台本概要

 284 views 

タイトル おはようマイヒーロー
作者名 帆多 丁  (@wahoo_gyudon)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 30 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 「楽しい夢が終わるときはいつだって、夢を見ていると自覚した時だ」

夢見る僕と不条理の姫君、あと鬼によるジェットコースターラブコメアクションです。
ジェットコースターなのはラブではなく場面展開です。夢ですので、何の前触れもなく場面が変わります。
《約4000文字》

台本の使用に関しまして、下記の点を遵守してください

・作者名と台本URLの記載
・使用のご連絡(使用前でも後でも大丈夫です)
(例:X(旧ツイッター)で帆多をメンションして上演告知する、など)
・使用後の連絡はだいたい48時間以内を目安にお願いします。
・作品の構成に影響がでるような過度の改変、アドリブはご遠慮ください。
・録音や録画などは、将来的に台本の原作を公募に出す、または運良く出版されるといった場合において削除をお願いする可能性がございます。ご対応いただける場合のみ許可とさせてください。

 284 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
37 ハイティーンの少年、およびその10年後(終盤のみ)。まるで夢のように不条理な世界で鬼と戦う。 地の文(モノローグ。大量)も担当。 カギカッコで囲まれているのがセリフ。そうでないのが地の文です。
36 不条理の姫君。なんかいつも楽しそう。セリフは少なめだけれど場面ごとに衣装チェンジがある
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
姫:「はーい、じゃ、次はこいつで」 僕: ピンクジャージの彼女が指したのは申し分のないほどに鬼だった。幼稚園の頃に絵本で見たいわゆるアレだ。いろとりどりの。 僕: 赤、青、黄色。金、銀、パール。パールて。 僕: パールに気を取られていたら、赤鬼の拳が僕の上半身を吹き飛ばすのが、見えた。 僕:「なんで!?」 姫:「ぼさっとしない!」 僕: 迫り来る鬼、混乱する思考、疾走するキャデラック。 姫:「わぁ正夢だ! 私、きみとこうなる夢みたんだよ!?」 僕:「夢にも思わなかった!」 僕: キャデラックのハンドルを握ってアクセルを踏み込む。助手席には水色ワンピースの彼女。 僕:「きみだれ? ぼくなに? 鬼どこ!?」 姫:「あぶなーーーーいっ!」 僕: 警告に前を向けばフルスイングな金棒。とっさに引っ張るシートレバー。仰向けの二人をかすめて金棒が車の上半分をフライアウェイすれば目に飛び込んでくる満天の星空。 姫:「ロマンチックね」 僕:「そうかなぁ?」 姫:「見て、流れ鬼!」 僕:「わぁ、複数の鬼が流れ星のように夜空をサーフしてくるね」 姫:「あれが消える前に三回願うと、叶うんだって」 僕:「夢なら醒めますように夢なら醒めますように夢なら醒めますように」 僕:「叶うか消えるかしてくれ。逃げるよ!」 僕: 芝生から身を起こし引いた彼女の手は、とても肉厚で、びくともしなかった。 姫:「ごめん私こっち」 僕: 膝を抱えて宙にふわふわと浮かぶフレアスカートの彼女と、青鬼の手を引いたまま、頭から叩き潰される自分、を見る自分。 0: 転換 姫:「ツーアウトツーアウトー!」 僕: 60フィート6インチほど向こうで彼女がミットを構えた。アイドルが始球式で着るような、可愛らしいミニスカユニフォーム。 僕: その格好でキャッチャーなもので、ピッチャー的には中が見える。いわゆる短パン。安心はするけど、謎は謎のままにしておいて欲しかった。 僕: 正面、左右、後方に一体ずつ、4体の鬼で演出する満塁感。 僕: スタンドもカラフルな鬼で満員だ。 僕: そんな中に楽しげなキャッチャー彼女。いい加減慣れてきたぞ。 姫:「プレイボール!」 僕:「それきみの仕事じゃないよね」 姫:「ピッチャー第一球、振りかぶって投げました!」 僕:「それも君の仕事じゃないよね」 僕: 殺意を込めた白球は浮き上がるような軌道を描いて、かすめ取るようにバッター「鬼」の顎を打ち抜いた。 姫:「ストラック! バッターアウトぉ!」 僕:「殺ったぜ!」 僕: 塁を蹴って迫ってくる3体の鬼。逃れるように本塁へ走り、彼女を背中にかばって鬼へ向き直れば、ぼんやり思い出しそうになる。 姫:(僕の耳元でささやく)「まだだめ。まだこっちに集中して?」 僕: スタンドから鬼どもが飛び降りるのが見える。 0: 転換 僕: 僕は腰の剣を抜いた。 姫:「がんばってね!」 僕: いそいそと檻に閉じこもりながら彼女が、黄色いドレスの裾をひるがえす。 姫:「助けてぇぇぇ! 勇者さまぁ!」 僕:「いちいち楽しそうなんだよ、きみは」 僕: 次から次へと湧いて出るカラフルな筋肉を、屋台のポップコーンみたいに吹っ飛ばして回る。 僕: 多勢に無勢でぶっ飛ばされたり、叩き潰されたり噛みちぎられたり、散々な目に遭っても無限コンティニューの心で前に進めば思い出すあの気持ち。 僕: あきらめずにたどり着いただろ。あと一歩だったろ。 姫:「勇者さま、こっち見て!」 僕:「今度はなに!?」 僕: 声に振り返ると、彼女が巨大なゴリラみたいな鬼に握られていた。クラシックスタイルだ。ほらみろスカイスクレイパー。ほらみろヘリコプター。 姫:「私が握り潰されたらー、全部おしまいだからー!」 僕:「詰んでんじゃねーか」 僕: ゴリラ鬼の脳髄から、神経パルスが走る。その到達よりも早く。筋肉の収縮よりも先に、腱(けん)を斬れ。 僕: 空間とか、重力とかいう概念を無視して、ヘリの床を蹴って跳ぶ。 僕: ゴリラの手首を貫いた刃から、びちり、手応えが伝わる。 僕: 力の抜けたゴリラの手から、彼女が抜け落ちる。それを追って飛び降りる。 僕: ――彼女を追って、ここまで来た。 僕: 意味不明な世の中で出会った、不条理の姫君。栗色おさげ髪の彼女に手を伸ばして 僕:「捕まえた!」 姫:「まだまだ!」 僕: まぶしく笑って彼女が言う。スカイスクレイパーから落ちてるって状況は、まだ続いてる。 僕: イエローキャブの列と横断歩道と太字の「バス専用」がぐいぐい迫る中、彼女の手を引き寄せて抱きよせる。 姫:「わかってきたんじゃない?」 僕: わかってきた。 僕: 地面が地面と誰が決めたよ? 僕: (キャンバスを突き抜ける擬音)ばすん。 僕: クラシックスタイルだ。 僕: マンハッタンの路上が描かれたキャンバスを突き抜け、水平線の描かれた絵に大穴を開け、メロンパンみたいな銀河系を後に宇宙を彼女と突き抜ければ、聞こえてくる声。 姫:「本番五分前!」 僕: 不条理の姫君が何を言っても驚かないし、何を着てても驚かない。セーラー服なんてありきたりだし、わがまま言うなら僕はブレザーがいい。 僕: 銀河に浮かぶ人工の星のダストシュートに僕ら自身をシュートして、真っ青に蒸し暑いウォーター・チューブを滑り降り、薄暗く朽ちた城の大広間へ滑り出る。 僕: 手をつないだまま大の字に寝転がって、内容の欠けたステンドグラスを見上げてふと思う。 僕:「……鬼は?」 姫:「欲しい?」 僕:「要らない」 姫:「本番2分前」 僕: 彼女と最後にしゃべったのは去年の今頃。あのステンドグラスに描いてあったお話を、こうして寝転んで教えてくれた。 僕: あの欠けた部分こそ、彼女が描かれていた部分だ。 僕: 彼女が握りつぶされたら、この世界はおしまいなんだ。 姫:「本番1分前」 僕: 輪郭を思い出してくる。今の僕がどこに居たのかを、どこから来たのかを思い出してくる。 僕: 子どもの頃にわかった事がある。楽しい夢が終わるときはいつだって、夢を見ていると自覚した時だ。 姫:「本番30秒前」 僕: 見つめ合った彼女は、ひどく儚く見えた。 姫:「忘れないでね。君はなんだって出来るんだよ。私の世界は、君を縛ったりはできないんだよ。だから、君のわがままで──」 僕: 本番十秒前、笑う。不条理の姫君が笑って、ささやかなわがままを言う。 姫:「私を、きっと、助けてね」 僕: 笑顔の頬に涙が伝う。彼女の輪郭がぼやける。その姿が曖昧に薄れていく。 僕: ほんとうに、きみは、ほんとうは、不安なくせに── 僕: 本番5秒前 僕: 4 僕: 3 僕:   僕:   僕:「素直じゃない」 僕: はっきりと自分の耳に声が届いた。 僕: 僕の骨は砕けていない、僕を埋めているのは重たい大理石の柱じゃない、僕はもう完全に大丈夫なのである、ということにして身を起こした。わかってしまえば、ひどく簡単な作業だ。 僕: 正面に、タキシードの背中が見える。 僕: 彼女をさらった張本人。彼女の本質、夢の不条理さを取り込む夢喰らいの王。 僕: その背に叩き込もうとした光の白刃(はくじん)は、王のアタッシュケースに止められる。 僕: 夢喰らいの王、僕が死んだと思ってただろ? 驚くそいつの鼻先に、言ってやった。 僕: 僕:「助ける姫に救われまして!」 僕: 僕: 別人になったように軽く、体がよく動く。 僕: もう負ける気はしなかった。世界の秘密はこっちのもんだ。 僕: 僕:「お前の常識には、つきあってやんないからな!」 僕: 僕: 夢の終わりはいつだって、夢を見ていると自覚した時だ。 僕: この世界の常識から外れる事ができたのは、僕が自覚したからだ。捕らわれの彼女が最後の力で教えてくれた、この世界の秘密だ。 僕: 夢喰らいの王を倒し、彼女にまとわりつく下僕のバクを蹴散らして覗き込んだ彼女は、寝台の上で静かに眠っているように見えた。 僕: 僕: ここでひとつ疑問がある。 僕: 寝ている女の子を起こすのに、どういったアクションが適切か。 僕: 頭が現実に引っ張られる。僕が覚醒しようとしている。 僕: 彼女は声をかけても、肩を叩いても、揺すっても起きてくれない。 僕: 起こさなくちゃいけないんだっけ? 僕: ふと自分の行動に疑問を持った瞬間、目が覚めそうになった。この自覚そのものもまずい。もう少し、彼女に集中しないと。 僕: 例えば、丸くて広い額とか、閉じられた長いまつげとか、ふっくらつるんとした頬とか、寝てるクセに笑ったような形を維持する口角とか。 僕: 形を、維持……? 姫: (笑いをこらえる) 姫:「ん-(唇を突き出す)」 姫:「ちゅっちゅ」 僕:「起きてんじゃねーか」 姫:「くひひひひ、ふっ、かはははは! 起きてるよ! 起きたよ!」 0: 転換 僕: 土曜日の朝の光が差す。 僕: あのとき、彼女は僕が挙動不審になってるのを、薄目で見ていたらしい。彼女の頬に笑いすぎの涙がこぼれるのを見ながら僕は、自分の体をつつむ毛布も感じていた。 僕: 不条理の姫君は寝台の上でばたばたごろごろ笑い転げ、ひとしきり笑うと寝たまま僕を引っ張り込んで僕の唇を奪った。 僕: 夢とは思えない柔らかなキスで、そんなわけで僕のファーストキスは夢の中という事になるのだけれど、唇を離した彼女が何を言ったのかを聞けずに、僕は自宅で目を覚ました。 僕: あれから十年。 0:  0:  姫:「寝言、うっさいよ。何の夢みてたの?」 僕:「君も知ってる、懐かしい夢」 姫:「ふーん?」 僕: 不条理の姫君は結局のところ、その名の通り不条理でなんでもありだった 僕: 25歳も過ぎたのだから僕はどうにも恥ずかしいのだけど、彼女は毎朝、あの時の言葉を繰り返してくれる 姫:「おはようマイヒーロー」 僕:「おはようプリンセス」 僕: これを言わないと怒る。 僕:「姫君の今朝のご所望は?」 姫:「サニー・サイド・アーップ」 僕:「目玉焼きね」 姫:「ベーコンカリカリ半熟いっちょう入りました」 僕:「それ僕のセリフよ。今日のご予定は?」 姫:「初日の舞台挨拶。話題のイケメンくんとおしゃべりしてくるよー」 僕:「はいはい。アバターはセンスあるよね、あいつ」 姫:「スねてる?」 僕:「スねてません」 僕: 夢の世界から来た何でもありの姫君は、この世の中でバーチャルタレントになった 僕: そんな彼女が最近言うのだ 姫:「人に夢を与えるのって、本当に大変なんだよ?」 僕:「ほんとうに、きみが言うと説得力あるよ」 0: おしまい

姫:「はーい、じゃ、次はこいつで」 僕: ピンクジャージの彼女が指したのは申し分のないほどに鬼だった。幼稚園の頃に絵本で見たいわゆるアレだ。いろとりどりの。 僕: 赤、青、黄色。金、銀、パール。パールて。 僕: パールに気を取られていたら、赤鬼の拳が僕の上半身を吹き飛ばすのが、見えた。 僕:「なんで!?」 姫:「ぼさっとしない!」 僕: 迫り来る鬼、混乱する思考、疾走するキャデラック。 姫:「わぁ正夢だ! 私、きみとこうなる夢みたんだよ!?」 僕:「夢にも思わなかった!」 僕: キャデラックのハンドルを握ってアクセルを踏み込む。助手席には水色ワンピースの彼女。 僕:「きみだれ? ぼくなに? 鬼どこ!?」 姫:「あぶなーーーーいっ!」 僕: 警告に前を向けばフルスイングな金棒。とっさに引っ張るシートレバー。仰向けの二人をかすめて金棒が車の上半分をフライアウェイすれば目に飛び込んでくる満天の星空。 姫:「ロマンチックね」 僕:「そうかなぁ?」 姫:「見て、流れ鬼!」 僕:「わぁ、複数の鬼が流れ星のように夜空をサーフしてくるね」 姫:「あれが消える前に三回願うと、叶うんだって」 僕:「夢なら醒めますように夢なら醒めますように夢なら醒めますように」 僕:「叶うか消えるかしてくれ。逃げるよ!」 僕: 芝生から身を起こし引いた彼女の手は、とても肉厚で、びくともしなかった。 姫:「ごめん私こっち」 僕: 膝を抱えて宙にふわふわと浮かぶフレアスカートの彼女と、青鬼の手を引いたまま、頭から叩き潰される自分、を見る自分。 0: 転換 姫:「ツーアウトツーアウトー!」 僕: 60フィート6インチほど向こうで彼女がミットを構えた。アイドルが始球式で着るような、可愛らしいミニスカユニフォーム。 僕: その格好でキャッチャーなもので、ピッチャー的には中が見える。いわゆる短パン。安心はするけど、謎は謎のままにしておいて欲しかった。 僕: 正面、左右、後方に一体ずつ、4体の鬼で演出する満塁感。 僕: スタンドもカラフルな鬼で満員だ。 僕: そんな中に楽しげなキャッチャー彼女。いい加減慣れてきたぞ。 姫:「プレイボール!」 僕:「それきみの仕事じゃないよね」 姫:「ピッチャー第一球、振りかぶって投げました!」 僕:「それも君の仕事じゃないよね」 僕: 殺意を込めた白球は浮き上がるような軌道を描いて、かすめ取るようにバッター「鬼」の顎を打ち抜いた。 姫:「ストラック! バッターアウトぉ!」 僕:「殺ったぜ!」 僕: 塁を蹴って迫ってくる3体の鬼。逃れるように本塁へ走り、彼女を背中にかばって鬼へ向き直れば、ぼんやり思い出しそうになる。 姫:(僕の耳元でささやく)「まだだめ。まだこっちに集中して?」 僕: スタンドから鬼どもが飛び降りるのが見える。 0: 転換 僕: 僕は腰の剣を抜いた。 姫:「がんばってね!」 僕: いそいそと檻に閉じこもりながら彼女が、黄色いドレスの裾をひるがえす。 姫:「助けてぇぇぇ! 勇者さまぁ!」 僕:「いちいち楽しそうなんだよ、きみは」 僕: 次から次へと湧いて出るカラフルな筋肉を、屋台のポップコーンみたいに吹っ飛ばして回る。 僕: 多勢に無勢でぶっ飛ばされたり、叩き潰されたり噛みちぎられたり、散々な目に遭っても無限コンティニューの心で前に進めば思い出すあの気持ち。 僕: あきらめずにたどり着いただろ。あと一歩だったろ。 姫:「勇者さま、こっち見て!」 僕:「今度はなに!?」 僕: 声に振り返ると、彼女が巨大なゴリラみたいな鬼に握られていた。クラシックスタイルだ。ほらみろスカイスクレイパー。ほらみろヘリコプター。 姫:「私が握り潰されたらー、全部おしまいだからー!」 僕:「詰んでんじゃねーか」 僕: ゴリラ鬼の脳髄から、神経パルスが走る。その到達よりも早く。筋肉の収縮よりも先に、腱(けん)を斬れ。 僕: 空間とか、重力とかいう概念を無視して、ヘリの床を蹴って跳ぶ。 僕: ゴリラの手首を貫いた刃から、びちり、手応えが伝わる。 僕: 力の抜けたゴリラの手から、彼女が抜け落ちる。それを追って飛び降りる。 僕: ――彼女を追って、ここまで来た。 僕: 意味不明な世の中で出会った、不条理の姫君。栗色おさげ髪の彼女に手を伸ばして 僕:「捕まえた!」 姫:「まだまだ!」 僕: まぶしく笑って彼女が言う。スカイスクレイパーから落ちてるって状況は、まだ続いてる。 僕: イエローキャブの列と横断歩道と太字の「バス専用」がぐいぐい迫る中、彼女の手を引き寄せて抱きよせる。 姫:「わかってきたんじゃない?」 僕: わかってきた。 僕: 地面が地面と誰が決めたよ? 僕: (キャンバスを突き抜ける擬音)ばすん。 僕: クラシックスタイルだ。 僕: マンハッタンの路上が描かれたキャンバスを突き抜け、水平線の描かれた絵に大穴を開け、メロンパンみたいな銀河系を後に宇宙を彼女と突き抜ければ、聞こえてくる声。 姫:「本番五分前!」 僕: 不条理の姫君が何を言っても驚かないし、何を着てても驚かない。セーラー服なんてありきたりだし、わがまま言うなら僕はブレザーがいい。 僕: 銀河に浮かぶ人工の星のダストシュートに僕ら自身をシュートして、真っ青に蒸し暑いウォーター・チューブを滑り降り、薄暗く朽ちた城の大広間へ滑り出る。 僕: 手をつないだまま大の字に寝転がって、内容の欠けたステンドグラスを見上げてふと思う。 僕:「……鬼は?」 姫:「欲しい?」 僕:「要らない」 姫:「本番2分前」 僕: 彼女と最後にしゃべったのは去年の今頃。あのステンドグラスに描いてあったお話を、こうして寝転んで教えてくれた。 僕: あの欠けた部分こそ、彼女が描かれていた部分だ。 僕: 彼女が握りつぶされたら、この世界はおしまいなんだ。 姫:「本番1分前」 僕: 輪郭を思い出してくる。今の僕がどこに居たのかを、どこから来たのかを思い出してくる。 僕: 子どもの頃にわかった事がある。楽しい夢が終わるときはいつだって、夢を見ていると自覚した時だ。 姫:「本番30秒前」 僕: 見つめ合った彼女は、ひどく儚く見えた。 姫:「忘れないでね。君はなんだって出来るんだよ。私の世界は、君を縛ったりはできないんだよ。だから、君のわがままで──」 僕: 本番十秒前、笑う。不条理の姫君が笑って、ささやかなわがままを言う。 姫:「私を、きっと、助けてね」 僕: 笑顔の頬に涙が伝う。彼女の輪郭がぼやける。その姿が曖昧に薄れていく。 僕: ほんとうに、きみは、ほんとうは、不安なくせに── 僕: 本番5秒前 僕: 4 僕: 3 僕:   僕:   僕:「素直じゃない」 僕: はっきりと自分の耳に声が届いた。 僕: 僕の骨は砕けていない、僕を埋めているのは重たい大理石の柱じゃない、僕はもう完全に大丈夫なのである、ということにして身を起こした。わかってしまえば、ひどく簡単な作業だ。 僕: 正面に、タキシードの背中が見える。 僕: 彼女をさらった張本人。彼女の本質、夢の不条理さを取り込む夢喰らいの王。 僕: その背に叩き込もうとした光の白刃(はくじん)は、王のアタッシュケースに止められる。 僕: 夢喰らいの王、僕が死んだと思ってただろ? 驚くそいつの鼻先に、言ってやった。 僕: 僕:「助ける姫に救われまして!」 僕: 僕: 別人になったように軽く、体がよく動く。 僕: もう負ける気はしなかった。世界の秘密はこっちのもんだ。 僕: 僕:「お前の常識には、つきあってやんないからな!」 僕: 僕: 夢の終わりはいつだって、夢を見ていると自覚した時だ。 僕: この世界の常識から外れる事ができたのは、僕が自覚したからだ。捕らわれの彼女が最後の力で教えてくれた、この世界の秘密だ。 僕: 夢喰らいの王を倒し、彼女にまとわりつく下僕のバクを蹴散らして覗き込んだ彼女は、寝台の上で静かに眠っているように見えた。 僕: 僕: ここでひとつ疑問がある。 僕: 寝ている女の子を起こすのに、どういったアクションが適切か。 僕: 頭が現実に引っ張られる。僕が覚醒しようとしている。 僕: 彼女は声をかけても、肩を叩いても、揺すっても起きてくれない。 僕: 起こさなくちゃいけないんだっけ? 僕: ふと自分の行動に疑問を持った瞬間、目が覚めそうになった。この自覚そのものもまずい。もう少し、彼女に集中しないと。 僕: 例えば、丸くて広い額とか、閉じられた長いまつげとか、ふっくらつるんとした頬とか、寝てるクセに笑ったような形を維持する口角とか。 僕: 形を、維持……? 姫: (笑いをこらえる) 姫:「ん-(唇を突き出す)」 姫:「ちゅっちゅ」 僕:「起きてんじゃねーか」 姫:「くひひひひ、ふっ、かはははは! 起きてるよ! 起きたよ!」 0: 転換 僕: 土曜日の朝の光が差す。 僕: あのとき、彼女は僕が挙動不審になってるのを、薄目で見ていたらしい。彼女の頬に笑いすぎの涙がこぼれるのを見ながら僕は、自分の体をつつむ毛布も感じていた。 僕: 不条理の姫君は寝台の上でばたばたごろごろ笑い転げ、ひとしきり笑うと寝たまま僕を引っ張り込んで僕の唇を奪った。 僕: 夢とは思えない柔らかなキスで、そんなわけで僕のファーストキスは夢の中という事になるのだけれど、唇を離した彼女が何を言ったのかを聞けずに、僕は自宅で目を覚ました。 僕: あれから十年。 0:  0:  姫:「寝言、うっさいよ。何の夢みてたの?」 僕:「君も知ってる、懐かしい夢」 姫:「ふーん?」 僕: 不条理の姫君は結局のところ、その名の通り不条理でなんでもありだった 僕: 25歳も過ぎたのだから僕はどうにも恥ずかしいのだけど、彼女は毎朝、あの時の言葉を繰り返してくれる 姫:「おはようマイヒーロー」 僕:「おはようプリンセス」 僕: これを言わないと怒る。 僕:「姫君の今朝のご所望は?」 姫:「サニー・サイド・アーップ」 僕:「目玉焼きね」 姫:「ベーコンカリカリ半熟いっちょう入りました」 僕:「それ僕のセリフよ。今日のご予定は?」 姫:「初日の舞台挨拶。話題のイケメンくんとおしゃべりしてくるよー」 僕:「はいはい。アバターはセンスあるよね、あいつ」 姫:「スねてる?」 僕:「スねてません」 僕: 夢の世界から来た何でもありの姫君は、この世の中でバーチャルタレントになった 僕: そんな彼女が最近言うのだ 姫:「人に夢を与えるのって、本当に大変なんだよ?」 僕:「ほんとうに、きみが言うと説得力あるよ」 0: おしまい