台本概要
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タイトル | 心の国のアリス~アリス第一章~ |
---|---|
作者名 | 天道司 |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 5人用台本(女1、不問4) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
自由に演じて下さい
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キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
アリス | 女 | 114 | 自殺願望のある少女。 |
帽子屋 | 不問 | 70 | 空っぽな存在。心を求めている。 |
三月うさぎ | 不問 | 59 | お調子者のうさぎ。 |
ハートの女王 | 不問 | 46 | 傲慢な女王。 ※兼ね役…妖精 |
チェシャ猫 | 不問 | 45 | 不思議な猫。 ※兼ね役…ナレ |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
ナレ:おやっ?真夜中、チェシャ猫と三月うさぎが小さな雲の上にちょこんと座り、下界の様子をじっと眺めているよ。
チェシャ猫:「みなさん、おはようございます。こんにちは。こんばんは。吾輩は、この物語の道先案内人のチェシャ猫」
チェシャ猫:「吾輩は今まで、数え切れない程のアリスを不思議の国へと送り出してきた」
チェシャ猫:「そして、今回もアリスを不思議の国へと送り出そうと思っているんだ。今回のアリスは、どの子にしようかな…」
三月うさぎ:「なぁなぁ、誰に話しかけているんだい?そもそも、どうして、不思議の国にアリスが必要なんだい?」
チェシャ猫:「そりゃあ、不思議の国の物語には、アリスは必要だろ?」
チェシャ猫:「例えるなら、カレーライスにカレーのルーを必要とするように、クリスマスにサンタを必要とするように」
チェシャ猫:「不思議の国には、アリスが必要不可欠なのさ!」
三月うさぎ:「あぁ、それなら、なんとなくだけど、わかったよ。アリスがいなければ、お茶会も始められないからね」
チェシャ猫:「そうだね。お茶会には、お茶と同じくらいには、アリスが必要だ。あれっ…おやおや?」
ナレ:あぁ、チェシャ猫は、一人の少女の様子が気になって、ずっと目で追っているね。
チェシャ猫:「なぁ、あの子なんて、どうだろう?」
三月うさぎ:「うん?どれどれ?どの子?」
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チェシャ猫:「あの子だよ。今、橋の上から川に飛び込もうとしている子」
三月うさぎ:「川に飛び込む?趣味なのかな?」
チェシャ猫:「趣味かも知れないし、そうじゃないかも知れない」
チェシャ猫:「多分、人間の体でアレをすると、痛い目を見ることになる。高い確率で命も落とす」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!助けにいかなきゃ!」
チェシャ猫:「別に助ける必要はないだろうけど、不思議の国にはアリスが必要だから、あの子にしよう」
三月うさぎ:「あいおっ!じゃあ、時間を止めるよ!」
ナレ:おっと!三月うさぎは、タキシードの胸ポケットから懐中時計をカッコ良く取り出し、赤いボタンを押したよ。すると、どうだろう…。
ナレ:世界中の時がピタリと止まった。それは、まさに、音の消えた世界…。
チェシャ猫:「じゃあ、いこうか…」
ナレ:ん?チェシャ猫と三月うさぎは、空中をふわふわと浮遊し、アリスのそばまで近づく。
ナレ:そして、三月うさぎが懐中時計の黄色のボタンを押すと、アリスの時間だけが動き出した。
三月うさぎ:「やぁ、アリス!」
アリス:「えっ?アリス?」
チェシャ猫:「そう、君はアリス!」
アリス:「私は、アリスなんて名前じゃない。私の名前は…」
アリス:「あれっ?思い出せない…」
チェシャ猫:「なぜなら、君はアリスだから!君こそがアリスだから!」
三月うさぎ:「そうだよ!元の名前なんて、どうだっていい。元の記憶なんて、どうだっていい。今日から、今この瞬間から、君はアリスなんだ!」
アリス:「えっ?私、どうして、こんなところにいるんだろう…。何も思い出せない…」
チェシャ猫:「思い出す必要なんてないのさ。なぜなら、君はアリス。これから、アリスとして生きてゆけば良いのさ!」
三月うさぎ:「そうだよ!そうだよ!さぁ、行こう!不思議の国へ!」
アリス:「不思議の国?」
チェシャ猫:「うんうん。ただ、今の君は、普通だ」
三月うさぎ:「そうだね。普通だ」
アリス:「普通?」
チェシャ猫:「普通のまま不思議の国に行けば、すぐに命を落とす」
三月うさぎ:「命を落とす」
アリス:「えっ?私、死んじゃうの?」
ナレ:ふふふ…。チェシャ猫は、不敵な笑みを浮かべ、三月うさぎの頭の毛を力まかせにむしりとった!
三月うさぎ:「痛いっ!何をするのさ!」
チェシャ猫:「ふーっ…」
ナレ:おっ?むしり取った毛に、チェシャ猫が軽く息を吹きかけると…。
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ナレ:おや?先っぽに青い宝石の付いた杖が現れた。そして、その杖をアリスに手渡した。
アリス:「くれるの?」
チェシャ猫:「それは元々、君のものだ」
三月うさぎ:「違うだろ!僕の頭の毛だろ!」
チェシャ猫:「三月うさぎ、そんなことは、どうでも良いだろ?今度のアリスは、魔法の杖を使えるんだ。それだけで、ワクワクしないかい?」
三月うさぎ:「確かに……。わくわくするね!」
チェシャ猫:「そうだろ!そうだろ!」
アリス:「この杖は、一体何なの?」
チェシャ猫:「ふふっ。どんな願い事も叶えてくれる魔法の杖さ!」
アリス:「どんな願い事も?」
チェシャ猫:「そう、どんな願い事もね!しかも、回数制限はない。アリスが望めば、望んだ数だけ願いを叶える!それは、まさに無限に!」
三月うさぎ:「えっ!そんなに良いものなの?だったら、にんじん!にんじんを出してよ!」
三月うさぎ:「元々は僕の頭の毛だったんだから、それくらい叶えてくれても良いだろ?」
アリス:「にんじん?どうすれば良いの?」
チェシャ猫:「にんじんよ、出ろ!って叫びながら杖を振る。難しい魔法の言葉はいらない。言葉は、そのまんまでも魔法の力を秘めているからね」
アリス:「わかった…いくよ?」
三月うさぎ:「わくわく!どきどき!」
アリス:「にんじんよ、出ろ!」
ナレ:おっ!アリスの振った杖の先から、一本のにんじんが出てきた。
三月うさぎ:「うわーっ!やったーっ!これ、もらうね!食べて良い?食べて良い?」
アリス:「どっ、どうぞ…」
三月うさぎ:「ありがとう!いただきます!」
ナレ:三月うさぎは、にんじんを一飲みしちゃったよ。すごく嬉しそうだ。
チェシャ猫:「さて、これで普通だったアリスは、普通じゃなくなった。不思議の国でも、多分、きっと、生きていけるはず…」
三月うさぎ:「じゃあ、いよいよなんだねw」
チェシャ猫:「ふふふ…」
アリス:「えっ?何なの?」
ナレ:チェシャ猫は、大きく口を開くと、アリスを一飲みした。
アリス:「いやあああーっ!」
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ナレ:アリスが目を覚ますと知らない森の中にいた。
帽子屋:「あれ?君は…アリスだよね?」
アリス:「ここは…どこ?」
帽子屋:「ここは知らない森だよ。ねぇ、君はアリスだよね?」
アリス:「アリス?元々は別の名前だった気がするけど、アリスが今の私の名前な気がする」
帽子屋:「あぁ、やっぱり君がアリスなんだ!ようこそ、知らない森へ」
アリス:「知らない森…。どうして、そんな変な名前なの?」
帽子屋:「じゃあ、ここは、『知らない森』じゃなくて『変な森』ってことにしよう」
アリス:「意味がわからない」
帽子屋:「意味なんていらないのさ。アリスは、アリスこそがこの世界に意味を与える存在なんだよ」
アリス:「どういうことなの?」
帽子屋:「そのまんまの意味さ!」
アリス:「…ん?あれ?何か、お腹が減ってきたな」
帽子屋:「僕もだ。今度のアリスは魔法が使えるって聞いてるよ。君の魔法で何か食べるものを出してよ!」
帽子屋:「あと、ついでに、食事をするための椅子とテーブルも用意してくれるとありがたい」
アリス:「椅子とテーブルもね…。できるかわからないけど」
帽子屋:「できるさ!今のアリスならね!」
ナレ:おっ!アリスは真剣な目で杖を構えた。
アリス:「テーブルと椅子、ビーフシチューに、オレンジジュースよ、それぞれ二人分出ろっ!」
ナレ:アリスの構えた杖の先から、テーブルと椅子、ビーフシチューに、オレンジジュースが、それぞれ二人分出てきたよ。
帽子屋:「ブラボー!エクセレント!ワンダフォーィ!」
アリス:「ほんとに…出てきた」
帽子屋:「それじゃあ、さっそく、いただいても良いかな?あっ、スプーンとストローも出してもらえるかな?」
アリス:「わかった!」
ナレ:すばらしい!アリスは杖の魔力で、スプーンとストローを二本分出しちゃったよ。
帽子屋:「それじゃあ、いただこうか!」
アリス:「いただきまーす」
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ナレ:おっと…。場面は変わり、ここはハートの女王が住むお城だよ。
ハートの女王:「チェシャ猫、今度のアリスは私を楽しませてくれそうなの?」
チェシャ猫:「それは、まだ、わからないね」
三月うさぎ:「楽しませてくれると思うよ。なんたって僕の毛から出来た杖を持ってる」
ハートの女王:「まぁ!それは、つまり…」
チェシャ猫:「フフフ」
ハートの女王:「チェシャ猫!私も同じモノがほしいわ!」
チェシャ猫:「同じだけど同じじゃないモノで良ければ」
ハートの女王:「それでいいわ!」
チェシャ猫:「おおせのままに」
三月うさぎ:「うわっ!まさか!」
ナレ:なんてことだ!チェシャ猫は、三月うさぎの頭の毛を力まかせにむしり取り、息を吹きかけ、先っぽに青い宝石の付いた杖に変えた!
チェシャ猫:「どうぞ。同じだけど同じじゃないモノです」
ハートの女王:「フッ、フフフッ…。ハハハーッ!」
三月うさぎ:「もう、いい加減にしてくれよ!友達やめちゃうぞ?」
チェシャ猫:「吾輩は君と友達になった覚えはないよ」
三月うさぎ:「そんなっ!そんなっ!」
チェシャ猫:「そう悲観するなよ。吾輩と君とは、友達以上、恋人以上の関係なんだからさ」
ハートの女王:「フフッ。その通りね」
三月うさぎ:「あっ!そうか!そうだね!同じ物語の中で生きているから、僕らはこれから先、永遠の時の中で一心同体だ!」
チェシャ猫:「その通りだよ。この物語が終わってしまっても、また別の物語で、新しいアリスが生まれるたびに、吾輩たちもまた、新しく生まれ変わるんだ」
ハートの女王:「不愉快だけどね。たまには主役の座を私に譲ってくれても良いのよ?」
チェシャ猫:「それは、どうだろうね」
三月うさぎ:「僕も、一度で良いから主役になってみたいな」
ハートの女王:「あなたには無理よ。だって、うさぎだもの。うさぎはウサギなのよ」
チェシャ猫:「それもわからないよ。傲慢な女王よりも、主役になれる可能性は大いにあると思うけどね」
ハートの女王:「それは、嫌味だと受け取っても良いのかしら?」
チェシャ猫:「嫌味だと思われたなら、それは、まさに、紛れもなく嫌味だよ」
ハートの女王:「だまりなさいっ!」
ナレ:おおっ!ハートの女王が振った杖先から赤色の光が放たれ、チェシャ猫の口を赤いテープでふさいだよ。
ナレ:チェシャ猫は、テープをはがそうとするが、はがれない。とても苦しそうだ。
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
ハートの女王:「うるさいわね!あなたの口もふさいであげようかしら?」
三月うさぎ:「いやだーっ!」
ナレ:おっと!三月うさぎは、いちもくさんに城を抜け出した。チェシャ猫もいつの間にか、どこかに姿を消してしまったよ…。
ハートの女王:「やっぱり私は、一人きりなのね。お茶会を開きたいのだけど、招待状を送っても誰もこない」
ハートの女王:「たまには、そう、アリス…。今度のアリスは、私のお茶会に参加してくれないかしら?」
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ナレ:おや?場面は切り替わり、アリスと帽子屋が変な森の中を歩いているね。
帽子屋:「ねぇ、どこに向かって歩いているのさ?」
アリス:「わからない。でも、とにかく、この森を出ないとダメな気がして…」
帽子屋:「そもそもダメなことなんて、この世界に存在するのかい?」
アリス:「ダメなこと?それは、たくさんあるでしょ?」
帽子屋:「たとえば?どんなこと?」
アリス:「人を殺したらダメだし、物を盗んではダメだし、嘘をついてもダメ。ダメなことは、たくさんあるよ」
帽子屋:「へぇ、そんなことがダメなことなのか…。僕には、よくわからないな」
アリス:「え?どうして?」
帽子屋:「殺したい人がいれば殺せばいいし、ほしい物があれば盗めばいいし、嘘をつくのは楽しいし」
アリス:「意味がわからない!」
帽子屋:「僕だって、意味がわからないよ」
アリス:「あのね。まず、人を殺したら、殺された人の家族や恋人が悲しむでしょ?」
帽子屋:「家族や恋人がいなかったなら?誰も悲しむ人がいなかったなら?」
アリス:「あー…。でも、ほらっ、人を殺したら警察に捕まるでしょ?」
帽子屋:「警察?警察って何?」
アリス:「警察はね。悪いことをした人を捕まえる人」
帽子屋:「そんな人、この世界にはいないよ。そもそも悪いことって、どんなことなの?」
アリス:「悪いことは…。そーね…。人を悲しませたり、傷つけることだよ」
帽子屋:「どうして、人を悲しませたり、傷つけてはダメなの?」
アリス:「自分がそうされたくないから、それをしちゃダメなの」
帽子屋:「つまり、自分がされて嫌なことを他の人にしたらダメで、それを見張るために警察ってのがアリスの世界にはいるんだね?」
アリス:「そういうこと」
帽子屋:「だから、盗むことも嘘をつくことも、自分がされたら嫌だから、それをしたらダメってこと?」
アリス:「そういうことだよ」
帽子屋:「なんとなくだけど、わかった」
アリス:「あれ?」
帽子屋:「おっと!いきなり走り出して、どうしたんだい?」
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帽子屋:「って、これは一体…」
ナレ:お?この辺り一体の草木だけが全部枯れ果てているし、積み木のようなモノが無造作に散らばってるね。
アリス:「なんか、泣いてる声がしない?」
帽子屋:「泣いてる声?」
アリス:「こっち!」
帽子屋:「えっ?」
ナレ:アリスは再び走り出したので、帽子屋もそれに続いたよ。
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妖精:「ぐすっ…ううっ…」
アリス:「妖精?」
帽子屋:「妖精だね」
妖精:「ふぁっ!人間だ!人間だ!」
アリス:「あぁ、怖がらないで!大丈夫!」
妖精:「でも、人間はみんな悪いことをする。僕らの家も人間に壊された」
帽子屋:「人間に壊された?」
アリス:「もしかして、転がってるボロボロの積み木のこと?」
妖精:「そうだよ。アレは人間に壊された僕らの家だよ」
アリス:「人間が壊したのなら、人間の私が直すよ!」
妖精:「えっ?そんなことできるの?」
帽子屋:「できるさ!なんたって、彼女は、彼女こそが今度のアリスだからね!」
妖精:「アリス?アリスなの?」
アリス:「うっ、うん。多分、アリスだよ」
帽子屋:「ふっ。多分、アリスか…」
妖精:「ねぇ、どうやって、僕らの家を直すの?」
アリス:「魔法だよ」
ナレ:アリスは大きく深呼吸し、杖を構えた。
アリス:「枯れてる草木よ、命を取り戻せ!妖精の家よ、元に戻れ!」
ナレ:おお!アリスの振った杖の先から水色の光が飛び出し、枯れてる草木は命を取り戻し、妖精の家も?あれ?
アリス:「あれ?ボロボロの積み木が、新品の積み木になっただけ。家には戻ってない」
妖精:「そう。これは、僕らの家の部品だよ。でも、この状態なら、積み上げたら、また僕らの家になる!」
アリス:「もう一度、魔法を使ってみようか?この積み木を、家の形に積み上げてあげる!」
帽子屋:「だめだ」
アリス:「え?」
帽子屋:「この状態にしたのなら、あとは、妖精たちに積み上げさせるんだ」
アリス:「どうして?魔法で積み上げた方が簡単だし、早いでしょ?」
帽子屋:「だからさ」
アリス:「だから?」
帽子屋:「楽をしたモノは、楽に壊れる。そういうモノなんだ。妖精たちのことを本当に想っているのなら、彼らに積み上げさせるんだ」
アリス:「妖精たちに?」
妖精:「僕らの体を見てごらんよ!とっても小さい!小さい僕らに積み木を持ち上げる力はないよ!」
帽子屋:「でも、君たちは、たくさんいるだろ?」
妖精:「確かに、僕らはたくさんいる。パックに、フレイに、シルフに、ノームに、アクアに、ゲイルに、(ウィスプに、シャドウに…)」
帽子屋:「(さえぎって)もう、大丈夫!そう、友達がたくさんいるだろ?」
妖精:「友達?」
帽子屋:「そう、友達だよ。みんな、友達じゃないのかい?」
妖精:「友達って、なに?」
アリス:「友達っていうのはね、困った時に一緒に協力して、困難に立ち向かうものだよ」
妖精:「困った時に、一緒に協力する。それだけで、友達なの?」
アリス:「うーん…。楽しいことを一緒に楽しむのも友達」
妖精:「楽しいことを一緒に楽しむか…。それをすることに意味はあるの?」
アリス:「一緒に楽しむと、楽しいことも二倍になるの」
妖精:「楽しいことが二倍?そりゃあ、良いや!」
アリス:「でしょ!友達って、とっても良いものなのよ!」
妖精:「他には?他にはないの?友達って、どんなものなの?」
アリス:「他にかぁ…。うーん…。あっ!」
妖精:「なんだい?なんだい?」
アリス:「友達が悪いことをしている時に、それは悪いことだって、はっきり言ってあげる」
妖精:「友達が、それを悪いことだと思っていなければ、友達に嫌われちゃうかも知れないよ?友達じゃなくなってしまうかも知れないよ?」
アリス:「それでも言うの。友達のためにね」
妖精:「なんか、かっこいいね!友達!」
アリス:「でしょ!」
妖精:「僕は、みんなと友達になりたいな。アリスとも友達になりたい」
アリス:「私とも?」
妖精:「そう、アリスとも!」
アリス:「ありがとう。じゃあ、私たちは、もう、友達だね!」
帽子屋:「あっ!えっと…その。僕も…」
アリス:「帽子屋さんも友達だよ!ね?」
妖精:「そうだよ!そうだよ!帽子屋も友達さ!」
帽子屋:「それは…うん。嬉しいな」
妖精:「あのさ。僕ら、家を元に戻そうと思うんだ」
妖精:「そしてね。僕らは友達だから、みんなで力を合わせれば、積み木を持ち上げられるってことにも気づいたんだ」
アリス:「あぁ!それは、いいね!だったら、私も協力するよ。だって、私は友達でしょ?」
妖精:「ほんとかい?」
アリス:「ほんと!」
妖精:「わぁーい!やったーっ!」
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ナレ:アリスと帽子屋は、妖精たちと協力して、積み木の家を建て直した。
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妖精:「やった!やったー!僕らの家が元に戻ったーっ!」
アリス:「ふふっ。よかったね!」
三月うさぎ:「ビュッビュビューン!」
ナレ:おおっと!三月うさぎが猛烈な速さで駆けてくる!
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
アリス:「あっ!あなたは!」
ナレ:あ、あれ?三月うさぎは、アリスを無視して走り去って行ってしまったね。
アリス:「今のうさぎ!」
帽子屋:「ん?三月うさぎのことかい?」
アリス:「知ってるの?」
帽子屋:「あぁ。僕と同じ不思議の国のクリーチャーだからね」
アリス:「追いかけましょ!」
帽子屋:「え?どうして?」
アリス:「私を元の世界に戻してくれるかも知れないの!」
帽子屋:「あっ、あぁ。わかったよ」
妖精:「あれ?二人とも、行ってしまうの?」
帽子屋:「あぁ、またね!」
アリス:「またね!妖精さん!」
ナレ:アリスと帽子屋は、三月うさぎを追いかける。
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
アリス:「待って!待ってーっ!」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
帽子屋:「三月うさぎーっ!一旦立ち止まってくれないか!一体、何が大変なんだい?」
三月うさぎ:「ん?」
ナレ:三月うさぎは、急に立ち止まった!
三月うさぎ:「あ、あれ?帽子屋に…アリス?」
アリス:「はぁはぁ。ねぇ、何をそんなに急いでるの?」
三月うさぎ:「あれ?僕、急いでた?急いでた?」
帽子屋:「急いでたさ。そして、大変だ!って何度も叫んでた」
三月うさぎ:「そう、大変なんだ!とにかく大変なんだ!」
アリス:「とにかく大変?」
三月うさぎ:「ハートの女王が、アリスの持っている杖と同じモノだけど同じじゃない杖を手に入れてしまったんだ」
アリス:「ハートの女王?」
帽子屋:「今度のアリスは、まだハートの女王を知らないんだね。ハートの女王は、不思議の国における最凶最悪のヴィランさ!」
アリス:「ヴィラン?」
帽子屋:「悪役って意味さ。さっきアリスが言ってた『自分がされて嫌なこと』を平気でやってのける悪い奴さ」
三月うさぎ:「そうなんだよ!だから、あいつにあの杖が渡るのは、本当に危険なんだ!」
ナレ:んっ?突然、地震が起き、周囲の木が次々に燃え始めたよ!
帽子屋:「うっ、うわっ!地震だ!」
三月うさぎ:「火事だ!火事だ!森が燃えちゃう!」
アリス:「大丈夫。まかせて!」
ナレ:おっ!アリスは、杖を構えた。
アリス:「地震よ、止まれ!火よ、消えろ!」
ナレ:おお!アリスの振った杖の魔力で、一瞬にして地震はおさまり、火も消えたね!
帽子屋:「さっすが、アリスだ!」
三月うさぎ:「アリス、ありがとう!」
アリス:「えへへ」
ナレ:おっと!そこに突然、空から赤い光が降り注ぎ、アリスと帽子屋と三月うさぎが包み込まれてしまったよ!
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ナレ:ん?いつの間にか、アリス、帽子屋、三月うさぎは椅子に座っており、
ナレ:その前には、白くて長いテーブル。更に、その先にはハートの女王が不敵な笑みを浮かべて座っている。
ナレ:そう、ここはハートの女王のお城だね。
ハートの女王:「お茶会へ、ようこそ、アリス」
アリス:「え?あなたは誰?」
ハートの女王:「私は、私こそがハートの女王よ」
帽子屋:「不思議の国で一番危険な女だ」
ハートの女王:「だまりなさい!帽子屋!」
ナレ:あ!ハートの女王は杖の魔力で、帽子屋の口を赤いテープでふさいでしまった!
帽子屋:「んっ!んんっ!」
ハートの女王:「フフフ。滑稽(こっけい)ね!赤いテープは呪いのテープ。力ずくでは決して外れない」
三月うさぎ:「大変だ…大変だ…」
アリス:「ちょっと!可哀想よ!」
帽子屋:「んっ!んんっ!」
ナレ:アリスが帽子屋の口をふさいでいるテープをはがそうと、杖を構えると…。
ハートの女王:「アリスの杖よ!すぐに消えなさい!」
ナレ:あっ!アリスが杖の力を使うよりも速く、ハートの女王はアリスの杖を消し去ってしまったよ!
アリス:「はっ!?」
ハートの女王:「これで私に逆える力はなくなった。フフフ…。ハハハーッ!」
三月うさぎ:「大変だ…大変だ…」
アリス:「一体、あなたは何が目的なの?」
ハートの女王:「目的?そんなの決まってるじゃない?私はアリスとお茶会がしたいだけよ」
アリス:「私と?お茶会?」
ハートの女王:「そうよ。お茶会。紅茶と砂糖とミルクよ、出なさいっ!」
ナレ:おっ!それぞれの席の前に、突然、紅茶と砂糖とミルクが用意された。
ハートの女王:「さぁ、お茶会の始まりよ。あぁ、音楽があると盛り上がるわね。帽子屋!ヴァイオリンでヴィヴァルディの四季を弾きなさい!」
帽子屋:「んっ!んんっ!」
ナレ:うわっ!ハートの女王の杖の魔力に射抜かれ、帽子屋は立ち上がり、ヴァイオリンでヴィヴァルディの四季を弾き始めたよ。
帽子屋:「んんっ!んんっ!」
ハートの女王:「あぁ…いいわね。これこそ、お茶会よ」
三月うさぎ:「大変だ…大変だ…」
ハートの女王:「三月うさぎ!」
三月うさぎ:「はっ、はいっ!」
ハートの女王:「大変なことは…何も…ないわよね?」
三月うさぎ:「はい!大変なことは…何も…ありません!」
ハートの女王:「フフフ…よろしい…。さささ、遠慮せずに、紅茶をお飲みになって」
アリス:「(小声で)ねぇ、うさぎさん、この紅茶に毒とか入ってないよね?」
三月うさぎ:「(小声で)かなりの高確率で何らかの毒が入っていると思う」
アリス:「(小声で)何らかの毒?」
三月うさぎ:「(小声で)うん。すぐに死ぬ毒ではないと思う。ハートの女王は他人が苦しむ姿を見るのが好きだから」
三月うさぎ:「カエルに変えられるか、体が小さくなるか、あべこべの言葉しか言えなくなるか。そういった感じの呪いにはかかると思う」
ハートの女王:「ちょっと!何をこそこそ話しているの!私も混ぜなさい!その、雑談に!」
アリス:「あのぉ、この紅茶に毒は入っていますか?」
三月うさぎ:「おい!直球すぎるだろ!その質問は!」
ハートの女王:「あぁ…いいわね…雑談…。これこそが、お茶会。良い紅茶に、良い音楽に、良い雑談、完璧なお茶会だわ」
三月うさぎ:「(小声で)どこが良いお茶会なんだよ」
ハートの女王:「はぁん?何か言った?クソうさぎが!」
三月うさぎ:「いいえ!滅相もありません!」
アリス:「あの、もう一度聞くけど、毒は入っていないの?」
ハートの女王:「毒?フフフ…。そんなもの入れてどうするのよ?」
アリス:「私の体を小さくしたり、あべこべの言葉を言わせたり」
ハートの女王:「なにそれ?面白そうだけど、今回はそんなことしないわ。だって、主役というモノは、そんな意地悪なこと、しないモノでしょ?」
三月うさぎ:「(小声で)今でも充分に意地悪っ」
ハートの女王:「(さえぎるように)クッキーになりなさいっ!」
三月うさぎ:「あっ!」
ナレ:ああっ!ハートの女王が振った杖から赤い光が放たれ、それを浴びた三月うさぎは、クッキーに姿を変えられてしまった!
アリス:「ああっ!」
帽子屋:「んんっ!んんっ!」
ハートの女王:「食べなさい。そのクッキー。お茶会なんだから、お茶菓子は必要でしょ?」
ナレ:おや?アリスは、クッキーに変えられた三月うさぎを拾い上げ、ポケットにしまったよ。
ハートの女王:「それは、どういうつもりなの?」
アリス:「私は、あなたが嫌い」
ハートの女王:「私は、あなたが大好きよ。それなのに、どうして、あなたは私のことを嫌うの?」
アリス:「嫌なことばかりするから、あなたのことが嫌いなのよ!」
ハートの女王:「いつ?どこで?どんな?私は、あなたの嫌がることなんて、何一つしていないわ!」
アリス:「それがわからないから、あなたは主役になれないのよ!」
ハートの女王:「なんですって!」
チェシャ猫:「(さえぎって)よく言った!アリス!」
ナレ:おおっ!アリスの目の前に、突然、チェシャ猫が現れた!
アリス:「あなたは!」
チェシャ猫:「ふふーん。吾輩はアリスを助けにきたヒーロー?なのかな?あと、これっ!」
ナレ:ひょいっ!チェシャ猫は、先ほどハートの女王の杖の魔力で消された杖をアリスに手渡した。
アリス:「ありがとう。これで、彼女と戦える!」
ナレ:おっ!?アリスは、杖の先をハートの女王に向けた!
ハートの女王:「私と戦おうというの?面白いっ!」
ナレ:おおっ!ハートの女王も杖の先をアリスに向けた!
アリス:「(ハートの女王と同時に)優しくなれ!」
ハートの女王:「(アリスと同時に)従順(じゅうじゅん)になれ!」
ナレ:びゅびゅーんっ!きゅどーん!青い光と赤い光は、ぶつかり合い、青い光が赤い光を飲み込み、ハートの女王に直撃した!
ハートの女王:「うっ、うわああああーっ!」
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チェシャ猫:「やっぱり今回もアリスが勝ったね。さすが、主役だ!」
アリス:「私、勝ったの?」
チェシャ猫:「あぁ、大勝利さ!」
ナレ:おやっ?アリスのポケットの中から、クッキーに変えられた三月うさぎが、元の三月うさぎの姿に戻って飛び出し、帽子屋の呪いも解けたよ!
三月うさぎ:「ありがとう!アリス!」
帽子屋:「助かったよ!アリス!」
アリス:「いえいえ、どういたしまして!」
ハートの女王:「みなさん、私…。みなさんにとても酷いことをしてしまいました…。ごめんなさい…」
帽子屋:「すごく不愉快な気持ちになったけど、反省をしているのなら、許すよ」
三月うさぎ:「あれっ?ハートの女王、何か別人みたいで…。気持ち悪っ(小声で)」
ハートの女王:「気持ち悪くて、ごめんなさい」
三月うさぎ:「ううわっ!気持ち悪っ!」
アリス:「それにしても、どうして同時に杖から光が出ていたのに、私の方が勝てたんだろう…」
チェシャ猫:「それはね…。ハートの女王の想いよりも、アリスの想いの方が強かったからなんだよ」
アリス:「どうして、私の想いの方が強かったの?」
チェシャ猫:「人は、願いが簡単に叶ってしまう状況に置かれるとね。生きる目的さえも失ってしまう」
チェシャ猫:「ハートの女王は、願いを簡単に、無闇やたらに叶えすぎた。そして、想いのベクトルもアリスとは違っていた」
アリス:「想いのベクトル?」
チェシャ猫:「ハートの女王は、相手を困らせ、傷つけることに力を使うことに対し、アリスは常に誰かを思いやる気持ちで力を使っていた」
チェシャ猫:「だから、勝てたんだよ。自己中心的な想いには、奇跡も力を貸さない。優しさ、思いやりの気持ちに、奇跡は力を貸し、そういうところに、人は集まる」
帽子屋:「ん?チェシャ猫って、そういうキザなことを言うキャラだったっけ?」
チェシャ猫:「あぁ、今回のアリスの物語では、そういう役割を当てられたのだよ」
三月うさぎ:「いーなー。うらやましいなぁ」
ハートの女王:「あのっ、チェシャ猫さん、私もなれるでしょうか?アリスさんのような、優しい心を持った人間に…」
チェシャ猫:「ふふっ。優しく在りたいと思うことこそが、優しい心の始まりなのだよ。心配せずとも、その気持ちを、その記憶を」
チェシャ猫:「次のアリスの物語の開幕時まで忘れなければ、いずれはハートの女王も主役になれる日がくるかも知れないし、こないかも知れない」
ハートの女王:「いいえ、主役だなんて、私のような人間には、もったいないです。私は罪を重ねすぎた…」
三月うさぎ:「そーだ!そーだ!僕をクッキーにするなんて、酷いやつだ!あっかんべー!」
ハートの女王:「その節は、本当に申し訳ありません…」
チェシャ猫:「さて、そろそろ時間かな…。三月うさぎ!」
三月うさぎ:「あいおっ!」
ナレ:三月うさぎは、タキシードの胸ポケットから懐中時計を取り出し、青いボタンを押したよ。すると、世界は、まばゆい光に包まれた…。
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ナレ:すーっと気が付くと、アリスは、最初にチェシャ猫と三月うさぎと出会った橋のそばにいた。
アリス:「私、何やってたんだろう…」
帽子屋:「死のうとしてたんだよね?」
アリス:「うん…」
アリス:「親に怒られたから死にたい。雨が降ったから死にたい。お腹が減ったから死にたい」
アリス:「そんな、くだらない理由で、私は死にたいの。死のうとしてたの」
帽子屋:「それは、本当に、くだらない理由なの?」
アリス:「え!?」
帽子屋:「君にとっては、くだらない理由じゃないだろ?」
帽子屋:「君以外の誰が何を思おうと、君に『あたりまえ』を押し付けてきても」
帽子屋:「君の中では、それは、くだらない理由じゃないだろ?」
アリス:「くだらない理由よ!知ったふうな口を利かないで!私は、くだらない人間。ダメな人間なの!」
帽子屋:「僕にとっては、ダメな人間じゃない。好きな人間。好きな人だよ」
アリス:「私が、あなたの好きな人?」
アリス:「私は、愛を信じない。信じられないの」
アリス:「汚いモノばかりを見てきたから…。私の周りも、みんな、汚いモノばかりだったから…」
帽子屋:「本当にそうかい?君はきっと、本当に美しいモノが怖いだけなんだよ」
帽子屋:「それを認めたら、今までの自分の生き方の全てが否定されるような気がして、怖いんだよ」
アリス:「そんなことない!そんなこと、絶対にない!そもそも、あなたに私の何がわかるっていうの!」
帽子屋:「わかるよ…。君は、こんなに優しいじゃないか…。僕をこんなに…」
帽子屋:「こんなに優しい気持ちにさせてくれたじゃないか」
帽子屋:「この物語を書かせてくれたじゃないか!」
アリス:「だから何!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!消えて!私の前から、今すぐ、いなくなって!」
帽子屋:「…わかった。さようなら…」
0:【間】
アリス:「待って!」
帽子屋:「…」
アリス:「ありがとう…」
0:【長い間】
チェシャ猫:「音楽家は、想いを五線譜に乗せる。聴いてほしい誰かのために、音楽は産まれる」
三月うさぎ:「小説家は、想いを文章に乗せる。読んでほしい誰かのために、小説は産まれる」
ハートの女王:「この世界に、意味や命を持たない音楽も小説も存在しない」
チェシャ猫:「ただ、心を向けていないだけで、理解の目を向ければ、感じようとすれば、その美しさや誰かに対する愛おしさが見えてくる」
三月うさぎ:「激しい葛藤や暗い絶望が見えることもある」
ハートの女王:「それでも、誰かのために産まれた『ソレ』は、等しく…」
アリス:「とても素晴らしいものであり」
帽子屋:「生きているモノだと僕は思う」
:
0:―了―
ナレ:おやっ?真夜中、チェシャ猫と三月うさぎが小さな雲の上にちょこんと座り、下界の様子をじっと眺めているよ。
チェシャ猫:「みなさん、おはようございます。こんにちは。こんばんは。吾輩は、この物語の道先案内人のチェシャ猫」
チェシャ猫:「吾輩は今まで、数え切れない程のアリスを不思議の国へと送り出してきた」
チェシャ猫:「そして、今回もアリスを不思議の国へと送り出そうと思っているんだ。今回のアリスは、どの子にしようかな…」
三月うさぎ:「なぁなぁ、誰に話しかけているんだい?そもそも、どうして、不思議の国にアリスが必要なんだい?」
チェシャ猫:「そりゃあ、不思議の国の物語には、アリスは必要だろ?」
チェシャ猫:「例えるなら、カレーライスにカレーのルーを必要とするように、クリスマスにサンタを必要とするように」
チェシャ猫:「不思議の国には、アリスが必要不可欠なのさ!」
三月うさぎ:「あぁ、それなら、なんとなくだけど、わかったよ。アリスがいなければ、お茶会も始められないからね」
チェシャ猫:「そうだね。お茶会には、お茶と同じくらいには、アリスが必要だ。あれっ…おやおや?」
ナレ:あぁ、チェシャ猫は、一人の少女の様子が気になって、ずっと目で追っているね。
チェシャ猫:「なぁ、あの子なんて、どうだろう?」
三月うさぎ:「うん?どれどれ?どの子?」
0:【間】
チェシャ猫:「あの子だよ。今、橋の上から川に飛び込もうとしている子」
三月うさぎ:「川に飛び込む?趣味なのかな?」
チェシャ猫:「趣味かも知れないし、そうじゃないかも知れない」
チェシャ猫:「多分、人間の体でアレをすると、痛い目を見ることになる。高い確率で命も落とす」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!助けにいかなきゃ!」
チェシャ猫:「別に助ける必要はないだろうけど、不思議の国にはアリスが必要だから、あの子にしよう」
三月うさぎ:「あいおっ!じゃあ、時間を止めるよ!」
ナレ:おっと!三月うさぎは、タキシードの胸ポケットから懐中時計をカッコ良く取り出し、赤いボタンを押したよ。すると、どうだろう…。
ナレ:世界中の時がピタリと止まった。それは、まさに、音の消えた世界…。
チェシャ猫:「じゃあ、いこうか…」
ナレ:ん?チェシャ猫と三月うさぎは、空中をふわふわと浮遊し、アリスのそばまで近づく。
ナレ:そして、三月うさぎが懐中時計の黄色のボタンを押すと、アリスの時間だけが動き出した。
三月うさぎ:「やぁ、アリス!」
アリス:「えっ?アリス?」
チェシャ猫:「そう、君はアリス!」
アリス:「私は、アリスなんて名前じゃない。私の名前は…」
アリス:「あれっ?思い出せない…」
チェシャ猫:「なぜなら、君はアリスだから!君こそがアリスだから!」
三月うさぎ:「そうだよ!元の名前なんて、どうだっていい。元の記憶なんて、どうだっていい。今日から、今この瞬間から、君はアリスなんだ!」
アリス:「えっ?私、どうして、こんなところにいるんだろう…。何も思い出せない…」
チェシャ猫:「思い出す必要なんてないのさ。なぜなら、君はアリス。これから、アリスとして生きてゆけば良いのさ!」
三月うさぎ:「そうだよ!そうだよ!さぁ、行こう!不思議の国へ!」
アリス:「不思議の国?」
チェシャ猫:「うんうん。ただ、今の君は、普通だ」
三月うさぎ:「そうだね。普通だ」
アリス:「普通?」
チェシャ猫:「普通のまま不思議の国に行けば、すぐに命を落とす」
三月うさぎ:「命を落とす」
アリス:「えっ?私、死んじゃうの?」
ナレ:ふふふ…。チェシャ猫は、不敵な笑みを浮かべ、三月うさぎの頭の毛を力まかせにむしりとった!
三月うさぎ:「痛いっ!何をするのさ!」
チェシャ猫:「ふーっ…」
ナレ:おっ?むしり取った毛に、チェシャ猫が軽く息を吹きかけると…。
0:【間】
ナレ:おや?先っぽに青い宝石の付いた杖が現れた。そして、その杖をアリスに手渡した。
アリス:「くれるの?」
チェシャ猫:「それは元々、君のものだ」
三月うさぎ:「違うだろ!僕の頭の毛だろ!」
チェシャ猫:「三月うさぎ、そんなことは、どうでも良いだろ?今度のアリスは、魔法の杖を使えるんだ。それだけで、ワクワクしないかい?」
三月うさぎ:「確かに……。わくわくするね!」
チェシャ猫:「そうだろ!そうだろ!」
アリス:「この杖は、一体何なの?」
チェシャ猫:「ふふっ。どんな願い事も叶えてくれる魔法の杖さ!」
アリス:「どんな願い事も?」
チェシャ猫:「そう、どんな願い事もね!しかも、回数制限はない。アリスが望めば、望んだ数だけ願いを叶える!それは、まさに無限に!」
三月うさぎ:「えっ!そんなに良いものなの?だったら、にんじん!にんじんを出してよ!」
三月うさぎ:「元々は僕の頭の毛だったんだから、それくらい叶えてくれても良いだろ?」
アリス:「にんじん?どうすれば良いの?」
チェシャ猫:「にんじんよ、出ろ!って叫びながら杖を振る。難しい魔法の言葉はいらない。言葉は、そのまんまでも魔法の力を秘めているからね」
アリス:「わかった…いくよ?」
三月うさぎ:「わくわく!どきどき!」
アリス:「にんじんよ、出ろ!」
ナレ:おっ!アリスの振った杖の先から、一本のにんじんが出てきた。
三月うさぎ:「うわーっ!やったーっ!これ、もらうね!食べて良い?食べて良い?」
アリス:「どっ、どうぞ…」
三月うさぎ:「ありがとう!いただきます!」
ナレ:三月うさぎは、にんじんを一飲みしちゃったよ。すごく嬉しそうだ。
チェシャ猫:「さて、これで普通だったアリスは、普通じゃなくなった。不思議の国でも、多分、きっと、生きていけるはず…」
三月うさぎ:「じゃあ、いよいよなんだねw」
チェシャ猫:「ふふふ…」
アリス:「えっ?何なの?」
ナレ:チェシャ猫は、大きく口を開くと、アリスを一飲みした。
アリス:「いやあああーっ!」
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ナレ:アリスが目を覚ますと知らない森の中にいた。
帽子屋:「あれ?君は…アリスだよね?」
アリス:「ここは…どこ?」
帽子屋:「ここは知らない森だよ。ねぇ、君はアリスだよね?」
アリス:「アリス?元々は別の名前だった気がするけど、アリスが今の私の名前な気がする」
帽子屋:「あぁ、やっぱり君がアリスなんだ!ようこそ、知らない森へ」
アリス:「知らない森…。どうして、そんな変な名前なの?」
帽子屋:「じゃあ、ここは、『知らない森』じゃなくて『変な森』ってことにしよう」
アリス:「意味がわからない」
帽子屋:「意味なんていらないのさ。アリスは、アリスこそがこの世界に意味を与える存在なんだよ」
アリス:「どういうことなの?」
帽子屋:「そのまんまの意味さ!」
アリス:「…ん?あれ?何か、お腹が減ってきたな」
帽子屋:「僕もだ。今度のアリスは魔法が使えるって聞いてるよ。君の魔法で何か食べるものを出してよ!」
帽子屋:「あと、ついでに、食事をするための椅子とテーブルも用意してくれるとありがたい」
アリス:「椅子とテーブルもね…。できるかわからないけど」
帽子屋:「できるさ!今のアリスならね!」
ナレ:おっ!アリスは真剣な目で杖を構えた。
アリス:「テーブルと椅子、ビーフシチューに、オレンジジュースよ、それぞれ二人分出ろっ!」
ナレ:アリスの構えた杖の先から、テーブルと椅子、ビーフシチューに、オレンジジュースが、それぞれ二人分出てきたよ。
帽子屋:「ブラボー!エクセレント!ワンダフォーィ!」
アリス:「ほんとに…出てきた」
帽子屋:「それじゃあ、さっそく、いただいても良いかな?あっ、スプーンとストローも出してもらえるかな?」
アリス:「わかった!」
ナレ:すばらしい!アリスは杖の魔力で、スプーンとストローを二本分出しちゃったよ。
帽子屋:「それじゃあ、いただこうか!」
アリス:「いただきまーす」
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ナレ:おっと…。場面は変わり、ここはハートの女王が住むお城だよ。
ハートの女王:「チェシャ猫、今度のアリスは私を楽しませてくれそうなの?」
チェシャ猫:「それは、まだ、わからないね」
三月うさぎ:「楽しませてくれると思うよ。なんたって僕の毛から出来た杖を持ってる」
ハートの女王:「まぁ!それは、つまり…」
チェシャ猫:「フフフ」
ハートの女王:「チェシャ猫!私も同じモノがほしいわ!」
チェシャ猫:「同じだけど同じじゃないモノで良ければ」
ハートの女王:「それでいいわ!」
チェシャ猫:「おおせのままに」
三月うさぎ:「うわっ!まさか!」
ナレ:なんてことだ!チェシャ猫は、三月うさぎの頭の毛を力まかせにむしり取り、息を吹きかけ、先っぽに青い宝石の付いた杖に変えた!
チェシャ猫:「どうぞ。同じだけど同じじゃないモノです」
ハートの女王:「フッ、フフフッ…。ハハハーッ!」
三月うさぎ:「もう、いい加減にしてくれよ!友達やめちゃうぞ?」
チェシャ猫:「吾輩は君と友達になった覚えはないよ」
三月うさぎ:「そんなっ!そんなっ!」
チェシャ猫:「そう悲観するなよ。吾輩と君とは、友達以上、恋人以上の関係なんだからさ」
ハートの女王:「フフッ。その通りね」
三月うさぎ:「あっ!そうか!そうだね!同じ物語の中で生きているから、僕らはこれから先、永遠の時の中で一心同体だ!」
チェシャ猫:「その通りだよ。この物語が終わってしまっても、また別の物語で、新しいアリスが生まれるたびに、吾輩たちもまた、新しく生まれ変わるんだ」
ハートの女王:「不愉快だけどね。たまには主役の座を私に譲ってくれても良いのよ?」
チェシャ猫:「それは、どうだろうね」
三月うさぎ:「僕も、一度で良いから主役になってみたいな」
ハートの女王:「あなたには無理よ。だって、うさぎだもの。うさぎはウサギなのよ」
チェシャ猫:「それもわからないよ。傲慢な女王よりも、主役になれる可能性は大いにあると思うけどね」
ハートの女王:「それは、嫌味だと受け取っても良いのかしら?」
チェシャ猫:「嫌味だと思われたなら、それは、まさに、紛れもなく嫌味だよ」
ハートの女王:「だまりなさいっ!」
ナレ:おおっ!ハートの女王が振った杖先から赤色の光が放たれ、チェシャ猫の口を赤いテープでふさいだよ。
ナレ:チェシャ猫は、テープをはがそうとするが、はがれない。とても苦しそうだ。
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
ハートの女王:「うるさいわね!あなたの口もふさいであげようかしら?」
三月うさぎ:「いやだーっ!」
ナレ:おっと!三月うさぎは、いちもくさんに城を抜け出した。チェシャ猫もいつの間にか、どこかに姿を消してしまったよ…。
ハートの女王:「やっぱり私は、一人きりなのね。お茶会を開きたいのだけど、招待状を送っても誰もこない」
ハートの女王:「たまには、そう、アリス…。今度のアリスは、私のお茶会に参加してくれないかしら?」
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ナレ:おや?場面は切り替わり、アリスと帽子屋が変な森の中を歩いているね。
帽子屋:「ねぇ、どこに向かって歩いているのさ?」
アリス:「わからない。でも、とにかく、この森を出ないとダメな気がして…」
帽子屋:「そもそもダメなことなんて、この世界に存在するのかい?」
アリス:「ダメなこと?それは、たくさんあるでしょ?」
帽子屋:「たとえば?どんなこと?」
アリス:「人を殺したらダメだし、物を盗んではダメだし、嘘をついてもダメ。ダメなことは、たくさんあるよ」
帽子屋:「へぇ、そんなことがダメなことなのか…。僕には、よくわからないな」
アリス:「え?どうして?」
帽子屋:「殺したい人がいれば殺せばいいし、ほしい物があれば盗めばいいし、嘘をつくのは楽しいし」
アリス:「意味がわからない!」
帽子屋:「僕だって、意味がわからないよ」
アリス:「あのね。まず、人を殺したら、殺された人の家族や恋人が悲しむでしょ?」
帽子屋:「家族や恋人がいなかったなら?誰も悲しむ人がいなかったなら?」
アリス:「あー…。でも、ほらっ、人を殺したら警察に捕まるでしょ?」
帽子屋:「警察?警察って何?」
アリス:「警察はね。悪いことをした人を捕まえる人」
帽子屋:「そんな人、この世界にはいないよ。そもそも悪いことって、どんなことなの?」
アリス:「悪いことは…。そーね…。人を悲しませたり、傷つけることだよ」
帽子屋:「どうして、人を悲しませたり、傷つけてはダメなの?」
アリス:「自分がそうされたくないから、それをしちゃダメなの」
帽子屋:「つまり、自分がされて嫌なことを他の人にしたらダメで、それを見張るために警察ってのがアリスの世界にはいるんだね?」
アリス:「そういうこと」
帽子屋:「だから、盗むことも嘘をつくことも、自分がされたら嫌だから、それをしたらダメってこと?」
アリス:「そういうことだよ」
帽子屋:「なんとなくだけど、わかった」
アリス:「あれ?」
帽子屋:「おっと!いきなり走り出して、どうしたんだい?」
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帽子屋:「って、これは一体…」
ナレ:お?この辺り一体の草木だけが全部枯れ果てているし、積み木のようなモノが無造作に散らばってるね。
アリス:「なんか、泣いてる声がしない?」
帽子屋:「泣いてる声?」
アリス:「こっち!」
帽子屋:「えっ?」
ナレ:アリスは再び走り出したので、帽子屋もそれに続いたよ。
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妖精:「ぐすっ…ううっ…」
アリス:「妖精?」
帽子屋:「妖精だね」
妖精:「ふぁっ!人間だ!人間だ!」
アリス:「あぁ、怖がらないで!大丈夫!」
妖精:「でも、人間はみんな悪いことをする。僕らの家も人間に壊された」
帽子屋:「人間に壊された?」
アリス:「もしかして、転がってるボロボロの積み木のこと?」
妖精:「そうだよ。アレは人間に壊された僕らの家だよ」
アリス:「人間が壊したのなら、人間の私が直すよ!」
妖精:「えっ?そんなことできるの?」
帽子屋:「できるさ!なんたって、彼女は、彼女こそが今度のアリスだからね!」
妖精:「アリス?アリスなの?」
アリス:「うっ、うん。多分、アリスだよ」
帽子屋:「ふっ。多分、アリスか…」
妖精:「ねぇ、どうやって、僕らの家を直すの?」
アリス:「魔法だよ」
ナレ:アリスは大きく深呼吸し、杖を構えた。
アリス:「枯れてる草木よ、命を取り戻せ!妖精の家よ、元に戻れ!」
ナレ:おお!アリスの振った杖の先から水色の光が飛び出し、枯れてる草木は命を取り戻し、妖精の家も?あれ?
アリス:「あれ?ボロボロの積み木が、新品の積み木になっただけ。家には戻ってない」
妖精:「そう。これは、僕らの家の部品だよ。でも、この状態なら、積み上げたら、また僕らの家になる!」
アリス:「もう一度、魔法を使ってみようか?この積み木を、家の形に積み上げてあげる!」
帽子屋:「だめだ」
アリス:「え?」
帽子屋:「この状態にしたのなら、あとは、妖精たちに積み上げさせるんだ」
アリス:「どうして?魔法で積み上げた方が簡単だし、早いでしょ?」
帽子屋:「だからさ」
アリス:「だから?」
帽子屋:「楽をしたモノは、楽に壊れる。そういうモノなんだ。妖精たちのことを本当に想っているのなら、彼らに積み上げさせるんだ」
アリス:「妖精たちに?」
妖精:「僕らの体を見てごらんよ!とっても小さい!小さい僕らに積み木を持ち上げる力はないよ!」
帽子屋:「でも、君たちは、たくさんいるだろ?」
妖精:「確かに、僕らはたくさんいる。パックに、フレイに、シルフに、ノームに、アクアに、ゲイルに、(ウィスプに、シャドウに…)」
帽子屋:「(さえぎって)もう、大丈夫!そう、友達がたくさんいるだろ?」
妖精:「友達?」
帽子屋:「そう、友達だよ。みんな、友達じゃないのかい?」
妖精:「友達って、なに?」
アリス:「友達っていうのはね、困った時に一緒に協力して、困難に立ち向かうものだよ」
妖精:「困った時に、一緒に協力する。それだけで、友達なの?」
アリス:「うーん…。楽しいことを一緒に楽しむのも友達」
妖精:「楽しいことを一緒に楽しむか…。それをすることに意味はあるの?」
アリス:「一緒に楽しむと、楽しいことも二倍になるの」
妖精:「楽しいことが二倍?そりゃあ、良いや!」
アリス:「でしょ!友達って、とっても良いものなのよ!」
妖精:「他には?他にはないの?友達って、どんなものなの?」
アリス:「他にかぁ…。うーん…。あっ!」
妖精:「なんだい?なんだい?」
アリス:「友達が悪いことをしている時に、それは悪いことだって、はっきり言ってあげる」
妖精:「友達が、それを悪いことだと思っていなければ、友達に嫌われちゃうかも知れないよ?友達じゃなくなってしまうかも知れないよ?」
アリス:「それでも言うの。友達のためにね」
妖精:「なんか、かっこいいね!友達!」
アリス:「でしょ!」
妖精:「僕は、みんなと友達になりたいな。アリスとも友達になりたい」
アリス:「私とも?」
妖精:「そう、アリスとも!」
アリス:「ありがとう。じゃあ、私たちは、もう、友達だね!」
帽子屋:「あっ!えっと…その。僕も…」
アリス:「帽子屋さんも友達だよ!ね?」
妖精:「そうだよ!そうだよ!帽子屋も友達さ!」
帽子屋:「それは…うん。嬉しいな」
妖精:「あのさ。僕ら、家を元に戻そうと思うんだ」
妖精:「そしてね。僕らは友達だから、みんなで力を合わせれば、積み木を持ち上げられるってことにも気づいたんだ」
アリス:「あぁ!それは、いいね!だったら、私も協力するよ。だって、私は友達でしょ?」
妖精:「ほんとかい?」
アリス:「ほんと!」
妖精:「わぁーい!やったーっ!」
0:【間】
ナレ:アリスと帽子屋は、妖精たちと協力して、積み木の家を建て直した。
0:【間】
妖精:「やった!やったー!僕らの家が元に戻ったーっ!」
アリス:「ふふっ。よかったね!」
三月うさぎ:「ビュッビュビューン!」
ナレ:おおっと!三月うさぎが猛烈な速さで駆けてくる!
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
アリス:「あっ!あなたは!」
ナレ:あ、あれ?三月うさぎは、アリスを無視して走り去って行ってしまったね。
アリス:「今のうさぎ!」
帽子屋:「ん?三月うさぎのことかい?」
アリス:「知ってるの?」
帽子屋:「あぁ。僕と同じ不思議の国のクリーチャーだからね」
アリス:「追いかけましょ!」
帽子屋:「え?どうして?」
アリス:「私を元の世界に戻してくれるかも知れないの!」
帽子屋:「あっ、あぁ。わかったよ」
妖精:「あれ?二人とも、行ってしまうの?」
帽子屋:「あぁ、またね!」
アリス:「またね!妖精さん!」
ナレ:アリスと帽子屋は、三月うさぎを追いかける。
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
アリス:「待って!待ってーっ!」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
帽子屋:「三月うさぎーっ!一旦立ち止まってくれないか!一体、何が大変なんだい?」
三月うさぎ:「ん?」
ナレ:三月うさぎは、急に立ち止まった!
三月うさぎ:「あ、あれ?帽子屋に…アリス?」
アリス:「はぁはぁ。ねぇ、何をそんなに急いでるの?」
三月うさぎ:「あれ?僕、急いでた?急いでた?」
帽子屋:「急いでたさ。そして、大変だ!って何度も叫んでた」
三月うさぎ:「そう、大変なんだ!とにかく大変なんだ!」
アリス:「とにかく大変?」
三月うさぎ:「ハートの女王が、アリスの持っている杖と同じモノだけど同じじゃない杖を手に入れてしまったんだ」
アリス:「ハートの女王?」
帽子屋:「今度のアリスは、まだハートの女王を知らないんだね。ハートの女王は、不思議の国における最凶最悪のヴィランさ!」
アリス:「ヴィラン?」
帽子屋:「悪役って意味さ。さっきアリスが言ってた『自分がされて嫌なこと』を平気でやってのける悪い奴さ」
三月うさぎ:「そうなんだよ!だから、あいつにあの杖が渡るのは、本当に危険なんだ!」
ナレ:んっ?突然、地震が起き、周囲の木が次々に燃え始めたよ!
帽子屋:「うっ、うわっ!地震だ!」
三月うさぎ:「火事だ!火事だ!森が燃えちゃう!」
アリス:「大丈夫。まかせて!」
ナレ:おっ!アリスは、杖を構えた。
アリス:「地震よ、止まれ!火よ、消えろ!」
ナレ:おお!アリスの振った杖の魔力で、一瞬にして地震はおさまり、火も消えたね!
帽子屋:「さっすが、アリスだ!」
三月うさぎ:「アリス、ありがとう!」
アリス:「えへへ」
ナレ:おっと!そこに突然、空から赤い光が降り注ぎ、アリスと帽子屋と三月うさぎが包み込まれてしまったよ!
0:
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ナレ:ん?いつの間にか、アリス、帽子屋、三月うさぎは椅子に座っており、
ナレ:その前には、白くて長いテーブル。更に、その先にはハートの女王が不敵な笑みを浮かべて座っている。
ナレ:そう、ここはハートの女王のお城だね。
ハートの女王:「お茶会へ、ようこそ、アリス」
アリス:「え?あなたは誰?」
ハートの女王:「私は、私こそがハートの女王よ」
帽子屋:「不思議の国で一番危険な女だ」
ハートの女王:「だまりなさい!帽子屋!」
ナレ:あ!ハートの女王は杖の魔力で、帽子屋の口を赤いテープでふさいでしまった!
帽子屋:「んっ!んんっ!」
ハートの女王:「フフフ。滑稽(こっけい)ね!赤いテープは呪いのテープ。力ずくでは決して外れない」
三月うさぎ:「大変だ…大変だ…」
アリス:「ちょっと!可哀想よ!」
帽子屋:「んっ!んんっ!」
ナレ:アリスが帽子屋の口をふさいでいるテープをはがそうと、杖を構えると…。
ハートの女王:「アリスの杖よ!すぐに消えなさい!」
ナレ:あっ!アリスが杖の力を使うよりも速く、ハートの女王はアリスの杖を消し去ってしまったよ!
アリス:「はっ!?」
ハートの女王:「これで私に逆える力はなくなった。フフフ…。ハハハーッ!」
三月うさぎ:「大変だ…大変だ…」
アリス:「一体、あなたは何が目的なの?」
ハートの女王:「目的?そんなの決まってるじゃない?私はアリスとお茶会がしたいだけよ」
アリス:「私と?お茶会?」
ハートの女王:「そうよ。お茶会。紅茶と砂糖とミルクよ、出なさいっ!」
ナレ:おっ!それぞれの席の前に、突然、紅茶と砂糖とミルクが用意された。
ハートの女王:「さぁ、お茶会の始まりよ。あぁ、音楽があると盛り上がるわね。帽子屋!ヴァイオリンでヴィヴァルディの四季を弾きなさい!」
帽子屋:「んっ!んんっ!」
ナレ:うわっ!ハートの女王の杖の魔力に射抜かれ、帽子屋は立ち上がり、ヴァイオリンでヴィヴァルディの四季を弾き始めたよ。
帽子屋:「んんっ!んんっ!」
ハートの女王:「あぁ…いいわね。これこそ、お茶会よ」
三月うさぎ:「大変だ…大変だ…」
ハートの女王:「三月うさぎ!」
三月うさぎ:「はっ、はいっ!」
ハートの女王:「大変なことは…何も…ないわよね?」
三月うさぎ:「はい!大変なことは…何も…ありません!」
ハートの女王:「フフフ…よろしい…。さささ、遠慮せずに、紅茶をお飲みになって」
アリス:「(小声で)ねぇ、うさぎさん、この紅茶に毒とか入ってないよね?」
三月うさぎ:「(小声で)かなりの高確率で何らかの毒が入っていると思う」
アリス:「(小声で)何らかの毒?」
三月うさぎ:「(小声で)うん。すぐに死ぬ毒ではないと思う。ハートの女王は他人が苦しむ姿を見るのが好きだから」
三月うさぎ:「カエルに変えられるか、体が小さくなるか、あべこべの言葉しか言えなくなるか。そういった感じの呪いにはかかると思う」
ハートの女王:「ちょっと!何をこそこそ話しているの!私も混ぜなさい!その、雑談に!」
アリス:「あのぉ、この紅茶に毒は入っていますか?」
三月うさぎ:「おい!直球すぎるだろ!その質問は!」
ハートの女王:「あぁ…いいわね…雑談…。これこそが、お茶会。良い紅茶に、良い音楽に、良い雑談、完璧なお茶会だわ」
三月うさぎ:「(小声で)どこが良いお茶会なんだよ」
ハートの女王:「はぁん?何か言った?クソうさぎが!」
三月うさぎ:「いいえ!滅相もありません!」
アリス:「あの、もう一度聞くけど、毒は入っていないの?」
ハートの女王:「毒?フフフ…。そんなもの入れてどうするのよ?」
アリス:「私の体を小さくしたり、あべこべの言葉を言わせたり」
ハートの女王:「なにそれ?面白そうだけど、今回はそんなことしないわ。だって、主役というモノは、そんな意地悪なこと、しないモノでしょ?」
三月うさぎ:「(小声で)今でも充分に意地悪っ」
ハートの女王:「(さえぎるように)クッキーになりなさいっ!」
三月うさぎ:「あっ!」
ナレ:ああっ!ハートの女王が振った杖から赤い光が放たれ、それを浴びた三月うさぎは、クッキーに姿を変えられてしまった!
アリス:「ああっ!」
帽子屋:「んんっ!んんっ!」
ハートの女王:「食べなさい。そのクッキー。お茶会なんだから、お茶菓子は必要でしょ?」
ナレ:おや?アリスは、クッキーに変えられた三月うさぎを拾い上げ、ポケットにしまったよ。
ハートの女王:「それは、どういうつもりなの?」
アリス:「私は、あなたが嫌い」
ハートの女王:「私は、あなたが大好きよ。それなのに、どうして、あなたは私のことを嫌うの?」
アリス:「嫌なことばかりするから、あなたのことが嫌いなのよ!」
ハートの女王:「いつ?どこで?どんな?私は、あなたの嫌がることなんて、何一つしていないわ!」
アリス:「それがわからないから、あなたは主役になれないのよ!」
ハートの女王:「なんですって!」
チェシャ猫:「(さえぎって)よく言った!アリス!」
ナレ:おおっ!アリスの目の前に、突然、チェシャ猫が現れた!
アリス:「あなたは!」
チェシャ猫:「ふふーん。吾輩はアリスを助けにきたヒーロー?なのかな?あと、これっ!」
ナレ:ひょいっ!チェシャ猫は、先ほどハートの女王の杖の魔力で消された杖をアリスに手渡した。
アリス:「ありがとう。これで、彼女と戦える!」
ナレ:おっ!?アリスは、杖の先をハートの女王に向けた!
ハートの女王:「私と戦おうというの?面白いっ!」
ナレ:おおっ!ハートの女王も杖の先をアリスに向けた!
アリス:「(ハートの女王と同時に)優しくなれ!」
ハートの女王:「(アリスと同時に)従順(じゅうじゅん)になれ!」
ナレ:びゅびゅーんっ!きゅどーん!青い光と赤い光は、ぶつかり合い、青い光が赤い光を飲み込み、ハートの女王に直撃した!
ハートの女王:「うっ、うわああああーっ!」
0:
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チェシャ猫:「やっぱり今回もアリスが勝ったね。さすが、主役だ!」
アリス:「私、勝ったの?」
チェシャ猫:「あぁ、大勝利さ!」
ナレ:おやっ?アリスのポケットの中から、クッキーに変えられた三月うさぎが、元の三月うさぎの姿に戻って飛び出し、帽子屋の呪いも解けたよ!
三月うさぎ:「ありがとう!アリス!」
帽子屋:「助かったよ!アリス!」
アリス:「いえいえ、どういたしまして!」
ハートの女王:「みなさん、私…。みなさんにとても酷いことをしてしまいました…。ごめんなさい…」
帽子屋:「すごく不愉快な気持ちになったけど、反省をしているのなら、許すよ」
三月うさぎ:「あれっ?ハートの女王、何か別人みたいで…。気持ち悪っ(小声で)」
ハートの女王:「気持ち悪くて、ごめんなさい」
三月うさぎ:「ううわっ!気持ち悪っ!」
アリス:「それにしても、どうして同時に杖から光が出ていたのに、私の方が勝てたんだろう…」
チェシャ猫:「それはね…。ハートの女王の想いよりも、アリスの想いの方が強かったからなんだよ」
アリス:「どうして、私の想いの方が強かったの?」
チェシャ猫:「人は、願いが簡単に叶ってしまう状況に置かれるとね。生きる目的さえも失ってしまう」
チェシャ猫:「ハートの女王は、願いを簡単に、無闇やたらに叶えすぎた。そして、想いのベクトルもアリスとは違っていた」
アリス:「想いのベクトル?」
チェシャ猫:「ハートの女王は、相手を困らせ、傷つけることに力を使うことに対し、アリスは常に誰かを思いやる気持ちで力を使っていた」
チェシャ猫:「だから、勝てたんだよ。自己中心的な想いには、奇跡も力を貸さない。優しさ、思いやりの気持ちに、奇跡は力を貸し、そういうところに、人は集まる」
帽子屋:「ん?チェシャ猫って、そういうキザなことを言うキャラだったっけ?」
チェシャ猫:「あぁ、今回のアリスの物語では、そういう役割を当てられたのだよ」
三月うさぎ:「いーなー。うらやましいなぁ」
ハートの女王:「あのっ、チェシャ猫さん、私もなれるでしょうか?アリスさんのような、優しい心を持った人間に…」
チェシャ猫:「ふふっ。優しく在りたいと思うことこそが、優しい心の始まりなのだよ。心配せずとも、その気持ちを、その記憶を」
チェシャ猫:「次のアリスの物語の開幕時まで忘れなければ、いずれはハートの女王も主役になれる日がくるかも知れないし、こないかも知れない」
ハートの女王:「いいえ、主役だなんて、私のような人間には、もったいないです。私は罪を重ねすぎた…」
三月うさぎ:「そーだ!そーだ!僕をクッキーにするなんて、酷いやつだ!あっかんべー!」
ハートの女王:「その節は、本当に申し訳ありません…」
チェシャ猫:「さて、そろそろ時間かな…。三月うさぎ!」
三月うさぎ:「あいおっ!」
ナレ:三月うさぎは、タキシードの胸ポケットから懐中時計を取り出し、青いボタンを押したよ。すると、世界は、まばゆい光に包まれた…。
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ナレ:すーっと気が付くと、アリスは、最初にチェシャ猫と三月うさぎと出会った橋のそばにいた。
アリス:「私、何やってたんだろう…」
帽子屋:「死のうとしてたんだよね?」
アリス:「うん…」
アリス:「親に怒られたから死にたい。雨が降ったから死にたい。お腹が減ったから死にたい」
アリス:「そんな、くだらない理由で、私は死にたいの。死のうとしてたの」
帽子屋:「それは、本当に、くだらない理由なの?」
アリス:「え!?」
帽子屋:「君にとっては、くだらない理由じゃないだろ?」
帽子屋:「君以外の誰が何を思おうと、君に『あたりまえ』を押し付けてきても」
帽子屋:「君の中では、それは、くだらない理由じゃないだろ?」
アリス:「くだらない理由よ!知ったふうな口を利かないで!私は、くだらない人間。ダメな人間なの!」
帽子屋:「僕にとっては、ダメな人間じゃない。好きな人間。好きな人だよ」
アリス:「私が、あなたの好きな人?」
アリス:「私は、愛を信じない。信じられないの」
アリス:「汚いモノばかりを見てきたから…。私の周りも、みんな、汚いモノばかりだったから…」
帽子屋:「本当にそうかい?君はきっと、本当に美しいモノが怖いだけなんだよ」
帽子屋:「それを認めたら、今までの自分の生き方の全てが否定されるような気がして、怖いんだよ」
アリス:「そんなことない!そんなこと、絶対にない!そもそも、あなたに私の何がわかるっていうの!」
帽子屋:「わかるよ…。君は、こんなに優しいじゃないか…。僕をこんなに…」
帽子屋:「こんなに優しい気持ちにさせてくれたじゃないか」
帽子屋:「この物語を書かせてくれたじゃないか!」
アリス:「だから何!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!消えて!私の前から、今すぐ、いなくなって!」
帽子屋:「…わかった。さようなら…」
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アリス:「待って!」
帽子屋:「…」
アリス:「ありがとう…」
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チェシャ猫:「音楽家は、想いを五線譜に乗せる。聴いてほしい誰かのために、音楽は産まれる」
三月うさぎ:「小説家は、想いを文章に乗せる。読んでほしい誰かのために、小説は産まれる」
ハートの女王:「この世界に、意味や命を持たない音楽も小説も存在しない」
チェシャ猫:「ただ、心を向けていないだけで、理解の目を向ければ、感じようとすれば、その美しさや誰かに対する愛おしさが見えてくる」
三月うさぎ:「激しい葛藤や暗い絶望が見えることもある」
ハートの女王:「それでも、誰かのために産まれた『ソレ』は、等しく…」
アリス:「とても素晴らしいものであり」
帽子屋:「生きているモノだと僕は思う」
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0:―了―