台本概要

 207 views 

タイトル 深夜残業と蕎麦
作者名 佐伯(さえき)
ジャンル その他
演者人数 1人用台本(不問1) ※兼役あり
時間 20 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 昔勤めていた会社の人が「深夜残業の後に食べた蕎麦が美味しかったんですよね」と言っていたのを聞いてこのシナリオを書きました。

1人読みシナリオです。
10~15分程で読めるボリュームかなと思います。
ボイコネに掲載していたシナリオですが、再投稿に伴い一部修正を入れております。

※XのアカウントIDを記載していないため、利用時の連絡は不要とさせていただきます。
シナリオの結末を大幅に変更したり、アドリブを入れすぎて世界観を崩すことが無ければ問題ございません。

 207 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
三竹 不問 1 本作主人公。 平社員、会社事情で深夜残業せざるを得なくなった人。 名前を呼ばれることも、名乗ることもありませんが一応名前を付けています。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
三竹:「あ…」 三竹: 三竹:気が付くと、時計の針は23時を指していた。 三竹:この時間から電車に乗ったところで地元には辿り着けないだろう。 三竹:そう悟った瞬間に帰る気力が失せてしまった。 三竹:だが逆に深夜テンションのスイッチが入ったような気がする、こうなったら電車が動き出すまでここで仕事をしてやると。 三竹:それは開き直りにも似た何かだったようにも思う。 三竹: 三竹:何故こうなってしまったのかといえば、必要な資料を探すことに夢中になっていたら、あっという間に時間が経過していただけなのだ。 三竹:グループ会社の閉鎖に向けた準備のための資料探し。 三竹:何故平社員の自分がこんなことをしなければならないのかと、甚(はなは)だ疑問ではある。 三竹:だがその会社について知っている人間がほとんどいない今、誰かがやらなければ永遠に会社という形だけが残り続ける。 三竹:ならばさっさと跡形もなく、消してしまうのがせめてもの情けというものではないか。 三竹:…カッコつけてみたものの、手続きをするのは偉い人の役目だったので一旦置いておこう。 三竹: 三竹:資料は本社から離れた民家にあった。 三竹:この民家は以前会社で運営していたデイサービスだったのだが、既に閉鎖されている。 三竹:閉鎖してからは会社の資料倉庫になっているが、ここも夏には引き払うと聞いた。 三竹:その折、引き払ってしまう前に資料の回収に向かってくれと言われたのが昨日だった。 三竹:あまりにも急な話だったが、もう慣れたもので、 三竹:自然と口から「承知しました」と定型文が漏れていた。 三竹: 三竹:そして今、15時過ぎから資料を探してスキャンを取って終わってみればこの時間だ。 三竹:こうなった今、自分にできることはノートパソコンに向かい合うことだけ。 三竹:時間も考えず、スキャンした資料を上司のチャットに送り付ける。 三竹:そして資料を探している間に返せなかったチャットを1つずつ確認し、返信をすると、こんな時間にも関わらず役員からはすぐに返信が飛んでくる。 三竹:残業代が出ないとはいえ、こんな時間まで役員もパソコンに向かい合っているという事実に、呆(あき)れた笑みが零(こぼ)れた。 三竹: 三竹:チャットをすべて返し終えた頃、室内が冷えていることに気が付いた。 三竹:暖房はついているはずなのに暖かい風が全く来ない。 三竹:今足元にあるホットカーペットだけが唯一暖を取る手段だった。 三竹:3月上旬の真夜中、季節的に見れば冬は終えていて春と言って間違いはないと思うが、あまりの寒さにコートを羽織った。 三竹: 三竹:じっとパソコンと向き合う作業だからか、寒さが余計体に沁みる。 三竹:こういうとき、体を動かすと体温が上がるというが 三竹:体力を消耗してまで体温を上げようとは思わない。 三竹:先は長いのだ、体力は温存したい。 三竹:ホットカーペットにへばり付きながらパソコンのキーボードを打つ。 三竹:指先が冷た過ぎてタイピングのスピードが落ちに落ちている。 三竹:深夜テンションの思考回路から「ホットカーペットと結婚しようかな」等というくだらない考えが頭の中をぐるぐると回っていた。 三竹:寒くなると人は眠くなると聞いていたが、ありがたいことに全く眠気が来ない。 三竹:日中より仕事が捗(はかど)る、ただし深夜テンションによる稼働なので期待してはいけない。 三竹:何をかと問われれば、書類の誤字だろうか。 三竹:深夜テンションで作成した書類ほど、誤字の多いものはない。 三竹:ちゃんと読み返しているはずなのに、後になって誤字が出てくるというのはあるあるなのだ。 三竹:それにも関わらず、上司にチャットで書類のデータを送り付ける。 三竹:あとは知らん、どうにでもしてくれという気持ちをエンターキーに乗せて。 三竹: 三竹:早朝4時、ある程度仕事を終えたこともあり帰り支度を始める。 三竹:スキャンを取った資料については持って帰るよう指示があった 三竹:帰りに荷物が増えるのは旅行の時だけでいいというのに…。 三竹:普段から荷物が多いのにこれ以上増やしたくない、というか重要書類を持っていたくない。 三竹:だが仕方ない、自分は今重要な任務を請け負っているのだから。 三竹:今になって眠気と深夜ハイが同居しているのだと、冷静になって思い知る。 三竹:いや任務ってなんだ、スパイじゃあるまいし。 三竹:自分は普通の?会社に勤める平社員…そう、普通の平社員なはずだ。 三竹: 三竹:明け方の空はまだ暗い。 三竹:しかし遠くの方で少しずつ日が昇り出しているのが窓越しに見える 三竹:忘れ物がないか指差し確認を行い、民家を後にした 三竹: 三竹:薄暗い道を一人、歩いて駅の方へと向かう途中 三竹:ふと駅前にある蕎麦屋に目が留まった 三竹:24時間営業のチェーン店だ。 三竹:そういえば晩御飯抜きだったから、お腹空いたな…。 三竹:今ここで食事をしたとて、誰に咎(とが)められるわけでもなし 三竹:腹が減っては何とやら、だ。食べていこう。 三竹: 三竹:自動ドアが開くと、店員から「いらっしゃいませ」の声がした 三竹:その直後、同じ店員に食券を買ってから席に着くようにと案内される 三竹:食券販売機の前で何を買おうかと悩む間もなく 三竹:1杯350円の掛け蕎麦ボタンを押していた 三竹:この選択をするあたり、もう若くないのだと自嘲(じちょう)してしまう 三竹:食券を渡しやすいカウンター席に座り、食券を出す 三竹:店員が食券を受け取り、厨房にむかって「掛け蕎麦1で」と声をかける 三竹:店内を見渡すと、自分以外にも蕎麦を食べている客がいた 三竹:テレビの音、蕎麦を啜る音、厨房から聞こえる湯切りの音が 三竹:業務終了を告げているように思えた。 三竹: 三竹:5分もしないうちに掛け蕎麦が目の前に置かれる 三竹:具は葱(ねぎ)、かまぼこだけというシンプルさ 三竹:つゆの香りが鼻孔と食欲をほどよくくすぐってくる 三竹:割り箸を手に、心の中で「いただきます」を唱えた。 三竹: 三竹:つゆを一口…… 三竹:少ししょっぱいが、仕事終わりの体にはこれくらいでちょうどいい 三竹:1人で勝手に納得しながら、今度は蕎麦を啜(すす)る 三竹:冷えた体に蕎麦の温かさが沁みた 三竹:夜中作業したエアコンの効かない、ホットカーペットだけが頼みの綱だったあの部屋で 三竹:冷え切ってしまっていた体には、1杯350円の掛け蕎麦がとても美味しく思えた 三竹:蕎麦だって自家製の手打ちではないし、つゆだってこだわりがあるわけではない 三竹:葱やかまぼこだって近所のスーパーで手に入るものを使っているのに 三竹:夢中になって気が付けば、つゆまで飲み干していた 三竹:普段なら塩分を気にして絶対に残すのに 三竹:無意識に体が欲していたのだろうか 三竹:………コップに入った水を飲み干して一息 三竹: 三竹:「……ご馳走様でした」 三竹: 三竹:自然と口からその言葉が出た 三竹:1人で食事をするときは、人に聞かれるのが恥ずかしくて 三竹:心の中で唱えるばかりだった「いただきます」「ご馳走様」の言葉 三竹:ハッとして周りを見ると近くにいた店員が嬉しそうに笑っていた気がした 三竹: 三竹:蕎麦を食べ終えた余韻(よいん)に浸り、ぼーっとテレビを見ていたら 三竹:テレビは5時50分を表示していた 三竹:流石にそろそろ帰ろうと席を立つ 三竹:去り際、店員が「ありがとうございました」と定型文で挨拶した 三竹:その言葉に「ご馳走様でした」と返す、何だか気分がいい 三竹: 三竹:午前6時、人もまだ多くない電車に乗る。 三竹:車内は暖房が効いて暖かく、座席にはまだ余裕があった。 三竹:空いている席に座り、携帯で乗換電車の確認をする。 三竹:ここから最寄り駅まで2時間半、乗換は2回。 三竹:それでも乗換駅までは距離があり、少し寝られる時間がある。 三竹: 三竹:家に着いたところで少し仮眠を取ったら、また仕事に行かなくてはならない。 三竹:1日が始まっている、まだ自分の中では昨日が終わってすらいないのに。 三竹:そんな途方もないことを頭の片隅に置いて、電車の心地良い揺れと暖かさの中で、一時の眠りについた。 三竹:冷えた体に沁みたあの温かい蕎麦の味を、思い出しながら。

三竹:「あ…」 三竹: 三竹:気が付くと、時計の針は23時を指していた。 三竹:この時間から電車に乗ったところで地元には辿り着けないだろう。 三竹:そう悟った瞬間に帰る気力が失せてしまった。 三竹:だが逆に深夜テンションのスイッチが入ったような気がする、こうなったら電車が動き出すまでここで仕事をしてやると。 三竹:それは開き直りにも似た何かだったようにも思う。 三竹: 三竹:何故こうなってしまったのかといえば、必要な資料を探すことに夢中になっていたら、あっという間に時間が経過していただけなのだ。 三竹:グループ会社の閉鎖に向けた準備のための資料探し。 三竹:何故平社員の自分がこんなことをしなければならないのかと、甚(はなは)だ疑問ではある。 三竹:だがその会社について知っている人間がほとんどいない今、誰かがやらなければ永遠に会社という形だけが残り続ける。 三竹:ならばさっさと跡形もなく、消してしまうのがせめてもの情けというものではないか。 三竹:…カッコつけてみたものの、手続きをするのは偉い人の役目だったので一旦置いておこう。 三竹: 三竹:資料は本社から離れた民家にあった。 三竹:この民家は以前会社で運営していたデイサービスだったのだが、既に閉鎖されている。 三竹:閉鎖してからは会社の資料倉庫になっているが、ここも夏には引き払うと聞いた。 三竹:その折、引き払ってしまう前に資料の回収に向かってくれと言われたのが昨日だった。 三竹:あまりにも急な話だったが、もう慣れたもので、 三竹:自然と口から「承知しました」と定型文が漏れていた。 三竹: 三竹:そして今、15時過ぎから資料を探してスキャンを取って終わってみればこの時間だ。 三竹:こうなった今、自分にできることはノートパソコンに向かい合うことだけ。 三竹:時間も考えず、スキャンした資料を上司のチャットに送り付ける。 三竹:そして資料を探している間に返せなかったチャットを1つずつ確認し、返信をすると、こんな時間にも関わらず役員からはすぐに返信が飛んでくる。 三竹:残業代が出ないとはいえ、こんな時間まで役員もパソコンに向かい合っているという事実に、呆(あき)れた笑みが零(こぼ)れた。 三竹: 三竹:チャットをすべて返し終えた頃、室内が冷えていることに気が付いた。 三竹:暖房はついているはずなのに暖かい風が全く来ない。 三竹:今足元にあるホットカーペットだけが唯一暖を取る手段だった。 三竹:3月上旬の真夜中、季節的に見れば冬は終えていて春と言って間違いはないと思うが、あまりの寒さにコートを羽織った。 三竹: 三竹:じっとパソコンと向き合う作業だからか、寒さが余計体に沁みる。 三竹:こういうとき、体を動かすと体温が上がるというが 三竹:体力を消耗してまで体温を上げようとは思わない。 三竹:先は長いのだ、体力は温存したい。 三竹:ホットカーペットにへばり付きながらパソコンのキーボードを打つ。 三竹:指先が冷た過ぎてタイピングのスピードが落ちに落ちている。 三竹:深夜テンションの思考回路から「ホットカーペットと結婚しようかな」等というくだらない考えが頭の中をぐるぐると回っていた。 三竹:寒くなると人は眠くなると聞いていたが、ありがたいことに全く眠気が来ない。 三竹:日中より仕事が捗(はかど)る、ただし深夜テンションによる稼働なので期待してはいけない。 三竹:何をかと問われれば、書類の誤字だろうか。 三竹:深夜テンションで作成した書類ほど、誤字の多いものはない。 三竹:ちゃんと読み返しているはずなのに、後になって誤字が出てくるというのはあるあるなのだ。 三竹:それにも関わらず、上司にチャットで書類のデータを送り付ける。 三竹:あとは知らん、どうにでもしてくれという気持ちをエンターキーに乗せて。 三竹: 三竹:早朝4時、ある程度仕事を終えたこともあり帰り支度を始める。 三竹:スキャンを取った資料については持って帰るよう指示があった 三竹:帰りに荷物が増えるのは旅行の時だけでいいというのに…。 三竹:普段から荷物が多いのにこれ以上増やしたくない、というか重要書類を持っていたくない。 三竹:だが仕方ない、自分は今重要な任務を請け負っているのだから。 三竹:今になって眠気と深夜ハイが同居しているのだと、冷静になって思い知る。 三竹:いや任務ってなんだ、スパイじゃあるまいし。 三竹:自分は普通の?会社に勤める平社員…そう、普通の平社員なはずだ。 三竹: 三竹:明け方の空はまだ暗い。 三竹:しかし遠くの方で少しずつ日が昇り出しているのが窓越しに見える 三竹:忘れ物がないか指差し確認を行い、民家を後にした 三竹: 三竹:薄暗い道を一人、歩いて駅の方へと向かう途中 三竹:ふと駅前にある蕎麦屋に目が留まった 三竹:24時間営業のチェーン店だ。 三竹:そういえば晩御飯抜きだったから、お腹空いたな…。 三竹:今ここで食事をしたとて、誰に咎(とが)められるわけでもなし 三竹:腹が減っては何とやら、だ。食べていこう。 三竹: 三竹:自動ドアが開くと、店員から「いらっしゃいませ」の声がした 三竹:その直後、同じ店員に食券を買ってから席に着くようにと案内される 三竹:食券販売機の前で何を買おうかと悩む間もなく 三竹:1杯350円の掛け蕎麦ボタンを押していた 三竹:この選択をするあたり、もう若くないのだと自嘲(じちょう)してしまう 三竹:食券を渡しやすいカウンター席に座り、食券を出す 三竹:店員が食券を受け取り、厨房にむかって「掛け蕎麦1で」と声をかける 三竹:店内を見渡すと、自分以外にも蕎麦を食べている客がいた 三竹:テレビの音、蕎麦を啜る音、厨房から聞こえる湯切りの音が 三竹:業務終了を告げているように思えた。 三竹: 三竹:5分もしないうちに掛け蕎麦が目の前に置かれる 三竹:具は葱(ねぎ)、かまぼこだけというシンプルさ 三竹:つゆの香りが鼻孔と食欲をほどよくくすぐってくる 三竹:割り箸を手に、心の中で「いただきます」を唱えた。 三竹: 三竹:つゆを一口…… 三竹:少ししょっぱいが、仕事終わりの体にはこれくらいでちょうどいい 三竹:1人で勝手に納得しながら、今度は蕎麦を啜(すす)る 三竹:冷えた体に蕎麦の温かさが沁みた 三竹:夜中作業したエアコンの効かない、ホットカーペットだけが頼みの綱だったあの部屋で 三竹:冷え切ってしまっていた体には、1杯350円の掛け蕎麦がとても美味しく思えた 三竹:蕎麦だって自家製の手打ちではないし、つゆだってこだわりがあるわけではない 三竹:葱やかまぼこだって近所のスーパーで手に入るものを使っているのに 三竹:夢中になって気が付けば、つゆまで飲み干していた 三竹:普段なら塩分を気にして絶対に残すのに 三竹:無意識に体が欲していたのだろうか 三竹:………コップに入った水を飲み干して一息 三竹: 三竹:「……ご馳走様でした」 三竹: 三竹:自然と口からその言葉が出た 三竹:1人で食事をするときは、人に聞かれるのが恥ずかしくて 三竹:心の中で唱えるばかりだった「いただきます」「ご馳走様」の言葉 三竹:ハッとして周りを見ると近くにいた店員が嬉しそうに笑っていた気がした 三竹: 三竹:蕎麦を食べ終えた余韻(よいん)に浸り、ぼーっとテレビを見ていたら 三竹:テレビは5時50分を表示していた 三竹:流石にそろそろ帰ろうと席を立つ 三竹:去り際、店員が「ありがとうございました」と定型文で挨拶した 三竹:その言葉に「ご馳走様でした」と返す、何だか気分がいい 三竹: 三竹:午前6時、人もまだ多くない電車に乗る。 三竹:車内は暖房が効いて暖かく、座席にはまだ余裕があった。 三竹:空いている席に座り、携帯で乗換電車の確認をする。 三竹:ここから最寄り駅まで2時間半、乗換は2回。 三竹:それでも乗換駅までは距離があり、少し寝られる時間がある。 三竹: 三竹:家に着いたところで少し仮眠を取ったら、また仕事に行かなくてはならない。 三竹:1日が始まっている、まだ自分の中では昨日が終わってすらいないのに。 三竹:そんな途方もないことを頭の片隅に置いて、電車の心地良い揺れと暖かさの中で、一時の眠りについた。 三竹:冷えた体に沁みたあの温かい蕎麦の味を、思い出しながら。