台本概要
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タイトル | 対岸の君へ。 |
---|---|
作者名 | 音佐りんご。 (@ringo_otosa) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 3人用台本(男2、女1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
見えているようで見えていない。それはいつか本当に見ようとしたときに現れる。 ◆世界観◆ 人々が『河』と呼ぶ境界の向こうには『対岸』と呼ばれる「そこに見えてはいるけれど触れられない」豊かな世界があった。対岸では無い世界、人々が『こちら側』と呼ぶ世界には終わりの無い日々の務めと哀しみが横たわっている。人々は誰も口にこそせずとも、対岸に憧れを抱き、時にはその憧れに飲まれ河へと身を投げ命を絶った。彼らは『世捨て』と呼ばれて軽蔑され、遺された子供もまた『忌み子』と呼ばれ迫害された。忌み子の多くは、岸辺にある『工場』で働き、やがて親と同様に世捨てになり命を絶つか、こちら側での生活に適応し『大人』になり河を離れるかを選ぶことになる。 ◇あらすじ◆ 『こちら側』で暮らす『忌み子』の少年ロフィルは仕事をさぼり『対岸』で笑う少女を眺めていた。同じ『忌み子』の仲間であるケルジとリオラはそんなロフィルを気にかけながら、三人で『大人』になるため協力して生きていたが――。 312 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ロフィル | 男 | 140 | こちら側の少年。対岸を見つめる。 |
ケルジ | 男 | 133 | ロフィルの仲間。ロフィルが居ないと楽しくない。 |
リオラ | 女 | 102 | ロフィルの仲間。ずっと怒っている。ロフィルが居ても居なくても怒っているが、居ない方が怒っていて、ケルジが怒られがち。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:対岸の君へ。
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0:見えているようで見えていない。それはいつか本当に見ようとしたときに現れる。
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0:◆世界観◆
0:人々が『河』と呼ぶ境界の向こうには『対岸』と呼ばれる「そこに見えてはいるけれど触れられない」豊かな世界があった。対岸では無い世界、人々が『こちら側』と呼ぶ世界には終わりの無い日々の務めと哀しみが横たわっている。人々は誰も口にこそせずとも、対岸に憧れを抱き、時にはその憧れに飲まれ河へと身を投げ命を絶った。彼らは『世捨て』と呼ばれて軽蔑され、遺された子供もまた『忌み子』と呼ばれ迫害された。忌み子の多くは、岸辺にある『工場』で働き、やがて親と同様に世捨てになり命を絶つか、こちら側での生活に適応し『大人』になり河を離れるかを選ぶことになる。
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0:◇あらすじ◆
0:『こちら側』で暮らす『忌み子』の少年ロフィルは仕事をさぼり『対岸』で笑う少女を眺めていた。同じ『忌み子』の仲間であるケルジとリオラはそんなロフィルを気にかけながら、三人で『大人』になるため協力して生きていたが――。
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0:◇登場人物◇
ロフィル:こちら側の少年。対岸を見つめる。
ケルジ:ロフィルの仲間。ロフィルが居ないと楽しくない。
リオラ:ロフィルの仲間。ずっと怒っている。ロフィルが居ても居なくても怒っているが、居ない方が怒っていて、ケルジが怒られがち。
:
0: ◆ ◇
:
0:『対岸』で少女が微笑んでいる。
0:『河』を挟んで『こちら側』、ロフィルが『対岸』を眺めている。
:
ロフィル:(M)対岸のあの子はいつも笑っていた。
ロフィル:手を伸ばせば届きそうな、
ロフィル:……いいや。
ロフィル:僕の手なんかじゃ全然届かない、
ロフィル:どんなに手を尽くしても届かないところで、
ロフィル:明るく、いつも、笑っていた。
:
ロフィル:(M)雨の降る日も、
ロフィル:風の少し強い日も、
ロフィル:友達と喧嘩した日も、
ロフィル:母さんとさよならした日も、
:
ロフィル:(M)どんな日も、
ロフィル:決まった時間のあの対岸で、
ロフィル:あの子はいつも。
:
ロフィル:(M)ねぇ、
ロフィル:どうして君は笑っているの?
ロフィル:どうしてそんなに笑えるの?
ロフィル:僕は君のようには笑えない。
:
ロフィル:(M)こっちの岸辺は哀しいことでいっぱいだから、
ロフィル:僕にはとても笑えない。
ロフィル:……けれど、
ロフィル:いつも笑う君を見て、
ロフィル:少しだけ、僕は笑えそうな気がした。
:
0:ロフィルに向かって手を振りながら、
0:ケルジが駆けてくる。
:
ケルジ:おーい! ロフィル!
ロフィル:……。
ケルジ:おい、ロフィル!
ロフィル:ケルジか。何?
ケルジ:何? じゃないよロフィル! またこんなところに来て。休憩時間もう終わるよ!
ロフィル:だって、見たかったんだもの。
ケルジ:いつも見てるじゃないか! 『対岸』なんてどれだけ見ても仕方ないだろ? 仕事、早く戻らないとリオラに怒られるぞ!
ロフィル:なら勝手に怒らせとけばいいよ。大体、リオラはいつも怒ってるんだから。
ケルジ:大体いつも怒ってるけど! いや、良くないって! 僕だって怒られるんだから。
ロフィル:連れ戻してこいって言われた?
ケルジ:いいや、心配だから来たんだよ!
ロフィル:それ、リオラに言った?
ケルジ:言えるわけ無いだろ? 怒られたくないもの!
ロフィル:黙って抜けてきたの?
ケルジ:当たり前だろ?
ロフィル:それ、君もサボってない?
ケルジ:えぇ? ……あ。
ロフィル:ケルジ……。
ケルジ:あぁーーっ!
ロフィル:……ごめん。
ケルジ:あぁ! もう! わ、分かったら早く戻るぞ? もしかしたらまだ間に合うかも……!
ロフィル:…………。
ケルジ:おいロフィル? 何してんだ!
ロフィル:……だから、ごめん。
ケルジ:いや、ごめんはもういいよ。
ロフィル:……。
ケルジ:……もしかして、怒られることへのごめん? それ。戻る気無い感じ?
ロフィル:……うん。
ケルジ:そっか。っておい!
ロフィル:だって、急いでも怒られるでしょ?
ケルジ:それは、わからないだろ!
ロフィル:いつも通りだよ。
ケルジ:うぅ、まぁ、そうかもだけど、十中八九そうだけど。
ロフィル:なら、いいよ。ここでしばらくこうしてよ。ケルジ。
ケルジ:……分かったよ。
ロフィル:うん、分かってくれて嬉しいよ。
ケルジ:僕は、君が素直に戻ってくれる方が嬉しいけどね……。
ロフィル:そっか、ごめん。
ケルジ:いいよ、もう。
ロフィル:……ありがと。
ケルジ:でもねぇロフィル?
ロフィル:なに?
ケルジ:これって、何が楽しいの?
ロフィル:別に、楽しいって訳じゃ無いけど。
ケルジ:……行っちゃ駄目だよ、ロフィル。
:
0:間。
:
ロフィル:行かないよ。
ケルジ:ほんとに?
ロフィル:行かないよ。それに、対岸には行けないんでしょ。
ケルジ:そうだけど、僕達は『忌み子』だから。
ロフィル:……関係ないよ。『世捨て』になっても、対岸には行けないんだ、絶対に。
ケルジ:……そっか。
ロフィル:うん。
ケルジ:なら戻ろうよ。対岸のことなんて僕らには何の意味も無い。
ロフィル:……そうだね。でも、戻ってもやっぱり楽しくないよ。
ケルジ:うーん、まぁ、それもそうなんだけどね。仕事は楽しくないし、何より、
ロフィル:リオラは、ずっと怒ってる?
ケルジ:そうそう。あと僕は、君がいないと楽しくない。
ロフィル:じゃあ、ずっとここにいようよ。
ケルジ:それも悪くないけど、そういう訳にもいかないよ。
ロフィル:どうして?
ケルジ:行かなくたって、対岸に魅せられた子は早く死んじゃうんだ。
ロフィル:ケルジは『大人』になりたい?
ケルジ:どうかな。でも、それは哀しいんだよ。僕は。
ロフィル:そっか。でも迷信だよ、そんなもの。
ケルジ:迷信?
ロフィル:大人が勝手に言うだけさ。自分たちだって子供の頃は対岸を見ていたくせにさ。
ケルジ:でも、人は大人になると対岸を見なくなるんだよ。
ロフィル:そして仕事しか見なくなる。ケルジは大人になりたい?
ケルジ:さぁ、どうかな。でも、リオラみたいにはなりたくないかな。あんなに怒りっぽくなりたくないね。
ロフィル:僕もだよ。
ケルジ:でも、それ程対岸にも興味ないんだ。もちろん仕事にも。
ロフィル:じゃあ、いても大丈夫だね。ずうっとここに居よう。
ケルジ:どれだけここに居たいのさ。……でも、やっぱり駄目だよ。
ロフィル:どうして?
ケルジ:僕は君がいないと楽しくないって言ったけど、リオラもそうだと思うんだ。
ロフィル:リオラも?
ケルジ:気付いてないの?
ロフィル:何に?
ケルジ:ロフィルが居ないとすごく怒るんだよ、リオラ。
ロフィル:僕がいても怒ってると思うけど。
ケルジ:怒ってるけどね。でも、君がいないときのリオラってば、すごいんだよ。
ロフィル:それで連れ戻しに来たのか。
ケルジ:それもあるけど、
ロフィル:けど?
ケルジ:やっぱり君がいないと楽しくない。
ロフィル:……じゃあ、戻ろっか。
ケルジ:もういいの?
ロフィル:いいよ、もう。見たいものは見れたし。
ケルジ:見たいもの?
ロフィル:ん。
:
0:ロフィルの視線の先に笑顔の少女。
:
ケルジ:ああ。あの子か。今日も笑ってるね。
ロフィル:うん。
ケルジ:対岸は楽しいのかな。
ロフィル:さぁ、どうだろうね。
ケルジ:きっと楽しいよ。少なくとも、こちら側よりは。
ロフィル:……そうだね。
ケルジ:さて戻ろっか! ロフィル! あ、ちゃんとお別れしてね!
ロフィル:うん。……またね。
ケルジ:またねー!
:
0:二人、少女に向かって手を振る。
0:少女、振り返す。
:
ケルジ:よし。手、振ってるね。
ロフィル:声は聞こえないだろうけど。
ケルジ:でもなんか思いとかは伝わってるんじゃない? たぶん!
ロフィル:そうだね、そうだといいね。
:
0:二人、去る。
0:少女、二人が去った後も笑顔で手を振っている。
:
0:◆
:
0:『工場』。
0:リオラがケルジとロフィルに説教をしている。
:
リオラ:遅い! もうとっくに作業再開する時間でしょ! あなたたち何してたの!
ケルジ:ごめん、リオラ、ちょっと道に迷って……。
リオラ:迷うような道なんて無いでしょ、直ぐ連れ戻しなさい役立たず!
ケルジ:酷いなぁ!
リオラ:それでロフィル。
ロフィル:何?
リオラ:あなたはどうして勝手に居なくなるの?
ロフィル:言ったら駄目って言うから。
リオラ:当たり前でしょ! あなたがいないと仕事にならないもの、勝手なことをしないで。ただでさえ、私達は『忌み子』だから工場長に目をつけられてるのに、これ以上無能と思われたらやっていけなくなる。それ、分かってるの?
ロフィル:…………。
リオラ:なんとか言いなさいロフィル!
ケルジ:まぁまぁ、落ち着いてよリオラ! こうして僕が無事連れ戻してきたんだから平気でしょ? なぁにちょっとの遅れ直ぐに取り戻せるさ!
リオラ:うるさい! あなたも勝手にいなくなったんだから同罪に決まってるでしょ!
ケルジ:でも、僕が連れ戻しに行ったって分かってたから待ってたんでしょ? でなけりゃ自分で行けば――
リオラ:黙りなさいケルジ……! 黙らないと顎引きちぎるから。
ケルジ:いや引きちぎらないで!? 怖いよ!
リオラ:顎。
ケルジ:はい。
リオラ:……また、河に。対岸のあの子に会いに行ってたんでしょ?
ロフィル:……うん。
リオラ:ねぇ、ロフィル。あんなのは幻。分かっているでしょう?
ロフィル:幻……。
リオラ:どんなに手を伸ばしても届かない。そこに居るように見えても、辿り着くことの出来ない岸辺に張りついた、ただの影。そう、あれは影なの。こんな薄汚い世界で生きている私達がいつか取りこぼした幸せを、これ見よがしに見せつけてくるだけの影。そんなものに憧れてどうするの? しっかりしなさいロフィル! あなたも私もここに生きてる! 私達三人、力を合わせて生きていかなきゃならないの!
ロフィル:どうして。
リオラ:決まってるでしょう? だって私達は忌み子なんだもの!
ケルジ:リオラ……。
リオラ:全部全部大人達のせい。でも、それは私達が奪われたから。そう生きていかなきゃいけないって『世捨て』と『大人』に押しつけられたものだから!
ケルジ:リオラ、それ以上は駄目だよ。
リオラ:でも事実でしょう!?
ケルジ:事実だけど、でも、ここでそれをロフィルに言って何になるのさ? 僕達はそう。だけど、それは君もさっき言ったように大人達のせいなんだ。まだそうなったばかりのロフィルにはどうしようもないでしょ? 解決することも、向き合うことも、僕達だって……。
リオラ:そんなこと分かってる! だからって何もしなくて良いって? 子供のままで良いって? 忌み子のままで良いって言うの?
ケルジ:そうは言わないけど。
リオラ:私は嫌。腹が立つ。嫌い。大人も、忌み子も、対岸も、こちら側も、それに……
ケルジ:僕達をこんなにした父さん達も?
リオラ:嫌い、大嫌い。『世捨て』なんて消えれば良い。消えたという事実ごと消えたら良い。全部全部無くなって欲しい。でも、私達忌み子でも生きていかなきゃならない。それでも。分かるでしょう? ロフィル。あなたも。私も、ケルジも。ここで生きていかなきゃ、どんなに腹立たしくても、気に食わなくても、全部全部ぶっつぶしてしまいたくなっても、それでもいずれ『大人』にならなきゃいけない。でなければ、
:
0:間。
:
リオラ:私達は『世捨て』になって渡れもしない河に消えるだけ。
ケルジ:リオラ……。
リオラ:消えた事実と、忌み子を遺して。
ロフィル:…………。
リオラ:それだけは、忘れないで。
ロフィル:……分かった。
リオラ:もう対岸を見に行くのはやめなさい。虚しくなるだけだから。
ロフィル:それは、……それは約束できない。
リオラ:…………。仕事、再開するから。
ロフィル:うん。
リオラ:遅れた分、取り返す! いい、ロフィル?
ロフィル:いいよ。
リオラ:うん。
ケルジ:ふう。ひやひやしたけど仲直りできて良かったぁ。
リオラ:何してるのケルジ! さっさと持ち場に着きなさい!
ケルジ:は、はい!
:
0:◇
:
0:対岸で少女が微笑んでいる。
0:河を挟んでこちら側、ロフィルが対岸を眺めている。
0:そこにリオラが現れる。
:
リオラ:ロフィル。あなたまたこんなところに。
ロフィル:リオラ。
リオラ:あれだけ言っても河に来るなんて。
ロフィル:君だって来たじゃないか。
リオラ:悪い?
ロフィル:良くないことなんでしょ、君にとっては。
リオラ:あなたにとっても。そう言わなかった?
ロフィル:約束できない。そう言わなかった?
リオラ:…………。
ロフィル:…………。
リオラ:そんなにここが好き?
ロフィル:別に。
リオラ:じゃあ、対岸のあの子が好き?
ロフィル:……分からない。
リオラ:ふうん、あっそ。また笑ってるね、あの子。
ロフィル:そうだね。いつも笑ってる。
リオラ:…………。
ロフィル:……今日は休みだよね。
リオラ:ええ、休み。
ロフィル:何か用?
リオラ:何? 用が無いと来ちゃだめ?
ロフィル:だめでは無いけど、用が無いと来ないでしょ。
リオラ:そうでも無いけど。
ロフィル:……意外だね。
リオラ:私だって忌み子だから。どんなに避けても、嫌っても、ここに足が向いてしまう。ほんと、嫌になるよね。
ロフィル:僕は、そうでも無いよ。
リオラ:世捨てに。
ロフィル:何?
リオラ:あなたはやっぱり、対岸に渡ってみたいと思う?
ロフィル:どうして?
リオラ:だって、暇さえあればここに居るんだもの。別の理由があるなら教えて欲しいくらい。
ロフィル:僕は、思わないよ。
リオラ:どうして?
ロフィル:対岸には絶対に渡れないから。
リオラ:だから、渡りたいとは思わないって。
ロフィル:うん。
リオラ:そっか、ロフィルはすごいのね。
ロフィル:すごい?
リオラ:私は、そうは思わないから。
ロフィル:渡れるって?
リオラ:それは分からないけど、絶対に出来ないとしてもそんなに素直に諦められないと思う。だから、すごい。
ロフィル:すごくないよ。別に。出来ないことを諦めない方がすごいと思う。
リオラ:出来ないことを諦めない、か。やっぱり、そうだよね。
ロフィル:何が?
リオラ:ううん。なんでも。
ロフィル:……?
リオラ:じゃあ、もし、渡ることが出来ると仮定したら、ロフィルは対岸に行きたいと思う?
ロフィル:……どうかな。
リオラ:そんなの、分からないよね。
ロフィル:でも、
リオラ:でも?
ロフィル:僕は多分渡らないと思う。
リオラ:……分かった。
ロフィル:分かった?
リオラ:ロフィルは、意外としっかりしてるって。
ロフィル:意外とって何。
リオラ:だって、いつも仕事さぼって河に来るんだもの。みんな、思ってた、次はロフィルだって。
ロフィル:僕は、ならないよ。
リオラ:うん、だから安心した。ロフィルは、大人になれる。
ロフィル:大人、か。
リオラ:ついでにケルジも。
ロフィル:リオラもでしょ?
リオラ:……もちろん! だから三人で、大人になるの!
ロフィル:いつも言ってるね。
リオラ:そ、そうかな?
ロフィル:言ってるよ。怒りながらだけど。
リオラ:それは余計なんだけど?
ロフィル:でも、事実だから。
リオラ:なんて?
:
0:ケルジが現れる。
:
ケルジ:おーい! ロフィル!
ロフィル:ケルジ。
ケルジ:あれ? 珍しいね、リオラまで。普段絶対に河になんて来ないのに。
リオラ:悪い?
ケルジ:……いいや、最高だね!
リオラ:……最高って何。
ケルジ:知らないけど、なんかそんな感じ。いいや、雰囲気かな。
リオラ:あなた、少しは考えて喋ったら?
ケルジ:えー? 考えるだけ無駄だと思うな。
リオラ:無駄って。
ケルジ:じゃあ、考えた方がいい?
リオラ:そりゃそうでしょ。
ケルジ:どうしてリオラがロフィルとこんなところに居るのかすっっごく気になったりするけど、いいの?
リオラ:……。考えなくていい。
ケルジ:良かった。なら、僕は考えるのをやめるよ。
ロフィル:ケルジ、何の話?
ケルジ:ううん、なんでも。ただの、考えてみたら楽しいかもしれない二人のつまらない話だよ。
リオラ:ケルジ!
ケルジ:おっと、ごめんね。
リオラ:まったく!
ケルジ:そういえば、何の話してたのロフィル?
ロフィル:三人で大人になろうって。
ケルジ:そう? にしては随分楽しそうにしてたけど。
リオラ:楽しくない!
ロフィル:楽しくなかった、か。
リオラ:いや、別に、……あー! もう! 帰ろ、ロフィル!
ロフィル:うん。
ケルジ:……リオラ。……あ、待ってよ!
:
0:三人、去る。その様子を笑顔で見送る少女。
:
0:◆
:
0:『対岸』で少女が微笑んでいる。
0:『河』の中にリオラが立っている。
:
リオラ:(M)あなたはどうして笑っているの?
リオラ:手を伸ばしても届かないと知っているから?
リオラ:……いいえ。
リオラ:手を伸ばしても届かないと知ってなお、
リオラ:私が、私達が手を伸ばすから?
リオラ:どんなに手を尽くしても届かないところであなたは、
リオラ:眩く、誘うように、笑っていた。
:
リオラ:(M)雨の降る日も、
リオラ:風の少し強い日も、
リオラ:新しく友達が出来た日も、
リオラ:父様がそっちに行った日も、
:
リオラ:(M)どんな日も、
リオラ:決まった時間のその対岸で、
リオラ:あなたはいつも。
:
リオラ:(M)ねぇ、
リオラ:どうしてあなたは笑っているの?
リオラ:どうしてそんなに笑えるの?
リオラ:私達はあなたのようには笑えない。
:
リオラ:(M)こっちの岸辺は腹立たしいことしかみつからなくて、
リオラ:私にはとても笑えない。
リオラ:いつも笑うあなたを見ていたら、
リオラ:少しだけ、私も笑えそうな気がした。
:
リオラ:(M)でも、それはやっぱり気のせい。
リオラ:諦められないからなのか、
リオラ:諦めてしまったからなのか、
リオラ:私には分からないけど、
リオラ:それでも、私は忌み子なんだと思う。
リオラ:ロフィル、だから私は大人になれない。
:
リオラ:さようなら。
:
0:リオラ、河の中をすすむ。
0:岸辺にケルジが現れる。
:
ケルジ:リオラ!
リオラ:……ケルジ。
ケルジ:待ってよ、どうして!
リオラ:分かるでしょう?
ケルジ:分からないよ! 三人で大人になるって言ってたじゃないか!
リオラ:言ってた。でも、言ってただけなの。
ケルジ:君はあんなに怒っていたのに! 大人にも、世捨てにも!
リオラ:それに忌み子にも、自分自身にも。
ケルジ:だったらどうして!
リオラ:そんなに怒らないで、ケルジ。
ケルジ:怒るよ! 勝手にいなくなられたら怒るよ!
リオラ:私みたいなこと言わないで。
ケルジ:君が君らしくないこと言ってるからだよ!
リオラ:私らしく? じゃあ、どうすれば良いの? どうすれば良かったの?
ケルジ:そんなの決まってる! 三人で大人になるんだ!
リオラ:なれない。
ケルジ:どうして!
リオラ:私が、忌み子だから。いいえ、もう次になるところかな。
ケルジ:それなら僕もそうだよ! ロフィルも!
リオラ:違う!
ケルジ:リオラ……?
リオラ:ロフィルもあなたも、私とは違う。
ケルジ:何も違わないよ! 僕らは一緒だ。三人一緒だよ!
リオラ:違う。ロフィルもあなたも。河に惹かれてない。
ケルジ:それは……! でも、あんなに真剣に働いてたじゃないか、僕達を引っ張って、一緒に生きようって言ったじゃないか!
リオラ:必要ないでしょ、そんなもの。
ケルジ:いいやリオラ! 僕らには君が必要だ!
リオラ:分かっているでしょう、逆なの。
ケルジ:何が!
リオラ:あなたたちが私を必要なんじゃない。私があなたたちを必要なの。
ケルジ:そんなの同じことだよ! だって僕は、君を必要としてる。だから、帰ってきてよ、戻ってきなよ、一緒に行こうよ!
リオラ:だったら!
:
0:間。
:
リオラ:一緒に来てくれる?
ケルジ:え……?
リオラ:無理でしょう? 必要なのは私の方だけ。
ケルジ:ち、違うよ!
リオラ:私は、出来ないと分かってても飛び込むしか無い。けど、あなたはそうしない。きっと、ロフィルだって。
ケルジ:リオラ! ま、まだ間に合うよ! きっとロフィルだって。
リオラ:ケルジ。
ケルジ:リオラ……?
リオラ:あなた、大人みたいなこと言うね。
ケルジ:……!
リオラ:ごめんね? だから……。
ケルジ:駄目だよ! リオラ!
リオラ:さようなら、ケルジ。
:
0:リオラ、河の中に消える。
:
ケルジ:……! ……どうして、どうしてお前は、笑っているんだ? ……っ! くそぉぉぉ……!
:
0:ケルジ、対岸の少女を見つめる。
:
0:◇
:
0:『工場』。
0:ケルジが立ち尽くしている。
0:ロフィルが入ってくる。
:
ケルジ:おはよう、ロフィル。
ロフィル:おはよう。
ケルジ:ああ。
ロフィル:…………リオラは?
ケルジ:リオラは、もうないよ。
ロフィル:……そっか。やっぱりそうなんだ。
ケルジ:なんだい、随分あっさりしてるね。
ロフィル:だってそういうものだろ。
ケルジ:そうだけど! リオラなんだよ? なんか、思うことは無いの?
ロフィル:リオラでも、誰でも、思うことは同じだよ。
ケルジ:……何?
ロフィル:また駄目だった。
ケルジ:君は!
ロフィル:怒ってどうなるの? 僕を殴って気が済むのケルジ?
ケルジ:こんな時にそんな言い方!
ロフィル:それならどうぞ、殴れば良いさ。大人達みたいに。気に入らないことがあれば怒れば良い。怒鳴れば良い。悲しんだフリをすれば良い。対岸なんて黙殺して仕事に埋没すれば良い。僕達を忌み子と見下せば良い。自分を大人にすれば良い。行った人を世捨てと切り捨てれば良い。なかったことにして、見なかったことにして生きていけば良い。リオラみたいに。
ケルジ:ロフィル!
ロフィル:リオラが出来なかったみたいに。
ケルジ:それ以上言うな! 言っちゃ駄目だ! 言ったら僕は君を!
ロフィル:好きにすれば良い。僕は言うよ。
ケルジ:やめろ! やめてくれ!
ロフィル:子供のフリはやめろよ、ケルジ。
ケルジ:あああああ!
:
0:ケルジ、ロフィルを殴る。
:
ケルジ:……あ、ろ、ロフィル、ごめん、僕は、そんなつもりじゃ……。
ロフィル:気は済んだ? いいや、遊びは済んだ? なら、もう話しかけないでよ。
ケルジ:あ……。
ロフィル:君は仲間でも、忌み子でもない。もちろん友達でもない。
ケルジ:いや、嫌だよロフィル……。
ロフィル:ただの大人なんだから。
ケルジ:…………。
ロフィル:さようなら。
:
0:ロフィル、去ろうとする。
:
ケルジ:……待ってよ。
ロフィル:……まだ何か?
ケルジ:だったら、君は何なんだよ?
ロフィル:何、か。
ケルジ:大人でも世捨てでも無いなら、何なんだよ! 何のつもりなんだよ! 忌み子か? ずっとそのままでいられるつもりか?
ロフィル:さぁね、それも良いかもしれない。
ケルジ:そんなの無理だよ、いつかその時が来る! なぁ、ロフィル! 大人になれよ、僕みたいに! ロフィル!
ロフィル:ケルジ、僕は。
:
0:間。
:
ロフィル:出来もしないことは言わない。願わない。憧れない。
ケルジ:だったら!
ロフィル:信じない。君のことも。
ケルジ:リオラのこともか?
ロフィル:そして自分のこともね。
ケルジ:じゃあ、そんな君に何が出来るんだよ。何がしたいんだよ、ロフィル?
ロフィル:何も。僕は何も出来ないし、何もしない。
ケルジ:そんな選択……。
ロフィル:ああ、だから選びすらしないよ。
ケルジ:だったら、そんなの生きていけないじゃないか。
ロフィル:そうかも知れないね。だから、僕はただ見るんだよ。
ケルジ:何を?
ロフィル:幸福な対岸を。そうでないこちら側を。微笑むあの子を。選べなかったリオラを、選んだ君を。僕はただ見ているんだよ。
ケルジ:……そうかよ。
ロフィル:今度こそさようなら。ケルジ。君はきっと立派な大人になれる。
ケルジ:嫌味か?
ロフィル:さぁね。それを決めるのは君だよ。君がもし、こんな哀しみに満ちた世界を変えてくれたなら、きっとリオラも……。ごめん。聞かなかったことにしてくれ。
ケルジ:ロフィル……。
ロフィル:じゃあね。
:
0:ロフィル、去る。
:
ケルジ:できるわけないだろう、そんなの……。ロフィル。君の居ないこちら側なんて少しも楽しくないんだから。
:
0:◆
:
0:『対岸』で少女が微笑んでいる。
0:『河』を挟んで『こちら側』、ロフィルが『対岸』を眺めている。
:
ロフィル:(M)対岸のあの子はいつも笑っていた。
:
ロフィル:(M)手を伸ばせば届きそうな、
ロフィル:……いいや。
ロフィル:僕の手なんかじゃ全然届かない、
ロフィル:どんなに手を尽くしても届かないところで、
ロフィル:明るくいつも笑うあの子に、
ロフィル:いつか、
ロフィル:この笑顔が、
ロフィル:こちら側に暮らすみんなの笑顔が届くといいな。
:
ロフィル:(M)今はまだ、
ロフィル:とても君のようには笑えないけれど。
ロフィル:いつか、きっと。大人も子供も関係ない。そんな世界で。
ロフィル:その時まで。僕はただ、世界を見るよ。
:
ロフィル:君と一緒に。
0:対岸の君へ。
:
0:見えているようで見えていない。それはいつか本当に見ようとしたときに現れる。
:
0:◆世界観◆
0:人々が『河』と呼ぶ境界の向こうには『対岸』と呼ばれる「そこに見えてはいるけれど触れられない」豊かな世界があった。対岸では無い世界、人々が『こちら側』と呼ぶ世界には終わりの無い日々の務めと哀しみが横たわっている。人々は誰も口にこそせずとも、対岸に憧れを抱き、時にはその憧れに飲まれ河へと身を投げ命を絶った。彼らは『世捨て』と呼ばれて軽蔑され、遺された子供もまた『忌み子』と呼ばれ迫害された。忌み子の多くは、岸辺にある『工場』で働き、やがて親と同様に世捨てになり命を絶つか、こちら側での生活に適応し『大人』になり河を離れるかを選ぶことになる。
:
0:◇あらすじ◆
0:『こちら側』で暮らす『忌み子』の少年ロフィルは仕事をさぼり『対岸』で笑う少女を眺めていた。同じ『忌み子』の仲間であるケルジとリオラはそんなロフィルを気にかけながら、三人で『大人』になるため協力して生きていたが――。
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0:◇登場人物◇
ロフィル:こちら側の少年。対岸を見つめる。
ケルジ:ロフィルの仲間。ロフィルが居ないと楽しくない。
リオラ:ロフィルの仲間。ずっと怒っている。ロフィルが居ても居なくても怒っているが、居ない方が怒っていて、ケルジが怒られがち。
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0: ◆ ◇
:
0:『対岸』で少女が微笑んでいる。
0:『河』を挟んで『こちら側』、ロフィルが『対岸』を眺めている。
:
ロフィル:(M)対岸のあの子はいつも笑っていた。
ロフィル:手を伸ばせば届きそうな、
ロフィル:……いいや。
ロフィル:僕の手なんかじゃ全然届かない、
ロフィル:どんなに手を尽くしても届かないところで、
ロフィル:明るく、いつも、笑っていた。
:
ロフィル:(M)雨の降る日も、
ロフィル:風の少し強い日も、
ロフィル:友達と喧嘩した日も、
ロフィル:母さんとさよならした日も、
:
ロフィル:(M)どんな日も、
ロフィル:決まった時間のあの対岸で、
ロフィル:あの子はいつも。
:
ロフィル:(M)ねぇ、
ロフィル:どうして君は笑っているの?
ロフィル:どうしてそんなに笑えるの?
ロフィル:僕は君のようには笑えない。
:
ロフィル:(M)こっちの岸辺は哀しいことでいっぱいだから、
ロフィル:僕にはとても笑えない。
ロフィル:……けれど、
ロフィル:いつも笑う君を見て、
ロフィル:少しだけ、僕は笑えそうな気がした。
:
0:ロフィルに向かって手を振りながら、
0:ケルジが駆けてくる。
:
ケルジ:おーい! ロフィル!
ロフィル:……。
ケルジ:おい、ロフィル!
ロフィル:ケルジか。何?
ケルジ:何? じゃないよロフィル! またこんなところに来て。休憩時間もう終わるよ!
ロフィル:だって、見たかったんだもの。
ケルジ:いつも見てるじゃないか! 『対岸』なんてどれだけ見ても仕方ないだろ? 仕事、早く戻らないとリオラに怒られるぞ!
ロフィル:なら勝手に怒らせとけばいいよ。大体、リオラはいつも怒ってるんだから。
ケルジ:大体いつも怒ってるけど! いや、良くないって! 僕だって怒られるんだから。
ロフィル:連れ戻してこいって言われた?
ケルジ:いいや、心配だから来たんだよ!
ロフィル:それ、リオラに言った?
ケルジ:言えるわけ無いだろ? 怒られたくないもの!
ロフィル:黙って抜けてきたの?
ケルジ:当たり前だろ?
ロフィル:それ、君もサボってない?
ケルジ:えぇ? ……あ。
ロフィル:ケルジ……。
ケルジ:あぁーーっ!
ロフィル:……ごめん。
ケルジ:あぁ! もう! わ、分かったら早く戻るぞ? もしかしたらまだ間に合うかも……!
ロフィル:…………。
ケルジ:おいロフィル? 何してんだ!
ロフィル:……だから、ごめん。
ケルジ:いや、ごめんはもういいよ。
ロフィル:……。
ケルジ:……もしかして、怒られることへのごめん? それ。戻る気無い感じ?
ロフィル:……うん。
ケルジ:そっか。っておい!
ロフィル:だって、急いでも怒られるでしょ?
ケルジ:それは、わからないだろ!
ロフィル:いつも通りだよ。
ケルジ:うぅ、まぁ、そうかもだけど、十中八九そうだけど。
ロフィル:なら、いいよ。ここでしばらくこうしてよ。ケルジ。
ケルジ:……分かったよ。
ロフィル:うん、分かってくれて嬉しいよ。
ケルジ:僕は、君が素直に戻ってくれる方が嬉しいけどね……。
ロフィル:そっか、ごめん。
ケルジ:いいよ、もう。
ロフィル:……ありがと。
ケルジ:でもねぇロフィル?
ロフィル:なに?
ケルジ:これって、何が楽しいの?
ロフィル:別に、楽しいって訳じゃ無いけど。
ケルジ:……行っちゃ駄目だよ、ロフィル。
:
0:間。
:
ロフィル:行かないよ。
ケルジ:ほんとに?
ロフィル:行かないよ。それに、対岸には行けないんでしょ。
ケルジ:そうだけど、僕達は『忌み子』だから。
ロフィル:……関係ないよ。『世捨て』になっても、対岸には行けないんだ、絶対に。
ケルジ:……そっか。
ロフィル:うん。
ケルジ:なら戻ろうよ。対岸のことなんて僕らには何の意味も無い。
ロフィル:……そうだね。でも、戻ってもやっぱり楽しくないよ。
ケルジ:うーん、まぁ、それもそうなんだけどね。仕事は楽しくないし、何より、
ロフィル:リオラは、ずっと怒ってる?
ケルジ:そうそう。あと僕は、君がいないと楽しくない。
ロフィル:じゃあ、ずっとここにいようよ。
ケルジ:それも悪くないけど、そういう訳にもいかないよ。
ロフィル:どうして?
ケルジ:行かなくたって、対岸に魅せられた子は早く死んじゃうんだ。
ロフィル:ケルジは『大人』になりたい?
ケルジ:どうかな。でも、それは哀しいんだよ。僕は。
ロフィル:そっか。でも迷信だよ、そんなもの。
ケルジ:迷信?
ロフィル:大人が勝手に言うだけさ。自分たちだって子供の頃は対岸を見ていたくせにさ。
ケルジ:でも、人は大人になると対岸を見なくなるんだよ。
ロフィル:そして仕事しか見なくなる。ケルジは大人になりたい?
ケルジ:さぁ、どうかな。でも、リオラみたいにはなりたくないかな。あんなに怒りっぽくなりたくないね。
ロフィル:僕もだよ。
ケルジ:でも、それ程対岸にも興味ないんだ。もちろん仕事にも。
ロフィル:じゃあ、いても大丈夫だね。ずうっとここに居よう。
ケルジ:どれだけここに居たいのさ。……でも、やっぱり駄目だよ。
ロフィル:どうして?
ケルジ:僕は君がいないと楽しくないって言ったけど、リオラもそうだと思うんだ。
ロフィル:リオラも?
ケルジ:気付いてないの?
ロフィル:何に?
ケルジ:ロフィルが居ないとすごく怒るんだよ、リオラ。
ロフィル:僕がいても怒ってると思うけど。
ケルジ:怒ってるけどね。でも、君がいないときのリオラってば、すごいんだよ。
ロフィル:それで連れ戻しに来たのか。
ケルジ:それもあるけど、
ロフィル:けど?
ケルジ:やっぱり君がいないと楽しくない。
ロフィル:……じゃあ、戻ろっか。
ケルジ:もういいの?
ロフィル:いいよ、もう。見たいものは見れたし。
ケルジ:見たいもの?
ロフィル:ん。
:
0:ロフィルの視線の先に笑顔の少女。
:
ケルジ:ああ。あの子か。今日も笑ってるね。
ロフィル:うん。
ケルジ:対岸は楽しいのかな。
ロフィル:さぁ、どうだろうね。
ケルジ:きっと楽しいよ。少なくとも、こちら側よりは。
ロフィル:……そうだね。
ケルジ:さて戻ろっか! ロフィル! あ、ちゃんとお別れしてね!
ロフィル:うん。……またね。
ケルジ:またねー!
:
0:二人、少女に向かって手を振る。
0:少女、振り返す。
:
ケルジ:よし。手、振ってるね。
ロフィル:声は聞こえないだろうけど。
ケルジ:でもなんか思いとかは伝わってるんじゃない? たぶん!
ロフィル:そうだね、そうだといいね。
:
0:二人、去る。
0:少女、二人が去った後も笑顔で手を振っている。
:
0:◆
:
0:『工場』。
0:リオラがケルジとロフィルに説教をしている。
:
リオラ:遅い! もうとっくに作業再開する時間でしょ! あなたたち何してたの!
ケルジ:ごめん、リオラ、ちょっと道に迷って……。
リオラ:迷うような道なんて無いでしょ、直ぐ連れ戻しなさい役立たず!
ケルジ:酷いなぁ!
リオラ:それでロフィル。
ロフィル:何?
リオラ:あなたはどうして勝手に居なくなるの?
ロフィル:言ったら駄目って言うから。
リオラ:当たり前でしょ! あなたがいないと仕事にならないもの、勝手なことをしないで。ただでさえ、私達は『忌み子』だから工場長に目をつけられてるのに、これ以上無能と思われたらやっていけなくなる。それ、分かってるの?
ロフィル:…………。
リオラ:なんとか言いなさいロフィル!
ケルジ:まぁまぁ、落ち着いてよリオラ! こうして僕が無事連れ戻してきたんだから平気でしょ? なぁにちょっとの遅れ直ぐに取り戻せるさ!
リオラ:うるさい! あなたも勝手にいなくなったんだから同罪に決まってるでしょ!
ケルジ:でも、僕が連れ戻しに行ったって分かってたから待ってたんでしょ? でなけりゃ自分で行けば――
リオラ:黙りなさいケルジ……! 黙らないと顎引きちぎるから。
ケルジ:いや引きちぎらないで!? 怖いよ!
リオラ:顎。
ケルジ:はい。
リオラ:……また、河に。対岸のあの子に会いに行ってたんでしょ?
ロフィル:……うん。
リオラ:ねぇ、ロフィル。あんなのは幻。分かっているでしょう?
ロフィル:幻……。
リオラ:どんなに手を伸ばしても届かない。そこに居るように見えても、辿り着くことの出来ない岸辺に張りついた、ただの影。そう、あれは影なの。こんな薄汚い世界で生きている私達がいつか取りこぼした幸せを、これ見よがしに見せつけてくるだけの影。そんなものに憧れてどうするの? しっかりしなさいロフィル! あなたも私もここに生きてる! 私達三人、力を合わせて生きていかなきゃならないの!
ロフィル:どうして。
リオラ:決まってるでしょう? だって私達は忌み子なんだもの!
ケルジ:リオラ……。
リオラ:全部全部大人達のせい。でも、それは私達が奪われたから。そう生きていかなきゃいけないって『世捨て』と『大人』に押しつけられたものだから!
ケルジ:リオラ、それ以上は駄目だよ。
リオラ:でも事実でしょう!?
ケルジ:事実だけど、でも、ここでそれをロフィルに言って何になるのさ? 僕達はそう。だけど、それは君もさっき言ったように大人達のせいなんだ。まだそうなったばかりのロフィルにはどうしようもないでしょ? 解決することも、向き合うことも、僕達だって……。
リオラ:そんなこと分かってる! だからって何もしなくて良いって? 子供のままで良いって? 忌み子のままで良いって言うの?
ケルジ:そうは言わないけど。
リオラ:私は嫌。腹が立つ。嫌い。大人も、忌み子も、対岸も、こちら側も、それに……
ケルジ:僕達をこんなにした父さん達も?
リオラ:嫌い、大嫌い。『世捨て』なんて消えれば良い。消えたという事実ごと消えたら良い。全部全部無くなって欲しい。でも、私達忌み子でも生きていかなきゃならない。それでも。分かるでしょう? ロフィル。あなたも。私も、ケルジも。ここで生きていかなきゃ、どんなに腹立たしくても、気に食わなくても、全部全部ぶっつぶしてしまいたくなっても、それでもいずれ『大人』にならなきゃいけない。でなければ、
:
0:間。
:
リオラ:私達は『世捨て』になって渡れもしない河に消えるだけ。
ケルジ:リオラ……。
リオラ:消えた事実と、忌み子を遺して。
ロフィル:…………。
リオラ:それだけは、忘れないで。
ロフィル:……分かった。
リオラ:もう対岸を見に行くのはやめなさい。虚しくなるだけだから。
ロフィル:それは、……それは約束できない。
リオラ:…………。仕事、再開するから。
ロフィル:うん。
リオラ:遅れた分、取り返す! いい、ロフィル?
ロフィル:いいよ。
リオラ:うん。
ケルジ:ふう。ひやひやしたけど仲直りできて良かったぁ。
リオラ:何してるのケルジ! さっさと持ち場に着きなさい!
ケルジ:は、はい!
:
0:◇
:
0:対岸で少女が微笑んでいる。
0:河を挟んでこちら側、ロフィルが対岸を眺めている。
0:そこにリオラが現れる。
:
リオラ:ロフィル。あなたまたこんなところに。
ロフィル:リオラ。
リオラ:あれだけ言っても河に来るなんて。
ロフィル:君だって来たじゃないか。
リオラ:悪い?
ロフィル:良くないことなんでしょ、君にとっては。
リオラ:あなたにとっても。そう言わなかった?
ロフィル:約束できない。そう言わなかった?
リオラ:…………。
ロフィル:…………。
リオラ:そんなにここが好き?
ロフィル:別に。
リオラ:じゃあ、対岸のあの子が好き?
ロフィル:……分からない。
リオラ:ふうん、あっそ。また笑ってるね、あの子。
ロフィル:そうだね。いつも笑ってる。
リオラ:…………。
ロフィル:……今日は休みだよね。
リオラ:ええ、休み。
ロフィル:何か用?
リオラ:何? 用が無いと来ちゃだめ?
ロフィル:だめでは無いけど、用が無いと来ないでしょ。
リオラ:そうでも無いけど。
ロフィル:……意外だね。
リオラ:私だって忌み子だから。どんなに避けても、嫌っても、ここに足が向いてしまう。ほんと、嫌になるよね。
ロフィル:僕は、そうでも無いよ。
リオラ:世捨てに。
ロフィル:何?
リオラ:あなたはやっぱり、対岸に渡ってみたいと思う?
ロフィル:どうして?
リオラ:だって、暇さえあればここに居るんだもの。別の理由があるなら教えて欲しいくらい。
ロフィル:僕は、思わないよ。
リオラ:どうして?
ロフィル:対岸には絶対に渡れないから。
リオラ:だから、渡りたいとは思わないって。
ロフィル:うん。
リオラ:そっか、ロフィルはすごいのね。
ロフィル:すごい?
リオラ:私は、そうは思わないから。
ロフィル:渡れるって?
リオラ:それは分からないけど、絶対に出来ないとしてもそんなに素直に諦められないと思う。だから、すごい。
ロフィル:すごくないよ。別に。出来ないことを諦めない方がすごいと思う。
リオラ:出来ないことを諦めない、か。やっぱり、そうだよね。
ロフィル:何が?
リオラ:ううん。なんでも。
ロフィル:……?
リオラ:じゃあ、もし、渡ることが出来ると仮定したら、ロフィルは対岸に行きたいと思う?
ロフィル:……どうかな。
リオラ:そんなの、分からないよね。
ロフィル:でも、
リオラ:でも?
ロフィル:僕は多分渡らないと思う。
リオラ:……分かった。
ロフィル:分かった?
リオラ:ロフィルは、意外としっかりしてるって。
ロフィル:意外とって何。
リオラ:だって、いつも仕事さぼって河に来るんだもの。みんな、思ってた、次はロフィルだって。
ロフィル:僕は、ならないよ。
リオラ:うん、だから安心した。ロフィルは、大人になれる。
ロフィル:大人、か。
リオラ:ついでにケルジも。
ロフィル:リオラもでしょ?
リオラ:……もちろん! だから三人で、大人になるの!
ロフィル:いつも言ってるね。
リオラ:そ、そうかな?
ロフィル:言ってるよ。怒りながらだけど。
リオラ:それは余計なんだけど?
ロフィル:でも、事実だから。
リオラ:なんて?
:
0:ケルジが現れる。
:
ケルジ:おーい! ロフィル!
ロフィル:ケルジ。
ケルジ:あれ? 珍しいね、リオラまで。普段絶対に河になんて来ないのに。
リオラ:悪い?
ケルジ:……いいや、最高だね!
リオラ:……最高って何。
ケルジ:知らないけど、なんかそんな感じ。いいや、雰囲気かな。
リオラ:あなた、少しは考えて喋ったら?
ケルジ:えー? 考えるだけ無駄だと思うな。
リオラ:無駄って。
ケルジ:じゃあ、考えた方がいい?
リオラ:そりゃそうでしょ。
ケルジ:どうしてリオラがロフィルとこんなところに居るのかすっっごく気になったりするけど、いいの?
リオラ:……。考えなくていい。
ケルジ:良かった。なら、僕は考えるのをやめるよ。
ロフィル:ケルジ、何の話?
ケルジ:ううん、なんでも。ただの、考えてみたら楽しいかもしれない二人のつまらない話だよ。
リオラ:ケルジ!
ケルジ:おっと、ごめんね。
リオラ:まったく!
ケルジ:そういえば、何の話してたのロフィル?
ロフィル:三人で大人になろうって。
ケルジ:そう? にしては随分楽しそうにしてたけど。
リオラ:楽しくない!
ロフィル:楽しくなかった、か。
リオラ:いや、別に、……あー! もう! 帰ろ、ロフィル!
ロフィル:うん。
ケルジ:……リオラ。……あ、待ってよ!
:
0:三人、去る。その様子を笑顔で見送る少女。
:
0:◆
:
0:『対岸』で少女が微笑んでいる。
0:『河』の中にリオラが立っている。
:
リオラ:(M)あなたはどうして笑っているの?
リオラ:手を伸ばしても届かないと知っているから?
リオラ:……いいえ。
リオラ:手を伸ばしても届かないと知ってなお、
リオラ:私が、私達が手を伸ばすから?
リオラ:どんなに手を尽くしても届かないところであなたは、
リオラ:眩く、誘うように、笑っていた。
:
リオラ:(M)雨の降る日も、
リオラ:風の少し強い日も、
リオラ:新しく友達が出来た日も、
リオラ:父様がそっちに行った日も、
:
リオラ:(M)どんな日も、
リオラ:決まった時間のその対岸で、
リオラ:あなたはいつも。
:
リオラ:(M)ねぇ、
リオラ:どうしてあなたは笑っているの?
リオラ:どうしてそんなに笑えるの?
リオラ:私達はあなたのようには笑えない。
:
リオラ:(M)こっちの岸辺は腹立たしいことしかみつからなくて、
リオラ:私にはとても笑えない。
リオラ:いつも笑うあなたを見ていたら、
リオラ:少しだけ、私も笑えそうな気がした。
:
リオラ:(M)でも、それはやっぱり気のせい。
リオラ:諦められないからなのか、
リオラ:諦めてしまったからなのか、
リオラ:私には分からないけど、
リオラ:それでも、私は忌み子なんだと思う。
リオラ:ロフィル、だから私は大人になれない。
:
リオラ:さようなら。
:
0:リオラ、河の中をすすむ。
0:岸辺にケルジが現れる。
:
ケルジ:リオラ!
リオラ:……ケルジ。
ケルジ:待ってよ、どうして!
リオラ:分かるでしょう?
ケルジ:分からないよ! 三人で大人になるって言ってたじゃないか!
リオラ:言ってた。でも、言ってただけなの。
ケルジ:君はあんなに怒っていたのに! 大人にも、世捨てにも!
リオラ:それに忌み子にも、自分自身にも。
ケルジ:だったらどうして!
リオラ:そんなに怒らないで、ケルジ。
ケルジ:怒るよ! 勝手にいなくなられたら怒るよ!
リオラ:私みたいなこと言わないで。
ケルジ:君が君らしくないこと言ってるからだよ!
リオラ:私らしく? じゃあ、どうすれば良いの? どうすれば良かったの?
ケルジ:そんなの決まってる! 三人で大人になるんだ!
リオラ:なれない。
ケルジ:どうして!
リオラ:私が、忌み子だから。いいえ、もう次になるところかな。
ケルジ:それなら僕もそうだよ! ロフィルも!
リオラ:違う!
ケルジ:リオラ……?
リオラ:ロフィルもあなたも、私とは違う。
ケルジ:何も違わないよ! 僕らは一緒だ。三人一緒だよ!
リオラ:違う。ロフィルもあなたも。河に惹かれてない。
ケルジ:それは……! でも、あんなに真剣に働いてたじゃないか、僕達を引っ張って、一緒に生きようって言ったじゃないか!
リオラ:必要ないでしょ、そんなもの。
ケルジ:いいやリオラ! 僕らには君が必要だ!
リオラ:分かっているでしょう、逆なの。
ケルジ:何が!
リオラ:あなたたちが私を必要なんじゃない。私があなたたちを必要なの。
ケルジ:そんなの同じことだよ! だって僕は、君を必要としてる。だから、帰ってきてよ、戻ってきなよ、一緒に行こうよ!
リオラ:だったら!
:
0:間。
:
リオラ:一緒に来てくれる?
ケルジ:え……?
リオラ:無理でしょう? 必要なのは私の方だけ。
ケルジ:ち、違うよ!
リオラ:私は、出来ないと分かってても飛び込むしか無い。けど、あなたはそうしない。きっと、ロフィルだって。
ケルジ:リオラ! ま、まだ間に合うよ! きっとロフィルだって。
リオラ:ケルジ。
ケルジ:リオラ……?
リオラ:あなた、大人みたいなこと言うね。
ケルジ:……!
リオラ:ごめんね? だから……。
ケルジ:駄目だよ! リオラ!
リオラ:さようなら、ケルジ。
:
0:リオラ、河の中に消える。
:
ケルジ:……! ……どうして、どうしてお前は、笑っているんだ? ……っ! くそぉぉぉ……!
:
0:ケルジ、対岸の少女を見つめる。
:
0:◇
:
0:『工場』。
0:ケルジが立ち尽くしている。
0:ロフィルが入ってくる。
:
ケルジ:おはよう、ロフィル。
ロフィル:おはよう。
ケルジ:ああ。
ロフィル:…………リオラは?
ケルジ:リオラは、もうないよ。
ロフィル:……そっか。やっぱりそうなんだ。
ケルジ:なんだい、随分あっさりしてるね。
ロフィル:だってそういうものだろ。
ケルジ:そうだけど! リオラなんだよ? なんか、思うことは無いの?
ロフィル:リオラでも、誰でも、思うことは同じだよ。
ケルジ:……何?
ロフィル:また駄目だった。
ケルジ:君は!
ロフィル:怒ってどうなるの? 僕を殴って気が済むのケルジ?
ケルジ:こんな時にそんな言い方!
ロフィル:それならどうぞ、殴れば良いさ。大人達みたいに。気に入らないことがあれば怒れば良い。怒鳴れば良い。悲しんだフリをすれば良い。対岸なんて黙殺して仕事に埋没すれば良い。僕達を忌み子と見下せば良い。自分を大人にすれば良い。行った人を世捨てと切り捨てれば良い。なかったことにして、見なかったことにして生きていけば良い。リオラみたいに。
ケルジ:ロフィル!
ロフィル:リオラが出来なかったみたいに。
ケルジ:それ以上言うな! 言っちゃ駄目だ! 言ったら僕は君を!
ロフィル:好きにすれば良い。僕は言うよ。
ケルジ:やめろ! やめてくれ!
ロフィル:子供のフリはやめろよ、ケルジ。
ケルジ:あああああ!
:
0:ケルジ、ロフィルを殴る。
:
ケルジ:……あ、ろ、ロフィル、ごめん、僕は、そんなつもりじゃ……。
ロフィル:気は済んだ? いいや、遊びは済んだ? なら、もう話しかけないでよ。
ケルジ:あ……。
ロフィル:君は仲間でも、忌み子でもない。もちろん友達でもない。
ケルジ:いや、嫌だよロフィル……。
ロフィル:ただの大人なんだから。
ケルジ:…………。
ロフィル:さようなら。
:
0:ロフィル、去ろうとする。
:
ケルジ:……待ってよ。
ロフィル:……まだ何か?
ケルジ:だったら、君は何なんだよ?
ロフィル:何、か。
ケルジ:大人でも世捨てでも無いなら、何なんだよ! 何のつもりなんだよ! 忌み子か? ずっとそのままでいられるつもりか?
ロフィル:さぁね、それも良いかもしれない。
ケルジ:そんなの無理だよ、いつかその時が来る! なぁ、ロフィル! 大人になれよ、僕みたいに! ロフィル!
ロフィル:ケルジ、僕は。
:
0:間。
:
ロフィル:出来もしないことは言わない。願わない。憧れない。
ケルジ:だったら!
ロフィル:信じない。君のことも。
ケルジ:リオラのこともか?
ロフィル:そして自分のこともね。
ケルジ:じゃあ、そんな君に何が出来るんだよ。何がしたいんだよ、ロフィル?
ロフィル:何も。僕は何も出来ないし、何もしない。
ケルジ:そんな選択……。
ロフィル:ああ、だから選びすらしないよ。
ケルジ:だったら、そんなの生きていけないじゃないか。
ロフィル:そうかも知れないね。だから、僕はただ見るんだよ。
ケルジ:何を?
ロフィル:幸福な対岸を。そうでないこちら側を。微笑むあの子を。選べなかったリオラを、選んだ君を。僕はただ見ているんだよ。
ケルジ:……そうかよ。
ロフィル:今度こそさようなら。ケルジ。君はきっと立派な大人になれる。
ケルジ:嫌味か?
ロフィル:さぁね。それを決めるのは君だよ。君がもし、こんな哀しみに満ちた世界を変えてくれたなら、きっとリオラも……。ごめん。聞かなかったことにしてくれ。
ケルジ:ロフィル……。
ロフィル:じゃあね。
:
0:ロフィル、去る。
:
ケルジ:できるわけないだろう、そんなの……。ロフィル。君の居ないこちら側なんて少しも楽しくないんだから。
:
0:◆
:
0:『対岸』で少女が微笑んでいる。
0:『河』を挟んで『こちら側』、ロフィルが『対岸』を眺めている。
:
ロフィル:(M)対岸のあの子はいつも笑っていた。
:
ロフィル:(M)手を伸ばせば届きそうな、
ロフィル:……いいや。
ロフィル:僕の手なんかじゃ全然届かない、
ロフィル:どんなに手を尽くしても届かないところで、
ロフィル:明るくいつも笑うあの子に、
ロフィル:いつか、
ロフィル:この笑顔が、
ロフィル:こちら側に暮らすみんなの笑顔が届くといいな。
:
ロフィル:(M)今はまだ、
ロフィル:とても君のようには笑えないけれど。
ロフィル:いつか、きっと。大人も子供も関係ない。そんな世界で。
ロフィル:その時まで。僕はただ、世界を見るよ。
:
ロフィル:君と一緒に。