台本概要

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タイトル 『わーきんぐ@でっど』
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル コメディ
演者人数 1人用台本(男1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 【あらすじ】
引きこもりの青年、小鹿歩夢は外界との交流を絶ち、自室から一歩も出ること無く過ごしてきた。ある日、彼はネットゲームをやっている際に違和感を覚える。「敵が弱い」。自身がそれ程強くなったのではなく、他のプレイヤーの挙動に異変が生じていることを彼は感じた。また、他にも異変は起こっていた。提供される食事がおかしい。外が異様に静か。SNSやニュースサイトの情報が錯綜している。そして、部屋の外から異臭がした。彼は意を決して自室から外に出る。階段を降り、リビングで待っていたのは――母親の死体だった。ただし、それはただ死んでいるのではなく、死の淵から蘇った死体《リビング・デッド》。
自分の世界に閉じこもっている間に世界は滅び、彼は最後の生者となっていたのだった。

【注意】
※ グロい描写はあんまりありません。たぶんですが。でも、主人公は吐きます。ご注意を。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
歩夢 56 名前=小鹿・歩夢(こじか・あゆむ) 職業=無職
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:◇◆◇◆◇◆◇ : 0:◇1 : 0:歩夢、ディスプレイと向かい合い、一心不乱にゲームをしている。 0:コントローラーの操作音が響く。 : 歩夢:っは! おっせぇな。こいつら舐めてんのかよ。おいおい、壁撃ってんじゃねぇよ、カス! 目ぇついてんのか? あー弱。 : 歩夢:(M)俺はゲームをしていた。もう一つの世界で電子の弾丸を撃つ。それが俺に与えられた役割だから。なんなら仕事と言いかえてもいい。 : 歩夢:……ふ。ふふ。なんかあれだな。ゾンビゲーみたいに面白いくらい死んでいくな。銃撃ってくるゾンビか。あんま無いよな。いや、あるのかな、全然あたらねぇけど。死ね! はは、もうちょいでノーダメで百キル。俺強すぎワロタ。 : 歩夢:(M)実際、俺はそこそこ強かった。世界一とは言えないが、少なくとも上位数%だ。金は貰えないが不満は無い。みんなのためにボランティアで傭兵をやっているというわけだ。 : 歩夢:てかこいつランカーだよな。前やられたときバケモンかよって思ったけど、何これ? ふざけてんのか? : 歩夢:(M)自分も楽しみながら、この世界の人々も楽しませられる、そんなやりがいのある仕事だ。 : 歩夢:……弟でもログインしてんのかな、はは、ざまぁ。 : 歩夢:(M)……いや。 : 歩夢:落ちろカス! 死ね! 死ね! 死ね! はぁ……マジ、なんだこれ。つまんね。 : 歩夢:(M)仕事だった。 : 歩夢:何かのイベントか? どいつもこいつもクソ雑魚になるってどんな手抜きイベントだよ。虚しすぎだろ。こんなのやる価値ねーわ。クソゲー確定。オワコン、オワコン。 : 0:扉がノックされる。 : 歩夢:お、メシか。ナイスタイミングだババア。 : 歩夢:(M)働いたあとに食うメシはうまい。そんな言葉を俺は笑っていた。働こうが働くまいがメシの味は変わらない。何なら、何もしなくても勝手に出てくる方が絶対に良いとさえ思う。 : 歩夢:……あ? なんだこれ? ……おえぇ。髪の毛入ってんじゃねぇかよ! くそ、あのばばぁ、ついにハゲたかよ。ストレスで? ……クソワロタ。 : 歩夢:(M)心は痛まなかった。そんなものはいつの間にかどうでも良くなっていた。人は慣れる生き物だという。苦痛や苦悩、快楽や興奮。そんなものに一々動揺するのはコスパが悪い。 歩夢:(M)使いもしないキャンプ用品や着物を後生大事に倉庫へしまっておくようなものだ。不要になれば捨てる。繰り返しの日々の中で役に立たないモノはいつか削り取られ失われていく。 歩夢:(M)人間は、社会は多分そういう風に出来ている。取捨選択こそ進化の本質だ。生存の為の真理だ。俺はそう信じている。だからこそ俺は生きるために正しい選択をしているのだ。 : 歩夢:にしても、マズいな。ババアまで手抜きかよ。あ、抜けてんのは毛か。それは草。 : 0:◇2 : 歩夢:(M)それから数日が経った。相変わらず敵は弱いし、メシはマズかった。それどころか日に日に弱くなっていくし、目に見えてマズくなっていく。最近は特に酷く、勝手に自爆したり壁に向かってめり込み続ける奴が現れたし、俺は憧れたランカーになった。そして、ゲームをやめた。引退というやつだ。 歩夢:(M)メシの方はなんとか我慢して食べていたが、昨晩、耐えきれなくなって吐いた。本当に酷かった。生ゴミみたいな味というか、生ゴミだった。ついにババアがキレたんだと思った。 歩夢:(M)その時が来たんだな。と。しかし、俺はもう何かを変えるつもりは無かった。そういう風に生きてきたから、そういう風に捨ててきたから、もう捨てられるモノは何も無かった。 : 歩夢:残ってるのは命くらいか。はは。ワロタ。 : 歩夢:(M)しかしそれだけは自分で捨てることが出来なかった。 歩夢:(M)何もかも捨てて、身軽になっているはずなのに信じがたいほどに気分は重く、俺は何も考えないようにして眠った。 歩夢:(M)何もせずとも腹は減る。腹の鳴る音で目が覚める。ドアを開けると異臭がした。ドアの前には何食分かのメシが置かれていたが、食べるまでも無く全部腐っていた。 歩夢:(M)俺はコップに入った水だけ飲んでそっとドアを閉じる。 歩夢:(M)流石におかしいとは思った。嫌がらせやボイコットのつもりなら、そもそも食事を運ぶ必要は無い。なのにババアは……母はメシと呼ぶのもおぞましいソレを、毎食運んでくるらしい。そして奇妙なのは、ソレが一応料理された何かであるということだ。 歩夢:(M)腐敗しているのはそうなのだが、刻んだり炒めたりしたものが皿に盛り付けられている。醤油やドレッシングがかけられている。何がかかっていてもゴミはゴミだが、そこに愛情がかけられているような気がした。 歩夢:(M)ならばとうとう心を病んでしまったのかも知れない。罪悪感は湧かなかった。嫌悪も、安堵も。けれどただ、空虚感だけがそこにあった。 : 0:◇3 : 歩夢:(M)ゲームもせず食事も摂らず、多分三日は経っただろうか。逃避して眠ることと空腹に耐えられなくなった俺は外に出ることにした。 歩夢:(M)人間は慣れると言ったが、流石にこの異常事態には慣れなかった。 歩夢:(M)部屋を出る。 歩夢:(M)その前に、少し気になって俺はゲームをつけてみた。ゲームの中の世界は地獄だった。敵も味方も区別無くプレイヤー達は無秩序な動きを見せていた。それはどうやら他のゲームでも起こっている現象らしく、オンラインゲームはもはや、まともに遊べる状態では無かった。 歩夢:(M)そういった状況にもかかわらず、何故かマッチングだけはするというのも、不思議だった。いや、はっきりと言って不気味だった。俺は違和感を越えた怖気を自覚した。そして確信した。 歩夢:(M)絶対にイベントなどでは無い。何かが起こっているのだと。 : 歩夢:おいおい……! どうなってんだよ、これ。 : 歩夢:(M)俺はSNSを開いた。外界への興味が失せ、長らく使っていなかったため、仕様が若干変わっていることにまず気が付いたが、そんなものは驚くに値しない。それ以上の理解不能がそこには広がっていた。 歩夢:(M)そういえば、偶然生命が生まれる確率は、猿にタイプライターを叩かせてシェイクスピアが書き上げるくらいだとかいうジョークなのかコピペなのかを見たことがあるが、俺の目の前には丁度そんなシェイクスピアの果敢な挑戦の跡が無数にあった。 歩夢:(M)曰く「遺憾べaよるとあいあいおおおおお@花ミサ?都営小村井♡ytすてれイイク井らい、モダン焼5だP昨日そ。ですねrももy121111)ア料亭#米良わ!」といったような投稿が総理大臣から発信されているのを見つけた。 歩夢:(M)大凡全ての投稿がそんな具合で、どれだけスクロールしてもまともなモノは見つからなかった。大手ニュースサイトも似たような状態で「伊すてA春!キャベツ」という見出しで紛れ込んでいるポルノ画像を見つけて俺はそっと閉じた。 : 歩夢:一体、何が起こってるんだよ……? : 0:◇4 : 歩夢:(M)ドアを開けて外に出た。廊下には腐臭が充満していた。腐敗したメシの残骸のせいだろう。俺は吐きそうになった。 : 歩夢:……おろろろろろろろ。 : 歩夢:(M)吐いた。 歩夢:(M)廊下に出ること自体は久しぶりでは無かった。俺の部屋は二階にあり、同じフロアのトイレに行くために何度も出ている。しかし、今まで一階に降りる気は起きなかった。そういう衝動はずっと眠ったままだ。 歩夢:(M)そして、今日目覚めたのだろう。俺は寝ぼけた足取りで階段を降りる。奈落の底へと続いてるように感じた。それを感じさせたのは、今まで外界を拒絶してきた心理的抵抗に因るもの、では無かった。 歩夢:(M)それが全くないとは言えない。加えて運動不足も遠因ではあるけれど、何よりそれを引き起こしたのは端的に、匂いだった。 : 歩夢:何の、匂いだよ……? : 歩夢:(M)これまでの人生で嗅いだことの無い匂いだ。それは、廊下の残飯が発する匂いに似てはいたが、どこか異質で、無条件で逃げ出したくなるような、言うなれば本能的な忌避感を生じさせる匂いだった。 : 歩夢:はは。……本能なんて残ってたことに驚きだわ。 : 歩夢:(M)足が竦む。けれど、その原因を確かめなければいけないと感じさせるのもまた本能だ。逃避行動は危険から遠ざかるためにあるが、適切に遠ざける為にはそれを知る必要がある。 歩夢:(M)俺は鼻が曲がり吐き気を無限に生じさせ匂いを辿った。そしてその扉の前に立った。 : 歩夢:リビング。 : 歩夢:(M)やっぱり、という感じがした。俺はこの扉の向こうにその匂いの元があると確信している。把手を握り、開いた。風が吹くように、耐え難い匂いが直接鼻腔を刺した。 : 歩夢:は……!! : 歩夢:(M)が、匂い以上の刺激が先に理解不能を脳に叩きつけた。人間の知覚において八割のシェアを持つと言われる視覚情報が我先にと、飛び込んできたのだ。 : 歩夢:(M)リビングには、死体が座っていた。 歩夢:(M)その死体が誰なのか俺は理解していた。髪は薄くなり、肉が奇妙にそげ落ちているが、衣服の様子や体格、そして、 : 歩夢:母、さん。うっ――! : 歩夢:(M)俺の口からゲロと共に零れだした声がそれを肯定した。 歩夢:(M)母さんの死体が座るリビングで俺は吐き続け、嗚咽に混じって涙が溢れた。 歩夢:(M)まだ残っていたんだ。そう思う心はとうに涸れていると思った。どうしてこんなことになったのだろう、誰に殺されたのだろう。そんな疑問が形を持つ前に、状況が変化した。 歩夢:(M)もう変化しない。そう思っていた。故に俺はもう変わることは出来ないのと同じように、死んだら終わりなのだという常識が、目の前で母の姿を象り終わりを告げた。 : 歩夢:……な! か、かあさん……? : 歩夢:(M)死んだはずの母が椅子から立ち上がり、俺に歩み寄ってきた。俺は動けなかった。目が離せなかった。落ち窪んだ眼窩に嵌まった眼球はぶよぶよで触れば溶け落ちてしまいそうで、光を宿していない死人のもの。まさか生きている筈など無いにも関わらず、死者は、彼女は、母は、動いた。それはあたかも―― 歩夢:(M)リビング・デット。 歩夢:(M)リビングだけに。そんな言葉が頭を過ぎったが、冗談では無い。息を吹き返した母は、……呼吸はしているらしい母は、言葉にならない声も伴いながら、俺の前に立った。 歩夢:(M)対する俺は声も失い、膝をついた。絶望によってだろうか、それとも安堵なのだろうか。俺には分からなかった。しかし、俺は成り行きを任せることにした。母に、或いは天に。 歩夢:(M)母は腕をゆっくりと広げ俺に覆い被さった。殺されると思った。そしてやはり俺は安心していた。母さんがこうなった以上、俺はどうしたって生きていけない。そんな思いがあったわけでは無い。衝動的に、或いは本能的にそれが正しい、自然の摂理なのだと思う。 歩夢:(M)眼前には摂理に逆らう死者がいるというのに。 歩夢:(M)俺はその時を待った。即ち終わりを。けれど、いつまで経ってもその時は来ず、変化は訪れなかった。 : 歩夢:母さん……? : 歩夢:(M)母さんは、何も言わず、いや、何かうなり声のようなモノを上げたり息を吐いたソレが言葉のように聞こえたりはしているが、ただ、俺に覆い被さったままだった。いや、それは抱きついているのだろうと気がつく頃には、俺は泣いていた。声を上げて。 : 歩夢:……うぅ、母さん、ごめん、ごめん、母さん、ごめん―― : 歩夢:(M)何に対する謝罪なのかも分からない、けれど俺は泣いて謝ることしか出来なかった。母さんは泣きじゃくる幼子をあやすように、背中を冷たい手でさすっていた。 歩夢:(M)その頃には、忌避的な匂いも気にならなくなっていた。人は慣れる生き物だ。こんな状況にも俺は慣れてしまい、どれくらいの間そうしていたのだろう、母さんが抱くのをやめるまでそうしていた。 歩夢:(M)抱きしめる冷たい体は温かく感じ、部屋の前の腐った食事のことを思い出した。死して尚、母は俺に食事を与えてくれようとしていた。その事実に、俺はまた泣いた。 : 歩夢:(M)しばらくすると、母さんはキッチンに向かい料理を始めた。その様子を眺め、俺はまた泣いた。そして、配膳された料理を前に俺は手を合わせる。同じテーブルで、こうして向かい合って食事をとるのなんて何年ぶりだろう。俺はもう、ずっと泣いていた。 : 歩夢:いただきます。 : 歩夢:(M)そう言って俺は泣いた。そして吐いた。 : 歩夢:おろろろろろろろろ! : 歩夢:(M)どれだけ感謝しようと、そこに愛情が込められていようと、マズい物はマズく、ゴミはゴミだった。今日のは汚物のような味だった。 歩夢:(M)でも、えづいている俺の背中をさする母の手の感触だけでお腹いっぱいだ。 歩夢:(M)けれど、俺は、きっとこの味を一生忘れないと思う。母への愛と共に。 : 0:◇5 : 歩夢:(M)とはいえ腹は減る。丸三日まともに食べず、とどめに盛大に吐き出した俺は控えめに言って衰弱状態だった。このままでは、母さんに殺されなくても普通に死ぬ。冷蔵庫の中身は案の定全滅。母さんの料理の腕がどうこうというより、食材からして傷んでいたらしい。 歩夢:(M)ちなみに母さんは自分で作った料理を食べていた。もちろん吐いたりもしていない。死者が食事をとる光景を眺めていると不思議な感情がわき上がり、やっぱりまた吐いた。 歩夢:おろろろろろろ! 歩夢:(M)何度目だろうか、もはや数えることをやめた。さておき、まともに食べれそうな物は一応見つかった。保存食として置いてあったおかゆのパウチを湯煎して食べた。味気なくはあるが胃が弱っているだろうから、こういう時にはぴったりかも知れない。 歩夢:(M)それと、母さんには悪いが、明日はレトルトのカレーにしようと思う。もうあのメシは食べたくない。 : 歩夢:(M)そうこうしていると、父さんが帰ってきた。やはりというか、父さんは死んでいた。母さんと同じようにリビング・デッドだ。いや、外から帰ってきたのだからウォーキング・デッドと呼ぶ方が相応しいかも知れない。 歩夢:(M)父さんはスーツを着ていた。仕事帰りなのだろうか? 死ぬまで働くのが人生だと父さんは言っていたが、この人は死んでからも働いているらしい。場違いにも、俺は働きたくねぇなと思ったし、言った。 : 歩夢:働きたくねぇわ。 : 歩夢:(M)すると、俺の存在に気付いた父さんは俺に駆け寄ってきた。と言ってもとてもゆっくりとした動作だった。そして腕を広げたかと思うと、ぶん殴ってきた。 歩夢:ぐおぁ! 歩夢:(M)痛かった。動きは遅いがしっかりと体重の乗った拳だった。死んだからリミッターが解除されてるのかも知れない。俺は吹き飛ばされ、テーブルをなぎ倒した。 歩夢:(M)死ぬかと思った。倒れた俺に歩み寄ると、父さんはひしっと抱き着いた。愛の拳だったのかも知れない。俺は痛みと愛に泣いた。しかし、こう言っては何だがとても臭かった。 歩夢:(M)加齢臭に死臭が上乗せされた何とも言えない匂いで、また吐きそうになったが、気合いで堪えていると母さんまでもが抱きついてきて、家族の温もりの中で俺は泣きながら吐いた。 : 歩夢:おろろろろろろろろ! : 歩夢:幸いにして、先程食べたおかゆも消化はすっかり済んでいたが、それでも食道が爛れるように痛かった。短期間に吐きすぎて癖になっているのに気が付いて俺はうんざりした。 : 0:◇6 : 歩夢:(M)その後、俺は自分が今置かれている大体の状況をテレビを通じて知った。ひとことで言えば、世界は滅んでいた。らしい。 歩夢:(M)まるで他人事のように言うがどうもそうらしい。未知のウィルス或いは人為的なウィルス兵器が蔓延して人類は死に絶え、動く死体と化したのだ。 歩夢:(M)正確には、まだ俺が生きているので死に絶えてはいないし、それは動く死体《ウォーキング・デッド》というよりかは働く死体《ワーキング・デッド》といった具合だった。 歩夢:(M)彼らは死してなお働いている。そのおかげで、電気も水道もガスも使える上、放送内容こそ酷いものだがテレビまで見られる。思えば例のオンラインゲームもその一つだった。そうして、世界は壊れながらも回り続けていた。 歩夢:(M)すっかり壊れて狂った世界に対して、俺は皮肉なことに家族との関係を修復してしまった。全て手遅れの世界の中で、間違いなく変化を手に入れ、閉塞していたはずの未来を取り戻したのだ。 歩夢:(M)これから先、どんなことが待ち受けているのかは分からないが、しばらくは頑張って生きていこうと思う。なに、死体ばかりの世界も慣れれば天国かも知れない。そんなことを考えながら俺は朝食を終えた俺は玄関へ向かうと、母さんと父さんにこう告げた。 : 歩夢:行ってきます。 : 0: 《幕》

0:◇◆◇◆◇◆◇ : 0:◇1 : 0:歩夢、ディスプレイと向かい合い、一心不乱にゲームをしている。 0:コントローラーの操作音が響く。 : 歩夢:っは! おっせぇな。こいつら舐めてんのかよ。おいおい、壁撃ってんじゃねぇよ、カス! 目ぇついてんのか? あー弱。 : 歩夢:(M)俺はゲームをしていた。もう一つの世界で電子の弾丸を撃つ。それが俺に与えられた役割だから。なんなら仕事と言いかえてもいい。 : 歩夢:……ふ。ふふ。なんかあれだな。ゾンビゲーみたいに面白いくらい死んでいくな。銃撃ってくるゾンビか。あんま無いよな。いや、あるのかな、全然あたらねぇけど。死ね! はは、もうちょいでノーダメで百キル。俺強すぎワロタ。 : 歩夢:(M)実際、俺はそこそこ強かった。世界一とは言えないが、少なくとも上位数%だ。金は貰えないが不満は無い。みんなのためにボランティアで傭兵をやっているというわけだ。 : 歩夢:てかこいつランカーだよな。前やられたときバケモンかよって思ったけど、何これ? ふざけてんのか? : 歩夢:(M)自分も楽しみながら、この世界の人々も楽しませられる、そんなやりがいのある仕事だ。 : 歩夢:……弟でもログインしてんのかな、はは、ざまぁ。 : 歩夢:(M)……いや。 : 歩夢:落ちろカス! 死ね! 死ね! 死ね! はぁ……マジ、なんだこれ。つまんね。 : 歩夢:(M)仕事だった。 : 歩夢:何かのイベントか? どいつもこいつもクソ雑魚になるってどんな手抜きイベントだよ。虚しすぎだろ。こんなのやる価値ねーわ。クソゲー確定。オワコン、オワコン。 : 0:扉がノックされる。 : 歩夢:お、メシか。ナイスタイミングだババア。 : 歩夢:(M)働いたあとに食うメシはうまい。そんな言葉を俺は笑っていた。働こうが働くまいがメシの味は変わらない。何なら、何もしなくても勝手に出てくる方が絶対に良いとさえ思う。 : 歩夢:……あ? なんだこれ? ……おえぇ。髪の毛入ってんじゃねぇかよ! くそ、あのばばぁ、ついにハゲたかよ。ストレスで? ……クソワロタ。 : 歩夢:(M)心は痛まなかった。そんなものはいつの間にかどうでも良くなっていた。人は慣れる生き物だという。苦痛や苦悩、快楽や興奮。そんなものに一々動揺するのはコスパが悪い。 歩夢:(M)使いもしないキャンプ用品や着物を後生大事に倉庫へしまっておくようなものだ。不要になれば捨てる。繰り返しの日々の中で役に立たないモノはいつか削り取られ失われていく。 歩夢:(M)人間は、社会は多分そういう風に出来ている。取捨選択こそ進化の本質だ。生存の為の真理だ。俺はそう信じている。だからこそ俺は生きるために正しい選択をしているのだ。 : 歩夢:にしても、マズいな。ババアまで手抜きかよ。あ、抜けてんのは毛か。それは草。 : 0:◇2 : 歩夢:(M)それから数日が経った。相変わらず敵は弱いし、メシはマズかった。それどころか日に日に弱くなっていくし、目に見えてマズくなっていく。最近は特に酷く、勝手に自爆したり壁に向かってめり込み続ける奴が現れたし、俺は憧れたランカーになった。そして、ゲームをやめた。引退というやつだ。 歩夢:(M)メシの方はなんとか我慢して食べていたが、昨晩、耐えきれなくなって吐いた。本当に酷かった。生ゴミみたいな味というか、生ゴミだった。ついにババアがキレたんだと思った。 歩夢:(M)その時が来たんだな。と。しかし、俺はもう何かを変えるつもりは無かった。そういう風に生きてきたから、そういう風に捨ててきたから、もう捨てられるモノは何も無かった。 : 歩夢:残ってるのは命くらいか。はは。ワロタ。 : 歩夢:(M)しかしそれだけは自分で捨てることが出来なかった。 歩夢:(M)何もかも捨てて、身軽になっているはずなのに信じがたいほどに気分は重く、俺は何も考えないようにして眠った。 歩夢:(M)何もせずとも腹は減る。腹の鳴る音で目が覚める。ドアを開けると異臭がした。ドアの前には何食分かのメシが置かれていたが、食べるまでも無く全部腐っていた。 歩夢:(M)俺はコップに入った水だけ飲んでそっとドアを閉じる。 歩夢:(M)流石におかしいとは思った。嫌がらせやボイコットのつもりなら、そもそも食事を運ぶ必要は無い。なのにババアは……母はメシと呼ぶのもおぞましいソレを、毎食運んでくるらしい。そして奇妙なのは、ソレが一応料理された何かであるということだ。 歩夢:(M)腐敗しているのはそうなのだが、刻んだり炒めたりしたものが皿に盛り付けられている。醤油やドレッシングがかけられている。何がかかっていてもゴミはゴミだが、そこに愛情がかけられているような気がした。 歩夢:(M)ならばとうとう心を病んでしまったのかも知れない。罪悪感は湧かなかった。嫌悪も、安堵も。けれどただ、空虚感だけがそこにあった。 : 0:◇3 : 歩夢:(M)ゲームもせず食事も摂らず、多分三日は経っただろうか。逃避して眠ることと空腹に耐えられなくなった俺は外に出ることにした。 歩夢:(M)人間は慣れると言ったが、流石にこの異常事態には慣れなかった。 歩夢:(M)部屋を出る。 歩夢:(M)その前に、少し気になって俺はゲームをつけてみた。ゲームの中の世界は地獄だった。敵も味方も区別無くプレイヤー達は無秩序な動きを見せていた。それはどうやら他のゲームでも起こっている現象らしく、オンラインゲームはもはや、まともに遊べる状態では無かった。 歩夢:(M)そういった状況にもかかわらず、何故かマッチングだけはするというのも、不思議だった。いや、はっきりと言って不気味だった。俺は違和感を越えた怖気を自覚した。そして確信した。 歩夢:(M)絶対にイベントなどでは無い。何かが起こっているのだと。 : 歩夢:おいおい……! どうなってんだよ、これ。 : 歩夢:(M)俺はSNSを開いた。外界への興味が失せ、長らく使っていなかったため、仕様が若干変わっていることにまず気が付いたが、そんなものは驚くに値しない。それ以上の理解不能がそこには広がっていた。 歩夢:(M)そういえば、偶然生命が生まれる確率は、猿にタイプライターを叩かせてシェイクスピアが書き上げるくらいだとかいうジョークなのかコピペなのかを見たことがあるが、俺の目の前には丁度そんなシェイクスピアの果敢な挑戦の跡が無数にあった。 歩夢:(M)曰く「遺憾べaよるとあいあいおおおおお@花ミサ?都営小村井♡ytすてれイイク井らい、モダン焼5だP昨日そ。ですねrももy121111)ア料亭#米良わ!」といったような投稿が総理大臣から発信されているのを見つけた。 歩夢:(M)大凡全ての投稿がそんな具合で、どれだけスクロールしてもまともなモノは見つからなかった。大手ニュースサイトも似たような状態で「伊すてA春!キャベツ」という見出しで紛れ込んでいるポルノ画像を見つけて俺はそっと閉じた。 : 歩夢:一体、何が起こってるんだよ……? : 0:◇4 : 歩夢:(M)ドアを開けて外に出た。廊下には腐臭が充満していた。腐敗したメシの残骸のせいだろう。俺は吐きそうになった。 : 歩夢:……おろろろろろろろ。 : 歩夢:(M)吐いた。 歩夢:(M)廊下に出ること自体は久しぶりでは無かった。俺の部屋は二階にあり、同じフロアのトイレに行くために何度も出ている。しかし、今まで一階に降りる気は起きなかった。そういう衝動はずっと眠ったままだ。 歩夢:(M)そして、今日目覚めたのだろう。俺は寝ぼけた足取りで階段を降りる。奈落の底へと続いてるように感じた。それを感じさせたのは、今まで外界を拒絶してきた心理的抵抗に因るもの、では無かった。 歩夢:(M)それが全くないとは言えない。加えて運動不足も遠因ではあるけれど、何よりそれを引き起こしたのは端的に、匂いだった。 : 歩夢:何の、匂いだよ……? : 歩夢:(M)これまでの人生で嗅いだことの無い匂いだ。それは、廊下の残飯が発する匂いに似てはいたが、どこか異質で、無条件で逃げ出したくなるような、言うなれば本能的な忌避感を生じさせる匂いだった。 : 歩夢:はは。……本能なんて残ってたことに驚きだわ。 : 歩夢:(M)足が竦む。けれど、その原因を確かめなければいけないと感じさせるのもまた本能だ。逃避行動は危険から遠ざかるためにあるが、適切に遠ざける為にはそれを知る必要がある。 歩夢:(M)俺は鼻が曲がり吐き気を無限に生じさせ匂いを辿った。そしてその扉の前に立った。 : 歩夢:リビング。 : 歩夢:(M)やっぱり、という感じがした。俺はこの扉の向こうにその匂いの元があると確信している。把手を握り、開いた。風が吹くように、耐え難い匂いが直接鼻腔を刺した。 : 歩夢:は……!! : 歩夢:(M)が、匂い以上の刺激が先に理解不能を脳に叩きつけた。人間の知覚において八割のシェアを持つと言われる視覚情報が我先にと、飛び込んできたのだ。 : 歩夢:(M)リビングには、死体が座っていた。 歩夢:(M)その死体が誰なのか俺は理解していた。髪は薄くなり、肉が奇妙にそげ落ちているが、衣服の様子や体格、そして、 : 歩夢:母、さん。うっ――! : 歩夢:(M)俺の口からゲロと共に零れだした声がそれを肯定した。 歩夢:(M)母さんの死体が座るリビングで俺は吐き続け、嗚咽に混じって涙が溢れた。 歩夢:(M)まだ残っていたんだ。そう思う心はとうに涸れていると思った。どうしてこんなことになったのだろう、誰に殺されたのだろう。そんな疑問が形を持つ前に、状況が変化した。 歩夢:(M)もう変化しない。そう思っていた。故に俺はもう変わることは出来ないのと同じように、死んだら終わりなのだという常識が、目の前で母の姿を象り終わりを告げた。 : 歩夢:……な! か、かあさん……? : 歩夢:(M)死んだはずの母が椅子から立ち上がり、俺に歩み寄ってきた。俺は動けなかった。目が離せなかった。落ち窪んだ眼窩に嵌まった眼球はぶよぶよで触れば溶け落ちてしまいそうで、光を宿していない死人のもの。まさか生きている筈など無いにも関わらず、死者は、彼女は、母は、動いた。それはあたかも―― 歩夢:(M)リビング・デット。 歩夢:(M)リビングだけに。そんな言葉が頭を過ぎったが、冗談では無い。息を吹き返した母は、……呼吸はしているらしい母は、言葉にならない声も伴いながら、俺の前に立った。 歩夢:(M)対する俺は声も失い、膝をついた。絶望によってだろうか、それとも安堵なのだろうか。俺には分からなかった。しかし、俺は成り行きを任せることにした。母に、或いは天に。 歩夢:(M)母は腕をゆっくりと広げ俺に覆い被さった。殺されると思った。そしてやはり俺は安心していた。母さんがこうなった以上、俺はどうしたって生きていけない。そんな思いがあったわけでは無い。衝動的に、或いは本能的にそれが正しい、自然の摂理なのだと思う。 歩夢:(M)眼前には摂理に逆らう死者がいるというのに。 歩夢:(M)俺はその時を待った。即ち終わりを。けれど、いつまで経ってもその時は来ず、変化は訪れなかった。 : 歩夢:母さん……? : 歩夢:(M)母さんは、何も言わず、いや、何かうなり声のようなモノを上げたり息を吐いたソレが言葉のように聞こえたりはしているが、ただ、俺に覆い被さったままだった。いや、それは抱きついているのだろうと気がつく頃には、俺は泣いていた。声を上げて。 : 歩夢:……うぅ、母さん、ごめん、ごめん、母さん、ごめん―― : 歩夢:(M)何に対する謝罪なのかも分からない、けれど俺は泣いて謝ることしか出来なかった。母さんは泣きじゃくる幼子をあやすように、背中を冷たい手でさすっていた。 歩夢:(M)その頃には、忌避的な匂いも気にならなくなっていた。人は慣れる生き物だ。こんな状況にも俺は慣れてしまい、どれくらいの間そうしていたのだろう、母さんが抱くのをやめるまでそうしていた。 歩夢:(M)抱きしめる冷たい体は温かく感じ、部屋の前の腐った食事のことを思い出した。死して尚、母は俺に食事を与えてくれようとしていた。その事実に、俺はまた泣いた。 : 歩夢:(M)しばらくすると、母さんはキッチンに向かい料理を始めた。その様子を眺め、俺はまた泣いた。そして、配膳された料理を前に俺は手を合わせる。同じテーブルで、こうして向かい合って食事をとるのなんて何年ぶりだろう。俺はもう、ずっと泣いていた。 : 歩夢:いただきます。 : 歩夢:(M)そう言って俺は泣いた。そして吐いた。 : 歩夢:おろろろろろろろろ! : 歩夢:(M)どれだけ感謝しようと、そこに愛情が込められていようと、マズい物はマズく、ゴミはゴミだった。今日のは汚物のような味だった。 歩夢:(M)でも、えづいている俺の背中をさする母の手の感触だけでお腹いっぱいだ。 歩夢:(M)けれど、俺は、きっとこの味を一生忘れないと思う。母への愛と共に。 : 0:◇5 : 歩夢:(M)とはいえ腹は減る。丸三日まともに食べず、とどめに盛大に吐き出した俺は控えめに言って衰弱状態だった。このままでは、母さんに殺されなくても普通に死ぬ。冷蔵庫の中身は案の定全滅。母さんの料理の腕がどうこうというより、食材からして傷んでいたらしい。 歩夢:(M)ちなみに母さんは自分で作った料理を食べていた。もちろん吐いたりもしていない。死者が食事をとる光景を眺めていると不思議な感情がわき上がり、やっぱりまた吐いた。 歩夢:おろろろろろろ! 歩夢:(M)何度目だろうか、もはや数えることをやめた。さておき、まともに食べれそうな物は一応見つかった。保存食として置いてあったおかゆのパウチを湯煎して食べた。味気なくはあるが胃が弱っているだろうから、こういう時にはぴったりかも知れない。 歩夢:(M)それと、母さんには悪いが、明日はレトルトのカレーにしようと思う。もうあのメシは食べたくない。 : 歩夢:(M)そうこうしていると、父さんが帰ってきた。やはりというか、父さんは死んでいた。母さんと同じようにリビング・デッドだ。いや、外から帰ってきたのだからウォーキング・デッドと呼ぶ方が相応しいかも知れない。 歩夢:(M)父さんはスーツを着ていた。仕事帰りなのだろうか? 死ぬまで働くのが人生だと父さんは言っていたが、この人は死んでからも働いているらしい。場違いにも、俺は働きたくねぇなと思ったし、言った。 : 歩夢:働きたくねぇわ。 : 歩夢:(M)すると、俺の存在に気付いた父さんは俺に駆け寄ってきた。と言ってもとてもゆっくりとした動作だった。そして腕を広げたかと思うと、ぶん殴ってきた。 歩夢:ぐおぁ! 歩夢:(M)痛かった。動きは遅いがしっかりと体重の乗った拳だった。死んだからリミッターが解除されてるのかも知れない。俺は吹き飛ばされ、テーブルをなぎ倒した。 歩夢:(M)死ぬかと思った。倒れた俺に歩み寄ると、父さんはひしっと抱き着いた。愛の拳だったのかも知れない。俺は痛みと愛に泣いた。しかし、こう言っては何だがとても臭かった。 歩夢:(M)加齢臭に死臭が上乗せされた何とも言えない匂いで、また吐きそうになったが、気合いで堪えていると母さんまでもが抱きついてきて、家族の温もりの中で俺は泣きながら吐いた。 : 歩夢:おろろろろろろろろ! : 歩夢:幸いにして、先程食べたおかゆも消化はすっかり済んでいたが、それでも食道が爛れるように痛かった。短期間に吐きすぎて癖になっているのに気が付いて俺はうんざりした。 : 0:◇6 : 歩夢:(M)その後、俺は自分が今置かれている大体の状況をテレビを通じて知った。ひとことで言えば、世界は滅んでいた。らしい。 歩夢:(M)まるで他人事のように言うがどうもそうらしい。未知のウィルス或いは人為的なウィルス兵器が蔓延して人類は死に絶え、動く死体と化したのだ。 歩夢:(M)正確には、まだ俺が生きているので死に絶えてはいないし、それは動く死体《ウォーキング・デッド》というよりかは働く死体《ワーキング・デッド》といった具合だった。 歩夢:(M)彼らは死してなお働いている。そのおかげで、電気も水道もガスも使える上、放送内容こそ酷いものだがテレビまで見られる。思えば例のオンラインゲームもその一つだった。そうして、世界は壊れながらも回り続けていた。 歩夢:(M)すっかり壊れて狂った世界に対して、俺は皮肉なことに家族との関係を修復してしまった。全て手遅れの世界の中で、間違いなく変化を手に入れ、閉塞していたはずの未来を取り戻したのだ。 歩夢:(M)これから先、どんなことが待ち受けているのかは分からないが、しばらくは頑張って生きていこうと思う。なに、死体ばかりの世界も慣れれば天国かも知れない。そんなことを考えながら俺は朝食を終えた俺は玄関へ向かうと、母さんと父さんにこう告げた。 : 歩夢:行ってきます。 : 0: 《幕》