台本概要
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タイトル | 深夜3時のBAR TIME |
---|---|
作者名 | とーげ (@studioTOGE) |
ジャンル | コメディ |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
お酒がないBARを舞台にした 二人芝居。 笑いあり、涙あり、そして下ネタありです。 性別や年齢の変更、アドリブも大丈夫。 気軽に楽しく演じてもらえたら嬉しいです! 【人数】…男1女1(計2) 【時間】…20〜25分 こちらの台本を使用したアーカイブ動画(ラジオドラマ)があります。 ご参考までにYouTubeのURLを掲載します。 ・https://youtu.be/bWhX_5pdzXY ・https://youtu.be/J70PaEak_t8 ・https://youtu.be/uzc4pT7TpPc ※商用利用時は、ご連絡お願いします。 ※台本や動画の無断改変・無断転載などはご遠慮ください。 456 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
男 | 男 | 141 | 男(30代)…BARのマスター。変態という名の紳士なノリ |
エリ | 女 | 139 | 新海エリ(20代後半)...OL。メーワクな酔っぱらい客 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
:『深夜3時のBAR TIME』
0:『ピィー!』と笛の音が響き、
0:BARの古びた扉が開く…
男:いらっしゃいませ
エリ:(酔っぱらって)うぃ〜、まだやってるぅ?
エリ:マスター
男:さきほど開店したところです
エリ:え? 今、3時だよ!?
エリ:このBAR深夜3時開店なの!?
エリ:そんなんじゃ、お客さん来ないでしょう〜
男:いいえ。
男:ちゃんと(あなたが)来ましたよ
エリ:(笑って)あはは。
エリ:来ちゃったー!
男:ご来店、ありがとうございます
エリ:(N)武蔵野市吉祥寺9丁目の路地裏に、深夜3時から開店するBARがありました。
エリ:このBARにはお酒も料理も置いていない。
エリ:売っているのは、ちょっと変わった商品でした。
エリ:まさかそれが、あなたの物だったなんて…
エリ:この時の私、深海エリはそれを知るすべもなく、
エリ:ただただちょっとだけ、ほろ酔い気分だったのです/
男:うわ。ベロンベロンだ
エリ:ぐへ〜〜〜。
エリ:酒だ、酒だ、酒をのませろ
男:ずいぶんと飲まれたようですね
エリ:ううん、全然たりなーい!
エリ:もっともっと飲みたいのに、さっきまでいたお店 追い出されちゃった
男:そうですか
エリ:だって、頼んだ赤ワインがなかなか来ないから。
エリ:カウンターにあった赤ワインのボトル勝手に開けて、ラッパ飲みしたの
男:よくある話ですね
エリ:そしたらさ、さすがにキツくて〜。
エリ:口に入れたワイン全部だしちゃったのよね。
エリ:隣に座っていたお客さんの頭の上に
男:…よくある話ですね
エリ:それで、二度と来るなって追い出されちゃったの。
エリ:お客さんに
男:お客さんに!?
男:店主じゃなくて?
男:…よくある話ですね
エリ:そう! よくある話なのに、どうして私がこんな目にあわなきゃいけないわけー?
男:(小声で)迷惑な客だな
エリ:そうなの! 迷惑な客だったの!
エリ:だいたい白いワイシャツが赤に染まったぐらいであんな怒る?
エリ:オシャレじゃん!
エリ:むしろ感謝されても良いくらい。
エリ:そう思わない?
男:そう…思います
エリ:でしょー!
エリ:良かった、話の分かるマスターで
男:(乾いた笑い)はい
エリ:今日は どうしても飲みたいの。
エリ:嫌なことを思い出しちゃうから
男:嫌なことと言うのは?
エリ:えーっと…
男:これは失礼致しました。
男:初対面のお客様に 無神経なことを聞いてしまって
エリ:ううん、こんな夜は誰かに話したくなるから。
エリ:それに
男:それに?
エリ:マスターとは初対面な気がしないの
男:そうですか?
男:それでは是非、私に話してみてください
エリ:え、聞いてくれるの?
男:喜んで
0:店内にBGMが流れる
0:(適当なタイミングでF・O)
エリ:20年前の今日ね。
エリ:私は父と山に魚釣りに行ったんだけど、足を滑らして川に落ちてしまったの。
エリ:私泳げなくて溺れちゃって。
エリ:そしたら父は…
男:…お父様は?
エリ:私を見殺しにした
男:……
エリ:近所の中学生が助けに来てくれなかったら、私は死んでた
男:……
エリ:なーんて、なんてね。
エリ:もう昔の話さ、よくある話でしょ?
男:いえ。そんなことは…
エリ:じゃあ そういうことで、ワインちょうだい。
エリ:赤ね
男:ありません
エリ:えっ!?
男:ありません
エリ:じゃあ そういうことで。
エリ:ワインちょうだい、白ね
男:え? 赤じゃないんですか?
エリ:そうよー!
エリ:でもないんでしょ?
エリ:早く白いワインを持って来て、グラスで良いから
男:ありません
エリ:は? ワイン無いの?
エリ:もうビールで良いわ
男:ありません
エリ:ええ? 何だったらあるの?
エリ:ウィスキー? 焼酎? カクテル?
エリ:モッコリ?
男:モッコリー!?
エリ:…マッコリよ
男:マッコリをモッコリと呼んだのは、あなたで三人目です
エリ:そんなんいいから!
エリ:なんでも良いから酒もってこーい!
男:ありません。
男:ウチはお酒を置いていないので
エリ:どういうこと? ここBARよね。
エリ:お酒を売らないで、一体何を売っているって言うの?
男:思い出です
エリ:…思い出?
男:以前は美味しいワインやカクテルを、お客様に飲んでいただきました。
男:けれど店は全く繁盛せず、父でもある先代のマスターは、無理がたたってこの世を去りました。
男:それから私は酒も料理もやめて、このシステムを始めることにしたのです。
エリ:それが…思い出?
男:(重々しく)はい
エリ:……
男:それでは、どうぞ。
男:こちらのチャーハンをご覧ください
エリ:チャーハン!?
エリ:あるじゃない、料理
男:よーく ご覧ください。
男:食品サンプルです!
男:その名も、えちえちチャーハン!
エリ:んん、なにこれ!?
エリ:よく見ると、おっぱいじゃん!
男:はい。
男:お椀型に盛られた二つのチャーハンの隙間に大きなソーセージ。
男:ソーセージの端にはそれぞれ、刻み海苔と マヨネーズ
エリ:やばぁ
男:そしてチャーハンの頂上(てっぺん)には
エリ:頂上(てっぺん)言うな
男:小さくてまん丸い乳首(チクビィ)!
エリ:乳首ィ言ってるじゃん!
エリ:このピンクは明太子じゃないの?
エリ:ちゃんと濁して良いなよ。
エリ:仮にも客商売なんだから
男:いかがですか?
エリ:あなたさ、こんなモノ作って何が楽しいの?
男:(動揺)わ、私のじゃありません!
エリ:じゃあ誰の?
男:それは、こちらの商品を購入した方にしか言えませんね
エリ:いらないわよ。
エリ:こんな食べもできないエッロいチャーハン
男:えちえちチャーハンです。
男:六本木に行けば食べれますよ
エリ:だから いらないって。
エリ:え、実在するの!?
男:気になりますか〜?
エリ:は?
男:こちらの商品にどんな思い出がつまっているのか
エリ:この食品サンプルのチャーハンを買ったら、その思い出とやらが聞けるって言うの?
男:はい。
男:それがウチのBARのシステムです
エリ:んー、いくら?
男:二千円です
エリ:原価? 材料費かしら?
エリ:まぁ良いわ。
エリ:ちょっと面白そうだし、ちょうだい
男:かしこまりました
0:指を『パチンッ!』と鳴らす男
0:店内にBGMが流れる
0:(適当なタイミングでF・O)
男:こちらのチャーハンの食品サンプルの持ち主。
男:名前は、橘雅人。
男:彼がこのチャーハンと出会ったのは、大学生の時に所属していたサークルの飲み会の時でした
エリ:ほぉ
男:彼は同じサークルの一個上の先輩に恋をしていました。
男:しかし、この飲み会の最中に知ってしまったのです。
男:先輩には さらに二個上の『金髪』『ロン毛』の彼氏がいたのです
エリ:あら〜
男:彼は荒れました。
男:荒れ狂いました。
男:どれだけ荒れたかって言うと、居酒屋の壁に貼ってあったおすすめメニュー。
男:口にだすのも恥ずかしいネーミングを、声を大にして叫ぶほどです
エリ:えちえちチャーハンでしょ。
エリ:あんた 何度も言ってるよ
男:えちえちチャーハン5つください!
エリ:5つ!?
エリ:唐揚げでもそんなに頼まないよ!
男:きっと彼は失恋のショックを癒したかったのでしょう
エリ:チャーハンでどうやって?
男:そしてテーブルに運ばれてきました。
男:サークルのメンバー総勢5人がいるテーブル席に!
エリ:え? たった5人!?
エリ:ってことは一人一皿このチャーハン!?
男:彼はまさにハーレムだと思いました
エリ:こんなモノに癒されたのだとしたら、病気よ
男:お椀型に盛られた二つのチャーハンの隙間に大きなソーセージ。
男:ソーセージの端にはそれぞれ、刻み海苔と マヨネーズ
エリ:さっきも聞いたな
男:そしてチャーハンの頂上(てっぺん)には/
エリ:はいはい、小さくてまん丸い
男:魚肉ソーセージ!
エリ:明太子はどこいったの!?
男:さぁ…どちらでも良いでしょそんなことは。
男:そして彼は、愛用のガラケーでチャーハンの写真を撮りまくりました
エリ:他のサークルのメンバーはどんな顔して見ているのよ
男:もうその時には、彼一人でした
エリ:みんな帰ったのね。
エリ:辛すぎでしょ!
男:彼はそのまま泣きながら、ひたすら割り箸の先っちょで、魚肉ソーセージを気が済むまでツンツンつついた後…
エリ:きっしょ
男:5人前のチャーハンを一人で平らげました。
男:そうっ!
男:こちらのえちえちチャーハンを!
エリ:……(ドン引き)
男:(息切れ)いかがでしたか?
エリ:酔いがさめたし、食欲も失せたわよ
男:ボン、キュッ、ボーン!
0:食品サンプルをゴミ箱に捨てる男
エリ:えー!? 捨てた!?
エリ:それゴミ箱よね!?
エリ:良いの!?
エリ:橘雅人って人の大事な思い出なんじゃ…てか、食べ物を粗末にしちゃダメじゃ無い!?
男:良いんです。
男:こちらは食品サンプルなので。
男:そもそも彼はあの日の失恋を教訓にするべく、サンプルというフィギュアに形を変えて部屋に飾っていただけなので
エリ:とことん気持ち悪い男ね。
エリ:橘ってやつ
男:ふっ。
男:つくづく人の思い出なんてゴミばかりだ!
エリ:それを言っちゃ、元も子もないような。
エリ:もう普通にお酒や料理を売れば/
男:それではこちらの商品はいかがでしょうか?
エリ:なにその白い棒…綿棒じゃないね。
エリ:先っぽの穴に、歯形みたいなのがくっきり見えるけど
男:これはチュッパチョプスの棒です!
エリ:チュッパチョプスって、あの有名な棒つきキャンディ?
エリ:でも おかしいわね。
エリ:そんな名前だっけ
男:当店自慢の おすすめ商品ですよ。
男:こちらのチュッパチョプスの棒は
エリ:いくら?
男:一万円です
エリ:一万円? まぁ良いわ
男:(驚いて)良いの?
エリ:ここまできたらまともな思い出聞いてみたいし。
エリ:それに私 これでも広告会社で働いてるから給料だけは良いのよね
男:ありがとうございます。
男:ではっ!
0:指を『パチンッ!』と鳴らす男
0:店内にBGMが流れる
0:(適当なタイミングでF・O)
男:こちらのチュッパチョプスの棒の持ち主。
男:名前は橘雅人
エリ:また橘!?
男:はい。
男:彼は大学を卒業後 社会人になり、来る日も来る日も汗水たらして外回り営業をしていました
エリ:そう。
エリ:立派なサラリーマンになって安心したわ
男:そんなある日。
男:セミの鳴き声が響き渡る炎天下の下で 彼の喉は渇きに渇いていた。
男:けれど周りを見渡しても自動販売機どころか、公園の蛇口すら見当たらない。
男:そんな彼の目に映ったのは、まさに砂漠に突如現れたオアシス。
男:そう、コンビニの看板でした
エリ:いちいち表現が大袈裟なのよね
男:彼は走った。
男:コンビニに向かって走った。
男:全力で!
男:途中ですれ違った チュッパチョプスのイラストが描かれたTシャツを来た、巨乳の女性にも目もくれずに走った!
エリ:んん?
男:その巨乳が身につけていたチュッパチョプスのイラストが、二つの谷の間で揺れていたのを一ミリも見ようともせずに橘雅人は、走った!
エリ:しっかり見てるじゃん!
男:そして彼はコンビニに駆け込んで買ったのです!
男:そうっ!
男:この棒つきキャンディ・チュッパチョプスを!
エリ:水じゃないの!?
エリ:飴って、余計のど渇きそうだけど!
男:そして むしゃぶるように舐め尽くしました
エリ:もしかしてこの歯形、巨乳を想像しながら噛んだんじゃ
男:彼は言いました。
男:水では満たされないオアシスが そこにはあったと
エリ:ねぇ、その人。
エリ:橘雅人は、一体今どこで何しているの?
エリ:絶対に変態でセクハラで、どこかに捕まっているんでしょ?
男:それはですね(笑いだす)
エリ:なに?
男:(笑って)モッコリって
エリ:はぁー!
エリ:だから、それを言うならマッコリでしょ!
男:これは失礼いたしました。
男:レディに向かって、むふっ
エリ:ったく…ふふっ。
エリ:でも、なんか楽しいかも。
エリ:くっだらない思い出しかないのに。
エリ:お酒以外で こんな楽しい気分になったのは久しぶり。
エリ:ぜんぶ下ネタだけど
男:ありがとうございます。
男:『BARの一番の魅力はお酒や料理じゃない』っていうのが、父の口癖でしたから
エリ:素敵なお父さんね
男:はい
エリ:良いなぁー。
エリ:私の父なんて…
男:大丈夫ですか?
男:顔色が悪いようですが
エリ:だめだな。
エリ:早く忘れたいのに、あの日のこと
男:あの日、ですか…?
エリ:ねぇ、他にはないの?
エリ:思い出!
エリ:タチバナ マサト以外の思い出
男:ありますよ、こちらに
エリ:(驚愕)!? それは…
男:いかがなされましたか?
エリ:どうして…どうしてそれを、あなたが持っているのよ!?
男:それは企業秘密です
エリ:だって、その笛は/
男:こちらの笛が? 何か?
エリ:…さようなら
0:扉に向かうエリの足音
0:『ピィー!』と笛をふく男
0:立ち止まるエリ、足音が止まる
男:あなた この笛の音を聞いて、このBARに来たのではありませんか?
エリ:違う
男:本当は、この笛にまつわる思い出話が聞きたくてウズウズしているのではありませんか?
エリ:違う!
男:……
エリ:その人の思い出は、いらない
男:そうですか
エリ:あなたは知ってるんだよね?
エリ:その人が誰か?
エリ:どんなことをしたのか
男:はい。
男:よーく知っております…
エリ:じゃあなんで?
エリ:その笛の思い出を聞いて私が喜ぶと思うの?
男:それは分かりません。
男:ただ、よくも悪くもあなたよりは真実を知っているかと
エリ:はー? その笛の持ち主は私の父。
エリ:私を見殺しにした人!
エリ:それが真実なの!
男:……(ふーん)
エリ:しかも見殺しにした挙げ句、私と母を見捨てて失踪した。
エリ:お母さんは、女手一つで私を育てるため、働いて働いて働いて。
エリ:アイツが失踪した翌年 疲れ果てたお母さんは横断歩道を赤信号で渡ってトラックに跳ねられた
男:……
エリ:それから私は 誰も自分を知らない場所で、ひとりぼっちで生きて来たの
男:……
エリ:そんな最低な思い出しかないその笛に、一体何があるっていうの!?
男:130円
エリ:はぁ!?
男:あの日何が起こったのか。
男:知りたいのなら、こちらの笛を買って下さい。
男:お値段は130円と、お手ごろ価格です
エリ:そんなやっすい思い出なんだ…バカにしてるの?
男:持ち主の方による希望価格です。
男:それに値段が高い物だからといって、必ずしもお金に見合った価値があるとは限りません。
男:逆もしかりです
エリ:130…
男:はい。130円です
エリ:払うわ
0:コイン(小銭)がカウンターの上で跳ねる
男:ありがとうございます。
男:こちらの笛の持ち主。
男:名前は深海透。
男:深海エリ、あなたのお父様です。
男:深海透さんは、小学生の娘からもらったこの笛を、いつもお守り代わりに持ち歩いていました
エリ:……
男:よっぽど、あなたからもらえたのが嬉しかったのでしょう。
男:彼は、娘も奥様も心の底から愛していた/
エリ:噓よ!
エリ:どうしてそんなデタラメな話をするの?
エリ:アイツは私もお母さんも見捨ててどっか行っちゃったのよ!
エリ:愛してるわけないじゃない!
男:(語気を強めて)あなたのお父様は失踪したんじゃありません!
エリ:どういうこと?
男:お父様は川で溺れて、この世を去ったのです
エリ:っ!?(絶句)
0:指を『パチンッ!』と鳴らす男
0:店内にBGMが流れる
0:(適当なタイミングでF・O)
男:あなたとお父様が山に魚釣りに行った日、あなたは川に落ちて流されてしまった。
男:その時 慌てたお父様は川に飛び込んであなたを助けようとした。
男:だけど、あなたのお父様はカナヅチでした。
男:あなたが泳げないのは、お父様ゆずり。
男:そうですよね?
エリ:はい…
男:それでも あなたを助けたい一心で、あなたを追って川に飛び込んだ
0:川に飛び込む音
男:お父様は、溺れながらもポケットから笛を取り出した。
男:そして助けを呼ぶため 手足をバタバタさせながら必死に笛を吹き続けた。
男:その笛の音に気付いた近所の中学生が、あなたが溺れているのを見つけて助けに来た。
男:しかし中学生が見たのはあなただけだった。
男:きっとあなたのお父様は中学生が来るのが見えて、安心して力尽きたのでしょう
エリ:何それ、そんなの絶対噓よ!
エリ:お母さんは あの人はどっか遠くに行ったって/
男:(遮って)そういうことにしたのでしょう。
男:あなただけには!
エリ:……
男:あなたの命を助けようとしてお父様が命を落としたなんて、まだ幼いあなたには言えなかった。
男:いずれあなたにも本当のことを話すつもりだったと思います。
男:けれど、お母様は…
エリ:そんな…
男:この笛は、あなたの命を救った笛です。
男:まさにお守りです。
男:たとえ値段が安くても、お金では絶対に買えない想いが詰まっているのです!
エリ:この笛を、お父さんが…
男:はい。
男:だから、決してやっすい思い出だなんてことは
エリ:……あの
男:はい
エリ:笛…吹いてみても良いですか?
男:どうぞ。
男:その笛はもう、購入したあなたの物です
エリ:思いっきり吹いてみても良いですか?
男:ええ。
男:あなただけのBAR TIMEですから
0:「ピィー!」「ピィー!」と、
0:エリが何度も何度も笛をふく……
エリ:お父さん…(涙)
男:あっ。ハンカチ、ハンカチ。
男:(匂いをかいで)ちょっとくさいけど、まっ、いっか。
男:(イケメン風に)これ、使えよ
エリ:誕生日…
男:はい?
エリ:私の誕生日なの。
エリ:1月30日は…
男:あ、1月30日で130円。
男:あなたの誕生日は、今日でしたか。
男:それはそれは、お誕生日おめでとうございます
エリ:良かった。
エリ:私は ひとりぼっちじゃなかった
男:喜んでいただき なによりです
エリ:マスター、ありがとうございました
男:いえいえ、まぁ店としてはたいした売り上げにはなりませんが/
エリ:んあ!?!?!?
男:んあ?
エリ:どっかで見た顔だと思ってたんだよな。
エリ:川で溺れた私を助けてくれた中学生って、あなたよね?
男:違います
エリ:ええ?
男:他人の空似です
エリ:そんなことない。
エリ:あなたの名前だって覚えてる。
エリ:ていうか、思い出した
男:やめて下さい
エリ:あなたの/
男:(焦って)やめて、本当にやめて
エリ:名前は/
男:まじで? お願い!
男:あっ、そこでワイン買って来るから!/
エリ:タチバナ マサトー!
男:あぁ〜〜〜(くずれ落ちる)
エリ:まさか命の恩人が、変態だったなんて
男:変態って言わないで。
男:これでも紳士を目指しているので
エリ:いや、無理があるって
男:え、そうなの?
エリ:(笑って)そうだよ。
エリ:でも、どうして私がお父さんにあげた笛をあなたが持っていたの?
エリ:しかも希望価格って どういうこと?
男:当店で扱っている商品は全て亡くなった方から買い取った物なのです。
男:本当は企業秘密ですけど
エリ:は?
エリ:それって死んだ人から物を買ってるってこと?
男:(重々しく)はい
0:沈黙
エリ:まっ、またまた〜。
エリ:そんな訳ないじゃん!
エリ:だったらさ、あなたも死んでるってことになるのよ!
男:1千万です!
エリ:1千万!?
男:はい。
男:それが知りたいのなら このBARを買って下さい。
男:私とこの店の思い出を
エリ:……良いわ!
男:うそー?
エリ:カードで良い?
男:いやいやー。
男:ここを売ってしまったら私には行く所がありません。
男:それにこのBARには とてつもなく大きな秘密が/
エリ:大丈夫よ
男:な、何が?
エリ:私がこのBARを守るから
男:はい?
エリ:この店も あなたとあなたのお父さんとの思い出も、私が守ってみせる。
エリ:私とお父さんとの思い出を大切に守ってくれたみたいに。
エリ:絶対にあなたのことを忘れない。
エリ:だから話して。
エリ:あなたと このBARの思い出
男:本気ですか?
エリ:明日からこのBARのマスターは、わ・た・し
男:(笑う)かしこまりました
0:指を『パチンッ!』と鳴らす男
0:店内にBGMが流れる
0:(適当なタイミングでF・O)
エリ:(N)まさか私がBARのマスターになるなんて。
エリ:人生何が起こるか分かりませんね。
エリ:それでも今は最高の気分です!
エリ:だから私が生きているのか、それとも死んでいるのか、とか。
エリ:そんな野望なことは聞かないでよね。
エリ:それはまた別の物語で…
エリ:(楽しそうに)この話は高くつくわよ〜
0:店の扉が開き、揺れるベル
エリ:あっ、いらっしゃいませー!
0:(了)
:『深夜3時のBAR TIME』
0:『ピィー!』と笛の音が響き、
0:BARの古びた扉が開く…
男:いらっしゃいませ
エリ:(酔っぱらって)うぃ〜、まだやってるぅ?
エリ:マスター
男:さきほど開店したところです
エリ:え? 今、3時だよ!?
エリ:このBAR深夜3時開店なの!?
エリ:そんなんじゃ、お客さん来ないでしょう〜
男:いいえ。
男:ちゃんと(あなたが)来ましたよ
エリ:(笑って)あはは。
エリ:来ちゃったー!
男:ご来店、ありがとうございます
エリ:(N)武蔵野市吉祥寺9丁目の路地裏に、深夜3時から開店するBARがありました。
エリ:このBARにはお酒も料理も置いていない。
エリ:売っているのは、ちょっと変わった商品でした。
エリ:まさかそれが、あなたの物だったなんて…
エリ:この時の私、深海エリはそれを知るすべもなく、
エリ:ただただちょっとだけ、ほろ酔い気分だったのです/
男:うわ。ベロンベロンだ
エリ:ぐへ〜〜〜。
エリ:酒だ、酒だ、酒をのませろ
男:ずいぶんと飲まれたようですね
エリ:ううん、全然たりなーい!
エリ:もっともっと飲みたいのに、さっきまでいたお店 追い出されちゃった
男:そうですか
エリ:だって、頼んだ赤ワインがなかなか来ないから。
エリ:カウンターにあった赤ワインのボトル勝手に開けて、ラッパ飲みしたの
男:よくある話ですね
エリ:そしたらさ、さすがにキツくて〜。
エリ:口に入れたワイン全部だしちゃったのよね。
エリ:隣に座っていたお客さんの頭の上に
男:…よくある話ですね
エリ:それで、二度と来るなって追い出されちゃったの。
エリ:お客さんに
男:お客さんに!?
男:店主じゃなくて?
男:…よくある話ですね
エリ:そう! よくある話なのに、どうして私がこんな目にあわなきゃいけないわけー?
男:(小声で)迷惑な客だな
エリ:そうなの! 迷惑な客だったの!
エリ:だいたい白いワイシャツが赤に染まったぐらいであんな怒る?
エリ:オシャレじゃん!
エリ:むしろ感謝されても良いくらい。
エリ:そう思わない?
男:そう…思います
エリ:でしょー!
エリ:良かった、話の分かるマスターで
男:(乾いた笑い)はい
エリ:今日は どうしても飲みたいの。
エリ:嫌なことを思い出しちゃうから
男:嫌なことと言うのは?
エリ:えーっと…
男:これは失礼致しました。
男:初対面のお客様に 無神経なことを聞いてしまって
エリ:ううん、こんな夜は誰かに話したくなるから。
エリ:それに
男:それに?
エリ:マスターとは初対面な気がしないの
男:そうですか?
男:それでは是非、私に話してみてください
エリ:え、聞いてくれるの?
男:喜んで
0:店内にBGMが流れる
0:(適当なタイミングでF・O)
エリ:20年前の今日ね。
エリ:私は父と山に魚釣りに行ったんだけど、足を滑らして川に落ちてしまったの。
エリ:私泳げなくて溺れちゃって。
エリ:そしたら父は…
男:…お父様は?
エリ:私を見殺しにした
男:……
エリ:近所の中学生が助けに来てくれなかったら、私は死んでた
男:……
エリ:なーんて、なんてね。
エリ:もう昔の話さ、よくある話でしょ?
男:いえ。そんなことは…
エリ:じゃあ そういうことで、ワインちょうだい。
エリ:赤ね
男:ありません
エリ:えっ!?
男:ありません
エリ:じゃあ そういうことで。
エリ:ワインちょうだい、白ね
男:え? 赤じゃないんですか?
エリ:そうよー!
エリ:でもないんでしょ?
エリ:早く白いワインを持って来て、グラスで良いから
男:ありません
エリ:は? ワイン無いの?
エリ:もうビールで良いわ
男:ありません
エリ:ええ? 何だったらあるの?
エリ:ウィスキー? 焼酎? カクテル?
エリ:モッコリ?
男:モッコリー!?
エリ:…マッコリよ
男:マッコリをモッコリと呼んだのは、あなたで三人目です
エリ:そんなんいいから!
エリ:なんでも良いから酒もってこーい!
男:ありません。
男:ウチはお酒を置いていないので
エリ:どういうこと? ここBARよね。
エリ:お酒を売らないで、一体何を売っているって言うの?
男:思い出です
エリ:…思い出?
男:以前は美味しいワインやカクテルを、お客様に飲んでいただきました。
男:けれど店は全く繁盛せず、父でもある先代のマスターは、無理がたたってこの世を去りました。
男:それから私は酒も料理もやめて、このシステムを始めることにしたのです。
エリ:それが…思い出?
男:(重々しく)はい
エリ:……
男:それでは、どうぞ。
男:こちらのチャーハンをご覧ください
エリ:チャーハン!?
エリ:あるじゃない、料理
男:よーく ご覧ください。
男:食品サンプルです!
男:その名も、えちえちチャーハン!
エリ:んん、なにこれ!?
エリ:よく見ると、おっぱいじゃん!
男:はい。
男:お椀型に盛られた二つのチャーハンの隙間に大きなソーセージ。
男:ソーセージの端にはそれぞれ、刻み海苔と マヨネーズ
エリ:やばぁ
男:そしてチャーハンの頂上(てっぺん)には
エリ:頂上(てっぺん)言うな
男:小さくてまん丸い乳首(チクビィ)!
エリ:乳首ィ言ってるじゃん!
エリ:このピンクは明太子じゃないの?
エリ:ちゃんと濁して良いなよ。
エリ:仮にも客商売なんだから
男:いかがですか?
エリ:あなたさ、こんなモノ作って何が楽しいの?
男:(動揺)わ、私のじゃありません!
エリ:じゃあ誰の?
男:それは、こちらの商品を購入した方にしか言えませんね
エリ:いらないわよ。
エリ:こんな食べもできないエッロいチャーハン
男:えちえちチャーハンです。
男:六本木に行けば食べれますよ
エリ:だから いらないって。
エリ:え、実在するの!?
男:気になりますか〜?
エリ:は?
男:こちらの商品にどんな思い出がつまっているのか
エリ:この食品サンプルのチャーハンを買ったら、その思い出とやらが聞けるって言うの?
男:はい。
男:それがウチのBARのシステムです
エリ:んー、いくら?
男:二千円です
エリ:原価? 材料費かしら?
エリ:まぁ良いわ。
エリ:ちょっと面白そうだし、ちょうだい
男:かしこまりました
0:指を『パチンッ!』と鳴らす男
0:店内にBGMが流れる
0:(適当なタイミングでF・O)
男:こちらのチャーハンの食品サンプルの持ち主。
男:名前は、橘雅人。
男:彼がこのチャーハンと出会ったのは、大学生の時に所属していたサークルの飲み会の時でした
エリ:ほぉ
男:彼は同じサークルの一個上の先輩に恋をしていました。
男:しかし、この飲み会の最中に知ってしまったのです。
男:先輩には さらに二個上の『金髪』『ロン毛』の彼氏がいたのです
エリ:あら〜
男:彼は荒れました。
男:荒れ狂いました。
男:どれだけ荒れたかって言うと、居酒屋の壁に貼ってあったおすすめメニュー。
男:口にだすのも恥ずかしいネーミングを、声を大にして叫ぶほどです
エリ:えちえちチャーハンでしょ。
エリ:あんた 何度も言ってるよ
男:えちえちチャーハン5つください!
エリ:5つ!?
エリ:唐揚げでもそんなに頼まないよ!
男:きっと彼は失恋のショックを癒したかったのでしょう
エリ:チャーハンでどうやって?
男:そしてテーブルに運ばれてきました。
男:サークルのメンバー総勢5人がいるテーブル席に!
エリ:え? たった5人!?
エリ:ってことは一人一皿このチャーハン!?
男:彼はまさにハーレムだと思いました
エリ:こんなモノに癒されたのだとしたら、病気よ
男:お椀型に盛られた二つのチャーハンの隙間に大きなソーセージ。
男:ソーセージの端にはそれぞれ、刻み海苔と マヨネーズ
エリ:さっきも聞いたな
男:そしてチャーハンの頂上(てっぺん)には/
エリ:はいはい、小さくてまん丸い
男:魚肉ソーセージ!
エリ:明太子はどこいったの!?
男:さぁ…どちらでも良いでしょそんなことは。
男:そして彼は、愛用のガラケーでチャーハンの写真を撮りまくりました
エリ:他のサークルのメンバーはどんな顔して見ているのよ
男:もうその時には、彼一人でした
エリ:みんな帰ったのね。
エリ:辛すぎでしょ!
男:彼はそのまま泣きながら、ひたすら割り箸の先っちょで、魚肉ソーセージを気が済むまでツンツンつついた後…
エリ:きっしょ
男:5人前のチャーハンを一人で平らげました。
男:そうっ!
男:こちらのえちえちチャーハンを!
エリ:……(ドン引き)
男:(息切れ)いかがでしたか?
エリ:酔いがさめたし、食欲も失せたわよ
男:ボン、キュッ、ボーン!
0:食品サンプルをゴミ箱に捨てる男
エリ:えー!? 捨てた!?
エリ:それゴミ箱よね!?
エリ:良いの!?
エリ:橘雅人って人の大事な思い出なんじゃ…てか、食べ物を粗末にしちゃダメじゃ無い!?
男:良いんです。
男:こちらは食品サンプルなので。
男:そもそも彼はあの日の失恋を教訓にするべく、サンプルというフィギュアに形を変えて部屋に飾っていただけなので
エリ:とことん気持ち悪い男ね。
エリ:橘ってやつ
男:ふっ。
男:つくづく人の思い出なんてゴミばかりだ!
エリ:それを言っちゃ、元も子もないような。
エリ:もう普通にお酒や料理を売れば/
男:それではこちらの商品はいかがでしょうか?
エリ:なにその白い棒…綿棒じゃないね。
エリ:先っぽの穴に、歯形みたいなのがくっきり見えるけど
男:これはチュッパチョプスの棒です!
エリ:チュッパチョプスって、あの有名な棒つきキャンディ?
エリ:でも おかしいわね。
エリ:そんな名前だっけ
男:当店自慢の おすすめ商品ですよ。
男:こちらのチュッパチョプスの棒は
エリ:いくら?
男:一万円です
エリ:一万円? まぁ良いわ
男:(驚いて)良いの?
エリ:ここまできたらまともな思い出聞いてみたいし。
エリ:それに私 これでも広告会社で働いてるから給料だけは良いのよね
男:ありがとうございます。
男:ではっ!
0:指を『パチンッ!』と鳴らす男
0:店内にBGMが流れる
0:(適当なタイミングでF・O)
男:こちらのチュッパチョプスの棒の持ち主。
男:名前は橘雅人
エリ:また橘!?
男:はい。
男:彼は大学を卒業後 社会人になり、来る日も来る日も汗水たらして外回り営業をしていました
エリ:そう。
エリ:立派なサラリーマンになって安心したわ
男:そんなある日。
男:セミの鳴き声が響き渡る炎天下の下で 彼の喉は渇きに渇いていた。
男:けれど周りを見渡しても自動販売機どころか、公園の蛇口すら見当たらない。
男:そんな彼の目に映ったのは、まさに砂漠に突如現れたオアシス。
男:そう、コンビニの看板でした
エリ:いちいち表現が大袈裟なのよね
男:彼は走った。
男:コンビニに向かって走った。
男:全力で!
男:途中ですれ違った チュッパチョプスのイラストが描かれたTシャツを来た、巨乳の女性にも目もくれずに走った!
エリ:んん?
男:その巨乳が身につけていたチュッパチョプスのイラストが、二つの谷の間で揺れていたのを一ミリも見ようともせずに橘雅人は、走った!
エリ:しっかり見てるじゃん!
男:そして彼はコンビニに駆け込んで買ったのです!
男:そうっ!
男:この棒つきキャンディ・チュッパチョプスを!
エリ:水じゃないの!?
エリ:飴って、余計のど渇きそうだけど!
男:そして むしゃぶるように舐め尽くしました
エリ:もしかしてこの歯形、巨乳を想像しながら噛んだんじゃ
男:彼は言いました。
男:水では満たされないオアシスが そこにはあったと
エリ:ねぇ、その人。
エリ:橘雅人は、一体今どこで何しているの?
エリ:絶対に変態でセクハラで、どこかに捕まっているんでしょ?
男:それはですね(笑いだす)
エリ:なに?
男:(笑って)モッコリって
エリ:はぁー!
エリ:だから、それを言うならマッコリでしょ!
男:これは失礼いたしました。
男:レディに向かって、むふっ
エリ:ったく…ふふっ。
エリ:でも、なんか楽しいかも。
エリ:くっだらない思い出しかないのに。
エリ:お酒以外で こんな楽しい気分になったのは久しぶり。
エリ:ぜんぶ下ネタだけど
男:ありがとうございます。
男:『BARの一番の魅力はお酒や料理じゃない』っていうのが、父の口癖でしたから
エリ:素敵なお父さんね
男:はい
エリ:良いなぁー。
エリ:私の父なんて…
男:大丈夫ですか?
男:顔色が悪いようですが
エリ:だめだな。
エリ:早く忘れたいのに、あの日のこと
男:あの日、ですか…?
エリ:ねぇ、他にはないの?
エリ:思い出!
エリ:タチバナ マサト以外の思い出
男:ありますよ、こちらに
エリ:(驚愕)!? それは…
男:いかがなされましたか?
エリ:どうして…どうしてそれを、あなたが持っているのよ!?
男:それは企業秘密です
エリ:だって、その笛は/
男:こちらの笛が? 何か?
エリ:…さようなら
0:扉に向かうエリの足音
0:『ピィー!』と笛をふく男
0:立ち止まるエリ、足音が止まる
男:あなた この笛の音を聞いて、このBARに来たのではありませんか?
エリ:違う
男:本当は、この笛にまつわる思い出話が聞きたくてウズウズしているのではありませんか?
エリ:違う!
男:……
エリ:その人の思い出は、いらない
男:そうですか
エリ:あなたは知ってるんだよね?
エリ:その人が誰か?
エリ:どんなことをしたのか
男:はい。
男:よーく知っております…
エリ:じゃあなんで?
エリ:その笛の思い出を聞いて私が喜ぶと思うの?
男:それは分かりません。
男:ただ、よくも悪くもあなたよりは真実を知っているかと
エリ:はー? その笛の持ち主は私の父。
エリ:私を見殺しにした人!
エリ:それが真実なの!
男:……(ふーん)
エリ:しかも見殺しにした挙げ句、私と母を見捨てて失踪した。
エリ:お母さんは、女手一つで私を育てるため、働いて働いて働いて。
エリ:アイツが失踪した翌年 疲れ果てたお母さんは横断歩道を赤信号で渡ってトラックに跳ねられた
男:……
エリ:それから私は 誰も自分を知らない場所で、ひとりぼっちで生きて来たの
男:……
エリ:そんな最低な思い出しかないその笛に、一体何があるっていうの!?
男:130円
エリ:はぁ!?
男:あの日何が起こったのか。
男:知りたいのなら、こちらの笛を買って下さい。
男:お値段は130円と、お手ごろ価格です
エリ:そんなやっすい思い出なんだ…バカにしてるの?
男:持ち主の方による希望価格です。
男:それに値段が高い物だからといって、必ずしもお金に見合った価値があるとは限りません。
男:逆もしかりです
エリ:130…
男:はい。130円です
エリ:払うわ
0:コイン(小銭)がカウンターの上で跳ねる
男:ありがとうございます。
男:こちらの笛の持ち主。
男:名前は深海透。
男:深海エリ、あなたのお父様です。
男:深海透さんは、小学生の娘からもらったこの笛を、いつもお守り代わりに持ち歩いていました
エリ:……
男:よっぽど、あなたからもらえたのが嬉しかったのでしょう。
男:彼は、娘も奥様も心の底から愛していた/
エリ:噓よ!
エリ:どうしてそんなデタラメな話をするの?
エリ:アイツは私もお母さんも見捨ててどっか行っちゃったのよ!
エリ:愛してるわけないじゃない!
男:(語気を強めて)あなたのお父様は失踪したんじゃありません!
エリ:どういうこと?
男:お父様は川で溺れて、この世を去ったのです
エリ:っ!?(絶句)
0:指を『パチンッ!』と鳴らす男
0:店内にBGMが流れる
0:(適当なタイミングでF・O)
男:あなたとお父様が山に魚釣りに行った日、あなたは川に落ちて流されてしまった。
男:その時 慌てたお父様は川に飛び込んであなたを助けようとした。
男:だけど、あなたのお父様はカナヅチでした。
男:あなたが泳げないのは、お父様ゆずり。
男:そうですよね?
エリ:はい…
男:それでも あなたを助けたい一心で、あなたを追って川に飛び込んだ
0:川に飛び込む音
男:お父様は、溺れながらもポケットから笛を取り出した。
男:そして助けを呼ぶため 手足をバタバタさせながら必死に笛を吹き続けた。
男:その笛の音に気付いた近所の中学生が、あなたが溺れているのを見つけて助けに来た。
男:しかし中学生が見たのはあなただけだった。
男:きっとあなたのお父様は中学生が来るのが見えて、安心して力尽きたのでしょう
エリ:何それ、そんなの絶対噓よ!
エリ:お母さんは あの人はどっか遠くに行ったって/
男:(遮って)そういうことにしたのでしょう。
男:あなただけには!
エリ:……
男:あなたの命を助けようとしてお父様が命を落としたなんて、まだ幼いあなたには言えなかった。
男:いずれあなたにも本当のことを話すつもりだったと思います。
男:けれど、お母様は…
エリ:そんな…
男:この笛は、あなたの命を救った笛です。
男:まさにお守りです。
男:たとえ値段が安くても、お金では絶対に買えない想いが詰まっているのです!
エリ:この笛を、お父さんが…
男:はい。
男:だから、決してやっすい思い出だなんてことは
エリ:……あの
男:はい
エリ:笛…吹いてみても良いですか?
男:どうぞ。
男:その笛はもう、購入したあなたの物です
エリ:思いっきり吹いてみても良いですか?
男:ええ。
男:あなただけのBAR TIMEですから
0:「ピィー!」「ピィー!」と、
0:エリが何度も何度も笛をふく……
エリ:お父さん…(涙)
男:あっ。ハンカチ、ハンカチ。
男:(匂いをかいで)ちょっとくさいけど、まっ、いっか。
男:(イケメン風に)これ、使えよ
エリ:誕生日…
男:はい?
エリ:私の誕生日なの。
エリ:1月30日は…
男:あ、1月30日で130円。
男:あなたの誕生日は、今日でしたか。
男:それはそれは、お誕生日おめでとうございます
エリ:良かった。
エリ:私は ひとりぼっちじゃなかった
男:喜んでいただき なによりです
エリ:マスター、ありがとうございました
男:いえいえ、まぁ店としてはたいした売り上げにはなりませんが/
エリ:んあ!?!?!?
男:んあ?
エリ:どっかで見た顔だと思ってたんだよな。
エリ:川で溺れた私を助けてくれた中学生って、あなたよね?
男:違います
エリ:ええ?
男:他人の空似です
エリ:そんなことない。
エリ:あなたの名前だって覚えてる。
エリ:ていうか、思い出した
男:やめて下さい
エリ:あなたの/
男:(焦って)やめて、本当にやめて
エリ:名前は/
男:まじで? お願い!
男:あっ、そこでワイン買って来るから!/
エリ:タチバナ マサトー!
男:あぁ〜〜〜(くずれ落ちる)
エリ:まさか命の恩人が、変態だったなんて
男:変態って言わないで。
男:これでも紳士を目指しているので
エリ:いや、無理があるって
男:え、そうなの?
エリ:(笑って)そうだよ。
エリ:でも、どうして私がお父さんにあげた笛をあなたが持っていたの?
エリ:しかも希望価格って どういうこと?
男:当店で扱っている商品は全て亡くなった方から買い取った物なのです。
男:本当は企業秘密ですけど
エリ:は?
エリ:それって死んだ人から物を買ってるってこと?
男:(重々しく)はい
0:沈黙
エリ:まっ、またまた〜。
エリ:そんな訳ないじゃん!
エリ:だったらさ、あなたも死んでるってことになるのよ!
男:1千万です!
エリ:1千万!?
男:はい。
男:それが知りたいのなら このBARを買って下さい。
男:私とこの店の思い出を
エリ:……良いわ!
男:うそー?
エリ:カードで良い?
男:いやいやー。
男:ここを売ってしまったら私には行く所がありません。
男:それにこのBARには とてつもなく大きな秘密が/
エリ:大丈夫よ
男:な、何が?
エリ:私がこのBARを守るから
男:はい?
エリ:この店も あなたとあなたのお父さんとの思い出も、私が守ってみせる。
エリ:私とお父さんとの思い出を大切に守ってくれたみたいに。
エリ:絶対にあなたのことを忘れない。
エリ:だから話して。
エリ:あなたと このBARの思い出
男:本気ですか?
エリ:明日からこのBARのマスターは、わ・た・し
男:(笑う)かしこまりました
0:指を『パチンッ!』と鳴らす男
0:店内にBGMが流れる
0:(適当なタイミングでF・O)
エリ:(N)まさか私がBARのマスターになるなんて。
エリ:人生何が起こるか分かりませんね。
エリ:それでも今は最高の気分です!
エリ:だから私が生きているのか、それとも死んでいるのか、とか。
エリ:そんな野望なことは聞かないでよね。
エリ:それはまた別の物語で…
エリ:(楽しそうに)この話は高くつくわよ〜
0:店の扉が開き、揺れるベル
エリ:あっ、いらっしゃいませー!
0:(了)