台本概要

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タイトル 夜、蝶に紅
作者名 橘りょう  (@tachibana390)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 30 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 バーで出会った二人の男女
年上のヒカルに惹かれるキョウヘイと、誰かを重ねて見る視線と感情
寂しさを抱えた大人のラブストーリー

読み手の性別は不問、登場人物の性別変更不可
告知などでメンションしてお知らせいただくと作者が小躍りして喜びます。
作者名と作品名の明記はよろしくお願いします

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
キョウヘイ 112 二十代前半~中ごろの青年。バーで一人で飲んでいるところをヒカルと出会う
ヒカル 109 三十代後半から四十代頭の女性。バーで一人飲んでいるキョウヘイに声をかけた
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
キョウヘイ:(M)隣の温もりが動く気配に目が覚め、半分覚醒したようなしていないような意識は、カチッと言う聞き馴染みのある音で引き起こされる。 ヒカル:あら、目が覚めた? キョウヘイ:(M)白い指に挟んだ煙草を揺らしながら、彼女は薄く微笑んだ。 キョウヘイ:(M)一糸まとわぬ姿の彼女は、薄明かりの下でぼんやりと発光しているように見えた。薄っぺらい生地のガウンを掛けてやると無言で袖を通す。 キョウヘイ:(M)自分のタバコを取り出してライターに火をつけようとしたが、音が虚しく鳴るだけで一向に火がつかない。 キョウヘイ:ねえ、火ぃ貸して。夕方でガス欠したっぽい ヒカル:いいわよ、どうぞ? キョウヘイ:…ライター、貸してよ ヒカル:なんで?ここに…火はあるわよ? キョウヘイ:(M)いたずらっぽく、煙草の先端を揺らす彼女。ライターは貸してもらえそうにない。立ち上がって彼女に顔を寄せ、赤い先端から火を移す。 キョウヘイ:(M)途端に顔面に煙を吹きかけられて、思い切り咳き込んだ。彼女は楽しそうに、声を殺して笑っていた。 キョウヘイ:ゲホッ…いきなり煙ふきかけてくるとか、ひどい… ヒカル:ふふふっ、油断大敵よ キョウヘイ:怖い怖い… ヒカル:…もっと男だと思ってたけど…まだまだお子様ね キョウヘイ:悪かったね、あまちゃんで ヒカル:そういう可愛いところ、好きだなぁ キョウヘイ:そりゃどーも。本気じゃないお子様の相手はさぞかし楽しいでしょうね ヒカル:あら、拗ねてるの? キョウヘイ:拗ねてない ヒカル:可愛い可愛い キョウヘイ:子供扱いしないで ヒカル:本当の子供には、子供扱いなんてしないものよ? キョウヘイ:(M)どちらからともなく、唇を引き寄せる。煙草の香りがするキスは、酷く苦くて重たく熱い。 キョウヘイ:(M)擦れ合う舌先だけが冷たくて、それを貪欲に求めてさらに深く。吐息の熱が上がりきった頃に、ようやく離れて荒くなった呼吸を交換した。 キョウヘイ:前言撤回…する? ヒカル:…ふふっ、降参。やるじゃない キョウヘイ:そりゃね。あなたに見合った男になりたいんで キョウヘイ:(M)軽く触れ合うだけのキスをかわすと、視線が絡み合い逃がすまいと強く力を込めて抱きしめた。 キョウヘイ:(M)痛みなのか、かすれた声と共に吐き出された呼吸が耳にかかってゾクゾクする。 キョウヘイ:(M)一晩中、あんなに触れて、撫でて、噛み付いて、繰り返したキスの数は数え切れなくて。漏らした吐息も、絡ませた指も、愛おしくてたまらない。 キョウヘイ:(M)約束した言葉は紡げず、ただ想いを腕の力に込めて刻印を残すほどに抱きしめていた。身動きに緩めると、手を取られて甲に暖かい唇が触れた。 キョウヘイ:な、に…? キョウヘイ:(M)吸い付くようなキスが繰り返され、その手はそっと彼女の細い首に誘導される。 ヒカル:…絞めて キョウヘイ:(M)薄く微笑んで言う彼女は、自分ではない誰かをみている。 ヒカル:絞めて、強く キョウヘイ:…どうして…? ヒカル:私が絞めて欲しいから キョウヘイ:…あぶ、ないよ…? ヒカル:大丈夫だから キョウヘイ:…誰を見てるの? ヒカル:…私の目の前にいる人 キョウヘイ:違う、ヒカルさんは…僕に重ねて違う人を見てる : : ヒカル:坊や、ひとり? キョウヘイ:(M)グラスに落としていた視線を上げた先に、彼女はいた。 キョウヘイ:坊やって…僕のことですか? ヒカル:他に誰かいる? キョウヘイ:…居ない、ですね ヒカル:ひとり?お姉さんと飲まない? キョウヘイ:(M)長い髪を頬をかけて微笑む彼女は、片手のグラスを少し持ち上げて見せた。ひとつ空いたスツールを詰めて隣に座ると、少し甘い香りが鼻腔をくすぐる。 キョウヘイ:坊やは酷いな… ヒカル:あら?見た感じ、まだ二十代でしょ?私からしたら、その位の男の子なんてみんな坊やよ キョウヘイ:そういうお姉さんはいくつなんですか? ヒカル:ふふっ、これだから坊やなのよ。女性に年齢なんて聞くもんじゃないわ キョウヘイ:…そーですね、失礼しました ヒカル:拗ねてるの?可愛い キョウヘイ:可愛くないですよ、こんなおっさんに片足突っ込んだの ヒカル:最近の若い子って、早くからそう言うけどもったいないと思うわ。今この瞬間が一番若いのに キョウヘイ:…お姉さん、名前は? ヒカル:ヒカル。君は? キョウヘイ:…キョウヘイ ヒカル:若い子が一人でここで飲んでるの、初めて見たわ。だから思わず声掛けちゃった キョウヘイ:…振られたんスよ、付き合ってると思ってた子に ヒカル:思ってた? キョウヘイ:二股。で、僕は要らない方 ヒカル:その子は、人を見る目がなかったのね キョウヘイ:僕もそう思います ヒカル:ふふふっ キョウヘイ:ヒカルさん、恋人は? ヒカル:どう思う? キョウヘイ:未亡人 ヒカル:面白いこと言うわね キョウヘイ:違った? ヒカル:ハズレ キョウヘイ:残念 ヒカル:未婚よ、いい歳して一人で自由に遊んでるの キョウヘイ:なんにも縛られてなくていいじゃん ヒカル:…物は言いよう、かな キョウヘイ:で、恋人は? ヒカル:恋人は居ない キョウヘイ:…じゃあ愛人? ヒカル:ぷっ…君、本当に面白い キョウヘイ:そう?つまんないからって振られたばっかりなんだけど ヒカル:面白いわ キョウヘイ:じゃあその面白さが伝わらなかったんだろうなぁ ヒカル:少し高度なのよ、若い子には通じないんじゃないかしら キョウヘイ:大人って、難しいね ヒカル:…そうかもね キョウヘイ:じゃあ…ヒカルさんが大人がどんなのか教えてよ ヒカル:あら、誘ってくれてるの? キョウヘイ:こういう誘い方っていやらしい? ヒカル:うーん、及第点ってとこかしら キョウヘイ:ギリ合格? ヒカル:初めてにしてはね キョウヘイ:(M)その夜、初対面だった彼女と薄暗いホテルの部屋で抱き合った。貪るように求める僕と、それを薄い笑みを浮かべて受け止める彼女。どこか冷めた表情に気付かないふりをして、僕は朝まで彼女を抱いた。 キョウヘイ:(M)その夜知ったのは、彼女のしっとりとした肌の感触と、セックスの後だけに吸う煙草の香り。そして彼女が違う誰かを見ているということだった。 : : キョウヘイ:あなたに ヒカル:…なに? キョウヘイ:ヒカルさんに好きになってもらいたい キョウヘイ:(M)何度目かの夜、隣に寝転がる彼女の髪を指で弄びながら呟いた。 ヒカル:好きよ? キョウヘイ:嘘でしょ ヒカル:嘘じゃない、嫌いじゃないわ キョウヘイ:…嫌いじゃないって、ずるいよね ヒカル:…そうね キョウヘイ:あなたの心を、占めてるのは誰? ヒカル:…知りたい? キョウヘイ:知りたい…けど、知りたくない。嫉妬でおかしくなる ヒカル:…そういう、素直なところ好きよ キョウヘイ:本当? ヒカル:ええ、素直で…可愛い キョウヘイ:…やっぱり、本気じゃないじゃん ヒカル:火遊びは、夢中になった方が負けよ キョウヘイ:僕とのことは、火遊び? ヒカル:君にとってのね キョウヘイ:そのつもり、ないんだけど ヒカル:…セックスなんてスポーツと一緒 キョウヘイ:好きな人しか抱く気無いよ ヒカル:経験を積めば分かる キョウヘイ:…ヒカルさん ヒカル:なあに? キョウヘイ:名前を、呼んでよ… ヒカル:…呼んでないかしら? キョウヘイ:呼ばれてない。いつも君、しか。…呼んでよ ヒカル:…… キョウヘイ:…呼んで ヒカル:…きょーへーくん キョウヘイ:不合格 ヒカル:厳しい… キョウヘイ:好きな人には、ちゃんと名前呼んでもらいたいよ ヒカル:…そう、ね キョウヘイ:(M)少し寂しそうに笑ったヒカルさんを、強く抱きしめる。 キョウヘイ:ヒカルさんは、どんな人が好き? キョウヘイ:(M)答えはなかった。小さく零れたため息が艶っぽくて、腕に力を込める。痛い、という彼女の声は聞こえないふりをした。 キョウヘイ:教えてよ、どんな人が好き? ヒカル:…私を愛してくれる人 キョウヘイ:じゃあ、僕だね ヒカル:言うじゃない キョウヘイ:で?どんな人? ヒカル:さっき答えた キョウヘイ:もっとちゃんと教えてよ ヒカル:…しつこい男は嫌われるよ キョウヘイ:ヒカルさんに好かれてたら、それでいい : : ヒカル:私を、殺してくれる人 キョウヘイ:(M)長い間が空いて、彼女はそう呟いた。いたずらっ子みたいな笑みを浮かべているのにその目は真剣だった。 キョウヘイ:この間、首絞めてって言ったのは、それ? ヒカル:さぁ、どうかな キョウヘイ:もしあの時、僕が絞めてたら…好きになってくれてた? ヒカル:そうかも キョウヘイ:死にたいの? ヒカル:そうじゃない キョウヘイ:じゃあ…なに? ヒカル:…いつの間にか、きかん坊になっちゃったわね キョウヘイ:いつまでも坊や、だからね キョウヘイ:(M)彼女はするリと腕の中から抜けると、床に脱ぎ散らかされた服を身につけ始めた。 キョウヘイ:もう帰るの? ヒカル:言ったでしょ?火遊びは、夢中になった方が負けなの。これ以上のめり込むなら…辞めておいた方が良いわ キョウヘイ:火遊びじゃない、本気で…! ヒカル:だからダメなの キョウヘイ:(M)まっすぐな視線が、これ以上言うなと語っていた。 キョウヘイ:…また、会ってくれる? キョウヘイ:(M)ようやく絞り出した声は、少し掠れて震えていた。身支度を整えた彼女は、口紅を引き直して微笑む。 ヒカル:…会えたらね キョウヘイ:(M)そう言い残して彼女は部屋を出ていった。香水の残り香が甘く、指に残った彼女の長い髪が一本はらりと床に落ちる。 キョウヘイ:(M)元々、連絡先の交換すらしていない関係で、最初に会った店で遭遇した時だけ共に過ごす。 キョウヘイ:(M)彼女はもうあの店には来ないかも知れない。始まってすらない僕達の関係。急激な喪失感に襲われて、力なくベッドに座り込んだ。 キョウヘイ:(M)その後、何度かあの店に足を運んだが彼女とは遭遇しなかった。時折、空を舞う蝶の様にチラつく彼女の幻影を、目で追うだけだった。 : : キョウヘイ:お姉さんひとり? キョウヘイ:(M)目の前の彼女はグラスに落としていた視線を上げ、とても驚いた顔をした。 ヒカル:…どうして…? キョウヘイ:ひとり? ヒカル:…ええ、ひとりよ キョウヘイ:隣、いいかな? ヒカル:どうぞ キョウヘイ:じゃ、お隣失礼 ヒカル:…びっくりした。もうこのお店には来てないと思ってたのに キョウヘイ:(M)最後の夜から、一年が経過していた キョウヘイ:しばらく来てなかったよ。久しぶりに来たら…ヒカルさんが居て思わず声掛けちゃった ヒカル:もうこんな年増女のこと、忘れてると思ってた キョウヘイ:なんで年寄りになりたがるの? ヒカル:本当の事よ キョウヘイ:年上ってずるいなぁ ヒカル:特権と言って頂戴 キョウヘイ:…恋人は? ヒカル:居ない キョウヘイ:じゃあ、愛人は? ヒカル:ふふっ、そういうのはもう終わったの キョウヘイ:…年下の燕を飼う気は無い? ヒカル:…面白い言い方をするわね キョウヘイ:…本気になって欲しいけど、ヒカルさんは蝶々だから ヒカル:蝶々? キョウヘイ:ひらひら舞って、捕まえられない。でも綺麗だから…目が離せないんだ ヒカル:…私に、そんな価値ない キョウヘイ:僕にはあるよ ヒカル:…随分、熱っぽい目をするようになったのね。いい恋をしたの? キョウヘイ:…ずっとヒカルさんに恋してた ヒカル:…それは、…… キョウヘイ:火遊びなんかじゃなくて、本気でずっと好きだったんだよ ヒカル:…ごめんなさい キョウヘイ:なんで謝るの? ヒカル:あなたの大切な時間を、無駄にさせちゃった キョウヘイ:あなたは、僕に恋を教えてくれた ヒカル:違うわ… キョウヘイ:僕は間違いなく恋をしてたし、無駄だなんて一度も思ってないよ ヒカル:…ずっと後になって後悔する キョウヘイ:していいよ、その時はその時だし…高い勉強代とか思わない ヒカル:…まだ、坊やね キョウヘイ:坊やでいいよ、これから先の伸び代がある ヒカル:言うようになったじゃない キョウヘイ:ねぇヒカルさん、今度は僕を見てくれない? ヒカル:どういう事? キョウヘイ:ずっと、僕に重ねて違う誰かを見てたでしょ?今度は…僕を見てくれる? ヒカル:…どう、かしらね キョウヘイ:断らないってことは、期待できるってことだよね ヒカル:…随分と前向きだ事 キョウヘイ:若さゆえ、かな ヒカル:若さ故の過ち、になるわよ キョウヘイ:ならないよ。…ねぇ、ヒカルさん。僕の名前、覚えてる? ヒカル:もちろん キョウヘイ:じゃあ、名前を呼んで。ちゃんと僕を見て、名前を呼んでよ ヒカル:…キョウヘイ君 キョウヘイ:もう一回 ヒカル:キョウヘイ君 キョウヘイ:…ずっと呼んで欲しかった ヒカル:…馬鹿な子ね キョウヘイ:馬鹿でいいよ。恋したら…みんな馬鹿になる ヒカル:沢山…色んなことを無駄にしちゃうかもしれないのよ? キョウヘイ:それも経験。転ばなきゃ痛みは知らないまんまだよ ヒカル:起き上がるのが、怖くなるかも キョウヘイ:…ヒカルさんは、起き上がれなくなった? ヒカル:起き上がって、何とか立ち上がっても…前に進めないの。進んでも、良いこと無いって… キョウヘイ:そっか…じゃあ、隣歩いていい? ヒカル:なにを… キョウヘイ:隣で、手を繋いで歩かせて ヒカル:…いつか、私じゃない誰かを愛するようになる。その時に、私は…きっと耐えられない キョウヘイ:ありがと ヒカル:え? キョウヘイ:今、一緒に居てくれるって事でしょ? ヒカル:…… キョウヘイ:きっと思ってるよりずっと、僕はあなたの事が好きなんだと思う。似た人を見かけたら追いかけて、あなたの香水の香りを探して…ここにだって何回も来てたんだよ。あなたに逢いたくて… ヒカル:…私は、 キョウヘイ:色々ごちゃごちゃ考えないでさ、今一瞬素直になってよ。…僕のこと、嫌い? ヒカル:…嫌いじゃない キョウヘイ:…ずるいなぁ。でも、今はそれでいいよ ヒカル:…… キョウヘイ:今でも…好きな人の好みは変わらない? ヒカル:…私を、愛してくれる人が良いわ キョウヘイ:なら、やっぱり僕じゃん ヒカル:…ふふ、そうかもね キョウヘイ:(M)以前の寂しそうな微笑みでは無く、優しい目をして彼女は笑う。 キョウヘイ:(M)夜を舞う蝶がひらひらと、肩に止まった気がした。 : : :「夜、蝶に紅」、終

キョウヘイ:(M)隣の温もりが動く気配に目が覚め、半分覚醒したようなしていないような意識は、カチッと言う聞き馴染みのある音で引き起こされる。 ヒカル:あら、目が覚めた? キョウヘイ:(M)白い指に挟んだ煙草を揺らしながら、彼女は薄く微笑んだ。 キョウヘイ:(M)一糸まとわぬ姿の彼女は、薄明かりの下でぼんやりと発光しているように見えた。薄っぺらい生地のガウンを掛けてやると無言で袖を通す。 キョウヘイ:(M)自分のタバコを取り出してライターに火をつけようとしたが、音が虚しく鳴るだけで一向に火がつかない。 キョウヘイ:ねえ、火ぃ貸して。夕方でガス欠したっぽい ヒカル:いいわよ、どうぞ? キョウヘイ:…ライター、貸してよ ヒカル:なんで?ここに…火はあるわよ? キョウヘイ:(M)いたずらっぽく、煙草の先端を揺らす彼女。ライターは貸してもらえそうにない。立ち上がって彼女に顔を寄せ、赤い先端から火を移す。 キョウヘイ:(M)途端に顔面に煙を吹きかけられて、思い切り咳き込んだ。彼女は楽しそうに、声を殺して笑っていた。 キョウヘイ:ゲホッ…いきなり煙ふきかけてくるとか、ひどい… ヒカル:ふふふっ、油断大敵よ キョウヘイ:怖い怖い… ヒカル:…もっと男だと思ってたけど…まだまだお子様ね キョウヘイ:悪かったね、あまちゃんで ヒカル:そういう可愛いところ、好きだなぁ キョウヘイ:そりゃどーも。本気じゃないお子様の相手はさぞかし楽しいでしょうね ヒカル:あら、拗ねてるの? キョウヘイ:拗ねてない ヒカル:可愛い可愛い キョウヘイ:子供扱いしないで ヒカル:本当の子供には、子供扱いなんてしないものよ? キョウヘイ:(M)どちらからともなく、唇を引き寄せる。煙草の香りがするキスは、酷く苦くて重たく熱い。 キョウヘイ:(M)擦れ合う舌先だけが冷たくて、それを貪欲に求めてさらに深く。吐息の熱が上がりきった頃に、ようやく離れて荒くなった呼吸を交換した。 キョウヘイ:前言撤回…する? ヒカル:…ふふっ、降参。やるじゃない キョウヘイ:そりゃね。あなたに見合った男になりたいんで キョウヘイ:(M)軽く触れ合うだけのキスをかわすと、視線が絡み合い逃がすまいと強く力を込めて抱きしめた。 キョウヘイ:(M)痛みなのか、かすれた声と共に吐き出された呼吸が耳にかかってゾクゾクする。 キョウヘイ:(M)一晩中、あんなに触れて、撫でて、噛み付いて、繰り返したキスの数は数え切れなくて。漏らした吐息も、絡ませた指も、愛おしくてたまらない。 キョウヘイ:(M)約束した言葉は紡げず、ただ想いを腕の力に込めて刻印を残すほどに抱きしめていた。身動きに緩めると、手を取られて甲に暖かい唇が触れた。 キョウヘイ:な、に…? キョウヘイ:(M)吸い付くようなキスが繰り返され、その手はそっと彼女の細い首に誘導される。 ヒカル:…絞めて キョウヘイ:(M)薄く微笑んで言う彼女は、自分ではない誰かをみている。 ヒカル:絞めて、強く キョウヘイ:…どうして…? ヒカル:私が絞めて欲しいから キョウヘイ:…あぶ、ないよ…? ヒカル:大丈夫だから キョウヘイ:…誰を見てるの? ヒカル:…私の目の前にいる人 キョウヘイ:違う、ヒカルさんは…僕に重ねて違う人を見てる : : ヒカル:坊や、ひとり? キョウヘイ:(M)グラスに落としていた視線を上げた先に、彼女はいた。 キョウヘイ:坊やって…僕のことですか? ヒカル:他に誰かいる? キョウヘイ:…居ない、ですね ヒカル:ひとり?お姉さんと飲まない? キョウヘイ:(M)長い髪を頬をかけて微笑む彼女は、片手のグラスを少し持ち上げて見せた。ひとつ空いたスツールを詰めて隣に座ると、少し甘い香りが鼻腔をくすぐる。 キョウヘイ:坊やは酷いな… ヒカル:あら?見た感じ、まだ二十代でしょ?私からしたら、その位の男の子なんてみんな坊やよ キョウヘイ:そういうお姉さんはいくつなんですか? ヒカル:ふふっ、これだから坊やなのよ。女性に年齢なんて聞くもんじゃないわ キョウヘイ:…そーですね、失礼しました ヒカル:拗ねてるの?可愛い キョウヘイ:可愛くないですよ、こんなおっさんに片足突っ込んだの ヒカル:最近の若い子って、早くからそう言うけどもったいないと思うわ。今この瞬間が一番若いのに キョウヘイ:…お姉さん、名前は? ヒカル:ヒカル。君は? キョウヘイ:…キョウヘイ ヒカル:若い子が一人でここで飲んでるの、初めて見たわ。だから思わず声掛けちゃった キョウヘイ:…振られたんスよ、付き合ってると思ってた子に ヒカル:思ってた? キョウヘイ:二股。で、僕は要らない方 ヒカル:その子は、人を見る目がなかったのね キョウヘイ:僕もそう思います ヒカル:ふふふっ キョウヘイ:ヒカルさん、恋人は? ヒカル:どう思う? キョウヘイ:未亡人 ヒカル:面白いこと言うわね キョウヘイ:違った? ヒカル:ハズレ キョウヘイ:残念 ヒカル:未婚よ、いい歳して一人で自由に遊んでるの キョウヘイ:なんにも縛られてなくていいじゃん ヒカル:…物は言いよう、かな キョウヘイ:で、恋人は? ヒカル:恋人は居ない キョウヘイ:…じゃあ愛人? ヒカル:ぷっ…君、本当に面白い キョウヘイ:そう?つまんないからって振られたばっかりなんだけど ヒカル:面白いわ キョウヘイ:じゃあその面白さが伝わらなかったんだろうなぁ ヒカル:少し高度なのよ、若い子には通じないんじゃないかしら キョウヘイ:大人って、難しいね ヒカル:…そうかもね キョウヘイ:じゃあ…ヒカルさんが大人がどんなのか教えてよ ヒカル:あら、誘ってくれてるの? キョウヘイ:こういう誘い方っていやらしい? ヒカル:うーん、及第点ってとこかしら キョウヘイ:ギリ合格? ヒカル:初めてにしてはね キョウヘイ:(M)その夜、初対面だった彼女と薄暗いホテルの部屋で抱き合った。貪るように求める僕と、それを薄い笑みを浮かべて受け止める彼女。どこか冷めた表情に気付かないふりをして、僕は朝まで彼女を抱いた。 キョウヘイ:(M)その夜知ったのは、彼女のしっとりとした肌の感触と、セックスの後だけに吸う煙草の香り。そして彼女が違う誰かを見ているということだった。 : : キョウヘイ:あなたに ヒカル:…なに? キョウヘイ:ヒカルさんに好きになってもらいたい キョウヘイ:(M)何度目かの夜、隣に寝転がる彼女の髪を指で弄びながら呟いた。 ヒカル:好きよ? キョウヘイ:嘘でしょ ヒカル:嘘じゃない、嫌いじゃないわ キョウヘイ:…嫌いじゃないって、ずるいよね ヒカル:…そうね キョウヘイ:あなたの心を、占めてるのは誰? ヒカル:…知りたい? キョウヘイ:知りたい…けど、知りたくない。嫉妬でおかしくなる ヒカル:…そういう、素直なところ好きよ キョウヘイ:本当? ヒカル:ええ、素直で…可愛い キョウヘイ:…やっぱり、本気じゃないじゃん ヒカル:火遊びは、夢中になった方が負けよ キョウヘイ:僕とのことは、火遊び? ヒカル:君にとってのね キョウヘイ:そのつもり、ないんだけど ヒカル:…セックスなんてスポーツと一緒 キョウヘイ:好きな人しか抱く気無いよ ヒカル:経験を積めば分かる キョウヘイ:…ヒカルさん ヒカル:なあに? キョウヘイ:名前を、呼んでよ… ヒカル:…呼んでないかしら? キョウヘイ:呼ばれてない。いつも君、しか。…呼んでよ ヒカル:…… キョウヘイ:…呼んで ヒカル:…きょーへーくん キョウヘイ:不合格 ヒカル:厳しい… キョウヘイ:好きな人には、ちゃんと名前呼んでもらいたいよ ヒカル:…そう、ね キョウヘイ:(M)少し寂しそうに笑ったヒカルさんを、強く抱きしめる。 キョウヘイ:ヒカルさんは、どんな人が好き? キョウヘイ:(M)答えはなかった。小さく零れたため息が艶っぽくて、腕に力を込める。痛い、という彼女の声は聞こえないふりをした。 キョウヘイ:教えてよ、どんな人が好き? ヒカル:…私を愛してくれる人 キョウヘイ:じゃあ、僕だね ヒカル:言うじゃない キョウヘイ:で?どんな人? ヒカル:さっき答えた キョウヘイ:もっとちゃんと教えてよ ヒカル:…しつこい男は嫌われるよ キョウヘイ:ヒカルさんに好かれてたら、それでいい : : ヒカル:私を、殺してくれる人 キョウヘイ:(M)長い間が空いて、彼女はそう呟いた。いたずらっ子みたいな笑みを浮かべているのにその目は真剣だった。 キョウヘイ:この間、首絞めてって言ったのは、それ? ヒカル:さぁ、どうかな キョウヘイ:もしあの時、僕が絞めてたら…好きになってくれてた? ヒカル:そうかも キョウヘイ:死にたいの? ヒカル:そうじゃない キョウヘイ:じゃあ…なに? ヒカル:…いつの間にか、きかん坊になっちゃったわね キョウヘイ:いつまでも坊や、だからね キョウヘイ:(M)彼女はするリと腕の中から抜けると、床に脱ぎ散らかされた服を身につけ始めた。 キョウヘイ:もう帰るの? ヒカル:言ったでしょ?火遊びは、夢中になった方が負けなの。これ以上のめり込むなら…辞めておいた方が良いわ キョウヘイ:火遊びじゃない、本気で…! ヒカル:だからダメなの キョウヘイ:(M)まっすぐな視線が、これ以上言うなと語っていた。 キョウヘイ:…また、会ってくれる? キョウヘイ:(M)ようやく絞り出した声は、少し掠れて震えていた。身支度を整えた彼女は、口紅を引き直して微笑む。 ヒカル:…会えたらね キョウヘイ:(M)そう言い残して彼女は部屋を出ていった。香水の残り香が甘く、指に残った彼女の長い髪が一本はらりと床に落ちる。 キョウヘイ:(M)元々、連絡先の交換すらしていない関係で、最初に会った店で遭遇した時だけ共に過ごす。 キョウヘイ:(M)彼女はもうあの店には来ないかも知れない。始まってすらない僕達の関係。急激な喪失感に襲われて、力なくベッドに座り込んだ。 キョウヘイ:(M)その後、何度かあの店に足を運んだが彼女とは遭遇しなかった。時折、空を舞う蝶の様にチラつく彼女の幻影を、目で追うだけだった。 : : キョウヘイ:お姉さんひとり? キョウヘイ:(M)目の前の彼女はグラスに落としていた視線を上げ、とても驚いた顔をした。 ヒカル:…どうして…? キョウヘイ:ひとり? ヒカル:…ええ、ひとりよ キョウヘイ:隣、いいかな? ヒカル:どうぞ キョウヘイ:じゃ、お隣失礼 ヒカル:…びっくりした。もうこのお店には来てないと思ってたのに キョウヘイ:(M)最後の夜から、一年が経過していた キョウヘイ:しばらく来てなかったよ。久しぶりに来たら…ヒカルさんが居て思わず声掛けちゃった ヒカル:もうこんな年増女のこと、忘れてると思ってた キョウヘイ:なんで年寄りになりたがるの? ヒカル:本当の事よ キョウヘイ:年上ってずるいなぁ ヒカル:特権と言って頂戴 キョウヘイ:…恋人は? ヒカル:居ない キョウヘイ:じゃあ、愛人は? ヒカル:ふふっ、そういうのはもう終わったの キョウヘイ:…年下の燕を飼う気は無い? ヒカル:…面白い言い方をするわね キョウヘイ:…本気になって欲しいけど、ヒカルさんは蝶々だから ヒカル:蝶々? キョウヘイ:ひらひら舞って、捕まえられない。でも綺麗だから…目が離せないんだ ヒカル:…私に、そんな価値ない キョウヘイ:僕にはあるよ ヒカル:…随分、熱っぽい目をするようになったのね。いい恋をしたの? キョウヘイ:…ずっとヒカルさんに恋してた ヒカル:…それは、…… キョウヘイ:火遊びなんかじゃなくて、本気でずっと好きだったんだよ ヒカル:…ごめんなさい キョウヘイ:なんで謝るの? ヒカル:あなたの大切な時間を、無駄にさせちゃった キョウヘイ:あなたは、僕に恋を教えてくれた ヒカル:違うわ… キョウヘイ:僕は間違いなく恋をしてたし、無駄だなんて一度も思ってないよ ヒカル:…ずっと後になって後悔する キョウヘイ:していいよ、その時はその時だし…高い勉強代とか思わない ヒカル:…まだ、坊やね キョウヘイ:坊やでいいよ、これから先の伸び代がある ヒカル:言うようになったじゃない キョウヘイ:ねぇヒカルさん、今度は僕を見てくれない? ヒカル:どういう事? キョウヘイ:ずっと、僕に重ねて違う誰かを見てたでしょ?今度は…僕を見てくれる? ヒカル:…どう、かしらね キョウヘイ:断らないってことは、期待できるってことだよね ヒカル:…随分と前向きだ事 キョウヘイ:若さゆえ、かな ヒカル:若さ故の過ち、になるわよ キョウヘイ:ならないよ。…ねぇ、ヒカルさん。僕の名前、覚えてる? ヒカル:もちろん キョウヘイ:じゃあ、名前を呼んで。ちゃんと僕を見て、名前を呼んでよ ヒカル:…キョウヘイ君 キョウヘイ:もう一回 ヒカル:キョウヘイ君 キョウヘイ:…ずっと呼んで欲しかった ヒカル:…馬鹿な子ね キョウヘイ:馬鹿でいいよ。恋したら…みんな馬鹿になる ヒカル:沢山…色んなことを無駄にしちゃうかもしれないのよ? キョウヘイ:それも経験。転ばなきゃ痛みは知らないまんまだよ ヒカル:起き上がるのが、怖くなるかも キョウヘイ:…ヒカルさんは、起き上がれなくなった? ヒカル:起き上がって、何とか立ち上がっても…前に進めないの。進んでも、良いこと無いって… キョウヘイ:そっか…じゃあ、隣歩いていい? ヒカル:なにを… キョウヘイ:隣で、手を繋いで歩かせて ヒカル:…いつか、私じゃない誰かを愛するようになる。その時に、私は…きっと耐えられない キョウヘイ:ありがと ヒカル:え? キョウヘイ:今、一緒に居てくれるって事でしょ? ヒカル:…… キョウヘイ:きっと思ってるよりずっと、僕はあなたの事が好きなんだと思う。似た人を見かけたら追いかけて、あなたの香水の香りを探して…ここにだって何回も来てたんだよ。あなたに逢いたくて… ヒカル:…私は、 キョウヘイ:色々ごちゃごちゃ考えないでさ、今一瞬素直になってよ。…僕のこと、嫌い? ヒカル:…嫌いじゃない キョウヘイ:…ずるいなぁ。でも、今はそれでいいよ ヒカル:…… キョウヘイ:今でも…好きな人の好みは変わらない? ヒカル:…私を、愛してくれる人が良いわ キョウヘイ:なら、やっぱり僕じゃん ヒカル:…ふふ、そうかもね キョウヘイ:(M)以前の寂しそうな微笑みでは無く、優しい目をして彼女は笑う。 キョウヘイ:(M)夜を舞う蝶がひらひらと、肩に止まった気がした。 : : :「夜、蝶に紅」、終