台本概要

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タイトル 剣と英雄と。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル ファンタジー
演者人数 1人用台本(不問1)
時間 10 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 往来行き交う人々眺めその剣は、過ぎ去りしかつての英雄を待つ。

◇あらすじ◇
凱旋都市ラセト・プレリスの目抜き通り、その石畳に突き刺さる伝説の剣の前に立つ口上師の英雄語り。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
口上師 不問 7 ファーガス・レジナルド・ブラント。ちょっと胡散臭い口上師。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:◆◆◆◆ : 0:多くの人や馬車が行き交う街道の真ん中に大きな剣が突き立っている。 0:その傍らに声を張り上げる口上師、ファーガス。 : 口上師:寄ってらっしゃい見てらっしゃい! この石畳に刺さっておりやすは、かつて名も無き一人の英雄が、吸血鬼退治に携えたとされまする世にも珍しき逸品。伝説の剣にございやす! 口上師:何百年も前からここに刺さっていやすが誰が引き抜こうとしても頑として動かない。そんな一途な剣でございやす! 口上師:力に覚えのある方、お一つ抜いてみやせんか? 口上師:ああちょっと! そこ行くイカした金の御仁! 口上師:あいや反対に、イカレた鎧のおかしなあんちゃん! 口上師:言い難いほど良いガタイした別嬪さんに、 口上師:魔法かなんかでふわふわ浮いてるそこの綺麗な嬢ちゃんでもいいよぉー! 口上師:買い物帰りの姉様方から、銭追っかけて走り回る商売敵に、のんべんだらり穀潰しの暇人様まで! 口上師:老いも若いも関係ねぇや! どうぞ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 男に女、子供年寄り化物人外その他諸々! 何でもござれ! 口上師:慌てて立ち去る皆々様! 袖振り合うも多生の縁。ちょっと見てや聞いてや行かねぇか!? 口上師:ちぃとばっかし長い話にゃなりやすが、さぁさ皆様お立ち会い! 口上師:しがない口上師、ファーガス・レジナルド・ブラント。 口上師:これよりお聞かせ給うのは、そしてご覧に入れやすは……とは言っても、足下かてめぇしか見てないうっかりちゃん以外の御方は既にでかでかと目に入っておられることと思いやすが、お気を付けを。 口上師:犬も歩けば棒に当たる。遙か異世界、何の因果で渡ったか、東の国の古い言葉がありやすが、普通の街じゃいざ知らず、この凱旋都市ラセトプレリスじゃあ余所見御法度。 口上師:何故かって? 皆様が今立っておりやすは、言わずと知れた大陸の大動脈。東西ぶち抜くリスト街道に直結したる、この街の由緒ある目抜き通りにございます。 口上師:そして一日何百何千、人、馬車、金、欲望行き交う頑強な石畳。そこに突き立っておりやすは、そんじょそこらの棒きれとは訳が違う。当たったが運の尽き、小銭落としたくらいであんまりぼうっとしなさんな。 口上師:さぁ顔上げてみりゃ、そこに刺さっておりやすは――、凱旋都市ラセト・プレリス名物、通称ダイナミック・クソでかソードにございやす。 口上師:あらまぁびっくり! この世にこんなでかい剣があるなんて! 口上師:その並々ならぬ特大の偉容は重厚にして荘厳、ある種神がかり的風格持ちますこの剣に、御利益ありと箔が付きゃ、ここはいつしかパワースポット。人で賑わう観光名所。 口上師:けれど皆様勘違いなされまするな? こいつはでかいだけじゃありやせん。ただの置物、見ていて楽しいハリボテのインテリアの類いじゃあ断じてありやせんぜ? 口上師:さて、こちらの剣。見た目こそ装飾もなく無骨ではありやすが、折れず曲がらずよく斬れる。それはものすごい力と意志を秘めた業物にございやす! 口上師:で、どれくらいすごいのかって? 実はこんな逸話がございやす。 : 0:◆ : 口上師:あれはもう随分と前のこと。 口上師:ある辺境のお貴族様がこの街に馬車でやってきやした。 口上師:貴族様は田舎者の癖に……おっと失敬。広大な領地を持つ大層裕福な貴族様でございやして、大変勢いのある御方だったのですが、ここだけの話、華美柔弱とでも言いやしょうか、少々見栄っ張りでございやした。 口上師:その上随分な傾き者で、自らの住まうお屋敷よりも出掛けるときの馬車にお金をつぎ込む馬車狂い。 口上師:その時も新調したばかりの馬車、確か、ドラゴンに踏まれても凹まない! そんな触れ込みの四頭立ての大きく立派で無駄に頑丈な馬車を駆って、この街にやってきやした。 口上師:ところで皆さん、この街には『道の真ん中に馬車走らせるべからず』というルールと言いますか、習慣があるのをご存知でしょうか? 口上師:別に守らなくてもどうってことはありやせんが、悪いことは言いやせん。ぜひともお忘れなきように。 口上師:さてさて、貴族様のお話に戻りやす。 口上師:貴族様は先ほど申し上げたように大変不遜でごきげんなお方。 口上師:そこに道があれば真ん中を走るのは貴族の嗜みとばかりに、馬車を勢いよく走らせておりました。 口上師:すると、道のど真ん中に何か柱のようなものが。 口上師:お分かりでしょうか? そうです。こちらの剣にございやす。馭者は嫌な予感がして避けようとしやしたが、貴族様はそれを気に入らず、この剣を見て言いやした。 口上師:「私の行く手を阻む棒きれなどこの頑丈な馬車で弾き飛ばしてしまえ! なぁに、この馬車はドラゴンだってはじき飛ばす! がはははは!」 口上師:田舎者故、この剣の曰くを知らなかったご様子。 口上師:知っていても、もしかしたら彼は突っ込んだかも知れません。 口上師:そんな向こう見ずなところ、あっしは案外嫌いじゃありやせんが、さておき。 口上師:馬車はぐんぐん加速しやした。 口上師:そしてとうとう剣にぶつかりやす。 口上師:馬と御者はそっと身を躱し、馬に牽かれた馬車の丁度中央に接触すると同時に激しい音……は、鳴らず。 口上師:遠目に「アホだなぁ」と見ていた道行く人々にはなんでも、すぅっとすり抜けたように見えたそうでやす。 口上師:そして馬車は何事もなく通り過ぎていきやした。馬車も剣も傷一つない。かに思われやした。 口上師:これには通行人も驚きやした。しかし、馬車は少し行ったところで突然グラグラと揺れ始め、なんと真っ二つに割れてしまったそうです。 口上師:ちなみにあっしの後ろ、この通りのあっち側とあっち側で営業してやす二つの屋台が、その時の馬車の残骸でございやす。 口上師:見た目はちょっと豪華でございやしょう? 口上師:あそこの馬車焼という、馬車を象った真っ二つに割れた生地にクリームを挟んだ焼き菓子がそれは絶品でございやして……。 : 0:◆ : 口上師:……いえ、失礼。話がそれやしたね。そんな逸話でございやすが、どうでしょう? 口上師:力に覚えのあるお方。どうか抜いてみやせんか? 口上師:こいつを引き抜いた者はきっと次の英雄になれやすぜ! 口上師:質実剛健、機能美そのもの。 口上師:今でこそ花瓶に生けられた一輪挿しのごとくでかでかと大人しくしちゃぁいるが、昔はばりばり武闘派で、幾千幾万強敵を一刀両断寸刻み、どったんばったん斬った張ったの大立ち回り。そんなやんちゃなころが彼にも確かにありやした。 口上師:おや、博識なお嬢さん、こいつにもしや心当たりがありやすか? : 口上師:その通り。こちら、かつて名も無き一人の英雄が、吸血鬼退治に携えたとしたとされる伝説の剣にございやす! 口上師:そして、今となっては忘れられて久しい、こんな話がありやした。 : 0:◆ : 口上師:もう何百年も前のこと。 口上師:ある恐ろしい吸血鬼の一族がありやした。 口上師:吸血鬼と言えば、強靱にして不死身で知られやすが、そんな中でも並ぶ者無き怪力に無尽蔵の生命力、そして残忍な魂と底知れぬ悪意を持ったそんな吸血鬼がいたそうでやす。 口上師:それらは強大な暴力と恐るべき支配力で、世界を血と恐怖に染め上げんとしておりました。 口上師:そんな折、立ち上がった一人の男、いや女とも言われておりやすが、とにかく圧倒的な存在に立ち向かわんとした者がおりやした。 口上師:お分かりでしょう、この者こそが彼の英雄。 口上師:無理無茶無謀無駄死にと、周囲の制止を振り切って、巨大な剣を振り抜いて、力と意志を奮い立たせて振り絞り、なり振り構わず戦場で、どんな犠牲を払おうと、世界の恐怖を振り払う。仲間と訣別振り返らずに、ただ前に、ただ先に、平和を求めて命と剣を振り乱す。 口上師:やがて剣の切っ先が、彼の吸血鬼の心臓に、突き立ったのは、は言うまでもありますまい。 口上師:世界はこうして救われた。ちゃんちゃんめでたし、ありがとう。 口上師:いやー、いい話だなぁ。ところでそんなすごい剣。どうしてこんなところにあるんだい? さぁ、残念ながらあっしは知りやせん。 口上師:けれど偉い学者さん曰く、吸血鬼を倒した英雄が、帰還し骨を埋めたのがこの街ラセト・プレリスと、故に凱旋都市と、そう言われているそうでやす。この街が故郷だとも、恋人がいたとも、友と別れた土地だとも言われておりやすが、その真相を知る人間はおりやせん。 口上師:それはきっとこの剣だけが知っている。 口上師:英雄の相棒だったこの剣だけが、相棒無くしたこの剣だけが。 口上師:何百年も前から物言わず。 口上師:ここに刺さっているのでやす。 口上師:相棒としての役目を終えたから。 口上師:彼の英雄の墓標のように。 口上師:或いは平和を願う記念碑か。 口上師:手を取り合って英雄と、波瀾万丈血湧き肉躍る無茶でやんちゃな冒険活劇、英雄譚。 口上師:そんな夢のような旅の幕引き隠居生活。 口上師:やがて朽ちゆくその時をただ粛として待つばかり。 口上師:いいえ違いやす。 口上師:この巨大な刀身に秘めたる力とその意志をあまり舐めんでもらいやしょう! 口上師:たとえ友が斃れても、進み続けた英雄のその相棒がどうしてこんなところで朽ちられようか。 口上師:皆様曇り無き眼でご覧あれ。 口上師:この剣のどこに錆や風化がありやしょう? 口上師:砂や埃はかぶろうと、決して失わぬのは偉容だけではありやせん。未だ鋭きこの刃、そして爛々燃ゆる煌めきを、宿す闘志は現役で、この剣はただ待っている。 口上師:いったい何を? 口上師:そりゃあ決まっておりやしょう。 口上師:今は無き友の凱旋を。 口上師:新たなる英雄の誕生を。 口上師:そして次なる冒険の日々を。 口上師:この剣はただ待っているのでやす。 口上師:さぁさお集まりの皆様、もしや皆様の中に英雄はおられやせんか? 口上師:この剣を担うに相応しき英雄が! 口上師:次なる真の英雄が! : 口上師:力と意志に覚えのあるお方、お一つ抜いてはみやせんか? 口上師:とはいえそれ相応の覚悟はめされよ? 口上師:威風堂々、泰然自若。 口上師:強固な石畳に突き立ち幾星霜。 口上師:これまで、誰が引き抜こうとしても頑として動かなかった。 口上師:何千何万何億と、斬った数より遙かに多くの者達が、かつて挑んできやしたが、誰一人として抜けやせん。 口上師:そりゃ確かに旅には出たい。出たいは出たいが、あまりに長く待ちすぎて、或いはかつての相棒惚れすぎて、ちょっと意固地になっている。そんな可愛いあっしで……。 : 0:間。 : 口上師:……そんなあんちくしょうな剣でございやす! 口上師:さぁ皆様! 力と意志に覚えのあるお方! どうかお一つ、抜いてはみやせんか? 口上師:こいつを引き抜くことが出来たなら、あっしが保証しやしょう。きっとあんたは次の英雄になれやすぜ! 口上師:寄ってらっしゃい見てらっしゃい! この石畳に刺さっておりやすは、かつて名も無き一人の英雄が、吸血鬼退治に携えたとされる伝説の剣にございやす! 口上師:さぁさぁいかがでございやしょう! 口上師:英雄としてこの広い世界を、誰に阻まれることもなく、どこまでも征く。それはなんとも素敵で心躍る冒険譚だとは思いませんか? 口上師:……さぁ! 今なら挑戦料は一千メリス! 次の相棒は君だ! 口上師:挑戦者! 挑戦者求む!!! : 0:◆◆◆◆

0:◆◆◆◆ : 0:多くの人や馬車が行き交う街道の真ん中に大きな剣が突き立っている。 0:その傍らに声を張り上げる口上師、ファーガス。 : 口上師:寄ってらっしゃい見てらっしゃい! この石畳に刺さっておりやすは、かつて名も無き一人の英雄が、吸血鬼退治に携えたとされまする世にも珍しき逸品。伝説の剣にございやす! 口上師:何百年も前からここに刺さっていやすが誰が引き抜こうとしても頑として動かない。そんな一途な剣でございやす! 口上師:力に覚えのある方、お一つ抜いてみやせんか? 口上師:ああちょっと! そこ行くイカした金の御仁! 口上師:あいや反対に、イカレた鎧のおかしなあんちゃん! 口上師:言い難いほど良いガタイした別嬪さんに、 口上師:魔法かなんかでふわふわ浮いてるそこの綺麗な嬢ちゃんでもいいよぉー! 口上師:買い物帰りの姉様方から、銭追っかけて走り回る商売敵に、のんべんだらり穀潰しの暇人様まで! 口上師:老いも若いも関係ねぇや! どうぞ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 男に女、子供年寄り化物人外その他諸々! 何でもござれ! 口上師:慌てて立ち去る皆々様! 袖振り合うも多生の縁。ちょっと見てや聞いてや行かねぇか!? 口上師:ちぃとばっかし長い話にゃなりやすが、さぁさ皆様お立ち会い! 口上師:しがない口上師、ファーガス・レジナルド・ブラント。 口上師:これよりお聞かせ給うのは、そしてご覧に入れやすは……とは言っても、足下かてめぇしか見てないうっかりちゃん以外の御方は既にでかでかと目に入っておられることと思いやすが、お気を付けを。 口上師:犬も歩けば棒に当たる。遙か異世界、何の因果で渡ったか、東の国の古い言葉がありやすが、普通の街じゃいざ知らず、この凱旋都市ラセトプレリスじゃあ余所見御法度。 口上師:何故かって? 皆様が今立っておりやすは、言わずと知れた大陸の大動脈。東西ぶち抜くリスト街道に直結したる、この街の由緒ある目抜き通りにございます。 口上師:そして一日何百何千、人、馬車、金、欲望行き交う頑強な石畳。そこに突き立っておりやすは、そんじょそこらの棒きれとは訳が違う。当たったが運の尽き、小銭落としたくらいであんまりぼうっとしなさんな。 口上師:さぁ顔上げてみりゃ、そこに刺さっておりやすは――、凱旋都市ラセト・プレリス名物、通称ダイナミック・クソでかソードにございやす。 口上師:あらまぁびっくり! この世にこんなでかい剣があるなんて! 口上師:その並々ならぬ特大の偉容は重厚にして荘厳、ある種神がかり的風格持ちますこの剣に、御利益ありと箔が付きゃ、ここはいつしかパワースポット。人で賑わう観光名所。 口上師:けれど皆様勘違いなされまするな? こいつはでかいだけじゃありやせん。ただの置物、見ていて楽しいハリボテのインテリアの類いじゃあ断じてありやせんぜ? 口上師:さて、こちらの剣。見た目こそ装飾もなく無骨ではありやすが、折れず曲がらずよく斬れる。それはものすごい力と意志を秘めた業物にございやす! 口上師:で、どれくらいすごいのかって? 実はこんな逸話がございやす。 : 0:◆ : 口上師:あれはもう随分と前のこと。 口上師:ある辺境のお貴族様がこの街に馬車でやってきやした。 口上師:貴族様は田舎者の癖に……おっと失敬。広大な領地を持つ大層裕福な貴族様でございやして、大変勢いのある御方だったのですが、ここだけの話、華美柔弱とでも言いやしょうか、少々見栄っ張りでございやした。 口上師:その上随分な傾き者で、自らの住まうお屋敷よりも出掛けるときの馬車にお金をつぎ込む馬車狂い。 口上師:その時も新調したばかりの馬車、確か、ドラゴンに踏まれても凹まない! そんな触れ込みの四頭立ての大きく立派で無駄に頑丈な馬車を駆って、この街にやってきやした。 口上師:ところで皆さん、この街には『道の真ん中に馬車走らせるべからず』というルールと言いますか、習慣があるのをご存知でしょうか? 口上師:別に守らなくてもどうってことはありやせんが、悪いことは言いやせん。ぜひともお忘れなきように。 口上師:さてさて、貴族様のお話に戻りやす。 口上師:貴族様は先ほど申し上げたように大変不遜でごきげんなお方。 口上師:そこに道があれば真ん中を走るのは貴族の嗜みとばかりに、馬車を勢いよく走らせておりました。 口上師:すると、道のど真ん中に何か柱のようなものが。 口上師:お分かりでしょうか? そうです。こちらの剣にございやす。馭者は嫌な予感がして避けようとしやしたが、貴族様はそれを気に入らず、この剣を見て言いやした。 口上師:「私の行く手を阻む棒きれなどこの頑丈な馬車で弾き飛ばしてしまえ! なぁに、この馬車はドラゴンだってはじき飛ばす! がはははは!」 口上師:田舎者故、この剣の曰くを知らなかったご様子。 口上師:知っていても、もしかしたら彼は突っ込んだかも知れません。 口上師:そんな向こう見ずなところ、あっしは案外嫌いじゃありやせんが、さておき。 口上師:馬車はぐんぐん加速しやした。 口上師:そしてとうとう剣にぶつかりやす。 口上師:馬と御者はそっと身を躱し、馬に牽かれた馬車の丁度中央に接触すると同時に激しい音……は、鳴らず。 口上師:遠目に「アホだなぁ」と見ていた道行く人々にはなんでも、すぅっとすり抜けたように見えたそうでやす。 口上師:そして馬車は何事もなく通り過ぎていきやした。馬車も剣も傷一つない。かに思われやした。 口上師:これには通行人も驚きやした。しかし、馬車は少し行ったところで突然グラグラと揺れ始め、なんと真っ二つに割れてしまったそうです。 口上師:ちなみにあっしの後ろ、この通りのあっち側とあっち側で営業してやす二つの屋台が、その時の馬車の残骸でございやす。 口上師:見た目はちょっと豪華でございやしょう? 口上師:あそこの馬車焼という、馬車を象った真っ二つに割れた生地にクリームを挟んだ焼き菓子がそれは絶品でございやして……。 : 0:◆ : 口上師:……いえ、失礼。話がそれやしたね。そんな逸話でございやすが、どうでしょう? 口上師:力に覚えのあるお方。どうか抜いてみやせんか? 口上師:こいつを引き抜いた者はきっと次の英雄になれやすぜ! 口上師:質実剛健、機能美そのもの。 口上師:今でこそ花瓶に生けられた一輪挿しのごとくでかでかと大人しくしちゃぁいるが、昔はばりばり武闘派で、幾千幾万強敵を一刀両断寸刻み、どったんばったん斬った張ったの大立ち回り。そんなやんちゃなころが彼にも確かにありやした。 口上師:おや、博識なお嬢さん、こいつにもしや心当たりがありやすか? : 口上師:その通り。こちら、かつて名も無き一人の英雄が、吸血鬼退治に携えたとしたとされる伝説の剣にございやす! 口上師:そして、今となっては忘れられて久しい、こんな話がありやした。 : 0:◆ : 口上師:もう何百年も前のこと。 口上師:ある恐ろしい吸血鬼の一族がありやした。 口上師:吸血鬼と言えば、強靱にして不死身で知られやすが、そんな中でも並ぶ者無き怪力に無尽蔵の生命力、そして残忍な魂と底知れぬ悪意を持ったそんな吸血鬼がいたそうでやす。 口上師:それらは強大な暴力と恐るべき支配力で、世界を血と恐怖に染め上げんとしておりました。 口上師:そんな折、立ち上がった一人の男、いや女とも言われておりやすが、とにかく圧倒的な存在に立ち向かわんとした者がおりやした。 口上師:お分かりでしょう、この者こそが彼の英雄。 口上師:無理無茶無謀無駄死にと、周囲の制止を振り切って、巨大な剣を振り抜いて、力と意志を奮い立たせて振り絞り、なり振り構わず戦場で、どんな犠牲を払おうと、世界の恐怖を振り払う。仲間と訣別振り返らずに、ただ前に、ただ先に、平和を求めて命と剣を振り乱す。 口上師:やがて剣の切っ先が、彼の吸血鬼の心臓に、突き立ったのは、は言うまでもありますまい。 口上師:世界はこうして救われた。ちゃんちゃんめでたし、ありがとう。 口上師:いやー、いい話だなぁ。ところでそんなすごい剣。どうしてこんなところにあるんだい? さぁ、残念ながらあっしは知りやせん。 口上師:けれど偉い学者さん曰く、吸血鬼を倒した英雄が、帰還し骨を埋めたのがこの街ラセト・プレリスと、故に凱旋都市と、そう言われているそうでやす。この街が故郷だとも、恋人がいたとも、友と別れた土地だとも言われておりやすが、その真相を知る人間はおりやせん。 口上師:それはきっとこの剣だけが知っている。 口上師:英雄の相棒だったこの剣だけが、相棒無くしたこの剣だけが。 口上師:何百年も前から物言わず。 口上師:ここに刺さっているのでやす。 口上師:相棒としての役目を終えたから。 口上師:彼の英雄の墓標のように。 口上師:或いは平和を願う記念碑か。 口上師:手を取り合って英雄と、波瀾万丈血湧き肉躍る無茶でやんちゃな冒険活劇、英雄譚。 口上師:そんな夢のような旅の幕引き隠居生活。 口上師:やがて朽ちゆくその時をただ粛として待つばかり。 口上師:いいえ違いやす。 口上師:この巨大な刀身に秘めたる力とその意志をあまり舐めんでもらいやしょう! 口上師:たとえ友が斃れても、進み続けた英雄のその相棒がどうしてこんなところで朽ちられようか。 口上師:皆様曇り無き眼でご覧あれ。 口上師:この剣のどこに錆や風化がありやしょう? 口上師:砂や埃はかぶろうと、決して失わぬのは偉容だけではありやせん。未だ鋭きこの刃、そして爛々燃ゆる煌めきを、宿す闘志は現役で、この剣はただ待っている。 口上師:いったい何を? 口上師:そりゃあ決まっておりやしょう。 口上師:今は無き友の凱旋を。 口上師:新たなる英雄の誕生を。 口上師:そして次なる冒険の日々を。 口上師:この剣はただ待っているのでやす。 口上師:さぁさお集まりの皆様、もしや皆様の中に英雄はおられやせんか? 口上師:この剣を担うに相応しき英雄が! 口上師:次なる真の英雄が! : 口上師:力と意志に覚えのあるお方、お一つ抜いてはみやせんか? 口上師:とはいえそれ相応の覚悟はめされよ? 口上師:威風堂々、泰然自若。 口上師:強固な石畳に突き立ち幾星霜。 口上師:これまで、誰が引き抜こうとしても頑として動かなかった。 口上師:何千何万何億と、斬った数より遙かに多くの者達が、かつて挑んできやしたが、誰一人として抜けやせん。 口上師:そりゃ確かに旅には出たい。出たいは出たいが、あまりに長く待ちすぎて、或いはかつての相棒惚れすぎて、ちょっと意固地になっている。そんな可愛いあっしで……。 : 0:間。 : 口上師:……そんなあんちくしょうな剣でございやす! 口上師:さぁ皆様! 力と意志に覚えのあるお方! どうかお一つ、抜いてはみやせんか? 口上師:こいつを引き抜くことが出来たなら、あっしが保証しやしょう。きっとあんたは次の英雄になれやすぜ! 口上師:寄ってらっしゃい見てらっしゃい! この石畳に刺さっておりやすは、かつて名も無き一人の英雄が、吸血鬼退治に携えたとされる伝説の剣にございやす! 口上師:さぁさぁいかがでございやしょう! 口上師:英雄としてこの広い世界を、誰に阻まれることもなく、どこまでも征く。それはなんとも素敵で心躍る冒険譚だとは思いませんか? 口上師:……さぁ! 今なら挑戦料は一千メリス! 次の相棒は君だ! 口上師:挑戦者! 挑戦者求む!!! : 0:◆◆◆◆