台本概要

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タイトル 人生のよりみち。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル コメディ
演者人数 2人用台本(男2)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 違う道を選んだ双子の兄弟の話。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
鉄通 139 鉄通(かねみち)
維弘 137 維弘(いとひろ)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0: 電話の着信音。コールがしばらく続いている。 0: 布団の中から鉄通が起きる音。 0: 遠ざかる足音と、遠くで冷蔵庫を開き閉じる音。 0: グラスと酒をテーブルに置く音。 0: 鉄通電話に出る。 鉄通:……もし。 維弘:……もし。 鉄通:なんだ、お前か。 維弘:そうだ、僕だ。 鉄通:何か用か? 維弘:用なんてあるはず無いだろ。 鉄通:じゃあかけてくんな。 維弘:でもかけてやるんだ。 鉄通:やめろ。うざい。迷惑だ。死ね。 維弘:やめない。ありがとう。最高だ。死ね。 鉄通:お前がな。 維弘:お前もな。 0: 間。 鉄通:……あのさ、かけてきたのそっちだろ。めんどいんだよ。 維弘:どうせ暇なんだから良いだろ。で、お前、今酒呑んでるだろ? 鉄通:呑んでねぇよ、これからだ。 0: 鉄通グラスに酒を注ぐ。 維弘:何? 鉄通:ブランデー? 維弘:銘柄は? 鉄通:知らん。先輩が置いてった。 維弘:あっそ。 鉄通:……(酒を飲み干して)不味い。 維弘:……いや、お前今一口でいった? 鉄通:何? 心配してんの? ウケる。 維弘:して無いが? 鉄通:それで? 維弘:……何が。 鉄通:聞くっつてんだよハゲ。 維弘:何? 心配してんの? ウケる。 鉄通:トチんな。酒のつまみくらいにはしてやるって話だよ。 維弘:あっそ。 鉄通:(酒を注ぎながら)今、お前何してんの? 維弘:不味いのに呑むのかよ? 鉄通:あ? ああ。勿体ねぇからな。 維弘:ケチ臭。 鉄通:お前と同じでな。……うわ、きっしょ。 維弘:同感だわ。きっしょ。 鉄通:は? いやちげぇよ。いま目の前にGいたの。 維弘:え? まじで? 鉄通:まじまじ。そこの「ほろよい」から顔出してた。あ、ひょこひょこしてる。 維弘:想像させんな、ぶっ殺すぞ。 鉄通:あれ、ゴキブリって甘いもんとかビール好きらしいじゃん。昔家で湧いてたの裏の居酒屋のせいなんだなーって。 維弘:人のせいにするな。お前の部屋汚ぇのが原因だろ、明らか。 鉄通:っし静かに。逃げられる。 維弘:……こんな夜中に何やってんだよ。掃除しろ掃除。 鉄通:今仕留めるぞ。 維弘:お前、どんなとこ住んでんだよ。 0: 「がじゃん」という音。 鉄通:しゃぁ。仕留めた。 維弘:え? 殺虫剤は? 鉄通:は? いや、部屋汚れるじゃん。 維弘:既に手遅れだろ馬鹿。G出てる時点でアウトなんだよ。どこ気にしてんだよてめぇ。 鉄通:だって殺虫剤って臭いじゃん。 維弘:お前の部屋自体臭いわ。 鉄通:何だよ、お前、嗅いだことあんのかよ。 維弘:あるわけ無いわ。どんな臭いすんだよ。 鉄通:あ? ちょっと待て(嗅ぐ音) 維弘:マジ匂ってるしこいつ、引くわ。 鉄通:いや、意外と臭くねーわ。 維弘:慣れてるだけだろ。 鉄通:なんかこう、甘い感じの、 維弘:甘い感じの? 鉄通:パイナップル腐らせました、みたいな。 維弘:熟成させてんじゃねぇよ。 鉄通:ははは。嘘だよ、元気出た? 維弘:出るか馬鹿。 鉄通:俺は元気出たわ。 維弘:出たのはGだろ。 鉄通:元気もゴキも同じGだろ。 維弘:一緒にすんな。 鉄通:……お前はさ。 維弘:何? 鉄通:呑まないの? 維弘:……もうやってる。 鉄通:だろうな。いつも呑んでるもんなお前。 維弘:お前だっていつも呑んでるだろ。 鉄通:ん、まぁな。 0: 間。 維弘:……ほろよい。 鉄通:ん? 何? 維弘:何でもない。 鉄通:あっそ。 維弘:今さ。 鉄通:あ? 維弘:今、何してんの? 鉄通:三杯目呑んでる。 維弘:ちげぇよ、仕事。てかもう呑んだのかよ。 鉄通:んー? 何だと思う? 維弘:知らん。パチンカスとか。 鉄通:惜しい。銀行員。 維弘:いや、何が惜しいんだよ。 鉄通:どっちも金勘定のきったねぇ世界よ。 維弘:失礼なこと言うなよ。 鉄通:俺が言うんだから間違いねぇ。 維弘:かもな。 鉄通:お前はまだやってんの? ピアノ。 維弘:当たり前だろ。 鉄通:どこで? 維弘:どこでも良いだろ、関係ない。 鉄通:まぁ、関係ねぇよな。 維弘:そうだよ。 0: 間。 鉄通:何呑んだ? 維弘:シャンパン。 鉄通:銘柄は? 維弘:ペリエ・ジュエ。 鉄通:はー。洒落てんな。パーティか。 維弘:……そうだよ。 鉄通:なるほどな。 維弘:何? 鉄通:今、公園だろ。 維弘:は? 鉄通:当ててやる。うちの近所だ。 維弘:そんなわけ無いだろ。なんでお前んちまで行くんだよ、この僕が。 鉄通:まぁ、そうだよな。 維弘:当たり前だろ。 鉄通:お互い、顔も見たくねぇしな。 維弘:よく分かってるじゃないか。 鉄通:顔合わせたら吐く自信あるわ。 維弘:は。僕なんてさっき鏡見て吐いたわ。 鉄通:お前、呑みすぎだろ。まぁ俺もたまに鏡見て吐くことあるけど。 維弘:この世でもっとも嫌いな顔が身近にあるなんて笑っちゃうよな。 鉄通:でも、大体みんなそんなもんなんじゃね。 維弘:自分の顔が嫌い? 鉄通:いや、他人の顔が嫌いなんだよ。 維弘:他人、ね。 0: 鉄通、グラスに酒を注ごうとするが、一滴だけが落ちる。 鉄通:考えたことあるか? 維弘:何を? 鉄通:分かるだろ。 維弘:分かんないな。 鉄通:嘘吐け。 維弘:お前、そういうの好きだよな。 鉄通:お前のことが嫌いだからな。 維弘:うっせぇ。 鉄通:夜中に泣きべそかきながら電話かけてくる奴よりマシ。 維弘:泣いてねぇ。 鉄通:知ってる。お前はそうだよな。 維弘:どうだろうな。 鉄通:俺も、さ。 維弘:何。 鉄通:俺も、 0: 間。 鉄通:やっぱ、何でも無いわ。ああ、俺もシャンパン呑みてーなってよ。 維弘:途中でやめんなよ、お前のそういうとこほんと嫌い。 鉄通:怒んなよ。だせぇぞ、いい歳したおっさんが、さ。 維弘:別に格好つけるために生きてない。お前と違って。 0: 間。 鉄通:そうだな。……今日寒くね? お前どうせ外なんだろ。風邪引くぞ。馬鹿でもよ、そんな格好してたら。 維弘:見てきたように。 鉄通:考えてるからな。俺は。 維弘:嫌な奴だ。 鉄通:知ってる。 維弘:気に入らない。 鉄通:聞き飽きた台詞だな。今更だろ。 維弘:そうだ。僕は気に入らない。お前のことが。だから、考えたくも無い。何遍だって聞かせてやる。僕はお前のことが嫌いだ。 鉄通:俺もお前が嫌いだ。 維弘:分かってる。 鉄通:他人だからな。 0: 間。 維弘:でも、他人じゃ無くても、多分僕はお前のことが嫌いだ。お前もそうだろ? 鉄通:どうだろうな。それは。 維弘:それは、意外だな。 鉄通:お前さ、考えたことあるか? 維弘:何を? 鉄通:分かるだろ。 維弘:分からないな。 鉄通:分かれよ。 維弘:分かりたくない。 鉄通:分かってるから、 維弘:分かってないから、 鉄通:分かってるって、お前。 維弘:分かってないんだよ、分かってないな、お前。 鉄通:分かるわけないだろ? お前のことなんてさ。 維弘:ああ分かられたくも無いな、お前になんて。 鉄通:分かってる、分かってる、お前はそういう奴だ。 維弘:分からない。お前は絶対僕のことなんて分かるはずが無い、分かった風な口を利くな。虫唾が走るんだよ。クソ分からず屋! 鉄通:お前がそれを言うのか? 分かったフリしてるお前がさ。 維弘:逆だろお前、分かってないフリしてるお前に何が分かる。僕の一体何が分かるって言うんだよ。ええ? お前。俺に、分かる言葉で言えよ。どうせ分かんねぇんだろお前にはさぁ鉄通(かねみち)! 分かってるお前には分からない俺が分かんねぇんだろクソ兄貴! 鉄通:分かるよ。 0: 間。 鉄通:でかい声出すなよ。維弘(いとひろ)。 維弘:鉄通……。分かるのか、僕のことが? 鉄通:ん? 知らん。あー……あったま痛ぇ。 維弘:……はぁ。呑みすぎなんだよ、馬鹿。 鉄通:馬鹿って言った方が馬鹿。 維弘:最高に馬鹿っぽい台詞ありがとうございます。 鉄通:お前もさっき馬鹿みたいなこと言ってただろ。 維弘:は。お前には負けるね。 鉄通:俺は、お前には勝てないよ。 維弘:な、んだよ。 鉄通:馬鹿さ加減では負けるって話。 維弘:それ以外ではどうなんだよ。 鉄通:それ以外? 顔のキモさとか? 足の臭さとかそういう? あー、お前の全勝だな。 維弘:うっざ、死ね。 鉄通:ありがとう、死ね。 0: 救急車のサイレン。 鉄通:(同時に)え、死んだ? 維弘:(同時に)え、死んだ? 0: 間。 鉄通:死んでねーよ。 維弘:生きてるわ。 鉄通:てか、お前やっぱりこの辺居んのな。 維弘:は? 電話越しにサイレン聞こえただけ。 鉄通:あ? お前の方からもサイレン聞こえたけど。 維弘:マジ? 鉄通:ウソ。 維弘:嘘吐いてんじゃねぇよ。 鉄通:どこいんの? お前。 維弘:どこでも良いだろ。僕の勝手だ。 鉄通:じゃあ、勝手に当てるわ。 維弘:やめろ。うざい。迷惑だ。死ね。 鉄通:やめない。ありがとう。最高だ。死ね。 維弘:お前がな。 鉄通:お前もな。 0: 間。 維弘:考えたことは、無い。 鉄通:あ? 維弘:考えたことは無いんだよ、僕は。お前みたいにうじうじ考えない。無駄なことに打ち込まず、打鍵してたら良い。そう決めてたんだ。だからお前が、どこでどんな生き方をしてようと関係ない、出来ることなら惨めで無様な生き方をしていてくれたら最高に溜飲(りゅういん)が下がる思いではあるけれどね。実際、お前の同居人はGくらいだから愉悦には事欠かないし。 鉄通:性悪(しょうわる)。 維弘:ひとのこと言えんのか? 鉄通:言う権利はあるだろ。 維弘:否定はしないんだな。 鉄通:俺は俺のこと肯定してるんだよ。 維弘:俺のことは否定するくせに? 鉄通:まぁお前だからな。 維弘:甚だ(はなはだ)むかつくわ。 鉄通:は。お前のいらついてる顔が見れないのが残念だわ。見に行ってやろうか? 維弘:残念だな、僕はお前のしょぼくれた面を拝まずに居るためなら何でもやるよ。無駄な努力が得意なのは分かるが、やめておけよ、通報されるぞ不審者。近隣住民にご迷惑だ。 鉄通:お前さ、それどの口が言う? どうせあの池の公園だろ? 酔っ払った酒くせえ口臭まき散らしておいてよ。公衆の面前で。 維弘:韻踏むなうざい。 鉄通:俺の後ろで影踏んで歩いてたおちびさんが大口叩くようになったな。 維弘:影踏んでたのはお前が嫌いだから。勘違いすんな。張り倒すぞ。 鉄通:照れんなよ。 維弘:照れてるんじゃ無い。嫌悪感を顕わにしてるだけだ。 鉄通:素直じゃ無いな。お前は。 維弘:お前の尺度で測ったらそりゃそうだろ。お前は感情隠せない馬鹿なんだから。 鉄通:ああ、傷つくわ~。俺だって感情隠してることあるから。もし俺が素の心でいったら、三人ぐらいやってるからな。お前とか。 維弘:僕に理性があることに感謝しろよ。心の公然わいせつ罪。 鉄通:もしかして脅してる? それ? 可愛いね~。いや、全然可愛くないけど。昔から。 維弘:お前もブサイクだけどな。 鉄通:お前それ、俺にブサイクって言ったら、お前もブサイクになるんだが。 維弘:……まぁそうか。 鉄通:納得すんな。 維弘:でもさ、事実なんだから仕方ないだろ。 鉄通:は? お前はブサイクだが、俺はブサイクじゃねぇから。 維弘:じゃなくて、面が同じだってことだよ。 鉄通:ああ、そっちな。……お前の家さ、鏡ってある? 維弘:……無い。お前は? 鉄通:ガムテ貼ってる。 維弘:そこまでするんだな。 鉄通:ああ、分かるだろ。 維弘:まぁ。 鉄通:今日かけてきたのはさ。……鏡、見たからか? 維弘:想像に任せる。 鉄通:つまんねぇこと聞いたな。 維弘:気にするな。お前と話すのはいつだって、つまらないからな。 鉄通:ああ、つまらないな。 維弘:……鉄通。 鉄通:あ? 維弘:もしも、さ。 鉄通:もしも? 維弘:もしもお前が言ったみたいに、僕が、……考えていたとして。それで、僕がお前みたいな生き方をしたいと言ったら、どうする? 0: 間。 維弘:それで、もしもお前が。俺の生き方をしてみたかったとしたら、……俺はどうすれば良いと、思う? ああ。分かってるよ。そんなのはもしもの話で、もしもの先を僕は考えない。そんなものは分からない。し、分かりたくも無い。でも、僕はたぶんいつもその手前に立っている。ん、だと思う。ドアの前で、ノックする手を、伸ばしては、引っ込めて。背中を向けている。鉄通、お前は、振り返ることあるか? 家のことを、自分のことを……無いよな。お前だもの、あるわけが無い。あるわけが無いんだ。僕にだって、無い。何も無い。でも、思うんじゃないか、これからもずっと、それで良いのかなって、お前は。ああ、僕は、思わない。ずっとこのままで良いと思う。でも、もしそうなら―― 鉄通:――維弘。 維弘:何? 鉄通:……気持ち悪い。 維弘:え? 鉄通:吐きそうなんだ。 維弘:それって、 鉄通:吐きそうなんだ、呑みすぎた。 維弘:ちょっと、 鉄通:(立ち上がる)切るぞ。 維弘:兄さん! 0:ドアを開ける音。 0:開かれたドアを挟んで二人が向かい合う。 鉄通:……こんなところに鏡なんてあったか。 維弘:……最近の鏡は喋るんだね。 鉄通:ああ、ビックリしてゲロが引っ込んだよ。 維弘:顔だけじゃ無くて口まで汚いなんて驚きだ。 鉄通:鏡だからな。 維弘:鏡なのにね。 鉄通:そこは冷えるだろ。入っていかないか。 維弘:は、鏡の中へ? すごいな、アリスになった気分だ。 鉄通:今日くらいは良いだろう。誕生日なんだから。 維弘:ああ、そうかも知れないね。 鉄通:おめでとう。 維弘:おめでとう。 鉄通:お前がな。 維弘:お前もな。 0:ドアが閉まる音。 《幕》

0: 電話の着信音。コールがしばらく続いている。 0: 布団の中から鉄通が起きる音。 0: 遠ざかる足音と、遠くで冷蔵庫を開き閉じる音。 0: グラスと酒をテーブルに置く音。 0: 鉄通電話に出る。 鉄通:……もし。 維弘:……もし。 鉄通:なんだ、お前か。 維弘:そうだ、僕だ。 鉄通:何か用か? 維弘:用なんてあるはず無いだろ。 鉄通:じゃあかけてくんな。 維弘:でもかけてやるんだ。 鉄通:やめろ。うざい。迷惑だ。死ね。 維弘:やめない。ありがとう。最高だ。死ね。 鉄通:お前がな。 維弘:お前もな。 0: 間。 鉄通:……あのさ、かけてきたのそっちだろ。めんどいんだよ。 維弘:どうせ暇なんだから良いだろ。で、お前、今酒呑んでるだろ? 鉄通:呑んでねぇよ、これからだ。 0: 鉄通グラスに酒を注ぐ。 維弘:何? 鉄通:ブランデー? 維弘:銘柄は? 鉄通:知らん。先輩が置いてった。 維弘:あっそ。 鉄通:……(酒を飲み干して)不味い。 維弘:……いや、お前今一口でいった? 鉄通:何? 心配してんの? ウケる。 維弘:して無いが? 鉄通:それで? 維弘:……何が。 鉄通:聞くっつてんだよハゲ。 維弘:何? 心配してんの? ウケる。 鉄通:トチんな。酒のつまみくらいにはしてやるって話だよ。 維弘:あっそ。 鉄通:(酒を注ぎながら)今、お前何してんの? 維弘:不味いのに呑むのかよ? 鉄通:あ? ああ。勿体ねぇからな。 維弘:ケチ臭。 鉄通:お前と同じでな。……うわ、きっしょ。 維弘:同感だわ。きっしょ。 鉄通:は? いやちげぇよ。いま目の前にGいたの。 維弘:え? まじで? 鉄通:まじまじ。そこの「ほろよい」から顔出してた。あ、ひょこひょこしてる。 維弘:想像させんな、ぶっ殺すぞ。 鉄通:あれ、ゴキブリって甘いもんとかビール好きらしいじゃん。昔家で湧いてたの裏の居酒屋のせいなんだなーって。 維弘:人のせいにするな。お前の部屋汚ぇのが原因だろ、明らか。 鉄通:っし静かに。逃げられる。 維弘:……こんな夜中に何やってんだよ。掃除しろ掃除。 鉄通:今仕留めるぞ。 維弘:お前、どんなとこ住んでんだよ。 0: 「がじゃん」という音。 鉄通:しゃぁ。仕留めた。 維弘:え? 殺虫剤は? 鉄通:は? いや、部屋汚れるじゃん。 維弘:既に手遅れだろ馬鹿。G出てる時点でアウトなんだよ。どこ気にしてんだよてめぇ。 鉄通:だって殺虫剤って臭いじゃん。 維弘:お前の部屋自体臭いわ。 鉄通:何だよ、お前、嗅いだことあんのかよ。 維弘:あるわけ無いわ。どんな臭いすんだよ。 鉄通:あ? ちょっと待て(嗅ぐ音) 維弘:マジ匂ってるしこいつ、引くわ。 鉄通:いや、意外と臭くねーわ。 維弘:慣れてるだけだろ。 鉄通:なんかこう、甘い感じの、 維弘:甘い感じの? 鉄通:パイナップル腐らせました、みたいな。 維弘:熟成させてんじゃねぇよ。 鉄通:ははは。嘘だよ、元気出た? 維弘:出るか馬鹿。 鉄通:俺は元気出たわ。 維弘:出たのはGだろ。 鉄通:元気もゴキも同じGだろ。 維弘:一緒にすんな。 鉄通:……お前はさ。 維弘:何? 鉄通:呑まないの? 維弘:……もうやってる。 鉄通:だろうな。いつも呑んでるもんなお前。 維弘:お前だっていつも呑んでるだろ。 鉄通:ん、まぁな。 0: 間。 維弘:……ほろよい。 鉄通:ん? 何? 維弘:何でもない。 鉄通:あっそ。 維弘:今さ。 鉄通:あ? 維弘:今、何してんの? 鉄通:三杯目呑んでる。 維弘:ちげぇよ、仕事。てかもう呑んだのかよ。 鉄通:んー? 何だと思う? 維弘:知らん。パチンカスとか。 鉄通:惜しい。銀行員。 維弘:いや、何が惜しいんだよ。 鉄通:どっちも金勘定のきったねぇ世界よ。 維弘:失礼なこと言うなよ。 鉄通:俺が言うんだから間違いねぇ。 維弘:かもな。 鉄通:お前はまだやってんの? ピアノ。 維弘:当たり前だろ。 鉄通:どこで? 維弘:どこでも良いだろ、関係ない。 鉄通:まぁ、関係ねぇよな。 維弘:そうだよ。 0: 間。 鉄通:何呑んだ? 維弘:シャンパン。 鉄通:銘柄は? 維弘:ペリエ・ジュエ。 鉄通:はー。洒落てんな。パーティか。 維弘:……そうだよ。 鉄通:なるほどな。 維弘:何? 鉄通:今、公園だろ。 維弘:は? 鉄通:当ててやる。うちの近所だ。 維弘:そんなわけ無いだろ。なんでお前んちまで行くんだよ、この僕が。 鉄通:まぁ、そうだよな。 維弘:当たり前だろ。 鉄通:お互い、顔も見たくねぇしな。 維弘:よく分かってるじゃないか。 鉄通:顔合わせたら吐く自信あるわ。 維弘:は。僕なんてさっき鏡見て吐いたわ。 鉄通:お前、呑みすぎだろ。まぁ俺もたまに鏡見て吐くことあるけど。 維弘:この世でもっとも嫌いな顔が身近にあるなんて笑っちゃうよな。 鉄通:でも、大体みんなそんなもんなんじゃね。 維弘:自分の顔が嫌い? 鉄通:いや、他人の顔が嫌いなんだよ。 維弘:他人、ね。 0: 鉄通、グラスに酒を注ごうとするが、一滴だけが落ちる。 鉄通:考えたことあるか? 維弘:何を? 鉄通:分かるだろ。 維弘:分かんないな。 鉄通:嘘吐け。 維弘:お前、そういうの好きだよな。 鉄通:お前のことが嫌いだからな。 維弘:うっせぇ。 鉄通:夜中に泣きべそかきながら電話かけてくる奴よりマシ。 維弘:泣いてねぇ。 鉄通:知ってる。お前はそうだよな。 維弘:どうだろうな。 鉄通:俺も、さ。 維弘:何。 鉄通:俺も、 0: 間。 鉄通:やっぱ、何でも無いわ。ああ、俺もシャンパン呑みてーなってよ。 維弘:途中でやめんなよ、お前のそういうとこほんと嫌い。 鉄通:怒んなよ。だせぇぞ、いい歳したおっさんが、さ。 維弘:別に格好つけるために生きてない。お前と違って。 0: 間。 鉄通:そうだな。……今日寒くね? お前どうせ外なんだろ。風邪引くぞ。馬鹿でもよ、そんな格好してたら。 維弘:見てきたように。 鉄通:考えてるからな。俺は。 維弘:嫌な奴だ。 鉄通:知ってる。 維弘:気に入らない。 鉄通:聞き飽きた台詞だな。今更だろ。 維弘:そうだ。僕は気に入らない。お前のことが。だから、考えたくも無い。何遍だって聞かせてやる。僕はお前のことが嫌いだ。 鉄通:俺もお前が嫌いだ。 維弘:分かってる。 鉄通:他人だからな。 0: 間。 維弘:でも、他人じゃ無くても、多分僕はお前のことが嫌いだ。お前もそうだろ? 鉄通:どうだろうな。それは。 維弘:それは、意外だな。 鉄通:お前さ、考えたことあるか? 維弘:何を? 鉄通:分かるだろ。 維弘:分からないな。 鉄通:分かれよ。 維弘:分かりたくない。 鉄通:分かってるから、 維弘:分かってないから、 鉄通:分かってるって、お前。 維弘:分かってないんだよ、分かってないな、お前。 鉄通:分かるわけないだろ? お前のことなんてさ。 維弘:ああ分かられたくも無いな、お前になんて。 鉄通:分かってる、分かってる、お前はそういう奴だ。 維弘:分からない。お前は絶対僕のことなんて分かるはずが無い、分かった風な口を利くな。虫唾が走るんだよ。クソ分からず屋! 鉄通:お前がそれを言うのか? 分かったフリしてるお前がさ。 維弘:逆だろお前、分かってないフリしてるお前に何が分かる。僕の一体何が分かるって言うんだよ。ええ? お前。俺に、分かる言葉で言えよ。どうせ分かんねぇんだろお前にはさぁ鉄通(かねみち)! 分かってるお前には分からない俺が分かんねぇんだろクソ兄貴! 鉄通:分かるよ。 0: 間。 鉄通:でかい声出すなよ。維弘(いとひろ)。 維弘:鉄通……。分かるのか、僕のことが? 鉄通:ん? 知らん。あー……あったま痛ぇ。 維弘:……はぁ。呑みすぎなんだよ、馬鹿。 鉄通:馬鹿って言った方が馬鹿。 維弘:最高に馬鹿っぽい台詞ありがとうございます。 鉄通:お前もさっき馬鹿みたいなこと言ってただろ。 維弘:は。お前には負けるね。 鉄通:俺は、お前には勝てないよ。 維弘:な、んだよ。 鉄通:馬鹿さ加減では負けるって話。 維弘:それ以外ではどうなんだよ。 鉄通:それ以外? 顔のキモさとか? 足の臭さとかそういう? あー、お前の全勝だな。 維弘:うっざ、死ね。 鉄通:ありがとう、死ね。 0: 救急車のサイレン。 鉄通:(同時に)え、死んだ? 維弘:(同時に)え、死んだ? 0: 間。 鉄通:死んでねーよ。 維弘:生きてるわ。 鉄通:てか、お前やっぱりこの辺居んのな。 維弘:は? 電話越しにサイレン聞こえただけ。 鉄通:あ? お前の方からもサイレン聞こえたけど。 維弘:マジ? 鉄通:ウソ。 維弘:嘘吐いてんじゃねぇよ。 鉄通:どこいんの? お前。 維弘:どこでも良いだろ。僕の勝手だ。 鉄通:じゃあ、勝手に当てるわ。 維弘:やめろ。うざい。迷惑だ。死ね。 鉄通:やめない。ありがとう。最高だ。死ね。 維弘:お前がな。 鉄通:お前もな。 0: 間。 維弘:考えたことは、無い。 鉄通:あ? 維弘:考えたことは無いんだよ、僕は。お前みたいにうじうじ考えない。無駄なことに打ち込まず、打鍵してたら良い。そう決めてたんだ。だからお前が、どこでどんな生き方をしてようと関係ない、出来ることなら惨めで無様な生き方をしていてくれたら最高に溜飲(りゅういん)が下がる思いではあるけれどね。実際、お前の同居人はGくらいだから愉悦には事欠かないし。 鉄通:性悪(しょうわる)。 維弘:ひとのこと言えんのか? 鉄通:言う権利はあるだろ。 維弘:否定はしないんだな。 鉄通:俺は俺のこと肯定してるんだよ。 維弘:俺のことは否定するくせに? 鉄通:まぁお前だからな。 維弘:甚だ(はなはだ)むかつくわ。 鉄通:は。お前のいらついてる顔が見れないのが残念だわ。見に行ってやろうか? 維弘:残念だな、僕はお前のしょぼくれた面を拝まずに居るためなら何でもやるよ。無駄な努力が得意なのは分かるが、やめておけよ、通報されるぞ不審者。近隣住民にご迷惑だ。 鉄通:お前さ、それどの口が言う? どうせあの池の公園だろ? 酔っ払った酒くせえ口臭まき散らしておいてよ。公衆の面前で。 維弘:韻踏むなうざい。 鉄通:俺の後ろで影踏んで歩いてたおちびさんが大口叩くようになったな。 維弘:影踏んでたのはお前が嫌いだから。勘違いすんな。張り倒すぞ。 鉄通:照れんなよ。 維弘:照れてるんじゃ無い。嫌悪感を顕わにしてるだけだ。 鉄通:素直じゃ無いな。お前は。 維弘:お前の尺度で測ったらそりゃそうだろ。お前は感情隠せない馬鹿なんだから。 鉄通:ああ、傷つくわ~。俺だって感情隠してることあるから。もし俺が素の心でいったら、三人ぐらいやってるからな。お前とか。 維弘:僕に理性があることに感謝しろよ。心の公然わいせつ罪。 鉄通:もしかして脅してる? それ? 可愛いね~。いや、全然可愛くないけど。昔から。 維弘:お前もブサイクだけどな。 鉄通:お前それ、俺にブサイクって言ったら、お前もブサイクになるんだが。 維弘:……まぁそうか。 鉄通:納得すんな。 維弘:でもさ、事実なんだから仕方ないだろ。 鉄通:は? お前はブサイクだが、俺はブサイクじゃねぇから。 維弘:じゃなくて、面が同じだってことだよ。 鉄通:ああ、そっちな。……お前の家さ、鏡ってある? 維弘:……無い。お前は? 鉄通:ガムテ貼ってる。 維弘:そこまでするんだな。 鉄通:ああ、分かるだろ。 維弘:まぁ。 鉄通:今日かけてきたのはさ。……鏡、見たからか? 維弘:想像に任せる。 鉄通:つまんねぇこと聞いたな。 維弘:気にするな。お前と話すのはいつだって、つまらないからな。 鉄通:ああ、つまらないな。 維弘:……鉄通。 鉄通:あ? 維弘:もしも、さ。 鉄通:もしも? 維弘:もしもお前が言ったみたいに、僕が、……考えていたとして。それで、僕がお前みたいな生き方をしたいと言ったら、どうする? 0: 間。 維弘:それで、もしもお前が。俺の生き方をしてみたかったとしたら、……俺はどうすれば良いと、思う? ああ。分かってるよ。そんなのはもしもの話で、もしもの先を僕は考えない。そんなものは分からない。し、分かりたくも無い。でも、僕はたぶんいつもその手前に立っている。ん、だと思う。ドアの前で、ノックする手を、伸ばしては、引っ込めて。背中を向けている。鉄通、お前は、振り返ることあるか? 家のことを、自分のことを……無いよな。お前だもの、あるわけが無い。あるわけが無いんだ。僕にだって、無い。何も無い。でも、思うんじゃないか、これからもずっと、それで良いのかなって、お前は。ああ、僕は、思わない。ずっとこのままで良いと思う。でも、もしそうなら―― 鉄通:――維弘。 維弘:何? 鉄通:……気持ち悪い。 維弘:え? 鉄通:吐きそうなんだ。 維弘:それって、 鉄通:吐きそうなんだ、呑みすぎた。 維弘:ちょっと、 鉄通:(立ち上がる)切るぞ。 維弘:兄さん! 0:ドアを開ける音。 0:開かれたドアを挟んで二人が向かい合う。 鉄通:……こんなところに鏡なんてあったか。 維弘:……最近の鏡は喋るんだね。 鉄通:ああ、ビックリしてゲロが引っ込んだよ。 維弘:顔だけじゃ無くて口まで汚いなんて驚きだ。 鉄通:鏡だからな。 維弘:鏡なのにね。 鉄通:そこは冷えるだろ。入っていかないか。 維弘:は、鏡の中へ? すごいな、アリスになった気分だ。 鉄通:今日くらいは良いだろう。誕生日なんだから。 維弘:ああ、そうかも知れないね。 鉄通:おめでとう。 維弘:おめでとう。 鉄通:お前がな。 維弘:お前もな。 0:ドアが閉まる音。 《幕》