台本概要
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タイトル | 機械少女は心を求めて |
---|---|
作者名 | 天道司 |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 2人用台本(女1、不問1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
ご自由に演じて下さい。 苺倉あずさん合作台本。 643 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
心華 | 女 | 118 | アンドロイド |
ナツ | 不問 | 100 | ※兼ね役…ハル |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
心華:【無限の宇宙、無限の時間の中で】
心華:【あなたと過ごした時間は、ミクロにも満たない小さな記憶】
心華:【だけど、私にとって、その記憶は、一番大きな想い出】
心華:【一番幸せな、かけがえのない宝物】
0:
0:【間】
0:
心華:おはようございます。今度のマスター
ハル:おはよう。天ノ川初号機。いや、今は、心華(しんか)だったね
心華:マスター。さっそくですが、幾つか質問をすることを許可していただけますか?
ハル:あぁ、いいよ
心華:私は、前回、ラボのベッドの上でシャットダウンしたはずなのですが、ここは地べたの上
心華:どうして、私は、こんなところで起動させられたのですか?
ハル:…
ハル:それはね。もう、ラボはないからだよ
心華:ラボはない?
ハル:君が眠っている間にね
ハル:それは、もう、長い時が流れたのさ
心華:長い時が?
ハル:あぁ…
ハル:その長い時の中で、様々な出来事があった
ハル:戦争が起きたり、疫病(えきびょう)によるパンデミックが起きたりもした
ハル:そして、君の本当のマスター、君を作った私の祖父、ユウも八年前に死んでしまった
心華:そうですか…
ハル:悲しいかい?
心華:悲しい?
ハル:うーん…
心華:どうしたのですか?お気分が悪いのですか?バイタルチェックの許可をして(いただければ)
ハル:【さえぎって】いや、大丈夫だ
心華:了解しました
ハル:…
心華:それでは、何か命令を
ハル:命令か…
心華:はい。マスターの命令を聞くことが、私の存在意義ですから
ハル:…
ハル:【外見は、普通の人間と遜色(そんしょく)ないモノ…】
ハル:【起動した人間をマスターと認識し、命じられた雑務を、ただ、こなすだけの存在】
ハル:【それが、彼女を欠陥品(けっかんひん)たらしめている】
ハル:【しかし、僕は、アンドロイドの未来を、祖父から託(たく)された】
心華:?
ハル:心華
心華:はい。マスター
0:ハルは、心華に封筒を手渡す
ハル:この封筒の中には、君の設計図が入っている
ハル:君を残したい人に渡しなさい
心華:「残したい」とは、どのような意味ですか?
ハル:それは…
心華:?
0:ハルは、ポケットから薬瓶(くすりびん)を取り出した
ハル:今から、君には、時間旅行へ向かってほしい
心華:時間旅行?
ハル:この赤い錠剤(じょうざい)には、ナノエネルギーが詰まっている
ハル:君が服薬すれば、時間を飛び越えることができる
心華:何故、時間を飛び越える必要があるのですか?
ハル:心を得るためさ
心華:心を得る?
ハル:そうだよ。心を見つけてきなさい
心華:私は、アンドロイドです。アンドロイドの私が心を得ることは、理論上、不可能です
ハル:僕は、君を作った祖父を天才だと信じてる。だから、その不可能も可能になるのではないかと…
ハル:あぁ…
ハル:科学者の僕がこんなことを言うなんて、ナンセンスだよね
心華:いいえ、素敵だと思います
ハル:「素敵だと思います」か…。思う。想い…。フフッ
心華:?
0:ハルは、赤い錠剤を心華に手渡す
ハル:では、いってらっしゃい
心華:いってきます
0:
ハル:良い旅を…
0:
0:【間】
0:
ハル:【心華は、赤い錠剤を服薬し、時を飛び越えた】
ハル:【その行き先が、過去なのか未来かは、まだ、分からない】
0:
ハル:【辿り着いた先の世界には、草原が広がっており】
ハル:【周囲の情報収集を始めた心華に、一人の少年が話しかけてきた】
0:
ナツ:やっ、やぁ!
心華:こんにちは
ナツ:ここらじゃ見ない顔だね。僕は、ナツ
心華:ナツ?
ナツ:そう、それが、僕の名前。君の名前は?
心華:心華です
ナツ:心華かぁ。珍しい名前だね。心華は、どこからきたの?
心華:どこから?
ナツ:うん。心華は、どこからきたの?
心華:…
ナツ:?
心華:現時点でのデータ収集結果から、未来からきたものだと思われます
ナツ:未来から?嘘でしょ?
心華:私に嘘をつく機能は、ありません
ナツ:そっか…。とりあえず、よろしく
心華:よろしくお願いします
0:ナツは、握手をしようと手を差し出す。ハルは、その手を握ろうとするが、老朽化が進んでおり、腕が取れてしまう
ナツ:わっ!うわっ!腕がっ!…ん?あれ…?ろっ、ロボット!?
心華:驚かせて、申し訳ありません
ナツ:ほんとに…心華は…未来から?
心華:はい
ナツ:わ、わかった…。ちょっと待ってて!
0:
ハル:【ナツは、急いで家に戻り、倉庫の中から工具箱を持ち出し、心華の腕を修理した】
0:
ナツ:これで、よしと!
心華:ありがとうございます
ナツ:いやいや、こう見えても僕、将来は、科学者になろうと思ってるんだ
心華:科学者、ですか?
ナツ:そうだよ。科学者になって、人の生活を豊かにするロボットを作ろうと思ってるんだ
心華:お言葉ですが、ロボットは、有能になれば有能になるほど、人の仕事を奪いました
心華:一部の特権階級(とっけんかいきゅう)の人たちによる支配力を強め
心華:貧困層(ひんこんそう)の増加、治安の悪化や戦争の火種(ひだね)に繋がってしまいました
ナツ:え?未来では、そうなってるの?
心華:はい。私のデータには、そう記憶されています
ナツ:そっか…。それは良いことを聞いたな。ますます、科学者になりたいと思った
心華:どうしてですか?
ナツ:僕がロボットを作らなくても、未来では、心華のようなロボットが作られていて
ナツ:それによって、ひと握りの人が偉そうにしていて、戦争が起きたりしてるんだろ?
心華:はい
ナツ:だったら、それを止められるロボットを作らなきゃだろ?
心華:戦争を止められるロボット?圧倒的な戦闘力で、相手の戦意を喪失(そうしつ)させるようなロボットですか?
ナツ:違うよ。ただ、そこにいてくれるだけで、「ありがとう」なロボット
心華:なんですか?それは?
ナツ:だから!ただ、そこにいてくれるだけで、「ありがとう」なロボットだよ
心華:理解不能です
ナツ:でしょ?
心華:え?
ナツ:それでも、そんなロボットが作れたらいいなっていう目標…夢?っていうのがあれば
ナツ:僕は、前に進める
心華:前に?
ナツ:そうだよ。どうすれば、その夢を叶えられるか、それを考えてる時が、一番ワクワクするんだ
心華:ワクワク…ですか…
ナツ:そう、ワクワク!
心華:理解不能です…。でも…
ナツ:ん?でも?
心華:素敵だと思います
ナツ:へぇ…
ナツ:君には、ちゃんと心があるんだね
心華:心?そのような機能、私にはありません
ナツ:ほんとにそうかな?何かに対して、「素敵」って思えること
ナツ:それは、もう、心がある証拠だと思うけどな
心華:…
心華:そう…。私は、心を見つけなくてはいけないのです
ナツ:心を?それは、もう、すでに、君の中にあるじゃないか?
心華:ありません。私の基本的な会話の応答は、製作者によってプログラムされたモノですから
ナツ:そうなんだ…
心華:…
ナツ:えっと…。それならさ。心が見つかるまで、僕の家(うち)にいればいいよ!
心華:え?
ナツ:とりあえず、拠点ってのが、必要だと思うんだ
心華:拠点、ですか?
ナツ:うん。それに、さっきみたいに腕が取れたりしたら、大変だろ?
ナツ:少々の故障があっても、僕なら修理できると思うからさ
心華:ご迷惑をおかけすることになるかも知れませんが、よろしいのですか?
ナツ:迷惑なことなんて、何もないさ
心華:それでは、お言葉に甘えさせて頂きます
0:
0:【間】
0:
ハル:【ナツは、心華を家に案内した】
0:
ナツ:どうぞ。コレが僕の家だよ。汚いところで、ごめんね
心華:失礼します
ナツ:あぁ…。そこの機械には、絶対に触らないでね!まだ、製作途中なんだ
心華:了解しました。それにしても…
ナツ:ん?どうしたの?
心華:空気が澱(よど)んでいますね。窓を開けた方が良いです
ナツ:あっ、あぁ…
心華:部屋の至るところにゴミ袋が散乱し、埃(ほこり)をかぶっています
ナツ:ごめん。汚いよね。今、掃除(するね)
心華:【さえぎって】おまけに、キッチンには、食器が溜まっています。家主(やぬし)の怠惰(たいだ)な性格を計り知ることができますね
ナツ:ちょっと!心華は、ロボットだよね?そこまで、はっきり言う?失礼すぎないかな?まぁ、事実ではあるけど…
心華:よろしければ、私に、掃除や片付けを命じていただけませんか?
ナツ:え!?
心華:人の役に立つことが、私が産まれた理由なので、これは絶好の機会かと
ナツ:うーん…
ナツ:なら、一緒にやろう!
心華:一緒に?
ナツ:うん。そうだよ。手分けして、家を綺麗にしよう!
心華:私ひとりでやった方が、効率良く片付けを終わらせることができると予測されます
ナツ:効率なんて、どうでもいいだろ?この汚い状態は、僕の責任なんだからさ
心華:理解不能です
ナツ:フフッ
0:
0:【間】
0:
ハル:【空に、星が見え始める頃には、ナツの家は、すっかりと片付けられ】
ハル:【食卓には、安価な食材で作られた割には、見栄えの良い食事が並んでいた】
0:
ナツ:心華、今日は、ありがとうね。おかげで、家が見違えるほど綺麗になった
心華:いえ、それが私の存在理由ですから
ナツ:存在理由か…
ナツ:そして、食事の方は、全部心華に任せちゃったけど
ナツ:これって、本当に全部、家(うち)の冷蔵庫にあった食材で作ったの?
心華:そうです
ナツ:へぇ~。工夫次第で、食材も化けるんだな。モグモグ…。しかも、すっごく美味しい!
心華:喜んでいただけて、私も嬉しいです。ありがとうございます
ナツ:…
ナツ:あのさ
心華:はい。なんでしょうか?
ナツ:心華にはさ。食事を食べる機能は、備わっていないの?
心華:備わっています。しかし、わずかな水さえ補給できれば、活動を続けることができるので
心華:食事をする機能は、ほとんど使用したことがありません
ナツ:だったら…
0:
ハル:【ナツは、棚から食器を取り出し、食事を全て半分に分けた】
0:
ナツ:はい。どうぞ。一緒に食べよう
心華:理解不能。効率の悪い行為です。私は、水だけで充分であると先ほど説明したはずです
ナツ:いいからいいから!
心華:…
ナツ:食事はね。誰かと一緒に食べた方が美味しく感じるんだよ
ナツ:だから、僕は、美味しい食事を、もっと美味しくするために、心華と一緒に食べたいの
心華:…
心華:わかりました
ナツ:フフッ。やったぁ!さぁ、食べて食べて!
心華:…
0:心華は、食事を口に入れる
ナツ:どう?
心華:どう?と言われましても…
ナツ:美味しい?
心華:わかりません
ナツ:そっかぁ
心華:ただ…
ナツ:ん?
心華:あたたかいです
ナツ:あたたかい?食事が?まぁ、できたてだもんね
心華:違います
ナツ:えっ?
心華:私の中にあるメモリに、あたたかい「ナニカ」が流れ込んできます
ナツ:あたたかい「ナニカ」かぁ…
心華:故障でしょうか?
ナツ:それは、故障じゃないと思うよ
心華:…
心華:実は、私の製作者、ユウ博士も、このように私とよく食事をしてくれていました
ナツ:そうなんだ。食事をする機能も、その、ユウ博士が付けてくれたの?
心華:そうです。無駄な機能であるはずなのに、その機能を活用している時間が、とても好きでした
ナツ:好き!?
心華:?
ナツ:君には、やっぱり、心があるんだね
心華:理解不能です
ナツ:だってそうだろ!何かを「好き」って気持ちになれるのは、心がある何よりの証拠だよ!
心華:そうなのでしょうか?
ナツ:そうだよ!
ナツ:あのさぁ。きっと、いや、絶対!ユウ博士のことも、好きだったんだろ?
心華:はい。すごく好きでした。いえ、今も、好きです
ナツ:ほら!心華は、心のあるロボットなんだよ!
心華:しかし、産み出してくれた存在を敬愛するのは、当然かと思います
心華:また、そのようにプログラムされていることも推測されます
ナツ:プログラムかぁ…
心華:それに、最初から心という機能が備わっているのならば
心華:マスターが、私に対し、「心を見つけてきなさい」なんて命令は、しないかと思われます
ナツ:マスター?
心華:はい。長い間、シャットダウン状態だった私を、起動してくれた方です
ナツ:ちなみに、長い間って、どのくらいシャットダウンしてたの?
心華:120年間です
ナツ:120年間も!?どうして、そんなに長い間、心華をシャットダウンさせる必要があったのかな?
心華:ユウ博士からは、「戦争が始まったから、しばらくの間、眠っていてほしい」と説明を受けました
ナツ:戦争か…。きっと、ユウ博士は、君を大切に想っていたから、戦争に巻き込みたくなかったんだね
心華:理解不能です。私が兵器として戦場に出た方が、戦争は、より早く終結したはずなのに…
ナツ:そういうものじゃないんだよ。ユウ博士は、大切な人が傷つくのが、見たくなかったんだよ
心華:私は、人ではありません。人に似せられて作られた機械人形です
ナツ:人と機械人形の違いって、何なのかな?
心華:人は、人体に損傷を受けると、簡単に死んでしまいます
心華:私は、体の大部分を破壊されても、コアさえ無事であれば、新たな素体(そたい)にコアをセットすれば、何度でも復旧(ふっきゅう)が可能です
心華:痛みを感じることも、疲れを感じることもありませんし、わずかな水さえ補給できれば、活動を続けることができます
心華:そんな私が、あなたたち人と同じであるはずがない。同じ感情を、心を、持てるはずがない
ナツ:持てるさ
心華:?
0:
ハル:【ナツは、急に立ち上がり、心華の手を握って、外に連れ出した】
0:
心華:どこに行くのですか?
ナツ:僕の一番好きな場所だよ
心華:一番好きな場所?
0:
0:【間】
0:
ハル:【懐中電灯で、進む先を照らし、川沿いに山を駆け上がる】
ハル:【虫とカエルの大合唱に歓迎され、蛍のトンネルを抜けると】
ハル:【月明かりに照らされた平地があり】
ハル:【空を見上げると、そこには、満点の星空が広がっていた】
0:
ナツ:はぁ…はぁ…。着いたよ
心華:ここが、一番好きな場所ですか?
ナツ:そうだよ。綺麗だろ?
心華:綺麗だと思います
ナツ:ほら?同じだろ?
心華:同じ?
ナツ:そう、同じように綺麗と感じることができる
心華:しかし、同じように綺麗と感じていても
心華:どんなところが、どのように綺麗と感じているのかは、やはり違うと思われます
ナツ:それでいいじゃん
心華:それでいい?
ナツ:あぁ…
ナツ:人の中にもさ
ナツ:運動は得意だけど、勉強が苦手なヤツ
ナツ:勉強は得意だけど、運動が苦手なヤツがいる
ナツ:体が小さいヤツもいれば、大きいヤツもいる
ナツ:肌の色、声の音色(ねいろ)も違うし、好きな音楽も違う
ナツ:同じように思えても、同じ言葉で感想を言っても
ナツ:感じ方が、心の中が全く同じってことは、絶対にない
ナツ:そう、みんな、違うんだよ
心華:みんな、違う?
ナツ:うん…
ナツ:だから、心華が感じてる「違い」もさ
ナツ:「個性」って考え方をすることで、人と機械人形の垣根(かきね)を越えて
ナツ:ひとつの心として、受け止められるって思うんだ
ナツ:僕たちは、どうあがいても全く同じにはなれないし、同じにこだわる必要もない
ナツ:むしろ、同じじゃない方が、ステキなんだよ!
心華:…
ナツ:どうしたの?
心華:ナツ、ありがとう
ナツ:え?ありがとう?
ナツ:それに、ナツって…。初めて僕の名前、呼んでくれたね
心華:ナツは、ユウ博士に、とても、そう、とても良く似ています
ナツ:そうなの?
心華:ユウ博士も、私を機械ではなく、人として扱おうとしてくれました
心華:そして、それが、嬉しかった
ナツ:そっか…
心華:ナツ、私は、ナツに渡したいモノがあります
ナツ:渡したいモノ?
0:
ハル:【心華は、胸ポケットの中から封筒を取り出し、それをナツに手渡した】
0:
ナツ:これは?
心華:私の設計図が入っています
ナツ:設計図!?
0:ナツは、封筒を開け、中の紙に懐中電灯の明かりを向けた
ナツ:すごい…。本物の機械人形の設計図だ…
心華:マスターに言われたんです
心華:私を残したい人に渡すようにと
ナツ:私を残したい?それって、どういうこと?
心華:私にも、わかりません
心華:でも、私は、それをナツに渡したいという気持ちになったんです
ナツ:心華に信頼されたってことかな?
心華:はい…
心華:私が、心を見つける「きっかけ」をくれたので
ナツ:つまり、見つけることができたんだね
心華:はい。最初から、ここに…私の中にありました
心華:ナツが気づかせてくれました。ありがとう
ナツ:僕の方こそ、ありがとう
心華:?
ナツ:家の中を綺麗にしてくれて
ナツ:僕に、もう一度未来を託してくれて
心華:未来を?
ナツ:…
ナツ:心華を作ったのは、僕だ
心華:どういうことですか?
ナツ:この設計図の最後に、心華の製作者、ユウ博士のフルネームが書かれていた…
ナツ:ユウキール・ナツ…
ナツ:これはね…。僕の名前だよ
心華:そんな…
心華:私は、もう一度あなたに会うために、時間を…
ナツ:今度こそ僕は、心華を幸せな時代に送り出してみせる
ナツ:君を必ず、幸せにしてみせるよ
0:
0:―了―
心華:【無限の宇宙、無限の時間の中で】
心華:【あなたと過ごした時間は、ミクロにも満たない小さな記憶】
心華:【だけど、私にとって、その記憶は、一番大きな想い出】
心華:【一番幸せな、かけがえのない宝物】
0:
0:【間】
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心華:おはようございます。今度のマスター
ハル:おはよう。天ノ川初号機。いや、今は、心華(しんか)だったね
心華:マスター。さっそくですが、幾つか質問をすることを許可していただけますか?
ハル:あぁ、いいよ
心華:私は、前回、ラボのベッドの上でシャットダウンしたはずなのですが、ここは地べたの上
心華:どうして、私は、こんなところで起動させられたのですか?
ハル:…
ハル:それはね。もう、ラボはないからだよ
心華:ラボはない?
ハル:君が眠っている間にね
ハル:それは、もう、長い時が流れたのさ
心華:長い時が?
ハル:あぁ…
ハル:その長い時の中で、様々な出来事があった
ハル:戦争が起きたり、疫病(えきびょう)によるパンデミックが起きたりもした
ハル:そして、君の本当のマスター、君を作った私の祖父、ユウも八年前に死んでしまった
心華:そうですか…
ハル:悲しいかい?
心華:悲しい?
ハル:うーん…
心華:どうしたのですか?お気分が悪いのですか?バイタルチェックの許可をして(いただければ)
ハル:【さえぎって】いや、大丈夫だ
心華:了解しました
ハル:…
心華:それでは、何か命令を
ハル:命令か…
心華:はい。マスターの命令を聞くことが、私の存在意義ですから
ハル:…
ハル:【外見は、普通の人間と遜色(そんしょく)ないモノ…】
ハル:【起動した人間をマスターと認識し、命じられた雑務を、ただ、こなすだけの存在】
ハル:【それが、彼女を欠陥品(けっかんひん)たらしめている】
ハル:【しかし、僕は、アンドロイドの未来を、祖父から託(たく)された】
心華:?
ハル:心華
心華:はい。マスター
0:ハルは、心華に封筒を手渡す
ハル:この封筒の中には、君の設計図が入っている
ハル:君を残したい人に渡しなさい
心華:「残したい」とは、どのような意味ですか?
ハル:それは…
心華:?
0:ハルは、ポケットから薬瓶(くすりびん)を取り出した
ハル:今から、君には、時間旅行へ向かってほしい
心華:時間旅行?
ハル:この赤い錠剤(じょうざい)には、ナノエネルギーが詰まっている
ハル:君が服薬すれば、時間を飛び越えることができる
心華:何故、時間を飛び越える必要があるのですか?
ハル:心を得るためさ
心華:心を得る?
ハル:そうだよ。心を見つけてきなさい
心華:私は、アンドロイドです。アンドロイドの私が心を得ることは、理論上、不可能です
ハル:僕は、君を作った祖父を天才だと信じてる。だから、その不可能も可能になるのではないかと…
ハル:あぁ…
ハル:科学者の僕がこんなことを言うなんて、ナンセンスだよね
心華:いいえ、素敵だと思います
ハル:「素敵だと思います」か…。思う。想い…。フフッ
心華:?
0:ハルは、赤い錠剤を心華に手渡す
ハル:では、いってらっしゃい
心華:いってきます
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ハル:良い旅を…
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0:【間】
0:
ハル:【心華は、赤い錠剤を服薬し、時を飛び越えた】
ハル:【その行き先が、過去なのか未来かは、まだ、分からない】
0:
ハル:【辿り着いた先の世界には、草原が広がっており】
ハル:【周囲の情報収集を始めた心華に、一人の少年が話しかけてきた】
0:
ナツ:やっ、やぁ!
心華:こんにちは
ナツ:ここらじゃ見ない顔だね。僕は、ナツ
心華:ナツ?
ナツ:そう、それが、僕の名前。君の名前は?
心華:心華です
ナツ:心華かぁ。珍しい名前だね。心華は、どこからきたの?
心華:どこから?
ナツ:うん。心華は、どこからきたの?
心華:…
ナツ:?
心華:現時点でのデータ収集結果から、未来からきたものだと思われます
ナツ:未来から?嘘でしょ?
心華:私に嘘をつく機能は、ありません
ナツ:そっか…。とりあえず、よろしく
心華:よろしくお願いします
0:ナツは、握手をしようと手を差し出す。ハルは、その手を握ろうとするが、老朽化が進んでおり、腕が取れてしまう
ナツ:わっ!うわっ!腕がっ!…ん?あれ…?ろっ、ロボット!?
心華:驚かせて、申し訳ありません
ナツ:ほんとに…心華は…未来から?
心華:はい
ナツ:わ、わかった…。ちょっと待ってて!
0:
ハル:【ナツは、急いで家に戻り、倉庫の中から工具箱を持ち出し、心華の腕を修理した】
0:
ナツ:これで、よしと!
心華:ありがとうございます
ナツ:いやいや、こう見えても僕、将来は、科学者になろうと思ってるんだ
心華:科学者、ですか?
ナツ:そうだよ。科学者になって、人の生活を豊かにするロボットを作ろうと思ってるんだ
心華:お言葉ですが、ロボットは、有能になれば有能になるほど、人の仕事を奪いました
心華:一部の特権階級(とっけんかいきゅう)の人たちによる支配力を強め
心華:貧困層(ひんこんそう)の増加、治安の悪化や戦争の火種(ひだね)に繋がってしまいました
ナツ:え?未来では、そうなってるの?
心華:はい。私のデータには、そう記憶されています
ナツ:そっか…。それは良いことを聞いたな。ますます、科学者になりたいと思った
心華:どうしてですか?
ナツ:僕がロボットを作らなくても、未来では、心華のようなロボットが作られていて
ナツ:それによって、ひと握りの人が偉そうにしていて、戦争が起きたりしてるんだろ?
心華:はい
ナツ:だったら、それを止められるロボットを作らなきゃだろ?
心華:戦争を止められるロボット?圧倒的な戦闘力で、相手の戦意を喪失(そうしつ)させるようなロボットですか?
ナツ:違うよ。ただ、そこにいてくれるだけで、「ありがとう」なロボット
心華:なんですか?それは?
ナツ:だから!ただ、そこにいてくれるだけで、「ありがとう」なロボットだよ
心華:理解不能です
ナツ:でしょ?
心華:え?
ナツ:それでも、そんなロボットが作れたらいいなっていう目標…夢?っていうのがあれば
ナツ:僕は、前に進める
心華:前に?
ナツ:そうだよ。どうすれば、その夢を叶えられるか、それを考えてる時が、一番ワクワクするんだ
心華:ワクワク…ですか…
ナツ:そう、ワクワク!
心華:理解不能です…。でも…
ナツ:ん?でも?
心華:素敵だと思います
ナツ:へぇ…
ナツ:君には、ちゃんと心があるんだね
心華:心?そのような機能、私にはありません
ナツ:ほんとにそうかな?何かに対して、「素敵」って思えること
ナツ:それは、もう、心がある証拠だと思うけどな
心華:…
心華:そう…。私は、心を見つけなくてはいけないのです
ナツ:心を?それは、もう、すでに、君の中にあるじゃないか?
心華:ありません。私の基本的な会話の応答は、製作者によってプログラムされたモノですから
ナツ:そうなんだ…
心華:…
ナツ:えっと…。それならさ。心が見つかるまで、僕の家(うち)にいればいいよ!
心華:え?
ナツ:とりあえず、拠点ってのが、必要だと思うんだ
心華:拠点、ですか?
ナツ:うん。それに、さっきみたいに腕が取れたりしたら、大変だろ?
ナツ:少々の故障があっても、僕なら修理できると思うからさ
心華:ご迷惑をおかけすることになるかも知れませんが、よろしいのですか?
ナツ:迷惑なことなんて、何もないさ
心華:それでは、お言葉に甘えさせて頂きます
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0:【間】
0:
ハル:【ナツは、心華を家に案内した】
0:
ナツ:どうぞ。コレが僕の家だよ。汚いところで、ごめんね
心華:失礼します
ナツ:あぁ…。そこの機械には、絶対に触らないでね!まだ、製作途中なんだ
心華:了解しました。それにしても…
ナツ:ん?どうしたの?
心華:空気が澱(よど)んでいますね。窓を開けた方が良いです
ナツ:あっ、あぁ…
心華:部屋の至るところにゴミ袋が散乱し、埃(ほこり)をかぶっています
ナツ:ごめん。汚いよね。今、掃除(するね)
心華:【さえぎって】おまけに、キッチンには、食器が溜まっています。家主(やぬし)の怠惰(たいだ)な性格を計り知ることができますね
ナツ:ちょっと!心華は、ロボットだよね?そこまで、はっきり言う?失礼すぎないかな?まぁ、事実ではあるけど…
心華:よろしければ、私に、掃除や片付けを命じていただけませんか?
ナツ:え!?
心華:人の役に立つことが、私が産まれた理由なので、これは絶好の機会かと
ナツ:うーん…
ナツ:なら、一緒にやろう!
心華:一緒に?
ナツ:うん。そうだよ。手分けして、家を綺麗にしよう!
心華:私ひとりでやった方が、効率良く片付けを終わらせることができると予測されます
ナツ:効率なんて、どうでもいいだろ?この汚い状態は、僕の責任なんだからさ
心華:理解不能です
ナツ:フフッ
0:
0:【間】
0:
ハル:【空に、星が見え始める頃には、ナツの家は、すっかりと片付けられ】
ハル:【食卓には、安価な食材で作られた割には、見栄えの良い食事が並んでいた】
0:
ナツ:心華、今日は、ありがとうね。おかげで、家が見違えるほど綺麗になった
心華:いえ、それが私の存在理由ですから
ナツ:存在理由か…
ナツ:そして、食事の方は、全部心華に任せちゃったけど
ナツ:これって、本当に全部、家(うち)の冷蔵庫にあった食材で作ったの?
心華:そうです
ナツ:へぇ~。工夫次第で、食材も化けるんだな。モグモグ…。しかも、すっごく美味しい!
心華:喜んでいただけて、私も嬉しいです。ありがとうございます
ナツ:…
ナツ:あのさ
心華:はい。なんでしょうか?
ナツ:心華にはさ。食事を食べる機能は、備わっていないの?
心華:備わっています。しかし、わずかな水さえ補給できれば、活動を続けることができるので
心華:食事をする機能は、ほとんど使用したことがありません
ナツ:だったら…
0:
ハル:【ナツは、棚から食器を取り出し、食事を全て半分に分けた】
0:
ナツ:はい。どうぞ。一緒に食べよう
心華:理解不能。効率の悪い行為です。私は、水だけで充分であると先ほど説明したはずです
ナツ:いいからいいから!
心華:…
ナツ:食事はね。誰かと一緒に食べた方が美味しく感じるんだよ
ナツ:だから、僕は、美味しい食事を、もっと美味しくするために、心華と一緒に食べたいの
心華:…
心華:わかりました
ナツ:フフッ。やったぁ!さぁ、食べて食べて!
心華:…
0:心華は、食事を口に入れる
ナツ:どう?
心華:どう?と言われましても…
ナツ:美味しい?
心華:わかりません
ナツ:そっかぁ
心華:ただ…
ナツ:ん?
心華:あたたかいです
ナツ:あたたかい?食事が?まぁ、できたてだもんね
心華:違います
ナツ:えっ?
心華:私の中にあるメモリに、あたたかい「ナニカ」が流れ込んできます
ナツ:あたたかい「ナニカ」かぁ…
心華:故障でしょうか?
ナツ:それは、故障じゃないと思うよ
心華:…
心華:実は、私の製作者、ユウ博士も、このように私とよく食事をしてくれていました
ナツ:そうなんだ。食事をする機能も、その、ユウ博士が付けてくれたの?
心華:そうです。無駄な機能であるはずなのに、その機能を活用している時間が、とても好きでした
ナツ:好き!?
心華:?
ナツ:君には、やっぱり、心があるんだね
心華:理解不能です
ナツ:だってそうだろ!何かを「好き」って気持ちになれるのは、心がある何よりの証拠だよ!
心華:そうなのでしょうか?
ナツ:そうだよ!
ナツ:あのさぁ。きっと、いや、絶対!ユウ博士のことも、好きだったんだろ?
心華:はい。すごく好きでした。いえ、今も、好きです
ナツ:ほら!心華は、心のあるロボットなんだよ!
心華:しかし、産み出してくれた存在を敬愛するのは、当然かと思います
心華:また、そのようにプログラムされていることも推測されます
ナツ:プログラムかぁ…
心華:それに、最初から心という機能が備わっているのならば
心華:マスターが、私に対し、「心を見つけてきなさい」なんて命令は、しないかと思われます
ナツ:マスター?
心華:はい。長い間、シャットダウン状態だった私を、起動してくれた方です
ナツ:ちなみに、長い間って、どのくらいシャットダウンしてたの?
心華:120年間です
ナツ:120年間も!?どうして、そんなに長い間、心華をシャットダウンさせる必要があったのかな?
心華:ユウ博士からは、「戦争が始まったから、しばらくの間、眠っていてほしい」と説明を受けました
ナツ:戦争か…。きっと、ユウ博士は、君を大切に想っていたから、戦争に巻き込みたくなかったんだね
心華:理解不能です。私が兵器として戦場に出た方が、戦争は、より早く終結したはずなのに…
ナツ:そういうものじゃないんだよ。ユウ博士は、大切な人が傷つくのが、見たくなかったんだよ
心華:私は、人ではありません。人に似せられて作られた機械人形です
ナツ:人と機械人形の違いって、何なのかな?
心華:人は、人体に損傷を受けると、簡単に死んでしまいます
心華:私は、体の大部分を破壊されても、コアさえ無事であれば、新たな素体(そたい)にコアをセットすれば、何度でも復旧(ふっきゅう)が可能です
心華:痛みを感じることも、疲れを感じることもありませんし、わずかな水さえ補給できれば、活動を続けることができます
心華:そんな私が、あなたたち人と同じであるはずがない。同じ感情を、心を、持てるはずがない
ナツ:持てるさ
心華:?
0:
ハル:【ナツは、急に立ち上がり、心華の手を握って、外に連れ出した】
0:
心華:どこに行くのですか?
ナツ:僕の一番好きな場所だよ
心華:一番好きな場所?
0:
0:【間】
0:
ハル:【懐中電灯で、進む先を照らし、川沿いに山を駆け上がる】
ハル:【虫とカエルの大合唱に歓迎され、蛍のトンネルを抜けると】
ハル:【月明かりに照らされた平地があり】
ハル:【空を見上げると、そこには、満点の星空が広がっていた】
0:
ナツ:はぁ…はぁ…。着いたよ
心華:ここが、一番好きな場所ですか?
ナツ:そうだよ。綺麗だろ?
心華:綺麗だと思います
ナツ:ほら?同じだろ?
心華:同じ?
ナツ:そう、同じように綺麗と感じることができる
心華:しかし、同じように綺麗と感じていても
心華:どんなところが、どのように綺麗と感じているのかは、やはり違うと思われます
ナツ:それでいいじゃん
心華:それでいい?
ナツ:あぁ…
ナツ:人の中にもさ
ナツ:運動は得意だけど、勉強が苦手なヤツ
ナツ:勉強は得意だけど、運動が苦手なヤツがいる
ナツ:体が小さいヤツもいれば、大きいヤツもいる
ナツ:肌の色、声の音色(ねいろ)も違うし、好きな音楽も違う
ナツ:同じように思えても、同じ言葉で感想を言っても
ナツ:感じ方が、心の中が全く同じってことは、絶対にない
ナツ:そう、みんな、違うんだよ
心華:みんな、違う?
ナツ:うん…
ナツ:だから、心華が感じてる「違い」もさ
ナツ:「個性」って考え方をすることで、人と機械人形の垣根(かきね)を越えて
ナツ:ひとつの心として、受け止められるって思うんだ
ナツ:僕たちは、どうあがいても全く同じにはなれないし、同じにこだわる必要もない
ナツ:むしろ、同じじゃない方が、ステキなんだよ!
心華:…
ナツ:どうしたの?
心華:ナツ、ありがとう
ナツ:え?ありがとう?
ナツ:それに、ナツって…。初めて僕の名前、呼んでくれたね
心華:ナツは、ユウ博士に、とても、そう、とても良く似ています
ナツ:そうなの?
心華:ユウ博士も、私を機械ではなく、人として扱おうとしてくれました
心華:そして、それが、嬉しかった
ナツ:そっか…
心華:ナツ、私は、ナツに渡したいモノがあります
ナツ:渡したいモノ?
0:
ハル:【心華は、胸ポケットの中から封筒を取り出し、それをナツに手渡した】
0:
ナツ:これは?
心華:私の設計図が入っています
ナツ:設計図!?
0:ナツは、封筒を開け、中の紙に懐中電灯の明かりを向けた
ナツ:すごい…。本物の機械人形の設計図だ…
心華:マスターに言われたんです
心華:私を残したい人に渡すようにと
ナツ:私を残したい?それって、どういうこと?
心華:私にも、わかりません
心華:でも、私は、それをナツに渡したいという気持ちになったんです
ナツ:心華に信頼されたってことかな?
心華:はい…
心華:私が、心を見つける「きっかけ」をくれたので
ナツ:つまり、見つけることができたんだね
心華:はい。最初から、ここに…私の中にありました
心華:ナツが気づかせてくれました。ありがとう
ナツ:僕の方こそ、ありがとう
心華:?
ナツ:家の中を綺麗にしてくれて
ナツ:僕に、もう一度未来を託してくれて
心華:未来を?
ナツ:…
ナツ:心華を作ったのは、僕だ
心華:どういうことですか?
ナツ:この設計図の最後に、心華の製作者、ユウ博士のフルネームが書かれていた…
ナツ:ユウキール・ナツ…
ナツ:これはね…。僕の名前だよ
心華:そんな…
心華:私は、もう一度あなたに会うために、時間を…
ナツ:今度こそ僕は、心華を幸せな時代に送り出してみせる
ナツ:君を必ず、幸せにしてみせるよ
0:
0:―了―