台本概要
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タイトル | かつてのなつのそら |
---|---|
作者名 | 野菜 (@irodlinatuyasai) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(不問2) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
こんなにも些細で、それでいて貴方は私の生涯のすべてだった。 終わりのない夏の空の下、終わるてがかりを探す白衣の人物と、終わらない幸せにひたる人物の回想譚。 演じる方の性別自由はもちろん、キャラの性別設定も自由です。おおよそ15分程のシナリオ。 342 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
信徒 | 不問 | 77 | 教授であり研究における責任者でもあった。何の信徒であったのかもう覚えていないが、生涯を通して他人に対してぼけぼけしていたようだ。 |
ハクイ | 不問 | 78 | 実験対象から生徒、助手まで駆け上がってきた。尊敬する師に追いつくまで、頑張り続ける口の悪い世話焼き。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
信徒:ここはかつての、夏の空。どこまでも雲一つなく広がる青い空。
ハクイ:雨は降らない。陽は陰らない。それは生き地獄と何が違うのか。
信徒:足元には、祝福するような白い小さな花。どこまでも広がる白が、ゆらりゆらりと風に揺れる。
ハクイ:日陰もない中、日焼けすることもない不気味なホワイトガーデン。枯れることも芽吹くこともないのは、異常でしかない。
信徒:ここはきっと楽園だ。ぼくらは選ばれた。
ハクイ:最悪の白昼夢に、目をつけられてしまったものだ。
信徒:とても、とっても。……幸せだ。
0:心地よい風に、信徒の髪が揺れる。その後ろでは、白衣をきた人物が草をむしっている。
ハクイ:一体どこまで根をはっているんだこれは。ぶちぶちとちぎれるが、いくら掘り返しても根ばかり……。
信徒:飽きないよね。っていうか無粋。花をちぎるだけじゃ満足できなかったわけ?
ハクイ:おまえがおかしいんだ。不気味じゃないのか?永遠にこんな停滞した地獄にいるつもりか?いったいどれだけ閉じ込められていると思ってる。
信徒:そんなこと分かんないよ。太陽なんてない。恐ろしい夜も来ない。そりゃ不思議だよ?でも、なんでもすべてが分かる必要なんてある?
ハクイ:ああ、あるね。不可解のデータ化。それが仕事だ。待てども待てども、腹も空かない、のども乾かない。こんな場所、
信徒:天国、みたいだよね。
ハクイ:それだけはないな。
信徒:なんで?
ハクイ:私が天国に行くことはない。……地獄ならまだしも。
信徒:後ろ向きだなあ。
ハクイ:絶対天国に行けると思ってるなら、控えめに言ってお気楽だな。宗教論に明るいとは言えないが、このような異常空間について言及しているものはだな。
信徒:あーはいはいそういうのいいから。
ハクイ:あ?
信徒:何が嫌なの?そりゃめっちゃ興奮するようなことはないかもね。退屈だから怒ってるの?
ハクイ:こんな場所、大嫌いだ。帰りたい。
信徒:ぼくはここに来て幸せだけどな~。大きな喜びはない。でも大きな苦痛もない。ぼくの兄さんは、それが幸せだって言ってた。
ハクイ:くそくらえだ。
信徒:凪のような、楽園。何もない。でも、足りないものもないでしょ。
ハクイ:こんなもの、望んだわけじゃなかった。おまえも、この場所も、イカレた幻覚や妄想に違いない。
信徒:ひっどい。そんなこと言うならあんただって、ぼくの夢の中の一部なんじゃないの。
ハクイ:目が覚めるなら、何が真実だっていいさ。
0:【場面転換】兵器研究所、旧棟裏庭にて。
0:秋。誰も落ち葉を片付けない裏庭。けだるげに足を引きずり歩く、教授。かけよる助手らしい人影。
ハクイ:こんなところにいた。戻ってこい。
信徒:……えーと、番号は?
ハクイ:いい加減名前か顔を覚えろクソ教授!もう生徒じゃねえし脱走したモルモットでもねえの!お・ま・え・の!助手!むしろ介護担当!!
信徒:うそだあ。めっちゃトゲある……。
ハクイ:嘘でもほんとでも、戻れや薬の時間だ!!
信徒:鎮静剤が必要なのはあんたのほうなんじゃ……
ハクイ:ほーん。そうかそうか。腹と後頭部、痛いのはどっちがいい?
信徒:バイオレンス。それどこかしら殴られて気絶するってことだよね。どうせ運んでくれるならお姫様だっことかがいいな。
ハクイ:腹パンの後に足首つかんで運搬に決めた。ああうんそれがいいな。
信徒:バイオレンスが具体的になった。助手とか名乗るくせに敬いの心はどこに?偽物か?
ハクイ:安心しろ本物だ。私だけ「助手」のせいで、他の奴らはみんな、おまえの世話焼きを押し付けやがる。
信徒:おお……いい人だったのか。都合の。実はトゲ無しだった??
ハクイ:まったく、その見た目でいい年してんだからさあ。責任者の自覚持ってくれよ。
信徒:トゲアリトゲナシトゲトゲくん。それはそれとして、研究室の人たちによろしく。こっちの裏口のカギなら可能性がある。
ハクイ:とげ……?あっ、待てやクソ教授逃げんな!!
0:【場面転換】
0:ここは、まるで夏の空の下。
信徒:ここがさ、普通じゃないっていうのは分かるよ。少なくとも、しがらみたっぷりバリューセットの人間社会の反対側だよね。
ハクイ:現実逃避からの昼寝かましてたわりに、口が回るな。
信徒:かしこいもん。
ハクイ:クソが。
信徒:なんか、あんたと知り合いだった気がする。
ハクイ:知り合いねえ。
信徒:……もう、花、ちぎらないの?
ハクイ:花全体の観察は無理そうだ。風はあるみたいだから乾燥するか見てる。
信徒:ん……ああ、そういえば。
ハクイ:こっちくんな花びらが飛ぶ。
信徒:お見舞いにきたよね。花、ちぎってたんだっけ。
0:【場面転換】軍属病院にて。
0:冬。温度差で古びた窓が白く曇る午後。
ハクイ:療養してると、聞きました、から。
信徒:いいんだよお、いつものありのままな助手くんでえ。
ハクイ:ギリギリ公用の場ですので、ご勘弁いただきたく。
信徒:ぼくらの仕事的にさ。なんの基礎も分かってないお偉いさんに技術売り込んで、お金や物資もらうじゃん?そういうの相手に話す時ってさ。結論から行くよね。
ハクイ:こちらが時代に乗り遅れた禿げ頭に伝わるよう、丁寧に技術や仕組みを説明したところで、ですからね。
信徒:「どうしてそうなるのか」よりも、「どれほど儲けがでるのか」みたいな話をする人はもう、やるせないよね。
ハクイ:何が言いたいんですか。
信徒:なんでお見舞いの常套手段「花瓶に花」じゃなくて、「素手で引きちぎり野花」なのか過程を聞きたいなって。
ハクイ:……鉢植えはよくない、と。その、ずいぶんと直前に言うものがいましたから。
信徒:思い切りよくいったんだね。ほら机においていいから。
ハクイ:こぶしを開くと崩れてしまいそうでどうにも。
信徒:こぶしって言っちゃうくらい握りしめてるのがダメだって、ほら、放しなさい。そんな眉きゅってしてもダーメ。人間花瓶なんてジャマで仕方ないよ。
ハクイ:…………ああ。やっぱり。
信徒:あはは、そういうものだって。それにしても、ずいぶん小ぶりで、愛らしい花を選んだね。真っ白で……。知らない花だなあ。
ハクイ:出直します。
信徒:あんたから離れてくのなんて珍しい。はは。
ハクイ:笑うな。ああやりづれえ。……(咳払い)さっさと復帰してください。
0:【場面転換】
0:再び、夏の空の下。熟睡したあとの体の重さと、変わらないまばゆい青と白。
信徒:どうしてそんなに真面目なの?何かしてないと落ち着かないわけ?
ハクイ:……尊敬する師が言っていた。「進化するには、ものすごい頑張りがいる。」
信徒:ふうん?
ハクイ:「でも停滞するのも、頑張り続けないとできない。それをないがしろにした生物は衰退するだけだ。」
信徒:誰だろ?聞いたことあるような?
ハクイ:私は、衰退が恐ろしい。自分が何もしなかったという自覚が、物事が全部悪化してから襲ってくる。
信徒:あんたさ、ぼくほどじゃないけど、生きづらそうだよね。
ハクイ:んなこと。……そんなこと、私だって分かってんだよ。分かっては、いんだよ。
信徒:ままならないねえ、人の世って。
ハクイ:ここが、もう楽園だの地獄だってのはいい。ここに来る前のこと、おまえは覚えているか。
信徒:ちょっとずつ、懐かしいものを思い出すけど……直前かあ。うーん。
ハクイ:私も部分的過ぎて、手掛かりにはならなくてな。
信徒:なんとなく、今のぼくより、もっともっと年をとっていた気はするんだ。
ハクイ:年齢ねえ。
信徒:また思い出したら話すよ。今はなにしているの?
ハクイ:休憩。……昼寝するしかない。体は何ともないのに時間だけが過ぎていくのが、ぼちぼちキツイ。
0:【場面転換】信徒の個人研究室にて。
0:春。穏やかな日差しに花々が首をもたげる。
信徒:休みの日なのに悪いね?ほんと―にいい人だなあ。
ハクイ:呼び出したのはおまえだろうが。これくらい仕事じゃない、どうせ気にしないんだろう。
信徒:うん。……意外。
ハクイ:あ?
信徒:指輪。研究所ではつけてなかったはず。
ハクイ:そりゃあ、薬だの実験だの、そういう場所じゃ外す。
信徒:…………結婚、してたんだ?
ハクイ:うっせえ。ここに来る前からだ。
信徒:ずっと兄さんがひとりで育ててくれたけど、それ以来誰かと暮らしたことはないなあ。
ハクイ:何年前の話だよそれ……。
信徒:何年前だろうねえ。
ハクイ:……私だけじゃない。
信徒:ん?
ハクイ:おまえだって、言ってくれないじゃないか。
信徒:んー?
ハクイ:だから。来月にはここを去るんだろ。栄転だって聞いたが。
信徒:あー。まあ、うん。
ハクイ:私が聞かなきゃ、何も言わずに消えてたんだろ。
信徒:……気にしてくれるんだ、そういうの。意外。らしくない。
ハクイ:らしくないってなんだよ。
信徒:今月が終ったらさ、なんか、もうあんたとは一生会えない気がしてるんだ。
ハクイ:そうか。
信徒:だから……だったんだけど。
ハクイ:なんだよ。
信徒:…………いや。休みの日に悪かったね。
ハクイ:おまえこそらしくないんじゃないか。私で事足りるんなら使え。
信徒:長いとは言えないけど、悪くなかったよ。
ハクイ:そりゃあどうも。私だっていつかはおまえくらい追いつくからバカにすんなよ。
信徒:もう会えないって言ったこと?
ハクイ:ちゃんと追いついてやんよ。抜けそうにはないけどな。
信徒:えーしおらしい。らしくない。
ハクイ:うっせえ。
0:【場面転換】
0:まるで、夏の空。
信徒:もっとさ。
ハクイ:おう。
信徒:もっと覚えてなきゃいけないこととか、楽しかった思い出とか、いろんな、もっと、あるはずなんだよ。
ハクイ:そうか。
信徒:どうして。どうしてぼくの人生の記憶は、あんたのことばかりなんだろう。
ハクイ:……知らねえよ。
信徒:家族がいた。それなりに長くも生きた。幼年も、晩年も、覚えているものだと思ってた。それなのに、今になって思い出すのはあんたと過ごした時間ばかり。
ハクイ:そんだけ私に世話焼かせてたって分かってくれよな。
信徒:今となっては分かるんだ。あんたは、夏の空だ。まばゆくて、懐かしさがあって、心地いい。息苦しさもあるけど、仕組みや心なんて分からないけど、ふとしたときに、年に一度なんかはひどく思い出して。
ハクイ:地獄だろ、こんなの。
信徒:ちがうよ、楽園なんだ。ずっと変わらずにあってほしかったんだ。
ハクイ:そんなの無理だろ。
信徒:それでも。……ああ、ちがう。ちがうね。
ハクイ:……私は、悪くない。
信徒:うん。でも、きっと悲しいことだという人もいるかもね。走馬灯が、
ハクイ:自分を振り回した失恋の記憶だけだなんて、か?
信徒:あんたが言うんだ。
ハクイ:私がおまえの都合のいいようにしゃべったことがあった、みたいな言い方だな。
信徒:はは、それはないね。
ハクイ:それでも、嫌な言い方をするなら、おまえは永遠を望んだんだろ。
信徒:そうなのかな。そうだったのかな。
ハクイ:はあ、いつだってボケ老人みてえな奴だよ。
信徒:そんなぼけぼけしたぼくが、こんなにも覚えてるんだ。一緒に過ごしたなんでもない日々が、ぼくの楽園だったんだろう。
ハクイ:……じゃあ、私の名前は?
信徒:番号ならちょっとだけ言える。
ハクイ:クソが。
信徒:ぼくの夏の日。
ハクイ:なんだよクソ教授。
信徒:……名前は。
0:【場面転換】葬式会場
ハクイ:この国では。尊敬する師のふるさとじゃないこの国では、白い服を着て旅立つ。
ハクイ:常々、白の似合いそうな人だと思ってはいた。生前のあの人が、見飽きたと嫌がる色。…………こんな形で見たかったんじゃない。どんなに口からとげのある言葉が出ようとも、過ぎ去ってほしいと願った不可解さを、嫌っていたわけじゃない。
信徒:ぼくほどじゃないけど、生きづらそうだよね。
ハクイ:私があと二十年早く生まれていたら。おまえともっと早く出会えていれば。そんなこと、仕方のないことだ。意味などない。こんな考え、大嫌いだ。
信徒:とても、とっても。……幸せだった。
ハクイ:今日旅立つあの老人は、ほんの数年すれちがった私のことを覚えていただろうか。……ないな。きっとない。それでいい。……それが、いい。
信徒:ぼくの夏の日。
ハクイ:尊敬する師が、今日、旅立つ。
信徒:ここはかつての、夏の空。どこまでも雲一つなく広がる青い空。
ハクイ:雨は降らない。陽は陰らない。それは生き地獄と何が違うのか。
信徒:足元には、祝福するような白い小さな花。どこまでも広がる白が、ゆらりゆらりと風に揺れる。
ハクイ:日陰もない中、日焼けすることもない不気味なホワイトガーデン。枯れることも芽吹くこともないのは、異常でしかない。
信徒:ここはきっと楽園だ。ぼくらは選ばれた。
ハクイ:最悪の白昼夢に、目をつけられてしまったものだ。
信徒:とても、とっても。……幸せだ。
0:心地よい風に、信徒の髪が揺れる。その後ろでは、白衣をきた人物が草をむしっている。
ハクイ:一体どこまで根をはっているんだこれは。ぶちぶちとちぎれるが、いくら掘り返しても根ばかり……。
信徒:飽きないよね。っていうか無粋。花をちぎるだけじゃ満足できなかったわけ?
ハクイ:おまえがおかしいんだ。不気味じゃないのか?永遠にこんな停滞した地獄にいるつもりか?いったいどれだけ閉じ込められていると思ってる。
信徒:そんなこと分かんないよ。太陽なんてない。恐ろしい夜も来ない。そりゃ不思議だよ?でも、なんでもすべてが分かる必要なんてある?
ハクイ:ああ、あるね。不可解のデータ化。それが仕事だ。待てども待てども、腹も空かない、のども乾かない。こんな場所、
信徒:天国、みたいだよね。
ハクイ:それだけはないな。
信徒:なんで?
ハクイ:私が天国に行くことはない。……地獄ならまだしも。
信徒:後ろ向きだなあ。
ハクイ:絶対天国に行けると思ってるなら、控えめに言ってお気楽だな。宗教論に明るいとは言えないが、このような異常空間について言及しているものはだな。
信徒:あーはいはいそういうのいいから。
ハクイ:あ?
信徒:何が嫌なの?そりゃめっちゃ興奮するようなことはないかもね。退屈だから怒ってるの?
ハクイ:こんな場所、大嫌いだ。帰りたい。
信徒:ぼくはここに来て幸せだけどな~。大きな喜びはない。でも大きな苦痛もない。ぼくの兄さんは、それが幸せだって言ってた。
ハクイ:くそくらえだ。
信徒:凪のような、楽園。何もない。でも、足りないものもないでしょ。
ハクイ:こんなもの、望んだわけじゃなかった。おまえも、この場所も、イカレた幻覚や妄想に違いない。
信徒:ひっどい。そんなこと言うならあんただって、ぼくの夢の中の一部なんじゃないの。
ハクイ:目が覚めるなら、何が真実だっていいさ。
0:【場面転換】兵器研究所、旧棟裏庭にて。
0:秋。誰も落ち葉を片付けない裏庭。けだるげに足を引きずり歩く、教授。かけよる助手らしい人影。
ハクイ:こんなところにいた。戻ってこい。
信徒:……えーと、番号は?
ハクイ:いい加減名前か顔を覚えろクソ教授!もう生徒じゃねえし脱走したモルモットでもねえの!お・ま・え・の!助手!むしろ介護担当!!
信徒:うそだあ。めっちゃトゲある……。
ハクイ:嘘でもほんとでも、戻れや薬の時間だ!!
信徒:鎮静剤が必要なのはあんたのほうなんじゃ……
ハクイ:ほーん。そうかそうか。腹と後頭部、痛いのはどっちがいい?
信徒:バイオレンス。それどこかしら殴られて気絶するってことだよね。どうせ運んでくれるならお姫様だっことかがいいな。
ハクイ:腹パンの後に足首つかんで運搬に決めた。ああうんそれがいいな。
信徒:バイオレンスが具体的になった。助手とか名乗るくせに敬いの心はどこに?偽物か?
ハクイ:安心しろ本物だ。私だけ「助手」のせいで、他の奴らはみんな、おまえの世話焼きを押し付けやがる。
信徒:おお……いい人だったのか。都合の。実はトゲ無しだった??
ハクイ:まったく、その見た目でいい年してんだからさあ。責任者の自覚持ってくれよ。
信徒:トゲアリトゲナシトゲトゲくん。それはそれとして、研究室の人たちによろしく。こっちの裏口のカギなら可能性がある。
ハクイ:とげ……?あっ、待てやクソ教授逃げんな!!
0:【場面転換】
0:ここは、まるで夏の空の下。
信徒:ここがさ、普通じゃないっていうのは分かるよ。少なくとも、しがらみたっぷりバリューセットの人間社会の反対側だよね。
ハクイ:現実逃避からの昼寝かましてたわりに、口が回るな。
信徒:かしこいもん。
ハクイ:クソが。
信徒:なんか、あんたと知り合いだった気がする。
ハクイ:知り合いねえ。
信徒:……もう、花、ちぎらないの?
ハクイ:花全体の観察は無理そうだ。風はあるみたいだから乾燥するか見てる。
信徒:ん……ああ、そういえば。
ハクイ:こっちくんな花びらが飛ぶ。
信徒:お見舞いにきたよね。花、ちぎってたんだっけ。
0:【場面転換】軍属病院にて。
0:冬。温度差で古びた窓が白く曇る午後。
ハクイ:療養してると、聞きました、から。
信徒:いいんだよお、いつものありのままな助手くんでえ。
ハクイ:ギリギリ公用の場ですので、ご勘弁いただきたく。
信徒:ぼくらの仕事的にさ。なんの基礎も分かってないお偉いさんに技術売り込んで、お金や物資もらうじゃん?そういうの相手に話す時ってさ。結論から行くよね。
ハクイ:こちらが時代に乗り遅れた禿げ頭に伝わるよう、丁寧に技術や仕組みを説明したところで、ですからね。
信徒:「どうしてそうなるのか」よりも、「どれほど儲けがでるのか」みたいな話をする人はもう、やるせないよね。
ハクイ:何が言いたいんですか。
信徒:なんでお見舞いの常套手段「花瓶に花」じゃなくて、「素手で引きちぎり野花」なのか過程を聞きたいなって。
ハクイ:……鉢植えはよくない、と。その、ずいぶんと直前に言うものがいましたから。
信徒:思い切りよくいったんだね。ほら机においていいから。
ハクイ:こぶしを開くと崩れてしまいそうでどうにも。
信徒:こぶしって言っちゃうくらい握りしめてるのがダメだって、ほら、放しなさい。そんな眉きゅってしてもダーメ。人間花瓶なんてジャマで仕方ないよ。
ハクイ:…………ああ。やっぱり。
信徒:あはは、そういうものだって。それにしても、ずいぶん小ぶりで、愛らしい花を選んだね。真っ白で……。知らない花だなあ。
ハクイ:出直します。
信徒:あんたから離れてくのなんて珍しい。はは。
ハクイ:笑うな。ああやりづれえ。……(咳払い)さっさと復帰してください。
0:【場面転換】
0:再び、夏の空の下。熟睡したあとの体の重さと、変わらないまばゆい青と白。
信徒:どうしてそんなに真面目なの?何かしてないと落ち着かないわけ?
ハクイ:……尊敬する師が言っていた。「進化するには、ものすごい頑張りがいる。」
信徒:ふうん?
ハクイ:「でも停滞するのも、頑張り続けないとできない。それをないがしろにした生物は衰退するだけだ。」
信徒:誰だろ?聞いたことあるような?
ハクイ:私は、衰退が恐ろしい。自分が何もしなかったという自覚が、物事が全部悪化してから襲ってくる。
信徒:あんたさ、ぼくほどじゃないけど、生きづらそうだよね。
ハクイ:んなこと。……そんなこと、私だって分かってんだよ。分かっては、いんだよ。
信徒:ままならないねえ、人の世って。
ハクイ:ここが、もう楽園だの地獄だってのはいい。ここに来る前のこと、おまえは覚えているか。
信徒:ちょっとずつ、懐かしいものを思い出すけど……直前かあ。うーん。
ハクイ:私も部分的過ぎて、手掛かりにはならなくてな。
信徒:なんとなく、今のぼくより、もっともっと年をとっていた気はするんだ。
ハクイ:年齢ねえ。
信徒:また思い出したら話すよ。今はなにしているの?
ハクイ:休憩。……昼寝するしかない。体は何ともないのに時間だけが過ぎていくのが、ぼちぼちキツイ。
0:【場面転換】信徒の個人研究室にて。
0:春。穏やかな日差しに花々が首をもたげる。
信徒:休みの日なのに悪いね?ほんと―にいい人だなあ。
ハクイ:呼び出したのはおまえだろうが。これくらい仕事じゃない、どうせ気にしないんだろう。
信徒:うん。……意外。
ハクイ:あ?
信徒:指輪。研究所ではつけてなかったはず。
ハクイ:そりゃあ、薬だの実験だの、そういう場所じゃ外す。
信徒:…………結婚、してたんだ?
ハクイ:うっせえ。ここに来る前からだ。
信徒:ずっと兄さんがひとりで育ててくれたけど、それ以来誰かと暮らしたことはないなあ。
ハクイ:何年前の話だよそれ……。
信徒:何年前だろうねえ。
ハクイ:……私だけじゃない。
信徒:ん?
ハクイ:おまえだって、言ってくれないじゃないか。
信徒:んー?
ハクイ:だから。来月にはここを去るんだろ。栄転だって聞いたが。
信徒:あー。まあ、うん。
ハクイ:私が聞かなきゃ、何も言わずに消えてたんだろ。
信徒:……気にしてくれるんだ、そういうの。意外。らしくない。
ハクイ:らしくないってなんだよ。
信徒:今月が終ったらさ、なんか、もうあんたとは一生会えない気がしてるんだ。
ハクイ:そうか。
信徒:だから……だったんだけど。
ハクイ:なんだよ。
信徒:…………いや。休みの日に悪かったね。
ハクイ:おまえこそらしくないんじゃないか。私で事足りるんなら使え。
信徒:長いとは言えないけど、悪くなかったよ。
ハクイ:そりゃあどうも。私だっていつかはおまえくらい追いつくからバカにすんなよ。
信徒:もう会えないって言ったこと?
ハクイ:ちゃんと追いついてやんよ。抜けそうにはないけどな。
信徒:えーしおらしい。らしくない。
ハクイ:うっせえ。
0:【場面転換】
0:まるで、夏の空。
信徒:もっとさ。
ハクイ:おう。
信徒:もっと覚えてなきゃいけないこととか、楽しかった思い出とか、いろんな、もっと、あるはずなんだよ。
ハクイ:そうか。
信徒:どうして。どうしてぼくの人生の記憶は、あんたのことばかりなんだろう。
ハクイ:……知らねえよ。
信徒:家族がいた。それなりに長くも生きた。幼年も、晩年も、覚えているものだと思ってた。それなのに、今になって思い出すのはあんたと過ごした時間ばかり。
ハクイ:そんだけ私に世話焼かせてたって分かってくれよな。
信徒:今となっては分かるんだ。あんたは、夏の空だ。まばゆくて、懐かしさがあって、心地いい。息苦しさもあるけど、仕組みや心なんて分からないけど、ふとしたときに、年に一度なんかはひどく思い出して。
ハクイ:地獄だろ、こんなの。
信徒:ちがうよ、楽園なんだ。ずっと変わらずにあってほしかったんだ。
ハクイ:そんなの無理だろ。
信徒:それでも。……ああ、ちがう。ちがうね。
ハクイ:……私は、悪くない。
信徒:うん。でも、きっと悲しいことだという人もいるかもね。走馬灯が、
ハクイ:自分を振り回した失恋の記憶だけだなんて、か?
信徒:あんたが言うんだ。
ハクイ:私がおまえの都合のいいようにしゃべったことがあった、みたいな言い方だな。
信徒:はは、それはないね。
ハクイ:それでも、嫌な言い方をするなら、おまえは永遠を望んだんだろ。
信徒:そうなのかな。そうだったのかな。
ハクイ:はあ、いつだってボケ老人みてえな奴だよ。
信徒:そんなぼけぼけしたぼくが、こんなにも覚えてるんだ。一緒に過ごしたなんでもない日々が、ぼくの楽園だったんだろう。
ハクイ:……じゃあ、私の名前は?
信徒:番号ならちょっとだけ言える。
ハクイ:クソが。
信徒:ぼくの夏の日。
ハクイ:なんだよクソ教授。
信徒:……名前は。
0:【場面転換】葬式会場
ハクイ:この国では。尊敬する師のふるさとじゃないこの国では、白い服を着て旅立つ。
ハクイ:常々、白の似合いそうな人だと思ってはいた。生前のあの人が、見飽きたと嫌がる色。…………こんな形で見たかったんじゃない。どんなに口からとげのある言葉が出ようとも、過ぎ去ってほしいと願った不可解さを、嫌っていたわけじゃない。
信徒:ぼくほどじゃないけど、生きづらそうだよね。
ハクイ:私があと二十年早く生まれていたら。おまえともっと早く出会えていれば。そんなこと、仕方のないことだ。意味などない。こんな考え、大嫌いだ。
信徒:とても、とっても。……幸せだった。
ハクイ:今日旅立つあの老人は、ほんの数年すれちがった私のことを覚えていただろうか。……ないな。きっとない。それでいい。……それが、いい。
信徒:ぼくの夏の日。
ハクイ:尊敬する師が、今日、旅立つ。