台本概要

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タイトル 小さな檻にカナリアの声は響く。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル コメディ
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 淡々とした掛け合い。
声をテーマとしたストックホルム症候群モノ。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ステラ 125 ステラ・オルティス。攫われた令嬢。
ディラン 124 ディラン・フローレンス。誘拐犯。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:小さな檻にカナリアの声は響く。 : 0:◇登場人物 ステラ:ステラ・オルティス。攫われた令嬢。 ディラン:ディラン・フローレンス。誘拐犯。 : 0:◇ : ステラ:私は、カナリア。 ディラン:ああ? どうした、ステラ。 ステラ:いいえ、そうじゃ無い。 ディラン:……ああ『かもめ』か。 ステラ:ふふ。ええ。 ディラン:でもどうしてカナリアなんだ? カモメじゃなくて? ステラ:だって、ここに自由は無いでしょう? ディラン:かと言って、危険を報せる相手もいないだろ? ステラ:あなたがいるわ。 ディラン:ふ、俺がいる、か。 ステラ:ええ、ディラン。 ディラン:お前を危険な目に遭わせる男が、な。 ステラ:それでも、私はそうしたくてあなたに着いてきたの。 ディラン:それはまたどうして? さっき自由が無いと言ったが、それは君が自ら捨てたものだ。猟銃でいたずらに打ち落とされるでも無く、な。 ステラ:ええ、だからそう、ここにいるのは私の意志よ、ディラン。 ディラン:そう仕向けたのは俺かも知れないぜ? ステラ:あなたみたいにのろまな人が、カナリアを捕まえられるかしら。 ディラン:はは、それはそうだな。 ステラ:だから私はあなたの肩で休むことにしたの。 ディラン:休めたかい、カナリアさん? ステラ:いいえ、ちっとも。 ディラン:そうか。それはすまなかったな。 ステラ:でも、楽しかった。 ディラン:そうか。 ステラ:ええ。 ディラン:もう、逃げても良いんだぞ、ステラ。 ステラ:逃げる? ディラン:鳥籠の鍵は開いてるって言ってんだ。 ステラ:知ってるわ、そんなの。 ディラン:知ってたのか。 ステラ:ええ。あなたはせっかく入った鳥籠に、鍵をかけ忘れるお間抜けさんだから。 ディラン:鍵の開いた鳥籠から逃げない小鳥さんは賢いのか? ステラ:賢いに決まっているでしょう? ディラン:へぇ? どうして? ステラ:だって、外の世界にはカラスやワシ、それにフクロウだっているもの。 ディラン:カモメもな。 ステラ:こんなところにカモメは居ないわ。居るのは、せこせこと木の実やミミズを囓る小さな鳥と、それを食べる大きな鳥だけ。 ディラン:お前はそんな世界に飽き飽きしたって? ステラ:空なんて見たくないわ。 ディラン:こんな薄暗い、廃モーテルの天井を見る方が好きか。変わってるな。 ステラ:あなたが変えたのよ。 ディラン:俺が? ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんてくるのかな? ディラン:来てくれないと困る。 ステラ:じゃあ、どうして私を連れ出したの? ディラン:ただの気まぐれさ。 ステラ:あなたは気まぐれにカナリアを攫ったの? ディラン:或いは道楽だな。カモメを撃ち落とすのとさして変わらねぇ。 ステラ:馬鹿な話ね。危険を報せる鳥を手に入れるのにわざわざ危険を冒すなんて。 ディラン:虎穴に入らずんば虎児を得ずってね。 ステラ:虎穴? なに? ディラン:東洋のことわざさ。虎の子供を手に入れたいなら危険を冒してでも虎の住む穴に入らないといけない。 ステラ:私は、だからただのカナリアなのに? そんな価値無いと思うけど? ディラン:密漁でもやらかすんなら別だがな、虎の子自体にさして価値があるわけでもないさ。ただ、虎ってのは、子供を大層大事に育てるもんだ。なら、大事に育てられるだけの価値がある。そんでそれを奪うことに意味があるのさ。 ステラ:へぇ、あなたはチャレンジャーだったのね。 ディラン:今更気付いたのか? ステラ:そうは見えなかったから。 ディラン:……へぇ。じゃあ、何に見えたのさ。 ステラ:なんて言うのかしら。そう、あなたは歳老いたライオンみたいね。 ディラン:はは、そんなに老けてるか? ステラ:というか、死に場所を探してるみたいな。 ディラン:……まぁ、若いオスでも無けりゃ、チャレンジャーには見えないだろうな。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんてくるのかな? ディラン:来てくれないと困る。 ステラ:なのにあなたは、危険な目に遭うために、私を攫ったの? ディラン:どっちだろうな。 ステラ:え? ディラン:金が欲しかったのか、高揚感が欲しかったのか。 ステラ:高揚感? ディラン:狩りの高揚感さ。 ステラ:スリルってこと? ディラン:ああ、俺には生きる目的なんて無いからな。欲しいものも、守るものも何も。 ステラ:虎みたいに? ディラン:ああ。だから。快楽で生きてきた。 ステラ:そんなの誰だってそんなものでしょう。 ディラン:お前もそうなのか? ステラ:私は……。ただのカナリアだから。 ディラン:なら、俺はライオンだ。 ステラ:ふふ、似合わない。 ディラン:だろうな。 ステラ:……助けとか、来ると思う? ディラン:来なけりゃ、身代金が手に入らない。 ステラ:或いは死に場所が? ディラン:邪推するなよ。 ステラ:でも私には、あなたがそうとしか見えないわ。 ディラン:だとして、お前はどうなんだ? ステラ:え? ディラン:お前は来ると思うか? ステラ:さぁ、来ないんじゃない。私なんて、所詮カナリアだもの。 ディラン:来て欲しいとは? ステラ:……分からない。 ディラン:やれやれ、随分面倒なお姫様を攫っちまったもんだ。 ステラ:こっちこそ、面倒なおじさんに攫われたわ。 ディラン:どうせなら王子様が良かったって? ステラ:ううん、もっと若くて素敵な狼に。 ディラン:狼だぁ? どうして? ステラ:だって仲間が多くて楽しそうじゃない? それにきっと刺激的。 ディラン:不良娘が。どんな目に遭っても知らねぇぞ? ステラ:ふふ、冗談よディラン。私を攫ったのがあなたで良かった。 ディラン:攫われて良かったって? ステラ:そうでなけりゃ、誰がこんな汚い天井、好き好んで見てると思う? ディラン:俺は嫌いじゃ無いがな。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんてくるのかな。 ディラン:来てくれないと困る。 ステラ:じゃあ、あなたはこれからどうするの? ディラン:どうするって? ステラ:身代金が手に入ったら。 ディラン:さぁ、考えてなかったな。 ステラ:どうして何も考えてないのよ。 ディラン:……考えていたとして、お前に話すと思うか? ステラ:どうして? ディラン:お前は人質で、身代金を受け取ったらお前とはおさらばなんだぞ? ステラ:だから? ディラン:お前にこれからの行き先伝えたら捕まるだろうが。 ステラ:私があなたのことを吐くとでも? ディラン:吐くだろうよ、おしゃべりなカナリア。 ステラ:まぁ、そうかもね。 ディラン:まったく。 ステラ:なら、 ディラン:ああ? ステラ:殺す? ディラン:……。 ステラ:私のこと、殺しておく? ディラン:それも良いかもしれんな。 ステラ:ふふ、怖い怖い。 ディラン:海を渡る。 ステラ:海? ディラン:ああ。 ステラ:どこに行くの? ディラン:サバンナ。 ステラ:……ライオンだから? ディラン:ライオンだから。 ステラ:ふふ。そう、サバンナは広そうね。 ディラン:ああ。広くて、きれいで、 ステラ:きっとここより残酷ね。 ディラン:そうかもしれないな。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんてくるのかな? ディラン:来てくれないと困る。 ステラ:そう・だったら私も行きたいな。 ディラン:どこに。 ステラ:サバンナ。 ディラン:そいつは……。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:行けばいいんじゃないか。 ステラ:ねぇ、ディラン! ディラン:お前がどんなに喚いても、俺はお前を連れてはいけないな。 ステラ:どうして? ディラン:分かるだろ? ステラ:私が、 ディラン:……。 ステラ:私が、カナリアだから? ディラン:違うな。 ステラ:え? ディラン:お前がカモメだったとしても、俺はお前を連れて行けない。 ステラ:どうして? あなたがライオンだから? ディラン:いいや。 ステラ:じゃあ、どうして? ディラン:お前がステラで、俺がディランだからだ。 ステラ:意味分かんない。 ディラン:分かってくれとは言わねぇよ。 ステラ:話してもくれないんでしょ? ディラン:ああ。そうさ、お嬢さん。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんて、来るのかな。 ディラン:来てくれないと、困る。 ステラ:私は別に困らないよ。 ディラン:俺が困るんだよ。 ステラ:困るために連れ出したの? ディラン:こんな筈じゃ無かったんだがな。 ステラ:どんな筈だったの、ディラン。 ディラン:決まってるだろ? お前の親父から大金せしめて、クズのお袋やクソッタレの兄弟どものしがらみ全部捨て去ったら、俺は晴れて自由の身だ。好きに生きて、勝手に死んでやる。 ステラ:カモメみたいに? ディラン:ライオンみたいに。 ステラ:それは素敵。 ディラン:ああ、人生にいちいち意味を見出すなんてのは馬鹿のやることだ。生き物なんて、食って食ってクソして寝る。起きたらクソしてまた食って食ってクソして寝る。その繰り返しだ。ついでに時々いい女にありつけたら重畳だ。 ステラ:なら私はどう? ディラン:ガキはコーラでも飲んでろ。 ステラ:ふん。 ディラン:お前はただのカナリアなんだろ、ステラ。 ステラ:ええ、でもライオンに食べられるのも吝かじゃ無いわ。 ディラン:だとしても、俺はお前がどう生きようが興味ねぇよ。 ステラ:どうして。 ディラン:お前がステラだからだ。 ステラ:なにそれ。私がステラ・オルティス。金持ちの娘だからってこと? ディラン:ああ。お前は身代金をせしめるための道具だ。道具に欲情する趣味は無い。 ステラ:っは。意味を見出すのは馬鹿だとか言っておきながら、あんたは意味に縛られてるのね、ディラン。 ディラン:かも知れねぇな。けど、だからなんだ? 俺は納得してる。 ステラ:へぇ、そうかい。 ディラン:お前はどうだ? 出して欲しいのか? 俺に。 ステラ:そうよ。私は、カナリア。 ディラン:それは御免被るね。 ステラ:どうして、ディラン。 ディラン:俺には出来ないからだ。 ステラ:出来ない? あの家から、あの息の詰まる天井から引っ張り出した男が、どうしてそんなこというの? ディラン:言っただろ、鍵なら開いてる。行きたきゃ行け。 ステラ:だったら身代金は? サバンナは? 何のために私を連れ出したの? 私はかもめ? それともカナリア? ディラン:お前はステラだろ。ただの小娘だ。 ステラ:じゃあ、あなたは? ディラン:俺は。 ステラ:ただのディラン? ディラン:ああ、そうだ。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんてくるのかな? ディラン:来てくれないと困る。 ステラ:私はそんなもの、来ないで欲しい。 ディラン:ステラ、俺はそんなんじゃ無い。 ステラ:でも、私にとって、ディラン。あなただけが、私の……。 ディラン:お前にとってそうでも、俺はお前を必要としていない。 ステラ:そんなの! ディラン:俺が必要なのは金かそうでなけりゃ、 ステラ:死に場所? ディラン:ああ。 ステラ:なら、どうして私だったの? ディラン:偶然だ。 ステラ:運命よ。 ディラン:運命? そういうものを信じても意味は無いぞ。 ステラ:意味なんていらない。そうでしょ? ただ、あなたがいて、私がいれば。 ディラン:ステラ。 ステラ:なに? ディラン。 ディラン:お前は戻れる。だから、帰れ。 ステラ:いや。 ディラン:ステラ。 ステラ:帰らない! ディラン:聞けよ! ステラ:あなたと居る! ディラン:出来るわけ無いだろう! ステラ:私は! ……ずっと逃げたかった。あの家から。小綺麗に飾り立てた冷たい檻の中みたいなあの家から。愛玩動物を愛でるみたいな目をしたお父様から。私は諦めてた。空は飛べないものだって。私はカナリア。飼い殺されるだけのカナリア。そこには危険も空も何も無い。生きる意味だって。でも、それをあなたは叶えてくれた。だから、着いていきたいの、あなたに。分かるでしょ、ディラン。ねぇ、ディラン。 ディラン:ステラ……。 ステラ:あなたに必要なくても、私には、あなたが必要なの。だから……! ディラン:ステラ。 ステラ:ディラン? ディラン:……わかったよ。一緒に、居てやる。 ステラ:ディラン! ディラン:はは、ステラ、お前はどこに行きたい? ステラ:サバンナでも、どこでも。 ディラン:そうか、俺は――。 : 0:銃声。 : ステラ:ディラン? あ、あぁ、ああぁぁぁぁっ!

0:小さな檻にカナリアの声は響く。 : 0:◇登場人物 ステラ:ステラ・オルティス。攫われた令嬢。 ディラン:ディラン・フローレンス。誘拐犯。 : 0:◇ : ステラ:私は、カナリア。 ディラン:ああ? どうした、ステラ。 ステラ:いいえ、そうじゃ無い。 ディラン:……ああ『かもめ』か。 ステラ:ふふ。ええ。 ディラン:でもどうしてカナリアなんだ? カモメじゃなくて? ステラ:だって、ここに自由は無いでしょう? ディラン:かと言って、危険を報せる相手もいないだろ? ステラ:あなたがいるわ。 ディラン:ふ、俺がいる、か。 ステラ:ええ、ディラン。 ディラン:お前を危険な目に遭わせる男が、な。 ステラ:それでも、私はそうしたくてあなたに着いてきたの。 ディラン:それはまたどうして? さっき自由が無いと言ったが、それは君が自ら捨てたものだ。猟銃でいたずらに打ち落とされるでも無く、な。 ステラ:ええ、だからそう、ここにいるのは私の意志よ、ディラン。 ディラン:そう仕向けたのは俺かも知れないぜ? ステラ:あなたみたいにのろまな人が、カナリアを捕まえられるかしら。 ディラン:はは、それはそうだな。 ステラ:だから私はあなたの肩で休むことにしたの。 ディラン:休めたかい、カナリアさん? ステラ:いいえ、ちっとも。 ディラン:そうか。それはすまなかったな。 ステラ:でも、楽しかった。 ディラン:そうか。 ステラ:ええ。 ディラン:もう、逃げても良いんだぞ、ステラ。 ステラ:逃げる? ディラン:鳥籠の鍵は開いてるって言ってんだ。 ステラ:知ってるわ、そんなの。 ディラン:知ってたのか。 ステラ:ええ。あなたはせっかく入った鳥籠に、鍵をかけ忘れるお間抜けさんだから。 ディラン:鍵の開いた鳥籠から逃げない小鳥さんは賢いのか? ステラ:賢いに決まっているでしょう? ディラン:へぇ? どうして? ステラ:だって、外の世界にはカラスやワシ、それにフクロウだっているもの。 ディラン:カモメもな。 ステラ:こんなところにカモメは居ないわ。居るのは、せこせこと木の実やミミズを囓る小さな鳥と、それを食べる大きな鳥だけ。 ディラン:お前はそんな世界に飽き飽きしたって? ステラ:空なんて見たくないわ。 ディラン:こんな薄暗い、廃モーテルの天井を見る方が好きか。変わってるな。 ステラ:あなたが変えたのよ。 ディラン:俺が? ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんてくるのかな? ディラン:来てくれないと困る。 ステラ:じゃあ、どうして私を連れ出したの? ディラン:ただの気まぐれさ。 ステラ:あなたは気まぐれにカナリアを攫ったの? ディラン:或いは道楽だな。カモメを撃ち落とすのとさして変わらねぇ。 ステラ:馬鹿な話ね。危険を報せる鳥を手に入れるのにわざわざ危険を冒すなんて。 ディラン:虎穴に入らずんば虎児を得ずってね。 ステラ:虎穴? なに? ディラン:東洋のことわざさ。虎の子供を手に入れたいなら危険を冒してでも虎の住む穴に入らないといけない。 ステラ:私は、だからただのカナリアなのに? そんな価値無いと思うけど? ディラン:密漁でもやらかすんなら別だがな、虎の子自体にさして価値があるわけでもないさ。ただ、虎ってのは、子供を大層大事に育てるもんだ。なら、大事に育てられるだけの価値がある。そんでそれを奪うことに意味があるのさ。 ステラ:へぇ、あなたはチャレンジャーだったのね。 ディラン:今更気付いたのか? ステラ:そうは見えなかったから。 ディラン:……へぇ。じゃあ、何に見えたのさ。 ステラ:なんて言うのかしら。そう、あなたは歳老いたライオンみたいね。 ディラン:はは、そんなに老けてるか? ステラ:というか、死に場所を探してるみたいな。 ディラン:……まぁ、若いオスでも無けりゃ、チャレンジャーには見えないだろうな。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんてくるのかな? ディラン:来てくれないと困る。 ステラ:なのにあなたは、危険な目に遭うために、私を攫ったの? ディラン:どっちだろうな。 ステラ:え? ディラン:金が欲しかったのか、高揚感が欲しかったのか。 ステラ:高揚感? ディラン:狩りの高揚感さ。 ステラ:スリルってこと? ディラン:ああ、俺には生きる目的なんて無いからな。欲しいものも、守るものも何も。 ステラ:虎みたいに? ディラン:ああ。だから。快楽で生きてきた。 ステラ:そんなの誰だってそんなものでしょう。 ディラン:お前もそうなのか? ステラ:私は……。ただのカナリアだから。 ディラン:なら、俺はライオンだ。 ステラ:ふふ、似合わない。 ディラン:だろうな。 ステラ:……助けとか、来ると思う? ディラン:来なけりゃ、身代金が手に入らない。 ステラ:或いは死に場所が? ディラン:邪推するなよ。 ステラ:でも私には、あなたがそうとしか見えないわ。 ディラン:だとして、お前はどうなんだ? ステラ:え? ディラン:お前は来ると思うか? ステラ:さぁ、来ないんじゃない。私なんて、所詮カナリアだもの。 ディラン:来て欲しいとは? ステラ:……分からない。 ディラン:やれやれ、随分面倒なお姫様を攫っちまったもんだ。 ステラ:こっちこそ、面倒なおじさんに攫われたわ。 ディラン:どうせなら王子様が良かったって? ステラ:ううん、もっと若くて素敵な狼に。 ディラン:狼だぁ? どうして? ステラ:だって仲間が多くて楽しそうじゃない? それにきっと刺激的。 ディラン:不良娘が。どんな目に遭っても知らねぇぞ? ステラ:ふふ、冗談よディラン。私を攫ったのがあなたで良かった。 ディラン:攫われて良かったって? ステラ:そうでなけりゃ、誰がこんな汚い天井、好き好んで見てると思う? ディラン:俺は嫌いじゃ無いがな。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんてくるのかな。 ディラン:来てくれないと困る。 ステラ:じゃあ、あなたはこれからどうするの? ディラン:どうするって? ステラ:身代金が手に入ったら。 ディラン:さぁ、考えてなかったな。 ステラ:どうして何も考えてないのよ。 ディラン:……考えていたとして、お前に話すと思うか? ステラ:どうして? ディラン:お前は人質で、身代金を受け取ったらお前とはおさらばなんだぞ? ステラ:だから? ディラン:お前にこれからの行き先伝えたら捕まるだろうが。 ステラ:私があなたのことを吐くとでも? ディラン:吐くだろうよ、おしゃべりなカナリア。 ステラ:まぁ、そうかもね。 ディラン:まったく。 ステラ:なら、 ディラン:ああ? ステラ:殺す? ディラン:……。 ステラ:私のこと、殺しておく? ディラン:それも良いかもしれんな。 ステラ:ふふ、怖い怖い。 ディラン:海を渡る。 ステラ:海? ディラン:ああ。 ステラ:どこに行くの? ディラン:サバンナ。 ステラ:……ライオンだから? ディラン:ライオンだから。 ステラ:ふふ。そう、サバンナは広そうね。 ディラン:ああ。広くて、きれいで、 ステラ:きっとここより残酷ね。 ディラン:そうかもしれないな。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんてくるのかな? ディラン:来てくれないと困る。 ステラ:そう・だったら私も行きたいな。 ディラン:どこに。 ステラ:サバンナ。 ディラン:そいつは……。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:行けばいいんじゃないか。 ステラ:ねぇ、ディラン! ディラン:お前がどんなに喚いても、俺はお前を連れてはいけないな。 ステラ:どうして? ディラン:分かるだろ? ステラ:私が、 ディラン:……。 ステラ:私が、カナリアだから? ディラン:違うな。 ステラ:え? ディラン:お前がカモメだったとしても、俺はお前を連れて行けない。 ステラ:どうして? あなたがライオンだから? ディラン:いいや。 ステラ:じゃあ、どうして? ディラン:お前がステラで、俺がディランだからだ。 ステラ:意味分かんない。 ディラン:分かってくれとは言わねぇよ。 ステラ:話してもくれないんでしょ? ディラン:ああ。そうさ、お嬢さん。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんて、来るのかな。 ディラン:来てくれないと、困る。 ステラ:私は別に困らないよ。 ディラン:俺が困るんだよ。 ステラ:困るために連れ出したの? ディラン:こんな筈じゃ無かったんだがな。 ステラ:どんな筈だったの、ディラン。 ディラン:決まってるだろ? お前の親父から大金せしめて、クズのお袋やクソッタレの兄弟どものしがらみ全部捨て去ったら、俺は晴れて自由の身だ。好きに生きて、勝手に死んでやる。 ステラ:カモメみたいに? ディラン:ライオンみたいに。 ステラ:それは素敵。 ディラン:ああ、人生にいちいち意味を見出すなんてのは馬鹿のやることだ。生き物なんて、食って食ってクソして寝る。起きたらクソしてまた食って食ってクソして寝る。その繰り返しだ。ついでに時々いい女にありつけたら重畳だ。 ステラ:なら私はどう? ディラン:ガキはコーラでも飲んでろ。 ステラ:ふん。 ディラン:お前はただのカナリアなんだろ、ステラ。 ステラ:ええ、でもライオンに食べられるのも吝かじゃ無いわ。 ディラン:だとしても、俺はお前がどう生きようが興味ねぇよ。 ステラ:どうして。 ディラン:お前がステラだからだ。 ステラ:なにそれ。私がステラ・オルティス。金持ちの娘だからってこと? ディラン:ああ。お前は身代金をせしめるための道具だ。道具に欲情する趣味は無い。 ステラ:っは。意味を見出すのは馬鹿だとか言っておきながら、あんたは意味に縛られてるのね、ディラン。 ディラン:かも知れねぇな。けど、だからなんだ? 俺は納得してる。 ステラ:へぇ、そうかい。 ディラン:お前はどうだ? 出して欲しいのか? 俺に。 ステラ:そうよ。私は、カナリア。 ディラン:それは御免被るね。 ステラ:どうして、ディラン。 ディラン:俺には出来ないからだ。 ステラ:出来ない? あの家から、あの息の詰まる天井から引っ張り出した男が、どうしてそんなこというの? ディラン:言っただろ、鍵なら開いてる。行きたきゃ行け。 ステラ:だったら身代金は? サバンナは? 何のために私を連れ出したの? 私はかもめ? それともカナリア? ディラン:お前はステラだろ。ただの小娘だ。 ステラ:じゃあ、あなたは? ディラン:俺は。 ステラ:ただのディラン? ディラン:ああ、そうだ。 ステラ:ねぇ、ディラン。 ディラン:なんだ? ステラ。 ステラ:助けなんてくるのかな? ディラン:来てくれないと困る。 ステラ:私はそんなもの、来ないで欲しい。 ディラン:ステラ、俺はそんなんじゃ無い。 ステラ:でも、私にとって、ディラン。あなただけが、私の……。 ディラン:お前にとってそうでも、俺はお前を必要としていない。 ステラ:そんなの! ディラン:俺が必要なのは金かそうでなけりゃ、 ステラ:死に場所? ディラン:ああ。 ステラ:なら、どうして私だったの? ディラン:偶然だ。 ステラ:運命よ。 ディラン:運命? そういうものを信じても意味は無いぞ。 ステラ:意味なんていらない。そうでしょ? ただ、あなたがいて、私がいれば。 ディラン:ステラ。 ステラ:なに? ディラン。 ディラン:お前は戻れる。だから、帰れ。 ステラ:いや。 ディラン:ステラ。 ステラ:帰らない! ディラン:聞けよ! ステラ:あなたと居る! ディラン:出来るわけ無いだろう! ステラ:私は! ……ずっと逃げたかった。あの家から。小綺麗に飾り立てた冷たい檻の中みたいなあの家から。愛玩動物を愛でるみたいな目をしたお父様から。私は諦めてた。空は飛べないものだって。私はカナリア。飼い殺されるだけのカナリア。そこには危険も空も何も無い。生きる意味だって。でも、それをあなたは叶えてくれた。だから、着いていきたいの、あなたに。分かるでしょ、ディラン。ねぇ、ディラン。 ディラン:ステラ……。 ステラ:あなたに必要なくても、私には、あなたが必要なの。だから……! ディラン:ステラ。 ステラ:ディラン? ディラン:……わかったよ。一緒に、居てやる。 ステラ:ディラン! ディラン:はは、ステラ、お前はどこに行きたい? ステラ:サバンナでも、どこでも。 ディラン:そうか、俺は――。 : 0:銃声。 : ステラ:ディラン? あ、あぁ、ああぁぁぁぁっ!