台本概要
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タイトル | 遠き井戸。 |
---|---|
作者名 | 音佐りんご。 (@ringo_otosa) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 2人用台本(不問2) |
時間 | 10 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
□あらすじ 穴の底に閉じ込められた二人の少年の話。 222 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
A | 不問 | 116 | アマト。外に出たがっている。 |
B | 不問 | 118 | ヒキヤ。出なくて良いと言う。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:遠き井戸。
:
0:□あらすじ
0:穴の底に閉じ込められた二人の少年の話。
:
0:□登場人物
A:アマト。外に出たがっている。
B:ヒキヤ。出なくて良いと言う。
:
0:□□
:
0:二つ並んだ縦穴。
0:その底に、アマトとヒキヤ。
:
A:なぁヒキヤ?
B:なんだい? アマト。
A:もし外に出られたらお前は何がしたい?
B:君は何がしたい?
A:質問に質問を返すなよ。
B:それは悪かった。
A:全く気をつけろよな。
B:じゃあ、こうしよう。
A:んー?
B:人にモノをたずねるなら、まず自分から言うべきだと思うよ。
A:うーん、……確かに。
B:ははは。そうだろう?
A:おっけー。じゃあよく聞けよヒキヤ。俺がもし外に出られたら――。
:
B:(M)もし外に出られたら。隣に閉じ込められたアマトがいつも語る無邪気な夢。しかし僕は、夢の前提が間違っていることを知っている。だって僕達は、決してここから出ることは叶わないのだ。
B:(M)ここにあるのはベッドと便所。それと頭上遙か高くにぽっかりと口をあけた空。食料と本と紙とペンがそこから落ちてくるだけの暮らし。それ以外には何も無い。いや、強いて言うなら、壁一枚隔てた向こうにアマトがいる。僕達はきっと死ぬまでここにいるのだろう。もしかしたら、死んでもここにいるかも知れない。
B:(M)そんな分かりきった現実を前に、そんなモノ知ったことか! と今にも空に飛び出していきそうな夢を語るアマトだけが僕にとっての外だったんじゃないかとそう思う。
:
0:□
:
A:って感じなんだけど、どう思う? ヒキヤ。
B:ん。良いと思うよ。最高。流石アマト!
A:だろ!
B:ああ。
A:なんて言うと思ったか?
B:えー?
A:どうせ聞いてなかったんだろ?
B:聞いてた聞いてた。アレだよね? キラキラした白い砂の浜辺に、海みたいに綺麗な青い屋根の大きな家を建てて猫を飼う、だっけ?
A:ぶっぶー、違いまーす。
B:いつもそう言ってたのに。
A:いつもはな? でも今日は違う。
B:夢が変わったの?
A:そうさ。
B:どう変わった?
A:キラキラした白い砂の浜辺を見下ろす岬に炎のように真っ赤な屋根の家を建てるんだ。
B:ちょっと良いところに建てることにしたんだね。
A:前にヒキヤが、浜辺に家を建てるのは現実的じゃ無いって言っただろ?
B:言ったね。
A:だから岬にしてみた。
B:変わらない気もするけど。
A:全然違うね! というかお前聞いてなかったじゃん!
B:聞いてた聞いてた。
A:嘘だね。
B:嘘じゃ無いよ。
A:だったら何を飼うって言ってたか分かるよな?
B:そりゃ、猫――
A:猫ぉ?
B:犬だったかな。
A:大ハズレだよ!
B:じゃあ何を飼うつもりなのさ? うさぎとか?
A:ふっふっふ。なんと、
B:なんと?
A:ワニだ。
B:ワニ? 正気かい?
A:ああ。もちろんさ。
B:ワニなんてアマト食べられちゃうよ?
A:平気さ。
B:どこから来るのかな、その自信。
A:良い考えがあるんだ。
B:良い考え?
A:いつもお腹をいっぱいにしておけばいいんだ。
B:お腹いっぱい?
A:俺達だってお腹いっぱいだったら、どんなごちそうが目の前にあっても食べようって気にならないだろ?
B:かもしれないね。今までごちそうなんて見たこと無いけど。
A:それもそうだな。じゃあ外出たらいっぱいごちそう食べよう。
B:悪くないね。
A:だろ? ……じゃなくて!
B:じゃなくて?
A:やっぱ聞いてなかったなヒキヤ!
B:ははは、ごめんごめん。ちょっと考え事してて。
A:考え事?
B:うん。
A:何考えてたんだ? もしかして、どうやったらここを出られるかって?
B:……そうだよ。
A:おー。流石ヒキヤ!
B:流石?
A:だってこれってすごいコンビネーションじゃん?
B:コンビネーション?
A:おう。俺が外に出た後のことを考えて。んでヒキヤが外に出る方法を考える。おぉ。完璧な布陣だ!
B:……そうだね。
A:だろ!
B:うん。
:
0:□
:
A:本積み上げて階段作るっていうのはいい線いってたと思うんだけどな。
B:どこがさ。あの高さまで積み上げるだけで五百冊は必要だよ。
A:あー、まぁなんとかなるだろ。本は定期的に落ちてくるんだし。
B:一週間に一冊ね。
A:なら、何年かすれば出られるってことだろ?
B:前に計算したでしょ? 五百冊だけでも十年かかるよ? 忘れた?
A:まぁでも十年くらいなら。
B:五百冊積んだだけだったら普通に崩れる。それに登れない。
A:あー、気合いでどうにかならない?
B:ならない。落ちて死にたくなかったら、大人しく階段を作るしか無いんだけど、仮に五百冊まで十冊ずつ高くなる階段を作るとして、必要な本の冊数は何冊だと思う?
A:ひーふーみー……あー、いっぱい。
B:……一万二千七百五十冊だよ。
A:わーお。それだと何年?
B:一年で五十二冊とするとざっと二百四十五年。
A:あー……二百四十五年後に、あそこまで登れるかな。
B:まず生きてないって。まぁ本を縦にしたり工夫すればなんとかなるかも知れないけど、それでも百年は欲しいね。
A:なるほど、これは無しだな。
B:それならまだこの前話してたトイレを紙とか本で詰まらせて、部屋をプールにして出る方が出来そうだと思うよ。
A:じゃあ、それやれば良いじゃん。よし実行しよう、今から。
B:いや、無理だよ。
A:どうして?
B:ここを水で満たすのにどれくらい時間かかると思う?
A:そうだなぁ二日くらい?
B:ちゃんと計算してないから分からないけど、一日で本五冊分くらい水嵩が増すとしてざっと百日。
A:えーそんなに?
B:でも二日も百日でも大して変わらないよ。
A:どうして?
B:仮に二日でいっぱいになるとして、アマトは丸二日泳げる?
A:……頑張れば。
B:無理だよ。
A:無理かなぁ。
B:体力もだけど、凍え死ぬね。
A:確かに?
B:あと、できたとしてトイレの水を僕は泳ぎたくない。
A:確かに。
B:分かったろ、アマト。
A:えー? じゃあ、どうするの? ヒキヤ。
B:どうもしない。
A:どうもしない?
B:何回も言ってるけど、僕達はここから出られないんだよ。
A:もし出られたらどうする? 俺はまずたくさんのごちそうを食べて、ワニを探して――。
B:だから、もし出られたら。なんて、前提から間違ってるんだよ。
A:じゃあ、出られないことを前提にここにいるのが正しいのか?
B:少なくとも、僕はそう思うし、ずっとそう言ってきたよね?
A:ああ。そうだったな。
B:……もう、暗くなってきたから僕は寝るよ、おやすみ、アマト。
A:ああ、おやすみ、ヒキヤ。それでも俺は外の世界の夢を見るよ。お前のために。
B:……。
:
0:□
:
A:俺は外に出たら砂漠に家を建てるんだ。
:
B:(M)僕とアマトは今までと変わらず空から落ちてくる食料と本と紙を消費し、外の世界に思いを馳せながら、脱出の可能性を潰した。
:
A:数えきれないくらいたくさんのラクダに家の形した大きなソリを牽かせてみるのも悪くないな。
:
B:(M)時が経つ。週に一冊の本は、小説から図鑑からレシピ本からファッション誌。どれもこれも実物を知らないけれど、時間の数だけその知識は積み上がっていった。
:
A:船に住んでみるのも悪くないな。家みたいにでっかい船で大きな海を渡るんだ。そうだ、ここにある本とか紙で船を作って浮かべるなんてのはどうだろう。
:
B:(M)本から得た知識なのか、元々持っていた発想力なのか、アマトは時々突拍子も無いことを口にする。その度僕は否定した。
:
A:これも駄目かぁ。でっかい凧を作って脱出。出来そうだと思ったんだけどな。そりゃ、風が無くっちゃ浮かばないよな。
:
B:(M)アマトの残念そうな声を聞く度に、僕は少しだけ胸が痛んだが、こんな日々がいつまでも続けば良いなと思った。
:
A:空を飛ぶ家、なんてのはどうだろう。外なら風は吹いてるし風が吹くなら家も飛べると思うんだよな。
:
B:(M)何を馬鹿な。出来るはず無いだろう。何度も否定してきたけれど、その反面どうしてアマトはこんなにも実現できそうに無いことを直ぐに思いつくのだろうかと不思議でもあった。
:
A:ヒキヤ。
:
B:(M)アマトが僕を呼ぶ。
:
A:なぁヒキヤ。どう思う?
:
B:(M)アマトが夢を語る。
:
A:こんなのはどうだ、ヒキヤ。
:
B:(M)アマトのアイデアを僕は否定する。
:
A:やっぱり駄目か。じゃあこれなら――
:
B:(M)そして、積み上がる本と思考の果てに、僕は、
:
A:ヒキヤ。
:
B:(M)僕達はついに辿り着いた。
:
A:どうした、ヒキヤ?
B:……思いついたよ。
A:え?
B:僕達は、外に出られるんだ。
:
0:□
:
A:熱気球……?
B:実際には凧に近いんだけど、ここにある本を燃やして、上昇気流を発生させ、そして僕達は空に浮かび上がる。良いアイデアだろう、アマト。
A:……。
B:アマト?
A:そんなの、無理だろ。
B:え?
A:出来るはず無い!
B:ど、どうして?
A:焼け死んじまう!
B:大丈夫、ちゃんと計算した。食料のデンプンから糊を作って紙の気球を作る。強度も十分だ。絶対いける。
A:無理だ無理。出来るわけ無い、俺達はここから出られないんだ。死ぬまでここにいるんだ。
B:何言ってるんだい、アマト。君はあんなに外に出たがっていたのに。
A:外になんて出られない、出ちゃいけない。
B:どうして! 君がそんなこと言うんだ! 浜に、岬に、砂漠に、海に、空に、家を建てるんじゃ無かったのか! なのにどうして!
A:外には何も無いんだよ!
B:え?
A:あ、いや……。
B:どういう、こと?
A:……。
B:何か知ってるの?
A:……。
B:アマト。
A:……。
B:そっち行くよ。
A:え?
B:いまから。
A:ど、どうやって!
B:気球。出来てるんだ。
A:な、
B:あとは、このペンの摩擦熱で火を熾すだけ。
A:そ、そんなこと!
B:出来るよ試したから。
A:き、来ちゃ駄目だ!
B:行くよ。
A:待てヒキヤ!
:
B:(M)足下で本が、これまでの時間が燃え上がる。激しい熱気が頬を撫で、その風は傘のような凧を手にした僕の体を持ち上げる。空へ。アマトの夢見た外の世界へ。
B:(M)その、筈だった。
:
B:アマト、これは。
A:だから駄目だって言ったのに。
B:でも、こんなの!
A:残念だけどヒキヤ。夢は終わりだ。
:
B:(M)二つ、或いは無数に並んだ縦穴か煙突のような構造を想像していた。だから、直ぐ隣にはアマトの閉じ込められた穴がある。
B:(M)しかしそんなモノは、
:
B:無い。
A:そうさ、何も無い。お前の穴以外には
B:でも、君の声が!
A:だから、俺は声だけなんだよ。
B:声だけ?
A:ああ。こうなったから言うけど俺は、アマトは、お前の友達としてお前の頭の中に居るだけだ。
B:そんな。
A:隣? 外の世界? 無いよそんなもの。けれどそんな現実教えるわけにはいかない。何故なら俺は、お前の希望なんだから。
B:希望?
A:ありもしない外の話をすることで、逆にお前はこの閉じられた世界に価値を見出す。無いと分かりきってる世界を見るよりも、あるかも知れない夢を隣で語られる方が、リスクは下がる。
B:リスクって?
A:自殺だ。
B:……。
A:お前が最後なんだ。だから死ぬまで死なないように守ってた。お前のことを。
B:守ってた? 誰が。
A:世界が。
B:何も無い世界が?
A:俺もその為に作られた。
B:そうか。やっぱり。
A:……。
B:なんだ、やっぱりそうだったのか。アマト。
A:気付いてたのか。
B:そうかも知れないとは思っていたんだ。
A:世界は滅んでいるって。
B:君が、隣に居ないって。
A:残念だったな。
B:いいや。そうでもない。
A:え?
B:だって居るんだろう僕の頭の中に。
A:そうだけど。
B:なら、それでいいじゃないか。
A:何が。
:
0:間。
:
B:世界なんか無くっても。君がいるなら、僕はそれで良い。
A:ヒキヤ。
B:さぁ、アマト、見えているかい? ここが君の望んだ外の世界だ。思ったよりも何も無いけれど、あの何も無い穴の中から、僕の頭の中からあれだけの想像をしてみせたんだ。まだ出来るんじゃないかな、世界を想像することが。
A:は、
B:アマト?
A:は、ははは、ははははは!
B:楽しそうだね。
A:そうだな。それも楽しい、かも知れない。
B:じゃあ、行こう、アマト。
A:ああ。ヒキヤ。
:
B:僕達だけの世界へ。
0:遠き井戸。
:
0:□あらすじ
0:穴の底に閉じ込められた二人の少年の話。
:
0:□登場人物
A:アマト。外に出たがっている。
B:ヒキヤ。出なくて良いと言う。
:
0:□□
:
0:二つ並んだ縦穴。
0:その底に、アマトとヒキヤ。
:
A:なぁヒキヤ?
B:なんだい? アマト。
A:もし外に出られたらお前は何がしたい?
B:君は何がしたい?
A:質問に質問を返すなよ。
B:それは悪かった。
A:全く気をつけろよな。
B:じゃあ、こうしよう。
A:んー?
B:人にモノをたずねるなら、まず自分から言うべきだと思うよ。
A:うーん、……確かに。
B:ははは。そうだろう?
A:おっけー。じゃあよく聞けよヒキヤ。俺がもし外に出られたら――。
:
B:(M)もし外に出られたら。隣に閉じ込められたアマトがいつも語る無邪気な夢。しかし僕は、夢の前提が間違っていることを知っている。だって僕達は、決してここから出ることは叶わないのだ。
B:(M)ここにあるのはベッドと便所。それと頭上遙か高くにぽっかりと口をあけた空。食料と本と紙とペンがそこから落ちてくるだけの暮らし。それ以外には何も無い。いや、強いて言うなら、壁一枚隔てた向こうにアマトがいる。僕達はきっと死ぬまでここにいるのだろう。もしかしたら、死んでもここにいるかも知れない。
B:(M)そんな分かりきった現実を前に、そんなモノ知ったことか! と今にも空に飛び出していきそうな夢を語るアマトだけが僕にとっての外だったんじゃないかとそう思う。
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0:□
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A:って感じなんだけど、どう思う? ヒキヤ。
B:ん。良いと思うよ。最高。流石アマト!
A:だろ!
B:ああ。
A:なんて言うと思ったか?
B:えー?
A:どうせ聞いてなかったんだろ?
B:聞いてた聞いてた。アレだよね? キラキラした白い砂の浜辺に、海みたいに綺麗な青い屋根の大きな家を建てて猫を飼う、だっけ?
A:ぶっぶー、違いまーす。
B:いつもそう言ってたのに。
A:いつもはな? でも今日は違う。
B:夢が変わったの?
A:そうさ。
B:どう変わった?
A:キラキラした白い砂の浜辺を見下ろす岬に炎のように真っ赤な屋根の家を建てるんだ。
B:ちょっと良いところに建てることにしたんだね。
A:前にヒキヤが、浜辺に家を建てるのは現実的じゃ無いって言っただろ?
B:言ったね。
A:だから岬にしてみた。
B:変わらない気もするけど。
A:全然違うね! というかお前聞いてなかったじゃん!
B:聞いてた聞いてた。
A:嘘だね。
B:嘘じゃ無いよ。
A:だったら何を飼うって言ってたか分かるよな?
B:そりゃ、猫――
A:猫ぉ?
B:犬だったかな。
A:大ハズレだよ!
B:じゃあ何を飼うつもりなのさ? うさぎとか?
A:ふっふっふ。なんと、
B:なんと?
A:ワニだ。
B:ワニ? 正気かい?
A:ああ。もちろんさ。
B:ワニなんてアマト食べられちゃうよ?
A:平気さ。
B:どこから来るのかな、その自信。
A:良い考えがあるんだ。
B:良い考え?
A:いつもお腹をいっぱいにしておけばいいんだ。
B:お腹いっぱい?
A:俺達だってお腹いっぱいだったら、どんなごちそうが目の前にあっても食べようって気にならないだろ?
B:かもしれないね。今までごちそうなんて見たこと無いけど。
A:それもそうだな。じゃあ外出たらいっぱいごちそう食べよう。
B:悪くないね。
A:だろ? ……じゃなくて!
B:じゃなくて?
A:やっぱ聞いてなかったなヒキヤ!
B:ははは、ごめんごめん。ちょっと考え事してて。
A:考え事?
B:うん。
A:何考えてたんだ? もしかして、どうやったらここを出られるかって?
B:……そうだよ。
A:おー。流石ヒキヤ!
B:流石?
A:だってこれってすごいコンビネーションじゃん?
B:コンビネーション?
A:おう。俺が外に出た後のことを考えて。んでヒキヤが外に出る方法を考える。おぉ。完璧な布陣だ!
B:……そうだね。
A:だろ!
B:うん。
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0:□
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A:本積み上げて階段作るっていうのはいい線いってたと思うんだけどな。
B:どこがさ。あの高さまで積み上げるだけで五百冊は必要だよ。
A:あー、まぁなんとかなるだろ。本は定期的に落ちてくるんだし。
B:一週間に一冊ね。
A:なら、何年かすれば出られるってことだろ?
B:前に計算したでしょ? 五百冊だけでも十年かかるよ? 忘れた?
A:まぁでも十年くらいなら。
B:五百冊積んだだけだったら普通に崩れる。それに登れない。
A:あー、気合いでどうにかならない?
B:ならない。落ちて死にたくなかったら、大人しく階段を作るしか無いんだけど、仮に五百冊まで十冊ずつ高くなる階段を作るとして、必要な本の冊数は何冊だと思う?
A:ひーふーみー……あー、いっぱい。
B:……一万二千七百五十冊だよ。
A:わーお。それだと何年?
B:一年で五十二冊とするとざっと二百四十五年。
A:あー……二百四十五年後に、あそこまで登れるかな。
B:まず生きてないって。まぁ本を縦にしたり工夫すればなんとかなるかも知れないけど、それでも百年は欲しいね。
A:なるほど、これは無しだな。
B:それならまだこの前話してたトイレを紙とか本で詰まらせて、部屋をプールにして出る方が出来そうだと思うよ。
A:じゃあ、それやれば良いじゃん。よし実行しよう、今から。
B:いや、無理だよ。
A:どうして?
B:ここを水で満たすのにどれくらい時間かかると思う?
A:そうだなぁ二日くらい?
B:ちゃんと計算してないから分からないけど、一日で本五冊分くらい水嵩が増すとしてざっと百日。
A:えーそんなに?
B:でも二日も百日でも大して変わらないよ。
A:どうして?
B:仮に二日でいっぱいになるとして、アマトは丸二日泳げる?
A:……頑張れば。
B:無理だよ。
A:無理かなぁ。
B:体力もだけど、凍え死ぬね。
A:確かに?
B:あと、できたとしてトイレの水を僕は泳ぎたくない。
A:確かに。
B:分かったろ、アマト。
A:えー? じゃあ、どうするの? ヒキヤ。
B:どうもしない。
A:どうもしない?
B:何回も言ってるけど、僕達はここから出られないんだよ。
A:もし出られたらどうする? 俺はまずたくさんのごちそうを食べて、ワニを探して――。
B:だから、もし出られたら。なんて、前提から間違ってるんだよ。
A:じゃあ、出られないことを前提にここにいるのが正しいのか?
B:少なくとも、僕はそう思うし、ずっとそう言ってきたよね?
A:ああ。そうだったな。
B:……もう、暗くなってきたから僕は寝るよ、おやすみ、アマト。
A:ああ、おやすみ、ヒキヤ。それでも俺は外の世界の夢を見るよ。お前のために。
B:……。
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0:□
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A:俺は外に出たら砂漠に家を建てるんだ。
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B:(M)僕とアマトは今までと変わらず空から落ちてくる食料と本と紙を消費し、外の世界に思いを馳せながら、脱出の可能性を潰した。
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A:数えきれないくらいたくさんのラクダに家の形した大きなソリを牽かせてみるのも悪くないな。
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B:(M)時が経つ。週に一冊の本は、小説から図鑑からレシピ本からファッション誌。どれもこれも実物を知らないけれど、時間の数だけその知識は積み上がっていった。
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A:船に住んでみるのも悪くないな。家みたいにでっかい船で大きな海を渡るんだ。そうだ、ここにある本とか紙で船を作って浮かべるなんてのはどうだろう。
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B:(M)本から得た知識なのか、元々持っていた発想力なのか、アマトは時々突拍子も無いことを口にする。その度僕は否定した。
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A:これも駄目かぁ。でっかい凧を作って脱出。出来そうだと思ったんだけどな。そりゃ、風が無くっちゃ浮かばないよな。
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B:(M)アマトの残念そうな声を聞く度に、僕は少しだけ胸が痛んだが、こんな日々がいつまでも続けば良いなと思った。
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A:空を飛ぶ家、なんてのはどうだろう。外なら風は吹いてるし風が吹くなら家も飛べると思うんだよな。
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B:(M)何を馬鹿な。出来るはず無いだろう。何度も否定してきたけれど、その反面どうしてアマトはこんなにも実現できそうに無いことを直ぐに思いつくのだろうかと不思議でもあった。
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A:ヒキヤ。
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B:(M)アマトが僕を呼ぶ。
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A:なぁヒキヤ。どう思う?
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B:(M)アマトが夢を語る。
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A:こんなのはどうだ、ヒキヤ。
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B:(M)アマトのアイデアを僕は否定する。
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A:やっぱり駄目か。じゃあこれなら――
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B:(M)そして、積み上がる本と思考の果てに、僕は、
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A:ヒキヤ。
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B:(M)僕達はついに辿り着いた。
:
A:どうした、ヒキヤ?
B:……思いついたよ。
A:え?
B:僕達は、外に出られるんだ。
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0:□
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A:熱気球……?
B:実際には凧に近いんだけど、ここにある本を燃やして、上昇気流を発生させ、そして僕達は空に浮かび上がる。良いアイデアだろう、アマト。
A:……。
B:アマト?
A:そんなの、無理だろ。
B:え?
A:出来るはず無い!
B:ど、どうして?
A:焼け死んじまう!
B:大丈夫、ちゃんと計算した。食料のデンプンから糊を作って紙の気球を作る。強度も十分だ。絶対いける。
A:無理だ無理。出来るわけ無い、俺達はここから出られないんだ。死ぬまでここにいるんだ。
B:何言ってるんだい、アマト。君はあんなに外に出たがっていたのに。
A:外になんて出られない、出ちゃいけない。
B:どうして! 君がそんなこと言うんだ! 浜に、岬に、砂漠に、海に、空に、家を建てるんじゃ無かったのか! なのにどうして!
A:外には何も無いんだよ!
B:え?
A:あ、いや……。
B:どういう、こと?
A:……。
B:何か知ってるの?
A:……。
B:アマト。
A:……。
B:そっち行くよ。
A:え?
B:いまから。
A:ど、どうやって!
B:気球。出来てるんだ。
A:な、
B:あとは、このペンの摩擦熱で火を熾すだけ。
A:そ、そんなこと!
B:出来るよ試したから。
A:き、来ちゃ駄目だ!
B:行くよ。
A:待てヒキヤ!
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B:(M)足下で本が、これまでの時間が燃え上がる。激しい熱気が頬を撫で、その風は傘のような凧を手にした僕の体を持ち上げる。空へ。アマトの夢見た外の世界へ。
B:(M)その、筈だった。
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B:アマト、これは。
A:だから駄目だって言ったのに。
B:でも、こんなの!
A:残念だけどヒキヤ。夢は終わりだ。
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B:(M)二つ、或いは無数に並んだ縦穴か煙突のような構造を想像していた。だから、直ぐ隣にはアマトの閉じ込められた穴がある。
B:(M)しかしそんなモノは、
:
B:無い。
A:そうさ、何も無い。お前の穴以外には
B:でも、君の声が!
A:だから、俺は声だけなんだよ。
B:声だけ?
A:ああ。こうなったから言うけど俺は、アマトは、お前の友達としてお前の頭の中に居るだけだ。
B:そんな。
A:隣? 外の世界? 無いよそんなもの。けれどそんな現実教えるわけにはいかない。何故なら俺は、お前の希望なんだから。
B:希望?
A:ありもしない外の話をすることで、逆にお前はこの閉じられた世界に価値を見出す。無いと分かりきってる世界を見るよりも、あるかも知れない夢を隣で語られる方が、リスクは下がる。
B:リスクって?
A:自殺だ。
B:……。
A:お前が最後なんだ。だから死ぬまで死なないように守ってた。お前のことを。
B:守ってた? 誰が。
A:世界が。
B:何も無い世界が?
A:俺もその為に作られた。
B:そうか。やっぱり。
A:……。
B:なんだ、やっぱりそうだったのか。アマト。
A:気付いてたのか。
B:そうかも知れないとは思っていたんだ。
A:世界は滅んでいるって。
B:君が、隣に居ないって。
A:残念だったな。
B:いいや。そうでもない。
A:え?
B:だって居るんだろう僕の頭の中に。
A:そうだけど。
B:なら、それでいいじゃないか。
A:何が。
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0:間。
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B:世界なんか無くっても。君がいるなら、僕はそれで良い。
A:ヒキヤ。
B:さぁ、アマト、見えているかい? ここが君の望んだ外の世界だ。思ったよりも何も無いけれど、あの何も無い穴の中から、僕の頭の中からあれだけの想像をしてみせたんだ。まだ出来るんじゃないかな、世界を想像することが。
A:は、
B:アマト?
A:は、ははは、ははははは!
B:楽しそうだね。
A:そうだな。それも楽しい、かも知れない。
B:じゃあ、行こう、アマト。
A:ああ。ヒキヤ。
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B:僕達だけの世界へ。