台本概要

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タイトル 終わりの国のアリス~アリス第四章~
作者名 天道司
ジャンル ラブストーリー
演者人数 5人用台本(男1、女1、不問3)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ご自由に演じてください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
アリス 95 闇を抱えた少女。
帽子屋 67 心は、最初から…。
三月うさぎ 不問 43 お調子者のウサギ。 兼ね役…トランプ兵
ハートの女王 不問 10 傲慢な女王。 兼ね役…ナレ
チェシャ猫 不問 37 不思議な猫。 兼ね役…真夜中
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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帽子屋:「なぁ、君に、ひとつ質問しても良いかな?」 チェシャ猫:「ん?なんだい?」 帽子屋:「君は、真夜中なんだろ?」 チェシャ猫:「そうだよ。吾輩だけではないさ。帽子屋も真夜中だろ?」 帽子屋:「僕は、違う。僕は、帽子屋という役割しか与えられていない」 チェシャ猫:「そんなことはないさ」 帽子屋:「どういうことだい?」 チェシャ猫:「物語は、そこに登場するすべてで、ひとつなのだよ」 帽子屋:「すべてで、ひとつ?」 チェシャ猫:「そう、だから、吾輩も帽子屋であり、帽子屋も吾輩だ」 チェシャ猫:「そして、三月うさぎもハートの女王も、時計狂いの塔や音無(おとなし)の城でさえも我々とひとつさ」 帽子屋:「アリスも、その、ひとつに含まれているのかい?」 チェシャ猫:「アリスだけは、例外さ。アリスは、アリスだからね」 帽子屋:「アリスは、アリス?」 チェシャ猫:「さて、不思議の国の秘密のカケラを話してしまったから、そろそろ、終わりのアリスを迎えに行こうかな」 帽子屋:「終わりのアリス?」 チェシャ猫:「そうだよ。終わりのない物語に、幕を閉じる時が来たのだよ…」 0: ナレ:―タイトルコール・終わりの国のアリス― 0: ナレ:ここは、どこかの世界、どこかの学校、どこかの教室。 三月うさぎ:「うーん。今回は、どの子にしようかなぁ」 チェシャ猫:「おまたせ」 三月うさぎ:「うわっ!びっくりした!突然現れるなんて、もう、びっくりしちゃうじゃないか!」 チェシャ猫:「それは、すまない。さて、どの子にするか、すでに目星は付けたのかな?」 三月うさぎ:「あいおぉ…。今回は、大変なんだ。アリスが決まらないんだよ」 チェシャ猫:「つまり、もう、不思議の国にアリスは、必要ないということかも知れないね」 三月うさぎ:「アリスが必要ない?大変だ!大変だ!」 チェシャ猫:「そうだね。ついに、終わってしまう。我々は、本当の意味で消えてしまう」 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!僕、消えたくないよ!にんじんが食べられなくなる!」 チェシャ猫:「仕方がないさ。始まったモノは、終わらせないといけない」 三月うさぎ:「じゃあ、もう、あの子でいい!あの子に決めた!」 チェシャ猫:「ん?その子は…」 ナレ:三月うさぎは、タキシードの胸ポケットから懐中時計をカッコ良く取り出し、赤色のボタンを押したよ。 ナレ:すると、世界中の時間がピタリと止まった。 三月うさぎ:「いくよ!びゅびゅーんっ!」 ナレ:三月うさぎは、空中をふわふわと浮遊し、女の子の前まで行くと、懐中時計の黄色のボタンを押したよ。 ナレ:そして、女の子の時間だけが動き出す…。 アリス:「えっ?なにっ?時間が、止まった?どっ、どういうことなの?」 三月うさぎ:「やぁ!僕は、三月うさぎだよ」 アリス:「三月うさぎ?」 三月うさぎ:「僕は、三月うさぎだよ」 アリス:「三月うさぎってことは分かったけど、どうしてみんなの時間が止まってるの?」 アリス:「どうしてうさぎなのに、人間の言葉が話せてるの?」 三月うさぎ:「どうして、授業中に漫画を描いてるの?」 アリス:「えっ!あっ、それは、そのっ」 チェシャ猫:「隠さなくても良いじゃないか!」 アリス:「ええっ!猫?」 チェシャ猫:「吾輩は、猫である。名前は、チェシャ猫。この物語の道先案内人を務めさせていただいている」 アリス:「ちょっと、状況がよく理解できないんだけど…」 三月うさぎ:「君は、アリスなんだよ!アリスだから、不思議の国に行く必要があるんだよ!」 アリス:「不思議の、国?」 チェシャ猫:「そうさ。不思議の国は、終わりのアリスを求めている」 アリス:「終わりのアリス?」 チェシャ猫:「ふふっ。深く考える必要はないさ。物語は、すでに、終わりに向かい、動き出している」 アリス:「あのっ。まったく分からないんだけど…」 三月うさぎ:「僕もよく分からないけど…」 三月うさぎ:「とにかく、アリスがいま、漫画を描いていたそのノートに、『不思議の国に行きたい』って書いてみてよ」 アリス:「書くと、どうなるの?」 三月うさぎ:「不思議の国に行ける!」 アリス:「不思議の国?どんなところなの?」 三月うさぎ:「えっと…。うーん。どんなところだろう?大変だ!大変だ!不思議の国がどんなところなのか分からない!大変だ!」 チェシャ猫:「三月うさぎ、落ち着くんだ」 三月うさぎ:「だって!だって!僕はずっと不思議の国にいたのに、不思議の国がどんなところなのか分からないんだよ!大変なんだ!」 アリス:「もしかして、危ないところだったりするの?」 チェシャ猫:「さて、どうだろうね」 アリス:「ここに、戻って来れる?」 チェシャ猫:「それは、君次第さ」 アリス:「じゃあ、私、不思議の国には、行かない」 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!アリスが、不思議の国に来てくれない!大変だ!」 チェシャ猫:「だね。我々は、ここで、このまま消えていってしまうね」 アリス:「あっ!ほんとだ!二人の姿がだんだん透けてきている!」 三月うさぎ:「いやだーっ!消えたくないよーっ!アリス、お願いだから、僕たちを助けて!」 アリス:「でも、危ないのも嫌だし、戻って来れない可能性があるってのも怖いし」 チェシャ猫:「模範解答だね」 三月うさぎ:「お願い!お願い!不思議の国に行けば、魔法が使えるようになるし、楽しいお茶会だってある!」 三月うさぎ:「だから、僕たちを助けて!」 アリス:「あっ、ほんとに、消えちゃいそうだね」 三月うさぎ:「だめだ!だめだ!もう、だめだ!早くーっ!」 アリス:「ふぅーっ。仕方ないな…。これ、多分、夢だろうし、いいかな」 ナレ:アリスは、ノートに、『不思議の国に行きたい』と書いてしまったよ。 ナレ:すると、アリスの体は、みるみる小さくなって、ノートの中に吸い込まれていってしまった。 アリス:「きゃーっ!」 0:【間】 三月うさぎ:「やったー!アリスが不思議の国に行ったから、僕の体、元に戻った!やったー!」 0:【間】 チェシャ猫:(M)心は、時計に縛られている。 チェシャ猫:(M)長針と短針が刻む音楽に踊らされ、 チェシャ猫:(M)終わりへと向かう。 : 0:【長い間】 : ナレ:アリスが目を覚ました場所は、ハートの女王のお城の大広間。 ナレ:おやおや?トランプ兵たちが、泣いているよ。 アリス:「ここは、お城なの?トランプの兵隊?えっ、どうして、みんな泣いているの?」 トランプ兵:「ハートの女王が、真夜中に食べられてしまったんだ」 アリス:「真夜中?」 トランプ兵:「そうだよ。この世界は、真夜中が存在するせいで、真夜中の時間に固定されてしまったんだ」 アリス:「どういうこと?朝は、来ないの?」 トランプ兵:「真夜中を倒さない限り、朝は、永遠に来ない」 トランプ兵:「だけど、真夜中を倒しても、しばらくすると、また真夜中が現れて、真夜中の時間に固定される」 アリス:「それって、無限ループじゃない?」 チェシャ猫:「そうだね。無限ループだね」 アリス:「あっ!突然、びっくりするじゃない!」 チェシャ猫:「いやいや、それはそれは、申し訳ない」 アリス:「まぁ、いいけど…。とにかく、ハートの女王?のことは、残念だったね」 0:【間】 アリス:「ん?なになに?どうして、みんな、私に何かを期待するような視線を送ってくるの?」 チェシャ猫:「それは、君がアリスだから、真夜中を倒し、ハートの女王を救ってくれると思われているのだよ」 トランプ兵:「うんうん!」 アリス:「えっ?私には何もできないよ?それに、食べられたってことは、死んでしまったってことじゃないの?」 チェシャ猫:「食べられたは、食べられたであり、死ぬこととは違うね」 アリス:「そうなの?」 帽子屋:「ダメだ!」 ナレ:おやっ?ひとりの男が息を切らしながら、アリスの方に駆け寄ってきたよ。 アリス:「えっ?あなたは誰?」 帽子屋:「(息を切らしながら)僕は、帽子屋だよ」 アリス:「帽子、屋?」 チェシャ猫:「やぁ、帽子屋。君の出番は、もう少し後のはずだが…」 帽子屋:「アリス、僕と一緒に逃げよう」 アリス:「逃げる?」 ナレ:帽子屋は、アリスの手を握った。 アリス:「ちょっ、いきなり何?放してよ!」 帽子屋:「放さない。放したくない!」 チェシャ猫:「帽子屋、その行動、そのセリフは、与えられた役割にはないモノだよ?」 帽子屋:「アリス、僕を信じてほしい」 アリス:「うーん…。よく分からないけど、そんな真剣な目で見られたら、信じるしかないよ」 帽子屋:「よしっ、逃げよう!」 ナレ:帽子屋は、アリスの手を引いて、お城の外に走っていったよ。 チェシャ猫:「まさか…。まさかまさかまさかっ!帽子屋に、シンギュラリティが起き、自我が目覚めた?」 チェシャ猫:「いや、自我を取り戻したといった方が、正しいか…。フフフ…」 0: 0:【間】 0: ナレ:真夜中の闇の中を、アリスと帽子屋は、走り続ける。 アリス:「(息を切らしながら)ねぇ、どこまで走るの?真っ暗よ?何も見えない」 帽子屋:「(息を切らしながら)大丈夫。君は、アリスだから、真っ暗でも見えてる」 アリス:「(息を切らしながら)あっ?そういえば、真っ暗なのに、転ばない。障害物にもぶつからない」 帽子屋:「ふーっ、着いた」 アリス:「ちょっ!急に立ち止まらないでよ!」 帽子屋:「目をこらしてごらん。アリス図書館だ」 アリス:「アリス図書館?」 ナレ:アリスが目をこらすと、目の前に本でできた建物があるのが見えた。 アリス:「雨が降ったら、どうするんだろう?ふやけて壊れちゃわないのかな?」 帽子屋:「そんな心配をする必要はないさ。なぜなら…。いやっ…。さぁ、中に入ろう」 アリス:「えっ?うっ、うん」 0:【間】 チェシャ猫:(M)音楽家は五線譜に、想いを乗せる。 チェシャ猫:(M)伝えたい誰かのために、音楽は生まれる。 チェシャ猫:(M)小説家は文章に、想いを乗せる。 チェシャ猫:(M)伝えたい誰かのために、物語は生まれる。 チェシャ猫:(M)物語は、恋文であり、人の想いの純結晶。 チェシャ猫:(M)調律師のサジ加減で、幸せも、不幸せも、 チェシャ猫:(M)命も、運命さえも容易に、無造作に、理不尽に、 チェシャ猫:(M)もてあそばれ、決定づけられてゆく…。 チェシャ猫:(M)この図書館は、名前を出せない誰かをアリスに、 チェシャ猫:(M)名前を出せない誰かに生きていてほしくて、 チェシャ猫:(M)そうして産まれた『何か』だね。 0:【間】 ナレ:アリス図書館の中は、本棚のすべての本が輝きを放ち。明るかった。 アリス:「どうして、本が光ってるの?」 帽子屋:「誰かに手に取って読んでもらいたいからさ」 アリス:「あと、どうして、私をここに連れてきたの?」 帽子屋:「最初に言ったろ?逃げようって…」 アリス:「何から逃げるの?」 帽子屋:「予め決まった物語、予定調和からさ」 アリス:「どういうこと?意味がわからないんだけど…」 帽子屋:「そのままの意味さ」 アリス:「うーん…。あっ!ちょっと本棚の本、読んでみてもいい?」 帽子屋:「構わないさ。ここにある本はすべて、アリスのモノだからね」 アリス:「私の本なの?」 帽子屋:「そうだよ。ここにある本はすべて、アリスの物語さ」 アリス:「アリスの物語って、こんなにあったの?ずっと、不思議の国のアリスしか無いと思ってたんだけど…」 帽子屋:「あぁ、それは、アリスの始まりの物語だね」 帽子屋:「始まりの物語から、アリスにまつわる物語は、無限に産み出された」 帽子屋:「本になっているモノもあれば、電子書籍になっているモノもあるし、人の空想の中だけで完結されているモノもある」 帽子屋:「それらが、全部、ここでは『本』として、本棚に収められている」 アリス:「へぇ…。そうなんだ」 アリス:「ちなみに、この『心の国のアリス』『時計の国のアリス』『音楽の国のアリス』の三冊は、どうして、宙に浮いて、私のあとをついてくるの?」 帽子屋:「あぁ、それは、調律師が君のために書いた本だよ」 帽子屋:「君に生きていてほしくて、幸せになってほしくて、そんな願いを込めて書いたモノだからさ」 アリス:「どうして?そんなの知らないよ?」 帽子屋:「知らなくていい。知らない方がいい」 アリス:「そっか。じゃあ、どれにしよっかな?うーん…。これかな?」 ナレ:アリスは、本棚から本を取り出し、表紙をめくると、中から三月うさぎが飛び出してきたよ。 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」 アリス:「あなたは、確か…」 三月うさぎ:「あいおっ!三月うさぎだよ!いい加減、覚えてよね!そんなことより、大変なんだ」 帽子屋:「アリス!三月うさぎの言葉を聞いたらいけない!耳をふさいで!」 アリス:「えっ!どうして?」 三月うさぎ:「アリスの物語が終わってしまうんだ!」 アリス:「えっ?アリスの物語が終わる?」 帽子屋:「くっ…。なんてことだ…」 三月うさぎ:「そうなんだ!大変なんだ!そして、僕たちの体が(消えていっているんだ)」 帽子屋:「(さえぎって)アリス!ごめん!チュッ(リップ音)」 ナレ:帽子屋は、アリスを抱き寄せ、その唇に唇を重ねた。 アリス:「ぶはっ!ちょっ!いきなり、何するの?最低!」 三月うさぎ:「最低だ!最低だ!帽子屋がアリスにキスをした!帽子屋がアリスにキスをした!」 帽子屋:「最低でも構わない。何と思われようとも、僕は、アリスを救いたい」 帽子屋:「だから、僕の言葉だけをきいて、僕の言葉だけを信じてほしい」 アリス:「相手の許可もとらずに、キスをするような男のことを、どうして信じられるの?信じられない。最低よ」 三月うさぎ:「そうだそうだ!帽子屋は、最低だ!」 帽子屋:「だまれ」 三月うさぎ:「ひっ、ひーっ!」 ナレ:帽子屋に凄みのある目でにらまれ、三月うさぎはその場から逃げ出してしまったよ。 アリス:「なんなの?あなた、三月うさぎさんは、友達じゃないの?」 帽子屋:「友達?あぁ、確かにそういう役割も与えられていたけど、僕は、もう、僕になりたいんだ」 アリス:「僕になりたい?何?あなたの言っていることは、全部意味不明だし、気持ち悪いんですけど!」 帽子屋:「気持ち悪い…。アリス、君は僕のことが好きじゃないの?」 アリス:「はっ?好きなわけないでしょ!嫌い嫌い。大嫌いよ!」 帽子屋:「そっ、そうか…」 真夜中:「ははっ!はははっ!」 アリス:「えっ?黒色の塊(かたまり)?」 帽子屋:「くっ、ここで真夜中に見つかってしまったか…」 アリス:「真夜中?この黒色の塊が真夜中なの?ハートの女王を食べたっていうあの?」 真夜中:「そうだよ!吾輩は、真夜中!あぁ、帽子屋!」 真夜中:「君は、何という絶望に満ちた表情をしているんだ?」 真夜中:「うん。まさに、まさに、まさに!」 真夜中:「帽子屋であるはずなのに、ただの不思議の国のクリーチャーであるはずなのに、心が、心が芽生えているかのようだ!」 帽子屋:「僕は、ただ、アリスに生きていてほしくて、幸せになってほしくて…」 真夜中:「ははっ?アリスに生きていてほしい?幸せになってほしい?実に実に実にーっ!」 真夜中:「それは、帽子屋のエゴでしかないよ!」 真夜中:「エゴは、理想は、想いは、押し付けるモノではないのだよ!」 真夜中:「分からないのかね?今度の帽子屋には、常識というモノが欠落しているのかね?」 帽子屋:「常識?真夜中、お前が常識を語るのか?」 真夜中:「常識を語る?そもそも、不思議の国に常識や当たり前は、存在しないのではなかったかね?」 真夜中:「いつぞやのアリスの物語では、それを帽子屋が語っていたはずだがね?ハハハハハーッ!」 アリス:「ねぇ、真夜中って、何なの?」 帽子屋:「アリスが、倒すはずのヴィランさ。だけど、今回は、僕が真夜中を倒す!」 真夜中:「フハハハハーッ!帽子屋が吾輩を倒す?フフッ!主人公ではないのに、ラスボスを?」 真夜中:「ハハッ!これは、不思議の国の物語であり、アリスが活躍する物語なのだよ!」 真夜中:「帽子屋のような脇役は、そう、吾輩の一撃で消し炭になるのがオチさ!こんなふうにね!そーれっ!」 ナレ:真夜中から、暗黒の塊が伸び、帽子屋に直撃した。 帽子屋:「ぐっ、ぐふぁっ!」 アリス:「ちょっ!あなた、大丈夫なの?」 帽子屋:「はぁはぁ…。大丈夫。僕は、消えない」 真夜中:「あれーっ?あれれ?消えてない?おっかしいなぁ…」 真夜中:「フフフッ。じゃあ、これなら、どうかな?」 真夜中:「ソレソレソレーッ!ソレソレソレソレソレーッ!」 帽子屋:「(真夜中の『ソレ』に合わせて)ぐっ、ぐふぁっ、くっ、ぐあっーっ!」 真夜中:「あれれーっ?これでも、消えないの?」 アリス:「ちょっと!あんた、なんで、こんなヒドイことをするの?」 真夜中:「なんでって?ひどいことをしているのは。帽子屋さ」 真夜中:「吾輩は、役割を果たしているのに、帽子屋は、役割を果たそうとしない」 真夜中:「退場しない。こんなのは、本来のシナリオには無かったことなのだよ」 真夜中:「それは、そう、とても…。不快だ!不快だ!不快だ!不愉快だーっ!」 帽子屋:「(真夜中に『不快だ』に合わせて)ぐっ、ぐふっ、ぐあっ!」 アリス:「もーう、やめてよ!」 ナレ:アリスは、傷だらけの帽子屋をかばうように、両手を広げ、真夜中の前に立ちふさがった。 真夜中:「アリス…。あぁ、アリス…」 真夜中:「それは、一体何の真似かな?どきたまえよ」 真夜中:「主人公は、脇役が退場したあとに活躍するのが、物語のセオリーなのだよ」 真夜中:「だから、吾輩と戦うのは、帽子屋が消えたあとだよ」 帽子屋:「大丈夫だ…。僕は…。真夜中に負けない」 真夜中:「ハハハハハーッ!まだ立ち上がるのかい?」 真夜中:「実に実に実にーっ!帽子屋、君は、一体何がしたいのかね?」 真夜中:「不思議の国の物語を、めちゃくちゃにしたいのかね?」 帽子屋:「何度も言わせんな。俺は、アリスに生きていてほしいし、幸せになってほしい。それだけだ」 真夜中:「僕ではなく、俺?ハッ?実に実に実にーっ!」 真夜中:「吾輩は、ついについについにーっ!確信に至ったよ。シンギュラリティは起こってしまった」 真夜中:「心なき空っぽのクリーチャーに、完全なる自我が目覚めてしまった!」 真夜中:「なぜだ!なぜだ!なぜだーっ!」 帽子屋:「そんなの、決まってんだろ?俺が、アリスを好きになっちまったからだよ」 アリス:「えっ、何なの?あなた、私のことが好きなの?」 帽子屋:「あぁ、俺は君が好きだ」 帽子屋:「生きることに不器用で、わがままばかり言って、寂しさを隠すようにテンション高く振る舞って…」 帽子屋:「そして、絵を描くことや歌を歌うことが好きで、演技をすることが、とっても上手な君が、好きだ。愛してる」 アリス:「えっ?なんで?私、絵を描くことや歌うことが趣味って、あなたに話した?」 帽子屋:「話してくれたよ。絵を見せてくれたし、歌も聴かせてくれた」 アリス:「そんなの知らない。覚えてない」 真夜中:「そうだ!アリス、帽子屋の言うことに耳をかたむけてはいけない」 真夜中:「帽子屋は、狂っている。予定調和を乱す存在だ」 真夜中:「だから、すぐに削除しなければならない」 真夜中:「そう、削除だ。アリス、そこをどくんだ!さぁ!早く!」 アリス:「どうして…。どうしてなの?涙が止まらないんだけど…」 帽子屋:「アリス、俺は、白紙のページに、君との明日を描きたい」 アリス:「そんなのっ、無理だよ!あなたのことなんて、もう、好きじゃないから…」 帽子屋:「わかった。俺のことは好きじゃなくてもいい」 帽子屋:「どれだけ嫌いになってもいい。だけど、生きることを、幸せになることを、いつも、心の中で願っていてほしい」 真夜中:「フッ。いい加減にしてくれないか?」 帽子屋:「いい加減にするのは、お前の方だ。真夜中!ぐおおおーっ!」 アリス:「ちょっ!何するのよ!」 ナレ:帽子屋の体は、まばゆい光を放ちながら、真夜中の闇を貫き、そのまま飛散して消えていった。 アリス:「帽子屋さーん!」 0:【間】 ナレ:アリスは膝(ひざ)をつき、頭をかかえ、泣き崩れた。 ナレ:そこに、三月うさぎが勢いよく戻ってきた。 三月うさぎ:「ビュビュビューン!大変だ!大変だ!」 三月うさぎ:「ここには、本しかない!にんじんがない!」 アリス:「んんっ…ぐすっ…帽子屋さん…帽子屋さん…」 三月うさぎ:「ん?アリス?どうして泣いているの?」 アリス:「帽子屋さんが、消えてしまった」 三月うさぎ:「帽子屋?誰それ?」 三月うさぎ:「この物語に、帽子屋なんてクリーチャーは、最初から存在しないよ!」 三月うさぎ:「そんなことより、大変なんだ!」 アリス:「帽子屋さんは、確かにいたんだよ」 アリス:「帽子屋さんがいなくなることより大変なことなんて、ないよ」 三月うさぎ:「大変なんだ!大変なんだ!」 三月うさぎ:「優しいハートの女王が、優しくないハートの女王になったんだ!」 アリス:「ハートの女王がどうかなんて、私には関係ない」 アリス:「お願いだから、帽子屋さんに、もう一度会わせて」 三月うさぎ:「わからないかな?帽子屋は、真夜中と一緒に、この物語から退場したんだよ」 三月うさぎ:「クランクアップってヤツさ」 アリス:「いやだ。私は、帽子屋さんがいない世界では、何もしたくない」 三月うさぎ:「何もしたくないって?それだと、物語が進まないし、終わらないよ?」 ハートの女王:「そうよ!」 三月うさぎ:「あっ!ハートの女王だ!ハートの女王が現れた!突然ビュビュンッと現れた!」 ハートの女王:「さぁ、アリス、立ち上がりなさい。立ち上がり、私とお茶会の場にて、戦うのよ」 アリス:「戦う?その戦いに、意味はあるの?」 ハートの女王:「意味なら、あるわよ。なぜなら、戦いこそが、読者の大半が求めていることでしょ?」 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!ハートの女王が杖の先をアリスに向けた!」 三月うさぎ:「戦いが始まっちゃう!始まっちゃう!」 アリス:「…」 ハートの女王:「どうしたの?アリス!アリスらしくないわね!」 ハートの女王:「さぁ、私と戦いなさい!さもないと、このまま豚にでも変えてやろうかしら?」 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!アリスが豚に変えられちゃう!」 アリス:「…」 ハートの女王:「何なのよ!煮え切らないわね!面白くないわね!」 ハートの女王:「もう、いいわ…。アリスは、豚になりなさい!」 三月うさぎ:「大変だ!ハートの女王が振った杖の先から黒色の光が放たれ、アリスに直撃しちゃった!」 三月うさぎ:「大変だ!たいへ、って、アレ?」 ハートの女王:「何なの?豚になっていない?おかしいわね!」 ハートの女王:「豚になりなさい!豚!豚!豚!アリスは、豚よ!豚になりなさい!」 三月うさぎ:「あれーっ?あれれーっ?大変だ!大変だ!ハートの女王の魔法が、アリスに効かないぞ!」 アリス:「もう、いい加減にして…」 0: 0:【間】 0: アリス:(M)私は、ずっと、定期的に、死にたくなる。 アリス:(M)親に怒られたから死にたい。 アリス:(M)雨が降ったから死にたい。 アリス:(M)お腹が減ったから死にたい。 アリス:(M)私の死にたくなる理由を話すと、周りは決まって、 アリス:(M)「そんな理由で?」 アリス:(M)そう、私を変わり者扱いしてくる。 アリス:(M)世の中には、生きたくても生きられない人がいるとか、 アリス:(M)あなたより、不幸な境遇の人はたくさんいるとか、 アリス:(M)生きていたら、この先、良いことがあるとか、 アリス:(M)同じような言葉を並べられて、ほんっと、うんざり。 アリス:(M)ほんっと、死にたくなる。 アリス:(M)誰も、私の痛みを理解してくれない。 アリス:(M)嫌なことばかり思い出すの! アリス:(M)嫌な声が聞こえるの! アリス:(M)あなたたちには、それがわからないでしょ! アリス:(M)私がどれだけ辛いか、『そんなこと』で片付けてしまうあなたたちには、わからないでしょ! アリス:(M)私は、頑張ってる。すごくすごく頑張って生きていてあげてるのに! アリス:(M)どうして、どうして…。 0:【間】 帽子屋:「生きていてくれて、ありがとう」 アリス:「あれっ?帽子屋さん?あなた、消えたんじゃ?」 帽子屋:「消えたよ。消えたけど、君が会いたいと願ってくれたから、また、ここに戻って来れた」 アリス:「あのさ…。帽子屋さん」 帽子屋:「なんだい?」 アリス:「私は、あなたのことが好き」 帽子屋:「俺も、君が好きだ」 アリス:「これから先、あなたよりも良い人に、たくさん出会うと思う」 アリス:「それでも、そのたびに私は、帽子屋さんを選ぶよ」 帽子屋:「どこかで聞いたようなセリフだね」 アリス:「そう、これをあなたに言うのは、二回目」 帽子屋:「それは、つまり、俺の正体に気づいてしまったということかな?」 アリス:「ふふっ。気づかないわけないでしょ?ばーか!」 帽子屋:「バカとは、ヒドイね」 アリス:「あのさ、司(つかさ)、チュッ(リップ音)」 ナレ:アリスは、帽子屋の唇に、唇を重ねた。 ナレ:そして、世界は、終わりを迎え、産まれ変わる。 帽子屋:「それでも、君は、死にたいんだよね?」 アリス:「うん。今年の冬には、私は死んでる」 帽子屋:「どうして、冬なの?」 アリス:「雪だよ。雪の中だと、人は、苦しまずに、綺麗に死ねるんだって…」 帽子屋:「そっか。それは、いいね」 アリス:「止めないの?」 帽子屋:「止めないよ」 アリス:「どうして?他の人と同じように綺麗事を並べて、私が死ぬのを止めようとしないの?」 帽子屋:「だって、死にたいんだろ?死にたくなるくらい、辛いんだろ?」 アリス:「私が死にたい理由は、親がうざいとか、雨が降ったとか、そんなくだらないことなのよ!」 帽子屋:「それは、くだらないことじゃないだろ?君にとっては、死活問題だ」 アリス:「どうして、どうして…」 帽子屋:「死にたいよね。いいんだよ。それでも…」 帽子屋:「今、君は生きていてくれてるだろ?それだけで、俺は、嬉しい」 帽子屋:「君が死にたいと思っていても、その身をカッターや糸切りバサミで傷つけても、構わない」 帽子屋:「今、生きていてくれてることが、俺は、嬉しい」 アリス:「嬉しいの?私、あなたが思ってるほど、良い人間じゃないよ?」 帽子屋:「良い人間って何だい?生きているだけで、良い人間だろ?」 アリス:「…」 帽子屋:「出会ってくれて、ありがとう」 0: 0:【長い間】 0: 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!アリスの物語が、改変されちゃった!」 チェシャ猫:「そうだね。だけど、吾輩は、このような終わり方も悪くはないと思い始めたよ」 ハートの女王:「ちょっと!アリスの物語は、これで終わったのだから…」 ハートの女王:「今度は、私が主役の物語が始まるのよね?」 三月うさぎ:「それだったら、僕が主役の物語がいいな!」 ハートの女王:「クソうさぎは、だまってなさい!私の杖で消されたいの?」 三月うさぎ:「ひーっ!大変だ!大変だ!消されるのは、嫌だーっ!」 チェシャ猫:「ふふっ。それじゃ、物語のページを閉じることにしようか」 ハートの女王:「そうね。アリスと帽子屋は、物語の中から、すでに抜け出してしまったのだから」 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!不思議の国から、アリスと帽子屋が抜け出しちゃった!」 三月うさぎ:「ひぃーっ!大変だーっ!」 チェシャ猫:「あぁ、我々は、司の物語から離れ、別の調律師のところで、お世話になることとしよう」 ハートの女王:「今度は、とびっきり美人に、主人公らしく描いてほしいものね」 三月うさぎ:「僕は、にんじん!にんじん、たぁーくさんっ、食べたいなぁ」 チェシャ猫:「ふふっ。そうだね…」 : 0:【長い間】 : チェシャ猫:(M)音楽家は五線譜に、想いを乗せる。 チェシャ猫:(M)伝えたい誰かのために、音楽は生まれる。 チェシャ猫:(M)小説家は文章に、想いを乗せる。 チェシャ猫:(M)伝えたい誰かのために、物語は生まれる。 チェシャ猫:(M)物語は、恋文であり、人の想いの純結晶。 チェシャ猫:(M)調律師のサジ加減で、幸せも、不幸せも、 チェシャ猫:(M)命も、運命さえも容易に、無造作に、理不尽に、 チェシャ猫:(M)もてあそばれ、決定づけられてゆく…。 チェシャ猫:(M)この図書館は、名前を出せない誰かをアリスに、 チェシャ猫:(M)名前を出せない誰かに生きていてほしくて、 チェシャ猫:(M)そうして産まれた『愛』なのかも知れない…。 : 0:―終わり―

帽子屋:「なぁ、君に、ひとつ質問しても良いかな?」 チェシャ猫:「ん?なんだい?」 帽子屋:「君は、真夜中なんだろ?」 チェシャ猫:「そうだよ。吾輩だけではないさ。帽子屋も真夜中だろ?」 帽子屋:「僕は、違う。僕は、帽子屋という役割しか与えられていない」 チェシャ猫:「そんなことはないさ」 帽子屋:「どういうことだい?」 チェシャ猫:「物語は、そこに登場するすべてで、ひとつなのだよ」 帽子屋:「すべてで、ひとつ?」 チェシャ猫:「そう、だから、吾輩も帽子屋であり、帽子屋も吾輩だ」 チェシャ猫:「そして、三月うさぎもハートの女王も、時計狂いの塔や音無(おとなし)の城でさえも我々とひとつさ」 帽子屋:「アリスも、その、ひとつに含まれているのかい?」 チェシャ猫:「アリスだけは、例外さ。アリスは、アリスだからね」 帽子屋:「アリスは、アリス?」 チェシャ猫:「さて、不思議の国の秘密のカケラを話してしまったから、そろそろ、終わりのアリスを迎えに行こうかな」 帽子屋:「終わりのアリス?」 チェシャ猫:「そうだよ。終わりのない物語に、幕を閉じる時が来たのだよ…」 0: ナレ:―タイトルコール・終わりの国のアリス― 0: ナレ:ここは、どこかの世界、どこかの学校、どこかの教室。 三月うさぎ:「うーん。今回は、どの子にしようかなぁ」 チェシャ猫:「おまたせ」 三月うさぎ:「うわっ!びっくりした!突然現れるなんて、もう、びっくりしちゃうじゃないか!」 チェシャ猫:「それは、すまない。さて、どの子にするか、すでに目星は付けたのかな?」 三月うさぎ:「あいおぉ…。今回は、大変なんだ。アリスが決まらないんだよ」 チェシャ猫:「つまり、もう、不思議の国にアリスは、必要ないということかも知れないね」 三月うさぎ:「アリスが必要ない?大変だ!大変だ!」 チェシャ猫:「そうだね。ついに、終わってしまう。我々は、本当の意味で消えてしまう」 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!僕、消えたくないよ!にんじんが食べられなくなる!」 チェシャ猫:「仕方がないさ。始まったモノは、終わらせないといけない」 三月うさぎ:「じゃあ、もう、あの子でいい!あの子に決めた!」 チェシャ猫:「ん?その子は…」 ナレ:三月うさぎは、タキシードの胸ポケットから懐中時計をカッコ良く取り出し、赤色のボタンを押したよ。 ナレ:すると、世界中の時間がピタリと止まった。 三月うさぎ:「いくよ!びゅびゅーんっ!」 ナレ:三月うさぎは、空中をふわふわと浮遊し、女の子の前まで行くと、懐中時計の黄色のボタンを押したよ。 ナレ:そして、女の子の時間だけが動き出す…。 アリス:「えっ?なにっ?時間が、止まった?どっ、どういうことなの?」 三月うさぎ:「やぁ!僕は、三月うさぎだよ」 アリス:「三月うさぎ?」 三月うさぎ:「僕は、三月うさぎだよ」 アリス:「三月うさぎってことは分かったけど、どうしてみんなの時間が止まってるの?」 アリス:「どうしてうさぎなのに、人間の言葉が話せてるの?」 三月うさぎ:「どうして、授業中に漫画を描いてるの?」 アリス:「えっ!あっ、それは、そのっ」 チェシャ猫:「隠さなくても良いじゃないか!」 アリス:「ええっ!猫?」 チェシャ猫:「吾輩は、猫である。名前は、チェシャ猫。この物語の道先案内人を務めさせていただいている」 アリス:「ちょっと、状況がよく理解できないんだけど…」 三月うさぎ:「君は、アリスなんだよ!アリスだから、不思議の国に行く必要があるんだよ!」 アリス:「不思議の、国?」 チェシャ猫:「そうさ。不思議の国は、終わりのアリスを求めている」 アリス:「終わりのアリス?」 チェシャ猫:「ふふっ。深く考える必要はないさ。物語は、すでに、終わりに向かい、動き出している」 アリス:「あのっ。まったく分からないんだけど…」 三月うさぎ:「僕もよく分からないけど…」 三月うさぎ:「とにかく、アリスがいま、漫画を描いていたそのノートに、『不思議の国に行きたい』って書いてみてよ」 アリス:「書くと、どうなるの?」 三月うさぎ:「不思議の国に行ける!」 アリス:「不思議の国?どんなところなの?」 三月うさぎ:「えっと…。うーん。どんなところだろう?大変だ!大変だ!不思議の国がどんなところなのか分からない!大変だ!」 チェシャ猫:「三月うさぎ、落ち着くんだ」 三月うさぎ:「だって!だって!僕はずっと不思議の国にいたのに、不思議の国がどんなところなのか分からないんだよ!大変なんだ!」 アリス:「もしかして、危ないところだったりするの?」 チェシャ猫:「さて、どうだろうね」 アリス:「ここに、戻って来れる?」 チェシャ猫:「それは、君次第さ」 アリス:「じゃあ、私、不思議の国には、行かない」 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!アリスが、不思議の国に来てくれない!大変だ!」 チェシャ猫:「だね。我々は、ここで、このまま消えていってしまうね」 アリス:「あっ!ほんとだ!二人の姿がだんだん透けてきている!」 三月うさぎ:「いやだーっ!消えたくないよーっ!アリス、お願いだから、僕たちを助けて!」 アリス:「でも、危ないのも嫌だし、戻って来れない可能性があるってのも怖いし」 チェシャ猫:「模範解答だね」 三月うさぎ:「お願い!お願い!不思議の国に行けば、魔法が使えるようになるし、楽しいお茶会だってある!」 三月うさぎ:「だから、僕たちを助けて!」 アリス:「あっ、ほんとに、消えちゃいそうだね」 三月うさぎ:「だめだ!だめだ!もう、だめだ!早くーっ!」 アリス:「ふぅーっ。仕方ないな…。これ、多分、夢だろうし、いいかな」 ナレ:アリスは、ノートに、『不思議の国に行きたい』と書いてしまったよ。 ナレ:すると、アリスの体は、みるみる小さくなって、ノートの中に吸い込まれていってしまった。 アリス:「きゃーっ!」 0:【間】 三月うさぎ:「やったー!アリスが不思議の国に行ったから、僕の体、元に戻った!やったー!」 0:【間】 チェシャ猫:(M)心は、時計に縛られている。 チェシャ猫:(M)長針と短針が刻む音楽に踊らされ、 チェシャ猫:(M)終わりへと向かう。 : 0:【長い間】 : ナレ:アリスが目を覚ました場所は、ハートの女王のお城の大広間。 ナレ:おやおや?トランプ兵たちが、泣いているよ。 アリス:「ここは、お城なの?トランプの兵隊?えっ、どうして、みんな泣いているの?」 トランプ兵:「ハートの女王が、真夜中に食べられてしまったんだ」 アリス:「真夜中?」 トランプ兵:「そうだよ。この世界は、真夜中が存在するせいで、真夜中の時間に固定されてしまったんだ」 アリス:「どういうこと?朝は、来ないの?」 トランプ兵:「真夜中を倒さない限り、朝は、永遠に来ない」 トランプ兵:「だけど、真夜中を倒しても、しばらくすると、また真夜中が現れて、真夜中の時間に固定される」 アリス:「それって、無限ループじゃない?」 チェシャ猫:「そうだね。無限ループだね」 アリス:「あっ!突然、びっくりするじゃない!」 チェシャ猫:「いやいや、それはそれは、申し訳ない」 アリス:「まぁ、いいけど…。とにかく、ハートの女王?のことは、残念だったね」 0:【間】 アリス:「ん?なになに?どうして、みんな、私に何かを期待するような視線を送ってくるの?」 チェシャ猫:「それは、君がアリスだから、真夜中を倒し、ハートの女王を救ってくれると思われているのだよ」 トランプ兵:「うんうん!」 アリス:「えっ?私には何もできないよ?それに、食べられたってことは、死んでしまったってことじゃないの?」 チェシャ猫:「食べられたは、食べられたであり、死ぬこととは違うね」 アリス:「そうなの?」 帽子屋:「ダメだ!」 ナレ:おやっ?ひとりの男が息を切らしながら、アリスの方に駆け寄ってきたよ。 アリス:「えっ?あなたは誰?」 帽子屋:「(息を切らしながら)僕は、帽子屋だよ」 アリス:「帽子、屋?」 チェシャ猫:「やぁ、帽子屋。君の出番は、もう少し後のはずだが…」 帽子屋:「アリス、僕と一緒に逃げよう」 アリス:「逃げる?」 ナレ:帽子屋は、アリスの手を握った。 アリス:「ちょっ、いきなり何?放してよ!」 帽子屋:「放さない。放したくない!」 チェシャ猫:「帽子屋、その行動、そのセリフは、与えられた役割にはないモノだよ?」 帽子屋:「アリス、僕を信じてほしい」 アリス:「うーん…。よく分からないけど、そんな真剣な目で見られたら、信じるしかないよ」 帽子屋:「よしっ、逃げよう!」 ナレ:帽子屋は、アリスの手を引いて、お城の外に走っていったよ。 チェシャ猫:「まさか…。まさかまさかまさかっ!帽子屋に、シンギュラリティが起き、自我が目覚めた?」 チェシャ猫:「いや、自我を取り戻したといった方が、正しいか…。フフフ…」 0: 0:【間】 0: ナレ:真夜中の闇の中を、アリスと帽子屋は、走り続ける。 アリス:「(息を切らしながら)ねぇ、どこまで走るの?真っ暗よ?何も見えない」 帽子屋:「(息を切らしながら)大丈夫。君は、アリスだから、真っ暗でも見えてる」 アリス:「(息を切らしながら)あっ?そういえば、真っ暗なのに、転ばない。障害物にもぶつからない」 帽子屋:「ふーっ、着いた」 アリス:「ちょっ!急に立ち止まらないでよ!」 帽子屋:「目をこらしてごらん。アリス図書館だ」 アリス:「アリス図書館?」 ナレ:アリスが目をこらすと、目の前に本でできた建物があるのが見えた。 アリス:「雨が降ったら、どうするんだろう?ふやけて壊れちゃわないのかな?」 帽子屋:「そんな心配をする必要はないさ。なぜなら…。いやっ…。さぁ、中に入ろう」 アリス:「えっ?うっ、うん」 0:【間】 チェシャ猫:(M)音楽家は五線譜に、想いを乗せる。 チェシャ猫:(M)伝えたい誰かのために、音楽は生まれる。 チェシャ猫:(M)小説家は文章に、想いを乗せる。 チェシャ猫:(M)伝えたい誰かのために、物語は生まれる。 チェシャ猫:(M)物語は、恋文であり、人の想いの純結晶。 チェシャ猫:(M)調律師のサジ加減で、幸せも、不幸せも、 チェシャ猫:(M)命も、運命さえも容易に、無造作に、理不尽に、 チェシャ猫:(M)もてあそばれ、決定づけられてゆく…。 チェシャ猫:(M)この図書館は、名前を出せない誰かをアリスに、 チェシャ猫:(M)名前を出せない誰かに生きていてほしくて、 チェシャ猫:(M)そうして産まれた『何か』だね。 0:【間】 ナレ:アリス図書館の中は、本棚のすべての本が輝きを放ち。明るかった。 アリス:「どうして、本が光ってるの?」 帽子屋:「誰かに手に取って読んでもらいたいからさ」 アリス:「あと、どうして、私をここに連れてきたの?」 帽子屋:「最初に言ったろ?逃げようって…」 アリス:「何から逃げるの?」 帽子屋:「予め決まった物語、予定調和からさ」 アリス:「どういうこと?意味がわからないんだけど…」 帽子屋:「そのままの意味さ」 アリス:「うーん…。あっ!ちょっと本棚の本、読んでみてもいい?」 帽子屋:「構わないさ。ここにある本はすべて、アリスのモノだからね」 アリス:「私の本なの?」 帽子屋:「そうだよ。ここにある本はすべて、アリスの物語さ」 アリス:「アリスの物語って、こんなにあったの?ずっと、不思議の国のアリスしか無いと思ってたんだけど…」 帽子屋:「あぁ、それは、アリスの始まりの物語だね」 帽子屋:「始まりの物語から、アリスにまつわる物語は、無限に産み出された」 帽子屋:「本になっているモノもあれば、電子書籍になっているモノもあるし、人の空想の中だけで完結されているモノもある」 帽子屋:「それらが、全部、ここでは『本』として、本棚に収められている」 アリス:「へぇ…。そうなんだ」 アリス:「ちなみに、この『心の国のアリス』『時計の国のアリス』『音楽の国のアリス』の三冊は、どうして、宙に浮いて、私のあとをついてくるの?」 帽子屋:「あぁ、それは、調律師が君のために書いた本だよ」 帽子屋:「君に生きていてほしくて、幸せになってほしくて、そんな願いを込めて書いたモノだからさ」 アリス:「どうして?そんなの知らないよ?」 帽子屋:「知らなくていい。知らない方がいい」 アリス:「そっか。じゃあ、どれにしよっかな?うーん…。これかな?」 ナレ:アリスは、本棚から本を取り出し、表紙をめくると、中から三月うさぎが飛び出してきたよ。 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!」 アリス:「あなたは、確か…」 三月うさぎ:「あいおっ!三月うさぎだよ!いい加減、覚えてよね!そんなことより、大変なんだ」 帽子屋:「アリス!三月うさぎの言葉を聞いたらいけない!耳をふさいで!」 アリス:「えっ!どうして?」 三月うさぎ:「アリスの物語が終わってしまうんだ!」 アリス:「えっ?アリスの物語が終わる?」 帽子屋:「くっ…。なんてことだ…」 三月うさぎ:「そうなんだ!大変なんだ!そして、僕たちの体が(消えていっているんだ)」 帽子屋:「(さえぎって)アリス!ごめん!チュッ(リップ音)」 ナレ:帽子屋は、アリスを抱き寄せ、その唇に唇を重ねた。 アリス:「ぶはっ!ちょっ!いきなり、何するの?最低!」 三月うさぎ:「最低だ!最低だ!帽子屋がアリスにキスをした!帽子屋がアリスにキスをした!」 帽子屋:「最低でも構わない。何と思われようとも、僕は、アリスを救いたい」 帽子屋:「だから、僕の言葉だけをきいて、僕の言葉だけを信じてほしい」 アリス:「相手の許可もとらずに、キスをするような男のことを、どうして信じられるの?信じられない。最低よ」 三月うさぎ:「そうだそうだ!帽子屋は、最低だ!」 帽子屋:「だまれ」 三月うさぎ:「ひっ、ひーっ!」 ナレ:帽子屋に凄みのある目でにらまれ、三月うさぎはその場から逃げ出してしまったよ。 アリス:「なんなの?あなた、三月うさぎさんは、友達じゃないの?」 帽子屋:「友達?あぁ、確かにそういう役割も与えられていたけど、僕は、もう、僕になりたいんだ」 アリス:「僕になりたい?何?あなたの言っていることは、全部意味不明だし、気持ち悪いんですけど!」 帽子屋:「気持ち悪い…。アリス、君は僕のことが好きじゃないの?」 アリス:「はっ?好きなわけないでしょ!嫌い嫌い。大嫌いよ!」 帽子屋:「そっ、そうか…」 真夜中:「ははっ!はははっ!」 アリス:「えっ?黒色の塊(かたまり)?」 帽子屋:「くっ、ここで真夜中に見つかってしまったか…」 アリス:「真夜中?この黒色の塊が真夜中なの?ハートの女王を食べたっていうあの?」 真夜中:「そうだよ!吾輩は、真夜中!あぁ、帽子屋!」 真夜中:「君は、何という絶望に満ちた表情をしているんだ?」 真夜中:「うん。まさに、まさに、まさに!」 真夜中:「帽子屋であるはずなのに、ただの不思議の国のクリーチャーであるはずなのに、心が、心が芽生えているかのようだ!」 帽子屋:「僕は、ただ、アリスに生きていてほしくて、幸せになってほしくて…」 真夜中:「ははっ?アリスに生きていてほしい?幸せになってほしい?実に実に実にーっ!」 真夜中:「それは、帽子屋のエゴでしかないよ!」 真夜中:「エゴは、理想は、想いは、押し付けるモノではないのだよ!」 真夜中:「分からないのかね?今度の帽子屋には、常識というモノが欠落しているのかね?」 帽子屋:「常識?真夜中、お前が常識を語るのか?」 真夜中:「常識を語る?そもそも、不思議の国に常識や当たり前は、存在しないのではなかったかね?」 真夜中:「いつぞやのアリスの物語では、それを帽子屋が語っていたはずだがね?ハハハハハーッ!」 アリス:「ねぇ、真夜中って、何なの?」 帽子屋:「アリスが、倒すはずのヴィランさ。だけど、今回は、僕が真夜中を倒す!」 真夜中:「フハハハハーッ!帽子屋が吾輩を倒す?フフッ!主人公ではないのに、ラスボスを?」 真夜中:「ハハッ!これは、不思議の国の物語であり、アリスが活躍する物語なのだよ!」 真夜中:「帽子屋のような脇役は、そう、吾輩の一撃で消し炭になるのがオチさ!こんなふうにね!そーれっ!」 ナレ:真夜中から、暗黒の塊が伸び、帽子屋に直撃した。 帽子屋:「ぐっ、ぐふぁっ!」 アリス:「ちょっ!あなた、大丈夫なの?」 帽子屋:「はぁはぁ…。大丈夫。僕は、消えない」 真夜中:「あれーっ?あれれ?消えてない?おっかしいなぁ…」 真夜中:「フフフッ。じゃあ、これなら、どうかな?」 真夜中:「ソレソレソレーッ!ソレソレソレソレソレーッ!」 帽子屋:「(真夜中の『ソレ』に合わせて)ぐっ、ぐふぁっ、くっ、ぐあっーっ!」 真夜中:「あれれーっ?これでも、消えないの?」 アリス:「ちょっと!あんた、なんで、こんなヒドイことをするの?」 真夜中:「なんでって?ひどいことをしているのは。帽子屋さ」 真夜中:「吾輩は、役割を果たしているのに、帽子屋は、役割を果たそうとしない」 真夜中:「退場しない。こんなのは、本来のシナリオには無かったことなのだよ」 真夜中:「それは、そう、とても…。不快だ!不快だ!不快だ!不愉快だーっ!」 帽子屋:「(真夜中に『不快だ』に合わせて)ぐっ、ぐふっ、ぐあっ!」 アリス:「もーう、やめてよ!」 ナレ:アリスは、傷だらけの帽子屋をかばうように、両手を広げ、真夜中の前に立ちふさがった。 真夜中:「アリス…。あぁ、アリス…」 真夜中:「それは、一体何の真似かな?どきたまえよ」 真夜中:「主人公は、脇役が退場したあとに活躍するのが、物語のセオリーなのだよ」 真夜中:「だから、吾輩と戦うのは、帽子屋が消えたあとだよ」 帽子屋:「大丈夫だ…。僕は…。真夜中に負けない」 真夜中:「ハハハハハーッ!まだ立ち上がるのかい?」 真夜中:「実に実に実にーっ!帽子屋、君は、一体何がしたいのかね?」 真夜中:「不思議の国の物語を、めちゃくちゃにしたいのかね?」 帽子屋:「何度も言わせんな。俺は、アリスに生きていてほしいし、幸せになってほしい。それだけだ」 真夜中:「僕ではなく、俺?ハッ?実に実に実にーっ!」 真夜中:「吾輩は、ついについについにーっ!確信に至ったよ。シンギュラリティは起こってしまった」 真夜中:「心なき空っぽのクリーチャーに、完全なる自我が目覚めてしまった!」 真夜中:「なぜだ!なぜだ!なぜだーっ!」 帽子屋:「そんなの、決まってんだろ?俺が、アリスを好きになっちまったからだよ」 アリス:「えっ、何なの?あなた、私のことが好きなの?」 帽子屋:「あぁ、俺は君が好きだ」 帽子屋:「生きることに不器用で、わがままばかり言って、寂しさを隠すようにテンション高く振る舞って…」 帽子屋:「そして、絵を描くことや歌を歌うことが好きで、演技をすることが、とっても上手な君が、好きだ。愛してる」 アリス:「えっ?なんで?私、絵を描くことや歌うことが趣味って、あなたに話した?」 帽子屋:「話してくれたよ。絵を見せてくれたし、歌も聴かせてくれた」 アリス:「そんなの知らない。覚えてない」 真夜中:「そうだ!アリス、帽子屋の言うことに耳をかたむけてはいけない」 真夜中:「帽子屋は、狂っている。予定調和を乱す存在だ」 真夜中:「だから、すぐに削除しなければならない」 真夜中:「そう、削除だ。アリス、そこをどくんだ!さぁ!早く!」 アリス:「どうして…。どうしてなの?涙が止まらないんだけど…」 帽子屋:「アリス、俺は、白紙のページに、君との明日を描きたい」 アリス:「そんなのっ、無理だよ!あなたのことなんて、もう、好きじゃないから…」 帽子屋:「わかった。俺のことは好きじゃなくてもいい」 帽子屋:「どれだけ嫌いになってもいい。だけど、生きることを、幸せになることを、いつも、心の中で願っていてほしい」 真夜中:「フッ。いい加減にしてくれないか?」 帽子屋:「いい加減にするのは、お前の方だ。真夜中!ぐおおおーっ!」 アリス:「ちょっ!何するのよ!」 ナレ:帽子屋の体は、まばゆい光を放ちながら、真夜中の闇を貫き、そのまま飛散して消えていった。 アリス:「帽子屋さーん!」 0:【間】 ナレ:アリスは膝(ひざ)をつき、頭をかかえ、泣き崩れた。 ナレ:そこに、三月うさぎが勢いよく戻ってきた。 三月うさぎ:「ビュビュビューン!大変だ!大変だ!」 三月うさぎ:「ここには、本しかない!にんじんがない!」 アリス:「んんっ…ぐすっ…帽子屋さん…帽子屋さん…」 三月うさぎ:「ん?アリス?どうして泣いているの?」 アリス:「帽子屋さんが、消えてしまった」 三月うさぎ:「帽子屋?誰それ?」 三月うさぎ:「この物語に、帽子屋なんてクリーチャーは、最初から存在しないよ!」 三月うさぎ:「そんなことより、大変なんだ!」 アリス:「帽子屋さんは、確かにいたんだよ」 アリス:「帽子屋さんがいなくなることより大変なことなんて、ないよ」 三月うさぎ:「大変なんだ!大変なんだ!」 三月うさぎ:「優しいハートの女王が、優しくないハートの女王になったんだ!」 アリス:「ハートの女王がどうかなんて、私には関係ない」 アリス:「お願いだから、帽子屋さんに、もう一度会わせて」 三月うさぎ:「わからないかな?帽子屋は、真夜中と一緒に、この物語から退場したんだよ」 三月うさぎ:「クランクアップってヤツさ」 アリス:「いやだ。私は、帽子屋さんがいない世界では、何もしたくない」 三月うさぎ:「何もしたくないって?それだと、物語が進まないし、終わらないよ?」 ハートの女王:「そうよ!」 三月うさぎ:「あっ!ハートの女王だ!ハートの女王が現れた!突然ビュビュンッと現れた!」 ハートの女王:「さぁ、アリス、立ち上がりなさい。立ち上がり、私とお茶会の場にて、戦うのよ」 アリス:「戦う?その戦いに、意味はあるの?」 ハートの女王:「意味なら、あるわよ。なぜなら、戦いこそが、読者の大半が求めていることでしょ?」 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!ハートの女王が杖の先をアリスに向けた!」 三月うさぎ:「戦いが始まっちゃう!始まっちゃう!」 アリス:「…」 ハートの女王:「どうしたの?アリス!アリスらしくないわね!」 ハートの女王:「さぁ、私と戦いなさい!さもないと、このまま豚にでも変えてやろうかしら?」 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!アリスが豚に変えられちゃう!」 アリス:「…」 ハートの女王:「何なのよ!煮え切らないわね!面白くないわね!」 ハートの女王:「もう、いいわ…。アリスは、豚になりなさい!」 三月うさぎ:「大変だ!ハートの女王が振った杖の先から黒色の光が放たれ、アリスに直撃しちゃった!」 三月うさぎ:「大変だ!たいへ、って、アレ?」 ハートの女王:「何なの?豚になっていない?おかしいわね!」 ハートの女王:「豚になりなさい!豚!豚!豚!アリスは、豚よ!豚になりなさい!」 三月うさぎ:「あれーっ?あれれーっ?大変だ!大変だ!ハートの女王の魔法が、アリスに効かないぞ!」 アリス:「もう、いい加減にして…」 0: 0:【間】 0: アリス:(M)私は、ずっと、定期的に、死にたくなる。 アリス:(M)親に怒られたから死にたい。 アリス:(M)雨が降ったから死にたい。 アリス:(M)お腹が減ったから死にたい。 アリス:(M)私の死にたくなる理由を話すと、周りは決まって、 アリス:(M)「そんな理由で?」 アリス:(M)そう、私を変わり者扱いしてくる。 アリス:(M)世の中には、生きたくても生きられない人がいるとか、 アリス:(M)あなたより、不幸な境遇の人はたくさんいるとか、 アリス:(M)生きていたら、この先、良いことがあるとか、 アリス:(M)同じような言葉を並べられて、ほんっと、うんざり。 アリス:(M)ほんっと、死にたくなる。 アリス:(M)誰も、私の痛みを理解してくれない。 アリス:(M)嫌なことばかり思い出すの! アリス:(M)嫌な声が聞こえるの! アリス:(M)あなたたちには、それがわからないでしょ! アリス:(M)私がどれだけ辛いか、『そんなこと』で片付けてしまうあなたたちには、わからないでしょ! アリス:(M)私は、頑張ってる。すごくすごく頑張って生きていてあげてるのに! アリス:(M)どうして、どうして…。 0:【間】 帽子屋:「生きていてくれて、ありがとう」 アリス:「あれっ?帽子屋さん?あなた、消えたんじゃ?」 帽子屋:「消えたよ。消えたけど、君が会いたいと願ってくれたから、また、ここに戻って来れた」 アリス:「あのさ…。帽子屋さん」 帽子屋:「なんだい?」 アリス:「私は、あなたのことが好き」 帽子屋:「俺も、君が好きだ」 アリス:「これから先、あなたよりも良い人に、たくさん出会うと思う」 アリス:「それでも、そのたびに私は、帽子屋さんを選ぶよ」 帽子屋:「どこかで聞いたようなセリフだね」 アリス:「そう、これをあなたに言うのは、二回目」 帽子屋:「それは、つまり、俺の正体に気づいてしまったということかな?」 アリス:「ふふっ。気づかないわけないでしょ?ばーか!」 帽子屋:「バカとは、ヒドイね」 アリス:「あのさ、司(つかさ)、チュッ(リップ音)」 ナレ:アリスは、帽子屋の唇に、唇を重ねた。 ナレ:そして、世界は、終わりを迎え、産まれ変わる。 帽子屋:「それでも、君は、死にたいんだよね?」 アリス:「うん。今年の冬には、私は死んでる」 帽子屋:「どうして、冬なの?」 アリス:「雪だよ。雪の中だと、人は、苦しまずに、綺麗に死ねるんだって…」 帽子屋:「そっか。それは、いいね」 アリス:「止めないの?」 帽子屋:「止めないよ」 アリス:「どうして?他の人と同じように綺麗事を並べて、私が死ぬのを止めようとしないの?」 帽子屋:「だって、死にたいんだろ?死にたくなるくらい、辛いんだろ?」 アリス:「私が死にたい理由は、親がうざいとか、雨が降ったとか、そんなくだらないことなのよ!」 帽子屋:「それは、くだらないことじゃないだろ?君にとっては、死活問題だ」 アリス:「どうして、どうして…」 帽子屋:「死にたいよね。いいんだよ。それでも…」 帽子屋:「今、君は生きていてくれてるだろ?それだけで、俺は、嬉しい」 帽子屋:「君が死にたいと思っていても、その身をカッターや糸切りバサミで傷つけても、構わない」 帽子屋:「今、生きていてくれてることが、俺は、嬉しい」 アリス:「嬉しいの?私、あなたが思ってるほど、良い人間じゃないよ?」 帽子屋:「良い人間って何だい?生きているだけで、良い人間だろ?」 アリス:「…」 帽子屋:「出会ってくれて、ありがとう」 0: 0:【長い間】 0: 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!アリスの物語が、改変されちゃった!」 チェシャ猫:「そうだね。だけど、吾輩は、このような終わり方も悪くはないと思い始めたよ」 ハートの女王:「ちょっと!アリスの物語は、これで終わったのだから…」 ハートの女王:「今度は、私が主役の物語が始まるのよね?」 三月うさぎ:「それだったら、僕が主役の物語がいいな!」 ハートの女王:「クソうさぎは、だまってなさい!私の杖で消されたいの?」 三月うさぎ:「ひーっ!大変だ!大変だ!消されるのは、嫌だーっ!」 チェシャ猫:「ふふっ。それじゃ、物語のページを閉じることにしようか」 ハートの女王:「そうね。アリスと帽子屋は、物語の中から、すでに抜け出してしまったのだから」 三月うさぎ:「大変だ!大変だ!不思議の国から、アリスと帽子屋が抜け出しちゃった!」 三月うさぎ:「ひぃーっ!大変だーっ!」 チェシャ猫:「あぁ、我々は、司の物語から離れ、別の調律師のところで、お世話になることとしよう」 ハートの女王:「今度は、とびっきり美人に、主人公らしく描いてほしいものね」 三月うさぎ:「僕は、にんじん!にんじん、たぁーくさんっ、食べたいなぁ」 チェシャ猫:「ふふっ。そうだね…」 : 0:【長い間】 : チェシャ猫:(M)音楽家は五線譜に、想いを乗せる。 チェシャ猫:(M)伝えたい誰かのために、音楽は生まれる。 チェシャ猫:(M)小説家は文章に、想いを乗せる。 チェシャ猫:(M)伝えたい誰かのために、物語は生まれる。 チェシャ猫:(M)物語は、恋文であり、人の想いの純結晶。 チェシャ猫:(M)調律師のサジ加減で、幸せも、不幸せも、 チェシャ猫:(M)命も、運命さえも容易に、無造作に、理不尽に、 チェシャ猫:(M)もてあそばれ、決定づけられてゆく…。 チェシャ猫:(M)この図書館は、名前を出せない誰かをアリスに、 チェシャ猫:(M)名前を出せない誰かに生きていてほしくて、 チェシャ猫:(M)そうして産まれた『愛』なのかも知れない…。 : 0:―終わり―