斎:典膳、姫になんぞ土産話でもして差し上げろ。
典膳:承知致しました。
一刀斎:では、また(立ち去る)
姫:・・・・・・(大きく息をつく)
姫:一刀斎殿は相変わらずの迫力でいらっしゃいますね。息が詰まりました。
典膳:・・・
姫:あっ、すいません、お師匠様の事をそんな風に・・・
典膳:い、いえ。
姫:それにしても、善鬼殿は本当に大丈夫なのですか?もしや病(やまい)でも?
典膳:いいえ、病ではありません。
典膳:『兄者は、先生との真剣稽古以来、ずっとあの調子だ』
典膳:『体は斬られずとも、心を、魂を、斬られてしまったような、そんな風に見えた』
姫:明日の御前試合、大丈夫でしょうか?
典膳:問題ございません。一刀流の剣技、存分にご堪能(たんのう)頂けると存じます。
典膳:『そうは言ったが、自信は無かった』
姫:そうですね。父も大層楽しみにしております。
典膳:しかし、今回は何故兄者をご指名に?普通は先生にお声がかかるものですが。
姫:無論、父が善鬼殿を気に入ったのもありますが・・・実は私がお願いしたのです。
典膳:姫様が?
姫:ええ。以前こちらにいらっしゃった時に、善鬼殿には助けて頂いたのです。
典膳:兄者に?
姫:私がこっそり城を抜け出して町に遊びに行った時に、野犬(やけん)の群(むれ)に襲われまして。
姫:その時に善鬼殿が現れて、野犬を追い払って頂いたのです。
姫:そのまま城まで送り届けて頂いたばかりか、城に忍び込むのまで手伝って頂きまして。
典膳:お転婆(おてんば)でいらっしゃったのですね。
姫:お恥ずかしい限りで。でも、お陰で父に知られずに済みました。
姫:もちろん、武芸者としてもこの上無い腕前をお持ちです。だから今回、善鬼殿をお呼びしたというわけです。
姫:それに・・・
典膳:?
姫:実は、明日の御前試合の如何(いかん)によっては、父は善鬼殿を召し抱えても良いと申しておりまして。
典膳:誠(まこと)ですか!?
姫:はい。
典膳:・・・
姫:あっ。でも、善鬼殿が居なくなれば、一刀斎殿も典膳殿も困ってしまいますわね。
典膳:いいえ!
姫:え?
典膳:そのお話、是非とも進めて頂きたい!
典膳:『良い話なのは確かだ。そして何より・・・もう兄者は、先生の側に居ない方が良い気がしていた』
典膳:『寂しくはなるが、このままでは、何か取り返しのつかない事が起こりそうで、ずっと不安だったのだ』
典膳:『この話は、正(まさ)に渡りに舟だと思った』
姫:典膳殿がそう言って下さるのは心強いですが、善鬼殿のお気持ちもございますし。
典膳:兄者は私が承知させますゆえ、何卒(なにとぞ)
姫:そうですか?ありがとうございます。
姫:明日、楽しみにしておりますわ。
0:夜 眠っている善鬼
一刀斎:『善鬼』
善鬼:『先生の声が聞こえる』
一刀斎:『善鬼』
善鬼:『以前とは違って、俺を操ろうとはしない』
一刀斎:『善鬼』
善鬼:『俺を、締め付けるように』
一刀斎:『善鬼善鬼善鬼善鬼善鬼善鬼善鬼善鬼』
善鬼:『俺を・・・喰らい尽くすように』
一刀斎:『善鬼・・・・・・許さぬ』
善鬼:はっ!(目覚める)
一刀斎:どうした、善鬼。うなされておったようだが?
善鬼:せ、先生。
善鬼:『先生が俺を見ていた。俺の傍ら(かたわら)に座り、俺の顔を覗き込んでいた』
一刀斎:そのままで良いぞ。具合が悪いのだろう?
善鬼:・・・
一刀斎:悪い夢でも見たか?
善鬼:何をしておいでで?
一刀斎:お前を見ていた。
善鬼:俺を・・・
一刀斎:善鬼、俺たちは出会ってどのくらいになる?
善鬼:・・・もう、十年以上にはなるかと。
一刀斎:そうだなあ、随分長く一緒に過ごしてきたものだ。
善鬼:・・・
一刀斎:前に話したことがあったな、俺が一緒に寝ていた妾(めかけ)に剣を奪われ、丸腰で刺客と戦う羽目になった話を。
善鬼:はい。その時に、払捨刀(ほっしゃとう)の極意(ごくい)を閃かれた(ひらめかれた)、と。
一刀斎:その妾な、結構気に入っていたのだ。将来、俺の子を産ませても良い、と思っていた。
善鬼:・・・
一刀斎:そんな女が裏切った。大方、金でも掴まされたのだろう。
一刀斎:だがな、その女、最後にこう言いおった。
一刀斎:「貴方は、死ぬその瞬間まで、きっと一人きりだ」と。
善鬼:『先生がこんな顔をするのを、初めて見た』
一刀斎:それを聞いた後、すぐに斬り捨ててやった。
一刀斎:何の感情も湧いては来なかった。
一刀斎:所詮、誰も俺とは歩めぬ。
一刀斎:分かっていた事ではないか。
0:一刀斎が善鬼の肩を掴む。
善鬼:っ?
一刀斎:どこへやった?
0:一刀斎が善鬼の体を揺する。
善鬼:先生、何を?
一刀斎:「俺の血」を、どこへやった?
0:どんどん揺する速度が早くなる。
善鬼:せ、先生?
一刀斎:お前を満たしてやったのに、どうして溢れた(こぼれた)?
善鬼:(揺らされ続ける)
一刀斎:そんなに嫌か?
一刀斎:そんなに、この道は辿り(たどり)たくないのか?
一刀斎:ならば、お前はどう生きる?
一刀斎:お前の、生きる意味とは何だ?
一刀斎:そこに、どれだけの価値があると言うのだ?
善鬼:先生・・・俺は・・・
一刀斎:(揺するのを辞める)つまらん。
一刀斎:何も面白くない。
一刀斎:もう、何も。
0:一刀斎は立ち上がり、部屋を出て行く。
善鬼:・・・先生。
0:翌朝
典膳:『御前試合の日を迎えても、兄者の体調は一向に回復しなかった』
典膳:『いや、むしろ悪化していた』
善鬼:(苦しそうな息遣い)
典膳:兄者!
善鬼:(息も絶え絶えに)大丈夫。大丈夫だ。
典膳:『息は荒く、目は虚ろ(うつろ)で、足元もおぼつかない。立っているのがやっと、と言う様子だ』
善鬼:(息も絶え絶えに)そんなに心配すんな。ちゃっちゃと終わらせるからよ。
典膳:しかし・・・
善鬼:おっと・・・(倒れそうになる)
典膳:兄者!(抱き留める)
典膳:『兄者がよろめき倒れそうになるのを、私は寸前で抱き留めた。その体は・・・』
典膳:っ!兄者、すごい熱じゃないですか!?
善鬼:(息も絶え絶えに)そうか?馬鹿は風邪引かねえって言うのにな。
典膳:こんな状態で試合など無理です!今回は辞退しましょう!
善鬼:そんな礼を欠くような真似、出来るわけねえだろ。せっかくお招き頂いたのによ。
典膳:ならば、私が名代(みょうだい)に立ちます!
善鬼:向こうは俺をご指名なんだ。
典膳:兄者!
善鬼:典膳(典膳の両肩を掴む)
典膳:っ!
善鬼:俺は大丈夫。大丈夫だからよ。
典膳:兄者・・・
善鬼:(肩から手を離し)さあ、行こうか。立ち会い人、しっかり頼むぜ。
典膳:・・・・・・はい。
典膳:『この時、兄者を力づくでもお止めしなかった事』
典膳:『私は生涯、後悔する事になる・・・』
0:城の中庭(御前試合の会場)
姫:『二人の剣豪が、木刀を手に対峙していた』
姫:『一人は、当家の剣術指南役(けんじゅつしなんやく)を務める武芸者、新陰流(しんかげりゅう)の達人だった』
姫:『相当な腕前だが、善鬼殿に敵うことはまず無い。普段であれば・・・』
善鬼:(苦しそうな息遣い)
姫:(善鬼殿、まだお加減が優れないのね)
一刀斎:・・・
姫:『一刀斎殿は、善鬼殿の後方に座(ざ)していた。その心中(しんちゅう)を窺い知る(うかがいしる)ことはできない』
典膳:此度(こたび)の御前試合、立ち会い人は某(それがし)、一刀流門下、神子上典膳が相(あい)務めまする。
典膳:双方、死力を尽くされますよう。
姫:『善鬼殿はまるで反応しない。これから試合をする人間とは思えぬほどに』
典膳:それでは・・・始められませい!
善鬼:・・・やあああ!!
姫:『善鬼殿が斬撃を放つ。だが・・・』
典膳:(兄者!?)
姫:『その木刀は、相手のはるか前方に振り下ろされた』
善鬼:(激しく息を吐く)
善鬼:・・・はあああ!!
姫:『善鬼殿がまた木刀を振るう。だがやはり、まるで見当違いの所を斬りつけていた』
善鬼:(木刀を振るいながら)やあっ!・・・せやあっ!・・・らあっ!
姫:『善鬼殿の剣は空(くう)を斬り続ける。相手は呆気に取られ、攻めかかるのを躊躇って(ためらって)いた』
姫:『この異様な光景に、見ている者がざわつき始めた。私の父も含めて』
典膳:(しまった!やはりお止めすべきだった!)
善鬼:(荒い息遣い)
善鬼:・・・わあああああ!
姫:『そして、ついには自分の斬撃にすら耐えられなくなり・・・』
善鬼:うわっ!(足元を滑らせ、派手に転ぶ)
姫:『空振りした勢いそのままに、善鬼殿の体はくるりと一回転した後、不様(ぶざま)に倒れ込んでしまった』
善鬼:(倒れた痛みと苦しさでうめき声を上げる)
姫:『周りのざわめきは、やがて失笑に変わった』
姫:『善鬼殿を嘲り(あざけり)笑う声が、広がってゆく』
典膳:(まずい!)
姫:『だがその時』
一刀斎:方々(かたがた)!!
典膳:っ!?
姫:『・・・皆、静まり返った。その視線が、一刀斎殿に注がれる』
一刀斎:我が不肖(ふしょう)の弟子がお見苦しい所をお見せし、痛恨(つうこん)の極み(きわみ)にござる。
一刀斎:どうか、今日はこれまでとさせて頂きたい。(頭を下げる)
典膳:(先生が・・・謝った?)
姫:『その言葉は、謝罪であったはずなのに、周りを圧倒するような威圧感が込められていた』
善鬼:(うめいている)
0:時間経過 城の中 善鬼の休んでいる部屋の前
姫:・・・
一刀斎:姫。
姫:一刀斎殿!
一刀斎:いかがされた?
姫:善鬼殿の身が案じられまして。
一刀斎:それはそれは。お心遣い、痛み入り申す。
姫:私のせいです。私が父に、御前試合など強請らねば(ねだらねば)このような事には・・・
一刀斎:ほう、この御前試合は姫様がお望みになったものでしたか。
姫:・・・
一刀斎:姫のせいではございませぬ。善鬼が未熟だっただけのこと。
姫:善鬼殿に会えますか?一目、お顔が見たいのですが。
一刀斎:それには及びませぬ。典膳も付いております故(ゆえ)、どうかこれ以上のお気遣いはご無用に願いたい。
姫:しかし・・・
一刀斎:姫!
姫:っ!
姫:『一刀斎殿が私を見ていた。この世のものとは思えぬ様な、昏く(くらく)冷たい目だった』
一刀斎:善鬼の事は、ご放念(ほうねん)を。お引き取り下され。
姫:は、はい。
0:一刀斎、部屋に入っていく。
姫:『私は頷く(うなずく)ことしかできなかった。あの目に睨まれて(にらまれて)逆らえる者などおるだろうか』
姫:『そして、私は以後二度と、小野善鬼と言う剣豪に、会う事はなかった』
0:善鬼達の控室
善鬼:(苦しそうな息遣い)
典膳:兄者、大丈夫ですか?
善鬼:俺は、何てことを・・・一刀流の看板に、泥を塗っちまった。
典膳:具合が悪かったのです、仕方ないではありませんか。
典膳:先生には、私から申し開き致します。
善鬼:よせ・・・
0:一刀斎が部屋に入ってくる
一刀斎:(一直線に善鬼に向かって歩いてくる)
善鬼:先生、申し訳ございませんでした・・・
典膳:先生!兄者は病(やまい)だったのです!普段の兄者ならあの様な・・・
一刀斎:っ!(善鬼を蹴り飛ばす)
善鬼:がはっ!
典膳:『先生は、有無を言わず兄者を蹴り飛ばした。兄者の身体は宙を飛び、壁に叩きつけられた』
典膳:先生!何を!?おやめ下さい!!
一刀斎:ああっ!!?(典膳を睨みつける)
典膳:ひっ!
典膳:『先生に睨まれ、身がすくんだ』
典膳:『その顔、正に鬼そのものだった。この世のものでは無い、人外の怪物』
典膳:『私は、まるで分かっていなかったのだ。自分の師が、何者であるかを』
一刀斎:(善鬼を蹴り続ける)
善鬼:(蹴られながら)先生・・・お、お許しください・・・
一刀斎:(蹴り続けながら)この・・・役立たずがぁっ!!!
典膳:『先生は兄者を蹴り続ける。兄者は段々と動かなくなっていった』
典膳:『私はそれを、ただ震えながら見ているしかできなかった。兄者が苦しんでいると言うのに、何も出来ずに』
一刀斎:があっ!(蹴る)
典膳:(・・・怖い)
善鬼:(蹴られ)ぐはっ!
典膳:(怖い)
典膳:(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い・・・)
一刀斎:(荒い息遣い)
善鬼:(うめき声を上げている)
典膳:『ようやく制裁(せいさい)が終わった。兄者はもう、虫の息だった』
一刀斎:(少し息を切らせながら)行くぞ、典膳。
典膳:(辿々しく)先・・・生。あ、兄者・・・は?
一刀斎:捨ておけ!
典膳:っ!・・・はい。
典膳:『私は先生の後を付いて行く。ぼろぼろになった兄者を残して』
善鬼:(うめき声)
典膳:『・・・私は手で耳を塞ぎ、兄者の苦しむ声を、聞かないようにした』
0:約一月後 逗留先
典膳:あっ。
善鬼:・・・
典膳:・・・
典膳:『私は黙って、兄者の隣を通り過ぎた。あの御前試合以来、兄者とはほとんど口を効かなくなった』
典膳:『後ろめたい気持ちがあるからだ』
典膳:『いや、兄者だけではない。私は先生のことも避ける様になっていた。これは恐怖からだ』
典膳:『そして、先生と兄者も、ほとんど話すことは無くなっている様だった』
典膳:『私たちは、三人きりで過ごしているはずなのに、その心は離れ離れ(はなればなれ)になっていた』
一刀斎:典膳。
典膳:っ!せ、先生。
一刀斎:ついてこい。
典膳:どちらへ?
一刀斎:良いから来い。
典膳:は、はい。
0:近くの荒れ地
典膳:『先生に連れられたのは、近くの荒れ地だった』
典膳:(先生・・・一体何の御用だろう?)
典膳:(・・・まさか、あの子供を斬らなかった事、知られてしまったのか?)
典膳:『あの時、子供を斬らなかったのは、正しい事だと思っていたはずだった。それなのに・・・』
典膳:『今私は、「何故あんな事をしてしまったのだろう?」とまで思っている』
一刀斎:典膳、抜け。
典膳:っ!
典膳:(やはり先生は、私を罰するおつもりなのか?)
一刀斎:早くしろ。
典膳:は、はい!(剣を抜く)
典膳:『私が抜いた剣は震えていた』
典膳:『だが、先生は剣を腰に差したまま、こう言った』
一刀斎:斬りかかってこい。
典膳:先生?しかし・・・
一刀斎:ここままで構わん、早う来い。
典膳:・・・分かりました。
典膳:やあああ!(斬りかかった)
典膳:『私は戸惑いながら斬撃を放つ。刀身は先生に擦りも(かすりも)しなかった』
一刀斎:本気でこんか!
典膳:は、はい!でやあああ!
典膳:『私は再び斬撃を放った。やはり、当たらなかった』
一刀斎:いま一度。
典膳:はあああ!
一刀斎:いま一度。
典膳:いやあああ!
一刀斎:いま一度。
典膳:おおおおお!
典膳:『何度か振るう内に、ようやく斬撃が鋭さを帯びてきた』
典膳:『しかし、先生には全く当たらない。全てかわされてしまう』
典膳:『・・・いや?』
一刀斎:・・・
典膳:『かわされて・・・いない?先生は全く動いていない様に見える』
典膳:『これではまるで、私がわざと外しているかのようだ』
典膳:『勿論、私は外そうなどと思っていない。本気で剣を振るっている』
典膳:(何だ、これは?)
一刀斎:・・・
典膳:(・・・まさか)
0:時間経過
一刀斎:それまで。
典膳:(荒い息遣い)
典膳:『結局、一撃も当たらなかった』
一刀斎:明日もここで同じ稽古をする。そのつもりで(背を向ける)
典膳:お待ち下さい!
一刀斎:何だ?
典膳:今のは・・・もしや一刀流の秘伝では?
一刀斎:・・・
典膳:私に、秘伝をご伝授下さるのですか?
一刀斎:・・・ああ。
典膳:しかし、秘伝は後継者にしか伝授せぬと。
一刀斎:つまり、そういうことだ。
典膳:私を・・・一刀流の後継者に!?
典膳:『驚きの後、喜びが広がった。先生が、私をそこまで認めて下さっていたとは!』
典膳:『しかし・・・一つだけ、気になる事があった』
一刀斎:どうした?
典膳:先生・・・その、兄者は?
一刀斎:ああ、その事なんだがな。
典膳:『先生が静かに私の方に向き直る。そして、口を開いた』
一刀斎:お前、あいつを斬れ。
0:つづく
0:オマケ(今後の章で出てくる予定の台詞集です。ここから先は読まなくても問題ありません)
0:そして、ついに始まる、運命の戦い
善鬼:一刀流、小野善鬼!
典膳:一刀流、神子上典膳!
善鬼:いざ!
典膳:尋常に(じんじょうに)!
善鬼:(同時に)勝負!
典膳:(同時に)勝負!
0:誰が、この様な戦いを望んだのか
穂邑:アンタが・・・伊東一刀斎!?
0:誰が、この様な結末を望んだのか
一刀斎:一刀流、免許皆伝(めんきょかいでん)を申し渡す。
0:そして運命は、何を導き出すのか
善鬼:とら・・・・・・ゴメンな。
0:遺された者たちの、悲しみは
典膳:楽しゅう(たのしゅう)、ございましたなあ!
0:遺された者たちの怒りは
穂邑:返してっ!!
穂邑:あの人を・・・返してよぉっ!!!
0:答えはどこに
一刀斎:俺は一人で生きてきた!今までも!そしてこれからも!
一刀斎:俺と分かり合える者などおらぬ!
一刀斎:誰も!
一刀斎:誰にも!!!
0:どの様な未来を、選択するのか
典膳:剣鬼一刀斎・・・お覚悟を!
0:彼の遺志を・・・継ぐために
善鬼:「ぜん」・・・それが俺の、本当の名前だ。
0:(十一章鋭意執筆中、ご期待下さい)