台本概要

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タイトル 斯(か)くも素晴らしき人生を
作者名 ふらん☆くりん  (@Frank_lin01)
ジャンル ホラー
演者人数 3人用台本(男2、女1)
時間 60 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 【あらすじ】

もし、限りある時間を自由に使えたら…。そのお悩み、我々にお任せください。
我々ベストライフサポート社が皆様の時間に関するお悩みを解決いたします。

※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

【著作権について】
本作品の著作権は全て作者である「ふらん☆くりん」に帰属します。
また、いかなる場合であっても当方は著作権の放棄はいたしません。

【禁止事項】
●商業目的での利用
●台本の無断使用、無断転載、自作発言等
●過度なアドリブ、セリフの大幅な改変等

【ご利用に際してのお願い】
●台本の利用に際しては作者X(旧ツイッター)DMに連絡をお願いいたします。
●配信等で利用される場合は①作品名、②作者名、③台本掲載URLを掲示していただけると嬉しいです。
●たくさんの方の演技を聴きに行きたいので、可能であれば告知文にメンションを付けていただけると嬉しいです。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
翔子 151 向井翔子(むかい しょうこ)。とある大手企業に勤めるキャリアウーマン。大人しい性格だが、自分の仕事には誇りを持っている。
直人 53 清水直人(しみず なおと)。翔子と同じ会社に勤めるイケメン。翔子の先輩であり憧れの人。真面目で優しい。
時宗 84 時宗満男(ときむね みちお)。ベストライフサポート社の社員。仕事熱心でお客様の要望に真摯(しんし)に応える。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
タイトル:*斯《か》くも素晴らしき人生を : 登場人物: 翔子:*向井 翔子《むかい しょうこ》。とある大手企業に勤めるキャリアウーマン。大人しい性格だが、自分の仕事には誇りを持っている。 直人:*清水 直人《しみず なおと》。翔子と同じ会社に勤めるイケメン。翔子の先輩であり憧れの人。真面目で優しい。 時宗:*時宗 満男《ときむね みちお》。ベストライフサポート社の社員。仕事熱心でお客様の要望に*真摯《しんし》に応える。 : :(M)はモノローグ(独白)です。()は心の声です。〈〉はト書きです。 : 本編: :-------------------とあるオフィスの一角 翔子:直人さん、私…あなたのことがずっと前から好きでした。あの…私と付き合ってください! 直人:…ありがとう。翔子ちゃんの気持ち、とても嬉しいよ。だから俺からも言わせて欲しい。俺と付き合ってくれないか? 翔子:…はい!喜んで! 直人:これで俺たち恋人同士だね。翔子ちゃん、改めてよろしくね! 翔子:こちらこそ!よろしくお願いします! 直人:じゃあ早速なんだけど、今週の金曜の夜空いてる? 翔子:はい。その日は急ぎの仕事もないので空いてます。 直人:良かった。じゃあデートしようよ。夜8時に駅前集合でいい? 翔子:はい!大丈夫です!嬉しい…楽しみにしてますね! : :-------------------デート当日夜7時 翔子:ああ!もう7時じゃない!あのバカ課長め、なんでこんな大事な日に仕事押し付けてくるのよ! : 翔子:(M)私の名前は*向井 翔子《むかい しょうこ》。とある大手企業に勤める今をときめく35歳OLだ。今まで仕事一筋で頑張ってきたのだが、先日憧れの先輩に告白し、念願叶って付き合うことになったのだ。それなのに、翌日プレゼン会議が入ったとかで、急遽会議資料を作らされる羽目に…。 : 翔子:待ち合わせまであと1時間…ヤバい、どう考えても間に合わない。今から直人さんにキャンセルの電話入れようかしら…。あーダメダメ!初めてのデートなんだからこんな*間際《まぎわ》でドタキャンなんてできるわけないじゃない!…そうは言ってもこの仕事量、夜通し残業したって終わらないわ。もう!どうしたらいいのよ! 翔子:〈スマホに着信〉…ん?着信?こんな時に誰からよ!はい!もしもし!〈荒っぽく出る〉 時宗:お忙しいところすみません。*私《わたくし》、ベストライフサポート社の*時宗 満男《ときむね みちお》と申します。本日はあなたに最適なサービスを… 翔子:〈セリフに被せて〉あ、保険の営業ですか?結構です!私、間に合ってますから! 時宗:失礼ですが、いろいろと間に合ってませんよね? 翔子:え…? 時宗:時間、足りないですよね? 翔子:あなた、どうしてそれを…? 時宗:実は、弊社のタイムクライシスレーダーがあなたのお悩みを感知いたしましたので、こうしてお電話を掛けさせていただいた次第でございます。 翔子:タイムクライシスレーダー…? 時宗:ええ。時間に困っている方を探し出すための特殊なレーダーです。弊社は世界中の人々がより良い人生を送れるよう、時間に関するお悩みに対し最適なサービスをご提供するタイムコンサルティング会社なのです。 翔子:そんな会社、聞いたことないわ。 時宗:そうでしょうとも。なにせ我々の会社は人間界には存在しない会社ですから。 翔子:人間界に存在しない?それ…どういうことなの? 時宗:聞きたいですか? 翔子:え、ええ…。 時宗:良いですよ。それではご説明します。我々の会社は魔界に拠点を置き、時間という観点から悩める人間の皆様を一人でもお救いしたい…そのような理念の元、事業を展開しております。 翔子:魔界の会社…ねぇ。それで?どんなサービスがあるの? 時宗:ふふふ…興味が湧いてきたようですね。具体的なサービスをご紹介する前に、翔子さん、待ち合わせのお時間まであと何分ですか? 翔子:あ!そうだった!えっと…駅前まで行く時間を考えると、あと15分くらいで会社を出ないと間に合わないわ! 時宗:分かりました。ちなみに今翔子さんが抱えていらっしゃるお仕事をやり遂げるにはどのくらいの時間が必要ですか? 翔子:そうねぇ…最低でも丸一日は必要だわ。でもこんなの無理よ…明日の会議まで13時間くらいしかないもの。絶望的だわ…。 時宗:まあそう悲観的にならないでください。「百聞は一見にしかず」と申します。まずは弊社の商品の一つ「タイムアドバンスローンサービス」に契約されてはいかがでしょう? 翔子:タイムアドバンスローンサービス?うーん…よく分からないけど、この状況を何とか出来るなら契約するわ! 時宗:かしこまりました。それではあなたを契約専用のお部屋に転送いたします。 翔子:えっ!?〈転送される〉 : :-------------------「契約の小部屋」にて 翔子:こ、ここは? 時宗:ここは「契約の小部屋」と申しまして、弊社のサービスを契約していただく際に転送される別次元の空間となっております。 翔子:べ、別次元の空間ですって!?さっき私、大事な約束があるって言ったわよね!戻して!今すぐ元の世界に戻してよ! 時宗:まあまあ、落ち着いてください。順を追って説明しますから。 翔子:で、でも! 時宗:よろしいですか?まず初めに申し上げておきますが、この空間は現実世界の時間軸とは切り離されていますから、どれだけ長くいても現実世界では一秒も経過しておりません。 翔子:そ、そうなの?なら良いけど…。それにしても信じられないわ。こんな空間が存在するなんて。 時宗:ふふ…まあ、驚かれるのも無理はありません。では、まずはサービス内容の説明からいたしましょう。今回翔子さんにご契約いただく「タイムアドバンスローンサービス」は、あなたの人生の残り時間から希望する時間分だけを「前借り」という形で切り取り、今の翔子さんが自由に使える時間としてご提供するサービスです。 翔子:…ということはつまり、希望すればいくらでも自由な時間が手に入るってこと? 時宗:その通りです。ただし、あくまで人生の残り時間内でということにはなりますがね。 翔子:でもそれってとっても素敵じゃない!ぜひ契約させていただくわ! 時宗:ありがとうございます。ではこちらが契約書になりますので、ここに*血印《けついん》をお願いします。 翔子:血印?どうやってやるの? 時宗:翔子さんの血を親指に付けて契約書に押してください。 翔子:私の血? 時宗:そうです。こちらのナイフで指先を軽く切っていただければ簡単に血は出ますよ。さぁどうぞ。〈ナイフを差し出す〉 翔子:えっと…私、痛いの嫌いなんだけど。まあそんな事言ってる場合じゃないわね。 翔子:〈ナイフで指を切る〉痛っ…!よし、血が出てきたわ。これを付けてここに押すっと。これでいいかしら? 時宗:はい、結構でございます。無事契約が成立いたしましたので、翔子さんの人生の残り時間から24時間分を切り取ってお渡しいたします。それではこれから切り取られた時間が動き出しますので準備はよろしいですか? 翔子:は、はい! 時宗:アナザータイムスタート!〈翔子を別の次元に転送する〉 : :-------------------「時の小部屋」にて 翔子:ここは…? 時宗:「時の小部屋」へようこそ。ここは先程翔子さんが前借りした時間を使用するための空間です。そして先程の「契約の小部屋」と同様に、ここも現実世界とは別の時間軸になります。 翔子:へぇ…ここもそうなのね。 時宗:はい。これからの24時間、あなたは待ち合わせまでの時間を気にする必要はありません。 翔子:じゃあ…ここで仕事をしていても大丈夫なのね? 時宗:ええ。誰にも邪魔されることなく、あなただけの時間を有意義にお過ごしくださいませ。 翔子:あぁ…信じられない!こんな素敵なサービスがあるなんて!…でも私、勢いで契約しちゃったけど、もしかして料金とか結構高くついちゃうんじゃないの? 時宗:ご安心ください。それでしたら既にお支払いいただいております。 翔子:え?私お金なんて支払った覚えがないんだけど…。 時宗:ご心配なく。我々のサービスに現金は必要ありませんよ。 翔子:じゃあ私、何を支払ったって言うの? 時宗:我々のサービスに必要なのは時間…つまり翔子さん、あなた自身の人生の残り時間の一部をお支払いいただきました。 翔子:え?私の人生の残り時間を? 時宗:そうです。具体的には今回お渡しした24時間の50%に相当する12時間を別途手数料としていただきました。 翔子:50%も…結構高いのね。 時宗:そうでしょうか?手数料50%とは言っても、それであなたの人生の残り時間を無駄なく有意義に使えるようになると考えれば決して高くはないと思うのですが。 翔子:そ、それもそうね。 時宗:説明は以上になります。何かご不明な点などはございますか? 翔子:24時間が経過したらどうなるの? 時宗:お渡しした時間が経過しますと、自動的に元の世界に転送されますからご心配なく。他に何かございますか? 翔子:いえ、大丈夫よ。 時宗:それは良かった。それではどうぞごゆっくり。〈通話が切れる〉 翔子:ありがとう。 翔子:うふふ…これで資料も作れるし、デートにも間に合うわ!さて、頑張るか! : :-------------------24時間終了前 翔子:ふぅ…やっと終わったぁ!!何とか時間内に終わらせたわ!もうそろそろ24時間が経過する頃ね。あと5秒、4・3・2・1…〈現実世界に転送される〉 : :-------------------現実世界にて 翔子:…はっ!ここは…私のデスク?時間は…夜の7時15分。ほんとだ!1秒も進んでない! 翔子:〈スマホに着信〉あ…時宗さんから電話だ。はい、もしもし。 時宗:翔子さんおかえりなさい。無事に戻って来られたようですね。 翔子:ありがとうございました!おかげで仕事も無事に終わりました。これで待ち合わせにも遅れずに済みます。時宗さんには何とお礼を言って良いか…。 時宗:喜んでいただけて私も嬉しいです。それでは私はこれで。また何かありましたらご用命ください。 翔子:はい!本当に助かりました!今後ともよろしくお願いいたします! 時宗:では失礼いたします。〈通話が切れる〉 : :-------------------直人との待ち合わせ場所にて 直人:翔子ちゃんお待たせ。早いね! 翔子:直人さん、お疲れ様です!私もさっき来た所です。 直人:そうなんだ。でも翔子ちゃん、明日の朝プレゼン会議入ってたよね?資料作りとか大丈夫? 翔子:大丈夫です!私、めちゃめちゃ頑張って作りましたから。 直人:え?あの短時間で作ったの?凄いじゃん! 翔子:いえ、そんな…。私はただ、直人さんとの初めてのデートを仕事を理由にキャンセルなんて絶対にしたくなかっただけです。 直人:俺とのデートのためにそこまで頑張ってくれるなんて、ほんと嬉しいよ。ありがとね。 翔子:えへへ…直人さんに褒められちゃいました。 直人:じゃあ、行こっか?車乗って。 翔子:はい! : 翔子:(M)その日、私は心待ちにしていた直人さんとの初デートを心ゆくまで楽しんだ。 : :-------------------翔子の自宅前にて 直人:翔子ちゃん、今日は本当に楽しかったよ。 翔子:こちらこそ、直人さんと楽しい時間を過ごすことができてとても幸せでした。しかも自宅まで送ってくださって本当にありがとうございました。 直人:お安い御用だよ。あのさ、俺もっと翔子ちゃんと仲良くなりたいんだ。だから俺のことは直人って呼んでくれると嬉しいな。 翔子:え?良いんですか!?じゃ、じゃあ…直人、よろしくお願いします。 直人:あはは。そこまで行ったらもうタメ口で良いよ。俺たちもう恋人同士なんだし。 翔子:そ、そう…だよね。あはは…確かに不自然だね。あのね、私の事も翔子って呼んで欲しいな。 直人:分かった。好きだよ、翔子。 翔子:ふぇ!?す、す、好きだなんて… 直人:ん?何かいけなかった? 翔子:ううん…そんなことないけど。だって直人ったら急に言うんだもん、びっくりしちゃった。 直人:ははは…ごめんごめん。でも俺の気持ちは本当だよ。 翔子:うん…私もよ。直人、大好き! 直人:ありがとう。じゃあまたね。 翔子:うん。おやすみ直人。 直人:おやすみ、翔子。 : 翔子:はぁ♡本当に楽しかった。これも全部時宗さんが提案してくれたサービスのおかげだわ。自分の時間を前借りするサービスか…うふふ…これは使えるわね。 : 翔子:(M)次の日、私が準備した資料のおかげでプレゼン会議は大成功に終わった。上司からも感謝され、私は改めて仕事の手応えと時間を自由に使える素晴らしさを噛みしめていた。それからというもの、私はことあるごとに時間を前借りし、本来ならとてもこなせない量の仕事でさえも楽々とこなしていった。そして1ヶ月が過ぎた頃…。 : 直人:翔子、おつかれ。 翔子:直人やっほー!今日も直人に会えるのを楽しみにしてたよ! 直人:俺もだよ。それよりさ、翔子、お前大丈夫か? 翔子:え?何が? 直人:最近社内で噂になってるぞ。どんなに仕事を振っても必ずこなしてくれる便利な奴がいるって。 翔子:なに…それ? 直人:翔子が仕事に誇りを持ってやっているのは知ってるよ。でも、翔子が思ってるほど周りの連中はお前の事を評価していない。それどころか、面倒臭いことを処理してくれる「ゴミ処理機」程度にしか思っちゃいないんだ。だからあんま無理すんな。俺は翔子が他の奴らの良いように使われてボロボロになっていくのを見たくないんだ。 翔子:そんな…うう…私、あんなに身を粉にして頑張ってきたのに…あんまりだよ…。〈泣き出す〉 直人:そうだな…全くひどい話だ。だから出来ない事や、やる必要の無い仕事は断って良いんだぞ。 翔子:うん…分かった。教えてくれてありがとう…。 直人:じゃあ気を取り直してディナーでも行こうか。翔子は何食べたい? 翔子:直人ごめん…私、今日は帰る。 直人:え? 翔子:さっきの話を聞いてすごくショックで…とてもデートを楽しめる気分じゃないの。 直人:そっか。ごめん…俺、翔子の事が心配だったから伝えずにはいられなくて。でも確かにデート前に話す内容じゃなかったな。ほんとごめん。 翔子:ううん。謝らないで。直人は何も悪くないから。むしろ教えてくれて嬉しかった。あのまま何も知らずにいたら本当に体を壊すところだったわ。ありがとう直人、大好きよ。 直人:俺も大好きだよ。 翔子:じゃあね…おやすみなさい。 直人:ああ…おやすみ。 : :-------------------翔子の自宅にて 翔子:なによ…何なのよ!私が自分の時間を前借りしてまで必死に頑張ってきた事って…結局何の意味もなかったんじゃない!なんか…バカみたい…うう…うあああん〈号泣する〉 : :-------------------翌日 翔子:はぁ…もう朝か。昨日はあのまま泣き疲れて寝ちゃったんだっけ。うー、体が重い…会社行きたくないなぁ。あんな話聞いちゃったら、もう誰も信用なんて出来ないじゃない…。よし、決めた!今日は休む! 翔子:〈上司に電話する〉「あ…もしもし、佐々木課長ですか?向井です。今日なんですが、朝から熱っぽくて頭がふらふらするので会社を休ませてください。え?…昨日言われた資料ですか?すみません…まだ出来てないです。は?…でも、本来あれは課長が作るべき資料で…いえ…上司に逆らうだなんて、そんなつもりじゃ…はい、明日までには作ります。それでは失礼します…」〈電話を切る〉 翔子:…直人が言った通りだ。私…本当に便利屋にしか思われてない。うう…私、どうしたら良いの?〈涙ぐむ〉 翔子:〈インターホンが鳴る〉…ぐすん…誰だろう…はい、どちら様ですか? 時宗:おはようございます。ベストライフサポート社の時宗です。 翔子:と、時宗さん!?あ、ちょっと待っててくださいね!〈慌てて涙を拭く〉 翔子:お待たせしました…〈玄関のドアを開ける〉 時宗:お忙しいところご自宅まで押しかけてしまい申し訳ございませんでした。 翔子:い、いえ…。立ち話もなんですから上がってください。 時宗:それでは失礼して…〈翔子の部屋に上がる〉 翔子:お座りになっててください。今、お茶*淹《い》れますので。 時宗:お構いなく。 :-------------------数分後 翔子:どうぞ。〈お茶を出す〉 時宗:ありがとうございます。いただきます。〈お茶を飲む〉 時宗:そういえば、こうして直接お会いするのは初めてでしたね。 翔子:あ、はい…そうですね。それで…今日は何故ここに? 時宗:はい、実は翔子さんに弊社の二つ目のサービスについてご案内にあがりました。ところで翔子さん、お体の方は大丈夫ですか?少しやつれているようにお見受けしたので、ひょっとして無理なさっているのではないかと心配になりまして。 翔子:あ、ありがとうございます。実は…昨日ちょっとショックな事がありまして…。 時宗:ほう…ショックな事と申しますと? 翔子:私、この1ヶ月の間、自分の時間を前借りしてまで頑張って仕事をこなしてきました。それなのに評価されるどころか逆に便利屋みたいに扱われて…さっきも体調不良で休みたいって上司に連絡を入れたんですが、*開口一番《かいこういちばん》私の体の心配よりも資料が出来ていないことを怒られて…。それだって本当は上司がやらなきゃいけない仕事だったのに無理やり押し付けられたんです。…もう私、悔しくて…うう…〈泣き出す〉 時宗:そうでしたか…そんな事があったんですね。それはさぞお辛かったでしょう。 翔子:ぐすん…はい。 時宗:今の翔子さんには心の休養が必要ですね。本日ご紹介するサービスはそんな翔子さんの心のストレスを解消するのにきっとお役に立つと思いますよ。 翔子:私の心のストレスを解消するのに役に立つサービス…ですか? 時宗:はい。その名も「メモリアルタイムバックサービス」と申しまして、過去の思い出の時間を追体験できるサービスです。 翔子:えっと…つまり、過去にタイムスリップ出来るってことですか? 時宗:ええ。そういうことです。ただし、あくまで追体験ですから事実そのものを変えることは出来ませんが。 翔子:面白そう…ぜひやってみたいです!! 時宗:かしこまりました。それではこのサービスについて説明しますね。契約にあたりまして翔子さんには三つの事を行なっていただく必要があります。一つ目は追体験したい思い出の大まかな内容についてお答えください。二つ目は追体験したい時間を設定していただく必要があります。そして最後に契約書に血印を押していただければ契約成立となります。 翔子:質問しても良いですか? 時宗:どうぞ。何でも聞いてください。 翔子:このサービスにはどのくらいの時間を対価としてお支払いすれば良いのですか? 時宗:「メモリアルタイムバックサービス」の対価は設定時間の100%、つまり1時間設定するのであれば、手数料として1時間いただくことになります。ただし、今回のサービスはあくまで追体験ですから、前借りの時とは違い、差し引かれる時間は手数料分のみということになります。 翔子:分かりました。あと、一応確認ですが追体験している間、現実世界の時間軸はどうなるんですか? 時宗:追体験中は「追憶の小部屋」という別次元の空間に転送されますから現実世界の時間軸は影響を受けません。あと、契約は前回同様「契約の小部屋」で行ないますので、好きな時にご連絡いただければいつでも契約出来ますよ。 翔子:それはありがたいです!じゃあ早速契約したいです! 時宗:かしこまりました。今日はこうしてご自宅までお伺いしておりますので、こちらで契約いたしましょう。それでは翔子さん、こちらの契約書にご記入をお願いいたします。 翔子:分かりました。えーっと、追体験したい思い出は…やっぱり直人に告白したあの日が良いわ!時間は…そうね、1時間くらいね。そして…最後にここに血印を押す…っと。これで良いかしら? 時宗:はい。大丈夫ですよ。これで契約は成立しました。それでは素敵な思い出の旅へ行ってらっしゃいませ~。〈翔子を転送する〉 : :-------------------「追憶の小部屋」にて 翔子:(あれ?ここは…うちの会社のオフィス。日付は私たちが付き合うことになったあの日…ということは本当に私、過去に戻ってきたんだ!いよいよこれから直人に告白するのね!うふふ…とっても楽しみだわ!そうそう、この場所で仕事帰りの直人を呼び出して待ってたのよね。あ!そうこうしてるうちに来た来た!) : 直人:向井さん、お疲れ様。俺に話って何? 翔子:直人さん、私…あなたのことがずっと前から好きでした。あの…私と付き合ってください!(きゃー!ついに言っちゃったよー!) 直人:…ありがとう。翔子ちゃんの気持ち、とても嬉しかった。だから俺からも言わせて欲しい。俺と付き合ってくれないか? 翔子:…はい!喜んで!(ヤバい!幸せすぎて昇天しそう!) 直人:これで俺たち恋人同士だね。翔子ちゃん、改めてよろしくね! 翔子:こちらこそ!よろしくお願いします!(はぁ♡まさかもう一度この感動を味わえるなんて!) 直人:じゃあ早速なんだけど、今週の金曜の夜空いてる? 翔子:(直人からの初デートの申し込みキター!) 翔子:はい。その日は急ぎの仕事もないので空いてます。 直人:良かった。じゃあデートしようよ。夜8時に駅前集合でいい? 翔子:はい!大丈夫です!嬉しい…楽しみにしてますね! 翔子:(あーもう最高だわ!) 直人:あの…せっかくだし、もしこの後時間あったらさ、少しお茶でもしない? 翔子:え?良いんですか!ぜひ行きましょう! 翔子:(そうなのよ~!ここであっさり別れるかと思いきや、このタイミングでさり気なくお茶に誘う所とか、やっぱり直人って男として素敵なのよね。) 直人:うん。じゃあ行こっか。 翔子:はい!(私、どこまでも直人についていくわ!) : :------------------1時間後 翔子:〈現実世界に転送される〉直人!だーい好き♡…あれ?ここは私の部屋だ。もしかしてもう終わっちゃったの?って、時宗さんは?…いないわ。帰っちゃったのかな。ん?机の上に手紙が置いてある。 時宗:〈手紙の内容〉『翔子さんへ、弊社のサービスを喜んでいただけたようで私も嬉しいです。せっかくの貴重なひと時を邪魔してはいけませんので、私はこれで失礼いたします。心ゆくまでお楽しみくださいませ。 時宗:追伸。毎回お電話していただくのも何かとご不便でしょうから、失礼ながら先程翔子さんには心の中で直接私と会話出来るような魔法を掛けさせていただきました。これからは時間や場所を気にすることなくいつでもご契約いただくことが出来ます。それでは今後ともよろしくお願いいたします。*時宗 満男《ときむね みちお》より。』 翔子:はぁ♡…なんか素敵な思い出に浸ってたら悩みなんてどうでも良くなったわ。また今回も時宗さんに助けられちゃったなぁ。それにしても、これからはいつでも好きな時に契約出来るのね!うふふ…とっても嬉しいわ。さてと…不本意だけど、この資料だけは作るか。 : :-------------------翌日 直人:翔子、昨日会社休んだんだってな。もう大丈夫なのか? 翔子:うん。大丈夫。心配してくれてありがとう!全部直人のおかげだよ! 直人:え?俺何かしたっけ? 翔子:えへへ、気にしなくて良いの。それよりさ、私、直人ともっと色んなとこ行っていっぱい思い出作りたいんだ! 直人:お、おう。それは良いけど、あんま無理すんなよ。 翔子:無理なんかしてないよー。私、直人の事大好きだから! 直人:よく分かんないけど翔子が元気になったんなら良かった。じゃあ今週末どっか行くか? 翔子:うん!行く行く!私ね、直人とゆったり話せる場所に行きたいな! 直人:ゆったり話せる場所か…。あ!それなら夜景の見えるレストランとかどう? 翔子:素敵!行きたい! 直人:じゃあ決まりだな!土曜の夜6時に翔子の家まで迎えに行くよ。 翔子:分かったわ!直人、ありがとう! : 翔子:(M)気付けば、直人と過ごした楽しい思い出だけが辛い日々を忘れさせてくれる唯一の存在となっていた。私は現実世界の時間軸に影響が出ないことを良いことに、通勤中の電車内や昼休みはもちろんのこと、つまらない会議や上司に小言を言われている間などに頻繁に過去の思い出に*浸《ひた》るようになっていった。もっとたくさんの思い出が欲しい、ずっと過去の世界に浸っていたい…私は飢えた獣のように直人との思い出を追い求めた。だが、1年後、転機は突然訪れる。 : :-------------------1年後 翔子:ねぇ直人、今日はどこ行く? 直人:…。 翔子:直人?聞いてる? 直人:…なあ翔子、今日はお前に話したいことがあるんだ。 翔子:え…何? 直人:俺と別れてくれないか? 翔子:ちょ…急に何を言い出すの?冗談だよね? 直人:冗談なんかじゃない。俺は本気だ。 翔子:私…何か直人の気に*障《さわ》るようなことした? 直人:…。 翔子:はっ!もしかして他に好きな人ができた…とか? 直人:そんなんじゃない。 翔子:じゃあ何でよ!はっきり言ってよ! 直人:その様子じゃお前…自分が何をしたか本当に覚えていないんだな。 翔子:え? 直人:昨日、ベストライフサポート社の時宗って人から電話があったんだ。 翔子:えっ…時宗さんがどうして直人の所に電話を? 直人:お前、自分の私利私欲のために俺の人生の残り時間を勝手に使って投資まがいのことをしていたそうじゃないか! 翔子:まさか…! 翔子:(M)私は直人の言葉で過去の記憶が鮮明に蘇った。そう…あれはちょうど半年前…。 : :-------------------(回想) 時宗:〈心の声〉翔子さん、少しお話したいことがありますので「契約の小部屋」に来ていただけますか?ご了承いただければこちらから転送いたしますので。 翔子:〈心の声〉え?あ…はい。(話って何だろ?) : :-------------------「契約の小部屋」にて 時宗:突然お呼び立てして申し訳ありません。 翔子:いえ、大丈夫です。それでお話とは何でしょうか? 時宗:実は、翔子さんの人生の残り時間についてお伝えしておきたいと思いまして。 翔子:私の…人生の残り時間?そう言えば使うことばっかりで全然気にしてませんでした。 時宗:そうでしたか。それほどまでに弊社のサービスを気に入っていただけて、私としても大変嬉しゅうございます。そこで翔子さんには日頃の感謝を込めまして、弊社の情報網を駆使して調べた結果についてお知らせいたします。 翔子:ありがとうございます。それで、私の残り時間はいくらなの? 時宗:今のところ、翔子さんの残り時間は21万9千時間…年に換算するとあと25年といったところでしょうか。ですが、人生の残り時間はこれから先あなたがどのような選択をするかによっても大きく増減しますから、あくまで現時点での目安とお考えください。 翔子:そんな…あと25年しかないの?私、知らないうちにそんなに使っていたなんて…。 時宗:ええ。そこで今回ご紹介したいのが弊社の三つ目のサービスというわけでございます。 翔子:お願いです!何でも良いから紹介してください!私もっともっと直人と一緒にいたいんです! 時宗:かしこまりました。三つ目のサービスは「タイムマネジメントサービス」と言いまして、まあ簡単に言うと資産運用ならぬ時間運用のための投資信託サービスといった所でしょうか。 翔子:時間の投資信託サービス? 時宗:はい。つまり、あなたの人生の残り時間を弊社にお預けいただき、それを我々が上手に運用することであなたの人生の残り時間を増やしてお返しするサービスです。なお、対価は運用によって増加した時間の30パーセントとなっております。運用期間は半年間。半年後には運用結果と共に、お預かりした時間に手数料を差し引いた増加分を上乗せして翔子さんにお返しいたします。ただし、運用次第ではお預けいただいた時間分がゼロになってしまう可能性がありますが、それでもやりますか? 翔子:やるわ!時宗さんに私の残りの時間全てをお預けします!だからどうかよろしくお願いします! 時宗:かしこまりました。それからもう一つ大事なことがあります。もし我々が運用に失敗してお預けいただいた時間がゼロになった場合、あなたは即座にあの世行きとなってしまいます。これを防ぐために、あらかじめ当人同士の了解の元、他の誰かの時間を担保として借り入れることで万が一の場合でもあの世行きを免れることができるうえ、その時間を元手として投資に注ぎ込むことが出来ます。 翔子:それは安心ね!…でも私、勝手に人の人生の時間を借りちゃって良いのかしら? 時宗:ご安心ください。弊社は時間運用にかけては長年の実績もありますので、翔子さんにご迷惑をお掛けするようなことは致しません。誠心誠意、運用させていただきます。 翔子:分かりました。よろしくお願いします。 時宗:では、どなたからどれだけ借り入れますか? 翔子:それじゃあ…直人、清水直人さんから20年分借り入れます。 時宗:ご本人からの了解は得られていますか? 翔子:あ…はい、大丈夫です。(本当は了解取ってないけど、直人ならきっと許してくれるわよね。だって私達、恋人同士だもん。) 時宗:承知しました。それではこの契約書に血印をお願いします。 翔子:分かりました。…よし。〈血印を押す〉 時宗:ありがとうございます。これで契約成立です。あとは我々に任せて翔子さんは安心して人生を満喫なさってくださいませ。 翔子:時宗さんありがとうございます! : :-------------------(回想終了) : 翔子:うそ…。(じゃあ、時宗さんは時間運用に失敗したってこと?) 直人:何で勝手に俺の人生の残り時間を奪うような真似を…しかも20年も! 翔子:わ、私…まさかこんなことになるなんて思ってなくて…本当にごめんなさい! 直人:謝って済む話じゃないだろ!…まあいい。今回の件は時宗さんに言って、翔子が俺の了解なしに勝手にやったってことで無効にしてもらう。 翔子:それだけはやめて!お願いだから! 直人:知らねーよ!じゃあな!〈直人立ち去る〉 翔子:いやぁ!!直人!行かないでー!!! : :-------------------30分後 翔子:うう…直人…どうして…。〈静かに泣く〉 時宗:こんばんは、翔子さん。 翔子:え…?時宗…さん? 時宗:ご連絡が遅くなりまして申し訳ございませんでした。先程から何度も呼びかけておりましたが、お取り込み中のようでしたのでこうして直接伺いました。 翔子:…。 時宗:このたびは翔子さんにお伝えしなければならないことが… 翔子:〈セリフに被せて〉もう良いの…。 時宗:え? 翔子:運用…失敗なさったんですよね? 時宗:…ご存知でしたか。誠に申し訳ございません。弊社としてもできる限りの努力を致しましたが、お預かりした時間をゼロにしないようにするのが精一杯でした。そして先程、清水直人様から時間借用契約無効に関する申し立てがありまして、今回は事前にご本人様の了解が得られていなかったとしてやむなくこれを受理しました。従って、翔子さんの人生の残り時間はもうほとんどありません。 翔子:私…もうすぐ死ぬのね。 時宗:はい…残念ですが。 翔子:ふふ…自業自得ね。これもきっと自分のことしか考えてこなかった私自身に対する罰なんだわ。はぁ…もう思い残すことは何も無い。さぁ時宗さん、私をあの世へ連れてってください。 時宗:申し訳ありませんが、それは出来ません。 翔子:え?どうして?そのために来たんじゃないんですか? 時宗:いいえ。私がここに来た理由は二つあります。一つは運用結果を翔子さんにお伝えするため。そしてもう一つはあなたをスカウトするためです。 翔子:スカウト…? 時宗:はい。自らの欲望に従い、*貪欲《どんよく》なまでに理想の時間を追い求めるその姿。これ程までの*逸材《いつざい》をみすみすあの世に送るなんてもったいない!翔子さん、あなたこそ弊社の社員として相応しい人材です!いかがです?あなたさえよろしければ、我々と一緒に働きませんか? 翔子:え…でも私なんか…。 時宗:翔子さん、それは違います。「私なんか」ではなく、我々は「そんなあなただからこそ」来て欲しいのです。さぁ…。〈手を差し伸べる〉 翔子:うう…とても嬉しいです。時宗さん、ぜひよろしくお願いします。〈時宗の手を取る〉 時宗:おお!ありがとうございます!それでは翔子さん、「契約の小部屋」へ参りましょう。 翔子:はい。〈転送される〉 : :-------------------「契約の小部屋」にて 時宗:さあ、こちらの入社承諾書に署名と血印をお願いします。 翔子:はい…。〈署名と血印を押す〉 翔子:これでよろしいでしょうか? 時宗:はい、確かに。これであなたも我々と同じベストライフサポート社の社員になりました。これは私からの入社祝いです。どうぞ召し上がってください。〈丸い果実を渡す〉 翔子:わぁ…まるで宝石のように綺麗な果実!時宗さん、これは何と言う果物ですか? 時宗:食べてみれば分かりますよ。 翔子:分かりました。それではいただきます…はむ〈果実をかじる〉 翔子:まぁ!なんて美味しいの!食べれば食べる程もっと欲しくなってくるわ! 翔子:はむ!モグモグ…もっと!もっとちょうだい! 時宗:ふふふ…それは「悠久の実」と言いましてね、人間からいただいた時間を魔力で固めた結晶体です。一度その味を知った者はこの実の虜となり、いずれは体内に取り込んだ魔力によって存在そのものが作り変えられてしまう。さぁ…時を忘れて好きなだけ召し上がってください。そして、高らかな産声と共に我々の真の同士として生まれ変わるのです! 翔子:モグモグ…はぁ、とっても幸せぇ♡はむ!モグモグ…ダメ、もう止まらないの…ああ…ふああああああ!! : :-------------------数日後 翔子:初めまして。*私《わたくし》、ベストライフサポート社の守時 千代《もりとき ちよ》と申します。本日はあなたにとって最適なサービスを提案させていただきたくお電話いたしました。弊社のサービスをご利用いただければ、あなたの人生がより輝かしいものになることは間違いありません。それでは、まずは一つ目のサービスからご紹介いたしますので、ぜひ最後までお付き合いくださいね…直人さん。うふふ…。 : :~完~

タイトル:*斯《か》くも素晴らしき人生を : 登場人物: 翔子:*向井 翔子《むかい しょうこ》。とある大手企業に勤めるキャリアウーマン。大人しい性格だが、自分の仕事には誇りを持っている。 直人:*清水 直人《しみず なおと》。翔子と同じ会社に勤めるイケメン。翔子の先輩であり憧れの人。真面目で優しい。 時宗:*時宗 満男《ときむね みちお》。ベストライフサポート社の社員。仕事熱心でお客様の要望に*真摯《しんし》に応える。 : :(M)はモノローグ(独白)です。()は心の声です。〈〉はト書きです。 : 本編: :-------------------とあるオフィスの一角 翔子:直人さん、私…あなたのことがずっと前から好きでした。あの…私と付き合ってください! 直人:…ありがとう。翔子ちゃんの気持ち、とても嬉しいよ。だから俺からも言わせて欲しい。俺と付き合ってくれないか? 翔子:…はい!喜んで! 直人:これで俺たち恋人同士だね。翔子ちゃん、改めてよろしくね! 翔子:こちらこそ!よろしくお願いします! 直人:じゃあ早速なんだけど、今週の金曜の夜空いてる? 翔子:はい。その日は急ぎの仕事もないので空いてます。 直人:良かった。じゃあデートしようよ。夜8時に駅前集合でいい? 翔子:はい!大丈夫です!嬉しい…楽しみにしてますね! : :-------------------デート当日夜7時 翔子:ああ!もう7時じゃない!あのバカ課長め、なんでこんな大事な日に仕事押し付けてくるのよ! : 翔子:(M)私の名前は*向井 翔子《むかい しょうこ》。とある大手企業に勤める今をときめく35歳OLだ。今まで仕事一筋で頑張ってきたのだが、先日憧れの先輩に告白し、念願叶って付き合うことになったのだ。それなのに、翌日プレゼン会議が入ったとかで、急遽会議資料を作らされる羽目に…。 : 翔子:待ち合わせまであと1時間…ヤバい、どう考えても間に合わない。今から直人さんにキャンセルの電話入れようかしら…。あーダメダメ!初めてのデートなんだからこんな*間際《まぎわ》でドタキャンなんてできるわけないじゃない!…そうは言ってもこの仕事量、夜通し残業したって終わらないわ。もう!どうしたらいいのよ! 翔子:〈スマホに着信〉…ん?着信?こんな時に誰からよ!はい!もしもし!〈荒っぽく出る〉 時宗:お忙しいところすみません。*私《わたくし》、ベストライフサポート社の*時宗 満男《ときむね みちお》と申します。本日はあなたに最適なサービスを… 翔子:〈セリフに被せて〉あ、保険の営業ですか?結構です!私、間に合ってますから! 時宗:失礼ですが、いろいろと間に合ってませんよね? 翔子:え…? 時宗:時間、足りないですよね? 翔子:あなた、どうしてそれを…? 時宗:実は、弊社のタイムクライシスレーダーがあなたのお悩みを感知いたしましたので、こうしてお電話を掛けさせていただいた次第でございます。 翔子:タイムクライシスレーダー…? 時宗:ええ。時間に困っている方を探し出すための特殊なレーダーです。弊社は世界中の人々がより良い人生を送れるよう、時間に関するお悩みに対し最適なサービスをご提供するタイムコンサルティング会社なのです。 翔子:そんな会社、聞いたことないわ。 時宗:そうでしょうとも。なにせ我々の会社は人間界には存在しない会社ですから。 翔子:人間界に存在しない?それ…どういうことなの? 時宗:聞きたいですか? 翔子:え、ええ…。 時宗:良いですよ。それではご説明します。我々の会社は魔界に拠点を置き、時間という観点から悩める人間の皆様を一人でもお救いしたい…そのような理念の元、事業を展開しております。 翔子:魔界の会社…ねぇ。それで?どんなサービスがあるの? 時宗:ふふふ…興味が湧いてきたようですね。具体的なサービスをご紹介する前に、翔子さん、待ち合わせのお時間まであと何分ですか? 翔子:あ!そうだった!えっと…駅前まで行く時間を考えると、あと15分くらいで会社を出ないと間に合わないわ! 時宗:分かりました。ちなみに今翔子さんが抱えていらっしゃるお仕事をやり遂げるにはどのくらいの時間が必要ですか? 翔子:そうねぇ…最低でも丸一日は必要だわ。でもこんなの無理よ…明日の会議まで13時間くらいしかないもの。絶望的だわ…。 時宗:まあそう悲観的にならないでください。「百聞は一見にしかず」と申します。まずは弊社の商品の一つ「タイムアドバンスローンサービス」に契約されてはいかがでしょう? 翔子:タイムアドバンスローンサービス?うーん…よく分からないけど、この状況を何とか出来るなら契約するわ! 時宗:かしこまりました。それではあなたを契約専用のお部屋に転送いたします。 翔子:えっ!?〈転送される〉 : :-------------------「契約の小部屋」にて 翔子:こ、ここは? 時宗:ここは「契約の小部屋」と申しまして、弊社のサービスを契約していただく際に転送される別次元の空間となっております。 翔子:べ、別次元の空間ですって!?さっき私、大事な約束があるって言ったわよね!戻して!今すぐ元の世界に戻してよ! 時宗:まあまあ、落ち着いてください。順を追って説明しますから。 翔子:で、でも! 時宗:よろしいですか?まず初めに申し上げておきますが、この空間は現実世界の時間軸とは切り離されていますから、どれだけ長くいても現実世界では一秒も経過しておりません。 翔子:そ、そうなの?なら良いけど…。それにしても信じられないわ。こんな空間が存在するなんて。 時宗:ふふ…まあ、驚かれるのも無理はありません。では、まずはサービス内容の説明からいたしましょう。今回翔子さんにご契約いただく「タイムアドバンスローンサービス」は、あなたの人生の残り時間から希望する時間分だけを「前借り」という形で切り取り、今の翔子さんが自由に使える時間としてご提供するサービスです。 翔子:…ということはつまり、希望すればいくらでも自由な時間が手に入るってこと? 時宗:その通りです。ただし、あくまで人生の残り時間内でということにはなりますがね。 翔子:でもそれってとっても素敵じゃない!ぜひ契約させていただくわ! 時宗:ありがとうございます。ではこちらが契約書になりますので、ここに*血印《けついん》をお願いします。 翔子:血印?どうやってやるの? 時宗:翔子さんの血を親指に付けて契約書に押してください。 翔子:私の血? 時宗:そうです。こちらのナイフで指先を軽く切っていただければ簡単に血は出ますよ。さぁどうぞ。〈ナイフを差し出す〉 翔子:えっと…私、痛いの嫌いなんだけど。まあそんな事言ってる場合じゃないわね。 翔子:〈ナイフで指を切る〉痛っ…!よし、血が出てきたわ。これを付けてここに押すっと。これでいいかしら? 時宗:はい、結構でございます。無事契約が成立いたしましたので、翔子さんの人生の残り時間から24時間分を切り取ってお渡しいたします。それではこれから切り取られた時間が動き出しますので準備はよろしいですか? 翔子:は、はい! 時宗:アナザータイムスタート!〈翔子を別の次元に転送する〉 : :-------------------「時の小部屋」にて 翔子:ここは…? 時宗:「時の小部屋」へようこそ。ここは先程翔子さんが前借りした時間を使用するための空間です。そして先程の「契約の小部屋」と同様に、ここも現実世界とは別の時間軸になります。 翔子:へぇ…ここもそうなのね。 時宗:はい。これからの24時間、あなたは待ち合わせまでの時間を気にする必要はありません。 翔子:じゃあ…ここで仕事をしていても大丈夫なのね? 時宗:ええ。誰にも邪魔されることなく、あなただけの時間を有意義にお過ごしくださいませ。 翔子:あぁ…信じられない!こんな素敵なサービスがあるなんて!…でも私、勢いで契約しちゃったけど、もしかして料金とか結構高くついちゃうんじゃないの? 時宗:ご安心ください。それでしたら既にお支払いいただいております。 翔子:え?私お金なんて支払った覚えがないんだけど…。 時宗:ご心配なく。我々のサービスに現金は必要ありませんよ。 翔子:じゃあ私、何を支払ったって言うの? 時宗:我々のサービスに必要なのは時間…つまり翔子さん、あなた自身の人生の残り時間の一部をお支払いいただきました。 翔子:え?私の人生の残り時間を? 時宗:そうです。具体的には今回お渡しした24時間の50%に相当する12時間を別途手数料としていただきました。 翔子:50%も…結構高いのね。 時宗:そうでしょうか?手数料50%とは言っても、それであなたの人生の残り時間を無駄なく有意義に使えるようになると考えれば決して高くはないと思うのですが。 翔子:そ、それもそうね。 時宗:説明は以上になります。何かご不明な点などはございますか? 翔子:24時間が経過したらどうなるの? 時宗:お渡しした時間が経過しますと、自動的に元の世界に転送されますからご心配なく。他に何かございますか? 翔子:いえ、大丈夫よ。 時宗:それは良かった。それではどうぞごゆっくり。〈通話が切れる〉 翔子:ありがとう。 翔子:うふふ…これで資料も作れるし、デートにも間に合うわ!さて、頑張るか! : :-------------------24時間終了前 翔子:ふぅ…やっと終わったぁ!!何とか時間内に終わらせたわ!もうそろそろ24時間が経過する頃ね。あと5秒、4・3・2・1…〈現実世界に転送される〉 : :-------------------現実世界にて 翔子:…はっ!ここは…私のデスク?時間は…夜の7時15分。ほんとだ!1秒も進んでない! 翔子:〈スマホに着信〉あ…時宗さんから電話だ。はい、もしもし。 時宗:翔子さんおかえりなさい。無事に戻って来られたようですね。 翔子:ありがとうございました!おかげで仕事も無事に終わりました。これで待ち合わせにも遅れずに済みます。時宗さんには何とお礼を言って良いか…。 時宗:喜んでいただけて私も嬉しいです。それでは私はこれで。また何かありましたらご用命ください。 翔子:はい!本当に助かりました!今後ともよろしくお願いいたします! 時宗:では失礼いたします。〈通話が切れる〉 : :-------------------直人との待ち合わせ場所にて 直人:翔子ちゃんお待たせ。早いね! 翔子:直人さん、お疲れ様です!私もさっき来た所です。 直人:そうなんだ。でも翔子ちゃん、明日の朝プレゼン会議入ってたよね?資料作りとか大丈夫? 翔子:大丈夫です!私、めちゃめちゃ頑張って作りましたから。 直人:え?あの短時間で作ったの?凄いじゃん! 翔子:いえ、そんな…。私はただ、直人さんとの初めてのデートを仕事を理由にキャンセルなんて絶対にしたくなかっただけです。 直人:俺とのデートのためにそこまで頑張ってくれるなんて、ほんと嬉しいよ。ありがとね。 翔子:えへへ…直人さんに褒められちゃいました。 直人:じゃあ、行こっか?車乗って。 翔子:はい! : 翔子:(M)その日、私は心待ちにしていた直人さんとの初デートを心ゆくまで楽しんだ。 : :-------------------翔子の自宅前にて 直人:翔子ちゃん、今日は本当に楽しかったよ。 翔子:こちらこそ、直人さんと楽しい時間を過ごすことができてとても幸せでした。しかも自宅まで送ってくださって本当にありがとうございました。 直人:お安い御用だよ。あのさ、俺もっと翔子ちゃんと仲良くなりたいんだ。だから俺のことは直人って呼んでくれると嬉しいな。 翔子:え?良いんですか!?じゃ、じゃあ…直人、よろしくお願いします。 直人:あはは。そこまで行ったらもうタメ口で良いよ。俺たちもう恋人同士なんだし。 翔子:そ、そう…だよね。あはは…確かに不自然だね。あのね、私の事も翔子って呼んで欲しいな。 直人:分かった。好きだよ、翔子。 翔子:ふぇ!?す、す、好きだなんて… 直人:ん?何かいけなかった? 翔子:ううん…そんなことないけど。だって直人ったら急に言うんだもん、びっくりしちゃった。 直人:ははは…ごめんごめん。でも俺の気持ちは本当だよ。 翔子:うん…私もよ。直人、大好き! 直人:ありがとう。じゃあまたね。 翔子:うん。おやすみ直人。 直人:おやすみ、翔子。 : 翔子:はぁ♡本当に楽しかった。これも全部時宗さんが提案してくれたサービスのおかげだわ。自分の時間を前借りするサービスか…うふふ…これは使えるわね。 : 翔子:(M)次の日、私が準備した資料のおかげでプレゼン会議は大成功に終わった。上司からも感謝され、私は改めて仕事の手応えと時間を自由に使える素晴らしさを噛みしめていた。それからというもの、私はことあるごとに時間を前借りし、本来ならとてもこなせない量の仕事でさえも楽々とこなしていった。そして1ヶ月が過ぎた頃…。 : 直人:翔子、おつかれ。 翔子:直人やっほー!今日も直人に会えるのを楽しみにしてたよ! 直人:俺もだよ。それよりさ、翔子、お前大丈夫か? 翔子:え?何が? 直人:最近社内で噂になってるぞ。どんなに仕事を振っても必ずこなしてくれる便利な奴がいるって。 翔子:なに…それ? 直人:翔子が仕事に誇りを持ってやっているのは知ってるよ。でも、翔子が思ってるほど周りの連中はお前の事を評価していない。それどころか、面倒臭いことを処理してくれる「ゴミ処理機」程度にしか思っちゃいないんだ。だからあんま無理すんな。俺は翔子が他の奴らの良いように使われてボロボロになっていくのを見たくないんだ。 翔子:そんな…うう…私、あんなに身を粉にして頑張ってきたのに…あんまりだよ…。〈泣き出す〉 直人:そうだな…全くひどい話だ。だから出来ない事や、やる必要の無い仕事は断って良いんだぞ。 翔子:うん…分かった。教えてくれてありがとう…。 直人:じゃあ気を取り直してディナーでも行こうか。翔子は何食べたい? 翔子:直人ごめん…私、今日は帰る。 直人:え? 翔子:さっきの話を聞いてすごくショックで…とてもデートを楽しめる気分じゃないの。 直人:そっか。ごめん…俺、翔子の事が心配だったから伝えずにはいられなくて。でも確かにデート前に話す内容じゃなかったな。ほんとごめん。 翔子:ううん。謝らないで。直人は何も悪くないから。むしろ教えてくれて嬉しかった。あのまま何も知らずにいたら本当に体を壊すところだったわ。ありがとう直人、大好きよ。 直人:俺も大好きだよ。 翔子:じゃあね…おやすみなさい。 直人:ああ…おやすみ。 : :-------------------翔子の自宅にて 翔子:なによ…何なのよ!私が自分の時間を前借りしてまで必死に頑張ってきた事って…結局何の意味もなかったんじゃない!なんか…バカみたい…うう…うあああん〈号泣する〉 : :-------------------翌日 翔子:はぁ…もう朝か。昨日はあのまま泣き疲れて寝ちゃったんだっけ。うー、体が重い…会社行きたくないなぁ。あんな話聞いちゃったら、もう誰も信用なんて出来ないじゃない…。よし、決めた!今日は休む! 翔子:〈上司に電話する〉「あ…もしもし、佐々木課長ですか?向井です。今日なんですが、朝から熱っぽくて頭がふらふらするので会社を休ませてください。え?…昨日言われた資料ですか?すみません…まだ出来てないです。は?…でも、本来あれは課長が作るべき資料で…いえ…上司に逆らうだなんて、そんなつもりじゃ…はい、明日までには作ります。それでは失礼します…」〈電話を切る〉 翔子:…直人が言った通りだ。私…本当に便利屋にしか思われてない。うう…私、どうしたら良いの?〈涙ぐむ〉 翔子:〈インターホンが鳴る〉…ぐすん…誰だろう…はい、どちら様ですか? 時宗:おはようございます。ベストライフサポート社の時宗です。 翔子:と、時宗さん!?あ、ちょっと待っててくださいね!〈慌てて涙を拭く〉 翔子:お待たせしました…〈玄関のドアを開ける〉 時宗:お忙しいところご自宅まで押しかけてしまい申し訳ございませんでした。 翔子:い、いえ…。立ち話もなんですから上がってください。 時宗:それでは失礼して…〈翔子の部屋に上がる〉 翔子:お座りになっててください。今、お茶*淹《い》れますので。 時宗:お構いなく。 :-------------------数分後 翔子:どうぞ。〈お茶を出す〉 時宗:ありがとうございます。いただきます。〈お茶を飲む〉 時宗:そういえば、こうして直接お会いするのは初めてでしたね。 翔子:あ、はい…そうですね。それで…今日は何故ここに? 時宗:はい、実は翔子さんに弊社の二つ目のサービスについてご案内にあがりました。ところで翔子さん、お体の方は大丈夫ですか?少しやつれているようにお見受けしたので、ひょっとして無理なさっているのではないかと心配になりまして。 翔子:あ、ありがとうございます。実は…昨日ちょっとショックな事がありまして…。 時宗:ほう…ショックな事と申しますと? 翔子:私、この1ヶ月の間、自分の時間を前借りしてまで頑張って仕事をこなしてきました。それなのに評価されるどころか逆に便利屋みたいに扱われて…さっきも体調不良で休みたいって上司に連絡を入れたんですが、*開口一番《かいこういちばん》私の体の心配よりも資料が出来ていないことを怒られて…。それだって本当は上司がやらなきゃいけない仕事だったのに無理やり押し付けられたんです。…もう私、悔しくて…うう…〈泣き出す〉 時宗:そうでしたか…そんな事があったんですね。それはさぞお辛かったでしょう。 翔子:ぐすん…はい。 時宗:今の翔子さんには心の休養が必要ですね。本日ご紹介するサービスはそんな翔子さんの心のストレスを解消するのにきっとお役に立つと思いますよ。 翔子:私の心のストレスを解消するのに役に立つサービス…ですか? 時宗:はい。その名も「メモリアルタイムバックサービス」と申しまして、過去の思い出の時間を追体験できるサービスです。 翔子:えっと…つまり、過去にタイムスリップ出来るってことですか? 時宗:ええ。そういうことです。ただし、あくまで追体験ですから事実そのものを変えることは出来ませんが。 翔子:面白そう…ぜひやってみたいです!! 時宗:かしこまりました。それではこのサービスについて説明しますね。契約にあたりまして翔子さんには三つの事を行なっていただく必要があります。一つ目は追体験したい思い出の大まかな内容についてお答えください。二つ目は追体験したい時間を設定していただく必要があります。そして最後に契約書に血印を押していただければ契約成立となります。 翔子:質問しても良いですか? 時宗:どうぞ。何でも聞いてください。 翔子:このサービスにはどのくらいの時間を対価としてお支払いすれば良いのですか? 時宗:「メモリアルタイムバックサービス」の対価は設定時間の100%、つまり1時間設定するのであれば、手数料として1時間いただくことになります。ただし、今回のサービスはあくまで追体験ですから、前借りの時とは違い、差し引かれる時間は手数料分のみということになります。 翔子:分かりました。あと、一応確認ですが追体験している間、現実世界の時間軸はどうなるんですか? 時宗:追体験中は「追憶の小部屋」という別次元の空間に転送されますから現実世界の時間軸は影響を受けません。あと、契約は前回同様「契約の小部屋」で行ないますので、好きな時にご連絡いただければいつでも契約出来ますよ。 翔子:それはありがたいです!じゃあ早速契約したいです! 時宗:かしこまりました。今日はこうしてご自宅までお伺いしておりますので、こちらで契約いたしましょう。それでは翔子さん、こちらの契約書にご記入をお願いいたします。 翔子:分かりました。えーっと、追体験したい思い出は…やっぱり直人に告白したあの日が良いわ!時間は…そうね、1時間くらいね。そして…最後にここに血印を押す…っと。これで良いかしら? 時宗:はい。大丈夫ですよ。これで契約は成立しました。それでは素敵な思い出の旅へ行ってらっしゃいませ~。〈翔子を転送する〉 : :-------------------「追憶の小部屋」にて 翔子:(あれ?ここは…うちの会社のオフィス。日付は私たちが付き合うことになったあの日…ということは本当に私、過去に戻ってきたんだ!いよいよこれから直人に告白するのね!うふふ…とっても楽しみだわ!そうそう、この場所で仕事帰りの直人を呼び出して待ってたのよね。あ!そうこうしてるうちに来た来た!) : 直人:向井さん、お疲れ様。俺に話って何? 翔子:直人さん、私…あなたのことがずっと前から好きでした。あの…私と付き合ってください!(きゃー!ついに言っちゃったよー!) 直人:…ありがとう。翔子ちゃんの気持ち、とても嬉しかった。だから俺からも言わせて欲しい。俺と付き合ってくれないか? 翔子:…はい!喜んで!(ヤバい!幸せすぎて昇天しそう!) 直人:これで俺たち恋人同士だね。翔子ちゃん、改めてよろしくね! 翔子:こちらこそ!よろしくお願いします!(はぁ♡まさかもう一度この感動を味わえるなんて!) 直人:じゃあ早速なんだけど、今週の金曜の夜空いてる? 翔子:(直人からの初デートの申し込みキター!) 翔子:はい。その日は急ぎの仕事もないので空いてます。 直人:良かった。じゃあデートしようよ。夜8時に駅前集合でいい? 翔子:はい!大丈夫です!嬉しい…楽しみにしてますね! 翔子:(あーもう最高だわ!) 直人:あの…せっかくだし、もしこの後時間あったらさ、少しお茶でもしない? 翔子:え?良いんですか!ぜひ行きましょう! 翔子:(そうなのよ~!ここであっさり別れるかと思いきや、このタイミングでさり気なくお茶に誘う所とか、やっぱり直人って男として素敵なのよね。) 直人:うん。じゃあ行こっか。 翔子:はい!(私、どこまでも直人についていくわ!) : :------------------1時間後 翔子:〈現実世界に転送される〉直人!だーい好き♡…あれ?ここは私の部屋だ。もしかしてもう終わっちゃったの?って、時宗さんは?…いないわ。帰っちゃったのかな。ん?机の上に手紙が置いてある。 時宗:〈手紙の内容〉『翔子さんへ、弊社のサービスを喜んでいただけたようで私も嬉しいです。せっかくの貴重なひと時を邪魔してはいけませんので、私はこれで失礼いたします。心ゆくまでお楽しみくださいませ。 時宗:追伸。毎回お電話していただくのも何かとご不便でしょうから、失礼ながら先程翔子さんには心の中で直接私と会話出来るような魔法を掛けさせていただきました。これからは時間や場所を気にすることなくいつでもご契約いただくことが出来ます。それでは今後ともよろしくお願いいたします。*時宗 満男《ときむね みちお》より。』 翔子:はぁ♡…なんか素敵な思い出に浸ってたら悩みなんてどうでも良くなったわ。また今回も時宗さんに助けられちゃったなぁ。それにしても、これからはいつでも好きな時に契約出来るのね!うふふ…とっても嬉しいわ。さてと…不本意だけど、この資料だけは作るか。 : :-------------------翌日 直人:翔子、昨日会社休んだんだってな。もう大丈夫なのか? 翔子:うん。大丈夫。心配してくれてありがとう!全部直人のおかげだよ! 直人:え?俺何かしたっけ? 翔子:えへへ、気にしなくて良いの。それよりさ、私、直人ともっと色んなとこ行っていっぱい思い出作りたいんだ! 直人:お、おう。それは良いけど、あんま無理すんなよ。 翔子:無理なんかしてないよー。私、直人の事大好きだから! 直人:よく分かんないけど翔子が元気になったんなら良かった。じゃあ今週末どっか行くか? 翔子:うん!行く行く!私ね、直人とゆったり話せる場所に行きたいな! 直人:ゆったり話せる場所か…。あ!それなら夜景の見えるレストランとかどう? 翔子:素敵!行きたい! 直人:じゃあ決まりだな!土曜の夜6時に翔子の家まで迎えに行くよ。 翔子:分かったわ!直人、ありがとう! : 翔子:(M)気付けば、直人と過ごした楽しい思い出だけが辛い日々を忘れさせてくれる唯一の存在となっていた。私は現実世界の時間軸に影響が出ないことを良いことに、通勤中の電車内や昼休みはもちろんのこと、つまらない会議や上司に小言を言われている間などに頻繁に過去の思い出に*浸《ひた》るようになっていった。もっとたくさんの思い出が欲しい、ずっと過去の世界に浸っていたい…私は飢えた獣のように直人との思い出を追い求めた。だが、1年後、転機は突然訪れる。 : :-------------------1年後 翔子:ねぇ直人、今日はどこ行く? 直人:…。 翔子:直人?聞いてる? 直人:…なあ翔子、今日はお前に話したいことがあるんだ。 翔子:え…何? 直人:俺と別れてくれないか? 翔子:ちょ…急に何を言い出すの?冗談だよね? 直人:冗談なんかじゃない。俺は本気だ。 翔子:私…何か直人の気に*障《さわ》るようなことした? 直人:…。 翔子:はっ!もしかして他に好きな人ができた…とか? 直人:そんなんじゃない。 翔子:じゃあ何でよ!はっきり言ってよ! 直人:その様子じゃお前…自分が何をしたか本当に覚えていないんだな。 翔子:え? 直人:昨日、ベストライフサポート社の時宗って人から電話があったんだ。 翔子:えっ…時宗さんがどうして直人の所に電話を? 直人:お前、自分の私利私欲のために俺の人生の残り時間を勝手に使って投資まがいのことをしていたそうじゃないか! 翔子:まさか…! 翔子:(M)私は直人の言葉で過去の記憶が鮮明に蘇った。そう…あれはちょうど半年前…。 : :-------------------(回想) 時宗:〈心の声〉翔子さん、少しお話したいことがありますので「契約の小部屋」に来ていただけますか?ご了承いただければこちらから転送いたしますので。 翔子:〈心の声〉え?あ…はい。(話って何だろ?) : :-------------------「契約の小部屋」にて 時宗:突然お呼び立てして申し訳ありません。 翔子:いえ、大丈夫です。それでお話とは何でしょうか? 時宗:実は、翔子さんの人生の残り時間についてお伝えしておきたいと思いまして。 翔子:私の…人生の残り時間?そう言えば使うことばっかりで全然気にしてませんでした。 時宗:そうでしたか。それほどまでに弊社のサービスを気に入っていただけて、私としても大変嬉しゅうございます。そこで翔子さんには日頃の感謝を込めまして、弊社の情報網を駆使して調べた結果についてお知らせいたします。 翔子:ありがとうございます。それで、私の残り時間はいくらなの? 時宗:今のところ、翔子さんの残り時間は21万9千時間…年に換算するとあと25年といったところでしょうか。ですが、人生の残り時間はこれから先あなたがどのような選択をするかによっても大きく増減しますから、あくまで現時点での目安とお考えください。 翔子:そんな…あと25年しかないの?私、知らないうちにそんなに使っていたなんて…。 時宗:ええ。そこで今回ご紹介したいのが弊社の三つ目のサービスというわけでございます。 翔子:お願いです!何でも良いから紹介してください!私もっともっと直人と一緒にいたいんです! 時宗:かしこまりました。三つ目のサービスは「タイムマネジメントサービス」と言いまして、まあ簡単に言うと資産運用ならぬ時間運用のための投資信託サービスといった所でしょうか。 翔子:時間の投資信託サービス? 時宗:はい。つまり、あなたの人生の残り時間を弊社にお預けいただき、それを我々が上手に運用することであなたの人生の残り時間を増やしてお返しするサービスです。なお、対価は運用によって増加した時間の30パーセントとなっております。運用期間は半年間。半年後には運用結果と共に、お預かりした時間に手数料を差し引いた増加分を上乗せして翔子さんにお返しいたします。ただし、運用次第ではお預けいただいた時間分がゼロになってしまう可能性がありますが、それでもやりますか? 翔子:やるわ!時宗さんに私の残りの時間全てをお預けします!だからどうかよろしくお願いします! 時宗:かしこまりました。それからもう一つ大事なことがあります。もし我々が運用に失敗してお預けいただいた時間がゼロになった場合、あなたは即座にあの世行きとなってしまいます。これを防ぐために、あらかじめ当人同士の了解の元、他の誰かの時間を担保として借り入れることで万が一の場合でもあの世行きを免れることができるうえ、その時間を元手として投資に注ぎ込むことが出来ます。 翔子:それは安心ね!…でも私、勝手に人の人生の時間を借りちゃって良いのかしら? 時宗:ご安心ください。弊社は時間運用にかけては長年の実績もありますので、翔子さんにご迷惑をお掛けするようなことは致しません。誠心誠意、運用させていただきます。 翔子:分かりました。よろしくお願いします。 時宗:では、どなたからどれだけ借り入れますか? 翔子:それじゃあ…直人、清水直人さんから20年分借り入れます。 時宗:ご本人からの了解は得られていますか? 翔子:あ…はい、大丈夫です。(本当は了解取ってないけど、直人ならきっと許してくれるわよね。だって私達、恋人同士だもん。) 時宗:承知しました。それではこの契約書に血印をお願いします。 翔子:分かりました。…よし。〈血印を押す〉 時宗:ありがとうございます。これで契約成立です。あとは我々に任せて翔子さんは安心して人生を満喫なさってくださいませ。 翔子:時宗さんありがとうございます! : :-------------------(回想終了) : 翔子:うそ…。(じゃあ、時宗さんは時間運用に失敗したってこと?) 直人:何で勝手に俺の人生の残り時間を奪うような真似を…しかも20年も! 翔子:わ、私…まさかこんなことになるなんて思ってなくて…本当にごめんなさい! 直人:謝って済む話じゃないだろ!…まあいい。今回の件は時宗さんに言って、翔子が俺の了解なしに勝手にやったってことで無効にしてもらう。 翔子:それだけはやめて!お願いだから! 直人:知らねーよ!じゃあな!〈直人立ち去る〉 翔子:いやぁ!!直人!行かないでー!!! : :-------------------30分後 翔子:うう…直人…どうして…。〈静かに泣く〉 時宗:こんばんは、翔子さん。 翔子:え…?時宗…さん? 時宗:ご連絡が遅くなりまして申し訳ございませんでした。先程から何度も呼びかけておりましたが、お取り込み中のようでしたのでこうして直接伺いました。 翔子:…。 時宗:このたびは翔子さんにお伝えしなければならないことが… 翔子:〈セリフに被せて〉もう良いの…。 時宗:え? 翔子:運用…失敗なさったんですよね? 時宗:…ご存知でしたか。誠に申し訳ございません。弊社としてもできる限りの努力を致しましたが、お預かりした時間をゼロにしないようにするのが精一杯でした。そして先程、清水直人様から時間借用契約無効に関する申し立てがありまして、今回は事前にご本人様の了解が得られていなかったとしてやむなくこれを受理しました。従って、翔子さんの人生の残り時間はもうほとんどありません。 翔子:私…もうすぐ死ぬのね。 時宗:はい…残念ですが。 翔子:ふふ…自業自得ね。これもきっと自分のことしか考えてこなかった私自身に対する罰なんだわ。はぁ…もう思い残すことは何も無い。さぁ時宗さん、私をあの世へ連れてってください。 時宗:申し訳ありませんが、それは出来ません。 翔子:え?どうして?そのために来たんじゃないんですか? 時宗:いいえ。私がここに来た理由は二つあります。一つは運用結果を翔子さんにお伝えするため。そしてもう一つはあなたをスカウトするためです。 翔子:スカウト…? 時宗:はい。自らの欲望に従い、*貪欲《どんよく》なまでに理想の時間を追い求めるその姿。これ程までの*逸材《いつざい》をみすみすあの世に送るなんてもったいない!翔子さん、あなたこそ弊社の社員として相応しい人材です!いかがです?あなたさえよろしければ、我々と一緒に働きませんか? 翔子:え…でも私なんか…。 時宗:翔子さん、それは違います。「私なんか」ではなく、我々は「そんなあなただからこそ」来て欲しいのです。さぁ…。〈手を差し伸べる〉 翔子:うう…とても嬉しいです。時宗さん、ぜひよろしくお願いします。〈時宗の手を取る〉 時宗:おお!ありがとうございます!それでは翔子さん、「契約の小部屋」へ参りましょう。 翔子:はい。〈転送される〉 : :-------------------「契約の小部屋」にて 時宗:さあ、こちらの入社承諾書に署名と血印をお願いします。 翔子:はい…。〈署名と血印を押す〉 翔子:これでよろしいでしょうか? 時宗:はい、確かに。これであなたも我々と同じベストライフサポート社の社員になりました。これは私からの入社祝いです。どうぞ召し上がってください。〈丸い果実を渡す〉 翔子:わぁ…まるで宝石のように綺麗な果実!時宗さん、これは何と言う果物ですか? 時宗:食べてみれば分かりますよ。 翔子:分かりました。それではいただきます…はむ〈果実をかじる〉 翔子:まぁ!なんて美味しいの!食べれば食べる程もっと欲しくなってくるわ! 翔子:はむ!モグモグ…もっと!もっとちょうだい! 時宗:ふふふ…それは「悠久の実」と言いましてね、人間からいただいた時間を魔力で固めた結晶体です。一度その味を知った者はこの実の虜となり、いずれは体内に取り込んだ魔力によって存在そのものが作り変えられてしまう。さぁ…時を忘れて好きなだけ召し上がってください。そして、高らかな産声と共に我々の真の同士として生まれ変わるのです! 翔子:モグモグ…はぁ、とっても幸せぇ♡はむ!モグモグ…ダメ、もう止まらないの…ああ…ふああああああ!! : :-------------------数日後 翔子:初めまして。*私《わたくし》、ベストライフサポート社の守時 千代《もりとき ちよ》と申します。本日はあなたにとって最適なサービスを提案させていただきたくお電話いたしました。弊社のサービスをご利用いただければ、あなたの人生がより輝かしいものになることは間違いありません。それでは、まずは一つ目のサービスからご紹介いたしますので、ぜひ最後までお付き合いくださいね…直人さん。うふふ…。 : :~完~