台本概要

 280 views 

タイトル 窓辺の死神。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(女1、不問1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ◆あらすじ
病床に臥せる女と窓際に現れる無口な死神。死神が枕元に立つとき、女は死ぬ。二人に残された時間と、それまで過ごしてきた時間の物語。

 280 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
死神 不問 96 黒い服の男。いつも憂い顔。台詞は基本モノローグです。
97 病床の女。よく笑っている。台詞は半ば独り言です。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:◆◆◆◆ : 0:夜の病院。 0:ベッドに横たわる女、静かに寝息を立てている。 0:閉まった窓のカーテンが揺れる。 0:女が目覚める。 : 女:あら、こんばんは。 : 0:窓辺に黒い服の男、死神が立っている。 : 死神:この女を初めて見たのはいつのことだったか。 女:今夜もいらっしゃったんですね。 死神:恐らく、何十年も前のことだ。それは人間にとっては随分長い時間なのだろうが私にはよく分からない。それに比べると、 女:私以外これといった物も無いところですが、ゆっくりしていって下さいね。 死神:その残りは甚だ短いのだということは分かりやすい。何故なら私は彼女のような人ではなく、 女:死神さん。 死神:人間の死に携わる死神だから。 女:どうしたんですか死神さん。 死神:私はこの女をずっと見続けてきた。 女:今夜もそんな窓辺に立って、 女:何か面白い物でも見えますか? 死神:面白いから見ているのではない。 女:だったら私も見に行こうかな。 死神:見届けることが私の役割だから見ているに過ぎない。 女:でも、 死神:でも、 : 女:そこ、寒くありませんか? 死神:数十年前のあの時、女が私にそう問いかけなければ、見続ける意味も今とは違ったのかも知れない。 : 0:◆◆◆◇ : 0:数十年前。 : 死神:女は、いや、その時分は少女と呼ぶべきだろうか。 死神:少女はやはり窓辺に立つ私を目敏く見咎めてそう言った。 女:おい、無視すんなよ。 死神:今よりは幾分生意気で、問いかけた言葉も実際には、 女:おっさんそこ寒くないの? 死神:だったが。 女:雪だって降ってるっていうのに。そんなかっこで大丈夫? 死神:私は寒さを感じない。寒さだけでは無い、概ね何も感じない。感じ取れるのは音と光と人の死期。ただそれらの情報だけだ。それは今も変わらない。 女:馬鹿でも風邪引くよ。 死神:そんな言葉も意味を持たない。 女:せめて中入ったら? 死神:違ったのは、その頃の私はまだ窓の外にいたことと、 女:あなたも入院してるんでしょ? 死神:少女が病院の中を自由に歩き回っていたことだ。 女:もし風邪引いたら、 死神:…………。 女:死んじゃうよ。 女:って、お母さんが言うんだ。外に出ちゃ駄目だって。あたしそんなに弱くないのに。もうこんなに元気なのに。あたし、いつまでも小さくないのに。 死神:思えばこの病院で生まれたのだ。 死神:初めて見たのは、だからさらに十年ほど前。 死神:死にかけの赤子は私の目の前で息を吹き返し、私はそばを離れた。ような気がする。それが巡り巡って、また私の前に現れたのだから因果な物だ。 女:さっきも言われたんだ。病気なんだからじっとしてなさいって。 女:そりゃ、たまに熱も出すし、すぐ疲れちゃうけど全然大丈夫だもん。じっとしてる方が身体に悪いもん。外に少し出たくらいで死なないって。 死神:しかし、実際私を見つけるということは良い状態とは言えなかった。 女:今日みたいに寒い日は部屋で大人しく本でも読んでなさいって。 女:でもでも、あたし何度も読んでるから飽きちゃった。 女:だから部屋にも居たくなくて窓の外を眺めてたのに。 女:おっさんはなんでそんなところに立ってるの? 死神:少女は話しかけたが、他の多くの者には一人で喋っているように見えたことだろう。 女:ずるい。 死神:彼女は泣きそうな顔でそう言った。 女:寒くても平気なんて、ずるい。 女:外で自由に遊べるならあたし、死んじゃったっていい。 死神:少女のその言葉とは裏腹に、これはまだ生きるなと思った。 女:おじさんは苦しいからそうしてるの? 女:もし、そうなら私もそっちに行っていいかな? 死神:私は窓を離れようとした。 女:そうじゃないなら、 死神:女は言った。 女:もっとこっちに来たらどう? : 0:◆◆◇◇ : 0:病室。 : 女:私寒いのって苦手ですもの。 死神:そう言って女は手招きする。 死神:こちらの心配などしている場合では無いだろうに。 女:あぁ、そしたら私が死んじゃうのか。 死神:私が女の枕元に隣に立つ時。それは別れの時である。 死神:だと言うのに女は微笑んだ。 女:うーん。それは困りますね。 女:でも、私のためにわざわざ来てくれてるというのに、いつもそんなところに立たせてる。 女:なんだかそれって、とても申し訳なくありません? 死神:申し訳ない、などとそんなおかしな考えを起こすのはこの女くらいのものだ。 女:あ、今夜も困った顔をしておられますね、死神さん。 死神:この女には困惑ばかりさせられる。 女:普段のクールな佇まいも好きですがそういう表情も私は好きですよ。 死神:本当に困惑する。 女:死神さん。今度は照れてます? 死神:照れてなどいない。 女:いいえ、あなたは照れてますよ? 死神さん。 死神:照れてない。 女:照れてますよ。 死神:照れてないと言ってるだろうに。 女:照れちゃって。かわいい。 死神:…………。 女:うふふふふ。 : 死神:いや、言ってはいない。死神は喋らない。その声は魂を掴むものだから。それを発するときは別れの時だけだから、死神は喋らない。喋ってはいけない。だから、こんなときも否定することが出来ない。腹立たしいが仕方ない。腹立ちたしいという感情を私はいつ覚えたのだろうと考え、ばかばかしくなってやめた。 死神:私は喋らない。この女の勘違いは甘んじて受け入れるしか無い。だから、この女の中での私はあること無いこと勝手に決めつけられている。非常に迷惑だが、仕方ない。 : 女:言わなくたって分かりますよ。顔にそう書いてありますもの。 死神:書いてない。 女:そういえば初めてお会いした頃はマネキンみたいに無表情でしたもんね。うんうん。思い出したらちょっと懐かしい。 死神:私の表情はその頃から少しも動いていない。気のせいだ。 女:あ、でも。マネキンというか、死神さん痩せてるから骨格標本みたいだったかな。 死神:…………。 女:……怒ってますね? 死神:怒ってない。 女:ふふふ。ごめんなさいね。死神さん。 女:骨格標本みたいなのは、私のほうですよね。 死神:随分痩せたな。 女:ええ、元々ほとんど体重の増えない身体でしたけど、もう最近はずっと減り続けてしまって。死神さんがとっても逞しく見えます。 死神:…………。 女:ふふふ。随分いろんな顔を見せてくれるようになって嬉しいです。 死神:私の表情や何かが変わることは無い。 死神:変わっていくのは私では無くいつもこの女だ。 女:さっきぼんやりしてましたよね? 昔のことでも思い出してましたか? 死神:どうしてこの女はこんなにも私と向き合おうとするのだろう。 女:図星ですね? ええ。死神さんのことは私、何でも分かりますよ。 死神:では、私はどうして喋らないのか? そう問いかけたらこの女はなんと返すのだろうか。 女:私のことが好きだから、 死神:…………。 女:いつも私を見ていてくれるんですよね。 死神:それは。 女:あら、またちょっと困った顔になりましたね。 死神:それはお前がおかしなことばかり言うからだ。 女:ごめんなさいね、私も死神さんを困らせるつもりなんて無いんですよ? 死神:よく言う。 女:でも、やっぱり嬉しくってね。 死神:…………。 女:死神さんは、死神が来て喜ぶ人間なんて変だって思うかも知れませんけど、私は死神さんがそばにいてくれて嬉しいんですよ。 女:私はてっきり独りぼっちで逝くものだとばかり思ってましたからね。 女:死神さんは無口だから全然喋ってはくれないですけど。たまには喋ってくれてもいいんですよ。 死神:私はお前と口を利くつもりなど無い。 女:なんて、冗談ですよ。死神さん。 女:死神さんはいつもの死神さんでいてくれたらそれでいいんです。 死神:殊勝なことだ。 女:ねぇ、死神さん。 死神:なんだ? 女:死神さんの、ひんやりと気持ち良そうなその手が私に触れるその日まで、どうかよろしくお願いします。 女:約束ですよ、死神さん。 死神:約束か。 女:死神さんを死神さんと知ったあの日のように。 死神:女は微笑んだ。 女:死神さんが誰かの枕元に隣に立つ時。 女:それはお別れの時なんでしょう? : 0:◆◇◇◇ : 0:何十年か前。 0:誰かの病室の前。 0:病にの老人、その枕元に死神が立つ。 : 女:あなた、じっちゃんに何してるの? 死神:何年か経ち、そこに立つ少女は女になっていた。 女:ひとの病室勝手に入っちゃだめでしょ? 死神:あれから、女は何度も入院と退院を繰り返し、見えたり見えなかったりしていたのだろう、私に声をかけることもなくなっていた。それ以前に歳を取らない私のことを、単に見落としていたのかも知れない。私はあの頃から何も変わっていない。 女:……亡くなったの? 死神:…………。 女:ねぇってば。 死神:…………。 女:無視しないでよ。 死神:女は振り返る私の顔を見た。すると驚いたように目を丸くした。 女:もしかして、あなた、窓の外の……? 死神:私の正体に気が付いた人間は早く死ぬ。それは、私という存在を通して死を強烈に意識するからだ。 女:でも、そんな、だって……。 死神:私は首を横に振った。どうしてそんなことをしたのか、そしてそれにどれくらいの意味があるのかは定かでは無いが、私は悟られてはいけないと思った。 女:嘘、嘘だよ、そんなわけ無い。 死神:もう駄目だと思った。私はその時、女に引き寄せられ始めていた。女はもうすぐ死ぬ。 女:あ、あなたは、 死神:その筈だった。 女:天使。なの? 死神:しかし誤解が生じた。それは奇しくも奇跡だった。 女:そう、間違いない。ちょっと陰気だけどよく見れば美形だし、それにあの頃から全然歳とってない。これは絶対人間じゃ無い。 死神:私は変わらない。しかしこの女も大して変わっていないなと、私は思った。 女:おつとめ、ご苦労様です。 死神:或いは、最初から変わった女だったと、その一言で片付けられるのかも知れない。出なければ、そう何度も私と出会ってずっと生きていることの方がおかしいのだ。 女:でも、そっか、じっちゃん亡くなったんだね。 死神:女は薄く微笑んだ。 女:じっちゃんすごい良い人だったからね。天国に連れてって貰えるんだね、良かった。 死神:女は天井を見上げていた。 女:そっか、うん……うん。あ……、 死神:女は静かに泣き始めた。 女:あの、天使さん。 死神:…………。 女:もし……。 女:もし私が死んだら、私のこと、連れて行ってくださいね。 女:約束ですよ。 死神:女は笑った。 死神:感情の忙しいやつだと思った。 女:……あれ? ちょっと待って。じゃあ、もしかして私も死ぬの? 死神:今度は困惑を浮かべた。本当に忙しい。 女:え、でも、待ってよ。私全然良いやつじゃ無いよ……? え、じゃあ、ということはあなた、天使? じゃなくて…… 死神:女は涙を拭いながら、私を見る。私という存在を認識しようとする。 女:しにが…… 死神:私は窓から外に飛び出した。 女:ちょっとここ四階! 死神:後にも先にも、翼も無いくせに空を飛ぼうとした死神は私だけなのでは無いかと思う。 : 0:◇◇◇◇ : 0:病室。 : 女:あの夜のこと、それはそれは驚きましたよ。 女:寿命が縮みました。 死神:嘘をつけ、実際は長生きしただろう。 女:ふふ、そうですね。長生きしましたよ。あなたのおかげで。 死神:私は何もしていない。 女:でも、あれからも顔を合わせる度に隠れてましたよね。近所のスーパーとか、旅先で見かけたり、お墓参りの時もいました。 女:笑ってしまったのは結婚式。後ろの方にしれっと参列してましたよね。死神さん。 死神:そんなこともあったな。 女:逆にひやっとしたのはお産の時。本当に勘弁してと思いましたよ。でも、お父さんと並んで分娩室の前に座ってて、少し勇気をもらったのをよく覚えています。 死神:ああ、そんなこともあった。 女:その後も時々、私がインフルエンザにかかったり、すごく疲れてるときに見かけるようになったから、なんだか幻覚なんじゃないかって思うこともありましたよ。 女:今でこそ、こうして会いに来てくれますけど、ずっと話しかけても無視されたり、死神さんは絶対気付かれてないって思ってたときもあるかも知れませんけれど、私はけっこう気付いてましたよ。 女:なんとなく、死神さんがそばに居るんだって、分かるんです。 死神:…………。 女:さっきもそれで目が覚めたんですよ? ふふふ。 女:……でも、そんな死神さんが私の前で逃げも隠れもしなくなったのは、きっとそういうことなんでしょうね。 死神:私は静かに頷いた。 女:あなたは天使じゃ無いから、どこへも連れてってはくれないのでしょうけれど、私はそれでもいいんです。あなたがそばにいてくれることが、私にとっての生きる力になったのだと思います。 女:家族や友達が旅立っていくのを見送るときに、死神さんが居なかったら、私はきっと今ここには居ない。 女:そんな気がするんですよ。 女:ううん、もっと前からそうなのかも知れませんね。 女:死神さんはどう思いますか? 死神:私が居なければ、それはもともと長生きしていたというそれだけの話で、何も関係など無いだろう。 女:そうじゃなくて、死神さん自身のことですよ。 死神:何? 女:死神さんは私と出会って何か変わりましたでしょうか? 死神:私は何も変わっていない。 女:そうですね、死神さんは何も変わっていない。あの頃からずっと、姿形も、表情があんまり変化しないところも、無口なところも、変わったところがあるとすれば、そうですね。 死神:変わったところがあるとすれば? 女:お互い少しだけ近付いた。 死神:なんだそれは。 女:なんでしょうね。 死神:やはり変な女だな。 女:ええ、私はずっと変な女ですよ。 死神:お前……。 女:無口な死神と話す、そんな変わった女でございます。私の死神さん。 死神:…………。 : 女:……さて、死神さん。今夜は何をしましょう? 女:にらめっこ? 死神:いつもお前が勝手に笑って負ける。 女:じゃんけん? 死神:私はずっと平手のままなのにお前は良い勝負をする。 女:そうだ。もっと近くまで来たらトランプでもしましょうね。 死神:……トランプくらいならしても良いかもしれない。 女:ダウトなら絶対負けませんよ。 死神:それは私の台詞だが、ダウトと口にすることも出来ないから勝つことは出来ない。卑怯ではないか? 女:あら。バレてしまいましたか。 死神:まったく。 女:ねぇ死神さん。約束ですよ? 死神:約束ばかり増えていくな。 女:最期までそばに居てくださいね。 死神:私が女の枕元に隣に立つ時。それは別れの時である。 死神:だと言うのに女は微笑んだ。 女:ありがとう、死神さん。 死神:私は静かに頷いた。 : 0:  《幕》

0:◆◆◆◆ : 0:夜の病院。 0:ベッドに横たわる女、静かに寝息を立てている。 0:閉まった窓のカーテンが揺れる。 0:女が目覚める。 : 女:あら、こんばんは。 : 0:窓辺に黒い服の男、死神が立っている。 : 死神:この女を初めて見たのはいつのことだったか。 女:今夜もいらっしゃったんですね。 死神:恐らく、何十年も前のことだ。それは人間にとっては随分長い時間なのだろうが私にはよく分からない。それに比べると、 女:私以外これといった物も無いところですが、ゆっくりしていって下さいね。 死神:その残りは甚だ短いのだということは分かりやすい。何故なら私は彼女のような人ではなく、 女:死神さん。 死神:人間の死に携わる死神だから。 女:どうしたんですか死神さん。 死神:私はこの女をずっと見続けてきた。 女:今夜もそんな窓辺に立って、 女:何か面白い物でも見えますか? 死神:面白いから見ているのではない。 女:だったら私も見に行こうかな。 死神:見届けることが私の役割だから見ているに過ぎない。 女:でも、 死神:でも、 : 女:そこ、寒くありませんか? 死神:数十年前のあの時、女が私にそう問いかけなければ、見続ける意味も今とは違ったのかも知れない。 : 0:◆◆◆◇ : 0:数十年前。 : 死神:女は、いや、その時分は少女と呼ぶべきだろうか。 死神:少女はやはり窓辺に立つ私を目敏く見咎めてそう言った。 女:おい、無視すんなよ。 死神:今よりは幾分生意気で、問いかけた言葉も実際には、 女:おっさんそこ寒くないの? 死神:だったが。 女:雪だって降ってるっていうのに。そんなかっこで大丈夫? 死神:私は寒さを感じない。寒さだけでは無い、概ね何も感じない。感じ取れるのは音と光と人の死期。ただそれらの情報だけだ。それは今も変わらない。 女:馬鹿でも風邪引くよ。 死神:そんな言葉も意味を持たない。 女:せめて中入ったら? 死神:違ったのは、その頃の私はまだ窓の外にいたことと、 女:あなたも入院してるんでしょ? 死神:少女が病院の中を自由に歩き回っていたことだ。 女:もし風邪引いたら、 死神:…………。 女:死んじゃうよ。 女:って、お母さんが言うんだ。外に出ちゃ駄目だって。あたしそんなに弱くないのに。もうこんなに元気なのに。あたし、いつまでも小さくないのに。 死神:思えばこの病院で生まれたのだ。 死神:初めて見たのは、だからさらに十年ほど前。 死神:死にかけの赤子は私の目の前で息を吹き返し、私はそばを離れた。ような気がする。それが巡り巡って、また私の前に現れたのだから因果な物だ。 女:さっきも言われたんだ。病気なんだからじっとしてなさいって。 女:そりゃ、たまに熱も出すし、すぐ疲れちゃうけど全然大丈夫だもん。じっとしてる方が身体に悪いもん。外に少し出たくらいで死なないって。 死神:しかし、実際私を見つけるということは良い状態とは言えなかった。 女:今日みたいに寒い日は部屋で大人しく本でも読んでなさいって。 女:でもでも、あたし何度も読んでるから飽きちゃった。 女:だから部屋にも居たくなくて窓の外を眺めてたのに。 女:おっさんはなんでそんなところに立ってるの? 死神:少女は話しかけたが、他の多くの者には一人で喋っているように見えたことだろう。 女:ずるい。 死神:彼女は泣きそうな顔でそう言った。 女:寒くても平気なんて、ずるい。 女:外で自由に遊べるならあたし、死んじゃったっていい。 死神:少女のその言葉とは裏腹に、これはまだ生きるなと思った。 女:おじさんは苦しいからそうしてるの? 女:もし、そうなら私もそっちに行っていいかな? 死神:私は窓を離れようとした。 女:そうじゃないなら、 死神:女は言った。 女:もっとこっちに来たらどう? : 0:◆◆◇◇ : 0:病室。 : 女:私寒いのって苦手ですもの。 死神:そう言って女は手招きする。 死神:こちらの心配などしている場合では無いだろうに。 女:あぁ、そしたら私が死んじゃうのか。 死神:私が女の枕元に隣に立つ時。それは別れの時である。 死神:だと言うのに女は微笑んだ。 女:うーん。それは困りますね。 女:でも、私のためにわざわざ来てくれてるというのに、いつもそんなところに立たせてる。 女:なんだかそれって、とても申し訳なくありません? 死神:申し訳ない、などとそんなおかしな考えを起こすのはこの女くらいのものだ。 女:あ、今夜も困った顔をしておられますね、死神さん。 死神:この女には困惑ばかりさせられる。 女:普段のクールな佇まいも好きですがそういう表情も私は好きですよ。 死神:本当に困惑する。 女:死神さん。今度は照れてます? 死神:照れてなどいない。 女:いいえ、あなたは照れてますよ? 死神さん。 死神:照れてない。 女:照れてますよ。 死神:照れてないと言ってるだろうに。 女:照れちゃって。かわいい。 死神:…………。 女:うふふふふ。 : 死神:いや、言ってはいない。死神は喋らない。その声は魂を掴むものだから。それを発するときは別れの時だけだから、死神は喋らない。喋ってはいけない。だから、こんなときも否定することが出来ない。腹立たしいが仕方ない。腹立ちたしいという感情を私はいつ覚えたのだろうと考え、ばかばかしくなってやめた。 死神:私は喋らない。この女の勘違いは甘んじて受け入れるしか無い。だから、この女の中での私はあること無いこと勝手に決めつけられている。非常に迷惑だが、仕方ない。 : 女:言わなくたって分かりますよ。顔にそう書いてありますもの。 死神:書いてない。 女:そういえば初めてお会いした頃はマネキンみたいに無表情でしたもんね。うんうん。思い出したらちょっと懐かしい。 死神:私の表情はその頃から少しも動いていない。気のせいだ。 女:あ、でも。マネキンというか、死神さん痩せてるから骨格標本みたいだったかな。 死神:…………。 女:……怒ってますね? 死神:怒ってない。 女:ふふふ。ごめんなさいね。死神さん。 女:骨格標本みたいなのは、私のほうですよね。 死神:随分痩せたな。 女:ええ、元々ほとんど体重の増えない身体でしたけど、もう最近はずっと減り続けてしまって。死神さんがとっても逞しく見えます。 死神:…………。 女:ふふふ。随分いろんな顔を見せてくれるようになって嬉しいです。 死神:私の表情や何かが変わることは無い。 死神:変わっていくのは私では無くいつもこの女だ。 女:さっきぼんやりしてましたよね? 昔のことでも思い出してましたか? 死神:どうしてこの女はこんなにも私と向き合おうとするのだろう。 女:図星ですね? ええ。死神さんのことは私、何でも分かりますよ。 死神:では、私はどうして喋らないのか? そう問いかけたらこの女はなんと返すのだろうか。 女:私のことが好きだから、 死神:…………。 女:いつも私を見ていてくれるんですよね。 死神:それは。 女:あら、またちょっと困った顔になりましたね。 死神:それはお前がおかしなことばかり言うからだ。 女:ごめんなさいね、私も死神さんを困らせるつもりなんて無いんですよ? 死神:よく言う。 女:でも、やっぱり嬉しくってね。 死神:…………。 女:死神さんは、死神が来て喜ぶ人間なんて変だって思うかも知れませんけど、私は死神さんがそばにいてくれて嬉しいんですよ。 女:私はてっきり独りぼっちで逝くものだとばかり思ってましたからね。 女:死神さんは無口だから全然喋ってはくれないですけど。たまには喋ってくれてもいいんですよ。 死神:私はお前と口を利くつもりなど無い。 女:なんて、冗談ですよ。死神さん。 女:死神さんはいつもの死神さんでいてくれたらそれでいいんです。 死神:殊勝なことだ。 女:ねぇ、死神さん。 死神:なんだ? 女:死神さんの、ひんやりと気持ち良そうなその手が私に触れるその日まで、どうかよろしくお願いします。 女:約束ですよ、死神さん。 死神:約束か。 女:死神さんを死神さんと知ったあの日のように。 死神:女は微笑んだ。 女:死神さんが誰かの枕元に隣に立つ時。 女:それはお別れの時なんでしょう? : 0:◆◇◇◇ : 0:何十年か前。 0:誰かの病室の前。 0:病にの老人、その枕元に死神が立つ。 : 女:あなた、じっちゃんに何してるの? 死神:何年か経ち、そこに立つ少女は女になっていた。 女:ひとの病室勝手に入っちゃだめでしょ? 死神:あれから、女は何度も入院と退院を繰り返し、見えたり見えなかったりしていたのだろう、私に声をかけることもなくなっていた。それ以前に歳を取らない私のことを、単に見落としていたのかも知れない。私はあの頃から何も変わっていない。 女:……亡くなったの? 死神:…………。 女:ねぇってば。 死神:…………。 女:無視しないでよ。 死神:女は振り返る私の顔を見た。すると驚いたように目を丸くした。 女:もしかして、あなた、窓の外の……? 死神:私の正体に気が付いた人間は早く死ぬ。それは、私という存在を通して死を強烈に意識するからだ。 女:でも、そんな、だって……。 死神:私は首を横に振った。どうしてそんなことをしたのか、そしてそれにどれくらいの意味があるのかは定かでは無いが、私は悟られてはいけないと思った。 女:嘘、嘘だよ、そんなわけ無い。 死神:もう駄目だと思った。私はその時、女に引き寄せられ始めていた。女はもうすぐ死ぬ。 女:あ、あなたは、 死神:その筈だった。 女:天使。なの? 死神:しかし誤解が生じた。それは奇しくも奇跡だった。 女:そう、間違いない。ちょっと陰気だけどよく見れば美形だし、それにあの頃から全然歳とってない。これは絶対人間じゃ無い。 死神:私は変わらない。しかしこの女も大して変わっていないなと、私は思った。 女:おつとめ、ご苦労様です。 死神:或いは、最初から変わった女だったと、その一言で片付けられるのかも知れない。出なければ、そう何度も私と出会ってずっと生きていることの方がおかしいのだ。 女:でも、そっか、じっちゃん亡くなったんだね。 死神:女は薄く微笑んだ。 女:じっちゃんすごい良い人だったからね。天国に連れてって貰えるんだね、良かった。 死神:女は天井を見上げていた。 女:そっか、うん……うん。あ……、 死神:女は静かに泣き始めた。 女:あの、天使さん。 死神:…………。 女:もし……。 女:もし私が死んだら、私のこと、連れて行ってくださいね。 女:約束ですよ。 死神:女は笑った。 死神:感情の忙しいやつだと思った。 女:……あれ? ちょっと待って。じゃあ、もしかして私も死ぬの? 死神:今度は困惑を浮かべた。本当に忙しい。 女:え、でも、待ってよ。私全然良いやつじゃ無いよ……? え、じゃあ、ということはあなた、天使? じゃなくて…… 死神:女は涙を拭いながら、私を見る。私という存在を認識しようとする。 女:しにが…… 死神:私は窓から外に飛び出した。 女:ちょっとここ四階! 死神:後にも先にも、翼も無いくせに空を飛ぼうとした死神は私だけなのでは無いかと思う。 : 0:◇◇◇◇ : 0:病室。 : 女:あの夜のこと、それはそれは驚きましたよ。 女:寿命が縮みました。 死神:嘘をつけ、実際は長生きしただろう。 女:ふふ、そうですね。長生きしましたよ。あなたのおかげで。 死神:私は何もしていない。 女:でも、あれからも顔を合わせる度に隠れてましたよね。近所のスーパーとか、旅先で見かけたり、お墓参りの時もいました。 女:笑ってしまったのは結婚式。後ろの方にしれっと参列してましたよね。死神さん。 死神:そんなこともあったな。 女:逆にひやっとしたのはお産の時。本当に勘弁してと思いましたよ。でも、お父さんと並んで分娩室の前に座ってて、少し勇気をもらったのをよく覚えています。 死神:ああ、そんなこともあった。 女:その後も時々、私がインフルエンザにかかったり、すごく疲れてるときに見かけるようになったから、なんだか幻覚なんじゃないかって思うこともありましたよ。 女:今でこそ、こうして会いに来てくれますけど、ずっと話しかけても無視されたり、死神さんは絶対気付かれてないって思ってたときもあるかも知れませんけれど、私はけっこう気付いてましたよ。 女:なんとなく、死神さんがそばに居るんだって、分かるんです。 死神:…………。 女:さっきもそれで目が覚めたんですよ? ふふふ。 女:……でも、そんな死神さんが私の前で逃げも隠れもしなくなったのは、きっとそういうことなんでしょうね。 死神:私は静かに頷いた。 女:あなたは天使じゃ無いから、どこへも連れてってはくれないのでしょうけれど、私はそれでもいいんです。あなたがそばにいてくれることが、私にとっての生きる力になったのだと思います。 女:家族や友達が旅立っていくのを見送るときに、死神さんが居なかったら、私はきっと今ここには居ない。 女:そんな気がするんですよ。 女:ううん、もっと前からそうなのかも知れませんね。 女:死神さんはどう思いますか? 死神:私が居なければ、それはもともと長生きしていたというそれだけの話で、何も関係など無いだろう。 女:そうじゃなくて、死神さん自身のことですよ。 死神:何? 女:死神さんは私と出会って何か変わりましたでしょうか? 死神:私は何も変わっていない。 女:そうですね、死神さんは何も変わっていない。あの頃からずっと、姿形も、表情があんまり変化しないところも、無口なところも、変わったところがあるとすれば、そうですね。 死神:変わったところがあるとすれば? 女:お互い少しだけ近付いた。 死神:なんだそれは。 女:なんでしょうね。 死神:やはり変な女だな。 女:ええ、私はずっと変な女ですよ。 死神:お前……。 女:無口な死神と話す、そんな変わった女でございます。私の死神さん。 死神:…………。 : 女:……さて、死神さん。今夜は何をしましょう? 女:にらめっこ? 死神:いつもお前が勝手に笑って負ける。 女:じゃんけん? 死神:私はずっと平手のままなのにお前は良い勝負をする。 女:そうだ。もっと近くまで来たらトランプでもしましょうね。 死神:……トランプくらいならしても良いかもしれない。 女:ダウトなら絶対負けませんよ。 死神:それは私の台詞だが、ダウトと口にすることも出来ないから勝つことは出来ない。卑怯ではないか? 女:あら。バレてしまいましたか。 死神:まったく。 女:ねぇ死神さん。約束ですよ? 死神:約束ばかり増えていくな。 女:最期までそばに居てくださいね。 死神:私が女の枕元に隣に立つ時。それは別れの時である。 死神:だと言うのに女は微笑んだ。 女:ありがとう、死神さん。 死神:私は静かに頷いた。 : 0:  《幕》