台本概要
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タイトル | 音楽の国のアリス~アリス第三章~ |
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作者名 | 天道司 |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 5人用台本(男1、女2、不問2) |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
自由に演じて下さい。
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キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
日野 | 女 | 146 | 心優しい少女。 |
月宮 | 女 | 104 | 闇を抱える傲慢な少女。 ※兼ね役・ハートの女王 |
帽子屋 | 男 | 40 | 心を探している。 ※兼ね役・司・ナレ |
三月うさぎ | 不問 | 69 | お調子者のウサギ。 ※兼ね役・先生 |
チェシャ猫 | 不問 | 83 | 不思議な猫。 ※兼ね役・真夜中 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
帽子屋:音楽家は、想いを五線譜に乗せる。伝えたい誰かのために、音楽は生まれる。
帽子屋:小説家は、想いを文章に乗せる。伝えたい誰かのために、小説は生まれる。
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司:その日のホームルームのあと、日野は笑っていた。周りの女子たちも笑っていた。
司:だけど、日野と女子たちの笑顔は、決定的に違っていた。
司:どちらの笑顔も、見ていて不快だった。
司:僕は、いたたまれない気持ちになり、女子たちに言った。
司:「筆箱を隠すなんて、カッコ悪いことするなよ。日野が困ることが分かっていて、それをするのは、良くないし、見ていて、面白くないんだよ!」
司:すると、女子たちは口を押さえて笑い、日野イジメの中心人物であろう月宮は、僕を指差して言った。
月宮:「何?お前、きもいんだけど!」
司:「きもくても良いけど、日野をこれ以上イジメるのは、やめろって言ってんだよ!」
月宮:「は?何を勘違いしてんだよ!ね?日野!イジメじゃなくて、ゲームだよね?」
日野:「そ、そうだよ。私が筆箱を探すゲームだから、本気にしないで!あはは…」
司:日野は、そう言って、掃除道具入れを開けたり、体操袋の中身を出して確認したり、引き出しの奥に手を突っ込んだりした。
司:間もなくして、月宮がわざとらしく声を上げた。
月宮:「あっ!先生の机の上に、日野の筆箱らしいものがっ!」
司:日野は、駆け足で自分の筆箱を回収しにいった。その様子を見た女子たちは、腹を抱えて笑っていた。
司:「テメェら、ざけんな!」
司:僕が叫ぶと、後ろから何者かに耳を力強く指でつままれた。
先生:「女子に何をキレとるんか!」
司:「堀内!」
先生:「先生を呼び捨てか?付いて来い!」
司:こちらの言い分を聞かずに、その時に見た情報だけで、僕は悪者だと決めつけられ、そのまま耳を引っ張られながら、生徒指導室に連れていかれた。
司:それはまるで、犯罪を犯した人間が、警察に連行されるかのように、誇りを踏みにじられ、はずかしめを受けている気分だった。
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三月うさぎ:「やっぱり、人間って面白いね。見ていて、飽きないや」
チェシャ猫:「そうだね。とても、そう、とても残酷で、とても理不尽だ」
三月うさぎ:「今度のアリスは、あの女の子が良いな」
チェシャ猫:「ほぉ、あの女の子というと?」
三月うさぎ:「あのっ、すっごく威張ってる女の子!すっごく強そう!」
チェシャ猫:「ふっ。吾輩は、あの弱々しい女の子を推薦するよ」
三月うさぎ:「えええーっ!あんな弱っちい女の子じゃダメだよ!」
チェシャ猫:「吾輩は、そうは思わないがね。ふふっ」
ナレ:チェシャ猫は、不敵な笑みを浮かべたよ。
三月うさぎ:「まさか!まさかまさかまさかっ!」
チェシャ猫:「それっ!」
三月うさぎ:「痛いーっ!」
ナレ:チェシャ猫は、三月うさぎの頭の毛を強引に引き抜いてしまったよ。
三月うさぎ:「もーうっ!ひどい!ひどい!ひどいーっ!これで、何度目だよ!」
チェシャ猫:「あぁ、悪かったよ。あとで、にんじんをプレゼントするから、許しておくれ」
三月うさぎ:「あいおっ?ほんとかい?」
チェシャ猫:「本当だとも!君がそれを覚えていたのならね」
三月うさぎ:「覚えているともさ!にんじん、楽しみだなぁ」
チェシャ猫:「では、ふーっ」
ナレ:引き抜いた三月うさぎの頭の毛に、チェシャ猫が息を吹きかけると、先っぽに青い宝石の付いた杖に変わったよ。
三月うさぎ:「わーっ!魔法の杖だ!今度のアリスに持たせるんだね!」
チェシャ猫:「そうだね。では、時間を止めてくれるかな?」
三月うさぎ:「あいおっ!」
ナレ:三月うさぎは、タキシードの胸ポケットから懐中時計をカッコ良く取り出し、赤いボタンを押したよ。
ナレ:すると、世界中の時間がピタリと止まった。
チェシャ猫:「じゃあ、吾輩は、あの子を…」
ナレ:チェシャ猫が空中をふわふわと浮遊し、日野という女の子の方に向かっていったよ。
三月うさぎ:「えっ?やっぱり、あの弱っちい女の子にするのかい?」
チェシャ猫:「そうだよ」
三月うさぎ:「えええーっ!あっちの威張ってる子にしようよ!」
チェシャ猫:「じゃあ、どちらも連れていくかい?」
三月うさぎ:「えっ?それって、不思議の国に二人のアリスを連れて行くってこと?」
チェシャ猫:「そういうことだよ」
三月うさぎ:「そんなこと、しちゃダメだよ。前例もないし、ややこしいしさ」
チェシャ猫:「そんなことをしたらダメだと誰が決めたのかい?前例がなければ、作れば良いし、ややこしい方が不思議の国らしい。吾輩は、そう思うけどね」
三月うさぎ:「あーっ!そういえば、そうだねぇ。でも、僕の頭の毛は、もう、一本たりとも抜かせないからねっ!」
チェシャ猫:「かまわないよ。では、まずは、彼女の方からいこう」
ナレ:チェシャ猫と三月うさぎは、日野という女の子の前に行くと、三月うさぎは、懐中時計の黄色のボタンを押したよ。
ナレ:すると、日野という女の子は、元の記憶の半分と名前の半分を失い、アリスとなって、止まった時間の中で動けるようになったよ。
チェシャ猫:「やぁ!アリス!」
三月うさぎ:「弱っちいアリス!弱っちいアリス!」
日野:「わっ!何っ?猫?うさぎ?」
三月うさぎ:「僕は、三月うさぎだよ」
日野:「三月うさぎ?」
三月うさぎ:「僕は、三月うさぎだよ」
日野:「なんで、教室のみんなの時間が止まってるの?なんで、猫とうさぎが喋ってるの?」
チェシャ猫:「ふふっ。それは、君がアリスだからだよ」
日野:「私が、アリス?」
チェシャ猫:「そう!アリスになった瞬間から、不思議の国に足を踏み入れているんだよ。フフフ…」
ナレ:チェシャ猫は、大きく口を開くと、アリスを一飲みした。
日野:「きゃーっ!」
チェシャ猫:「じゃあ、吾輩は、このまま今度のアリスを追いかけるよ」
三月うさぎ:「えっ?もう一人の威張ってる女の子は?」
チェシャ猫:「それは、君に任せる」
ナレ:チェシャ猫は、そう言って、姿を消した。
三月うさぎ:「あーあ。いってしまったな。じゃあ、僕も、威張ってる女の子をアリスに…」
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ナレ:アリスが目を覚ました場所は、ハートの女王のお城の一室にあるベッドの上だった。
日野:「ふぁーっ!えっ?ここは、どこ?」
チェシャ猫:「ここは、ハートの女王のお城だよ」
ハートの女王:「あらっ、今度のアリスさん、目覚めたのね。ご気分は、いかがかしら?」
日野:「うわっ!綺麗…」
ハートの女王:「ありがとう。私はハートの女王と言います。仲良くしてくれたら、嬉しいです」
日野:「ハートの…女王?」
ハートの女王:「はい…。あのっ、さっそくですけど…。もし、よろしければ、私のお茶会に参加してくれないかしら?」
日野:「お茶会?ですか?」
ハートの女王:「そうよ。私は、アリスと楽しくお茶会をするのが、ずっと夢だったの」
日野:「いいですよ。きっとこれは夢の中だろうし、お茶会、つき合います」
ハートの女王:「まぁ、嬉しい!今日はなんて素晴らしい日なの!さっそくトランプ兵さんたちと一緒に準備するわね!」
日野:「あっ!何か手伝いましょうか?」
ハートの女王:「いいの!いいの!なぜなら、アリスさんは、お客様なのですから!」
日野:「はっ、はい」
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ナレ:お城の大広間。
ナレ:白くて、長いテーブル。それぞれの席にずらりと並んだ紅茶とミルクと砂糖。アリスは、チェシャ猫やトランプ兵たちと同じように椅子に座り、紅茶を飲む。
日野:「美味しい!夢の中なのに、とっても美味しい!」
ハートの女王:「そう?それはよかったわ!」
チェシャ猫:「そうだね。優雅で気品のある味だ。のど越しも大変良いね」
ハートの女王:「あらっ、チェシャ猫さんにも褒めてもらえるだなんて!」
チェシャ猫:「フフフ…」
ハートの女王:「では、さっそくですが、今回のアリスさんの目的は?」
日野:「私の目的?」
ハートの女王:「そうよ。何か目的があって、ここに来たのでしょう?」
日野:「うーん…。私は、みんなと仲良くできたら、それで良いです」
ハートの女王:「みんなと仲良く?あぁ!なんて素晴らしい目的なの!」
チェシャ猫:「そうだね。理想的な目的だ」
日野:「そ、そうなんですか?」
チェシャ猫:「そうだよ。みんなと仲良く。それは、一番簡単で、一番難しい目的だ」
ハートの女王:「私は、そんなアリスさんの力になりたい」
日野:「えっ!そんなっ!」
ハートの女王:「なんでも言って!私、アリスさんのお願いだったら、何でも聞くわ!」
日野:「お願いなんて、何もありません。私と仲良くしていただけたら、それで良いです」
ハートの女王:「もちろんよ!仲良くしましょう!ずっと!ずっとね!」
日野:「はい!」
チェシャ猫:「ところで…」
ハートの女王:「チェシャ猫さん、どうしたの?」
チェシャ猫:「吾輩、ひとつ、気になっていることがあるのだが…」
ハートの女王:「はい。それは何でしょう?」
チェシャ猫:「吾輩たちの体、少しずつ薄くなってきては、いないだろうか?」
ハートの女王:「そういえば、そうね…」
日野:「ほんとだ!透けてきています!トランプ兵さんたちも体が透けてきています!」
チェシャ猫:「このままだと、吾輩たちは、遅かれ早かれ、この世界から消えてしまうだろうね」
ハートの女王:「そうね。消えてしまうでしょうね。でも、最期にアリスさんとお茶会ができて、よかったわ」
日野:「そんなっ!せっかく仲良くなれたのに!何か方法はないんですか?消えない方法!」
チェシャ猫:「あるにはあるが、とても、そう、とても危険だ」
ハートの女王:「ダメよ。アリスさんに危険なことは、させられない!」
日野:「危険でも構いません。私にできることがあるなら、力になりたいです」
チェシャ猫:「じゃあ、お願いしても良いかな?」
ハートの女王:「だめよ!チェシャ猫さん!」
チェシャ猫:「ハートの女王、それは、アリスが決めることだよ。なぜなら、ここは、不思議の国だからね」
ハートの女王:「そ、そうね…」
日野:「私は、みなさんを助けたいです!」
チェシャ猫:「ありがとう。では、お願いするとしよう。我々が消えてしまう原因は、読者に不思議の国の物語が読まれなくなったと、吾輩は、推測する」
日野:「それは、どうすれば、解決するんですか?」
チェシャ猫:「ヴィランの登場」
日野:「ヴィラン?」
チェシャ猫:「ほむ。想像を絶する強敵が現れ、その強敵をアリスが倒す」
日野:「強敵を倒せば、みんなが消えてしまうのを防げるってことですか?」
チェシャ猫:「あぁ、そうだよ。そして、今、この瞬間に、強敵は産まれた。アリスだ」
日野:「アリス?私自身ということですか?」
チェシャ猫:「違う。もうひとりのアリスだよ」
日野:「もうひとりのアリス?」
ハートの女王:「そんなっ!不思議の国の長い歴史の中で、二人のアリスが物語に介入するなんて、一度もありませんでしたよ?」
チェシャ猫:「だが、実際に、それは起こってしまった。不思議の国にアリスは、二人もいらない。アリスには、アリスを殺しに行ってほしい」
日野:「えっ?殺す?」
チェシャ猫:「そう、アリスがアリスを殺さなければ、我々は消えてしまう」
日野:「そんな…」
チェシャ猫:「アリス、我々を助けてくれないか?」
日野:「なんとか、もうひとりのアリスを説得するとかで、解決はしないのですか?」
チェシャ猫:「まぁ、解決するかも知れないし、解決しないかも知れない」
ハートの女王:「そうですね。ここは、不思議の国ですから」
日野:「わかりました。じゃあ、とにかく、もうひとりのアリスを探します。あのっ、どこにいるのか、わかりますか?」
チェシャ猫:「どこにいるのかわからないし、どこにもいないのかも知れない。だから、君に、ひとつ、とっておきをプレゼントしよう」
ナレ:おやっ?チェシャ猫は、先っぽに青い宝石の付いた杖をアリスに渡したよ。
日野:「これは?」
チェシャ猫:「魔法の杖だよ。何かをイメージして杖を振れば、そのイメージを形にすることができる」
日野:「イメージ?」
チェシャ猫:「あぁ。試しに、お茶菓子でも出してみては、どうかな?」
日野:「お茶菓子?杖を振りながら、出るように言えばいいの?」
チェシャ猫:「ふむ。頭の中で、できるだけ具体的なイメージを思い描くのがコツだよ」
日野:「わかりました。えっと…。お茶菓子よ、出ろ!」
ナレ:おっ!アリスの振った杖の先から、クッキーにチョコレートに、煎餅(せんべい)が出てきたよ。
日野:「わっ!すごい!」
ハートの女王:「さすが、アリスさん!」
チェシャ猫:「フフフ」
日野:「じゃあ、この杖を使えば、みんなが消えてしまうのも防げる?」
チェシャ猫:「試してみるかい?」
日野:「はい。では、いきます!」
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日野:「みんなが透明になっているのを元に戻して!」
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日野:「あれっ?」
チェシャ猫:「吾輩たちの体は、透けたままだね」
日野:「ごめんなさい」
ハートの女王:「気に病む必要はありませんよ。アリスさんのお気持ちだけでも、充分に嬉しいです」
チェシャ猫:「やはり、もうひとりのアリスを探さないとだね。空を飛んで行くと良い」
日野:「空?」
チェシャ猫:「その杖があれば、空を飛べる。前回のアリスもその杖で空を飛んでいた」
日野:「前回のアリス?」
チェシャ猫:「あぁ。前回のアリスは、真夜中の時間に固定されたこの世界に、朝を連れてきてくれた」
日野:「すごいなぁ。そんなすごい人だったんだ」
チェシャ猫:「吾輩は、君はもっとすごいアリスになると、にらんでいるけどね」
日野:「私が?」
チェシャ猫:「そうだよ。じゃあ、やってみてごらん。空を飛ぶイメージを頭の中でふくらませるんだ」
日野:「はい」
ナレ:アリスは、杖にまたがったよ。
日野:「杖よ、浮け!」
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日野:「あっ!浮いた!」
ハートの女王:「すばらしい!今度のアリスさんも、本当にすばらしい方ですね!」
チェシャ猫:「じゃあ、ここからは、アリスが、もうひとりのアリスのいそうな場所を目指して飛んで行くんだよ」
チェシャ猫:「そこに、きっと、もうひとりのアリスがいる」
日野:「わかりました。行ってきます!」
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ナレ:あぁ、アリスは、飛んで行ってしまったよ。
ハートの女王:「アリスさん、どうか、お気をつけて…」
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ナレ:ここは、不思議の森。もうひとりのアリスが、今から目覚める場所。
月宮:「ん?ここは、どこなの?」
三月うさぎ:「わわっ!威張ったアリス!威張ったアリス!やっと目覚めたんだね!」
月宮:「威張ったアリスって何?あんた、喧嘩売ってるの?」
三月うさぎ:「ひゃーっ!威張ったアリス!顔が怖い!顔が怖いよ!」
月宮:「なんなの?あんた、うさぎの分際で、悪口ばっかり!むかつく!」
三月うさぎ:「ひゃーっ!やっぱり、顔が怖いよ!」
月宮:「顔が怖いって…。私は、これでも学校では美人で通ってるのよ。何人もの男子から告られてるし、女子の友達もたくさんいるのよ」
三月うさぎ:「それって、君の外見しか見えていない男子にだけモテてるってことだろ?」
三月うさぎ:「女子の友達ってのも、君の人気を利用しようとしているだけなんじゃないのかな?」
月宮:「そんなことない!私は、学校だとお姫様なのよ!誰も私の言うことには逆らわないし、学校カーストの頂点こそが私なのよ!」
三月うさぎ:「そうなんだ。だけど、僕は威張ったアリスの命令は聞かないよ」
月宮:「なんでよ!あんたも私の言うことを聞きなさいよ!」
三月うさぎ:「やだよ。僕は、にんじんをくれる人の言うことしか聞かない主義なんだ」
月宮:「にんじん?」
三月うさぎ:「そうだよ。にんじん…。ん?くんくん。なんか嫌なニオイがする」
月宮:「嫌なニオイ?」
三月うさぎ:「くんくん…。このニオイは…」
月宮:「なっ、なんなのよ!」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!ドラゴンのニオイだ!」
月宮:「えっ?ドラゴン?」
ナレ:森の木々をなぎ倒しながら、巨大なそれは、顔をのぞかせた。
月宮:「はっ!羽の生えたティラノサウルス?いや、そうじゃなくて…」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!逃げなきゃーっ!」
月宮:「ちょっと!私を置いて先に逃げないでよ!」
三月うさぎ:「ちょっとぉ!僕の方に逃げてこないで!」
月宮:「いやっ、そうじゃなくて、私を早く学校に戻してよ!ねぇ、待ってよ!」
三月うさぎ:「いやだいやだ!大変だ大変だ!もーう!ドラゴンが追いかけてきてるじゃないか!僕の方に来ないで!」
月宮:「だって、今はあんたしかいないから!あんたが私をここに連れてきたんでしょ!何とかしなさいよ!」
三月うさぎ:「なんとかできるなら、とっくにしてるよ!あっ!」
ナレ:三月うさぎは、木の根元に横穴を見つけたので、逃げ込んでいったよ。
月宮:「ちょっと!あんただけズルくない?私も入れなさいよ!って!やばっ!」
ナレ:アリスの真後ろに、ドラゴンがっ!これは、もう、逃げられそうにないね。
月宮:「ちょちょちょっと!私なんか食べても美味しくないからね!えいっ!」
ナレ:アリスは、足元の小石をドラゴンめがけて投げたよ。
ナレ:小石は、見事に命中するが、ドラゴンは大きな口を開け、今まさにアリスを食べようとしている。
ナレ:その瞬間だ!
日野:「ドラゴンの時間よ、止まれ!」
ナレ:ドラゴンの動きは、ピタリと止まる。それはまるで、写真のように…。
月宮:「なに?なんなの?なにが起こったの?」
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ナレ:――…そして…二人のアリスは…ついに出会ってしまう…――
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ナレ:タイトルコール―音楽の国のアリス―
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ナレ:ふむ。ここからは、日野アリスに、月宮アリスと呼び方を変えよう。
ナレ:そして、まずは、今、何が起こったのかを説明しよう。
ナレ:杖に乗って空を飛んでいた日野アリスは、月宮アリスがドラゴンに食べられそうになっているところを見つけ、
ナレ:とっさに、無意識に、杖を使わずに、
ナレ:「ドラゴンの時間よ、止まれ!」と叫んだ。
ナレ:そう、ただ、叫んだだけ、たったそれだけで、ドラゴンは動きを止めたのだ。
ナレ:だけど、日野アリス自身は、その奇跡を特別だとは、思ってはいない。
ナレ:『魔法の杖に乗っていたから魔法を使えた』としか、思っていない。
ナレ:ふふっ。日野アリスは、杖を地面の方に向け、月宮アリスのそばに上手に着陸したよ。
月宮:「あっ!日野!」
日野:「ふぅ。月宮さん、無事でよかった。怪我はない?」
月宮:「怪我はないけど…。そんなことより、日野、今、何をしたの?」
日野:「何って、魔法だよ」
月宮:「魔法?日野は魔法が使えるの?」
日野:「うん。この杖を振りながら、したいこと?願い事を頭に思い浮かべて言葉にすれば、それが現実に起こるんだよ」
月宮:「へぇ。すごいね。あんただけ何でそんな良いもん持ってんのよ」
月宮:「まぁ、いいよ。とりあえず、魔法が使えるなら、何か食べるものを出してみてよ」
日野:「食べるもの?」
月宮:「そうね。ここで、バーベキューしましょうよ。あんた、今までそういうのやったことないでしょ?」
月宮:「私が特別にバーベキューに付き合ってあげるって言ってんの」
日野:「うっ、うん…」
ナレ:おやっ?木の穴に隠れていた三月うさぎが、急に飛び出してきたよ。
三月うさぎ:「ビュビュビューン!バーベキュー?何それ?おいしいの?何かおいしそうな響きだね!お茶会みたいに楽しそうな響き!」
月宮:「あっ、口の悪いクソうさぎ!」
三月うさぎ:「僕は、口の悪いクソうさぎじゃなくて、三月うさぎだよ!」
日野:「三月うさぎさん?あぁ、三月うさぎさんも一緒にバーベキューをしませんか?」
三月うさぎ:「バーベキュー?」
日野:「あっ、ご飯を食べませんか?」
三月うさぎ:「ご飯?にんじんもある?」
日野:「にんじんも出しますよ」
三月うさぎ:「わーい!にんじんっ!にんじんっ!」
月宮:「ふっ。まぁ、いいけど…。私は、さっさとバーベキューがしたいんだけど?」
日野:「うん。わかった。えっと…。みんなとバーベキューがしたい!」
ナレ:おおっ!アリスの振った杖の先から、バーベキューコンロ、大きな机、三脚の椅子、二人と一匹分の小皿と箸、何種類もの肉、何種類もの野菜、何種類もの飲み物が現れたよ。
月宮:「嘘でしょ…」
三月うさぎ:「わーい!にんじんもある!にんじんもある!にんじんは全部僕のだからね!」
日野:「すごいね。ほんとに、出た」
月宮:「あんたが驚いて、どうすんのよ!」
日野:「あっ、ごめん」
月宮:「まぁ、いいよ。とりあえず、肉、焼いてくんない?お腹減ってるの」
日野:「うっ、うん。今、焼くね。その前に…。ドラゴンさん、お願いだから、もう私たちを襲わないで!ドラゴンさんの時間よ、動き出せ!」
月宮:「あっ!あんた、バカなの!」
ナレ:日野アリスの振った杖の先から桃色の光が放たれ、ドラゴンに命中する。ドラゴンの時間は動き出すが、こちらを襲ってくる様子はなく、横になり、眠り始めた。
月宮:「へぇ。その杖は、生き物の心まで支配できるんだね」
日野:「そうみたい…だね。じゃあ、お肉焼くね!」
月宮:「うん。お願い」
ナレ:日野アリスは、杖を机に立てかけ、月宮アリスのために、お肉を焼き始めたよ。
ナレ:あれっ?月宮アリスは、日野アリスに気づかれないように、ゆっくりと杖に近づき、それを手に取った!
月宮:「豚!そう、あんたは、豚にでもなりなさいっ!」
日野:「えっ!」
ナレ:月宮アリスの振った杖の先から黒色の光が放たれ、日野アリスに命中する。すると、日野アリスは、豚に姿を変えられてしまったよ。
日野:「ぶひっ!ぶひっ!」
月宮:「あははは!学校カースト最底辺のあんたには、お似合いの姿ね!」
ナレ:月宮アリスは、豚を蹴飛ばした。豚は、地面につっぷした。
ナレ:月宮アリスは、つっぷした豚を何度も足で踏みつけ、杖でたたき始めた。豚は、泣き始めた。
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!威張ったアリスが弱っちいアリスを豚に変えちゃった!大変だ!」
月宮:「クソうさぎ!何を言ってるの!最初から、ここには豚しかいなかった。そうよね?」
ナレ:月宮アリスが、杖の先を三月うさぎの方に向けた。
三月うさぎ:「そっ、そうだよ!ここには、豚しかいなかった!ここには、アリスはひとりしかいなかった!」
月宮:「そう!そうよ!そのとおりよ!あはははは!」
三月うさぎ:「たっ、大変だ…。大変だーっ!」
ナレ:三月うさぎは、にんじんの最後の一本を口にくわえると、走ってどこかに行ってしまったよ。
月宮:「さて、豚!この杖の力で私は、元の世界に戻る。あんたみたいなクソ底辺は、ここで豚のまま一生を終えなさい」
月宮:「元の世界に戻っても、あんたは誰にも必要とされないし、愛されない。ただの豚でしょ?今と何が違うの?」
月宮:「あぁ、私?私は可愛いから!頭が良いから!モテるから!」
月宮:「この世界でも、元の世界でも、ずっとずーっとお姫さまとして、未来永劫、生きて行くことにしたの。ステキでしょ?」
日野:「ぶっ、ぶひっ」
月宮:「フフフ…。あぁ、なんて、今日は良い日なの!」
日野:「つっ、ツ、キみ、ヤ、さン」
月宮:「はっ?豚の分際で、私の名前を気安く呼ぶなっての!」
ナレ:月宮アリスは、杖で豚を思い切り殴った。
日野:「痛っ!」
月宮:「じゃあね。私は、この世界のことをちょっと調べてみることにするね。あんたは…」
ナレ:月宮アリスは、再び杖で豚を殴り、杖にまたがった。
日野:「痛っ!」
月宮:「そこで、伸びてなさい。フフフ」
月宮:「杖よ、飛びなさい!」
ナレ:月宮アリスの乗った杖は、宙に浮いた。しかし、ふらふらして、上手に空を飛べない。何故だろう?
ナレ:しかし、すぐに月宮アリスの姿は、豆粒みたいに小さくなって、見えなくなってしまったよ。
0:【長い間】
チェシャ猫:「おやおや、これは、どうして、こっぴどくやられてしまったね」
日野:「これは…猫さんの、声?」
チェシャ猫:「ほぅ。そんな姿になっても、人間の言葉を遣うことができるとは…。いやはや、まったくもって、君は、すごい」
日野:「もしかして、猫さんなの?姿は、見えないけど」
チェシャ猫:「そうだよ。今では声を発するだけが、やっとの状態。そして、吾輩は猫である。名前は、チェシャ猫」
日野:「ごめんね。私のせいで、チェシャ猫さんの姿が消えてしまった」
日野:「それと、もうひとりのアリスは、私の友達の月宮さんだった。でも、月宮さんは、何も悪いことはしていなかったし、何かを説得する必要もなかった」
チェシャ猫:「ほんとうに、そうかい?」
日野:「私は、何もされてない」
チェシャ猫:「君の世界で、友達っていうモノは、友達を豚扱いするモノなのかい?」
日野:「違うけど…」
チェシャ猫:「君の世界で、友達っていうモノは、友達を殴るモノなのかい?」
日野:「それも、違うけど…」
チェシャ猫:「君の世界で、友達っていうモノは、友達を、友達の心を傷つけるモノなのかい?泣かせるモノなのかい?」
日野:「私は、傷ついてない。泣いてない!」
チェシャ猫:「どうして、そんなに、それほどまでに、頑張るの?」
日野:「頑張ってなんかないよ。私みたいにブスで、頭が悪くて、男子からの人気もない底辺は、月宮さんのような光にすがるしかないの」
日野:「そうしなければ、ずっとひとりぼっちのままなの」
チェシャ猫:「本当に、そう思うのかい?吾輩は、君の方が、光だと思うけどね」
日野:「私の方が光?ふっ。そんなこと、あるわけないでしょ…」
チェシャ猫:「君が『あるわけない』と思っているうちは、何も変わらないし、彼女も変わらない」
日野:「私、どうすればよかったのかな?どうすれば良いのかな?」
チェシャ猫:「答えは、魔法は、奇跡は、いつだって、君の中にある」
日野:「私の中に…」
チェシャ猫:「アリスに問おう。君は、豚のままで良いのかな?」
日野:「私は…。豚じゃない!」
ナレ:おやっ?日野アリスの姿が、豚から人間に戻ったよ!
日野:「あれっ?私、人間に戻ってる?」
チェシャ猫:「想いの力だよ。杖なんかなくても、魔法は、使える。なにしろ、ここは、不思議の国だからね。さぁ、次は、どんな魔法を見せてくれるのかな?」
日野:「チェシャ猫さんやみんなの姿を元に戻したい」
チェシャ猫:「ふむ。そのためには、もうひとりのアリスを倒さないとだね」
日野:「私は、月宮さんを倒したりしないよ。仲良くなる道を選ぶ」
チェシャ猫:「フフフ…。仲良くなる道、ね。それと、吾輩、今はまだ声を出せているが、じきに声も失う。」
チェシャ猫:「私だけではない。不思議の国を生きる全てのクリーチャーは、吾輩と同じ運命をたどる。消えてしまう順番に差はあっても、消えるという運命は、等しく、すべからく訪れるだろう」
日野:「私は、それを止めるよ。待ってて」
ナレ:おおっ!日野アリスは、杖を使わずに宙に浮いたよ。そして、月宮アリスが向かった方に、飛び去っていったよ。
チェシャ猫:「フフフ…。吾輩は、やはり」
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チェシャ猫:「フフフ…。今度は、もうひとりのアリスの様子でものぞいてみようかな」
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月宮:(M)私は、いつだって、お姫様なの。私は、いつだって正しいの。
月宮:(M)ん?ちょうど良い平地がある。あそこに私のお城を建てようかな。
チェシャ猫:(M)おや?アリスが杖の先を平地に向け、降下を始めたよ。
月宮:「きゃーっ!」
チェシャ猫:(M)フッ、上手く着陸できず、尻もちをついてしまったね。アレは痛そうだ。
月宮:「痛っ!もう、なんなの!着陸するの、難しいんだけど!」
帽子屋:「何を怒っているんだい?」
月宮:「きゃっ!なんなの?あんた!」
帽子屋:「僕は帽子屋さ。不思議の国のクリーチャーだって、前にチェシャ猫に教えてもらった」
月宮:「帽子屋?クリーチャー?ん?あんた、体が透けてない?」
帽子屋:「透けてるね」
月宮:「大丈夫なの?」
帽子屋:「大丈夫なのかも知れないし、大丈夫じゃないのかも知れない」
月宮:「意味がわからない。とりあえず、私は今からここにお城を建てようと思うから、あんたは、私の執事になりなさい」
帽子屋:「ん?なぜ?」
月宮:「は?私の命令よ?普通、聞くでしょ?」
帽子屋:「普通なんてモノ、この世界には存在しないよ。それに、君のその命令を聞いてしまったら、僕は君と友達になれなくなる気がする。それは、そう、とても寂しい」
月宮:「ちっ!めんどくさい男だね!仕方ない。特別よ」
月宮:(M)私は、男に顔を近づけ、その唇に唇を重ねた。
月宮:「チュッ(リップ音)」
月宮:(M)これをして私の言いなりにならなかった男子はいなかった。だから、いつもと同じように、この男も私の言いなりになると思った。
帽子屋:「今のは、なんだい?」
月宮:「は?キスよ!キスまでしてあげたのよ!えっと…。私の言うこと、少しは聞く気になったでしょ?」
帽子屋:「全く…」
月宮:「ふぅ。あんた、私に興味がないの?可愛いって思わないの?」
帽子屋:「君は、アリスなの?」
月宮:「は?私の質問に答えなさいよ!私、可愛いでしょ!」
帽子屋:「わからない」
月宮:「はーっ?もう、いい。めんどくさくなってきた…。そうだ!フフ…。これは魔法の杖なの。杖の力で、あんたを私の言いなりにさせる」
帽子屋:「ほぅ」
月宮:「私の言いなりになれっ!」
月宮:(M)私が振った杖の先から、黒色の光が放たれた。しかし、それは、男の体を綺麗にすり抜けていった。
月宮:「どういうことなの?あんたの体が透けてるから?でも、キスできたよね?」
帽子屋:「多分だけど…」
月宮:「多分だけど何?」
帽子屋:「僕には、本モノの魔法しか効かない。君の魔法は偽モノだ。そして、僕は理解した。君はアリスじゃない」
月宮:「は?私はアリスよ!アリスに決まってるでしょ!学校でも、この世界でも、どんな時も、私は、一番可愛くて、一番モテて、一番偉いの!主役なのよ!」
帽子屋:「他の世界でどうだったかは知らないし、他の人がどう思っているのかにも興味はない。ただ、僕は、今の君をアリスとは認めたくないし、友達にもなりたくない。さよなら」
月宮:「ちょっと!どこ行くのよ!待ちなさいよ!あーあ。いなくなっちゃった…。もう、うざい!きもい!なんなのよ!」
月宮:「ふーっ…」
月宮:(M)お城。そう、ここに私のお城を建てよう。この杖があれば…。
月宮:「お城よ、出ろ!あれ?私の体が?何なの?やめて!」
ナレ:月宮アリスの体は、カスタネットになってしまったよ。そして、あぁ!なんということだ!
ナレ:お城…。そう、あれは、お城だね。
ナレ:フルートとクラリネットとハープでできた格子(こうし)、ヴァイオリンとコントラバスとホルンでできた壁、様々な楽器で構築された無機質なお城。
月宮:「いやーっ!」
ナレ:カスタネットになった月宮アリスも、楽器のお城に取り込まれてしまったよ。
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0:【間】
日野:「あれっ?突然、お城がっ!楽器でできたお城?もしかしたら、あのお城に月宮さんがいるのかも知れない。いってみよう」
0:【長い間】
ナレ:日野アリスは、お城の前に、上手に着陸したよ。
日野:「楽器でできたお城か…」
三月うさぎ:「ひゃーっ!大変だ!大変だ!」
日野:「あっ?」
三月うさぎ:「あっ?」
日野:「たしか、三月うさぎさん?」
三月うさぎ:「あいおっ!三月うさぎだよ。大変なんだ!僕の体が、消えていってるんだ!」
日野:「そうだね。でも、大丈夫。私が何とかするから」
三月うさぎ:「えっ?弱っちいアリスが?弱っちいアリスに、何ができるの?」
帽子屋:「やぁ」
日野:「(同時に)わっ!」
三月うさぎ:「(同時に)ぎゃっ!」
三月うさぎ:「ちょっと!帽子屋!驚かせるなよ!」
帽子屋:「すまない。驚かせるつもりはなかった」
日野:「あなたは?」
帽子屋:「今、三月うさぎが呼んだ通り、僕には、帽子屋という役割が与えられている」
日野:「帽子屋さん?」
帽子屋:「そうだね。僕は、帽子屋だよ。君は…。うん。アリスだね」
日野:「あのぉ、このお城なんですけど」
帽子屋:「あぁ、音無(おとなし)の城だね」
日野:「音無の城?あのっ、女の子が入っていきませんでした?」
帽子屋:「入っていったというよりも、取り込まれてしまったね。音無の城、そのものになってしまった」
日野:「どういうこと?」
帽子屋:「そのままの意味さ」
三月うさぎ:「帽子屋!帽子屋!そんなことより、僕の体が消えていってるんだけど!大変なんだけど!」
帽子屋:「どうして、体が消えると大変なんだい?」
三月うさぎ:「どうしてだろう?あっ!大変じゃない!大変じゃない!よかったーっ!」
日野:「大変なことだよ!消えてしまったら、友達とお話しができなくなるし、美味しいものも食べられなくなる!」
三月うさぎ:「美味しいものが食べられなくなる?にんじんが食べられなくなる?ひゃーっ!大変だ!大変だ!」
日野:「大丈夫。私が、なんとかしてあげる!」
帽子屋:「アリス、僕にできることはあるかい?」
日野:「えっ?協力してくれるの?」
帽子屋:「もちろん。アリスのためなら、執事にでも何でもなるよ」
日野:「じゃあ、私と一緒に、音無の城に入って、私の友達を探してくれる?」
帽子屋:「あぁ、いいよ」
三月うさぎ:「僕は、いかないよ。怖そうだから、ここで待ってる」
日野:「うん。三月うさぎさんは、ここで待っていても大丈夫だよ。私が必ず、助けてあげるから」
三月うさぎ:「大変だぁ!弱っちいアリスが、なんだか、心強いアリスに思えてきた!」
日野:「ふふっ。じゃあ、いこう」
帽子屋:「そうだね」
ナレ:アリスがチューバでできた扉の、トロンボーンでできた取手を引いたよ。
ナレ:音無の城、中も様々な楽器でびっしり埋め尽くされている。むしろ、楽器以外のモノが、そこには存在しない。
三月うさぎ:「ちょっとーっ!待ってよーっ!僕をひとりにしないでーっ!」
日野:「あれ?三月うさぎさん、外で待ってるんじゃなかったの?」
三月うさぎ:「だって、だって!ひとりになるの、とっても怖いんだよ。体がどんどん消えていっちゃってるしさ」
日野:「そうだね。消えちゃうのは、みんな、怖いよね。それにしても…」
日野:「ここには、こんなにたくさんの楽器があるのに、どうして音無の城なの?」
帽子屋:「あぁ、それはね。どの楽器も、音を出せないからさ」
日野:「音を、出せない?」
三月うさぎ:「ビュビューン!ヒャヒャヒャヒャヒャーッ!」
三月うさぎ:「ほんとだ!ギターの弦を引っ張っても、ピアノの鍵盤を踏んづけても、音が鳴らないや!全部ぜーんぶ、壊れてる!」
帽子屋:「そうだね。壊れてる。だから…」
三月うさぎ:「だから?」
帽子屋:「ふふっ。さぁ、アリス、彼女は、どこにいると思う?」
日野:「うーん。どこだろう?」
三月うさぎ:「きっと、王様の椅子のようなところじゃないかな。だって、威張ったアリスだから!威張ったアリスだから!」
帽子屋:「三月うさぎは、そう思うんだね」
日野:「じゃあ、上の階に上がってみる?」
帽子屋:「決めるのは、アリスだよ」
日野:「私は…」
月宮:「おい!入ってくんな!」
日野:「月宮さんの声だ!」
帽子屋:「うっ!ハープの弦がっ!ぐっ!」
三月うさぎ:「ぎゃーっ!毛をむしらないで!ひもでぐるぐる巻きにしないでーっ!ぎゃっ!」
日野:「えっ?二人が楽器の弦で縛られて…」
チェシャ猫:(M)おやっ?帽子屋と三月うさぎが、楽器の弦で体の自由を奪われ、オーボエでできた壁に貼り付けられてしまった。
チェシャ猫:(M)口も弦でふさがれて、アレじゃ、まともに言葉を発することはできないだろうね。
月宮:「ふっ、これで邪魔者は、私に口答えできなくなった。私に支配された。だけど…。なんで、あんただけは縛られないのよ?」
日野:「なんでって?私は、月宮さんと友達になりたいからよ!」
月宮:「私と、友達に?は?もう、友達でしょ!」
日野:「違う!まだ、友達じゃない!」
月宮:「どうして?いつも命令してあげてるでしょ!遊んであげてるでしょ!」
日野:「あんなのは、友達じゃない!そして、姿を見せろ!月宮!」
月宮:「は?呼び捨て?日野の分際で、私を呼び捨てとか、ありえないんですけど!
月宮:「それに、せっかく豚の姿にしてあげたのに、なんで人間に戻っちゃってるのよ!ふざけないで!あんたは、豚なのよ!豚のくせに、生意気なのよ!」
日野:「私は、豚じゃない!」
月宮:「鏡、見たことないの?あんたは、豚よ!彼氏だって、できたことないでしょ!誰にも愛されない豚よ!」
日野:「月宮だって、誰にも愛されたことないでしょ!同じよ!」
月宮:「同じじゃない!私は、何人もの男子から告られてるし、好きって言われてる!体だって求められた!愛されてるの!」
日野:「好きって言われたら、体を求められたら、愛されてるってことなの?」
月宮:「そうよ!それ以外に、何があるの!あんたには、そういう経験ないでしょ!」
日野:「ないよ。ないけど、私は、そんなものが愛だとも思わない」
月宮:「じゃあ、何が愛だって、思うわけ?」
日野:「私は、月宮に、いじめられてた」
月宮:「そう、あんたをいじめてた。楽しいから!」
日野:「学校では、おもちゃのように扱われて、この世界では、豚に変えられた。踏みつけられた。見捨てられた」
月宮:「そうよ。だって、そうでしょ!私は、主役で、あんたは、脇役なのよ。脇役の分際で魔法の杖なんて、むかつくのよ!だから、奪ってやった!」
日野:「うん。それでも、私は、月宮と友達になりたいって思ってる」
月宮:「あんた、バカなの?ドエムの極み?」
日野:「違うよ。月宮も辛いってこと、月宮もひとりぼっちだったってこと…。私、わかってるから」
月宮:「私は、辛くない!ひとりぼっちでもない!いつも私は、世界の中心なの!主役なのよ!」
日野:「だったら、なんで、泣いてるの?カスタネットなの?」
チェシャ猫:(M)日野アリスの足元に、地味なカスタネットが無造作に転がっていた。それが、それこそが、月宮アリスだった。フフッ…。
月宮:「なんで?なんで、そんなに私に優しくするのよ!あんたに、ずっとひどいことをしてきたのにっ!」
日野:「それは、月宮と、友達になりたいからだよ!」
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月宮:(M)私が幼稚園の時、両親が離婚して、父親にも母親にも『いらない』って拒絶されて、施設に入れられた。
月宮:(M)施設では、先生の言うことは絶対で、年上の言うことは絶対で、一番年下の私は、ただ、ただ言いなりになるしかなかった。
月宮:(M)悪いことをするように命令されて、命令した人をかばって、先生に怒られて、怒られて、ずっと、苦しい想いをしてきた。
月宮:(M)そんな時、私を養子にしたいという老夫婦が現れて、私は、やっと、そんな地獄から解放された。
月宮:(M)老夫婦は、私の言うことは、何でも聞いてくれた。私が欲しがれば、服もゲームも、何でも買ってくれた。私は、お姫様になれた。
月宮:(M)やっと、お姫様になれた私。それなのに、
月宮:(M)新しい学校で、初めての音楽の授業で、私はみんなと同じようにリコーダーを吹くことができなくて、カスタネットをやらされた。
月宮:(M)みんなと同じが良かった。カスタネットって何?ふざけてるでしょ!
月宮:(M)お姫様になれたんだから、カスタネットをするのは、それが最後。
月宮:(M)脇役に回るのは、それが最後。
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月宮:「私は、脇役になんかならない。脇役になんか、なりたくない。あんたと友達になったら、また、カスタネットを鳴らさなきゃいけなくなるでしょ!」
日野:「カスタネットだって、主役だよ。音楽は、それぞれの楽器が、それぞれの音を出すから、合わさると、ステキな音楽になるんだよ!みんなが主役なんだよ!」
月宮:「だったら、なんで主旋律やら副旋律やらの言葉があるの!私は、副旋律にはなりたくない!」
日野:「主旋律を引き立たせる副旋律。私は、ステキだと思うけどな」
月宮:「私は、主旋律がいいの!主役がいいの!」
真夜中:「フフッ。そろそろ、タイムオーバーだね!」
日野:「誰?黒色の塊?」
真夜中:「吾輩は、真夜中。この世界を、真夜中の時間に固定する存在。この世界に、終わりを告げる存在」
日野:「月宮、私のポケットに隠れてて!」
月宮:「えっ?ちょっ!」
ナレ:日野アリスは、足元のカスタネットを拾い上げ、ポケットの中にしまったよ。
真夜中:「フフフ…。なんとも、まぁ、友達想いだねぇ。想われていないのに、想い続けるなんて、フフフ…」
真夜中:「裏切られたのに、守ろうとするなんて、バカだね!バカだね!バカすぎて、むしずが走るーっ!」
日野:「私は、月宮の弱さを知ってるから、強い私が守るの!」
真夜中:「ハハハハハーッ!強い私が?守る?お前なんぞに、何ができる?その減らず口、すぐにたたけなくしてやる!ハーッ!」
ナレ:真夜中から、暗黒の塊が飛び出し、日野アリスの体と口を縛り上げた。
日野:「うっ、うぐっ!」
真夜中:「さぁ、何か言ってごらん?ざれごと、たわごと、ひとりごと!口をふさがれている状態で?フフッ!今のお前には、何もできないっ!無力!無力!無力!」
ナレ:おやっ!日野アリスのポケットの中から、カスタネットが飛び出し、人間の姿に!月宮アリスが現れた!
月宮:「私の友達にひどいことしないで!」
真夜中:「おやっ?おやおやおやっ?さんざん彼女にひどいことをしておいて、ひどいことをしないでって?フフッ!」
真夜中:「君がひどいことをするのが許されるのに、吾輩がひどいことをするのは許されないなんて、おかしくないかい?」
月宮:「私は、もう、日野にひどいことはしないっ!」
真夜中:「無理だよ。君はいじめっ子。人の心がわかるはずもない。愛が何たるかをわかるはずもない。だから、人を傷つける」
真夜中:「自分が傷つかないように、立場が上であることを確認するために、人を傷つけ、傷つけ、闇に堕ちてゆく!そう、吾輩と同じだよ!君は、闇だ!」
月宮:「そう。闇。ずっと闇を抱えてた。ずっと失敗を繰り返してた。ほんとうに大切なモノに気づけなかった」
真夜中:「それでは、じゃあ、そういうことなら、君は、ほんとうに大切なモノが何かが、わかっているとでも?」
月宮:「私は…。私がどれだけひどいことをしても、私の心の背景まで察して、ずっと友達でいようとしてくれた日野が、大切。すっごく大切なの!」
真夜中:「だったら、その大切なモノが消えたら、どうするのかな?そーれっ!」
ナレ:真夜中から、再び暗黒の塊が飛び出し、日野アリスを包み込み、綺麗さっぱり消し去ってしまったよ。
月宮:「日野ーっ!」
帽子屋:「(同時に)んんっ!んんっ!」
三月うさぎ:「(同時に)んんっ!んんっ!」
真夜中:「ハハハハハーッ!実に実に実にぃーッ!愉快だ!さぁさぁさあーっ!」
真夜中:「これで、君は大切なモノを失った。どうする?仇討ちをするために、吾輩と戦うかね?フフフ…」
月宮:「日野はね。あんたなんかに、負けたりしないよ」
月宮:「あんたには、わからないと思うけど、日野は、強いんだよ。私なんかよりも、ずっとね!」
真夜中:「フフフッ!ハハハハハーッ!吾輩の攻撃で、今まさに、まさに、まさに!綺麗さっぱり消えてしまったじゃないか!」
真夜中:「どこが!どこが!どこが!強いのかな?フッ、教えてほしいモノだよ!」
月宮:「心が、強いんだよ!」
真夜中:「フフフ。心が、ね。ん?地震?あぁ、そろそろ、ここも時間かな?」
ナレ:突然、地面が揺れ始めた。そして、音無の城の楽器がひとつ、ふたつと消え始め、建物が崩れ始めたよ。
月宮:「二人共、早く逃げて!」
ナレ:月宮アリスが、帽子屋と三月うさぎに向かって手をかざすと、桃色の光が放たれ、二人を縛り上げていた弦が解けた。
帽子屋:「君も、ようやく、アリスになれたんだね」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!逃げなきゃ!」
月宮:「早く!早く逃げて!」
帽子屋:「わかった。あとは任せたよ。三月うさぎ、出口に向かうよ」
三月うさぎ:「あいおっ!早く逃げよう!大変だ!大変だ!」
0:【間】
真夜中:「君は、逃げないのかな?」
月宮:「逃げない。だって、日野も私と一緒に、あんたと戦ってくれるから…。いるんでしょ!日野!」
ナレ:月宮アリスの隣に、突然、日野アリスが現れる!
日野:「当然でしょ!月宮!」
真夜中:「フフフッ!さすが、不思議の国だ!さすが、アリスだ!しかし、君たちが吾輩と戦う理由は、何かな?」
月宮:「そんなの、決まってるじゃない」
日野:「明日を…」
月宮:「変えるためだよ!」
真夜中:「フッ、明日を変える?変わらないよ!何も変わらない!吾輩を倒したとて、この世界の崩壊は止まらない」
真夜中:「全てのクリーチャーは消滅し、その影響は、君たちの世界にも…。フフフッ!ハハハハハーッ!」
日野:「それは、あなたが決めることじゃない!」
月宮:「運命は」
日野:「いつだって」
月宮:「(同時に)私たちが決める!」
日野:「(同時に)私たちが決める!」
月宮:「いくよ!日野ーっ!」
日野:「うん!二人で決めよう!」
月宮:「アリス」
日野:「特製」
真夜中:「まっ、まさかっ!」
月宮:「ツイン」
日野:「ワンダフォイ」
月宮:「(同時に)パーンチッ!」
日野:「(同時に)パーンチッ!」
ナレ:二つの青い閃光が混ざり合い、真夜中の闇を貫く!
真夜中:「ぐふぁっ!ぐーっ!ふぁーっ!気持ち、良いっ…。これがっ!これこそがっ…ぐっ、ぐふぁっ…」
日野:「やったー!」
月宮:「うん!やった!」
ナレ:日野と月宮は、ハイタッチし、強く、強く抱き合った。
ナレ:音無の城は、消え去り、不思議の国のクリーチャーは、姿形を取り戻す。
ナレ:姿形を取り戻した帽子屋と三月うさぎは、二人のアリスのそばに駆け寄ってきたよ。
三月うさぎ:「やったー!威張ったアリスと心強いアリスが真夜中をやっつけてくれたぁ!」
帽子屋:「僕は、いや、僕たちは、また、アリスに…。いや、二人のアリスに助けられたのかな」
チェシャ猫:「フフフ。不思議の国を救ってくれて、ありがとう」
日野:「あれっ?チェシャ猫さん!いつから、そこに?」
チェシャ猫:「ずっといたよ…。ずっとね。フフフ…」
帽子屋:「チェシャ猫、やっぱり君は…」
チェシャ猫:「おっと!帽子屋、世の中にはね。わかってしまっても、口に出してはいけないことがあるのだよ」
三月うさぎ:「えっ?えっ?なんなの?なんなの?」
帽子屋:「なんでもない。今回も、そういうことにしておいた方が良さそうだ」
チェシャ猫:「そうだね。帽子屋!賢明な判断だ!さて、三月うさぎ!そろそろ時間だ!」
チェシャ猫:「二人のアリスを、元の世界に戻してやっておくれ!」
三月うさぎ:「あいおっ!」
ナレ:三月うさぎが懐中時計の青いボタンを押すと、二人のアリスは、『友達』として、放課後の教室で、楽しそうに雑談を交わしてる。
ナレ:そこには上も下もなく、対等の立場で…。
0:【間】
司:「あれっ?お前ら、そんな、仲よかったっけ?」
月宮:「は?司、何言ってんの?」
日野:「うんうん。うちら、友達だもんね!」
月宮:「そうそう!ズッ友ってやつ!」
司:「そ、そうか…。なんか、良いな。ふっ、喧嘩すんなよ」
月宮:「しねぇーよ!ばーか!」
日野:「月宮!ばかはひどくない?まぁ、司はバカだけどさ(笑)」
月宮:「そうだね!司は、バカだ(笑)」
0:
0:【長い間】
0:
チェシャ猫:本モノって何だろう?
三月うさぎ:偽モノじゃないってこと?
チェシャ猫:本モノと偽モノを見分けるには、どうしたら良いのだろう?
三月うさぎ:食べてみると良いと思うよ。毒が入っているかも知れないけどね。
チェシャ猫:毒まで受け入れてみなければ、本モノは見えてこないさ。
三月うさぎ:毒のない人間なんていないし、正しいだけじゃ、つまらない。
チェシャ猫:本当は、本モノも偽モノも無いのかも知れないしさ。
三月うさぎ:ぜんぶ、本モノで、ぜんぶ、偽モノ。
日野:大切なのは…。
月宮:他人を、自分を認めること。
日野:強さも弱さも、全部。
月宮:そうすれば…。
帽子屋:愛が、見えてくる。
:
0:―了―
帽子屋:音楽家は、想いを五線譜に乗せる。伝えたい誰かのために、音楽は生まれる。
帽子屋:小説家は、想いを文章に乗せる。伝えたい誰かのために、小説は生まれる。
:
0:【長い間】
:
司:その日のホームルームのあと、日野は笑っていた。周りの女子たちも笑っていた。
司:だけど、日野と女子たちの笑顔は、決定的に違っていた。
司:どちらの笑顔も、見ていて不快だった。
司:僕は、いたたまれない気持ちになり、女子たちに言った。
司:「筆箱を隠すなんて、カッコ悪いことするなよ。日野が困ることが分かっていて、それをするのは、良くないし、見ていて、面白くないんだよ!」
司:すると、女子たちは口を押さえて笑い、日野イジメの中心人物であろう月宮は、僕を指差して言った。
月宮:「何?お前、きもいんだけど!」
司:「きもくても良いけど、日野をこれ以上イジメるのは、やめろって言ってんだよ!」
月宮:「は?何を勘違いしてんだよ!ね?日野!イジメじゃなくて、ゲームだよね?」
日野:「そ、そうだよ。私が筆箱を探すゲームだから、本気にしないで!あはは…」
司:日野は、そう言って、掃除道具入れを開けたり、体操袋の中身を出して確認したり、引き出しの奥に手を突っ込んだりした。
司:間もなくして、月宮がわざとらしく声を上げた。
月宮:「あっ!先生の机の上に、日野の筆箱らしいものがっ!」
司:日野は、駆け足で自分の筆箱を回収しにいった。その様子を見た女子たちは、腹を抱えて笑っていた。
司:「テメェら、ざけんな!」
司:僕が叫ぶと、後ろから何者かに耳を力強く指でつままれた。
先生:「女子に何をキレとるんか!」
司:「堀内!」
先生:「先生を呼び捨てか?付いて来い!」
司:こちらの言い分を聞かずに、その時に見た情報だけで、僕は悪者だと決めつけられ、そのまま耳を引っ張られながら、生徒指導室に連れていかれた。
司:それはまるで、犯罪を犯した人間が、警察に連行されるかのように、誇りを踏みにじられ、はずかしめを受けている気分だった。
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0:【間】
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三月うさぎ:「やっぱり、人間って面白いね。見ていて、飽きないや」
チェシャ猫:「そうだね。とても、そう、とても残酷で、とても理不尽だ」
三月うさぎ:「今度のアリスは、あの女の子が良いな」
チェシャ猫:「ほぉ、あの女の子というと?」
三月うさぎ:「あのっ、すっごく威張ってる女の子!すっごく強そう!」
チェシャ猫:「ふっ。吾輩は、あの弱々しい女の子を推薦するよ」
三月うさぎ:「えええーっ!あんな弱っちい女の子じゃダメだよ!」
チェシャ猫:「吾輩は、そうは思わないがね。ふふっ」
ナレ:チェシャ猫は、不敵な笑みを浮かべたよ。
三月うさぎ:「まさか!まさかまさかまさかっ!」
チェシャ猫:「それっ!」
三月うさぎ:「痛いーっ!」
ナレ:チェシャ猫は、三月うさぎの頭の毛を強引に引き抜いてしまったよ。
三月うさぎ:「もーうっ!ひどい!ひどい!ひどいーっ!これで、何度目だよ!」
チェシャ猫:「あぁ、悪かったよ。あとで、にんじんをプレゼントするから、許しておくれ」
三月うさぎ:「あいおっ?ほんとかい?」
チェシャ猫:「本当だとも!君がそれを覚えていたのならね」
三月うさぎ:「覚えているともさ!にんじん、楽しみだなぁ」
チェシャ猫:「では、ふーっ」
ナレ:引き抜いた三月うさぎの頭の毛に、チェシャ猫が息を吹きかけると、先っぽに青い宝石の付いた杖に変わったよ。
三月うさぎ:「わーっ!魔法の杖だ!今度のアリスに持たせるんだね!」
チェシャ猫:「そうだね。では、時間を止めてくれるかな?」
三月うさぎ:「あいおっ!」
ナレ:三月うさぎは、タキシードの胸ポケットから懐中時計をカッコ良く取り出し、赤いボタンを押したよ。
ナレ:すると、世界中の時間がピタリと止まった。
チェシャ猫:「じゃあ、吾輩は、あの子を…」
ナレ:チェシャ猫が空中をふわふわと浮遊し、日野という女の子の方に向かっていったよ。
三月うさぎ:「えっ?やっぱり、あの弱っちい女の子にするのかい?」
チェシャ猫:「そうだよ」
三月うさぎ:「えええーっ!あっちの威張ってる子にしようよ!」
チェシャ猫:「じゃあ、どちらも連れていくかい?」
三月うさぎ:「えっ?それって、不思議の国に二人のアリスを連れて行くってこと?」
チェシャ猫:「そういうことだよ」
三月うさぎ:「そんなこと、しちゃダメだよ。前例もないし、ややこしいしさ」
チェシャ猫:「そんなことをしたらダメだと誰が決めたのかい?前例がなければ、作れば良いし、ややこしい方が不思議の国らしい。吾輩は、そう思うけどね」
三月うさぎ:「あーっ!そういえば、そうだねぇ。でも、僕の頭の毛は、もう、一本たりとも抜かせないからねっ!」
チェシャ猫:「かまわないよ。では、まずは、彼女の方からいこう」
ナレ:チェシャ猫と三月うさぎは、日野という女の子の前に行くと、三月うさぎは、懐中時計の黄色のボタンを押したよ。
ナレ:すると、日野という女の子は、元の記憶の半分と名前の半分を失い、アリスとなって、止まった時間の中で動けるようになったよ。
チェシャ猫:「やぁ!アリス!」
三月うさぎ:「弱っちいアリス!弱っちいアリス!」
日野:「わっ!何っ?猫?うさぎ?」
三月うさぎ:「僕は、三月うさぎだよ」
日野:「三月うさぎ?」
三月うさぎ:「僕は、三月うさぎだよ」
日野:「なんで、教室のみんなの時間が止まってるの?なんで、猫とうさぎが喋ってるの?」
チェシャ猫:「ふふっ。それは、君がアリスだからだよ」
日野:「私が、アリス?」
チェシャ猫:「そう!アリスになった瞬間から、不思議の国に足を踏み入れているんだよ。フフフ…」
ナレ:チェシャ猫は、大きく口を開くと、アリスを一飲みした。
日野:「きゃーっ!」
チェシャ猫:「じゃあ、吾輩は、このまま今度のアリスを追いかけるよ」
三月うさぎ:「えっ?もう一人の威張ってる女の子は?」
チェシャ猫:「それは、君に任せる」
ナレ:チェシャ猫は、そう言って、姿を消した。
三月うさぎ:「あーあ。いってしまったな。じゃあ、僕も、威張ってる女の子をアリスに…」
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ナレ:アリスが目を覚ました場所は、ハートの女王のお城の一室にあるベッドの上だった。
日野:「ふぁーっ!えっ?ここは、どこ?」
チェシャ猫:「ここは、ハートの女王のお城だよ」
ハートの女王:「あらっ、今度のアリスさん、目覚めたのね。ご気分は、いかがかしら?」
日野:「うわっ!綺麗…」
ハートの女王:「ありがとう。私はハートの女王と言います。仲良くしてくれたら、嬉しいです」
日野:「ハートの…女王?」
ハートの女王:「はい…。あのっ、さっそくですけど…。もし、よろしければ、私のお茶会に参加してくれないかしら?」
日野:「お茶会?ですか?」
ハートの女王:「そうよ。私は、アリスと楽しくお茶会をするのが、ずっと夢だったの」
日野:「いいですよ。きっとこれは夢の中だろうし、お茶会、つき合います」
ハートの女王:「まぁ、嬉しい!今日はなんて素晴らしい日なの!さっそくトランプ兵さんたちと一緒に準備するわね!」
日野:「あっ!何か手伝いましょうか?」
ハートの女王:「いいの!いいの!なぜなら、アリスさんは、お客様なのですから!」
日野:「はっ、はい」
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0:【間】
0:
ナレ:お城の大広間。
ナレ:白くて、長いテーブル。それぞれの席にずらりと並んだ紅茶とミルクと砂糖。アリスは、チェシャ猫やトランプ兵たちと同じように椅子に座り、紅茶を飲む。
日野:「美味しい!夢の中なのに、とっても美味しい!」
ハートの女王:「そう?それはよかったわ!」
チェシャ猫:「そうだね。優雅で気品のある味だ。のど越しも大変良いね」
ハートの女王:「あらっ、チェシャ猫さんにも褒めてもらえるだなんて!」
チェシャ猫:「フフフ…」
ハートの女王:「では、さっそくですが、今回のアリスさんの目的は?」
日野:「私の目的?」
ハートの女王:「そうよ。何か目的があって、ここに来たのでしょう?」
日野:「うーん…。私は、みんなと仲良くできたら、それで良いです」
ハートの女王:「みんなと仲良く?あぁ!なんて素晴らしい目的なの!」
チェシャ猫:「そうだね。理想的な目的だ」
日野:「そ、そうなんですか?」
チェシャ猫:「そうだよ。みんなと仲良く。それは、一番簡単で、一番難しい目的だ」
ハートの女王:「私は、そんなアリスさんの力になりたい」
日野:「えっ!そんなっ!」
ハートの女王:「なんでも言って!私、アリスさんのお願いだったら、何でも聞くわ!」
日野:「お願いなんて、何もありません。私と仲良くしていただけたら、それで良いです」
ハートの女王:「もちろんよ!仲良くしましょう!ずっと!ずっとね!」
日野:「はい!」
チェシャ猫:「ところで…」
ハートの女王:「チェシャ猫さん、どうしたの?」
チェシャ猫:「吾輩、ひとつ、気になっていることがあるのだが…」
ハートの女王:「はい。それは何でしょう?」
チェシャ猫:「吾輩たちの体、少しずつ薄くなってきては、いないだろうか?」
ハートの女王:「そういえば、そうね…」
日野:「ほんとだ!透けてきています!トランプ兵さんたちも体が透けてきています!」
チェシャ猫:「このままだと、吾輩たちは、遅かれ早かれ、この世界から消えてしまうだろうね」
ハートの女王:「そうね。消えてしまうでしょうね。でも、最期にアリスさんとお茶会ができて、よかったわ」
日野:「そんなっ!せっかく仲良くなれたのに!何か方法はないんですか?消えない方法!」
チェシャ猫:「あるにはあるが、とても、そう、とても危険だ」
ハートの女王:「ダメよ。アリスさんに危険なことは、させられない!」
日野:「危険でも構いません。私にできることがあるなら、力になりたいです」
チェシャ猫:「じゃあ、お願いしても良いかな?」
ハートの女王:「だめよ!チェシャ猫さん!」
チェシャ猫:「ハートの女王、それは、アリスが決めることだよ。なぜなら、ここは、不思議の国だからね」
ハートの女王:「そ、そうね…」
日野:「私は、みなさんを助けたいです!」
チェシャ猫:「ありがとう。では、お願いするとしよう。我々が消えてしまう原因は、読者に不思議の国の物語が読まれなくなったと、吾輩は、推測する」
日野:「それは、どうすれば、解決するんですか?」
チェシャ猫:「ヴィランの登場」
日野:「ヴィラン?」
チェシャ猫:「ほむ。想像を絶する強敵が現れ、その強敵をアリスが倒す」
日野:「強敵を倒せば、みんなが消えてしまうのを防げるってことですか?」
チェシャ猫:「あぁ、そうだよ。そして、今、この瞬間に、強敵は産まれた。アリスだ」
日野:「アリス?私自身ということですか?」
チェシャ猫:「違う。もうひとりのアリスだよ」
日野:「もうひとりのアリス?」
ハートの女王:「そんなっ!不思議の国の長い歴史の中で、二人のアリスが物語に介入するなんて、一度もありませんでしたよ?」
チェシャ猫:「だが、実際に、それは起こってしまった。不思議の国にアリスは、二人もいらない。アリスには、アリスを殺しに行ってほしい」
日野:「えっ?殺す?」
チェシャ猫:「そう、アリスがアリスを殺さなければ、我々は消えてしまう」
日野:「そんな…」
チェシャ猫:「アリス、我々を助けてくれないか?」
日野:「なんとか、もうひとりのアリスを説得するとかで、解決はしないのですか?」
チェシャ猫:「まぁ、解決するかも知れないし、解決しないかも知れない」
ハートの女王:「そうですね。ここは、不思議の国ですから」
日野:「わかりました。じゃあ、とにかく、もうひとりのアリスを探します。あのっ、どこにいるのか、わかりますか?」
チェシャ猫:「どこにいるのかわからないし、どこにもいないのかも知れない。だから、君に、ひとつ、とっておきをプレゼントしよう」
ナレ:おやっ?チェシャ猫は、先っぽに青い宝石の付いた杖をアリスに渡したよ。
日野:「これは?」
チェシャ猫:「魔法の杖だよ。何かをイメージして杖を振れば、そのイメージを形にすることができる」
日野:「イメージ?」
チェシャ猫:「あぁ。試しに、お茶菓子でも出してみては、どうかな?」
日野:「お茶菓子?杖を振りながら、出るように言えばいいの?」
チェシャ猫:「ふむ。頭の中で、できるだけ具体的なイメージを思い描くのがコツだよ」
日野:「わかりました。えっと…。お茶菓子よ、出ろ!」
ナレ:おっ!アリスの振った杖の先から、クッキーにチョコレートに、煎餅(せんべい)が出てきたよ。
日野:「わっ!すごい!」
ハートの女王:「さすが、アリスさん!」
チェシャ猫:「フフフ」
日野:「じゃあ、この杖を使えば、みんなが消えてしまうのも防げる?」
チェシャ猫:「試してみるかい?」
日野:「はい。では、いきます!」
0:【間】
日野:「みんなが透明になっているのを元に戻して!」
0:【間】
日野:「あれっ?」
チェシャ猫:「吾輩たちの体は、透けたままだね」
日野:「ごめんなさい」
ハートの女王:「気に病む必要はありませんよ。アリスさんのお気持ちだけでも、充分に嬉しいです」
チェシャ猫:「やはり、もうひとりのアリスを探さないとだね。空を飛んで行くと良い」
日野:「空?」
チェシャ猫:「その杖があれば、空を飛べる。前回のアリスもその杖で空を飛んでいた」
日野:「前回のアリス?」
チェシャ猫:「あぁ。前回のアリスは、真夜中の時間に固定されたこの世界に、朝を連れてきてくれた」
日野:「すごいなぁ。そんなすごい人だったんだ」
チェシャ猫:「吾輩は、君はもっとすごいアリスになると、にらんでいるけどね」
日野:「私が?」
チェシャ猫:「そうだよ。じゃあ、やってみてごらん。空を飛ぶイメージを頭の中でふくらませるんだ」
日野:「はい」
ナレ:アリスは、杖にまたがったよ。
日野:「杖よ、浮け!」
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日野:「あっ!浮いた!」
ハートの女王:「すばらしい!今度のアリスさんも、本当にすばらしい方ですね!」
チェシャ猫:「じゃあ、ここからは、アリスが、もうひとりのアリスのいそうな場所を目指して飛んで行くんだよ」
チェシャ猫:「そこに、きっと、もうひとりのアリスがいる」
日野:「わかりました。行ってきます!」
0:【間】
ナレ:あぁ、アリスは、飛んで行ってしまったよ。
ハートの女王:「アリスさん、どうか、お気をつけて…」
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ナレ:ここは、不思議の森。もうひとりのアリスが、今から目覚める場所。
月宮:「ん?ここは、どこなの?」
三月うさぎ:「わわっ!威張ったアリス!威張ったアリス!やっと目覚めたんだね!」
月宮:「威張ったアリスって何?あんた、喧嘩売ってるの?」
三月うさぎ:「ひゃーっ!威張ったアリス!顔が怖い!顔が怖いよ!」
月宮:「なんなの?あんた、うさぎの分際で、悪口ばっかり!むかつく!」
三月うさぎ:「ひゃーっ!やっぱり、顔が怖いよ!」
月宮:「顔が怖いって…。私は、これでも学校では美人で通ってるのよ。何人もの男子から告られてるし、女子の友達もたくさんいるのよ」
三月うさぎ:「それって、君の外見しか見えていない男子にだけモテてるってことだろ?」
三月うさぎ:「女子の友達ってのも、君の人気を利用しようとしているだけなんじゃないのかな?」
月宮:「そんなことない!私は、学校だとお姫様なのよ!誰も私の言うことには逆らわないし、学校カーストの頂点こそが私なのよ!」
三月うさぎ:「そうなんだ。だけど、僕は威張ったアリスの命令は聞かないよ」
月宮:「なんでよ!あんたも私の言うことを聞きなさいよ!」
三月うさぎ:「やだよ。僕は、にんじんをくれる人の言うことしか聞かない主義なんだ」
月宮:「にんじん?」
三月うさぎ:「そうだよ。にんじん…。ん?くんくん。なんか嫌なニオイがする」
月宮:「嫌なニオイ?」
三月うさぎ:「くんくん…。このニオイは…」
月宮:「なっ、なんなのよ!」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!ドラゴンのニオイだ!」
月宮:「えっ?ドラゴン?」
ナレ:森の木々をなぎ倒しながら、巨大なそれは、顔をのぞかせた。
月宮:「はっ!羽の生えたティラノサウルス?いや、そうじゃなくて…」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!逃げなきゃーっ!」
月宮:「ちょっと!私を置いて先に逃げないでよ!」
三月うさぎ:「ちょっとぉ!僕の方に逃げてこないで!」
月宮:「いやっ、そうじゃなくて、私を早く学校に戻してよ!ねぇ、待ってよ!」
三月うさぎ:「いやだいやだ!大変だ大変だ!もーう!ドラゴンが追いかけてきてるじゃないか!僕の方に来ないで!」
月宮:「だって、今はあんたしかいないから!あんたが私をここに連れてきたんでしょ!何とかしなさいよ!」
三月うさぎ:「なんとかできるなら、とっくにしてるよ!あっ!」
ナレ:三月うさぎは、木の根元に横穴を見つけたので、逃げ込んでいったよ。
月宮:「ちょっと!あんただけズルくない?私も入れなさいよ!って!やばっ!」
ナレ:アリスの真後ろに、ドラゴンがっ!これは、もう、逃げられそうにないね。
月宮:「ちょちょちょっと!私なんか食べても美味しくないからね!えいっ!」
ナレ:アリスは、足元の小石をドラゴンめがけて投げたよ。
ナレ:小石は、見事に命中するが、ドラゴンは大きな口を開け、今まさにアリスを食べようとしている。
ナレ:その瞬間だ!
日野:「ドラゴンの時間よ、止まれ!」
ナレ:ドラゴンの動きは、ピタリと止まる。それはまるで、写真のように…。
月宮:「なに?なんなの?なにが起こったの?」
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ナレ:――…そして…二人のアリスは…ついに出会ってしまう…――
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ナレ:タイトルコール―音楽の国のアリス―
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ナレ:ふむ。ここからは、日野アリスに、月宮アリスと呼び方を変えよう。
ナレ:そして、まずは、今、何が起こったのかを説明しよう。
ナレ:杖に乗って空を飛んでいた日野アリスは、月宮アリスがドラゴンに食べられそうになっているところを見つけ、
ナレ:とっさに、無意識に、杖を使わずに、
ナレ:「ドラゴンの時間よ、止まれ!」と叫んだ。
ナレ:そう、ただ、叫んだだけ、たったそれだけで、ドラゴンは動きを止めたのだ。
ナレ:だけど、日野アリス自身は、その奇跡を特別だとは、思ってはいない。
ナレ:『魔法の杖に乗っていたから魔法を使えた』としか、思っていない。
ナレ:ふふっ。日野アリスは、杖を地面の方に向け、月宮アリスのそばに上手に着陸したよ。
月宮:「あっ!日野!」
日野:「ふぅ。月宮さん、無事でよかった。怪我はない?」
月宮:「怪我はないけど…。そんなことより、日野、今、何をしたの?」
日野:「何って、魔法だよ」
月宮:「魔法?日野は魔法が使えるの?」
日野:「うん。この杖を振りながら、したいこと?願い事を頭に思い浮かべて言葉にすれば、それが現実に起こるんだよ」
月宮:「へぇ。すごいね。あんただけ何でそんな良いもん持ってんのよ」
月宮:「まぁ、いいよ。とりあえず、魔法が使えるなら、何か食べるものを出してみてよ」
日野:「食べるもの?」
月宮:「そうね。ここで、バーベキューしましょうよ。あんた、今までそういうのやったことないでしょ?」
月宮:「私が特別にバーベキューに付き合ってあげるって言ってんの」
日野:「うっ、うん…」
ナレ:おやっ?木の穴に隠れていた三月うさぎが、急に飛び出してきたよ。
三月うさぎ:「ビュビュビューン!バーベキュー?何それ?おいしいの?何かおいしそうな響きだね!お茶会みたいに楽しそうな響き!」
月宮:「あっ、口の悪いクソうさぎ!」
三月うさぎ:「僕は、口の悪いクソうさぎじゃなくて、三月うさぎだよ!」
日野:「三月うさぎさん?あぁ、三月うさぎさんも一緒にバーベキューをしませんか?」
三月うさぎ:「バーベキュー?」
日野:「あっ、ご飯を食べませんか?」
三月うさぎ:「ご飯?にんじんもある?」
日野:「にんじんも出しますよ」
三月うさぎ:「わーい!にんじんっ!にんじんっ!」
月宮:「ふっ。まぁ、いいけど…。私は、さっさとバーベキューがしたいんだけど?」
日野:「うん。わかった。えっと…。みんなとバーベキューがしたい!」
ナレ:おおっ!アリスの振った杖の先から、バーベキューコンロ、大きな机、三脚の椅子、二人と一匹分の小皿と箸、何種類もの肉、何種類もの野菜、何種類もの飲み物が現れたよ。
月宮:「嘘でしょ…」
三月うさぎ:「わーい!にんじんもある!にんじんもある!にんじんは全部僕のだからね!」
日野:「すごいね。ほんとに、出た」
月宮:「あんたが驚いて、どうすんのよ!」
日野:「あっ、ごめん」
月宮:「まぁ、いいよ。とりあえず、肉、焼いてくんない?お腹減ってるの」
日野:「うっ、うん。今、焼くね。その前に…。ドラゴンさん、お願いだから、もう私たちを襲わないで!ドラゴンさんの時間よ、動き出せ!」
月宮:「あっ!あんた、バカなの!」
ナレ:日野アリスの振った杖の先から桃色の光が放たれ、ドラゴンに命中する。ドラゴンの時間は動き出すが、こちらを襲ってくる様子はなく、横になり、眠り始めた。
月宮:「へぇ。その杖は、生き物の心まで支配できるんだね」
日野:「そうみたい…だね。じゃあ、お肉焼くね!」
月宮:「うん。お願い」
ナレ:日野アリスは、杖を机に立てかけ、月宮アリスのために、お肉を焼き始めたよ。
ナレ:あれっ?月宮アリスは、日野アリスに気づかれないように、ゆっくりと杖に近づき、それを手に取った!
月宮:「豚!そう、あんたは、豚にでもなりなさいっ!」
日野:「えっ!」
ナレ:月宮アリスの振った杖の先から黒色の光が放たれ、日野アリスに命中する。すると、日野アリスは、豚に姿を変えられてしまったよ。
日野:「ぶひっ!ぶひっ!」
月宮:「あははは!学校カースト最底辺のあんたには、お似合いの姿ね!」
ナレ:月宮アリスは、豚を蹴飛ばした。豚は、地面につっぷした。
ナレ:月宮アリスは、つっぷした豚を何度も足で踏みつけ、杖でたたき始めた。豚は、泣き始めた。
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!威張ったアリスが弱っちいアリスを豚に変えちゃった!大変だ!」
月宮:「クソうさぎ!何を言ってるの!最初から、ここには豚しかいなかった。そうよね?」
ナレ:月宮アリスが、杖の先を三月うさぎの方に向けた。
三月うさぎ:「そっ、そうだよ!ここには、豚しかいなかった!ここには、アリスはひとりしかいなかった!」
月宮:「そう!そうよ!そのとおりよ!あはははは!」
三月うさぎ:「たっ、大変だ…。大変だーっ!」
ナレ:三月うさぎは、にんじんの最後の一本を口にくわえると、走ってどこかに行ってしまったよ。
月宮:「さて、豚!この杖の力で私は、元の世界に戻る。あんたみたいなクソ底辺は、ここで豚のまま一生を終えなさい」
月宮:「元の世界に戻っても、あんたは誰にも必要とされないし、愛されない。ただの豚でしょ?今と何が違うの?」
月宮:「あぁ、私?私は可愛いから!頭が良いから!モテるから!」
月宮:「この世界でも、元の世界でも、ずっとずーっとお姫さまとして、未来永劫、生きて行くことにしたの。ステキでしょ?」
日野:「ぶっ、ぶひっ」
月宮:「フフフ…。あぁ、なんて、今日は良い日なの!」
日野:「つっ、ツ、キみ、ヤ、さン」
月宮:「はっ?豚の分際で、私の名前を気安く呼ぶなっての!」
ナレ:月宮アリスは、杖で豚を思い切り殴った。
日野:「痛っ!」
月宮:「じゃあね。私は、この世界のことをちょっと調べてみることにするね。あんたは…」
ナレ:月宮アリスは、再び杖で豚を殴り、杖にまたがった。
日野:「痛っ!」
月宮:「そこで、伸びてなさい。フフフ」
月宮:「杖よ、飛びなさい!」
ナレ:月宮アリスの乗った杖は、宙に浮いた。しかし、ふらふらして、上手に空を飛べない。何故だろう?
ナレ:しかし、すぐに月宮アリスの姿は、豆粒みたいに小さくなって、見えなくなってしまったよ。
0:【長い間】
チェシャ猫:「おやおや、これは、どうして、こっぴどくやられてしまったね」
日野:「これは…猫さんの、声?」
チェシャ猫:「ほぅ。そんな姿になっても、人間の言葉を遣うことができるとは…。いやはや、まったくもって、君は、すごい」
日野:「もしかして、猫さんなの?姿は、見えないけど」
チェシャ猫:「そうだよ。今では声を発するだけが、やっとの状態。そして、吾輩は猫である。名前は、チェシャ猫」
日野:「ごめんね。私のせいで、チェシャ猫さんの姿が消えてしまった」
日野:「それと、もうひとりのアリスは、私の友達の月宮さんだった。でも、月宮さんは、何も悪いことはしていなかったし、何かを説得する必要もなかった」
チェシャ猫:「ほんとうに、そうかい?」
日野:「私は、何もされてない」
チェシャ猫:「君の世界で、友達っていうモノは、友達を豚扱いするモノなのかい?」
日野:「違うけど…」
チェシャ猫:「君の世界で、友達っていうモノは、友達を殴るモノなのかい?」
日野:「それも、違うけど…」
チェシャ猫:「君の世界で、友達っていうモノは、友達を、友達の心を傷つけるモノなのかい?泣かせるモノなのかい?」
日野:「私は、傷ついてない。泣いてない!」
チェシャ猫:「どうして、そんなに、それほどまでに、頑張るの?」
日野:「頑張ってなんかないよ。私みたいにブスで、頭が悪くて、男子からの人気もない底辺は、月宮さんのような光にすがるしかないの」
日野:「そうしなければ、ずっとひとりぼっちのままなの」
チェシャ猫:「本当に、そう思うのかい?吾輩は、君の方が、光だと思うけどね」
日野:「私の方が光?ふっ。そんなこと、あるわけないでしょ…」
チェシャ猫:「君が『あるわけない』と思っているうちは、何も変わらないし、彼女も変わらない」
日野:「私、どうすればよかったのかな?どうすれば良いのかな?」
チェシャ猫:「答えは、魔法は、奇跡は、いつだって、君の中にある」
日野:「私の中に…」
チェシャ猫:「アリスに問おう。君は、豚のままで良いのかな?」
日野:「私は…。豚じゃない!」
ナレ:おやっ?日野アリスの姿が、豚から人間に戻ったよ!
日野:「あれっ?私、人間に戻ってる?」
チェシャ猫:「想いの力だよ。杖なんかなくても、魔法は、使える。なにしろ、ここは、不思議の国だからね。さぁ、次は、どんな魔法を見せてくれるのかな?」
日野:「チェシャ猫さんやみんなの姿を元に戻したい」
チェシャ猫:「ふむ。そのためには、もうひとりのアリスを倒さないとだね」
日野:「私は、月宮さんを倒したりしないよ。仲良くなる道を選ぶ」
チェシャ猫:「フフフ…。仲良くなる道、ね。それと、吾輩、今はまだ声を出せているが、じきに声も失う。」
チェシャ猫:「私だけではない。不思議の国を生きる全てのクリーチャーは、吾輩と同じ運命をたどる。消えてしまう順番に差はあっても、消えるという運命は、等しく、すべからく訪れるだろう」
日野:「私は、それを止めるよ。待ってて」
ナレ:おおっ!日野アリスは、杖を使わずに宙に浮いたよ。そして、月宮アリスが向かった方に、飛び去っていったよ。
チェシャ猫:「フフフ…。吾輩は、やはり」
0:【間】
チェシャ猫:「フフフ…。今度は、もうひとりのアリスの様子でものぞいてみようかな」
0:【間】
月宮:(M)私は、いつだって、お姫様なの。私は、いつだって正しいの。
月宮:(M)ん?ちょうど良い平地がある。あそこに私のお城を建てようかな。
チェシャ猫:(M)おや?アリスが杖の先を平地に向け、降下を始めたよ。
月宮:「きゃーっ!」
チェシャ猫:(M)フッ、上手く着陸できず、尻もちをついてしまったね。アレは痛そうだ。
月宮:「痛っ!もう、なんなの!着陸するの、難しいんだけど!」
帽子屋:「何を怒っているんだい?」
月宮:「きゃっ!なんなの?あんた!」
帽子屋:「僕は帽子屋さ。不思議の国のクリーチャーだって、前にチェシャ猫に教えてもらった」
月宮:「帽子屋?クリーチャー?ん?あんた、体が透けてない?」
帽子屋:「透けてるね」
月宮:「大丈夫なの?」
帽子屋:「大丈夫なのかも知れないし、大丈夫じゃないのかも知れない」
月宮:「意味がわからない。とりあえず、私は今からここにお城を建てようと思うから、あんたは、私の執事になりなさい」
帽子屋:「ん?なぜ?」
月宮:「は?私の命令よ?普通、聞くでしょ?」
帽子屋:「普通なんてモノ、この世界には存在しないよ。それに、君のその命令を聞いてしまったら、僕は君と友達になれなくなる気がする。それは、そう、とても寂しい」
月宮:「ちっ!めんどくさい男だね!仕方ない。特別よ」
月宮:(M)私は、男に顔を近づけ、その唇に唇を重ねた。
月宮:「チュッ(リップ音)」
月宮:(M)これをして私の言いなりにならなかった男子はいなかった。だから、いつもと同じように、この男も私の言いなりになると思った。
帽子屋:「今のは、なんだい?」
月宮:「は?キスよ!キスまでしてあげたのよ!えっと…。私の言うこと、少しは聞く気になったでしょ?」
帽子屋:「全く…」
月宮:「ふぅ。あんた、私に興味がないの?可愛いって思わないの?」
帽子屋:「君は、アリスなの?」
月宮:「は?私の質問に答えなさいよ!私、可愛いでしょ!」
帽子屋:「わからない」
月宮:「はーっ?もう、いい。めんどくさくなってきた…。そうだ!フフ…。これは魔法の杖なの。杖の力で、あんたを私の言いなりにさせる」
帽子屋:「ほぅ」
月宮:「私の言いなりになれっ!」
月宮:(M)私が振った杖の先から、黒色の光が放たれた。しかし、それは、男の体を綺麗にすり抜けていった。
月宮:「どういうことなの?あんたの体が透けてるから?でも、キスできたよね?」
帽子屋:「多分だけど…」
月宮:「多分だけど何?」
帽子屋:「僕には、本モノの魔法しか効かない。君の魔法は偽モノだ。そして、僕は理解した。君はアリスじゃない」
月宮:「は?私はアリスよ!アリスに決まってるでしょ!学校でも、この世界でも、どんな時も、私は、一番可愛くて、一番モテて、一番偉いの!主役なのよ!」
帽子屋:「他の世界でどうだったかは知らないし、他の人がどう思っているのかにも興味はない。ただ、僕は、今の君をアリスとは認めたくないし、友達にもなりたくない。さよなら」
月宮:「ちょっと!どこ行くのよ!待ちなさいよ!あーあ。いなくなっちゃった…。もう、うざい!きもい!なんなのよ!」
月宮:「ふーっ…」
月宮:(M)お城。そう、ここに私のお城を建てよう。この杖があれば…。
月宮:「お城よ、出ろ!あれ?私の体が?何なの?やめて!」
ナレ:月宮アリスの体は、カスタネットになってしまったよ。そして、あぁ!なんということだ!
ナレ:お城…。そう、あれは、お城だね。
ナレ:フルートとクラリネットとハープでできた格子(こうし)、ヴァイオリンとコントラバスとホルンでできた壁、様々な楽器で構築された無機質なお城。
月宮:「いやーっ!」
ナレ:カスタネットになった月宮アリスも、楽器のお城に取り込まれてしまったよ。
0:
0:【間】
日野:「あれっ?突然、お城がっ!楽器でできたお城?もしかしたら、あのお城に月宮さんがいるのかも知れない。いってみよう」
0:【長い間】
ナレ:日野アリスは、お城の前に、上手に着陸したよ。
日野:「楽器でできたお城か…」
三月うさぎ:「ひゃーっ!大変だ!大変だ!」
日野:「あっ?」
三月うさぎ:「あっ?」
日野:「たしか、三月うさぎさん?」
三月うさぎ:「あいおっ!三月うさぎだよ。大変なんだ!僕の体が、消えていってるんだ!」
日野:「そうだね。でも、大丈夫。私が何とかするから」
三月うさぎ:「えっ?弱っちいアリスが?弱っちいアリスに、何ができるの?」
帽子屋:「やぁ」
日野:「(同時に)わっ!」
三月うさぎ:「(同時に)ぎゃっ!」
三月うさぎ:「ちょっと!帽子屋!驚かせるなよ!」
帽子屋:「すまない。驚かせるつもりはなかった」
日野:「あなたは?」
帽子屋:「今、三月うさぎが呼んだ通り、僕には、帽子屋という役割が与えられている」
日野:「帽子屋さん?」
帽子屋:「そうだね。僕は、帽子屋だよ。君は…。うん。アリスだね」
日野:「あのぉ、このお城なんですけど」
帽子屋:「あぁ、音無(おとなし)の城だね」
日野:「音無の城?あのっ、女の子が入っていきませんでした?」
帽子屋:「入っていったというよりも、取り込まれてしまったね。音無の城、そのものになってしまった」
日野:「どういうこと?」
帽子屋:「そのままの意味さ」
三月うさぎ:「帽子屋!帽子屋!そんなことより、僕の体が消えていってるんだけど!大変なんだけど!」
帽子屋:「どうして、体が消えると大変なんだい?」
三月うさぎ:「どうしてだろう?あっ!大変じゃない!大変じゃない!よかったーっ!」
日野:「大変なことだよ!消えてしまったら、友達とお話しができなくなるし、美味しいものも食べられなくなる!」
三月うさぎ:「美味しいものが食べられなくなる?にんじんが食べられなくなる?ひゃーっ!大変だ!大変だ!」
日野:「大丈夫。私が、なんとかしてあげる!」
帽子屋:「アリス、僕にできることはあるかい?」
日野:「えっ?協力してくれるの?」
帽子屋:「もちろん。アリスのためなら、執事にでも何でもなるよ」
日野:「じゃあ、私と一緒に、音無の城に入って、私の友達を探してくれる?」
帽子屋:「あぁ、いいよ」
三月うさぎ:「僕は、いかないよ。怖そうだから、ここで待ってる」
日野:「うん。三月うさぎさんは、ここで待っていても大丈夫だよ。私が必ず、助けてあげるから」
三月うさぎ:「大変だぁ!弱っちいアリスが、なんだか、心強いアリスに思えてきた!」
日野:「ふふっ。じゃあ、いこう」
帽子屋:「そうだね」
ナレ:アリスがチューバでできた扉の、トロンボーンでできた取手を引いたよ。
ナレ:音無の城、中も様々な楽器でびっしり埋め尽くされている。むしろ、楽器以外のモノが、そこには存在しない。
三月うさぎ:「ちょっとーっ!待ってよーっ!僕をひとりにしないでーっ!」
日野:「あれ?三月うさぎさん、外で待ってるんじゃなかったの?」
三月うさぎ:「だって、だって!ひとりになるの、とっても怖いんだよ。体がどんどん消えていっちゃってるしさ」
日野:「そうだね。消えちゃうのは、みんな、怖いよね。それにしても…」
日野:「ここには、こんなにたくさんの楽器があるのに、どうして音無の城なの?」
帽子屋:「あぁ、それはね。どの楽器も、音を出せないからさ」
日野:「音を、出せない?」
三月うさぎ:「ビュビューン!ヒャヒャヒャヒャヒャーッ!」
三月うさぎ:「ほんとだ!ギターの弦を引っ張っても、ピアノの鍵盤を踏んづけても、音が鳴らないや!全部ぜーんぶ、壊れてる!」
帽子屋:「そうだね。壊れてる。だから…」
三月うさぎ:「だから?」
帽子屋:「ふふっ。さぁ、アリス、彼女は、どこにいると思う?」
日野:「うーん。どこだろう?」
三月うさぎ:「きっと、王様の椅子のようなところじゃないかな。だって、威張ったアリスだから!威張ったアリスだから!」
帽子屋:「三月うさぎは、そう思うんだね」
日野:「じゃあ、上の階に上がってみる?」
帽子屋:「決めるのは、アリスだよ」
日野:「私は…」
月宮:「おい!入ってくんな!」
日野:「月宮さんの声だ!」
帽子屋:「うっ!ハープの弦がっ!ぐっ!」
三月うさぎ:「ぎゃーっ!毛をむしらないで!ひもでぐるぐる巻きにしないでーっ!ぎゃっ!」
日野:「えっ?二人が楽器の弦で縛られて…」
チェシャ猫:(M)おやっ?帽子屋と三月うさぎが、楽器の弦で体の自由を奪われ、オーボエでできた壁に貼り付けられてしまった。
チェシャ猫:(M)口も弦でふさがれて、アレじゃ、まともに言葉を発することはできないだろうね。
月宮:「ふっ、これで邪魔者は、私に口答えできなくなった。私に支配された。だけど…。なんで、あんただけは縛られないのよ?」
日野:「なんでって?私は、月宮さんと友達になりたいからよ!」
月宮:「私と、友達に?は?もう、友達でしょ!」
日野:「違う!まだ、友達じゃない!」
月宮:「どうして?いつも命令してあげてるでしょ!遊んであげてるでしょ!」
日野:「あんなのは、友達じゃない!そして、姿を見せろ!月宮!」
月宮:「は?呼び捨て?日野の分際で、私を呼び捨てとか、ありえないんですけど!
月宮:「それに、せっかく豚の姿にしてあげたのに、なんで人間に戻っちゃってるのよ!ふざけないで!あんたは、豚なのよ!豚のくせに、生意気なのよ!」
日野:「私は、豚じゃない!」
月宮:「鏡、見たことないの?あんたは、豚よ!彼氏だって、できたことないでしょ!誰にも愛されない豚よ!」
日野:「月宮だって、誰にも愛されたことないでしょ!同じよ!」
月宮:「同じじゃない!私は、何人もの男子から告られてるし、好きって言われてる!体だって求められた!愛されてるの!」
日野:「好きって言われたら、体を求められたら、愛されてるってことなの?」
月宮:「そうよ!それ以外に、何があるの!あんたには、そういう経験ないでしょ!」
日野:「ないよ。ないけど、私は、そんなものが愛だとも思わない」
月宮:「じゃあ、何が愛だって、思うわけ?」
日野:「私は、月宮に、いじめられてた」
月宮:「そう、あんたをいじめてた。楽しいから!」
日野:「学校では、おもちゃのように扱われて、この世界では、豚に変えられた。踏みつけられた。見捨てられた」
月宮:「そうよ。だって、そうでしょ!私は、主役で、あんたは、脇役なのよ。脇役の分際で魔法の杖なんて、むかつくのよ!だから、奪ってやった!」
日野:「うん。それでも、私は、月宮と友達になりたいって思ってる」
月宮:「あんた、バカなの?ドエムの極み?」
日野:「違うよ。月宮も辛いってこと、月宮もひとりぼっちだったってこと…。私、わかってるから」
月宮:「私は、辛くない!ひとりぼっちでもない!いつも私は、世界の中心なの!主役なのよ!」
日野:「だったら、なんで、泣いてるの?カスタネットなの?」
チェシャ猫:(M)日野アリスの足元に、地味なカスタネットが無造作に転がっていた。それが、それこそが、月宮アリスだった。フフッ…。
月宮:「なんで?なんで、そんなに私に優しくするのよ!あんたに、ずっとひどいことをしてきたのにっ!」
日野:「それは、月宮と、友達になりたいからだよ!」
0:
0:【間】
0:
月宮:(M)私が幼稚園の時、両親が離婚して、父親にも母親にも『いらない』って拒絶されて、施設に入れられた。
月宮:(M)施設では、先生の言うことは絶対で、年上の言うことは絶対で、一番年下の私は、ただ、ただ言いなりになるしかなかった。
月宮:(M)悪いことをするように命令されて、命令した人をかばって、先生に怒られて、怒られて、ずっと、苦しい想いをしてきた。
月宮:(M)そんな時、私を養子にしたいという老夫婦が現れて、私は、やっと、そんな地獄から解放された。
月宮:(M)老夫婦は、私の言うことは、何でも聞いてくれた。私が欲しがれば、服もゲームも、何でも買ってくれた。私は、お姫様になれた。
月宮:(M)やっと、お姫様になれた私。それなのに、
月宮:(M)新しい学校で、初めての音楽の授業で、私はみんなと同じようにリコーダーを吹くことができなくて、カスタネットをやらされた。
月宮:(M)みんなと同じが良かった。カスタネットって何?ふざけてるでしょ!
月宮:(M)お姫様になれたんだから、カスタネットをするのは、それが最後。
月宮:(M)脇役に回るのは、それが最後。
0:【間】
月宮:「私は、脇役になんかならない。脇役になんか、なりたくない。あんたと友達になったら、また、カスタネットを鳴らさなきゃいけなくなるでしょ!」
日野:「カスタネットだって、主役だよ。音楽は、それぞれの楽器が、それぞれの音を出すから、合わさると、ステキな音楽になるんだよ!みんなが主役なんだよ!」
月宮:「だったら、なんで主旋律やら副旋律やらの言葉があるの!私は、副旋律にはなりたくない!」
日野:「主旋律を引き立たせる副旋律。私は、ステキだと思うけどな」
月宮:「私は、主旋律がいいの!主役がいいの!」
真夜中:「フフッ。そろそろ、タイムオーバーだね!」
日野:「誰?黒色の塊?」
真夜中:「吾輩は、真夜中。この世界を、真夜中の時間に固定する存在。この世界に、終わりを告げる存在」
日野:「月宮、私のポケットに隠れてて!」
月宮:「えっ?ちょっ!」
ナレ:日野アリスは、足元のカスタネットを拾い上げ、ポケットの中にしまったよ。
真夜中:「フフフ…。なんとも、まぁ、友達想いだねぇ。想われていないのに、想い続けるなんて、フフフ…」
真夜中:「裏切られたのに、守ろうとするなんて、バカだね!バカだね!バカすぎて、むしずが走るーっ!」
日野:「私は、月宮の弱さを知ってるから、強い私が守るの!」
真夜中:「ハハハハハーッ!強い私が?守る?お前なんぞに、何ができる?その減らず口、すぐにたたけなくしてやる!ハーッ!」
ナレ:真夜中から、暗黒の塊が飛び出し、日野アリスの体と口を縛り上げた。
日野:「うっ、うぐっ!」
真夜中:「さぁ、何か言ってごらん?ざれごと、たわごと、ひとりごと!口をふさがれている状態で?フフッ!今のお前には、何もできないっ!無力!無力!無力!」
ナレ:おやっ!日野アリスのポケットの中から、カスタネットが飛び出し、人間の姿に!月宮アリスが現れた!
月宮:「私の友達にひどいことしないで!」
真夜中:「おやっ?おやおやおやっ?さんざん彼女にひどいことをしておいて、ひどいことをしないでって?フフッ!」
真夜中:「君がひどいことをするのが許されるのに、吾輩がひどいことをするのは許されないなんて、おかしくないかい?」
月宮:「私は、もう、日野にひどいことはしないっ!」
真夜中:「無理だよ。君はいじめっ子。人の心がわかるはずもない。愛が何たるかをわかるはずもない。だから、人を傷つける」
真夜中:「自分が傷つかないように、立場が上であることを確認するために、人を傷つけ、傷つけ、闇に堕ちてゆく!そう、吾輩と同じだよ!君は、闇だ!」
月宮:「そう。闇。ずっと闇を抱えてた。ずっと失敗を繰り返してた。ほんとうに大切なモノに気づけなかった」
真夜中:「それでは、じゃあ、そういうことなら、君は、ほんとうに大切なモノが何かが、わかっているとでも?」
月宮:「私は…。私がどれだけひどいことをしても、私の心の背景まで察して、ずっと友達でいようとしてくれた日野が、大切。すっごく大切なの!」
真夜中:「だったら、その大切なモノが消えたら、どうするのかな?そーれっ!」
ナレ:真夜中から、再び暗黒の塊が飛び出し、日野アリスを包み込み、綺麗さっぱり消し去ってしまったよ。
月宮:「日野ーっ!」
帽子屋:「(同時に)んんっ!んんっ!」
三月うさぎ:「(同時に)んんっ!んんっ!」
真夜中:「ハハハハハーッ!実に実に実にぃーッ!愉快だ!さぁさぁさあーっ!」
真夜中:「これで、君は大切なモノを失った。どうする?仇討ちをするために、吾輩と戦うかね?フフフ…」
月宮:「日野はね。あんたなんかに、負けたりしないよ」
月宮:「あんたには、わからないと思うけど、日野は、強いんだよ。私なんかよりも、ずっとね!」
真夜中:「フフフッ!ハハハハハーッ!吾輩の攻撃で、今まさに、まさに、まさに!綺麗さっぱり消えてしまったじゃないか!」
真夜中:「どこが!どこが!どこが!強いのかな?フッ、教えてほしいモノだよ!」
月宮:「心が、強いんだよ!」
真夜中:「フフフ。心が、ね。ん?地震?あぁ、そろそろ、ここも時間かな?」
ナレ:突然、地面が揺れ始めた。そして、音無の城の楽器がひとつ、ふたつと消え始め、建物が崩れ始めたよ。
月宮:「二人共、早く逃げて!」
ナレ:月宮アリスが、帽子屋と三月うさぎに向かって手をかざすと、桃色の光が放たれ、二人を縛り上げていた弦が解けた。
帽子屋:「君も、ようやく、アリスになれたんだね」
三月うさぎ:「大変だ!大変だ!逃げなきゃ!」
月宮:「早く!早く逃げて!」
帽子屋:「わかった。あとは任せたよ。三月うさぎ、出口に向かうよ」
三月うさぎ:「あいおっ!早く逃げよう!大変だ!大変だ!」
0:【間】
真夜中:「君は、逃げないのかな?」
月宮:「逃げない。だって、日野も私と一緒に、あんたと戦ってくれるから…。いるんでしょ!日野!」
ナレ:月宮アリスの隣に、突然、日野アリスが現れる!
日野:「当然でしょ!月宮!」
真夜中:「フフフッ!さすが、不思議の国だ!さすが、アリスだ!しかし、君たちが吾輩と戦う理由は、何かな?」
月宮:「そんなの、決まってるじゃない」
日野:「明日を…」
月宮:「変えるためだよ!」
真夜中:「フッ、明日を変える?変わらないよ!何も変わらない!吾輩を倒したとて、この世界の崩壊は止まらない」
真夜中:「全てのクリーチャーは消滅し、その影響は、君たちの世界にも…。フフフッ!ハハハハハーッ!」
日野:「それは、あなたが決めることじゃない!」
月宮:「運命は」
日野:「いつだって」
月宮:「(同時に)私たちが決める!」
日野:「(同時に)私たちが決める!」
月宮:「いくよ!日野ーっ!」
日野:「うん!二人で決めよう!」
月宮:「アリス」
日野:「特製」
真夜中:「まっ、まさかっ!」
月宮:「ツイン」
日野:「ワンダフォイ」
月宮:「(同時に)パーンチッ!」
日野:「(同時に)パーンチッ!」
ナレ:二つの青い閃光が混ざり合い、真夜中の闇を貫く!
真夜中:「ぐふぁっ!ぐーっ!ふぁーっ!気持ち、良いっ…。これがっ!これこそがっ…ぐっ、ぐふぁっ…」
日野:「やったー!」
月宮:「うん!やった!」
ナレ:日野と月宮は、ハイタッチし、強く、強く抱き合った。
ナレ:音無の城は、消え去り、不思議の国のクリーチャーは、姿形を取り戻す。
ナレ:姿形を取り戻した帽子屋と三月うさぎは、二人のアリスのそばに駆け寄ってきたよ。
三月うさぎ:「やったー!威張ったアリスと心強いアリスが真夜中をやっつけてくれたぁ!」
帽子屋:「僕は、いや、僕たちは、また、アリスに…。いや、二人のアリスに助けられたのかな」
チェシャ猫:「フフフ。不思議の国を救ってくれて、ありがとう」
日野:「あれっ?チェシャ猫さん!いつから、そこに?」
チェシャ猫:「ずっといたよ…。ずっとね。フフフ…」
帽子屋:「チェシャ猫、やっぱり君は…」
チェシャ猫:「おっと!帽子屋、世の中にはね。わかってしまっても、口に出してはいけないことがあるのだよ」
三月うさぎ:「えっ?えっ?なんなの?なんなの?」
帽子屋:「なんでもない。今回も、そういうことにしておいた方が良さそうだ」
チェシャ猫:「そうだね。帽子屋!賢明な判断だ!さて、三月うさぎ!そろそろ時間だ!」
チェシャ猫:「二人のアリスを、元の世界に戻してやっておくれ!」
三月うさぎ:「あいおっ!」
ナレ:三月うさぎが懐中時計の青いボタンを押すと、二人のアリスは、『友達』として、放課後の教室で、楽しそうに雑談を交わしてる。
ナレ:そこには上も下もなく、対等の立場で…。
0:【間】
司:「あれっ?お前ら、そんな、仲よかったっけ?」
月宮:「は?司、何言ってんの?」
日野:「うんうん。うちら、友達だもんね!」
月宮:「そうそう!ズッ友ってやつ!」
司:「そ、そうか…。なんか、良いな。ふっ、喧嘩すんなよ」
月宮:「しねぇーよ!ばーか!」
日野:「月宮!ばかはひどくない?まぁ、司はバカだけどさ(笑)」
月宮:「そうだね!司は、バカだ(笑)」
0:
0:【長い間】
0:
チェシャ猫:本モノって何だろう?
三月うさぎ:偽モノじゃないってこと?
チェシャ猫:本モノと偽モノを見分けるには、どうしたら良いのだろう?
三月うさぎ:食べてみると良いと思うよ。毒が入っているかも知れないけどね。
チェシャ猫:毒まで受け入れてみなければ、本モノは見えてこないさ。
三月うさぎ:毒のない人間なんていないし、正しいだけじゃ、つまらない。
チェシャ猫:本当は、本モノも偽モノも無いのかも知れないしさ。
三月うさぎ:ぜんぶ、本モノで、ぜんぶ、偽モノ。
日野:大切なのは…。
月宮:他人を、自分を認めること。
日野:強さも弱さも、全部。
月宮:そうすれば…。
帽子屋:愛が、見えてくる。
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0:―了―