台本概要

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タイトル 戯雨(ソバエアメ)
作者名 御幸ほたる(みゆきほたる)  (@hotaru_miyukiSP)
ジャンル ファンタジー
演者人数 5人用台本(男2、女2、不問1) ※兼役あり
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 昭和初期を舞台とした和風ファンタジーです。
恋愛要素もあります。

※ご利用の際は、タイトルと作者名の記載をお願いいたします。URLは任意です。

※清光と九尾に関しましては、蔵馬と琴美役の方が演じて頂いても、別の方が演じてもOKです。もちろん同じ方が声や芝居を変えたり、そのまま変わらず演じる等も自由です。

※作品の雰囲気を崩さない程度のアドリブは自由です。

※女性が男性役を演じる事は問題ないですが、性別や一人称の変更はご遠慮ください。

※枇杷と日向の兼ね役OK

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
蔵馬 83 美藤蔵馬(みふじ くらま) 23歳。男性。美藤家の次男。人との関りが少なかった為、初対面で言葉に詰まったり探り探りに会話する。平安時代に九尾に見初められ、天皇に殺された先祖の末裔で、穢れた末裔として今はひっそりと影を潜めている。
琴美 49 久松琴美(ひさまつ ことみ) 16歳。女性。見目麗しく品がある立ち振る舞いだが、どこか妖艶さも感じる少女
枇杷 14 久松枇杷(ひさまつ びわ) 36歳。女性。琴美と日向の母。琴美同様美しい女性だが、感情の起伏がなく、一定の威圧感がある。
日向 不問 11 久松日向(ひさまつ ひなた) 9歳。琴美の妹(弟)。人形のような愛らしい容姿。母同様感情の起伏がない。単語単語で話す。 ※枇杷との兼ね役可。声の年齢に差があれば問題ありません。
文俊 18 浅生文俊(あそう ふみとし) 23歳。男性。浅生呉服店の1人息子。蔵馬の親友。面倒見が良く、気さくで物怖じしない性格。
清光(蔵馬) 33 美藤清光(みふじ きよみつ) 18歳。男性。平安時代の貴族。貴族でありながら、平民を差別せず対等に接する為、同じ貴族からは変わり者として煙たがられている。
九尾(琴美) 33 九尾の狐(きゅうびのきつね) ?歳。女性。長い時を生きる九尾の狐。人の争いに疲れ、今は人との関りを避けて生きている。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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昭和初期を舞台とした和風ファンタジーです。 恋愛要素もあります。 ※ご利用の際は、タイトルと作者名の記載をお願いいたします。URLは任意です。 ※蔵馬と琴美に関しましては前世の二人も演じて頂きますが、声や雰囲気を変えて頂くのもそのまま変わらず演じるのも自由です。 ※作品の雰囲気を崩さない程度のアドリブは自由です。 ※女性が男性役を演じる事は問題ないですが、性別や一人称の変更はご遠慮ください。 ▼作品名 戯雨(ソバエアメ) ▼登場人物 美藤蔵馬(みふじ くらま) 23歳。男性。美藤家の次男。人との関りが少なかった為、初対面で言葉に詰まったり探り探りに会話する。平安時代に九尾に見初められ、天皇に殺された先祖の末裔で、穢れた末裔として今はひっそりと影を潜めている。 久松琴美(ひさまつ ことみ) 16歳。女性。見目麗しく品がある立ち振る舞いだが、話すと年相応の無邪気さや愛らしさのある少女。 久松枇杷(ひさまつ びわ) 36歳。女性。琴美と日向の母。琴美同様美しい女性だが、感情の起伏がなく、一定の威圧感がある。 ※日向との兼ね役可 久松日向(ひさまつ ひなた) 9歳。琴美の妹(弟)。人形のような愛らしい容姿。母同様感情の起伏がない。単語単語で話す。 ※演じる際は男女どちらでも可。 浅生文俊(あそう ふみとし) 23歳。男性。浅生呉服店の1人息子。蔵馬の親友。面倒見が良く、気さくで物怖じしない性格。 ▼読み合わせ時の配役 美藤蔵馬/ある 久松琴美/冷食 久松枇杷/御幸ほたる 久松日向/なあてゃん 浅生文俊/眠りサメ 琴美:(ナレーション) 琴美:からんころんと、下駄が鳴る。 琴美:しゃなりしゃなりと、簪(かんざし)が鳴る。 琴美:嗚呼、澄清(ちょうせい)な空。なんて心地の良い翠雨(すいう) 琴美: やっとお会いできましたね。私の旦那様 : 0:《美藤邸 客間 華陽の間》 : 文俊:行くのか、蔵馬 蔵馬:…行くしかないだろう文俊。先代の遺言だ 文俊:遺言とは言ってもねえ。まさかそれがあの久松家との縁談だとは 蔵馬:こんな俺を、名家(めいか)である久松家に婿入りさせてくださるんだ。寧ろ老いぼれの遺産以上に価値のある縁談さ 文俊:亡くなられた親父さんの事を、そんな風に言うもんじゃないぞ 蔵馬:生まれてこのかた23年の歳月。この華陽の間(かようのま)から出た事のない俺にとって、銭(ぜに)の価値など帳簿に這った文字以上でもそれ以下でもない。使わぬ銭などゴミ同然。この牢獄から外に出られるのなら、この屋敷ごと灰にしたって構わないさ 文俊:美しい部屋だがねえ。四季折々の草木と花々が、一枚の絵画のように目を惹く 蔵馬:辟易(へきえき)するほどな 文俊:…蔵馬。私はね、何もお前がこの十二帖の間に閉じ籠められたままでいいとは思っていない 蔵馬:わかっているよ 文俊:だがな、お前が久松家に婿入りすると言うのが気に食わん 蔵馬:気に食わん?また何故? 文俊:ああ、いや、気に食わんと言うのは違うな。…こう、なんと言ったらいいか。あの家の人間の、目が、 蔵馬:目?目がなんだと言うんだ 文俊:一度だけ、ついひと月前の話だが、久松の奥方に商いでお会いした事があってな。その時の、あのじっとりと絡みつくような、それでいて氷のように冷たく澄んだ視線が、何とも言えず恐ろしかったのだ 蔵馬:お前が粗相をしたのではないか? 文俊:何を言う!この銀座で名を知らぬ者などいない、【浅生呉服店】の副支配人である私が粗相などするものか!奥方にそれはそれは値の張る美しい着物を何十と広げ、あの妖のように凍った視線も、ビードロさながらに光り煌めいたものだ!まあ殆どは、 蔵馬:はは!妖である俺の前で、よくもまあそんな例えを饒舌につらつらと 文俊:…違う。お前は妖なんかじゃない 蔵馬:同じさ。【九尾の爪痕(つめあと)】を背に持つ俺は、妖に見初められた先祖の罪と恥を、これ見よがしに体現した醜い妖だ 文俊:お前はまたそうやって…。ああほら!色男が台無しだ!面(おもて)を上げろ! 蔵馬:ああこら!櫛を入れた髪が乱れる! 文俊:笑え蔵馬!こうなれば笑うんだ!お前の人生を変える門出として、私も笑う!これから先も、不安や後悔が入り混じる瞬間が来るだろう。それでも笑え!そうすればきっと、眼前(がんぜん)に広がる世界が、お前を迎え入れてくれる 蔵馬:…なんだか抽象的だな。それでも商人か? 文俊:もちろんだとも! 蔵馬:はは。そうだな 文俊:…さて、名残惜しいが私はもうお暇(いとま)しよう。そろそろ久松家から迎えが来る頃合いだろ 蔵馬:ああ 文俊:次に会う時は、お前に久松の主人として相応しい外套(がいとう)でも用意しよう 蔵馬:それはそれは、秋になるのが待ち遠しい : 0:《文俊が部屋を出る》 : 0:《玄関先》 : 文俊:…おや?…こんな日に狐の嫁入りとは、皮肉かい?お天道様や 文俊:…嫁入り、か。今思えば、あの日久松の奥方に売った着物は殆どが白無垢だったが…まだ見ぬ親友の嫁さんが着るとわかっていれば、もっと奴の趣向を聞いておくんだったな 文俊:…いっておいで、蔵馬。外の世界は、お前が思うほど美しくは無いかもしれんが、私から見ても、存外悪くはないぞ : 0:《久松邸》 : 枇杷:ようこそおいでくださいました。美藤家(みふじけ)御当主、蔵馬様 蔵馬:お初にお目にかかります。枇杷(びわ)様…ああ、いや、お義理母様(おかあさま) 枇杷:恐れ多い。枇杷とお呼びくださいませ。さあ蔵馬様、こちらへ 蔵馬:…はい : 0:《庭園の見える廊下を歩く二人》 : 蔵馬:…よく手入れされた庭園ですね 枇杷:今はガクアジサイ、シャラの木、クチナシが見頃です。時期にタイサンボクも開花を迎えより一層華やかになるでしょう 蔵馬:見頃を迎えるのが今から楽しみです 枇杷:存分にご堪能ください 蔵馬:はい。…っ、おっと : 0:《蔵馬の足元に竹トンボがカタリと落ちる。どこから来たのかと驚きながらも、それを拾い上げる》 : 日向:…… 蔵馬:ああ、これは君の竹トンボかい?見たところ壊れていないから、大丈夫だよ 日向:……旦那様 蔵馬:え? 日向:旦那様。おいでませ。姉様(あねさま)。お待ちしておりました 蔵馬:えっと、姉様?…ああ、君は、 日向:旦那様。九尾の印 蔵馬:っ!! 日向:九尾様。平安の世。遥かなる時を経て 蔵馬:…やめろ 日向:九尾様。心よりお待ちしておりました 蔵馬:やめてくれ!!!! 枇杷:日向 日向:母様(ははさま) 枇杷:いかがされましたか?蔵馬様 蔵馬:…いえ、なんでもありません。失礼しました 枇杷:日向。琴美様に伝えなさい。蔵馬様がご到着なされたと 日向:はい 蔵馬:ああ!えと、その、先程は声を荒げて、すまなかった 日向:…… 枇杷:蔵馬様。こちらへ 蔵馬:…はい : 0:《久松邸 大広間》 : 枇杷:まもなく琴美様が参ります。こちらでお待ちくださいませ 蔵馬:…あの 枇杷:何でございましょう 蔵馬:久松の方々は、その、何故、…【九尾の爪痕】がある私を、迎え入れてくださったのでしょう。その、琴美様は、この事実をご存知なのでしょうか? 枇杷:勿論です 蔵馬:…尚更わかりません。知っていながら何故私を、 枇杷:琴美様が、そう望まれたからです 蔵馬:琴美様、自身がですか? 枇杷:はい。これ以上は私(わたくし)の方から申し上げられませんので、琴美様にお話頂ければと 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:そう枇杷がいい終わるや否や、先程日向と呼ばれた童子(どうじ)が、襖(ふすま)を隔て俺達に呼びかけた 日向:母様(ははさま)。旦那様。琴美様がおいでです 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:ゆっくりと、襖が開く。そこには、白無垢を纏った美しい少女がいた。美しい、という言葉を初めて陳腐(ちんぷ)に感じるほど、この世のものとは思えぬ姿が凛と佇んでいた 琴美:お初にお目にかかります。私、久松家当主の久松琴美と申します 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:俺が、俺なんかが、言ってはいけない。わかっている。それでも、思わずにはいられなかった。彼女はまるで 琴美:やっとお会いできましたね。私の旦那様 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:人を惑わす、妖のようだと : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:…ぁ 琴美:枇杷、日向。ご苦労様でした。一刻経ったら声をかけてちょうだい 枇杷:承知いたしました 日向:承知いたしました。旦那様。ごゆるりと、おくつろぎくださいませ : 0:《久松邸 大広間》 : 琴美:ふふ。緊張なさってるの? 蔵馬:あ、ああ、いや、申し訳ない。私は、 琴美:旦那様。そう畏まらないでくださいな。今日から夫婦(めおと)になるのですから 蔵馬:琴美様… 琴美:琴美、と。畏まらず、いつものようにお話して欲しいわ 蔵馬:…わかったよ、琴美 琴美:ふふ、嬉しい。ありがとう旦那様 蔵馬:君も、… 琴美:なんでしょう? 蔵馬:…ああいや、何でもない : 0:《久松邸 庭園》 : 蔵馬:…ここの庭園は、美しいな 琴美:先程からそればかり。よほどこの庭が気に入ってらっしゃるのね 蔵馬:…すまない 琴美:まあ!何故謝るの? 蔵馬:…俺は、生まれてこの方、美藤に関わる最低限の者としか接点が無くてだな…その、苦手なんだ。言葉を交わすのが 琴美:そうなのね。けれど、街を我が物顔で練り歩きながら、どうだどうだと威張り散らす兵隊さんよりよっぽど良いわ 蔵馬:珍しいな。若い娘(むすめ)は兵隊を好むだろうに 琴美:人それぞれ、と言うでしょう?だから私は、旦那様は今のままでも充分素敵だと思うのよ 蔵馬:…ありがとう 琴美:ねぇ、私旦那様のお話をもっともっと聞きたいわ 蔵馬:どんな? 琴美:何でもいいの。好きな本や、好きな花でもいいわ。私はね、千日紅(せんにちこう)が好きなの。色彩は華やかなのに慎ましやかで…ふふ、じきに見頃を迎えるはずだから、早く旦那様に見せたいわ!…って、やだ私ったら。旦那様のお話を聞こうと言うのについ… 蔵馬:あはは!いいんだ。年相応で可愛らしいと思うよ 琴美:いやだわ旦那様、からかわないでちょうだい 蔵馬:すまないな。…俺の話か、何かあったか… 蔵馬:…幼い頃、俺の着物を仕立てに来た呉服屋の支配人が、一人息子を連れてきた。そいつとは今も腐れ縁で、よく俺を訪ねては目を爛々(らんらん)とさせて商いの話をするんだ。頼んでもないのに、舌に油でも塗っているのかと疑うほど、これまたよく喋る男なんだ 琴美:ふふ。仲がよろしいじゃない。好いてらっしゃるのね 蔵馬:ああ。俺が友と呼ぶには勿体無いほど、気立ての良い男なんだ 琴美:素敵ね。羨ましいわ 蔵馬:琴美はどうなんだ? 琴美:私? 蔵馬:ああ。君はその、…この縁談は、君の申し出から始まったと、先程枇杷から聞いた 琴美:ええ、その通りです 蔵馬:…いたのではないか?他に好いていた男が 琴美:おりません。私はずっと、旦那様だけを想い、待ち続けたのですから 蔵馬:それだ 琴美:それとは? 蔵馬:何故俺なんだ?これまで話したことも、会ったことすらない。写真機で姿を撮られた記憶もない。…見たこともない男を、ましてや、【九尾の爪痕】がある俺を、何故選んだ? 琴美:…旦那様は、その爪痕の意味をご存知? 蔵馬:当然だ。…平安時代、俺の先祖である美藤清光(みふじ きよみつ)が、見目麗しい女に化けた九尾の狐と恋仲になり、その事を知った天皇が、妖に誑(たぶら)かされた者は罪人に等しいとして清光を捕えた(とらえた)。その事を知った九尾は怒り狂い、天皇の家臣に化けて政治を乱し、平安京(へいあんきょう)に混乱を招いた 琴美:…… 蔵馬:平安京の人々はみな、その責任の全てを清光に向けた。酷い拷問の末清光は生き絶え、無惨に川に投げ捨てられた。それだけで終わらず、九尾は清光の亡骸を見つけるやいなや、その胴を切り裂き深い爪痕を残した 琴美:…… 蔵馬:…恨みを晴らしたかったのさ。書物によれば、清光は九尾の存在を天皇に知らせ、褒美を得ようと考えたという説もあるらしい。愚かな男だ。真実はどうであれ、九尾が恨むのも仕方のない事だ 琴美:旦那様… 蔵馬:!あ、ああすまない。長々と話してしまった。その、だから、俺が聞きたいのは、 琴美:真実はどうであれ、とおっしゃるけれど 蔵馬:? 琴美:その真実を、貴方は知らぬはずがないのですよ 蔵馬:…え? 琴美:旦那様。私の目を見て?…やっとお会いできたのですから、頃合いでしょう 蔵馬:何を言って、…っう、頭が…! 琴美:ゆっくり目を閉じて、受け入れて 蔵馬:いやだ…やめ…っ! 琴美:さあ、一緒に紐解いていきましょうか。私と貴方の、運命の物語を : 0:《回想》 : 九尾(琴美):…また来たのか小僧 清光(蔵馬):そんな嫌そうな顔をなさらないでください。我々の仲ではないですか 九尾(琴美):ほんの数日前、怪我をした其方にほんの少し治癒を施しただけだ。それなのに、こう何度も何度も足を運ばれては迷惑だ 清光(蔵馬):あはは 九尾(琴美):何がおかしい 清光(蔵馬):いえ、お優しいなと 九尾(琴美):意味がわからん 清光(蔵馬):悪態をつきながらも、突き放そうとしないところが 九尾(琴美):貴様…! 清光(蔵馬):私は、家族を流行病で亡くした、寂しいだけの男です。寂しいから、貴女様に会いに来る。それだけです 九尾(琴美):答えになっておらぬぞ 清光(蔵馬):なっていますよ。私には、貴女様しかいないのです 九尾(琴美):…ふん。勝手にしろ : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:…この光景は…なんだ… 琴美:平安の世。遠い遠い、私と旦那様が…九尾の狐と美藤清光だった頃の記憶 蔵馬:俺と…琴美の…? 琴美:さあ、ほんの少し、頁(ページ)をめくりましょうか : 0:《少し間を空けて》 : 清光(蔵馬):…茜 九尾(琴美):?なんだ突然 清光(蔵馬):君の名だよ。今決めたんだ 九尾(琴美):名だと?何故今更 清光(蔵馬):ずっと前から、愛する君を九尾様だの貴女様だのと呼ぶのをやめようと考えてはいたんだが…どんな美しい言葉も、君を前にすると陳腐に思えてね。だが、この夕暮れを見て、君が思い浮かんだ。どうだい?良い名だろう? 九尾(琴美):ふっ。自画自賛か? 清光(蔵馬):我ながらね。君の瞳は、夕日のように赤く鮮やかで、寂しい夜の訪れを不安に思わせないほどの、穏やかな温もりと力強い揺らめきがある。私にとっての君そのものだ 九尾(琴美):…… 清光(蔵馬):…茜? 九尾(琴美):…ふっ、あっははは!そうかそうか、私に名を与えるか!どこぞの陰陽師のように我を使役(しえき)するつもりか? 清光(蔵馬):使役か…恋というのは、ある意味そう呼べるかもしれないね 九尾(琴美):そうかそうか…これは何とも面白い。いやはや面白い……面白いなあ…っ… (堪えきれず涙が出る) 清光(蔵馬):そう、これが、心を通わせるという事だ 九尾(琴美):…っ…ふっ……、 清光(蔵馬):愛しているよ、茜。心から君を 九尾(琴美):っ…ああ、ああ…愛しているよ、清光 : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:…… 琴美:あら旦那様、頁(ページ)をめくるのをやめないで?一つの季節が過ぎ去った頃かしら?次はもっと面白くなるわよ : 0:《少し間を空けて》 : 清光(蔵馬):はあ…はあ…はあ…!!ここまでくれば…! 九尾(琴美):はあ…はあ…すまない清光、人の姿を維持し続けることにまだ慣れず、走る事すらままならない 清光(蔵馬):そんなことは気にしなくていいさ。怪我は無いかい? 九尾(琴美):っ何故あの人間どもは清光を追うのだ! 清光(蔵馬):…さあ、何故だろうね 九尾(琴美):あんな者ども、我が食い殺してやる! 清光(蔵馬):いけないよ。約束しただろう?人を襲ってはいけないと 九尾(琴美):だが! 清光(蔵馬):茜。私は彼らの元に行くよ 九尾(琴美):…は? 清光(蔵馬):だから君はここに隠れていて。ここなら安全だ。安倍家の陰陽師でもなければ、見つかることは無い 九尾(琴美):きよっ…っ!!何だこの結界は!!! 清光(蔵馬):唯一無二の友から譲り受けた札(ふだ)を、この周囲に貼っておいたんだ。人の姿で居続けたからか、君が気付かずここに来てくれてよかったよ 九尾(琴美):ここから出せ!!!!くそ!!!! 清光(蔵馬):…茜。私の茜。愛しているよ、心から 九尾(琴美):いやだ……いや……っ…いかないでくれ清光… 清光(蔵馬):大丈夫。また会えるよ。必ずね。なぁに、少し話をしてくるだけさ 九尾(琴美):嘘をつくな!!!!あれは天皇の差金だ!!捕まれば何をされるかわからない!!!!なのに!!…なのに何故…そんな風に笑っていられるんだ清光…っ 清光(蔵馬):…私はね、信じているんだよ。遥かなる時を経て、また茜と巡り会えると 九尾(琴美):いやだ!! 清光(蔵馬):だからね、茜 九尾(琴美):いやだ!!!! 清光(蔵馬):私にね、呪いをかけて欲しいんだ 九尾(琴美):…え? 清光(蔵馬):君とまた巡り合い、恋をするように。どんなに遠く離れても、君が私を見つけ出せるように 九尾(琴美):清光…… 清光(蔵馬):そうだなあ、…傷がいい。この先に待ち受けるであろう痛みに耐え切れるくらいの、深く、大きな傷が 九尾(琴美):…… 清光(蔵馬):その妖力と鋭い爪で、私に呪いをおくれ。そうしてくれるのなら、その結界から出してあげよう 九尾(琴美):ぁ…あ…! 清光(蔵馬):さあ、茜 : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:嘘だ…こんな…。俺が、自ら、望んで…? 琴美:さあ、もうすぐ終演よ。その背に大きな傷を受けた清光は、どうなるのかしら?傷を受けたのは、清光だけでは無いようだけれどね。ふふ。ほら、頁(ページ)をめくって? : 0:《少し間を空けて》 : 清光(蔵馬):っ……ありがとう茜。この呪いは、永遠の約束だ。この痛みは、愛の誓いだ 九尾(琴美):…清光…これでよかったのだろうか…これが、正しい選択なのか? 清光(蔵馬):私が耐えきれないんだ。君を失うことが。君が私を忘れることが 九尾(琴美):…人間というのは、なんて身勝手で、欲深い生き物か… 清光(蔵馬):そうだね。恨んでくれてもいい。私という存在をその心に刻み続けてくれるのなら 九尾(琴美):…忘れるものか。この心の臓を抉るような痛み…忘れるものか…!! : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:…… 琴美:天皇が清光を捕らえた直後、天皇が信頼を置いていた関白が謀反を起こし、平安京に大きな混乱を招いたのです。民にそうと知られたく無かった天皇は、その関白は九尾が化けた姿だったとして偽りを世に広め、九尾に誑かされた清光が企てた大罪であると、 蔵馬:もういい!! 琴美:…お聞きにならないの?ご自分の最期を 蔵馬:…もういいから… 琴美:良くないわ。その後清光は当時あり得ないとされた死罪となり、密やかに歴史から去った。居場所と清光を失った九尾は、その後離れた山奥で徐々に衰弱し、ひっそりとその長き生涯に幕を下ろした 蔵馬:…酷い物語だな 琴美:本当にね。伝説として語られた九尾の末路としては、あまりにも慎ましやかで、華やかさに欠ける 蔵馬:これを見せて、俺にどうしろと言うんだ。呪いで縛りつけた清光への、俺への復讐か? 琴美:復讐?…ふふ、あははは!違うわ旦那様。私はね、貴方と恋がしたいのよ 蔵馬:恋…? 琴美:…代々九尾の妖力と血を受け継いできた久松家に生まれた私は、九つになるまで、芳しい(かぐわしい)花の香りも、暖かな陽光も、瞬く星空を見ても、何も感じぬ子供だったのです。私だけではないわ。枇杷も、日向も同じ。違うとすれば、九つになって私は、九尾の記憶と妖力を開花させたという事 蔵馬:…… 琴美:あの瞬間は今でも忘れないわ。…本当に、全てが美しく、愛おしく思えたの。貴方と過ごした日々が全身に染み渡るようで、快楽に近い衝撃だった 蔵馬:…… 琴美:ありがとう旦那様。私に愛という最上の呪いを残してくれて。あの日から私は、呼吸が出来るようになった 蔵馬:琴美… 琴美:やっとお会いできましたね。私の旦那様 : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:脳が、揺れる 蔵馬:眩暈がする 蔵馬:揺れて、揺れて、心に、重くドロリとした何かが、ぼたりと落ちる 蔵馬:妖の血を引いているのは、俺ではなく彼女だった。 蔵馬:それは、今までの俺を否定してくれる、鮮烈な開放の光であり、新たな牢獄へと誘う導きだった 蔵馬:嗚呼、思い出した。俺は、私は、この時を待っていた : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:…ただいま、私の全て : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:そう口にした時、彼女は穏やかに微笑み、澄清(ちょうせい)な空から、心地の良い雨が降り始めた : 0:《少し間を空けて》 : 琴美:(タイトルコール) 琴美:戯雨(そばえあめ) 終。

昭和初期を舞台とした和風ファンタジーです。 恋愛要素もあります。 ※ご利用の際は、タイトルと作者名の記載をお願いいたします。URLは任意です。 ※蔵馬と琴美に関しましては前世の二人も演じて頂きますが、声や雰囲気を変えて頂くのもそのまま変わらず演じるのも自由です。 ※作品の雰囲気を崩さない程度のアドリブは自由です。 ※女性が男性役を演じる事は問題ないですが、性別や一人称の変更はご遠慮ください。 ▼作品名 戯雨(ソバエアメ) ▼登場人物 美藤蔵馬(みふじ くらま) 23歳。男性。美藤家の次男。人との関りが少なかった為、初対面で言葉に詰まったり探り探りに会話する。平安時代に九尾に見初められ、天皇に殺された先祖の末裔で、穢れた末裔として今はひっそりと影を潜めている。 久松琴美(ひさまつ ことみ) 16歳。女性。見目麗しく品がある立ち振る舞いだが、話すと年相応の無邪気さや愛らしさのある少女。 久松枇杷(ひさまつ びわ) 36歳。女性。琴美と日向の母。琴美同様美しい女性だが、感情の起伏がなく、一定の威圧感がある。 ※日向との兼ね役可 久松日向(ひさまつ ひなた) 9歳。琴美の妹(弟)。人形のような愛らしい容姿。母同様感情の起伏がない。単語単語で話す。 ※演じる際は男女どちらでも可。 浅生文俊(あそう ふみとし) 23歳。男性。浅生呉服店の1人息子。蔵馬の親友。面倒見が良く、気さくで物怖じしない性格。 ▼読み合わせ時の配役 美藤蔵馬/ある 久松琴美/冷食 久松枇杷/御幸ほたる 久松日向/なあてゃん 浅生文俊/眠りサメ 琴美:(ナレーション) 琴美:からんころんと、下駄が鳴る。 琴美:しゃなりしゃなりと、簪(かんざし)が鳴る。 琴美:嗚呼、澄清(ちょうせい)な空。なんて心地の良い翠雨(すいう) 琴美: やっとお会いできましたね。私の旦那様 : 0:《美藤邸 客間 華陽の間》 : 文俊:行くのか、蔵馬 蔵馬:…行くしかないだろう文俊。先代の遺言だ 文俊:遺言とは言ってもねえ。まさかそれがあの久松家との縁談だとは 蔵馬:こんな俺を、名家(めいか)である久松家に婿入りさせてくださるんだ。寧ろ老いぼれの遺産以上に価値のある縁談さ 文俊:亡くなられた親父さんの事を、そんな風に言うもんじゃないぞ 蔵馬:生まれてこのかた23年の歳月。この華陽の間(かようのま)から出た事のない俺にとって、銭(ぜに)の価値など帳簿に這った文字以上でもそれ以下でもない。使わぬ銭などゴミ同然。この牢獄から外に出られるのなら、この屋敷ごと灰にしたって構わないさ 文俊:美しい部屋だがねえ。四季折々の草木と花々が、一枚の絵画のように目を惹く 蔵馬:辟易(へきえき)するほどな 文俊:…蔵馬。私はね、何もお前がこの十二帖の間に閉じ籠められたままでいいとは思っていない 蔵馬:わかっているよ 文俊:だがな、お前が久松家に婿入りすると言うのが気に食わん 蔵馬:気に食わん?また何故? 文俊:ああ、いや、気に食わんと言うのは違うな。…こう、なんと言ったらいいか。あの家の人間の、目が、 蔵馬:目?目がなんだと言うんだ 文俊:一度だけ、ついひと月前の話だが、久松の奥方に商いでお会いした事があってな。その時の、あのじっとりと絡みつくような、それでいて氷のように冷たく澄んだ視線が、何とも言えず恐ろしかったのだ 蔵馬:お前が粗相をしたのではないか? 文俊:何を言う!この銀座で名を知らぬ者などいない、【浅生呉服店】の副支配人である私が粗相などするものか!奥方にそれはそれは値の張る美しい着物を何十と広げ、あの妖のように凍った視線も、ビードロさながらに光り煌めいたものだ!まあ殆どは、 蔵馬:はは!妖である俺の前で、よくもまあそんな例えを饒舌につらつらと 文俊:…違う。お前は妖なんかじゃない 蔵馬:同じさ。【九尾の爪痕(つめあと)】を背に持つ俺は、妖に見初められた先祖の罪と恥を、これ見よがしに体現した醜い妖だ 文俊:お前はまたそうやって…。ああほら!色男が台無しだ!面(おもて)を上げろ! 蔵馬:ああこら!櫛を入れた髪が乱れる! 文俊:笑え蔵馬!こうなれば笑うんだ!お前の人生を変える門出として、私も笑う!これから先も、不安や後悔が入り混じる瞬間が来るだろう。それでも笑え!そうすればきっと、眼前(がんぜん)に広がる世界が、お前を迎え入れてくれる 蔵馬:…なんだか抽象的だな。それでも商人か? 文俊:もちろんだとも! 蔵馬:はは。そうだな 文俊:…さて、名残惜しいが私はもうお暇(いとま)しよう。そろそろ久松家から迎えが来る頃合いだろ 蔵馬:ああ 文俊:次に会う時は、お前に久松の主人として相応しい外套(がいとう)でも用意しよう 蔵馬:それはそれは、秋になるのが待ち遠しい : 0:《文俊が部屋を出る》 : 0:《玄関先》 : 文俊:…おや?…こんな日に狐の嫁入りとは、皮肉かい?お天道様や 文俊:…嫁入り、か。今思えば、あの日久松の奥方に売った着物は殆どが白無垢だったが…まだ見ぬ親友の嫁さんが着るとわかっていれば、もっと奴の趣向を聞いておくんだったな 文俊:…いっておいで、蔵馬。外の世界は、お前が思うほど美しくは無いかもしれんが、私から見ても、存外悪くはないぞ : 0:《久松邸》 : 枇杷:ようこそおいでくださいました。美藤家(みふじけ)御当主、蔵馬様 蔵馬:お初にお目にかかります。枇杷(びわ)様…ああ、いや、お義理母様(おかあさま) 枇杷:恐れ多い。枇杷とお呼びくださいませ。さあ蔵馬様、こちらへ 蔵馬:…はい : 0:《庭園の見える廊下を歩く二人》 : 蔵馬:…よく手入れされた庭園ですね 枇杷:今はガクアジサイ、シャラの木、クチナシが見頃です。時期にタイサンボクも開花を迎えより一層華やかになるでしょう 蔵馬:見頃を迎えるのが今から楽しみです 枇杷:存分にご堪能ください 蔵馬:はい。…っ、おっと : 0:《蔵馬の足元に竹トンボがカタリと落ちる。どこから来たのかと驚きながらも、それを拾い上げる》 : 日向:…… 蔵馬:ああ、これは君の竹トンボかい?見たところ壊れていないから、大丈夫だよ 日向:……旦那様 蔵馬:え? 日向:旦那様。おいでませ。姉様(あねさま)。お待ちしておりました 蔵馬:えっと、姉様?…ああ、君は、 日向:旦那様。九尾の印 蔵馬:っ!! 日向:九尾様。平安の世。遥かなる時を経て 蔵馬:…やめろ 日向:九尾様。心よりお待ちしておりました 蔵馬:やめてくれ!!!! 枇杷:日向 日向:母様(ははさま) 枇杷:いかがされましたか?蔵馬様 蔵馬:…いえ、なんでもありません。失礼しました 枇杷:日向。琴美様に伝えなさい。蔵馬様がご到着なされたと 日向:はい 蔵馬:ああ!えと、その、先程は声を荒げて、すまなかった 日向:…… 枇杷:蔵馬様。こちらへ 蔵馬:…はい : 0:《久松邸 大広間》 : 枇杷:まもなく琴美様が参ります。こちらでお待ちくださいませ 蔵馬:…あの 枇杷:何でございましょう 蔵馬:久松の方々は、その、何故、…【九尾の爪痕】がある私を、迎え入れてくださったのでしょう。その、琴美様は、この事実をご存知なのでしょうか? 枇杷:勿論です 蔵馬:…尚更わかりません。知っていながら何故私を、 枇杷:琴美様が、そう望まれたからです 蔵馬:琴美様、自身がですか? 枇杷:はい。これ以上は私(わたくし)の方から申し上げられませんので、琴美様にお話頂ければと 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:そう枇杷がいい終わるや否や、先程日向と呼ばれた童子(どうじ)が、襖(ふすま)を隔て俺達に呼びかけた 日向:母様(ははさま)。旦那様。琴美様がおいでです 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:ゆっくりと、襖が開く。そこには、白無垢を纏った美しい少女がいた。美しい、という言葉を初めて陳腐(ちんぷ)に感じるほど、この世のものとは思えぬ姿が凛と佇んでいた 琴美:お初にお目にかかります。私、久松家当主の久松琴美と申します 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:俺が、俺なんかが、言ってはいけない。わかっている。それでも、思わずにはいられなかった。彼女はまるで 琴美:やっとお会いできましたね。私の旦那様 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:人を惑わす、妖のようだと : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:…ぁ 琴美:枇杷、日向。ご苦労様でした。一刻経ったら声をかけてちょうだい 枇杷:承知いたしました 日向:承知いたしました。旦那様。ごゆるりと、おくつろぎくださいませ : 0:《久松邸 大広間》 : 琴美:ふふ。緊張なさってるの? 蔵馬:あ、ああ、いや、申し訳ない。私は、 琴美:旦那様。そう畏まらないでくださいな。今日から夫婦(めおと)になるのですから 蔵馬:琴美様… 琴美:琴美、と。畏まらず、いつものようにお話して欲しいわ 蔵馬:…わかったよ、琴美 琴美:ふふ、嬉しい。ありがとう旦那様 蔵馬:君も、… 琴美:なんでしょう? 蔵馬:…ああいや、何でもない : 0:《久松邸 庭園》 : 蔵馬:…ここの庭園は、美しいな 琴美:先程からそればかり。よほどこの庭が気に入ってらっしゃるのね 蔵馬:…すまない 琴美:まあ!何故謝るの? 蔵馬:…俺は、生まれてこの方、美藤に関わる最低限の者としか接点が無くてだな…その、苦手なんだ。言葉を交わすのが 琴美:そうなのね。けれど、街を我が物顔で練り歩きながら、どうだどうだと威張り散らす兵隊さんよりよっぽど良いわ 蔵馬:珍しいな。若い娘(むすめ)は兵隊を好むだろうに 琴美:人それぞれ、と言うでしょう?だから私は、旦那様は今のままでも充分素敵だと思うのよ 蔵馬:…ありがとう 琴美:ねぇ、私旦那様のお話をもっともっと聞きたいわ 蔵馬:どんな? 琴美:何でもいいの。好きな本や、好きな花でもいいわ。私はね、千日紅(せんにちこう)が好きなの。色彩は華やかなのに慎ましやかで…ふふ、じきに見頃を迎えるはずだから、早く旦那様に見せたいわ!…って、やだ私ったら。旦那様のお話を聞こうと言うのについ… 蔵馬:あはは!いいんだ。年相応で可愛らしいと思うよ 琴美:いやだわ旦那様、からかわないでちょうだい 蔵馬:すまないな。…俺の話か、何かあったか… 蔵馬:…幼い頃、俺の着物を仕立てに来た呉服屋の支配人が、一人息子を連れてきた。そいつとは今も腐れ縁で、よく俺を訪ねては目を爛々(らんらん)とさせて商いの話をするんだ。頼んでもないのに、舌に油でも塗っているのかと疑うほど、これまたよく喋る男なんだ 琴美:ふふ。仲がよろしいじゃない。好いてらっしゃるのね 蔵馬:ああ。俺が友と呼ぶには勿体無いほど、気立ての良い男なんだ 琴美:素敵ね。羨ましいわ 蔵馬:琴美はどうなんだ? 琴美:私? 蔵馬:ああ。君はその、…この縁談は、君の申し出から始まったと、先程枇杷から聞いた 琴美:ええ、その通りです 蔵馬:…いたのではないか?他に好いていた男が 琴美:おりません。私はずっと、旦那様だけを想い、待ち続けたのですから 蔵馬:それだ 琴美:それとは? 蔵馬:何故俺なんだ?これまで話したことも、会ったことすらない。写真機で姿を撮られた記憶もない。…見たこともない男を、ましてや、【九尾の爪痕】がある俺を、何故選んだ? 琴美:…旦那様は、その爪痕の意味をご存知? 蔵馬:当然だ。…平安時代、俺の先祖である美藤清光(みふじ きよみつ)が、見目麗しい女に化けた九尾の狐と恋仲になり、その事を知った天皇が、妖に誑(たぶら)かされた者は罪人に等しいとして清光を捕えた(とらえた)。その事を知った九尾は怒り狂い、天皇の家臣に化けて政治を乱し、平安京(へいあんきょう)に混乱を招いた 琴美:…… 蔵馬:平安京の人々はみな、その責任の全てを清光に向けた。酷い拷問の末清光は生き絶え、無惨に川に投げ捨てられた。それだけで終わらず、九尾は清光の亡骸を見つけるやいなや、その胴を切り裂き深い爪痕を残した 琴美:…… 蔵馬:…恨みを晴らしたかったのさ。書物によれば、清光は九尾の存在を天皇に知らせ、褒美を得ようと考えたという説もあるらしい。愚かな男だ。真実はどうであれ、九尾が恨むのも仕方のない事だ 琴美:旦那様… 蔵馬:!あ、ああすまない。長々と話してしまった。その、だから、俺が聞きたいのは、 琴美:真実はどうであれ、とおっしゃるけれど 蔵馬:? 琴美:その真実を、貴方は知らぬはずがないのですよ 蔵馬:…え? 琴美:旦那様。私の目を見て?…やっとお会いできたのですから、頃合いでしょう 蔵馬:何を言って、…っう、頭が…! 琴美:ゆっくり目を閉じて、受け入れて 蔵馬:いやだ…やめ…っ! 琴美:さあ、一緒に紐解いていきましょうか。私と貴方の、運命の物語を : 0:《回想》 : 九尾(琴美):…また来たのか小僧 清光(蔵馬):そんな嫌そうな顔をなさらないでください。我々の仲ではないですか 九尾(琴美):ほんの数日前、怪我をした其方にほんの少し治癒を施しただけだ。それなのに、こう何度も何度も足を運ばれては迷惑だ 清光(蔵馬):あはは 九尾(琴美):何がおかしい 清光(蔵馬):いえ、お優しいなと 九尾(琴美):意味がわからん 清光(蔵馬):悪態をつきながらも、突き放そうとしないところが 九尾(琴美):貴様…! 清光(蔵馬):私は、家族を流行病で亡くした、寂しいだけの男です。寂しいから、貴女様に会いに来る。それだけです 九尾(琴美):答えになっておらぬぞ 清光(蔵馬):なっていますよ。私には、貴女様しかいないのです 九尾(琴美):…ふん。勝手にしろ : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:…この光景は…なんだ… 琴美:平安の世。遠い遠い、私と旦那様が…九尾の狐と美藤清光だった頃の記憶 蔵馬:俺と…琴美の…? 琴美:さあ、ほんの少し、頁(ページ)をめくりましょうか : 0:《少し間を空けて》 : 清光(蔵馬):…茜 九尾(琴美):?なんだ突然 清光(蔵馬):君の名だよ。今決めたんだ 九尾(琴美):名だと?何故今更 清光(蔵馬):ずっと前から、愛する君を九尾様だの貴女様だのと呼ぶのをやめようと考えてはいたんだが…どんな美しい言葉も、君を前にすると陳腐に思えてね。だが、この夕暮れを見て、君が思い浮かんだ。どうだい?良い名だろう? 九尾(琴美):ふっ。自画自賛か? 清光(蔵馬):我ながらね。君の瞳は、夕日のように赤く鮮やかで、寂しい夜の訪れを不安に思わせないほどの、穏やかな温もりと力強い揺らめきがある。私にとっての君そのものだ 九尾(琴美):…… 清光(蔵馬):…茜? 九尾(琴美):…ふっ、あっははは!そうかそうか、私に名を与えるか!どこぞの陰陽師のように我を使役(しえき)するつもりか? 清光(蔵馬):使役か…恋というのは、ある意味そう呼べるかもしれないね 九尾(琴美):そうかそうか…これは何とも面白い。いやはや面白い……面白いなあ…っ… (堪えきれず涙が出る) 清光(蔵馬):そう、これが、心を通わせるという事だ 九尾(琴美):…っ…ふっ……、 清光(蔵馬):愛しているよ、茜。心から君を 九尾(琴美):っ…ああ、ああ…愛しているよ、清光 : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:…… 琴美:あら旦那様、頁(ページ)をめくるのをやめないで?一つの季節が過ぎ去った頃かしら?次はもっと面白くなるわよ : 0:《少し間を空けて》 : 清光(蔵馬):はあ…はあ…はあ…!!ここまでくれば…! 九尾(琴美):はあ…はあ…すまない清光、人の姿を維持し続けることにまだ慣れず、走る事すらままならない 清光(蔵馬):そんなことは気にしなくていいさ。怪我は無いかい? 九尾(琴美):っ何故あの人間どもは清光を追うのだ! 清光(蔵馬):…さあ、何故だろうね 九尾(琴美):あんな者ども、我が食い殺してやる! 清光(蔵馬):いけないよ。約束しただろう?人を襲ってはいけないと 九尾(琴美):だが! 清光(蔵馬):茜。私は彼らの元に行くよ 九尾(琴美):…は? 清光(蔵馬):だから君はここに隠れていて。ここなら安全だ。安倍家の陰陽師でもなければ、見つかることは無い 九尾(琴美):きよっ…っ!!何だこの結界は!!! 清光(蔵馬):唯一無二の友から譲り受けた札(ふだ)を、この周囲に貼っておいたんだ。人の姿で居続けたからか、君が気付かずここに来てくれてよかったよ 九尾(琴美):ここから出せ!!!!くそ!!!! 清光(蔵馬):…茜。私の茜。愛しているよ、心から 九尾(琴美):いやだ……いや……っ…いかないでくれ清光… 清光(蔵馬):大丈夫。また会えるよ。必ずね。なぁに、少し話をしてくるだけさ 九尾(琴美):嘘をつくな!!!!あれは天皇の差金だ!!捕まれば何をされるかわからない!!!!なのに!!…なのに何故…そんな風に笑っていられるんだ清光…っ 清光(蔵馬):…私はね、信じているんだよ。遥かなる時を経て、また茜と巡り会えると 九尾(琴美):いやだ!! 清光(蔵馬):だからね、茜 九尾(琴美):いやだ!!!! 清光(蔵馬):私にね、呪いをかけて欲しいんだ 九尾(琴美):…え? 清光(蔵馬):君とまた巡り合い、恋をするように。どんなに遠く離れても、君が私を見つけ出せるように 九尾(琴美):清光…… 清光(蔵馬):そうだなあ、…傷がいい。この先に待ち受けるであろう痛みに耐え切れるくらいの、深く、大きな傷が 九尾(琴美):…… 清光(蔵馬):その妖力と鋭い爪で、私に呪いをおくれ。そうしてくれるのなら、その結界から出してあげよう 九尾(琴美):ぁ…あ…! 清光(蔵馬):さあ、茜 : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:嘘だ…こんな…。俺が、自ら、望んで…? 琴美:さあ、もうすぐ終演よ。その背に大きな傷を受けた清光は、どうなるのかしら?傷を受けたのは、清光だけでは無いようだけれどね。ふふ。ほら、頁(ページ)をめくって? : 0:《少し間を空けて》 : 清光(蔵馬):っ……ありがとう茜。この呪いは、永遠の約束だ。この痛みは、愛の誓いだ 九尾(琴美):…清光…これでよかったのだろうか…これが、正しい選択なのか? 清光(蔵馬):私が耐えきれないんだ。君を失うことが。君が私を忘れることが 九尾(琴美):…人間というのは、なんて身勝手で、欲深い生き物か… 清光(蔵馬):そうだね。恨んでくれてもいい。私という存在をその心に刻み続けてくれるのなら 九尾(琴美):…忘れるものか。この心の臓を抉るような痛み…忘れるものか…!! : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:…… 琴美:天皇が清光を捕らえた直後、天皇が信頼を置いていた関白が謀反を起こし、平安京に大きな混乱を招いたのです。民にそうと知られたく無かった天皇は、その関白は九尾が化けた姿だったとして偽りを世に広め、九尾に誑かされた清光が企てた大罪であると、 蔵馬:もういい!! 琴美:…お聞きにならないの?ご自分の最期を 蔵馬:…もういいから… 琴美:良くないわ。その後清光は当時あり得ないとされた死罪となり、密やかに歴史から去った。居場所と清光を失った九尾は、その後離れた山奥で徐々に衰弱し、ひっそりとその長き生涯に幕を下ろした 蔵馬:…酷い物語だな 琴美:本当にね。伝説として語られた九尾の末路としては、あまりにも慎ましやかで、華やかさに欠ける 蔵馬:これを見せて、俺にどうしろと言うんだ。呪いで縛りつけた清光への、俺への復讐か? 琴美:復讐?…ふふ、あははは!違うわ旦那様。私はね、貴方と恋がしたいのよ 蔵馬:恋…? 琴美:…代々九尾の妖力と血を受け継いできた久松家に生まれた私は、九つになるまで、芳しい(かぐわしい)花の香りも、暖かな陽光も、瞬く星空を見ても、何も感じぬ子供だったのです。私だけではないわ。枇杷も、日向も同じ。違うとすれば、九つになって私は、九尾の記憶と妖力を開花させたという事 蔵馬:…… 琴美:あの瞬間は今でも忘れないわ。…本当に、全てが美しく、愛おしく思えたの。貴方と過ごした日々が全身に染み渡るようで、快楽に近い衝撃だった 蔵馬:…… 琴美:ありがとう旦那様。私に愛という最上の呪いを残してくれて。あの日から私は、呼吸が出来るようになった 蔵馬:琴美… 琴美:やっとお会いできましたね。私の旦那様 : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:脳が、揺れる 蔵馬:眩暈がする 蔵馬:揺れて、揺れて、心に、重くドロリとした何かが、ぼたりと落ちる 蔵馬:妖の血を引いているのは、俺ではなく彼女だった。 蔵馬:それは、今までの俺を否定してくれる、鮮烈な開放の光であり、新たな牢獄へと誘う導きだった 蔵馬:嗚呼、思い出した。俺は、私は、この時を待っていた : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:…ただいま、私の全て : 0:《少し間を空けて》 : 蔵馬:(ナレーション) 蔵馬:そう口にした時、彼女は穏やかに微笑み、澄清(ちょうせい)な空から、心地の良い雨が降り始めた : 0:《少し間を空けて》 : 琴美:(タイトルコール) 琴美:戯雨(そばえあめ) 終。