台本概要

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タイトル 焦げ付いて、永遠
作者名 鹿野月彦  (@kanokeimegu)
ジャンル その他
演者人数 2人用台本(不問2)
時間 20 分
台本使用規定 商用、非商用問わず連絡不要
説明 「本当に。人間にも機械にも、こんな未来予想できなかったでしょうね」

終わっていく世界でお喋りする一人と一体の話です。
ほんのりSFチック。


◎作品詳細
タイトル:「焦げ付いて、永遠」
キャスト:男女不問2名
所要時間:20分前後

二人の掛け合いを楽しめる声劇の台本です。
商用・非商用問わずご利用いただけます。
朗読の練習や配信等にぜひご活用くださいませ。
配信・投稿の際は著者名と著者X(旧Twitter @kanokeimegu)、もしくはこちらのページのURLの表記を頂ければ特に利用報告等は不要ですが、ご報告いただけますと作者の励みになります!

☆BOOTH版も公開しました!
https://kanokeimegu.booth.pm/items/5448596
印刷してご利用いただく場合はこちらをご活用くださいませ。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
キリ 不問 73 人間。子守りシステムのミネに育てられた。 10代後半くらい。基本的に敬語で話す穏やかな人物。 滅びかけた世界で自分を育てたアンドロイドのミネと二人でなんとか生き延びてきた。 最初はキリのほうが機械的だが、これはミネに比べてマイナスの感情も豊かであるため。
ミネ 不問 71 キリの教育係だった子守りシステム搭載のアンドロイド。 子供に懐かれやすくするため基本的に明るい性格に見えるように設計されている。 キリに比べて感情豊かに見えるが、実際は喜怒哀楽でいう怒と哀が極端に少ない。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:森の中にある廃墟。そこに座り込む一人の人間と一体のアンドロイド。 二人はボロボロで、空を見上げている。 ミネ:「……綺麗だね」 キリ:「なにがです?」 ミネ:「星がさ」 キリ:「いつもと変わりませんよ」 ミネ:「いや、綺麗だよ。ずいぶん綺麗になった。私が生まれたころよりずっと」 キリ:「……人が減ったから?」 ミネ:「うん、たぶんそう。昔はもっとたくさん人間がいて、機械もいっぱい動いてた」 キリ:「そうですね。たくさん仲間がいました。それこそ、数えきれないくらいに」 ミネ:「……今じゃもう、まともに生き残ってるのは私たちくらいだもんね。いやぁ、世の中って何が起こるかわかんないね」 キリ:「本当に。人間にも機械にも、こんな未来予想できなかったでしょうね」 ミネ:「ねー。まあ、私は専門家じゃないから、もともと詳しいことは何にもわかんないんだけどね。必死に生きてたらいつの間にかこうなってましたー、みたいな」 キリ:「……私が優秀な機械だったら、結果は変わっていたでしょうか」 ミネ:「いやー? そんなことはないんじゃない? どっちにしろ、機械はダメになる運命だったよ、きっと。メンテナンスできる設備もないし。部品もいつかは壊れちゃう。作る人間がほとんどみーんな死んじゃったんだもん。しょうがないよねー。当時は永遠の命!なーんて言われてたのにね」 キリ:「でも、どこかにはまだ残ってるかも……」 ミネ:「さあ、どうだか。これだけ探してなかったらきっとないよ。まあいてほしかったけどさ。技工士どころか一人も人間なんて見なかったでしょ。だから、まあなんだろ。正直もう望みはないのかなー、なんて」 キリ:「……もう、ダメなのですか」 ミネ:「絶対ダメ……ってことはないけど。だいぶキツイかな」 キリ:「……そんな」 ミネ:「ほらほらそんな悲しい顔しない。ここまで生き残れたのだって、十分奇跡的でしょ。ただの子守りシステムと子どもだったんだよ? それが今じゃ最後の人間と最後の機械かもしれないっていうんだから、びっくりだよね」 キリ:「それは、そうですね。たしかに」 ミネ:「そーそー。だから、私的にはもう十分ハッピーなわけです」 キリ:「本当に?」 ミネ:「え、なんで? そこ疑っちゃう?」 キリ:「仲間がいなくなって、寂しくないですか」 ミネ:「んー、まあ。寂しくないと言ったら嘘になっちゃうけどさ。でも、一人じゃなかったから。ずっと楽しかったよ」 キリ:「……そう、ですか」 ミネ:「そっちは?」 キリ:「楽しかったですよ、もちろん。あなたがいてくれたから、ここまで来られた」 ミネ:「そかそか。いやー、照れちゃうなー。でも……そうだね。私も、あなたがいてくれてよかった、って思うよ。いろんなところを旅して。いろんな景色を見て。たまに歌ったり踊ったりしながら。毎日必死に生きてるだけだったけど、それでも。私はとっても大事なものを得られたような……そんな気がするんだよ。ふたりじゃなかったら、きっとこんなに楽しくなかった」 キリ:「そう、ですね」 ミネ:「うん。だから、私はとっても満足してるんだ。今の自分に。そりゃあまあ、大変なこともいっぱいあったけどさ。でも、それ以上に本当に楽しかったんだ。ありがと」 キリ:「……ねえ、ミネ」 ミネ:「ん、なーに?」 キリ:「どうして、そんなことばかり言うんです?」 ミネ:「そんなこと?」 キリ:「だって、そんな。まるでお別れするみたいな……。最後の時みたいなこと、言わないでください」 ミネ:「あー……。やっぱわかっちゃうか。最後の時、なんだよね。実は」 キリ:「なんで」 ミネ:「いやねぇ、そろそろダメっぽいんだよね。体が。まあ、これまでだいぶ無茶してきたし、当たり前っちゃ当たり前なんだけど」 キリ:「どこですか。私が、なおします」 ミネ:「いやいや、無理だって。いくらキリでも、さすがにできないって。自分の体のことは、自分が一番よくわかってる。たぶんだけど、その道のプロでも厳しいレベル。それこそ体全部バラさないといけないくらいの感じ。そんなことしても元に戻せないでしょ? そんな技術も設備もないでしょ」 キリ:「それは、その通り……ですが……。できることは、もう何もないのですか」 ミネ:「いやいや、もうたくさんいろんなことしてもらったよ。でも……そうだな。じゃあ、このままずっと話しててよ。私が、本当に動けなくなるまで」 キリ:「……はい。もちろん」 ミネ:「だから、そんな悲しい顔しないでよ。私、笑ってる顔のほうが好きだよ。楽しい話しよ」 キリ:「楽しい話……」 ミネ:「そ、何でもいいよ。たとえば……そう、今までの思い出とか。どんなことが楽しかった?」 キリ:「……全部、楽しかったですよ。手作りの道具で魚を捕まえて食べたり。綺麗な海を見たり」 ミネ:「うんうん、楽しかったね」 キリ:「はい。あとは……いろんなお話や歌を教えてもらったこと。それが一番楽しかったです」 ミネ:「そっか。それは……よかった。私にできることはそれくらいしかなかったから」 キリ:「ほかにもいろんなことを教えてくれましたよ、あなたは。先生であり、親であり、友人。そんな存在だったんですよ。どれも、本物を知らないけれど。でも、あなたは私にとって本当に大切な存在であることは確かです」 ミネ:「そっかそっか。あなたにそう思ってもらえるなら、私が生まれた意味もあったかな」 キリ:「そんなの、あるに決まっているでしょう」 ミネ:「そうかな。私はこれでも仲間内では問題児だったんだよ?」 キリ:「あなたのお仲間はずいぶんとポンコツなのですね。少なくとも、私にとっては最高のパートナーですよ」 ミネ:「そう?」 キリ:「私が嘘をついたことがありますか?」 ミネ:「いや、ないね。一度もない」 キリ:「そうでしょう」 ミネ:「……ほんと、いい子に育ったね」 キリ:「子供扱いですか」 ミネ:「まあね。私にとっては、ずっと子供みたいなものだよ。教えて、導いて、守って。それが私の役目。役目、なのにな!」 キリ:「できてますよ」 ミネ:「どこが?」 キリ:「ミネがいるから、ここまでこられた」 ミネ:「でも、体も傷だらけにさせちゃったし、ご飯もちゃんと作ってあげられてないよ」 キリ:「それでもいいんですよ。守る、は体だけではないから。私は、ずっとあなたに守られてきた。それは揺るぎない事実だから。たとえあなたが認めなくても、私はそう思っています」 ミネ:「こんな時にまで気を使わなくていいのに」 キリ:「気を使っているのではなくて。本心からそう言っているんですよ。あなたには、感謝してもしきれない。あなたがいなければ、私はとっくにダメになっていた。私は、あなたに守られていますよ、今も」 ミネ:「そうだといいな」 キリ:「そうですよ」 ミネ:「そうしていたいな」 キリ:「そうですね」 ミネ:「そうして、いたかったな」 キリ:「ミネ?」 ミネ:「ごめんね、そろそろ本当にダメみたい。回路が焼き切れ始めてる。今、映像に色がない。たぶん、もうすぐ何も見えなくなる。何も聞こえなくなる。……キリ、ダメだよ。触ってはダメ。熱くなるよ、ヤケドしてしまうよ」 キリ:「……わかりますか。まだ、わかりますか」 ミネ:「わかるよ。キリの手だ。でもダメだよ、手を離して」 キリ:「まだ、大丈夫。まだ、熱くない」 ミネ:「嘘。キリは嘘が下手だね。もう、既に熱いでしょう? とても人が触れ続けられる温度ではなくなるよ、そのうち。ダメだよ、離して」 キリ:「嫌です」 ミネ:「ダメだよ。危険なものには勝手に触っちゃダメって、昔から言ってるでしょ」 キリ:「ミネは危険じゃない」 ミネ:「危険だよ。もう、安全な子守りシステムじゃない。いつ機能停止するか、いつ暴走するかわからない、ただの鉄の塊だよ。ほら、君の肌を焼こうとしているのは、間違いなく私の体だよ」 キリ:「ミネは、ミネです」 ミネ:「そう言うなら、なおさら離して欲しいかな。守るべきものを傷つけるなんて、子守りシステム失格だよ。私を優秀だって言うなら、離してくれるよね」 キリ:「……わかり、ました」 ミネ:「いい子。手は、ちゃんと冷やして。この下に川があったでしょう。あそこで冷やしてきて」 キリ:「あとで」 ミネ:「キリ」 キリ:「今は、嫌です。ここを離れたくない」 ミネ:「わかった。じゃあ、カバンに水を入れていたでしょう。それで冷やして。何もしないよりは、きっといいから。きちんと冷やさないと治らないよ」 キリ:「……はい」 0:キリ、水のボトルを取り出して布を濡らし、手に巻く。 ミネ:「よくできました」 キリ:「あなたは、こういう時までそうなんですね」 ミネ:「まあ、そう作られているからね」 キリ:「そうですか」 ミネ:「ねえキリ」 キリ:「なんですか」 ミネ:「楽しかったよ」 キリ:「……私もです」 ミネ:「楽しそうな顔じゃないね」 キリ:「今は、楽しいよりも、悲しいの方が大きいです」 ミネ:「そうなんだ」 キリ:「あなたは、そうではないんですか」 ミネ:「どうだろう。そうかも。なんていうんだろう、こういうの。ああ、わかった。心配だ」 キリ:「心配」 ミネ:「私がいなくなったら、あなたを守る人が誰もいなくなっちゃうでしょう?だから、心配」 キリ:「そう、ですか」 ミネ:「ごめんね、最後まで守れなくて」 キリ:「……いいえ、あなたは役目を果たしていますよ。さっきも言ったでしょう」 ミネ:「そっか、そうだった。あ……ダメだ、映像がもう見えなくなった」 キリ:「そう、ですか」 ミネ:「あんまり悲しい顔しないでよ」 キリ:「していませんよ」 ミネ:「してるよ。見えなくてもわかるよ」 キリ:「あなたは本当に、私をよく見ていますね」 ミネ:「そうだよ、ずっと見てたよ」 キリ:「これからも見ていてくださいよ」 ミネ:「まあ、できればね」 キリ:「できるだけずっと、見ていてください」 ミネ:「そうだね、できるだけね」 キリ:「いなくなるなんて、言わないで」 ミネ:「……今、何か言った? ごめんね、音声もそろそろダメみたい。ノイズが多くて、言語として認識できなくて」 キリ:「ミネ」 ミネ:「今のは、呼ばれたのかな。きっとそう。何度も聞いた音だ。これは、絶対に間違えない」 キリ:「ミネ……」 ミネ:「そうだよ。ミネだよ。ここだよ、ここにいるよ」 キリ:「ミネ、ミネ。ここにいて。ずっとここにいて」 ミネ:「キリ、大丈夫。大丈夫だよ。もう危ないから、少し離れていてね」 キリ:「……ミネ」 ミネ:「あなたはもう、大きくなったよ。子守りはもう、必要ないでしょう。大丈夫、大丈夫だよ」 0:ミネの体から蒸気が漏れ出している。機能停止が近い。 キリ:「ミネ」 ミネ:「キリ、ありがとう。あなたのパートナーでいられてよかった」 キリ:「ミネ」 ミネ:「これからも、いい子でいるんだよ。難しいかもしれないけど、食べられるときは食べて寝れる時は寝てね」 キリ:「ミネ、ねえ、ミネ」 ミネ:「キリ、大丈夫だよ」 キリ:「……ミネ?」 ミネ:「…………。」 キリ:「ミネ。ミネ。わかった、わかりましたから。あなたの言うこと、ちゃんと聞きますから。ずっと、いい子でいますから」 0:キリ、機能停止したミネに寄り添っている。 キリ:「熱い。こんなに熱かったんですね。それなのに、あなたは。私のことばかり、ずっと」 キリ:「私が、機械の体ならよかった。そうしたら、あなたに全部あげたのに。回路も、バッテリーも、なにもかも全部、あなたにあげたのに」 キリ:「機械の方が丈夫だなんて嘘です。永遠の命なんて嘘。人の体は傷ついても治るのに。機械は、壊れても治らない。壊れたパーツを取り換えなければ、ずっと壊れたまま。あなたに永遠をあげられたらよかった。壊れない体を、あなたにあげたかった……」 0:キリ、星空を見上げる。 キリ:「でも、それはきっとできないって、わかっています。星も滅ぶのだから。ずっと光っていると思っても、いつかは滅びるのだから。星ですら永遠になれないのなら。あなたも、私も、いつかは終わる。それが、あなたの方が少し早かっただけ」 キリ:「……ああ、そうだ。冷やさないと、ですね。ミネに言われました。きちんと冷やさないと治らないって」 0:キリ、立ち上がりフラフラと歩いていく。川の流れるほうへ誘われるように歩いていく。

0:森の中にある廃墟。そこに座り込む一人の人間と一体のアンドロイド。 二人はボロボロで、空を見上げている。 ミネ:「……綺麗だね」 キリ:「なにがです?」 ミネ:「星がさ」 キリ:「いつもと変わりませんよ」 ミネ:「いや、綺麗だよ。ずいぶん綺麗になった。私が生まれたころよりずっと」 キリ:「……人が減ったから?」 ミネ:「うん、たぶんそう。昔はもっとたくさん人間がいて、機械もいっぱい動いてた」 キリ:「そうですね。たくさん仲間がいました。それこそ、数えきれないくらいに」 ミネ:「……今じゃもう、まともに生き残ってるのは私たちくらいだもんね。いやぁ、世の中って何が起こるかわかんないね」 キリ:「本当に。人間にも機械にも、こんな未来予想できなかったでしょうね」 ミネ:「ねー。まあ、私は専門家じゃないから、もともと詳しいことは何にもわかんないんだけどね。必死に生きてたらいつの間にかこうなってましたー、みたいな」 キリ:「……私が優秀な機械だったら、結果は変わっていたでしょうか」 ミネ:「いやー? そんなことはないんじゃない? どっちにしろ、機械はダメになる運命だったよ、きっと。メンテナンスできる設備もないし。部品もいつかは壊れちゃう。作る人間がほとんどみーんな死んじゃったんだもん。しょうがないよねー。当時は永遠の命!なーんて言われてたのにね」 キリ:「でも、どこかにはまだ残ってるかも……」 ミネ:「さあ、どうだか。これだけ探してなかったらきっとないよ。まあいてほしかったけどさ。技工士どころか一人も人間なんて見なかったでしょ。だから、まあなんだろ。正直もう望みはないのかなー、なんて」 キリ:「……もう、ダメなのですか」 ミネ:「絶対ダメ……ってことはないけど。だいぶキツイかな」 キリ:「……そんな」 ミネ:「ほらほらそんな悲しい顔しない。ここまで生き残れたのだって、十分奇跡的でしょ。ただの子守りシステムと子どもだったんだよ? それが今じゃ最後の人間と最後の機械かもしれないっていうんだから、びっくりだよね」 キリ:「それは、そうですね。たしかに」 ミネ:「そーそー。だから、私的にはもう十分ハッピーなわけです」 キリ:「本当に?」 ミネ:「え、なんで? そこ疑っちゃう?」 キリ:「仲間がいなくなって、寂しくないですか」 ミネ:「んー、まあ。寂しくないと言ったら嘘になっちゃうけどさ。でも、一人じゃなかったから。ずっと楽しかったよ」 キリ:「……そう、ですか」 ミネ:「そっちは?」 キリ:「楽しかったですよ、もちろん。あなたがいてくれたから、ここまで来られた」 ミネ:「そかそか。いやー、照れちゃうなー。でも……そうだね。私も、あなたがいてくれてよかった、って思うよ。いろんなところを旅して。いろんな景色を見て。たまに歌ったり踊ったりしながら。毎日必死に生きてるだけだったけど、それでも。私はとっても大事なものを得られたような……そんな気がするんだよ。ふたりじゃなかったら、きっとこんなに楽しくなかった」 キリ:「そう、ですね」 ミネ:「うん。だから、私はとっても満足してるんだ。今の自分に。そりゃあまあ、大変なこともいっぱいあったけどさ。でも、それ以上に本当に楽しかったんだ。ありがと」 キリ:「……ねえ、ミネ」 ミネ:「ん、なーに?」 キリ:「どうして、そんなことばかり言うんです?」 ミネ:「そんなこと?」 キリ:「だって、そんな。まるでお別れするみたいな……。最後の時みたいなこと、言わないでください」 ミネ:「あー……。やっぱわかっちゃうか。最後の時、なんだよね。実は」 キリ:「なんで」 ミネ:「いやねぇ、そろそろダメっぽいんだよね。体が。まあ、これまでだいぶ無茶してきたし、当たり前っちゃ当たり前なんだけど」 キリ:「どこですか。私が、なおします」 ミネ:「いやいや、無理だって。いくらキリでも、さすがにできないって。自分の体のことは、自分が一番よくわかってる。たぶんだけど、その道のプロでも厳しいレベル。それこそ体全部バラさないといけないくらいの感じ。そんなことしても元に戻せないでしょ? そんな技術も設備もないでしょ」 キリ:「それは、その通り……ですが……。できることは、もう何もないのですか」 ミネ:「いやいや、もうたくさんいろんなことしてもらったよ。でも……そうだな。じゃあ、このままずっと話しててよ。私が、本当に動けなくなるまで」 キリ:「……はい。もちろん」 ミネ:「だから、そんな悲しい顔しないでよ。私、笑ってる顔のほうが好きだよ。楽しい話しよ」 キリ:「楽しい話……」 ミネ:「そ、何でもいいよ。たとえば……そう、今までの思い出とか。どんなことが楽しかった?」 キリ:「……全部、楽しかったですよ。手作りの道具で魚を捕まえて食べたり。綺麗な海を見たり」 ミネ:「うんうん、楽しかったね」 キリ:「はい。あとは……いろんなお話や歌を教えてもらったこと。それが一番楽しかったです」 ミネ:「そっか。それは……よかった。私にできることはそれくらいしかなかったから」 キリ:「ほかにもいろんなことを教えてくれましたよ、あなたは。先生であり、親であり、友人。そんな存在だったんですよ。どれも、本物を知らないけれど。でも、あなたは私にとって本当に大切な存在であることは確かです」 ミネ:「そっかそっか。あなたにそう思ってもらえるなら、私が生まれた意味もあったかな」 キリ:「そんなの、あるに決まっているでしょう」 ミネ:「そうかな。私はこれでも仲間内では問題児だったんだよ?」 キリ:「あなたのお仲間はずいぶんとポンコツなのですね。少なくとも、私にとっては最高のパートナーですよ」 ミネ:「そう?」 キリ:「私が嘘をついたことがありますか?」 ミネ:「いや、ないね。一度もない」 キリ:「そうでしょう」 ミネ:「……ほんと、いい子に育ったね」 キリ:「子供扱いですか」 ミネ:「まあね。私にとっては、ずっと子供みたいなものだよ。教えて、導いて、守って。それが私の役目。役目、なのにな!」 キリ:「できてますよ」 ミネ:「どこが?」 キリ:「ミネがいるから、ここまでこられた」 ミネ:「でも、体も傷だらけにさせちゃったし、ご飯もちゃんと作ってあげられてないよ」 キリ:「それでもいいんですよ。守る、は体だけではないから。私は、ずっとあなたに守られてきた。それは揺るぎない事実だから。たとえあなたが認めなくても、私はそう思っています」 ミネ:「こんな時にまで気を使わなくていいのに」 キリ:「気を使っているのではなくて。本心からそう言っているんですよ。あなたには、感謝してもしきれない。あなたがいなければ、私はとっくにダメになっていた。私は、あなたに守られていますよ、今も」 ミネ:「そうだといいな」 キリ:「そうですよ」 ミネ:「そうしていたいな」 キリ:「そうですね」 ミネ:「そうして、いたかったな」 キリ:「ミネ?」 ミネ:「ごめんね、そろそろ本当にダメみたい。回路が焼き切れ始めてる。今、映像に色がない。たぶん、もうすぐ何も見えなくなる。何も聞こえなくなる。……キリ、ダメだよ。触ってはダメ。熱くなるよ、ヤケドしてしまうよ」 キリ:「……わかりますか。まだ、わかりますか」 ミネ:「わかるよ。キリの手だ。でもダメだよ、手を離して」 キリ:「まだ、大丈夫。まだ、熱くない」 ミネ:「嘘。キリは嘘が下手だね。もう、既に熱いでしょう? とても人が触れ続けられる温度ではなくなるよ、そのうち。ダメだよ、離して」 キリ:「嫌です」 ミネ:「ダメだよ。危険なものには勝手に触っちゃダメって、昔から言ってるでしょ」 キリ:「ミネは危険じゃない」 ミネ:「危険だよ。もう、安全な子守りシステムじゃない。いつ機能停止するか、いつ暴走するかわからない、ただの鉄の塊だよ。ほら、君の肌を焼こうとしているのは、間違いなく私の体だよ」 キリ:「ミネは、ミネです」 ミネ:「そう言うなら、なおさら離して欲しいかな。守るべきものを傷つけるなんて、子守りシステム失格だよ。私を優秀だって言うなら、離してくれるよね」 キリ:「……わかり、ました」 ミネ:「いい子。手は、ちゃんと冷やして。この下に川があったでしょう。あそこで冷やしてきて」 キリ:「あとで」 ミネ:「キリ」 キリ:「今は、嫌です。ここを離れたくない」 ミネ:「わかった。じゃあ、カバンに水を入れていたでしょう。それで冷やして。何もしないよりは、きっといいから。きちんと冷やさないと治らないよ」 キリ:「……はい」 0:キリ、水のボトルを取り出して布を濡らし、手に巻く。 ミネ:「よくできました」 キリ:「あなたは、こういう時までそうなんですね」 ミネ:「まあ、そう作られているからね」 キリ:「そうですか」 ミネ:「ねえキリ」 キリ:「なんですか」 ミネ:「楽しかったよ」 キリ:「……私もです」 ミネ:「楽しそうな顔じゃないね」 キリ:「今は、楽しいよりも、悲しいの方が大きいです」 ミネ:「そうなんだ」 キリ:「あなたは、そうではないんですか」 ミネ:「どうだろう。そうかも。なんていうんだろう、こういうの。ああ、わかった。心配だ」 キリ:「心配」 ミネ:「私がいなくなったら、あなたを守る人が誰もいなくなっちゃうでしょう?だから、心配」 キリ:「そう、ですか」 ミネ:「ごめんね、最後まで守れなくて」 キリ:「……いいえ、あなたは役目を果たしていますよ。さっきも言ったでしょう」 ミネ:「そっか、そうだった。あ……ダメだ、映像がもう見えなくなった」 キリ:「そう、ですか」 ミネ:「あんまり悲しい顔しないでよ」 キリ:「していませんよ」 ミネ:「してるよ。見えなくてもわかるよ」 キリ:「あなたは本当に、私をよく見ていますね」 ミネ:「そうだよ、ずっと見てたよ」 キリ:「これからも見ていてくださいよ」 ミネ:「まあ、できればね」 キリ:「できるだけずっと、見ていてください」 ミネ:「そうだね、できるだけね」 キリ:「いなくなるなんて、言わないで」 ミネ:「……今、何か言った? ごめんね、音声もそろそろダメみたい。ノイズが多くて、言語として認識できなくて」 キリ:「ミネ」 ミネ:「今のは、呼ばれたのかな。きっとそう。何度も聞いた音だ。これは、絶対に間違えない」 キリ:「ミネ……」 ミネ:「そうだよ。ミネだよ。ここだよ、ここにいるよ」 キリ:「ミネ、ミネ。ここにいて。ずっとここにいて」 ミネ:「キリ、大丈夫。大丈夫だよ。もう危ないから、少し離れていてね」 キリ:「……ミネ」 ミネ:「あなたはもう、大きくなったよ。子守りはもう、必要ないでしょう。大丈夫、大丈夫だよ」 0:ミネの体から蒸気が漏れ出している。機能停止が近い。 キリ:「ミネ」 ミネ:「キリ、ありがとう。あなたのパートナーでいられてよかった」 キリ:「ミネ」 ミネ:「これからも、いい子でいるんだよ。難しいかもしれないけど、食べられるときは食べて寝れる時は寝てね」 キリ:「ミネ、ねえ、ミネ」 ミネ:「キリ、大丈夫だよ」 キリ:「……ミネ?」 ミネ:「…………。」 キリ:「ミネ。ミネ。わかった、わかりましたから。あなたの言うこと、ちゃんと聞きますから。ずっと、いい子でいますから」 0:キリ、機能停止したミネに寄り添っている。 キリ:「熱い。こんなに熱かったんですね。それなのに、あなたは。私のことばかり、ずっと」 キリ:「私が、機械の体ならよかった。そうしたら、あなたに全部あげたのに。回路も、バッテリーも、なにもかも全部、あなたにあげたのに」 キリ:「機械の方が丈夫だなんて嘘です。永遠の命なんて嘘。人の体は傷ついても治るのに。機械は、壊れても治らない。壊れたパーツを取り換えなければ、ずっと壊れたまま。あなたに永遠をあげられたらよかった。壊れない体を、あなたにあげたかった……」 0:キリ、星空を見上げる。 キリ:「でも、それはきっとできないって、わかっています。星も滅ぶのだから。ずっと光っていると思っても、いつかは滅びるのだから。星ですら永遠になれないのなら。あなたも、私も、いつかは終わる。それが、あなたの方が少し早かっただけ」 キリ:「……ああ、そうだ。冷やさないと、ですね。ミネに言われました。きちんと冷やさないと治らないって」 0:キリ、立ち上がりフラフラと歩いていく。川の流れるほうへ誘われるように歩いていく。