台本概要

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タイトル 阿修羅ーAsuraー
作者名 冷凍みかん-光柑-  (@mikanchilled)
ジャンル 時代劇
演者人数 4人用台本(男2、女1、不問1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 修羅界(アスラ)に堕ちた主人公、善名(ぜんな)は、柄目木(がらめき)に右腕を切り落とされ、慶留間(げるま)、抜海(ばっかい)と出逢う。

〈世界観〉
鯨海のどこかに輪廻転生を利用する研究が行われている島がある。
畜生塔(ティリャン)、餓鬼塔(プレタ)、修羅塔(アスラ)、そして天塔(ディーヴァ)の四塔にはまだ人間となり切らぬ者、齢にして六つの児童らを隔離し、四道それぞれの道を歩む修行を積ませた。
人間でありながら人の道(マニュシャ)から外れたこの島は然る国の太子の言葉にちなみ求浄島(ぐじょうじま)と呼ばれた。

〈皆様へ〉
のびのびとお楽しみください。前読みを推奨します。
阿修羅王と修羅界の読みは、共にアスラです。
〈〉は読まない。
()は読み方や心情。
です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
善名 不問 94 善名(ぜんな)。素直な性格で迷いながらも修羅の道を歩む青年。武器は踏み鋤(すき)毀作(きさく)。百姓どもの怨念の背にして戦う。
柄目木 45 柄目木(がらめき)。からかいつつも、善名との因縁を感じる少女。武器は大太刀千菊丸(せんぎくまる)。阿修羅王(アスラ)の一角を墜とした実力者。
慶留間 63 慶留間(げるま)。乱暴な口調だが、思いやりがある。武器は強弓伊豆八(いずはち)。一撃必殺の一矢轟破艘(いっしごうはそう)は矢というよりむしろ砲撃。
抜海 49 抜海(ばっかい)。狡猾で武器を毎度替えるほど気分屋な男。武器は十文字槍賤ヶ治(しずがはる)。修羅界(アスラ)を楽しんでいる。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:鯨海のどこかに輪廻転生を利用する研究が行われている島がある。 0:畜生塔(ティリャン)、餓鬼塔(プレタ)、修羅塔(アスラ)、そして天塔(ディーヴァ)の四塔には 0:まだ人間となり切らぬ者、齢にして六つの児童らを隔離し、四道それぞれの道を歩む修行を積ませた。 0:人間でありながら人の道(マニュシャ)から外れたこの島は 0:然る国の太子の言葉にちなみ求浄島(ぐじょうじま)と呼ばれた。 0:-修羅界(アスラ)にて。 善名:いきなり放り出された… 善名:今いちど令状を確かめよう。 善名:一つ。気を鎮め、本懐を忘るるべからず。 善名:一つ。本懐とは(なにがし)を討つことなり。 善名:一つ。討てば、平らかなり。地蔵菩薩に供えるべし。 善名:うむ三行か。分かりやすい。 善名:しかし、(なにがし)が読めんな。座学は苦手だったからな。 0:毘摩質多羅阿修羅王 善名:び、ま、しつ… 柄目木:毘摩質多羅阿修羅王(ビマシトラ・アスラ)。それだけは覚えなよ。 善名:誰だ!? 柄目木:よろしくね善名(ぜんな)。私は柄目木(がらめき)。 善名:俺を知っているのか。 柄目木:うん。それと、 善名:ぐはッ!! 柄目木:斬り捨て御免。 善名:(とっさに構えた腕は切り落とされ、腹から臓腑が零れていく) 善名:いきな、り…何を…! 柄目木:ここ久しくさ、驚いたヒトの顔を見なくてねー… 柄目木:どんな感じか思い出したくなっちゃった…。 善名:俺の、腕が… 柄目木:しーっ。静かに。 善名:うっ… 0:倒れ込む善名を抱き寄せ、柄目木は囁く。 柄目木:死ぬのも初めてでしょ?そのまま…そのまま… 善名:こ、の… 柄目木:目が覚めたら会いに来て。 柄目木:君の腕、もらってくからね。 善名:(眠るように死ぬなんて言葉があるが、あれは嘘だ) 善名:(ジリジリと焦がした縄のように) 善名:(俺の意識は途切れた) 0: 慶留間:気がついたか。 善名:… 慶留間:粥(かゆ)、食うだろ? 善名:う、うう… 慶留間:そんな気分じゃなさそうだな。 善名:… 慶留間:こうした合間の小休止が、俺は大好きでね… 慶留間:これだから戦は辞められねえ。 善名:(焚火がパチパチと音を立て、灰色の雲に白い煙が吸い込まれていく) 慶留間:そうだ、右腕はどうした? 慶留間:五体満足じゃねえ奴は、塔の時点で間引かれるはずだよな? 善名:右腕(これ)は、出会い頭に切り落とされた 慶留間:可哀想に。粥の匙(さじ)も握れねえな。 慶留間:大方予想はつくぜ…柄目木(がらめき)の仕業だろう? 善名:どうしてそれを。 抜海:よっとォ!柄目木は!正真正銘の修羅だからなァ! 慶留間:抜海(ばっかい)、周囲の状況はどうだ。 抜海:南方の山々には雑賀衆(さいかしゅう)が待ち伏せてるぜ。 慶留間:雑賀衆か、相手にしたくない連中だが…余裕もないしなァ。 抜海:なんだァ?今度は粥かよ。修羅界(アスラ)に兵糧(かて)は要らんぜ? 慶留間:うるせえな、習慣だよ。こうしてると落ち着く。 抜海:そうだ、こいつも連れてったら?おい、名前は? 善名:善名(ぜんな)だ。 抜海:よろしくな善名!俺は抜海(ばっかい)。こっちは慶留間(げるま)だ。 善名:よろしく。抜海に慶留間。 慶留間:いいだろう。それじゃあエモノを見せな。 善名:エモノだと? 慶留間:ここに来るとき、持ってきたろう?振るうモノがあんだろうが。 善名:そう言えば見当たらないな。 慶留間:まさか落としたのか?…ちっ、拾いに戻んなきゃならねえな。 抜海:その辺で調達すりゃいいさ。 慶留間:駄目だ。修羅にとって人間界(マニュシャ)から持ってきた武器には特別な意味が宿る。 慶留間:そいつは持ち主本来の力を引き出す上に、復活した際に何時でも手元に、使える状態で戻ってくるもんさ。 慶留間:本来の武器を失えば、抜海みたく戦の度に武器を調達しなくちゃならねえ。 抜海:意外と快適だぜ?いい気分転換だ。 慶留間:今回は何を拾って来たんだ? 抜海:十文字槍(じゅうもんじ)さ。戒銘(かいみょう)は賤ケ治(しずがはる)。 慶留間:ここで振んなよ。馬鹿垂れが。 善名:慶留間のエモノは? 慶留間:おう。後でな。 善名:その帷子(かたびら)も人間界(マニュシャ)から着てきたのか? 善名:おれも帷子がいい。 慶留間:ああ?これは違うぞ。そうさな、なんて言やあいいか…なァ? 抜海:俺に振んなよ!?説明は苦手だッ! 慶留間:まあ、強いて言えば…”業(ごう)”だな。 善名:”業”…? 抜海:あァ…ま、お前も亡者どもを殺しゃあ分かるぜ。 善名:そう、なのか。 慶留間:お前を見てると昔を思い出す… 慶留間:誰の血も浴びぬ、純白の死に装束… 抜海:最初に殺したやつのことは最早覚えちゃいねえがな。 善名:(俺の死に装束は既に血塗られている…俺の血だ) 善名:(誰の仕業だ…) 善名:…俺は柄目木を討つ。 抜海:ほっほーう!そりゃまた大きく出たなァ! 善名:何故だ?俺と同じ、生きながらにして修羅の道を歩む者だろう? 抜海:修羅の道を歩むことは修羅界(ここ)じゃなくてもできる。 抜海:修羅ってのは、心の在り方だからな。 慶留間:しかし、いちど阿修羅王(アスラ)を討てば他の道を歩むことは不可能になる。 抜海:阿修羅王(アスラ)の一角を殺してから、柄目木は人間界(マニュシャ)に戻れなくなった。 善名:阿修羅王(アスラ)退治に、そんな代償が…? 抜海:そ。柄目木の強さは阿修羅界(ここ)限定。ゆえに無尽蔵(むじんぞう)ってわけだ。 慶留間:お前も対峙して、それを感じたんじゃねえのか? 善名:ああ。まるで赤子のように寝かしつけられた。 抜海:てめえ、腕を失くしたとはいえ…羨ましいなあオイ!! 善名:痛っ!やめろ!傷をほじるなッ!! 0:突然、強烈なめまいが善名を襲った。 善名:はぐっ…! 抜海:お、オイ…平気か? 善名:わからない…いきなりめまいが… 慶留間:善名。お前は腕を失ったまま”復活”をしたんだ。血が足りねえんだよ。 善名:足りない?どうすればいい? 抜海:修羅界(アスラ)でやることは一つだろうが。 慶留間:血を浴びるしかねえ。切り捨てた敵の血をな。 抜海:さっさと武器拾って、亡者どもを討ちに行こうぜ。 0: 善名:うぐ…まただ。 抜海:大丈夫かよ?倒れちゃ困るぜ。 善名:これ以上血を失ったらどうなる…? 慶留間:地面に飲み込まれるなァ。あとは血が溜まるまで何年も眠っちまう。 善名:まるで地獄だな… 抜海:〈地獄に対して〉ばか言うな。数億倍マシだぜ。 慶留間:この辺でお前を拾ったから、近くに落ちているはずだぜ。 善名:(地面には合戦の残骸がどこまでも広がっている) 善名:(灼けた軍旗、血塗られた槍や刀、腕、下あご、臓腑) 善名:あった。 慶留間:おま、それは… 抜海:ひゃはは!おめー、そりゃ武器じゃねえぞ!? 善名:踏み鋤(すき)。戒銘(かいみょう)は毀作(きさく)…俺の武器(エモノ)だ。 0:大太刀を肩に寄り掛け、柄目木は伏し目がちに善名の腕を撫でる。 柄目木:斬りつつも きみをば待たむ うち靡(なび)く わが白髪に 血の置くまでに 柄目木:…季語がないか。 柄目木:出会いときめく春かしら…想い焦がれる秋かしら… 柄目木:今は…うーん… 柄目木:フ、この曇天の下では四季すらも思い出せないや… 0: 慶留間:雑賀衆(さいかしゅう)というのは戦国時代に紀伊の山間部を拠点とした地侍集団のことよ。 善名:戦国時代!?そんな昔の者が何故? 慶留間:修羅界(アスラ)は人間界(マニュシャ)と共に生まれた。 慶留間:修羅界(ここ)は言うなれば、戦争史の坩堝(るつぼ)だ。 抜海:あっちで薩摩藩士が突っ込んできたかと思えば、こっちで源氏が絶壁を駆け下りて来やがる。 慶留間:おまけに人間界(マニュシャ)では見たこともないような怪物もいるぞ。 善名:無茶苦茶だ… 抜海:着いたぜ。こっから先は雑賀(さいか)の巣だ。 善名:(山は深い森に包まれて、ひっそり閑としている) 善名:何も聞こえない… 抜海:気配を消してんだよ。連中の得意技さ。 慶留間:彼の信長すら敵わなかったワケだなァ。どう行く? 抜海:こっちだぜ。 0: 善名:道が狭いな… 慶留間:かつては川だったんだろうよ。地面がやたらと滑らかだ。 抜海:ああ、こんな所で撃たれちゃ堪らんなァ。 慶留間:抜海、ホントにいるんだろうな?雑賀衆は。 抜海:もちろん。ほら、その上だ。 0:ガサササッ!!頭上の茂みから十数本の筒が覗く。 善名:火縄銃!? 慶留間:壁によけろッ!! 0:ババババンッ!!!善名たちの道に向かって銃弾が一斉掃射される。 抜海:ひゃははは!超ウケるぜ!! 慶留間:善名!無事か!? 善名:少し喰らった…! 慶留間:抜海ッ!てめえふざけんなよッ! 抜海:いいや俺は大マジだぜ!? 抜海:てめーら二人が油断でもしなきゃ、奴らの標的は真っ先に俺だろうがァ! 慶留間:抜海…智慧と姑息は別モンだって言ったはずだぜ…? 抜海:おめーこそ悟れよ。所詮戦はだまし討ちッ!! 抜海:武士道だのなんだのは、耄碌(もうろく)したジジイの戯言だってなッ! 善名:慶留間ッ!もう一度来るぞッ!! 慶留間:!! 0:ババババンッ!! 慶留間:ぐはっ…! 善名:慶留間!しっかりしろ!! 慶留間:…抜海のヤロウは? 善名:どこかに消えた! 慶留間:そうか。 慶留間:火薬臭え傭兵どもが…随分食らわしてくれたな。 慶留間:強弓(ごうきゅう)。戒銘(かいみょう)…伊豆八(いずはち) 慶留間:お返しだ。 0:ギリギリギリイ…! 慶留間:〈目をカッと見開く〉 慶留間:一矢轟破艘(いっしごうはそう)ッ!! 0:ズガアアン!!慶留間の放った矢は雑賀衆の銃列を高台ごと吹き飛ばす。もはや砲撃だった。 善名:すげえ… 善名:すごいぞ、慶留間ッ! 慶留間:いいや。高台から引きずり落してみたが、まだ結構動ける奴らがいるなァ… 善名:なぜあいつ等は退かない? 慶留間:血を失ったら、血を浴びねえと…奴らも必死さ。 善名:あくまで殺し合いってわけか…戦そのものが目的… 慶留間:善名、俺はちと厳しい…残りをやれるか? 善名:任せろ。 善名:踏み鋤(すき)。毀作(きさく)… 善名:滅邏卒(めつらそつ)の装(そう) 慶留間:なんだ…?善名を取り巻くあの禍々しい気配は…? 善名:参る。 慶留間:(踏み鋤が武器だなんてふざけてると思ったが…) 慶留間:(へらで打ち、さきで突き刺し、ふちで斬る…) 慶留間:(しかし木製の柄⦅つか⦆では受けることはできない) 慶留間:(殺される前に殺せ、か) 慶留間:(まさに修羅のための武器よ…) 抜海:お、いい感じに減って来たなあ! 慶留間:抜海!どこに隠れてやがった!! 抜海:ハッハァ!助太刀いたすよォ!善名どのォ!? 抜海:十文字ィ!賤ケ治(しずがはる)ッ!! 抜海:戦技(せんぎ)!貂梃子舞(てんてこまい)ッ!! 抜海:血の雨降らせいいいッ! 0:ザパアア!!雑賀衆の血が周囲に飛び散る 慶留間:〈顔にかかった返り血を拭いながら〉 慶留間:相変わらず、大雑把な野郎だ… 抜海:ド派手と言ってほしいねえッ!なんせ俺が最強ッ!! 善名:修羅界(アスラ)にて最強を騙るか… 抜海:ぜ、善名? 善名:不届き。 0:ガキイイン!善名と抜海が鍔ぜり合う。 抜海:うおおッ!善名!目を覚ませ!終わりだ!雑賀衆(さいかしゅう)は全員討ったぜ!? 善名:雑賀とて、流れる血は貴様と同じ… 善名:不都合もなかろう? 0:ガキン!善名に弾かれた衝撃で十文字賤ヶ治がへし折れる。 抜海:ひいいっ!慶留間、俺をたすけろ!! 慶留間:ったく。善名ッ!本懐を忘れるなッ! 善名:本、懐… 慶留間:毘摩質多羅(ビマシトラ)を…いや。 慶留間:まずは柄目木を討つんだろうが。 善名:!! 善名:そうだ、そうだった… 慶留間:てめえの姿を見てみろ。 善名:〈血で染まった手を見て、息を荒らげる〉…! 慶留間:余りある返り血で、帷子(かたびら)が出来ちまったなァ… 善名:これが”業”…なのか… 抜海:へっ、これでテメーも”修羅”ってワケだ。改めてよろしくなあ! 善名:抜海。 慶留間:! 善名:離れてくれ。むさくるしい。 抜海:おっと、すまんすまん。 慶留間:抜海…てめーは命知らずな野郎だぜ。 抜海:テメーはもっと前に出ろよ。遠距離じゃ返り血が届かねえんだから。 慶留間:唯一の恢復(かいふく)手段が返り血なんてな…つくづく遠距離は不遇だぜ。 抜海:今に始まったことじゃねえだろうが。 善名:いる。 抜海:あ? 善名:近くに奴を感じる… 0:ズブッ…大太刀が抜海の腹を貫く。 抜海:がふっ…! 柄目木:雑賀(さいか)の一個分隊を倒しただけで、気を緩めすぎ。 抜海:は、あ”あ”…? 柄目木:でも安心して。本隊は私がやっつけたから。 抜海:やっぱり…こうなるじゃねえか… 0:ドサア…!抜海から大太刀が引き抜かれ、抜海は地面に伏せる。 0:ずぶずぶずぶ…抜海の体は地面に取り込まれていく。 慶留間:抜海!! 善名:柄目木… 柄目木:善名…ほんとうに会いに来てくれたんだ。 柄目木:うれしい。 善名:貴様を討つ。 柄目木:大太刀。千菊丸(せんぎくまる) 0:シャキン…。血を払い、長すぎる刃を鞘に納める 柄目木:かかって来なよ。 善名:ッ! 慶留間:(あの大太刀、抜海の帷子(かたびら)を貫通していた…) 慶留間:(雑賀衆の血、十人余りの帷子だぞ?) 慶留間:その程度の業、まるで意に介さずってワケかよ… 柄目木:きよみずと つらもおぼえず わらべさへ 善名:歌…? 柄目木:…なにをおもわん こじきにうがら  柄目木:からかうつもりだったけど。すこし本気を見せようかな…音羽散桜(おとわちりざくら)。 慶留間:一矢轟破艘(いっしごうはそう)!! 柄目木:!! 0:ドゴオオオン!! 柄目木:い、たたた…もう…なんなの…? 慶留間:なにい!?仕留め損ねたかッ! 0:ぽた、ぽた… 善名:う、ぐ… 柄目木:はっ、善名!?ダメだよ!まだ死んだら…! 0:ズズズ…大太刀千菊丸が善名の体躯に深々と刺さっている… 柄目木:あ、あれ…?えいっ! 善名:う、ぐぐっ、ああ…! 柄目木:ぬ、抜けなくなっちゃった… 善名:… 柄目木:ごめんね!善名、苦しいよねっ!? 善名:戯れに生を切り捨て、死を招く… 0:ドクン…! 柄目木:え…? 善名:貴様の命は、さぞ軽いのだろうな… 柄目木:(え…なにこの…背筋がぞくぞくするカンジ…) 善名:参る。 0:ズズ、ズズズ… 柄目木:…(嘘…自分からさらに深く刺さりに来てる…) 善名:ぐ、がはっ! 柄目木:…(やっぱり無理してるんだ!…弱いクセに我慢しちゃって…) 善名:ぐ、うう…! 柄目木:…(どうしよ…かわい…♡) 善名:怨嗟や憎悪…すべては弱さ故… 柄目木:そうだね、善名。貴方は弱い。だから遊ばれちゃうんだよ… 善名:ふざけろ… 柄目木:悔しいね。でもどうすることもできないね… 善名:違う… 柄目木:違わないよ。ねえ善名。わたし貴方が好きになっちゃったな。 柄目木:こうやって時々相対(あいたい)して、何度でも殺してあげる… 善名:まだ、まだだ… 柄目木:駄目だよ善名。あなたの終わりは”わたし”なの。 柄目木:どれだけ息をして、いつ死ぬのかも全部”わたし”。 善名:… 柄目木:あなたの意志は、すべて無慈悲に折ってあげるから。 善名:そうはさせない… 善名:ここからなら脚と合わせて、 善名:…踏み鋤が届く。 善名:腹に喰らえ。 善名:足蹴根切(アシゲ・ネギリ)…! 0:ブチブチィ…グギュルル!!踏み鋤毀作が柄目木の腹を掘り起こす。 0:ズズズ…ドプン!大太刀千菊丸も引き抜かれる。 柄目木:アガッ!! 慶留間:エモノを脚でッ!? 慶留間:いや、”踏み鋤”…本来の使い方ってワケか… 0:ドクン…ドクン… 善名:(肉を裂き、臓腑を掻きわけ、肋⦅あばら⦆をくぐった先に) 善名:(柄目木⦅がらめき⦆の確かな鼓動があった) 柄目木:お、おめでとさん…そこ、わたしの… 善名:これが、心の臓か… 0:グッ…!善名が心臓を握る衝撃が柄目木の脳内を駆け巡り、 0:ジンワリとした痛みを遺す。 柄目木:はぐっ…ッ!く…っ!…ふ、ぅぅ… 善名:(死闘の余韻からか、柄目木⦅がらめき⦆の心臓は小刻みに震えている) 0:ツー…。痛みに対する極めて生理現象的な涙が柄目木のほおを伝う。 柄目木:ふ、…ひ…ぃつまで…握っているつもり…? 善名:悪いな。温かくて…つい。 0:朦朧とした意識の中で、柄目木はどこか嬉しそうである。 柄目木:く…勘弁…してよ… 柄目木:わたしで、遊ぶな…! 0:ギリギリギリ…!善名は心臓を握る力を強くしていく 柄目木:ぎ、いッ!…あ”…!はゔあ”あ”ぅ…ああっ! 善名:腕はどこだ。 柄目木:どこかなあ… 0:柄目木は自らのぬらぬらした臓腑をそっと撫でる。 善名:まさか、喰ったのか… 柄目木:あなたの腕は私の血に…私の血はあなたの腕に… 善名:(血塗られた傷口から、腕が生えて来る) 善名:どうやらお前とは殺し合う因縁ができたらしい。 柄目木:うれしい。ねえ、もっと近くに…寒い… 善名:いいや。死んでくれ。 柄目木:あ”あ”! 0:慶留間と抜海は離れた所から善名と柄目木の戦いを見ていた。 抜海:おい、どうしちまったんだよ善名(ぜんな)のヤツ。柄目木を抱えたまま動かねえぜ? 慶留間:てめえ。もう復活しやがったのか。しぶてえ野郎だ。 抜海:へっ、お陰で帷子(かたびら)も消えて素寒貧(すかんぴん)さ。 抜海:〈くしゃみ〉!あ”ー… 慶留間:オメーにゃお似合いだよ。 善名:(冷たくなった柄目木を赤黒い地面に横たえる) 善名:(地面はたちまち血の沼となり、ずぶずぶと柄目木を飲み込んでいく) 抜海:お疲れ!善名! 善名:抜海…!?お前死んだはずだろ。 抜海:帷子の分の血で支払ったのさ。 抜海:修羅界(アスラ)では殺し溜めとくのが基本だぜ。 善名:てことはつまり… 慶留間:ああ。そろそろだろうなァ。 慶留間:柄目木が復活するぜ。 善名:(柄目木を取り込んだ血の沼がブクブクと沸き立ち) 善名:(その中から裸の柄目木が這いあがってくる) 柄目木:ぷはあ!善名、さっきはいい動きだったね! 善名:(先の戦闘の傷は完治したらしく、柄目木はむしろ溌剌⦅はつらつ⦆としている) 善名:(髪に滴る血液は肩のあたりから布となり、そのまま柄目木の体を包んだ) 柄目木:もう一戦、しよう。 善名:(柄目木の目が光るや否や、俺の首が宙を飛ぶ) 善名:(最期に目にしたのは長い白髪に浮かぶ、柄目木の笑顔だった。) 善名:(修羅め…) 柄目木:上等。 0:終

0:鯨海のどこかに輪廻転生を利用する研究が行われている島がある。 0:畜生塔(ティリャン)、餓鬼塔(プレタ)、修羅塔(アスラ)、そして天塔(ディーヴァ)の四塔には 0:まだ人間となり切らぬ者、齢にして六つの児童らを隔離し、四道それぞれの道を歩む修行を積ませた。 0:人間でありながら人の道(マニュシャ)から外れたこの島は 0:然る国の太子の言葉にちなみ求浄島(ぐじょうじま)と呼ばれた。 0:-修羅界(アスラ)にて。 善名:いきなり放り出された… 善名:今いちど令状を確かめよう。 善名:一つ。気を鎮め、本懐を忘るるべからず。 善名:一つ。本懐とは(なにがし)を討つことなり。 善名:一つ。討てば、平らかなり。地蔵菩薩に供えるべし。 善名:うむ三行か。分かりやすい。 善名:しかし、(なにがし)が読めんな。座学は苦手だったからな。 0:毘摩質多羅阿修羅王 善名:び、ま、しつ… 柄目木:毘摩質多羅阿修羅王(ビマシトラ・アスラ)。それだけは覚えなよ。 善名:誰だ!? 柄目木:よろしくね善名(ぜんな)。私は柄目木(がらめき)。 善名:俺を知っているのか。 柄目木:うん。それと、 善名:ぐはッ!! 柄目木:斬り捨て御免。 善名:(とっさに構えた腕は切り落とされ、腹から臓腑が零れていく) 善名:いきな、り…何を…! 柄目木:ここ久しくさ、驚いたヒトの顔を見なくてねー… 柄目木:どんな感じか思い出したくなっちゃった…。 善名:俺の、腕が… 柄目木:しーっ。静かに。 善名:うっ… 0:倒れ込む善名を抱き寄せ、柄目木は囁く。 柄目木:死ぬのも初めてでしょ?そのまま…そのまま… 善名:こ、の… 柄目木:目が覚めたら会いに来て。 柄目木:君の腕、もらってくからね。 善名:(眠るように死ぬなんて言葉があるが、あれは嘘だ) 善名:(ジリジリと焦がした縄のように) 善名:(俺の意識は途切れた) 0: 慶留間:気がついたか。 善名:… 慶留間:粥(かゆ)、食うだろ? 善名:う、うう… 慶留間:そんな気分じゃなさそうだな。 善名:… 慶留間:こうした合間の小休止が、俺は大好きでね… 慶留間:これだから戦は辞められねえ。 善名:(焚火がパチパチと音を立て、灰色の雲に白い煙が吸い込まれていく) 慶留間:そうだ、右腕はどうした? 慶留間:五体満足じゃねえ奴は、塔の時点で間引かれるはずだよな? 善名:右腕(これ)は、出会い頭に切り落とされた 慶留間:可哀想に。粥の匙(さじ)も握れねえな。 慶留間:大方予想はつくぜ…柄目木(がらめき)の仕業だろう? 善名:どうしてそれを。 抜海:よっとォ!柄目木は!正真正銘の修羅だからなァ! 慶留間:抜海(ばっかい)、周囲の状況はどうだ。 抜海:南方の山々には雑賀衆(さいかしゅう)が待ち伏せてるぜ。 慶留間:雑賀衆か、相手にしたくない連中だが…余裕もないしなァ。 抜海:なんだァ?今度は粥かよ。修羅界(アスラ)に兵糧(かて)は要らんぜ? 慶留間:うるせえな、習慣だよ。こうしてると落ち着く。 抜海:そうだ、こいつも連れてったら?おい、名前は? 善名:善名(ぜんな)だ。 抜海:よろしくな善名!俺は抜海(ばっかい)。こっちは慶留間(げるま)だ。 善名:よろしく。抜海に慶留間。 慶留間:いいだろう。それじゃあエモノを見せな。 善名:エモノだと? 慶留間:ここに来るとき、持ってきたろう?振るうモノがあんだろうが。 善名:そう言えば見当たらないな。 慶留間:まさか落としたのか?…ちっ、拾いに戻んなきゃならねえな。 抜海:その辺で調達すりゃいいさ。 慶留間:駄目だ。修羅にとって人間界(マニュシャ)から持ってきた武器には特別な意味が宿る。 慶留間:そいつは持ち主本来の力を引き出す上に、復活した際に何時でも手元に、使える状態で戻ってくるもんさ。 慶留間:本来の武器を失えば、抜海みたく戦の度に武器を調達しなくちゃならねえ。 抜海:意外と快適だぜ?いい気分転換だ。 慶留間:今回は何を拾って来たんだ? 抜海:十文字槍(じゅうもんじ)さ。戒銘(かいみょう)は賤ケ治(しずがはる)。 慶留間:ここで振んなよ。馬鹿垂れが。 善名:慶留間のエモノは? 慶留間:おう。後でな。 善名:その帷子(かたびら)も人間界(マニュシャ)から着てきたのか? 善名:おれも帷子がいい。 慶留間:ああ?これは違うぞ。そうさな、なんて言やあいいか…なァ? 抜海:俺に振んなよ!?説明は苦手だッ! 慶留間:まあ、強いて言えば…”業(ごう)”だな。 善名:”業”…? 抜海:あァ…ま、お前も亡者どもを殺しゃあ分かるぜ。 善名:そう、なのか。 慶留間:お前を見てると昔を思い出す… 慶留間:誰の血も浴びぬ、純白の死に装束… 抜海:最初に殺したやつのことは最早覚えちゃいねえがな。 善名:(俺の死に装束は既に血塗られている…俺の血だ) 善名:(誰の仕業だ…) 善名:…俺は柄目木を討つ。 抜海:ほっほーう!そりゃまた大きく出たなァ! 善名:何故だ?俺と同じ、生きながらにして修羅の道を歩む者だろう? 抜海:修羅の道を歩むことは修羅界(ここ)じゃなくてもできる。 抜海:修羅ってのは、心の在り方だからな。 慶留間:しかし、いちど阿修羅王(アスラ)を討てば他の道を歩むことは不可能になる。 抜海:阿修羅王(アスラ)の一角を殺してから、柄目木は人間界(マニュシャ)に戻れなくなった。 善名:阿修羅王(アスラ)退治に、そんな代償が…? 抜海:そ。柄目木の強さは阿修羅界(ここ)限定。ゆえに無尽蔵(むじんぞう)ってわけだ。 慶留間:お前も対峙して、それを感じたんじゃねえのか? 善名:ああ。まるで赤子のように寝かしつけられた。 抜海:てめえ、腕を失くしたとはいえ…羨ましいなあオイ!! 善名:痛っ!やめろ!傷をほじるなッ!! 0:突然、強烈なめまいが善名を襲った。 善名:はぐっ…! 抜海:お、オイ…平気か? 善名:わからない…いきなりめまいが… 慶留間:善名。お前は腕を失ったまま”復活”をしたんだ。血が足りねえんだよ。 善名:足りない?どうすればいい? 抜海:修羅界(アスラ)でやることは一つだろうが。 慶留間:血を浴びるしかねえ。切り捨てた敵の血をな。 抜海:さっさと武器拾って、亡者どもを討ちに行こうぜ。 0: 善名:うぐ…まただ。 抜海:大丈夫かよ?倒れちゃ困るぜ。 善名:これ以上血を失ったらどうなる…? 慶留間:地面に飲み込まれるなァ。あとは血が溜まるまで何年も眠っちまう。 善名:まるで地獄だな… 抜海:〈地獄に対して〉ばか言うな。数億倍マシだぜ。 慶留間:この辺でお前を拾ったから、近くに落ちているはずだぜ。 善名:(地面には合戦の残骸がどこまでも広がっている) 善名:(灼けた軍旗、血塗られた槍や刀、腕、下あご、臓腑) 善名:あった。 慶留間:おま、それは… 抜海:ひゃはは!おめー、そりゃ武器じゃねえぞ!? 善名:踏み鋤(すき)。戒銘(かいみょう)は毀作(きさく)…俺の武器(エモノ)だ。 0:大太刀を肩に寄り掛け、柄目木は伏し目がちに善名の腕を撫でる。 柄目木:斬りつつも きみをば待たむ うち靡(なび)く わが白髪に 血の置くまでに 柄目木:…季語がないか。 柄目木:出会いときめく春かしら…想い焦がれる秋かしら… 柄目木:今は…うーん… 柄目木:フ、この曇天の下では四季すらも思い出せないや… 0: 慶留間:雑賀衆(さいかしゅう)というのは戦国時代に紀伊の山間部を拠点とした地侍集団のことよ。 善名:戦国時代!?そんな昔の者が何故? 慶留間:修羅界(アスラ)は人間界(マニュシャ)と共に生まれた。 慶留間:修羅界(ここ)は言うなれば、戦争史の坩堝(るつぼ)だ。 抜海:あっちで薩摩藩士が突っ込んできたかと思えば、こっちで源氏が絶壁を駆け下りて来やがる。 慶留間:おまけに人間界(マニュシャ)では見たこともないような怪物もいるぞ。 善名:無茶苦茶だ… 抜海:着いたぜ。こっから先は雑賀(さいか)の巣だ。 善名:(山は深い森に包まれて、ひっそり閑としている) 善名:何も聞こえない… 抜海:気配を消してんだよ。連中の得意技さ。 慶留間:彼の信長すら敵わなかったワケだなァ。どう行く? 抜海:こっちだぜ。 0: 善名:道が狭いな… 慶留間:かつては川だったんだろうよ。地面がやたらと滑らかだ。 抜海:ああ、こんな所で撃たれちゃ堪らんなァ。 慶留間:抜海、ホントにいるんだろうな?雑賀衆は。 抜海:もちろん。ほら、その上だ。 0:ガサササッ!!頭上の茂みから十数本の筒が覗く。 善名:火縄銃!? 慶留間:壁によけろッ!! 0:ババババンッ!!!善名たちの道に向かって銃弾が一斉掃射される。 抜海:ひゃははは!超ウケるぜ!! 慶留間:善名!無事か!? 善名:少し喰らった…! 慶留間:抜海ッ!てめえふざけんなよッ! 抜海:いいや俺は大マジだぜ!? 抜海:てめーら二人が油断でもしなきゃ、奴らの標的は真っ先に俺だろうがァ! 慶留間:抜海…智慧と姑息は別モンだって言ったはずだぜ…? 抜海:おめーこそ悟れよ。所詮戦はだまし討ちッ!! 抜海:武士道だのなんだのは、耄碌(もうろく)したジジイの戯言だってなッ! 善名:慶留間ッ!もう一度来るぞッ!! 慶留間:!! 0:ババババンッ!! 慶留間:ぐはっ…! 善名:慶留間!しっかりしろ!! 慶留間:…抜海のヤロウは? 善名:どこかに消えた! 慶留間:そうか。 慶留間:火薬臭え傭兵どもが…随分食らわしてくれたな。 慶留間:強弓(ごうきゅう)。戒銘(かいみょう)…伊豆八(いずはち) 慶留間:お返しだ。 0:ギリギリギリイ…! 慶留間:〈目をカッと見開く〉 慶留間:一矢轟破艘(いっしごうはそう)ッ!! 0:ズガアアン!!慶留間の放った矢は雑賀衆の銃列を高台ごと吹き飛ばす。もはや砲撃だった。 善名:すげえ… 善名:すごいぞ、慶留間ッ! 慶留間:いいや。高台から引きずり落してみたが、まだ結構動ける奴らがいるなァ… 善名:なぜあいつ等は退かない? 慶留間:血を失ったら、血を浴びねえと…奴らも必死さ。 善名:あくまで殺し合いってわけか…戦そのものが目的… 慶留間:善名、俺はちと厳しい…残りをやれるか? 善名:任せろ。 善名:踏み鋤(すき)。毀作(きさく)… 善名:滅邏卒(めつらそつ)の装(そう) 慶留間:なんだ…?善名を取り巻くあの禍々しい気配は…? 善名:参る。 慶留間:(踏み鋤が武器だなんてふざけてると思ったが…) 慶留間:(へらで打ち、さきで突き刺し、ふちで斬る…) 慶留間:(しかし木製の柄⦅つか⦆では受けることはできない) 慶留間:(殺される前に殺せ、か) 慶留間:(まさに修羅のための武器よ…) 抜海:お、いい感じに減って来たなあ! 慶留間:抜海!どこに隠れてやがった!! 抜海:ハッハァ!助太刀いたすよォ!善名どのォ!? 抜海:十文字ィ!賤ケ治(しずがはる)ッ!! 抜海:戦技(せんぎ)!貂梃子舞(てんてこまい)ッ!! 抜海:血の雨降らせいいいッ! 0:ザパアア!!雑賀衆の血が周囲に飛び散る 慶留間:〈顔にかかった返り血を拭いながら〉 慶留間:相変わらず、大雑把な野郎だ… 抜海:ド派手と言ってほしいねえッ!なんせ俺が最強ッ!! 善名:修羅界(アスラ)にて最強を騙るか… 抜海:ぜ、善名? 善名:不届き。 0:ガキイイン!善名と抜海が鍔ぜり合う。 抜海:うおおッ!善名!目を覚ませ!終わりだ!雑賀衆(さいかしゅう)は全員討ったぜ!? 善名:雑賀とて、流れる血は貴様と同じ… 善名:不都合もなかろう? 0:ガキン!善名に弾かれた衝撃で十文字賤ヶ治がへし折れる。 抜海:ひいいっ!慶留間、俺をたすけろ!! 慶留間:ったく。善名ッ!本懐を忘れるなッ! 善名:本、懐… 慶留間:毘摩質多羅(ビマシトラ)を…いや。 慶留間:まずは柄目木を討つんだろうが。 善名:!! 善名:そうだ、そうだった… 慶留間:てめえの姿を見てみろ。 善名:〈血で染まった手を見て、息を荒らげる〉…! 慶留間:余りある返り血で、帷子(かたびら)が出来ちまったなァ… 善名:これが”業”…なのか… 抜海:へっ、これでテメーも”修羅”ってワケだ。改めてよろしくなあ! 善名:抜海。 慶留間:! 善名:離れてくれ。むさくるしい。 抜海:おっと、すまんすまん。 慶留間:抜海…てめーは命知らずな野郎だぜ。 抜海:テメーはもっと前に出ろよ。遠距離じゃ返り血が届かねえんだから。 慶留間:唯一の恢復(かいふく)手段が返り血なんてな…つくづく遠距離は不遇だぜ。 抜海:今に始まったことじゃねえだろうが。 善名:いる。 抜海:あ? 善名:近くに奴を感じる… 0:ズブッ…大太刀が抜海の腹を貫く。 抜海:がふっ…! 柄目木:雑賀(さいか)の一個分隊を倒しただけで、気を緩めすぎ。 抜海:は、あ”あ”…? 柄目木:でも安心して。本隊は私がやっつけたから。 抜海:やっぱり…こうなるじゃねえか… 0:ドサア…!抜海から大太刀が引き抜かれ、抜海は地面に伏せる。 0:ずぶずぶずぶ…抜海の体は地面に取り込まれていく。 慶留間:抜海!! 善名:柄目木… 柄目木:善名…ほんとうに会いに来てくれたんだ。 柄目木:うれしい。 善名:貴様を討つ。 柄目木:大太刀。千菊丸(せんぎくまる) 0:シャキン…。血を払い、長すぎる刃を鞘に納める 柄目木:かかって来なよ。 善名:ッ! 慶留間:(あの大太刀、抜海の帷子(かたびら)を貫通していた…) 慶留間:(雑賀衆の血、十人余りの帷子だぞ?) 慶留間:その程度の業、まるで意に介さずってワケかよ… 柄目木:きよみずと つらもおぼえず わらべさへ 善名:歌…? 柄目木:…なにをおもわん こじきにうがら  柄目木:からかうつもりだったけど。すこし本気を見せようかな…音羽散桜(おとわちりざくら)。 慶留間:一矢轟破艘(いっしごうはそう)!! 柄目木:!! 0:ドゴオオオン!! 柄目木:い、たたた…もう…なんなの…? 慶留間:なにい!?仕留め損ねたかッ! 0:ぽた、ぽた… 善名:う、ぐ… 柄目木:はっ、善名!?ダメだよ!まだ死んだら…! 0:ズズズ…大太刀千菊丸が善名の体躯に深々と刺さっている… 柄目木:あ、あれ…?えいっ! 善名:う、ぐぐっ、ああ…! 柄目木:ぬ、抜けなくなっちゃった… 善名:… 柄目木:ごめんね!善名、苦しいよねっ!? 善名:戯れに生を切り捨て、死を招く… 0:ドクン…! 柄目木:え…? 善名:貴様の命は、さぞ軽いのだろうな… 柄目木:(え…なにこの…背筋がぞくぞくするカンジ…) 善名:参る。 0:ズズ、ズズズ… 柄目木:…(嘘…自分からさらに深く刺さりに来てる…) 善名:ぐ、がはっ! 柄目木:…(やっぱり無理してるんだ!…弱いクセに我慢しちゃって…) 善名:ぐ、うう…! 柄目木:…(どうしよ…かわい…♡) 善名:怨嗟や憎悪…すべては弱さ故… 柄目木:そうだね、善名。貴方は弱い。だから遊ばれちゃうんだよ… 善名:ふざけろ… 柄目木:悔しいね。でもどうすることもできないね… 善名:違う… 柄目木:違わないよ。ねえ善名。わたし貴方が好きになっちゃったな。 柄目木:こうやって時々相対(あいたい)して、何度でも殺してあげる… 善名:まだ、まだだ… 柄目木:駄目だよ善名。あなたの終わりは”わたし”なの。 柄目木:どれだけ息をして、いつ死ぬのかも全部”わたし”。 善名:… 柄目木:あなたの意志は、すべて無慈悲に折ってあげるから。 善名:そうはさせない… 善名:ここからなら脚と合わせて、 善名:…踏み鋤が届く。 善名:腹に喰らえ。 善名:足蹴根切(アシゲ・ネギリ)…! 0:ブチブチィ…グギュルル!!踏み鋤毀作が柄目木の腹を掘り起こす。 0:ズズズ…ドプン!大太刀千菊丸も引き抜かれる。 柄目木:アガッ!! 慶留間:エモノを脚でッ!? 慶留間:いや、”踏み鋤”…本来の使い方ってワケか… 0:ドクン…ドクン… 善名:(肉を裂き、臓腑を掻きわけ、肋⦅あばら⦆をくぐった先に) 善名:(柄目木⦅がらめき⦆の確かな鼓動があった) 柄目木:お、おめでとさん…そこ、わたしの… 善名:これが、心の臓か… 0:グッ…!善名が心臓を握る衝撃が柄目木の脳内を駆け巡り、 0:ジンワリとした痛みを遺す。 柄目木:はぐっ…ッ!く…っ!…ふ、ぅぅ… 善名:(死闘の余韻からか、柄目木⦅がらめき⦆の心臓は小刻みに震えている) 0:ツー…。痛みに対する極めて生理現象的な涙が柄目木のほおを伝う。 柄目木:ふ、…ひ…ぃつまで…握っているつもり…? 善名:悪いな。温かくて…つい。 0:朦朧とした意識の中で、柄目木はどこか嬉しそうである。 柄目木:く…勘弁…してよ… 柄目木:わたしで、遊ぶな…! 0:ギリギリギリ…!善名は心臓を握る力を強くしていく 柄目木:ぎ、いッ!…あ”…!はゔあ”あ”ぅ…ああっ! 善名:腕はどこだ。 柄目木:どこかなあ… 0:柄目木は自らのぬらぬらした臓腑をそっと撫でる。 善名:まさか、喰ったのか… 柄目木:あなたの腕は私の血に…私の血はあなたの腕に… 善名:(血塗られた傷口から、腕が生えて来る) 善名:どうやらお前とは殺し合う因縁ができたらしい。 柄目木:うれしい。ねえ、もっと近くに…寒い… 善名:いいや。死んでくれ。 柄目木:あ”あ”! 0:慶留間と抜海は離れた所から善名と柄目木の戦いを見ていた。 抜海:おい、どうしちまったんだよ善名(ぜんな)のヤツ。柄目木を抱えたまま動かねえぜ? 慶留間:てめえ。もう復活しやがったのか。しぶてえ野郎だ。 抜海:へっ、お陰で帷子(かたびら)も消えて素寒貧(すかんぴん)さ。 抜海:〈くしゃみ〉!あ”ー… 慶留間:オメーにゃお似合いだよ。 善名:(冷たくなった柄目木を赤黒い地面に横たえる) 善名:(地面はたちまち血の沼となり、ずぶずぶと柄目木を飲み込んでいく) 抜海:お疲れ!善名! 善名:抜海…!?お前死んだはずだろ。 抜海:帷子の分の血で支払ったのさ。 抜海:修羅界(アスラ)では殺し溜めとくのが基本だぜ。 善名:てことはつまり… 慶留間:ああ。そろそろだろうなァ。 慶留間:柄目木が復活するぜ。 善名:(柄目木を取り込んだ血の沼がブクブクと沸き立ち) 善名:(その中から裸の柄目木が這いあがってくる) 柄目木:ぷはあ!善名、さっきはいい動きだったね! 善名:(先の戦闘の傷は完治したらしく、柄目木はむしろ溌剌⦅はつらつ⦆としている) 善名:(髪に滴る血液は肩のあたりから布となり、そのまま柄目木の体を包んだ) 柄目木:もう一戦、しよう。 善名:(柄目木の目が光るや否や、俺の首が宙を飛ぶ) 善名:(最期に目にしたのは長い白髪に浮かぶ、柄目木の笑顔だった。) 善名:(修羅め…) 柄目木:上等。 0:終