台本概要

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タイトル 天使と悪魔と捨て猫と。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル ファンタジー
演者人数 5人用台本(男2、女2、不問1) ※兼役あり
時間 90 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ◇あらすじ◇
敵対する天使と悪魔が拾った猫を切っ掛けに仲良くなる話。自らの宿命と、心の狭間で揺れる天使と悪魔の物語。

◇備考◇
・総文字数54,000字程度のため、90分余裕で超えるかと思います。
・主役二人(ドライアン、カルミア)に台詞の比率が偏っています。
・読み仮名、ルビは『漢字《かんじ》』または『|当て字《あてじ》』の形式で書いています。
・過去に三分割で投稿した作品の加筆修正版です
・登場キャラ数は、モブ含め15ですが配役によって支障なく5人で回せます。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ドライアン 694 名前=ドライアン・ダラス 種族=悪魔 性別=男 備考=鈍感系。 兼ね役=(悪魔C)
カルミア 654 名前=カルミア・ラティフォリア 種族=天使 性別=女 備考=ややツンデレ。 兼ね役=(天使C)
グレモリア 205 名前=グレモリア・グリモニー 種族=悪魔 性別=女 備考=一途な後輩。 兼ね役=(悪魔A)(天使D)
レリア 157 名前=レリア・アンセプス 種族=天使 性別=男 備考=姉を溺愛。 兼ね役=(天使B)(悪魔D)
ウル 不問 75 名前=ウル 種族=猫 性別=メス 備考=「みゃあ」しか台詞がありません。 兼ね役=(天使A)(悪魔B) Part1~3まで通しでやる場合はベルとの兼ね役推奨。
ベル 不問 40 名前=ベル 種族=ケルベロス 性別=オス 備考=普通に喋る。 備考=神の声。 兼ね役=(声) Part1~3まで通しでやる場合はウルとの兼ね役推奨。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:天使と悪魔と捨て猫と。 0:◆Part 1◆ : 0:◇Phase 1◇ 0:【戦場】 : 0:響く雷鳴と剣戟の音。 0:悪魔〈ドライアン〉と天使〈カルミア〉が戦いながら話している。 : ドライアン:ぬおおっっ!! カルミア:っは! ドライアン:てりゃぁっ!! カルミア:――遅い。とぁ! ドライアン:っく! ふははは! 相変わらずやるじゃねぇか、天使さんよぉ! カルミア:貴様もな。 ドライアン:おぉ、なんだぁ? 認めて……っ! くれるってかぁ? 可愛い天使よぉ! カルミア:はぁぁあっ……! やめろ、――鳥肌が立つわ。ウスノロ悪魔。相変わらず貴様は弱いと言ったまで。 ドライアン:そう、かよっ! その割にはいっつも俺に勝て無いじゃねぇか、えぇ? カルミア:旗色《はたいろ》が悪くなると貴様がいつも無様に逃げるからだろう。いい加減見飽きたわその背中。 ドライアン:っは、てめぇこそ顔色が悪いぜ。こうやって正面切って闘ってっと、泣きそうな面しやがるくせに。いつもは許してやってんだ、弱い者いじめは好きじゃねぇからよ。 カルミア:悪魔のくせによく言う。貴様の顔が見るに堪えないからだ。この私が手を抜いているとも知らず図に乗りおって。……いや、口が減らないのは悪魔だから、か? ドライアン:はぁ? カルミア:言葉で誑《たぶら》かすだけしか能がないから、無い頭を抱えて、尻尾巻いて逃げるのだろう? 負け犬が。 ドライアン:上等だ! 脳筋ゴリラ天使。今日こそはその高ぇとこから引きずり下ろして土下座で泣かしてやる。 カルミア:っは! よかろう。今日こそは地に平伏させてその汚い声で鳴かしてやるわ。 : ドライアン:うおぉぉぉぉ! 天使ぃぃっ! カルミア:はぁぁぁぁっ! 悪魔! : 0:続く剣戟の音と、時折混ざる両者の怒声や笑い声。 0:やがてその音が止むと、仰向けに寝転がり息の上がった二人の声。 : ドライアン:……っく、はぁ、はぁ―― カルミア:……ん、はぁ、はぁ―― ドライアン:ぁぁあ、っくそ、またか! カルミア:こちらの、台詞だ。忌々しい……! ドライアン:何度目だ、えぇ? カルミア:そんなもの数えるか、馬鹿者。 ドライアン:はは、教えてやる、これで七十四回だ。 カルミア:っ、貴様いちいちそんなもの数えておったのか、……だから負けるんだ。 ドライアン:負けてねぇ、引き分け。 カルミア:天使にとって悪魔との引き分けなぞ、敗北と同義だ。 ドライアン:っは、生きてる限り勝ちなんだよ、俺達悪魔は。 カルミア:ふん、汚らわしい。 ドライアン:お綺麗なこった。 カルミア:当然だろう? 私は天使カルミア・ラティフォリア、高潔なる神の使徒だ。だから敗北は許されない。 ドライアン:っは。合わねぇな。この俺、悪魔ドライアン・ダラスは自由と勝利を愛してる。だから自由に生きている限り俺の勝ちだ。 カルミア:そんな思想、未来永劫合ってたまるか。口を慎め悪魔め。 ドライアン:閉口だけに平行線だな天使さま? くはは。 カルミア:喧しい。……しかし、生きている限り、か。我々は何のために生き、そして殺すのだろうな。 ドライアン:何だ? 今日の天使さまはピロートークがお望みか? カルミア:貴様、今すぐにでも八つ裂きにされたいか? ドライアン:おいおい、冗談だよ。熱くなんなって。 カルミア:気色の悪い冗談はやめろ、寒気がする。 ドライアン:へいへい。まぁ、んなことしたら冗談抜きで昇天しちまうだろうけどな。 カルミア:こちらは闇に墜ちる。死んだ方がマシだ。その時はお前も殺すが。 ドライアン:おー、こえーこえー。――まぁ、でもよ。そういう運命《さだめ》だ。俺達は。 カルミア:うん? ドライアン:俺は思うんだよ、こうして生きてっと。俺達はきっと、出会うために生きているんだ。ってな。 カルミア:何? ドライアン:生きて、出会う。だってよ、死んでたら出会えないからな? カルミア:当たり前だろう。 ドライアン:そう、当たり前のように生きて出会い、そして―― : 0:間 : ドライアン:――殺すんだ。 カルミア:――殺すのだ。 : 0:雨が降り始める音。 : 0:◇Phase 2◇ 0:【帰路】 : 0:足を引きずり、雨の中を歩くドライアン。 : ドライアン:ああ、っ痛ぇなぁ……。また負けちまったじゃねぇか、情けねぇ。我ながらなんて運の悪さだよ。行く先々に出やがって、あのゴリラ天使。 ドライアン:――運命《さだめ》、か。 ドライアン:……っは。あほらし。いつかは殺すんだ。何十回巡り会おうとそんなもんは関係ねぇ。それが宿命《さだめ》だ。 ドライアン:にしても、痛ぇな。あいつ、ほんとに手加減なんてしてんのかよ。……そんな訳ねぇか。所詮負け惜しみだ。まぁ、引き分けだが。 ドライアン:良くて、引き分け……か。 : 0:小さな猫〈ウル〉の鳴き声。 : ウル:みゃあ。 ドライアン:んあ? 何だ――猫、か? : 0:ドライアン、捨てられた猫を見つける。 : ドライアン:おいおい、こんなところでどうしたんだよおめぇ。もしかして……捨てられたのか? ドライアン:そいつは運が無かったな。まぁ、ひとのこと言えねぇか。そしてお前は家がねぇ。くははははは、傑作《けっさく》だ。 ウル:みゃあ。 ドライアン:お、ウケた? そいつは結構。なんだお前、案外ノリの良い猫だな。 ウル:みゃあ。 ドライアン:ふうん。こんなところで放って置かれるのもかわいそうだし、ここに通りがかったのも何かの縁だ、よし俺がお前を――殺してやろう。 ウル:みゃあ。 ドライアン:お前が待つのは救いの神か、それとも死か。んなもんどっちだって同じだよな? ウル:みゃあ。 ドライアン:でもよ、こんなとこに捨てられて死にかけてるわりには、良い目をしてるぜ、お前――天命《さだめ》なんて逆らってやる。そんな目だ。 : 0:間。 : ドライアン:……よし。気に入った。 ドライアン:お前、俺と来ねえか? ウル:みゃあ。 ドライアン:即答だな。良いぜ。お前は今日から俺の家族だ。 ウル:みゃあ。 ドライアン:名前は、そうだな。……その瞳と、この雨の下で出会えたから、ウル――なんてのはどうだ? ドライアン:嬉しそうじゃねぇか。 ウル:みゃあ。 ドライアン:……おいおいおい。この俺は生まれてこの方、ずっと犬派だったが、何だよ猫も悪くねぇもんだな。 ウル:みゃあ。 ドライアン:……犬? あ。ベルのこと忘れてた。おまえ、ベルと仲良くできっか? ウル:みゃあ? ドライアン:うん、お前は大丈夫そうだが、問題はベルの方か。うーん、あいつ小せぇもん何でも囓《かじ》るからな……。困ったな。 ウル:みゃあ。 ドライアン:おいおい、そんな目で見るなよ、ウル。見捨てねぇよ。一度拾った命だ、しっかり面倒見るぜ。悪魔ドライアン・ダラスに二言はねぇ。 ウル:みゃあ。 ドライアン:……ってもなぁ。あー……どうすっか。代わりに誰かに押しつけるか? へへっそれは最高に悪魔っぽいな。よし。 ウル:みゃあ。 ドライアン:――『悪魔ドライアン・ダラスの名において、我と彼の者に水晶の蔓《つる》を結わえよ。信羅伝晶《クォーツ・ウェイブ》』 : 0:電話のような発信音。 : グレモリア:はい、あなたのグレモリア・グリモニーっす。 ドライアン:グレモリア、俺だ。 グレモリア:知ってますよ。今時、悪魔式通信魔法通称『アマホ』でかけてくる悪魔なんてドライ先輩くらいですからね。いい加減スマホくらい持ったらどうすか? 文明の利器、便利っすよ。 ドライアン:必要ない。 グレモリア:いや、こっちが不便なんでやめて欲しいんすけど。久しぶりだと頭ガンガンするんすよね、これ。脳に直接声響くのって片頭痛持ちのあたしにはなかなか辛いものが……。 ドライアン:お前の都合なんて知らねぇよ。頭カチ割れろ。 グレモリア:ああっ! 流石先輩! 鬼畜で素敵だな~、正に悪魔の鑑! あたしの憧れっす! ドライアン:うるせぇ、お前と話してると頭キンキンするんだよ。 グレモリア:おそろいっすね。あたし達、今頭痛で繋がってるっす……ね。っは! つまり今あたしの脳は先輩の脳で、先輩の脳はあたしの脳。あたしの中に先輩がいて、先輩があたしの中に……。あたしは今、先ぱ―― ドライアン:――やっぱ何もねぇわ。 : 0:ぶつっと切れる音。 : ドライアン:…………こちらドライアン。 グレモリア:ちょちょちょ、切らないで下さいよ。てかあたしアマホ久しぶりにかけましたよ。 ドライアン:本当は切り刻んでやりたいんだが。 グレモリア:流石先輩ドライっすね。ドライ先輩だけに。 ドライアン:お前のその粘着質、どうにかならんのか? グレモリア:無理っすね。あたしの心はいつもドライ先輩で潤《うるお》い、ドライ先輩の為にヌチャってるんすよ。あたし、いつでも準備出来てますから! ドライアン:うるせぇ涸《か》れろ。 グレモリア:いけず。……それで何のご用ですか? あの先輩が、珍しく、このあたしに。愛の告白ならこの胸の鳴りやまぬ動悸《どうき》に誓って慎むことなく二つ返事でオーキードーキーです。 ドライアン:喜ばしいことに違う。 グレモリア:それは残念です。では、仕事の? ドライアン:それも違うな。 グレモリア:では何でしょう? 一緒に暮らそう! とか。 ドライアン:惜しいな。 グレモリア:ですよねー……ん? え、マジすか? ドライアン:まぁ、住む場所は探してる。 グレモリア:ちょちょちょちょちょ! マジすか! イェア! あたしの時代来たか、おい! 是非、一つ屋根の下にと言わず、一つになりましょう! やったー! 一心同体だぜ! ドライアン:あー、俺じゃ無いんだ。 グレモリア:え? 俺じゃ無い? どういうことですか? ドライアン:探してるのは俺のじゃ無くて、まぁ、その、ウルのなんだよ。 ウル:みゃあ。 グレモリア:ウル? ……何すか? どこの女すか、そいつ。 ドライアン:いや、女とかじゃ無くて、猫だ。今さっき拾って名付けた。ふふふ、可愛いだろ? あ、でもメスだなこいつ。 ウル:みゃあ。 グレモリア:……へぇ、つまり。 ドライアン:うん? グレモリア:どこぞのメス猫をうちに置けと先輩は仰るのですね? ドライアン:まぁ、そうだな。ほら、うちにはよ、ベルがいるから猫飼えないんだよな。で、お前に頼もうと思って。 グレモリア:……すみませんが、いくら先輩のためでもそれは出来ません。あたし、先輩にかわいがられてる生き物見ると嫉妬で殺しちゃいますから。 ドライアン:……おめぇベルに手ぇ出したらぶっ殺すからな。 グレモリア:あー、大丈夫っす。あいつは可愛くないので。 ドライアン:あ? 可愛いわ、馬鹿野郎。地獄で一番可愛いまであるわ。目ぇ腐ってんのか。埋めて地獄の肥やしにすんぞ。 グレモリア:それでも草一つ生えねぇのが地獄クオリティっすけど。てか、地獄のケモノで一番って、それ低すぎてお話になりませんが、相変わらずの節穴っすね先輩。恋は盲目っすか? ちなみに勿論あたしの愛は変わらず先輩以外アウトオブ眼中。アイウォンチューっすけど? ドライアン:ノーセンキューだ。 グレモリア:まぁ、マジ告白という名の挨拶はさておき、先輩の寵愛を受ける機会を賜ったクソ忌々羨《いまいまうらや》ましいその猫って、どんな猫っすか? 教えて欲しいんすけど、先輩から超、愛を受ける参考までに。 ドライアン:どんな? あー、普通の猫だよ。 ウル:みゃあ。 グレモリア:あ、スルー。……首とか目とか尻尾が多くてイカツイ感じ? ドライアン:いや。すげぇかわいい。 グレモリア:んー、翼とか角とか触手とか生えてる? ドライアン:いや、ちょこんと三角の耳が二つだけ。 グレモリア:んー、皮が岩みたいに硬いとかゲル状? ドライアン:いや、もふもふしてる。 グレモリア:んー、ドラゴンよりでかいとか。 ドライアン:いや、手に乗るくらいだ。 グレモリア:んー、牙が鋭くて凶悪な毒を持ってるとか。 ドライアン:いや、寝ぼけてしてくる甘噛みがチャーミングだ。 グレモリア:んーーーー、見たら死ぬとか。 ドライアン:いや、明日も生きようって思えてくる。 グレモリア:んー、…………普通の猫っすね。 ドライアン:そうだよ。捨て猫だ。 グレモリア:じゃあ、やっぱダメっすね。 ドライアン:どうしてだ、猫嫌いか? それとも、お前んちペット駄目か? グレモリア:まぁ、あたしは別に好きでも嫌いでも無いんすが、あたしのそば居たらその子、多分……死ぬか魔獣になりますね。 ドライアン:マジか。 グレモリア:てか、そもそも地獄の環境に耐えられないと思います。弱いですからね、普通の生き物は。だから、先輩の頼みを断るのはマジ断腸《だんちょう》の思いっすけど、そういう訳であたしは、先輩のこのお願いには応えられないっす。それ以外のどんな卑猥《ひわい》なご期待でも二つ返事で応えられますが。寧ろ期待を遥かに超えて行けるとすら自負しますが! ドライアン:お前さぁ。……まぁいいや。 グレモリア:いや、ツッコんで下さいよ! ドライアン:いやだ、疲れた。 ウル:みゃあ。 ドライアン:お前も疲れたよなー。取り敢えずメシやらねぇと。んじゃ、切るわ、グレモリア。 グレモリア:あ、待って下さいっす。 ドライアン:何だよ? グレモリア:見つかると良いっすね、飼ってくれるやつ。 ドライアン:おう、ありがとよ。まぁ、あてが無いことも無い。 グレモリア:それは良かったっす。あ、それから―― ドライアン:何だ? グレモリア:――愛してます。 : 0:間。 : ドライアン:冗談は、よせ。 グレモリア:ええ、半分冗談っす。 ドライアン:切るぞ。 : 0:ぶつっと切れる音。 : グレモリア:半分、本気っすけどね。 : 0:◇Phase 3◇ 0:【帰路2】 : 0:ふらつきながら飛翔する天使カルミア。 : カルミア:はぁ、はぁ、…………っく、悪魔ドライアン・ダラス。 カルミア:……あんな……はぁ、化け物相手に、互角の戦いをしておったのが、不思議だ。あの軽口、余裕な態度。まさか手を抜かれておるというのか? この私が、遊ばれている……? だとしたら、次は、無いかも知れぬな。しかし―― : 0:間。 : カルミア:――天使に敗北は許されぬ。その先にあるのは死だ。 カルミア:とはいえ、勝利の果てに何があるというのか? カルミア:決まっている。 カルミア:戦いだ。新たな敵。私は、脅威を打ち払う。生きておる限り――殺す。生きている限り、勝利なんて。でも。もし私があいつのように――いや、そんな志では今度こそ負けてしまう。 カルミア:気合いを入れろ。ははは、私らしくない。こんな姿、レリアには見せられぬな。それに……あいつにだって――いや、詮《せん》無いことだ。 カルミア:……そう、次こそは。次に会ったときこそは、この手で仕留めてやる。待っておれドライアン・ダラス! カルミア:ふふふふふ、ドライアン・ダラス! ドライアン・ダラスゥーーっ!!!! : 0:ドライアン、音もなく現れる。 : ドライアン:呼んだか? カルミア:ほぁっ!? ドライアン・ダラス?! ドライアン:ああ、俺だが。 カルミア:貴様、どうしてこのようなところに! 事と次第によっては八つ裂きにするぞ! いや、今すぐこま切れだ! この世に貴様がいたという痕跡すら残ると思うなドライアン・ダラス! ドライアン:いや、怖ぇな。というかよ、その……、 カルミア:何だ……? ドライアン:そんな何度も名前呼ばれるの初めてだから、……なんていうか、むずがゆい。 カルミア:なっ!  : 0:間。 : ドライアン:どうした? 気分でも悪いのか? カルミア:あ、ああそうだな……! この悪魔め! 悪魔め! 貴様の名前など口にしたせいで気分が最悪だ! ははっ! ははははは! あぁぁぁ……! ドライアン:カルミア。 カルミア:へ? ドライアン:カルミア・ラティフォリア。実はお前に、折り入って頼みがある。 カルミア:な、何だ急に!? 私は天使だぞ! 貴様の頼みなぞ―― ドライアン:天使だからこそだ。お前が天使だから頼むんだ。突然ですまないが、聞いてくれるか? カルミア:……いつもはこちらの都合など気に留めず一方的に話し始めるくせになんなのだ? しょうもない話なら本当に八つ裂きに―― ドライアン:――お前だけが頼りなんだ! カルミア:なっ! 一体、どうしたというのだ? ドライアン:なぁ、天使カルミア! 頼む! カルミア:お、落ち着くのだ、なぜ私を頼る、悪魔のお前が。 ドライアン:お前以外に思いつかなかった! カルミア:わ、私以外いない……? ど、どうして? ドライアン:……お前が天使で、信頼できるやつだからだ。 カルミア:信頼?! 馬鹿を言うでない! っは! 分かったぞ、いつもの軽口だ、狂言だ。油断させておいて、その隙を突くつもりであろう、卑怯者め! その手には―― ドライアン:俺はお前にだけはそんなことしない! カルミア:へ? ドライアン:何度剣を交えたと思う? 七十四回だ。一度として勝てていない。今となってはどんな仲間よりお前と俺は戦場で相見《あいまみ》えてきた。だからお前とは正々堂々決着をつけるって決めてんだ。こんなところで、俺はそれを穢《けが》したくない。この戦いは特別なんだ! その気持ちに偽りは無い。お前もそうだろう! カルミア:……! ああ、悔しいがその通りだ。この戦いを特別に思う気持ちが私に無いと言えば嘘になる。だからこそ! ならばこそ何故、貴様は今ここに現れた? 再び戦場で相見えるのが道理では無いのか? 貴様は一体私に何を願おうというのだ? 何を望み、何を叶えんとするのか? 言え、悪魔ドライアン・ダラス。あの馬鹿正直なほどに真っすぐな剣に誓って、正直に。貴様はこの天使カルミア・ラティフォリアに何を願う? ドライアン:命を――。 : 0:間。 : ドライアン:命を、救って欲しい。 カルミア:命……? ふざけるな! この期に及んで命乞いなど見損なったぞ! 一瞬でも分かり合えたと思った私が間違っておったわ! この腐れ悪魔! やはり貴様など生かしておくべきでは―― ドライアン:――お前がいないと生きていけないんだ! カルミア:……なっ!? : 0:間。 : ドライアン:頼む。 カルミア:んあっ?! なななな、何を言っておるのだ貴様! どういうつもりだ! そそそ、それはそのつまりあの、えっと、そそそそ、そういう意味か?! とっ、とととと特別とは、まままままさか、そそそそそんな、分かっておるのか!? ドライアン:分かっている。当然だろう? カルミア:当然って、貴様……私と貴様は殺し合うのが当然の天使と悪魔だぞ? 敵同士なのだぞ! そんなこと許されるわけがない! ドライアン:でも、お前にしか、頼めない。 カルミア:わ、私は、いや私達は――そういう風に生まれ落ち、そういう風に死して果てる天命《さだめ》なのだ。誰に何をどう願ったところで、それは変えられぬ。変えられぬから戦うしかないのだ。殺し合うことが互いの存在を存在たらしめる宿命《さだめ》なのだ! それを、それを今更、違う形になど……。冗談にも程がある! ドライアン:聞いてくれカルミア! カルミア:無理だドライアン! ドライアン:でも俺は真剣なんだ! カルミア:ば、馬鹿馬鹿しい! これ以上近付くと――斬る! : 0:カルミア、剣を抜き放ち、ドライアンに向ける。 : ドライアン:斬ってくれて構わない。 カルミア:何……? ドライアン:けどその代わり少しでいいんだ、聞いてくれカルミア! カルミア:ち、近寄るでない! 脅しではない! 本気だぞ私は! ドライアン:俺だって本気なんだ! カルミア:な!? : 0:ドライアン、カルミアに詰め寄る。 : ドライアン:俺は、本気なんだよ、カルミア。 カルミア:…………っ! ドライアン:…………。 : 0:見つめ合う二人。 : カルミア:っく、わ、分かった。頼みを、聞こう。 ドライアン:ほ、本当か?! でもまだ俺は何も―― カルミア:みなまで言うな! 分かっておる。ドライアン。 ドライアン:カルミア……? カルミア:今更言葉を交わさずとも、貴様の考えていることなど分かる。貴様と私、何度剣を交えたと思うておる? ドライアン:ありがとう! お前のその懐の広さは、女神にだって引けを取らないだろう。いいや、寧ろお前こそ女神だ! カルミア:めっ!? し、しかし、それはこの身には余る不遜な形容だ。やめて欲しい……。 ドライアン:だが俺はそれくらいお前のことを! カルミア:だ、だとしても、私と貴様は対等な筈だ。対等な天使と悪魔で好敵手。そこに上下や優劣などない。いや、これからのことを思えば、そんな物、あってはいけない。その関係性がどれだけ居心地の良いものであろうと、片翼だけに重荷がかかるなど、言語道断。違うか? ドライアン:それは……! その通りかも知れないな。すまん。俺が間違っていた。 カルミア:っふ。構わんさ。しかしこれは随分(ずいぶん)険しい道だな。 ドライアン:ああ、そうだろうな。 カルミア:よもやこのような形で運命《さだめ》に逆らうことになろうとは。ついぞ思わなかった。 ドライアン:すまない、俺のせいで。 カルミア:ドライアン。つい先刻言ったばかりだぞ? 顔を上げろ、自分の選択に自信を持て、ドライアン・ダラス。 ドライアン:お、おう、そうだったな、カルミア・ラティフォリア。たとえそれがどれだけ険しい道だろうとも、俺は顔を上げるさ。 カルミア:ふふっ、貴様となら不思議と不安は感じない。寧ろ、希望に溢(あふ)れているほどだ。 ドライアン:それは頼もしい限りだ。俺も、お前となら乗り越えられるって信じてるぜ。 カルミア:ああ。貴様がそう言ってくれると心強い。どんな困難が待っていたとしても、乗り越えてみせよう。 ドライアン:幸せにしてくれよな。 カルミア:っふ、随分ひと任せだな。良いだろう。天使カルミア・ラティフォリア。全身全霊を以て幸せにすると誓おう。 ドライアン:ありがとう! お前がいてくれて本当に助かった! カルミア:ふふふ、これほど心が躍ったのは初めてだ。ドライアン、これからは私と共に―― ドライアン:――じゃあ、ウルを頼んだぞ。 : 0:ドライアン、カルミアの腕の中にウルを押し付ける。 0:腕の中のウルと、カルミアが暫し見つめ合う。 : ウル:みゃあ。 : 0:間。 : ウル:みゃあ。 カルミア:…………猫? ドライアン:ああ、可愛いだろ? ウルって名前なんだ。幸せにしてくれよな。 カルミア:ちょっと―― ドライアン:ん? カルミア:ごめん。ちょっと、待って。いや、持っててくれ。 ドライアン:うん? ウル:みゃあ? : 0:カルミア、ドライアンにウルを預ける。 : カルミア:……あー、……はいはい。……あー、はは、はは、成る程、あっ、あっ、あっ、そういう、あ―…………は、はははは、ははははははは! ぬぐぅ……あ、ああ、あああ、あああああ、あああああああああああああああああああああああーーーーーーーっ! ドライアン:ど、どうしたんだよ、カルミア?! カルミア:あああああああああああああああああああああああああ。 ドライアン:大丈夫か! しっかりしろカルミア、待ってろ、その辺でちょっと回復術使えそうな天使探して――。 カルミア:――待て! : 0:間。 : カルミア:大丈夫だ。 ドライアン:いや、でもよ? カルミア:大丈夫だ、問題ない。 ドライアン:けど、あんな姿のお前見たこと無いぞ? カルミア:何でもないと言っている。ただ、少し、そうだな、うん。見たこともないほど可愛いらしい猫ちゃんの姿に少し、ほんの少し、動揺しただけだ。 ドライアン:そ、そうか? カルミア:そう。そうなのだ。他意はない。だから気にするな。 ドライアン:ほ、ほんとか? ドライアン:そ、そうか? カルミア:……天使は、嘘を、吐かない。 ドライアン:…………。 カルミア:…………。 ドライアン:それはそうだな! カルミア:ああ……。 ドライアン:お前が嘘つくはず無いもんな! 疑ってすまなかった! カルミア:ああ、うん、……そうだ気にするな。 ドライアン:でもよ、ってことはほんとに頼んで、良いんだよな? お前に断られたら、こいつはもう……。 カルミア:ああ、分かっておる。心配するな。天使にお任せだ。 ドライアン:お前って、やっぱりほんとに良いやつなんだな。 カルミア:へぇっ!? て、てて、天使として当然、だ。 ドライアン:俺が言うのも何だが、七十四回も戦ってきた永遠の敵が連れてきた捨て猫の面倒を何も聞かずに見てくれるなんて、さすが天使! カルミア:う、うむ、当然だ。 ドライアン:やっぱり悪魔とは心の在り方が違うんだろうな。 カルミア:そ、そうだな。 ドライアン:ほんとにありがとな。流石悪魔ドライアン・ダラスの宿敵だ。 カルミア:き、気にするな。 ドライアン:じゃあ、頼んだぜカルミア。あんまり長居すると他の天使に見つかるかも知れねぇから、今日のところはこの辺りで。 カルミア:き、気をつけろよ? 夜道とか背後とか。 ドライアン:おん? ははっ、そうだな! あ、またなんかあったら呼んでくれよ。あと、お前なら大丈夫だと思うけど、育て方のメモ預けとくわ。 ウル:みゃあ。 : 0:ドライアン、カルミアにウルとメモの束を手渡す。 : カルミア:ああ、い、いらぬ心配だ。 ドライアン:そいつは頼もしい。じゃあよろしく頼んだ。ウルのこと。 カルミア:ああ……。 ドライアン:じゃあな、また、戦場で! ……ってのも味気ねぇか。んー。 : 0:間。 : カルミア:ドライアン……? ドライアン:お前と敵で本当に良かった。 カルミア:…………。 ドライアン:今度ばかりはお前との宿命《さだめ》に感謝だ。じゃあな。 : 0:ドライアン、去る。 : カルミア:敵、か。……会えて良かった、と言って欲しかった。などと願うのもおかしな話か。 : ウル:みゃあ。 カルミア:ん? ……そなた、ウルというのか? ウル:みゃあ。 カルミア:確かに、衝撃的過ぎて具《つぶさ》に見ておらなんだが、ふふっ、なかなか可愛いではないか。よしよ―― : 0:カルミア、ウルに手を伸ばす。 : ウル:みゃ。 カルミア:あ。 : 0:が、指を囓られる。 : カルミア:……痛い。 : ウル:みゃみゃ。 : 0:更に、その手を引っ掻く。 : カルミア:だ、だから、痛いのだが……。 ウル:みゃ。 カルミア:あっ。 : 0:ウル、カルミアの腕を尻尾で叩いて跳び降りる。 : カルミア:……こんなことで、果たして上手くやっていけるのだろうか? ウル:みゃあ。 : 0:◇Phase 4◇ 0:【カルミアの家】 : 0:疲れ果てたカルミアが倒れている。 : カルミア:ああ、ウル……、そなた、ちょっとやんちゃすぎるぞ……。 カルミア:私のお気に入りのハープで爪研ぐし、雲のベッドはマーキング。雌猫だから大丈夫って書いてあるこのメモは何なのだ!? それに研究中の魔方陣も一から組み直し――あぁぁぁぁ……。 カルミア:安請け合いするんじゃなかった。でも、仕方ないじゃないか。思い出すのも忌々しいが、あんな! あんな恥ずかしい勘違いしてしまった私が悪いのだから! カルミア:あぁ。私って天使向いてないのか……? ウル:みゃあ。 カルミア:じっとしとると可愛いんだが、な。まるで天使のようだと形容しても良いが、この惨状どうしたものか、どう見ても悪魔の所業ぞ? ウル:みゃあ。 カルミア:やはりあやつに……いやいや。昨日の今日で頼るなんて、天使としての矜恃《きょうじ》が許さぬ! それに、今はちょっと、顔を見るのが……。ああああああ! ウル:みゃあ? カルミア:と、とりあえず、レリアに相談してみるか! : 0:カルミア、歌い始める。 : カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出を、あなたが呼ぶ声がする。星空に繋いで、|星典の囁き《スター・コネクト》」 : 0:電話のような発信音。 : レリア:あっぶね。――はい、姉さんだけのレリア・アンセプス。 カルミア:レリア。今いい? レリア:もちろんです。今、悪魔を六体ほどぶち殺しているところで……四体になりましたが、喜んで。 カルミア:そう、忙しいところすまぬな。いや、何でもない、務めに戻ってくれ。 レリア:そんな! 姉さんが謝ることではありません、こいつらがとっとと滅びないのが悪いのです、――我が絶園《ぜつえん》の調《しらべ》に惑《まど》え! |旋律の冥夜散歌《スターレス・ナイト・パーティクル》・改! : 0:無数の鈴の音と断末魔が遠く響く。 : レリア:っと……失礼。終わりました。姉さん。 カルミア:流石レリアだ。 レリア:いえいえ、取る足りない雑魚でしたから。ところで姉さん。 カルミア:うん? レリア:差し出がましい提案で恐縮なのですが、スマホを持ってみるのに興味はないでしょうか? カルミア:無いが。どうしてだ? レリア:即答ですね。今時カビ臭い天空音楽系念心術、通称『カラケー』なんて――いえ、呼び出すときに歌うお手間を省けるので、便利なのでは無いかと愚考した次第でございます。 カルミア:そんな物よりイメージ共有術の方が便利であろう? 私の見ておる光景をそのまま伝えられるし、電池も電波も気にしなくて良い。歌うのも慣れると結構楽しいものよ。ふふふ。 レリア:流石姉さん! 全く以てその通りでございます! 眼前の敵を塗りつぶす形で意識に直接干渉してくる無駄な高精細画像に気を取られて危うく死にかけましたが、いやぁ4K8K目じゃないぜ! 何度体験しても素晴らしいですねこれは3D4D超えてます! それに電池や電波いりませんもんね! カルミア:ああ。控えめに行って最高だな。 レリア:まぁ、通話にはオーバースペックすぎますし、天界は4Gどころか5Gも給電マイクロ波も余裕で飛び交ってるのでそんなの気にする要素なんてゼロなのですが。 カルミア:なんだそれは? レリア:いえいえなんでも。 カルミア:ふむ、そうか? レリア:……本当にいりませんか? スマホ。天使向け連絡アプリ『ソライン』とか便利ですし、天使の呟き『スカイッター』……今は名前が変わって『Z』ですが、これも同胞がいま何してるかとか、天界の流行やら悪魔どもの動向も分かるのでオススメなのですけど……。 カルミア:くどいな。いらんと言っておろう? レリア:そーですよね! はははは。失礼致しました。……はぁ。 カルミア:やはり『カラケー』こそ神の御業。 レリア:……それで、いかがなさいましたか? 麗しきカルミア姉さん。何か、困ったことでも? カルミア:実は猫を――拾ったのだがな。 レリア:猫? どこの泥棒猫ですか? カルミア:泥棒猫? 泥だらけで死にかけていたらしい仔猫だが。 レリア:なるほど! 流石慈悲深き僕の姉さん! ちっぽけな畜生にも憐れみを施す清廉《せいれん》なる至高の天使! カルミア:大袈裟な。 レリア:いいえ! 寧ろこんな言葉じゃ足りないくらいです! 姉さんの素晴らしさを表すには。あああ、足りない! 足りないよ! こんな言葉じゃ、姉さんへの愛が! 姉さんを、僕の愛を表すには! あぁぁぁぁぁぁ! 姉さんんんんんんん! : 0:間。 : レリア:失礼、魔力の流れが乱れていたようですね。 カルミア:そうなのか? 大丈夫かレリア? レリア:ええ。ご心配おかけして申し訳ありません。 カルミア:そうか? それで、猫のことなのだが、どうやって育てたら良いのか勝手が分からなくてな。レリアは昔、猫を飼っていただろう? そういったことが得意かと思ってな。 レリア:僕を頼ってくれて嬉しいです、恐悦至極《きょうえつしごく》ですよ姉さん! カルミア:よくわからんが。 レリア:でもあれは、正確には猫というか、|翼蠍獅子《マンティコア》を祖型《そけい》とした凶悪な霊獣の使い魔なのですが……。 カルミア:そうなのか、ではレリアには無理か。すまない、邪魔をしたな。 レリア:いえ! 全然余裕です! それに姉さんにとっては猫も獅子も|翼蠍獅子《マンティコア》も似たようなものですよねぇ! ええ、もちろんこの僕ならば! 期待に応えられますとも! カルミア:それは良かった! ちなみに猫の餌ってとりあえず何かの生肉とかそのへんの草で良いのだな? レリア:……。ものによりますが。何を食わせるおつもりですか? カルミア:栄養価が高いと聞いて狩ってきた、闘王魔牛《アーク・バッファロー》と葱頭鬼根《オニ・マンドラゴラ》だ。 レリア:……百歩譲って闘王魔牛《アーク・バッファロー》は食べられるかもしれませんが、葱頭鬼根《オニ・マンドラゴラ》は絶対死にます。近付けるのもNGです。早く処分を。そもそも猫は肉食なので草はほぼ必要ありません。 カルミア:……苦労して獲ってきたのにか? レリア:うっ……か、代わりに今度僕に御馳走してくれればうれしいなぁ! そ、そうだ! 今回のお礼として! カルミア:うむ? 分かった。 レリア:あ、ちなみにそれってどんな猫ですか? カルミア:猫に種類があるのか? レリア:ありますね。 カルミア:こんな、猫だ。 ウル:みゃあ。 レリア:ああ、……ほんと普通の猫ですね。たぶん雑種のイエネコです。 カルミア:それで、此奴は何を食べるのだ? レリア:うーん、見たところ生後二ヶ月程度でしょうか、もう普通食でもいけそうですね。 カルミア:普通食とは、何の肉だ? やはり、闘王魔牛《アーク・バッファロー》か? レリア:いや、闘王魔牛《アーク・バッファロー》は異常食です。ご自分で食べてしまえば良いと思いますが、そうですね。普通のキャットフードで良いです。 カルミア:キャットフード? どこにある? レリア:人間界で買ってきて下さい。 カルミア:人間界か……、よく知らないのだが肉屋に行けばいいのだな? レリア:いや、コンビニとスーパーとかホームセンターで売ってます。 カルミア:コンビニ……? 分かった。 レリア:それで、食事の回数は一日に二、三回くらいでしょうか。大人 になるとそんなに回数は多くなくて、ゆっくり食べるのであまり気にしなくても良いですよ。猫によって好みもあるので、カリカリだけじゃなくて、缶のやつとかもあげると良いかもしれません。 カルミア:カリカ……? 結構詳しいな、レリア。 レリア:ええ、まぁ、魔獣や霊獣は使役すると何かと便利ですからね。ああ、それと拾ってきたんですよね? その猫。 カルミア:…………あ、ああ。 レリア:何ですか、今の間は? まさか、攫(さら)ってきたんですか? カルミア:そんな訳無いだろう! ……捨て猫だ。 レリア:そうですか。 カルミア:そうだ。 レリア:……んー。だったら、まぁ一応病院に連れて行くことをオススメします。 カルミア:どうしてだ? レリア:病気とか、持ってるかも知れないので―― カルミア:「この世の遍(あまね)く病魔に警告する|奇跡の星典《ヒリング・スターライト》」 レリア:…………。 カルミア:これで大丈夫か? レリア:姉さん。それ、猫に使うやつじゃないです。 カルミア:え? 駄目だった? レリア:死の淵《ふち》の病人とかを救う……まぁ良いです。ちなみに病気の予防のために、ワクチンという―― カルミア:「汝に与えるは毒を浄化し、呪いを滅する天衣無縫の調べなり|星典の寵愛《スター・アイ》」 レリア:……病気の問題はクリアですね。わーい呪いも退ける、やったね! カルミア:他にも何か必要なのか? レリア:あー、えっと、そうですね、あとは猫のトイレと爪研ぎは必須ですね。 カルミア:ふむふむ。 レリア:それから――敵です。 カルミア:敵?  : 0:間。 : カルミア:どういうことだ、闘わせるのか? レリア? 強敵、宿敵との戦いこそが健やかなる成長に必須? やはり闘王魔牛《アーク・バッファロー》か?! レリア:いえ、そうじゃなくて! 敵が来たので失礼します、姉さん! カルミア:ああ、そういうことか。 レリア:まぁ、色々大変でしょうが精々頑張って下さい。僕も頑張りますので。 カルミア:あぁ、私なりに頑張ってみるよレリア。 レリア:あ、いえ、今のはそこの猫くんに言ったんですよ。 カルミア:そうなのか? ウル:みゃあ。 レリア:それでは、愛しております、姉さん。 カルミア:私もだ、レリア。 レリア:……はぁぁぁぁぁ! よくも姉さんとの至高の一時を邪魔してくれたな薄汚いクソ悪魔ども! 貴様らは骨も肉も跡形もなく消し炭にしてくれる! 「穿て、刻め、磨り潰せ、焼いて、焦がし、塵灰と――」 : 0:通話の切れるような音。 : カルミア:ふむ。ひとまず、キャットフードとやらを調達するか。 ウル:みゃあ。 カルミア:おとなしく待っていろ、と言ってもどうせ聞かんのだろうな。 ウル:みゃあ。 カルミア:しかしこれ以上荒れるのは勘弁願いたい。……うむ、仕方ない。ここは彼奴《あやつ》に任せるしかないか。 カルミア:いや、だが、しかし……。 カルミア:うぅ……む、いや。 カルミア:元はと言えば、彼奴《あやつ》が元凶《げんきょう》。責任もあろう。そ、そうだ! そうと決まれば。 ウル:みゃあ。 : 0:カルミア、歌い始める。 : カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出をあなたが――」 : 0:電話のような着信音。 : カルミア:え、え?! ま、まだ術は――いや、違う、これは……? ドライアン:あー、こちらドライアン。 カルミア:…………。 ドライアン:……? こちらドライアン。おーい、どうした? 天使。あれ、繋がってるよな? 失敗したかな……? そういえば、天使と繋げたって話は聞いたこともねぇな。アマホ。 カルミア:……ドライア――悪魔か。 ドライアン:ん? おう! さっきぶりだな、天使! カルミア:……! あ、ああ、さ、さっきぶり、だ。いや、これは貴様の術か……? ドライアン:ああ、試したこと無かったんだが、悪魔式通信魔術っていってな? これ天使とも通じるんだな。知らなかったわ。 カルミア:そのようだな。では、やはりカラケーも通じるのだろうか……? ドライアン:カラケー? カルミア:いや、何でも無い。それで、どうしたというのだ? ……悪魔である貴様が、このように気安く連絡してくるなぞ、……虫唾《むしず》が走るが。 ドライアン:ひでぇな。 カルミア:あぁ。ひどい気分だ。 ドライアン:っへ。そうかよ。 カルミア:しかし――故に危急の用なのであろう? 申してみよ。もし違ったら、殺す。 ドライアン:おうおう、おっかねぇ天使さまだなぁ。そうなんだよ、一つ忘れていたことがあってな。 カルミア:なんだ? 懺悔《ざんげ》か? 悪魔の懺悔《ざんげ》なぞ聞き入れる気は無いが。 ドライアン:ちげぇよ、メシ! カルミア:メシ? 食事のことか? ドライアン:そうそう、お前にウルのこと任せちまったからな。それくらいは俺が持とうと思ってな。 カルミア:……つまり食事を、その、奢る、と? ドライアン:ああ。まぁそれくらいはな。 カルミア:貴様! 私達は曲がりなりにも天使と悪魔だぞ! それは戦場でいくら剣を交え、こうして魔術で……つ、繋がろうとも変わらぬ。その申し出は受け入れられない! ドライアン:お堅いことだなぁ。だからこそ、貸し借りは無しにしたいんだ。 カルミア:貸し借りなぞ、対等と言ったであろう。 ドライアン:対等だからこそそうはいかんだろ。ウルのことで迷惑かけちまうのはもう仕方ねぇ、だからせめて餌代くらいは許してくれって言ってんだよ。 カルミア:…………餌代? ドライアン:天使が人間界の金なんて持ってないだろ? 悪魔の俺は伝手があるからな。 カルミア:ああ、餌代ね。……なんだ。 ドライアン:なぁ、頼むよ。 カルミア:ああ、ふぅん。まぁ良いのでは無いか。 ドライアン:ほんとか! カルミア:そのような嘘をついてどうなる。良いぞ、好きにするがよい。 ドライアン:オッケー、じゃあ持って行くわ。ウルにも会いてぇしな! カルミア:え、いや、貴様来るつもりか?! 第一、貴様は私の家の場所を知らんだろ? じゃなくて、天使の家に悪魔が来るなど! ドライアン:そうでもねぇよ、この念心で大体の方角は分かったから、あとはそっちに向かって飛べば良い。 カルミア:その手があったか。じゃなくて、む、無理だやめろ! ドライアン:なぁに、お互い、戦場で何度も出くわしてるんだ。近くにいればお前の気配は分かるし、出会おうと思って出会えない訳はねぇ。 カルミア:いや、そういう問題じゃ……! ドライアン:カルミア。 カルミア:な、何だ? ドライアン:餌買ってすぐ行くから待っててくれよ! カルミア:本気か貴様! おい、ドライアン! ドライアン!? : 0:電話の切れるような音。 : カルミア:彼奴《あやつ》、切りおった……。 ウル:みゃあ。 カルミア:……というか、え、ほんとに来おるのか? 待て待て待て待て――! 私の部屋に彼奴《あやつ》が? ど、どうすれば良い? お、おいウル、どうすればいいのだ? ウル:みゃあ? カルミア:へ、部屋にレリア以外の男……いや、悪魔なぞ招いたこと無いぞ?! あぁそれに、ウル! そなたまた散らかしおって! こんな状態では幻滅《げんめつ》されてしまう! : 0:間。 : カルミア:幻滅《げんめつ》? ……は、はは。私は何をおかしなことを言うておる? されたとて、それがなんだと言うのだ? 天使が悪魔に嫌われて、何が悪い? そ、そうだ。だから。うむ。このままで、このままで問題ない。何も問題ないではないか! ウル:みゃあ。 カルミア:……いや、そんな訳なかろう。 ウル:みゃあ。 カルミア:大人しく片付けよう……。 ウル:みゃあ。 カルミア:ウル。そなたは気楽で良いな。私は気が重いわ。……いや、気のせい、気のせいだ。私は少し浮かれてなど、いない。……断じて! : 0:◇Phase 5◇ 0:【カルミアの家の前】 : 0:扉の前で買い物袋を提げたドライアンがうろうろしている。 : ドライアン:勢いで来てしまったが、……これひょっとしてマズい、か? ドライアン:……だよな。たぶん。だって俺達冷静に考えりゃ敵同士なんだぜ? カルミアの言う通りだわ……。ま、でも、来てしまったからには仕方ない。ここは潔く―― ドライアン:――いや、とはいえ。とはいえ、だ。 ドライアン:あいつが罠を仕掛けて待っている、なんてことは性格上、絶対に無いにしても、相当嫌がる可能性はある訳だ。俺だって、あいつ以外の天使が家に上がり込んで来たら顔を顰《しか》める。 ドライアン:……あれ? 以外……? と言うことは、俺はあいつなら……良いのか? : 0:間。 : ドライアン:いや。普通に無いな。 ドライアン:あいつが来る理由が無い。あいつがうちに来るとしたら、それこそ俺を仕留めに来るときか、或いはそうだな、ベルを見に来る……とか? 犬は好きなんだろうか? ドライアン:そういえば俺、あいつのこと全然知らねぇな。 ドライアン:鋭い太刀筋《たちすじ》や、辛辣《しんらつ》な舌鋒《ぜっぽう》、恐ろしい威力をした技の数々は知っているが、何が好きで、何を考えてるのか、そんなこと考えたことも無かったな。 ドライアン:つーかこいつの家……引き戸なんだな。 ドライアン:ドアノブに袋提げて帰ろうかとも思ったけど、まさかの引き戸。 ドライアン:東洋建築。インターホンも存在しないなんて予想外だったわ。 ドライアン:俺、マジであいつのこと何も知らねーのな。 ドライアン:……知らない。 ドライアン:だから、知ってみれば天使ってのも意外と悪いやつじゃねーのかもな……? : 0:間。 : ドライアン:よし。行くか。 : 0:ドライアン、扉に手をかけようとする。 0:と、目の前で扉が開く。 : ドライアン:あ。 カルミア:あ。 : 0:部屋着のカルミアが、ウルを抱えて現れる。 : ウル:みゃあ。 カルミア:と、扉の前に影が見えたから。それに気配も。 ドライアン:あ、ああそうか。そうだよな。 カルミア:う、うむ。 ドライアン:……えっと、ウルの餌、持ってきた。 カルミア:あ、ああ。……ありがとう。 ドライアン:礼はいらねぇよ。俺が頼んだことだしな、こちらこそ恩に着る。 カルミア:恩に着せるつもりはないし、礼にも及ばぬ。 ドライアン:そう、だったな。ウルも、元気そうだな。 ウル:みゃあ。 カルミア:ああ、元気だぞ。少しわんぱく過ぎるが。 ドライアン:そうなのか? カルミア:そうだ。おかげで私のお気に入りのハープは傷だらけ、 ドライアン:そいつはすまねぇな……。 カルミア:雲のベッドに粗相《そそう》をするし。 ドライアン:マジかよ。 カルミア:貴様を倒すために研究してた魔方陣はバラバ―― ドライアン:おい、何作ってんだ天使。 カルミア:むぅ、良いでは無いか。どうせバラバラになったのだし。 ドライアン:いや、そういう問題じゃねぇよ。 ウル:みゃあ。 カルミア:アレを作るのに一体どれほどかかったと……。完成したら最低でも山一つ消し飛ばせる魔法ができる予定だったのに。 ドライアン:おっかねぇ……それだけはほんとよくやったぜ、ウル。褒めてやる。よーしよし。 ウル:みゃあ。 カルミア:褒めるな。まぁ、仕方ない。また一から組み直すわ。 ドライアン:組み直すな。そしたらまた壊してくれるよな、ウル? ウル:みゃあ。 カルミア:裏切者め。 ウル:みゃあ。 : 0:二人、顔を見合わせて微笑む。 : ドライアン:……あんまり長居すると悪いだろうから、そろそろ失礼するわ。 カルミア:え? ドライアン:それじゃあな。 カルミア:――あ、待って! ドライアン:……何だ? カルミア:いや、……上がって、いかぬのか? ドライアン:……遠慮しておく。 カルミア:……何故だ? : 0:間。 : ドライアン:俺は、よ。悪魔、だからな。 カルミア:…………そう、だな。 ドライアン:お前は天使。俺達は住む世界が違うんだ。何十回出会ってもそれは変わらないだろう? カルミア:そうだな。 ドライアン:だから、俺に出来るのはここまでだ。この敷居は、きっと俺には跨げない。お前もそれを許さないだろう。 カルミア:そうだな。 ドライアン:今はたまたま、剣じゃなくて、お互いキャットフードか猫を持っているだけ。 カルミア:ああ、そうだな。こんな暢気《のんき》な場面なぞ、凄惨《せいさん》なる闘争の幕間《まくあい》に許されたほんの気まぐれのような茶番《ちゃばん》に過ぎぬのだろう。ひとたび幕が上がれば―― ドライアン:猫とキャットフードを剣に持ち替えて、いつ終わるとも知れない殺し合いを演じることになる。……んだろうな。 カルミア:私達はそういうものだったな。 ドライアン:ああ。だから、これでお別れだ。 カルミア:引き留めて、悪かったな。また――戦場で。 ドライアン:ああ。また戦場で。 ウル:みゃあ! カルミア:あ、ウル! : 0:ウル、カルミアの腕から飛び出す。 0:慌てたカルミア、倒れそうになる。 : ドライアン:カルミア! : 0:ドライアン、カルミアを支える。 : カルミア:ドライアン……。 ドライアン:カルミア……。 カルミア:…………。 ドライアン:…………。 ウル:みゃあ。 ドライアン:あっ、えっと、その、……大丈夫か? カルミア:あ、ああ! 驚いた、だけだ……。 ドライアン:そうか、……おい、腕! : 0:カルミアの腕から血が出ている。 : カルミア:え? ああ、ウルに引っ掻かれたのだな。 ドライアン:痛くないか? カルミア:ふふ、ふふふふふふ。 ドライアン:な、なんで笑う? カルミア:いや、何を今更と思ってな。貴様につけられた傷の方が何倍も痛いわ。 ドライアン:それは……そうだよな。は、はははは。 : 0:二人、笑い合う。 : カルミア:ほんとに、あれはもう、すごく痛かったぞ。 ドライアン:そうなのか? カルミア:そうだたわけ。特にあの剣に炎を纏うやつに脇腹を切られたとき。なんだあれは焼き鏝《やきごて》か! 切られて痛い上に傷も滅法《めっぽう》癒しにくい。加えて戦いのあと風呂に入るのが苦痛だった。 ドライアン:ああ|炎剣《ブレイズ・ブレイド》な。懐かしい。 カルミア:え、ダサ。 ドライアン:なに!? カルミア:そんな貧相な名前の技に苦しめられたかと思うと、傷が疼《うず》くわ。 ドライアン:うるせぇ、ほっとけ! それを言ったらお前、あのバーって広がる殺人ビームみたいなやつ。 カルミア:広がる殺人ビーム? ああ|COSS《シー・オー・エス・エス》か。 ドライアン:なんだそれ? カルミア:ああ、正式名称は|流星籠《ケイジ・オブ・シューティング・スター》だ。 ドライアン:略称まであるのかよ。かっこいいじゃねぇか、マジふざけんな。 カルミア:私は真剣だが? ドライアン:いや名前はともかく、でもあれ、本当にヤバかったからな。やたら避けづれーし、躱《かわ》したと思ったらまさかの追尾してくるし、俺の翼、プラネタリウムかよってくらい穴空いてたし、しばらく飛べなかったわ。 カルミア:それは――ウケるな。 ドライアン:ウケんな。もう塞がったけどよ。……お前はもう治ったのか? カルミア:ああ。すっかりな。うっすら傷跡はあるが、見てみるか? 臍《へそ》のあたりだ。 ドライアン:い、いやいやいや、勘弁してくれ! カルミア:そうか? ……あ。 ドライアン:どした? 軽み:いや、越えてしまった、と思ってな。 ドライアン:うん? カルミア:敷居《しきい》。 ドライアン:あ。 : 0:ドライアンの足が敷居を跨いでいる。 : カルミア:ドライアン。 ドライアン:……何だ。 カルミア:……上がって、いかぬか? ドライアン:……ああ。遠慮しておく。 カルミア:……そうか。 : 0:間。 : ドライアン:今日のところは。 カルミア:…………! ドライアン:また来るよ、ウルに会いに。 カルミア:ああ。きっと喜ぶ。ウルも。 ドライアン:じゃあ―― カルミア:ああ―― : 0:二人声を揃えて : カルミア:また会おう。 ドライアン:また会おう。 : 0:扉の閉まる音。 : カルミア:……また、か。私達は何のために生き、そして殺すのか。生きるために殺し、殺すために生きる。そういう宿命《さだめ》。私達はけれど、出会うために生きている。その言葉を、少し信じてみたくなったよ。たとえその先にあるのが命の奪い合いだったとしても。 カルミア:今はただ、この胸に渦巻く疑問を飲み下すのが精一杯だ。果たして、今日の七十六回目の出会いは私達にとってどのような意味があるのだろうな。芳しい問いだ。 カルミア:それは、或いは生きる意味より。 : 0:    《Part1 幕》   0:◆Part 2◆ : 0:◇Phase 6◇ 0:【戦場】 0: 0:響く雷鳴と剣戟の音。 0:ドライアンとカルミアが戦いながら話している。 : ドライアン:せやぁぁぁぁ! カルミア:良い太刀筋だな、だが狙いが見え見えだ! ドライアン:っくぁ! おおおぉぉ! まだまだぁっ! ふんッ! カルミア:何?! ドライアン:もらったぁっ! な、手応えが――!? カルミア:|千変万花《ヴァリアブル・ダンス》。貴様が今斬ったのは私の残像だ。 ドライアン:はぁ? そんなことまでできんのかよお前? カルミア:当然だ。貴様、私を誰だと思っておる。天使カルミア・ラティフォリアを侮ると――死ぬぞ! ドライアン:俺だって伊達にお前と剣を重ねちゃいねぇよ。見せてやるぜ、悪魔ドライアン・ダラスの最新を――なぁっ!! ドライアン:|陽炎舞踏術《ヒート・ステップ・ヘイズ》! カルミア:消えた? ドライアン:ははは! どうだ、熱で光を屈折させて姿を隠す技だ! カルミア:……私と同系統の技を使うな! ドライアン:たまたま練習してたんだから仕方ねぇだろ! カルミア:ネーミングも若干似ておるし。 ドライアン:それは俺も思ったけど言うなよ。 カルミア:興《きょう》が削《そ》がれたわ。今日はここまでにしようか。 ドライアン:きょうだけに? カルミア:違うわ馬鹿者! ドライアン:冗談だよ。 : 0:二人、剣を収める。 : ドライアン:……はっ。 カルミア:……ふっ。 ドライアン:また、決着がつかなかったな。 カルミア:お望みならば今度こそつけても良いのだぞ? ドライアン:いや、やめとこう。戦いは一日一回だ。 カルミア:それだと毎日戦うことになるが。 ドライアン:俺は毎日だって構わないぜ? お前となら。 カルミア:私は勘弁願いたいところだ。 ドライアン:あぁ? どうしてだ? カルミア:貴様の相手は疲れるからな。 ドライアン:同感だ。 カルミア:程よく手加減することに、な? ドライアン:っは。言ってくれるぜ。俺だってお前の綺麗な顔を傷つけないよう戦うのは気を遣うんだがな? カルミア:んな!? き、綺麗……!? き、貴様それは……! ドライアン:しかし腕を上げたな、カルミア。 カルミア:……ふんっ。貴様こそ成長したのではないか? ドライアン。 ドライアン:珍しく素直に褒めるじゃねぇか。 カルミア:まぁ、私にはまだ遠く及ばぬが。 ドライアン:っへ! まだ俺は本気を見せちゃいないけどな! カルミア:貴様さっき「見せてやるぜ、悪魔ドライアン・ダラスの最新をなぁ!」とか言っておったではないか。 ドライアン:いや、あれはブラフだ。それにあくまで最新であって最強じゃねぇから。本気の俺はもっと強ぇ。 カルミア:怪しいものだが、そういうことにしておいてやる。 ドライアン:――なぁ、カルミア。 カルミア:なんだ、ドライアン。 ドライアン:俺達、強くなったんだよな。 カルミア:どうした、突然? ドライアン:俺もお前も強くなった。それは剣技を見ても、身のこなしを見ても、魔術や戦闘技能を見ても分かるんだ。 カルミア:そうだな。 ドライアン:お前の動きは、これまで出会ったどんな敵より鋭く、冷ややかに俺の命を掠めていく。 ドライアン:俺はそれをギリギリのところで躱《かわ》して、受けて、捌《さば》いて、時に切り返す。俺もまた、お前の命を奪う必殺を繰り出す。 ドライアン:けれど、どれもが互いに一歩届かない。寄せては返す波のように拮抗した剣技。その応酬《おうしゅう》。果てない殺し合い。それが延々と続く。天使と悪魔の殺し合い。いつかお前が言ったように、俺達はそういう宿命《さだめ》なんだろうか。 カルミア:それは違う、ドライアン。 ドライアン:え? カルミア:それを言ったのは貴様だろう? ドライアン:そう、だったか? カルミア:ああ。貴様は私に言ったのだ。我々は生きている限り殺し合う。しかし――私達はきっと、また出会うために殺し合うのだ。とな。 ドライアン:カルミア……。 カルミア:しかし、今日の貴様は既に負けておるな。 ドライアン:あ? どういうことだ? 引き分けだろ? カルミア:何があったか知らんが、貴様は今何かに縛られておる。ドライアン・ダラス。自由と勝利を愛する悪魔よ。貴様の剣に纏わり付くものが、その動きを鈍らせておるのは明白ぞ。 ドライアン:……気のせいだろ。 カルミア:ならば私の勝ちだ。自由に生きている限り勝ち、なのだろう? ドライアン:変わったな、カルミア。 カルミア:かも知れぬな。……さて、近頃のドライアンはピロートークとやらに気乗りでは無いらしいな。 ドライアン:んなっ?! 変なこと言うんじゃねぇよ! カルミア:なんだ、照れておるのか? ドライアン:んな訳ねぇだろ! カルミア:ふふ、冗談だよ。 ドライアン:ったくよぉ! カルミア:――今日も寄っていくか? ドライアン:……ああ。 カルミア:そうか、ウルが喜ぶ。 ドライアン:つっても、最近は俺が来てもあいつ気にしなくなったよな。 カルミア:慣れたのであろう? 私にもすっかり懐いてしまって、やんちゃな頃が少し懐かしいくらいだ。 ドライアン:山一つ消し飛ばせるおっかねぇ魔法陣とやらを台無しにされたりとかな? カルミア:懐かしいな。ちなみにアレはもう完成したぞ? ドライアン:なに!? どんな魔法だ?! カルミア:ふふ、それは秘密だ。 ドライアン:っち! んだよ……。 カルミア:そうだ、また今度貴様の家にも行ってみたい。 ドライアン:は? なんでだよ? カルミア:時々話題に出てくる犬の『ベル』というのが気になってな。 ドライアン:ああ、そうだな! 今度連れてってやるよ。 カルミア:やったー! ドライアン:……何、無邪気に喜んでんだよ……。敵《てき》ん家《ち》に遊びに行くのによ? カルミア:こ、これは、地獄で一番可愛いと言っていたベルに会えることに対してであって決して―― ドライアン:……ところでよ。 カルミア:なんだ? ドライアン:この出会いが何度目になるのか分かるか? カルミア。 カルミア:八十九回目だな。 ドライアン:お前、数えてたのか? カルミア:貴様の数えたところから、ではあるがな。 ドライアン:そうか。……なぁ、カルミア……。 : 0:足を止めて問いかけるドライアン。 0:先を行くカルミアは少し離れたところにいる。 : カルミア:おい、ドライアン! 置いて行くぞ、ウルが腹を空かせて待っておる。 : 0:カルミア、去る。 : ドライアン:――俺達は、あと何度出会えるんだろう。 : 0:◇Phase 7◇ 0:【高山】 : 0:ドライアンとカルミアが山道を歩いている。 : カルミア:まだ着かんのか……? ドライアン:もう少しだ、我慢しろ。 カルミア:貴様、なんという面倒なところに住んでおるのだ。 ドライアン:ベルを地上で飼おうと思ったらこんなところに住むしか無いんだよ。 カルミア:それならいっそ地獄で暮らせば良いものを、わざわざ。 ドライアン:ベルは体が弱くてあっちじゃ生きていけないんだよ。 カルミア:ふむ? ドライアン:けど、普通の生き物なんかよりはよっぽど強いから、まぁ、目立たねぇように人里離れたこんな山奥になるんだよ。 カルミア:なるほど、そういうことか。 ドライアン:というかお前だって似たようなところ住んでるだろ。 カルミア:まぁ、そうだな。 ドライアン:おかげでウルのことは助かったが。 カルミア:気にするな。 カルミア:……それにしてもこれ、飛んでいくわけにはいかんのか? ドライアン:まぁ、飛んでいっても良いけどよ。 カルミア:じゃあ、飛ぼう。 ドライアン:いや、この辺意外と悪魔が居んだよ。 カルミア:何? ドライアン:一応中立というか、どっちの領土でも無いけど見つかったらヤバいだろ? 特に一緒にいるところなんて見られたら……。 カルミア:それは、マズいな。 ドライアン:な。だから……、よっと! : 0:ドライアン、崖を乗り越える。 : ドライアン:こうして足で登るしかねぇ。 カルミア:そういうことならやむをえまいが。 ドライアン:それに結構似合ってるぜ? カルミア:何がだ? ドライアン:その登山服。 カルミア:ほ、ほんとか? ドライアン:おう。 カルミア:……! い、いや、あ、悪魔の感覚で褒められても嬉しくないわ。だって貴様らのセンス基本クソださいし。 ドライアン:そんなことねぇよ! まぁ、ぶっちゃけセンスは否定しねぇけど、少なくともお前に似合うものくらい分かるぜ。 カルミア:な、なんだ急に! ドライアン:いや、前に見たあの部屋着もそういえば良い感じだったなって。 カルミア:な! わ、忘れろ! ドライアン:初めて見たときは、こいつにピンク色なんてって思ったけどよ。 カルミア:余計なお世話だ! ドライアン:なんか、思い出してみると、うん。結構似合うんだよな。これが。 カルミア:思い出すな! こ、この! ドライアン:痛い痛い! 叩くなよ……。 カルミア:うるさい! というかどういう意味だ! この悪魔め! ドライアン:いやお前ってさ、結構可愛いよなって話―― カルミア:ほ、ほぁ!? : 0:間。 : ドライアン:あ。いや、い、今の無し! 一般論一般論! あくまで悪魔の一般論! カルミア:は、はは、そうだな! 私天使だし? 天使は一般的に美しいと言われておるからな! ははは! ドライアン:そうそう、天使ってそうだよな、さらっさらのプラチナブロンドとか透き通るようにつややかな肌とか、俺は深い空のような瞳がいいなって思うけど……、 カルミア:な……!? ドライアン:い、いやそうじゃなくて! そういう意味じゃ無くて! 可愛いのはそうなんだけど、それは内面的にも……う、ああああああああ! もういい。 カルミア:ドライアン? ドライアン:ぶっちゃけ、俺は、カルミアを可愛いと思う。 カルミア:……え? それって―― ドライアン:――もう終わり! この話終わり! 先急ぐぞ! カルミア:ちょっと、待ってくれ! ドライアン! ドライアン:待たねぇ! 俺は、行くぞ! カルミア:いや、それもなんだけど、実はもう疲れて。普段こんなに歩かないから、ちょっと休みたいのだ。 ドライアン:え、あ、ああ! そうだったか! すまねぇ、天使はどちらかというと飛ぶ種族だったもんな。悪かった。 カルミア:いや、良いんだ。私が不甲斐ないだけだ。少し休んだらすぐに―― ドライアン:――おら、乗れよ。 カルミア:乗れよ、とは? ドライアン:おぶってやる。 カルミア:……いや、え? 本気で言っておるのか? ドライアン:当たり前だろ? こんなとこで休むより、うちに早く着いた方が良いだろ? 俺はこういうの慣れてるからよ、平気だ。 カルミア:いや、そういうことでは無くて、悪魔が天使を背負うなど……。 ドライアン:あ、ああ、そうだよな。悪ぃ、変なこと言って。俺みたいな悪魔に背負われたく、ねぇよな。 カルミア:そ、そんなつもりじゃ……。 ドライアン:すまん、悪かった。 カルミア:……ええい、ドライアン! ドライアン:な、なんだ、カルミア。 カルミア:背中を出せ。 ドライアン:え? カルミア:大人しく背中を出せと言っておる。 ドライアン:な、何だよ。 カルミア:乗ってやる。 ドライアン:いや、無理しなくて良いぞ? カルミア:無理などしておらん、私が乗りたいから貴様に乗せられてやると言ってるんだ、早く背中を出せ馬鹿者! ドライアン:カルミア……。 カルミア:早くしろ。それとも私に無理して歩けというのか? この悪魔め。 ドライアン:……ははは、オーケー、麗しの天使さま! この悪魔ドライアン・ダラスめにお乗り下さいませ? カルミア:うむ。 : 0:ドライアン、カルミアを背負う。 : ドライアン:おう、意外と軽いのな。 カルミア:貴様ぶっ殺すぞ。 ドライアン:冗談冗談! カルミア:ふん、あまり調子に乗っておるようならこのちょっと邪魔な背中の翼をもぎ取るぞ。 ドライアン:やめろやめろ! カルミア:冗談だ。 ドライアン:そうかよ。じゃ、行くぜ、しっかり掴まってろよ? カルミア:ああ、行くが良い。 : 0:ドライアン、カルミアを背負ったまま姿勢を低く構える。 : ドライアン:うおおおおおおおおおおおおおおーーーー!! : 0:と、一気に駆け出す。 : カルミア:うぁ! ははははははは! はやいはやい! ははははは! ドライアン:乗り心地はどうだ。カルミア! カルミア:うむ、悪くない! ドライアン:そいつぁよかった! カルミア:たのしいな! ドライアン:俺も楽しいぜ! カルミア:私達は一体何をやっているのだろうな! ドライアン:しらん! でも、生きてるって感じだろ! カルミア:うむ! そうかも知れぬな! 貴様とならどこへでも行ける気がする! ドライアン:どこへでも? カルミア:そうだな例えば、地獄でも。 ドライアン:なら、もちろん天国でもな! カルミア:ははは、それはいいな。 ドライアン:おう! どこへなりともお連れ致しますよ天使さま! さぁ、もう一息だ。しっかり掴まってろよ! : 0:間。 : カルミア:なぁ、ドライアン。これが、自由なのだな――。 : : 0:◇Phase 8◇ 0:【ドライアンの家、玄関】 : 0:ドライアンがカルミアを背負っている。 : ドライアン:着いたぜ! これが俺の家だ。 カルミア:ほぅ。……案外普通だな。 ドライアン:お? どういう意味だ? カルミア:なんか、こんな山奥にあるというから、昔話的な藁葺《わらぶ》き屋根を想像したのだが、普通に現代建築なのだな。或いはもっとおどろおどろしい感じの洞窟とかでも良かったのだが。 ドライアン:それはお互い様だろ。悪魔がみんな古城やらでかい洋館に住んでるわけじゃねぇし、これくらいが普通だ。 カルミア:そういうものか。しかし、整備された道路どころか、おおよそ人の出入りも無い山奥に小綺麗な一軒家があるのも逆に不気味だがな。ガレージまでついとるし。車も無いのに。 ドライアン:それは……そうかもな。建築が得意な知り合いの悪魔に建ててもらったんだが、景観に合わないのはそうだよな。 カルミア:随分便利な悪魔がいるものだな。 ドライアン:ほんとそれな。住宅カタログから選んで……これになった。 カルミア:そういう感じか。 ドライアン:そういう感じだ。なかなか住み心地良いぞ。 カルミア:ふむ。他にはどんな家があったのだ? ドライアン:あ? なんだよ、急に。 カルミア:いや、何。今後の参考――じゃなくて、ふと悪魔はどんな家に住みたがるのか気になってな? 私は断然、東洋建築だな。平屋が良い。庭に池があって、橋が架かっておるのとか最高だ。 ドライアン:お前、そういうの好きだな。まぁ俺は四角いコンクリートのやつが良いがな。 カルミア:それで地下室なんかあったりするんじゃろ? ドライアン:っふ、甘いな。 カルミア:何? ドライアン:高低差を利用し、地下のガレージが表の通りに繋がってて、裏の山に伸びる道と一階が繋がってるのが最高だ。 カルミア:貴様、そういうの好きだな。だからそもそもこんな山奥に道なんてないだろう馬鹿者。 ドライアン:ははっ、だな! カルミア:まったく、ふふっ。 ドライアン:ところでよ、カルミア。 カルミア:なんだ? ドライアン:そろそろ……降りねぇ? カルミア:あ。あぁ! そうだな! 助かった、ドライアン。礼を言うぞ。 ドライアン:ありがたき幸せ。 カルミア:うむ、くるしゅうないぞ。 : 0:カルミア、ドライアンから降りる。 : カルミア:ところで、ベルというのはどこにおるのだ? ドライアン:おお、そうだな。この時間帯だと勝手に散歩してるんじゃないかな。そろそろ帰ってくるとは思うけど。 カルミア:……そんな自由なのか? ドライアン:賢いからな。普段は留守番してるけど、外出るときは鍵かけて出て行くし。 カルミア:いや、どんな犬だ。 ドライアン:まぁ、とりあえず上がっていけよ。 カルミア:うむ。 ドライアン:悪魔の家に上がり込むのに躊躇《ちゅうちょ》しねぇのな。 カルミア:見た目がこんな普通の家では、躊躇《ためら》う理由を探す方が難しい。 ドライアン:あー確かにな。 カルミア:それに貴様とて、うちに来ることに随分慣れたではないか。 ドライアン:まぁ、そうなんだけどな。 カルミア:お互い様だ。 ドライアン:お互い様か? カルミア:うむ。 ドライアン:さて。かぎ、かぎ~。 : 0:ドライアン、玄関の植木鉢の下から鍵を取り出す。 : カルミア:おい玄関の植木鉢の下って。 ドライアン:え? 何か問題か? カルミア:セキュリティ意識。 ドライアン:そんなこと気にすんなよ。合鍵とか面倒だし、それにどうせこんな山奥誰も来やしねぇよ。 カルミア:それなら何の為に鍵なんて閉めておるのだ? ドライアン:ん? 悪魔ってほら封印とかそういうの好きじゃん? カルミア:じゃん……? いや、知らんが。 ドライアン:それに折角ついてるんだから使わないのもなんか勿体ないだろ。こんなのぶっちゃけ素手で壊れるし、おもちゃみたいなもんだけどさ、遊び心って大事じゃん。 : 0:鍵を開ける音。 : カルミア:遊び心かよ。 : 0:ドライアン、扉を開けると入っていく。 : ドライアン:あ、靴は脱いでくれよ。スリッパはそれな。 カルミア:あ、ああ。お邪魔します。 ドライアン:いらっしゃいませ天使さま、ようこそ我が城へ。 カルミア:随分小ぶりな城だな、悪魔よ。 ドライアン:謙虚なもんで。 カルミア:……なんか、結構綺麗だな。 ドライアン:ん? 何が? カルミア:いや、貴様のずぼらな性格だと、絶対散らかってるか、埃《ほこり》が溜まってるものだとばかり思っておったのだが……。 ドライアン:失礼な。まぁでも半分当たりだな。掃除してんの俺じゃねぇし。 カルミア:まさかメイドでも雇っておるのか? ドライアン:メイド? いやいや。ベルが掃除してるんだよ。あいつ綺麗好きだから。 カルミア:どんな犬だ。 ドライアン:というか、俺のことずぼらとか言うけど、お前の家、結構汚かったじゃん。 カルミア:な! あれはウルが暴れるからで! ドライアン:いやいや。そもそも物がやたら多いし、片付けられてない気がするぞ。 カルミア:それはその……。 ドライアン:あとな、羽根。 カルミア:羽根? ドライアン:ウルの毛もだけど抜け落ちた髪とか羽根めっちゃ散らばってた。 カルミア:な! ああああああ! そんなところ見るなこの変態悪魔! ドライアン:見るなって言ったって……、体に付くくらい抜け落ちてんだから仕方ないだろ? カルミア:う、ううう、嘘だ! ドライアン:嘘じゃねぇよ。この前、お前んちから帰ってきたときにも結構付いてたし。ほら、俺の体ってさ、全体的に黒いから結構目立つんだよな。お前の真っ白な羽根。 カルミア:そ、そんな訳ないもん! 抜けてないもん! ドライアン:ええ~? でもさ、言ってるそばから、その、落ちてるし。ほら? : ドライアン:天使の羽根を拾う。 : カルミア:え? ああああああああああ! やめてぇ! 見ないでぇ! 拾わないでぇぇ! ドライアン:あ、何? 天使的にこれって恥ずかしいのか? それはその……すまねぇ。 カルミア:駄目、ゆるさん。 ドライアン:ええ……? どうしろと? : 0:カルミア、羽根を手にしたドライアンの腕に縋りつく。 : カルミア:むうぅ……。 ドライアン:もう、泣くなよ。 カルミア:泣いとらん……。 ドライアン:嘘つけ。 カルミア:天使は嘘つかないし。 ドライアン:……はぁ。何したらいい? カルミア:……じゃあ、代わりに。 ドライアン:代わりに? : 0:間。 : カルミア:命を寄越せ。 ドライアン:ざけんな。 カルミア:……くれないのか? ドライアン:やるわけねぇだろ。 カルミア:じゃあ、許さない。 ドライアン:めんどくせぇな。 カルミア:どうせ私は面倒くさいし。 ドライアン:拗《す》ねんなよ……。……仕方ないな。はぁ。――おりゃ! : 0:ドライアン、自分の爪を剥がす。 : カルミア:ドライアン?! ドライアン:くぁっは! いってぇー! カルミア:な、何をしておるのだ貴様! ドライアン:何って爪を剥がしただけだが? カルミア:見れば分かる! 何でそんなことを! ドライアン:ほらよ、カルミア。 カルミア:な、何だ? ドライアン:やる。 カルミア:え? ドライアン:俺の爪をやるって言ってんだ。 カルミア:ドライアン……。 ドライアン:へへへ。 カルミア:…………いや、すまん。ほんとに理解できんのだが、……貴様何がしたいんだ? ドライアン:あれぇ? カルミア:ぶっちゃけ引くわ。 ドライアン:いや、お前の羽根の代わりに俺の爪をだな……。 カルミア:は? いや、そんなもんいらんが。いきなり何をしだすんだこの悪魔は。貴様狂ったのか? 正直ちょっと―― : 0:間。 : カルミア:キモいぞ。 ドライアン:……あああああああああああああ! カルミア:ドライアン?! ドライアン:もういい! カルミア:どうした!? ドライアン:御護《おまも》りなんだよ! カルミア:おまもり? ドライアン:そうだ! カルミア:すまぬ、わからん。 ドライアン:だから! その、この爪を渡した相手は何があっても守るっていう――悪魔の呪《まじな》いの一つなんだよ! カルミア:…………つまり? ドライアン:俺が――お前のこと守ってやるって! カルミア:え……? ドライアン:…………その。言ったんだよ。 カルミア:は? え? 貴様……え? ドライアン:……もういい返せ! カルミア:え、いやいや! だめだ! 返さぬ! ドライアン:何でだよいらねぇだろ! カルミア:必要だ! ドライアン:いらねぇって言っただろ、キモいって! 返せ! 山に捨ててくる! カルミア:駄目だ! 捨てるならよこせ! ドライアン:何でだよ! カルミア:私には必要なのだ! 私には! ……私には貴様が必要なのだ! : 0:間。 : ドライアン:え? カルミア:ドライアン。 ドライアン:……カルミア。 カルミア:ドライアン、貴様は私のことを―― ; 0:ドアの開く音。 0:振り返る二人。 0:そこにはケルベロスの『ベル』がいる。 : ベル:失礼。ご主人、それに可憐《かれん》な天使のお客人。まさかこのような重大な場面に水を差してしまうとは、馬に蹴られて地獄に落ちるのもやむなしと言った次第でござりますれば、この不徳《ふとく》の駄犬《だけん》、その名をベルと申しますが、此度《こたび》の御無礼《ごぶれい》、何卒《なにとぞ》謹《つつし》んでお詫び申し上げます。 ベル:ところで私《わたくし》なぞ所詮《しょせん》取るに足らない犬畜生《いぬちくしょう》の身分にござりますれば。その、差し出がましいご提案とは存じますが、差し支えなければお二方におかれましては、是非先程までの逢《あ》い引《び》きを続けて頂いても問題の程、無いかと存じまする。無論、私なる犬畜生はその間、犬畜生らしく散歩にでも興《きょう》じ、三つ先の山間《やまあい》の、滝にでも打たれて参ります。 ベル:そして折《おり》よく日が昇ってしばらくした頃に改めて帰って参りまする。無論、可憐な天使のお客人におかれましては、その際に初めてお目にかかったという態《てい》で接していただけますれば、改めてご挨拶などさせていただく所存《しょぞん》ですのご安心おば。 ベル:さて、この度は大変申し訳ございませんでした。今後このようなことが無いように粉骨砕身《ふんこつさいしん》努めて参りますので、何卒ご容赦《ようしゃ》の程よろしくお願い申し上げます。ワン。 ベル:それでは、ごゆっくり。ワン。 : 0:ベル、去る。 0:二人、顔を見合わせる。 : カルミア:ちょっと待って! ドライアン:違うんだベル! : : 0:◇Phase 9◇ 0:【ドライアンの家】 : 0:リビングにドライアンとカルミア、ベルが向かい合っている。 : ベル:……なるほど。そういった経緯でございましたか。随分《ずいぶん》な早とちりをしてしまいまして重《かさ》ね重《がさ》ね申し訳ございません。 カルミア:いや、私達の方こそ、その、紛らわしいことをしていて申し訳なかった。戸惑わせてしまっただろう。 ドライアン:せめて、こいつを連れてくるって予め連絡しとけば良かったよな、すまん。 ベル:いえ、私めがノックもせずに、我が物顔でドアを開けてしまったのが悪かったのです。ご主人に従うべき畜生の身でありながら著《いちじる》しく礼を欠いた行動、深く反省しております。今後はドアの向こうでラブロマンスが繰り広げられていることも想定致します故ご安心いただけますれば幸いです。ワン。 カルミア:ラブロマンス!? ドライアン:いや、そういうんじゃないからな! ベル:はぁ。そうですか? カルミア:それはさておき、そなたがベル、で良いのだな? 私はカルミア・ラティフォリア。ご覧の通り、天使だ。 ベル:はい。申し遅れました。改めましてわたくし、ケルベロスのベルと申します。よろしくお願い申し上げます。天使の君《きみ》。 カルミア:天使の君はよしてくれ。カルミアで良い。 ベル:ではカルミア様。 カルミア:うむ。 ベル:して、カルミア様。不躾《ぶしつけ》な質問で申し訳ないのですが、いと高き天空にお住いの天使であらせられるところのカルミア様が、どうしてこのような悪魔のご主人と一緒におられるのでしょう? ドライアン:おいベル。「このような」っつったか? ベル:深い意味はありません。強いて言いますれば、私は畜生でございますが、天使と悪魔の関係性が良好なものでないことは存じております。そうであれば、従僕たる私と言えど、身内である主人ともども、穏当《おんとう》かつ妥当《だとう》に、遜《へりくだ》るべき特別な場面かと、そう愚考《ぐこう》してのもの。ご容赦《ようしゃ》願いたい。ワン。 カルミア:それは……。 ドライアン:んな難しい理屈なんざねぇ。ただベルに会いたかったからだよ。 ベル:私《わたくし》に、ですか? ドライアン:俺がベルの話をしたら、ぜひ会いたいって。だろ、カルミア。 カルミア:ああ。 ベル:それは光栄でございます。 カルミア:可愛い犬だと聞いていたからな。……まさか、ケルベロスだとは思わなかったが。 ドライアン:かわいいだろ? カルミア:まぁ否定はしない。 ベル:勿体なきお言葉。 ドライアン:カルミアはケルベロス見るの初めてか? カルミア:ケルベロスは初めてだな、天界にも地上にもおらんからな。 ドライアン:そりゃそうか。 ベル:私も天使の御方とお会いするのは初めてでございます。何と言いますか、話に聞いていた印象よりも優しく心地よい雰囲気を纏われているのですね。カルミア様。 カルミア:ふぅん、そうか。ところでドライアン、貴様天使のことをなんと教えた? ドライアン:え? いや、それは……。 ベル:闘争と殺戮《さつりく》をこよなく愛し、穏やかな野原を血の海に変える、生粋《きっすい》の戦闘狂と伺っております。お恥ずかしいことではありますが、子犬の頃はあまりに恐ろしく、まだ見ぬその怪物を夢にも見たほどでした。ワン。 ドライアン:お、おい、ベル……! カルミア:ほぅ。詳しく。 ベル:特に恐ろしかったのは、ご主人が戦場で何度も相対《あいたい》してきたというゴリラ天使の話でございますね。 ドライアン:こら! ベ―― : 0:ドライアン、カルミアに口を塞がれる。 : カルミア:ゴリラ天使……? なかなか興味深いな。教えてくれないか? ベル。同族として気になる。 ベル:はい。その姿は一見ほっそりとしているのですが、一度《ひとたび》闘争本能に火が付くと、筋肉が肥大化し、手のつけられない凶暴なゴリラのようになるとか。どのような攻撃も効果は無く、振り下ろされし豪腕《ごうわん》は容易《たやす》く大地を裂き山を震わせるそうです。そして、何より恐ろしいのはその性質。執念《しゅうねん》深く、逃げようとすると地の果てまで追いかけて、仮に追いつかれてしまったが最期。臓物《ぞうもつ》をさながらトイレットペーパーの如く容易く引きずり出されるのだとか。いやはや。世界には恐ろしい存在がいるものですね。しかし、麗しきカルミア様に於かれますればそのような……おや? どうなされました? ご主人。顔が蒼白ですが……? ドライアン:あ、ああ。そうだな。怖くて、な。 カルミア:ふぅん。 ドライアン:カルミア、……怒ってるのか? カルミア:ほぅ? 何故私が怒ると思った? 理由を言ってみよ。ドライアン・ダラス。 ドライアン:……いや。何でも無い。 カルミア:そうか。そういうことに、しておこう。 ベル:お二人とも、顔色が悪いようですが……。 ドライアン:気にするな。 カルミア:そう、問題ない。 ベル:ああ、ですが最近聞いた話の天使は素敵な御方のようです。 カルミア:ん? ベル:なんでも、わたくしの妹にあたる捨て猫を、身寄りの無かった彼女を、それはもう大事に育てて下さる、心優しく花のように美しい、慈愛《じあい》に満ちた素晴らしい天使がいるとか。 カルミア:それって……。 ベル:それに、その方にお会いして以来、ご主人はなにやら楽しげにされているようですし、私もいつかお会いしてみたいと思っておりました。 カルミア:ドライアン……。 ベル:そしてカルミア様。その天使とは、あなたのことでございますね? ドライアン:……言うんじゃねぇよ、ベル。 ベル:ご主人共々、末永《すえなが》くよろしくお願い申し上げます。 カルミア:……ああ。よろしく頼むよ。ベル。 ドライアン:ふん。 ベル:いや、それにしましても、天使には色々な方がおられるのですね。 カルミア:うん? ベル:片やゴリラ、片や花。いつかそのゴリラ天使なる御方ともお会いしてみたいところです。怖いもの見たさというやつですね。 ドライアン:……ベル。それ以上言うとまじで筋肉盛り上がるからやめろ。 ベル:おや? 何のことでしょうか? ドライアン:お前、賢いのか馬鹿なのか分かんねぇよ。 ベル:何を仰いますご主人。わたくしは愚かな犬でございます。ご主人の幸せを願い、尻尾を振るしか出来無い犬でございますから、ただ、この幸せなひとときが続けば良いと、心より願うだけでございます。ワン。 : 0:◇Phase 10◇ 0:【天界/地獄】 : 0:(このPhase 10では二つの異なる場面が平行しており、可能ならば同時に喋る演出なども面白いかもしれない) 0:カルミアとレリアが並んで歩いている。 0:ドライアンとグレモリアが並んで歩いている。 : レリア:姉さん、何か良いことありましたか? グレモリア:先輩、何か良いことあったっすか? : カルミア:ん? どうしてだ? ドライアン:何故そう思う? レリア:いえ、少しお会いしないうちに―― グレモリア:雰囲気随分変わってるから何かあったんだろうなって。 カルミア:私は変わってなどおらんが……。 ドライアン:ああ、でも強いて言えば前より力がついたかも知れんな。あと筋肉も。 レリア:ええ。存じております。姉さんが、あの片角の悪魔《ハーフ・ムーン》と―― グレモリア:四つ眼の天使《エレメンタル・アイズ》を仕留めたって話は有名っすからね。 レリア:――姉さんの活躍で南方の戦線が持ち直したとか。 グレモリア:天使の中でも相当な強敵だって噂だったっすけどね。 ドライアン:いや。 カルミア:いや。 ドライアン:見せかけだけで、 カルミア:骨の無い連中だったよ。 : 0:間。 : ドライアン:あいつに比べれば。 カルミア:彼奴《あやつ》に比べれば。 レリア:カルミア姉さん? グレモリア:ドライ先輩? カルミア:いや。それよりレリアこそ ドライアン:かなりの功績を積んでいると聞くが。 グレモリア:そうっすよ。先輩のために頑張ってるっす。聞きたいっすか? あたしの武勇伝。まぁでも―― レリア:僕はただ上に言われたことを忠実にやっているだけですよ。結果が実績になる。それだけです。ただ、僕の勲功《くんこう》が余程目障りなのか、過酷な現場にばかり送られますがね。 グレモリア:大人しく後ろにやれば戦果なんてろくに上げられず、出世することもないってのに。馬鹿な奴らっすよ。正直、あんな奴らに従うの嫌っすけどね。 カルミア:お前も苦労しておるのだな。 グレモリア:ほんとっすよ。 ドライアン:ははは。お前は戦いが嫌いか? レリア:好きでも嫌いでもありませんね。ただ与えられた命令に従うまでです。戦う以上――僕ら天使に敗北は許されない。 グレモリア:だからあたしは意地でも生き残ってみせる。生きて帰って先輩と―― レリア:姉さんと、 グレモリア:お喋りするために。 レリア:お話しするために。 カルミア:レリアは強いな。 レリア:いえ、僕など グレモリア:先輩に比べればまだまだですよ。 カルミア:私もまだまだだ。 グレモリア:先輩、謙遜《けんそん》も過ぎれば嫌味っすよ? カルミア:かも知れぬな。だが、 ドライアン:グレモリアも過小評価してるだろ? カルミア:並の天使にあれだけの戦果は上げられまい。 ドライアン:殺戮者《さつりくしゃ》。 カルミア:死神。 ドライアン:黒き風。 カルミア:執行人。 ドライアン:随分とまぁ物騒《ぶっそう》な名前で呼ばれているそうじゃないか。 レリア:恥ずかしいですよ、姉さん。 グレモリア:恥ずかしいっすよ、先輩。 レリア:僕は姉さんの前では一人の弟レリアでしかありません。 グレモリア:肩書きや名誉なんてあたしにとっては服についた値札みたいなものっす。 レリア:いつからか付いていて、ただ目障りなだけ。 グレモリア:あたしはただ、先輩といられるならそれで良いのに。 カルミア:レリア……。 レリア:その為には、悪魔を。 グレモリア:天使を根絶やしにしなければならないっす。 レリア:僕はだから強くなったのです。姉さんとの―― グレモリア:先輩との―― : 0:間。 : レリア:未来の為に。 グレモリア:未来の為に。 : 0:間。 : ドライアン:未来の為、か。 レリア:……いえ、少し違いますね。 カルミア:うん? グレモリア:先輩の、未来の為っす。 カルミア:ふ、ふふ。レリアは優しいな。ありがとう。 レリア:笑わないで下さいよ! グレモリア:その、本気……なんすから。 ドライアン:ありがとう、グレモリア。 レリア:いえ、この天使レリア・アンセプス、 グレモリア:悪魔グレモリア・グリモニー。 レリア:命に代えても、 グレモリア:先輩の未来を、 レリア:守らせていただきます。 ドライアン:グレモリア、それは俺も同じだ。 カルミア:お前がいなくなったら私とて悲しい。 ドライアン:死んでくれるなよ? カルミア:レリアの未来を私も守りたいのだ。 グレモリア:先輩……! レリア:姉さん……! : 0:キーンという音。 0:以下(声)はベル役の担当、或いは複数人で同時読みなどの演出を推奨。 : ベル:(声)『全ての天使、並びに悪魔に告げる』 : レリア:何だ? この声……! グレモリア:頭に響く、っす! : ベル:(声)『決戦の刻だ』 : ドライアン:決戦だと? カルミア:何を、言っている? : ベル:(声)『悠久の古より続く争いに幕を下ろす』 : カルミア:この声って、 レリア:姉さん……! : ベル:(声)『我が配下、天使に命ずるは死を以ての清算』 : グレモリア:何が、起こるんすか? ドライアン:決まってる、良くないこと、だよ。 : ベル:(声)『我が怨敵、悪魔に命ずるは凄惨なる死』 : グレモリア:これ、ヤバくないっ、すか? レリア:ついに、きてしまった。 : ベル:(声)『天使よ、悪魔を蹂躙し殲滅せよ―― ベル:(声)――悪魔よ、天使を陵辱し殺戮せよ。』 : ドライアン:無茶苦茶じゃねぇか! カルミア:始まってしまった……。 : ベル:(声)『決戦の刻だ』 : レリア:終わりだ。 : ベル:(声)『我は神。世の理を統べる者』 : ドライアン:神だと? グレモリア:そんな……! : ベル:(声)『そして全てを導く者』 : レリア:平穏な日々は終わったんだ。 : ベル:(声)『神の名の下に全てを殺せ』 : グレモリア:明日から、地獄が始まるっすね。 : ベル:(声)『神の名の下に全てを殺せ』 : ドライアン:いいや。 カルミア:今からだ。 : ベル:(声)『神の名の下に全てを殺せ』 : レリア:姉さん……。 グレモリア:先輩……。 : ベル:(声)『神の名の下に全てを殺せ』 : ドライアン:心配するな、お前は俺が、 カルミア:心配するでない、レリアは私が、 : ベル:(声)『全ての者は神の名の下に――』 : ドライアン:殺させない。 カルミア:殺させない。 : 0:間。 : ドライアン:カルミア。 カルミア:ドライアン。 ドライアン:これからお前はどうするんだ? カルミア:命令に背くことは出来ない。 ドライアン:あんな命令従う必要あるのか? カルミア:所詮これが私の―― ドライアン:俺達の運命《さだめ》だっていうのか? カルミア:そう、天命《さだめ》には逆らえない。 ドライアン:そんなのは、認めない。 カルミア:私だって、こんなのは嫌だ。 ドライアン:だったら、どうして、 カルミア:どうして私達は、 : 0:間。 : ドライアン:出会ってしまったんだ? カルミア:出会ってしまったのだ? : カルミア:何のために出会った? ドライアン:殺すために出会った。 カルミア:何のために生きてきた? ドライアン:殺すために生きてきた。 カルミア:だったら何のために―― ドライアン:だったら殺すために―― カルミア:愛したのか? ドライアン:愛したのか。 : 0:間。 : カルミア:何度も出会った。 ドライアン:何度も殺し合った。 カルミア:だがまだ、 ドライアン:だけどまだ、 カルミア:愛し合っては、 ドライアン:憎しみ合っては、 カルミア:いなかった。 ドライアン:いなかった。 カルミア:嘘だ。 ドライアン:本当だ。 カルミア:嘘なんだ。 ドライアン:本当なんだろ? カルミア:嘘ではない。 ドライアン:本当なんだろうか? カルミア:私は、 ドライアン:俺は、 カルミア:ドライアンを、 ドライアン:カルミアを、 カルミア:愛していたんだろうか? ドライアン:憎んでいたんだろうか? : 0:間。 : カルミア:私は天使だ。 ドライアン:俺は悪魔だ。 カルミア:愛し合ったりして良いのだろうか? ドライアン:憎しみ合ったりしないとならないのだろうか? カルミア:何のために ドライアン:誰のために カルミア:私は数を数えた。 ドライアン:俺は数を数えた? カルミア:好きになるため。 ドライアン:嫌いになるため? カルミア:弱くなるため。 ドライアン:強くなるため? カルミア:数えた分だけ近くなる。 ドライアン:数えた分だけ遠くなる。 カルミア:今は何回目だろう。 ドライアン:確か九十九回目。そして次の、 カルミア:あと一回で、 : ドライアン:百回目。 カルミア:百回目。 : ドライアン:なんとなく分かってる。 カルミア:そんな気がするのだ。 ドライアン:予感というか、 カルミア:予言というか、 ドライアン:やっぱり、 カルミア:そういう、 ドライアン:宿命《さだめ》なんだろう。 カルミア:宿命《さだめ》なのだろう。 : 0:間。 : ドライアン:次で最後だ。 カルミア:これで終わり。 ドライアン:かつて無いほど思うんだ。 カルミア:思いたくはない、けれど思う。 ドライアン:会いたくない。 カルミア:会いたくない。 : ドライアン:だって、 カルミア:だって、 ドライアン:会ったら多分、今度こそ本当に カルミア:会ったらきっと、今度こそ本当に : ベル:(声)『――殺し合う』 : ドライアン:カルミア。 カルミア:ドライアン。 ドライアン:俺はお前を、 カルミア:私は貴様を、 ドライアン:殺したくない。 カルミア:殺したくない。 : 0:    《Part2 幕》   0:◆Part 3◆ : 0:◇Phase 11◇ 0:【戦場】 : 0:響く雷鳴と剣戟の音。 0:カルミアが剣を手に立ち尽くしている。 : カルミア:ここにも、ドライアン。……貴様はいないのだな。 グレモリア:(悪魔A)冷酷の天使! この悪魔リュカデン・ドラミーが貴様のその首もらい受けるぅぅぅぅ!!!! カルミア:……つまらん。 : 0:カルミアが悪魔Aの攻撃を躱す。 : グレモリア:(悪魔A)何だと! カルミア:遅い! : 0:カルミア、剣を振る。 : グレモリア:(悪魔A)ぐああああっ! ウル:(悪魔B)よくもリュカをぉぉぉぉ! カルミア:散れ。 ウル:(悪魔B)あぁぁぁ! 嘘だ! こんな筈じゃぁ! カルミア:ふ。ふふふ。ふふふふふふ。ふふふふふふふふふふ。 ウル:(悪魔B)これが……天使カルミ、ア。 ドライアン:(悪魔C)ひ、ひけぇ! 俺達じゃ無理だ! : レリア:逃がさないよ。 ドライアン:(悪魔C)ぎゃあああ! レリア:とんだ腰抜けだね。 ドライアン:(悪魔C)う、あああ、許してくれ、命だけは! レリア:許す? おかしなことを。君は悪魔だろ? 天使に許しを請《こ》うな。君達は生きてるだけで罪なんだよ。そして僕らは、生きている限り殺すだけさ。 ドライアン:(悪魔C)ひぎゃぁぁ! レリア:……そんなに叫ばれるといくら僕でも気が滅入《めい》る。 レリア:姉さん! こっちは片付きましたよ! カルミア:……レリア。 レリア:流石姉さん。見事な技です。 カルミア:私はただ剣を振っただけだ。ここの悪魔は弱い。 レリア:そうですね。前線も練度の低い雑魚ばかりになってきました。ひどいものです。しかしこの戦いもそろそろ終わりが見えてきたということでしょうか。 カルミア:それはどうだろうな。我々が雑魚ばかりを相手させられておるということは、手強い悪魔が温存されておる可能性もある。 レリア:悪魔にそんな智恵が? カルミア:非力だが計略に特化した悪魔もおるようだ。侮ると足下を掬《すく》われるぞ。 レリア:ならば、僕達はその温存されているという強敵や司令塔を叩くべきでは? カルミア:上からの命令はこの場の死守だ。幾らこの戦場が雑魚ばかりとはいえ、我々が抜ければ、すぐに崩壊することも確かだ。 レリア:しかし……。 カルミア:レリア。我々は矛では無く、盾としての役割を求められている。分かるな? レリア:はい、姉さん。 カルミア:とはいえ、こうも刈り残しておったのではどんな小言を言われるか分からん。半分ほど刈り取ろう。いけるか、レリア。 レリア:もちろんです、姉さん! ……でも、 カルミア:何だ? レリア:姉さんは大丈夫なのですか? カルミア:この通り私は無傷だ。問題ない。 レリア:いえ、そうでは無くて、……ここのところ、姉さんはずっと辛そうなお顔をされております。少し休まれては……。 カルミア:そんなことか、レリア。私は強い、心配するな。お前こそ私のために随分無理をしているだろう? いつもありがとう。 レリア:そんな、姉さんの為なら僕は何でもします……! カルミア:ならば生きろ、レリア。私のために生きてくれ。 レリア:カルミア姉さん……。 カルミア:……さぁ、行くぞ。敵は待ってくれん。 レリア:はい! : 0:カルミア、懐の『爪』をそっと撫でる。 : カルミア:……幾多の戦場を巡った。この手に握る白き剣を悪魔の血肉に埋める度、私の剣は研ぎ澄まされていくのに、この腕はどうしようもなく鈍くなる。私は誰に負けること無く、傷一つ負っていないというのに、貴様と引き分けた時のように何かを感じることが無い。 カルミア:なぁ、ドライアン。貴様は今、どこに居る? 私を守ってくれるのだろう? カルミア:私は貴様にまた―― : 0:◇Phase 12◇ 0:【渓谷】 : 0:ドライアンとグレモリアが背中を合わせて立っている。 0:二人、天使に囲まれている。 : ドライアン:くそったれ! 罠だったか! ウル:(天使A)ふふふふふ。憐れな悪魔が鳥籠に迷い込んだようですねぇ。 グレモリア:どうするっすか先輩? これ結構やばめの状況っすけど。 ドライアン:どうするもこうするもねぇ、決まってんだろ。 グレモリア:智恵と勇気で乗り越えよう、的な? ドライアン:力と筋肉でぶっ倒す! グレモリア:うへぇ脳筋っすね。 ウル:(天使A)たった二匹の小鳥風情がこの私メグサ・ハーケルの包囲を抜けられるわけ無いでしょう! お前達、行きなさい! レリア:(天使B)はぁぁぁぁぁ! カルミア:(天使C)とぁぁぁぁぁ! ドライアン:……ふん! レリア:(天使B)な! カルミア:(天使C)馬鹿な! ウル:(天使A)剣を素手で?! ドライアン:動きが、止まってんぞ! おらぁぁぁっ! : 0:ドライアン、拳を振るう。はじけ飛ぶ天使。 : カルミア:(天使C)うべら! レリア:(天使B)ぐべべ! ウル:(天使A)……ひ、ひぃ! ドライアン:所詮は雑魚、どれだけ束になろうと同じだ。……こんなモノ、鳥籠《とりかご》とは断じて呼べねぇな。 グレモリア:いやいや。いつからそんなゴリラになったんすか。剣使いましょうよ。 ドライアン:こんな奴らに剣を抜く気はねぇよ。 ウル:(天使A)っく! 悪魔ごときが調子に乗って! この私を舐めるなよ! 囲んで叩き潰せ! 数で圧倒しろ! あっはははははは! この私に楯《たて》突いたことを地獄で懺悔《ざんげ》するんだな! レリア:(天使B)うわああああああああ! カルミア:(天使C)おおおおおおおおおお! : 0:天使達の突撃。 0:それを打ち倒すドライアン。 : ドライアン:ふん! っはぁ! 遅い遅い遅い遅い遅い! るぁああああっ! はぁああっ! ……後ろだグレモリア! グレモリア:大丈夫、見えてるっす! てやぁ! ……不意打ちたぁ卑怯《ひきょう》っすね、天使の旦那。 ウル:(天使A)黙れ、勝てば良いのさ! グレモリア:ふぅん。確か天使って「勝てなきゃ生きる意味が無い」とか、なんかそういう感じの野蛮《やばん》な奴らでしたよね。納得っす。 ウル:(天使A)野蛮だと? 貴様らの方が遙《はる》かに野蛮じゃないか! あの悪魔の姿を見ろ、アレを野蛮と言わずして何という! グレモリア:そんなの決まってるっすよ。 ウル:(天使A)何? グレモリア:強く気高い悪魔の中の悪魔――魔王っす。 ウル:(天使A)ほざけ。仮にそのようなモノだとして、この戦力差をどう乗り切る? どんな手があるというのだ? グレモリア:手? 何をさっきから分かりきったこと言ってるんすかねぇ、この天使――はぁっ!! レリア:(天使B)ぐぁぁ! グレモリア:おいこら。ひとが話してる途中に何攻撃差し向けてんだてめぇ。 ウル:(天使A)戦いの最中にべらべら喋ってる方が悪い。 グレモリア:それもまぁ然りっすね。けどそれ、ブーメランっすよ! ウル:(天使A)は。貴様の相手なぞ喋りながらでも出来る。傲《おご》るなよ悪魔。 グレモリア:どっちが傲ってるんだか。先輩の言ったこと忘れたんすか? ウル:(天使A)何を言っている? あいつが何を言った? グレモリア:剣を抜く気はねぇ。そして力と筋肉でぶっ倒す! ウル:(天使A)何を世迷《よま》いごと――。 ドライアン:うおおおおおおおおっっ!!!! : 0:無数の天使が空を舞う。 : ウル:(天使A)なっ……?! グレモリア:片付いたみたいっすね。 ウル:(天使A)……なんだと? こちらの手勢が何人いたと思ってるんだ、十や二十じゃない、二百五十五だぞ!? 桁が違う! それを、たった、たった二体……いや一体の悪魔に……! そんな、冗談だ、悪い夢だ、そんな、そんな馬鹿なぁ! グレモリア:ドライ先輩ってば、やっぱ寝て覚めても素敵な雄姿っす。 ウル:(天使A)ドライ……? そ、そうか、アレが悪魔ドライアン・ダラス! くそ……いや、しかしここでやつを仕留めればこの失態も……! グレモリア:残りはあんた一匹っすけど、どうします? 投降……とか、してみます? ウル:(天使A)……ふざけるなぁ! 天使は決して退かない! 天使は決して負けないんだ! うぁぁぁぁぁぁ! ……ふ、ふふ、ふふふふふふ! 見せてやるよ! この私、第十七師団団長『天空』のメグサ・ハーケル様の――! グレモリア:っはぁ! ウル:(天使A)な……っ? グレモリア:長いっす。 ウル:(天使A)馬、鹿な、くそ、この私がこんな……! っく、貴様、卑怯……だ、ぞ。 : 0:天使A倒れる。 : グレモリア:……憐れなやつ。 グレモリア:先輩。こっちも片付きましたよ。 ドライアン:おお。大将首任せてすまなかったな、グレモリア。 グレモリア:いえいえ、見た目通りの雑魚でしたから。 ドライアン:でも、名乗ってただろ? 天空の……目くそ? グレモリア:何でも良いっすよそんなの。私達の愛の前では所詮目くそ鼻くそってことで。 ドライアン:ひでぇな。 グレモリア:ひでぇのはあいつらと先輩の実力差っすよ。というかいつの間にそんなに強くなったんすか? 戦い方もなんか違うし。 ドライアン:俺は変わってねぇよ。敵が、変わっただけだ。 グレモリア:ふぅん? まぁ、確かにあいつら今まで以上に死にものぐるいで、その分冷静さが足りないって言うか、ぶっちゃけ前より弱くなってますよね。 ドライアン:そうかもな。 グレモリア:……。なんか悩み事っすか? ドライアン:いや、何でも無い。 グレモリア:なんかあったら、話して下さいね。 ドライアン:ああ。 グレモリア:このグレモリア・グリモニー。先輩の為なら、脱ぎます。 ドライアン:ああ。 グレモリア:……いやツッコんで下さいよ! ほんとに脱ぐっすよ! ドライアン:先を急ぐぞ。 グレモリア:あ、先輩! もう、つれないなぁ。 : 0:ドライアン、懐の『羽根』を握りしめる。 : ドライアン:――カルミア。俺はこの剣を抜くのが怖い。 ドライアン:いつかお前を斬るのが怖い。 : 0:◇Phase 13◇ 0:【夢】 : 0:夢の中。 0:現実ではない空間で、ドライアンとカルミアが向かい合っている。 : ドライアン:天使を殺す。 カルミア:悪魔を殺す。 ドライアン:それが悪魔の常識で。 カルミア:それが天使の必然で。 ドライアン:そこに俺の意志はあるのだろうか。 カルミア:そこに私の正義はあるのだろうか。 ドライアン:カルミア、俺はお前を殺せるだろうか。 カルミア:ドライアン、貴様は私を殺せるだろうか。 ドライアン:カルミア、お前は俺を殺せるだろうか。 カルミア:ドライアン、私は貴様を殺せるだろうか。 ドライアン:お前を守ると言ったこの俺が。 カルミア:私を守ると言ったあの貴様が。 ドライアン:お前を本当に殺すのだろうか。 カルミア:私を結局どうするのだろうか。 ドライアン:なぁカルミア。 カルミア:なぁドライアン。 ドライアン:ウルが鳴いてるぞ。 カルミア:ウルが呼んでるぞ。 ドライアン:今日は天使をたくさん殺した。 カルミア:今日は悪魔を大勢殺した。 ドライアン:骨を砕き、 カルミア:肉を切り、 ドライアン:頭を潰し、 カルミア:首を落とし、 ドライアン:内臓を弾き、 カルミア:心臓を貫き、 ドライアン:翼をもぎ、 カルミア:手足を落とし、 ドライアン:天使を殺した。 カルミア:悪魔を殺した。 ドライアン:無抵抗の幼い天使を。 カルミア:逃走する老いた悪魔を。 ドライアン:残虐に。 カルミア:冷酷に。 ドライアン:殺した。 カルミア:殺した。 ドライアン:こんな筈じゃ無い。 カルミア:こんな筈じゃ無い。 ドライアン:こんな筈じゃ無い。 カルミア:こんな筈じゃ無い。 ドライアン:だったら、 カルミア:だったら、 ドライアン:お前はどんな算段だった? カルミア:貴様はどんな予定だった? ドライアン:ここは戦場で、 カルミア:これは戦争で、 ドライアン:俺は悪魔で、 カルミア:私は天使で、 ドライアン:敵同士で、 カルミア:仇同士で、 ドライアン:友人でも、 カルミア:同胞でも、 ドライアン:姉でも、 カルミア:兄でも、 ドライアン:妹でも、 カルミア:弟でも、 ドライアン:家族でも、 カルミア:肉親でも、 : 0:(可能なら同時に) : ドライアン:恋人でも無い。 カルミア:恋人でも無い。 : 0:間。 : ドライアン:なのに、 カルミア:なのに、 ドライアン:それなのに、 カルミア:それなのに、 ドライアン:どうして、 カルミア:どうして、 ドライアン:こんなにもお前のことが カルミア:こんなにも貴様のことを ドライアン:どうしようもなく、 カルミア:どうしようもなく、 ドライアン:■■なのだろう。 カルミア:□□なのだろう。 ドライアン:ドライアン・ダラス。 カルミア:カルミア・ラティフォリア。 ドライアン:頼む。 カルミア:頼む。 ドライアン:お前のために。 カルミア:貴様のために。 : 0:間。 0:(可能なら同時に) : ドライアン:死んでくれ。 カルミア:死んでくれ。 : 0:間。 : ドライアン:カルミア! カルミア:ドライアン! : 0:◇Phase 14◇ 0:【戦場・野営地】 : 0:二人、夢から覚める。 0:悪魔と天使、それぞれの野営地。 0:ドライアンのそばにはグレモリアが。 0:カルミアのそばにはレリアがいる。 : ドライアン:夢、か。 グレモリア:随分うなされてたっすよ? レリア:姉さん、大丈夫ですか? カルミア:ああ、夢を、悪い夢を見ていたようだ。 レリア:きっと戦いの疲れが出たんですよ。 グレモリア:先輩、すごい活躍でしたもんね。 レリア:僕も姉さんを見習わないと。 グレモリア:でも、あんまり心配かけないで欲しいっす。 レリア:姉さんには僕がついてますから。 グレモリア:先輩にはあたしがついてるっす。 : ドライアン:ありがとうグレモリア。 カルミア:ありがとうレリア。 : レリア:いえ。気にしないで下さい。 グレモリア:いいんすよ。 レリア:ところで姉さん。 グレモリア:ところで先輩。 カルミア:何だ? ドライアン:何だ? : レリア:ドライアンって、 グレモリア:カルミアって、 : 0:(可能なら同時に) : レリア:誰ですか? グレモリア:誰っすか? : ドライアン:…………。 カルミア:…………。 レリア:言いたくないのですか? グレモリア:先輩は何も言ってくれないんすね。 レリア:言いたくなければ言わなくても良いんです。姉さん。 グレモリア:そうすか、分かりました。なら別に良いっすよ。 レリア:姉さんには姉さんのお考えがあるのでしょう? グレモリア:先輩が何も言ってくれないなら、あたしは。 レリア:僕はこれ以上聞きません。 グレモリア:勝手に喋るだけっす。 レリア:姉さんは、僕のたった一人の家族ですから。 グレモリア:先輩は、あたしの憧れなんっすよ。だから、 レリア:謝る必要はありません。 グレモリア:先輩、顔を上げて下さい。 レリア:姉さんは誰に恥じることの無い、立派な功績を上げられているじゃないですか。 グレモリア:先輩、今から超大切なこと言うので耳を刮目《かつもく》してよく聞くっすよ! レリア:僕は姉さんを責めたりしません。 グレモリア:あたしは先輩のこと尊敬してます。 レリア:何故なら、 グレモリア:だって、 レリア:天使レリア・アンセプスは。 グレモリア:悪魔グレモリア・グリモニーは! レリア:僕の味方になってくれたあの日から。 グレモリア:あたしの仲間になってくれたあの日から。 レリア:僕を弟と呼んでくれたあの日から。 グレモリア:あたしを家族みたいなものと呼んでくれたあの日から。 レリア:僕を拾ってくれたあの日から。 グレモリア:あたしを救ってくれたあの日から。 レリア:カルミア姉さんのことを。 グレモリア:ドライ先輩のことを!! : 0:間。 : レリア:心より愛しております。 グレモリア:ぶっちゃけ愛してます!! : 0:間。 : カルミア:……レリア。 レリア:大丈夫です。 レリア:姉さんが言わなくても、僕は分かっていますから。 レリア:ふふふ。愛してます、僕の姉さん。 カルミア:レリア……? : : ドライアン:……グレモリア。 グレモリア:おいおいおいおい。そこは俺も愛してるぜグレモリア! だろうがよ、おいごらぁ! ドライアン! : 0:グレモリア、ドライアンを殴る。 : ドライアン:痛ぇ! なんで殴った!? グレモリア:これが殴らずにいられるますか? 大大大大大好きな先輩に大大大大大好きなどこぞの女がいて、……そんな状況、私の拳と恋心が黙っていられますか? いや、無理。絶対無理。これはもうぶん殴るしかないっす! 大大大大大好きだからぶん殴る。殴りたいほど愛してるっす。ドライ先輩! さぁ、行きますよ、あたしの愛を顔面で受け止めろっす! ドライアン:グレモリア……。 : : レリア:姉さんは、 グレモリア:先輩は! レリア:強くて、 グレモリア:弱くて! レリア:美しくて、 グレモリア:醜くて! レリア:儚くて、 グレモリア:虚しくて! レリア:可愛くて、 グレモリア:憎たらしくて! レリア:賢くて、 グレモリア:愚かしくて! レリア:晴々しくて、 グレモリア:穢らわしくて! レリア:繊細で、 グレモリア:粗忽で! レリア:素敵で、 グレモリア:野卑で! レリア:神にも勝る。 グレモリア:どうしようもない! レリア:世界の誰よりも敬愛すべき、 グレモリア:そんな! レリア:この世で唯一僕だけの姉さんです。 グレモリア:私を救ってくれたたった一人の愛する先輩です。 レリア:だから。 グレモリア:だから! レリア:僕は、 グレモリア:あたしは、 レリア:その瞳の輝きを曇らせるやつが、 グレモリア:その目ん玉で追いかけるやつが、 レリア:もしもいたなら、 グレモリア:もしもいたなら! : 0:レリア、カルミアから『爪』を奪う。 0:グレモリア、ドライアンの『羽根』を撫でる。 : カルミア:あ……! ドライアン:あ……! : レリア:全て殺す。 : 0:間。 : カルミア:レリア! 待ってくれ! ドライアン:グレモリア! 待て! : レリア:僕は愛しています。カルミア姉さん。 カルミア:レリア!! : 0:レリア、去る。 : グレモリア:もしいたとしても、関係ない! ドライアン:え……? グレモリア:あたしは愛していますよ、ドライアン先輩。 ドライアン:グレモリ―― : 0:グレモリア、ドライアンに口づけをする。 : グレモリア:…………。 ドライアン:…………。 グレモリア:……ん。 ドライアン:……グレモリア。 グレモリア:……なんすか? ドライアン:こんなことして、お前は何がしたいんだ。 グレモリア:そんなの、決まってるじゃないすか。 ドライアン:何がだよ。 グレモリア:分からないっすか? グレモリア:あたしの願いは変わらないっす。 : 0:間。 : グレモリア:ずっと先輩を愛していたい。ただそれだけっす。 ドライアン:…………。 グレモリア:ずっとずっと同じっす。 ドライアン:グレモリア……。 グレモリア:出会ったときから、変わらない。先輩を愛してる。たとえ好きな相手が出来たとしても、それをあたしに教えてくれなくても、たとえ先輩があたしのことを憎んでも、たとえ先輩が変わってしまっても、たとえ先輩があたしを置いて遠く離れてしまっても、あたしの愛は変わらない。ずっとずっと愛してる。これまでみたいに愛してる。これからもずっと愛してる。変わらないっす。この愛だけは変わらない。世界の何が変わろうと、この愛だけは、先輩への愛だけは変わらない―― : グレモリア:だから、愛してるっす。 : グレモリア:届かなくても愛してるっす。 グレモリア:振り向かなくても愛してるっす。 グレモリア:愛しい顔を殴りたいほど愛してるっす。 グレモリア:愛しい顔に口づけしたいほど愛してるっす。 グレモリア:まさか天使に恋しちゃう先輩のことも愛してるっす。 グレモリア:そんな阿呆みたいな先輩のことマジで馬鹿って心の底から呆れながらもやっぱり心の底から愛してるっす。 グレモリア:先輩のこと愛してるっす。 グレモリア:先輩のこと、愛してるっす。 ドライアン:グレモリア。 グレモリア:先輩。 ドライアン:ありがとう。 グレモリア:先輩……! : 0:間。 : グレモリア:って、いや、おいおいおいおい。そこは俺も愛してるぜグレモリア! だろうがよ、おいごらぁ! ドライアン! それかもう一回チューしろやこら! もう一回殴られてぇっすかこら! : ドライアン:いや、 グレモリア:そんなに嫌っすか?! ドライアン:いや、そうじゃなくて、 グレモリア:なんすか? 言いたいことがあるならはっきり言うっすよ。いや、待って! はっきり言われたらマジで凹むかもしんないっす。言わないで欲しいっす。 ドライアン:グレモリア、その、なんて言うか、その…………照れる。 : 0:間。 : グレモリア:いや、照れんな。なんすか、その反応。 ドライアン:こういうの、初めてなんだよ。 グレモリア:あー……。いや、マジすか? その見た目で? 女何人、侍《はべ》らせられるかグランプリとかやってそうなのに? ドライアン:やるかそんなもん! 阿呆か! 別に見た目は関係ないだろ。 グレモリア:ほんとに、一切……無いんすか? ドライアン:そうだよ! 俺は生まれてこの方戦いばっかで、そういうのは一切知らん。……悪いかよ。 グレモリア:いや、悪くは無いっすよ。でもたまに下ネタとか振ってきてたじゃないですか。 ドライアン:お前の影響だよ。 グレモリア:ははは。 ドライアン:笑ってんじゃねぇよ。 グレモリア:……もしかしてあたしがどれだけ誘惑してもなびかなかったのは、先輩がただヘタレだったからっすか? ドライアン:それは……! グレモリア:あれ? 意外といける感じっすか? え? カルミアとかいう女に負けること前提で打ってたあたしの大博打《おおばくち》、ただの空回りだったんすか?! ドライアン:今、カルミアのことは関係ねぇだろ! グレモリア:あるっすよ! ドライアン:何が! グレモリア:好きなんでしょ。 ドライアン:いや、好きとかじゃ……。 グレモリア:何言ってんすか、今更。天使だから遠慮してんすか? そんなのいらねぇっすよ。よく考えて下さい、相手は天使なんすよ。寧ろ遠慮はいらねぇっす。容赦無く堕天させてやれば良いだけっす。 ドライアン:お前が何言ってんだ。グレモリア。お前、悪魔かよ。 グレモリア:そうっす悪魔っす。先輩も悪魔っすよ。目の前に可愛い後輩の悪魔がいるのに何考えてんすか。相手は天使っす、何考えてんだってのはこっちの台詞っすよ。どうせ考えるなら、あたしのエロいこと考えろよ! ドライアン:考えられねぇよ、そんなもん! もういいだろ、お前、何なんだよ、俺を愛してるんじゃ無いのかよ、なんでそんなにカルミアのこと……。 グレモリア:愛してるっすよ! じゃあさ、先輩! どうすれば良いんすかねぇ先輩? たとえば恋敵を殺せばいいんすか? そしたら、先輩はあたしのことだけ見てくれるっすか? あたしのことを愛してくれるっすか? ドライアン:それは……! グレモリア:違うでしょそんな訳ない。天使を何匹殺したところで、愛する天使を殺したところで、先輩はあたしを愛してくれる訳ない。分かりきってるっすよ。愛のために殺すなんて間違ってるっす。 ドライアン:間違ってる? でも俺達は、悪魔と天使だ! 出会ったときから殺し合う宿命《さだめ》で、たとえ好きになったとしても殺し合うことでしか交われない。俺はあいつを斬らなきゃならない。遠慮はいらない、容赦なくあいつを殺す。だって、天使なんだから仕方ねぇだろ! 守りてぇとか言ったって、戦場で出会っちまったら殺すしかねぇ。あいつだって俺を殺すだろ? 殺さないと生きていけない。生きている限りは殺す! 俺達は殺す為に生きてて、俺が殺さないならあいつに殺されるしかねぇ! 二人が生きるには殺されないように強くなくちゃいけねぇ! は、ははは! そうだ! あいつを愛すには強くなくちゃいけねぇんだ! そして俺はあいつを殺すために強くなってきた! あいつを愛すにはだから殺すしかねぇんだ! そうだろう!? グレモリア:先輩、歯ぁ食いしばるっす。 ドライアン:あ? : グレモリア:この大馬鹿野郎! : 0:グレモリア、ドライアンを殴る。 : ドライアン:ぐがはっ……!? : グレモリア:本気で言ってんのかてめぇ! ドライアン:グレモリア……! グレモリア:もし本気で言ってんなら! てめぇは悪魔でも天使でもねぇ! ひん曲がった欲望でできたドブ臭ぇ鬼畜野郎だ!! うだうだ自己弁護《じこべんご》してる暇があったらとっとと腹掻っ捌いて腑《はらわた》から薄汚れたクソ垂れ流して死ね! そんなもんは愛じゃねぇ! あたしの愛を穢《けが》すんじゃねぇ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! : 0:グレモリア、涙を流す。 : ドライアン:お前……。 グレモリア:痛いんだよ! 拳が! 心が! 先輩を殴ったら! こんなにも痛い! 全然幸せになんてなれない! キスしたい! あたしは先輩を抱きしめて、キスしたい! 殴りたくなんて無い! なのにさ、殴るしかないんだよ! 愛してるから! あたしは殴る! 何回でも! 何百回でも! あたしの骨が折れても! 心が砕けても! 愛してる! だから殴る! 先輩の歪んだ愛をあたしの愛でぶん殴る! だって! だって! 先輩にこんな思いして欲しくないから! 愛で殺してしまおうだなんて、そんな残酷なことをさせるくらいなら! あたしが! : 0:間。 : グレモリア:先輩を殺す!! : 0:間。 : グレモリア:……だから! グレモリア:殺さないで欲しいっす。あなたの天使を。あなたの心を。 ドライアン:グレモリア、 : 0:ドライアン、グレモリアを抱きしめる。 : ドライアン:ごめん。 グレモリア:……もう。仕方の無い悪魔っすね。そこは「グレモリア、愛してる」だって何回言ったら――あ。 : 0:風を切るような音。 0:グレモリアが倒れる。 : ドライアン:グレモリア? どうした、グレモリア?! グレモリア! グレモリア:ドライ……先輩、愛して――。 ドライアン:おいおいおいおいおい、なぁ、グレモリア! 嘘だよな! 嘘だよな! おい! あ、ぁぁぁぁああああああああああああああ……! レリア:うるさいぞ、悪魔。不愉快だ。 : 0:影の中にレリアが立っている。 : ドライアン:お前……? レリア:っは! どんなやつが姉さんを曇らせたかと思ったら、醜い悪魔が、これまた醜い悪魔と抱き合っているなど、反吐《へど》が出る! あああああああああ! 貴様、姉さんに何をした? 姉さんの御心《みこころ》を歪めるなど万死に値する。いや、ぬるい。この世の悪徳全てを秤《はかり》にかけても尚《なお》余りある罪業《ざいごう》! 引き千切り切り裂き押し潰し磨り潰し焼き尽くし燃やし尽くし消し去ってくれる! 無論、その汚い悪魔の死骸諸共だ。姉さんを姉さんを姉さんを姉さんを姉さんを! レリア:……穢《けが》したその罪深さを、痛苦恥辱絶望虚無後悔焦燥喪失憤怒恐怖《つうくちじょくぜつぼうきょむこうかいしょうそうそうしつふんぬきょうふ》と共に寸刻みに飲み下し、消滅するが良い!! ――天虚《ザ・ヴォイド》 ドライアン:ぁ、ぁ、ああああああああああああああああああああ! : 0:静寂。 : レリア:あ、あは、あはは、あははははははは! やったよ! 姉さん、姉さんを穢そうとする悪魔は消し去ってやったから、ああ、でもつい、一瞬で消し去ってしまった。一秒でも早く、姉さんを助けたくて。ふふ、安心して! 僕は――。 ドライアン:……ア。 レリア:は? ドライアン:グレモリア。 レリア:そんな、馬鹿な……! どうして生きてる! この! 化けも―― ドライアン:――静かにしろ。 レリア:っ! ドライアン:聞こえないだろ。 レリア:な、何が……! ドライアン:グレモリアの、声が。 レリア:…………ふ、ふふふ、何だ! こいつ、満身創痍《まんしんそうい》じゃないか。っは! さっさととどめを刺して、姉さんのところに、カルミア姉さんのところに僕は帰るんだ! ドライアン:カルミア? ドライアン:カルミア。そうだ、俺はカルミアに愛を伝えないと。 レリア:何だと? ドライアン:愛を伝えて――そして、 : 0:間。 : ドライアン:殺すんだ。 レリア:殺すだと? 姉さんには指一本触れさせは――! ドライアン:静かにしろって、言ったよな。 : 0:ドライアン、剣を振り抜く。 : ドライアン:死ね。 : 0:レリア、倒れる。 : レリア:な、そんな……姉さ――! ドライアン:死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。 : 0:レリア、動かなくなる。 0:その懐から『爪』が落ちる。 : ドライアン:俺の爪? ああ、カルミアにやったやつだ。それを何でこの天使が持ってる? グレモリアを殺したこいつ――違う! 生きてるんだ! グレモリアは生きてる! 愛してる! 愛してるグレモリア! だから、こいつはグレモリアを、……あれ? おかしいな。何かが違う。何だ。間違ってる。ああ。あああ。あああああ。……そうか。殺さないと。約束だから、俺は殺さないと、行こう一緒に。ずっと一緒だ。一緒。聞こえるからな。声が、愛してるって言ってくれたあの声が。カルミアを殺そう。そういう運命《さだめ》なんだ。ああ。全てをこの手で終わらせよう。ああ。…………ウルが鳴いてる。 : 0:ドライアン、去る。 0:響く電話のような着信音。 : カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出を、あなたが呼ぶ声がする。星空に繋いで、|星典の囁き《スター・コネクト》」 : 0:間。 : カルミア:|星典の囁き《スター・コネクト》! カルミア:|星典の囁き《スター・コネクト》! カルミア:|星典の囁き《スター・コネクト》! カルミア:|星典の囁き《スター・コネクト》! : カルミア:どうして? : カルミア:どうして、レリアに繋がらない……? そうか、もう、既に。 : 0:間。 : カルミア:ふふふ。ふふふふふ。ああ。私はきっと甘い夢を見ていたのだ。殺すべき悪魔と愛すべき弟。その二つを天秤《てんびん》に乗せた。結果。両方を失うのだ。もう、何も残っておらぬのなら―― カルミア:こんな、苦しいだけの心はいらぬ。 カルミア:我が神の意志のままに。天使カルミア・ラティフォリア、悪魔を。ドライアン・ダラスを討つ為だけの剣となろう。 カルミア:百度目の邂逅《かいこう》。それが、全ての終わり。 カルミア:天使に命ずるは死を以ての清算。悪魔に命ずるは凄惨なる死。天使よ、悪魔を蹂躙し殲滅せよ―― カルミア:愛していたよ。ドライアン。永遠にさようなら。 : 0:◇Phase 15◇ 0:【本陣』 : 0:混沌とした戦場。 0:呻き声ばかりが聞こえる。 0:天幕の下で一人佇むドライアン。 : レリア:(悪魔D)ご報告申し上げます。ドライアン閣下。 ドライアン:何だ。 レリア:(悪魔D)|α《アルファ》から|μ《ミュー》までの各隊が先程壊滅致しました。残るは我ら|ν《ニュー》……いえ、私と閣下のみです。 ドライアン:そうか。ご苦労。 レリア:(悪魔D)いかがされるおつもりですか? もう勝ち目などありません。あの『厄災』の天使がここに来るのも時間の問題です。……ドライアン閣下。この戦線はもう駄目です! あなた様だけでもお逃げに―― ドライアン:逃げる? どこへ? 何のために? どうして? レリア:(悪魔D)しかし、閣下さえ生きていればまだ我々は! ドライアン:静かに。グレモリアの声が聞こえないだろ? レリア:(悪魔D)閣下! グレモリア様はもう……! ドライアン:違う。俺はあいつのためにも殺さないと。天使を。カルミア・ラティフォリアを! レリア:(悪魔D)閣下……。 ドライアン:……もういいぞ。お前もよくやってくれた。 レリア:(悪魔D)――お先に参ります。ドライアン・ダラス総督。ご武運を。 : 0:悪魔D、自害する。 0 ドライアン:さて。行こうか。グレモリア。 : : 0:カルミアと従者の天使Dが立っている。 : グレモリア:(天使D)カルミア総司令、ご報告申し上げします。 カルミア:…………。 グレモリア:(天使D)先刻、敵陣営の大部分を殲滅したと各隊より報告がありました。 カルミア:ご苦労。 グレモリア:(天使D)しかし我が陣営の損耗も激しく、とても動ける状態ではありません。やはり増援を待ち、万全の状態で敵本陣を……いえ、例の『魔王』を―― カルミア:不要。 グレモリア:(天使D)は、いえ、しかし! カルミア:不要。私が――殺す。この手で。 グレモリア:(天使D)お、お一人で行かれるなど無茶です! 失礼ながら、いくらカルミア様といえど、あの悪魔を相手にご無事で済むと―― カルミア:――去ね。 : 0:カルミア、剣を振り抜き、鞘に納める。 : グレモリア:(天使D)カ、ルミア様? : 0:天使D、切断されて倒れる。 : カルミア:悪魔を――殺す。 : 0:◇Phase 16◇ 0:【戦場】 : 0:戦場の真ん中にドライアンが立っている。 : ドライアン:ようやくお出ましか。カルミア。 : 0:カルミアが舞い降りてくる。 : カルミア:ドライアン・ダラス。 ドライアン:これ、返すぜ。 : 0:ドライアン、レリアの亡骸をカルミアに投げ渡す。 : ドライアン:大事なもんなんだろ。 カルミア:――――。 ドライアン:ああ、それとこれも。 : 0:ドライアン、『羽根』を投げ捨てる。 : ドライアン:俺にはもう必要ない。 カルミア:――――。 ドライアン:さぁ、始めるか。殺し愛を。 カルミア:――――殺す。 : 0:二人剣を抜く。 : ドライアン:ぐぐおおっっ!! カルミア:――っは! ドライアン:てりゃぁっ!! カルミア:――とぁ! ドライアン:っく! ふははは! ……だらあぁぁーーッ!!! カルミア:――流星籠《ケイジ・オブ・シューティング・スター》 ドライアン:っく! はぁぁああああ! 陽炎舞踏術《ヒート・ステップ・ヘイズ》! カルミア:――星光欠落《ミッシング・オブ・スター・シャイン》 ドライアン:っくぐああああ! ぬおおおおおあああぁっ! 血焔刃《ブラッド・フレイム・エッジ》! : 0:響く雷鳴と剣戟。 : ドライアン:うおぉぉぉぉ! 天使ぃぃっ! カルミア:はぁぁぁぁっ! 悪魔! : 0:ドライアンの剣がカルミアの剣と腕を切り飛ばす。 : カルミア:――! ドライアン:終わりだ。カルミア! : 0:ドライアンが剣を振り下ろす。 0:斬られたカルミアが消える。 : ドライアン:何? カルミア:千変万化《ヴァリアブル・ダンス》。 ドライアン:くそ、そんなモノで――! カルミア:『夜の深きに誘われて、わたしは紡ぐ。星の巡りに抱かれて、幾年月も、降り積もる雪は草原を渡るつむじ風。やがて繋がる世界から、一つの柱とこの私を結んでくれる――|破滅の彗晶《クリスタル・コメット》』 : 0:世界が光に包まれる。 : 0:◇Phase 17◇ 0:【夢と現実の狭間】 : 0:カルミアの家の前。 0:ドライアンが袋を提げて立っている。 0:引き戸が開く。 0:中からウルを抱いたカルミアが現れる。 : カルミア:また来たのか、ドライアン。 ドライアン:来たら悪いか? ウル:みゃあ。 カルミア:それは、悪いに決まっているだろう。 ドライアン:どうしてだ? カルミア:どうして? 貴様は悪魔だろう? そして私は、 ドライアン:お前は天使だ。カルミア。 カルミア:分かっているならもう来るな。 ドライアン:何も分からない。それだけで俺はこうしてここに来ることも出来ないのか? キャットフードを片手にこの扉の前に立つことが! カルミア:それだけで十分なのだ。 ドライアン:天使と悪魔というだけで? カルミア:天使と悪魔というだけが、 : 0:間。 : カルミア:この世界の全ての理を分断する剣だ。 ドライアン:分かってるよ。俺は分かってる。けど! カルミア:分かっておる。私も分かっておるさ。けれど、どうすることも出来ぬだろう? お前と手それを握っているのだ。 ドライアン:俺はそんなもの……! カルミア:貴様の手に握られておるのは本当にウルの餌か? : 0:ドライアンの手の中の袋が剣になる。 : ドライアン:え? これは、違う。こんなモノじゃ無い。剣なんて握りたくない。お前に向けるつもりなんて。 カルミア:しかし私も同じだ。今、私は何を抱いておる? ウル:みゃあ。 ドライアン:あ? そんなの決まってる。 カルミア:ウルか? ドライアン:違うのか? カルミア:違うな。 : 0:カルミアの抱くウルが剣になる。 : カルミア:これは、貴様を斬るための剣だ。 ドライアン:でも、そいつはウルだ。俺が雨の日に拾った一匹の猫だ。うちにはベルがいるから飼えなくて、グレモリアにも断られて。それで……グレモリア? グレモリアは俺を愛してて、でも、俺はあいつを守れなくて……。俺はお前を殺さないといけない。天使だから? 違う、守るって決めたから。守るって決めたから殺す。そうだ、俺はお前を殺す。なぁ、カルミア、俺は何か間違っているか? カルミア:いいや、何も間違っておらん。さぁ、私を殺してくれ。 ドライアン:そうだよな。ウルを受け入れてくれたお前は優しいから。俺が間違っててもきっと許してくれるんだ。ありがとうカルミア、安心して殺せる。 カルミア:……泣くでないドライアン。貴様のそんな顔見たくはない。『魔王』などと呼ばれておる大の悪魔が、情けない。笑って殺せ。天使の一人や二人くらい。いや、全ての天使を殺せ。そして神も。何もかも。それが貴様だろ? ドライアン・ダラス。 ドライアン:カルミア。俺は……、 カルミア:何をしておる? こうしなければ殺せぬか? : 0:カルミアのそばにグレモリアが現れる。 : グレモリア:先輩。 ドライアン:グレモリア!? おまえ、やっぱり生きていたんだな! グレモリア:もちろん、死んでるっす。 ドライアン:お前何を言ってるんだよ、だってここに、 グレモリア:だって私は―― : 0:カルミア、グレモリアを斬る。 : カルミア:私が殺したから。 ドライアン:グレモリアーーっ! ……カルミアぁぁ!! カルミア:貴様は悪くない。グレモリアとかいうお前の愛する者を失ったのも、その仇である私の弟を殺したのも。貴様は悪くない。全て私の責任だ。だから、貴様が殺せ。終わらせろ。この私を。 ドライアン:ああ。望み通り殺してやる。約束だからな! カルミア:それでいい。そして、お前は幸せに生きてくれ。この世界でな。 ドライアン:永遠にさようならだ。カルミア。 グレモリア:待つっすよ先輩。 カルミア:……何故。 ドライアン:グレモリア? どうして止める! 俺は天使を、カルミアを! お前の仇を殺すところなんだ! グレモリア:いや、頼んでないですし。なに勝手に壊れてんすか、先輩。 カルミア:貴様、本物なのか……? グレモリア:本物が何を指すかは知りませんが、それで言うとあたしは偽物っすよ。 ドライアン:何を言ってるんだ、グレモリア、お前は生きてて、でも死んでて、あれ、おかしいな。 グレモリア:いや、おかしいの先輩っすから。……はぁ、またやらないとっすね。おら! おら! おら! : 0:グレモリア、ドライアンを殴る。 : カルミア:何を!? グレモリア:黙って指でもしゃぶって見てるっすよ、あたしの恋敵! 連れ戻してみせるっすから。おら、目ぇ醒ませ! ドライアン:っぐ! グレ、モリア? グレモリア:先輩、ご機嫌いかがっすか? あたしのこと愛してるっすか? ドライアン:ほんとに、グレモリアなのか? グレモリア:……もう。仕方の無い悪魔っすね。そこは「グレモリア、愛してる」だって前にも言ったでしょ。でも、残念、あたしはあなたの愛する、グレモリア・グリモニーではありません。あたしは――グレモリア・ダラスっす。 ドライアン:……でも、お前は! グレモリア:あー、無視すんなよ。滑ったみたいじゃ無いっすか。死んだっすよ。疑いようもなく。あたしの心が。なーんて、だからあたしは先輩の妄想。一緒に行こうって先輩が無理矢理引っ張ってきた魂の残滓、言うなればそう、先輩の心に溶けた先輩だけの妖精、。故にグレモリア・ダラスっす。 カルミア:妖精……? それが何故私に見える……?  グレモリア:いや、知りませんけど。でも、まぁそれが偶然にも? それとも運命的に? あんたの放った技で具現化したじゃないすか、カルミア・ナンチャラ。 カルミア:そんなことが……。 グレモリア:あんたがこんな土壇場でイメージ共有術を使わなければ、芽生えることも無かった、そういう可能性の存在っす。その時――不思議なことが起こった、みたいな。 ドライアン:お前は、じゃあ、本当に死んだのか? グレモリア:しつこいっすね。死にましたよ。後ろからすぱっと斬られて、別れを告げる間もなくね。でも後悔はしてませんよ、先輩。あんたの胸の中で死ねたんすから。 ドライアン:グレモリア。 グレモリア:って、言われたかったんすよね、先輩は。 ドライアン:グレモリア……。 グレモリア:でも残念。あたしは本人じゃ無いので。 ドライアン:……っ! グレモリア:ま、それでも言えて良かったっす。それで傷が少しでも癒えてくれるなら。 ドライアン:……ああ。ありがとう。救われた。 グレモリア:それは何よりっす。じゃあ、あたしは行くっすね。 ドライアン:どこへ? グレモリア:さぁ? それは分かりません。でもきっと、大好きな先輩の居るところっすよ。 ドライアン:行かないでくれって言ったら? グレモリア:ぶん殴る。……って言いたいとこっすけど、抱き締めてあげるっす。そんで、お別れっす。 ドライアン:……すまない。 グレモリア:ふふっ。……さぁさぁ、ぼさっとしてないで、好きな女待たせてるっすよ? 守るって約束したんでしょ? なら、男を見せて下さい、かっこいいドライ先輩。そんで、いつか、また――。 : 0:グレモリア、消える。 : ドライアン:……カルミア。 カルミア:私を、殺してくれないのか? ドライアン:ああ。殺さない。約束だからな。 カルミア:約束? そんな物はしていない。 ドライアン:したんだよ、忘れたか? カルミア:知らない。 ドライアン:なら、またやってやる。 カルミア:何を? ドライアン:外で会おう。……ウル! : 0:ドライアンの剣がウルに変わる。 : ウル:みゃあ。 ドライアン:俺を出してくれ。 カルミア:待て、ドライアン! 外に出たら私は貴様を殺さないといけなくなる、だからお前はここで私を。 ドライアン:殺せって? やなこった。俺はお前を守るって約束したんだ。散々傷つけちまって手遅れかも知れないが、グレモリアとも約束したしな。 ウル:みゃあ。 ドライアン:もちろんウル。お前ともな。 カルミア:ドライアン……。 ドライアン:待ってろ、カルミア。 カルミア:分かった。私は信じよう、貴様を。 ドライアン:ああ。お前のことは俺に任せろ。 ウル:みゃあ。 : 0:◇Phase 18◇ 0:【戦場】 : 0:片腕で剣を握るカルミアと剣を捨てたドライアンが向かい合っている。 : ドライアン:カルミア。 カルミア:――私は悪魔を、殺す。 ドライアン:今のお前は、心を閉ざしてるってことか。 カルミア:――――。 ドライアン:まぁ、ひとのことは言えねぇか。グレモリア・ダラスに、感謝しないとな。 カルミア:――殺す。 : 0:カルミア、斬りかかる。 : ドライアン:……っと! カルミア:ふっ! はぁっ! ドライアン:遅いな。ほんとのお前はそんなもんじゃないだろ。なぁカルミア。俺と何十回もした戦いは何だったんだよ? カルミア:――悪魔を、殺す。 ドライアン:神のためにか? そんな理由で戦うのかお前は? カルミア:悪魔に凄惨なる死を。 ドライアン:俺は、お前と戦いたい。好きなんだよ。お前と戦うのが。 カルミア:私は悪魔を蹂躙し殲滅する。 ドライアン:違うな。 カルミア:殺す。 ドライアン:俺はお前のことが好きで、 カルミア:――死ねッ! ドライアン:愛しているんだよ! : 0:ドライアン、カルミアの剣を受ける。 : ドライアン:ぐ、があぁ……! すっごい痛ぇが、掴まえた。 カルミア:は、なせ……! ドライアン:嫌だ。放さない。正気に戻れ。 カルミア:なに、を―― ドライアン:カルミア、愛してる。 : 0:ドライアン、カルミアに口づけをする。 : カルミア:――っ! ドライアン:カルミア、帰ろう。 カルミア:――あ、ぁ――。 ドライアン:一緒に帰ろう。 カルミア:――ド――アン。 ドライアン:ウルが泣いてるぜ。 カルミア:ウ、ル――? ドライアン:ああ、俺達の飼い猫だ。 カルミア:猫――。 ドライアン:カルミア、俺達は大事なものを失った。 カルミア:――――。 ドライアン:多くの同胞を、グレモリアを。そして俺も手にかけた。天使を、そしてお前の弟を。 カルミア:――レ、リア。 ドライアン:レリア・アンセプスを、殺した。 カルミア:貴様、が――! ドライアン:殺した。……その事実は消えねぇ。過去は、消えない。 カルミア:殺、した――。 ドライアン:俺達の過去は消えてない。目を背けちゃいけない。投げ出しちゃいけねぇんだ。ましてや未来を。運命《さだめ》をただ受け入れて、後悔なんてしちゃいけねぇ。辛いからやけになって殺し合って傷付けて。それで相手より自分の方が傷ついてるなんて、馬鹿野郎にも程がある。ごめんな、カルミア。 カルミア:どうして――? ドライアン:お前をこんなに傷付けて。 カルミア:どうして――? ドライアン:向き合うことから逃げて。 カルミア:どうして――? ドライアン:戦うことから逃げていた。 カルミア:どうして、貴様が謝る――? ドライアン:カルミア。 カルミア:悪いのは私だ。レリアが悪魔に強い恨みを抱いていたのも、私のために暴走したのも、全て私が悪い。貴様はだから、私を殺してもいいんだ。なのに、どうして。 ドライアン:……あのな、カルミア。 カルミア:ドライアン……? : 0:ドライアン、カルミアに口づけをする。 : カルミア:……ん!? な! 何を! ドライアン:この死にたがりの天使め。 カルミア:何だと? ドライアン:今思い出したよ。 カルミア:何がだ? ドライアン:初めて会ったときもお前は死にたがってた。死に場所を探してるって顔してた。だから、俺はお前を見逃したんだ。 カルミア:……いや、そんなことは無い。よく憶えておるが、貴様は私に命乞いしただろ。 ドライアン:……し、してねぇよ! そういう演技だ。だってその後―― カルミア:逃げたものな。あの背中、まだしっかりと思い出せる。 ドライアン:逃げちゃ悪いかよ。 カルミア:別に。しかしさっき、逃げてすまなかったと言ったばかりであろう? ドライアン:それはそれ、これはこれだ。 カルミア:好き勝手言いおる。……貴様らしいな。 ドライアン:だろ。前に言ったろ、自由に生きている限り俺の勝ちだ。 カルミア:では、さっきまでは負けておったのか? ドライアン:……っそうだよ! カルミア:そうかそうか。ふふふふふふふ。 ドライアン:笑うなよ……。は、はははははは。 : 0:二人笑い合う。 : カルミア:こうして出会うために生きておったのだろうな。 ドライアン:何だって? カルミア:生きていたから出会えた、死んでおったら出会えないからな? ドライアン:当たり前だろ? カルミア:そう、私達は当たり前のように生きて出会い、そして―― : 0:(可能なら同時に) : ドライアン:――愛してる。 カルミア:――愛してる。 : ドライアン:一緒に帰ろう。ウルが待ってる。 カルミア:ああ。良いだろう。貴様とならどこへでも。 : 0:降り続いていた雨が上がる。 : ドライアン:カルミア。 カルミア:ドライアン。 ドライアン:お帰り。 カルミア:ただいま。 : 0:    《天使と悪魔と捨て猫と。 幕》

0:天使と悪魔と捨て猫と。 0:◆Part 1◆ : 0:◇Phase 1◇ 0:【戦場】 : 0:響く雷鳴と剣戟の音。 0:悪魔〈ドライアン〉と天使〈カルミア〉が戦いながら話している。 : ドライアン:ぬおおっっ!! カルミア:っは! ドライアン:てりゃぁっ!! カルミア:――遅い。とぁ! ドライアン:っく! ふははは! 相変わらずやるじゃねぇか、天使さんよぉ! カルミア:貴様もな。 ドライアン:おぉ、なんだぁ? 認めて……っ! くれるってかぁ? 可愛い天使よぉ! カルミア:はぁぁあっ……! やめろ、――鳥肌が立つわ。ウスノロ悪魔。相変わらず貴様は弱いと言ったまで。 ドライアン:そう、かよっ! その割にはいっつも俺に勝て無いじゃねぇか、えぇ? カルミア:旗色《はたいろ》が悪くなると貴様がいつも無様に逃げるからだろう。いい加減見飽きたわその背中。 ドライアン:っは、てめぇこそ顔色が悪いぜ。こうやって正面切って闘ってっと、泣きそうな面しやがるくせに。いつもは許してやってんだ、弱い者いじめは好きじゃねぇからよ。 カルミア:悪魔のくせによく言う。貴様の顔が見るに堪えないからだ。この私が手を抜いているとも知らず図に乗りおって。……いや、口が減らないのは悪魔だから、か? ドライアン:はぁ? カルミア:言葉で誑《たぶら》かすだけしか能がないから、無い頭を抱えて、尻尾巻いて逃げるのだろう? 負け犬が。 ドライアン:上等だ! 脳筋ゴリラ天使。今日こそはその高ぇとこから引きずり下ろして土下座で泣かしてやる。 カルミア:っは! よかろう。今日こそは地に平伏させてその汚い声で鳴かしてやるわ。 : ドライアン:うおぉぉぉぉ! 天使ぃぃっ! カルミア:はぁぁぁぁっ! 悪魔! : 0:続く剣戟の音と、時折混ざる両者の怒声や笑い声。 0:やがてその音が止むと、仰向けに寝転がり息の上がった二人の声。 : ドライアン:……っく、はぁ、はぁ―― カルミア:……ん、はぁ、はぁ―― ドライアン:ぁぁあ、っくそ、またか! カルミア:こちらの、台詞だ。忌々しい……! ドライアン:何度目だ、えぇ? カルミア:そんなもの数えるか、馬鹿者。 ドライアン:はは、教えてやる、これで七十四回だ。 カルミア:っ、貴様いちいちそんなもの数えておったのか、……だから負けるんだ。 ドライアン:負けてねぇ、引き分け。 カルミア:天使にとって悪魔との引き分けなぞ、敗北と同義だ。 ドライアン:っは、生きてる限り勝ちなんだよ、俺達悪魔は。 カルミア:ふん、汚らわしい。 ドライアン:お綺麗なこった。 カルミア:当然だろう? 私は天使カルミア・ラティフォリア、高潔なる神の使徒だ。だから敗北は許されない。 ドライアン:っは。合わねぇな。この俺、悪魔ドライアン・ダラスは自由と勝利を愛してる。だから自由に生きている限り俺の勝ちだ。 カルミア:そんな思想、未来永劫合ってたまるか。口を慎め悪魔め。 ドライアン:閉口だけに平行線だな天使さま? くはは。 カルミア:喧しい。……しかし、生きている限り、か。我々は何のために生き、そして殺すのだろうな。 ドライアン:何だ? 今日の天使さまはピロートークがお望みか? カルミア:貴様、今すぐにでも八つ裂きにされたいか? ドライアン:おいおい、冗談だよ。熱くなんなって。 カルミア:気色の悪い冗談はやめろ、寒気がする。 ドライアン:へいへい。まぁ、んなことしたら冗談抜きで昇天しちまうだろうけどな。 カルミア:こちらは闇に墜ちる。死んだ方がマシだ。その時はお前も殺すが。 ドライアン:おー、こえーこえー。――まぁ、でもよ。そういう運命《さだめ》だ。俺達は。 カルミア:うん? ドライアン:俺は思うんだよ、こうして生きてっと。俺達はきっと、出会うために生きているんだ。ってな。 カルミア:何? ドライアン:生きて、出会う。だってよ、死んでたら出会えないからな? カルミア:当たり前だろう。 ドライアン:そう、当たり前のように生きて出会い、そして―― : 0:間 : ドライアン:――殺すんだ。 カルミア:――殺すのだ。 : 0:雨が降り始める音。 : 0:◇Phase 2◇ 0:【帰路】 : 0:足を引きずり、雨の中を歩くドライアン。 : ドライアン:ああ、っ痛ぇなぁ……。また負けちまったじゃねぇか、情けねぇ。我ながらなんて運の悪さだよ。行く先々に出やがって、あのゴリラ天使。 ドライアン:――運命《さだめ》、か。 ドライアン:……っは。あほらし。いつかは殺すんだ。何十回巡り会おうとそんなもんは関係ねぇ。それが宿命《さだめ》だ。 ドライアン:にしても、痛ぇな。あいつ、ほんとに手加減なんてしてんのかよ。……そんな訳ねぇか。所詮負け惜しみだ。まぁ、引き分けだが。 ドライアン:良くて、引き分け……か。 : 0:小さな猫〈ウル〉の鳴き声。 : ウル:みゃあ。 ドライアン:んあ? 何だ――猫、か? : 0:ドライアン、捨てられた猫を見つける。 : ドライアン:おいおい、こんなところでどうしたんだよおめぇ。もしかして……捨てられたのか? ドライアン:そいつは運が無かったな。まぁ、ひとのこと言えねぇか。そしてお前は家がねぇ。くははははは、傑作《けっさく》だ。 ウル:みゃあ。 ドライアン:お、ウケた? そいつは結構。なんだお前、案外ノリの良い猫だな。 ウル:みゃあ。 ドライアン:ふうん。こんなところで放って置かれるのもかわいそうだし、ここに通りがかったのも何かの縁だ、よし俺がお前を――殺してやろう。 ウル:みゃあ。 ドライアン:お前が待つのは救いの神か、それとも死か。んなもんどっちだって同じだよな? ウル:みゃあ。 ドライアン:でもよ、こんなとこに捨てられて死にかけてるわりには、良い目をしてるぜ、お前――天命《さだめ》なんて逆らってやる。そんな目だ。 : 0:間。 : ドライアン:……よし。気に入った。 ドライアン:お前、俺と来ねえか? ウル:みゃあ。 ドライアン:即答だな。良いぜ。お前は今日から俺の家族だ。 ウル:みゃあ。 ドライアン:名前は、そうだな。……その瞳と、この雨の下で出会えたから、ウル――なんてのはどうだ? ドライアン:嬉しそうじゃねぇか。 ウル:みゃあ。 ドライアン:……おいおいおい。この俺は生まれてこの方、ずっと犬派だったが、何だよ猫も悪くねぇもんだな。 ウル:みゃあ。 ドライアン:……犬? あ。ベルのこと忘れてた。おまえ、ベルと仲良くできっか? ウル:みゃあ? ドライアン:うん、お前は大丈夫そうだが、問題はベルの方か。うーん、あいつ小せぇもん何でも囓《かじ》るからな……。困ったな。 ウル:みゃあ。 ドライアン:おいおい、そんな目で見るなよ、ウル。見捨てねぇよ。一度拾った命だ、しっかり面倒見るぜ。悪魔ドライアン・ダラスに二言はねぇ。 ウル:みゃあ。 ドライアン:……ってもなぁ。あー……どうすっか。代わりに誰かに押しつけるか? へへっそれは最高に悪魔っぽいな。よし。 ウル:みゃあ。 ドライアン:――『悪魔ドライアン・ダラスの名において、我と彼の者に水晶の蔓《つる》を結わえよ。信羅伝晶《クォーツ・ウェイブ》』 : 0:電話のような発信音。 : グレモリア:はい、あなたのグレモリア・グリモニーっす。 ドライアン:グレモリア、俺だ。 グレモリア:知ってますよ。今時、悪魔式通信魔法通称『アマホ』でかけてくる悪魔なんてドライ先輩くらいですからね。いい加減スマホくらい持ったらどうすか? 文明の利器、便利っすよ。 ドライアン:必要ない。 グレモリア:いや、こっちが不便なんでやめて欲しいんすけど。久しぶりだと頭ガンガンするんすよね、これ。脳に直接声響くのって片頭痛持ちのあたしにはなかなか辛いものが……。 ドライアン:お前の都合なんて知らねぇよ。頭カチ割れろ。 グレモリア:ああっ! 流石先輩! 鬼畜で素敵だな~、正に悪魔の鑑! あたしの憧れっす! ドライアン:うるせぇ、お前と話してると頭キンキンするんだよ。 グレモリア:おそろいっすね。あたし達、今頭痛で繋がってるっす……ね。っは! つまり今あたしの脳は先輩の脳で、先輩の脳はあたしの脳。あたしの中に先輩がいて、先輩があたしの中に……。あたしは今、先ぱ―― ドライアン:――やっぱ何もねぇわ。 : 0:ぶつっと切れる音。 : ドライアン:…………こちらドライアン。 グレモリア:ちょちょちょ、切らないで下さいよ。てかあたしアマホ久しぶりにかけましたよ。 ドライアン:本当は切り刻んでやりたいんだが。 グレモリア:流石先輩ドライっすね。ドライ先輩だけに。 ドライアン:お前のその粘着質、どうにかならんのか? グレモリア:無理っすね。あたしの心はいつもドライ先輩で潤《うるお》い、ドライ先輩の為にヌチャってるんすよ。あたし、いつでも準備出来てますから! ドライアン:うるせぇ涸《か》れろ。 グレモリア:いけず。……それで何のご用ですか? あの先輩が、珍しく、このあたしに。愛の告白ならこの胸の鳴りやまぬ動悸《どうき》に誓って慎むことなく二つ返事でオーキードーキーです。 ドライアン:喜ばしいことに違う。 グレモリア:それは残念です。では、仕事の? ドライアン:それも違うな。 グレモリア:では何でしょう? 一緒に暮らそう! とか。 ドライアン:惜しいな。 グレモリア:ですよねー……ん? え、マジすか? ドライアン:まぁ、住む場所は探してる。 グレモリア:ちょちょちょちょちょ! マジすか! イェア! あたしの時代来たか、おい! 是非、一つ屋根の下にと言わず、一つになりましょう! やったー! 一心同体だぜ! ドライアン:あー、俺じゃ無いんだ。 グレモリア:え? 俺じゃ無い? どういうことですか? ドライアン:探してるのは俺のじゃ無くて、まぁ、その、ウルのなんだよ。 ウル:みゃあ。 グレモリア:ウル? ……何すか? どこの女すか、そいつ。 ドライアン:いや、女とかじゃ無くて、猫だ。今さっき拾って名付けた。ふふふ、可愛いだろ? あ、でもメスだなこいつ。 ウル:みゃあ。 グレモリア:……へぇ、つまり。 ドライアン:うん? グレモリア:どこぞのメス猫をうちに置けと先輩は仰るのですね? ドライアン:まぁ、そうだな。ほら、うちにはよ、ベルがいるから猫飼えないんだよな。で、お前に頼もうと思って。 グレモリア:……すみませんが、いくら先輩のためでもそれは出来ません。あたし、先輩にかわいがられてる生き物見ると嫉妬で殺しちゃいますから。 ドライアン:……おめぇベルに手ぇ出したらぶっ殺すからな。 グレモリア:あー、大丈夫っす。あいつは可愛くないので。 ドライアン:あ? 可愛いわ、馬鹿野郎。地獄で一番可愛いまであるわ。目ぇ腐ってんのか。埋めて地獄の肥やしにすんぞ。 グレモリア:それでも草一つ生えねぇのが地獄クオリティっすけど。てか、地獄のケモノで一番って、それ低すぎてお話になりませんが、相変わらずの節穴っすね先輩。恋は盲目っすか? ちなみに勿論あたしの愛は変わらず先輩以外アウトオブ眼中。アイウォンチューっすけど? ドライアン:ノーセンキューだ。 グレモリア:まぁ、マジ告白という名の挨拶はさておき、先輩の寵愛を受ける機会を賜ったクソ忌々羨《いまいまうらや》ましいその猫って、どんな猫っすか? 教えて欲しいんすけど、先輩から超、愛を受ける参考までに。 ドライアン:どんな? あー、普通の猫だよ。 ウル:みゃあ。 グレモリア:あ、スルー。……首とか目とか尻尾が多くてイカツイ感じ? ドライアン:いや。すげぇかわいい。 グレモリア:んー、翼とか角とか触手とか生えてる? ドライアン:いや、ちょこんと三角の耳が二つだけ。 グレモリア:んー、皮が岩みたいに硬いとかゲル状? ドライアン:いや、もふもふしてる。 グレモリア:んー、ドラゴンよりでかいとか。 ドライアン:いや、手に乗るくらいだ。 グレモリア:んー、牙が鋭くて凶悪な毒を持ってるとか。 ドライアン:いや、寝ぼけてしてくる甘噛みがチャーミングだ。 グレモリア:んーーーー、見たら死ぬとか。 ドライアン:いや、明日も生きようって思えてくる。 グレモリア:んー、…………普通の猫っすね。 ドライアン:そうだよ。捨て猫だ。 グレモリア:じゃあ、やっぱダメっすね。 ドライアン:どうしてだ、猫嫌いか? それとも、お前んちペット駄目か? グレモリア:まぁ、あたしは別に好きでも嫌いでも無いんすが、あたしのそば居たらその子、多分……死ぬか魔獣になりますね。 ドライアン:マジか。 グレモリア:てか、そもそも地獄の環境に耐えられないと思います。弱いですからね、普通の生き物は。だから、先輩の頼みを断るのはマジ断腸《だんちょう》の思いっすけど、そういう訳であたしは、先輩のこのお願いには応えられないっす。それ以外のどんな卑猥《ひわい》なご期待でも二つ返事で応えられますが。寧ろ期待を遥かに超えて行けるとすら自負しますが! ドライアン:お前さぁ。……まぁいいや。 グレモリア:いや、ツッコんで下さいよ! ドライアン:いやだ、疲れた。 ウル:みゃあ。 ドライアン:お前も疲れたよなー。取り敢えずメシやらねぇと。んじゃ、切るわ、グレモリア。 グレモリア:あ、待って下さいっす。 ドライアン:何だよ? グレモリア:見つかると良いっすね、飼ってくれるやつ。 ドライアン:おう、ありがとよ。まぁ、あてが無いことも無い。 グレモリア:それは良かったっす。あ、それから―― ドライアン:何だ? グレモリア:――愛してます。 : 0:間。 : ドライアン:冗談は、よせ。 グレモリア:ええ、半分冗談っす。 ドライアン:切るぞ。 : 0:ぶつっと切れる音。 : グレモリア:半分、本気っすけどね。 : 0:◇Phase 3◇ 0:【帰路2】 : 0:ふらつきながら飛翔する天使カルミア。 : カルミア:はぁ、はぁ、…………っく、悪魔ドライアン・ダラス。 カルミア:……あんな……はぁ、化け物相手に、互角の戦いをしておったのが、不思議だ。あの軽口、余裕な態度。まさか手を抜かれておるというのか? この私が、遊ばれている……? だとしたら、次は、無いかも知れぬな。しかし―― : 0:間。 : カルミア:――天使に敗北は許されぬ。その先にあるのは死だ。 カルミア:とはいえ、勝利の果てに何があるというのか? カルミア:決まっている。 カルミア:戦いだ。新たな敵。私は、脅威を打ち払う。生きておる限り――殺す。生きている限り、勝利なんて。でも。もし私があいつのように――いや、そんな志では今度こそ負けてしまう。 カルミア:気合いを入れろ。ははは、私らしくない。こんな姿、レリアには見せられぬな。それに……あいつにだって――いや、詮《せん》無いことだ。 カルミア:……そう、次こそは。次に会ったときこそは、この手で仕留めてやる。待っておれドライアン・ダラス! カルミア:ふふふふふ、ドライアン・ダラス! ドライアン・ダラスゥーーっ!!!! : 0:ドライアン、音もなく現れる。 : ドライアン:呼んだか? カルミア:ほぁっ!? ドライアン・ダラス?! ドライアン:ああ、俺だが。 カルミア:貴様、どうしてこのようなところに! 事と次第によっては八つ裂きにするぞ! いや、今すぐこま切れだ! この世に貴様がいたという痕跡すら残ると思うなドライアン・ダラス! ドライアン:いや、怖ぇな。というかよ、その……、 カルミア:何だ……? ドライアン:そんな何度も名前呼ばれるの初めてだから、……なんていうか、むずがゆい。 カルミア:なっ!  : 0:間。 : ドライアン:どうした? 気分でも悪いのか? カルミア:あ、ああそうだな……! この悪魔め! 悪魔め! 貴様の名前など口にしたせいで気分が最悪だ! ははっ! ははははは! あぁぁぁ……! ドライアン:カルミア。 カルミア:へ? ドライアン:カルミア・ラティフォリア。実はお前に、折り入って頼みがある。 カルミア:な、何だ急に!? 私は天使だぞ! 貴様の頼みなぞ―― ドライアン:天使だからこそだ。お前が天使だから頼むんだ。突然ですまないが、聞いてくれるか? カルミア:……いつもはこちらの都合など気に留めず一方的に話し始めるくせになんなのだ? しょうもない話なら本当に八つ裂きに―― ドライアン:――お前だけが頼りなんだ! カルミア:なっ! 一体、どうしたというのだ? ドライアン:なぁ、天使カルミア! 頼む! カルミア:お、落ち着くのだ、なぜ私を頼る、悪魔のお前が。 ドライアン:お前以外に思いつかなかった! カルミア:わ、私以外いない……? ど、どうして? ドライアン:……お前が天使で、信頼できるやつだからだ。 カルミア:信頼?! 馬鹿を言うでない! っは! 分かったぞ、いつもの軽口だ、狂言だ。油断させておいて、その隙を突くつもりであろう、卑怯者め! その手には―― ドライアン:俺はお前にだけはそんなことしない! カルミア:へ? ドライアン:何度剣を交えたと思う? 七十四回だ。一度として勝てていない。今となってはどんな仲間よりお前と俺は戦場で相見《あいまみ》えてきた。だからお前とは正々堂々決着をつけるって決めてんだ。こんなところで、俺はそれを穢《けが》したくない。この戦いは特別なんだ! その気持ちに偽りは無い。お前もそうだろう! カルミア:……! ああ、悔しいがその通りだ。この戦いを特別に思う気持ちが私に無いと言えば嘘になる。だからこそ! ならばこそ何故、貴様は今ここに現れた? 再び戦場で相見えるのが道理では無いのか? 貴様は一体私に何を願おうというのだ? 何を望み、何を叶えんとするのか? 言え、悪魔ドライアン・ダラス。あの馬鹿正直なほどに真っすぐな剣に誓って、正直に。貴様はこの天使カルミア・ラティフォリアに何を願う? ドライアン:命を――。 : 0:間。 : ドライアン:命を、救って欲しい。 カルミア:命……? ふざけるな! この期に及んで命乞いなど見損なったぞ! 一瞬でも分かり合えたと思った私が間違っておったわ! この腐れ悪魔! やはり貴様など生かしておくべきでは―― ドライアン:――お前がいないと生きていけないんだ! カルミア:……なっ!? : 0:間。 : ドライアン:頼む。 カルミア:んあっ?! なななな、何を言っておるのだ貴様! どういうつもりだ! そそそ、それはそのつまりあの、えっと、そそそそ、そういう意味か?! とっ、とととと特別とは、まままままさか、そそそそそんな、分かっておるのか!? ドライアン:分かっている。当然だろう? カルミア:当然って、貴様……私と貴様は殺し合うのが当然の天使と悪魔だぞ? 敵同士なのだぞ! そんなこと許されるわけがない! ドライアン:でも、お前にしか、頼めない。 カルミア:わ、私は、いや私達は――そういう風に生まれ落ち、そういう風に死して果てる天命《さだめ》なのだ。誰に何をどう願ったところで、それは変えられぬ。変えられぬから戦うしかないのだ。殺し合うことが互いの存在を存在たらしめる宿命《さだめ》なのだ! それを、それを今更、違う形になど……。冗談にも程がある! ドライアン:聞いてくれカルミア! カルミア:無理だドライアン! ドライアン:でも俺は真剣なんだ! カルミア:ば、馬鹿馬鹿しい! これ以上近付くと――斬る! : 0:カルミア、剣を抜き放ち、ドライアンに向ける。 : ドライアン:斬ってくれて構わない。 カルミア:何……? ドライアン:けどその代わり少しでいいんだ、聞いてくれカルミア! カルミア:ち、近寄るでない! 脅しではない! 本気だぞ私は! ドライアン:俺だって本気なんだ! カルミア:な!? : 0:ドライアン、カルミアに詰め寄る。 : ドライアン:俺は、本気なんだよ、カルミア。 カルミア:…………っ! ドライアン:…………。 : 0:見つめ合う二人。 : カルミア:っく、わ、分かった。頼みを、聞こう。 ドライアン:ほ、本当か?! でもまだ俺は何も―― カルミア:みなまで言うな! 分かっておる。ドライアン。 ドライアン:カルミア……? カルミア:今更言葉を交わさずとも、貴様の考えていることなど分かる。貴様と私、何度剣を交えたと思うておる? ドライアン:ありがとう! お前のその懐の広さは、女神にだって引けを取らないだろう。いいや、寧ろお前こそ女神だ! カルミア:めっ!? し、しかし、それはこの身には余る不遜な形容だ。やめて欲しい……。 ドライアン:だが俺はそれくらいお前のことを! カルミア:だ、だとしても、私と貴様は対等な筈だ。対等な天使と悪魔で好敵手。そこに上下や優劣などない。いや、これからのことを思えば、そんな物、あってはいけない。その関係性がどれだけ居心地の良いものであろうと、片翼だけに重荷がかかるなど、言語道断。違うか? ドライアン:それは……! その通りかも知れないな。すまん。俺が間違っていた。 カルミア:っふ。構わんさ。しかしこれは随分(ずいぶん)険しい道だな。 ドライアン:ああ、そうだろうな。 カルミア:よもやこのような形で運命《さだめ》に逆らうことになろうとは。ついぞ思わなかった。 ドライアン:すまない、俺のせいで。 カルミア:ドライアン。つい先刻言ったばかりだぞ? 顔を上げろ、自分の選択に自信を持て、ドライアン・ダラス。 ドライアン:お、おう、そうだったな、カルミア・ラティフォリア。たとえそれがどれだけ険しい道だろうとも、俺は顔を上げるさ。 カルミア:ふふっ、貴様となら不思議と不安は感じない。寧ろ、希望に溢(あふ)れているほどだ。 ドライアン:それは頼もしい限りだ。俺も、お前となら乗り越えられるって信じてるぜ。 カルミア:ああ。貴様がそう言ってくれると心強い。どんな困難が待っていたとしても、乗り越えてみせよう。 ドライアン:幸せにしてくれよな。 カルミア:っふ、随分ひと任せだな。良いだろう。天使カルミア・ラティフォリア。全身全霊を以て幸せにすると誓おう。 ドライアン:ありがとう! お前がいてくれて本当に助かった! カルミア:ふふふ、これほど心が躍ったのは初めてだ。ドライアン、これからは私と共に―― ドライアン:――じゃあ、ウルを頼んだぞ。 : 0:ドライアン、カルミアの腕の中にウルを押し付ける。 0:腕の中のウルと、カルミアが暫し見つめ合う。 : ウル:みゃあ。 : 0:間。 : ウル:みゃあ。 カルミア:…………猫? ドライアン:ああ、可愛いだろ? ウルって名前なんだ。幸せにしてくれよな。 カルミア:ちょっと―― ドライアン:ん? カルミア:ごめん。ちょっと、待って。いや、持っててくれ。 ドライアン:うん? ウル:みゃあ? : 0:カルミア、ドライアンにウルを預ける。 : カルミア:……あー、……はいはい。……あー、はは、はは、成る程、あっ、あっ、あっ、そういう、あ―…………は、はははは、ははははははは! ぬぐぅ……あ、ああ、あああ、あああああ、あああああああああああああああああああああああーーーーーーーっ! ドライアン:ど、どうしたんだよ、カルミア?! カルミア:あああああああああああああああああああああああああ。 ドライアン:大丈夫か! しっかりしろカルミア、待ってろ、その辺でちょっと回復術使えそうな天使探して――。 カルミア:――待て! : 0:間。 : カルミア:大丈夫だ。 ドライアン:いや、でもよ? カルミア:大丈夫だ、問題ない。 ドライアン:けど、あんな姿のお前見たこと無いぞ? カルミア:何でもないと言っている。ただ、少し、そうだな、うん。見たこともないほど可愛いらしい猫ちゃんの姿に少し、ほんの少し、動揺しただけだ。 ドライアン:そ、そうか? カルミア:そう。そうなのだ。他意はない。だから気にするな。 ドライアン:ほ、ほんとか? ドライアン:そ、そうか? カルミア:……天使は、嘘を、吐かない。 ドライアン:…………。 カルミア:…………。 ドライアン:それはそうだな! カルミア:ああ……。 ドライアン:お前が嘘つくはず無いもんな! 疑ってすまなかった! カルミア:ああ、うん、……そうだ気にするな。 ドライアン:でもよ、ってことはほんとに頼んで、良いんだよな? お前に断られたら、こいつはもう……。 カルミア:ああ、分かっておる。心配するな。天使にお任せだ。 ドライアン:お前って、やっぱりほんとに良いやつなんだな。 カルミア:へぇっ!? て、てて、天使として当然、だ。 ドライアン:俺が言うのも何だが、七十四回も戦ってきた永遠の敵が連れてきた捨て猫の面倒を何も聞かずに見てくれるなんて、さすが天使! カルミア:う、うむ、当然だ。 ドライアン:やっぱり悪魔とは心の在り方が違うんだろうな。 カルミア:そ、そうだな。 ドライアン:ほんとにありがとな。流石悪魔ドライアン・ダラスの宿敵だ。 カルミア:き、気にするな。 ドライアン:じゃあ、頼んだぜカルミア。あんまり長居すると他の天使に見つかるかも知れねぇから、今日のところはこの辺りで。 カルミア:き、気をつけろよ? 夜道とか背後とか。 ドライアン:おん? ははっ、そうだな! あ、またなんかあったら呼んでくれよ。あと、お前なら大丈夫だと思うけど、育て方のメモ預けとくわ。 ウル:みゃあ。 : 0:ドライアン、カルミアにウルとメモの束を手渡す。 : カルミア:ああ、い、いらぬ心配だ。 ドライアン:そいつは頼もしい。じゃあよろしく頼んだ。ウルのこと。 カルミア:ああ……。 ドライアン:じゃあな、また、戦場で! ……ってのも味気ねぇか。んー。 : 0:間。 : カルミア:ドライアン……? ドライアン:お前と敵で本当に良かった。 カルミア:…………。 ドライアン:今度ばかりはお前との宿命《さだめ》に感謝だ。じゃあな。 : 0:ドライアン、去る。 : カルミア:敵、か。……会えて良かった、と言って欲しかった。などと願うのもおかしな話か。 : ウル:みゃあ。 カルミア:ん? ……そなた、ウルというのか? ウル:みゃあ。 カルミア:確かに、衝撃的過ぎて具《つぶさ》に見ておらなんだが、ふふっ、なかなか可愛いではないか。よしよ―― : 0:カルミア、ウルに手を伸ばす。 : ウル:みゃ。 カルミア:あ。 : 0:が、指を囓られる。 : カルミア:……痛い。 : ウル:みゃみゃ。 : 0:更に、その手を引っ掻く。 : カルミア:だ、だから、痛いのだが……。 ウル:みゃ。 カルミア:あっ。 : 0:ウル、カルミアの腕を尻尾で叩いて跳び降りる。 : カルミア:……こんなことで、果たして上手くやっていけるのだろうか? ウル:みゃあ。 : 0:◇Phase 4◇ 0:【カルミアの家】 : 0:疲れ果てたカルミアが倒れている。 : カルミア:ああ、ウル……、そなた、ちょっとやんちゃすぎるぞ……。 カルミア:私のお気に入りのハープで爪研ぐし、雲のベッドはマーキング。雌猫だから大丈夫って書いてあるこのメモは何なのだ!? それに研究中の魔方陣も一から組み直し――あぁぁぁぁ……。 カルミア:安請け合いするんじゃなかった。でも、仕方ないじゃないか。思い出すのも忌々しいが、あんな! あんな恥ずかしい勘違いしてしまった私が悪いのだから! カルミア:あぁ。私って天使向いてないのか……? ウル:みゃあ。 カルミア:じっとしとると可愛いんだが、な。まるで天使のようだと形容しても良いが、この惨状どうしたものか、どう見ても悪魔の所業ぞ? ウル:みゃあ。 カルミア:やはりあやつに……いやいや。昨日の今日で頼るなんて、天使としての矜恃《きょうじ》が許さぬ! それに、今はちょっと、顔を見るのが……。ああああああ! ウル:みゃあ? カルミア:と、とりあえず、レリアに相談してみるか! : 0:カルミア、歌い始める。 : カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出を、あなたが呼ぶ声がする。星空に繋いで、|星典の囁き《スター・コネクト》」 : 0:電話のような発信音。 : レリア:あっぶね。――はい、姉さんだけのレリア・アンセプス。 カルミア:レリア。今いい? レリア:もちろんです。今、悪魔を六体ほどぶち殺しているところで……四体になりましたが、喜んで。 カルミア:そう、忙しいところすまぬな。いや、何でもない、務めに戻ってくれ。 レリア:そんな! 姉さんが謝ることではありません、こいつらがとっとと滅びないのが悪いのです、――我が絶園《ぜつえん》の調《しらべ》に惑《まど》え! |旋律の冥夜散歌《スターレス・ナイト・パーティクル》・改! : 0:無数の鈴の音と断末魔が遠く響く。 : レリア:っと……失礼。終わりました。姉さん。 カルミア:流石レリアだ。 レリア:いえいえ、取る足りない雑魚でしたから。ところで姉さん。 カルミア:うん? レリア:差し出がましい提案で恐縮なのですが、スマホを持ってみるのに興味はないでしょうか? カルミア:無いが。どうしてだ? レリア:即答ですね。今時カビ臭い天空音楽系念心術、通称『カラケー』なんて――いえ、呼び出すときに歌うお手間を省けるので、便利なのでは無いかと愚考した次第でございます。 カルミア:そんな物よりイメージ共有術の方が便利であろう? 私の見ておる光景をそのまま伝えられるし、電池も電波も気にしなくて良い。歌うのも慣れると結構楽しいものよ。ふふふ。 レリア:流石姉さん! 全く以てその通りでございます! 眼前の敵を塗りつぶす形で意識に直接干渉してくる無駄な高精細画像に気を取られて危うく死にかけましたが、いやぁ4K8K目じゃないぜ! 何度体験しても素晴らしいですねこれは3D4D超えてます! それに電池や電波いりませんもんね! カルミア:ああ。控えめに行って最高だな。 レリア:まぁ、通話にはオーバースペックすぎますし、天界は4Gどころか5Gも給電マイクロ波も余裕で飛び交ってるのでそんなの気にする要素なんてゼロなのですが。 カルミア:なんだそれは? レリア:いえいえなんでも。 カルミア:ふむ、そうか? レリア:……本当にいりませんか? スマホ。天使向け連絡アプリ『ソライン』とか便利ですし、天使の呟き『スカイッター』……今は名前が変わって『Z』ですが、これも同胞がいま何してるかとか、天界の流行やら悪魔どもの動向も分かるのでオススメなのですけど……。 カルミア:くどいな。いらんと言っておろう? レリア:そーですよね! はははは。失礼致しました。……はぁ。 カルミア:やはり『カラケー』こそ神の御業。 レリア:……それで、いかがなさいましたか? 麗しきカルミア姉さん。何か、困ったことでも? カルミア:実は猫を――拾ったのだがな。 レリア:猫? どこの泥棒猫ですか? カルミア:泥棒猫? 泥だらけで死にかけていたらしい仔猫だが。 レリア:なるほど! 流石慈悲深き僕の姉さん! ちっぽけな畜生にも憐れみを施す清廉《せいれん》なる至高の天使! カルミア:大袈裟な。 レリア:いいえ! 寧ろこんな言葉じゃ足りないくらいです! 姉さんの素晴らしさを表すには。あああ、足りない! 足りないよ! こんな言葉じゃ、姉さんへの愛が! 姉さんを、僕の愛を表すには! あぁぁぁぁぁぁ! 姉さんんんんんんん! : 0:間。 : レリア:失礼、魔力の流れが乱れていたようですね。 カルミア:そうなのか? 大丈夫かレリア? レリア:ええ。ご心配おかけして申し訳ありません。 カルミア:そうか? それで、猫のことなのだが、どうやって育てたら良いのか勝手が分からなくてな。レリアは昔、猫を飼っていただろう? そういったことが得意かと思ってな。 レリア:僕を頼ってくれて嬉しいです、恐悦至極《きょうえつしごく》ですよ姉さん! カルミア:よくわからんが。 レリア:でもあれは、正確には猫というか、|翼蠍獅子《マンティコア》を祖型《そけい》とした凶悪な霊獣の使い魔なのですが……。 カルミア:そうなのか、ではレリアには無理か。すまない、邪魔をしたな。 レリア:いえ! 全然余裕です! それに姉さんにとっては猫も獅子も|翼蠍獅子《マンティコア》も似たようなものですよねぇ! ええ、もちろんこの僕ならば! 期待に応えられますとも! カルミア:それは良かった! ちなみに猫の餌ってとりあえず何かの生肉とかそのへんの草で良いのだな? レリア:……。ものによりますが。何を食わせるおつもりですか? カルミア:栄養価が高いと聞いて狩ってきた、闘王魔牛《アーク・バッファロー》と葱頭鬼根《オニ・マンドラゴラ》だ。 レリア:……百歩譲って闘王魔牛《アーク・バッファロー》は食べられるかもしれませんが、葱頭鬼根《オニ・マンドラゴラ》は絶対死にます。近付けるのもNGです。早く処分を。そもそも猫は肉食なので草はほぼ必要ありません。 カルミア:……苦労して獲ってきたのにか? レリア:うっ……か、代わりに今度僕に御馳走してくれればうれしいなぁ! そ、そうだ! 今回のお礼として! カルミア:うむ? 分かった。 レリア:あ、ちなみにそれってどんな猫ですか? カルミア:猫に種類があるのか? レリア:ありますね。 カルミア:こんな、猫だ。 ウル:みゃあ。 レリア:ああ、……ほんと普通の猫ですね。たぶん雑種のイエネコです。 カルミア:それで、此奴は何を食べるのだ? レリア:うーん、見たところ生後二ヶ月程度でしょうか、もう普通食でもいけそうですね。 カルミア:普通食とは、何の肉だ? やはり、闘王魔牛《アーク・バッファロー》か? レリア:いや、闘王魔牛《アーク・バッファロー》は異常食です。ご自分で食べてしまえば良いと思いますが、そうですね。普通のキャットフードで良いです。 カルミア:キャットフード? どこにある? レリア:人間界で買ってきて下さい。 カルミア:人間界か……、よく知らないのだが肉屋に行けばいいのだな? レリア:いや、コンビニとスーパーとかホームセンターで売ってます。 カルミア:コンビニ……? 分かった。 レリア:それで、食事の回数は一日に二、三回くらいでしょうか。大人 になるとそんなに回数は多くなくて、ゆっくり食べるのであまり気にしなくても良いですよ。猫によって好みもあるので、カリカリだけじゃなくて、缶のやつとかもあげると良いかもしれません。 カルミア:カリカ……? 結構詳しいな、レリア。 レリア:ええ、まぁ、魔獣や霊獣は使役すると何かと便利ですからね。ああ、それと拾ってきたんですよね? その猫。 カルミア:…………あ、ああ。 レリア:何ですか、今の間は? まさか、攫(さら)ってきたんですか? カルミア:そんな訳無いだろう! ……捨て猫だ。 レリア:そうですか。 カルミア:そうだ。 レリア:……んー。だったら、まぁ一応病院に連れて行くことをオススメします。 カルミア:どうしてだ? レリア:病気とか、持ってるかも知れないので―― カルミア:「この世の遍(あまね)く病魔に警告する|奇跡の星典《ヒリング・スターライト》」 レリア:…………。 カルミア:これで大丈夫か? レリア:姉さん。それ、猫に使うやつじゃないです。 カルミア:え? 駄目だった? レリア:死の淵《ふち》の病人とかを救う……まぁ良いです。ちなみに病気の予防のために、ワクチンという―― カルミア:「汝に与えるは毒を浄化し、呪いを滅する天衣無縫の調べなり|星典の寵愛《スター・アイ》」 レリア:……病気の問題はクリアですね。わーい呪いも退ける、やったね! カルミア:他にも何か必要なのか? レリア:あー、えっと、そうですね、あとは猫のトイレと爪研ぎは必須ですね。 カルミア:ふむふむ。 レリア:それから――敵です。 カルミア:敵?  : 0:間。 : カルミア:どういうことだ、闘わせるのか? レリア? 強敵、宿敵との戦いこそが健やかなる成長に必須? やはり闘王魔牛《アーク・バッファロー》か?! レリア:いえ、そうじゃなくて! 敵が来たので失礼します、姉さん! カルミア:ああ、そういうことか。 レリア:まぁ、色々大変でしょうが精々頑張って下さい。僕も頑張りますので。 カルミア:あぁ、私なりに頑張ってみるよレリア。 レリア:あ、いえ、今のはそこの猫くんに言ったんですよ。 カルミア:そうなのか? ウル:みゃあ。 レリア:それでは、愛しております、姉さん。 カルミア:私もだ、レリア。 レリア:……はぁぁぁぁぁ! よくも姉さんとの至高の一時を邪魔してくれたな薄汚いクソ悪魔ども! 貴様らは骨も肉も跡形もなく消し炭にしてくれる! 「穿て、刻め、磨り潰せ、焼いて、焦がし、塵灰と――」 : 0:通話の切れるような音。 : カルミア:ふむ。ひとまず、キャットフードとやらを調達するか。 ウル:みゃあ。 カルミア:おとなしく待っていろ、と言ってもどうせ聞かんのだろうな。 ウル:みゃあ。 カルミア:しかしこれ以上荒れるのは勘弁願いたい。……うむ、仕方ない。ここは彼奴《あやつ》に任せるしかないか。 カルミア:いや、だが、しかし……。 カルミア:うぅ……む、いや。 カルミア:元はと言えば、彼奴《あやつ》が元凶《げんきょう》。責任もあろう。そ、そうだ! そうと決まれば。 ウル:みゃあ。 : 0:カルミア、歌い始める。 : カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出をあなたが――」 : 0:電話のような着信音。 : カルミア:え、え?! ま、まだ術は――いや、違う、これは……? ドライアン:あー、こちらドライアン。 カルミア:…………。 ドライアン:……? こちらドライアン。おーい、どうした? 天使。あれ、繋がってるよな? 失敗したかな……? そういえば、天使と繋げたって話は聞いたこともねぇな。アマホ。 カルミア:……ドライア――悪魔か。 ドライアン:ん? おう! さっきぶりだな、天使! カルミア:……! あ、ああ、さ、さっきぶり、だ。いや、これは貴様の術か……? ドライアン:ああ、試したこと無かったんだが、悪魔式通信魔術っていってな? これ天使とも通じるんだな。知らなかったわ。 カルミア:そのようだな。では、やはりカラケーも通じるのだろうか……? ドライアン:カラケー? カルミア:いや、何でも無い。それで、どうしたというのだ? ……悪魔である貴様が、このように気安く連絡してくるなぞ、……虫唾《むしず》が走るが。 ドライアン:ひでぇな。 カルミア:あぁ。ひどい気分だ。 ドライアン:っへ。そうかよ。 カルミア:しかし――故に危急の用なのであろう? 申してみよ。もし違ったら、殺す。 ドライアン:おうおう、おっかねぇ天使さまだなぁ。そうなんだよ、一つ忘れていたことがあってな。 カルミア:なんだ? 懺悔《ざんげ》か? 悪魔の懺悔《ざんげ》なぞ聞き入れる気は無いが。 ドライアン:ちげぇよ、メシ! カルミア:メシ? 食事のことか? ドライアン:そうそう、お前にウルのこと任せちまったからな。それくらいは俺が持とうと思ってな。 カルミア:……つまり食事を、その、奢る、と? ドライアン:ああ。まぁそれくらいはな。 カルミア:貴様! 私達は曲がりなりにも天使と悪魔だぞ! それは戦場でいくら剣を交え、こうして魔術で……つ、繋がろうとも変わらぬ。その申し出は受け入れられない! ドライアン:お堅いことだなぁ。だからこそ、貸し借りは無しにしたいんだ。 カルミア:貸し借りなぞ、対等と言ったであろう。 ドライアン:対等だからこそそうはいかんだろ。ウルのことで迷惑かけちまうのはもう仕方ねぇ、だからせめて餌代くらいは許してくれって言ってんだよ。 カルミア:…………餌代? ドライアン:天使が人間界の金なんて持ってないだろ? 悪魔の俺は伝手があるからな。 カルミア:ああ、餌代ね。……なんだ。 ドライアン:なぁ、頼むよ。 カルミア:ああ、ふぅん。まぁ良いのでは無いか。 ドライアン:ほんとか! カルミア:そのような嘘をついてどうなる。良いぞ、好きにするがよい。 ドライアン:オッケー、じゃあ持って行くわ。ウルにも会いてぇしな! カルミア:え、いや、貴様来るつもりか?! 第一、貴様は私の家の場所を知らんだろ? じゃなくて、天使の家に悪魔が来るなど! ドライアン:そうでもねぇよ、この念心で大体の方角は分かったから、あとはそっちに向かって飛べば良い。 カルミア:その手があったか。じゃなくて、む、無理だやめろ! ドライアン:なぁに、お互い、戦場で何度も出くわしてるんだ。近くにいればお前の気配は分かるし、出会おうと思って出会えない訳はねぇ。 カルミア:いや、そういう問題じゃ……! ドライアン:カルミア。 カルミア:な、何だ? ドライアン:餌買ってすぐ行くから待っててくれよ! カルミア:本気か貴様! おい、ドライアン! ドライアン!? : 0:電話の切れるような音。 : カルミア:彼奴《あやつ》、切りおった……。 ウル:みゃあ。 カルミア:……というか、え、ほんとに来おるのか? 待て待て待て待て――! 私の部屋に彼奴《あやつ》が? ど、どうすれば良い? お、おいウル、どうすればいいのだ? ウル:みゃあ? カルミア:へ、部屋にレリア以外の男……いや、悪魔なぞ招いたこと無いぞ?! あぁそれに、ウル! そなたまた散らかしおって! こんな状態では幻滅《げんめつ》されてしまう! : 0:間。 : カルミア:幻滅《げんめつ》? ……は、はは。私は何をおかしなことを言うておる? されたとて、それがなんだと言うのだ? 天使が悪魔に嫌われて、何が悪い? そ、そうだ。だから。うむ。このままで、このままで問題ない。何も問題ないではないか! ウル:みゃあ。 カルミア:……いや、そんな訳なかろう。 ウル:みゃあ。 カルミア:大人しく片付けよう……。 ウル:みゃあ。 カルミア:ウル。そなたは気楽で良いな。私は気が重いわ。……いや、気のせい、気のせいだ。私は少し浮かれてなど、いない。……断じて! : 0:◇Phase 5◇ 0:【カルミアの家の前】 : 0:扉の前で買い物袋を提げたドライアンがうろうろしている。 : ドライアン:勢いで来てしまったが、……これひょっとしてマズい、か? ドライアン:……だよな。たぶん。だって俺達冷静に考えりゃ敵同士なんだぜ? カルミアの言う通りだわ……。ま、でも、来てしまったからには仕方ない。ここは潔く―― ドライアン:――いや、とはいえ。とはいえ、だ。 ドライアン:あいつが罠を仕掛けて待っている、なんてことは性格上、絶対に無いにしても、相当嫌がる可能性はある訳だ。俺だって、あいつ以外の天使が家に上がり込んで来たら顔を顰《しか》める。 ドライアン:……あれ? 以外……? と言うことは、俺はあいつなら……良いのか? : 0:間。 : ドライアン:いや。普通に無いな。 ドライアン:あいつが来る理由が無い。あいつがうちに来るとしたら、それこそ俺を仕留めに来るときか、或いはそうだな、ベルを見に来る……とか? 犬は好きなんだろうか? ドライアン:そういえば俺、あいつのこと全然知らねぇな。 ドライアン:鋭い太刀筋《たちすじ》や、辛辣《しんらつ》な舌鋒《ぜっぽう》、恐ろしい威力をした技の数々は知っているが、何が好きで、何を考えてるのか、そんなこと考えたことも無かったな。 ドライアン:つーかこいつの家……引き戸なんだな。 ドライアン:ドアノブに袋提げて帰ろうかとも思ったけど、まさかの引き戸。 ドライアン:東洋建築。インターホンも存在しないなんて予想外だったわ。 ドライアン:俺、マジであいつのこと何も知らねーのな。 ドライアン:……知らない。 ドライアン:だから、知ってみれば天使ってのも意外と悪いやつじゃねーのかもな……? : 0:間。 : ドライアン:よし。行くか。 : 0:ドライアン、扉に手をかけようとする。 0:と、目の前で扉が開く。 : ドライアン:あ。 カルミア:あ。 : 0:部屋着のカルミアが、ウルを抱えて現れる。 : ウル:みゃあ。 カルミア:と、扉の前に影が見えたから。それに気配も。 ドライアン:あ、ああそうか。そうだよな。 カルミア:う、うむ。 ドライアン:……えっと、ウルの餌、持ってきた。 カルミア:あ、ああ。……ありがとう。 ドライアン:礼はいらねぇよ。俺が頼んだことだしな、こちらこそ恩に着る。 カルミア:恩に着せるつもりはないし、礼にも及ばぬ。 ドライアン:そう、だったな。ウルも、元気そうだな。 ウル:みゃあ。 カルミア:ああ、元気だぞ。少しわんぱく過ぎるが。 ドライアン:そうなのか? カルミア:そうだ。おかげで私のお気に入りのハープは傷だらけ、 ドライアン:そいつはすまねぇな……。 カルミア:雲のベッドに粗相《そそう》をするし。 ドライアン:マジかよ。 カルミア:貴様を倒すために研究してた魔方陣はバラバ―― ドライアン:おい、何作ってんだ天使。 カルミア:むぅ、良いでは無いか。どうせバラバラになったのだし。 ドライアン:いや、そういう問題じゃねぇよ。 ウル:みゃあ。 カルミア:アレを作るのに一体どれほどかかったと……。完成したら最低でも山一つ消し飛ばせる魔法ができる予定だったのに。 ドライアン:おっかねぇ……それだけはほんとよくやったぜ、ウル。褒めてやる。よーしよし。 ウル:みゃあ。 カルミア:褒めるな。まぁ、仕方ない。また一から組み直すわ。 ドライアン:組み直すな。そしたらまた壊してくれるよな、ウル? ウル:みゃあ。 カルミア:裏切者め。 ウル:みゃあ。 : 0:二人、顔を見合わせて微笑む。 : ドライアン:……あんまり長居すると悪いだろうから、そろそろ失礼するわ。 カルミア:え? ドライアン:それじゃあな。 カルミア:――あ、待って! ドライアン:……何だ? カルミア:いや、……上がって、いかぬのか? ドライアン:……遠慮しておく。 カルミア:……何故だ? : 0:間。 : ドライアン:俺は、よ。悪魔、だからな。 カルミア:…………そう、だな。 ドライアン:お前は天使。俺達は住む世界が違うんだ。何十回出会ってもそれは変わらないだろう? カルミア:そうだな。 ドライアン:だから、俺に出来るのはここまでだ。この敷居は、きっと俺には跨げない。お前もそれを許さないだろう。 カルミア:そうだな。 ドライアン:今はたまたま、剣じゃなくて、お互いキャットフードか猫を持っているだけ。 カルミア:ああ、そうだな。こんな暢気《のんき》な場面なぞ、凄惨《せいさん》なる闘争の幕間《まくあい》に許されたほんの気まぐれのような茶番《ちゃばん》に過ぎぬのだろう。ひとたび幕が上がれば―― ドライアン:猫とキャットフードを剣に持ち替えて、いつ終わるとも知れない殺し合いを演じることになる。……んだろうな。 カルミア:私達はそういうものだったな。 ドライアン:ああ。だから、これでお別れだ。 カルミア:引き留めて、悪かったな。また――戦場で。 ドライアン:ああ。また戦場で。 ウル:みゃあ! カルミア:あ、ウル! : 0:ウル、カルミアの腕から飛び出す。 0:慌てたカルミア、倒れそうになる。 : ドライアン:カルミア! : 0:ドライアン、カルミアを支える。 : カルミア:ドライアン……。 ドライアン:カルミア……。 カルミア:…………。 ドライアン:…………。 ウル:みゃあ。 ドライアン:あっ、えっと、その、……大丈夫か? カルミア:あ、ああ! 驚いた、だけだ……。 ドライアン:そうか、……おい、腕! : 0:カルミアの腕から血が出ている。 : カルミア:え? ああ、ウルに引っ掻かれたのだな。 ドライアン:痛くないか? カルミア:ふふ、ふふふふふふ。 ドライアン:な、なんで笑う? カルミア:いや、何を今更と思ってな。貴様につけられた傷の方が何倍も痛いわ。 ドライアン:それは……そうだよな。は、はははは。 : 0:二人、笑い合う。 : カルミア:ほんとに、あれはもう、すごく痛かったぞ。 ドライアン:そうなのか? カルミア:そうだたわけ。特にあの剣に炎を纏うやつに脇腹を切られたとき。なんだあれは焼き鏝《やきごて》か! 切られて痛い上に傷も滅法《めっぽう》癒しにくい。加えて戦いのあと風呂に入るのが苦痛だった。 ドライアン:ああ|炎剣《ブレイズ・ブレイド》な。懐かしい。 カルミア:え、ダサ。 ドライアン:なに!? カルミア:そんな貧相な名前の技に苦しめられたかと思うと、傷が疼《うず》くわ。 ドライアン:うるせぇ、ほっとけ! それを言ったらお前、あのバーって広がる殺人ビームみたいなやつ。 カルミア:広がる殺人ビーム? ああ|COSS《シー・オー・エス・エス》か。 ドライアン:なんだそれ? カルミア:ああ、正式名称は|流星籠《ケイジ・オブ・シューティング・スター》だ。 ドライアン:略称まであるのかよ。かっこいいじゃねぇか、マジふざけんな。 カルミア:私は真剣だが? ドライアン:いや名前はともかく、でもあれ、本当にヤバかったからな。やたら避けづれーし、躱《かわ》したと思ったらまさかの追尾してくるし、俺の翼、プラネタリウムかよってくらい穴空いてたし、しばらく飛べなかったわ。 カルミア:それは――ウケるな。 ドライアン:ウケんな。もう塞がったけどよ。……お前はもう治ったのか? カルミア:ああ。すっかりな。うっすら傷跡はあるが、見てみるか? 臍《へそ》のあたりだ。 ドライアン:い、いやいやいや、勘弁してくれ! カルミア:そうか? ……あ。 ドライアン:どした? 軽み:いや、越えてしまった、と思ってな。 ドライアン:うん? カルミア:敷居《しきい》。 ドライアン:あ。 : 0:ドライアンの足が敷居を跨いでいる。 : カルミア:ドライアン。 ドライアン:……何だ。 カルミア:……上がって、いかぬか? ドライアン:……ああ。遠慮しておく。 カルミア:……そうか。 : 0:間。 : ドライアン:今日のところは。 カルミア:…………! ドライアン:また来るよ、ウルに会いに。 カルミア:ああ。きっと喜ぶ。ウルも。 ドライアン:じゃあ―― カルミア:ああ―― : 0:二人声を揃えて : カルミア:また会おう。 ドライアン:また会おう。 : 0:扉の閉まる音。 : カルミア:……また、か。私達は何のために生き、そして殺すのか。生きるために殺し、殺すために生きる。そういう宿命《さだめ》。私達はけれど、出会うために生きている。その言葉を、少し信じてみたくなったよ。たとえその先にあるのが命の奪い合いだったとしても。 カルミア:今はただ、この胸に渦巻く疑問を飲み下すのが精一杯だ。果たして、今日の七十六回目の出会いは私達にとってどのような意味があるのだろうな。芳しい問いだ。 カルミア:それは、或いは生きる意味より。 : 0:    《Part1 幕》   0:◆Part 2◆ : 0:◇Phase 6◇ 0:【戦場】 0: 0:響く雷鳴と剣戟の音。 0:ドライアンとカルミアが戦いながら話している。 : ドライアン:せやぁぁぁぁ! カルミア:良い太刀筋だな、だが狙いが見え見えだ! ドライアン:っくぁ! おおおぉぉ! まだまだぁっ! ふんッ! カルミア:何?! ドライアン:もらったぁっ! な、手応えが――!? カルミア:|千変万花《ヴァリアブル・ダンス》。貴様が今斬ったのは私の残像だ。 ドライアン:はぁ? そんなことまでできんのかよお前? カルミア:当然だ。貴様、私を誰だと思っておる。天使カルミア・ラティフォリアを侮ると――死ぬぞ! ドライアン:俺だって伊達にお前と剣を重ねちゃいねぇよ。見せてやるぜ、悪魔ドライアン・ダラスの最新を――なぁっ!! ドライアン:|陽炎舞踏術《ヒート・ステップ・ヘイズ》! カルミア:消えた? ドライアン:ははは! どうだ、熱で光を屈折させて姿を隠す技だ! カルミア:……私と同系統の技を使うな! ドライアン:たまたま練習してたんだから仕方ねぇだろ! カルミア:ネーミングも若干似ておるし。 ドライアン:それは俺も思ったけど言うなよ。 カルミア:興《きょう》が削《そ》がれたわ。今日はここまでにしようか。 ドライアン:きょうだけに? カルミア:違うわ馬鹿者! ドライアン:冗談だよ。 : 0:二人、剣を収める。 : ドライアン:……はっ。 カルミア:……ふっ。 ドライアン:また、決着がつかなかったな。 カルミア:お望みならば今度こそつけても良いのだぞ? ドライアン:いや、やめとこう。戦いは一日一回だ。 カルミア:それだと毎日戦うことになるが。 ドライアン:俺は毎日だって構わないぜ? お前となら。 カルミア:私は勘弁願いたいところだ。 ドライアン:あぁ? どうしてだ? カルミア:貴様の相手は疲れるからな。 ドライアン:同感だ。 カルミア:程よく手加減することに、な? ドライアン:っは。言ってくれるぜ。俺だってお前の綺麗な顔を傷つけないよう戦うのは気を遣うんだがな? カルミア:んな!? き、綺麗……!? き、貴様それは……! ドライアン:しかし腕を上げたな、カルミア。 カルミア:……ふんっ。貴様こそ成長したのではないか? ドライアン。 ドライアン:珍しく素直に褒めるじゃねぇか。 カルミア:まぁ、私にはまだ遠く及ばぬが。 ドライアン:っへ! まだ俺は本気を見せちゃいないけどな! カルミア:貴様さっき「見せてやるぜ、悪魔ドライアン・ダラスの最新をなぁ!」とか言っておったではないか。 ドライアン:いや、あれはブラフだ。それにあくまで最新であって最強じゃねぇから。本気の俺はもっと強ぇ。 カルミア:怪しいものだが、そういうことにしておいてやる。 ドライアン:――なぁ、カルミア。 カルミア:なんだ、ドライアン。 ドライアン:俺達、強くなったんだよな。 カルミア:どうした、突然? ドライアン:俺もお前も強くなった。それは剣技を見ても、身のこなしを見ても、魔術や戦闘技能を見ても分かるんだ。 カルミア:そうだな。 ドライアン:お前の動きは、これまで出会ったどんな敵より鋭く、冷ややかに俺の命を掠めていく。 ドライアン:俺はそれをギリギリのところで躱《かわ》して、受けて、捌《さば》いて、時に切り返す。俺もまた、お前の命を奪う必殺を繰り出す。 ドライアン:けれど、どれもが互いに一歩届かない。寄せては返す波のように拮抗した剣技。その応酬《おうしゅう》。果てない殺し合い。それが延々と続く。天使と悪魔の殺し合い。いつかお前が言ったように、俺達はそういう宿命《さだめ》なんだろうか。 カルミア:それは違う、ドライアン。 ドライアン:え? カルミア:それを言ったのは貴様だろう? ドライアン:そう、だったか? カルミア:ああ。貴様は私に言ったのだ。我々は生きている限り殺し合う。しかし――私達はきっと、また出会うために殺し合うのだ。とな。 ドライアン:カルミア……。 カルミア:しかし、今日の貴様は既に負けておるな。 ドライアン:あ? どういうことだ? 引き分けだろ? カルミア:何があったか知らんが、貴様は今何かに縛られておる。ドライアン・ダラス。自由と勝利を愛する悪魔よ。貴様の剣に纏わり付くものが、その動きを鈍らせておるのは明白ぞ。 ドライアン:……気のせいだろ。 カルミア:ならば私の勝ちだ。自由に生きている限り勝ち、なのだろう? ドライアン:変わったな、カルミア。 カルミア:かも知れぬな。……さて、近頃のドライアンはピロートークとやらに気乗りでは無いらしいな。 ドライアン:んなっ?! 変なこと言うんじゃねぇよ! カルミア:なんだ、照れておるのか? ドライアン:んな訳ねぇだろ! カルミア:ふふ、冗談だよ。 ドライアン:ったくよぉ! カルミア:――今日も寄っていくか? ドライアン:……ああ。 カルミア:そうか、ウルが喜ぶ。 ドライアン:つっても、最近は俺が来てもあいつ気にしなくなったよな。 カルミア:慣れたのであろう? 私にもすっかり懐いてしまって、やんちゃな頃が少し懐かしいくらいだ。 ドライアン:山一つ消し飛ばせるおっかねぇ魔法陣とやらを台無しにされたりとかな? カルミア:懐かしいな。ちなみにアレはもう完成したぞ? ドライアン:なに!? どんな魔法だ?! カルミア:ふふ、それは秘密だ。 ドライアン:っち! んだよ……。 カルミア:そうだ、また今度貴様の家にも行ってみたい。 ドライアン:は? なんでだよ? カルミア:時々話題に出てくる犬の『ベル』というのが気になってな。 ドライアン:ああ、そうだな! 今度連れてってやるよ。 カルミア:やったー! ドライアン:……何、無邪気に喜んでんだよ……。敵《てき》ん家《ち》に遊びに行くのによ? カルミア:こ、これは、地獄で一番可愛いと言っていたベルに会えることに対してであって決して―― ドライアン:……ところでよ。 カルミア:なんだ? ドライアン:この出会いが何度目になるのか分かるか? カルミア。 カルミア:八十九回目だな。 ドライアン:お前、数えてたのか? カルミア:貴様の数えたところから、ではあるがな。 ドライアン:そうか。……なぁ、カルミア……。 : 0:足を止めて問いかけるドライアン。 0:先を行くカルミアは少し離れたところにいる。 : カルミア:おい、ドライアン! 置いて行くぞ、ウルが腹を空かせて待っておる。 : 0:カルミア、去る。 : ドライアン:――俺達は、あと何度出会えるんだろう。 : 0:◇Phase 7◇ 0:【高山】 : 0:ドライアンとカルミアが山道を歩いている。 : カルミア:まだ着かんのか……? ドライアン:もう少しだ、我慢しろ。 カルミア:貴様、なんという面倒なところに住んでおるのだ。 ドライアン:ベルを地上で飼おうと思ったらこんなところに住むしか無いんだよ。 カルミア:それならいっそ地獄で暮らせば良いものを、わざわざ。 ドライアン:ベルは体が弱くてあっちじゃ生きていけないんだよ。 カルミア:ふむ? ドライアン:けど、普通の生き物なんかよりはよっぽど強いから、まぁ、目立たねぇように人里離れたこんな山奥になるんだよ。 カルミア:なるほど、そういうことか。 ドライアン:というかお前だって似たようなところ住んでるだろ。 カルミア:まぁ、そうだな。 ドライアン:おかげでウルのことは助かったが。 カルミア:気にするな。 カルミア:……それにしてもこれ、飛んでいくわけにはいかんのか? ドライアン:まぁ、飛んでいっても良いけどよ。 カルミア:じゃあ、飛ぼう。 ドライアン:いや、この辺意外と悪魔が居んだよ。 カルミア:何? ドライアン:一応中立というか、どっちの領土でも無いけど見つかったらヤバいだろ? 特に一緒にいるところなんて見られたら……。 カルミア:それは、マズいな。 ドライアン:な。だから……、よっと! : 0:ドライアン、崖を乗り越える。 : ドライアン:こうして足で登るしかねぇ。 カルミア:そういうことならやむをえまいが。 ドライアン:それに結構似合ってるぜ? カルミア:何がだ? ドライアン:その登山服。 カルミア:ほ、ほんとか? ドライアン:おう。 カルミア:……! い、いや、あ、悪魔の感覚で褒められても嬉しくないわ。だって貴様らのセンス基本クソださいし。 ドライアン:そんなことねぇよ! まぁ、ぶっちゃけセンスは否定しねぇけど、少なくともお前に似合うものくらい分かるぜ。 カルミア:な、なんだ急に! ドライアン:いや、前に見たあの部屋着もそういえば良い感じだったなって。 カルミア:な! わ、忘れろ! ドライアン:初めて見たときは、こいつにピンク色なんてって思ったけどよ。 カルミア:余計なお世話だ! ドライアン:なんか、思い出してみると、うん。結構似合うんだよな。これが。 カルミア:思い出すな! こ、この! ドライアン:痛い痛い! 叩くなよ……。 カルミア:うるさい! というかどういう意味だ! この悪魔め! ドライアン:いやお前ってさ、結構可愛いよなって話―― カルミア:ほ、ほぁ!? : 0:間。 : ドライアン:あ。いや、い、今の無し! 一般論一般論! あくまで悪魔の一般論! カルミア:は、はは、そうだな! 私天使だし? 天使は一般的に美しいと言われておるからな! ははは! ドライアン:そうそう、天使ってそうだよな、さらっさらのプラチナブロンドとか透き通るようにつややかな肌とか、俺は深い空のような瞳がいいなって思うけど……、 カルミア:な……!? ドライアン:い、いやそうじゃなくて! そういう意味じゃ無くて! 可愛いのはそうなんだけど、それは内面的にも……う、ああああああああ! もういい。 カルミア:ドライアン? ドライアン:ぶっちゃけ、俺は、カルミアを可愛いと思う。 カルミア:……え? それって―― ドライアン:――もう終わり! この話終わり! 先急ぐぞ! カルミア:ちょっと、待ってくれ! ドライアン! ドライアン:待たねぇ! 俺は、行くぞ! カルミア:いや、それもなんだけど、実はもう疲れて。普段こんなに歩かないから、ちょっと休みたいのだ。 ドライアン:え、あ、ああ! そうだったか! すまねぇ、天使はどちらかというと飛ぶ種族だったもんな。悪かった。 カルミア:いや、良いんだ。私が不甲斐ないだけだ。少し休んだらすぐに―― ドライアン:――おら、乗れよ。 カルミア:乗れよ、とは? ドライアン:おぶってやる。 カルミア:……いや、え? 本気で言っておるのか? ドライアン:当たり前だろ? こんなとこで休むより、うちに早く着いた方が良いだろ? 俺はこういうの慣れてるからよ、平気だ。 カルミア:いや、そういうことでは無くて、悪魔が天使を背負うなど……。 ドライアン:あ、ああ、そうだよな。悪ぃ、変なこと言って。俺みたいな悪魔に背負われたく、ねぇよな。 カルミア:そ、そんなつもりじゃ……。 ドライアン:すまん、悪かった。 カルミア:……ええい、ドライアン! ドライアン:な、なんだ、カルミア。 カルミア:背中を出せ。 ドライアン:え? カルミア:大人しく背中を出せと言っておる。 ドライアン:な、何だよ。 カルミア:乗ってやる。 ドライアン:いや、無理しなくて良いぞ? カルミア:無理などしておらん、私が乗りたいから貴様に乗せられてやると言ってるんだ、早く背中を出せ馬鹿者! ドライアン:カルミア……。 カルミア:早くしろ。それとも私に無理して歩けというのか? この悪魔め。 ドライアン:……ははは、オーケー、麗しの天使さま! この悪魔ドライアン・ダラスめにお乗り下さいませ? カルミア:うむ。 : 0:ドライアン、カルミアを背負う。 : ドライアン:おう、意外と軽いのな。 カルミア:貴様ぶっ殺すぞ。 ドライアン:冗談冗談! カルミア:ふん、あまり調子に乗っておるようならこのちょっと邪魔な背中の翼をもぎ取るぞ。 ドライアン:やめろやめろ! カルミア:冗談だ。 ドライアン:そうかよ。じゃ、行くぜ、しっかり掴まってろよ? カルミア:ああ、行くが良い。 : 0:ドライアン、カルミアを背負ったまま姿勢を低く構える。 : ドライアン:うおおおおおおおおおおおおおおーーーー!! : 0:と、一気に駆け出す。 : カルミア:うぁ! ははははははは! はやいはやい! ははははは! ドライアン:乗り心地はどうだ。カルミア! カルミア:うむ、悪くない! ドライアン:そいつぁよかった! カルミア:たのしいな! ドライアン:俺も楽しいぜ! カルミア:私達は一体何をやっているのだろうな! ドライアン:しらん! でも、生きてるって感じだろ! カルミア:うむ! そうかも知れぬな! 貴様とならどこへでも行ける気がする! ドライアン:どこへでも? カルミア:そうだな例えば、地獄でも。 ドライアン:なら、もちろん天国でもな! カルミア:ははは、それはいいな。 ドライアン:おう! どこへなりともお連れ致しますよ天使さま! さぁ、もう一息だ。しっかり掴まってろよ! : 0:間。 : カルミア:なぁ、ドライアン。これが、自由なのだな――。 : : 0:◇Phase 8◇ 0:【ドライアンの家、玄関】 : 0:ドライアンがカルミアを背負っている。 : ドライアン:着いたぜ! これが俺の家だ。 カルミア:ほぅ。……案外普通だな。 ドライアン:お? どういう意味だ? カルミア:なんか、こんな山奥にあるというから、昔話的な藁葺《わらぶ》き屋根を想像したのだが、普通に現代建築なのだな。或いはもっとおどろおどろしい感じの洞窟とかでも良かったのだが。 ドライアン:それはお互い様だろ。悪魔がみんな古城やらでかい洋館に住んでるわけじゃねぇし、これくらいが普通だ。 カルミア:そういうものか。しかし、整備された道路どころか、おおよそ人の出入りも無い山奥に小綺麗な一軒家があるのも逆に不気味だがな。ガレージまでついとるし。車も無いのに。 ドライアン:それは……そうかもな。建築が得意な知り合いの悪魔に建ててもらったんだが、景観に合わないのはそうだよな。 カルミア:随分便利な悪魔がいるものだな。 ドライアン:ほんとそれな。住宅カタログから選んで……これになった。 カルミア:そういう感じか。 ドライアン:そういう感じだ。なかなか住み心地良いぞ。 カルミア:ふむ。他にはどんな家があったのだ? ドライアン:あ? なんだよ、急に。 カルミア:いや、何。今後の参考――じゃなくて、ふと悪魔はどんな家に住みたがるのか気になってな? 私は断然、東洋建築だな。平屋が良い。庭に池があって、橋が架かっておるのとか最高だ。 ドライアン:お前、そういうの好きだな。まぁ俺は四角いコンクリートのやつが良いがな。 カルミア:それで地下室なんかあったりするんじゃろ? ドライアン:っふ、甘いな。 カルミア:何? ドライアン:高低差を利用し、地下のガレージが表の通りに繋がってて、裏の山に伸びる道と一階が繋がってるのが最高だ。 カルミア:貴様、そういうの好きだな。だからそもそもこんな山奥に道なんてないだろう馬鹿者。 ドライアン:ははっ、だな! カルミア:まったく、ふふっ。 ドライアン:ところでよ、カルミア。 カルミア:なんだ? ドライアン:そろそろ……降りねぇ? カルミア:あ。あぁ! そうだな! 助かった、ドライアン。礼を言うぞ。 ドライアン:ありがたき幸せ。 カルミア:うむ、くるしゅうないぞ。 : 0:カルミア、ドライアンから降りる。 : カルミア:ところで、ベルというのはどこにおるのだ? ドライアン:おお、そうだな。この時間帯だと勝手に散歩してるんじゃないかな。そろそろ帰ってくるとは思うけど。 カルミア:……そんな自由なのか? ドライアン:賢いからな。普段は留守番してるけど、外出るときは鍵かけて出て行くし。 カルミア:いや、どんな犬だ。 ドライアン:まぁ、とりあえず上がっていけよ。 カルミア:うむ。 ドライアン:悪魔の家に上がり込むのに躊躇《ちゅうちょ》しねぇのな。 カルミア:見た目がこんな普通の家では、躊躇《ためら》う理由を探す方が難しい。 ドライアン:あー確かにな。 カルミア:それに貴様とて、うちに来ることに随分慣れたではないか。 ドライアン:まぁ、そうなんだけどな。 カルミア:お互い様だ。 ドライアン:お互い様か? カルミア:うむ。 ドライアン:さて。かぎ、かぎ~。 : 0:ドライアン、玄関の植木鉢の下から鍵を取り出す。 : カルミア:おい玄関の植木鉢の下って。 ドライアン:え? 何か問題か? カルミア:セキュリティ意識。 ドライアン:そんなこと気にすんなよ。合鍵とか面倒だし、それにどうせこんな山奥誰も来やしねぇよ。 カルミア:それなら何の為に鍵なんて閉めておるのだ? ドライアン:ん? 悪魔ってほら封印とかそういうの好きじゃん? カルミア:じゃん……? いや、知らんが。 ドライアン:それに折角ついてるんだから使わないのもなんか勿体ないだろ。こんなのぶっちゃけ素手で壊れるし、おもちゃみたいなもんだけどさ、遊び心って大事じゃん。 : 0:鍵を開ける音。 : カルミア:遊び心かよ。 : 0:ドライアン、扉を開けると入っていく。 : ドライアン:あ、靴は脱いでくれよ。スリッパはそれな。 カルミア:あ、ああ。お邪魔します。 ドライアン:いらっしゃいませ天使さま、ようこそ我が城へ。 カルミア:随分小ぶりな城だな、悪魔よ。 ドライアン:謙虚なもんで。 カルミア:……なんか、結構綺麗だな。 ドライアン:ん? 何が? カルミア:いや、貴様のずぼらな性格だと、絶対散らかってるか、埃《ほこり》が溜まってるものだとばかり思っておったのだが……。 ドライアン:失礼な。まぁでも半分当たりだな。掃除してんの俺じゃねぇし。 カルミア:まさかメイドでも雇っておるのか? ドライアン:メイド? いやいや。ベルが掃除してるんだよ。あいつ綺麗好きだから。 カルミア:どんな犬だ。 ドライアン:というか、俺のことずぼらとか言うけど、お前の家、結構汚かったじゃん。 カルミア:な! あれはウルが暴れるからで! ドライアン:いやいや。そもそも物がやたら多いし、片付けられてない気がするぞ。 カルミア:それはその……。 ドライアン:あとな、羽根。 カルミア:羽根? ドライアン:ウルの毛もだけど抜け落ちた髪とか羽根めっちゃ散らばってた。 カルミア:な! ああああああ! そんなところ見るなこの変態悪魔! ドライアン:見るなって言ったって……、体に付くくらい抜け落ちてんだから仕方ないだろ? カルミア:う、ううう、嘘だ! ドライアン:嘘じゃねぇよ。この前、お前んちから帰ってきたときにも結構付いてたし。ほら、俺の体ってさ、全体的に黒いから結構目立つんだよな。お前の真っ白な羽根。 カルミア:そ、そんな訳ないもん! 抜けてないもん! ドライアン:ええ~? でもさ、言ってるそばから、その、落ちてるし。ほら? : ドライアン:天使の羽根を拾う。 : カルミア:え? ああああああああああ! やめてぇ! 見ないでぇ! 拾わないでぇぇ! ドライアン:あ、何? 天使的にこれって恥ずかしいのか? それはその……すまねぇ。 カルミア:駄目、ゆるさん。 ドライアン:ええ……? どうしろと? : 0:カルミア、羽根を手にしたドライアンの腕に縋りつく。 : カルミア:むうぅ……。 ドライアン:もう、泣くなよ。 カルミア:泣いとらん……。 ドライアン:嘘つけ。 カルミア:天使は嘘つかないし。 ドライアン:……はぁ。何したらいい? カルミア:……じゃあ、代わりに。 ドライアン:代わりに? : 0:間。 : カルミア:命を寄越せ。 ドライアン:ざけんな。 カルミア:……くれないのか? ドライアン:やるわけねぇだろ。 カルミア:じゃあ、許さない。 ドライアン:めんどくせぇな。 カルミア:どうせ私は面倒くさいし。 ドライアン:拗《す》ねんなよ……。……仕方ないな。はぁ。――おりゃ! : 0:ドライアン、自分の爪を剥がす。 : カルミア:ドライアン?! ドライアン:くぁっは! いってぇー! カルミア:な、何をしておるのだ貴様! ドライアン:何って爪を剥がしただけだが? カルミア:見れば分かる! 何でそんなことを! ドライアン:ほらよ、カルミア。 カルミア:な、何だ? ドライアン:やる。 カルミア:え? ドライアン:俺の爪をやるって言ってんだ。 カルミア:ドライアン……。 ドライアン:へへへ。 カルミア:…………いや、すまん。ほんとに理解できんのだが、……貴様何がしたいんだ? ドライアン:あれぇ? カルミア:ぶっちゃけ引くわ。 ドライアン:いや、お前の羽根の代わりに俺の爪をだな……。 カルミア:は? いや、そんなもんいらんが。いきなり何をしだすんだこの悪魔は。貴様狂ったのか? 正直ちょっと―― : 0:間。 : カルミア:キモいぞ。 ドライアン:……あああああああああああああ! カルミア:ドライアン?! ドライアン:もういい! カルミア:どうした!? ドライアン:御護《おまも》りなんだよ! カルミア:おまもり? ドライアン:そうだ! カルミア:すまぬ、わからん。 ドライアン:だから! その、この爪を渡した相手は何があっても守るっていう――悪魔の呪《まじな》いの一つなんだよ! カルミア:…………つまり? ドライアン:俺が――お前のこと守ってやるって! カルミア:え……? ドライアン:…………その。言ったんだよ。 カルミア:は? え? 貴様……え? ドライアン:……もういい返せ! カルミア:え、いやいや! だめだ! 返さぬ! ドライアン:何でだよいらねぇだろ! カルミア:必要だ! ドライアン:いらねぇって言っただろ、キモいって! 返せ! 山に捨ててくる! カルミア:駄目だ! 捨てるならよこせ! ドライアン:何でだよ! カルミア:私には必要なのだ! 私には! ……私には貴様が必要なのだ! : 0:間。 : ドライアン:え? カルミア:ドライアン。 ドライアン:……カルミア。 カルミア:ドライアン、貴様は私のことを―― ; 0:ドアの開く音。 0:振り返る二人。 0:そこにはケルベロスの『ベル』がいる。 : ベル:失礼。ご主人、それに可憐《かれん》な天使のお客人。まさかこのような重大な場面に水を差してしまうとは、馬に蹴られて地獄に落ちるのもやむなしと言った次第でござりますれば、この不徳《ふとく》の駄犬《だけん》、その名をベルと申しますが、此度《こたび》の御無礼《ごぶれい》、何卒《なにとぞ》謹《つつし》んでお詫び申し上げます。 ベル:ところで私《わたくし》なぞ所詮《しょせん》取るに足らない犬畜生《いぬちくしょう》の身分にござりますれば。その、差し出がましいご提案とは存じますが、差し支えなければお二方におかれましては、是非先程までの逢《あ》い引《び》きを続けて頂いても問題の程、無いかと存じまする。無論、私なる犬畜生はその間、犬畜生らしく散歩にでも興《きょう》じ、三つ先の山間《やまあい》の、滝にでも打たれて参ります。 ベル:そして折《おり》よく日が昇ってしばらくした頃に改めて帰って参りまする。無論、可憐な天使のお客人におかれましては、その際に初めてお目にかかったという態《てい》で接していただけますれば、改めてご挨拶などさせていただく所存《しょぞん》ですのご安心おば。 ベル:さて、この度は大変申し訳ございませんでした。今後このようなことが無いように粉骨砕身《ふんこつさいしん》努めて参りますので、何卒ご容赦《ようしゃ》の程よろしくお願い申し上げます。ワン。 ベル:それでは、ごゆっくり。ワン。 : 0:ベル、去る。 0:二人、顔を見合わせる。 : カルミア:ちょっと待って! ドライアン:違うんだベル! : : 0:◇Phase 9◇ 0:【ドライアンの家】 : 0:リビングにドライアンとカルミア、ベルが向かい合っている。 : ベル:……なるほど。そういった経緯でございましたか。随分《ずいぶん》な早とちりをしてしまいまして重《かさ》ね重《がさ》ね申し訳ございません。 カルミア:いや、私達の方こそ、その、紛らわしいことをしていて申し訳なかった。戸惑わせてしまっただろう。 ドライアン:せめて、こいつを連れてくるって予め連絡しとけば良かったよな、すまん。 ベル:いえ、私めがノックもせずに、我が物顔でドアを開けてしまったのが悪かったのです。ご主人に従うべき畜生の身でありながら著《いちじる》しく礼を欠いた行動、深く反省しております。今後はドアの向こうでラブロマンスが繰り広げられていることも想定致します故ご安心いただけますれば幸いです。ワン。 カルミア:ラブロマンス!? ドライアン:いや、そういうんじゃないからな! ベル:はぁ。そうですか? カルミア:それはさておき、そなたがベル、で良いのだな? 私はカルミア・ラティフォリア。ご覧の通り、天使だ。 ベル:はい。申し遅れました。改めましてわたくし、ケルベロスのベルと申します。よろしくお願い申し上げます。天使の君《きみ》。 カルミア:天使の君はよしてくれ。カルミアで良い。 ベル:ではカルミア様。 カルミア:うむ。 ベル:して、カルミア様。不躾《ぶしつけ》な質問で申し訳ないのですが、いと高き天空にお住いの天使であらせられるところのカルミア様が、どうしてこのような悪魔のご主人と一緒におられるのでしょう? ドライアン:おいベル。「このような」っつったか? ベル:深い意味はありません。強いて言いますれば、私は畜生でございますが、天使と悪魔の関係性が良好なものでないことは存じております。そうであれば、従僕たる私と言えど、身内である主人ともども、穏当《おんとう》かつ妥当《だとう》に、遜《へりくだ》るべき特別な場面かと、そう愚考《ぐこう》してのもの。ご容赦《ようしゃ》願いたい。ワン。 カルミア:それは……。 ドライアン:んな難しい理屈なんざねぇ。ただベルに会いたかったからだよ。 ベル:私《わたくし》に、ですか? ドライアン:俺がベルの話をしたら、ぜひ会いたいって。だろ、カルミア。 カルミア:ああ。 ベル:それは光栄でございます。 カルミア:可愛い犬だと聞いていたからな。……まさか、ケルベロスだとは思わなかったが。 ドライアン:かわいいだろ? カルミア:まぁ否定はしない。 ベル:勿体なきお言葉。 ドライアン:カルミアはケルベロス見るの初めてか? カルミア:ケルベロスは初めてだな、天界にも地上にもおらんからな。 ドライアン:そりゃそうか。 ベル:私も天使の御方とお会いするのは初めてでございます。何と言いますか、話に聞いていた印象よりも優しく心地よい雰囲気を纏われているのですね。カルミア様。 カルミア:ふぅん、そうか。ところでドライアン、貴様天使のことをなんと教えた? ドライアン:え? いや、それは……。 ベル:闘争と殺戮《さつりく》をこよなく愛し、穏やかな野原を血の海に変える、生粋《きっすい》の戦闘狂と伺っております。お恥ずかしいことではありますが、子犬の頃はあまりに恐ろしく、まだ見ぬその怪物を夢にも見たほどでした。ワン。 ドライアン:お、おい、ベル……! カルミア:ほぅ。詳しく。 ベル:特に恐ろしかったのは、ご主人が戦場で何度も相対《あいたい》してきたというゴリラ天使の話でございますね。 ドライアン:こら! ベ―― : 0:ドライアン、カルミアに口を塞がれる。 : カルミア:ゴリラ天使……? なかなか興味深いな。教えてくれないか? ベル。同族として気になる。 ベル:はい。その姿は一見ほっそりとしているのですが、一度《ひとたび》闘争本能に火が付くと、筋肉が肥大化し、手のつけられない凶暴なゴリラのようになるとか。どのような攻撃も効果は無く、振り下ろされし豪腕《ごうわん》は容易《たやす》く大地を裂き山を震わせるそうです。そして、何より恐ろしいのはその性質。執念《しゅうねん》深く、逃げようとすると地の果てまで追いかけて、仮に追いつかれてしまったが最期。臓物《ぞうもつ》をさながらトイレットペーパーの如く容易く引きずり出されるのだとか。いやはや。世界には恐ろしい存在がいるものですね。しかし、麗しきカルミア様に於かれますればそのような……おや? どうなされました? ご主人。顔が蒼白ですが……? ドライアン:あ、ああ。そうだな。怖くて、な。 カルミア:ふぅん。 ドライアン:カルミア、……怒ってるのか? カルミア:ほぅ? 何故私が怒ると思った? 理由を言ってみよ。ドライアン・ダラス。 ドライアン:……いや。何でも無い。 カルミア:そうか。そういうことに、しておこう。 ベル:お二人とも、顔色が悪いようですが……。 ドライアン:気にするな。 カルミア:そう、問題ない。 ベル:ああ、ですが最近聞いた話の天使は素敵な御方のようです。 カルミア:ん? ベル:なんでも、わたくしの妹にあたる捨て猫を、身寄りの無かった彼女を、それはもう大事に育てて下さる、心優しく花のように美しい、慈愛《じあい》に満ちた素晴らしい天使がいるとか。 カルミア:それって……。 ベル:それに、その方にお会いして以来、ご主人はなにやら楽しげにされているようですし、私もいつかお会いしてみたいと思っておりました。 カルミア:ドライアン……。 ベル:そしてカルミア様。その天使とは、あなたのことでございますね? ドライアン:……言うんじゃねぇよ、ベル。 ベル:ご主人共々、末永《すえなが》くよろしくお願い申し上げます。 カルミア:……ああ。よろしく頼むよ。ベル。 ドライアン:ふん。 ベル:いや、それにしましても、天使には色々な方がおられるのですね。 カルミア:うん? ベル:片やゴリラ、片や花。いつかそのゴリラ天使なる御方ともお会いしてみたいところです。怖いもの見たさというやつですね。 ドライアン:……ベル。それ以上言うとまじで筋肉盛り上がるからやめろ。 ベル:おや? 何のことでしょうか? ドライアン:お前、賢いのか馬鹿なのか分かんねぇよ。 ベル:何を仰いますご主人。わたくしは愚かな犬でございます。ご主人の幸せを願い、尻尾を振るしか出来無い犬でございますから、ただ、この幸せなひとときが続けば良いと、心より願うだけでございます。ワン。 : 0:◇Phase 10◇ 0:【天界/地獄】 : 0:(このPhase 10では二つの異なる場面が平行しており、可能ならば同時に喋る演出なども面白いかもしれない) 0:カルミアとレリアが並んで歩いている。 0:ドライアンとグレモリアが並んで歩いている。 : レリア:姉さん、何か良いことありましたか? グレモリア:先輩、何か良いことあったっすか? : カルミア:ん? どうしてだ? ドライアン:何故そう思う? レリア:いえ、少しお会いしないうちに―― グレモリア:雰囲気随分変わってるから何かあったんだろうなって。 カルミア:私は変わってなどおらんが……。 ドライアン:ああ、でも強いて言えば前より力がついたかも知れんな。あと筋肉も。 レリア:ええ。存じております。姉さんが、あの片角の悪魔《ハーフ・ムーン》と―― グレモリア:四つ眼の天使《エレメンタル・アイズ》を仕留めたって話は有名っすからね。 レリア:――姉さんの活躍で南方の戦線が持ち直したとか。 グレモリア:天使の中でも相当な強敵だって噂だったっすけどね。 ドライアン:いや。 カルミア:いや。 ドライアン:見せかけだけで、 カルミア:骨の無い連中だったよ。 : 0:間。 : ドライアン:あいつに比べれば。 カルミア:彼奴《あやつ》に比べれば。 レリア:カルミア姉さん? グレモリア:ドライ先輩? カルミア:いや。それよりレリアこそ ドライアン:かなりの功績を積んでいると聞くが。 グレモリア:そうっすよ。先輩のために頑張ってるっす。聞きたいっすか? あたしの武勇伝。まぁでも―― レリア:僕はただ上に言われたことを忠実にやっているだけですよ。結果が実績になる。それだけです。ただ、僕の勲功《くんこう》が余程目障りなのか、過酷な現場にばかり送られますがね。 グレモリア:大人しく後ろにやれば戦果なんてろくに上げられず、出世することもないってのに。馬鹿な奴らっすよ。正直、あんな奴らに従うの嫌っすけどね。 カルミア:お前も苦労しておるのだな。 グレモリア:ほんとっすよ。 ドライアン:ははは。お前は戦いが嫌いか? レリア:好きでも嫌いでもありませんね。ただ与えられた命令に従うまでです。戦う以上――僕ら天使に敗北は許されない。 グレモリア:だからあたしは意地でも生き残ってみせる。生きて帰って先輩と―― レリア:姉さんと、 グレモリア:お喋りするために。 レリア:お話しするために。 カルミア:レリアは強いな。 レリア:いえ、僕など グレモリア:先輩に比べればまだまだですよ。 カルミア:私もまだまだだ。 グレモリア:先輩、謙遜《けんそん》も過ぎれば嫌味っすよ? カルミア:かも知れぬな。だが、 ドライアン:グレモリアも過小評価してるだろ? カルミア:並の天使にあれだけの戦果は上げられまい。 ドライアン:殺戮者《さつりくしゃ》。 カルミア:死神。 ドライアン:黒き風。 カルミア:執行人。 ドライアン:随分とまぁ物騒《ぶっそう》な名前で呼ばれているそうじゃないか。 レリア:恥ずかしいですよ、姉さん。 グレモリア:恥ずかしいっすよ、先輩。 レリア:僕は姉さんの前では一人の弟レリアでしかありません。 グレモリア:肩書きや名誉なんてあたしにとっては服についた値札みたいなものっす。 レリア:いつからか付いていて、ただ目障りなだけ。 グレモリア:あたしはただ、先輩といられるならそれで良いのに。 カルミア:レリア……。 レリア:その為には、悪魔を。 グレモリア:天使を根絶やしにしなければならないっす。 レリア:僕はだから強くなったのです。姉さんとの―― グレモリア:先輩との―― : 0:間。 : レリア:未来の為に。 グレモリア:未来の為に。 : 0:間。 : ドライアン:未来の為、か。 レリア:……いえ、少し違いますね。 カルミア:うん? グレモリア:先輩の、未来の為っす。 カルミア:ふ、ふふ。レリアは優しいな。ありがとう。 レリア:笑わないで下さいよ! グレモリア:その、本気……なんすから。 ドライアン:ありがとう、グレモリア。 レリア:いえ、この天使レリア・アンセプス、 グレモリア:悪魔グレモリア・グリモニー。 レリア:命に代えても、 グレモリア:先輩の未来を、 レリア:守らせていただきます。 ドライアン:グレモリア、それは俺も同じだ。 カルミア:お前がいなくなったら私とて悲しい。 ドライアン:死んでくれるなよ? カルミア:レリアの未来を私も守りたいのだ。 グレモリア:先輩……! レリア:姉さん……! : 0:キーンという音。 0:以下(声)はベル役の担当、或いは複数人で同時読みなどの演出を推奨。 : ベル:(声)『全ての天使、並びに悪魔に告げる』 : レリア:何だ? この声……! グレモリア:頭に響く、っす! : ベル:(声)『決戦の刻だ』 : ドライアン:決戦だと? カルミア:何を、言っている? : ベル:(声)『悠久の古より続く争いに幕を下ろす』 : カルミア:この声って、 レリア:姉さん……! : ベル:(声)『我が配下、天使に命ずるは死を以ての清算』 : グレモリア:何が、起こるんすか? ドライアン:決まってる、良くないこと、だよ。 : ベル:(声)『我が怨敵、悪魔に命ずるは凄惨なる死』 : グレモリア:これ、ヤバくないっ、すか? レリア:ついに、きてしまった。 : ベル:(声)『天使よ、悪魔を蹂躙し殲滅せよ―― ベル:(声)――悪魔よ、天使を陵辱し殺戮せよ。』 : ドライアン:無茶苦茶じゃねぇか! カルミア:始まってしまった……。 : ベル:(声)『決戦の刻だ』 : レリア:終わりだ。 : ベル:(声)『我は神。世の理を統べる者』 : ドライアン:神だと? グレモリア:そんな……! : ベル:(声)『そして全てを導く者』 : レリア:平穏な日々は終わったんだ。 : ベル:(声)『神の名の下に全てを殺せ』 : グレモリア:明日から、地獄が始まるっすね。 : ベル:(声)『神の名の下に全てを殺せ』 : ドライアン:いいや。 カルミア:今からだ。 : ベル:(声)『神の名の下に全てを殺せ』 : レリア:姉さん……。 グレモリア:先輩……。 : ベル:(声)『神の名の下に全てを殺せ』 : ドライアン:心配するな、お前は俺が、 カルミア:心配するでない、レリアは私が、 : ベル:(声)『全ての者は神の名の下に――』 : ドライアン:殺させない。 カルミア:殺させない。 : 0:間。 : ドライアン:カルミア。 カルミア:ドライアン。 ドライアン:これからお前はどうするんだ? カルミア:命令に背くことは出来ない。 ドライアン:あんな命令従う必要あるのか? カルミア:所詮これが私の―― ドライアン:俺達の運命《さだめ》だっていうのか? カルミア:そう、天命《さだめ》には逆らえない。 ドライアン:そんなのは、認めない。 カルミア:私だって、こんなのは嫌だ。 ドライアン:だったら、どうして、 カルミア:どうして私達は、 : 0:間。 : ドライアン:出会ってしまったんだ? カルミア:出会ってしまったのだ? : カルミア:何のために出会った? ドライアン:殺すために出会った。 カルミア:何のために生きてきた? ドライアン:殺すために生きてきた。 カルミア:だったら何のために―― ドライアン:だったら殺すために―― カルミア:愛したのか? ドライアン:愛したのか。 : 0:間。 : カルミア:何度も出会った。 ドライアン:何度も殺し合った。 カルミア:だがまだ、 ドライアン:だけどまだ、 カルミア:愛し合っては、 ドライアン:憎しみ合っては、 カルミア:いなかった。 ドライアン:いなかった。 カルミア:嘘だ。 ドライアン:本当だ。 カルミア:嘘なんだ。 ドライアン:本当なんだろ? カルミア:嘘ではない。 ドライアン:本当なんだろうか? カルミア:私は、 ドライアン:俺は、 カルミア:ドライアンを、 ドライアン:カルミアを、 カルミア:愛していたんだろうか? ドライアン:憎んでいたんだろうか? : 0:間。 : カルミア:私は天使だ。 ドライアン:俺は悪魔だ。 カルミア:愛し合ったりして良いのだろうか? ドライアン:憎しみ合ったりしないとならないのだろうか? カルミア:何のために ドライアン:誰のために カルミア:私は数を数えた。 ドライアン:俺は数を数えた? カルミア:好きになるため。 ドライアン:嫌いになるため? カルミア:弱くなるため。 ドライアン:強くなるため? カルミア:数えた分だけ近くなる。 ドライアン:数えた分だけ遠くなる。 カルミア:今は何回目だろう。 ドライアン:確か九十九回目。そして次の、 カルミア:あと一回で、 : ドライアン:百回目。 カルミア:百回目。 : ドライアン:なんとなく分かってる。 カルミア:そんな気がするのだ。 ドライアン:予感というか、 カルミア:予言というか、 ドライアン:やっぱり、 カルミア:そういう、 ドライアン:宿命《さだめ》なんだろう。 カルミア:宿命《さだめ》なのだろう。 : 0:間。 : ドライアン:次で最後だ。 カルミア:これで終わり。 ドライアン:かつて無いほど思うんだ。 カルミア:思いたくはない、けれど思う。 ドライアン:会いたくない。 カルミア:会いたくない。 : ドライアン:だって、 カルミア:だって、 ドライアン:会ったら多分、今度こそ本当に カルミア:会ったらきっと、今度こそ本当に : ベル:(声)『――殺し合う』 : ドライアン:カルミア。 カルミア:ドライアン。 ドライアン:俺はお前を、 カルミア:私は貴様を、 ドライアン:殺したくない。 カルミア:殺したくない。 : 0:    《Part2 幕》   0:◆Part 3◆ : 0:◇Phase 11◇ 0:【戦場】 : 0:響く雷鳴と剣戟の音。 0:カルミアが剣を手に立ち尽くしている。 : カルミア:ここにも、ドライアン。……貴様はいないのだな。 グレモリア:(悪魔A)冷酷の天使! この悪魔リュカデン・ドラミーが貴様のその首もらい受けるぅぅぅぅ!!!! カルミア:……つまらん。 : 0:カルミアが悪魔Aの攻撃を躱す。 : グレモリア:(悪魔A)何だと! カルミア:遅い! : 0:カルミア、剣を振る。 : グレモリア:(悪魔A)ぐああああっ! ウル:(悪魔B)よくもリュカをぉぉぉぉ! カルミア:散れ。 ウル:(悪魔B)あぁぁぁ! 嘘だ! こんな筈じゃぁ! カルミア:ふ。ふふふ。ふふふふふふ。ふふふふふふふふふふ。 ウル:(悪魔B)これが……天使カルミ、ア。 ドライアン:(悪魔C)ひ、ひけぇ! 俺達じゃ無理だ! : レリア:逃がさないよ。 ドライアン:(悪魔C)ぎゃあああ! レリア:とんだ腰抜けだね。 ドライアン:(悪魔C)う、あああ、許してくれ、命だけは! レリア:許す? おかしなことを。君は悪魔だろ? 天使に許しを請《こ》うな。君達は生きてるだけで罪なんだよ。そして僕らは、生きている限り殺すだけさ。 ドライアン:(悪魔C)ひぎゃぁぁ! レリア:……そんなに叫ばれるといくら僕でも気が滅入《めい》る。 レリア:姉さん! こっちは片付きましたよ! カルミア:……レリア。 レリア:流石姉さん。見事な技です。 カルミア:私はただ剣を振っただけだ。ここの悪魔は弱い。 レリア:そうですね。前線も練度の低い雑魚ばかりになってきました。ひどいものです。しかしこの戦いもそろそろ終わりが見えてきたということでしょうか。 カルミア:それはどうだろうな。我々が雑魚ばかりを相手させられておるということは、手強い悪魔が温存されておる可能性もある。 レリア:悪魔にそんな智恵が? カルミア:非力だが計略に特化した悪魔もおるようだ。侮ると足下を掬《すく》われるぞ。 レリア:ならば、僕達はその温存されているという強敵や司令塔を叩くべきでは? カルミア:上からの命令はこの場の死守だ。幾らこの戦場が雑魚ばかりとはいえ、我々が抜ければ、すぐに崩壊することも確かだ。 レリア:しかし……。 カルミア:レリア。我々は矛では無く、盾としての役割を求められている。分かるな? レリア:はい、姉さん。 カルミア:とはいえ、こうも刈り残しておったのではどんな小言を言われるか分からん。半分ほど刈り取ろう。いけるか、レリア。 レリア:もちろんです、姉さん! ……でも、 カルミア:何だ? レリア:姉さんは大丈夫なのですか? カルミア:この通り私は無傷だ。問題ない。 レリア:いえ、そうでは無くて、……ここのところ、姉さんはずっと辛そうなお顔をされております。少し休まれては……。 カルミア:そんなことか、レリア。私は強い、心配するな。お前こそ私のために随分無理をしているだろう? いつもありがとう。 レリア:そんな、姉さんの為なら僕は何でもします……! カルミア:ならば生きろ、レリア。私のために生きてくれ。 レリア:カルミア姉さん……。 カルミア:……さぁ、行くぞ。敵は待ってくれん。 レリア:はい! : 0:カルミア、懐の『爪』をそっと撫でる。 : カルミア:……幾多の戦場を巡った。この手に握る白き剣を悪魔の血肉に埋める度、私の剣は研ぎ澄まされていくのに、この腕はどうしようもなく鈍くなる。私は誰に負けること無く、傷一つ負っていないというのに、貴様と引き分けた時のように何かを感じることが無い。 カルミア:なぁ、ドライアン。貴様は今、どこに居る? 私を守ってくれるのだろう? カルミア:私は貴様にまた―― : 0:◇Phase 12◇ 0:【渓谷】 : 0:ドライアンとグレモリアが背中を合わせて立っている。 0:二人、天使に囲まれている。 : ドライアン:くそったれ! 罠だったか! ウル:(天使A)ふふふふふ。憐れな悪魔が鳥籠に迷い込んだようですねぇ。 グレモリア:どうするっすか先輩? これ結構やばめの状況っすけど。 ドライアン:どうするもこうするもねぇ、決まってんだろ。 グレモリア:智恵と勇気で乗り越えよう、的な? ドライアン:力と筋肉でぶっ倒す! グレモリア:うへぇ脳筋っすね。 ウル:(天使A)たった二匹の小鳥風情がこの私メグサ・ハーケルの包囲を抜けられるわけ無いでしょう! お前達、行きなさい! レリア:(天使B)はぁぁぁぁぁ! カルミア:(天使C)とぁぁぁぁぁ! ドライアン:……ふん! レリア:(天使B)な! カルミア:(天使C)馬鹿な! ウル:(天使A)剣を素手で?! ドライアン:動きが、止まってんぞ! おらぁぁぁっ! : 0:ドライアン、拳を振るう。はじけ飛ぶ天使。 : カルミア:(天使C)うべら! レリア:(天使B)ぐべべ! ウル:(天使A)……ひ、ひぃ! ドライアン:所詮は雑魚、どれだけ束になろうと同じだ。……こんなモノ、鳥籠《とりかご》とは断じて呼べねぇな。 グレモリア:いやいや。いつからそんなゴリラになったんすか。剣使いましょうよ。 ドライアン:こんな奴らに剣を抜く気はねぇよ。 ウル:(天使A)っく! 悪魔ごときが調子に乗って! この私を舐めるなよ! 囲んで叩き潰せ! 数で圧倒しろ! あっはははははは! この私に楯《たて》突いたことを地獄で懺悔《ざんげ》するんだな! レリア:(天使B)うわああああああああ! カルミア:(天使C)おおおおおおおおおお! : 0:天使達の突撃。 0:それを打ち倒すドライアン。 : ドライアン:ふん! っはぁ! 遅い遅い遅い遅い遅い! るぁああああっ! はぁああっ! ……後ろだグレモリア! グレモリア:大丈夫、見えてるっす! てやぁ! ……不意打ちたぁ卑怯《ひきょう》っすね、天使の旦那。 ウル:(天使A)黙れ、勝てば良いのさ! グレモリア:ふぅん。確か天使って「勝てなきゃ生きる意味が無い」とか、なんかそういう感じの野蛮《やばん》な奴らでしたよね。納得っす。 ウル:(天使A)野蛮だと? 貴様らの方が遙《はる》かに野蛮じゃないか! あの悪魔の姿を見ろ、アレを野蛮と言わずして何という! グレモリア:そんなの決まってるっすよ。 ウル:(天使A)何? グレモリア:強く気高い悪魔の中の悪魔――魔王っす。 ウル:(天使A)ほざけ。仮にそのようなモノだとして、この戦力差をどう乗り切る? どんな手があるというのだ? グレモリア:手? 何をさっきから分かりきったこと言ってるんすかねぇ、この天使――はぁっ!! レリア:(天使B)ぐぁぁ! グレモリア:おいこら。ひとが話してる途中に何攻撃差し向けてんだてめぇ。 ウル:(天使A)戦いの最中にべらべら喋ってる方が悪い。 グレモリア:それもまぁ然りっすね。けどそれ、ブーメランっすよ! ウル:(天使A)は。貴様の相手なぞ喋りながらでも出来る。傲《おご》るなよ悪魔。 グレモリア:どっちが傲ってるんだか。先輩の言ったこと忘れたんすか? ウル:(天使A)何を言っている? あいつが何を言った? グレモリア:剣を抜く気はねぇ。そして力と筋肉でぶっ倒す! ウル:(天使A)何を世迷《よま》いごと――。 ドライアン:うおおおおおおおおっっ!!!! : 0:無数の天使が空を舞う。 : ウル:(天使A)なっ……?! グレモリア:片付いたみたいっすね。 ウル:(天使A)……なんだと? こちらの手勢が何人いたと思ってるんだ、十や二十じゃない、二百五十五だぞ!? 桁が違う! それを、たった、たった二体……いや一体の悪魔に……! そんな、冗談だ、悪い夢だ、そんな、そんな馬鹿なぁ! グレモリア:ドライ先輩ってば、やっぱ寝て覚めても素敵な雄姿っす。 ウル:(天使A)ドライ……? そ、そうか、アレが悪魔ドライアン・ダラス! くそ……いや、しかしここでやつを仕留めればこの失態も……! グレモリア:残りはあんた一匹っすけど、どうします? 投降……とか、してみます? ウル:(天使A)……ふざけるなぁ! 天使は決して退かない! 天使は決して負けないんだ! うぁぁぁぁぁぁ! ……ふ、ふふ、ふふふふふふ! 見せてやるよ! この私、第十七師団団長『天空』のメグサ・ハーケル様の――! グレモリア:っはぁ! ウル:(天使A)な……っ? グレモリア:長いっす。 ウル:(天使A)馬、鹿な、くそ、この私がこんな……! っく、貴様、卑怯……だ、ぞ。 : 0:天使A倒れる。 : グレモリア:……憐れなやつ。 グレモリア:先輩。こっちも片付きましたよ。 ドライアン:おお。大将首任せてすまなかったな、グレモリア。 グレモリア:いえいえ、見た目通りの雑魚でしたから。 ドライアン:でも、名乗ってただろ? 天空の……目くそ? グレモリア:何でも良いっすよそんなの。私達の愛の前では所詮目くそ鼻くそってことで。 ドライアン:ひでぇな。 グレモリア:ひでぇのはあいつらと先輩の実力差っすよ。というかいつの間にそんなに強くなったんすか? 戦い方もなんか違うし。 ドライアン:俺は変わってねぇよ。敵が、変わっただけだ。 グレモリア:ふぅん? まぁ、確かにあいつら今まで以上に死にものぐるいで、その分冷静さが足りないって言うか、ぶっちゃけ前より弱くなってますよね。 ドライアン:そうかもな。 グレモリア:……。なんか悩み事っすか? ドライアン:いや、何でも無い。 グレモリア:なんかあったら、話して下さいね。 ドライアン:ああ。 グレモリア:このグレモリア・グリモニー。先輩の為なら、脱ぎます。 ドライアン:ああ。 グレモリア:……いやツッコんで下さいよ! ほんとに脱ぐっすよ! ドライアン:先を急ぐぞ。 グレモリア:あ、先輩! もう、つれないなぁ。 : 0:ドライアン、懐の『羽根』を握りしめる。 : ドライアン:――カルミア。俺はこの剣を抜くのが怖い。 ドライアン:いつかお前を斬るのが怖い。 : 0:◇Phase 13◇ 0:【夢】 : 0:夢の中。 0:現実ではない空間で、ドライアンとカルミアが向かい合っている。 : ドライアン:天使を殺す。 カルミア:悪魔を殺す。 ドライアン:それが悪魔の常識で。 カルミア:それが天使の必然で。 ドライアン:そこに俺の意志はあるのだろうか。 カルミア:そこに私の正義はあるのだろうか。 ドライアン:カルミア、俺はお前を殺せるだろうか。 カルミア:ドライアン、貴様は私を殺せるだろうか。 ドライアン:カルミア、お前は俺を殺せるだろうか。 カルミア:ドライアン、私は貴様を殺せるだろうか。 ドライアン:お前を守ると言ったこの俺が。 カルミア:私を守ると言ったあの貴様が。 ドライアン:お前を本当に殺すのだろうか。 カルミア:私を結局どうするのだろうか。 ドライアン:なぁカルミア。 カルミア:なぁドライアン。 ドライアン:ウルが鳴いてるぞ。 カルミア:ウルが呼んでるぞ。 ドライアン:今日は天使をたくさん殺した。 カルミア:今日は悪魔を大勢殺した。 ドライアン:骨を砕き、 カルミア:肉を切り、 ドライアン:頭を潰し、 カルミア:首を落とし、 ドライアン:内臓を弾き、 カルミア:心臓を貫き、 ドライアン:翼をもぎ、 カルミア:手足を落とし、 ドライアン:天使を殺した。 カルミア:悪魔を殺した。 ドライアン:無抵抗の幼い天使を。 カルミア:逃走する老いた悪魔を。 ドライアン:残虐に。 カルミア:冷酷に。 ドライアン:殺した。 カルミア:殺した。 ドライアン:こんな筈じゃ無い。 カルミア:こんな筈じゃ無い。 ドライアン:こんな筈じゃ無い。 カルミア:こんな筈じゃ無い。 ドライアン:だったら、 カルミア:だったら、 ドライアン:お前はどんな算段だった? カルミア:貴様はどんな予定だった? ドライアン:ここは戦場で、 カルミア:これは戦争で、 ドライアン:俺は悪魔で、 カルミア:私は天使で、 ドライアン:敵同士で、 カルミア:仇同士で、 ドライアン:友人でも、 カルミア:同胞でも、 ドライアン:姉でも、 カルミア:兄でも、 ドライアン:妹でも、 カルミア:弟でも、 ドライアン:家族でも、 カルミア:肉親でも、 : 0:(可能なら同時に) : ドライアン:恋人でも無い。 カルミア:恋人でも無い。 : 0:間。 : ドライアン:なのに、 カルミア:なのに、 ドライアン:それなのに、 カルミア:それなのに、 ドライアン:どうして、 カルミア:どうして、 ドライアン:こんなにもお前のことが カルミア:こんなにも貴様のことを ドライアン:どうしようもなく、 カルミア:どうしようもなく、 ドライアン:■■なのだろう。 カルミア:□□なのだろう。 ドライアン:ドライアン・ダラス。 カルミア:カルミア・ラティフォリア。 ドライアン:頼む。 カルミア:頼む。 ドライアン:お前のために。 カルミア:貴様のために。 : 0:間。 0:(可能なら同時に) : ドライアン:死んでくれ。 カルミア:死んでくれ。 : 0:間。 : ドライアン:カルミア! カルミア:ドライアン! : 0:◇Phase 14◇ 0:【戦場・野営地】 : 0:二人、夢から覚める。 0:悪魔と天使、それぞれの野営地。 0:ドライアンのそばにはグレモリアが。 0:カルミアのそばにはレリアがいる。 : ドライアン:夢、か。 グレモリア:随分うなされてたっすよ? レリア:姉さん、大丈夫ですか? カルミア:ああ、夢を、悪い夢を見ていたようだ。 レリア:きっと戦いの疲れが出たんですよ。 グレモリア:先輩、すごい活躍でしたもんね。 レリア:僕も姉さんを見習わないと。 グレモリア:でも、あんまり心配かけないで欲しいっす。 レリア:姉さんには僕がついてますから。 グレモリア:先輩にはあたしがついてるっす。 : ドライアン:ありがとうグレモリア。 カルミア:ありがとうレリア。 : レリア:いえ。気にしないで下さい。 グレモリア:いいんすよ。 レリア:ところで姉さん。 グレモリア:ところで先輩。 カルミア:何だ? ドライアン:何だ? : レリア:ドライアンって、 グレモリア:カルミアって、 : 0:(可能なら同時に) : レリア:誰ですか? グレモリア:誰っすか? : ドライアン:…………。 カルミア:…………。 レリア:言いたくないのですか? グレモリア:先輩は何も言ってくれないんすね。 レリア:言いたくなければ言わなくても良いんです。姉さん。 グレモリア:そうすか、分かりました。なら別に良いっすよ。 レリア:姉さんには姉さんのお考えがあるのでしょう? グレモリア:先輩が何も言ってくれないなら、あたしは。 レリア:僕はこれ以上聞きません。 グレモリア:勝手に喋るだけっす。 レリア:姉さんは、僕のたった一人の家族ですから。 グレモリア:先輩は、あたしの憧れなんっすよ。だから、 レリア:謝る必要はありません。 グレモリア:先輩、顔を上げて下さい。 レリア:姉さんは誰に恥じることの無い、立派な功績を上げられているじゃないですか。 グレモリア:先輩、今から超大切なこと言うので耳を刮目《かつもく》してよく聞くっすよ! レリア:僕は姉さんを責めたりしません。 グレモリア:あたしは先輩のこと尊敬してます。 レリア:何故なら、 グレモリア:だって、 レリア:天使レリア・アンセプスは。 グレモリア:悪魔グレモリア・グリモニーは! レリア:僕の味方になってくれたあの日から。 グレモリア:あたしの仲間になってくれたあの日から。 レリア:僕を弟と呼んでくれたあの日から。 グレモリア:あたしを家族みたいなものと呼んでくれたあの日から。 レリア:僕を拾ってくれたあの日から。 グレモリア:あたしを救ってくれたあの日から。 レリア:カルミア姉さんのことを。 グレモリア:ドライ先輩のことを!! : 0:間。 : レリア:心より愛しております。 グレモリア:ぶっちゃけ愛してます!! : 0:間。 : カルミア:……レリア。 レリア:大丈夫です。 レリア:姉さんが言わなくても、僕は分かっていますから。 レリア:ふふふ。愛してます、僕の姉さん。 カルミア:レリア……? : : ドライアン:……グレモリア。 グレモリア:おいおいおいおい。そこは俺も愛してるぜグレモリア! だろうがよ、おいごらぁ! ドライアン! : 0:グレモリア、ドライアンを殴る。 : ドライアン:痛ぇ! なんで殴った!? グレモリア:これが殴らずにいられるますか? 大大大大大好きな先輩に大大大大大好きなどこぞの女がいて、……そんな状況、私の拳と恋心が黙っていられますか? いや、無理。絶対無理。これはもうぶん殴るしかないっす! 大大大大大好きだからぶん殴る。殴りたいほど愛してるっす。ドライ先輩! さぁ、行きますよ、あたしの愛を顔面で受け止めろっす! ドライアン:グレモリア……。 : : レリア:姉さんは、 グレモリア:先輩は! レリア:強くて、 グレモリア:弱くて! レリア:美しくて、 グレモリア:醜くて! レリア:儚くて、 グレモリア:虚しくて! レリア:可愛くて、 グレモリア:憎たらしくて! レリア:賢くて、 グレモリア:愚かしくて! レリア:晴々しくて、 グレモリア:穢らわしくて! レリア:繊細で、 グレモリア:粗忽で! レリア:素敵で、 グレモリア:野卑で! レリア:神にも勝る。 グレモリア:どうしようもない! レリア:世界の誰よりも敬愛すべき、 グレモリア:そんな! レリア:この世で唯一僕だけの姉さんです。 グレモリア:私を救ってくれたたった一人の愛する先輩です。 レリア:だから。 グレモリア:だから! レリア:僕は、 グレモリア:あたしは、 レリア:その瞳の輝きを曇らせるやつが、 グレモリア:その目ん玉で追いかけるやつが、 レリア:もしもいたなら、 グレモリア:もしもいたなら! : 0:レリア、カルミアから『爪』を奪う。 0:グレモリア、ドライアンの『羽根』を撫でる。 : カルミア:あ……! ドライアン:あ……! : レリア:全て殺す。 : 0:間。 : カルミア:レリア! 待ってくれ! ドライアン:グレモリア! 待て! : レリア:僕は愛しています。カルミア姉さん。 カルミア:レリア!! : 0:レリア、去る。 : グレモリア:もしいたとしても、関係ない! ドライアン:え……? グレモリア:あたしは愛していますよ、ドライアン先輩。 ドライアン:グレモリ―― : 0:グレモリア、ドライアンに口づけをする。 : グレモリア:…………。 ドライアン:…………。 グレモリア:……ん。 ドライアン:……グレモリア。 グレモリア:……なんすか? ドライアン:こんなことして、お前は何がしたいんだ。 グレモリア:そんなの、決まってるじゃないすか。 ドライアン:何がだよ。 グレモリア:分からないっすか? グレモリア:あたしの願いは変わらないっす。 : 0:間。 : グレモリア:ずっと先輩を愛していたい。ただそれだけっす。 ドライアン:…………。 グレモリア:ずっとずっと同じっす。 ドライアン:グレモリア……。 グレモリア:出会ったときから、変わらない。先輩を愛してる。たとえ好きな相手が出来たとしても、それをあたしに教えてくれなくても、たとえ先輩があたしのことを憎んでも、たとえ先輩が変わってしまっても、たとえ先輩があたしを置いて遠く離れてしまっても、あたしの愛は変わらない。ずっとずっと愛してる。これまでみたいに愛してる。これからもずっと愛してる。変わらないっす。この愛だけは変わらない。世界の何が変わろうと、この愛だけは、先輩への愛だけは変わらない―― : グレモリア:だから、愛してるっす。 : グレモリア:届かなくても愛してるっす。 グレモリア:振り向かなくても愛してるっす。 グレモリア:愛しい顔を殴りたいほど愛してるっす。 グレモリア:愛しい顔に口づけしたいほど愛してるっす。 グレモリア:まさか天使に恋しちゃう先輩のことも愛してるっす。 グレモリア:そんな阿呆みたいな先輩のことマジで馬鹿って心の底から呆れながらもやっぱり心の底から愛してるっす。 グレモリア:先輩のこと愛してるっす。 グレモリア:先輩のこと、愛してるっす。 ドライアン:グレモリア。 グレモリア:先輩。 ドライアン:ありがとう。 グレモリア:先輩……! : 0:間。 : グレモリア:って、いや、おいおいおいおい。そこは俺も愛してるぜグレモリア! だろうがよ、おいごらぁ! ドライアン! それかもう一回チューしろやこら! もう一回殴られてぇっすかこら! : ドライアン:いや、 グレモリア:そんなに嫌っすか?! ドライアン:いや、そうじゃなくて、 グレモリア:なんすか? 言いたいことがあるならはっきり言うっすよ。いや、待って! はっきり言われたらマジで凹むかもしんないっす。言わないで欲しいっす。 ドライアン:グレモリア、その、なんて言うか、その…………照れる。 : 0:間。 : グレモリア:いや、照れんな。なんすか、その反応。 ドライアン:こういうの、初めてなんだよ。 グレモリア:あー……。いや、マジすか? その見た目で? 女何人、侍《はべ》らせられるかグランプリとかやってそうなのに? ドライアン:やるかそんなもん! 阿呆か! 別に見た目は関係ないだろ。 グレモリア:ほんとに、一切……無いんすか? ドライアン:そうだよ! 俺は生まれてこの方戦いばっかで、そういうのは一切知らん。……悪いかよ。 グレモリア:いや、悪くは無いっすよ。でもたまに下ネタとか振ってきてたじゃないですか。 ドライアン:お前の影響だよ。 グレモリア:ははは。 ドライアン:笑ってんじゃねぇよ。 グレモリア:……もしかしてあたしがどれだけ誘惑してもなびかなかったのは、先輩がただヘタレだったからっすか? ドライアン:それは……! グレモリア:あれ? 意外といける感じっすか? え? カルミアとかいう女に負けること前提で打ってたあたしの大博打《おおばくち》、ただの空回りだったんすか?! ドライアン:今、カルミアのことは関係ねぇだろ! グレモリア:あるっすよ! ドライアン:何が! グレモリア:好きなんでしょ。 ドライアン:いや、好きとかじゃ……。 グレモリア:何言ってんすか、今更。天使だから遠慮してんすか? そんなのいらねぇっすよ。よく考えて下さい、相手は天使なんすよ。寧ろ遠慮はいらねぇっす。容赦無く堕天させてやれば良いだけっす。 ドライアン:お前が何言ってんだ。グレモリア。お前、悪魔かよ。 グレモリア:そうっす悪魔っす。先輩も悪魔っすよ。目の前に可愛い後輩の悪魔がいるのに何考えてんすか。相手は天使っす、何考えてんだってのはこっちの台詞っすよ。どうせ考えるなら、あたしのエロいこと考えろよ! ドライアン:考えられねぇよ、そんなもん! もういいだろ、お前、何なんだよ、俺を愛してるんじゃ無いのかよ、なんでそんなにカルミアのこと……。 グレモリア:愛してるっすよ! じゃあさ、先輩! どうすれば良いんすかねぇ先輩? たとえば恋敵を殺せばいいんすか? そしたら、先輩はあたしのことだけ見てくれるっすか? あたしのことを愛してくれるっすか? ドライアン:それは……! グレモリア:違うでしょそんな訳ない。天使を何匹殺したところで、愛する天使を殺したところで、先輩はあたしを愛してくれる訳ない。分かりきってるっすよ。愛のために殺すなんて間違ってるっす。 ドライアン:間違ってる? でも俺達は、悪魔と天使だ! 出会ったときから殺し合う宿命《さだめ》で、たとえ好きになったとしても殺し合うことでしか交われない。俺はあいつを斬らなきゃならない。遠慮はいらない、容赦なくあいつを殺す。だって、天使なんだから仕方ねぇだろ! 守りてぇとか言ったって、戦場で出会っちまったら殺すしかねぇ。あいつだって俺を殺すだろ? 殺さないと生きていけない。生きている限りは殺す! 俺達は殺す為に生きてて、俺が殺さないならあいつに殺されるしかねぇ! 二人が生きるには殺されないように強くなくちゃいけねぇ! は、ははは! そうだ! あいつを愛すには強くなくちゃいけねぇんだ! そして俺はあいつを殺すために強くなってきた! あいつを愛すにはだから殺すしかねぇんだ! そうだろう!? グレモリア:先輩、歯ぁ食いしばるっす。 ドライアン:あ? : グレモリア:この大馬鹿野郎! : 0:グレモリア、ドライアンを殴る。 : ドライアン:ぐがはっ……!? : グレモリア:本気で言ってんのかてめぇ! ドライアン:グレモリア……! グレモリア:もし本気で言ってんなら! てめぇは悪魔でも天使でもねぇ! ひん曲がった欲望でできたドブ臭ぇ鬼畜野郎だ!! うだうだ自己弁護《じこべんご》してる暇があったらとっとと腹掻っ捌いて腑《はらわた》から薄汚れたクソ垂れ流して死ね! そんなもんは愛じゃねぇ! あたしの愛を穢《けが》すんじゃねぇ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! : 0:グレモリア、涙を流す。 : ドライアン:お前……。 グレモリア:痛いんだよ! 拳が! 心が! 先輩を殴ったら! こんなにも痛い! 全然幸せになんてなれない! キスしたい! あたしは先輩を抱きしめて、キスしたい! 殴りたくなんて無い! なのにさ、殴るしかないんだよ! 愛してるから! あたしは殴る! 何回でも! 何百回でも! あたしの骨が折れても! 心が砕けても! 愛してる! だから殴る! 先輩の歪んだ愛をあたしの愛でぶん殴る! だって! だって! 先輩にこんな思いして欲しくないから! 愛で殺してしまおうだなんて、そんな残酷なことをさせるくらいなら! あたしが! : 0:間。 : グレモリア:先輩を殺す!! : 0:間。 : グレモリア:……だから! グレモリア:殺さないで欲しいっす。あなたの天使を。あなたの心を。 ドライアン:グレモリア、 : 0:ドライアン、グレモリアを抱きしめる。 : ドライアン:ごめん。 グレモリア:……もう。仕方の無い悪魔っすね。そこは「グレモリア、愛してる」だって何回言ったら――あ。 : 0:風を切るような音。 0:グレモリアが倒れる。 : ドライアン:グレモリア? どうした、グレモリア?! グレモリア! グレモリア:ドライ……先輩、愛して――。 ドライアン:おいおいおいおいおい、なぁ、グレモリア! 嘘だよな! 嘘だよな! おい! あ、ぁぁぁぁああああああああああああああ……! レリア:うるさいぞ、悪魔。不愉快だ。 : 0:影の中にレリアが立っている。 : ドライアン:お前……? レリア:っは! どんなやつが姉さんを曇らせたかと思ったら、醜い悪魔が、これまた醜い悪魔と抱き合っているなど、反吐《へど》が出る! あああああああああ! 貴様、姉さんに何をした? 姉さんの御心《みこころ》を歪めるなど万死に値する。いや、ぬるい。この世の悪徳全てを秤《はかり》にかけても尚《なお》余りある罪業《ざいごう》! 引き千切り切り裂き押し潰し磨り潰し焼き尽くし燃やし尽くし消し去ってくれる! 無論、その汚い悪魔の死骸諸共だ。姉さんを姉さんを姉さんを姉さんを姉さんを! レリア:……穢《けが》したその罪深さを、痛苦恥辱絶望虚無後悔焦燥喪失憤怒恐怖《つうくちじょくぜつぼうきょむこうかいしょうそうそうしつふんぬきょうふ》と共に寸刻みに飲み下し、消滅するが良い!! ――天虚《ザ・ヴォイド》 ドライアン:ぁ、ぁ、ああああああああああああああああああああ! : 0:静寂。 : レリア:あ、あは、あはは、あははははははは! やったよ! 姉さん、姉さんを穢そうとする悪魔は消し去ってやったから、ああ、でもつい、一瞬で消し去ってしまった。一秒でも早く、姉さんを助けたくて。ふふ、安心して! 僕は――。 ドライアン:……ア。 レリア:は? ドライアン:グレモリア。 レリア:そんな、馬鹿な……! どうして生きてる! この! 化けも―― ドライアン:――静かにしろ。 レリア:っ! ドライアン:聞こえないだろ。 レリア:な、何が……! ドライアン:グレモリアの、声が。 レリア:…………ふ、ふふふ、何だ! こいつ、満身創痍《まんしんそうい》じゃないか。っは! さっさととどめを刺して、姉さんのところに、カルミア姉さんのところに僕は帰るんだ! ドライアン:カルミア? ドライアン:カルミア。そうだ、俺はカルミアに愛を伝えないと。 レリア:何だと? ドライアン:愛を伝えて――そして、 : 0:間。 : ドライアン:殺すんだ。 レリア:殺すだと? 姉さんには指一本触れさせは――! ドライアン:静かにしろって、言ったよな。 : 0:ドライアン、剣を振り抜く。 : ドライアン:死ね。 : 0:レリア、倒れる。 : レリア:な、そんな……姉さ――! ドライアン:死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。 : 0:レリア、動かなくなる。 0:その懐から『爪』が落ちる。 : ドライアン:俺の爪? ああ、カルミアにやったやつだ。それを何でこの天使が持ってる? グレモリアを殺したこいつ――違う! 生きてるんだ! グレモリアは生きてる! 愛してる! 愛してるグレモリア! だから、こいつはグレモリアを、……あれ? おかしいな。何かが違う。何だ。間違ってる。ああ。あああ。あああああ。……そうか。殺さないと。約束だから、俺は殺さないと、行こう一緒に。ずっと一緒だ。一緒。聞こえるからな。声が、愛してるって言ってくれたあの声が。カルミアを殺そう。そういう運命《さだめ》なんだ。ああ。全てをこの手で終わらせよう。ああ。…………ウルが鳴いてる。 : 0:ドライアン、去る。 0:響く電話のような着信音。 : カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出を、あなたが呼ぶ声がする。星空に繋いで、|星典の囁き《スター・コネクト》」 : 0:間。 : カルミア:|星典の囁き《スター・コネクト》! カルミア:|星典の囁き《スター・コネクト》! カルミア:|星典の囁き《スター・コネクト》! カルミア:|星典の囁き《スター・コネクト》! : カルミア:どうして? : カルミア:どうして、レリアに繋がらない……? そうか、もう、既に。 : 0:間。 : カルミア:ふふふ。ふふふふふ。ああ。私はきっと甘い夢を見ていたのだ。殺すべき悪魔と愛すべき弟。その二つを天秤《てんびん》に乗せた。結果。両方を失うのだ。もう、何も残っておらぬのなら―― カルミア:こんな、苦しいだけの心はいらぬ。 カルミア:我が神の意志のままに。天使カルミア・ラティフォリア、悪魔を。ドライアン・ダラスを討つ為だけの剣となろう。 カルミア:百度目の邂逅《かいこう》。それが、全ての終わり。 カルミア:天使に命ずるは死を以ての清算。悪魔に命ずるは凄惨なる死。天使よ、悪魔を蹂躙し殲滅せよ―― カルミア:愛していたよ。ドライアン。永遠にさようなら。 : 0:◇Phase 15◇ 0:【本陣』 : 0:混沌とした戦場。 0:呻き声ばかりが聞こえる。 0:天幕の下で一人佇むドライアン。 : レリア:(悪魔D)ご報告申し上げます。ドライアン閣下。 ドライアン:何だ。 レリア:(悪魔D)|α《アルファ》から|μ《ミュー》までの各隊が先程壊滅致しました。残るは我ら|ν《ニュー》……いえ、私と閣下のみです。 ドライアン:そうか。ご苦労。 レリア:(悪魔D)いかがされるおつもりですか? もう勝ち目などありません。あの『厄災』の天使がここに来るのも時間の問題です。……ドライアン閣下。この戦線はもう駄目です! あなた様だけでもお逃げに―― ドライアン:逃げる? どこへ? 何のために? どうして? レリア:(悪魔D)しかし、閣下さえ生きていればまだ我々は! ドライアン:静かに。グレモリアの声が聞こえないだろ? レリア:(悪魔D)閣下! グレモリア様はもう……! ドライアン:違う。俺はあいつのためにも殺さないと。天使を。カルミア・ラティフォリアを! レリア:(悪魔D)閣下……。 ドライアン:……もういいぞ。お前もよくやってくれた。 レリア:(悪魔D)――お先に参ります。ドライアン・ダラス総督。ご武運を。 : 0:悪魔D、自害する。 0 ドライアン:さて。行こうか。グレモリア。 : : 0:カルミアと従者の天使Dが立っている。 : グレモリア:(天使D)カルミア総司令、ご報告申し上げします。 カルミア:…………。 グレモリア:(天使D)先刻、敵陣営の大部分を殲滅したと各隊より報告がありました。 カルミア:ご苦労。 グレモリア:(天使D)しかし我が陣営の損耗も激しく、とても動ける状態ではありません。やはり増援を待ち、万全の状態で敵本陣を……いえ、例の『魔王』を―― カルミア:不要。 グレモリア:(天使D)は、いえ、しかし! カルミア:不要。私が――殺す。この手で。 グレモリア:(天使D)お、お一人で行かれるなど無茶です! 失礼ながら、いくらカルミア様といえど、あの悪魔を相手にご無事で済むと―― カルミア:――去ね。 : 0:カルミア、剣を振り抜き、鞘に納める。 : グレモリア:(天使D)カ、ルミア様? : 0:天使D、切断されて倒れる。 : カルミア:悪魔を――殺す。 : 0:◇Phase 16◇ 0:【戦場】 : 0:戦場の真ん中にドライアンが立っている。 : ドライアン:ようやくお出ましか。カルミア。 : 0:カルミアが舞い降りてくる。 : カルミア:ドライアン・ダラス。 ドライアン:これ、返すぜ。 : 0:ドライアン、レリアの亡骸をカルミアに投げ渡す。 : ドライアン:大事なもんなんだろ。 カルミア:――――。 ドライアン:ああ、それとこれも。 : 0:ドライアン、『羽根』を投げ捨てる。 : ドライアン:俺にはもう必要ない。 カルミア:――――。 ドライアン:さぁ、始めるか。殺し愛を。 カルミア:――――殺す。 : 0:二人剣を抜く。 : ドライアン:ぐぐおおっっ!! カルミア:――っは! ドライアン:てりゃぁっ!! カルミア:――とぁ! ドライアン:っく! ふははは! ……だらあぁぁーーッ!!! カルミア:――流星籠《ケイジ・オブ・シューティング・スター》 ドライアン:っく! はぁぁああああ! 陽炎舞踏術《ヒート・ステップ・ヘイズ》! カルミア:――星光欠落《ミッシング・オブ・スター・シャイン》 ドライアン:っくぐああああ! ぬおおおおおあああぁっ! 血焔刃《ブラッド・フレイム・エッジ》! : 0:響く雷鳴と剣戟。 : ドライアン:うおぉぉぉぉ! 天使ぃぃっ! カルミア:はぁぁぁぁっ! 悪魔! : 0:ドライアンの剣がカルミアの剣と腕を切り飛ばす。 : カルミア:――! ドライアン:終わりだ。カルミア! : 0:ドライアンが剣を振り下ろす。 0:斬られたカルミアが消える。 : ドライアン:何? カルミア:千変万化《ヴァリアブル・ダンス》。 ドライアン:くそ、そんなモノで――! カルミア:『夜の深きに誘われて、わたしは紡ぐ。星の巡りに抱かれて、幾年月も、降り積もる雪は草原を渡るつむじ風。やがて繋がる世界から、一つの柱とこの私を結んでくれる――|破滅の彗晶《クリスタル・コメット》』 : 0:世界が光に包まれる。 : 0:◇Phase 17◇ 0:【夢と現実の狭間】 : 0:カルミアの家の前。 0:ドライアンが袋を提げて立っている。 0:引き戸が開く。 0:中からウルを抱いたカルミアが現れる。 : カルミア:また来たのか、ドライアン。 ドライアン:来たら悪いか? ウル:みゃあ。 カルミア:それは、悪いに決まっているだろう。 ドライアン:どうしてだ? カルミア:どうして? 貴様は悪魔だろう? そして私は、 ドライアン:お前は天使だ。カルミア。 カルミア:分かっているならもう来るな。 ドライアン:何も分からない。それだけで俺はこうしてここに来ることも出来ないのか? キャットフードを片手にこの扉の前に立つことが! カルミア:それだけで十分なのだ。 ドライアン:天使と悪魔というだけで? カルミア:天使と悪魔というだけが、 : 0:間。 : カルミア:この世界の全ての理を分断する剣だ。 ドライアン:分かってるよ。俺は分かってる。けど! カルミア:分かっておる。私も分かっておるさ。けれど、どうすることも出来ぬだろう? お前と手それを握っているのだ。 ドライアン:俺はそんなもの……! カルミア:貴様の手に握られておるのは本当にウルの餌か? : 0:ドライアンの手の中の袋が剣になる。 : ドライアン:え? これは、違う。こんなモノじゃ無い。剣なんて握りたくない。お前に向けるつもりなんて。 カルミア:しかし私も同じだ。今、私は何を抱いておる? ウル:みゃあ。 ドライアン:あ? そんなの決まってる。 カルミア:ウルか? ドライアン:違うのか? カルミア:違うな。 : 0:カルミアの抱くウルが剣になる。 : カルミア:これは、貴様を斬るための剣だ。 ドライアン:でも、そいつはウルだ。俺が雨の日に拾った一匹の猫だ。うちにはベルがいるから飼えなくて、グレモリアにも断られて。それで……グレモリア? グレモリアは俺を愛してて、でも、俺はあいつを守れなくて……。俺はお前を殺さないといけない。天使だから? 違う、守るって決めたから。守るって決めたから殺す。そうだ、俺はお前を殺す。なぁ、カルミア、俺は何か間違っているか? カルミア:いいや、何も間違っておらん。さぁ、私を殺してくれ。 ドライアン:そうだよな。ウルを受け入れてくれたお前は優しいから。俺が間違っててもきっと許してくれるんだ。ありがとうカルミア、安心して殺せる。 カルミア:……泣くでないドライアン。貴様のそんな顔見たくはない。『魔王』などと呼ばれておる大の悪魔が、情けない。笑って殺せ。天使の一人や二人くらい。いや、全ての天使を殺せ。そして神も。何もかも。それが貴様だろ? ドライアン・ダラス。 ドライアン:カルミア。俺は……、 カルミア:何をしておる? こうしなければ殺せぬか? : 0:カルミアのそばにグレモリアが現れる。 : グレモリア:先輩。 ドライアン:グレモリア!? おまえ、やっぱり生きていたんだな! グレモリア:もちろん、死んでるっす。 ドライアン:お前何を言ってるんだよ、だってここに、 グレモリア:だって私は―― : 0:カルミア、グレモリアを斬る。 : カルミア:私が殺したから。 ドライアン:グレモリアーーっ! ……カルミアぁぁ!! カルミア:貴様は悪くない。グレモリアとかいうお前の愛する者を失ったのも、その仇である私の弟を殺したのも。貴様は悪くない。全て私の責任だ。だから、貴様が殺せ。終わらせろ。この私を。 ドライアン:ああ。望み通り殺してやる。約束だからな! カルミア:それでいい。そして、お前は幸せに生きてくれ。この世界でな。 ドライアン:永遠にさようならだ。カルミア。 グレモリア:待つっすよ先輩。 カルミア:……何故。 ドライアン:グレモリア? どうして止める! 俺は天使を、カルミアを! お前の仇を殺すところなんだ! グレモリア:いや、頼んでないですし。なに勝手に壊れてんすか、先輩。 カルミア:貴様、本物なのか……? グレモリア:本物が何を指すかは知りませんが、それで言うとあたしは偽物っすよ。 ドライアン:何を言ってるんだ、グレモリア、お前は生きてて、でも死んでて、あれ、おかしいな。 グレモリア:いや、おかしいの先輩っすから。……はぁ、またやらないとっすね。おら! おら! おら! : 0:グレモリア、ドライアンを殴る。 : カルミア:何を!? グレモリア:黙って指でもしゃぶって見てるっすよ、あたしの恋敵! 連れ戻してみせるっすから。おら、目ぇ醒ませ! ドライアン:っぐ! グレ、モリア? グレモリア:先輩、ご機嫌いかがっすか? あたしのこと愛してるっすか? ドライアン:ほんとに、グレモリアなのか? グレモリア:……もう。仕方の無い悪魔っすね。そこは「グレモリア、愛してる」だって前にも言ったでしょ。でも、残念、あたしはあなたの愛する、グレモリア・グリモニーではありません。あたしは――グレモリア・ダラスっす。 ドライアン:……でも、お前は! グレモリア:あー、無視すんなよ。滑ったみたいじゃ無いっすか。死んだっすよ。疑いようもなく。あたしの心が。なーんて、だからあたしは先輩の妄想。一緒に行こうって先輩が無理矢理引っ張ってきた魂の残滓、言うなればそう、先輩の心に溶けた先輩だけの妖精、。故にグレモリア・ダラスっす。 カルミア:妖精……? それが何故私に見える……?  グレモリア:いや、知りませんけど。でも、まぁそれが偶然にも? それとも運命的に? あんたの放った技で具現化したじゃないすか、カルミア・ナンチャラ。 カルミア:そんなことが……。 グレモリア:あんたがこんな土壇場でイメージ共有術を使わなければ、芽生えることも無かった、そういう可能性の存在っす。その時――不思議なことが起こった、みたいな。 ドライアン:お前は、じゃあ、本当に死んだのか? グレモリア:しつこいっすね。死にましたよ。後ろからすぱっと斬られて、別れを告げる間もなくね。でも後悔はしてませんよ、先輩。あんたの胸の中で死ねたんすから。 ドライアン:グレモリア。 グレモリア:って、言われたかったんすよね、先輩は。 ドライアン:グレモリア……。 グレモリア:でも残念。あたしは本人じゃ無いので。 ドライアン:……っ! グレモリア:ま、それでも言えて良かったっす。それで傷が少しでも癒えてくれるなら。 ドライアン:……ああ。ありがとう。救われた。 グレモリア:それは何よりっす。じゃあ、あたしは行くっすね。 ドライアン:どこへ? グレモリア:さぁ? それは分かりません。でもきっと、大好きな先輩の居るところっすよ。 ドライアン:行かないでくれって言ったら? グレモリア:ぶん殴る。……って言いたいとこっすけど、抱き締めてあげるっす。そんで、お別れっす。 ドライアン:……すまない。 グレモリア:ふふっ。……さぁさぁ、ぼさっとしてないで、好きな女待たせてるっすよ? 守るって約束したんでしょ? なら、男を見せて下さい、かっこいいドライ先輩。そんで、いつか、また――。 : 0:グレモリア、消える。 : ドライアン:……カルミア。 カルミア:私を、殺してくれないのか? ドライアン:ああ。殺さない。約束だからな。 カルミア:約束? そんな物はしていない。 ドライアン:したんだよ、忘れたか? カルミア:知らない。 ドライアン:なら、またやってやる。 カルミア:何を? ドライアン:外で会おう。……ウル! : 0:ドライアンの剣がウルに変わる。 : ウル:みゃあ。 ドライアン:俺を出してくれ。 カルミア:待て、ドライアン! 外に出たら私は貴様を殺さないといけなくなる、だからお前はここで私を。 ドライアン:殺せって? やなこった。俺はお前を守るって約束したんだ。散々傷つけちまって手遅れかも知れないが、グレモリアとも約束したしな。 ウル:みゃあ。 ドライアン:もちろんウル。お前ともな。 カルミア:ドライアン……。 ドライアン:待ってろ、カルミア。 カルミア:分かった。私は信じよう、貴様を。 ドライアン:ああ。お前のことは俺に任せろ。 ウル:みゃあ。 : 0:◇Phase 18◇ 0:【戦場】 : 0:片腕で剣を握るカルミアと剣を捨てたドライアンが向かい合っている。 : ドライアン:カルミア。 カルミア:――私は悪魔を、殺す。 ドライアン:今のお前は、心を閉ざしてるってことか。 カルミア:――――。 ドライアン:まぁ、ひとのことは言えねぇか。グレモリア・ダラスに、感謝しないとな。 カルミア:――殺す。 : 0:カルミア、斬りかかる。 : ドライアン:……っと! カルミア:ふっ! はぁっ! ドライアン:遅いな。ほんとのお前はそんなもんじゃないだろ。なぁカルミア。俺と何十回もした戦いは何だったんだよ? カルミア:――悪魔を、殺す。 ドライアン:神のためにか? そんな理由で戦うのかお前は? カルミア:悪魔に凄惨なる死を。 ドライアン:俺は、お前と戦いたい。好きなんだよ。お前と戦うのが。 カルミア:私は悪魔を蹂躙し殲滅する。 ドライアン:違うな。 カルミア:殺す。 ドライアン:俺はお前のことが好きで、 カルミア:――死ねッ! ドライアン:愛しているんだよ! : 0:ドライアン、カルミアの剣を受ける。 : ドライアン:ぐ、があぁ……! すっごい痛ぇが、掴まえた。 カルミア:は、なせ……! ドライアン:嫌だ。放さない。正気に戻れ。 カルミア:なに、を―― ドライアン:カルミア、愛してる。 : 0:ドライアン、カルミアに口づけをする。 : カルミア:――っ! ドライアン:カルミア、帰ろう。 カルミア:――あ、ぁ――。 ドライアン:一緒に帰ろう。 カルミア:――ド――アン。 ドライアン:ウルが泣いてるぜ。 カルミア:ウ、ル――? ドライアン:ああ、俺達の飼い猫だ。 カルミア:猫――。 ドライアン:カルミア、俺達は大事なものを失った。 カルミア:――――。 ドライアン:多くの同胞を、グレモリアを。そして俺も手にかけた。天使を、そしてお前の弟を。 カルミア:――レ、リア。 ドライアン:レリア・アンセプスを、殺した。 カルミア:貴様、が――! ドライアン:殺した。……その事実は消えねぇ。過去は、消えない。 カルミア:殺、した――。 ドライアン:俺達の過去は消えてない。目を背けちゃいけない。投げ出しちゃいけねぇんだ。ましてや未来を。運命《さだめ》をただ受け入れて、後悔なんてしちゃいけねぇ。辛いからやけになって殺し合って傷付けて。それで相手より自分の方が傷ついてるなんて、馬鹿野郎にも程がある。ごめんな、カルミア。 カルミア:どうして――? ドライアン:お前をこんなに傷付けて。 カルミア:どうして――? ドライアン:向き合うことから逃げて。 カルミア:どうして――? ドライアン:戦うことから逃げていた。 カルミア:どうして、貴様が謝る――? ドライアン:カルミア。 カルミア:悪いのは私だ。レリアが悪魔に強い恨みを抱いていたのも、私のために暴走したのも、全て私が悪い。貴様はだから、私を殺してもいいんだ。なのに、どうして。 ドライアン:……あのな、カルミア。 カルミア:ドライアン……? : 0:ドライアン、カルミアに口づけをする。 : カルミア:……ん!? な! 何を! ドライアン:この死にたがりの天使め。 カルミア:何だと? ドライアン:今思い出したよ。 カルミア:何がだ? ドライアン:初めて会ったときもお前は死にたがってた。死に場所を探してるって顔してた。だから、俺はお前を見逃したんだ。 カルミア:……いや、そんなことは無い。よく憶えておるが、貴様は私に命乞いしただろ。 ドライアン:……し、してねぇよ! そういう演技だ。だってその後―― カルミア:逃げたものな。あの背中、まだしっかりと思い出せる。 ドライアン:逃げちゃ悪いかよ。 カルミア:別に。しかしさっき、逃げてすまなかったと言ったばかりであろう? ドライアン:それはそれ、これはこれだ。 カルミア:好き勝手言いおる。……貴様らしいな。 ドライアン:だろ。前に言ったろ、自由に生きている限り俺の勝ちだ。 カルミア:では、さっきまでは負けておったのか? ドライアン:……っそうだよ! カルミア:そうかそうか。ふふふふふふふ。 ドライアン:笑うなよ……。は、はははははは。 : 0:二人笑い合う。 : カルミア:こうして出会うために生きておったのだろうな。 ドライアン:何だって? カルミア:生きていたから出会えた、死んでおったら出会えないからな? ドライアン:当たり前だろ? カルミア:そう、私達は当たり前のように生きて出会い、そして―― : 0:(可能なら同時に) : ドライアン:――愛してる。 カルミア:――愛してる。 : ドライアン:一緒に帰ろう。ウルが待ってる。 カルミア:ああ。良いだろう。貴様とならどこへでも。 : 0:降り続いていた雨が上がる。 : ドライアン:カルミア。 カルミア:ドライアン。 ドライアン:お帰り。 カルミア:ただいま。 : 0:    《天使と悪魔と捨て猫と。 幕》