台本概要

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タイトル モンストロ
作者名 にょすけ  (@nyoskerion)
ジャンル ファンタジー
演者人数 5人用台本(不問5)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 楽しく遊んでください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ストルツキン 不問 95 けむくじゃらのモンストロ
益子 不問 86 自ら命を絶った人間
『慈しみ』 不問 68 人間に憧れたモンストロ
ポムズ 不問 67 人間を追うモンストロ
ギムズ 不問 72 人間を追うモンストロ
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
益子:ますこ 人間 いじめを苦に自殺した結果、この『モンストロの街』で目を覚ます。 ストルツキン:モンストロ。ニンゲンは食べ物じゃない。他と違う事に悩み、その中で仕方なくモンストロとして生きていた。 ポムズ:モンストロ。ニンゲン食べたい。兄貴分。身体が小さく、偉そう。 ギムズ:モンストロ。ニンゲン食べたい。弟分。身体が大きく、少し気弱。 『慈しみ』:いつくしみ。元モンストロ。『ニンゲン』に憧れて、ニンゲンになりたくて、ニンゲンが欲しくて、だから。  :   :  益子:(モノローグ) 益子:マッチ缶をこじ開けたその街に、 益子:調律師(ちょうりつし)は既に居なかった。 益子:音の外れたメッセージボトルで、 益子:明日(あす)の夜明けを恨みながらモンストロは 益子:口々に捨て台詞を吐いていく。 益子:「この街の夜は、愛情を吸っていくんだ。」って。  :  0:間  :  ギムズ:いち、に、さん、し、ご、ろく。 ポムズ:どうだ? ギムズ:やっぱり何回数えても6枚しかない。 ポムズ:もう一回数えてみろ。 ギムズ:いち、に、さん、し、ご、ろく。 ポムズ:やっぱり一枚足りない。 ギムズ:うん。 ポムズ:どうしたものか。 ギムズ:7枚ないと、『ニンゲン』は捕まえられないんでしょ? ポムズ:そうだけど、足りないもんは足りないんだからしょうがない。 ギムズ:お腹すいたよ、ポムズ。 ポムズ:そんなの俺もだよ、ギムズ。 ギムズ:本当に『ニンゲン』を食べたら、 ギムズ:永遠にお腹が減らなくて済むのかな。 ポムズ:それだけじゃないさ、ずーっとクチの中に ポムズ:甘いのと、辛いのと、酸っぱいのと ポムズ:それから…… ギムズ:しょっぱい? ポムズ:そう、色んないっぱいの味がずっと続くんだ。 ギムズ:はあ、いいなあ、早く食べたいなあ。 ギムズ:『ニンゲン』  :  0:間   :  益子:もしそこに、本当に『愛』があったなら、 0:タイトルコール 益子:「モンストロ。」  :  0:間 (SE:カランコロン)  :  『慈しみ』:そう、昔の話よ。 『慈しみ』:この『慈しみ』が、モンストロであった頃。 『慈しみ』:世界にはまだ『ニンゲン』がうようよと居て 『慈しみ』:私たちはみな等しく、『ニンゲン』と共存していたというわけ。 ストルツキン:なるほど。 『慈しみ』:その頃のモンストロは、今みたいに全員毛むくじゃらなんかじゃなかったし 『慈しみ』:こんなに錆(さ)びれた廃鉱(はいこう)を切り崩して作った『ダウナーホール』で 『慈しみ』:煤だらけ(すすだらけ)になる人生を送っていなかった。 ストルツキン:興味深いな。 『慈しみ』:ええ、そうでしょう? ストルツキン:その頃のモンストロは、俺らみたいに ストルツキン:虫食いの馬鈴薯(ばれいしょ)をすり潰して食べたり ストルツキン:コムタン虫(ちゅう)や下敷き鼠(したじきねずみ)の素焼きで腹を満たしたりしてたわけじゃないんだろ 『慈しみ』:そうよ、食事は当然食器を使ったし 『慈しみ』:クチ回りがよだれの「におい」でくさくなったりしないの。 ストルツキン:信じられない。よだれが無かったのか?昔のモンストロは。 『慈しみ』:違うわ、ちゃんと拭ったのよ。ハンカチーフで。 ストルツキン:ハンクアチイフ? 『慈しみ』:「ハンカチーフ」。 ストルツキン:なんだ?それは。 『慈しみ』:よだれはきちんと「ぬぐう」ものなのよ。 ストルツキン:へえ、昔のモンストロは「生きるのに丁寧」だったんだな。 『慈しみ』:ええ。ところで貴方、その服は何? ストルツキン:ああ、これかい?『麻袋(あさぶくろ)』さ。 『慈しみ』:『麻袋』。 ストルツキン:そう、いい物だよ麻袋は。 ストルツキン:誰かを入れる事もできるし、何かを運ぶこともできる。 ストルツキン:いつかの記憶に蓋(ふた)をして、縛り上げておくこともできるし ストルツキン:何より着てみても、悪くない。 『慈しみ』:……そう。まあ、人それぞれよね。 ストルツキン:なにが? 『慈しみ』:美的センスよ。 ストルツキン:お前さんは、モンストロじゃないのかい、『慈しみ(いつくしみ)』 『慈しみ』:ええ、私は貴方たちみたいに毛が生えてないでしょう? ストルツキン:そうだな。 『慈しみ』:だから私は『慈しみ』。もうモンストロではないの。 ストルツキン:ふうん。辞められるもんなんだな、モンストロって。 『慈しみ』:努力次第よ。こうして毛の無いつるつるのお肌も努力次第で手に入る。 ストルツキン:へえ。そのつるつるの肌ってのは、何を目指してそうなってるんだい。 『慈しみ』:そんなの決まってるじゃない。 『慈しみ』:『ニンゲン』よ。  :  0:間  :  益子:(モノローグ) 益子:『ニンゲン』などと言う生き物は、空想だと思われていた。 益子:大昔は、そのへんにうじゃうじゃ居たという『ニンゲン』に想いを馳(は)せて 益子:どんな、味がするんだろうって。 益子:どんな柔らかさで、どんな食感で、どんな瑞々しさ(みずみずしさ)で。 益子:モンストロ達の「脳みそ」はそんなことを浮かべては、沈めて 益子:空想の腕や足を食べてみるのだ。 益子:きっとどんな果物よりもジューシィで、どんな木の実より香ばしい。  :  0:間  :  ギムズ:なあ、もういいよ、麻袋はまたどこかで探そう、ポムズ ポムズ:そうだな、こんなに探しても見つからないなら仕方ない ポムズ:『慈しみ』の所のバーで、下敷き鼠でも食べに行こう。 ギムズ:いいね!俺あそこ好きだ。『慈しみ』は『ニンゲン』に似てるんだって ギムズ:だから俺いつも、あそこでご飯食べる時は『慈しみ』を見つめながら食べるんだ。 ポムズ:お前、趣味悪いなあ ギムズ:ええ、なんで? ポムズ:あいつは似てるとは言え『モンストロ』だぞ、俺らと同じだぞ ギムズ:ええ?でも『慈しみ』に毛は生えてないよ?つるつるだし ギムズ:肌からは「甘い匂い」がする。 ポムズ:……まだまだだなぁお前も。 ギムズ:えー?わかんないなあ。いいから行こ?お腹すいたよ。  :   :  0:間  :   :  ストルツキン:そんなに『ニンゲン』が食べたいもんかね。 『慈しみ』:あら珍しい、あなたは興味がないの? ストルツキン:……「生きて」るんだろう?『ニンゲン』も。 『慈しみ』:それはそうよ、もちろん。生きてるし、話す事もできる。 ストルツキン:俺ら『モンストロ』と『ニンゲン』になんの違いがあるっていうんだ? 『慈しみ』:違い。 ストルツキン:そうだ。同じ『生き物』で、同じように『考える』事ができるなら ストルツキン:モンストロもニンゲンも同じなんじゃないのか。 『慈しみ』:あなた、そんな事言ってると消されるわよ。 ストルツキン:誰に。 『慈しみ』:さあ、そこまで教える義理はないけれど。 『慈しみ』:モンストロである以上、『ニンゲン』に憧れないだなんて、異端(いたん)よ。 ストルツキン:異端でもいいさ。そこに妄信するくらいなら。 『慈しみ』:でも『夜の求愛(よるのきゅうあい)』は? ストルツキン:……。 『慈しみ』:あなた達モンストロは、夜、獣(けだもの)になるでしょう? ストルツキン:そうだな。 『慈しみ』:なら、あなただってきっと、求めるでしょう? 『慈しみ』:想像してみて、ほら、今私は『ニンゲン』と同じ肌。 『慈しみ』:きっとこの甘い香りも、『ニンゲン』と同じ。 ストルツキン:やめろ。 『慈しみ』:ねえ、素直になりなさいよ、ほら、「よだれ」が出てきてる。  :   :   :  ストルツキン:(モノローグ) ストルツキン:この街の夜は、愛情を吸うんだ。 ストルツキン:だから、夜な夜なみんな、モンストロは等しく『獣(けだもの)』になる。 ストルツキン:唸り声をあげながら、マボロシの裸体を欲して、いきり立つ。 ストルツキン:そんなことに、疲れてしまったから僕は ストルツキン:多分、モンストロでいることを辞めてしまいたくなったのだ。 ストルツキン:この街には、モンストロと、モンストロを辞めたい僕が、ここに居る。  :   :  0:フードを深くかぶり、走る益子を 0:二匹のモンストロがしつこく追い回す。 益子:はぁ…はぁ…(息切れをしながら) ギムズ:ねえ、見た!? ポムズ:いいから追え! ギムズ:ねえ!!見たぁ!? ポムズ:うるさい!足を動かせ!はやく! ギムズ:絶対今の、絶対そうだよね、絶対そうだよね! 益子:はぁ…はぁ…(息切れをしながら) ギムズ:ねえ!ちょっと!そこの君!待ってよ!! 益子:しつ…こい……(息切れをしながら) ポムズ:見失うぞ、もっと早く走れギムズ。 ギムズ:これでも精一杯走ってるよ!ポムズも走ってよ! ポムズ:俺よりお前のほうが身体が大きい、お前に乗ったほうが速いだろう? ギムズ:それは、そうかも、知れないけど! 益子:はぁ…はぁ…毛むくじゃらの、生き物ばかり…… 益子:なんなの、ここは…… ギムズ:でも、本当にいたね!本当にいたね! ポムズ:ああ、間違いなかったな! ギムズ:2か月もエノコロバッタ買うの我慢して買った情報だったもんね! ポムズ:ああ!逃がすなよ、アイツ、『絶対にニンゲンだぞ!』  :   :  0:間  :   :  『慈しみ』:なんだか外が騒がしいわね? ストルツキン:大きな「下敷き鼠」でも出て、騒いでるんじゃないか? 0:益子、『慈しみ』のバーに飛び込んでくる 益子:わっ、わっ ストルツキン:おっとっと、大丈夫か?慌ててどうした 益子:お、追われてるの!!助けて!! ストルツキン:追われてる…?誰に 『慈しみ』:ちょっと、面倒ごとは持ち込まないで欲しいんだけど 益子:ご、ごめんなさい 0:ポムズ、ギムズ、飛び込んでくる ギムズ:いたぞ! ポムズ:いたぞ! 益子:もう、しつこい……! ストルツキン:こいつらに追われてるのか? 益子:そう! ギムズ:どけ!でかぶつ! ポムズ:すまねえな、『慈しみ』。少し失礼するぞ。 ギムズ:あ、まってポムズ!どうしよう!麻袋が6枚しかないよ! ポムズ:ああ!そうだった!『慈しみ』!麻袋1枚ないか! 『慈しみ』:そんなもの無いわよ、なんなの? ポムズ:7枚の袋で、小分けにして捕まえないといけないんだよ! 『慈しみ』:え?それって…… ギムズ:「そいつ」、『ニンゲン』なんだよ!! 『慈しみ』:え!?『ニンゲン』!? 0:ストルツキン、益子の手を取る。 ストルツキン:逃げるぞ 益子:えっ! ストルツキン:ほら、はやく ポムズ:まて!!こら!!俺の『ニンゲン』だぞ! ギムズ:ああ!『ニンゲン』が行っちゃう! ギムズ:『ニンゲン泥棒』だ!! 『慈しみ』:あ、あんた達!早く追いかけなさい! 『慈しみ』:絶対逃がしちゃだめ!! ギムズ:わかってるよ!!エノコロバッタ分!損したくない! ポムズ:くっそ、アイツ!あんな図体で足が速いな! ギムズ:ああ!でもポムズ!麻袋がないんだよぉ! ポムズ:ああ!くそ!そうだった! ギムズ:もー!行っちゃうよー! 『慈しみ』:大丈夫よ!あのモンストロごと捕まえればいい! ギムズ:えっ、どういうこと? 『慈しみ』:あのモンストロ!「麻袋」を着てるのよ!!  :   : 0:間  :   :  ストルツキン:はあ、はあ(息切れ) 益子:はぁ……はぁ……(息切れ) ストルツキン:なんとか、巻けたみたいだ。 益子:……ありがとう。 ストルツキン:なあに、こういうのなんていうんだっけか ストルツキン:そう、『袖振り合うのも多生の縁』だったか 益子:でも、巻きこんじゃった ストルツキン:いいんだよ、どっちにしろもう出る所だった 益子:……ここは、どこ、なの? ストルツキン:ん?ここ? 益子:そう……私、気が付いたらここにいて。 ストルツキン:……ここは、『ダウナーホール』。 ストルツキン:いつ死んだのかもわからない、錆びれた廃鉱の ストルツキン:横穴をぶち空けて街にした。そんな場所だ。 益子:廃鉱…… 益子:毛むくじゃらの、貴方たちは何者なの? ストルツキン:『モンストロ』 益子:『モンストロ』……? ストルツキン:ああ、毛むくじゃらで、角が生えていて ストルツキン:目玉の沢山ある、怪物じみた俺たちを『モンストロ』と呼ぶ。 益子:貴方も、『モンストロ』? ストルツキン:そうだ。 益子:……なんで、さっきの二人組は私の事を追うの……? ストルツキン:そりゃあ、あんたが『ニンゲン』だからだ。 益子:?? 益子:どういうこと? ストルツキン:『ニンゲン』は貴重だからな。 益子:貴重……? ストルツキン:ああ、食べれば一生腹は膨れ ストルツキン:永遠に『おいしい』がクチの中に広がる。 益子:た、食べるの…っ!? ストルツキン:ああ、モンストロは全員そんなことばかり考えてる。 益子:……っ 0:後ずさりをする益子 ストルツキン:俺は、食べない。 益子:……信用できない。 ストルツキン:まあ、そうだろうが。 ストルツキン:食べるつもりなら、とっくに食べてるよ。  :  0:間  :  益子:(モノローグ) 益子:『彼』のクチは、私の身体なんかより幾分(いくぶん)大きく 益子:『彼』がその気になれば私なんて一飲みできてしまうことは 益子:容易に想像ができた。 益子:暗い横穴に潜みながら、私と『彼』は少しずつ 益子:互いの事を話した。 益子:この『街』では、みんながギラギラと 益子:『幸せ』になる事を望んでいて 益子:でも、『誰かを幸せにしてやろう』なんて考える人は 益子:ひとりも居なくて。だから『モンストロ』は。 益子:『獣(けだもの)』なんだ、って。 益子:そう話す『彼』の目は、私よりも数が多く、 益子:ぎょろりと動きながら、哀しくそこに在った。  :   :  0:間  :   :  『慈しみ』:……戻ってきたのね。 ギムズ:うん、見失っちゃった。 ポムズ:「あまいにおい」を辿ればなんとかなると思ったんだが……。 『慈しみ』:……どんな、においだった?(食い気味に) ギムズ:すンごいよ! ギムズ:もう、鼻がその事しか考えられなくなるくらい。 ポムズ:今も鼻の中に、『ニンゲン』が居るみたいだ。 ポムズ:ずっとこびりついて、離れない。 『慈しみ』:私とは?私のにおいとは?似てる?どうなの? ギムズ:(『慈しみ』のにおいをかぎながら) ギムズ:うーん、確かに、いいにおいだけど、ちょっと違うなあ。 『慈しみ』:……そう。(落ち込んだように) ポムズ:しっかし、なんで麻袋7つに分けないといけないかねえ。 ギムズ:ね、本当だよ、それがなければすぐ捕まえて ギムズ:今頃はたらふく食べれたのに。 『慈しみ』:……「業(ごう)」の数だけ、必要なのよ。 ギムズ:「業」? 『慈しみ』:そう、『ニンゲン』は「7つの業」を 『慈しみ』:身体の中に住まわせてるの。 ポムズ:それは、すべて切り分けないと食べられないのか? 『慈しみ』:ええ、そのまま丸ごと食べたりなんかしたら 『慈しみ』:きっと耐えられない。 ギムズ:耐えられない? 『慈しみ』:そう、「あなた達」モンストロは、耐えられない。 ポムズ:おいおい、まるで「自分はモンストロじゃない」みたいな ポムズ:言い方じゃないか。 『慈しみ』:そうよ、私はモンストロじゃない。 ギムズ:そうだよ、ポムズ。『慈しみ』には毛がないし ギムズ:何より全然「よだれ」臭くも無い。 ポムズ:でも、『慈しみ』。 ポムズ:お前も『夜の求愛』が必要だろう? 『慈しみ』:……。 ポムズ:お前も、『獣(けだもの)』になる。 ポムズ:お前がいくら、身体から毛をそぎ落としても ポムズ:お前がいくら、クチの中のよだれを全部捨てても ポムズ:お前は『ニンゲン』じゃないだろう? 『慈しみ』:やめて。 ギムズ:え?そぎ落とすって?どういうこと? ポムズ:こいつは、『ニンゲン狂い』なんだよ、この街一番のな。 『慈しみ』:やめなさい。 ギムズ:ええ、どういうこと? ポムズ:『ニンゲン』に憧れすぎて、肌を剥いたんだよ、こいつは。 ギムズ:は、肌を剥いた!? 『慈しみ』:やめなさいって言ってるのが、聞こえないの。 ポムズ:毛むくじゃらの肌を、言葉通り「剥いた」んだ。 ポムズ:『化けの皮をはがす』とでも言えばいいのかねえ。 ギムズ:やだ、やだやだ、そんなの絶対痛いよ。 ポムズ:ああ、激痛だろうな。 『慈しみ』:……。 ポムズ:身体すべての、皮という皮、肌という肌を ポムズ:一度すべてひん剥いた。指の先からつまの先、 ポムズ:それからその、小奇麗にしてる顔と頭も。 『慈しみ』:……美的センスよ。 ポムズ:はっ、馬鹿言うなよ。 ポムズ:俺らモンストロにそんなもんあるかよ。 ポムズ:お高く止まりやがって。 ギムズ:……あーえっと、ポムズ? ポムズ:ん? ギムズ:そろそろ、やめておいたほうがいいかも。 ポムズ:なんで? ギムズ:いや、その ポムズ:ん? ギムズ:『慈しみ』が…… ポムズ:え? 0:『慈しみ』の手がポムズのクチをふさぎながら 0:そのままポムズの身体を持ち上げる。 ポムズ:(クチをふさがれながら) ポムズ:むぐ……!!んんー!! 『慈しみ』:そうよ、全部貴方の言う通り。 『慈しみ』:私は、『ニンゲン』になりたい、『ニンゲン』が欲しい。 『慈しみ』:あの、絵本の中の世界みたいに煌(きら)びやかで 『慈しみ』:すべてが『素敵』で溢れていて ポムズ:むぐ……! ギムズ:ポムズ!ポムズ!やめて!ポムズが死んじゃうよ! 『慈しみ』:『美』しか感じられない、『愛』しか見当たらない 『慈しみ』:そんな『ニンゲン』すべてになりたいのよ。 『慈しみ』:こんな、ごわごわで、汚らしくて 『慈しみ』:文字通り『獣』のモンストロの皮になんて 『慈しみ』:なんの意味があるのよ。ねえ。 ポムズ:はな……せ……むぐ…… 『慈しみ』:連れてきなさい。 ギムズ:え……? 『慈しみ』:さっきの、『ニンゲン』を。 ギムズ:だ、だって、でも、あの『ニンゲン』は俺たちが見つけたんだ。 ギムズ:じょ、情報屋にわざわざ高い金払って! 『慈しみ』:連れてきなさい。 ポムズ:ギム……ズ…… ギムズ:ああ……ポムズ…… ギムズ:わかった、わかったよ、連れてくればいいんだろ! 0:解放されるポムズ、どさりと地面に落とされる。 ポムズ:いでっ!!げほ……げほ…… ギムズ:だ、大丈夫!?ポムズ! ポムズ:あ、ああ……げほ ポムズ:……どこが『ニンゲン』だよ、まごう事なき『モンストロ』じゃねえか。 『慈しみ』:はやく行きなさい。 『慈しみ』:連れてこれなかった時は、あなた達の『肌』も剥くわ。 ギムズ:ひ、ひい!! ポムズ:……とんだ化け物に絡まれちまったな。 『慈しみ』:「化け物」って言わないで。 ギムズ:い、いこ、ポムズ。 ポムズ:……覚えてろよ、『慈しみ』。 0:ポムズ、ギムズ、バーを出ていく。 『慈しみ』:……欲しいのよ、全部、全部全部。  :   : 0:間   :   :  益子:それじゃあ、その麻袋に切り分けられて 益子:それで、食べられちゃう、ってこと? ストルツキン:ああ、そのつもりだったんだろうな。 ストルツキン:『ニンゲン』には「7つの業」ってやつがあるんだろ。 益子:……「7つの大罪」のこと? ストルツキン:ふうん、『ニンゲン』はそう言うんだな。 益子:うん。 ストルツキン:それぞれ切り分けて、それを分けて食べるんだとさ。 益子:……こわい。 ストルツキン:こわいよな、それに、何のためにって思ってる。 益子:ストルツキンは、食べたいって思わないの? ストルツキン:思わないなあ。 益子:どうして? ストルツキン:だって、やっぱりこうして、話す事もできて ストルツキン:なにより、美味しそうにも思えない。 益子:……。 ストルツキン:益子からは確かに甘くて美味しそうなにおいがするよ。 ストルツキン:なんというかこう、空腹を逆なでするような、 ストルツキン:そんな甘いにおい。 益子:う、うん。 ストルツキン:でも、それなら俺は「下敷き鼠」のぷっくりとした腹に ストルツキン:かぶりつくほうが好きだ。 益子:……なにそれ ストルツキン:うまいんだよ。 益子:……変わってるんだね、ストルツキンは。 ストルツキン:よく言われる。 益子:……私も、よく『変わってる』って言われてた。 ストルツキン:変わってるって? 益子:うん。ここじゃないどこか。『モンストロ』なんていない、 益子:『ニンゲン』しか居ない街から来たの、私は、多分。 ストルツキン:多分? 益子:うん。気が付いたら、ここにいたから。 ストルツキン:そうか。 益子:なんかね、みんなが好きなもの、私にはいいと思えなくて 益子:私がいいと思うものは、みんなが好きなものではなくて ストルツキン:ふむ。 益子:『ニンゲン』ってさ、自分と違うものとか 益子:周りと違うものがいたり、あるとさ 益子:それをこう、追いやってしまうみたいな所があって ストルツキン:『モンストロ』だって一緒さ 益子:そっか、じゃあ、おんなじなのかな ストルツキン:そう思う。毛が生えてるか、生えてないか、それだけだよ、きっと。 益子:はは、そっか、じゃあ、なんだかあれだね 益子:私たち、おんなじなのだとしたら 益子:『ニンゲン』でもないし『モンストロ』でもないし 益子:……何になるんだろ? ストルツキン:んー、なんだろ 益子:『益子』と……『ストルツキン』? ストルツキン:そうだな、それ以上でも以下でもないんだきっと。 益子:ふふ、変なの。さっきまで食べられちゃうかもって 益子:思ってたのに、こんなに穏やかに話してる。 ストルツキン:ああ。でも、そろそろ夜になる。 益子:夜?そうだね、少し暗くなってきた。 ストルツキン:一旦、離れないと。 益子:え、どうして? ストルツキン:『夜の求愛』が始まってしまう。 益子:……『夜の求愛』? ストルツキン:そう。俺たち『モンストロ』は夜になると『獣(けだもの)』に ストルツキン:なってしまう。 益子:けだ……もの……? ストルツキン:そう。見境なく、欲望に従って欲しいものを貪ってしまう。 ストルツキン:『愛』に飢えてるんだ、モンストロも、この街も。 益子:『愛』に…… ストルツキン:そうだ。だから、益子。 ストルツキン:見つからない場所に隠れるんだ。 ストルツキン:誰にも見つからないように、俺にも見つからないように。 益子:隠れる…… ストルツキン:そう、朝が来るまで、そのフードを深く被って。 ストルツキン:「毛むくじゃら」の化け物が全員、大人しくなるまで。 益子:……わかった。 ストルツキン:いいこだ。また、話したい、益子と。 益子:うん、私も、話したい。ストルツキン。あなたと。 ストルツキン:おいしい「下敷き鼠」の選び方を教えてやる。 益子:はは、じゃあ私は『ニンゲン』が何を食べるか教えてあげる。 ストルツキン:ああ、楽しみだ。 益子:うん。 ストルツキン:さあ、俺はここで目を瞑って(つむって)100の時を数える。 ストルツキン:それまでに、遠くへ、誰にも見つからないところへ ストルツキン:隠れるんだ。 益子:うん、わかった。朝になったらどうしたらいいの? ストルツキン:ここ。この横穴に戻ってきてくれ。 益子:わかった。また、後でね、ストルツキン。 ストルツキン:ああ。 益子:あっ。 ストルツキン:ん……? 益子:ねえ、『獣になる』って、姿かたちも変わってしまうの? ストルツキン:そうだな。みんな同じような『獣』の姿になる。 ストルツキン:毛は逆立ち、4つ足で駆け回り、顔じゅうをよだれまみれにする。 益子:そっか。じゃあ、えっと ストルツキン:ん? 益子:ちょっと待ってね。そのまま動かないで。 0:益子、ポケットに入っていたリボンを 0:ストルツキンの毛にくくりつけていく。 益子:よし、いいね、可愛い。 ストルツキン:なんだ?これは。 益子:「リボン」。 益子:もし『獣』のストルツキンに出会ってしまっても 益子:ストルツキンだ、ってわかるように。 ストルツキン:わかってどうする。 益子:うん、もし『いよいよダメ』ってなったら 益子:どうせなら貴方に食べられたいから。 ストルツキン:……食べないよ。 益子:うん。 ストルツキン:食べない。 益子:ふふ、わかった。いくね。 ストルツキン:ああ。それじゃあ、またあとで。 ストルツキン:いーち、にーい、さーん、しーい…………  :   :  0:間  :   :  ギムズ:どうしよう、ポムズ。 ギムズ:もうすぐ『夜の求愛』がはじまっちゃう。 ポムズ:……。 ギムズ:ねえ、ポムズったら。 ポムズ:わかってる。 ギムズ:ねえ、どうしよう、俺たち、剥がされちゃうのかな。 ポムズ:馬鹿いうな、そんな事ごめんだね。 ギムズ:でも、このままじゃ ポムズ:大丈夫、この鼻には強く強く残ってるんだ。 ポムズ:『ニンゲン』のにおいが。 ギムズ:でも ポムズ:辿れる、絶対。ほら、どんどんにおいも近くなってきてる。 ポムズ:『夜の求愛』が近づけば近づくほど、 ポムズ:俺たちは『獣』になっていく。そうしたら、 ギムズ:そっか、鼻の効きも強くなってく! ポムズ:そうだ、ほら、近い、近いぞ。甘いにおいがする。 ギムズ:本当だ、なんて甘くて、素敵なにおいなんだろう。 ポムズ:最悪、食べちまえばいい。 ギムズ:ええ!?怒られるよ、『慈しみ』に。 ポムズ:知ったことか!腹に入れちまえばこっちのもんだ。 ポムズ:『ニンゲン』を差し出して、悔しい思いをするのと ポムズ:痛い思いをしてでも、『ニンゲン』が食えるのだったら ポムズ:どっちがいいよ、ギムズ。 ギムズ:そ、それなら食べたいなぁ……へへへ ポムズ:そうだろ?ほら、なんにも問題ない。 ギムズ:そっかぁ!ポムズは頭いいなあ! ポムズ:そうだろそうだろ……ん?おい、あれ 0:フードを深くかぶり、こそこそと歩く益子を見つける。 ギムズ:いた……!いたよ!!!ポムズ!すごいや! ポムズ:しっ……声がでかい。 ギムズ:ご、ごめん ポムズ:いくぞ、おいしく頂いてやろう ギムズ:うん!  :   :  0:間  :   :  益子:(モノローグ) 益子:マッチ缶をこじ開けたその街に、 益子:調律師(ちょうりつし)は既に居なかった。 益子:音の外れたメッセージボトルで、 益子:明日(あす)の夜明けを恨みながらモンストロは 益子:口々に捨て台詞を吐いていく。 益子:「この街の夜は、愛情を吸っていくんだ。」って。  :  益子:とぼとぼと、周りを警戒しながら 益子:フードの内側からこの街を見回す。 益子:少しずつ、すれ違うモンストロ達が「ぐるる」と 益子:唸り声(うなりごえ)をあげて、毛を逆立てていくのがわかる。 益子:隠れると言っても、どこに隠れたらいいのか。 益子:そういえば、最初に逃げ込んだあのバーの 益子:カウンターにいた女性は、毛むくじゃらではなかった。 益子:そんな事を考えながら、この街を徘徊する。 益子:すると、私はいつの間にかそのバーに戻ってきてしまっていた。  :   :  0:間  :   :  ストルツキン:……きゅうじゅうはち、きゅうじゅうきゅう、ひゃく。 ストルツキン:益子は、ちゃんと隠れられただろうか。  :  ストルツキン:(モノローグ) ストルツキン:この街の夜は、愛情を吸うんだ。 ストルツキン:だから、夜な夜なみんな、モンストロは等しく『獣(けだもの)』になる。 ストルツキン:唸り声をあげながら、マボロシの裸体を欲して、いきり立つ。 ストルツキン:そんなことに、疲れてしまったから僕は ストルツキン:多分、モンストロでいることを辞めてしまいたくなったのだ。 ストルツキン:この街には、モンストロと、モンストロを辞めたい僕が、ここに居る。  :  ストルツキン:そうして、出会った益子は、『ニンゲン』は。 ストルツキン:なんてことはない、同じ『生き物』で。 ストルツキン:その笑う姿は、変わらず「いのち」で。 ストルツキン:そのおびえる姿も、変わらず「いのち」で。 ストルツキン:きっとそれは、『モンストロ』も ストルツキン:『ニンゲン』も、変わらずにただ「世界」にある ストルツキン:生き物であることに違いはなくて。 ストルツキン:『モンストロ』を辞めたい僕も、 ストルツキン:『ニンゲン』を求め、獣になってしまう僕も ストルツキン:同じく、等しく、変わらず「いのち」であることを ストルツキン:裏付けていく。  :   :  益子:あの、すいません。 『慈しみ』:……! 益子:さっきは、ごめんなさい。ご迷惑、おかけしちゃって。 『慈しみ』:いいの、いいのよ、ど、どうしたのかしら。 益子:その、毛むくじゃらの人たち……モンストロは、夜に 益子:獣になってしまうから、誰にもわからない場所に 益子:隠れるように、って。 『慈しみ』:そ、そう。言われたのね、さっきのモンストロに。 益子:はい、それで、貴女の事を一番に思い出して…… 『慈しみ』:そう、そうなのね、ええ、いいわ、匿って(かくまって)あげる。 『慈しみ』:こちらにいらっしゃい。 益子:あ、ありがとうございます。 『慈しみ』:ああ……なんていい匂い。 益子:え? 『慈しみ』:素敵なにおいね。肌も、すっごくつるつる。 『慈しみ』:さ、触ってみてもいいかしら。 益子:え、ええ…… 『慈しみ』:ああ……すごい、突っ張ってない。 『慈しみ』:やわらかくて、でも張りが無いわけじゃない 『慈しみ』:まろやかで、細胞ひとつひとつが細かくて 益子:……え、えっと 『慈しみ』:大丈夫、何も怖くなんてないわ、私は『慈しみ』 『慈しみ』:「私ね、『ニンゲン』が大好きなの。」  :   :  ストルツキン:『ニンゲン』には、7つの業があると言う。 ストルツキン:それを、『ニンゲン』は「7つの大罪」というらしい。  :  益子:嫉妬、怠惰、色欲、暴食、強欲、傲慢、憤怒。 益子:その7つが『ニンゲン』にはあるのだという。  :  ストルツキン:それを7つに切り分けてからじゃないと、 ストルツキン:『モンストロ』は『ニンゲン』を食べる事なんて ストルツキン:できやしない。  :  益子:きっとそれは、  :  ストルツキン:『モンストロ』を、 ストルツキン:守るための決まりだったんじゃないかって ストルツキン:そう思う。  :  益子:きっとそれは、 益子:きっと「罪」は、 益子:7つなんかじゃ収まらなくて。  :  ストルツキン:きっと、それは  :  益子:深い愛情も、広い愛情も 益子:愛が、あっても、なくても、ありすぎても 益子:なさすぎても。  :  ストルツキン:『愛』というのは罪深くて。  :  益子:きっと『愛』だって、変わらず『罪』には違いないのだ。  :  ストルツキン:この街の夜は、愛情を吸うんだ。 ストルツキン:だから、夜な夜なみんな、モンストロは等しく『獣(けだもの)』になる。 ストルツキン:唸り声をあげながら、マボロシの裸体を欲して、いきり立つ。  :   :   :  0:間  :   :   :  0:『慈しみ』のバーにて。 ギムズ:ああああああああ!! ポムズ:なんてこった ギムズ:ずるい!!ずるいよ!! ポムズ:くそ、あの場ですぐ食らってやるべきだった ギムズ:ずるい!!ずるいずるいずるい!! 『慈しみ』:……。 ポムズ:骨の一つも、毛の一つも残ってやしない。 ポムズ:『慈しみ』、お前、「全部丸のみにしたな?」 『慈しみ』:……ふふ…………ふふふふふふ。 ギムズ:なに……?なんで笑ってるの……? 『慈しみ』:ふふふふふふふふふ……!あはははは!!! ギムズ:こわい、怖いよポムズ…! ポムズ:……『慈しみ』、『ニンゲン』の味はどうだったんだよ。 『慈しみ』:……何も!!!!!!! 『慈しみ』:何も味がしない!!!! 『慈しみ』:どうしてよ!!!! 『慈しみ』:あんなに甘いにおい!!! 『慈しみ』:あんなに魅力的で!!! 『慈しみ』:美しくて!!!! 『慈しみ』:追い求めていたのに!!! 『慈しみ』:私はあの、あの美しさだけを 『慈しみ』:それだけを、愛して、欲しくて、なりたくて 『慈しみ』:そうして、どんなことにも耐えてきたのに 『慈しみ』:なんで!なんでなんの味もしないの! 『慈しみ』:『甘い』は!? 『慈しみ』:『すっぱい』は!? 『慈しみ』:色々の、いっぱいの、味という味は、どこなのよ!  :   :  益子:マッチ缶をこじ開けたその街に、 益子:調律師(ちょうりつし)は既に居なかった。 益子:音の外れたメッセージボトルで、 益子:明日(あす)の夜明けを恨みながらモンストロは 益子:口々に捨て台詞を吐いていく。 益子:「この街の夜は、愛情を吸っていくんだ。」って。  :   :  ストルツキン:そうして、愛情を吸ったこの街は ストルツキン:きっとどの世界の、どの街の、どの瞬間よりも ストルツキン:罪深くて、揺蕩(たゆた)んでいる。 ストルツキン:夜明けと共に、撥ねる(はねる)、リボンで結ばれた毛は、 ストルツキン:まばゆい太陽の光と、 ストルツキン:朝を迎えてしまった「獣(けだもの)」の咆哮で、少しだけ揺れていた。  :   :  0:完

益子:ますこ 人間 いじめを苦に自殺した結果、この『モンストロの街』で目を覚ます。 ストルツキン:モンストロ。ニンゲンは食べ物じゃない。他と違う事に悩み、その中で仕方なくモンストロとして生きていた。 ポムズ:モンストロ。ニンゲン食べたい。兄貴分。身体が小さく、偉そう。 ギムズ:モンストロ。ニンゲン食べたい。弟分。身体が大きく、少し気弱。 『慈しみ』:いつくしみ。元モンストロ。『ニンゲン』に憧れて、ニンゲンになりたくて、ニンゲンが欲しくて、だから。  :   :  益子:(モノローグ) 益子:マッチ缶をこじ開けたその街に、 益子:調律師(ちょうりつし)は既に居なかった。 益子:音の外れたメッセージボトルで、 益子:明日(あす)の夜明けを恨みながらモンストロは 益子:口々に捨て台詞を吐いていく。 益子:「この街の夜は、愛情を吸っていくんだ。」って。  :  0:間  :  ギムズ:いち、に、さん、し、ご、ろく。 ポムズ:どうだ? ギムズ:やっぱり何回数えても6枚しかない。 ポムズ:もう一回数えてみろ。 ギムズ:いち、に、さん、し、ご、ろく。 ポムズ:やっぱり一枚足りない。 ギムズ:うん。 ポムズ:どうしたものか。 ギムズ:7枚ないと、『ニンゲン』は捕まえられないんでしょ? ポムズ:そうだけど、足りないもんは足りないんだからしょうがない。 ギムズ:お腹すいたよ、ポムズ。 ポムズ:そんなの俺もだよ、ギムズ。 ギムズ:本当に『ニンゲン』を食べたら、 ギムズ:永遠にお腹が減らなくて済むのかな。 ポムズ:それだけじゃないさ、ずーっとクチの中に ポムズ:甘いのと、辛いのと、酸っぱいのと ポムズ:それから…… ギムズ:しょっぱい? ポムズ:そう、色んないっぱいの味がずっと続くんだ。 ギムズ:はあ、いいなあ、早く食べたいなあ。 ギムズ:『ニンゲン』  :  0:間   :  益子:もしそこに、本当に『愛』があったなら、 0:タイトルコール 益子:「モンストロ。」  :  0:間 (SE:カランコロン)  :  『慈しみ』:そう、昔の話よ。 『慈しみ』:この『慈しみ』が、モンストロであった頃。 『慈しみ』:世界にはまだ『ニンゲン』がうようよと居て 『慈しみ』:私たちはみな等しく、『ニンゲン』と共存していたというわけ。 ストルツキン:なるほど。 『慈しみ』:その頃のモンストロは、今みたいに全員毛むくじゃらなんかじゃなかったし 『慈しみ』:こんなに錆(さ)びれた廃鉱(はいこう)を切り崩して作った『ダウナーホール』で 『慈しみ』:煤だらけ(すすだらけ)になる人生を送っていなかった。 ストルツキン:興味深いな。 『慈しみ』:ええ、そうでしょう? ストルツキン:その頃のモンストロは、俺らみたいに ストルツキン:虫食いの馬鈴薯(ばれいしょ)をすり潰して食べたり ストルツキン:コムタン虫(ちゅう)や下敷き鼠(したじきねずみ)の素焼きで腹を満たしたりしてたわけじゃないんだろ 『慈しみ』:そうよ、食事は当然食器を使ったし 『慈しみ』:クチ回りがよだれの「におい」でくさくなったりしないの。 ストルツキン:信じられない。よだれが無かったのか?昔のモンストロは。 『慈しみ』:違うわ、ちゃんと拭ったのよ。ハンカチーフで。 ストルツキン:ハンクアチイフ? 『慈しみ』:「ハンカチーフ」。 ストルツキン:なんだ?それは。 『慈しみ』:よだれはきちんと「ぬぐう」ものなのよ。 ストルツキン:へえ、昔のモンストロは「生きるのに丁寧」だったんだな。 『慈しみ』:ええ。ところで貴方、その服は何? ストルツキン:ああ、これかい?『麻袋(あさぶくろ)』さ。 『慈しみ』:『麻袋』。 ストルツキン:そう、いい物だよ麻袋は。 ストルツキン:誰かを入れる事もできるし、何かを運ぶこともできる。 ストルツキン:いつかの記憶に蓋(ふた)をして、縛り上げておくこともできるし ストルツキン:何より着てみても、悪くない。 『慈しみ』:……そう。まあ、人それぞれよね。 ストルツキン:なにが? 『慈しみ』:美的センスよ。 ストルツキン:お前さんは、モンストロじゃないのかい、『慈しみ(いつくしみ)』 『慈しみ』:ええ、私は貴方たちみたいに毛が生えてないでしょう? ストルツキン:そうだな。 『慈しみ』:だから私は『慈しみ』。もうモンストロではないの。 ストルツキン:ふうん。辞められるもんなんだな、モンストロって。 『慈しみ』:努力次第よ。こうして毛の無いつるつるのお肌も努力次第で手に入る。 ストルツキン:へえ。そのつるつるの肌ってのは、何を目指してそうなってるんだい。 『慈しみ』:そんなの決まってるじゃない。 『慈しみ』:『ニンゲン』よ。  :  0:間  :  益子:(モノローグ) 益子:『ニンゲン』などと言う生き物は、空想だと思われていた。 益子:大昔は、そのへんにうじゃうじゃ居たという『ニンゲン』に想いを馳(は)せて 益子:どんな、味がするんだろうって。 益子:どんな柔らかさで、どんな食感で、どんな瑞々しさ(みずみずしさ)で。 益子:モンストロ達の「脳みそ」はそんなことを浮かべては、沈めて 益子:空想の腕や足を食べてみるのだ。 益子:きっとどんな果物よりもジューシィで、どんな木の実より香ばしい。  :  0:間  :  ギムズ:なあ、もういいよ、麻袋はまたどこかで探そう、ポムズ ポムズ:そうだな、こんなに探しても見つからないなら仕方ない ポムズ:『慈しみ』の所のバーで、下敷き鼠でも食べに行こう。 ギムズ:いいね!俺あそこ好きだ。『慈しみ』は『ニンゲン』に似てるんだって ギムズ:だから俺いつも、あそこでご飯食べる時は『慈しみ』を見つめながら食べるんだ。 ポムズ:お前、趣味悪いなあ ギムズ:ええ、なんで? ポムズ:あいつは似てるとは言え『モンストロ』だぞ、俺らと同じだぞ ギムズ:ええ?でも『慈しみ』に毛は生えてないよ?つるつるだし ギムズ:肌からは「甘い匂い」がする。 ポムズ:……まだまだだなぁお前も。 ギムズ:えー?わかんないなあ。いいから行こ?お腹すいたよ。  :   :  0:間  :   :  ストルツキン:そんなに『ニンゲン』が食べたいもんかね。 『慈しみ』:あら珍しい、あなたは興味がないの? ストルツキン:……「生きて」るんだろう?『ニンゲン』も。 『慈しみ』:それはそうよ、もちろん。生きてるし、話す事もできる。 ストルツキン:俺ら『モンストロ』と『ニンゲン』になんの違いがあるっていうんだ? 『慈しみ』:違い。 ストルツキン:そうだ。同じ『生き物』で、同じように『考える』事ができるなら ストルツキン:モンストロもニンゲンも同じなんじゃないのか。 『慈しみ』:あなた、そんな事言ってると消されるわよ。 ストルツキン:誰に。 『慈しみ』:さあ、そこまで教える義理はないけれど。 『慈しみ』:モンストロである以上、『ニンゲン』に憧れないだなんて、異端(いたん)よ。 ストルツキン:異端でもいいさ。そこに妄信するくらいなら。 『慈しみ』:でも『夜の求愛(よるのきゅうあい)』は? ストルツキン:……。 『慈しみ』:あなた達モンストロは、夜、獣(けだもの)になるでしょう? ストルツキン:そうだな。 『慈しみ』:なら、あなただってきっと、求めるでしょう? 『慈しみ』:想像してみて、ほら、今私は『ニンゲン』と同じ肌。 『慈しみ』:きっとこの甘い香りも、『ニンゲン』と同じ。 ストルツキン:やめろ。 『慈しみ』:ねえ、素直になりなさいよ、ほら、「よだれ」が出てきてる。  :   :   :  ストルツキン:(モノローグ) ストルツキン:この街の夜は、愛情を吸うんだ。 ストルツキン:だから、夜な夜なみんな、モンストロは等しく『獣(けだもの)』になる。 ストルツキン:唸り声をあげながら、マボロシの裸体を欲して、いきり立つ。 ストルツキン:そんなことに、疲れてしまったから僕は ストルツキン:多分、モンストロでいることを辞めてしまいたくなったのだ。 ストルツキン:この街には、モンストロと、モンストロを辞めたい僕が、ここに居る。  :   :  0:フードを深くかぶり、走る益子を 0:二匹のモンストロがしつこく追い回す。 益子:はぁ…はぁ…(息切れをしながら) ギムズ:ねえ、見た!? ポムズ:いいから追え! ギムズ:ねえ!!見たぁ!? ポムズ:うるさい!足を動かせ!はやく! ギムズ:絶対今の、絶対そうだよね、絶対そうだよね! 益子:はぁ…はぁ…(息切れをしながら) ギムズ:ねえ!ちょっと!そこの君!待ってよ!! 益子:しつ…こい……(息切れをしながら) ポムズ:見失うぞ、もっと早く走れギムズ。 ギムズ:これでも精一杯走ってるよ!ポムズも走ってよ! ポムズ:俺よりお前のほうが身体が大きい、お前に乗ったほうが速いだろう? ギムズ:それは、そうかも、知れないけど! 益子:はぁ…はぁ…毛むくじゃらの、生き物ばかり…… 益子:なんなの、ここは…… ギムズ:でも、本当にいたね!本当にいたね! ポムズ:ああ、間違いなかったな! ギムズ:2か月もエノコロバッタ買うの我慢して買った情報だったもんね! ポムズ:ああ!逃がすなよ、アイツ、『絶対にニンゲンだぞ!』  :   :  0:間  :   :  『慈しみ』:なんだか外が騒がしいわね? ストルツキン:大きな「下敷き鼠」でも出て、騒いでるんじゃないか? 0:益子、『慈しみ』のバーに飛び込んでくる 益子:わっ、わっ ストルツキン:おっとっと、大丈夫か?慌ててどうした 益子:お、追われてるの!!助けて!! ストルツキン:追われてる…?誰に 『慈しみ』:ちょっと、面倒ごとは持ち込まないで欲しいんだけど 益子:ご、ごめんなさい 0:ポムズ、ギムズ、飛び込んでくる ギムズ:いたぞ! ポムズ:いたぞ! 益子:もう、しつこい……! ストルツキン:こいつらに追われてるのか? 益子:そう! ギムズ:どけ!でかぶつ! ポムズ:すまねえな、『慈しみ』。少し失礼するぞ。 ギムズ:あ、まってポムズ!どうしよう!麻袋が6枚しかないよ! ポムズ:ああ!そうだった!『慈しみ』!麻袋1枚ないか! 『慈しみ』:そんなもの無いわよ、なんなの? ポムズ:7枚の袋で、小分けにして捕まえないといけないんだよ! 『慈しみ』:え?それって…… ギムズ:「そいつ」、『ニンゲン』なんだよ!! 『慈しみ』:え!?『ニンゲン』!? 0:ストルツキン、益子の手を取る。 ストルツキン:逃げるぞ 益子:えっ! ストルツキン:ほら、はやく ポムズ:まて!!こら!!俺の『ニンゲン』だぞ! ギムズ:ああ!『ニンゲン』が行っちゃう! ギムズ:『ニンゲン泥棒』だ!! 『慈しみ』:あ、あんた達!早く追いかけなさい! 『慈しみ』:絶対逃がしちゃだめ!! ギムズ:わかってるよ!!エノコロバッタ分!損したくない! ポムズ:くっそ、アイツ!あんな図体で足が速いな! ギムズ:ああ!でもポムズ!麻袋がないんだよぉ! ポムズ:ああ!くそ!そうだった! ギムズ:もー!行っちゃうよー! 『慈しみ』:大丈夫よ!あのモンストロごと捕まえればいい! ギムズ:えっ、どういうこと? 『慈しみ』:あのモンストロ!「麻袋」を着てるのよ!!  :   : 0:間  :   :  ストルツキン:はあ、はあ(息切れ) 益子:はぁ……はぁ……(息切れ) ストルツキン:なんとか、巻けたみたいだ。 益子:……ありがとう。 ストルツキン:なあに、こういうのなんていうんだっけか ストルツキン:そう、『袖振り合うのも多生の縁』だったか 益子:でも、巻きこんじゃった ストルツキン:いいんだよ、どっちにしろもう出る所だった 益子:……ここは、どこ、なの? ストルツキン:ん?ここ? 益子:そう……私、気が付いたらここにいて。 ストルツキン:……ここは、『ダウナーホール』。 ストルツキン:いつ死んだのかもわからない、錆びれた廃鉱の ストルツキン:横穴をぶち空けて街にした。そんな場所だ。 益子:廃鉱…… 益子:毛むくじゃらの、貴方たちは何者なの? ストルツキン:『モンストロ』 益子:『モンストロ』……? ストルツキン:ああ、毛むくじゃらで、角が生えていて ストルツキン:目玉の沢山ある、怪物じみた俺たちを『モンストロ』と呼ぶ。 益子:貴方も、『モンストロ』? ストルツキン:そうだ。 益子:……なんで、さっきの二人組は私の事を追うの……? ストルツキン:そりゃあ、あんたが『ニンゲン』だからだ。 益子:?? 益子:どういうこと? ストルツキン:『ニンゲン』は貴重だからな。 益子:貴重……? ストルツキン:ああ、食べれば一生腹は膨れ ストルツキン:永遠に『おいしい』がクチの中に広がる。 益子:た、食べるの…っ!? ストルツキン:ああ、モンストロは全員そんなことばかり考えてる。 益子:……っ 0:後ずさりをする益子 ストルツキン:俺は、食べない。 益子:……信用できない。 ストルツキン:まあ、そうだろうが。 ストルツキン:食べるつもりなら、とっくに食べてるよ。  :  0:間  :  益子:(モノローグ) 益子:『彼』のクチは、私の身体なんかより幾分(いくぶん)大きく 益子:『彼』がその気になれば私なんて一飲みできてしまうことは 益子:容易に想像ができた。 益子:暗い横穴に潜みながら、私と『彼』は少しずつ 益子:互いの事を話した。 益子:この『街』では、みんながギラギラと 益子:『幸せ』になる事を望んでいて 益子:でも、『誰かを幸せにしてやろう』なんて考える人は 益子:ひとりも居なくて。だから『モンストロ』は。 益子:『獣(けだもの)』なんだ、って。 益子:そう話す『彼』の目は、私よりも数が多く、 益子:ぎょろりと動きながら、哀しくそこに在った。  :   :  0:間  :   :  『慈しみ』:……戻ってきたのね。 ギムズ:うん、見失っちゃった。 ポムズ:「あまいにおい」を辿ればなんとかなると思ったんだが……。 『慈しみ』:……どんな、においだった?(食い気味に) ギムズ:すンごいよ! ギムズ:もう、鼻がその事しか考えられなくなるくらい。 ポムズ:今も鼻の中に、『ニンゲン』が居るみたいだ。 ポムズ:ずっとこびりついて、離れない。 『慈しみ』:私とは?私のにおいとは?似てる?どうなの? ギムズ:(『慈しみ』のにおいをかぎながら) ギムズ:うーん、確かに、いいにおいだけど、ちょっと違うなあ。 『慈しみ』:……そう。(落ち込んだように) ポムズ:しっかし、なんで麻袋7つに分けないといけないかねえ。 ギムズ:ね、本当だよ、それがなければすぐ捕まえて ギムズ:今頃はたらふく食べれたのに。 『慈しみ』:……「業(ごう)」の数だけ、必要なのよ。 ギムズ:「業」? 『慈しみ』:そう、『ニンゲン』は「7つの業」を 『慈しみ』:身体の中に住まわせてるの。 ポムズ:それは、すべて切り分けないと食べられないのか? 『慈しみ』:ええ、そのまま丸ごと食べたりなんかしたら 『慈しみ』:きっと耐えられない。 ギムズ:耐えられない? 『慈しみ』:そう、「あなた達」モンストロは、耐えられない。 ポムズ:おいおい、まるで「自分はモンストロじゃない」みたいな ポムズ:言い方じゃないか。 『慈しみ』:そうよ、私はモンストロじゃない。 ギムズ:そうだよ、ポムズ。『慈しみ』には毛がないし ギムズ:何より全然「よだれ」臭くも無い。 ポムズ:でも、『慈しみ』。 ポムズ:お前も『夜の求愛』が必要だろう? 『慈しみ』:……。 ポムズ:お前も、『獣(けだもの)』になる。 ポムズ:お前がいくら、身体から毛をそぎ落としても ポムズ:お前がいくら、クチの中のよだれを全部捨てても ポムズ:お前は『ニンゲン』じゃないだろう? 『慈しみ』:やめて。 ギムズ:え?そぎ落とすって?どういうこと? ポムズ:こいつは、『ニンゲン狂い』なんだよ、この街一番のな。 『慈しみ』:やめなさい。 ギムズ:ええ、どういうこと? ポムズ:『ニンゲン』に憧れすぎて、肌を剥いたんだよ、こいつは。 ギムズ:は、肌を剥いた!? 『慈しみ』:やめなさいって言ってるのが、聞こえないの。 ポムズ:毛むくじゃらの肌を、言葉通り「剥いた」んだ。 ポムズ:『化けの皮をはがす』とでも言えばいいのかねえ。 ギムズ:やだ、やだやだ、そんなの絶対痛いよ。 ポムズ:ああ、激痛だろうな。 『慈しみ』:……。 ポムズ:身体すべての、皮という皮、肌という肌を ポムズ:一度すべてひん剥いた。指の先からつまの先、 ポムズ:それからその、小奇麗にしてる顔と頭も。 『慈しみ』:……美的センスよ。 ポムズ:はっ、馬鹿言うなよ。 ポムズ:俺らモンストロにそんなもんあるかよ。 ポムズ:お高く止まりやがって。 ギムズ:……あーえっと、ポムズ? ポムズ:ん? ギムズ:そろそろ、やめておいたほうがいいかも。 ポムズ:なんで? ギムズ:いや、その ポムズ:ん? ギムズ:『慈しみ』が…… ポムズ:え? 0:『慈しみ』の手がポムズのクチをふさぎながら 0:そのままポムズの身体を持ち上げる。 ポムズ:(クチをふさがれながら) ポムズ:むぐ……!!んんー!! 『慈しみ』:そうよ、全部貴方の言う通り。 『慈しみ』:私は、『ニンゲン』になりたい、『ニンゲン』が欲しい。 『慈しみ』:あの、絵本の中の世界みたいに煌(きら)びやかで 『慈しみ』:すべてが『素敵』で溢れていて ポムズ:むぐ……! ギムズ:ポムズ!ポムズ!やめて!ポムズが死んじゃうよ! 『慈しみ』:『美』しか感じられない、『愛』しか見当たらない 『慈しみ』:そんな『ニンゲン』すべてになりたいのよ。 『慈しみ』:こんな、ごわごわで、汚らしくて 『慈しみ』:文字通り『獣』のモンストロの皮になんて 『慈しみ』:なんの意味があるのよ。ねえ。 ポムズ:はな……せ……むぐ…… 『慈しみ』:連れてきなさい。 ギムズ:え……? 『慈しみ』:さっきの、『ニンゲン』を。 ギムズ:だ、だって、でも、あの『ニンゲン』は俺たちが見つけたんだ。 ギムズ:じょ、情報屋にわざわざ高い金払って! 『慈しみ』:連れてきなさい。 ポムズ:ギム……ズ…… ギムズ:ああ……ポムズ…… ギムズ:わかった、わかったよ、連れてくればいいんだろ! 0:解放されるポムズ、どさりと地面に落とされる。 ポムズ:いでっ!!げほ……げほ…… ギムズ:だ、大丈夫!?ポムズ! ポムズ:あ、ああ……げほ ポムズ:……どこが『ニンゲン』だよ、まごう事なき『モンストロ』じゃねえか。 『慈しみ』:はやく行きなさい。 『慈しみ』:連れてこれなかった時は、あなた達の『肌』も剥くわ。 ギムズ:ひ、ひい!! ポムズ:……とんだ化け物に絡まれちまったな。 『慈しみ』:「化け物」って言わないで。 ギムズ:い、いこ、ポムズ。 ポムズ:……覚えてろよ、『慈しみ』。 0:ポムズ、ギムズ、バーを出ていく。 『慈しみ』:……欲しいのよ、全部、全部全部。  :   : 0:間   :   :  益子:それじゃあ、その麻袋に切り分けられて 益子:それで、食べられちゃう、ってこと? ストルツキン:ああ、そのつもりだったんだろうな。 ストルツキン:『ニンゲン』には「7つの業」ってやつがあるんだろ。 益子:……「7つの大罪」のこと? ストルツキン:ふうん、『ニンゲン』はそう言うんだな。 益子:うん。 ストルツキン:それぞれ切り分けて、それを分けて食べるんだとさ。 益子:……こわい。 ストルツキン:こわいよな、それに、何のためにって思ってる。 益子:ストルツキンは、食べたいって思わないの? ストルツキン:思わないなあ。 益子:どうして? ストルツキン:だって、やっぱりこうして、話す事もできて ストルツキン:なにより、美味しそうにも思えない。 益子:……。 ストルツキン:益子からは確かに甘くて美味しそうなにおいがするよ。 ストルツキン:なんというかこう、空腹を逆なでするような、 ストルツキン:そんな甘いにおい。 益子:う、うん。 ストルツキン:でも、それなら俺は「下敷き鼠」のぷっくりとした腹に ストルツキン:かぶりつくほうが好きだ。 益子:……なにそれ ストルツキン:うまいんだよ。 益子:……変わってるんだね、ストルツキンは。 ストルツキン:よく言われる。 益子:……私も、よく『変わってる』って言われてた。 ストルツキン:変わってるって? 益子:うん。ここじゃないどこか。『モンストロ』なんていない、 益子:『ニンゲン』しか居ない街から来たの、私は、多分。 ストルツキン:多分? 益子:うん。気が付いたら、ここにいたから。 ストルツキン:そうか。 益子:なんかね、みんなが好きなもの、私にはいいと思えなくて 益子:私がいいと思うものは、みんなが好きなものではなくて ストルツキン:ふむ。 益子:『ニンゲン』ってさ、自分と違うものとか 益子:周りと違うものがいたり、あるとさ 益子:それをこう、追いやってしまうみたいな所があって ストルツキン:『モンストロ』だって一緒さ 益子:そっか、じゃあ、おんなじなのかな ストルツキン:そう思う。毛が生えてるか、生えてないか、それだけだよ、きっと。 益子:はは、そっか、じゃあ、なんだかあれだね 益子:私たち、おんなじなのだとしたら 益子:『ニンゲン』でもないし『モンストロ』でもないし 益子:……何になるんだろ? ストルツキン:んー、なんだろ 益子:『益子』と……『ストルツキン』? ストルツキン:そうだな、それ以上でも以下でもないんだきっと。 益子:ふふ、変なの。さっきまで食べられちゃうかもって 益子:思ってたのに、こんなに穏やかに話してる。 ストルツキン:ああ。でも、そろそろ夜になる。 益子:夜?そうだね、少し暗くなってきた。 ストルツキン:一旦、離れないと。 益子:え、どうして? ストルツキン:『夜の求愛』が始まってしまう。 益子:……『夜の求愛』? ストルツキン:そう。俺たち『モンストロ』は夜になると『獣(けだもの)』に ストルツキン:なってしまう。 益子:けだ……もの……? ストルツキン:そう。見境なく、欲望に従って欲しいものを貪ってしまう。 ストルツキン:『愛』に飢えてるんだ、モンストロも、この街も。 益子:『愛』に…… ストルツキン:そうだ。だから、益子。 ストルツキン:見つからない場所に隠れるんだ。 ストルツキン:誰にも見つからないように、俺にも見つからないように。 益子:隠れる…… ストルツキン:そう、朝が来るまで、そのフードを深く被って。 ストルツキン:「毛むくじゃら」の化け物が全員、大人しくなるまで。 益子:……わかった。 ストルツキン:いいこだ。また、話したい、益子と。 益子:うん、私も、話したい。ストルツキン。あなたと。 ストルツキン:おいしい「下敷き鼠」の選び方を教えてやる。 益子:はは、じゃあ私は『ニンゲン』が何を食べるか教えてあげる。 ストルツキン:ああ、楽しみだ。 益子:うん。 ストルツキン:さあ、俺はここで目を瞑って(つむって)100の時を数える。 ストルツキン:それまでに、遠くへ、誰にも見つからないところへ ストルツキン:隠れるんだ。 益子:うん、わかった。朝になったらどうしたらいいの? ストルツキン:ここ。この横穴に戻ってきてくれ。 益子:わかった。また、後でね、ストルツキン。 ストルツキン:ああ。 益子:あっ。 ストルツキン:ん……? 益子:ねえ、『獣になる』って、姿かたちも変わってしまうの? ストルツキン:そうだな。みんな同じような『獣』の姿になる。 ストルツキン:毛は逆立ち、4つ足で駆け回り、顔じゅうをよだれまみれにする。 益子:そっか。じゃあ、えっと ストルツキン:ん? 益子:ちょっと待ってね。そのまま動かないで。 0:益子、ポケットに入っていたリボンを 0:ストルツキンの毛にくくりつけていく。 益子:よし、いいね、可愛い。 ストルツキン:なんだ?これは。 益子:「リボン」。 益子:もし『獣』のストルツキンに出会ってしまっても 益子:ストルツキンだ、ってわかるように。 ストルツキン:わかってどうする。 益子:うん、もし『いよいよダメ』ってなったら 益子:どうせなら貴方に食べられたいから。 ストルツキン:……食べないよ。 益子:うん。 ストルツキン:食べない。 益子:ふふ、わかった。いくね。 ストルツキン:ああ。それじゃあ、またあとで。 ストルツキン:いーち、にーい、さーん、しーい…………  :   :  0:間  :   :  ギムズ:どうしよう、ポムズ。 ギムズ:もうすぐ『夜の求愛』がはじまっちゃう。 ポムズ:……。 ギムズ:ねえ、ポムズったら。 ポムズ:わかってる。 ギムズ:ねえ、どうしよう、俺たち、剥がされちゃうのかな。 ポムズ:馬鹿いうな、そんな事ごめんだね。 ギムズ:でも、このままじゃ ポムズ:大丈夫、この鼻には強く強く残ってるんだ。 ポムズ:『ニンゲン』のにおいが。 ギムズ:でも ポムズ:辿れる、絶対。ほら、どんどんにおいも近くなってきてる。 ポムズ:『夜の求愛』が近づけば近づくほど、 ポムズ:俺たちは『獣』になっていく。そうしたら、 ギムズ:そっか、鼻の効きも強くなってく! ポムズ:そうだ、ほら、近い、近いぞ。甘いにおいがする。 ギムズ:本当だ、なんて甘くて、素敵なにおいなんだろう。 ポムズ:最悪、食べちまえばいい。 ギムズ:ええ!?怒られるよ、『慈しみ』に。 ポムズ:知ったことか!腹に入れちまえばこっちのもんだ。 ポムズ:『ニンゲン』を差し出して、悔しい思いをするのと ポムズ:痛い思いをしてでも、『ニンゲン』が食えるのだったら ポムズ:どっちがいいよ、ギムズ。 ギムズ:そ、それなら食べたいなぁ……へへへ ポムズ:そうだろ?ほら、なんにも問題ない。 ギムズ:そっかぁ!ポムズは頭いいなあ! ポムズ:そうだろそうだろ……ん?おい、あれ 0:フードを深くかぶり、こそこそと歩く益子を見つける。 ギムズ:いた……!いたよ!!!ポムズ!すごいや! ポムズ:しっ……声がでかい。 ギムズ:ご、ごめん ポムズ:いくぞ、おいしく頂いてやろう ギムズ:うん!  :   :  0:間  :   :  益子:(モノローグ) 益子:マッチ缶をこじ開けたその街に、 益子:調律師(ちょうりつし)は既に居なかった。 益子:音の外れたメッセージボトルで、 益子:明日(あす)の夜明けを恨みながらモンストロは 益子:口々に捨て台詞を吐いていく。 益子:「この街の夜は、愛情を吸っていくんだ。」って。  :  益子:とぼとぼと、周りを警戒しながら 益子:フードの内側からこの街を見回す。 益子:少しずつ、すれ違うモンストロ達が「ぐるる」と 益子:唸り声(うなりごえ)をあげて、毛を逆立てていくのがわかる。 益子:隠れると言っても、どこに隠れたらいいのか。 益子:そういえば、最初に逃げ込んだあのバーの 益子:カウンターにいた女性は、毛むくじゃらではなかった。 益子:そんな事を考えながら、この街を徘徊する。 益子:すると、私はいつの間にかそのバーに戻ってきてしまっていた。  :   :  0:間  :   :  ストルツキン:……きゅうじゅうはち、きゅうじゅうきゅう、ひゃく。 ストルツキン:益子は、ちゃんと隠れられただろうか。  :  ストルツキン:(モノローグ) ストルツキン:この街の夜は、愛情を吸うんだ。 ストルツキン:だから、夜な夜なみんな、モンストロは等しく『獣(けだもの)』になる。 ストルツキン:唸り声をあげながら、マボロシの裸体を欲して、いきり立つ。 ストルツキン:そんなことに、疲れてしまったから僕は ストルツキン:多分、モンストロでいることを辞めてしまいたくなったのだ。 ストルツキン:この街には、モンストロと、モンストロを辞めたい僕が、ここに居る。  :  ストルツキン:そうして、出会った益子は、『ニンゲン』は。 ストルツキン:なんてことはない、同じ『生き物』で。 ストルツキン:その笑う姿は、変わらず「いのち」で。 ストルツキン:そのおびえる姿も、変わらず「いのち」で。 ストルツキン:きっとそれは、『モンストロ』も ストルツキン:『ニンゲン』も、変わらずにただ「世界」にある ストルツキン:生き物であることに違いはなくて。 ストルツキン:『モンストロ』を辞めたい僕も、 ストルツキン:『ニンゲン』を求め、獣になってしまう僕も ストルツキン:同じく、等しく、変わらず「いのち」であることを ストルツキン:裏付けていく。  :   :  益子:あの、すいません。 『慈しみ』:……! 益子:さっきは、ごめんなさい。ご迷惑、おかけしちゃって。 『慈しみ』:いいの、いいのよ、ど、どうしたのかしら。 益子:その、毛むくじゃらの人たち……モンストロは、夜に 益子:獣になってしまうから、誰にもわからない場所に 益子:隠れるように、って。 『慈しみ』:そ、そう。言われたのね、さっきのモンストロに。 益子:はい、それで、貴女の事を一番に思い出して…… 『慈しみ』:そう、そうなのね、ええ、いいわ、匿って(かくまって)あげる。 『慈しみ』:こちらにいらっしゃい。 益子:あ、ありがとうございます。 『慈しみ』:ああ……なんていい匂い。 益子:え? 『慈しみ』:素敵なにおいね。肌も、すっごくつるつる。 『慈しみ』:さ、触ってみてもいいかしら。 益子:え、ええ…… 『慈しみ』:ああ……すごい、突っ張ってない。 『慈しみ』:やわらかくて、でも張りが無いわけじゃない 『慈しみ』:まろやかで、細胞ひとつひとつが細かくて 益子:……え、えっと 『慈しみ』:大丈夫、何も怖くなんてないわ、私は『慈しみ』 『慈しみ』:「私ね、『ニンゲン』が大好きなの。」  :   :  ストルツキン:『ニンゲン』には、7つの業があると言う。 ストルツキン:それを、『ニンゲン』は「7つの大罪」というらしい。  :  益子:嫉妬、怠惰、色欲、暴食、強欲、傲慢、憤怒。 益子:その7つが『ニンゲン』にはあるのだという。  :  ストルツキン:それを7つに切り分けてからじゃないと、 ストルツキン:『モンストロ』は『ニンゲン』を食べる事なんて ストルツキン:できやしない。  :  益子:きっとそれは、  :  ストルツキン:『モンストロ』を、 ストルツキン:守るための決まりだったんじゃないかって ストルツキン:そう思う。  :  益子:きっとそれは、 益子:きっと「罪」は、 益子:7つなんかじゃ収まらなくて。  :  ストルツキン:きっと、それは  :  益子:深い愛情も、広い愛情も 益子:愛が、あっても、なくても、ありすぎても 益子:なさすぎても。  :  ストルツキン:『愛』というのは罪深くて。  :  益子:きっと『愛』だって、変わらず『罪』には違いないのだ。  :  ストルツキン:この街の夜は、愛情を吸うんだ。 ストルツキン:だから、夜な夜なみんな、モンストロは等しく『獣(けだもの)』になる。 ストルツキン:唸り声をあげながら、マボロシの裸体を欲して、いきり立つ。  :   :   :  0:間  :   :   :  0:『慈しみ』のバーにて。 ギムズ:ああああああああ!! ポムズ:なんてこった ギムズ:ずるい!!ずるいよ!! ポムズ:くそ、あの場ですぐ食らってやるべきだった ギムズ:ずるい!!ずるいずるいずるい!! 『慈しみ』:……。 ポムズ:骨の一つも、毛の一つも残ってやしない。 ポムズ:『慈しみ』、お前、「全部丸のみにしたな?」 『慈しみ』:……ふふ…………ふふふふふふ。 ギムズ:なに……?なんで笑ってるの……? 『慈しみ』:ふふふふふふふふふ……!あはははは!!! ギムズ:こわい、怖いよポムズ…! ポムズ:……『慈しみ』、『ニンゲン』の味はどうだったんだよ。 『慈しみ』:……何も!!!!!!! 『慈しみ』:何も味がしない!!!! 『慈しみ』:どうしてよ!!!! 『慈しみ』:あんなに甘いにおい!!! 『慈しみ』:あんなに魅力的で!!! 『慈しみ』:美しくて!!!! 『慈しみ』:追い求めていたのに!!! 『慈しみ』:私はあの、あの美しさだけを 『慈しみ』:それだけを、愛して、欲しくて、なりたくて 『慈しみ』:そうして、どんなことにも耐えてきたのに 『慈しみ』:なんで!なんでなんの味もしないの! 『慈しみ』:『甘い』は!? 『慈しみ』:『すっぱい』は!? 『慈しみ』:色々の、いっぱいの、味という味は、どこなのよ!  :   :  益子:マッチ缶をこじ開けたその街に、 益子:調律師(ちょうりつし)は既に居なかった。 益子:音の外れたメッセージボトルで、 益子:明日(あす)の夜明けを恨みながらモンストロは 益子:口々に捨て台詞を吐いていく。 益子:「この街の夜は、愛情を吸っていくんだ。」って。  :   :  ストルツキン:そうして、愛情を吸ったこの街は ストルツキン:きっとどの世界の、どの街の、どの瞬間よりも ストルツキン:罪深くて、揺蕩(たゆた)んでいる。 ストルツキン:夜明けと共に、撥ねる(はねる)、リボンで結ばれた毛は、 ストルツキン:まばゆい太陽の光と、 ストルツキン:朝を迎えてしまった「獣(けだもの)」の咆哮で、少しだけ揺れていた。  :   :  0:完