台本概要
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タイトル | 時計の国のアリス~アリス第二章~ |
---|---|
作者名 | 天道司 |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 5人用台本(女1、不問4) |
時間 | 50 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
自由に演じて下さい
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キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
アリス | 女 | 152 | 普通の学校に通う、普通の女の子? |
帽子屋 | 不問 | 78 | 心を求めている。 |
三月うさぎ | 不問 | 84 | お調子者のウサギ。 ※兼ね役…先生 |
ハートの女王 | 不問 | 37 | 優しい女王。 ※兼ね役…ナレ |
チェシャ猫 | 不問 | 23 | 不思議な猫。 ※兼ね役…真夜中 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
アリス:(M)毎朝、決まった時間に起きて、決まった時間に学校に行って、
アリス:カリキュラムに沿った授業を受けて、放課後は、部活に行く。
アリス:帰宅したら、お風呂に入って、ご飯を食べて、宿題をして、寝る。
アリス:ずっとそれの繰り返し…。
アリス:何も変わらないし、何も変えられない。何も面白いことなんてない。
アリス:私がいなくなっても、世界は変わらず、動いてゆく…。
アリス:私がいなくなった穴は、誰かが簡単に埋めるだろう。
アリス:そもそも、私なんて、いても、いなくても、どうでも良い存在。
アリス:先生にも親にも友達の話しにも従順(じゅうじゅん)。
アリス:誰にも逆らわないし、何にも疑問を抱かない。
アリス:それが、一番楽だし、一番傷つかずに済む方法だと思ってる。
アリス:今日も私は、いつもと同じように、当たり前のように、普通に授業を受けている。
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三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
アリス:(M)タキシードを着たうさぎ?あれっ?周りの子たちは、誰も気づいていないの?
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
アリス:(M)もしかして、私だけが見えてる?私だけが聞こえてる?
三月うさぎ:「そのまさかさ!」
アリス:「うわっ!」
先生:「ちょっと!(演者の名前)さん!どうしたの?」
アリス:「いえっ、あのっ、何でもないです!」
三月うさぎ:「君、アリスだね?アリスだよね?」
アリス:「(小声で)えっ?アリス?」
三月うさぎ:「あいおっ!僕の姿が見えるってことは、君こそが『今回のアリス』なんだよ!」
アリス:「(小声で)そっ、そうなんだ…」
三月うさぎ:「そうなんだ!そうなんだ!大変なんだ!」
アリス:「(小声で)何が大変なの?」
三月うさぎ:「理由は、あとで話す!」
三月うさぎ:「とにかく、君の目の前のそのノートに『不思議の国に行きたい』って書いてみてよ!」
アリス:「(小声で)書くと、どうなるの?」
三月うさぎ:「不思議の国に行ける!」
アリス:「(小声で)不思議の、国?」
三月うさぎ:「不思議の国は、不思議の国だよ。不思議の国を救えるのは、アリスだけなんだ」
三月うさぎ:「だから、早くそのノートに『不思議の国に行きたい』って書いてよ!」
アリス:「(小声で)書けば、良いのね?」
三月うさぎ:「あいおっ!それだけで、不思議の国に行ける!」
ナレ:おやっ?良いのかな?
ナレ:アリスは、不思議の国がどんなところかも分からないのに、
ナレ:三月うさぎの言葉のままに、ノートに『不思議の国に行きたい』と書いてしまったよ。
アリス:「(小声で)これで、良いのかな?うさぎさん」
三月うさぎ:「ふっ、ふっ、ふ~っ!(笑)」
アリス:「きゃーーーっ!」
ナレ:なんてことだ!アリスの体は、みるみる小さくなって、
ナレ:ノートの中に吸い込まれて行ってしまったよ!
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アリス:「あれっ?真っ暗だ。さっきまで学校で授業を受けていたのに…」
アリス:「本当に私、不思議の国に来ちゃったのかな?」
帽子屋:「やぁ、アリス!また会えて嬉しいよ!」
アリス:「えっ?誰?真っ暗で何も見えないんだけど…」
帽子屋:「それはそれは失礼した。僕は、帽子屋」
帽子屋:「今回のアリスは、暗い森の中では、目が見えなくなるアリスなんだね」
アリス:「森?私、森の中にいるの?」
帽子屋:「そうだよ。ここは、森の中だよ。そもそも、この世界は、ずっと真夜中」
帽子屋:「朝は永遠に来ない。今のところはね」
アリス:「どういうこと?」
帽子屋:「誰かが真夜中に、世界の時間を止めてしまったんだ」
帽子屋:「だから、世界は、真夜中の時間に固定されてしまった」
アリス:「なんでそんなことをするの?そんなことをして、意味はあるの?」
帽子屋:「それは、本人に聞いてみないとわからないし、本人に聞いてもわからないかも知れない」
アリス:「はぁ…。とにかく、この暗いのは、どうにかならないの?」
帽子屋:「どうにか…。うーん…。良いモノをあげよう。手を広げて」
ナレ:アリスは、帽子屋に言われるがままに手を広げた。
ナレ:そして、手のひらに棒のようなモノが触れると、それをぎゅっと、つかんだよ。
アリス:「これは…。棒?」
帽子屋:「アリスが、ソレをただの棒だと言うのなら、ただの棒だろうし…」
帽子屋:「ソレを魔法の杖だと言うのなら、魔法の杖にもなりうるのかも知れない」
アリス:「魔法の杖…」
帽子屋:「そうだよ。それはね。前回のアリスの持ち物なんだ」
帽子屋:「具体的なイメージを思い浮かべて、そのイメージを言葉にしながら杖を振れば…」
帽子屋:「ふっふっふっ…」
アリス:「願いごとを叶えてくれたりするの?」
帽子屋:「あくまでも、頭の中でイメージできる範囲内であれば、ね」
アリス:「じゃあ…。朝になれっ!」
ナレ:おやおやっ!アリスが杖を振ると、杖の先から半径五メートルくらいの範囲だけが明るくなったよ。
アリス:「明るくなった!」
帽子屋:「だね!」
アリス:「でも、朝にはなっていない…」
帽子屋:「それは、君の中で、朝に対する具体的なイメージが欠落しているからだよ」
アリス:「欠落かぁ。あっ!でも!これで、あなたの顔は、見えるようになった!」
アリス:「それに、ここが森の中だってことも、はっきりとわかる!」
帽子屋:「そうだね。あと、僕の顔に、何か付いているのかい?」
帽子屋:「そのっ、君にまじまじと見つめられると…」
帽子屋:「なんか、こう、心臓が勢い良く飛び出してしまいそうになるんだけど…」
アリス:「ごめん。ここに来て、初めて会話した相手だったから、つい…」
帽子屋:「あぁ、そうだね。さてと、さっそくだけど、今回のアリスの目的は?」
アリス:「私の目的?」
帽子屋:「そう、目的。何かあるだろ?お茶会をするとか?トランプをするとか?」
帽子屋:「ハートの女王を改心させるとか…」
帽子屋:「あっ、ハートの女王は、前回のアリスの物語で改心しちゃったから、それは目的から外れるね」
アリス:「特に何も…」
帽子屋:「はっ?何の目的もなしに、ここに来たっていうのかい?」
アリス:「うん。なんか、授業中に、うさぎに話しかけられて…」
アリス:「ノートに『不思議の国に行きたい』と書くように言われて…」
帽子屋:「三月うさぎか…。なるほど。今回のアリスは、空っぽなんだね」
アリス:「空っぽ?」
帽子屋:「うん。僕は、空っぽのアリスには、興味がないから、ここで、さよならすることにするよ」
アリス:「えっ?どうして?」
帽子屋:「そのままの意味さ」
アリス:「私、こんなところに来るなんて知らなかった。こんなところに来たくなかった」
アリス:「普通で良かった。みんなと同じが良かった。それなのに!なんでよ!」
帽子屋:「なんでか?それは、君が空っぽだった結果だろ?僕には、関係がない」
アリス:「いやだ。助けてよ!」
帽子屋:「僕に君を助ける力はないし、そんな力があったとしても助けようとも思わない」
アリス:「ひどい」
帽子屋:「何がひどいのかも分からない。ただ…」
アリス:「ただ?」
帽子屋:「今のハートの女王なら、君の力になろうとしてくれるかも知れない」
アリス:「ハートの女王?その人は、どこにいるの?」
帽子屋:「さぁね。どこにでもいるし、どこにもいないのかも知れない。では、さようなら…」
アリス:「あっ、待って!」
ナレ:あっ!帽子屋は、光の届かない場所に消えていったよ。
アリス:「ねぇ、私をひとりにしないでよ!ねーっ!」
ナレ:あぁ、アリスは、ひとりぼっちになってしまったね。
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チェシャ猫:「ほーっ。どうやら、今度のアリスは、とても…」
チェシャ猫:「そう、とても…。普通だ」
チェシャ猫:「あれじゃ、帽子屋に興味を持たれなくても仕方がないかもね」
チェシャ猫:「帽子屋は、自分と考えの違うモノ、普通じゃないモノにしか興味を持たないからね」
チェシャ猫:「そして、吾輩も…。あぁ、残念だ。今度のアリスには、全く興味をそそられない」
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チェシャ猫:「さてと、今のアリスは放っておいて…」
チェシャ猫:「ハートの女王のお城の様子でものぞきに行こうかな」
チェシャ猫:「もちろん、姿は隠したままでね」
チェシャ猫:「姿を見せるということは、答えを見せることと同じようなモノだからね」
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三月うさぎ:「ハートの女王、たっだいまーっ!」
ハートの女王:「三月うさぎさん、よくぞ私のお城に無事に戻ってきてくれましたね。お疲れ様」
三月うさぎ:「あいおっ!ご褒美のにんじんは?にんじんは?」
ハートの女王:「たくさん用意していますよ。今、持ってきますね」
三月うさぎ:「やったーっ!早く早くーっ!ふんふーん!にんっじん!にんっじん!にんっじん!」
ハートの女王:「はい。どうぞ」
三月うさぎ:「うっはーっ!いっただきまーす!むしゃむしゃむしゃ…」
ハートの女王:「あのっ、三月うさぎさん」
三月うさぎ:「むしゃむしゃむしゃ…」
ハートの女王:「三月うさぎさん!」
三月うさぎ:「あいおっ?なんだい?いま、にんじん食べるのに、忙しいんだけど…」
ハートの女王:「ごめんなさい。あのっ、新しいアリスさんのことが気になってしまったので…」
三月うさぎ:「むしゃむしゃ…。あぁ、ちゃんとこっちに連れてきたよ。むしゃむしゃ…」
ハートの女王:「ありがとうございます。では、彼女は今、どこに?」
三月うさぎ:「知らない。むしゃむしゃ…」
ハートの女王:「知らないって?真夜中で時間が止まってしまったこの世界で、彼女は、一人きりということですか?」
三月うさぎ:「多分ね。むしゃむしゃ…」
ハートの女王:「あぁ、なんてことなの!私、アリスさんを探しに行くことにするわ。きっと一人で心細いでしょうから」
三月うさぎ:「えーっ!ダメだよ!ハートの女王は、ハートの女王なんだから、ハートの女王のお城にいる必要がある!」
ハートの女王:「そんなの、誰が決めたの!」
三月うさぎ:「あぁ、そうだ。誰が決めたんだろう…」
ハートの女王:「とにかく、私は、アリスさんを探しに行きます!」
三月うさぎ:「やめておいた方がいいよ。どこにいるのかわからないし、もう、どこにもいないかも知れない」
ハートの女王:「それって、つまり…」
三月うさぎ:「もう、すでに『真夜中』に食べられてしまっている可能性があるね」
ハートの女王:「真夜中…。あぁ、アリスさん!アリスさん!こうしてはいられない。すぐに支度をしないと!」
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チェシャ猫:(M)おや?ハートの女王が外に出かける準備をしにいったよ。
チェシャ猫:本当に、このお城を出て行くつもりなのだろうか…。
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チェシャ猫:(M)あぁ、戻ってきた。戻ってきた。
チェシャ猫:星降りの剣、星帰りの鎧、星祭りの帽子、星頼りの盾。
チェシャ猫:これは、これは、大層な装備品だ。
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ハートの女王:「では、行ってきますね。三月うさぎさん」
ハートの女王:「そして、トランプ兵さんたち、お城のことは任せました」
三月うさぎ:「あぁ、ほんとに出て行くんだね。お城のことは僕に任せても大丈夫だよ」
三月うさぎ:「お城の中にあるにんじんも全部僕が食べておくから、安心して」
ハートの女王:「はい。任せました」
チェシャ猫:(M)どうやら、本当にハートの女王は、
チェシャ猫:ハートの女王のお城にいるという役割を捨てて、外に出かけるようだね。
チェシャ猫:トランプ兵たちも、ハートの女王に敬礼し、見送ろうとしているよ。
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チェシャ猫:(M)ん?なんだ?空に光るモノがゆらゆらと…。こちらに向かっている?
ハートの女王:「あれは…。何かしら?」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!光る何かがこっちに向かってくるよ!大変だ!」
チェシャ猫:(M)あれは…。アリスだね。魔法の杖に乗って、空を飛んでいる。
チェシャ猫:きっと、この真夜中の世界で、ここには明るいモノが集まっているから、
チェシャ猫:ここを目的地に選んだのだろう。
ハートの女王:「人?人よ!女の子よ!」
三月うさぎ:「アリスだ!今度のアリスだ!あれは、僕が選んだアリスなんだよ!」
三月うさぎ:「僕が選んだアリス!すごいでしょ!杖に乗って空を飛んでる!」
三月うさぎ:「僕が選んだアリスだから、杖に乗って空が飛べるんだよ!」
ハートの女王:「そうね。本当に…。本当に無事で良かった…。真夜中に食べられてなくて、良かった」
アリス:「うあーーーっ!止まって!止まって!止まってーっ!」
チェシャ猫:(M)あぁ!アリスが魔法の杖に乗ったまま降下する勢いを止められず、
チェシャ猫:トランプ兵たちにぶつかっていってしまったよ。
チェシャ猫:トランプ兵たちは、将棋倒しのように、パッタパタと倒れていってしまった。
アリス:「ごっ、ごめんなさい!」
ハートの女王:「あなた!あなたが今度のアリスなのね!怪我は?怪我はない?」
アリス:「怪我はないです。あっ!私、早くこんなところから帰りたいんです」
アリス:「あっ!あの時のうさぎさん!」
三月うさぎ:「あいおっ!アリス、よくきたね!」
アリス:「私を早く、こんなところから元の世界に帰して下さい!」
ハートの女王:「三月うさぎさん?どういうことなの?」
ハートの女王:「アリスさんは、自分で望んでここに来たわけではないの?」
三月うさぎ:「アリスがノートに書いたんだ!ここに来たいって!だから、僕は何も悪くないよ!」
アリス:「あのっ、うさぎさんがノートに書くように言ったからですよ!私は何も悪くないです!」
ハートの女王:「あぁ…。とても困ってしまったわ…。アリスさんが最後の希望だったのに…」
アリス:「最後の希望?」
三月うさぎ:「そうさ、最後の希望。真夜中を倒し、世界に朝を連れてくる者。それがアリスさ!」
アリス:「意味がわかりません。何でも良いけど、私を早く元の世界に帰して下さい」
ハートの女王:「そうね…。望んでいないのに、ここに来てしまったアリスさんを…」
ハートの女王:「ここにとどまらせて置く理由は、どこにもないわ」
ハートの女王:「お茶会を開いても、楽しめないでしょうし…」
ハートの女王:「三月うさぎさん、アリスさんを元の世界に戻してあげて」
三月うさぎ:「あいおっ!」
三月うさぎ:「えっと、懐中時計懐中時計はっと…えっと…」
三月うさぎ:「大変だ…。大変だ…」
ハートの女王:「どうしたの?何が大変なの?」
三月うさぎ:「懐中時計がない!大変だ!」
ハートの女王:「なんですって!」
アリス:「懐中時計?」
三月うさぎ:「懐中時計がないと、アリスを元の世界に帰してやれないんだ。大変なんだ」
アリス:「そんなっ…」
ハートの女王:「あぁ、かわいそうなアリスさん!」
ハートの女王:「どうにか力になってあげたいのだけど、私の力では、どうにもならないわ」
三月うさぎ:「そうだ!アリスの杖!魔法の杖だから、僕の懐中時計を出せる!」
三月うさぎ:「ねぇ、アリス!『三月うさぎの懐中時計よ、出ろ!』って叫びながら杖を振ってみてよ!」
アリス:「そうすれば、私は元の世界に戻れるの?」
三月うさぎ:「うんうん!元の世界に戻るには、必要なアイテムなんだ」
アリス:「わかった。やってみるね。えっと…。三月うさぎの懐中時計よ、出ろ!」
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アリス:「あれ?何も出てこない」
ハートの女王:「もう一度やってみては、どうでしょうか?」
アリス:「はい。三月うさぎの懐中時計よ、出ろ!出ろ!出ろ!」
アリス:「懐中時計よ、出ろ!出ろ!出ろーっ!」
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三月うさぎ:「ダメだね。きっと今度のアリスは、何かをイメージする力が足りなさすぎるんだよ」
アリス:「私、元の世界に戻れないの?」
三月うさぎ:「戻れないかも知れないし、戻れるかも知れない」
三月うさぎ:「とにかく、僕は懐中時計を探さなきゃ…」
ハートの女王:「もしかしたらですけど…」
ハートの女王:「『時計狂いの塔』に、三月うさぎさんの懐中時計があるかも知れませんね」
アリス:「時計狂いの塔?」
三月うさぎ:「大変だ!あそこは危険だ!真夜中の住処(すみか)だ!」
三月うさぎ:「でも、あそこなら、僕の懐中時計があるかも知れない」
ハートの女王:「そうね。世界中の時計が、時計狂いの塔に集まっているから、きっと…」
アリス:「私、行きます!そのっ、時計狂いの塔に!」
ハートの女王:「とても危険よ?命を落とすことになるかも知れない」
三月うさぎ:「そうだよ!そうだよ!真夜中に出くわすかも知れないし、とっても怖い場所なんだよ!」
アリス:「それでも、何もしないよりはマシです」
ハートの女王:「わかりました。では、私が道を示しましょう」
チェシャ猫:(M)おっ!ハートの女王が星降りの剣を振ったよ」
チェシャ猫:切っ先から一筋の光が伸びた。真夜中の闇を突き進む一筋の光。
チェシャ猫:その光の先、遥かずっと先には、塔が見える。
ハートの女王:「見えますか?あの塔が、時計狂いの塔です」
アリス:「あの塔に行って、懐中時計を取ってくれば良いのね」
三月うさぎ:「あいおっ!僕の懐中時計を取って来てね!」
アリス:「どんな懐中時計なの?」
三月うさぎ:「僕の懐中時計だよ」
アリス:「だから、どんな?」
三月うさぎ:「僕の懐中時計だよ」
アリス:「それがわからないから、一緒に行ってくれない?」
三月うさぎ:「やだよ。怖いもん」
ハートの女王:「三月うさぎさん!」
ハートの女王:「アリスさんと同行してくれるなら、あとで美味しいにんじんを差し上げます」
三月うさぎ:「ほんとかい?やったー!契約書も書いてね!いくいく!アリスと一緒にいく!」
ハートの女王:「じゃあ、私は、アリスさんたちが迷わないように…」
ハートの女王:「ここで、時計狂いの塔へと続く光の道を、消さずに指し示しておきます」
アリス:「ありがとう。じゃあ、うさぎさん、一緒に行こう」
三月うさぎ:「あいおっ!」
チェシャ猫:(M)ふふっ。三月うさぎは、アリスの肩に乗ったよ。
チェシャ猫:そして、アリスは、魔法の杖にまたがった!
アリス:「飛べ!飛べ!飛べーっ!」
チェシャ猫:(M)グレイト!エクセレント!ワンダフォーイ!アリスは、宙に浮いた!
ハートの女王:「すばらしい!やはり、あなたは、あなたこそが、アリスなのね!」
三月うさぎ:「当たり前さ!なんたって、僕が選んだアリスだからね!」
アリス:「それじゃあ、いくよーっ!いざ、時計狂いの塔へ!」
ハートの女王:「どうか、お気をつけて…」
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チェシャ猫:(M)ああ、アリス、飛んで行ってしまったね。
チェシャ猫:なんだか、吾輩は君を追いかけてみたくなったよ。
チェシャ猫:不思議の国は、不思議の国らしく、アリスは、アリスらしくなってきたからね。
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ナレ:――タイトルコール―時計の国のアリス――
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アリス:「なかなか辿(たど)り着かないね。だいぶ長い時間、飛んできたと思うんだけどね」
三月うさぎ:「あいおぉ…。僕もなんだか、アレを飛ばしたくなってきたよ」
アリス:「アレ?」
三月うさぎ:「アレだよ」
アリス:「アレってなに?」
三月うさぎ:「紳士な僕の口から言わせないでほしいな」
アリス:「あぁ、うさぎさん、もしかしてトイレに行きたいのかな?」
三月うさぎ:「トイレ?何それ?そんな下品な言葉、僕は知らない」
三月うさぎ:「僕は、ただ、お花を摘みに行きたいだけさ」
アリス:「わかった。じゃあ、一回、着陸するね」
アリス:「ただ、杖を上手く停止させるのは、自信がないから、しっかり私に捕まっていてね」
三月うさぎ:「おいおい!自信がないと思っているから、上手く行かないんだよ!」
三月うさぎ:「今度のアリスは、僕より馬鹿なんじゃないのか?」
アリス:「えっ?すっごい失礼なんだけど!」
三月うさぎ:「ばーか!ばーか!」
アリス:「そんな馬鹿馬鹿言うなら、着陸してあげないよ?」
三月うさぎ:「ごっ、ごめんなさい…」
アリス:「ふふっ」
ナレ:アリスが杖を地面に向けると、空からゆっくりと地面に向かって降下して行く。
ナレ:無事に着陸っ!とはならず、予想通り上手く停止できず、茂みに激突!
アリス:「(同時に)キャーッ!」
三月うさぎ:「(同時に)うわーっ!」
ナレ:その衝撃で、アリスと三月うさぎは、離れ離れになってしまったよ。
ナレ:アリスは、杖の先を懐中電灯のように光らせて、三月うさぎを探し始めた。
アリス:「おーい!うさぎさーん!うさぎさーん!」
帽子屋:「あれ?君は?」
アリス:「あっ、あなたは!」
帽子屋:「僕は、帽子屋だよ。君は、初めて会うアリスだね」
アリス:「初めてじゃないですよ。一度会っています」
帽子屋:「会っていないよ。アリスというモノは、瞬間瞬間で生まれ変わるから…」
帽子屋:「君は、僕が初めて会うアリスだ。どんなアリスかは、まだわからない」
アリス:「あのっ、うさぎさん、見てないですか?」
帽子屋:「うさぎ?うさぎなら、そこら辺にたくさんいるよ」
帽子屋:「白うさぎに、黒うさぎ、眠りうさぎに、筋トレうさぎ」
帽子屋:「君が探しているのは、どのうさぎかな?」
アリス:「ずっとうさぎさんって呼んでたからなぁ」
帽子屋:「本当の名前で呼んでいなかったんだね。あぁ、それは、とても失礼だ」
アリス:「三日月!そう、三日月うさぎ!」
三月うさぎ:「もーう!失礼だな!三日月じゃなくて、三月!僕は、三月うさぎだよ!」
アリス:「あぁ!うさぎさん!」
帽子屋:「やぁ、三月うさぎ、元気にしていたかな?」
三月うさぎ:「あいおっ!元気だけど、大変なんだ。僕の懐中時計がなくなったんだ」
帽子屋:「なんてことだ!それは、本当に大変だ!」
三月うさぎ:「だから、僕たちは、時計狂いの塔に向かっているんだ」
帽子屋:「時計狂いの塔だって!真夜中に出くわす可能性があるのにかい?」
三月うさぎ:「真夜中に出くわしても大丈夫さ。アリスがいるからね!」
帽子屋:「アリス…」
ナレ:帽子屋は、アリスの顔をまじまじと見つめ、においを嗅ぎ始めたよ。
アリス:「えっ?あのっ、何?」
帽子屋:「君は、本当にアリスになったんだね?」
アリス:「多分、アリスだよ」
帽子屋:「ふっ。ここに来たアリスは、みんなそう言う」
帽子屋:「『多分、アリス』『きっとアリス』『おそらくアリス』だと…」
帽子屋:「アリスであるはずなのに、アリスではない。アリスではないのだけど、アリスだ」
帽子屋:「それは何故か?それは、僕にもわからない。いや、僕だからわからない」
アリス:「どういうこと?」
三月うさぎ:「帽子屋の言うことに意味なんてないさ。深く考えるだけ時間の無駄さ」
帽子屋:「そうだね。話しを進めよう。いや、物語を進めよう」
アリス:「物語を進める?」
帽子屋:「僕も、時計狂いの塔に行くのに同行させてもらうよ」
アリス:「ほんとに?あっ、でも、杖は一人乗りだし、あなたは、うさぎさんのように肩に乗れるほど小さくないし」
帽子屋:「心配はいらないよ」
ナレ:帽子屋は、胸ポケットから、魔法のようにステッキを取り出した。
ナレ:そして、ステッキを華麗にくるくると回すと、ステッキは宙に浮き、帽子屋はその上に飛び乗った。
帽子屋:「ほらね?僕も空を飛べるんだ」
アリス:「すごい!魔法みたい!」
帽子屋:「この世界に、本気でやろうと思って、できないことなんて、何ひとつないのだよ」
アリス:「そうなの?」
帽子屋:「なぜなら、ここは、不思議の国だから」
アリス:「不思議の、国…」
帽子屋:「じゃあ、行こう!時計狂いの塔へ!」
アリス:「うん!」
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チェシャ猫:(M)いよいよ、面白くなってきたね。
チェシャ猫:まさか、あの帽子屋が、アリスに興味を持つとはね。
チェシャ猫:まぁ、吾輩も今度のアリスに少し興味が沸いてきたところだよ。
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ナレ:アリス一行は、ハートの女王が剣で指し示した光の道筋を頼りに、
ナレ:空を飛び、時計狂いの塔を目指す。
三月うさぎ:「もう一息だね!あと少し!あと少し!ここまで大変だった!」
アリス:「うさぎさんは、私の肩に乗っていただけでしょ?」
三月うさぎ:「あいおっ。それが大変なんだ」
アリス:「そっ、そうなのね…」
三月うさぎ:「人の苦労や痛みは、その人になってみないとわからないモノさ。へへへ」
アリス:「ふーん」
帽子屋:「そろそろ、降りよう。瘴気(しょうき)が強くなってきた。今のままだと、まずい」
アリス:「えっ?何がまずいの?」
ナレ:おっ?帽子屋がステッキの先を地面の方向に向け、降下し始めたので、
ナレ:アリスもそれに続いたよ。
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アリス:「やったー!初めて無事に着陸できた!」
三月うさぎ:「えっへん!僕が乗っていたおかげだね!」
アリス:「それ、関係ある?」
三月うさぎ:「大アリだよ!」
帽子屋:「(鼻でにおいを嗅ぐ)ふんふん。だいぶ、瘴気(しょうき)が濃いね」
アリス:「瘴気?それって、何なの?」
帽子屋:「あぁ、魔法の力を奪い取ってしまう見えない霧のようなモノのことだよ」
三月うさぎ:「(鼻でにおいを嗅ぐ)くんくん。僕には何もにおわない」
三月うさぎ:「美味しいモノのにおいにしか興味がないからかな」
アリス:「とにかく、時計狂いの塔を目指そう。うさぎさんの懐中時計を取りに行かないと」
帽子屋:「そうだね。行こう」
ナレ:アリス一行は、時計狂いの塔を目指し、森の中を歩き始める。
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アリス:「あっ!」
ナレ:突然、アリスの杖が、獣の毛のようなモノに変わり、真夜中の闇に溶けていったよ。
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
帽子屋:「多分、瘴気のせいだね。あの杖は、魔法の力を秘めているから」
帽子屋:「瘴気の力に強く反発し、その結果、カタチを保てなくなったのだろう」
アリス:「どうしよう?これで、もう、空を飛べない」
帽子屋:「気に病む必要はないさ。杖は、君のイメージを具現化させるのを手伝っていたに過ぎない」
帽子屋:「より強いイメージが湧き上がったなら、杖がなくても、アリスは自由に空を飛べる」
アリス:「そうなの?」
帽子屋:「そうだよ。なんたって、君はアリスなんだから」
三月うさぎ:「そう!僕が選んだアリスなんだよ!」
アリス:「でも、ハートの女王の剣から出た光は、目印としてあるものの…」
アリス:「杖の灯りがないから、だいぶ暗いね」
アリス:「足元に何があるのかが全く見えないし、何かにつまづきそう」
帽子屋:「大丈夫。今のアリスなら、もう、道に迷うことはないはずだ」
三月うさぎ:「あいおっ!なんたって、僕が選んだアリスだからね!」
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ナレ:アリス一行は、森を抜け、時計狂いの塔にたどり着く。
ナレ:これは…。柱時計に、腕時計、デジタル時計に、懐中時計…。
ナレ:ありとあらゆる時計が寄り集まってできた建物だね。
アリス:「これが、時計狂いの塔…」
三月うさぎ:「だめだ!扉が開かない!」
帽子屋:「そりゃあ、君の身長、君の力では無理だろ?」
三月うさぎ:「ひーーーっ!くやしーーーっ!」
帽子屋:「どれどれ?」
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帽子屋:「うーん。僕の力でも扉は開かないようだ。だとすると…」
ナレ:帽子屋と三月うさぎは、アリスの顔を見た。
アリス:「えっ?私?私は、そんなに力のある方じゃないよ?」
帽子屋:「扉を開けるのに、力はいらない。開けたいというキモチが大切なんだよ」
アリス:「開けたいというキモチ、ね」
ナレ:おっ?アリスが、扉に触れると、ただ、それだけで、扉はひとりでに開いたよ。
ナレ:塔の中は、ロウソクの火の灯った時計が幾つかあり、明るかった。
ナレ:もちろん、壁も床も天井も階段さえも全てが時計でできている。
ナレ:なぜなら、ここは、『時計狂いの塔』だからね。
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アリス:「すごいところだね」
三月うさぎ:「僕も来るのは、初めてだよ」
帽子屋:「僕もさ」
アリス:「それで、うさぎさんの懐中時計は、ありそう?」
三月うさぎ:「うーん。どうだろ?ちょっと探してくるね。びゅびゅーんっ!」
ナレ:三月うさぎは、猛烈な勢いで階段を上っていったよ。
アリス:「私たちも追いかけていきましょうか?」
帽子屋:「ふふっ。そうだね。追いかけていこう」
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帽子屋:「あのっ」
アリス:「なに?」
帽子屋:「君は、怖くないのかい?」
アリス:「怖くないって?」
帽子屋:「ここでは、『真夜中』と高確率で出会ってしまう」
アリス:「あぁ、真夜中ね。出会うとどうなるの?」
帽子屋:「多分、食べられる」
アリス:「真夜中は、ライオンや虎のような肉食動物なの?」
帽子屋:「そのライオンや虎が何なのかは、わからないが、真夜中は、真夜中さ」
帽子屋:「アリスがアリスであるのと同じようにね」
アリス:「真夜中、ね」
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三月うさぎ:「ぎゃーーーっ!真夜中だーーーっ!いやーっ!食べないでーっ!」
三月うさぎ:「毛をむしらないでむしらないでーっ!ぎゃーーーっ!」
アリス:「うさぎさんの声だ!」
帽子屋:「そうだね」
アリス:「助けに行かないと!」
帽子屋:「あぁ」
ナレ:アリスと帽子屋は、三月うさぎの叫び声のした方へ、塔の上の方へ、時計の階段を全速力で上ったよ。
アリス:「おーい!うさぎさーん!」
帽子屋:「三月うさぎーっ!どこだーっ!」
真夜中:「やあ!」
ナレ:おや?突然、二人の目の前にドス黒い塊が現れたよ。
アリス:「まさか?真夜中?」
帽子屋:「そうだね。真夜中だ」
真夜中:「ヒャッ!ヒャヒャッ!ヒャヒャヒャヒャヒャーッ!!!」
真夜中:「吾輩のことを知っているとは光栄だよ」
真夜中:「アリス。さて、君は、ここへ何をしにきたのかな?」
真夜中:「返答次第では、今すぐ君を食べてしまうけどね」
帽子屋:「アリス、いいか?よく考えてから答えるんだよ」
アリス:「よく考えてからって、言われても…」
真夜中:「早く答えてくれないか?」
真夜中:「時間というモノは、誰にとっても等しく、すべからく、とても貴重なモノなのだよ」
アリス:「うーん…」
真夜中:「さぁ、早く!君は、ここへ何をしにきた?答えたまえ!」
真夜中:「スリー!トゥー!ワンッ!」
アリス:「(ワンをさえぎって)元の世界に戻るため!」
真夜中:「ふっ、実にいい。実にいいよ。アリス!君は、そう、とても正直だ」
真夜中:「ここで、真夜中のままの時間を終わらせるためだとか?」
真夜中:「世界に朝を迎え入れるためだとか?」
真夜中:「虫唾が走るような嘘をついたのなら、君はすでに吾輩の胃袋の中だっただろうね」
真夜中:「良い!実に良い答えだ!」
アリス:「うさぎさんは、どうしたの?」
真夜中:「あぁ、どうしたのか知りたいかい?」
アリス:「答えなさい!うさぎさんをどうしたの!」
真夜中:「フフ。まだ生きてるよ。まだね…」
アリス:「じゃあ、うさぎさんに会わせて!」
真夜中:「会わせてあげても良いのだけど、願い事は、いつだって一つだけしか叶わないモノだよ」
アリス:「どういうことなの?」
真夜中:「君は、今すぐ元の世界に戻るか、三月うさぎを救うか、どちらか一方しか願いを叶えられない」
真夜中:「だとしたら、どちらを叶えたい?」
アリス:「えっ?」
帽子屋:「アリス、心のままに選ぶんだ。ヤツの前で、どちらも選ばない選択肢は存在しない」
真夜中:「帽子屋の言う通りだよ」
真夜中:「『今すぐ元の世界に戻る』を選ばなければ、君は永遠にこの世界にとどまることになるだろうし」
真夜中:「『三月うさぎを救う』を選ばなければ、三月うさぎも永遠に救われることはない」
真夜中:「あぁ、ゾクゾクするねぇ~!!!」
アリス:「うっ」
帽子屋:「アリス、自分の心に素直に、正直に!」
アリス:「私は…。私は、三月うさぎさんを救いたい!」
真夜中:「フフ…。ハハーッ!そちらを選んだか!」
帽子屋:「アリス、その選択で、間違いはないんだね?」
アリス:「間違いはないし、後悔はないよ」
アリス:「だって、三月うさぎさんは、懐中時計があれば、私を元の世界に戻せるって言ってたから」
真夜中:「アリス…。おぉ!アリス!愚かなアリス!」
真夜中:「時計狂いの塔には、幾つの時計があるのか理解しているのかな?それは、実に、無限に等しい数だヨ」
真夜中:「しかも、今、この瞬間にも、世界中から時計がこの塔に集まってきている」
真夜中:「それなのに、その中から、たったひとつの懐中時計を?見つけられると?本気で思っているのか?」
アリス:「私も探すから!きっと見つけられる!」
真夜中:「フフッ…。今なら、まだ間に合うよ。さぁ、言え!『今すぐ私を元の世界に戻して』と言え!さぁ!」
アリス:「言わない。どれだけ命令されても、その方が楽な道だとしても、絶対にそんなこと言ってやるものか!」
帽子屋:「あぁ、やっぱり君はアリスだ。僕はそんなアリスの力になりたい!あぁーっ!」
ナレ:帽子屋が真夜中に向かって、突進していったよ!
アリス:「ぼっ、帽子屋さんっ!」
ナレ:帽子屋は、一瞬にして真夜中の闇に取り込まれてしまった。
アリス:「なんてことなの!」
真夜中:「フフッ!無策!無謀!帽子屋も馬鹿だなぁ」
アリス:「帽子屋さんは、馬鹿なんかじゃない!」
真夜中:「じゃあ、次の質問だよ」
真夜中:「三月うさぎか帽子屋、どちらか一方だけしか救えないとしたら、アリス。君は、どちらを救う?」
アリス:「ちょっと待って!卑怯よ!三月うさぎさんをまず開放してくれるんじゃないの?」
真夜中:「吾輩はそんな約束は、したつもりはないよ。卑怯とは失敬な。世の中は、理不尽なことで溢れている」
真夜中:「弱肉強食。天下りに親の七光り、親の遺伝子の優劣や障害によるスタートラインの格差!」
真夜中:「実にーっ!不平等だ!」
アリス:「それが、何だっていうの!三月うさぎさんと帽子屋さんを今すぐ開放して!」
真夜中:「何故、何故に?アリスの願いを叶える必要がある?」
アリス:「何故って、あなたに、三月うさぎさんと帽子屋さんの自由を束縛する権限なんてないからよ!」
真夜中:「権限ならある!何故なら、吾輩は真夜中。闇は、全てを飲み込む存在だからね!」
アリス:「私は…。私は、あんたなんかに飲まれたりしないっ!」
真夜中:「フッ、それはどうかな?」
ナレ:真夜中から伸びた一筋の暗黒の塊が、アリスに直撃する。
アリス:「うはっ!」
ナレ:なんてことだ!アリスは、そのままガラス窓に衝突し、ガラス窓を突き破り、空中へと放り出されてしまったよ!
0:
0:【間】
0:
アリス:「あぁ、私、何もできなかった。誰も助けられなかった」
アリス:「やっぱり私って、ダメだな…。このまま地面に落ちて死んじゃうのかな…」
三月うさぎ:「死なないさ!アリスは、強いよ!」
三月うさぎ:「なんたって、僕が選んだアリスなんだから!」
アリス:「えっ?三月うさぎさんの声がする…」
帽子屋:「アリス、君はアリスなんだ」
帽子屋:「より強いイメージを思い浮かべれば、魔法の杖がなくても…」
帽子屋:「いつだって奇跡は、起こせる!」
アリス:「帽子屋さんの声もする。やっぱり、私、死んじゃうんだな…」
帽子屋:「アリスは、死なない!なぜなら…」
三月うさぎ:「僕がっ」
帽子屋:「(同時に)僕たちが選んだアリスだから!」
三月うさぎ:「(同時に)僕たちが選んだアリスだから!」
アリス:「私……。あきらめない!あきらめないよ!」
0:【間】
ナレ:まさにアリスが、地面に激突しようとするその瞬間!
ナレ:アリスの体が金色の光をまとい、宙に浮いた!
ナレ:そう、奇跡が、起こったのだ!
0:【間】
アリス:「私は、私なの!他の誰でもない!」
アリス:「誰の真似をする必要もないし、誰かの言いなりになる必要もない!世界で唯一無二!」
アリス:「やっと気づいた。三月うさぎさん、帽子屋さん、今助けにいくよーっ!」
ナレ:アリスは、光の速度で真夜中の前まで戻ってきたよ。
ナレ:その体の周囲には、金色の光が龍のように渦を巻いている。
真夜中:「ハハハハハッ!ハハハハハハーッ!またきたか!アリス!」
アリス:「私は、あなたを許さない」
真夜中:「許さない?じゃあ、どうするのかな?何ができるかな?
真夜中:「吾輩は、吾輩こそが真夜中なんだよ!」
アリス:「私は、アリスだよ。あなたを倒すことのできるアリスだよ!」
アリス:「はぁーっ!アリス特製、スーパー・ワンダフォイ・パーンチ!」
ナレ:アリスのパンチが、それはまさに閃光の如く、真夜中の体を貫いていった!
真夜中:「ぐっ、ぐふぁっ!さすがだ、よ…。さす…が、ア…リスッ…」
ナレ:飛散して行く真夜中の闇の塊から、三月うさぎ、帽子屋。
ナレ:そして、チェシャ猫が飛び出してきたよ。
三月うさぎ:「ひゃーっ!酷い目に遭ったなぁ」
帽子屋:「そうだね。でも、アリスが助けてくれた」
アリス:「二人とも、無事で良かった!」
チェシャ猫:「お初にお目にかかります」
チェシャ猫:「吾輩、この物語の道先案内人を勤めさせていただいているチェシャ猫という者です」
アリス:「ん?チェシャ猫?」
チェシャ猫:「そう、この物語の道先…」
帽子屋:「(さえぎって)そのくだりは、もういいだろ?」
チェシャ猫:「(咳払い)これは失敬」
三月うさぎ:「とにかく、助かってよかったじゃないか!それに…」
ナレ:真夜中は終わり、世界に朝が訪れる…。
ナレ:まばゆい朝陽が、塔の窓から差し込んでくる…。
0:
0:【間】
0:
アリス:「朝だ」
帽子屋:「そうだね。朝だ」
三月うさぎ:「わーい!わーい!」
三月うさぎ:「僕が選んだアリスが真夜中を終わらせて、朝を連れてきてくれたーっ!やったーっ!」
チェシャ猫:「今回は、本当にすまないことをした」
アリス:「ん?どうして、あなたが謝るの?」
チェシャ猫:「いやっ、なんでもない…」
帽子屋:「何か意味深だね」
チェシャ猫:「吾輩の謎については、また次のアリスの物語で語ることにしよう」
三月うさぎ:「じゃあ、今回は、ここで終わっちゃうの?」
三月うさぎ:「でも、僕の懐中時計は、まだ見つかっていないよ?」
チェシャ猫:「もう一度、君の胸ポケットを確認してごらん?」
ナレ:三月うさぎは、タキシードの胸ポケットに手を入れた。
三月うさぎ:「あった!僕の懐中時計だ!最初から僕のポケットに入ってた!」
三月うさぎ:「これで、アリスを元の世界に戻せる!」
アリス:「ふぅ(ため息)。よかった…」
帽子屋:「アリス、君に会えてよかったよ。短い間だったけど、本当に大切なことが少し、わかった気がする」
アリス:「大切なこと?」
0:【間】
アリス:「なんだろう?」
三月うさぎ:「今度きたときには、お茶会にも参加してよね」
アリス:「うん!参加させてね!」
チェシャ猫:「それじゃあ、そろそろ時間だね」
三月うさぎ:「あいおっ!」
ナレ:三月うさぎが懐中時計の青いボタンを押すと、
ナレ:アリスは、『普通ではない少女』として、いつもの教室で、カリキュラムに沿った授業を受けている。
ナレ:不思議の国での記憶は、多分、全て忘れてしまっている。
ナレ:しかし、『普通だった少女』は、『普通ではない少女』になれたのだ。
ナレ:これからは、面白いことが…。
ナレ:それは、もう、不思議な日々が待っているのだろう…。
:
0:【長い間】
:
ハートの女王:本当は毎日産まれ変わってる。
チェシャ猫:昨日までのあなたとは違う。
ハートの女王:変化の大きさは、違うかも知れない。
チェシャ猫:嘘をついたり、傷ついたり、優しさに触れたりしてさ。
三月うさぎ:僕の知らないところで、色々あってさ。
アリス:瞬間で、あなたは産まれ変わってる。
帽子屋:だから、僕も…。
:
:
0:―了―
アリス:(M)毎朝、決まった時間に起きて、決まった時間に学校に行って、
アリス:カリキュラムに沿った授業を受けて、放課後は、部活に行く。
アリス:帰宅したら、お風呂に入って、ご飯を食べて、宿題をして、寝る。
アリス:ずっとそれの繰り返し…。
アリス:何も変わらないし、何も変えられない。何も面白いことなんてない。
アリス:私がいなくなっても、世界は変わらず、動いてゆく…。
アリス:私がいなくなった穴は、誰かが簡単に埋めるだろう。
アリス:そもそも、私なんて、いても、いなくても、どうでも良い存在。
アリス:先生にも親にも友達の話しにも従順(じゅうじゅん)。
アリス:誰にも逆らわないし、何にも疑問を抱かない。
アリス:それが、一番楽だし、一番傷つかずに済む方法だと思ってる。
アリス:今日も私は、いつもと同じように、当たり前のように、普通に授業を受けている。
0:【間】
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
アリス:(M)タキシードを着たうさぎ?あれっ?周りの子たちは、誰も気づいていないの?
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
アリス:(M)もしかして、私だけが見えてる?私だけが聞こえてる?
三月うさぎ:「そのまさかさ!」
アリス:「うわっ!」
先生:「ちょっと!(演者の名前)さん!どうしたの?」
アリス:「いえっ、あのっ、何でもないです!」
三月うさぎ:「君、アリスだね?アリスだよね?」
アリス:「(小声で)えっ?アリス?」
三月うさぎ:「あいおっ!僕の姿が見えるってことは、君こそが『今回のアリス』なんだよ!」
アリス:「(小声で)そっ、そうなんだ…」
三月うさぎ:「そうなんだ!そうなんだ!大変なんだ!」
アリス:「(小声で)何が大変なの?」
三月うさぎ:「理由は、あとで話す!」
三月うさぎ:「とにかく、君の目の前のそのノートに『不思議の国に行きたい』って書いてみてよ!」
アリス:「(小声で)書くと、どうなるの?」
三月うさぎ:「不思議の国に行ける!」
アリス:「(小声で)不思議の、国?」
三月うさぎ:「不思議の国は、不思議の国だよ。不思議の国を救えるのは、アリスだけなんだ」
三月うさぎ:「だから、早くそのノートに『不思議の国に行きたい』って書いてよ!」
アリス:「(小声で)書けば、良いのね?」
三月うさぎ:「あいおっ!それだけで、不思議の国に行ける!」
ナレ:おやっ?良いのかな?
ナレ:アリスは、不思議の国がどんなところかも分からないのに、
ナレ:三月うさぎの言葉のままに、ノートに『不思議の国に行きたい』と書いてしまったよ。
アリス:「(小声で)これで、良いのかな?うさぎさん」
三月うさぎ:「ふっ、ふっ、ふ~っ!(笑)」
アリス:「きゃーーーっ!」
ナレ:なんてことだ!アリスの体は、みるみる小さくなって、
ナレ:ノートの中に吸い込まれて行ってしまったよ!
0:
0:【間】
0:
アリス:「あれっ?真っ暗だ。さっきまで学校で授業を受けていたのに…」
アリス:「本当に私、不思議の国に来ちゃったのかな?」
帽子屋:「やぁ、アリス!また会えて嬉しいよ!」
アリス:「えっ?誰?真っ暗で何も見えないんだけど…」
帽子屋:「それはそれは失礼した。僕は、帽子屋」
帽子屋:「今回のアリスは、暗い森の中では、目が見えなくなるアリスなんだね」
アリス:「森?私、森の中にいるの?」
帽子屋:「そうだよ。ここは、森の中だよ。そもそも、この世界は、ずっと真夜中」
帽子屋:「朝は永遠に来ない。今のところはね」
アリス:「どういうこと?」
帽子屋:「誰かが真夜中に、世界の時間を止めてしまったんだ」
帽子屋:「だから、世界は、真夜中の時間に固定されてしまった」
アリス:「なんでそんなことをするの?そんなことをして、意味はあるの?」
帽子屋:「それは、本人に聞いてみないとわからないし、本人に聞いてもわからないかも知れない」
アリス:「はぁ…。とにかく、この暗いのは、どうにかならないの?」
帽子屋:「どうにか…。うーん…。良いモノをあげよう。手を広げて」
ナレ:アリスは、帽子屋に言われるがままに手を広げた。
ナレ:そして、手のひらに棒のようなモノが触れると、それをぎゅっと、つかんだよ。
アリス:「これは…。棒?」
帽子屋:「アリスが、ソレをただの棒だと言うのなら、ただの棒だろうし…」
帽子屋:「ソレを魔法の杖だと言うのなら、魔法の杖にもなりうるのかも知れない」
アリス:「魔法の杖…」
帽子屋:「そうだよ。それはね。前回のアリスの持ち物なんだ」
帽子屋:「具体的なイメージを思い浮かべて、そのイメージを言葉にしながら杖を振れば…」
帽子屋:「ふっふっふっ…」
アリス:「願いごとを叶えてくれたりするの?」
帽子屋:「あくまでも、頭の中でイメージできる範囲内であれば、ね」
アリス:「じゃあ…。朝になれっ!」
ナレ:おやおやっ!アリスが杖を振ると、杖の先から半径五メートルくらいの範囲だけが明るくなったよ。
アリス:「明るくなった!」
帽子屋:「だね!」
アリス:「でも、朝にはなっていない…」
帽子屋:「それは、君の中で、朝に対する具体的なイメージが欠落しているからだよ」
アリス:「欠落かぁ。あっ!でも!これで、あなたの顔は、見えるようになった!」
アリス:「それに、ここが森の中だってことも、はっきりとわかる!」
帽子屋:「そうだね。あと、僕の顔に、何か付いているのかい?」
帽子屋:「そのっ、君にまじまじと見つめられると…」
帽子屋:「なんか、こう、心臓が勢い良く飛び出してしまいそうになるんだけど…」
アリス:「ごめん。ここに来て、初めて会話した相手だったから、つい…」
帽子屋:「あぁ、そうだね。さてと、さっそくだけど、今回のアリスの目的は?」
アリス:「私の目的?」
帽子屋:「そう、目的。何かあるだろ?お茶会をするとか?トランプをするとか?」
帽子屋:「ハートの女王を改心させるとか…」
帽子屋:「あっ、ハートの女王は、前回のアリスの物語で改心しちゃったから、それは目的から外れるね」
アリス:「特に何も…」
帽子屋:「はっ?何の目的もなしに、ここに来たっていうのかい?」
アリス:「うん。なんか、授業中に、うさぎに話しかけられて…」
アリス:「ノートに『不思議の国に行きたい』と書くように言われて…」
帽子屋:「三月うさぎか…。なるほど。今回のアリスは、空っぽなんだね」
アリス:「空っぽ?」
帽子屋:「うん。僕は、空っぽのアリスには、興味がないから、ここで、さよならすることにするよ」
アリス:「えっ?どうして?」
帽子屋:「そのままの意味さ」
アリス:「私、こんなところに来るなんて知らなかった。こんなところに来たくなかった」
アリス:「普通で良かった。みんなと同じが良かった。それなのに!なんでよ!」
帽子屋:「なんでか?それは、君が空っぽだった結果だろ?僕には、関係がない」
アリス:「いやだ。助けてよ!」
帽子屋:「僕に君を助ける力はないし、そんな力があったとしても助けようとも思わない」
アリス:「ひどい」
帽子屋:「何がひどいのかも分からない。ただ…」
アリス:「ただ?」
帽子屋:「今のハートの女王なら、君の力になろうとしてくれるかも知れない」
アリス:「ハートの女王?その人は、どこにいるの?」
帽子屋:「さぁね。どこにでもいるし、どこにもいないのかも知れない。では、さようなら…」
アリス:「あっ、待って!」
ナレ:あっ!帽子屋は、光の届かない場所に消えていったよ。
アリス:「ねぇ、私をひとりにしないでよ!ねーっ!」
ナレ:あぁ、アリスは、ひとりぼっちになってしまったね。
0:
0:【間】
0:
チェシャ猫:「ほーっ。どうやら、今度のアリスは、とても…」
チェシャ猫:「そう、とても…。普通だ」
チェシャ猫:「あれじゃ、帽子屋に興味を持たれなくても仕方がないかもね」
チェシャ猫:「帽子屋は、自分と考えの違うモノ、普通じゃないモノにしか興味を持たないからね」
チェシャ猫:「そして、吾輩も…。あぁ、残念だ。今度のアリスには、全く興味をそそられない」
0:【間】
チェシャ猫:「さてと、今のアリスは放っておいて…」
チェシャ猫:「ハートの女王のお城の様子でものぞきに行こうかな」
チェシャ猫:「もちろん、姿は隠したままでね」
チェシャ猫:「姿を見せるということは、答えを見せることと同じようなモノだからね」
:
0:【長い間】
:
三月うさぎ:「ハートの女王、たっだいまーっ!」
ハートの女王:「三月うさぎさん、よくぞ私のお城に無事に戻ってきてくれましたね。お疲れ様」
三月うさぎ:「あいおっ!ご褒美のにんじんは?にんじんは?」
ハートの女王:「たくさん用意していますよ。今、持ってきますね」
三月うさぎ:「やったーっ!早く早くーっ!ふんふーん!にんっじん!にんっじん!にんっじん!」
ハートの女王:「はい。どうぞ」
三月うさぎ:「うっはーっ!いっただきまーす!むしゃむしゃむしゃ…」
ハートの女王:「あのっ、三月うさぎさん」
三月うさぎ:「むしゃむしゃむしゃ…」
ハートの女王:「三月うさぎさん!」
三月うさぎ:「あいおっ?なんだい?いま、にんじん食べるのに、忙しいんだけど…」
ハートの女王:「ごめんなさい。あのっ、新しいアリスさんのことが気になってしまったので…」
三月うさぎ:「むしゃむしゃ…。あぁ、ちゃんとこっちに連れてきたよ。むしゃむしゃ…」
ハートの女王:「ありがとうございます。では、彼女は今、どこに?」
三月うさぎ:「知らない。むしゃむしゃ…」
ハートの女王:「知らないって?真夜中で時間が止まってしまったこの世界で、彼女は、一人きりということですか?」
三月うさぎ:「多分ね。むしゃむしゃ…」
ハートの女王:「あぁ、なんてことなの!私、アリスさんを探しに行くことにするわ。きっと一人で心細いでしょうから」
三月うさぎ:「えーっ!ダメだよ!ハートの女王は、ハートの女王なんだから、ハートの女王のお城にいる必要がある!」
ハートの女王:「そんなの、誰が決めたの!」
三月うさぎ:「あぁ、そうだ。誰が決めたんだろう…」
ハートの女王:「とにかく、私は、アリスさんを探しに行きます!」
三月うさぎ:「やめておいた方がいいよ。どこにいるのかわからないし、もう、どこにもいないかも知れない」
ハートの女王:「それって、つまり…」
三月うさぎ:「もう、すでに『真夜中』に食べられてしまっている可能性があるね」
ハートの女王:「真夜中…。あぁ、アリスさん!アリスさん!こうしてはいられない。すぐに支度をしないと!」
0:【間】
チェシャ猫:(M)おや?ハートの女王が外に出かける準備をしにいったよ。
チェシャ猫:本当に、このお城を出て行くつもりなのだろうか…。
0:
0:【間】
0:
チェシャ猫:(M)あぁ、戻ってきた。戻ってきた。
チェシャ猫:星降りの剣、星帰りの鎧、星祭りの帽子、星頼りの盾。
チェシャ猫:これは、これは、大層な装備品だ。
0:【間】
ハートの女王:「では、行ってきますね。三月うさぎさん」
ハートの女王:「そして、トランプ兵さんたち、お城のことは任せました」
三月うさぎ:「あぁ、ほんとに出て行くんだね。お城のことは僕に任せても大丈夫だよ」
三月うさぎ:「お城の中にあるにんじんも全部僕が食べておくから、安心して」
ハートの女王:「はい。任せました」
チェシャ猫:(M)どうやら、本当にハートの女王は、
チェシャ猫:ハートの女王のお城にいるという役割を捨てて、外に出かけるようだね。
チェシャ猫:トランプ兵たちも、ハートの女王に敬礼し、見送ろうとしているよ。
0:【間】
チェシャ猫:(M)ん?なんだ?空に光るモノがゆらゆらと…。こちらに向かっている?
ハートの女王:「あれは…。何かしら?」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!光る何かがこっちに向かってくるよ!大変だ!」
チェシャ猫:(M)あれは…。アリスだね。魔法の杖に乗って、空を飛んでいる。
チェシャ猫:きっと、この真夜中の世界で、ここには明るいモノが集まっているから、
チェシャ猫:ここを目的地に選んだのだろう。
ハートの女王:「人?人よ!女の子よ!」
三月うさぎ:「アリスだ!今度のアリスだ!あれは、僕が選んだアリスなんだよ!」
三月うさぎ:「僕が選んだアリス!すごいでしょ!杖に乗って空を飛んでる!」
三月うさぎ:「僕が選んだアリスだから、杖に乗って空が飛べるんだよ!」
ハートの女王:「そうね。本当に…。本当に無事で良かった…。真夜中に食べられてなくて、良かった」
アリス:「うあーーーっ!止まって!止まって!止まってーっ!」
チェシャ猫:(M)あぁ!アリスが魔法の杖に乗ったまま降下する勢いを止められず、
チェシャ猫:トランプ兵たちにぶつかっていってしまったよ。
チェシャ猫:トランプ兵たちは、将棋倒しのように、パッタパタと倒れていってしまった。
アリス:「ごっ、ごめんなさい!」
ハートの女王:「あなた!あなたが今度のアリスなのね!怪我は?怪我はない?」
アリス:「怪我はないです。あっ!私、早くこんなところから帰りたいんです」
アリス:「あっ!あの時のうさぎさん!」
三月うさぎ:「あいおっ!アリス、よくきたね!」
アリス:「私を早く、こんなところから元の世界に帰して下さい!」
ハートの女王:「三月うさぎさん?どういうことなの?」
ハートの女王:「アリスさんは、自分で望んでここに来たわけではないの?」
三月うさぎ:「アリスがノートに書いたんだ!ここに来たいって!だから、僕は何も悪くないよ!」
アリス:「あのっ、うさぎさんがノートに書くように言ったからですよ!私は何も悪くないです!」
ハートの女王:「あぁ…。とても困ってしまったわ…。アリスさんが最後の希望だったのに…」
アリス:「最後の希望?」
三月うさぎ:「そうさ、最後の希望。真夜中を倒し、世界に朝を連れてくる者。それがアリスさ!」
アリス:「意味がわかりません。何でも良いけど、私を早く元の世界に帰して下さい」
ハートの女王:「そうね…。望んでいないのに、ここに来てしまったアリスさんを…」
ハートの女王:「ここにとどまらせて置く理由は、どこにもないわ」
ハートの女王:「お茶会を開いても、楽しめないでしょうし…」
ハートの女王:「三月うさぎさん、アリスさんを元の世界に戻してあげて」
三月うさぎ:「あいおっ!」
三月うさぎ:「えっと、懐中時計懐中時計はっと…えっと…」
三月うさぎ:「大変だ…。大変だ…」
ハートの女王:「どうしたの?何が大変なの?」
三月うさぎ:「懐中時計がない!大変だ!」
ハートの女王:「なんですって!」
アリス:「懐中時計?」
三月うさぎ:「懐中時計がないと、アリスを元の世界に帰してやれないんだ。大変なんだ」
アリス:「そんなっ…」
ハートの女王:「あぁ、かわいそうなアリスさん!」
ハートの女王:「どうにか力になってあげたいのだけど、私の力では、どうにもならないわ」
三月うさぎ:「そうだ!アリスの杖!魔法の杖だから、僕の懐中時計を出せる!」
三月うさぎ:「ねぇ、アリス!『三月うさぎの懐中時計よ、出ろ!』って叫びながら杖を振ってみてよ!」
アリス:「そうすれば、私は元の世界に戻れるの?」
三月うさぎ:「うんうん!元の世界に戻るには、必要なアイテムなんだ」
アリス:「わかった。やってみるね。えっと…。三月うさぎの懐中時計よ、出ろ!」
0:【間】
アリス:「あれ?何も出てこない」
ハートの女王:「もう一度やってみては、どうでしょうか?」
アリス:「はい。三月うさぎの懐中時計よ、出ろ!出ろ!出ろ!」
アリス:「懐中時計よ、出ろ!出ろ!出ろーっ!」
0:【間】
三月うさぎ:「ダメだね。きっと今度のアリスは、何かをイメージする力が足りなさすぎるんだよ」
アリス:「私、元の世界に戻れないの?」
三月うさぎ:「戻れないかも知れないし、戻れるかも知れない」
三月うさぎ:「とにかく、僕は懐中時計を探さなきゃ…」
ハートの女王:「もしかしたらですけど…」
ハートの女王:「『時計狂いの塔』に、三月うさぎさんの懐中時計があるかも知れませんね」
アリス:「時計狂いの塔?」
三月うさぎ:「大変だ!あそこは危険だ!真夜中の住処(すみか)だ!」
三月うさぎ:「でも、あそこなら、僕の懐中時計があるかも知れない」
ハートの女王:「そうね。世界中の時計が、時計狂いの塔に集まっているから、きっと…」
アリス:「私、行きます!そのっ、時計狂いの塔に!」
ハートの女王:「とても危険よ?命を落とすことになるかも知れない」
三月うさぎ:「そうだよ!そうだよ!真夜中に出くわすかも知れないし、とっても怖い場所なんだよ!」
アリス:「それでも、何もしないよりはマシです」
ハートの女王:「わかりました。では、私が道を示しましょう」
チェシャ猫:(M)おっ!ハートの女王が星降りの剣を振ったよ」
チェシャ猫:切っ先から一筋の光が伸びた。真夜中の闇を突き進む一筋の光。
チェシャ猫:その光の先、遥かずっと先には、塔が見える。
ハートの女王:「見えますか?あの塔が、時計狂いの塔です」
アリス:「あの塔に行って、懐中時計を取ってくれば良いのね」
三月うさぎ:「あいおっ!僕の懐中時計を取って来てね!」
アリス:「どんな懐中時計なの?」
三月うさぎ:「僕の懐中時計だよ」
アリス:「だから、どんな?」
三月うさぎ:「僕の懐中時計だよ」
アリス:「それがわからないから、一緒に行ってくれない?」
三月うさぎ:「やだよ。怖いもん」
ハートの女王:「三月うさぎさん!」
ハートの女王:「アリスさんと同行してくれるなら、あとで美味しいにんじんを差し上げます」
三月うさぎ:「ほんとかい?やったー!契約書も書いてね!いくいく!アリスと一緒にいく!」
ハートの女王:「じゃあ、私は、アリスさんたちが迷わないように…」
ハートの女王:「ここで、時計狂いの塔へと続く光の道を、消さずに指し示しておきます」
アリス:「ありがとう。じゃあ、うさぎさん、一緒に行こう」
三月うさぎ:「あいおっ!」
チェシャ猫:(M)ふふっ。三月うさぎは、アリスの肩に乗ったよ。
チェシャ猫:そして、アリスは、魔法の杖にまたがった!
アリス:「飛べ!飛べ!飛べーっ!」
チェシャ猫:(M)グレイト!エクセレント!ワンダフォーイ!アリスは、宙に浮いた!
ハートの女王:「すばらしい!やはり、あなたは、あなたこそが、アリスなのね!」
三月うさぎ:「当たり前さ!なんたって、僕が選んだアリスだからね!」
アリス:「それじゃあ、いくよーっ!いざ、時計狂いの塔へ!」
ハートの女王:「どうか、お気をつけて…」
0:【間】
チェシャ猫:(M)ああ、アリス、飛んで行ってしまったね。
チェシャ猫:なんだか、吾輩は君を追いかけてみたくなったよ。
チェシャ猫:不思議の国は、不思議の国らしく、アリスは、アリスらしくなってきたからね。
0:
ナレ:――タイトルコール―時計の国のアリス――
0:
0:【間】
0:
アリス:「なかなか辿(たど)り着かないね。だいぶ長い時間、飛んできたと思うんだけどね」
三月うさぎ:「あいおぉ…。僕もなんだか、アレを飛ばしたくなってきたよ」
アリス:「アレ?」
三月うさぎ:「アレだよ」
アリス:「アレってなに?」
三月うさぎ:「紳士な僕の口から言わせないでほしいな」
アリス:「あぁ、うさぎさん、もしかしてトイレに行きたいのかな?」
三月うさぎ:「トイレ?何それ?そんな下品な言葉、僕は知らない」
三月うさぎ:「僕は、ただ、お花を摘みに行きたいだけさ」
アリス:「わかった。じゃあ、一回、着陸するね」
アリス:「ただ、杖を上手く停止させるのは、自信がないから、しっかり私に捕まっていてね」
三月うさぎ:「おいおい!自信がないと思っているから、上手く行かないんだよ!」
三月うさぎ:「今度のアリスは、僕より馬鹿なんじゃないのか?」
アリス:「えっ?すっごい失礼なんだけど!」
三月うさぎ:「ばーか!ばーか!」
アリス:「そんな馬鹿馬鹿言うなら、着陸してあげないよ?」
三月うさぎ:「ごっ、ごめんなさい…」
アリス:「ふふっ」
ナレ:アリスが杖を地面に向けると、空からゆっくりと地面に向かって降下して行く。
ナレ:無事に着陸っ!とはならず、予想通り上手く停止できず、茂みに激突!
アリス:「(同時に)キャーッ!」
三月うさぎ:「(同時に)うわーっ!」
ナレ:その衝撃で、アリスと三月うさぎは、離れ離れになってしまったよ。
ナレ:アリスは、杖の先を懐中電灯のように光らせて、三月うさぎを探し始めた。
アリス:「おーい!うさぎさーん!うさぎさーん!」
帽子屋:「あれ?君は?」
アリス:「あっ、あなたは!」
帽子屋:「僕は、帽子屋だよ。君は、初めて会うアリスだね」
アリス:「初めてじゃないですよ。一度会っています」
帽子屋:「会っていないよ。アリスというモノは、瞬間瞬間で生まれ変わるから…」
帽子屋:「君は、僕が初めて会うアリスだ。どんなアリスかは、まだわからない」
アリス:「あのっ、うさぎさん、見てないですか?」
帽子屋:「うさぎ?うさぎなら、そこら辺にたくさんいるよ」
帽子屋:「白うさぎに、黒うさぎ、眠りうさぎに、筋トレうさぎ」
帽子屋:「君が探しているのは、どのうさぎかな?」
アリス:「ずっとうさぎさんって呼んでたからなぁ」
帽子屋:「本当の名前で呼んでいなかったんだね。あぁ、それは、とても失礼だ」
アリス:「三日月!そう、三日月うさぎ!」
三月うさぎ:「もーう!失礼だな!三日月じゃなくて、三月!僕は、三月うさぎだよ!」
アリス:「あぁ!うさぎさん!」
帽子屋:「やぁ、三月うさぎ、元気にしていたかな?」
三月うさぎ:「あいおっ!元気だけど、大変なんだ。僕の懐中時計がなくなったんだ」
帽子屋:「なんてことだ!それは、本当に大変だ!」
三月うさぎ:「だから、僕たちは、時計狂いの塔に向かっているんだ」
帽子屋:「時計狂いの塔だって!真夜中に出くわす可能性があるのにかい?」
三月うさぎ:「真夜中に出くわしても大丈夫さ。アリスがいるからね!」
帽子屋:「アリス…」
ナレ:帽子屋は、アリスの顔をまじまじと見つめ、においを嗅ぎ始めたよ。
アリス:「えっ?あのっ、何?」
帽子屋:「君は、本当にアリスになったんだね?」
アリス:「多分、アリスだよ」
帽子屋:「ふっ。ここに来たアリスは、みんなそう言う」
帽子屋:「『多分、アリス』『きっとアリス』『おそらくアリス』だと…」
帽子屋:「アリスであるはずなのに、アリスではない。アリスではないのだけど、アリスだ」
帽子屋:「それは何故か?それは、僕にもわからない。いや、僕だからわからない」
アリス:「どういうこと?」
三月うさぎ:「帽子屋の言うことに意味なんてないさ。深く考えるだけ時間の無駄さ」
帽子屋:「そうだね。話しを進めよう。いや、物語を進めよう」
アリス:「物語を進める?」
帽子屋:「僕も、時計狂いの塔に行くのに同行させてもらうよ」
アリス:「ほんとに?あっ、でも、杖は一人乗りだし、あなたは、うさぎさんのように肩に乗れるほど小さくないし」
帽子屋:「心配はいらないよ」
ナレ:帽子屋は、胸ポケットから、魔法のようにステッキを取り出した。
ナレ:そして、ステッキを華麗にくるくると回すと、ステッキは宙に浮き、帽子屋はその上に飛び乗った。
帽子屋:「ほらね?僕も空を飛べるんだ」
アリス:「すごい!魔法みたい!」
帽子屋:「この世界に、本気でやろうと思って、できないことなんて、何ひとつないのだよ」
アリス:「そうなの?」
帽子屋:「なぜなら、ここは、不思議の国だから」
アリス:「不思議の、国…」
帽子屋:「じゃあ、行こう!時計狂いの塔へ!」
アリス:「うん!」
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チェシャ猫:(M)いよいよ、面白くなってきたね。
チェシャ猫:まさか、あの帽子屋が、アリスに興味を持つとはね。
チェシャ猫:まぁ、吾輩も今度のアリスに少し興味が沸いてきたところだよ。
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ナレ:アリス一行は、ハートの女王が剣で指し示した光の道筋を頼りに、
ナレ:空を飛び、時計狂いの塔を目指す。
三月うさぎ:「もう一息だね!あと少し!あと少し!ここまで大変だった!」
アリス:「うさぎさんは、私の肩に乗っていただけでしょ?」
三月うさぎ:「あいおっ。それが大変なんだ」
アリス:「そっ、そうなのね…」
三月うさぎ:「人の苦労や痛みは、その人になってみないとわからないモノさ。へへへ」
アリス:「ふーん」
帽子屋:「そろそろ、降りよう。瘴気(しょうき)が強くなってきた。今のままだと、まずい」
アリス:「えっ?何がまずいの?」
ナレ:おっ?帽子屋がステッキの先を地面の方向に向け、降下し始めたので、
ナレ:アリスもそれに続いたよ。
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アリス:「やったー!初めて無事に着陸できた!」
三月うさぎ:「えっへん!僕が乗っていたおかげだね!」
アリス:「それ、関係ある?」
三月うさぎ:「大アリだよ!」
帽子屋:「(鼻でにおいを嗅ぐ)ふんふん。だいぶ、瘴気(しょうき)が濃いね」
アリス:「瘴気?それって、何なの?」
帽子屋:「あぁ、魔法の力を奪い取ってしまう見えない霧のようなモノのことだよ」
三月うさぎ:「(鼻でにおいを嗅ぐ)くんくん。僕には何もにおわない」
三月うさぎ:「美味しいモノのにおいにしか興味がないからかな」
アリス:「とにかく、時計狂いの塔を目指そう。うさぎさんの懐中時計を取りに行かないと」
帽子屋:「そうだね。行こう」
ナレ:アリス一行は、時計狂いの塔を目指し、森の中を歩き始める。
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アリス:「あっ!」
ナレ:突然、アリスの杖が、獣の毛のようなモノに変わり、真夜中の闇に溶けていったよ。
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」
帽子屋:「多分、瘴気のせいだね。あの杖は、魔法の力を秘めているから」
帽子屋:「瘴気の力に強く反発し、その結果、カタチを保てなくなったのだろう」
アリス:「どうしよう?これで、もう、空を飛べない」
帽子屋:「気に病む必要はないさ。杖は、君のイメージを具現化させるのを手伝っていたに過ぎない」
帽子屋:「より強いイメージが湧き上がったなら、杖がなくても、アリスは自由に空を飛べる」
アリス:「そうなの?」
帽子屋:「そうだよ。なんたって、君はアリスなんだから」
三月うさぎ:「そう!僕が選んだアリスなんだよ!」
アリス:「でも、ハートの女王の剣から出た光は、目印としてあるものの…」
アリス:「杖の灯りがないから、だいぶ暗いね」
アリス:「足元に何があるのかが全く見えないし、何かにつまづきそう」
帽子屋:「大丈夫。今のアリスなら、もう、道に迷うことはないはずだ」
三月うさぎ:「あいおっ!なんたって、僕が選んだアリスだからね!」
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ナレ:アリス一行は、森を抜け、時計狂いの塔にたどり着く。
ナレ:これは…。柱時計に、腕時計、デジタル時計に、懐中時計…。
ナレ:ありとあらゆる時計が寄り集まってできた建物だね。
アリス:「これが、時計狂いの塔…」
三月うさぎ:「だめだ!扉が開かない!」
帽子屋:「そりゃあ、君の身長、君の力では無理だろ?」
三月うさぎ:「ひーーーっ!くやしーーーっ!」
帽子屋:「どれどれ?」
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帽子屋:「うーん。僕の力でも扉は開かないようだ。だとすると…」
ナレ:帽子屋と三月うさぎは、アリスの顔を見た。
アリス:「えっ?私?私は、そんなに力のある方じゃないよ?」
帽子屋:「扉を開けるのに、力はいらない。開けたいというキモチが大切なんだよ」
アリス:「開けたいというキモチ、ね」
ナレ:おっ?アリスが、扉に触れると、ただ、それだけで、扉はひとりでに開いたよ。
ナレ:塔の中は、ロウソクの火の灯った時計が幾つかあり、明るかった。
ナレ:もちろん、壁も床も天井も階段さえも全てが時計でできている。
ナレ:なぜなら、ここは、『時計狂いの塔』だからね。
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アリス:「すごいところだね」
三月うさぎ:「僕も来るのは、初めてだよ」
帽子屋:「僕もさ」
アリス:「それで、うさぎさんの懐中時計は、ありそう?」
三月うさぎ:「うーん。どうだろ?ちょっと探してくるね。びゅびゅーんっ!」
ナレ:三月うさぎは、猛烈な勢いで階段を上っていったよ。
アリス:「私たちも追いかけていきましょうか?」
帽子屋:「ふふっ。そうだね。追いかけていこう」
0:【間】
帽子屋:「あのっ」
アリス:「なに?」
帽子屋:「君は、怖くないのかい?」
アリス:「怖くないって?」
帽子屋:「ここでは、『真夜中』と高確率で出会ってしまう」
アリス:「あぁ、真夜中ね。出会うとどうなるの?」
帽子屋:「多分、食べられる」
アリス:「真夜中は、ライオンや虎のような肉食動物なの?」
帽子屋:「そのライオンや虎が何なのかは、わからないが、真夜中は、真夜中さ」
帽子屋:「アリスがアリスであるのと同じようにね」
アリス:「真夜中、ね」
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三月うさぎ:「ぎゃーーーっ!真夜中だーーーっ!いやーっ!食べないでーっ!」
三月うさぎ:「毛をむしらないでむしらないでーっ!ぎゃーーーっ!」
アリス:「うさぎさんの声だ!」
帽子屋:「そうだね」
アリス:「助けに行かないと!」
帽子屋:「あぁ」
ナレ:アリスと帽子屋は、三月うさぎの叫び声のした方へ、塔の上の方へ、時計の階段を全速力で上ったよ。
アリス:「おーい!うさぎさーん!」
帽子屋:「三月うさぎーっ!どこだーっ!」
真夜中:「やあ!」
ナレ:おや?突然、二人の目の前にドス黒い塊が現れたよ。
アリス:「まさか?真夜中?」
帽子屋:「そうだね。真夜中だ」
真夜中:「ヒャッ!ヒャヒャッ!ヒャヒャヒャヒャヒャーッ!!!」
真夜中:「吾輩のことを知っているとは光栄だよ」
真夜中:「アリス。さて、君は、ここへ何をしにきたのかな?」
真夜中:「返答次第では、今すぐ君を食べてしまうけどね」
帽子屋:「アリス、いいか?よく考えてから答えるんだよ」
アリス:「よく考えてからって、言われても…」
真夜中:「早く答えてくれないか?」
真夜中:「時間というモノは、誰にとっても等しく、すべからく、とても貴重なモノなのだよ」
アリス:「うーん…」
真夜中:「さぁ、早く!君は、ここへ何をしにきた?答えたまえ!」
真夜中:「スリー!トゥー!ワンッ!」
アリス:「(ワンをさえぎって)元の世界に戻るため!」
真夜中:「ふっ、実にいい。実にいいよ。アリス!君は、そう、とても正直だ」
真夜中:「ここで、真夜中のままの時間を終わらせるためだとか?」
真夜中:「世界に朝を迎え入れるためだとか?」
真夜中:「虫唾が走るような嘘をついたのなら、君はすでに吾輩の胃袋の中だっただろうね」
真夜中:「良い!実に良い答えだ!」
アリス:「うさぎさんは、どうしたの?」
真夜中:「あぁ、どうしたのか知りたいかい?」
アリス:「答えなさい!うさぎさんをどうしたの!」
真夜中:「フフ。まだ生きてるよ。まだね…」
アリス:「じゃあ、うさぎさんに会わせて!」
真夜中:「会わせてあげても良いのだけど、願い事は、いつだって一つだけしか叶わないモノだよ」
アリス:「どういうことなの?」
真夜中:「君は、今すぐ元の世界に戻るか、三月うさぎを救うか、どちらか一方しか願いを叶えられない」
真夜中:「だとしたら、どちらを叶えたい?」
アリス:「えっ?」
帽子屋:「アリス、心のままに選ぶんだ。ヤツの前で、どちらも選ばない選択肢は存在しない」
真夜中:「帽子屋の言う通りだよ」
真夜中:「『今すぐ元の世界に戻る』を選ばなければ、君は永遠にこの世界にとどまることになるだろうし」
真夜中:「『三月うさぎを救う』を選ばなければ、三月うさぎも永遠に救われることはない」
真夜中:「あぁ、ゾクゾクするねぇ~!!!」
アリス:「うっ」
帽子屋:「アリス、自分の心に素直に、正直に!」
アリス:「私は…。私は、三月うさぎさんを救いたい!」
真夜中:「フフ…。ハハーッ!そちらを選んだか!」
帽子屋:「アリス、その選択で、間違いはないんだね?」
アリス:「間違いはないし、後悔はないよ」
アリス:「だって、三月うさぎさんは、懐中時計があれば、私を元の世界に戻せるって言ってたから」
真夜中:「アリス…。おぉ!アリス!愚かなアリス!」
真夜中:「時計狂いの塔には、幾つの時計があるのか理解しているのかな?それは、実に、無限に等しい数だヨ」
真夜中:「しかも、今、この瞬間にも、世界中から時計がこの塔に集まってきている」
真夜中:「それなのに、その中から、たったひとつの懐中時計を?見つけられると?本気で思っているのか?」
アリス:「私も探すから!きっと見つけられる!」
真夜中:「フフッ…。今なら、まだ間に合うよ。さぁ、言え!『今すぐ私を元の世界に戻して』と言え!さぁ!」
アリス:「言わない。どれだけ命令されても、その方が楽な道だとしても、絶対にそんなこと言ってやるものか!」
帽子屋:「あぁ、やっぱり君はアリスだ。僕はそんなアリスの力になりたい!あぁーっ!」
ナレ:帽子屋が真夜中に向かって、突進していったよ!
アリス:「ぼっ、帽子屋さんっ!」
ナレ:帽子屋は、一瞬にして真夜中の闇に取り込まれてしまった。
アリス:「なんてことなの!」
真夜中:「フフッ!無策!無謀!帽子屋も馬鹿だなぁ」
アリス:「帽子屋さんは、馬鹿なんかじゃない!」
真夜中:「じゃあ、次の質問だよ」
真夜中:「三月うさぎか帽子屋、どちらか一方だけしか救えないとしたら、アリス。君は、どちらを救う?」
アリス:「ちょっと待って!卑怯よ!三月うさぎさんをまず開放してくれるんじゃないの?」
真夜中:「吾輩はそんな約束は、したつもりはないよ。卑怯とは失敬な。世の中は、理不尽なことで溢れている」
真夜中:「弱肉強食。天下りに親の七光り、親の遺伝子の優劣や障害によるスタートラインの格差!」
真夜中:「実にーっ!不平等だ!」
アリス:「それが、何だっていうの!三月うさぎさんと帽子屋さんを今すぐ開放して!」
真夜中:「何故、何故に?アリスの願いを叶える必要がある?」
アリス:「何故って、あなたに、三月うさぎさんと帽子屋さんの自由を束縛する権限なんてないからよ!」
真夜中:「権限ならある!何故なら、吾輩は真夜中。闇は、全てを飲み込む存在だからね!」
アリス:「私は…。私は、あんたなんかに飲まれたりしないっ!」
真夜中:「フッ、それはどうかな?」
ナレ:真夜中から伸びた一筋の暗黒の塊が、アリスに直撃する。
アリス:「うはっ!」
ナレ:なんてことだ!アリスは、そのままガラス窓に衝突し、ガラス窓を突き破り、空中へと放り出されてしまったよ!
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アリス:「あぁ、私、何もできなかった。誰も助けられなかった」
アリス:「やっぱり私って、ダメだな…。このまま地面に落ちて死んじゃうのかな…」
三月うさぎ:「死なないさ!アリスは、強いよ!」
三月うさぎ:「なんたって、僕が選んだアリスなんだから!」
アリス:「えっ?三月うさぎさんの声がする…」
帽子屋:「アリス、君はアリスなんだ」
帽子屋:「より強いイメージを思い浮かべれば、魔法の杖がなくても…」
帽子屋:「いつだって奇跡は、起こせる!」
アリス:「帽子屋さんの声もする。やっぱり、私、死んじゃうんだな…」
帽子屋:「アリスは、死なない!なぜなら…」
三月うさぎ:「僕がっ」
帽子屋:「(同時に)僕たちが選んだアリスだから!」
三月うさぎ:「(同時に)僕たちが選んだアリスだから!」
アリス:「私……。あきらめない!あきらめないよ!」
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ナレ:まさにアリスが、地面に激突しようとするその瞬間!
ナレ:アリスの体が金色の光をまとい、宙に浮いた!
ナレ:そう、奇跡が、起こったのだ!
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アリス:「私は、私なの!他の誰でもない!」
アリス:「誰の真似をする必要もないし、誰かの言いなりになる必要もない!世界で唯一無二!」
アリス:「やっと気づいた。三月うさぎさん、帽子屋さん、今助けにいくよーっ!」
ナレ:アリスは、光の速度で真夜中の前まで戻ってきたよ。
ナレ:その体の周囲には、金色の光が龍のように渦を巻いている。
真夜中:「ハハハハハッ!ハハハハハハーッ!またきたか!アリス!」
アリス:「私は、あなたを許さない」
真夜中:「許さない?じゃあ、どうするのかな?何ができるかな?
真夜中:「吾輩は、吾輩こそが真夜中なんだよ!」
アリス:「私は、アリスだよ。あなたを倒すことのできるアリスだよ!」
アリス:「はぁーっ!アリス特製、スーパー・ワンダフォイ・パーンチ!」
ナレ:アリスのパンチが、それはまさに閃光の如く、真夜中の体を貫いていった!
真夜中:「ぐっ、ぐふぁっ!さすがだ、よ…。さす…が、ア…リスッ…」
ナレ:飛散して行く真夜中の闇の塊から、三月うさぎ、帽子屋。
ナレ:そして、チェシャ猫が飛び出してきたよ。
三月うさぎ:「ひゃーっ!酷い目に遭ったなぁ」
帽子屋:「そうだね。でも、アリスが助けてくれた」
アリス:「二人とも、無事で良かった!」
チェシャ猫:「お初にお目にかかります」
チェシャ猫:「吾輩、この物語の道先案内人を勤めさせていただいているチェシャ猫という者です」
アリス:「ん?チェシャ猫?」
チェシャ猫:「そう、この物語の道先…」
帽子屋:「(さえぎって)そのくだりは、もういいだろ?」
チェシャ猫:「(咳払い)これは失敬」
三月うさぎ:「とにかく、助かってよかったじゃないか!それに…」
ナレ:真夜中は終わり、世界に朝が訪れる…。
ナレ:まばゆい朝陽が、塔の窓から差し込んでくる…。
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アリス:「朝だ」
帽子屋:「そうだね。朝だ」
三月うさぎ:「わーい!わーい!」
三月うさぎ:「僕が選んだアリスが真夜中を終わらせて、朝を連れてきてくれたーっ!やったーっ!」
チェシャ猫:「今回は、本当にすまないことをした」
アリス:「ん?どうして、あなたが謝るの?」
チェシャ猫:「いやっ、なんでもない…」
帽子屋:「何か意味深だね」
チェシャ猫:「吾輩の謎については、また次のアリスの物語で語ることにしよう」
三月うさぎ:「じゃあ、今回は、ここで終わっちゃうの?」
三月うさぎ:「でも、僕の懐中時計は、まだ見つかっていないよ?」
チェシャ猫:「もう一度、君の胸ポケットを確認してごらん?」
ナレ:三月うさぎは、タキシードの胸ポケットに手を入れた。
三月うさぎ:「あった!僕の懐中時計だ!最初から僕のポケットに入ってた!」
三月うさぎ:「これで、アリスを元の世界に戻せる!」
アリス:「ふぅ(ため息)。よかった…」
帽子屋:「アリス、君に会えてよかったよ。短い間だったけど、本当に大切なことが少し、わかった気がする」
アリス:「大切なこと?」
0:【間】
アリス:「なんだろう?」
三月うさぎ:「今度きたときには、お茶会にも参加してよね」
アリス:「うん!参加させてね!」
チェシャ猫:「それじゃあ、そろそろ時間だね」
三月うさぎ:「あいおっ!」
ナレ:三月うさぎが懐中時計の青いボタンを押すと、
ナレ:アリスは、『普通ではない少女』として、いつもの教室で、カリキュラムに沿った授業を受けている。
ナレ:不思議の国での記憶は、多分、全て忘れてしまっている。
ナレ:しかし、『普通だった少女』は、『普通ではない少女』になれたのだ。
ナレ:これからは、面白いことが…。
ナレ:それは、もう、不思議な日々が待っているのだろう…。
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0:【長い間】
:
ハートの女王:本当は毎日産まれ変わってる。
チェシャ猫:昨日までのあなたとは違う。
ハートの女王:変化の大きさは、違うかも知れない。
チェシャ猫:嘘をついたり、傷ついたり、優しさに触れたりしてさ。
三月うさぎ:僕の知らないところで、色々あってさ。
アリス:瞬間で、あなたは産まれ変わってる。
帽子屋:だから、僕も…。
:
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0:―了―