台本概要

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タイトル 宿命のライバルは勇者の亡霊と躍る。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル ファンタジー
演者人数 5人用台本(男3、女1、不問1)
時間 10 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ◇あらすじ◆
勇者と呼ばれ世界を救うために戦うケイ。そのかつてのライバルだったカガチと、同じく幼なじみだったセレーナのもとに、旅人マルローがある依頼を持って訪ねてくる。それはかつて村を襲った盗賊への復讐という依頼だったのだが……。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
カガチ 245 カガチ・トーレス。 村の青年、勇者ケイと幼なじみで、かつてのライバル。負傷して隻眼隻腕。
セレーナ 87 セレーナ・ヒューズ。 村長の娘。勇者ケイと幼なじみ。村で一番の美人と言われるが顔に大きな傷を持つ。
マルロー 114 マルローと名乗る村に現れた放浪者。 ぼろきれを纏っているが身なりの良い紳士。貴族であり商人。
ケイ 不問 51 ケイ・フラム。 焔の勇者。カガチ、セレーナと幼なじみ。(男性想定ですが女性でも成立しなくはないです)
ギデオ 47 ギデオ。 盗賊。粗野。回想と傀儡として登場。(マルローと兼ねでも台詞的にはいける)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:◇◆◇◇◆◇ : カガチ:(M)ケイ、お前は覚えているだろうか。 カガチ:(M)今、勇者と呼ばれ、世界を救うために戦っているお前は、かつて俺のライバルだった。 : 0:回想。 0:ケイとカガチが木の棒でチャンバラをしている。 : ケイ:たぁぁぁ! カガチ:っく! そこだ! ケイ:おっとと! カガチ:やるな、ケイ! ケイ:カガチこそ! : カガチ:(M)同じ村で共に育った親友で、強くなろうと夢見て競い合うライバル。 カガチ:(M)けれどお前は忘れてしまったかもな。 : 0:やってきたセレーナが二人に声をかける。 : セレーナ:おーい! 二人ともー! ケイ:あ、おーい! セレーナぁ! セレーナ:あんた達またやってんの? 飽きないねー。 ケイ:修行だから。 セレーナ:あっそ? ケイ:セレーナもやる? セレーナ:いや、やらないやらない。それより森に果物採りに行かない? レモナスの木見つけたんだ! ケイ:ほんと!? 行く行く! カガチ:…………隙あり! ケイ:あ、 : 0:カガチ、背を向けるケイに木の棒を振り下ろす。 0:セレーナ、それを受け止める。 : カガチ:(M)あの頃は裏山の洞窟を冒険したり、幼馴染みの女の子もとりあったっけな。 カガチ:(M)そんな思い出の日々をお前は憶えているだろうか? : カガチ:な! セレーナ!? セレーナ:あんた卑怯でしょカガチ! カガチ:う、動かない! お前、なんでそんな力強いんだよ……! セレーナ:あたし村長の娘だよ? あんたとは鍛え方が違うから。 カガチ:く、くそ! ケイ、それ貸して。 ケイ:え? あ、どうぞ。 セレーナ:――ったぁ! : 0:セレーナ、ケイの棒を奪い取ると、カガチの頭を殴る。 : カガチ:(M)そしてあの日をお前は、憶えているか? ケイ。 カガチ:(M)俺は忘れもしない。あの光景を。 カガチ:(M)お前は勇者で、 カガチ:(M)俺はただの村人だった。 カガチ:(M)それを思い知ったあの日のことを。 : カガチ:……ってぇ?! ケイ:セレーナ、そこまでしなくても……。 セレーナ:駄目だよケイ、こいつどうせ反省しないから。 ケイ:そ、そんなことないと思うけど。 カガチ:手加減しろよな! セレーナ:してるしてる。 カガチ:大体お前はな! ケイ:ねぇ、カガチ! カガチ:どうした、ケイ? ケイ:僕なれるかな? セレーナ:何に? ケイ:父さんみたいな立派な戦士に僕、なれるかな。 セレーナ:うーん、それはどうかな? ケイ泣き虫だし。 ケイ:泣き虫じゃないよ! セレーナ:えぇー? ケイ:もう、セレーナ! カガチ:……なれるさ、ケイ。 セレーナ:カガチ? ケイ:ほんと? カガチ:ああ、もちろんだ。 ケイ:セレーナにもカガチにも勝てないのに? カガチ:お前ならなれるさ、ケイ。 ケイ:そっか! じゃあ僕、誰よりも立派な戦士になるよ! カガチ:じゃあ、お前は俺のライバルだな。ケイ! ケイ:うん! カガチはライバルだ! : カガチ:(M)でも、 カガチ:(M)お前は忘れてしまったかもな。 カガチ:(M)幼なじみの女の子を守れずに、 カガチ:(M)その子に助けられた男のことなんて。 : 0:カガチの夢。 0:燃えさかる村。 0:動けないケイを抱くセレーナ、二人を庇うカガチ。 0:カガチ、満身創痍で右眼を失っている。 0:盗賊ギデオが立ちはだかる。 : セレーナ:カガチ、もう逃げて! あなただけでも! ケイ:カガチその右目じゃ無理だよ……! ギデオ:おいおい、英雄気取りかクソガキが! ケイ:お願いだカガチ僕を置いていって……! セレーナ:もういいからカガチ! ギデオ:うるせぇガキ共だ! ギデオ:さっさと死ねよ! ギデオ:おら! おら! おらぁ! ギデオ:お友達も直ぐに送ってやるから寂しくないぜ! ギデオ:おらぁぁっ! セレーナ:カガチ……! ケイ:カガチ右! ギデオ:甘ぇんだよ右側ぁ! : 0:ギデオ、右側に潜り込み、斧をカガチの右腕に振り下ろす。 0:カガチの右腕が落ちる。 0:踞るカガチ。 : セレーナ:カガチーっ! ケイ:そんな、カガチ……!、 ギデオ:がははははは! ギデオ:へへへへへ! 死ね! : 0:ギデオ、カガチに斧を振り下ろす。 : セレーナ:っ! ぁ――。 : 0:駆け込んできたセレーナ、カガチを庇って斬られ昏倒する。 : カガチ:――え? セレーナ:…………。 ケイ:……セレーナ!? カガチ:……おい、セレ……ーナ? セレーナ……? 嘘、だよな、おい、セレーナ! セレーナぁっ! : 0:ギデオ、斧を振りかぶる。 : ケイ:カガチ!! : カガチ:(M)お前は忘れてしまったんだ。 : 0:◆◇◆ : 0:カガチの部屋。 0:カガチ、目を覚ます。 : カガチ:……っは!? 夢、か。……っく。 : 0:カガチ、無くなった右腕を押さえる。 : カガチ:……何だって、今になってこんな夢を見るんだよ、俺は。 : 0:扉を叩く音。 : セレーナ: カガチ、起きてる? カガチ:……セレーナか、開いてるぞ。 セレーナ:カガチあんたに用……、って、あんたどうしたの? ひどい顔してるよ? 元々だけどさ。 カガチ:セレーナ……! 顔のことは互いに言いっこなしだろ。その……。 セレーナ:あたしはもう気にしてないっての。 カガチ:そうか。 セレーナ:もう、いつまで引きずってんだよ、情けない。 カガチ:…………。 セレーナ:あんた、悪い夢でも見たの? カガチ:……ああ、ちょっとな。 セレーナ:そう、あんたも。 カガチ:え? セレーナ:ああ、あたしもなんだ。 カガチ:そうなのか。 セレーナ:不思議なこともあるもんだ。何か関係あんのかね? カガチ:関係? セレーナ:うん、今日であの日から。 カガチ:ああ、十年、か。 セレーナ:元気にやってんのかな、ケイ。 カガチ:……やってるだろうさ。 セレーナ:そうだといいね。 カガチ:そりゃそうさ、なんてったってあいつは勇者だからな。 セレーナ:勇者、ね。 カガチ:それに俺の……。 セレーナ:ライバル? カガチ:……ああ。 カガチ:今はもう、どう思ってるか知れないがな。 セレーナ:……へー、珍しい。 : 0:セレーナ、カガチに顔を寄せてまじまじ見る。 : カガチ:な、何が? セレーナ:あんたがそんな弱気なの。 カガチ:ああ? セレーナ:いつもは馬鹿みたいに向こう見ずな癖に、今日はどういう風の吹き回し? 臆病風? カガチ:う、うるせぇ! セレーナ:なんか、今日ちょっと可愛いんじゃない? カガチ:う、うるせぇっての! いつまで引っ付いてんだ、セレーナ! セレーナ:昔はよくこうしてたじゃない? カガチ:昔は昔だ! セレーナ:…………。 カガチ:……どうした? セレーナ:……昔は昔、そうかもね。 カガチ:セレーナ……。 セレーナ:やだやだ、あたしは過去のことは気にしない女。あんたのがうつったわ。 カガチ:…………。 : 0:カガチ、セレーナの顔の傷を見る。 : セレーナ:あたしの顔に何か付いてる? カガチ:お前なぁ……! セレーナ:ごめんね、可愛くなくて。 カガチ:……そうだな。 カガチ:それで、結局何の用なんだ? まさか、怖い夢を見たから慰めて欲しいって訳でもねぇだろセレーナ? セレーナ:何、慰めてくれんのあんた? セレーナ:ひゅー、カガチ優しー。 カガチ:からかうんじゃねーよ。 カガチ:村長の娘のお前には婚約者がいるだろうが。そりゃもう立派なやつなんだろ? セレーナ:いるけどさ、ノリ悪いね、カガチは。 カガチ:お前の趣味が悪いんだよ。 セレーナ:でも、嫌いじゃ無いでしょ? カガチ:…………! セレーナ:何、その顔。あたしと趣味合うでしょ? カガチ:……ああ。まぁ、幼なじみだしな。 セレーナ:そうそう、合わないんだよね。あの人と。 カガチ:……ふうん、そうか。 カガチ:それで、用って何だ? お前の頼み事は大抵面倒事なんだよな。 セレーナ:失礼な。……まぁでも、今回はあたしの用じゃないんだ。 カガチ:じゃあ、何だよ? セレーナ:あんたにお客さんだよ。 カガチ:客? セレーナ:山の向こうから来た、なんとかって言う貴族だか商人だからしいんだけどね、 カガチ:貴族? こんな辺鄙なとこにわざわざ? 物好きだな。 セレーナ:そうそう、身なりの良い紳士でね。顔も悪くなかった。 カガチ:あっそ。 セレーナ:あんたに依頼があるってんで、うちを訪ねてきた。用心棒としてのあんたをご指名でね。 カガチ:用心棒の依頼ねぇ。俺みたいなやつを訪ねてくるなんて、もはや奇人の域だな。 セレーナ:それは否定しないけど、あんたもっと自分のこと認めたら? この辺りじゃ名の通ってる方だと思うよ隻眼のカガチ? カガチ:名が通ってるね。まぁ認めてるよ。それなりにな。 セレーナ:あのさ、 カガチ:なんだ? セレーナ:みんなはケイのことばっかり応援してるけどさ、 カガチ:…………。 セレーナ:私は見てるよ。 カガチ:……ああ。ならあんまり情けねぇことは出来ねぇか。 セレーナ:ふふ、行ってらっしゃい。 カガチ:……ああ。行ってくるよ。 : 0:カガチ、去る。 : セレーナ:私の小さな英雄、カガチ。 : 0:◆◇◆ : 0:村長の家の客間。 0:マルローとカガチが向かい合って座っている。 : カガチ:それで、あんたがその貴族様か? あぁ、言葉遣いがなっちゃいないのは勘弁してくれ? 田舎者なんだ。 マルロー:いえいえお気になさらず。いかにも。私、マルローと申します。家名や身分については少々事情がありまして、或る貴族のマルロー、とだけ名乗らせて頂きます。 カガチ:事情? マルロー:ええ。ですのでそうかしこまらずとも結構です。 カガチ:……取り敢えず、貴族様なんだな? マルロー:ええ尤も、忘れられて久しい……名ばかり貴族で、商人の真似事などして暮らしておりますがね。 カガチ:へぇ。 マルロー:なので、貴族という肩書きを信じてくださるかはさておき、この通りそれなりの金と力を持った男。その程度の認識で構いません。 カガチ:ああ、いい服だな。この村には似合わねぇや。 マルロー:お褒めいただきありがとうございまず。カガチ殿。 カガチ:カガチで良いよ。マルロー様。 マルロー:でしたら、私も敬称は不要です。 カガチ:ふぅん、それでマルロー? あんたは俺に何の用だ? こんな辺鄙な村まで。 マルロー:ええ、確かになかなか骨が折れましたよ。 カガチ:ご苦労なこった。使者でも送れば良いものを。 マルロー:いえいえ、私が直接お会いしたかったのですよ、カガチさん。 カガチ:ほう、なんでまた? マルロー:実際にこの目で見ないと分かりませんからね。 カガチ:確かに商人っぽいな。 マルロー:いえいえ。実はカガチさん、あなたに折り入ってお願いがあるのです。 カガチ:セレーナから聞いてる。依頼なんだろ、用心棒の。 マルロー:セレーナ、ああ、あの素敵なお嬢さんのことですね。ええ。そうです、腕利きのあなたにそういう依頼をしたく参りました。 カガチ:誰かと間違えてねぇかあんた? お嬢さんって、そんな歳じゃねぇよ。 マルロー:とんでもない。とても可憐な御方でした。 カガチ:可憐ねぇ。あんた、変わりもんだな。あの女をそう呼ぶやつはこの村にはそういない。 マルロー:変わり者とはよく言われますねぇ。ですが、あれだけ人目を引く美貌の持ち主なのに……、勿体ない。 カガチ:……セレーナのことはいいだろ。 マルロー:失礼、他意は無いのです。 マルロー:ああ、依頼ですが、あなたには少々荒事に協力して欲しいのです。 カガチ:荒事……? 強盗やら何やらなら他を当たってくれ。そういう仕事はしない。 マルロー:いえいえとんでもない! 寧ろ逆なのです。 カガチ:逆? マルロー:ええ、率直に申しますと強盗を、いえ盗賊というのが正確でしょうか。 カガチ:盗賊……。 マルロー:あなたにはこの辺り一帯を縄張りとする盗賊を退治して欲しいのです。 カガチ:……退治。どうしてあんたが? 国の仕事だろ騎士様に頼めよ。 マルロー:あまり大きな声では言えませんが、このような場合騎士は動かないのですよ。 カガチ:どうしてだ? マルロー:端的に言えば被害に対して討伐の遠征にかかる費用が釣り合わないからですね。 カガチ:はぁ……。そういうことか。じゃあ、あんたは私財を擲って、人助けってわけかか? マルロー:はい、そうなのです! カガチ:嘘つくなよ。 マルロー:あれれ? 疑われてます? カガチ:疑うも何も、あんたはそういう種類の人間じゃないだろ。裏があるはずだ。勿体ぶった言い方をしたんだからな。 マルロー:カガチさん、あなた賢いんですね。 カガチ:馬鹿じゃ無けりゃ不都合でも? マルロー:滅相もない。ただただ好ましいですね。 カガチ:何が目的だ? 家名を名乗らない辺り、売名目的じゃあ無いんだろ? 盗賊を潰す利益もあるやら無いやら。 マルロー:もちろん、利益はありますよ。商人の身としては略奪の被害も馬鹿に出来ませんからね。 カガチ:なら、用心棒として雇えば良いだろう。そういう話じゃなかったのか? どうして盗賊を潰す必要がある。 マルロー:必要はあるのですよカガチさん。あなたが盗賊を倒す必要がね。 カガチ:どういうことだ? マルロー:いずれ彼らはこの村を襲わないとも限らない。かつてそうなったように。 カガチ:…………。 マルロー:ところで、カガチさん。この村は彼の勇者の故郷だそうですね。 カガチ:知ってたのか。 マルロー:ええ。 カガチ:俺のことも? マルロー:ええ。知っていますよ。その右腕と右目。さぞ無念でしょうね。 カガチ:それを決めるのは俺だ。俺は過去に後悔なんかしちゃいない。 マルロー:あなたは強いんですね。彼女のように。 カガチ:セレーナは関係ない。 マルロー:ありますよ。彼女にも関係がね。 カガチ:……お前、どこまで知っている。 マルロー:全て調べましたよ。そしてこの依頼はあなた以外に出来ない。そう思ったのです。 カガチ:なんだと? マルロー:件の盗賊なんですがね、かつていくつもの村々を荒らし回った盗賊団の、残党なのですよ。 カガチ:残党……? マルロー:何故。と、あなたは問いましたね。答えは簡単です。復讐なんですよ。 カガチ:復讐……? マルロー:ええ、かつて私の家が治めた領地はある者達に襲撃されたんです。その時に私は同胞を失いました。 カガチ:…………! マルロー:随分昔のことですけどね。 カガチ:それで復讐か。だがそれなら尚更、国の協力がいるだろう。街を襲うような凶悪な盗賊なら騎士団が動くには十分だ。俺一人に声をかけてどうにか出来ると思うか? マルロー:ああ、違うんです。 カガチ:何がだ? マルロー:あなたに頼みたいのは頭目の暗殺、いえ半殺しでの捕縛ですね。 カガチ:……!? どうしてそんなことを! マルロー:だから復讐ですよ、どうするのかは、言わなくても分かりますよね? カガチ:あんたどうかしてるぜ。どうして俺がそんなことをしないといけない。第一、それが俺に出来ると? マルロー:できますよ、あなたになら。 カガチ:何? マルロー:ああそうだ。カガチさん。その盗賊団には、全身に火傷を負った大男がいるそうです。 カガチ:火傷……! まさか! マルロー:あなたなら、この依頼受けてくれると思うのですよ。それにこれはあなたのためでもある。過去と訣別したくはありませんか? カガチ:俺の……。 マルロー:いかがでしょう、辺境の英雄、隻眼のカガチ? カガチ:……外に出るぞ、マルロー。 マルロー:はい? カガチ:人に聞かれたくない。 マルロー:どこに行くんですか? カガチ:……近くの洞窟だ。あそこなら誰も来ない。 : 0:二人、出て行く。 0:奥の部屋のドアが開きセレーナが出てくる。 : セレーナ:……あの時の盗賊の……? いえ、でもそんな筈……。 : 0:◆◇◆ : 0:回想。 0:洞窟の中。 0:松明を持ったセレーナとその後を追うケイとカガチ。 : ケイ:待ってよカガチ! カガチ:しっかりしろよケイ、セレーナどんどん進んでくぞ。 ケイ:そんなこと言ったって、暗くて足下がよく見えないんだよ……! カガチ:びびってんのか? 情けねぇな。 ケイ:びびってないよ! カガチだって全然進んでないじゃないか! カガチ:それはあのお転婆が……! セレーナ:誰がお転婆? ねぇ、ちょっと私のナイト様? 遅いんじゃなくって? カガチ:誰が騎士だ! セレーナ:いやカガチは騎士じゃなくて従者。 カガチ:何!? セレーナ:ほら、ケイ。手を出して。 ケイ:え、う、うん。ありがとうセレーナ。 セレーナ:ふふ、どういたしまして。ナイト様。 カガチ:っは! お姫様に手繋いで貰ってる騎士なんてだっさいなぁ! セレーナ:手ぶらで口しか動かせないのろまな従者よりはまし。 カガチ:何だと!! セレーナ:行こ、ケイ。 ケイ:うん! : 0:ケイ、セレーナ洞窟の奥に進んでいく。 : カガチ:何だよ、ケイばっかり……。あ! 置いてくなって! : 0:同、洞窟。 0:村長の客間の後。 : マルロー:待って下さいよ、カガチさん! 歩くの速いですって。それに狭いですねぇ、ここ……! カガチ:ああ、すまねぇ。考え事をしていた。 マルロー:もしかして昔のことです? カガチ:どうして分かる? マルロー:いかにも秘密基地って趣ですからね。 カガチ:ああ、幼い頃よくここで過ごした。思い出よりも幾分狭い。 マルロー:子供の頃は自分の村や町が世界の全てのように感じるものですよね。 カガチ:大人になってみると、なんだこんなものかと思うがな。 マルロー:ははは、私にも覚えがありますね。ここには件の勇者とも? カガチ:……ああ。 マルロー:本当だったんですね。勇者がこの村の出身だったって。 カガチ:信じてなかったのか? マルロー:ええ、まぁ。 カガチ:そりゃこんな辺鄙な村からあの有名な勇者が出るなんて思わないよな。誰も。 マルロー:いえいえ、そうではありませんよ。 カガチ:何? マルロー:盗賊の話の続きになりますがね。 カガチ:……? マルロー:騎士こそ派遣されませんが、王侯貴族の間では結構問題視されていたんですよ。理由は先程言いましたが、 カガチ:採算が取れないんだって? マルロー:ええ。それに辺境まで兵を派遣したとあっては国の守りも危うくなります。 カガチ:要は助けは期待できねぇってことだろ。いいから教えろよ、例の盗賊の居場所。 マルロー:そうですね、ああ、ちなみに報酬はいかがします? カガチ:そんなもん何だっていい。あんたが復讐で動くのと同じく、俺だってそうだ。だから、それが報酬だ。 マルロー:その言葉、忘れないで下さいね? カガチ:商人っぽいな。 マルロー:ええ。……あー、では、あなたの望みを一つ叶えるというのでどうでしょう? カガチ:望み? そんなもんは……ねぇが。今は復讐だ。 マルロー:おや、そうですか、復讐。ああ、でもそんなあなたにこれだけは言っておいた方が良いかもしれませんね。 カガチ:何だよ? マルロー:勇者は私情でしか動けないんです。 カガチ:は? それはどういうことだ? マルロー:騎士や兵士は命令で、王の命令で動きます。盗賊の討伐とか、ね。でも勇者は国の枠組みで動かない。国の命令では動けないのです。 カガチ:勇者は世界の救済者であって、一つの国に肩入れしてはいけないことになってる。だろ? マルロー:おやご存知で。 カガチ:伊達に幼なじみが勇者やってねぇよ。 マルロー:ええ、勇者は国の利害で動きません。故に、この村を助けに来ることも出来るはずなのですよ。 カガチ:は? マルロー:なのに勇者は何故来ないのか。 カガチ:…………。 マルロー:ああ、話が逸れましたね。盗賊の根城ですが―― : カガチ:(M)お前の世界は広がり、俺たちは置いていかれたんだ。 カガチ:(M)そりゃそうだ、世界は広いのだから。 カガチ:(M)かつて村を焼いた盗賊にまた襲われそうになってる村なんか救ってる余裕、無い。 カガチ:(M)ケイ、お前は忘れてしまったかも知れない。 カガチ:(M)たかが自分の生まれ育った辺境の小さな小さな村のことなんて。 : 0:◆◇◆ : 0:回想。 0:燃えさかる村。 0:動けないケイを抱くセレーナ、二人を庇うカガチ。 0:カガチ、満身創痍で右眼を失っている。 : セレーナ:カガチ、もう逃げて! あなただけでも! ケイ:カガチ……! カガチ:置いてけるわけ……ねぇだろ……! ギデオ:ガキが! カガチ:俺が、どうにかしてこいつを――! ケイ:カガチ……! カガチ:え、どこに……!? ケイ:右! ギデオ:おらぁぁっ! : 0:ギデオ、斧をカガチの右腕に振り下ろす。 : カガチ:ぐっ!? がぁぁぁぁぁぁ……!! セレーナ:カガチーっ! ケイ:カガチ……! こ、こんな、 カガチ:う、ぐぁ、く、くそ……! 動け! ギデオ:へへへへへ! 死ね! ケイ:カガチ! カガチ:あ、ああ……!? : 0:ギデオ、カガチに剣を振り下ろす。 : セレーナ:っ! ぁ――。 : 0:駆け込んできたセレーナ、カガチを庇って斬られ昏倒する。 : カガチ:――え? セレーナ:…………。 ケイ:……セレーナ!? カガチ:……おい、セレ……ーナ? セレーナ……? 嘘、だよな、おい、セレーナ! セレーナぁっ! ギデオ:なんだぁ、こいつ飛び込んで来やがって、あーあ。これじゃ商品にならねぇじゃねーか。 ケイ:セレーナ、セレーナぁ!! カガチ:お前、殺して、やる……! 殺して……! 殺して……! 殺す……っ! ギデオ:うるせぇガキだなぁクソが。弱いやつがイキがんなよ。死ね。 : 0:ギデオ、斧を振りかぶる。 : ケイ:カガチ!! : 0:ケイ、落ちていた鍬を拾い上げ、ふらつきながら駆け出す。 : ケイ:……よくも! よくもぉ! うぁぁぁぁぁあ! ギデオ:なんだ、しぶといガキ……だ、火? : 0:ケイに睨まれたギデオが燃え上がる。 : カガチ:ケイ……?! その火は?! ギデオ:……な、あ、熱い! 熱い! ケイ:うおぉぉぉぉ! : 0:火に包まれ無防備になったギデオにケイが鍬を振り下ろす。 : 0:◆◇◆ : 0:盗賊の根城。 0:カガチ、火傷を負った盗賊を追い詰め、剣を振り下ろす。 : カガチ:はぁっ……!! ギデオ:がっ――! : 0:ギデオ、動かなくなる。 : カガチ:……ふぅ……。 マルロー:いや、お見事。この辺り一帯で暴虐の限りを尽くした盗賊の首魁、ギデオをこんなにもあっさりと仕留めるとは。 カガチ:…………ギデオ? マルロー:流石は辺境の英雄と名高いカガチ殿。 カガチ:…………なぁ、マルローさんよ。 マルロー:おや、どうされましたか? カガチさん? カガチ:あんた、何が目的だ。 マルロー:言ったじゃないですか。敵討ちですよ。あなたもそれに賛同してくれたからここに来たのではないのですか? カガチ:ああ、そうだ。けどよ、これはいったいどういうことだ? マルロー:どういうこととは? あなた様が見事、因縁の盗賊を打ち倒した。のだと、私は認識しておりますよ。まぁ、息の根は止めてしまったかも知れませんが。細かことは気にしません。 カガチ:それはおかしいだろ。 マルロー:おかしい? 何がです? カガチ:俺が、あのギデオとかいう盗賊を殺せるはずがないんだ。 マルロー:それは謙遜ですか? カガチ:ちげぇよ、そうじゃねぇ。 マルロー:何が違うというのですか? そこに転がっている盗賊はカガチ殿が…… カガチ:こいつをやったのはケイだ!! マルロー:……かつてはね。でも、生きながらえたこの男に今とどめを刺したのはあなたですよ。目の前の死体とあなたの手の感触が証明してくれるのでは? カガチ:ああ、確かに、この目に焼き付けた姿はそっくりそのまま今目の前にあって、俺の手にはそれを斬った感触がある。 マルロー:ですから言っているでしょう? カガチ:でも、なんでそっくり同じなんだ! マルロー:同じ? カガチ:こんな火傷を負ったやつが生きられるわけねぇが、何より、 マルロー:何より? カガチ:こいつはケイに焼き尽くされた。 マルロー:…………。 カガチ:燃えさかる炎の中で炭になっていく姿が俺には焼き付いている。その時のままなんだよ、こいつは。 マルロー:へぇ、不思議なこともあるものですね。 カガチ:なぁ、何者なんだ? マルロー:死んで灰になった男。まさか、蘇りでもしたんですかね? カガチ:違う。 マルロー:違う? カガチ:……こいつじゃねぇよ。あんただ。 : 0:カガチ、マルローに剣を向ける。 : マルロー:おやおや、冗談ですよね。私を斬るんですか? その男のように。何のために? カガチ:それは俺の台詞だ。あんた、何がしたい。俺に何をさせたい? 返答によっちゃ、斬る。 マルロー:だから、復讐ですよ。隻眼のカガチ。 カガチ:そうか。答えないか。なら死ね……っ! : 0:カガチ、マルローを斬る。 : マルロー:ぐあー! : 0:マルロー、動かなくなる。 : カガチ:……っち、何だったんだ。 ギデオ:ひどいじゃありませんか。 : 0:ギデオ、起き上がりカガチの肩に手をかける。 : カガチ:……なっ!? ギデオ:カガチさん? カガチ:お前、まだ生きていたのか……! ギデオ:ええ、生きております。盗賊ギデオ、このくらいの傷、屁でもありませんね。 カガチ:そんな、馬鹿な……! っくぅ! : 0:カガチ、ギデオの手を振り払い距離を取る。 : ギデオ:おっと、まだやるのですか? そんなに私が憎いですか? 話し合いません? カガチ:テメェと話す舌は持たねぇよ! 死人は黙って死んでろ! おらぁっ!! ギデオ:ぐぁぁぁぁ……! : 0:ギデオ、カガチに斬られて動かなくなる。 : カガチ:何なんだよ……! これは!? マルロー:さて、何でしょうね? カガチ:……はっ!? : 0:マルローがカガチの背後に立っている。 : マルロー:お話ししません? カガチ:てめぇ! うぉぉぉぉぉ!! マルロー:ぐあー! : 0:マルロー、動かなくなる。 : カガチ:どうなってやがる! ギデオ:知りたいですか? : 0:ギデオ、起き上がりカガチの背後に立っている。 : カガチ:……くっ!? ギデオ:おっと、そろそろ剣を下ろしませんか? 時間が勿体ない。 カガチ:てめぇ、いったい何なんだ! ギデオ:それを知りたければ、目を背けないことですよ、現実から。 カガチ:目を背ける? ギデオ:ええ、しっかりと見て下さい。ああ、でもあなたに残されたその左目ではなくて、失った右目でね。 カガチ:何を言ってる……! ギデオ:その左目を瞑って下さい。そうすれば、きっと真実が見えてくるはずですよ。 カガチ:ふざけんな! ギデオ:おや、戦いの最中に目を瞑るのは怖いですか? 安心して下さい。私は何もしませんよ。 カガチ:信じられるか! ギデオ:まぁこれはあなたにとっては信じがたい状況かも知れませんが……あ、それとも、 カガチ:ああ? ギデオ:かつてあなたの右目を奪い、あなたに二度殺されたこの私が怖いのですか? カガチ:…………!! ギデオ:さぁ、どうします? 私を、或いはそこの商人を何度斬っても無駄なのはお分かりでしょう? あなたは賢い。そう思っているのですがね。カガチ殿? カガチ:……っく! : 0:カガチ、左目を瞑る。 : ギデオ:ははは、素直ですね。 カガチ:…………なんだ、これは……! ギデオ:それは失ったあなたの目が追う者です。 ギデオ:今、あなたには何が見えますか? カガチ:……ケイ? カガチ:でも、俺の知ってるあいつは……。 ギデオ:ええ、彼の勇者の今の姿です。 カガチ:ケイの今……? ギデオ:この村を、あなたを捨てて生きるあなたの友人の、いえ。 : 0:間。 : ギデオ:あなたのかつてのライバルですよ。 カガチ:…………。 ギデオ:もうお気づきでしょう? カガチ:何に……。 ギデオ:あなたの真の願いに。あなたはその目を理由に見て見ぬふりをしていたんですよ。カガチ。 カガチ:ふざけるな! 願いだって……? 俺が何を願うって? お前に俺の何が分かる! 訳の分からん喋る死体に! 俺の何が分かる! ギデオ:あなたのことはよく分かりますよ。あなたがその右目と共に失ったのは未来です。その右手と共に断たれたのは運命です。或いは彼との繋がりそのもの。そうでしょう? カガチ:…………!! ギデオ:そしてライバルだと嘯きながらも思っている筈です。 カガチ:何を! ギデオ:今、神童と呼ばれる賢者を連れている彼は、いつか自分を庇って右眼と右腕を失った無謀だけが取り柄のライバルのことなんて気にかける必要もなければ覚えているはずもない。 カガチ:あいつはそんなこと……! ギデオ:今、絶世の美女といわれる亡国のお姫様を連れてる勇者には、いつかあなたととりあった、村で一番かわいい程度だった、今となっては疵物の幼馴染みなんて守る理由もなければ覚えているはずもない。 カガチ:俺達を忘れてなんて……。 ギデオ:そして同時にこうも思っていますね。それが願いです。 カガチ:願い……。 ギデオ:そこはこの俺、カガチの場所だ、彼女セレーナの場所だ、とね。 カガチ:…………。 ギデオ:本来なら隣に立つのは自分であるべきで、なのにあなたたちはこんな辺境の村にいる。何故か? カガチ:そんなもの……! ギデオ:ええ、勇者として目覚めた彼に付いていくことが出来なかったからです。彼にこの村を、セレーナを守るように言われたから。そうでしょう? カガチ:……ああ。 ギデオ:けれど、あなたはそうでないことを知っている。或いは当時はそうでも、今は違っていることを知っている。 カガチ:……やめろ。 ギデオ:あなたはそのことから目を背けているんですよ。 カガチ:……やめろ! ギデオ:カガチ。焔の勇者ケイ・フラムはあなたとセレーナを捨てたの―― カガチ:やめろぉぉぉぉぉ!! ギデオ:がっ――! : 0:◆◇◆ : 0:回想。 0:ギデオ、カガチに斬られて動かなくなる。 : カガチ:ケイ、お前……? ケイ:ねぇ、カガチ。 カガチ:…………。 ケイ:僕は君を守る勇者になれたかな? カガチ:ケイ……。 ケイ:カガチ、僕は世界を守る。 カガチ:ケイ……! ケイ:君は、セレーナとこの村を――。 カガチ:待て、ケイ……! : 0:雨。 : 0:切り倒したギデオを前に息を荒げるカガチ。 : カガチ:はぁ……はぁ、…………はぁ……。……お前は、いったい何なんだ。 : 0:マルローが起き上がり、カガチの背後に立っている。 : マルロー:私は過去の亡霊ですよ。 カガチ:亡霊……? マルロー:無念のまま死にゆくあなたをこちら側に引き込む過去の亡霊です。 カガチ:それは、その盗賊、ギデオのことか? マルロー:その男もまたそうですが、所詮はあなたが踏み越えるべき壁といったところでしょうか? カガチ:壁? マルロー:あなたの足を止めさせた一つ目の壁。それを越えないことには、あなたはなれません。 カガチ:俺がいったい何になると言うんだ! マルロー:決まっているでしょう? カガチ:何が! マルロー:ライバルですよ。 カガチ:ライバル。 マルロー:なりたいのでしょう? そうありたいのでしょう? カガチ:……それは! ……たとえそうだとして、お前はどうして俺にそんなことをさせる? お前は。結局何なんだ? マルロー:あなたに語った通り復讐を誓った貴族です。 カガチ:復讐…………貴族って、お前まさか……! マルロー:ははは、やはりあなたは賢い。そうですよ。私は魔王崇拝者の生き残りです。かつて勇者に滅ぼされた貴族の、ね。 カガチ:……それで敵討ちを手伝えと? お前の仲間になるとでも思ったのか? ふざけんな。こんな何者でも無い俺でも、あいつの友達で――! マルロー:違いますよ。私は、 マルロー:私はあなたと同じなんです。 カガチ:同じ? マルロー:私もあなたと同じく勇者に捨てられ、忘れ去られた存在なのですよ。 カガチ:…………! マルロー:あなたは勇者に守られ、私は勇者に倒された。その違いはあれど、そういう意味では、あなたも私も勇者にとっての亡霊に過ぎない。私はただ、そう思ったのです。 カガチ:…………。 マルロー:私は敵討ちの為にあなたに声をかけたのではありません。私の、私達の存在をあの勇者に刻み付ける為にあなたに声をかけたのです。その為の力を授けましょう。魔王の力を。勇者に並び立たんとする力を! あなたにはその資質があります。勇者との因縁である過去の亡霊をたった今下したあなたには! 隻眼の英雄カガチ!  カガチ:願いを叶える。そういう意味か。 マルロー:ええ。どうです? 私の手を取り、勇者のライバルに舞い戻りませんか? それが私の報酬です。 カガチ:俺は……! セレーナ:私は行くよ、カガチ。 : 0:物陰からセレーナが現れる。 : マルロー:おや。 カガチ:セレーナ!? どうしてここに!? セレーナ:話は聞いてた。マルローさん、私はあなたに付いていく。 カガチ:正気かセレーナ! セレーナ:分かるでしょ、あんたには。私はもう失いたくないんだ。 カガチ:何が……。 セレーナ:正直になりなよ、カガチ。行きたかったんでしょう? カガチ:それは……、でもよ、セレーナ。あの時無理にでもついていけば何かが変わったのか?  セレーナ:いいえ、変わらない。 カガチ:そうさ。俺は何度も考えた。でも、答えは何も変わらない、だ。俺はただ道中で死に、ケイはそれを乗り越えて強くなる。それだけだ。 マルロー:あなたたちを置いていったときと同じように、ね。 カガチ:お前は黙ってろマルロー! マルロー:ええ、見届けましょう。 セレーナ:ねぇカガチ。あんたはあの日を憶えているんでしょう? 村を襲った盗賊団を撃退したあの日。そこに転がってる盗賊から、あんたは私達を庇って片眼と片腕を失った。そんなあんたを助けようとした私はこの傷を負った。その後のことを私は知らないけれど。たとえ、命を落としたとしても。あんたそれでもケイに付いていきたかったんでしょう? あの日私達を命がけで庇って、けれど守り切れなくて、死ぬこともできなかったあんたは。己の無力さを呪ったあんたは。いつだって死に場所を探してた。 カガチ:そんなことどうしてお前が! セレーナ:知ってるよ。見てたよ、ずっとあんたのこと。あんたをそんなにしたのは私だから。 カガチ:セレーナ……。 セレーナ:あんたはあんたのことを、守るはずだったケイや私に守られた情けない男だと思ってるかも知れないけど、私だってあんたに守られた情けない女だ。ただあんたやケイに甘えてた、情けない女。 カガチ:……! セレーナ、それは違う! セレーナ:違わないよ。この傷を見て優しく接してくれるあんたに、後ろめたさを覚えながら、私はどこか安心していたんだ。あんたが悲しい顔をする姿に、私はこの胸を締め付けられながら、呆れるだろうけど、同時に愛おしさを感じていたんだ。 カガチ:なんで……! セレーナ:ねぇ、カガチ。あんたは勇者じゃなくたって、私の小さな英雄なんだ。私の目に、心に焼き付いて離れない、小さな背中をした傷だらけの英雄なんだ。そして私はその傷を肩代わりしたいっていまでも思うんだ。 カガチ:セレーナ……。 セレーナ:だから、カガチ。私はこの男に付いていく。良いだろう? マルローさん。 マルロー:そうですね、私は構いませんよ。ただまぁあなたに資質があれば、ですがね。 カガチ:セレーナ、後ろ! : 0:セレーナの背後でギデオが起き上がる。 : ギデオ:がははははは! 死ね! セレーナ:亡霊は失せな――ッ! : 0:セレーナの背後に風が起こり、ギデオを切り刻む。 : ギデオ:がっ――! マルロー:ははは! これは風を刃にする魔法ですか! 初めて見る魔法です。 カガチ:セレーナ、その技は!? セレーナ:名前はない。けど、これなら私のように非力でも、どんなに距離があってもすぐに届く。これならあんたを守ることが出来るでしょう? カガチ:セレーナ……。 マルロー:素敵ですね。いや、しかしすごい切れ味です。バラバラになりすぎて、ああ、これじゃ復活は厳しそうですね。まぁ、資質を持った存在はもう一人いたということですね、良いでしょう。あなたに力を授けましょう。 セレーナ:ありがとう、マルロー。 マルロー:ええ、これからよろしくお願いしますよ、セレーナ・ヒューズ。 マルロー:……では、行きましょうか。 : 0:マルローとセレーナ、去ろうとする。 : カガチ:待て! セレーナ:……カガチ。 マルロー:何ですか? あなたは来ないのではありませんでしたか? カガチ:いいや。俺も行く。 マルロー:へぇ、どうして? カガチ:決まってるだろう。あいつが忘れ去ったとしても、俺は覚えているんだ。勇者として覚醒したケイが旅立っていったあの日のことを。悔しさと恥辱と後悔に満ちたあの光景を。あいつは勇者で、俺はただの村人だった。それを思い知ったあの日のことを。 セレーナ:カガチ。 マルロー:今更ですが、道を違(たが)えることになりますよ? 友としても、人としても。セレーナさんもそれは承知ですね? セレーナ:ええ、人としての生に未練は無い。この傷を負ったあの日から。 マルロー:それは素敵ですね。 カガチ:俺も構わない。再びあいつと並び立つためならば、人の道を外れようと構わない。ライバルとして、いいや。もはやライバルではなく、純然たる敵として、勇者の前に立ちはだかることになろうとも、それが俺の望みだ。 マルロー:ははは、はははははは! 良いでしょう。セレーナ・ヒューズ、カガチ・トーレス。亡霊同士これからは共に生き、共に行きましょう。我々を忘れ去り栄光の中をひた走る焔の勇者を震え上がらせ、我々の存在を刻みつけてやりましょうか同胞よ。我らの復讐の為に! セレーナ:ええ、復讐の為に! カガチ:ああ、復讐の為に! : 0:三人、笑みを浮かべる。 : 0:◆◇◆ : 0:森の中、勇者のケイの野営地。 0:ケイが焚火を眺める。 : ケイ:カガチ……。 : ケイ:(M)カガチ、僕は覚えているよ。 ケイ:(M)今、勇者と呼ばれ、世界を救うために戦っている僕だけど、かつて僕のライバルだった君のこと。 ケイ:(M)同じ村で共に育った親友で、強くなろうと夢見て競い合うライバルで。 ケイ:(M)けれど君は忘れてしまったかもしれないね。僕のことなんて。 ケイ:(M)あの頃は裏山の洞窟を冒険したり、幼馴染みの女の子もとりあったよね。 ケイ:(M)そんな思い出の日々を君はもしかしてまだ憶えているだろうか? ケイ:(M)そしてあの日を僕は忘れない。 ケイ:(M)忘れもしない。あの光景だけは。 ケイ:(M)カガチ。君は英雄で。 ケイ:(M)僕は軟弱な村の子供に過ぎなかった ケイ:(M)それを思い知ったあの日のことを。 ケイ:(M)でも、君にはどうか忘れていて欲しい。 ケイ:(M)僕のせいで右目と右腕を失ったあの日のことを。僕のせいでセレーナを傷つけてしまったことを。 ケイ:(M)君は忘れて幸せにに過ごして欲しい。 ケイ:(M)それが僕が勇者になる切っ掛けで、迷惑かも知れないけれど今でもライバルだと思っている僕の切なる願いだ。 : カガチ:(M)たとえ、お前にどう思われようと、俺は嬉しい。 ケイ:(M)嫌われていたとしても、それでも、また会いたい。 カガチ:(M)昔みたいに、また、競い合い、そして殺し合おう。 ケイ:(M)昔みたいに、また、語り合い、そして笑い合おう。 カガチ:(M)なぁ、ケイ。 ケイ:(M)ねぇ、カガチ。 カガチ:(M)ああ、早く会いたいな。俺の勇者。 : ケイ:ああ、早く会いたいな。僕の英雄。 : 0:薪が爆ぜる音が森の中に吸い込まれて消える。 : 0:◆◇◆◆◆◇◆

0:◇◆◇◇◆◇ : カガチ:(M)ケイ、お前は覚えているだろうか。 カガチ:(M)今、勇者と呼ばれ、世界を救うために戦っているお前は、かつて俺のライバルだった。 : 0:回想。 0:ケイとカガチが木の棒でチャンバラをしている。 : ケイ:たぁぁぁ! カガチ:っく! そこだ! ケイ:おっとと! カガチ:やるな、ケイ! ケイ:カガチこそ! : カガチ:(M)同じ村で共に育った親友で、強くなろうと夢見て競い合うライバル。 カガチ:(M)けれどお前は忘れてしまったかもな。 : 0:やってきたセレーナが二人に声をかける。 : セレーナ:おーい! 二人ともー! ケイ:あ、おーい! セレーナぁ! セレーナ:あんた達またやってんの? 飽きないねー。 ケイ:修行だから。 セレーナ:あっそ? ケイ:セレーナもやる? セレーナ:いや、やらないやらない。それより森に果物採りに行かない? レモナスの木見つけたんだ! ケイ:ほんと!? 行く行く! カガチ:…………隙あり! ケイ:あ、 : 0:カガチ、背を向けるケイに木の棒を振り下ろす。 0:セレーナ、それを受け止める。 : カガチ:(M)あの頃は裏山の洞窟を冒険したり、幼馴染みの女の子もとりあったっけな。 カガチ:(M)そんな思い出の日々をお前は憶えているだろうか? : カガチ:な! セレーナ!? セレーナ:あんた卑怯でしょカガチ! カガチ:う、動かない! お前、なんでそんな力強いんだよ……! セレーナ:あたし村長の娘だよ? あんたとは鍛え方が違うから。 カガチ:く、くそ! ケイ、それ貸して。 ケイ:え? あ、どうぞ。 セレーナ:――ったぁ! : 0:セレーナ、ケイの棒を奪い取ると、カガチの頭を殴る。 : カガチ:(M)そしてあの日をお前は、憶えているか? ケイ。 カガチ:(M)俺は忘れもしない。あの光景を。 カガチ:(M)お前は勇者で、 カガチ:(M)俺はただの村人だった。 カガチ:(M)それを思い知ったあの日のことを。 : カガチ:……ってぇ?! ケイ:セレーナ、そこまでしなくても……。 セレーナ:駄目だよケイ、こいつどうせ反省しないから。 ケイ:そ、そんなことないと思うけど。 カガチ:手加減しろよな! セレーナ:してるしてる。 カガチ:大体お前はな! ケイ:ねぇ、カガチ! カガチ:どうした、ケイ? ケイ:僕なれるかな? セレーナ:何に? ケイ:父さんみたいな立派な戦士に僕、なれるかな。 セレーナ:うーん、それはどうかな? ケイ泣き虫だし。 ケイ:泣き虫じゃないよ! セレーナ:えぇー? ケイ:もう、セレーナ! カガチ:……なれるさ、ケイ。 セレーナ:カガチ? ケイ:ほんと? カガチ:ああ、もちろんだ。 ケイ:セレーナにもカガチにも勝てないのに? カガチ:お前ならなれるさ、ケイ。 ケイ:そっか! じゃあ僕、誰よりも立派な戦士になるよ! カガチ:じゃあ、お前は俺のライバルだな。ケイ! ケイ:うん! カガチはライバルだ! : カガチ:(M)でも、 カガチ:(M)お前は忘れてしまったかもな。 カガチ:(M)幼なじみの女の子を守れずに、 カガチ:(M)その子に助けられた男のことなんて。 : 0:カガチの夢。 0:燃えさかる村。 0:動けないケイを抱くセレーナ、二人を庇うカガチ。 0:カガチ、満身創痍で右眼を失っている。 0:盗賊ギデオが立ちはだかる。 : セレーナ:カガチ、もう逃げて! あなただけでも! ケイ:カガチその右目じゃ無理だよ……! ギデオ:おいおい、英雄気取りかクソガキが! ケイ:お願いだカガチ僕を置いていって……! セレーナ:もういいからカガチ! ギデオ:うるせぇガキ共だ! ギデオ:さっさと死ねよ! ギデオ:おら! おら! おらぁ! ギデオ:お友達も直ぐに送ってやるから寂しくないぜ! ギデオ:おらぁぁっ! セレーナ:カガチ……! ケイ:カガチ右! ギデオ:甘ぇんだよ右側ぁ! : 0:ギデオ、右側に潜り込み、斧をカガチの右腕に振り下ろす。 0:カガチの右腕が落ちる。 0:踞るカガチ。 : セレーナ:カガチーっ! ケイ:そんな、カガチ……!、 ギデオ:がははははは! ギデオ:へへへへへ! 死ね! : 0:ギデオ、カガチに斧を振り下ろす。 : セレーナ:っ! ぁ――。 : 0:駆け込んできたセレーナ、カガチを庇って斬られ昏倒する。 : カガチ:――え? セレーナ:…………。 ケイ:……セレーナ!? カガチ:……おい、セレ……ーナ? セレーナ……? 嘘、だよな、おい、セレーナ! セレーナぁっ! : 0:ギデオ、斧を振りかぶる。 : ケイ:カガチ!! : カガチ:(M)お前は忘れてしまったんだ。 : 0:◆◇◆ : 0:カガチの部屋。 0:カガチ、目を覚ます。 : カガチ:……っは!? 夢、か。……っく。 : 0:カガチ、無くなった右腕を押さえる。 : カガチ:……何だって、今になってこんな夢を見るんだよ、俺は。 : 0:扉を叩く音。 : セレーナ: カガチ、起きてる? カガチ:……セレーナか、開いてるぞ。 セレーナ:カガチあんたに用……、って、あんたどうしたの? ひどい顔してるよ? 元々だけどさ。 カガチ:セレーナ……! 顔のことは互いに言いっこなしだろ。その……。 セレーナ:あたしはもう気にしてないっての。 カガチ:そうか。 セレーナ:もう、いつまで引きずってんだよ、情けない。 カガチ:…………。 セレーナ:あんた、悪い夢でも見たの? カガチ:……ああ、ちょっとな。 セレーナ:そう、あんたも。 カガチ:え? セレーナ:ああ、あたしもなんだ。 カガチ:そうなのか。 セレーナ:不思議なこともあるもんだ。何か関係あんのかね? カガチ:関係? セレーナ:うん、今日であの日から。 カガチ:ああ、十年、か。 セレーナ:元気にやってんのかな、ケイ。 カガチ:……やってるだろうさ。 セレーナ:そうだといいね。 カガチ:そりゃそうさ、なんてったってあいつは勇者だからな。 セレーナ:勇者、ね。 カガチ:それに俺の……。 セレーナ:ライバル? カガチ:……ああ。 カガチ:今はもう、どう思ってるか知れないがな。 セレーナ:……へー、珍しい。 : 0:セレーナ、カガチに顔を寄せてまじまじ見る。 : カガチ:な、何が? セレーナ:あんたがそんな弱気なの。 カガチ:ああ? セレーナ:いつもは馬鹿みたいに向こう見ずな癖に、今日はどういう風の吹き回し? 臆病風? カガチ:う、うるせぇ! セレーナ:なんか、今日ちょっと可愛いんじゃない? カガチ:う、うるせぇっての! いつまで引っ付いてんだ、セレーナ! セレーナ:昔はよくこうしてたじゃない? カガチ:昔は昔だ! セレーナ:…………。 カガチ:……どうした? セレーナ:……昔は昔、そうかもね。 カガチ:セレーナ……。 セレーナ:やだやだ、あたしは過去のことは気にしない女。あんたのがうつったわ。 カガチ:…………。 : 0:カガチ、セレーナの顔の傷を見る。 : セレーナ:あたしの顔に何か付いてる? カガチ:お前なぁ……! セレーナ:ごめんね、可愛くなくて。 カガチ:……そうだな。 カガチ:それで、結局何の用なんだ? まさか、怖い夢を見たから慰めて欲しいって訳でもねぇだろセレーナ? セレーナ:何、慰めてくれんのあんた? セレーナ:ひゅー、カガチ優しー。 カガチ:からかうんじゃねーよ。 カガチ:村長の娘のお前には婚約者がいるだろうが。そりゃもう立派なやつなんだろ? セレーナ:いるけどさ、ノリ悪いね、カガチは。 カガチ:お前の趣味が悪いんだよ。 セレーナ:でも、嫌いじゃ無いでしょ? カガチ:…………! セレーナ:何、その顔。あたしと趣味合うでしょ? カガチ:……ああ。まぁ、幼なじみだしな。 セレーナ:そうそう、合わないんだよね。あの人と。 カガチ:……ふうん、そうか。 カガチ:それで、用って何だ? お前の頼み事は大抵面倒事なんだよな。 セレーナ:失礼な。……まぁでも、今回はあたしの用じゃないんだ。 カガチ:じゃあ、何だよ? セレーナ:あんたにお客さんだよ。 カガチ:客? セレーナ:山の向こうから来た、なんとかって言う貴族だか商人だからしいんだけどね、 カガチ:貴族? こんな辺鄙なとこにわざわざ? 物好きだな。 セレーナ:そうそう、身なりの良い紳士でね。顔も悪くなかった。 カガチ:あっそ。 セレーナ:あんたに依頼があるってんで、うちを訪ねてきた。用心棒としてのあんたをご指名でね。 カガチ:用心棒の依頼ねぇ。俺みたいなやつを訪ねてくるなんて、もはや奇人の域だな。 セレーナ:それは否定しないけど、あんたもっと自分のこと認めたら? この辺りじゃ名の通ってる方だと思うよ隻眼のカガチ? カガチ:名が通ってるね。まぁ認めてるよ。それなりにな。 セレーナ:あのさ、 カガチ:なんだ? セレーナ:みんなはケイのことばっかり応援してるけどさ、 カガチ:…………。 セレーナ:私は見てるよ。 カガチ:……ああ。ならあんまり情けねぇことは出来ねぇか。 セレーナ:ふふ、行ってらっしゃい。 カガチ:……ああ。行ってくるよ。 : 0:カガチ、去る。 : セレーナ:私の小さな英雄、カガチ。 : 0:◆◇◆ : 0:村長の家の客間。 0:マルローとカガチが向かい合って座っている。 : カガチ:それで、あんたがその貴族様か? あぁ、言葉遣いがなっちゃいないのは勘弁してくれ? 田舎者なんだ。 マルロー:いえいえお気になさらず。いかにも。私、マルローと申します。家名や身分については少々事情がありまして、或る貴族のマルロー、とだけ名乗らせて頂きます。 カガチ:事情? マルロー:ええ。ですのでそうかしこまらずとも結構です。 カガチ:……取り敢えず、貴族様なんだな? マルロー:ええ尤も、忘れられて久しい……名ばかり貴族で、商人の真似事などして暮らしておりますがね。 カガチ:へぇ。 マルロー:なので、貴族という肩書きを信じてくださるかはさておき、この通りそれなりの金と力を持った男。その程度の認識で構いません。 カガチ:ああ、いい服だな。この村には似合わねぇや。 マルロー:お褒めいただきありがとうございまず。カガチ殿。 カガチ:カガチで良いよ。マルロー様。 マルロー:でしたら、私も敬称は不要です。 カガチ:ふぅん、それでマルロー? あんたは俺に何の用だ? こんな辺鄙な村まで。 マルロー:ええ、確かになかなか骨が折れましたよ。 カガチ:ご苦労なこった。使者でも送れば良いものを。 マルロー:いえいえ、私が直接お会いしたかったのですよ、カガチさん。 カガチ:ほう、なんでまた? マルロー:実際にこの目で見ないと分かりませんからね。 カガチ:確かに商人っぽいな。 マルロー:いえいえ。実はカガチさん、あなたに折り入ってお願いがあるのです。 カガチ:セレーナから聞いてる。依頼なんだろ、用心棒の。 マルロー:セレーナ、ああ、あの素敵なお嬢さんのことですね。ええ。そうです、腕利きのあなたにそういう依頼をしたく参りました。 カガチ:誰かと間違えてねぇかあんた? お嬢さんって、そんな歳じゃねぇよ。 マルロー:とんでもない。とても可憐な御方でした。 カガチ:可憐ねぇ。あんた、変わりもんだな。あの女をそう呼ぶやつはこの村にはそういない。 マルロー:変わり者とはよく言われますねぇ。ですが、あれだけ人目を引く美貌の持ち主なのに……、勿体ない。 カガチ:……セレーナのことはいいだろ。 マルロー:失礼、他意は無いのです。 マルロー:ああ、依頼ですが、あなたには少々荒事に協力して欲しいのです。 カガチ:荒事……? 強盗やら何やらなら他を当たってくれ。そういう仕事はしない。 マルロー:いえいえとんでもない! 寧ろ逆なのです。 カガチ:逆? マルロー:ええ、率直に申しますと強盗を、いえ盗賊というのが正確でしょうか。 カガチ:盗賊……。 マルロー:あなたにはこの辺り一帯を縄張りとする盗賊を退治して欲しいのです。 カガチ:……退治。どうしてあんたが? 国の仕事だろ騎士様に頼めよ。 マルロー:あまり大きな声では言えませんが、このような場合騎士は動かないのですよ。 カガチ:どうしてだ? マルロー:端的に言えば被害に対して討伐の遠征にかかる費用が釣り合わないからですね。 カガチ:はぁ……。そういうことか。じゃあ、あんたは私財を擲って、人助けってわけかか? マルロー:はい、そうなのです! カガチ:嘘つくなよ。 マルロー:あれれ? 疑われてます? カガチ:疑うも何も、あんたはそういう種類の人間じゃないだろ。裏があるはずだ。勿体ぶった言い方をしたんだからな。 マルロー:カガチさん、あなた賢いんですね。 カガチ:馬鹿じゃ無けりゃ不都合でも? マルロー:滅相もない。ただただ好ましいですね。 カガチ:何が目的だ? 家名を名乗らない辺り、売名目的じゃあ無いんだろ? 盗賊を潰す利益もあるやら無いやら。 マルロー:もちろん、利益はありますよ。商人の身としては略奪の被害も馬鹿に出来ませんからね。 カガチ:なら、用心棒として雇えば良いだろう。そういう話じゃなかったのか? どうして盗賊を潰す必要がある。 マルロー:必要はあるのですよカガチさん。あなたが盗賊を倒す必要がね。 カガチ:どういうことだ? マルロー:いずれ彼らはこの村を襲わないとも限らない。かつてそうなったように。 カガチ:…………。 マルロー:ところで、カガチさん。この村は彼の勇者の故郷だそうですね。 カガチ:知ってたのか。 マルロー:ええ。 カガチ:俺のことも? マルロー:ええ。知っていますよ。その右腕と右目。さぞ無念でしょうね。 カガチ:それを決めるのは俺だ。俺は過去に後悔なんかしちゃいない。 マルロー:あなたは強いんですね。彼女のように。 カガチ:セレーナは関係ない。 マルロー:ありますよ。彼女にも関係がね。 カガチ:……お前、どこまで知っている。 マルロー:全て調べましたよ。そしてこの依頼はあなた以外に出来ない。そう思ったのです。 カガチ:なんだと? マルロー:件の盗賊なんですがね、かつていくつもの村々を荒らし回った盗賊団の、残党なのですよ。 カガチ:残党……? マルロー:何故。と、あなたは問いましたね。答えは簡単です。復讐なんですよ。 カガチ:復讐……? マルロー:ええ、かつて私の家が治めた領地はある者達に襲撃されたんです。その時に私は同胞を失いました。 カガチ:…………! マルロー:随分昔のことですけどね。 カガチ:それで復讐か。だがそれなら尚更、国の協力がいるだろう。街を襲うような凶悪な盗賊なら騎士団が動くには十分だ。俺一人に声をかけてどうにか出来ると思うか? マルロー:ああ、違うんです。 カガチ:何がだ? マルロー:あなたに頼みたいのは頭目の暗殺、いえ半殺しでの捕縛ですね。 カガチ:……!? どうしてそんなことを! マルロー:だから復讐ですよ、どうするのかは、言わなくても分かりますよね? カガチ:あんたどうかしてるぜ。どうして俺がそんなことをしないといけない。第一、それが俺に出来ると? マルロー:できますよ、あなたになら。 カガチ:何? マルロー:ああそうだ。カガチさん。その盗賊団には、全身に火傷を負った大男がいるそうです。 カガチ:火傷……! まさか! マルロー:あなたなら、この依頼受けてくれると思うのですよ。それにこれはあなたのためでもある。過去と訣別したくはありませんか? カガチ:俺の……。 マルロー:いかがでしょう、辺境の英雄、隻眼のカガチ? カガチ:……外に出るぞ、マルロー。 マルロー:はい? カガチ:人に聞かれたくない。 マルロー:どこに行くんですか? カガチ:……近くの洞窟だ。あそこなら誰も来ない。 : 0:二人、出て行く。 0:奥の部屋のドアが開きセレーナが出てくる。 : セレーナ:……あの時の盗賊の……? いえ、でもそんな筈……。 : 0:◆◇◆ : 0:回想。 0:洞窟の中。 0:松明を持ったセレーナとその後を追うケイとカガチ。 : ケイ:待ってよカガチ! カガチ:しっかりしろよケイ、セレーナどんどん進んでくぞ。 ケイ:そんなこと言ったって、暗くて足下がよく見えないんだよ……! カガチ:びびってんのか? 情けねぇな。 ケイ:びびってないよ! カガチだって全然進んでないじゃないか! カガチ:それはあのお転婆が……! セレーナ:誰がお転婆? ねぇ、ちょっと私のナイト様? 遅いんじゃなくって? カガチ:誰が騎士だ! セレーナ:いやカガチは騎士じゃなくて従者。 カガチ:何!? セレーナ:ほら、ケイ。手を出して。 ケイ:え、う、うん。ありがとうセレーナ。 セレーナ:ふふ、どういたしまして。ナイト様。 カガチ:っは! お姫様に手繋いで貰ってる騎士なんてだっさいなぁ! セレーナ:手ぶらで口しか動かせないのろまな従者よりはまし。 カガチ:何だと!! セレーナ:行こ、ケイ。 ケイ:うん! : 0:ケイ、セレーナ洞窟の奥に進んでいく。 : カガチ:何だよ、ケイばっかり……。あ! 置いてくなって! : 0:同、洞窟。 0:村長の客間の後。 : マルロー:待って下さいよ、カガチさん! 歩くの速いですって。それに狭いですねぇ、ここ……! カガチ:ああ、すまねぇ。考え事をしていた。 マルロー:もしかして昔のことです? カガチ:どうして分かる? マルロー:いかにも秘密基地って趣ですからね。 カガチ:ああ、幼い頃よくここで過ごした。思い出よりも幾分狭い。 マルロー:子供の頃は自分の村や町が世界の全てのように感じるものですよね。 カガチ:大人になってみると、なんだこんなものかと思うがな。 マルロー:ははは、私にも覚えがありますね。ここには件の勇者とも? カガチ:……ああ。 マルロー:本当だったんですね。勇者がこの村の出身だったって。 カガチ:信じてなかったのか? マルロー:ええ、まぁ。 カガチ:そりゃこんな辺鄙な村からあの有名な勇者が出るなんて思わないよな。誰も。 マルロー:いえいえ、そうではありませんよ。 カガチ:何? マルロー:盗賊の話の続きになりますがね。 カガチ:……? マルロー:騎士こそ派遣されませんが、王侯貴族の間では結構問題視されていたんですよ。理由は先程言いましたが、 カガチ:採算が取れないんだって? マルロー:ええ。それに辺境まで兵を派遣したとあっては国の守りも危うくなります。 カガチ:要は助けは期待できねぇってことだろ。いいから教えろよ、例の盗賊の居場所。 マルロー:そうですね、ああ、ちなみに報酬はいかがします? カガチ:そんなもん何だっていい。あんたが復讐で動くのと同じく、俺だってそうだ。だから、それが報酬だ。 マルロー:その言葉、忘れないで下さいね? カガチ:商人っぽいな。 マルロー:ええ。……あー、では、あなたの望みを一つ叶えるというのでどうでしょう? カガチ:望み? そんなもんは……ねぇが。今は復讐だ。 マルロー:おや、そうですか、復讐。ああ、でもそんなあなたにこれだけは言っておいた方が良いかもしれませんね。 カガチ:何だよ? マルロー:勇者は私情でしか動けないんです。 カガチ:は? それはどういうことだ? マルロー:騎士や兵士は命令で、王の命令で動きます。盗賊の討伐とか、ね。でも勇者は国の枠組みで動かない。国の命令では動けないのです。 カガチ:勇者は世界の救済者であって、一つの国に肩入れしてはいけないことになってる。だろ? マルロー:おやご存知で。 カガチ:伊達に幼なじみが勇者やってねぇよ。 マルロー:ええ、勇者は国の利害で動きません。故に、この村を助けに来ることも出来るはずなのですよ。 カガチ:は? マルロー:なのに勇者は何故来ないのか。 カガチ:…………。 マルロー:ああ、話が逸れましたね。盗賊の根城ですが―― : カガチ:(M)お前の世界は広がり、俺たちは置いていかれたんだ。 カガチ:(M)そりゃそうだ、世界は広いのだから。 カガチ:(M)かつて村を焼いた盗賊にまた襲われそうになってる村なんか救ってる余裕、無い。 カガチ:(M)ケイ、お前は忘れてしまったかも知れない。 カガチ:(M)たかが自分の生まれ育った辺境の小さな小さな村のことなんて。 : 0:◆◇◆ : 0:回想。 0:燃えさかる村。 0:動けないケイを抱くセレーナ、二人を庇うカガチ。 0:カガチ、満身創痍で右眼を失っている。 : セレーナ:カガチ、もう逃げて! あなただけでも! ケイ:カガチ……! カガチ:置いてけるわけ……ねぇだろ……! ギデオ:ガキが! カガチ:俺が、どうにかしてこいつを――! ケイ:カガチ……! カガチ:え、どこに……!? ケイ:右! ギデオ:おらぁぁっ! : 0:ギデオ、斧をカガチの右腕に振り下ろす。 : カガチ:ぐっ!? がぁぁぁぁぁぁ……!! セレーナ:カガチーっ! ケイ:カガチ……! こ、こんな、 カガチ:う、ぐぁ、く、くそ……! 動け! ギデオ:へへへへへ! 死ね! ケイ:カガチ! カガチ:あ、ああ……!? : 0:ギデオ、カガチに剣を振り下ろす。 : セレーナ:っ! ぁ――。 : 0:駆け込んできたセレーナ、カガチを庇って斬られ昏倒する。 : カガチ:――え? セレーナ:…………。 ケイ:……セレーナ!? カガチ:……おい、セレ……ーナ? セレーナ……? 嘘、だよな、おい、セレーナ! セレーナぁっ! ギデオ:なんだぁ、こいつ飛び込んで来やがって、あーあ。これじゃ商品にならねぇじゃねーか。 ケイ:セレーナ、セレーナぁ!! カガチ:お前、殺して、やる……! 殺して……! 殺して……! 殺す……っ! ギデオ:うるせぇガキだなぁクソが。弱いやつがイキがんなよ。死ね。 : 0:ギデオ、斧を振りかぶる。 : ケイ:カガチ!! : 0:ケイ、落ちていた鍬を拾い上げ、ふらつきながら駆け出す。 : ケイ:……よくも! よくもぉ! うぁぁぁぁぁあ! ギデオ:なんだ、しぶといガキ……だ、火? : 0:ケイに睨まれたギデオが燃え上がる。 : カガチ:ケイ……?! その火は?! ギデオ:……な、あ、熱い! 熱い! ケイ:うおぉぉぉぉ! : 0:火に包まれ無防備になったギデオにケイが鍬を振り下ろす。 : 0:◆◇◆ : 0:盗賊の根城。 0:カガチ、火傷を負った盗賊を追い詰め、剣を振り下ろす。 : カガチ:はぁっ……!! ギデオ:がっ――! : 0:ギデオ、動かなくなる。 : カガチ:……ふぅ……。 マルロー:いや、お見事。この辺り一帯で暴虐の限りを尽くした盗賊の首魁、ギデオをこんなにもあっさりと仕留めるとは。 カガチ:…………ギデオ? マルロー:流石は辺境の英雄と名高いカガチ殿。 カガチ:…………なぁ、マルローさんよ。 マルロー:おや、どうされましたか? カガチさん? カガチ:あんた、何が目的だ。 マルロー:言ったじゃないですか。敵討ちですよ。あなたもそれに賛同してくれたからここに来たのではないのですか? カガチ:ああ、そうだ。けどよ、これはいったいどういうことだ? マルロー:どういうこととは? あなた様が見事、因縁の盗賊を打ち倒した。のだと、私は認識しておりますよ。まぁ、息の根は止めてしまったかも知れませんが。細かことは気にしません。 カガチ:それはおかしいだろ。 マルロー:おかしい? 何がです? カガチ:俺が、あのギデオとかいう盗賊を殺せるはずがないんだ。 マルロー:それは謙遜ですか? カガチ:ちげぇよ、そうじゃねぇ。 マルロー:何が違うというのですか? そこに転がっている盗賊はカガチ殿が…… カガチ:こいつをやったのはケイだ!! マルロー:……かつてはね。でも、生きながらえたこの男に今とどめを刺したのはあなたですよ。目の前の死体とあなたの手の感触が証明してくれるのでは? カガチ:ああ、確かに、この目に焼き付けた姿はそっくりそのまま今目の前にあって、俺の手にはそれを斬った感触がある。 マルロー:ですから言っているでしょう? カガチ:でも、なんでそっくり同じなんだ! マルロー:同じ? カガチ:こんな火傷を負ったやつが生きられるわけねぇが、何より、 マルロー:何より? カガチ:こいつはケイに焼き尽くされた。 マルロー:…………。 カガチ:燃えさかる炎の中で炭になっていく姿が俺には焼き付いている。その時のままなんだよ、こいつは。 マルロー:へぇ、不思議なこともあるものですね。 カガチ:なぁ、何者なんだ? マルロー:死んで灰になった男。まさか、蘇りでもしたんですかね? カガチ:違う。 マルロー:違う? カガチ:……こいつじゃねぇよ。あんただ。 : 0:カガチ、マルローに剣を向ける。 : マルロー:おやおや、冗談ですよね。私を斬るんですか? その男のように。何のために? カガチ:それは俺の台詞だ。あんた、何がしたい。俺に何をさせたい? 返答によっちゃ、斬る。 マルロー:だから、復讐ですよ。隻眼のカガチ。 カガチ:そうか。答えないか。なら死ね……っ! : 0:カガチ、マルローを斬る。 : マルロー:ぐあー! : 0:マルロー、動かなくなる。 : カガチ:……っち、何だったんだ。 ギデオ:ひどいじゃありませんか。 : 0:ギデオ、起き上がりカガチの肩に手をかける。 : カガチ:……なっ!? ギデオ:カガチさん? カガチ:お前、まだ生きていたのか……! ギデオ:ええ、生きております。盗賊ギデオ、このくらいの傷、屁でもありませんね。 カガチ:そんな、馬鹿な……! っくぅ! : 0:カガチ、ギデオの手を振り払い距離を取る。 : ギデオ:おっと、まだやるのですか? そんなに私が憎いですか? 話し合いません? カガチ:テメェと話す舌は持たねぇよ! 死人は黙って死んでろ! おらぁっ!! ギデオ:ぐぁぁぁぁ……! : 0:ギデオ、カガチに斬られて動かなくなる。 : カガチ:何なんだよ……! これは!? マルロー:さて、何でしょうね? カガチ:……はっ!? : 0:マルローがカガチの背後に立っている。 : マルロー:お話ししません? カガチ:てめぇ! うぉぉぉぉぉ!! マルロー:ぐあー! : 0:マルロー、動かなくなる。 : カガチ:どうなってやがる! ギデオ:知りたいですか? : 0:ギデオ、起き上がりカガチの背後に立っている。 : カガチ:……くっ!? ギデオ:おっと、そろそろ剣を下ろしませんか? 時間が勿体ない。 カガチ:てめぇ、いったい何なんだ! ギデオ:それを知りたければ、目を背けないことですよ、現実から。 カガチ:目を背ける? ギデオ:ええ、しっかりと見て下さい。ああ、でもあなたに残されたその左目ではなくて、失った右目でね。 カガチ:何を言ってる……! ギデオ:その左目を瞑って下さい。そうすれば、きっと真実が見えてくるはずですよ。 カガチ:ふざけんな! ギデオ:おや、戦いの最中に目を瞑るのは怖いですか? 安心して下さい。私は何もしませんよ。 カガチ:信じられるか! ギデオ:まぁこれはあなたにとっては信じがたい状況かも知れませんが……あ、それとも、 カガチ:ああ? ギデオ:かつてあなたの右目を奪い、あなたに二度殺されたこの私が怖いのですか? カガチ:…………!! ギデオ:さぁ、どうします? 私を、或いはそこの商人を何度斬っても無駄なのはお分かりでしょう? あなたは賢い。そう思っているのですがね。カガチ殿? カガチ:……っく! : 0:カガチ、左目を瞑る。 : ギデオ:ははは、素直ですね。 カガチ:…………なんだ、これは……! ギデオ:それは失ったあなたの目が追う者です。 ギデオ:今、あなたには何が見えますか? カガチ:……ケイ? カガチ:でも、俺の知ってるあいつは……。 ギデオ:ええ、彼の勇者の今の姿です。 カガチ:ケイの今……? ギデオ:この村を、あなたを捨てて生きるあなたの友人の、いえ。 : 0:間。 : ギデオ:あなたのかつてのライバルですよ。 カガチ:…………。 ギデオ:もうお気づきでしょう? カガチ:何に……。 ギデオ:あなたの真の願いに。あなたはその目を理由に見て見ぬふりをしていたんですよ。カガチ。 カガチ:ふざけるな! 願いだって……? 俺が何を願うって? お前に俺の何が分かる! 訳の分からん喋る死体に! 俺の何が分かる! ギデオ:あなたのことはよく分かりますよ。あなたがその右目と共に失ったのは未来です。その右手と共に断たれたのは運命です。或いは彼との繋がりそのもの。そうでしょう? カガチ:…………!! ギデオ:そしてライバルだと嘯きながらも思っている筈です。 カガチ:何を! ギデオ:今、神童と呼ばれる賢者を連れている彼は、いつか自分を庇って右眼と右腕を失った無謀だけが取り柄のライバルのことなんて気にかける必要もなければ覚えているはずもない。 カガチ:あいつはそんなこと……! ギデオ:今、絶世の美女といわれる亡国のお姫様を連れてる勇者には、いつかあなたととりあった、村で一番かわいい程度だった、今となっては疵物の幼馴染みなんて守る理由もなければ覚えているはずもない。 カガチ:俺達を忘れてなんて……。 ギデオ:そして同時にこうも思っていますね。それが願いです。 カガチ:願い……。 ギデオ:そこはこの俺、カガチの場所だ、彼女セレーナの場所だ、とね。 カガチ:…………。 ギデオ:本来なら隣に立つのは自分であるべきで、なのにあなたたちはこんな辺境の村にいる。何故か? カガチ:そんなもの……! ギデオ:ええ、勇者として目覚めた彼に付いていくことが出来なかったからです。彼にこの村を、セレーナを守るように言われたから。そうでしょう? カガチ:……ああ。 ギデオ:けれど、あなたはそうでないことを知っている。或いは当時はそうでも、今は違っていることを知っている。 カガチ:……やめろ。 ギデオ:あなたはそのことから目を背けているんですよ。 カガチ:……やめろ! ギデオ:カガチ。焔の勇者ケイ・フラムはあなたとセレーナを捨てたの―― カガチ:やめろぉぉぉぉぉ!! ギデオ:がっ――! : 0:◆◇◆ : 0:回想。 0:ギデオ、カガチに斬られて動かなくなる。 : カガチ:ケイ、お前……? ケイ:ねぇ、カガチ。 カガチ:…………。 ケイ:僕は君を守る勇者になれたかな? カガチ:ケイ……。 ケイ:カガチ、僕は世界を守る。 カガチ:ケイ……! ケイ:君は、セレーナとこの村を――。 カガチ:待て、ケイ……! : 0:雨。 : 0:切り倒したギデオを前に息を荒げるカガチ。 : カガチ:はぁ……はぁ、…………はぁ……。……お前は、いったい何なんだ。 : 0:マルローが起き上がり、カガチの背後に立っている。 : マルロー:私は過去の亡霊ですよ。 カガチ:亡霊……? マルロー:無念のまま死にゆくあなたをこちら側に引き込む過去の亡霊です。 カガチ:それは、その盗賊、ギデオのことか? マルロー:その男もまたそうですが、所詮はあなたが踏み越えるべき壁といったところでしょうか? カガチ:壁? マルロー:あなたの足を止めさせた一つ目の壁。それを越えないことには、あなたはなれません。 カガチ:俺がいったい何になると言うんだ! マルロー:決まっているでしょう? カガチ:何が! マルロー:ライバルですよ。 カガチ:ライバル。 マルロー:なりたいのでしょう? そうありたいのでしょう? カガチ:……それは! ……たとえそうだとして、お前はどうして俺にそんなことをさせる? お前は。結局何なんだ? マルロー:あなたに語った通り復讐を誓った貴族です。 カガチ:復讐…………貴族って、お前まさか……! マルロー:ははは、やはりあなたは賢い。そうですよ。私は魔王崇拝者の生き残りです。かつて勇者に滅ぼされた貴族の、ね。 カガチ:……それで敵討ちを手伝えと? お前の仲間になるとでも思ったのか? ふざけんな。こんな何者でも無い俺でも、あいつの友達で――! マルロー:違いますよ。私は、 マルロー:私はあなたと同じなんです。 カガチ:同じ? マルロー:私もあなたと同じく勇者に捨てられ、忘れ去られた存在なのですよ。 カガチ:…………! マルロー:あなたは勇者に守られ、私は勇者に倒された。その違いはあれど、そういう意味では、あなたも私も勇者にとっての亡霊に過ぎない。私はただ、そう思ったのです。 カガチ:…………。 マルロー:私は敵討ちの為にあなたに声をかけたのではありません。私の、私達の存在をあの勇者に刻み付ける為にあなたに声をかけたのです。その為の力を授けましょう。魔王の力を。勇者に並び立たんとする力を! あなたにはその資質があります。勇者との因縁である過去の亡霊をたった今下したあなたには! 隻眼の英雄カガチ!  カガチ:願いを叶える。そういう意味か。 マルロー:ええ。どうです? 私の手を取り、勇者のライバルに舞い戻りませんか? それが私の報酬です。 カガチ:俺は……! セレーナ:私は行くよ、カガチ。 : 0:物陰からセレーナが現れる。 : マルロー:おや。 カガチ:セレーナ!? どうしてここに!? セレーナ:話は聞いてた。マルローさん、私はあなたに付いていく。 カガチ:正気かセレーナ! セレーナ:分かるでしょ、あんたには。私はもう失いたくないんだ。 カガチ:何が……。 セレーナ:正直になりなよ、カガチ。行きたかったんでしょう? カガチ:それは……、でもよ、セレーナ。あの時無理にでもついていけば何かが変わったのか?  セレーナ:いいえ、変わらない。 カガチ:そうさ。俺は何度も考えた。でも、答えは何も変わらない、だ。俺はただ道中で死に、ケイはそれを乗り越えて強くなる。それだけだ。 マルロー:あなたたちを置いていったときと同じように、ね。 カガチ:お前は黙ってろマルロー! マルロー:ええ、見届けましょう。 セレーナ:ねぇカガチ。あんたはあの日を憶えているんでしょう? 村を襲った盗賊団を撃退したあの日。そこに転がってる盗賊から、あんたは私達を庇って片眼と片腕を失った。そんなあんたを助けようとした私はこの傷を負った。その後のことを私は知らないけれど。たとえ、命を落としたとしても。あんたそれでもケイに付いていきたかったんでしょう? あの日私達を命がけで庇って、けれど守り切れなくて、死ぬこともできなかったあんたは。己の無力さを呪ったあんたは。いつだって死に場所を探してた。 カガチ:そんなことどうしてお前が! セレーナ:知ってるよ。見てたよ、ずっとあんたのこと。あんたをそんなにしたのは私だから。 カガチ:セレーナ……。 セレーナ:あんたはあんたのことを、守るはずだったケイや私に守られた情けない男だと思ってるかも知れないけど、私だってあんたに守られた情けない女だ。ただあんたやケイに甘えてた、情けない女。 カガチ:……! セレーナ、それは違う! セレーナ:違わないよ。この傷を見て優しく接してくれるあんたに、後ろめたさを覚えながら、私はどこか安心していたんだ。あんたが悲しい顔をする姿に、私はこの胸を締め付けられながら、呆れるだろうけど、同時に愛おしさを感じていたんだ。 カガチ:なんで……! セレーナ:ねぇ、カガチ。あんたは勇者じゃなくたって、私の小さな英雄なんだ。私の目に、心に焼き付いて離れない、小さな背中をした傷だらけの英雄なんだ。そして私はその傷を肩代わりしたいっていまでも思うんだ。 カガチ:セレーナ……。 セレーナ:だから、カガチ。私はこの男に付いていく。良いだろう? マルローさん。 マルロー:そうですね、私は構いませんよ。ただまぁあなたに資質があれば、ですがね。 カガチ:セレーナ、後ろ! : 0:セレーナの背後でギデオが起き上がる。 : ギデオ:がははははは! 死ね! セレーナ:亡霊は失せな――ッ! : 0:セレーナの背後に風が起こり、ギデオを切り刻む。 : ギデオ:がっ――! マルロー:ははは! これは風を刃にする魔法ですか! 初めて見る魔法です。 カガチ:セレーナ、その技は!? セレーナ:名前はない。けど、これなら私のように非力でも、どんなに距離があってもすぐに届く。これならあんたを守ることが出来るでしょう? カガチ:セレーナ……。 マルロー:素敵ですね。いや、しかしすごい切れ味です。バラバラになりすぎて、ああ、これじゃ復活は厳しそうですね。まぁ、資質を持った存在はもう一人いたということですね、良いでしょう。あなたに力を授けましょう。 セレーナ:ありがとう、マルロー。 マルロー:ええ、これからよろしくお願いしますよ、セレーナ・ヒューズ。 マルロー:……では、行きましょうか。 : 0:マルローとセレーナ、去ろうとする。 : カガチ:待て! セレーナ:……カガチ。 マルロー:何ですか? あなたは来ないのではありませんでしたか? カガチ:いいや。俺も行く。 マルロー:へぇ、どうして? カガチ:決まってるだろう。あいつが忘れ去ったとしても、俺は覚えているんだ。勇者として覚醒したケイが旅立っていったあの日のことを。悔しさと恥辱と後悔に満ちたあの光景を。あいつは勇者で、俺はただの村人だった。それを思い知ったあの日のことを。 セレーナ:カガチ。 マルロー:今更ですが、道を違(たが)えることになりますよ? 友としても、人としても。セレーナさんもそれは承知ですね? セレーナ:ええ、人としての生に未練は無い。この傷を負ったあの日から。 マルロー:それは素敵ですね。 カガチ:俺も構わない。再びあいつと並び立つためならば、人の道を外れようと構わない。ライバルとして、いいや。もはやライバルではなく、純然たる敵として、勇者の前に立ちはだかることになろうとも、それが俺の望みだ。 マルロー:ははは、はははははは! 良いでしょう。セレーナ・ヒューズ、カガチ・トーレス。亡霊同士これからは共に生き、共に行きましょう。我々を忘れ去り栄光の中をひた走る焔の勇者を震え上がらせ、我々の存在を刻みつけてやりましょうか同胞よ。我らの復讐の為に! セレーナ:ええ、復讐の為に! カガチ:ああ、復讐の為に! : 0:三人、笑みを浮かべる。 : 0:◆◇◆ : 0:森の中、勇者のケイの野営地。 0:ケイが焚火を眺める。 : ケイ:カガチ……。 : ケイ:(M)カガチ、僕は覚えているよ。 ケイ:(M)今、勇者と呼ばれ、世界を救うために戦っている僕だけど、かつて僕のライバルだった君のこと。 ケイ:(M)同じ村で共に育った親友で、強くなろうと夢見て競い合うライバルで。 ケイ:(M)けれど君は忘れてしまったかもしれないね。僕のことなんて。 ケイ:(M)あの頃は裏山の洞窟を冒険したり、幼馴染みの女の子もとりあったよね。 ケイ:(M)そんな思い出の日々を君はもしかしてまだ憶えているだろうか? ケイ:(M)そしてあの日を僕は忘れない。 ケイ:(M)忘れもしない。あの光景だけは。 ケイ:(M)カガチ。君は英雄で。 ケイ:(M)僕は軟弱な村の子供に過ぎなかった ケイ:(M)それを思い知ったあの日のことを。 ケイ:(M)でも、君にはどうか忘れていて欲しい。 ケイ:(M)僕のせいで右目と右腕を失ったあの日のことを。僕のせいでセレーナを傷つけてしまったことを。 ケイ:(M)君は忘れて幸せにに過ごして欲しい。 ケイ:(M)それが僕が勇者になる切っ掛けで、迷惑かも知れないけれど今でもライバルだと思っている僕の切なる願いだ。 : カガチ:(M)たとえ、お前にどう思われようと、俺は嬉しい。 ケイ:(M)嫌われていたとしても、それでも、また会いたい。 カガチ:(M)昔みたいに、また、競い合い、そして殺し合おう。 ケイ:(M)昔みたいに、また、語り合い、そして笑い合おう。 カガチ:(M)なぁ、ケイ。 ケイ:(M)ねぇ、カガチ。 カガチ:(M)ああ、早く会いたいな。俺の勇者。 : ケイ:ああ、早く会いたいな。僕の英雄。 : 0:薪が爆ぜる音が森の中に吸い込まれて消える。 : 0:◆◇◆◆◆◇◆