台本概要

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タイトル 裏切りの瞳は愛の色を知らず。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル コメディ
演者人数 2人用台本(男2)
時間 40 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 この思いは知られてはならない、誰にも。

◇あらすじ◆
アドレアの諜報員、エリック・ウォーカーとリチャード・テイラーの二人は反政府組織のアジトに潜入し、敵国ベノス介入の証拠を探るが……。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
エリック 192 エリック・ウォーカー。 リチャードとは同じ孤児院で育った幼なじみ。アドレアの諜報員であり、他国の策謀を退けたり自国の貧富の差や蔓延する不正義を是正する為に暗躍する。左胸に深い傷を持つ。
リチャード 191 リチャード・テイラー。 エリックとは同じ孤児院で育った幼なじみ。アドレアの諜報員であり、リチャードの頼れる相棒を務めるが、正体は幼少期からアドレアの情報を流し続けるベノスのスパイ。右目に深い傷を持つ。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:◇◆◇ : 0:反政府組織アジト。 0:真剣な面持ちでキーボードを入力するエリック。 0:入り口の扉に貼り付き、外を警戒するリチャード。 : エリック:……! リチャード、やったよ! リチャード:見つけたか、エリック。 エリック:あぁ、厳重に隠匿されてはいるけど、この件にベノスが関わっているという決定的な証拠だ。こいつを持ち帰って『二日酔い《ハングオーバー》』に引き渡せば、 リチャード:反政府組織への物資の供給を断ち、再び我がアドレアに平和が訪れる。 エリック:一時的なものではあるけどね。 リチャード:一時的、か。 エリック:嬉しいことに僕達の役目は終わらないって訳さ。 リチャード:嬉しくて涙が止まらんな。 エリック:まったくだね。データの吸い出しが終わったら直ぐに脱出する。リチャード、組織の連中は来ていないかい? リチャード:邪魔者は既に片付けた。 エリック:流石、仕事が早いね。 リチャード:お前はいつも遅い。 エリック:ごめんごめん、こっちももうすぐだから。 リチャード:もうすぐ、か。そうだ、もうすぐだ。 エリック:ふふ、仕事終わりが待ち遠しいかい? 帰ったら一杯やろうよ、リチャード。 リチャード:一杯、か。それも悪くないが、しかし油断するな、エリック。任務をしくじったら、俺達はこのアジトごと消されるんだからな。 エリック:ふふ、堅いこと言うなよリチャード。ま、君のそういうところも好きだけどさ。ふふ。もちろん、これからも平和を守るためさ。成功を祝い、失敗を省みて、今後のことをアルコールと一緒に煮詰める。そういうモチベーションって大事でしょ? 明日をより良く生きるために。ね、リチャード。 リチャード:そうか。それならば仕方ない。 エリック:うんうん。 リチャード:……しかし、エリック。 エリック:うん? なんだい? リチャード:悪いが、それは付き合えない。 エリック:どうして? リチャード:それは、 エリック:ん。……よし、終わった。さぁて、行くよリチャード。 リチャード:お前に明日は無いからだ。 エリック:何を――。 : 0:エリック、振り返る。 0:リチャード、エリックに銃口を向けている。 : エリック:…………! リチャード:…………。 エリック:おい、そいつは何のつもりだリチャード? リチャード:分かるだろう、エリック。 エリック:分からないよ、リチャード。 リチャード:仕事は、お前ごと終わりということだ。勤勉のエリック。 エリック:……! 君が、そんな、いくらなんでも……冗談、だろう? リチャード:冗談、か。 エリック:このタイミングで君が僕に銃を向けるなんて、そんなのまるで―― : エリック:裏切り者(同時に) リチャード:裏切り者(同時に) : リチャード:みたいだってか? エリック:……ああ。 リチャード:ふ、ふふ、ふはははは、あっはっはっはっは……! エリック:……おい、何を笑っているんだ、リチャード。 リチャード:くふふふふ……! エリック:勝ち誇った顔をして! リチャード:お前の負けだからな。 エリック:親友であるこの僕に、いいや、親友だと信じていたこの僕に銃を向けることがそんなに愉快か? リチャード:ああ、愉快だな。エリック。お前の間抜けさが。くははははははは! エリック:堅物のリチャード! なんだよ君、そんな顔、今まで僕に見せたこと無かったじゃないか……! リチャード:くふふふふ。 エリック:リチャード……! その笑い方も君の顔なのか! リチャード:あっはっはっはっはっは! エリック:笑ってないでなんとか言ってくれよ! リチャード:くはは、言って何になるよ、エリック。 エリック:君と僕との友情の証明だよ! リチャード:証明、か。ならないねぇ。 エリック:いいや、なる! リチャード:くふふ、相変わらずお前は察しが悪いなエリック。 エリック:だからなんだ。珍しく笑ったかと思えば、君は相変わらず何も言わないね! リチャード:言わなきゃ、分からないか? エリック:分からないよ、君がどうしてそんなに頑ななのか。 リチャード:頑固なのはお前の方だろ、勤勉のエリック。そんなんだから俺の顔が見えねぇんだよ。 エリック:顔が見えないだって? リチャード:本当の俺とお前は、一緒に居なかった。ただそれだけのことなのに。 エリック:それは違う! 違うだろうリチャード! リチャード・テイラー! リチャード:いい加減認めろよ、エリック。お前は俺を見ていなかった。いいや、見たつもりになっていた、か。 エリック:つもりも何も、僕は見ていた、君を。リチャード。あの頃から。そして君も僕を見ていた。そうだろう? リチャード:どうだろうな。 エリック:でなけりゃ、これまでの付き合いは、全部、全部、演技だったとでも言うつもりじゃないだろうな? リチャード:演技、か。それもまた一面だな。 エリック:一面? 他の顔があるとでも? 僕に見せなかった、他の……! リチャード:くふふ。 エリック:まさか、君は……! リチャード:やっとこっちを見たなエリック。目が合った。ああ、俺はそうだ、ベノスの諜報員で、エリック・ウォーカー。お前の敵だ。 エリック:敵って、そんな……! いつから! 僕と君はずっと一緒に居たのに! リチャード:いつから、か。くふふ、言っただろう? 本当の俺とお前は、一緒に居なかった。分からないか、エリック。ずっと、一緒に居たんだろう? 俺と。 エリック:ああ、僕と君は一緒に育った。ならばどこかで、奴らに唆されたのかい……? それが本当の君だとでも……いや、君がそんなこと。 リチャード:ある一面では正しい。しかし、物事は平面では無い。いや、平面にしても、裏はあるか? さておき「ずっと」だ。しかしそれはいつからだ、エリック? エリック:決まってる。あの孤児院で出会った五歳の時からだよ。……まさか、あの頃から既に君は……! リチャード:そういう顔を持って生まれたのさ、俺は。そして、リチャードという顔を持ってお前と「ずっと」生きてきた。くははははは! クソガキのお前が、へらへらしてる間も堅物のリチャードとして、な。 エリック:そんな……! 共に過ごした僕らの二十二年間が、全部偽りだったなんて、そんなことあるはず無い、なぁそうだろうリチャード……! リチャード:俺達の二十二年、か。それがどうした? そこに友情の証明とやらがあると? あったとして、そこに裏は無いか? 物陰は見えないか? 見ようとしなかった、か。 エリック:随分、口が達者なんだな、君の新たな一面は。差し詰め、饒舌のリチャードかい? リチャード:俺にとっては昔馴染みの自分の顔だ。もちろん、お前よりもな、蒙昧のエリック。 エリック:蒙昧、か。そうさ、僕は何も知らなかったようだね、リチャード。 リチャード:良かったな、最期に知ることが出来て。冥土の土産というやつか。くはは。 エリック:ああ、ほんとに良かったよ。最期に、知らなかった君のことが知れて。少し、悔しいけれどね。 リチャード:エリック。 エリック:あぁ。僕は、何も知らない。知らなかった。でもね、これだけは知っている。君と過ごした時間のことは。君の一面、堅物のリチャードのことだけは、誰よりも。知っている。知っているとも、リチャード。そのことだけは忘れないで欲しい。 リチャード:忘れるな、か。それが何になる。何の意味がある? お前という存在は足りてないんだよ。取るに足りない、エリック。 エリック:足りないよね。うん、全然。でも、僕はそれでも、満たされた心地だったよ。君という存在がそばに居て。 リチャード:そうか、ならばこの辺りで、その偽りの充実に溺れて果てろエリック。 エリック:ああ、望むべくもないよ。君がそう望むなら。 リチャード:……死ね。 : 0:リチャード、引き金を握り込む。 0:銃声、と同時にエリック立ち上がる。 : エリック:あっ! そうだ! : 0:銃弾がエリックの脇腹を掠め、背後のパソコンから火花が飛ぶ。 : エリック:ひゅう。反政府組織のパソコンがおじゃんだ。 リチャード:……お前、今のよく躱したな。 エリック:自分でもビックリしたね。あはは。 リチャード:……じゃなくて、往生際が悪いな。エリック。 エリック:君に殺されるなら本望だ、なんて思ってたんだけど、実は、最期にどうしても君と話しておきたいことがあるんだリチャード。 リチャード:……なんだ。 エリック:君は憶えているだろう? リチャード:知らん。おい、エリック、時間稼ぎのつもりか? 言っておくが、助けが来ることも、お前がこの状況を打開できる可能性も無いぞ。この時間はただの俺の気まぐれだ。 エリック:そういう君の気まぐれなところが好きさ。 リチャード:黙れ。 エリック:ふふ、でも、勘違いしないで欲しい、リチャード。言っておくけど、君との時間はいつどんな形であっても手段じゃ無くて目的だよ。僕にとってはね。 リチャード:どうだかな。 エリック:なぁ、リチャード。思い出して欲しいんだ、あの日のことを。 リチャード:あの日? エリック:僕らがまだ孤児院にいた頃……、ふふ、懐かしいなぁ。あの頃のリチャードは、僕よりも小柄で天使のようだったね。 リチャード:黙れ、昔話をする気は無い。 エリック:まぁ聞いてよリチャード。冥土に行く僕の置き土産だと思って。それに聞かないと後悔するかもよ? リチャード:後悔などしない。 エリック:いいや絶対後悔するね、僕が。 リチャード:お前のことはどうでもいい! エリック:ふふ、口調が堅物のリチャードに戻ってきてるね。 リチャード:っ! エリック:気になるんでしょ? リチャード:黙れ。 エリック:…………。 リチャード:……っち、話せ。 エリック:……憶えているかい、拐われたミシェルとレベッカ、それにハンナを無法者どもから取り返すためにアジトに乗り込んだあの日のこと。 リチャード:……そんなもの、忘れたな。 エリック:そっか。僕は憶えているよ、鮮明にね。或いは忘れっぽい君の分まで。 リチャード:黙れ。お前の方が物覚えが悪いだろうが。 エリック:ははっそうだね。でも、君との思い出は何だって憶えてるよ。例えば、そうだね。マーチのバースデーパーティの時、あの日のごちそうを憶えてるかい? リチャード:馬鹿にするな。近所のジョージおじさんが差し入れたスプリンクルたっぷりの賑やかなバースデーケーキだ。しかも、スポンジケーキは真っ青。 エリック:そうそう、マーチが青空が好きだって言うからね。 リチャード:貧乏孤児院じゃ滅多に無いごちそうだってんで、どいつも大喜びしてたな。 エリック:君も、ね。 リチャード:あぁ? 馬鹿言うな、俺はそんなんじゃねぇよ。現に、あのケーキは食ってねぇしな。 エリック:そうだね、君はどうしても二きれ食べたいって泣きじゃくるケヴィンに自分のを分けてあげてたもん。 リチャード:当たり前だ。お前と違って俺はあの頃から使命を背負った大人だったからな。 エリック:大人、か。っくく……! リチャード:何がおかしい。 エリック:いや、ちょっと思い出したら、笑えてきちゃって、ふふふ、ごめんよリチャード。 リチャード:あぁ? エリック:あの時の君の悲しげで羨ましそうな顔……! ふふふふふ、かわいいかったなぁ。 リチャード:い、いい加減なこと言うな! 俺はあの時ももう一つの顔を……! エリック:いいや、全然顔に出てたよ? リチャード:嘘だ。 エリック:嘘じゃ無いよ、よーく憶えてる。確かに、母さん達が見てるときはそれはもう天使のようににこにこしていたけれど、トニーの陰から横目で見た君の顔ときたら、お預け食らった向かいのジャックそっくりだったよ。 リチャード:俺は犬じゃねぇ! 第一俺は甘い物が嫌いだ。だからそんなのは出鱈目だ! エリック:そんな怒るなよ、リチャード。出鱈目じゃ無いし、何なら君は甘い物も好きじゃないか。 リチャード:何だと? エリック:任務の後でこっそりドーナツ買い食いしてたの、知ってるよ? リチャード:なっ!? お前いつ! エリック:いつって、いつもさ。 リチャード:いつも、だと? エリック:うん、いつも。おまけにストレスの多い任務の後ほど、ドーナツを食べる傾向があるよね、リチャードは。だから、この後もきっと君はドーナツを食べる。バンキン・ドーナツ、クリスピー・ドリーム・ドーナツ、モチ・ナッツ、いいや、敢えての……ミセス・ドーナツかな? リチャード:……! どうしてそこまで! エリック:ふふふ、分かるよ。僕だからね。十中八九、君はデノイ州の片田舎のローカル店舗に駆け込む。 リチャード:なぜそう思う。 エリック:簡単だよ。いくら君が二つの顔を巧みに使い分ける最高の諜報員だとしても、その心は一つだ。片方の顔を誰よりも知る、エリックという存在を自らの手で消すんだ。そのストレスは並大抵の物じゃ無い。だから君は静かな田舎町のドーナツ店で、コーヒーを啜りながらひっそりとドーナツを囓るんだ。癒やしを求めてね。 リチャード:口を閉じろ、エリック。 エリック:……リチャード。 リチャード:俺は、そんなんじゃねぇ。俺の顔はお前なんて何とも……、いや。そんなに死にてぇなら、今すぐにでも殺す。殺せる。 エリック:だろうね。 リチャード:分かったら、続きを話せ。 エリック:ふふ、ごめんごめん。話が逸れた。僕の悪い癖だよ、リチャード。僕が脇道に逸れたらいつも君が正してくれる。それが僕らの愛すべき日常で当たり前だった。そう、当たり前の幸福だった、こんな殺し殺されの凄惨な世界を平気な顔で渡って来れたのは間違いなく君のおかげでいつも感謝してる、ありがとうリチャード。 リチャード:っは。今更ありがとうもクソも無いだろうが。これからお前は、俺に殺されるんだからな。 エリック:ああ、そうだね。だからそれもこれで終わりかと思うと寂しいよ、いいや、この場合僕は死ぬわけだから、もう寂しがることは無い、いやもちろん独りで死ぬのは寂しいんだけどね、君と一緒に死にたいと言うと語弊があるけれど、やっぱり君とずっと生きてたいっていうのが本音かな。それだけが僕の望みだからね。 リチャード:…………。 エリック:いや、あれ? ちょっと待って。 リチャード:あぁ? エリック:ということは僕が死ぬとリチャードが寂しがる? リチャード:はぁ? 何言ってんだてめぇ。 エリック:それは嫌だな、僕はずっとリチャードの傍にいるって決めてたし、絶対に独りになんてさせない。 リチャード:おい。 エリック:そう心に決めたのはやっぱり訓練生時代のサバイバル実習だね、あの時のリチャードは、なんて言うかそう、情熱的な一輪の赤い薔薇を咥えた真っ白な猟犬のようで、 リチャード:エリック。 エリック:そのアイスブルーの瞳には静かに揺らぐ悲しみがあって、悲しみと言えばあの頃、 リチャード:おい、エリック? エリック:ルイスが階段から落ちて右腕を骨折しちゃったって手紙が母さんから届いて君はひどく悲しそうな顔してたよね、 リチャード:エリック! エリック:ルイスはアドレアの代表選手になるのが夢で、君が秘かにコーチしてたのも知ってるんだ。 リチャード:エリック!! エリック:だから、よっぽどショックだったんだろうね、やっぱりリチャードは優しいなぁ、優しいと言えば リチャード:エリーーック!! : 0:間。 : エリック:……どうしたんだいリチャード? そんなに大きな声を出して。ビックリするじゃ無いか。 リチャード:黙れ、驚いたのはこっちだ! 誰が饒舌のリチャードだ? お前の方がよっぽどだろうが! 舌の根も乾かねぇ内に脇道逸れてんだよ、イカレたフードプロセッサーみたいにベぶん回しやがってよ! てめぇのくそみてぇな声で脳みそ頭ぐっちゃぐちゃになるわ! そのお喋りな舌に風穴空けたら少しは、静かになるか?! ああ!? エリック:ははは、そしたら空気抵抗が減って更に回るかも。 リチャード:よーし、舌の根が止まらねぇってんなら息の根止めてやろう! ぶっ殺してやる。 エリック:冗談冗談。いや、君への思いは本気だけどね? リチャード:奇遇だな、俺だって本気だ。こいつをぶっ放したくてうずうずしてる。 エリック:ならそれは運命さ。僕も君への言葉をぶっ放したくてうずうずしてる。 リチャード:もうぶっ放してんだよ、トリガーハッピー。 エリック:リチャード。君と話すときはいつも天国のように幸せさ? リチャード:俺はいつも地獄のように不幸だよ。 エリック:それは哀しいね。君の不幸は僕の不幸だ。最期に僕が君に何か出来ることは無いだろうか? リチャード:なら黙れ。 エリック:(口を塞いで)んー! リチャード:はぁ……。 リチャード:それで? ハンナ達を助けに行ったときのことだったか? 無論憶えてるが、な。 エリック:ふふ、内気なハンナか。君は特にハンナに入れ込んでたからね。 リチャード:……悪いか。 エリック:いいや。僕は君のそういうところが好きさ。目立つ子よりもちょっと孤立しがちで問題を抱えた子を支える君が。それもきっと、確かな君の一面、なんだろうね、リチャード。 リチャード:……さてな。 エリック:うん、そうだね。あの報せを受けた時、君は傷だらけで駆け込んできたルイスを抱き留めて、僕の視線も気にせずに珍しく怒ってたっけ。それで、ルイスを宥めるとすぐさま飛び出した。いや驚いたよ。ああいうのは僕の役目だとばかり思っていたからね。 リチャード:今思えば、無謀だった。その辺に落ちてた棒きれ握りしめて大人、しかも何しでかすか分からねぇクソみてぇな畜生の根城に勝算も無く突っ込むなんざ、命を捨ててるとしか思えねぇ。 エリック:用意周到な君の今を思うと考えられないね。でも、一つ訂正させて貰うよ? リチャード:訂正? エリック:落ちてた棒きれなんてよく言うよ。 リチャード:あぁ? エリック:僕は確かにその辺の織れたモップを握りしめてたけど、リチャード、君は……。 リチャード:何だよ? エリック:だってうちの孤児院自慢のローズウッドをぶっ壊して貴重な足を奪っていったじゃないか。シスター泣いてたよ? リチャード:婆さんは喜んでただろうが。どうせ元々三本も足りねぇもらいもんだし、重ねた本でバランスとってるダイニングテーブルなんてみすぼらしくっていけねえと思ってたんだ。貴重もクソもあるかよ。 エリック:だからって壊すことないだろ、最後の一本だったんだよ? あれからしばらく床で食べることになったのを忘れたのかい? リチャード:おかげで製材所で働いてたエミリアの姉さんが直しに来たんだからいいだろうが。天板は無事だったしな。 エリック:あれはミシェルが頼みに行ったんだよ。 リチャード:そうだったか? エリック:そうだったんだよ。リチャード、君は変なところで大胆というか、ガサツというか……。 リチャード:うるせぇな、昔のことだろ。 エリック:ま、そこも良いんだけど。 リチャード:あ? 何か言ったか? エリック:じゃなくて、話が逸れてるよ。 リチャード:おっと、 エリック:さておき、僕は安物、君は高級な棍棒を握りしめてチンピラの巣窟に乗り込んだ。憶えてるかい、リチャード? リチャード:ああ。見張りのチンピラを二、三人黙らせて、 エリック:永遠に黙らせるつもりじゃ無いかとひやひやしたよ。 リチャード:手加減した。 エリック:アレがもし手で加減してたのだとしても、しっかり腰の入った良いスイングだったよ。メジャーリーガーも息を呑むくらいのね。 リチャード:急いでたんだよ。 エリック:あと、最低でも五人はぶっ飛ばしてた。 リチャード:っは。忘れたな。 エリック:君があまりに暴れるもんだから、チンピラ共がぞろぞろ出てきて囲まれたじゃないか。 リチャード:おかげで注意がこっちに集まってハンナを逃がせたんだからいいだろ? エリック:せめて相談して欲しかったね、僕は。 リチャード:そもそもお前は勝手についてきたんだろうが。 エリック:そりゃ、君一人行かせるわけにはいかないからね。 リチャード:だとしても、所詮十一のガキが一人増えても大して変わらねぇだろ。 エリック:まぁ、実際僕は全然役に立ってなかったけどね。だから、強くなろうと決心したんだ。あの夜ほど己の無力さを噛みしめたことはなかったよ。 リチャード:……まぁ、ミシェルとレベッカを守り抜いたことだけは褒めてやるがな。 エリック:……へぇ? 意外だね、君があの僕をそんな風に思っていたなんて。 リチャード:勘違いすんな、盾くらいにはなるって意味だ。 エリック:ふふ、それでも嬉しいよ、リチャード。 リチャード:おかしな野郎だ、てめぇは。こうして銃向けられてても笑ってるんだからよ。 エリック:君のエリックだからね。 リチャード:俺のものにした覚えはねぇよ。 エリック:ひどいなぁ、僕のリチャード。 リチャード:お前のでもねぇよ、クソが。 エリック:ふふ。……でも、どれだけ君が強くても、頭に血がのぼった大人達に囲まれては長く持たなかった。 リチャード:ああ。クズとはいえ、体格差があるからな。 エリック:そこで人数差って言わないところが君らしいよ、リチャード。 リチャード:数があるだけ寧ろ弱かったからな。所詮息も合ってねぇ烏合の衆だ。 エリック:僕らと違ってね。 リチャード:あぁ? どういう意味だ、てめぇ。死にてぇのか? エリック:うん、死を、覚悟した。絶望的状況だった。君は返り血なのか君の血なのかも分からないくらい傷だらけで。僕だって視界が真っ赤だった。 リチャード:……そうだったな。 エリック:でもね、僕はそれでも諦めず戦えたんだよ。そこに迷いは少しも無かった。 リチャード:どうしてだ? あの時の俺達には希望も勝ち目も、少しだって無かった。 エリック:そうだね、あの時の希望は、命懸けで救ったハンナが、無事逃げおおせることだけ。 リチャード:それだって、ほんの小さな希望だったがな。あのハンナが迷わずに帰り着けるか、途中で追っ手に捕まらないか。無事だったとして、俺達の未来は殆ど潰えてた。時間稼ぎにしかならねぇ。そんな戦いにどれだけ希望を、どうやって意味を見出せたんだよ、お前は。 エリック:希望? 意味? 別にそんなの無かったよ。 リチャード:無かっただと? エリック:もちろん、ハンナが無事なら嬉しい。僕だって死にたくない、生きていたいって思う。でも、究極的には、僕はどっちだって良かったんだ。 リチャード:エリック。 エリック:今だから言うけれど、たとえミシェルを、レベッカを、僕は守れなかったとしても、それは仕方の無いことだと思ってた。二人がいなくなったらそれは哀しい。哀しいけれど、あの時の痛みほど辛くはないだろうしね。 リチャード:だったら、どうして逃げなかった? 二人を連れて逃げることは出来なくても、お前だけなら、 エリック:そんなの、出来るわけ無いよ。 リチャード:何故だ? エリック:もちろん君がいたからだよ、リチャード。 リチャード:俺を守りたかったとでも? エリック:いいや、リチャード。君は僕に守られるほど弱くは無いし、さっきも言ったけれど、僕は君を守れるほど強くもないからね。 リチャード:だったら何だ? お前は何がしたいんだ。 エリック:それも言ったけど、僕はただ君と一緒に居たかったのさ。どんなときも。それだけが僕の望みだから。 : 0:間。 : リチャード:っは。エリック。やっぱりお前は、おかしな野郎だ。 エリック:ふふ、何もおかしなことは無いよ。 リチャード:何故そう言える? エリック:何故と言われてもね、君と僕は相棒だから。生憎それ以上の答えを僕は持ち合わせてない。 リチャード:お前は度しがたい野郎だ。 エリック:僕は君に救われてるけどね。 リチャード:黙れ。 エリック:まぁでも、結局僕らは生き延びてしまったけれどね。そして僕は胸に、 リチャード:俺は右目に大きな傷を負った。 エリック:あの夜一緒に死ねたなら、それも悪くなかったけれど。 リチャード:俺は御免だがな。 エリック:ふふ、僕も御免さ、君が死ぬなんて。 リチャード:俺が死んだら、こうして俺に消されることも無かったというのにな。 エリック:だとしても、君がいなけりゃ僕はきっとここまで生きていないよ。 リチャード:どうだかな。 エリック:まぁ、そういう意味では、僕もハンナには感謝してもしたり無いんだけど。リチャードを生かしてくれてありがとうって。 リチャード:最後はハンナが呼んできた警官に救われたんだったな。 エリック:内気な……いいや、人間不信のハンナが警官を呼んでくるなんて、思いもしなかったもの。戻ってくるなんて、君は信じていたかい? リチャード:……いいや。 エリック:よっぽど君を助けたかったんだろうね。 リチャード:……さぁな。 エリック:素直じゃ無いね、君は。 リチャード:感謝は、してる。 エリック:そう。それはきっと、ハンナも喜ぶよ。 リチャード:喜ぶ、か。 エリック:ああ。 リチャード:……この状況を、ハンナはどう思うんだろうな。 : 0:間。 : リチャード:いや。何でも無い。ハンナがどう思ったとしても関係ない。これは、俺の使命だ。 エリック:うん、良いんじゃ無いかな、君らしくて。 リチャード:これで、話は終わったな、エリック。 エリック:ああ、もう思い残すことは無いよ、リチャード。 リチャード:……なぁ、エリック。 エリック:なんだい、リチャード? リチャード:こんな昔話をして、結局お前は何がしたかったんだ? エリック:何がって、だから、話すことが目的なんだよ。君と一緒に居られたなら、それで幸せなのさ僕は。 リチャード:おかしな野郎だな、お前は。 エリック:ふふ、君がそうさせたのさ。 リチャード:いいや、元からだな。 エリック:そう、元から僕は君に幸せを感じる存在だったのさ。言わばこれは運命かな。ふふふふふ。 リチャード:っは。その運命も、これで終わりだ。不毛な話はここらで終わりにしよう。 エリック:名残惜しくも、ね。 リチャード:その割には嬉しそうだが? エリック:ああ、分かるかい? 僕の胸の傷が疼くのが。 リチャード:いや、知らんが。 エリック:知っているよ、今、君もそうなんだろう、リチャード? その右目も疼いているよね? リチャード:そんなわけが無いだろう、エリック。お前と俺は違う。 エリック:そう、僕と君は違う。分かっているよ、素晴らしきリチャード。美しきリチャード。気高きリチャード。麗しきリチャード。愛しきリチャード。そうさ、君と僕は全然違う。それはもう哀しいくらいに。 リチャード:エリック……。 エリック:でもね、違うんだリチャード。ねぇ、リチャード。二つの顔を持ったリチャード。違う、そう違うんだ。その失った右目の傷と、僕のこの胸の傷だけは。 リチャード:エリック、お前、何を言って……。 エリック:これはそう、絆なんだ。 リチャード:絆、だと? エリック:そうだよ、リチャード。この傷は、これは僕らの絆の証……。水面を揺蕩う影法師のような二つの顔を持つ君。けれどこの傷だけは揺るぎなく結びつけ、縛り付ける。半分と半分、二つの傷によって結ばれた、運命の糸は、僕らの確かな友情そのものさ。なぁそう思うだろうリチャード!? リチャード:……! 動くな、撃つぞ! エリック:そう! 負った傷こそ動かぬ証拠なんだ! リチャード! リチャード:死ね! : 0:エリック、リチャードにつかみかかろうとする。 0:リチャード、発砲。 0:しかし当たらない。 : リチャード:な、に……!? エリック:ごめんね、リチャード。そんな弾、当たらないよ。 リチャード:何故だ! さっきまでのは芝居だったのか! エリック:芝居? ああ、そうこの世は正に舞台だ。今までは、君の立つ舞台をただ眺めてたけど、こうして君と躍ってみたことで、実感したよ。そうこの世は君と僕との躍る舞台さ。決まってるよね? リチャード:ふざけやがって……! エリック:僕はいつも真剣さ、真剣に君を見てる。 リチャード:答えになってない! エリック:君と一緒に躍りたいんだ! リチャードぉっ!! リチャード:し!? 死ねぇ! エリックっ!! : 0:リチャード、連続して撃つがその弾は当たらない。 : リチャード:な!? エリック:うふふふふふふ! リチャード! 必死なリチャードも可憐だなぁ! リチャード:く、くそ! バケモンが! エリック:ああ! でも! 君の弾を! 愛を! 受け入れてあげたい気持ちもあるんだぁ! ほんとだよリチャード!? リチャード:だったらとっとと死ね! エリック:ああ、君が望むなら! でもね、でもね、でもね? 欲が出ちゃった。もっと、もっと、もっとリチャードが! もっと色んなリチャードが見たいって! リチャード:俺はてめぇのツラなんざ見たくねぇんだよ! エリック:それでも構わない! その分、僕が君を見るからね! 僕の胸の傷の中のリチャードが僕を見るからね! リチャード:イカレ野郎が! : 0:リチャード、連続して撃つがやはりその弾は当たらない。 : エリック:うふふふふふ! あははははははぁ! リチャード:あ、当たらねぇっ!? な、なんなんだよお前! 俺とお前は仲間でも友達でも何でも無いんだ! 俺はお前を裏切った! つきまとうんじゃねぇ、さっさと死にやがれ! エリック:裏切った? : 0:間。 : エリック:う、裏切った? って? ふふ、裏切っただなんて、そんなこと言うなよ、リチャードそんなこと言われたら、僕は、僕は! リチャード:傷つくとでも? 知ったことか! 死ねエリック! 地獄に落ちろ! エリック:君が僕を裏切るなんて……! そんなの、そんなの……! そんなの最高に燃えるシチュエーションじゃぁないか! リチャード:なっ?! エリック:大好きなケーキを泣く泣くケヴィンに譲る慈愛に満ちたリチャード! あの凍えるような寒い夜毛布を半分こしてくれた胸キュンリチャード! ルイスのコーチを務める熱血なリチャード! 満面の笑みでドーナツを頬張るお茶目なリチャード! ハンナに優しいけど素直になれなくてとってもいじらしいリチャード! そしてこの傷を分け合ったリチャード! 愛しい愛しい僕のリチャード! リチャード:くっ! つ、付き合ってられねぇ! エリック:あはは、それが全部嘘! 仮面! 裏切り! 裏の顔! 真の顔! : 0:逃げようとするリチャード、しかし回り込むエリック。 : エリック:どこ行くの、一緒に居よう、リチャード。 リチャード:く、クソッタレぇ! エリック:あはははははは! 新しい! 新しいよ! 新鮮だ! 僕を裏切る新しいリチャードだぁ! 勝ち誇った顔のリチャードも、僕を殺すかどうか葛藤するリチャードも初めてだ! リチャード:何なんだよ……! 何なんだよお前は! お前は誰なんだ! エリック:困惑もチャーミングだ! ふふふ、でもリチャード? 分かるでしょ? リチャード:分かるか分かる訳ねぇ分かってたまるか! エリック:うん、分かってる僕はそう、僕は君のエリックだ! 君だけのエリック。どんなリチャードでも受け入れるに決まってるじゃないか! それに君が僕に僕だけにその顔を見せてくれたのだから、答えないとフェアじゃ無い。そう、これが僕、もう一人のエリック。君が好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで堪らない堪えられない耐えられない抑えられない我慢できない度しがたい、そして何より許されないエリック・ウォーカーだよ。 リチャード:許されない、だと? エリック:嫌われたくなかったんだ、僕。君に。 リチャード:はぁ……? エリック:でも、でも、もう関係ないよね、嫌われてるんだから。敵、裏切り、新しいリチャード、それはなんて甘美でインクルーシブなんだ! リチャード:さっきからなに言ってんだ! エリック:許される、許してくれるよね!? リチャードなら! 新しいリチャードなら! リチャード:く、くそ……! な、何か手段は……! エリック:言っておくけど、助けが来ることも、君がこの状況を打開できる可能性も無いよ。リチャード! もちろん、政府組織の邪魔も入らない。ここはそう、僕達だけの世界だ! もうすぐこのアジトは消し飛ぶからね。リチャード:嘘だ! そんな馬鹿な! エリック:嘘じゃ無いよ、実はさっき、『二日酔い《ハングオーバー》』に一報を入れたんだ。 リチャード:一報だと……? エリック:任務失敗。 リチャード:な……!? エリック:だから僕達ごとこのアジトは地図から無くなる。そういう決まりなんだもの。 リチャード:は、はは、はははは! エリック:ふふふ、楽しい? 楽しいよねぇリチャード! リチャード:楽しいわけねぇだろうがよ! 何だそれ!? ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな! 意味分かんねぇ! クソッタレがぁ! エリック:ハッピーバースデー裏切り者のリチャード・テイラー! ハッピーバースデー秘密の僕! ああ! めでたくて素敵だ! こんな日はドーナツでお祝いしよう! リチャード:するわけねぇだろうが! ゴミでも食ってろ! エリック:うぅん、さっきの笑顔も、今のひきつった笑みもエクセレントだ! リチャード:最低だよ畜生が! エリック:僕は最高なんだリチャード。いいや違う最高なのは君なんだリチャード! リチャード:くそ、こんな筈じゃ、こんな筈じゃ……! エリック:なぁリチャード! 僕は君を愛してる! だからきっと君もそうだろうリチャード! 僕を裏切るくらい大好きなんだもん! そうに違いないリチャード! リチャード:冗談じゃねぇよ全くよぉ……!! エリック:愛してるから裏切るんだろぉ!? リチャード:ああ、畜生、裏切るんじゃ無かった……。 エリック:一緒に幸せになろうね! リチャードぉぉぉ!! リチャード:あぁ、ハンナ、ごめんな、兄ちゃんはお前を……。

0:◇◆◇ : 0:反政府組織アジト。 0:真剣な面持ちでキーボードを入力するエリック。 0:入り口の扉に貼り付き、外を警戒するリチャード。 : エリック:……! リチャード、やったよ! リチャード:見つけたか、エリック。 エリック:あぁ、厳重に隠匿されてはいるけど、この件にベノスが関わっているという決定的な証拠だ。こいつを持ち帰って『二日酔い《ハングオーバー》』に引き渡せば、 リチャード:反政府組織への物資の供給を断ち、再び我がアドレアに平和が訪れる。 エリック:一時的なものではあるけどね。 リチャード:一時的、か。 エリック:嬉しいことに僕達の役目は終わらないって訳さ。 リチャード:嬉しくて涙が止まらんな。 エリック:まったくだね。データの吸い出しが終わったら直ぐに脱出する。リチャード、組織の連中は来ていないかい? リチャード:邪魔者は既に片付けた。 エリック:流石、仕事が早いね。 リチャード:お前はいつも遅い。 エリック:ごめんごめん、こっちももうすぐだから。 リチャード:もうすぐ、か。そうだ、もうすぐだ。 エリック:ふふ、仕事終わりが待ち遠しいかい? 帰ったら一杯やろうよ、リチャード。 リチャード:一杯、か。それも悪くないが、しかし油断するな、エリック。任務をしくじったら、俺達はこのアジトごと消されるんだからな。 エリック:ふふ、堅いこと言うなよリチャード。ま、君のそういうところも好きだけどさ。ふふ。もちろん、これからも平和を守るためさ。成功を祝い、失敗を省みて、今後のことをアルコールと一緒に煮詰める。そういうモチベーションって大事でしょ? 明日をより良く生きるために。ね、リチャード。 リチャード:そうか。それならば仕方ない。 エリック:うんうん。 リチャード:……しかし、エリック。 エリック:うん? なんだい? リチャード:悪いが、それは付き合えない。 エリック:どうして? リチャード:それは、 エリック:ん。……よし、終わった。さぁて、行くよリチャード。 リチャード:お前に明日は無いからだ。 エリック:何を――。 : 0:エリック、振り返る。 0:リチャード、エリックに銃口を向けている。 : エリック:…………! リチャード:…………。 エリック:おい、そいつは何のつもりだリチャード? リチャード:分かるだろう、エリック。 エリック:分からないよ、リチャード。 リチャード:仕事は、お前ごと終わりということだ。勤勉のエリック。 エリック:……! 君が、そんな、いくらなんでも……冗談、だろう? リチャード:冗談、か。 エリック:このタイミングで君が僕に銃を向けるなんて、そんなのまるで―― : エリック:裏切り者(同時に) リチャード:裏切り者(同時に) : リチャード:みたいだってか? エリック:……ああ。 リチャード:ふ、ふふ、ふはははは、あっはっはっはっは……! エリック:……おい、何を笑っているんだ、リチャード。 リチャード:くふふふふ……! エリック:勝ち誇った顔をして! リチャード:お前の負けだからな。 エリック:親友であるこの僕に、いいや、親友だと信じていたこの僕に銃を向けることがそんなに愉快か? リチャード:ああ、愉快だな。エリック。お前の間抜けさが。くははははははは! エリック:堅物のリチャード! なんだよ君、そんな顔、今まで僕に見せたこと無かったじゃないか……! リチャード:くふふふふ。 エリック:リチャード……! その笑い方も君の顔なのか! リチャード:あっはっはっはっはっは! エリック:笑ってないでなんとか言ってくれよ! リチャード:くはは、言って何になるよ、エリック。 エリック:君と僕との友情の証明だよ! リチャード:証明、か。ならないねぇ。 エリック:いいや、なる! リチャード:くふふ、相変わらずお前は察しが悪いなエリック。 エリック:だからなんだ。珍しく笑ったかと思えば、君は相変わらず何も言わないね! リチャード:言わなきゃ、分からないか? エリック:分からないよ、君がどうしてそんなに頑ななのか。 リチャード:頑固なのはお前の方だろ、勤勉のエリック。そんなんだから俺の顔が見えねぇんだよ。 エリック:顔が見えないだって? リチャード:本当の俺とお前は、一緒に居なかった。ただそれだけのことなのに。 エリック:それは違う! 違うだろうリチャード! リチャード・テイラー! リチャード:いい加減認めろよ、エリック。お前は俺を見ていなかった。いいや、見たつもりになっていた、か。 エリック:つもりも何も、僕は見ていた、君を。リチャード。あの頃から。そして君も僕を見ていた。そうだろう? リチャード:どうだろうな。 エリック:でなけりゃ、これまでの付き合いは、全部、全部、演技だったとでも言うつもりじゃないだろうな? リチャード:演技、か。それもまた一面だな。 エリック:一面? 他の顔があるとでも? 僕に見せなかった、他の……! リチャード:くふふ。 エリック:まさか、君は……! リチャード:やっとこっちを見たなエリック。目が合った。ああ、俺はそうだ、ベノスの諜報員で、エリック・ウォーカー。お前の敵だ。 エリック:敵って、そんな……! いつから! 僕と君はずっと一緒に居たのに! リチャード:いつから、か。くふふ、言っただろう? 本当の俺とお前は、一緒に居なかった。分からないか、エリック。ずっと、一緒に居たんだろう? 俺と。 エリック:ああ、僕と君は一緒に育った。ならばどこかで、奴らに唆されたのかい……? それが本当の君だとでも……いや、君がそんなこと。 リチャード:ある一面では正しい。しかし、物事は平面では無い。いや、平面にしても、裏はあるか? さておき「ずっと」だ。しかしそれはいつからだ、エリック? エリック:決まってる。あの孤児院で出会った五歳の時からだよ。……まさか、あの頃から既に君は……! リチャード:そういう顔を持って生まれたのさ、俺は。そして、リチャードという顔を持ってお前と「ずっと」生きてきた。くははははは! クソガキのお前が、へらへらしてる間も堅物のリチャードとして、な。 エリック:そんな……! 共に過ごした僕らの二十二年間が、全部偽りだったなんて、そんなことあるはず無い、なぁそうだろうリチャード……! リチャード:俺達の二十二年、か。それがどうした? そこに友情の証明とやらがあると? あったとして、そこに裏は無いか? 物陰は見えないか? 見ようとしなかった、か。 エリック:随分、口が達者なんだな、君の新たな一面は。差し詰め、饒舌のリチャードかい? リチャード:俺にとっては昔馴染みの自分の顔だ。もちろん、お前よりもな、蒙昧のエリック。 エリック:蒙昧、か。そうさ、僕は何も知らなかったようだね、リチャード。 リチャード:良かったな、最期に知ることが出来て。冥土の土産というやつか。くはは。 エリック:ああ、ほんとに良かったよ。最期に、知らなかった君のことが知れて。少し、悔しいけれどね。 リチャード:エリック。 エリック:あぁ。僕は、何も知らない。知らなかった。でもね、これだけは知っている。君と過ごした時間のことは。君の一面、堅物のリチャードのことだけは、誰よりも。知っている。知っているとも、リチャード。そのことだけは忘れないで欲しい。 リチャード:忘れるな、か。それが何になる。何の意味がある? お前という存在は足りてないんだよ。取るに足りない、エリック。 エリック:足りないよね。うん、全然。でも、僕はそれでも、満たされた心地だったよ。君という存在がそばに居て。 リチャード:そうか、ならばこの辺りで、その偽りの充実に溺れて果てろエリック。 エリック:ああ、望むべくもないよ。君がそう望むなら。 リチャード:……死ね。 : 0:リチャード、引き金を握り込む。 0:銃声、と同時にエリック立ち上がる。 : エリック:あっ! そうだ! : 0:銃弾がエリックの脇腹を掠め、背後のパソコンから火花が飛ぶ。 : エリック:ひゅう。反政府組織のパソコンがおじゃんだ。 リチャード:……お前、今のよく躱したな。 エリック:自分でもビックリしたね。あはは。 リチャード:……じゃなくて、往生際が悪いな。エリック。 エリック:君に殺されるなら本望だ、なんて思ってたんだけど、実は、最期にどうしても君と話しておきたいことがあるんだリチャード。 リチャード:……なんだ。 エリック:君は憶えているだろう? リチャード:知らん。おい、エリック、時間稼ぎのつもりか? 言っておくが、助けが来ることも、お前がこの状況を打開できる可能性も無いぞ。この時間はただの俺の気まぐれだ。 エリック:そういう君の気まぐれなところが好きさ。 リチャード:黙れ。 エリック:ふふ、でも、勘違いしないで欲しい、リチャード。言っておくけど、君との時間はいつどんな形であっても手段じゃ無くて目的だよ。僕にとってはね。 リチャード:どうだかな。 エリック:なぁ、リチャード。思い出して欲しいんだ、あの日のことを。 リチャード:あの日? エリック:僕らがまだ孤児院にいた頃……、ふふ、懐かしいなぁ。あの頃のリチャードは、僕よりも小柄で天使のようだったね。 リチャード:黙れ、昔話をする気は無い。 エリック:まぁ聞いてよリチャード。冥土に行く僕の置き土産だと思って。それに聞かないと後悔するかもよ? リチャード:後悔などしない。 エリック:いいや絶対後悔するね、僕が。 リチャード:お前のことはどうでもいい! エリック:ふふ、口調が堅物のリチャードに戻ってきてるね。 リチャード:っ! エリック:気になるんでしょ? リチャード:黙れ。 エリック:…………。 リチャード:……っち、話せ。 エリック:……憶えているかい、拐われたミシェルとレベッカ、それにハンナを無法者どもから取り返すためにアジトに乗り込んだあの日のこと。 リチャード:……そんなもの、忘れたな。 エリック:そっか。僕は憶えているよ、鮮明にね。或いは忘れっぽい君の分まで。 リチャード:黙れ。お前の方が物覚えが悪いだろうが。 エリック:ははっそうだね。でも、君との思い出は何だって憶えてるよ。例えば、そうだね。マーチのバースデーパーティの時、あの日のごちそうを憶えてるかい? リチャード:馬鹿にするな。近所のジョージおじさんが差し入れたスプリンクルたっぷりの賑やかなバースデーケーキだ。しかも、スポンジケーキは真っ青。 エリック:そうそう、マーチが青空が好きだって言うからね。 リチャード:貧乏孤児院じゃ滅多に無いごちそうだってんで、どいつも大喜びしてたな。 エリック:君も、ね。 リチャード:あぁ? 馬鹿言うな、俺はそんなんじゃねぇよ。現に、あのケーキは食ってねぇしな。 エリック:そうだね、君はどうしても二きれ食べたいって泣きじゃくるケヴィンに自分のを分けてあげてたもん。 リチャード:当たり前だ。お前と違って俺はあの頃から使命を背負った大人だったからな。 エリック:大人、か。っくく……! リチャード:何がおかしい。 エリック:いや、ちょっと思い出したら、笑えてきちゃって、ふふふ、ごめんよリチャード。 リチャード:あぁ? エリック:あの時の君の悲しげで羨ましそうな顔……! ふふふふふ、かわいいかったなぁ。 リチャード:い、いい加減なこと言うな! 俺はあの時ももう一つの顔を……! エリック:いいや、全然顔に出てたよ? リチャード:嘘だ。 エリック:嘘じゃ無いよ、よーく憶えてる。確かに、母さん達が見てるときはそれはもう天使のようににこにこしていたけれど、トニーの陰から横目で見た君の顔ときたら、お預け食らった向かいのジャックそっくりだったよ。 リチャード:俺は犬じゃねぇ! 第一俺は甘い物が嫌いだ。だからそんなのは出鱈目だ! エリック:そんな怒るなよ、リチャード。出鱈目じゃ無いし、何なら君は甘い物も好きじゃないか。 リチャード:何だと? エリック:任務の後でこっそりドーナツ買い食いしてたの、知ってるよ? リチャード:なっ!? お前いつ! エリック:いつって、いつもさ。 リチャード:いつも、だと? エリック:うん、いつも。おまけにストレスの多い任務の後ほど、ドーナツを食べる傾向があるよね、リチャードは。だから、この後もきっと君はドーナツを食べる。バンキン・ドーナツ、クリスピー・ドリーム・ドーナツ、モチ・ナッツ、いいや、敢えての……ミセス・ドーナツかな? リチャード:……! どうしてそこまで! エリック:ふふふ、分かるよ。僕だからね。十中八九、君はデノイ州の片田舎のローカル店舗に駆け込む。 リチャード:なぜそう思う。 エリック:簡単だよ。いくら君が二つの顔を巧みに使い分ける最高の諜報員だとしても、その心は一つだ。片方の顔を誰よりも知る、エリックという存在を自らの手で消すんだ。そのストレスは並大抵の物じゃ無い。だから君は静かな田舎町のドーナツ店で、コーヒーを啜りながらひっそりとドーナツを囓るんだ。癒やしを求めてね。 リチャード:口を閉じろ、エリック。 エリック:……リチャード。 リチャード:俺は、そんなんじゃねぇ。俺の顔はお前なんて何とも……、いや。そんなに死にてぇなら、今すぐにでも殺す。殺せる。 エリック:だろうね。 リチャード:分かったら、続きを話せ。 エリック:ふふ、ごめんごめん。話が逸れた。僕の悪い癖だよ、リチャード。僕が脇道に逸れたらいつも君が正してくれる。それが僕らの愛すべき日常で当たり前だった。そう、当たり前の幸福だった、こんな殺し殺されの凄惨な世界を平気な顔で渡って来れたのは間違いなく君のおかげでいつも感謝してる、ありがとうリチャード。 リチャード:っは。今更ありがとうもクソも無いだろうが。これからお前は、俺に殺されるんだからな。 エリック:ああ、そうだね。だからそれもこれで終わりかと思うと寂しいよ、いいや、この場合僕は死ぬわけだから、もう寂しがることは無い、いやもちろん独りで死ぬのは寂しいんだけどね、君と一緒に死にたいと言うと語弊があるけれど、やっぱり君とずっと生きてたいっていうのが本音かな。それだけが僕の望みだからね。 リチャード:…………。 エリック:いや、あれ? ちょっと待って。 リチャード:あぁ? エリック:ということは僕が死ぬとリチャードが寂しがる? リチャード:はぁ? 何言ってんだてめぇ。 エリック:それは嫌だな、僕はずっとリチャードの傍にいるって決めてたし、絶対に独りになんてさせない。 リチャード:おい。 エリック:そう心に決めたのはやっぱり訓練生時代のサバイバル実習だね、あの時のリチャードは、なんて言うかそう、情熱的な一輪の赤い薔薇を咥えた真っ白な猟犬のようで、 リチャード:エリック。 エリック:そのアイスブルーの瞳には静かに揺らぐ悲しみがあって、悲しみと言えばあの頃、 リチャード:おい、エリック? エリック:ルイスが階段から落ちて右腕を骨折しちゃったって手紙が母さんから届いて君はひどく悲しそうな顔してたよね、 リチャード:エリック! エリック:ルイスはアドレアの代表選手になるのが夢で、君が秘かにコーチしてたのも知ってるんだ。 リチャード:エリック!! エリック:だから、よっぽどショックだったんだろうね、やっぱりリチャードは優しいなぁ、優しいと言えば リチャード:エリーーック!! : 0:間。 : エリック:……どうしたんだいリチャード? そんなに大きな声を出して。ビックリするじゃ無いか。 リチャード:黙れ、驚いたのはこっちだ! 誰が饒舌のリチャードだ? お前の方がよっぽどだろうが! 舌の根も乾かねぇ内に脇道逸れてんだよ、イカレたフードプロセッサーみたいにベぶん回しやがってよ! てめぇのくそみてぇな声で脳みそ頭ぐっちゃぐちゃになるわ! そのお喋りな舌に風穴空けたら少しは、静かになるか?! ああ!? エリック:ははは、そしたら空気抵抗が減って更に回るかも。 リチャード:よーし、舌の根が止まらねぇってんなら息の根止めてやろう! ぶっ殺してやる。 エリック:冗談冗談。いや、君への思いは本気だけどね? リチャード:奇遇だな、俺だって本気だ。こいつをぶっ放したくてうずうずしてる。 エリック:ならそれは運命さ。僕も君への言葉をぶっ放したくてうずうずしてる。 リチャード:もうぶっ放してんだよ、トリガーハッピー。 エリック:リチャード。君と話すときはいつも天国のように幸せさ? リチャード:俺はいつも地獄のように不幸だよ。 エリック:それは哀しいね。君の不幸は僕の不幸だ。最期に僕が君に何か出来ることは無いだろうか? リチャード:なら黙れ。 エリック:(口を塞いで)んー! リチャード:はぁ……。 リチャード:それで? ハンナ達を助けに行ったときのことだったか? 無論憶えてるが、な。 エリック:ふふ、内気なハンナか。君は特にハンナに入れ込んでたからね。 リチャード:……悪いか。 エリック:いいや。僕は君のそういうところが好きさ。目立つ子よりもちょっと孤立しがちで問題を抱えた子を支える君が。それもきっと、確かな君の一面、なんだろうね、リチャード。 リチャード:……さてな。 エリック:うん、そうだね。あの報せを受けた時、君は傷だらけで駆け込んできたルイスを抱き留めて、僕の視線も気にせずに珍しく怒ってたっけ。それで、ルイスを宥めるとすぐさま飛び出した。いや驚いたよ。ああいうのは僕の役目だとばかり思っていたからね。 リチャード:今思えば、無謀だった。その辺に落ちてた棒きれ握りしめて大人、しかも何しでかすか分からねぇクソみてぇな畜生の根城に勝算も無く突っ込むなんざ、命を捨ててるとしか思えねぇ。 エリック:用意周到な君の今を思うと考えられないね。でも、一つ訂正させて貰うよ? リチャード:訂正? エリック:落ちてた棒きれなんてよく言うよ。 リチャード:あぁ? エリック:僕は確かにその辺の織れたモップを握りしめてたけど、リチャード、君は……。 リチャード:何だよ? エリック:だってうちの孤児院自慢のローズウッドをぶっ壊して貴重な足を奪っていったじゃないか。シスター泣いてたよ? リチャード:婆さんは喜んでただろうが。どうせ元々三本も足りねぇもらいもんだし、重ねた本でバランスとってるダイニングテーブルなんてみすぼらしくっていけねえと思ってたんだ。貴重もクソもあるかよ。 エリック:だからって壊すことないだろ、最後の一本だったんだよ? あれからしばらく床で食べることになったのを忘れたのかい? リチャード:おかげで製材所で働いてたエミリアの姉さんが直しに来たんだからいいだろうが。天板は無事だったしな。 エリック:あれはミシェルが頼みに行ったんだよ。 リチャード:そうだったか? エリック:そうだったんだよ。リチャード、君は変なところで大胆というか、ガサツというか……。 リチャード:うるせぇな、昔のことだろ。 エリック:ま、そこも良いんだけど。 リチャード:あ? 何か言ったか? エリック:じゃなくて、話が逸れてるよ。 リチャード:おっと、 エリック:さておき、僕は安物、君は高級な棍棒を握りしめてチンピラの巣窟に乗り込んだ。憶えてるかい、リチャード? リチャード:ああ。見張りのチンピラを二、三人黙らせて、 エリック:永遠に黙らせるつもりじゃ無いかとひやひやしたよ。 リチャード:手加減した。 エリック:アレがもし手で加減してたのだとしても、しっかり腰の入った良いスイングだったよ。メジャーリーガーも息を呑むくらいのね。 リチャード:急いでたんだよ。 エリック:あと、最低でも五人はぶっ飛ばしてた。 リチャード:っは。忘れたな。 エリック:君があまりに暴れるもんだから、チンピラ共がぞろぞろ出てきて囲まれたじゃないか。 リチャード:おかげで注意がこっちに集まってハンナを逃がせたんだからいいだろ? エリック:せめて相談して欲しかったね、僕は。 リチャード:そもそもお前は勝手についてきたんだろうが。 エリック:そりゃ、君一人行かせるわけにはいかないからね。 リチャード:だとしても、所詮十一のガキが一人増えても大して変わらねぇだろ。 エリック:まぁ、実際僕は全然役に立ってなかったけどね。だから、強くなろうと決心したんだ。あの夜ほど己の無力さを噛みしめたことはなかったよ。 リチャード:……まぁ、ミシェルとレベッカを守り抜いたことだけは褒めてやるがな。 エリック:……へぇ? 意外だね、君があの僕をそんな風に思っていたなんて。 リチャード:勘違いすんな、盾くらいにはなるって意味だ。 エリック:ふふ、それでも嬉しいよ、リチャード。 リチャード:おかしな野郎だ、てめぇは。こうして銃向けられてても笑ってるんだからよ。 エリック:君のエリックだからね。 リチャード:俺のものにした覚えはねぇよ。 エリック:ひどいなぁ、僕のリチャード。 リチャード:お前のでもねぇよ、クソが。 エリック:ふふ。……でも、どれだけ君が強くても、頭に血がのぼった大人達に囲まれては長く持たなかった。 リチャード:ああ。クズとはいえ、体格差があるからな。 エリック:そこで人数差って言わないところが君らしいよ、リチャード。 リチャード:数があるだけ寧ろ弱かったからな。所詮息も合ってねぇ烏合の衆だ。 エリック:僕らと違ってね。 リチャード:あぁ? どういう意味だ、てめぇ。死にてぇのか? エリック:うん、死を、覚悟した。絶望的状況だった。君は返り血なのか君の血なのかも分からないくらい傷だらけで。僕だって視界が真っ赤だった。 リチャード:……そうだったな。 エリック:でもね、僕はそれでも諦めず戦えたんだよ。そこに迷いは少しも無かった。 リチャード:どうしてだ? あの時の俺達には希望も勝ち目も、少しだって無かった。 エリック:そうだね、あの時の希望は、命懸けで救ったハンナが、無事逃げおおせることだけ。 リチャード:それだって、ほんの小さな希望だったがな。あのハンナが迷わずに帰り着けるか、途中で追っ手に捕まらないか。無事だったとして、俺達の未来は殆ど潰えてた。時間稼ぎにしかならねぇ。そんな戦いにどれだけ希望を、どうやって意味を見出せたんだよ、お前は。 エリック:希望? 意味? 別にそんなの無かったよ。 リチャード:無かっただと? エリック:もちろん、ハンナが無事なら嬉しい。僕だって死にたくない、生きていたいって思う。でも、究極的には、僕はどっちだって良かったんだ。 リチャード:エリック。 エリック:今だから言うけれど、たとえミシェルを、レベッカを、僕は守れなかったとしても、それは仕方の無いことだと思ってた。二人がいなくなったらそれは哀しい。哀しいけれど、あの時の痛みほど辛くはないだろうしね。 リチャード:だったら、どうして逃げなかった? 二人を連れて逃げることは出来なくても、お前だけなら、 エリック:そんなの、出来るわけ無いよ。 リチャード:何故だ? エリック:もちろん君がいたからだよ、リチャード。 リチャード:俺を守りたかったとでも? エリック:いいや、リチャード。君は僕に守られるほど弱くは無いし、さっきも言ったけれど、僕は君を守れるほど強くもないからね。 リチャード:だったら何だ? お前は何がしたいんだ。 エリック:それも言ったけど、僕はただ君と一緒に居たかったのさ。どんなときも。それだけが僕の望みだから。 : 0:間。 : リチャード:っは。エリック。やっぱりお前は、おかしな野郎だ。 エリック:ふふ、何もおかしなことは無いよ。 リチャード:何故そう言える? エリック:何故と言われてもね、君と僕は相棒だから。生憎それ以上の答えを僕は持ち合わせてない。 リチャード:お前は度しがたい野郎だ。 エリック:僕は君に救われてるけどね。 リチャード:黙れ。 エリック:まぁでも、結局僕らは生き延びてしまったけれどね。そして僕は胸に、 リチャード:俺は右目に大きな傷を負った。 エリック:あの夜一緒に死ねたなら、それも悪くなかったけれど。 リチャード:俺は御免だがな。 エリック:ふふ、僕も御免さ、君が死ぬなんて。 リチャード:俺が死んだら、こうして俺に消されることも無かったというのにな。 エリック:だとしても、君がいなけりゃ僕はきっとここまで生きていないよ。 リチャード:どうだかな。 エリック:まぁ、そういう意味では、僕もハンナには感謝してもしたり無いんだけど。リチャードを生かしてくれてありがとうって。 リチャード:最後はハンナが呼んできた警官に救われたんだったな。 エリック:内気な……いいや、人間不信のハンナが警官を呼んでくるなんて、思いもしなかったもの。戻ってくるなんて、君は信じていたかい? リチャード:……いいや。 エリック:よっぽど君を助けたかったんだろうね。 リチャード:……さぁな。 エリック:素直じゃ無いね、君は。 リチャード:感謝は、してる。 エリック:そう。それはきっと、ハンナも喜ぶよ。 リチャード:喜ぶ、か。 エリック:ああ。 リチャード:……この状況を、ハンナはどう思うんだろうな。 : 0:間。 : リチャード:いや。何でも無い。ハンナがどう思ったとしても関係ない。これは、俺の使命だ。 エリック:うん、良いんじゃ無いかな、君らしくて。 リチャード:これで、話は終わったな、エリック。 エリック:ああ、もう思い残すことは無いよ、リチャード。 リチャード:……なぁ、エリック。 エリック:なんだい、リチャード? リチャード:こんな昔話をして、結局お前は何がしたかったんだ? エリック:何がって、だから、話すことが目的なんだよ。君と一緒に居られたなら、それで幸せなのさ僕は。 リチャード:おかしな野郎だな、お前は。 エリック:ふふ、君がそうさせたのさ。 リチャード:いいや、元からだな。 エリック:そう、元から僕は君に幸せを感じる存在だったのさ。言わばこれは運命かな。ふふふふふ。 リチャード:っは。その運命も、これで終わりだ。不毛な話はここらで終わりにしよう。 エリック:名残惜しくも、ね。 リチャード:その割には嬉しそうだが? エリック:ああ、分かるかい? 僕の胸の傷が疼くのが。 リチャード:いや、知らんが。 エリック:知っているよ、今、君もそうなんだろう、リチャード? その右目も疼いているよね? リチャード:そんなわけが無いだろう、エリック。お前と俺は違う。 エリック:そう、僕と君は違う。分かっているよ、素晴らしきリチャード。美しきリチャード。気高きリチャード。麗しきリチャード。愛しきリチャード。そうさ、君と僕は全然違う。それはもう哀しいくらいに。 リチャード:エリック……。 エリック:でもね、違うんだリチャード。ねぇ、リチャード。二つの顔を持ったリチャード。違う、そう違うんだ。その失った右目の傷と、僕のこの胸の傷だけは。 リチャード:エリック、お前、何を言って……。 エリック:これはそう、絆なんだ。 リチャード:絆、だと? エリック:そうだよ、リチャード。この傷は、これは僕らの絆の証……。水面を揺蕩う影法師のような二つの顔を持つ君。けれどこの傷だけは揺るぎなく結びつけ、縛り付ける。半分と半分、二つの傷によって結ばれた、運命の糸は、僕らの確かな友情そのものさ。なぁそう思うだろうリチャード!? リチャード:……! 動くな、撃つぞ! エリック:そう! 負った傷こそ動かぬ証拠なんだ! リチャード! リチャード:死ね! : 0:エリック、リチャードにつかみかかろうとする。 0:リチャード、発砲。 0:しかし当たらない。 : リチャード:な、に……!? エリック:ごめんね、リチャード。そんな弾、当たらないよ。 リチャード:何故だ! さっきまでのは芝居だったのか! エリック:芝居? ああ、そうこの世は正に舞台だ。今までは、君の立つ舞台をただ眺めてたけど、こうして君と躍ってみたことで、実感したよ。そうこの世は君と僕との躍る舞台さ。決まってるよね? リチャード:ふざけやがって……! エリック:僕はいつも真剣さ、真剣に君を見てる。 リチャード:答えになってない! エリック:君と一緒に躍りたいんだ! リチャードぉっ!! リチャード:し!? 死ねぇ! エリックっ!! : 0:リチャード、連続して撃つがその弾は当たらない。 : リチャード:な!? エリック:うふふふふふふ! リチャード! 必死なリチャードも可憐だなぁ! リチャード:く、くそ! バケモンが! エリック:ああ! でも! 君の弾を! 愛を! 受け入れてあげたい気持ちもあるんだぁ! ほんとだよリチャード!? リチャード:だったらとっとと死ね! エリック:ああ、君が望むなら! でもね、でもね、でもね? 欲が出ちゃった。もっと、もっと、もっとリチャードが! もっと色んなリチャードが見たいって! リチャード:俺はてめぇのツラなんざ見たくねぇんだよ! エリック:それでも構わない! その分、僕が君を見るからね! 僕の胸の傷の中のリチャードが僕を見るからね! リチャード:イカレ野郎が! : 0:リチャード、連続して撃つがやはりその弾は当たらない。 : エリック:うふふふふふ! あははははははぁ! リチャード:あ、当たらねぇっ!? な、なんなんだよお前! 俺とお前は仲間でも友達でも何でも無いんだ! 俺はお前を裏切った! つきまとうんじゃねぇ、さっさと死にやがれ! エリック:裏切った? : 0:間。 : エリック:う、裏切った? って? ふふ、裏切っただなんて、そんなこと言うなよ、リチャードそんなこと言われたら、僕は、僕は! リチャード:傷つくとでも? 知ったことか! 死ねエリック! 地獄に落ちろ! エリック:君が僕を裏切るなんて……! そんなの、そんなの……! そんなの最高に燃えるシチュエーションじゃぁないか! リチャード:なっ?! エリック:大好きなケーキを泣く泣くケヴィンに譲る慈愛に満ちたリチャード! あの凍えるような寒い夜毛布を半分こしてくれた胸キュンリチャード! ルイスのコーチを務める熱血なリチャード! 満面の笑みでドーナツを頬張るお茶目なリチャード! ハンナに優しいけど素直になれなくてとってもいじらしいリチャード! そしてこの傷を分け合ったリチャード! 愛しい愛しい僕のリチャード! リチャード:くっ! つ、付き合ってられねぇ! エリック:あはは、それが全部嘘! 仮面! 裏切り! 裏の顔! 真の顔! : 0:逃げようとするリチャード、しかし回り込むエリック。 : エリック:どこ行くの、一緒に居よう、リチャード。 リチャード:く、クソッタレぇ! エリック:あはははははは! 新しい! 新しいよ! 新鮮だ! 僕を裏切る新しいリチャードだぁ! 勝ち誇った顔のリチャードも、僕を殺すかどうか葛藤するリチャードも初めてだ! リチャード:何なんだよ……! 何なんだよお前は! お前は誰なんだ! エリック:困惑もチャーミングだ! ふふふ、でもリチャード? 分かるでしょ? リチャード:分かるか分かる訳ねぇ分かってたまるか! エリック:うん、分かってる僕はそう、僕は君のエリックだ! 君だけのエリック。どんなリチャードでも受け入れるに決まってるじゃないか! それに君が僕に僕だけにその顔を見せてくれたのだから、答えないとフェアじゃ無い。そう、これが僕、もう一人のエリック。君が好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで堪らない堪えられない耐えられない抑えられない我慢できない度しがたい、そして何より許されないエリック・ウォーカーだよ。 リチャード:許されない、だと? エリック:嫌われたくなかったんだ、僕。君に。 リチャード:はぁ……? エリック:でも、でも、もう関係ないよね、嫌われてるんだから。敵、裏切り、新しいリチャード、それはなんて甘美でインクルーシブなんだ! リチャード:さっきからなに言ってんだ! エリック:許される、許してくれるよね!? リチャードなら! 新しいリチャードなら! リチャード:く、くそ……! な、何か手段は……! エリック:言っておくけど、助けが来ることも、君がこの状況を打開できる可能性も無いよ。リチャード! もちろん、政府組織の邪魔も入らない。ここはそう、僕達だけの世界だ! もうすぐこのアジトは消し飛ぶからね。リチャード:嘘だ! そんな馬鹿な! エリック:嘘じゃ無いよ、実はさっき、『二日酔い《ハングオーバー》』に一報を入れたんだ。 リチャード:一報だと……? エリック:任務失敗。 リチャード:な……!? エリック:だから僕達ごとこのアジトは地図から無くなる。そういう決まりなんだもの。 リチャード:は、はは、はははは! エリック:ふふふ、楽しい? 楽しいよねぇリチャード! リチャード:楽しいわけねぇだろうがよ! 何だそれ!? ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな! 意味分かんねぇ! クソッタレがぁ! エリック:ハッピーバースデー裏切り者のリチャード・テイラー! ハッピーバースデー秘密の僕! ああ! めでたくて素敵だ! こんな日はドーナツでお祝いしよう! リチャード:するわけねぇだろうが! ゴミでも食ってろ! エリック:うぅん、さっきの笑顔も、今のひきつった笑みもエクセレントだ! リチャード:最低だよ畜生が! エリック:僕は最高なんだリチャード。いいや違う最高なのは君なんだリチャード! リチャード:くそ、こんな筈じゃ、こんな筈じゃ……! エリック:なぁリチャード! 僕は君を愛してる! だからきっと君もそうだろうリチャード! 僕を裏切るくらい大好きなんだもん! そうに違いないリチャード! リチャード:冗談じゃねぇよ全くよぉ……!! エリック:愛してるから裏切るんだろぉ!? リチャード:ああ、畜生、裏切るんじゃ無かった……。 エリック:一緒に幸せになろうね! リチャードぉぉぉ!! リチャード:あぁ、ハンナ、ごめんな、兄ちゃんはお前を……。