台本概要
386 views
タイトル | 永遠の国のアリス~アリス第二部・第三章~ |
---|---|
作者名 | 天道司 |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 5人用台本(男1、女1、不問3) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
ニンジンの国のアリスの続編であり、 終わりの先で「愛してる」の後日譚。 そして、すべてのアリスの物語の終着点。 386 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
アリス | 女 | 94 | ADLが低く、認知症を患う老婆。 |
帽子屋 | 男 | 23 | ??? ※兼ね役…トランプ兵 |
チェシャ猫 | 不問 | 51 | 不思議な猫。 ※兼ね役…真夜中 |
三月うさぎ | 不問 | 46 | お調子者のウサギ。 |
ハートの女王 | 不問 | 34 | 優しい女王。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
帽子屋:(その老婆は、視力も聴力も完全に失いかけていた)
帽子屋:(手足も不自由で、誰かに車椅子で連れ出してもらわなければ、ベッドで横になっているしかなかった)
帽子屋:(おまけに、新しいことを覚えることができず、大切な記憶たちも次々に抜け落ちて…)
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三月うさぎ:ねぇ、今度のアリスは、ほんとに、あの、お婆さんなの?
チェシャ猫:そうだよ
三月うさぎ:でも、ずっと寝てるだけで、動かないよ?
チェシャ猫:動かないね
三月うさぎ:あんなんじゃ、不思議の国に行っても、何もできないよ
チェシャ猫:それはない
三月うさぎ:どうして?
チェシャ猫:不思議の国は、不思議の国だからね
三月うさぎ:つまりつまり、不思議の国に連れて行くことができれば!
チェシャ猫:フフッ
三月うさぎ:じゃあ、さっそく行ってくるね
チェシャ猫:あぁ、いってらっしゃい
帽子屋:(三月うさぎは、空中をふわふわと浮遊し、老婆のそばに…
三月うさぎ:やぁ!
アリス:…
三月うさぎ:やぁ!!
アリス:…
三月うさぎ:ねぇ、無視しないでよ!
アリス:ん?
三月うさぎ:おばあさん、おばあさん、僕のこと分かる?覚えてる?
アリス:ん?誰かいるんですか?
三月うさぎ:僕は、三月うさぎだよ!
アリス:朝ごはんの時間ですか?
三月うさぎ:朝ごはん?朝ごはんの時間じゃなくて、三月うさぎ!
アリス:今日は、何をごちそうしてもらえるのかしら?
三月うさぎ:もーう!僕は、三月うさぎだよ!三月うさぎ!
アリス:ごめんなさい。怒らせてしまったかしら?
三月うさぎ:大変だ!大変だ!今度のアリスは、会話ができないぞ!大変だーっ!
三月うさぎ:でも、不思議の国に行けば、何とかなるはず!
三月うさぎ:アリス、僕と握手して!
アリス:ん?
三月うさぎ:握手だよ!握手ーっ!
アリス:わかりません
三月うさぎ:「わかりません」じゃなくて、握手だよーっ!
アリス:朝ごはんの時間ですか?
三月うさぎ:朝ごはんの時間じゃなくて、不思議の国に行くんだよ!
アリス:今日は、何をごちそうしてもらえるのかしら?
三月うさぎ:手だよ!手を出してよ!
アリス:絵?絵を見せてくれるんですか?でも、私は、目が悪くて…。ごめんなさいね
三月うさぎ:絵じゃなくて、手だよ!手!
アリス:あぁ、手?手ですか?
三月うさぎ:あいおっ!手を出してよ
アリス:車椅子に乗るんですね。わかりました
帽子屋:(アリスが三月うさぎの方に向かって手を伸ばすと、三月うさぎは、その手をしっかりと握りしめた)
帽子屋:(すると、世界は、まばゆい光に包まれた)
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帽子屋:(そして、ここは、真夜中の時間に固定された不思議の森)
アリス:あら?もう、夜になったのかしら?
チェシャ猫:おはようございます。こんにちは。こんばんは
アリス:こんばんは。先生。寝る時間ですか?
チェシャ猫:フフ…。できれば、まだ眠らないでほしい。そして、もう少しだけ吾輩たちに付き合ってほしい
アリス:どうしたのかしら、今日は調子が良いみたいね。先生の声が、とっても良く聴こえるの
チェシャ猫:それは、良かった。でも、声だけかな?
アリス:声だけ?
チェシャ猫:それっ!(指を鳴らす音)
帽子屋:(チェシャ猫が指を鳴らすと、木の枝に吊り下げられた灯篭(とうろう)に火が灯ったよ)
アリス:あら?先生じゃなくて、猫さん?
チェシャ猫:吾輩は、チェシャ猫だよ
アリス:チェシャ猫さん?そして、ここは、森の中だったのね。ん?目が…。目が見える…
アリス:ほんとに、今日は調子が良いみたいね
アリス:でも、私は、どうして、こんな場所にいるのかしら?早くお家(うち)に帰らないと…
チェシャ猫:フフフ…。お家か…。どうして、お家に帰る必要があるのかな?
アリス:あの人が、待っているからですよ
チェシャ猫:あの人が?あの人とは、誰のことかな?
アリス:誰のこと?
チェシャ猫:名前は?
アリス:うーん…
チェシャ猫:名前は?
アリス:もう、いじわる言わないで下さい
チェシャ猫:いじわるか…。それは、失敬
アリス:…
チェシャ猫:それでは、大事なモノを取り戻しに行こうか?
アリス:大事なモノ、ですか?
チェシャ猫:そうだよ。ここには、きっと、アリスの失くした大事なモノがある
アリス:でも、私は、もう、自分で歩くことができません。立ち上がることもできません
チェシャ猫:今日は、音が聴こえるし、目が見える。調子が良いのではなかったのかね?
アリス:確かに…。でも、さすがに歩くことまでは…ん?
アリス:あら?どうしたのかしら?自分で立ち上がれますね。そして、なんだか歩くこともできそうです
チェシャ猫:では、吾輩がエスコートするので、ついてきてくれるかな?
アリス:わかりました。あまり遠くでなければ…
帽子屋:(アリスとチェシャ猫が進むたびに、それに合わせて、木に吊り下げられた灯篭(とうろう)に火が灯る)
アリス:今日は、なんだか、本当に調子が良いみたいね。どれだけ歩いても心臓は悪くならないし、疲れない
チェシャ猫:それは、良かった…
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帽子屋:(チェシャ猫は、アリスをお城の前に案内した)
アリス:綺麗なお屋敷ね。どんな人が住んでいるのかしら?
チェシャ猫:フフフ…
アリス:あら?トランプの兵隊さんが出てきたわ
トランプ兵:チェシャ猫?その方は?
チェシャ猫:今度のアリスだよ
トランプ兵:今度のアリス!?その方が!?
アリス:こんばんは。兵隊さん
トランプ兵:あぁ!こんばんは!これはこれは、失礼しました!では、ハートの女王がお待ちなので、どうぞ中へ!
アリス:ん?
チェシャ猫:兵隊さんに、ついて行くことにしよう
アリス:でも、知らない人のお屋敷よ?
チェシャ猫:大丈夫。知らないことは、何も問題にはならない
チェシャ猫:知りたいという気持ちがなくなることの方が、問題なのさ
アリス:知りたいという気持ち?
チェシャ猫:そうだよ。では、行こう
アリス:はい…
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帽子屋:(白くて長いテーブル。それぞれの席の前には、紅茶とミルクと砂糖、バラエティに富んだお茶菓子が、ずらりと並んでいた)
帽子屋:(手前の席には、三月うさぎが座っており、一番奥の席には、煌(きら)びやかなドレスを身にまとった女性が、優しい微笑みをアリスに向けている)
三月うさぎ:やぁ、アリス!待ってたよ!
アリス:わっ!うさぎが喋った!
三月うさぎ:僕は、三月うさぎだよ!
アリス:三月うさぎ?
三月うさぎ:あいおっ!
ハートの女王:アリスさん、とても会いたかったわ!あなたが来るのを、ずっと待っていたの
ハートの女王:ささ、どこでも好きな席に座って下さらないかしら
アリス:え?あなたは?
ハートの女王:私は、ハートの女王。アリスさんの、お友達です
アリス:私の、お友達?
ハートの女王:そうよ。お友達
アリス:…
チェシャ猫:さぁ、アリス、座ろうか
アリス:はい…
帽子屋:(チェシャ猫が席に座ると、アリスは、その隣の席に腰掛けた)
ハートの女王:…
アリス:…
三月うさぎ:モグモグモグ!このクッキー、とっても美味しいな!
ハートの女王:…
アリス:…
チェシャ猫:フフッ
トランプ兵:ハートの女王、音楽があると盛り上がると思うので、何かリクエストを下さい
ハートの女王:あぁ!そうね!音楽があると盛り上がるわね。えっと、何が良いかしら?
ハートの女王:ねぇ、アリスさんは、どんな音楽が好きなの?
アリス:どんな音楽?
三月うさぎ:あ!それ、僕も興味がある!アリスは、どんな音楽が好きなの?
アリス:うーん…。(アリス演者の好きな曲の名称)が好きです
ハートの女王:そうなのね…。トランプ兵、弾けるかしら?
トランプ兵:もちろんでございます!
帽子屋:(トランプ兵は、ヴァイオリンで、アリスの好きな音楽を演奏し始める)
ハートの女王:あぁ!とってもステキな音楽ね!私もこの曲を好きになったわ!
チェシャ猫:吾輩もだ
三月うさぎ:僕も僕も!
アリス:えっ?あっ、ありがとうございます
ハートの女王:いえいえ、私の方こそ、ステキな音楽を紹介してくれて、ありがとう
チェシャ猫:そうだね。アリスに感謝しないとだ。ステキなお茶会が、とてもステキなお茶会になった
三月うさぎ:あいおっ!
ハートの女王:私ね。こうして、アリスさんとお茶会をするのが、ずっと夢だったの
ハートの女王:ようやく夢が叶った気がするわ。本当にありがとう
アリス:いえっ、私はそんな、感謝されるようなことは何も
ハートの女王:そんなことないわ
チェシャ猫:そうだよ。ここに居てくれてるだけで、奇跡!ここに居てくれてるだけで、ありがとう!
三月うさぎ:あいおっ!アリスが居てくれて、嬉しいよ!
アリス:えっ?どうして、私のことを、そんなに歓迎(かんげい)してくれるんですか?
三月うさぎ:え?そんなの決まってるじゃないか!
ハートの女王:そうね。決まってるわ。なぜなら
チェシャ猫:君は、アリスだからね
アリス:アリス?
チェシャ猫:アリスは、何度もこの世界を救ってきた
ハートの女王:私たちに心を与えてくれた
三月うさぎ:僕にニンジンをくれた
アリス:ニンジン?え?ごめんなさい…。私、何も覚えてなくて
ハートの女王:覚えてなくてもいいのよ
チェシャ猫:吾輩たちが覚えているからね
三月うさぎ:アリスはね。とっても優しくて、とってもカッコ良いんだよ!
アリス:そんな、そんなっ、私なんて…
チェシャ猫:おいおい。『私なんて』って、言わないでくれるかね?
チェシャ猫:少なくとも、吾輩たちにとってアリスは、ヒーローだ
ハートの女王:そうよ。この世界で、アリスさんの代わりなんて、どこにもいない
三月うさぎ:あいおっ!たったひとりのヒーロー!
アリス:ただの、おばあさんですよ
チェシャ猫:ほんとに、そうかな?後ろを振り向いてごらん。鏡がある
アリス:鏡?
帽子屋:(アリスが振り向くと、壁に鏡が立てかけられており、そこに映し出されたのは…)
アリス:え?嘘…。若返ってる!?
帽子屋:(アリスは、立ち上がり、鏡の前まで行き、自分の頬や髪に触れながら、鏡に映る若い少女が自分であることを何度も確かめる)
アリス:ねぇ、私…。どうして若返ってるの!?
ハートの女王:なぜなら、ここは
チェシャ猫:不思議の国だからね
三月うさぎ:あいおっ!
アリス:まるで、魔法みたい…
ハートの女王:不思議の国に、魔法をかけてくれたのはアリスさんよ
チェシャ猫:アリスがいたから、たくさんの物語が産まれた
アリス:どうして?
三月うさぎ:そんなの決まってるじゃないか!アリスが好きだから!大好きだからだよ!
アリス:…
ハートの女王:あら?
アリス:私は、好きになってもらっても、何も返せません
三月うさぎ:何かを返す必要はないさ
ハートの女王:三月うさぎの言う通りよ
チェシャ猫:そうだね。アリスは、ただ、そこにいてくれるだけでいい
チェシャ猫:ただ、そこにいてくれるだけで素晴らしい
三月うさぎ:アリス、いつも、ずっと、ありがとう
ハートの女王:アリスさん、ありがとう
チェシャ猫:この物語を手に取ってくれて、我輩たちを見つけてくれて、ありがとう
アリス:…
アリス:でも、おかしいな?忘れてしまったのかな?
アリス:あなたたちの他に、もうひとり、いたはず。いたはずなのよ!
ハートの女王:もうひとり?
三月うさぎ:大変だ!大変だ!アリスが変なことを言い始めちゃった!大変だーっ!
チェシャ猫:フフッ…フフフッ
真夜中:ヒャヒャヒャヒャーッ!
アリス:チェシャ猫さんが黒い塊(かたまり)に!?
真夜中:我輩はチェシャ猫ではない。我輩は真夜中
真夜中:この世界を真夜中の時間に固定する存在
真夜中:そして、この世界に終わりを告げる存在
アリス:終わりを告げる存在?
三月うさぎ:ひーっ!大変だ!大変だ!真夜中が現れたぞ!大変だーっ!
真夜中:さぁ、アリス。我輩の姿は、今、どのように映っている?
真夜中:怖いかね?醜いかね?それとも…?
アリス:えっ?
ハートの女王:アリスさん、真夜中の前で嘘をついてはいけません
ハートの女王:感じたままに答えるのです。アリスさんの出した答えに、正解も間違いもないのだから!
真夜中:ハートの女王の言う通りだヨ!我輩は嘘が、だぁ~い嫌いだ!
真夜中:我輩の前で嘘をつこうモノなら、ヒャヒャッ!
三月うさぎ:へ?へっ?僕!?
真夜中:そーれっ!
帽子屋:(真夜中から、漆黒(しっこく)の光が解き放たれ、三月うさぎに命中する)
三月うさぎ:ギャーッ!
アリス:三月うさぎさん!
真夜中:ヒャヒャッ!
アリス:三月うさぎさんに何をしたの?
真夜中:何をしたか?ヒャヒャッ!ただの見せしめだヨ。ただの見せしめ!
アリス:見せしめ?
真夜中:そう、見せしめに三月うさぎには、この物語から退場してもらったのさ
アリス:殺したってこと?
真夜中:殺した?あぁ…。まだ、殺してないよ。まだ、ね…
真夜中:ただ、我輩の問いかけに対するアリスの返答次第では、三月うさぎは本当に死んでしまうだろうネ!
アリス:ふざけないで!
真夜中:ふざけてなどいないさ。我輩は、いつだって大真面目さ
真夜中:大真面目に真摯(しんし)にアリスに向き合ってきたし
真夜中:これからも、そして、最後の瞬間まで向き合って行くつもりだヨ!
アリス:意味が分からない。意味が分からないよ!
真夜中:さぁ、アリスに、もう一度問おう
真夜中:我輩の姿は、今、どのように映っている?
アリス:…
ハートの女王:アリスさん、自分の心に、素直に、正直に!
アリス:…
真夜中:早く答えてくれたまえヨ
真夜中:時間というモノは、誰にとっても等しく、貴重なモノ
真夜中:これ以上時間を無駄にさせるのならば
真夜中:ハートの女王も今すぐ消し去ろうかとも考えている!
ハートの女王:私は、もう、覚悟ができてます
ハートの女王:だって、アリスさんに、お友達に、また会えたのだから、真夜中に消されても構わない
アリス:そんな悲しいこと言わないで!
ハートの女王:え?
真夜中:ん?
アリス:ねぇ、あなたは、チェシャ猫さんよね?
真夜中:チェシャ猫ではない。我輩は真夜中!
アリス:それでも、あなたは…
アリス:そう。そして、三月うさぎさんは、あなたの友達じゃなかったの?
真夜中:友達?
アリス:ハートの女王も、あなたの友達じゃないの?
真夜中:友達ねぇ。確かに我輩がチェシャ猫を演じている時は、友達だったのかも知れないネ
真夜中:でも、今は、そう、真夜中を演じているのだヨ!ヴィランとしての役割を与えられたクリーチャーをネ!
アリス:だから、何?どんな役割を与えられたって、あなたは、あなたでしょ!
アリス:私に何かを問いかける前に、あなたが、あなた自身に問いかけなさいよ!
アリス:あなたが本当にやりたいこと、あなたが本当に好きなことを!
真夜中:んっ!?
ハートの女王:フッ。アリスさん、私もそう思います
真夜中:ヒャッ…。ヒャヒャ…フフフ…
0:真夜中は、チェシャ猫の姿に戻る
チェシャ猫:あぁ、すまなかった。アリスが、この物語を終わらせようとしていたモノだから
チェシャ猫:ついつい引き伸ばしたくなっただけさ
アリス:どういうこと?そんなことより、三月うさぎさんを元に戻してあげて
チェシャ猫:あぁ、そうだね(指を鳴らす音)
帽子屋:(チェシャ猫が指を鳴らすと、テーブルの下から三月うさぎが出てくる)
三月うさぎ:ひゃーっ!まーた、ひどい目に遭ったなぁ
チェシャ猫:あぁ、それは、すまなかった。ほれっ!ニンジンをあげるから、許しておくれ
三月うさぎ:わーっ!ニンジンだ!ニンジンだ!ありがとう!ムシャムシャムシャ…
アリス:よかった
ハートの女王:アリスさん、あなたは、やはり、アリスさんです
アリス:え?
ハートの女王:どれだけの時間が経っても、姿形が変わっても、アリスさんは、アリスさんです
チェシャ猫:そうだね。この世界を狂わせるのも、元ある形に戻せるのも、アリスだ
三月うさぎ:あいおっ!アリスは、僕たちのヒーローだよ!
アリス:…
アリス:やっぱり…。私のことを、ヒーローと言ってくれた人が、他に、もうひとりいた気がするんですが…
チェシャ猫:あぁ…。そうだね。そうだよね。思い出してしまうんだよね
ハートの女王:チェシャ猫さん、それは仕方のないことよ
ハートの女王:なぜなら、この物語は、その、もうひとりが、アリスさんのために書いた物語ですもの
アリス:私のために?どういうこと?
三月うさぎ:みんな、アリスが大好きってことさ!
アリス:え?みんな?みんなって、チェシャ猫さんに、三月うさぎさんに、ハートの女王?
チェシャ猫:いいや。みんなは、みんなさ
ハートの女王:そうね。みんなは、みんな。この物語に登場していなくても
三月うさぎ:みんな、アリスが大好きって気持ちから産まれたモノだから
三月うさぎ:みんな、アリスが大好きなんだ
ハートの女王:そうね
チェシャ猫:あぁ、まさに、その通りだ
アリス:…
ハートの女王:チェシャ猫さん、そろそろ、アリスさんを彼の元へ
チェシャ猫:うーん…。そうだね。名残惜しいけど、仕方がない
チェシャ猫:三月うさぎ、頼んだよ
三月うさぎ:あいおっ!
チェシャ猫:(三月うさぎが、胸ポケットから懐中時計をカッコ良く取り出し、青いボタンを押した)
ハートの女王:(すると、世界は、まばゆい光に包まれた)
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0:【長い間】
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ハートの女王:(アリスは、老婆の姿に戻り、ベッドで横になっている)
チェシャ猫:(その隣で、今、ひとりの老人が、一冊の絵本を読み終えた)
帽子屋:おかえり
アリス:ん?誰ですか?
帽子屋:僕だよ。のんちゃん、だよ
アリス:朝ごはんの時間ですか?
帽子屋:あぁ、朝ごはんを食べに行こうか
アリス:今日は、何日ですか?
帽子屋:12月25日。クリスマスだよ
アリス:ごめんなさい。耳が遠くて…
帽子屋:いいんだよ。聴こえなくても、届かなくても
帽子屋:僕は、君とお話をするからね
アリス:朝ごはんの時間ですか?
帽子屋:あぁ、一緒に食べようね
アリス:のんちゃん…
帽子屋:ん?今、僕の名前を呼んでくれたのかい?
アリス:のんちゃん…
帽子屋:うん…。僕は、ここにいる
帽子屋:ずっと、ずっと、ここにいるよ
帽子屋:最期の瞬間まで
アリス:…
帽子屋:どれだけ時間が過ぎ去ろうとも
帽子屋:姿形が変わろうとも、君と手をつないでいたい
帽子屋:永遠に、君を、澪(みお)を愛してる
アリス:ありがとう…。ありがとう。のんちゃん…
0:
0:―了―
帽子屋:(その老婆は、視力も聴力も完全に失いかけていた)
帽子屋:(手足も不自由で、誰かに車椅子で連れ出してもらわなければ、ベッドで横になっているしかなかった)
帽子屋:(おまけに、新しいことを覚えることができず、大切な記憶たちも次々に抜け落ちて…)
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0:【間】
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三月うさぎ:ねぇ、今度のアリスは、ほんとに、あの、お婆さんなの?
チェシャ猫:そうだよ
三月うさぎ:でも、ずっと寝てるだけで、動かないよ?
チェシャ猫:動かないね
三月うさぎ:あんなんじゃ、不思議の国に行っても、何もできないよ
チェシャ猫:それはない
三月うさぎ:どうして?
チェシャ猫:不思議の国は、不思議の国だからね
三月うさぎ:つまりつまり、不思議の国に連れて行くことができれば!
チェシャ猫:フフッ
三月うさぎ:じゃあ、さっそく行ってくるね
チェシャ猫:あぁ、いってらっしゃい
帽子屋:(三月うさぎは、空中をふわふわと浮遊し、老婆のそばに…
三月うさぎ:やぁ!
アリス:…
三月うさぎ:やぁ!!
アリス:…
三月うさぎ:ねぇ、無視しないでよ!
アリス:ん?
三月うさぎ:おばあさん、おばあさん、僕のこと分かる?覚えてる?
アリス:ん?誰かいるんですか?
三月うさぎ:僕は、三月うさぎだよ!
アリス:朝ごはんの時間ですか?
三月うさぎ:朝ごはん?朝ごはんの時間じゃなくて、三月うさぎ!
アリス:今日は、何をごちそうしてもらえるのかしら?
三月うさぎ:もーう!僕は、三月うさぎだよ!三月うさぎ!
アリス:ごめんなさい。怒らせてしまったかしら?
三月うさぎ:大変だ!大変だ!今度のアリスは、会話ができないぞ!大変だーっ!
三月うさぎ:でも、不思議の国に行けば、何とかなるはず!
三月うさぎ:アリス、僕と握手して!
アリス:ん?
三月うさぎ:握手だよ!握手ーっ!
アリス:わかりません
三月うさぎ:「わかりません」じゃなくて、握手だよーっ!
アリス:朝ごはんの時間ですか?
三月うさぎ:朝ごはんの時間じゃなくて、不思議の国に行くんだよ!
アリス:今日は、何をごちそうしてもらえるのかしら?
三月うさぎ:手だよ!手を出してよ!
アリス:絵?絵を見せてくれるんですか?でも、私は、目が悪くて…。ごめんなさいね
三月うさぎ:絵じゃなくて、手だよ!手!
アリス:あぁ、手?手ですか?
三月うさぎ:あいおっ!手を出してよ
アリス:車椅子に乗るんですね。わかりました
帽子屋:(アリスが三月うさぎの方に向かって手を伸ばすと、三月うさぎは、その手をしっかりと握りしめた)
帽子屋:(すると、世界は、まばゆい光に包まれた)
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帽子屋:(そして、ここは、真夜中の時間に固定された不思議の森)
アリス:あら?もう、夜になったのかしら?
チェシャ猫:おはようございます。こんにちは。こんばんは
アリス:こんばんは。先生。寝る時間ですか?
チェシャ猫:フフ…。できれば、まだ眠らないでほしい。そして、もう少しだけ吾輩たちに付き合ってほしい
アリス:どうしたのかしら、今日は調子が良いみたいね。先生の声が、とっても良く聴こえるの
チェシャ猫:それは、良かった。でも、声だけかな?
アリス:声だけ?
チェシャ猫:それっ!(指を鳴らす音)
帽子屋:(チェシャ猫が指を鳴らすと、木の枝に吊り下げられた灯篭(とうろう)に火が灯ったよ)
アリス:あら?先生じゃなくて、猫さん?
チェシャ猫:吾輩は、チェシャ猫だよ
アリス:チェシャ猫さん?そして、ここは、森の中だったのね。ん?目が…。目が見える…
アリス:ほんとに、今日は調子が良いみたいね
アリス:でも、私は、どうして、こんな場所にいるのかしら?早くお家(うち)に帰らないと…
チェシャ猫:フフフ…。お家か…。どうして、お家に帰る必要があるのかな?
アリス:あの人が、待っているからですよ
チェシャ猫:あの人が?あの人とは、誰のことかな?
アリス:誰のこと?
チェシャ猫:名前は?
アリス:うーん…
チェシャ猫:名前は?
アリス:もう、いじわる言わないで下さい
チェシャ猫:いじわるか…。それは、失敬
アリス:…
チェシャ猫:それでは、大事なモノを取り戻しに行こうか?
アリス:大事なモノ、ですか?
チェシャ猫:そうだよ。ここには、きっと、アリスの失くした大事なモノがある
アリス:でも、私は、もう、自分で歩くことができません。立ち上がることもできません
チェシャ猫:今日は、音が聴こえるし、目が見える。調子が良いのではなかったのかね?
アリス:確かに…。でも、さすがに歩くことまでは…ん?
アリス:あら?どうしたのかしら?自分で立ち上がれますね。そして、なんだか歩くこともできそうです
チェシャ猫:では、吾輩がエスコートするので、ついてきてくれるかな?
アリス:わかりました。あまり遠くでなければ…
帽子屋:(アリスとチェシャ猫が進むたびに、それに合わせて、木に吊り下げられた灯篭(とうろう)に火が灯る)
アリス:今日は、なんだか、本当に調子が良いみたいね。どれだけ歩いても心臓は悪くならないし、疲れない
チェシャ猫:それは、良かった…
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帽子屋:(チェシャ猫は、アリスをお城の前に案内した)
アリス:綺麗なお屋敷ね。どんな人が住んでいるのかしら?
チェシャ猫:フフフ…
アリス:あら?トランプの兵隊さんが出てきたわ
トランプ兵:チェシャ猫?その方は?
チェシャ猫:今度のアリスだよ
トランプ兵:今度のアリス!?その方が!?
アリス:こんばんは。兵隊さん
トランプ兵:あぁ!こんばんは!これはこれは、失礼しました!では、ハートの女王がお待ちなので、どうぞ中へ!
アリス:ん?
チェシャ猫:兵隊さんに、ついて行くことにしよう
アリス:でも、知らない人のお屋敷よ?
チェシャ猫:大丈夫。知らないことは、何も問題にはならない
チェシャ猫:知りたいという気持ちがなくなることの方が、問題なのさ
アリス:知りたいという気持ち?
チェシャ猫:そうだよ。では、行こう
アリス:はい…
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帽子屋:(白くて長いテーブル。それぞれの席の前には、紅茶とミルクと砂糖、バラエティに富んだお茶菓子が、ずらりと並んでいた)
帽子屋:(手前の席には、三月うさぎが座っており、一番奥の席には、煌(きら)びやかなドレスを身にまとった女性が、優しい微笑みをアリスに向けている)
三月うさぎ:やぁ、アリス!待ってたよ!
アリス:わっ!うさぎが喋った!
三月うさぎ:僕は、三月うさぎだよ!
アリス:三月うさぎ?
三月うさぎ:あいおっ!
ハートの女王:アリスさん、とても会いたかったわ!あなたが来るのを、ずっと待っていたの
ハートの女王:ささ、どこでも好きな席に座って下さらないかしら
アリス:え?あなたは?
ハートの女王:私は、ハートの女王。アリスさんの、お友達です
アリス:私の、お友達?
ハートの女王:そうよ。お友達
アリス:…
チェシャ猫:さぁ、アリス、座ろうか
アリス:はい…
帽子屋:(チェシャ猫が席に座ると、アリスは、その隣の席に腰掛けた)
ハートの女王:…
アリス:…
三月うさぎ:モグモグモグ!このクッキー、とっても美味しいな!
ハートの女王:…
アリス:…
チェシャ猫:フフッ
トランプ兵:ハートの女王、音楽があると盛り上がると思うので、何かリクエストを下さい
ハートの女王:あぁ!そうね!音楽があると盛り上がるわね。えっと、何が良いかしら?
ハートの女王:ねぇ、アリスさんは、どんな音楽が好きなの?
アリス:どんな音楽?
三月うさぎ:あ!それ、僕も興味がある!アリスは、どんな音楽が好きなの?
アリス:うーん…。(アリス演者の好きな曲の名称)が好きです
ハートの女王:そうなのね…。トランプ兵、弾けるかしら?
トランプ兵:もちろんでございます!
帽子屋:(トランプ兵は、ヴァイオリンで、アリスの好きな音楽を演奏し始める)
ハートの女王:あぁ!とってもステキな音楽ね!私もこの曲を好きになったわ!
チェシャ猫:吾輩もだ
三月うさぎ:僕も僕も!
アリス:えっ?あっ、ありがとうございます
ハートの女王:いえいえ、私の方こそ、ステキな音楽を紹介してくれて、ありがとう
チェシャ猫:そうだね。アリスに感謝しないとだ。ステキなお茶会が、とてもステキなお茶会になった
三月うさぎ:あいおっ!
ハートの女王:私ね。こうして、アリスさんとお茶会をするのが、ずっと夢だったの
ハートの女王:ようやく夢が叶った気がするわ。本当にありがとう
アリス:いえっ、私はそんな、感謝されるようなことは何も
ハートの女王:そんなことないわ
チェシャ猫:そうだよ。ここに居てくれてるだけで、奇跡!ここに居てくれてるだけで、ありがとう!
三月うさぎ:あいおっ!アリスが居てくれて、嬉しいよ!
アリス:えっ?どうして、私のことを、そんなに歓迎(かんげい)してくれるんですか?
三月うさぎ:え?そんなの決まってるじゃないか!
ハートの女王:そうね。決まってるわ。なぜなら
チェシャ猫:君は、アリスだからね
アリス:アリス?
チェシャ猫:アリスは、何度もこの世界を救ってきた
ハートの女王:私たちに心を与えてくれた
三月うさぎ:僕にニンジンをくれた
アリス:ニンジン?え?ごめんなさい…。私、何も覚えてなくて
ハートの女王:覚えてなくてもいいのよ
チェシャ猫:吾輩たちが覚えているからね
三月うさぎ:アリスはね。とっても優しくて、とってもカッコ良いんだよ!
アリス:そんな、そんなっ、私なんて…
チェシャ猫:おいおい。『私なんて』って、言わないでくれるかね?
チェシャ猫:少なくとも、吾輩たちにとってアリスは、ヒーローだ
ハートの女王:そうよ。この世界で、アリスさんの代わりなんて、どこにもいない
三月うさぎ:あいおっ!たったひとりのヒーロー!
アリス:ただの、おばあさんですよ
チェシャ猫:ほんとに、そうかな?後ろを振り向いてごらん。鏡がある
アリス:鏡?
帽子屋:(アリスが振り向くと、壁に鏡が立てかけられており、そこに映し出されたのは…)
アリス:え?嘘…。若返ってる!?
帽子屋:(アリスは、立ち上がり、鏡の前まで行き、自分の頬や髪に触れながら、鏡に映る若い少女が自分であることを何度も確かめる)
アリス:ねぇ、私…。どうして若返ってるの!?
ハートの女王:なぜなら、ここは
チェシャ猫:不思議の国だからね
三月うさぎ:あいおっ!
アリス:まるで、魔法みたい…
ハートの女王:不思議の国に、魔法をかけてくれたのはアリスさんよ
チェシャ猫:アリスがいたから、たくさんの物語が産まれた
アリス:どうして?
三月うさぎ:そんなの決まってるじゃないか!アリスが好きだから!大好きだからだよ!
アリス:…
ハートの女王:あら?
アリス:私は、好きになってもらっても、何も返せません
三月うさぎ:何かを返す必要はないさ
ハートの女王:三月うさぎの言う通りよ
チェシャ猫:そうだね。アリスは、ただ、そこにいてくれるだけでいい
チェシャ猫:ただ、そこにいてくれるだけで素晴らしい
三月うさぎ:アリス、いつも、ずっと、ありがとう
ハートの女王:アリスさん、ありがとう
チェシャ猫:この物語を手に取ってくれて、我輩たちを見つけてくれて、ありがとう
アリス:…
アリス:でも、おかしいな?忘れてしまったのかな?
アリス:あなたたちの他に、もうひとり、いたはず。いたはずなのよ!
ハートの女王:もうひとり?
三月うさぎ:大変だ!大変だ!アリスが変なことを言い始めちゃった!大変だーっ!
チェシャ猫:フフッ…フフフッ
真夜中:ヒャヒャヒャヒャーッ!
アリス:チェシャ猫さんが黒い塊(かたまり)に!?
真夜中:我輩はチェシャ猫ではない。我輩は真夜中
真夜中:この世界を真夜中の時間に固定する存在
真夜中:そして、この世界に終わりを告げる存在
アリス:終わりを告げる存在?
三月うさぎ:ひーっ!大変だ!大変だ!真夜中が現れたぞ!大変だーっ!
真夜中:さぁ、アリス。我輩の姿は、今、どのように映っている?
真夜中:怖いかね?醜いかね?それとも…?
アリス:えっ?
ハートの女王:アリスさん、真夜中の前で嘘をついてはいけません
ハートの女王:感じたままに答えるのです。アリスさんの出した答えに、正解も間違いもないのだから!
真夜中:ハートの女王の言う通りだヨ!我輩は嘘が、だぁ~い嫌いだ!
真夜中:我輩の前で嘘をつこうモノなら、ヒャヒャッ!
三月うさぎ:へ?へっ?僕!?
真夜中:そーれっ!
帽子屋:(真夜中から、漆黒(しっこく)の光が解き放たれ、三月うさぎに命中する)
三月うさぎ:ギャーッ!
アリス:三月うさぎさん!
真夜中:ヒャヒャッ!
アリス:三月うさぎさんに何をしたの?
真夜中:何をしたか?ヒャヒャッ!ただの見せしめだヨ。ただの見せしめ!
アリス:見せしめ?
真夜中:そう、見せしめに三月うさぎには、この物語から退場してもらったのさ
アリス:殺したってこと?
真夜中:殺した?あぁ…。まだ、殺してないよ。まだ、ね…
真夜中:ただ、我輩の問いかけに対するアリスの返答次第では、三月うさぎは本当に死んでしまうだろうネ!
アリス:ふざけないで!
真夜中:ふざけてなどいないさ。我輩は、いつだって大真面目さ
真夜中:大真面目に真摯(しんし)にアリスに向き合ってきたし
真夜中:これからも、そして、最後の瞬間まで向き合って行くつもりだヨ!
アリス:意味が分からない。意味が分からないよ!
真夜中:さぁ、アリスに、もう一度問おう
真夜中:我輩の姿は、今、どのように映っている?
アリス:…
ハートの女王:アリスさん、自分の心に、素直に、正直に!
アリス:…
真夜中:早く答えてくれたまえヨ
真夜中:時間というモノは、誰にとっても等しく、貴重なモノ
真夜中:これ以上時間を無駄にさせるのならば
真夜中:ハートの女王も今すぐ消し去ろうかとも考えている!
ハートの女王:私は、もう、覚悟ができてます
ハートの女王:だって、アリスさんに、お友達に、また会えたのだから、真夜中に消されても構わない
アリス:そんな悲しいこと言わないで!
ハートの女王:え?
真夜中:ん?
アリス:ねぇ、あなたは、チェシャ猫さんよね?
真夜中:チェシャ猫ではない。我輩は真夜中!
アリス:それでも、あなたは…
アリス:そう。そして、三月うさぎさんは、あなたの友達じゃなかったの?
真夜中:友達?
アリス:ハートの女王も、あなたの友達じゃないの?
真夜中:友達ねぇ。確かに我輩がチェシャ猫を演じている時は、友達だったのかも知れないネ
真夜中:でも、今は、そう、真夜中を演じているのだヨ!ヴィランとしての役割を与えられたクリーチャーをネ!
アリス:だから、何?どんな役割を与えられたって、あなたは、あなたでしょ!
アリス:私に何かを問いかける前に、あなたが、あなた自身に問いかけなさいよ!
アリス:あなたが本当にやりたいこと、あなたが本当に好きなことを!
真夜中:んっ!?
ハートの女王:フッ。アリスさん、私もそう思います
真夜中:ヒャッ…。ヒャヒャ…フフフ…
0:真夜中は、チェシャ猫の姿に戻る
チェシャ猫:あぁ、すまなかった。アリスが、この物語を終わらせようとしていたモノだから
チェシャ猫:ついつい引き伸ばしたくなっただけさ
アリス:どういうこと?そんなことより、三月うさぎさんを元に戻してあげて
チェシャ猫:あぁ、そうだね(指を鳴らす音)
帽子屋:(チェシャ猫が指を鳴らすと、テーブルの下から三月うさぎが出てくる)
三月うさぎ:ひゃーっ!まーた、ひどい目に遭ったなぁ
チェシャ猫:あぁ、それは、すまなかった。ほれっ!ニンジンをあげるから、許しておくれ
三月うさぎ:わーっ!ニンジンだ!ニンジンだ!ありがとう!ムシャムシャムシャ…
アリス:よかった
ハートの女王:アリスさん、あなたは、やはり、アリスさんです
アリス:え?
ハートの女王:どれだけの時間が経っても、姿形が変わっても、アリスさんは、アリスさんです
チェシャ猫:そうだね。この世界を狂わせるのも、元ある形に戻せるのも、アリスだ
三月うさぎ:あいおっ!アリスは、僕たちのヒーローだよ!
アリス:…
アリス:やっぱり…。私のことを、ヒーローと言ってくれた人が、他に、もうひとりいた気がするんですが…
チェシャ猫:あぁ…。そうだね。そうだよね。思い出してしまうんだよね
ハートの女王:チェシャ猫さん、それは仕方のないことよ
ハートの女王:なぜなら、この物語は、その、もうひとりが、アリスさんのために書いた物語ですもの
アリス:私のために?どういうこと?
三月うさぎ:みんな、アリスが大好きってことさ!
アリス:え?みんな?みんなって、チェシャ猫さんに、三月うさぎさんに、ハートの女王?
チェシャ猫:いいや。みんなは、みんなさ
ハートの女王:そうね。みんなは、みんな。この物語に登場していなくても
三月うさぎ:みんな、アリスが大好きって気持ちから産まれたモノだから
三月うさぎ:みんな、アリスが大好きなんだ
ハートの女王:そうね
チェシャ猫:あぁ、まさに、その通りだ
アリス:…
ハートの女王:チェシャ猫さん、そろそろ、アリスさんを彼の元へ
チェシャ猫:うーん…。そうだね。名残惜しいけど、仕方がない
チェシャ猫:三月うさぎ、頼んだよ
三月うさぎ:あいおっ!
チェシャ猫:(三月うさぎが、胸ポケットから懐中時計をカッコ良く取り出し、青いボタンを押した)
ハートの女王:(すると、世界は、まばゆい光に包まれた)
0:
0:【長い間】
0:
ハートの女王:(アリスは、老婆の姿に戻り、ベッドで横になっている)
チェシャ猫:(その隣で、今、ひとりの老人が、一冊の絵本を読み終えた)
帽子屋:おかえり
アリス:ん?誰ですか?
帽子屋:僕だよ。のんちゃん、だよ
アリス:朝ごはんの時間ですか?
帽子屋:あぁ、朝ごはんを食べに行こうか
アリス:今日は、何日ですか?
帽子屋:12月25日。クリスマスだよ
アリス:ごめんなさい。耳が遠くて…
帽子屋:いいんだよ。聴こえなくても、届かなくても
帽子屋:僕は、君とお話をするからね
アリス:朝ごはんの時間ですか?
帽子屋:あぁ、一緒に食べようね
アリス:のんちゃん…
帽子屋:ん?今、僕の名前を呼んでくれたのかい?
アリス:のんちゃん…
帽子屋:うん…。僕は、ここにいる
帽子屋:ずっと、ずっと、ここにいるよ
帽子屋:最期の瞬間まで
アリス:…
帽子屋:どれだけ時間が過ぎ去ろうとも
帽子屋:姿形が変わろうとも、君と手をつないでいたい
帽子屋:永遠に、君を、澪(みお)を愛してる
アリス:ありがとう…。ありがとう。のんちゃん…
0:
0:―了―