台本概要

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タイトル 朗読劇 はちみつ色に溶ける
作者名 鹿野月彦  (@kanokeimegu)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(女2)
時間 30 分
台本使用規定 商用、非商用問わず連絡不要
説明 「それでもわたくしは、まだ生きていたい。また息を吹き返したいのです」


古びた屋敷でたった一人の大切な人を待っている少女のお話です。


◎作品詳細
タイトル:「朗読劇 はちみつ色に溶ける
キャスト:女性1名or2名(1人芝居の想定ですが2名まで出演可能です)
所要時間:20~30分前後

主人公の一人語りがメインの朗読劇です。
商用・非商用問わずご利用いただけます。
朗読の練習や配信等にぜひご活用くださいませ。
配信・投稿の際は著者名と著者X(旧Twitter @kanokeimegu)、もしくはこちらのページのURLの表記を頂ければ特に利用報告等は不要ですが、ご報告いただけますと作者の励みになります!

語りとセリフが入り混じる関係上やや表記が見づらく感じる場合がございます……。
印刷してご利用いただく場合はBOOTH版をご利用ください(無料配布)。→https://kanokeimegu.booth.pm/items/5417726

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ノゾミ 65 ノゾミ(10代後半・女) 古びた屋敷に一人で住んでいる少女。数年前に屋敷を離れた『お姉さま』の帰りをずっと待っている……がその正体は置き去りにされたままになっている古い人形。 元々が人形のため精神がやや幼く感情的。『お姉さま』に焦がれるあまりに付喪神のような存在となり自我を獲得した。 尚、本作は大部分がノゾミによる一人語りで進行する。
お姉さま 15 お姉さま(20代前半・女) ノゾミのもとの持ち主。幼い頃は屋敷に住んでいたが、中学生の時に両親が亡くなったため親戚に引き取られた。 数年ぶりに里帰りした際、かつて住んでいた屋敷がまだ空き家のまま残っていると聞き様子を見にやってくる。本来は外観だけ見て帰るつもりだったのだが、ノゾミの強い思念の影響か誘われるように屋敷の中に足を踏み入れてしまう。 ノゾミが人形だったことを思い出したものの、大人になって人形遊びからは卒業したという発言がノゾミの逆鱗に触れ、最終的には自身が人形に変えられてしまう。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:場面1 プロローグ 0:ノゾミ語り ノゾミ:ああ、お姉さま。お姉さま。今、あなたはどこにいるの。 ノゾミ:あの幼き日々を、美しかった日々を、わたくしは一度だって忘れたことはありません。 ノゾミ:あなたとわたくしの世界はいつだって彩りに満ちておりました。 ノゾミ:わたくしを妹と呼んでくださったお姉さま。世界でたった一人だけのお姉さま。 ノゾミ:なのに、どこへ行ってしまったのでしょう!  ノゾミ:わたくしの願いはただ一つ。あなたと再び出会うこと、ただそれだけなのです。 0:場面2 目覚め 0:小鳥のさえずり 0:ノゾミ語り ノゾミ:薄暗い森の中にある屋敷に、朝日が差し込みます。 ノゾミ:わたくしはその光の眩しさで目を覚ましました。 ノゾミ:鳥のさえずりだけが聞こえる静かな屋敷。 ノゾミ:ここにはもう、わたくし以外にはだれもおりません。 ノゾミ:かつてはお友達も大勢遊びに来ましたが、この屋敷の主であったご夫婦……つまりはわたくしの両親が不慮の事故でこの世を去ってしまうと、とても淋しい場所になってしまいました。 ノゾミ:それから、わたくしには姉と呼ぶべき人が一人おりましたが、そのお姉さまもある日突然にこの屋敷を出て行ってしまったのでした。 ノゾミ:わたくしは誰の気配もしない淋しい部屋で目覚めると、いつもいなくなってしまったお姉さまのことを考えるのです。 ノゾミ:もちろん、この日も同じように。 0:場面3 セーラー服 0:ノゾミ語り ノゾミ:重たい体を起こして、わたくしは部屋の隅にあるクローゼットを開きました。 ノゾミ:そしてそこから一着の服を取り出して、袖を通します。 ノゾミ:夜空のような深い紺色をした、セーラー服。お姉さまのお下がり。 ノゾミ:このセーラー服はわたくしにとってお姉さまの思い出の品であると同時に、お姉さまとの別れを思い出させるものでもありました。 ノゾミ:思えば、この服を着て学校に通い始めるくらいの頃にはもうすでに、お姉さまはわたくしのことなんてかまってくれなくなりましたっけ。 0:ノゾミ語り ノゾミ:そんな複雑な気持ちになりながら、白いスカーフを襟に通します。 ノゾミ:顔を上げて鏡を見ると、そこにはいつかのお姉さまと同じようにセーラー服を着た少女が映っていました。 ノゾミ:これでお姉さまに少し近づけたかしら、なんて思いながら鏡の前でくるくると回ってみます。 鏡の中ではカラスの羽のように艶やかで真っ黒な長い髪を揺らしながら、少女が一人踊っています。 ノゾミ:本当はお姉さまのようにもっとお日様みたいな明るい色にあこがれているのですけれど、いつかお姉さまが似合うと言ってくださったこの黒い髪も捨てがたくて、なんとなくそのままにしているのでした。 ノゾミ:そうやって鏡を見ていると、あっという間に時間が過ぎてしまいました。 ふと目に映った時計を見てハッとしたわたくしは、急いで身支度を整えることにいたしました。    0:場面4 庭園 0:ノゾミ語り ノゾミ:支度を終えて、わたくしは屋敷の庭園に向かいました。 ノゾミ:花瓶に生けたお花がしおれていましたから、新しいお花を摘みに行こうと思ったのです。 ノゾミ:庭園には、綺麗なお花が咲いていました。 ノゾミ:もう手入れをする人はわたくしだけになってしまいましたから、屋敷の全盛期の姿と比べると花の数も随分と減ってとてもみすぼらしい姿になってしまってはいますが。 ノゾミ:それでも、ある一角だけは小さな花が可愛らしく咲いておりました。 ノゾミ:かつてはここでお姉さまと一緒に遊んだりもしましたっけ。 0:ノゾミ、かつての思い出に浸り始める  0:ノゾミ語り ノゾミ:いつだったかこの屋敷を訪れた方の中にとても手先の器用なご婦人がおりまして、小さいお姉さまはその方に花輪の作り方を教わったのです。 ノゾミ:それからお姉さまは、長い時間をかけてやっとのことでできたとても小さな花輪をわたくしにくれたのでした。 ノゾミ:なかなかうまくできなくてところどころ歪んでいましたけれど、わたくしにとってはまるで王冠のようにキラキラと輝いて見えたのを昨日のことのように思い出します。 ノゾミ:お姉さまはそんな風にしてわたくしとよく遊んでくださいました。 ノゾミ:わたくしの頭に花輪をかぶせてにっこりと笑うお姉さまを思い出して、わたくしは嬉しいような淋しいようなとても複雑な気持ちになってしまいました。 ノゾミ:それにしても、あの時のお姉さまの輝く笑顔と言ったら!なんて素敵だったのでしょう! 0:場面5 図書館 0:ノゾミ語り ノゾミ:花瓶に摘んできた花を活け終わると、わたくしは屋敷の中の図書館に向かいました。 ノゾミ:図書館、と言っても本棚がいくつか並んでいるだけの小ぢんまりとしたただの物置部屋ですが。 ノゾミ:幼いころのお姉さまは、本がたくさん並んでいるその様子をいたく気に入って図書館と呼んでいたのでした。 ノゾミ:本棚には、屋敷の主が集めた難しい本がぎっちり詰まっていましたが、その一番下の段だけは絵本が置かれていました。 ノゾミ:子どもたちのために、と大事にとっておいたものです。 ノゾミ:わたくしはその絵本の背表紙を眺めながら、またお姉さまのことを考えてしまいました。 0:ノゾミ、一冊の絵本を手に取ってゆっくりと捲りながら思い出に浸る 0:ノゾミ語り ノゾミ:お姉さまは、とても本の好きな女の子でした。 ノゾミ:一人で静かに読むのも好きでしたが、誰かに読み聞かせるのはもっと好きでした。 ノゾミ:けれど、お父様もお母様も忙しくてなかなかお姉さまの話を聞く時間を取れませんでした。 ノゾミ:それで、小さいお姉さまは仕方なくわたくしを相手に読み聞かせを始めるのでした。 ノゾミ:わたくしを抱いて、一人芝居に夢中になるお姉さま。 ノゾミ:ある時はお姫様に。ある時は勇敢な王子に。 ノゾミ:またある時は悪い魔女になって、お姉さまはわたくしに物語を聞かせてくれました。 ノゾミ:お姉さまにとっては、お父様たちに構ってもらえないために本当に仕方なくやっていたことかもしれません。 ノゾミ:けれど、わたくしにとってはそれが心から楽しかったのでした。 0:ノゾミ語り ノゾミ:そんなことを思い返しながら本棚をじっと眺めていると、ふと一冊の絵本が目に入りました。 ノゾミ:タイトルは『いばらひめ』。 ノゾミ:ああ、そうでした。お姉さまはこの絵本が一番のお気に入りでした。 ノゾミ:呪いにかかって永い眠りについたお姫様が、王子様のキスで目覚めるお話。 ノゾミ:わたくしは、その絵本を手に取ってぱらぱらとページを進めていくうちに、なんだかお姫様と自分が似ているような、そんな錯覚に陥りました。 ノゾミ:お姫様は百年の眠りについて王子様を待っていたのです。 ノゾミ:ずっと同じ場所で大好きな人がやってくるのを待っているのは、物語のお姫様もわたくしも同じですから。 ノゾミ:まあ、わたくしが待っているのは勇敢な王子ではないし、わたくしも眠りつづけてはいませんけれど。 0:場面6 来訪者 0:ノゾミ語り ノゾミ:絵本を本棚に戻して、わたくしは自室に戻ろうとしました。 ノゾミ:その時です。かたり、とかすかな音が聞こえました。 ノゾミ:それはとても小さい音でしたが、それでも確かに聞こえました。 ノゾミ:わたくしは反射的に息を殺して本棚の影に隠れました。 0:足音。遠くから近づいてくる。館内を見て回っているのか時折途切れる 0:ノゾミ語り ノゾミ:……屋敷の玄関の方から足音が聞こえます。 ノゾミ:今度は間違いなく聞こえました。人です。人間が入ってきたのです。 ノゾミ:この屋敷に人が来るなんて何年ぶりでしょうか。 ノゾミ:ええ、わかっています。わかっていますとも。 ノゾミ:わかっていましたが……それでもわたくしは期待せずにはいられませんでした。 ノゾミ:お姉さまが、お姉さまが帰ってきたかもしれない、と。 0:ノゾミ語り ノゾミ:今すぐに駆けだしたい気持ちで胸がいっぱいになります。 ノゾミ:けれど、その心に反して体はピクリとも動きませんでした。 ノゾミ:コツコツと靴音が近づいてきます。ゆっくりと、けれど確実に。 ノゾミ:足音はこちらに近づいてきます。 ノゾミ:時々足音が止まるのは、その人物がこの屋敷の中をじっくりと観察しているからでしょうか。 ノゾミ:音がやむたびに、わたくしは息を飲みました。 ノゾミ:だって、ねえ。 ノゾミ:もし本当にお姉さまだったら……嬉しすぎてどんな顔をして会えばいいかわかりませんもの。 0:ノゾミ、呼吸を潜めてじっとしている 0:ノゾミ語り ノゾミ:それから少しして、わたくしはやっとの思いで立ち上がりました。 ノゾミ:足音はすぐそばの廊下まで近づいてきています。わたくしは恐る恐る扉に近づきました。 ノゾミ:この扉の向こう側にお姉さまがいる。 ノゾミ:そう考えるだけで、わたくしは得体のしれない感情の波に襲われるのでした。 ノゾミ:そして……震える指でドアノブに手を伸ばしました。 0:ドアノブを回す 0:場面6 再会 0:ノゾミ語り ノゾミ:とうとう……わたくしはその扉を開けてしまいました。 ノゾミ:そこには、一人の女性が立っていました。 ノゾミ:目を見開いてこちらを見て、とても驚いた表情をしています。 ノゾミ:記憶にある姿よりもずっと髪も伸びて、見違えるくらいに背も高くなっていましたけれど、それでもすべてが変わったわけではありませんでした。 ノゾミ:そうです。それは、確かにお姉さまだったのです。 ノゾミ:たとえその瞳に恐れを抱いていたとしても。 ノゾミ:どんなに怯えた表情をしているように見えても。 ノゾミ:それは紛れもなくあの日の少女であり、わたくしがお姉さまと呼び恋い慕う、まさにその人なのでした。 0:セリフ ノゾミ:「あ、ああ……」 0:ノゾミ語り ノゾミ:声にならない声を漏らし、わたくしは立ちつくしました。 ノゾミ:頬を熱いものが伝っていきます。 ノゾミ:ぼろぼろと大粒の涙があとからあとから流れて落ちました。 ノゾミ:けれど、わたくしはそのことにすら気づきませんでした。 ノゾミ:あまりにも、この出来事が大きすぎたものですから。 ノゾミ:自分が今一体どんな様子かなんていう些細なことに構ってなどいられませんでした。 ノゾミ:わたくしはただお姉さまを見つめておりましたが、そのうちやっとの思いで口を開きました。 0:セリフ ノゾミ:「お姉さま、お待ちしておりました……」 お姉さま:「……。(立ち尽くしてノゾミを見ている)」 0:ノゾミ語り ノゾミ:そう言うと、お姉さまは小さく声を漏らしました。 ノゾミ:え……だったかもしれないし、あ……だったかもしれません。 ノゾミ:言葉にならない声でしたけれど、とにかく何かを訴えるような声であったことは確かです。 ノゾミ:頭に緩やかなしびれを感じながらわたくしは続けました。 0:ノゾミ、矢継ぎ早にお姉さまへと語り掛ける 0:セリフ ノゾミ:「今まで、どこに行ってらしたのですか」 ノゾミ:「わたくし、ずっとここでお待ちしておりましたのに。」 ノゾミ:「お姉さまが居なくなってからずっと、このお屋敷を守ってきたのですよ。」 ノゾミ:「ほら、ご覧になりました? お外のお花。とても綺麗でしょう?」 ノゾミ:「あれも私が育てましたのよ」 ノゾミ:「昔に比べたらずいぶんさびれてしまいましたけど、あれでも一生懸命お手入れしましたの」 ノゾミ:「ああ、でもよかった。戻って来られたのですね」 ノゾミ:「わたくしはもう、一人でお花を眺めつづけることもなければ、一人で絵本を読むことも、一人で目覚めることも、もうないのですね」 ノゾミ:「お姉さまの帰りをどれだけ待ち焦がれたことでしょう」 ノゾミ:「まるで百年もの時間が流れたようですわ」 ノゾミ:「お姉さまがどうしていなくなったか、わたくしにはまだわかりませんけれど」  ノゾミ:「ええ、でもかまいませんわ。これからたくさんお話すればいいのですもの」 ノゾミ:「ねえ、お姉さま。これからはずっと一緒……」 お姉さま:「ねえ(ノゾミの言葉を中断するように)」 0:ノゾミ語り ノゾミ:突然、お姉さまがわたくしの言葉を遮りました。 ノゾミ:一体どうしたというのでしょうか。 ノゾミ:ああ、そうね。そうでしたわね。先ほどからわたくしばかりが話しているのですもの。 ノゾミ:お姉さまも話したいはずですわね。わたくしは慌てて謝罪の言葉を述べます。 0:ノゾミ、楽しくてたまらないといった様子 0:セリフ ノゾミ:「あら、ごめんなさい。わたくしとしたことが! なんでしょう、お姉さま?」 お姉さま:「……あなた、誰?」 ノゾミ:「え」 0:ノゾミ語り  ノゾミ:まるで、心に氷の塊を投げ込まれたようでした。 ノゾミ:なんということでしょう。お姉さまったら。 ノゾミ:わたくしを忘れてしまったというのでしょうか。 ノゾミ:それはとても悲しいことです。悲しいことですが……まあ無理もありませんわね。 ノゾミ:お姉さまがこんなに素敵な女性に成長しているのですもの。 ノゾミ:きっとわたくしも成長していて当然です。 ノゾミ:きっと、わたくしが以前の姿とかけ離れているからわからなかったのですね。 ノゾミ:そうに違いありません。ならばわたくしは、お姉さまの記憶を呼び覚ますべく言葉を紡ぐだけ。 0:セリフ ノゾミ:「あらやだ、お姉さまったら。わたくしですよ。お忘れですか?」 ノゾミ:「幼いころはよくこのお屋敷で一緒に遊んだではありませんか。わたくしです、あなたの妹です」 お姉さま:「……妹?」 ノゾミ:「ええ、そうです。昔よりもずっと大きくなったから、わからなかったのでしょう?」 ノゾミ:「ええ、ええ、仕方ありませんわ。だってわたくしも立派に成長して……」 お姉さま:「私に、妹はいない」 0:ノゾミ語り 今、何と?何と言いましたか? 0:セリフ ノゾミ:「お姉さま、それはあんまりです!本当に忘れてしまったというのですか、わたくしを」 ノゾミ:「あんなに一緒にいたのに! 」 お姉さま:「私は、あなたを知らない。私に妹なんていない」 ノゾミ:「まあ、なんて酷い! なんて残酷な裏切り!」 ノゾミ:「わたくしはお姉さまのことだけを想ってここまで来たというのに」 ノゾミ:「お姉さまとの思い出だけを抱いて生きてきたのに」 ノゾミ:「それを、なにもかも忘れてしまったというのですか!  ノゾミ:「わたくしです、ノゾミです。ノゾミ。あなたの、妹……」 お姉さま:「ノゾミ……」 0:ノゾミ語り ノゾミ:ここまで来て、お姉さまはやっと何かを思い出したような様子でわたくしの名前を呟きました。 ノゾミ:小さな声で。自分自身に問いかけるように。 0:セリフ ノゾミ:「そうです。ノゾミです。思い出してくださいましたね(ほっとしたような笑みを浮かべて)」 お姉さま:「思い出した、けど」 0:ノゾミ語り ノゾミ:しかし、お姉さまはすぐに悲しそうな顔をしました。 0:セリフ お姉さま:「やっぱりあなたは妹じゃない」 ノゾミ:「どうして、どうしてですか、お姉さま。そんな。そんなはずは」 お姉さま:「だって……」 0:ノゾミ語り ノゾミ:お姉さまは鋭い矢のように言い放ちます。わたくしを追い詰めるかのように。 0:セリフ お姉さま:「だって、あなたは人形だもの」 0:場面7 現実 0:ノゾミ、話す隙を与えないように途切れなく話し始める 0:セリフ ノゾミ:「ああ、ああ、そう。そうね。そうだわ、そうだった」 ノゾミ:「ええ、そう。わたくしは、人形。あなたの人形。けれど、あなたの妹。」 ノゾミ:「だって、そうでしょう? あなたがわたくしを妹と呼んだのですよ」 ノゾミ:「あなたが、自分は姉だと、お姉ちゃんだってそう言ったのですよ」 ノゾミ:「だから、わたくしは妹。あなたのたったひとりの妹。あなたはお姉さま」 ノゾミ:「わたくしのお姉さま。わたくしの、わたくしだけの!」 ノゾミ:「わたくし、これでもがんばりましたのよ?」 ノゾミ:「お姉さまとまたお話ししたかったから、わたくし一人でこのお屋敷を守ってきましたの!」 ノゾミ:「なのに。なのに。それなのに。どうして!」       0:一呼吸置いて ノゾミ:「どうしてわたくしをおいていったの……? 」 お姉さま:「……っ(完全にノゾミに恐怖を感じている)」 0:ノゾミ語り ノゾミ:お姉さまは怯えた瞳でわたくしを見つめます。その顔には、涙。 0:セリフ ノゾミ:「ねえ、どうして。どうしておいていったの」 ノゾミ:「あんなに大事にしてたのに。あんなに仲良くしてたのに。ねえ。ねえ。ねえ。どうして。なぜ」 ノゾミ:「どうして。どうしてわたくしをおいていったの。どうしてわたくしを一人にしたの」 ノゾミ:「ねえ、答えて。ねえ、答えてよ! 」 0:ノゾミ語り ノゾミ:わたくしがそう叫ぶと、お姉さまはへなへなとその場に崩れ落ちて後ずさりを始めました。 ノゾミ:ああ、どうして!どうしてそんな目でわたくしを見るの。 ノゾミ:まるで、それは。恐ろしいバケモノを見るような、そんな目ではありませんか。 0:ノゾミ、突然落ち着いた様子で語り掛ける 0:セリフ ノゾミ:「ねえ、答えてお姉さま。わたくしに、どうか真実を。本当のことを教えてくださいまし」 ノゾミ:「それだけ、それだけでいいのです」 お姉さま:「…………ひっ」 0:ノゾミ語り ノゾミ:優しくそう問いかけても、お姉さまは何も言いません。 ノゾミ:ただ小さくうめきながら震えているだけです。 0:セリフ ノゾミ:「そんなに怯えないで、お姉さま。何か事情があったのでしょう?」 ノゾミ:「わたくしを置いて行かなければならなかった理由が。ねえ、そうでしょう?」 0:ノゾミ語り ノゾミ:ゆっくりとお姉さまに近づいて、距離を詰めます。すると、やっとお姉さまが口を開きました。 0:セリフ お姉さま:「ごめんなさい。わ、私はもう、お人形遊びは卒業したの!」 お姉さま:「大人になったから、もうあなたは必要なかったの! だから、あの、ごめんなさい」 0:ノゾミ語り ノゾミ:震える声で、しかしはっきりと。お姉さまはそう告げました。 ノゾミ:ですからわたくし、嫌でも分かってしまいました。 0:セリフ ノゾミ:「なるほど。ああ、そう。そうですか。そうだったのですね……」 0:ノゾミ語り ノゾミ:わたくしがぼそぼそと呟くのを聞いたからかでしょう。 ノゾミ:お姉さまはほんの少しだけ安堵した表情を見せました。 0:セリフ お姉さま:「そ、そうなの。悪気があったわけじゃないの。私は、ただ、当然のこととして……」 お姉さま:「ごめんなさい、あなたの気持ちなんて、その。考えたことなかったから……」 ノゾミ:「そう、そうね。わかった。わかりました」 0:ノゾミ語り ノゾミ:ああ、お姉さま。あなたは本当に酷い人。 0:セリフ ノゾミ:「あなたは、自らの意志で、わたくしを置いて行ったのですね……!」 0:ノゾミ語り ノゾミ:やむを得ない事情があったわけでもなく。 ノゾミ:誰かにそう強制されたわけでも無く。 ノゾミ:ただ、自らの意志で、わたくしを置いていくことを選んだ。つまり。 0:セリフ ノゾミ:「あなたは、わたくしを捨てたのですね!あなた自身の意志で!」 0:ノゾミ語り ああ、ああ。なんということでしょう。心が硝子のように粉々に打ち砕かれる思いですわ。 本当に。なんて、残酷な仕打ち。 0:セリフ ノゾミ:「あなたを信じて、あなただけを待ち続けていたのに」 ノゾミ:「ずっと。あなたに会いたくて、わたくし、ずっと待っていたのに」 ノゾミ:「それなのに!それはすべて無駄だったと!あなたはそう言うのですね……!」 0:ノゾミ語り ノゾミ:わたくしは、もう要らなかった。もう、必要なかった。 ノゾミ:あの日。お姉さまが居なくなったその日、もうすでにわたくしは捨てられていた。 ノゾミ:持ち主のいない人形なんて、ゴミと同じです。 ノゾミ:使われなくなった、遊んでもらえなくなったおもちゃはもう死んでいるのです。 ノゾミ:わたくしは、あの日もうすでに人形としての役目を終えていた。 ノゾミ:それなら。だとしたら。今ここにいるわたくしは、いったい何だというのでしょう?  ノゾミ:ええ、わかっています。過去の思い出に囚われた、鮮やかな日々の残骸。ただそれだけの存在。 ノゾミ:もう死んでいるのとそれほど変わらないのでしょう。でも。それでも。 0:セリフ ノゾミ:「ええ、ええ。お姉さま。あなたは本当にひどい人です」 ノゾミ:「でも、わたくしは許します。お姉さま、あなたのしたことを。あなたの犯した罪を」 ノゾミ:「あなたが……これからずっと一緒にいてくれるのなら」 0:ノゾミ語り  ノゾミ:それでも、わたくしはまだ生きていたい。また息を吹き返したいのです。 0:場面8 お人形遊び ノゾミ:「ら、らら、ら、らら……(子守歌のような旋律を口ずさむ)」 0:ノゾミ語り ノゾミ:あれからどれくらいの時が経ったでしょうか。 ノゾミ:一時はあれほど騒がしかったお屋敷はまた静かになって、わたくしの歌だけが響いています。 ノゾミ:でも、もう淋しくはありません。 0:ノゾミ、人形になったお姉さまを抱き上げる 0:セリフ ノゾミ:「ねえ、お姉さま? 今日は何をして遊びましょうか。着せ替え?ごっこ遊び?」 ノゾミ:「うん、ええ、そうね。じゃあ今日は絵本を読みましょうか」 0:ノゾミ語り ノゾミ:だって、もうお姉さまはどこにもいかないのですから。 ノゾミ:お姉さまはわたくしの傍にいてくださるのですから。 ノゾミ:お姉さまは今まさに、この手の中にいるのです。 0:セリフ ノゾミ:「今日はどのお話がいいかしら。じゃあ、そうね。今日は白雪姫にしましょうか!」 0:ノゾミ語り ノゾミ:わたくしは、お姉さまを抱き上げて、椅子に座らせました。 ノゾミ:お姉さまはいい子におとなしくしていて、声をあげることも身じろぎをすることもない。 ノゾミ:心臓を動かすことも息をすることもありません。まるで、昔のわたくしのように。 0:セリフ ノゾミ:「お姉さまは白雪姫の役をしてね! わたくしは小人と魔女と王子様をやりますから!」 0:ノゾミ語り ノゾミ:最初からこうすればよかったのです。 ノゾミ:お姉さまさえいてくだされば、わたくしにはもう何もいらないのですから。 ノゾミ:たとえどんな形になろうとも。 ノゾミ:お人形遊びはもうおしまい?御冗談を。 ノゾミ:終わらせてなるものですか。 ノゾミ:まだまだ、ずっと、永遠に、ね? 0:場面9 エピローグ 0:歌うように語る 0:ノゾミ語り   ノゾミ:あなたと私、二人きり ノゾミ:ずっと一緒に踊りましょう ノゾミ:もう二度と止まらないように ノゾミ:緩んだ螺子を巻きなおし  ノゾミ:オルゴールをまた奏でましょう ノゾミ:呼吸も鼓動も捨て去って ノゾミ:私と踊り続けましょう?

0:場面1 プロローグ 0:ノゾミ語り ノゾミ:ああ、お姉さま。お姉さま。今、あなたはどこにいるの。 ノゾミ:あの幼き日々を、美しかった日々を、わたくしは一度だって忘れたことはありません。 ノゾミ:あなたとわたくしの世界はいつだって彩りに満ちておりました。 ノゾミ:わたくしを妹と呼んでくださったお姉さま。世界でたった一人だけのお姉さま。 ノゾミ:なのに、どこへ行ってしまったのでしょう!  ノゾミ:わたくしの願いはただ一つ。あなたと再び出会うこと、ただそれだけなのです。 0:場面2 目覚め 0:小鳥のさえずり 0:ノゾミ語り ノゾミ:薄暗い森の中にある屋敷に、朝日が差し込みます。 ノゾミ:わたくしはその光の眩しさで目を覚ましました。 ノゾミ:鳥のさえずりだけが聞こえる静かな屋敷。 ノゾミ:ここにはもう、わたくし以外にはだれもおりません。 ノゾミ:かつてはお友達も大勢遊びに来ましたが、この屋敷の主であったご夫婦……つまりはわたくしの両親が不慮の事故でこの世を去ってしまうと、とても淋しい場所になってしまいました。 ノゾミ:それから、わたくしには姉と呼ぶべき人が一人おりましたが、そのお姉さまもある日突然にこの屋敷を出て行ってしまったのでした。 ノゾミ:わたくしは誰の気配もしない淋しい部屋で目覚めると、いつもいなくなってしまったお姉さまのことを考えるのです。 ノゾミ:もちろん、この日も同じように。 0:場面3 セーラー服 0:ノゾミ語り ノゾミ:重たい体を起こして、わたくしは部屋の隅にあるクローゼットを開きました。 ノゾミ:そしてそこから一着の服を取り出して、袖を通します。 ノゾミ:夜空のような深い紺色をした、セーラー服。お姉さまのお下がり。 ノゾミ:このセーラー服はわたくしにとってお姉さまの思い出の品であると同時に、お姉さまとの別れを思い出させるものでもありました。 ノゾミ:思えば、この服を着て学校に通い始めるくらいの頃にはもうすでに、お姉さまはわたくしのことなんてかまってくれなくなりましたっけ。 0:ノゾミ語り ノゾミ:そんな複雑な気持ちになりながら、白いスカーフを襟に通します。 ノゾミ:顔を上げて鏡を見ると、そこにはいつかのお姉さまと同じようにセーラー服を着た少女が映っていました。 ノゾミ:これでお姉さまに少し近づけたかしら、なんて思いながら鏡の前でくるくると回ってみます。 鏡の中ではカラスの羽のように艶やかで真っ黒な長い髪を揺らしながら、少女が一人踊っています。 ノゾミ:本当はお姉さまのようにもっとお日様みたいな明るい色にあこがれているのですけれど、いつかお姉さまが似合うと言ってくださったこの黒い髪も捨てがたくて、なんとなくそのままにしているのでした。 ノゾミ:そうやって鏡を見ていると、あっという間に時間が過ぎてしまいました。 ふと目に映った時計を見てハッとしたわたくしは、急いで身支度を整えることにいたしました。    0:場面4 庭園 0:ノゾミ語り ノゾミ:支度を終えて、わたくしは屋敷の庭園に向かいました。 ノゾミ:花瓶に生けたお花がしおれていましたから、新しいお花を摘みに行こうと思ったのです。 ノゾミ:庭園には、綺麗なお花が咲いていました。 ノゾミ:もう手入れをする人はわたくしだけになってしまいましたから、屋敷の全盛期の姿と比べると花の数も随分と減ってとてもみすぼらしい姿になってしまってはいますが。 ノゾミ:それでも、ある一角だけは小さな花が可愛らしく咲いておりました。 ノゾミ:かつてはここでお姉さまと一緒に遊んだりもしましたっけ。 0:ノゾミ、かつての思い出に浸り始める  0:ノゾミ語り ノゾミ:いつだったかこの屋敷を訪れた方の中にとても手先の器用なご婦人がおりまして、小さいお姉さまはその方に花輪の作り方を教わったのです。 ノゾミ:それからお姉さまは、長い時間をかけてやっとのことでできたとても小さな花輪をわたくしにくれたのでした。 ノゾミ:なかなかうまくできなくてところどころ歪んでいましたけれど、わたくしにとってはまるで王冠のようにキラキラと輝いて見えたのを昨日のことのように思い出します。 ノゾミ:お姉さまはそんな風にしてわたくしとよく遊んでくださいました。 ノゾミ:わたくしの頭に花輪をかぶせてにっこりと笑うお姉さまを思い出して、わたくしは嬉しいような淋しいようなとても複雑な気持ちになってしまいました。 ノゾミ:それにしても、あの時のお姉さまの輝く笑顔と言ったら!なんて素敵だったのでしょう! 0:場面5 図書館 0:ノゾミ語り ノゾミ:花瓶に摘んできた花を活け終わると、わたくしは屋敷の中の図書館に向かいました。 ノゾミ:図書館、と言っても本棚がいくつか並んでいるだけの小ぢんまりとしたただの物置部屋ですが。 ノゾミ:幼いころのお姉さまは、本がたくさん並んでいるその様子をいたく気に入って図書館と呼んでいたのでした。 ノゾミ:本棚には、屋敷の主が集めた難しい本がぎっちり詰まっていましたが、その一番下の段だけは絵本が置かれていました。 ノゾミ:子どもたちのために、と大事にとっておいたものです。 ノゾミ:わたくしはその絵本の背表紙を眺めながら、またお姉さまのことを考えてしまいました。 0:ノゾミ、一冊の絵本を手に取ってゆっくりと捲りながら思い出に浸る 0:ノゾミ語り ノゾミ:お姉さまは、とても本の好きな女の子でした。 ノゾミ:一人で静かに読むのも好きでしたが、誰かに読み聞かせるのはもっと好きでした。 ノゾミ:けれど、お父様もお母様も忙しくてなかなかお姉さまの話を聞く時間を取れませんでした。 ノゾミ:それで、小さいお姉さまは仕方なくわたくしを相手に読み聞かせを始めるのでした。 ノゾミ:わたくしを抱いて、一人芝居に夢中になるお姉さま。 ノゾミ:ある時はお姫様に。ある時は勇敢な王子に。 ノゾミ:またある時は悪い魔女になって、お姉さまはわたくしに物語を聞かせてくれました。 ノゾミ:お姉さまにとっては、お父様たちに構ってもらえないために本当に仕方なくやっていたことかもしれません。 ノゾミ:けれど、わたくしにとってはそれが心から楽しかったのでした。 0:ノゾミ語り ノゾミ:そんなことを思い返しながら本棚をじっと眺めていると、ふと一冊の絵本が目に入りました。 ノゾミ:タイトルは『いばらひめ』。 ノゾミ:ああ、そうでした。お姉さまはこの絵本が一番のお気に入りでした。 ノゾミ:呪いにかかって永い眠りについたお姫様が、王子様のキスで目覚めるお話。 ノゾミ:わたくしは、その絵本を手に取ってぱらぱらとページを進めていくうちに、なんだかお姫様と自分が似ているような、そんな錯覚に陥りました。 ノゾミ:お姫様は百年の眠りについて王子様を待っていたのです。 ノゾミ:ずっと同じ場所で大好きな人がやってくるのを待っているのは、物語のお姫様もわたくしも同じですから。 ノゾミ:まあ、わたくしが待っているのは勇敢な王子ではないし、わたくしも眠りつづけてはいませんけれど。 0:場面6 来訪者 0:ノゾミ語り ノゾミ:絵本を本棚に戻して、わたくしは自室に戻ろうとしました。 ノゾミ:その時です。かたり、とかすかな音が聞こえました。 ノゾミ:それはとても小さい音でしたが、それでも確かに聞こえました。 ノゾミ:わたくしは反射的に息を殺して本棚の影に隠れました。 0:足音。遠くから近づいてくる。館内を見て回っているのか時折途切れる 0:ノゾミ語り ノゾミ:……屋敷の玄関の方から足音が聞こえます。 ノゾミ:今度は間違いなく聞こえました。人です。人間が入ってきたのです。 ノゾミ:この屋敷に人が来るなんて何年ぶりでしょうか。 ノゾミ:ええ、わかっています。わかっていますとも。 ノゾミ:わかっていましたが……それでもわたくしは期待せずにはいられませんでした。 ノゾミ:お姉さまが、お姉さまが帰ってきたかもしれない、と。 0:ノゾミ語り ノゾミ:今すぐに駆けだしたい気持ちで胸がいっぱいになります。 ノゾミ:けれど、その心に反して体はピクリとも動きませんでした。 ノゾミ:コツコツと靴音が近づいてきます。ゆっくりと、けれど確実に。 ノゾミ:足音はこちらに近づいてきます。 ノゾミ:時々足音が止まるのは、その人物がこの屋敷の中をじっくりと観察しているからでしょうか。 ノゾミ:音がやむたびに、わたくしは息を飲みました。 ノゾミ:だって、ねえ。 ノゾミ:もし本当にお姉さまだったら……嬉しすぎてどんな顔をして会えばいいかわかりませんもの。 0:ノゾミ、呼吸を潜めてじっとしている 0:ノゾミ語り ノゾミ:それから少しして、わたくしはやっとの思いで立ち上がりました。 ノゾミ:足音はすぐそばの廊下まで近づいてきています。わたくしは恐る恐る扉に近づきました。 ノゾミ:この扉の向こう側にお姉さまがいる。 ノゾミ:そう考えるだけで、わたくしは得体のしれない感情の波に襲われるのでした。 ノゾミ:そして……震える指でドアノブに手を伸ばしました。 0:ドアノブを回す 0:場面6 再会 0:ノゾミ語り ノゾミ:とうとう……わたくしはその扉を開けてしまいました。 ノゾミ:そこには、一人の女性が立っていました。 ノゾミ:目を見開いてこちらを見て、とても驚いた表情をしています。 ノゾミ:記憶にある姿よりもずっと髪も伸びて、見違えるくらいに背も高くなっていましたけれど、それでもすべてが変わったわけではありませんでした。 ノゾミ:そうです。それは、確かにお姉さまだったのです。 ノゾミ:たとえその瞳に恐れを抱いていたとしても。 ノゾミ:どんなに怯えた表情をしているように見えても。 ノゾミ:それは紛れもなくあの日の少女であり、わたくしがお姉さまと呼び恋い慕う、まさにその人なのでした。 0:セリフ ノゾミ:「あ、ああ……」 0:ノゾミ語り ノゾミ:声にならない声を漏らし、わたくしは立ちつくしました。 ノゾミ:頬を熱いものが伝っていきます。 ノゾミ:ぼろぼろと大粒の涙があとからあとから流れて落ちました。 ノゾミ:けれど、わたくしはそのことにすら気づきませんでした。 ノゾミ:あまりにも、この出来事が大きすぎたものですから。 ノゾミ:自分が今一体どんな様子かなんていう些細なことに構ってなどいられませんでした。 ノゾミ:わたくしはただお姉さまを見つめておりましたが、そのうちやっとの思いで口を開きました。 0:セリフ ノゾミ:「お姉さま、お待ちしておりました……」 お姉さま:「……。(立ち尽くしてノゾミを見ている)」 0:ノゾミ語り ノゾミ:そう言うと、お姉さまは小さく声を漏らしました。 ノゾミ:え……だったかもしれないし、あ……だったかもしれません。 ノゾミ:言葉にならない声でしたけれど、とにかく何かを訴えるような声であったことは確かです。 ノゾミ:頭に緩やかなしびれを感じながらわたくしは続けました。 0:ノゾミ、矢継ぎ早にお姉さまへと語り掛ける 0:セリフ ノゾミ:「今まで、どこに行ってらしたのですか」 ノゾミ:「わたくし、ずっとここでお待ちしておりましたのに。」 ノゾミ:「お姉さまが居なくなってからずっと、このお屋敷を守ってきたのですよ。」 ノゾミ:「ほら、ご覧になりました? お外のお花。とても綺麗でしょう?」 ノゾミ:「あれも私が育てましたのよ」 ノゾミ:「昔に比べたらずいぶんさびれてしまいましたけど、あれでも一生懸命お手入れしましたの」 ノゾミ:「ああ、でもよかった。戻って来られたのですね」 ノゾミ:「わたくしはもう、一人でお花を眺めつづけることもなければ、一人で絵本を読むことも、一人で目覚めることも、もうないのですね」 ノゾミ:「お姉さまの帰りをどれだけ待ち焦がれたことでしょう」 ノゾミ:「まるで百年もの時間が流れたようですわ」 ノゾミ:「お姉さまがどうしていなくなったか、わたくしにはまだわかりませんけれど」  ノゾミ:「ええ、でもかまいませんわ。これからたくさんお話すればいいのですもの」 ノゾミ:「ねえ、お姉さま。これからはずっと一緒……」 お姉さま:「ねえ(ノゾミの言葉を中断するように)」 0:ノゾミ語り ノゾミ:突然、お姉さまがわたくしの言葉を遮りました。 ノゾミ:一体どうしたというのでしょうか。 ノゾミ:ああ、そうね。そうでしたわね。先ほどからわたくしばかりが話しているのですもの。 ノゾミ:お姉さまも話したいはずですわね。わたくしは慌てて謝罪の言葉を述べます。 0:ノゾミ、楽しくてたまらないといった様子 0:セリフ ノゾミ:「あら、ごめんなさい。わたくしとしたことが! なんでしょう、お姉さま?」 お姉さま:「……あなた、誰?」 ノゾミ:「え」 0:ノゾミ語り  ノゾミ:まるで、心に氷の塊を投げ込まれたようでした。 ノゾミ:なんということでしょう。お姉さまったら。 ノゾミ:わたくしを忘れてしまったというのでしょうか。 ノゾミ:それはとても悲しいことです。悲しいことですが……まあ無理もありませんわね。 ノゾミ:お姉さまがこんなに素敵な女性に成長しているのですもの。 ノゾミ:きっとわたくしも成長していて当然です。 ノゾミ:きっと、わたくしが以前の姿とかけ離れているからわからなかったのですね。 ノゾミ:そうに違いありません。ならばわたくしは、お姉さまの記憶を呼び覚ますべく言葉を紡ぐだけ。 0:セリフ ノゾミ:「あらやだ、お姉さまったら。わたくしですよ。お忘れですか?」 ノゾミ:「幼いころはよくこのお屋敷で一緒に遊んだではありませんか。わたくしです、あなたの妹です」 お姉さま:「……妹?」 ノゾミ:「ええ、そうです。昔よりもずっと大きくなったから、わからなかったのでしょう?」 ノゾミ:「ええ、ええ、仕方ありませんわ。だってわたくしも立派に成長して……」 お姉さま:「私に、妹はいない」 0:ノゾミ語り 今、何と?何と言いましたか? 0:セリフ ノゾミ:「お姉さま、それはあんまりです!本当に忘れてしまったというのですか、わたくしを」 ノゾミ:「あんなに一緒にいたのに! 」 お姉さま:「私は、あなたを知らない。私に妹なんていない」 ノゾミ:「まあ、なんて酷い! なんて残酷な裏切り!」 ノゾミ:「わたくしはお姉さまのことだけを想ってここまで来たというのに」 ノゾミ:「お姉さまとの思い出だけを抱いて生きてきたのに」 ノゾミ:「それを、なにもかも忘れてしまったというのですか!  ノゾミ:「わたくしです、ノゾミです。ノゾミ。あなたの、妹……」 お姉さま:「ノゾミ……」 0:ノゾミ語り ノゾミ:ここまで来て、お姉さまはやっと何かを思い出したような様子でわたくしの名前を呟きました。 ノゾミ:小さな声で。自分自身に問いかけるように。 0:セリフ ノゾミ:「そうです。ノゾミです。思い出してくださいましたね(ほっとしたような笑みを浮かべて)」 お姉さま:「思い出した、けど」 0:ノゾミ語り ノゾミ:しかし、お姉さまはすぐに悲しそうな顔をしました。 0:セリフ お姉さま:「やっぱりあなたは妹じゃない」 ノゾミ:「どうして、どうしてですか、お姉さま。そんな。そんなはずは」 お姉さま:「だって……」 0:ノゾミ語り ノゾミ:お姉さまは鋭い矢のように言い放ちます。わたくしを追い詰めるかのように。 0:セリフ お姉さま:「だって、あなたは人形だもの」 0:場面7 現実 0:ノゾミ、話す隙を与えないように途切れなく話し始める 0:セリフ ノゾミ:「ああ、ああ、そう。そうね。そうだわ、そうだった」 ノゾミ:「ええ、そう。わたくしは、人形。あなたの人形。けれど、あなたの妹。」 ノゾミ:「だって、そうでしょう? あなたがわたくしを妹と呼んだのですよ」 ノゾミ:「あなたが、自分は姉だと、お姉ちゃんだってそう言ったのですよ」 ノゾミ:「だから、わたくしは妹。あなたのたったひとりの妹。あなたはお姉さま」 ノゾミ:「わたくしのお姉さま。わたくしの、わたくしだけの!」 ノゾミ:「わたくし、これでもがんばりましたのよ?」 ノゾミ:「お姉さまとまたお話ししたかったから、わたくし一人でこのお屋敷を守ってきましたの!」 ノゾミ:「なのに。なのに。それなのに。どうして!」       0:一呼吸置いて ノゾミ:「どうしてわたくしをおいていったの……? 」 お姉さま:「……っ(完全にノゾミに恐怖を感じている)」 0:ノゾミ語り ノゾミ:お姉さまは怯えた瞳でわたくしを見つめます。その顔には、涙。 0:セリフ ノゾミ:「ねえ、どうして。どうしておいていったの」 ノゾミ:「あんなに大事にしてたのに。あんなに仲良くしてたのに。ねえ。ねえ。ねえ。どうして。なぜ」 ノゾミ:「どうして。どうしてわたくしをおいていったの。どうしてわたくしを一人にしたの」 ノゾミ:「ねえ、答えて。ねえ、答えてよ! 」 0:ノゾミ語り ノゾミ:わたくしがそう叫ぶと、お姉さまはへなへなとその場に崩れ落ちて後ずさりを始めました。 ノゾミ:ああ、どうして!どうしてそんな目でわたくしを見るの。 ノゾミ:まるで、それは。恐ろしいバケモノを見るような、そんな目ではありませんか。 0:ノゾミ、突然落ち着いた様子で語り掛ける 0:セリフ ノゾミ:「ねえ、答えてお姉さま。わたくしに、どうか真実を。本当のことを教えてくださいまし」 ノゾミ:「それだけ、それだけでいいのです」 お姉さま:「…………ひっ」 0:ノゾミ語り ノゾミ:優しくそう問いかけても、お姉さまは何も言いません。 ノゾミ:ただ小さくうめきながら震えているだけです。 0:セリフ ノゾミ:「そんなに怯えないで、お姉さま。何か事情があったのでしょう?」 ノゾミ:「わたくしを置いて行かなければならなかった理由が。ねえ、そうでしょう?」 0:ノゾミ語り ノゾミ:ゆっくりとお姉さまに近づいて、距離を詰めます。すると、やっとお姉さまが口を開きました。 0:セリフ お姉さま:「ごめんなさい。わ、私はもう、お人形遊びは卒業したの!」 お姉さま:「大人になったから、もうあなたは必要なかったの! だから、あの、ごめんなさい」 0:ノゾミ語り ノゾミ:震える声で、しかしはっきりと。お姉さまはそう告げました。 ノゾミ:ですからわたくし、嫌でも分かってしまいました。 0:セリフ ノゾミ:「なるほど。ああ、そう。そうですか。そうだったのですね……」 0:ノゾミ語り ノゾミ:わたくしがぼそぼそと呟くのを聞いたからかでしょう。 ノゾミ:お姉さまはほんの少しだけ安堵した表情を見せました。 0:セリフ お姉さま:「そ、そうなの。悪気があったわけじゃないの。私は、ただ、当然のこととして……」 お姉さま:「ごめんなさい、あなたの気持ちなんて、その。考えたことなかったから……」 ノゾミ:「そう、そうね。わかった。わかりました」 0:ノゾミ語り ノゾミ:ああ、お姉さま。あなたは本当に酷い人。 0:セリフ ノゾミ:「あなたは、自らの意志で、わたくしを置いて行ったのですね……!」 0:ノゾミ語り ノゾミ:やむを得ない事情があったわけでもなく。 ノゾミ:誰かにそう強制されたわけでも無く。 ノゾミ:ただ、自らの意志で、わたくしを置いていくことを選んだ。つまり。 0:セリフ ノゾミ:「あなたは、わたくしを捨てたのですね!あなた自身の意志で!」 0:ノゾミ語り ああ、ああ。なんということでしょう。心が硝子のように粉々に打ち砕かれる思いですわ。 本当に。なんて、残酷な仕打ち。 0:セリフ ノゾミ:「あなたを信じて、あなただけを待ち続けていたのに」 ノゾミ:「ずっと。あなたに会いたくて、わたくし、ずっと待っていたのに」 ノゾミ:「それなのに!それはすべて無駄だったと!あなたはそう言うのですね……!」 0:ノゾミ語り ノゾミ:わたくしは、もう要らなかった。もう、必要なかった。 ノゾミ:あの日。お姉さまが居なくなったその日、もうすでにわたくしは捨てられていた。 ノゾミ:持ち主のいない人形なんて、ゴミと同じです。 ノゾミ:使われなくなった、遊んでもらえなくなったおもちゃはもう死んでいるのです。 ノゾミ:わたくしは、あの日もうすでに人形としての役目を終えていた。 ノゾミ:それなら。だとしたら。今ここにいるわたくしは、いったい何だというのでしょう?  ノゾミ:ええ、わかっています。過去の思い出に囚われた、鮮やかな日々の残骸。ただそれだけの存在。 ノゾミ:もう死んでいるのとそれほど変わらないのでしょう。でも。それでも。 0:セリフ ノゾミ:「ええ、ええ。お姉さま。あなたは本当にひどい人です」 ノゾミ:「でも、わたくしは許します。お姉さま、あなたのしたことを。あなたの犯した罪を」 ノゾミ:「あなたが……これからずっと一緒にいてくれるのなら」 0:ノゾミ語り  ノゾミ:それでも、わたくしはまだ生きていたい。また息を吹き返したいのです。 0:場面8 お人形遊び ノゾミ:「ら、らら、ら、らら……(子守歌のような旋律を口ずさむ)」 0:ノゾミ語り ノゾミ:あれからどれくらいの時が経ったでしょうか。 ノゾミ:一時はあれほど騒がしかったお屋敷はまた静かになって、わたくしの歌だけが響いています。 ノゾミ:でも、もう淋しくはありません。 0:ノゾミ、人形になったお姉さまを抱き上げる 0:セリフ ノゾミ:「ねえ、お姉さま? 今日は何をして遊びましょうか。着せ替え?ごっこ遊び?」 ノゾミ:「うん、ええ、そうね。じゃあ今日は絵本を読みましょうか」 0:ノゾミ語り ノゾミ:だって、もうお姉さまはどこにもいかないのですから。 ノゾミ:お姉さまはわたくしの傍にいてくださるのですから。 ノゾミ:お姉さまは今まさに、この手の中にいるのです。 0:セリフ ノゾミ:「今日はどのお話がいいかしら。じゃあ、そうね。今日は白雪姫にしましょうか!」 0:ノゾミ語り ノゾミ:わたくしは、お姉さまを抱き上げて、椅子に座らせました。 ノゾミ:お姉さまはいい子におとなしくしていて、声をあげることも身じろぎをすることもない。 ノゾミ:心臓を動かすことも息をすることもありません。まるで、昔のわたくしのように。 0:セリフ ノゾミ:「お姉さまは白雪姫の役をしてね! わたくしは小人と魔女と王子様をやりますから!」 0:ノゾミ語り ノゾミ:最初からこうすればよかったのです。 ノゾミ:お姉さまさえいてくだされば、わたくしにはもう何もいらないのですから。 ノゾミ:たとえどんな形になろうとも。 ノゾミ:お人形遊びはもうおしまい?御冗談を。 ノゾミ:終わらせてなるものですか。 ノゾミ:まだまだ、ずっと、永遠に、ね? 0:場面9 エピローグ 0:歌うように語る 0:ノゾミ語り   ノゾミ:あなたと私、二人きり ノゾミ:ずっと一緒に踊りましょう ノゾミ:もう二度と止まらないように ノゾミ:緩んだ螺子を巻きなおし  ノゾミ:オルゴールをまた奏でましょう ノゾミ:呼吸も鼓動も捨て去って ノゾミ:私と踊り続けましょう?