台本概要

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タイトル 良い奴は。
作者名 音佐りんご。  (@ringo_otosa)
ジャンル コメディ
演者人数 4人用台本(男3、女1)
時間 50 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ◇あらすじ◇
親や家族はおらず、生きる為には悪事にも手を染めていた少年だったが、悪党に命を狙われる。しかし、死にかけていたところを善良な少女に救われ、ともに暮らすようになり家族を得る。が、幸せな時間は続かず、少女は命を落とし、少年は復讐を誓う。
暴力描写や過激な表現がありますので注意。

※ 登場人物の年齢は初登場時点。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ウルフ 173 黒川 狼歩(くろかわ うるふ)十六歳 父は物心つく前に行方不明。母とは死別。
スズメ 107 白坂 鈴芽(しらさか すずめ)十八歳 本物の家族を求め、行き場のない子供などを拾う。お人好し。
トラ 55 赤村 允緋琥(あかむら みつひこ)二十八歳 純粋な悪人。なかなかのクズ。途中、発音が不明瞭となる為台詞に(※)で訳が振られます。
キツネ 96 青島 狐太郎(あおしま こたろう)十三歳 キツネ:鈴芽の選んだ本物の家族の一人。秀才。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:◆◇◇ 0:※(M)モノローグ : ウルフ:(M)良い奴は早く死ぬらしい。 : 0:息を切らせ、路地裏を駆ける男、ウルフ。 : ウルフ:はぁ、はぁ……っ!  : 0:それを追いかける男、トラ。 : トラ:待てやクソガキぃ! : 0:ウルフの身体には打ち身や切り傷、火傷の跡がある。 : ウルフ:(M)そして俺は札付きの悪ガキだった。 ウルフ:(M)盗みやたかりは挨拶みたいなもので、いつだって言葉よりも先に手が出たし、口を開けば飛び出すのは脅し文句か欺きだ。 : 0:追いかけられるウルフ、袋小路に迷い込む。 : ウルフ:行き止まりっ! トラ:かははっ、お散歩楽しかったかよぉ、ワンちゃん? ウルフ:くそ……っ! トラ:逃げ切れると思ってた? 俺の庭でよぉ! ウルフ:っく……だぁぁああっ! : 0:ウルフ、エアコンの室外機を踏み台に、欠けたタイルを掴んで建物の壁をよじ登る。 : トラ:っ! てめぇ、ざっけんな! 壁登るとかサルかよクソがっ! ウルフ:はぁ、はぁっ! トラ:おい、畜生がよぉ! ウルフ:ぅう……はぁ、はぁ……っ! トラ:っくそ、落ちろや! : 0:トラ、足下に落ちていたコンクリート片をウルフに向かって投げつける。 0:ウルフの頭に命中して、血を流す。 : ウルフ:っぐ! トラ:へへっ! 命中! あぁ? はぁ、しぶてぇなこのカス! っはは! おらっ! おらぁ! 落ちろ! 死ね! : ウルフ:(M)絶対に死んでたまるか。 : トラ:マジ手間かけさせんなよ黒川くぅん! あぁ! : 0:ウルフ、トラの投げつけるコンクリートや缶、生ごみなどに耐え続ける。 : ウルフ:(M)生きて生きて生き続けてやる。 : トラ:はぁ、はぁ……くそっ、粘ってんじゃねぇよこのゴミ野郎! : ウルフ:(M)その為なら、俺は何でもした。 : トラ:時間稼ぎのつもりか? 無駄だ無駄! : ウルフ:(M)奪い、壊し、傷つけ、否定した。 : トラ:誰がお前みたいなやつ助ける? てめぇに逃げ場なんてねぇんだよぉ! : ウルフ:(M)悪人は死なないと俺は知っていたからだ。 : トラ:ゴミ溜めから湧いて出てきた野良犬がよぉ! : ウルフ:(M)俺の父親がそうだった。 : トラ:シカトこいてんじゃねぇよボケが! おらぁ! なんとか言えや黒川ぁ! : ウルフ:(M)そして、善人は騙されてあっさりと死ぬ。 : トラ:諦めてさっさとくたばれや! : ウルフ:(M)俺の母親が――。 : トラ:てめぇのバカなお袋みてぇによ! かははっ! : ウルフ:(M)そうだった。 : トラ:可哀想になぁ、あの女。 : ウルフ:(M)俺は生きるために悪人になり、悪人になったから生き続けた。 : トラ:それなりに良いツラだったのに、最期は……ッヒッヒ! : ウルフ:(M)それでも、下手を打てば死ぬ。 : トラ:それもこれも、こんなデキの悪いカスのガキこさえちまったばっかりによぉ? : ウルフ:(M)俺より悪い奴など腐るほどいるからだ。 : トラ:拾ってやった恩も忘れて逃げ出すなんてよぉ? 大人しく組織に飼われてりゃいいものを。やっぱ親不孝者のゴミだぜおめぇはよ。てか、どう足掻いてもゴミの子はゴミってことだなぁ? 所詮ツラだけのアバズレ。頭の中はお粗末で、騙されて使い潰されるしか能の無い……お? どしたどした? : 0:ウルフ、壁にしがみついたまま振り返り、トラを睨む。 : ウルフ:…………っ! トラ:なになになに? 怒っちゃってんの? 顔こっわ。ヒヒヒ! てかさ、俺思ってたんだけど、てめぇも、あのゴミ女に似てツラだけは良いんだからうまくいったら売れるかもだよな? あー、俺天才じゃね? ヒヒ、降りて来いよ? 俺優しいからさぁ、今なら殺さないでおいてやるよ。変態共のおもちゃになるんだったらな? よかったじゃん、母ちゃんの仕事と同じことして親孝行できるなぁ、黒川? ぎゃはははは! ウルフ:赤村ぁっ! : 0:ウルフ、壁面からトラに跳びかかる。 : トラ:……赤村『さん』だろうが、クソガキ。 : 0:トラ、難なく躱し、ウルフの首根っこを掴んで地面に引き倒す。 : ウルフ:な……っ⁉ っぐ! トラ:やっぱ馬鹿だろお前。飛び降りて不意を突いたとでも思った? いつまでも降りてこねぇから煽ってやったんだろうが。 ウルフ:く、そ……。 トラ:いや、クソはだからお前だって。クソの癖に半端に情なんて持つから、こうして地面にクソみてぇに転がる羽目になってんの。分かる? ま、分かんねぇよな。クソ馬鹿だもん。ひゃはは。……はぁ。大人しく、命令通り殺せばよかったのにな、マジ、馬鹿なガキだ。 ウルフ:はぁ、はぁ……。 トラ:で、どうするよワンちゃん。『お肉屋さん』か『おもちゃ屋さん』どっちがお好みだ? 特別に選ばせてやるよ? ヒヒッ俺ってやっぱ優しいなぁ。 ウルフ:願い……、下げだ、クソ野郎っ! っぺ! トラ:……あーあ。人に親切にされたらありがとうだろ? 何ツバとか吐いちゃってんの? ママにそんなことしちゃダメって習わなかった? あぁ、習ってるわけないよなぁ、おめぇのママ馬鹿だもん。だからおめぇも馬鹿だよな。んで、馬鹿は死ぬか俺みてえに賢い奴の食いもんにでもなってりゃいいんだよ、このゴミがよぉ! : 0:トラ、ウルフの顔を地面に打ちつける。 : ウルフ:っぐ! トラ:あーあ、顔凹んじゃったねぇ。ま、元々傷物だったけどよ。これでおもちゃの線は無くなった? いやぁもっとえげつない変態に売れちまうかなぁ? ヒヒッ!  それとも俺が直々にここで精肉してあげてもいいけどよぉ。粗挽きってやつ? ま、好きな方選べよ黒川くぅん? ウルフ:し……、 トラ:うん? ウルフ:……ね。 トラ:……人に死ねとか言っちゃいけませんって、習わなかったのかなぁ⁉ 黒川くん! おらっ! ウルフ:がはっ! トラ:この! ウルフ:ぐがぁ! トラ:うっぜぇんだよ! さっきからよぉ! この! 死ねや!  : ウルフ:(M)そして、俺は汚物のような悪人に掴まれて、顔面で路地裏のゲロ臭い地面にキスしながら、この世と地獄の間を彷徨い、そのゴミみたいな一生を終えようとしていた。 : トラ:クソガキがぁ! 死ねぇぇぇ! : ウルフ:(M)そんな時、あの女が現れた。 : スズメ:すぅ……えい! : 0:背後からスズメがトラの後頭部をブロックで殴打する。 : トラ:だぁ……っ⁉ : トラ、昏倒。 : スズメ:ふぅ……。 ウルフ:……え? スズメ:危ないところだったね。 : ウルフ:(M)それはいくらか年上の、色が白くて線の細い、いや痩せこけた女だった。 : スズメ:怪我はない? ウルフ:……無い、ように……見えるか……っ? スズメ:うーん……寧ろ怪我しか見えないね。 ウルフ:……はぁ……。 スズメ:で、このおじさん、何? 私、咄嗟に、殴っちゃったけど……。生きてるよね……? これ? : 0:間。 : ウルフ:……さぁ? スズメ:……え、やっば、私ほんとにやっちゃった……? どうしよう⁉ 私、ひ、人殺し……⁉ ど、どうしようこのままじゃ私……! ウルフ:……いや、落ち着――。 スズメ:バイトクビになる! : 0:間。 : ウルフ:……サイコかよ、あんた。 スズメ:え、最高だって? 照れるなぁ。 ウルフ:…………。 スズメ:ま、いいや。 ウルフ:……何が? スズメ:んー? 店長セクハラしてくるし、給料もよくないし。そろそろ潮時かなって。 ウルフ:……あんた、さぁ……。 スズメ:どしたの?  トラ:…………っぐ……ぅ…………。 : 0:と、気を失っているトラが身動ぎする。 : ウルフ:……っ! スズメ:あ、よかった! 生きてるみたいだね。 ウルフ:いっそ、死んだ方が……良い奴だけど。 スズメ:もう! そんなこと言ったらダメなんだからね? ウルフ:あんたが、言う? 殴り殺そうとした、くせに。 スズメ:いやいや殺そうとなんて、私! ただ、これで「ぽこん!」ってしたら「あいたー!」って言って倒れるかなって。 ウルフ:……ふざけてんのか? スズメ:えぇ? 私、いつも真面目だよ? 「それだけが取り柄よね、白坂さんって」って、チーフの緑ヶ丘さんによく言われるもん、私。 ウルフ:……辞めちまえ、そんなバイト。 スズメ:駄目だよ、それは。 ウルフ:なんで……? スズメ:雛子(ひなこ)と竜馬(りょうま)と雲雀(ひばり)と寧々子(ねねこ)と狐(こ)太郎(たろう)と鷹雄(たかお)と犬(けん)太(た)と湖(こ)亜羅(あら)と蜂之(はちの)介(すけ)と朱鷺音(ときね)は私が養わなきゃだから。 ウルフ:え……? スズメ:それに……。 : ウルフ:(M)女は困ったような泣きそうな顔で、俺に手を差し出した。 : スズメ:今まで大変だったね、私があなたの居場所になるよ。 ウルフ:いや、何がだよ……? スズメ:行くところ、ないんでしょ? 分かるよ、そういうの。 : ウルフ:(M)頭がわいているのかと思ったが、 : スズメ:私もそうだったから。 ウルフ:……あっそ……。 スズメ:うん。 ウルフ:……でも、絶対後悔するぞ? スズメ:どうして? ウルフ:面倒ごとに、巻き込むことに、なる。 スズメ:そうなの? ウルフ:決まってんだろ……。俺にかかわると、不幸になる、みんな。 スズメ:そっか。でもね? 私思うんだ。 : ウルフ:(M)もちろん俺は、 : スズメ:面倒ごとも、不幸も、全部一緒に乗り越えるのが家族だって。私は、選べなかった本当の親とかいうやつに捨てられたから、本当の家族は、選びたいの。もちろん、君が私を選んでくれたら、だけどね。……どうする? : ウルフ:(M)手を取った。 : スズメ:ふふ。ありがと。それに後悔なんてしないし、させないよ? だからみんなで一緒に幸せ見つけていこ? : ウルフ:(M)この女の家に転がり込めば身の安全は守れるし。逃げる時に金を盗めば当面生活にも困らない。 : スズメ:そういえば、名前、なんていうの? ウルフ:……黒川……ルフ。 スズメ:え? なんて? ウルフ:ウルフ。 スズメ:ウルフ? って、あおーん。の……狼? ウルフ:狼が歩く、で、ウルフ。……んだよ、それ。馬鹿にしてるだろ。 スズメ:ううん、かわいいなって。 ウルフ:か、わいくねぇし……。あんたは? スズメ:ちゅんちゅん。 ウルフ:……は? スズメ:鈴に芽が出るでスズメさんです。 ウルフ:白坂鈴芽? スズメ:あれ? 私、苗字言ったっけ? ウルフ:さっき緑ヶ丘がどうとか言ってただろ。 スズメ:すっご、よく憶えてるね! ウルフくんって頭いいんだ! えらいえらい。 : 0:スズメ、ウルフの頭を撫でる。 : ウルフ:や、やめろ、頭さわんな! スズメ:ふふ、照れちゃって。かわいい。 ウルフ:照れてねぇし……! スズメ:てか、頭ベッタベタだね、血で……。血で⁉ 大変、怪我してるじゃん! ウルフ:最初に言っただろ……。 スズメ:早く手当しないと! 来て! : スズメ、ウルフの手を引く。 : ウルフ:なっ、どこ行くんだよ……! スズメ:決まってるじゃん。 : ウルフ:(M)女は、微笑んだ。 : スズメ:我が家だよ? ウルフ:我が家……? スズメ:そうだよ。これから一緒に暮らすんだもん。 : ウルフ:(M)その見慣れた善人顔は、俺の心に安らぎを与えた。 : スズメ:ね? 新しい弟くん。 : ウルフ:(M)いかにも騙しやすそうで。 : 0:廃墟のような雑居ビル『スズメの家』の前。 0:スズメに手を引かれるウルフ。 : スズメ:もうすぐ着くよー。平気? よく頑張ったね、えらいえらい! ウルフ:だ、か……ら、それ、や、め……ろ……て。 スズメ:大変、足ふらふら……! もうちょっとだから! うち七階だから、頑張って上ろ! 何故かここエレベーターないし! 天国行くつもりで、死ぬ気で! ウルフ:いや、ふざけ……、死……ぬ、わ……。 : 0:ウルフ、気を失う。 : スズメ:あ、ちょっとウルフ? あ、し、死なないで! できたばっかりの弟を、私こんなところで亡くしちゃうの⁉ 待って待って! お姉ちゃんを置いていかないで! せ、せめてうちに上がってから死んで! 畳の上で! 私家族は畳の上で見送りたいの! ……って、うちボロい雑居ビルだから、和室なんて無いけど! あ……! ウルフ! ウルフ! ……ウルフぅぅぅ! あおぉぉぉん……! ウルフ:……やっぱ、馬鹿に……てんだろ……。 スズメ:あ、生きてた! まだ! ウルフ:て……めぇ……。 : 0:ウルフ、再び気を失う。 : 0:◆◆◇ : ウルフ:(M)女は怪我の手当てをすると、拾った俺に甲斐甲斐しく世話を焼いた。 ウルフ:(M)そして俺は次第に回復し、女はますます痩せていった。 ウルフ:(M)それは時に、自分の食事より俺のことを心配していたせいか。 ウルフ:(M)いや、より正確には――、 : スズメ:紹介するね。料理が得意だけどなかなか作ってくれない雛子(ひなこ)、野球が上手だけどサッカーやってる竜馬(りょうま)、本ばっかり読んでる雲雀(ひばり)、整理整頓の鬼の寧々子(ねねこ)、照れ屋さんで心の優しい狐(こ)太郎(たろう)、花が好きだから花屋さんでバイトしてる鷹(たか)雄(お)、買い物上手で人懐っこい犬太(けんた)、ダンサー目指してるお洒落さんの湖(こ)亜羅(あら)、歌がプロ並みでピアノも弾けるけど絵は独特な蜂之(はちの)介(すけ)、たまにしか笑わないけど笑うとめっちゃ可愛い朱鷺音(ときね)。 : ウルフ:(M)そんな、自分よりも、大切な『家族』を優先している。 : スズメ:そしてなにより、パーフェクトに可愛くて、アメイジングに頼れるみんなのお姉ちゃん。鈴芽ちゃんです! ウルフ:……自分で言うのかよ。アメイジング……? スズメ:だって誰も言ってくれないからね! ウルフ:自称かよ……。 スズメ:でも、みんなにそう言われるように頑張ってるのはほんとなんだよ。 ウルフ:あっそ。 スズメ:うん。だから、ウルフもアメイジングに頼ってくれていいんだよ? ウルフ:…………。 スズメ:だって、私たちは『家族』なんだからね。えっと、目つきが悪くてぶっきらぼうだけどよく見たらイケメンの狼歩! ウルフ:絶対、馬鹿にしてるだろ。 スズメ:馬鹿になんてしてないよ? ただ、私は愛してるだけだよ。 ウルフ:あ、愛……? スズメ:うん、家族愛。これからもっともっと、ウルフの色んな良いところを見つけていくから、覚悟してね? : ウルフ:(M)胸くそ悪いくらいの善人だ。 : キツネ:「は? 僕、お前のこと兄だとか認めないから。」 : 0:二年後。 0:廃墟のような雑居ビル『スズメの家』。 0:スズメとキツネが並んで内職をしている。 0:スズメは以前よりかなり痩せている。 : スズメ:なんて言ってたのが懐かしいくらい。 キツネ:は? スズメ:最近はべったべただよね狐太郎? キツネ:な、何の話だよ、姉さん。 スズメ:二人の話。 キツネ:……誰と、誰の、話かな? スズメ:うん? キツネ:心当たり無いんだけど……? スズメ:はぁ……。みんなが仲良しで居てくれるのはとっても嬉しいんだけど、代わりに私からは離れて行っちゃったのが、複雑だよね。 キツネ:無視すんなよ! スズメ:お姉ちゃんとしては。 キツネ:おい! スズメ:ねぇ、幸せ? キツネ:は? な、何が。 スズメ:狐太郎は今、幸せ? : 0:間。 : キツネ:……さぁ。不幸せでは、ない、と思うよ。 スズメ:ふぅんそっか。 キツネ:……うん。……その、あ、りが—— スズメ:――じゃあ、狐太郎がもっと自信持って幸せって言えるように、お姉ちゃんもっともっと頑張らないとね! キツネ:頑張んな病人! スズメ:し、失礼な! もう直ったもん! キツネ:直ってないよ、身体は多少元気になった『つもり』かも知れないけど、本当なら入院してるような身体なんだぞ? スズメ:そ、それは……。 キツネ:しかもそれ以上に姉さんの場合は、心が危ういんだよ。 スズメ:お、お姉ちゃんのことをそんな心を病んでるみたいに! 私、そんな弟に育てたつもりありません! キツネ:つもりはなくとも、積もり積もってそう育ったんだよ。無茶ばっかしやがって。その背中見てたら、嫌でもこんなんなるんだよ。分かる? スズメ:え、え……? キツネ:この際だから言わせてもらうけどさ「家族は一緒に苦しみを乗り越えて、幸せになるものなんだよ?」とか言うくせに、ぜーーーーんぶ、一人で抱え込むの何? スズメ:そ、その……、あははは、お、お姉ちゃんとして、みんなに苦労は掛けられな—— キツネ:あのさ、何回も言ってるよね? 僕らだっていつまでも守られるだけの子供じゃないんだけど? スズメ:わ、私の中ではみんなはいつまでも可愛い子供だから! キツネ:それ、スズメの中だけの話でしょ? 妄想と愛情と支配欲を混同して押し付けんのやめてくんない? スズメ:ひ、ひどい⁉ 狐太郎そんなこと思ってたの……っ! キツネ:思ってたけど? みんな。あの犬太ですら言ってたし。というか、スズメはいつも「私、頼れるお姉ちゃん!」みたいな顔してるけど、実際全然頼りにならないからね? 掃除も洗濯も料理も買い物も来客対応もできない、凄まじいポンコツじゃん。 スズメ:ポン……⁉ みんなひどい! こんなに頑張ってるのに! お姉ちゃんもう泣いちゃうんだから! キツネ:だから頑張んなって言ってんの! わかんないかな? 何が泣いちゃうだよ、過労で倒れてみんなにめちゃくちゃ心配かけたのまさかもう忘れた? スズメ:うっ……。 キツネ:お金もかかったし。ただでさえ生活苦しいのに……。 スズメ:だから、それは、頑張って働いて……。 キツネ:で、また倒れるつもり? スズメ:うっ……。 キツネ:何回も繰り返すつもり? 無理して倒れたこと自体忘れちゃってんの? スズメ:そんなの……忘れるに決まってるでしょ! キツネ:……は? スズメ:みんなのこと考えてたら、私、どんな疲れも忘れちゃうんだから! キツネ:…………この馬鹿姉は。 スズメ:っば⁉ キツネ:馬鹿は風邪ひかないっていうけど、風邪に気付かないんだよ。 スズメ:え? でも、私風邪ひいたことないよ? あ、いや、あれ? ってことは……私って馬鹿なのかな? え、でもでも……うん? キツネ:馬鹿で間違いないし、風邪もひいたことあるから安心してよ。というか、その時も倒れてたし。 スズメ:そっか、よかった! ……いやよくないよ⁉ っていうか、え? そうだっけ、記憶にないんだけど……。 キツネ:記憶残らないくらい重傷だったんだよ……。 スズメ:マジかー。 キツネ:それ以来みんな「この人はほんとに危ない人なんだな」って思うようになったし……。いや、初めて会った時から、ヤバイ女だとは思ってたんだけど。 スズメ:は、初耳! ヤバイくらい良い女とかじゃなくて⁉ キツネ:なんだその褒め方。嬉しいのか、それ。少なくとも僕はヤバイ女だと思ってたね。 スズメ:えー……今は? キツネ:ヤバイくらいヤバイ女。 スズメ:悪化してる⁉ キツネ:だから悪化してんだよ。 スズメ:そ、そんなことないもん! お姉ちゃんいつも頑張って……! キツネ:頑張んなっつってんだろうが! 堂々巡りなんだよ! 何回やるんだこのやり取り! というか、僕の内職勝手に手伝おうとするのやめろ! 寝てろ! スズメ:でもでも、二人でやった方が早いし! キツネ:いや、寧ろ余計なひと手間増やされて効率落ちてんだよ。 スズメ:そ、そんな人を足手纏いみたいに……! キツネ:そう言ったんだけど? スズメ:小太郎ぉ……っ! : 0:スズメ、キツネの髪をくしゃくしゃと撫でる。 0:そこに、ウルフが帰ってくる。 : ウルフ:またやってんのか? ほんと仲良いな。 キツネ:ウルフ! スズメ:そうそう、仲良しなの! おかえりー! ウルフ:あぁ……その、ただいま。 スズメ:ふふっ。 ウルフ:何笑ってんだよ。 スズメ:いやぁ、未だにただいまって言うの恥ずかしがっててかわいいなって、お姉ちゃんは思っただけだよ? ウルフ:う、うるせぇな……。それより、お前、何狐太郎の邪魔してんだよ。 スズメ:な! お手伝いだよ! 寧ろ狐太郎が私のお手伝いしてるみたいな! キツネ:邪魔しかしてない。 スズメ:ひどい⁉ ウルフ:寝てろって言われただろ、医者に。 スズメ:言われたけど聞くとは言ってないし。 ウルフ:子供かお前。 スズメ:大人ですぅ。 キツネ:そんなこと言う大人っている? スズメ:いますぅ。というかウルフ、さっきから、お前じゃなくてお姉ちゃんって呼ばなきゃダメでしょ? なんか、むかつくんですけど。 ウルフ:あー、悪かったな。スズメ。 スズメ:あ、姉を呼び捨て! この不良! ウルフ:いや、そうなんだけどさ。狐太郎も普通に呼び捨てしてることあるだろ。 スズメ:狐太郎は私よりしっかり者だから特別なの! キツネ:……自覚あったんだ。 スズメ:もちろん! 私を誰だと思ってるの? 狐太郎の次にしっかり者の鈴芽お姉ちゃんだよ? キツネ:そっちは自覚無いんだ……。 ウルフ:はははっ。 : ウルフ:(M)あれから二年。 : スズメ:あ! いま笑った! キツネ:ウルフが笑うなんて、珍しいね。 : ウルフ:(M)俺はその暮らしを心地よく感じ始めていた。 : スズメ:うんうん、いつもむすっとしてるもんねー。 : ウルフ:(M)失った物を取り戻すような、 : スズメ:……ねぇ、ウルフ? : ウルフ:(M)そんな、 : スズメ:ウルフは今、 : スズメ:幸せ? ウルフ:(M)幸せな日々。 スズメ:……そっか、うん。だって私言ったでしょ? : ウルフ:(M)しかし、それは。 : スズメ:後悔、させないって。 : ウルフ:(M)やはりというべきか、 : 0:何かが砕ける音。 : ウルフ:(M)長くは続かなかった。 : 0:◆◆◆ : ウルフ:(M)やっぱり、良い奴は早く死ぬらしい。 : 0:五年後。 0:廃墟、かつての『スズメの家』。 0:キツネが酒の瓶に火薬を詰めている。 0:扉もない玄関で靴を脱ぎ、ウルフが入ってくる。 : キツネ:……お帰り、ウルフ。 ウルフ:ただいま、狐太郎。 キツネ:それで? ゴミ野郎……赤村允緋琥は? ウルフ:例の賭場に来ることになってる、今夜。 キツネ:罠だとも知らずに、のこのこと。 ウルフ:狩る側だと思ってるんだろう。 キツネ:っは。憐れみは覚えないね、僕にあるのはもう、憎悪だけだよ。 ウルフ:……愛は? キツネ:あの時失くしたもので全部だよ。 : ウルフ:(M)ひどい死に方だった。 : キツネ:だから、清算しなくっちゃいけない。 : ウルフ:(M)女は、白坂鈴芽は、俺を追っていた悪党、赤村允緋琥に攫われて、死んだ。 : キツネ:鈴芽と同じ目に、いいや、それ以上の痛みと恐怖と屈辱と絶望を与え続けて、何もかもを奪い尽くしてやるんだ。 : キツネ:その為に、僕は待った。耐え忍んだ。幸せを、捨てた。スズメが今の僕を見たら、泣いてしまうかもしれない。あの人は泣き虫だから。優しい人だったから。 ウルフ:その涙は俺が流させた。 キツネ:は? ウルフ:後悔してるか、狐太郎。 キツネ:しなかった日がないさ。当たり前だろう、ウルフ? 君を家族として受け入れたばかりに、こんなことになった。 ウルフ:……すまない。 キツネ:なんて、言って欲しいのかも知れないけど、ふざけるな。うぬぼれないで欲しい。 ウルフ:でも……すまない。 キツネ:何度目の言葉だよそれは。後悔? しないし、させない。それが僕らの、スズメの愛した家族じゃないか。失ったのも、失わせたのも、僕の弱さだ。僕らの弱さだ。面倒ごとも、不幸も、全部一緒に乗り越えるのが家族だ。そう、あの人が言ったんだ。そして選んだのは、僕だ。あなただ。 ウルフ:狐太郎。 キツネ:兄さん。きっと優しくてお人好しで、暴力なんて振るったことも無い姉さんは、復讐なんて望んでいないけれど、少なくとも僕は幸せになることができない。あのゴミ野郎が生きていたら。 ウルフ:それは、俺もだ。 キツネ:そう。だから僕らは選んだ。違うかい? ウルフ:もう戻れなくなるぞ。 キツネ:帰る場所はこの家だけだ。僕はあの日々を取り戻すために行く。 ウルフ:……そうか。じゃあ、行くか。 キツネ:あ、待って。 ウルフ:なんだ? やっぱり……。 キツネ:そうじゃなくて、これ。 : 0:キツネ、火薬を詰めていた酒瓶とは別の瓶を取り出す。 : ウルフ:酒……? キツネ:忘れたかもしれないけど、今日は。 ウルフ:狐太郎の二十歳の誕生日、だったか? 律儀だな。 キツネ:馬鹿、違うよ。先月だ。 ウルフ:あれ……? じゃあ、なんだ? キツネ:忘れたのかよ……。スズメに連れられて、ウルフが家族になった日。だよ。 ウルフ:あー、どおりで。記憶にないというか、意識も無かったじゃねぇか、その日。 キツネ:血まみれのまま、階段を荷物のように雑に引きずられてね。 ウルフ:……あんにゃろう。 キツネ:ははっ。どう、一杯? ウルフ:……一杯だけな。 キツネ:よし。 : 0:キツネ、二つの欠けた茶碗に酒を注ぐ。 : ウルフ:スズメに。 キツネ:家族に。 : 0:二人、酒を掲げて、一息に飲み下す。 : ウルフ:ぐぁぁ……! んじゃこりゃ⁉ の、喉が、ぐぇ、ひっでぇ味だなぁ! キツネ:ま、工業用アルコールだしね。おぇ。 ウルフ:何飲ませてんだよ! うぇぇぇ! キツネ:っはっはっは。冗談だよ。ただの、よくわからん密造酒だから安心してよ、兄さん。 ウルフ:それはそれで不安だけどな……。 キツネ:さぁ、身体も温まったところで虎狩りといこうか。 : 0:◇◇◇ : ウルフ:(M)俺は、俺たちはそれ以来、奴らを潰そうと躍起になった。 : 0:息を切らせ、路地裏を駆ける男、トラ。 : トラ:はぁ、はぁ……っ! ……っくしょぉがぁっ! : 0:それを追いかける男、キツネ。 : キツネ:どこに行くのかなぁ! ゴミ野郎! : 0:トラの身体には打ち身や裂傷の跡があり、右手は手首から先がない。 : ウルフ:(M)襲ってくる奴も、隠れ潜む奴も、怯え逃げ惑う奴も殺した。できるだけ無惨に。俺の悪名が轟くように。 : 0:追いかけられるトラの行く手に煙草を咥えたウルフが立ち塞がる。 : トラ:なっ!  ウルフ:行き止まりだ。赤村『さん』。お散歩楽しかったか? トラ:てめぇは黒川のガキ! そうか……っ、ああああああ! くそがぁぁぁ……っ! キツネ:逃げ切れると思ってた? 僕らの手の平から。 トラ:っは、ははっ、なめんじゃねぇよクソガキがよぉぉぉぉっ! : 0:トラ、踵を返すとキツネに殴り掛かる。 0:キツネ、懐から酒瓶を取り出すと、トラに投げつける。 : トラ:ッくぁ⁉ んだこりゃぁ! 酒……っ⁉ キツネ:五年物だよ、たんと味わえ。 トラ:ふざけ……! ウルフ:ふん。 : 0:ウルフ、火のついた煙草を背後からトラに投げ捨てる。 0:と、液体のかかったトラの身体が燃え上がる。 : トラ:っが、がぁぁぁぁぁっ! あづい! あづいぃぃよぉぉぉぉ! おぉぉぉ! がぁぁぁ! キツネ:よく吠えるなぁ。らぁっ! : 0:キツネ、火を消そうと這い回るトラの顔を蹴り飛ばす。 : トラ:がはぁっ! く、ぐぅぅ……! キツネ:しぶといなぁ。 ウルフ:狐太郎。 キツネ:うん? ウルフ:もう始末するのか? キツネ:あー。もう、見飽きた感じもするし、良いかな。復讐の愉しさなんて精々五分くらいだったよ。あとは惰性? 元々の品性が下劣じゃないと、こういうのはきっと向かないんだろうね。僕はもういい。兄さんは? ウルフ:その流れで、じゃあ続けよう。とはならないけどよ。あぁ、俺も見ているだけで胸糞悪い十分さ。それに最初から、楽しいとかは無かったな。 キツネ:そ? どうして? ウルフ:このクソみたいな時間で埋め合わせれると思うか? 失った日々を。 キツネ:あー。復讐は何も生まない。その言葉の意味が分かった気がするよ。 : 0:火をもみ消したトラ、話し込む二人の前から這って逃げようとする。 : トラ:っく……ぐぅぅ……ハ、ハァ……! ウルフ:なに、逃げようとしてんだ? マジ手間かけさせんなよ赤村さん。 : 0:ウルフ、回り込んでその顔を踏みつける。 : トラ:ぐぶぅ……⁉ なん……! な、んだ……! ウルフ:あぁ? なんて? トラ:なん、な、んだよ……! てべぇらはよ……ぉ⁉ ウルフ:は? トラ:ぉでをごどじでぜいぎのびがだぎどりが? ぶ、ぶひゃ、ひゃ、ぁ、ぁ、ぁ! グゾがっ、グゾどぼがぁ! トラ:(※ 俺を殺して正義の味方気取りか? ふっ、ふは、ふ、ははははは! クソが、クソ共が!) ウルフ:……はぁ。なんて? キツネ:兄さん、僕がやろうか? ウルフ:いい。 キツネ:じゃあ、任せた。 ウルフ:赤村さん『お肉屋さん』か『おもちゃ屋さん』どっちがいい? トラ:は、はぁ……⁉ ウルフ:特別に選ばせてやるよ。 トラ:ぐ……。 ウルフ:ぐ? トラ:グゾっだでがぁぁぁぁっ! っぐべぇぇ……⁉ トラ:(※ クソったれがぁぁぁ! っぐべぇぇ……⁉) : 0:ウルフ、トラの顔を地面に押し付けて踏みつける。 : ウルフ:人に親切にされたらありがとうだろ? 教えてくれたのは、あんただよな? キツネ:どこが十分なんだか。 トラ:っが……! ウルフ:あーあ、顔汚れちゃったなぁ。ま、元々汚物だったけど。これでおもちゃの線は無くなった? いやぁ少なくとも、あんたに恨みを持ってる人間には売れちまうかなぁ? はぁ……。あー。それとも俺が直々にここで精肉? してあげてもいいけどさ。腸詰か、ケバブか。そういうのもありかなぁ。好きな方選べよ赤村さん? キツネ:そんな台詞どこで覚えたのさ? ウルフ:赤村さん。 キツネ:っは。因果応報か。ウケるね。初めてこいつ関連で笑ったよ。兄さん。なんだよこいつクソ間抜けじゃん。 トラ:ぐぅぅぅ……っ! キツネ:で、どうすんの? 殺す? それとも売り渡す? まぁ、産業廃棄物みたいなもんだから、お引き取りに手数料必要になりそうだけど。 ウルフ:狐太郎、知ってるか? キツネ:うん? ウルフ:早く死ぬんだ。 キツネ:何が? ウルフ:良い奴は。 : 0:間。 : キツネ:……なるほど。 トラ:……っだ、んだ、ばびが……! トラ:(※ ……っなんだ! なにが……!) キツネ:死んだら楽になるのか、死んだ後には地獄があって耐え難い苦しみがあるのか――それは分からないけれど、少なくとも生きている限り、死んで楽になることばかり考えるような素敵な毎日が始まるということだよ。分かる? そうさ、ゴミのようなあなたを必要とする人達がきっと歓迎してくれる。おもちゃとして? まぁ、限りある資源は大切に。ということさ。よかったね。 : 0:キツネ、注射を取り出す。 : トラ:ぶ、ざげ……っ! だ、だんだぞどじゅぶじゃば⁉ トラ:(※ ふざけ……っ! な、なんだその注射は⁉) キツネ:おやすみ。ま、せめてもの慈悲さ、この麻酔のカクテルで最期くらいは安らかな夢を。 ウルフ:与える気はねぇよ。 トラ:っが……! : 0:ウルフがトラの後頭部をブロックで殴り、気絶させる。 : キツネ:いやブロックでって……。死んだんじゃない……? ウルフ:いや、平気だろ? キツネ:何で言い切れるのさ? ウルフ:前も生きてたし。 キツネ:え……? ウルフ:それに、良い奴は早く死ぬからな。 キツネ:兄さん、そのフレーズ好きなの? : 0:ウルフ:(M)けれど、仇を全て殺したとき。 : キツネ:……じゃあ、僕らは早死にしないとだね。 : ウルフ:(M)俺は、生きる意味を失ったことに気付いた。 : 0:二人、空を見上げて沈黙。 : キツネ:……それで『これ』をリサイクルに出したら次はどうするの? : ウルフ:(M)俺は、死にたくなった。 : キツネ:兄さん? なにか、やりたいこととか……。 ウルフ:やりたいことも、やれることもない。お前の言ったように、あの家が、あの場所が俺の全てだった。スズメのおかげで全てになった。家族なんて、もう手に入らないと思ってた。でも、また失うことになるなんて思ってなかった。こんなことになるくらいならって、後悔を俺が何度したかなんて、お前も知ってるだろう、狐太郎? キツネ:兄さん……。でも、全て失ったわけじゃない。僕がいる。雛子(ひなこ)も竜馬(りょうま)も雲雀(ひばり)も寧々子(ねねこ)も鷹(たか)雄(お)も犬(けん)太(た)も湖(こ)亜羅(あら)も蜂之(はちの)介(すけ)も朱鷺音(ときね)も、獅子之(ししの)介(すけ)も朱雀(すざく)も鶴羽(つるは)も依瑠(いる)歌(か)も犀(さい)も雪(ゆき)兎(と)も鹿(ろっ)華(か)も蝶(ちょう)夜(や)も……。これから先も、兄さんは色んな人に出会って、大切なものを手に入れていく。失うこともあるかも知れない。でも一緒に面倒ごとも、不幸も、全部一緒に乗り越えるのが家族だって。……もちろん、兄さんが僕らを選んでくれたら——兄さん! : ウルフ:(M)そして、良い奴は。 : トラ:じでぇぇぇぇ! グゾガギィィィィィッ! : 0:トラ、隠し持っていた拳銃をウルフの背中に向けて撃つ。 : キツネ:……っ! : 0:が、キツネがそれを庇って倒れる。 : ウルフ:狐太郎! トラ:ぎひっ、ひひ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! ヒャハァッ! ザバァビ―― : 0:ウルフ、笑い声を上げるトラを踏み潰す。 : ウルフ:あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! : ウルフ:(M)死んでしまうんだ。 : 0:◇◇◇◆ : 0:七十年後。 0:あるビルの一室、ベッドの上。 : ウルフ:(M)そして、それ以来俺は、善人になろうとした。 ウルフ:(M)悪辣なギャングや汚職警官を叩きのめし、脅して金を巻き上げ、身よりの無いガキを拾い育てた。 ウルフ:(M)路地裏の連中に仕事を斡旋し、真っ当な社会に帰そうとした。 ウルフ:(M)けれど、 : ウルフ:良い奴は……、早く死ねるんだろう……? : ウルフ:(M)しかし、俺は長生きした。 ウルフ:(M)誰も求めていないのに、誰にも求められていないのに。 ウルフ:(M)最期の時はなかなか来ない。 ウルフ:(M)だからきっと俺は、既に悪の親玉になっていたんだろう。 ウルフ:(M)どこまで行っても、俺はあの女にはなれないらしい。 ウルフ:(M)どこまで生きても、俺はあの弟にはなれないらしい。 ウルフ:(M)同じところにはいけないのだろう。 : ウルフ:どうして、俺のような、悪人が、こんな、平凡で、満ち足りた、最期を、迎えるの、だろうな? : ウルフ:(M)それでも、後悔はしていない。 ウルフ:(M)俺という悪人は、長生きしたことも、これまでの出会いも、別れも。 ウルフ:(M)そして、こう思うのだ。 : ウルフ:……あぁ、幸せだった。 : ウルフ:(M)悪くない、人生だったのだと。 : 0:ウルフ、眠りにつく。

0:◆◇◇ 0:※(M)モノローグ : ウルフ:(M)良い奴は早く死ぬらしい。 : 0:息を切らせ、路地裏を駆ける男、ウルフ。 : ウルフ:はぁ、はぁ……っ!  : 0:それを追いかける男、トラ。 : トラ:待てやクソガキぃ! : 0:ウルフの身体には打ち身や切り傷、火傷の跡がある。 : ウルフ:(M)そして俺は札付きの悪ガキだった。 ウルフ:(M)盗みやたかりは挨拶みたいなもので、いつだって言葉よりも先に手が出たし、口を開けば飛び出すのは脅し文句か欺きだ。 : 0:追いかけられるウルフ、袋小路に迷い込む。 : ウルフ:行き止まりっ! トラ:かははっ、お散歩楽しかったかよぉ、ワンちゃん? ウルフ:くそ……っ! トラ:逃げ切れると思ってた? 俺の庭でよぉ! ウルフ:っく……だぁぁああっ! : 0:ウルフ、エアコンの室外機を踏み台に、欠けたタイルを掴んで建物の壁をよじ登る。 : トラ:っ! てめぇ、ざっけんな! 壁登るとかサルかよクソがっ! ウルフ:はぁ、はぁっ! トラ:おい、畜生がよぉ! ウルフ:ぅう……はぁ、はぁ……っ! トラ:っくそ、落ちろや! : 0:トラ、足下に落ちていたコンクリート片をウルフに向かって投げつける。 0:ウルフの頭に命中して、血を流す。 : ウルフ:っぐ! トラ:へへっ! 命中! あぁ? はぁ、しぶてぇなこのカス! っはは! おらっ! おらぁ! 落ちろ! 死ね! : ウルフ:(M)絶対に死んでたまるか。 : トラ:マジ手間かけさせんなよ黒川くぅん! あぁ! : 0:ウルフ、トラの投げつけるコンクリートや缶、生ごみなどに耐え続ける。 : ウルフ:(M)生きて生きて生き続けてやる。 : トラ:はぁ、はぁ……くそっ、粘ってんじゃねぇよこのゴミ野郎! : ウルフ:(M)その為なら、俺は何でもした。 : トラ:時間稼ぎのつもりか? 無駄だ無駄! : ウルフ:(M)奪い、壊し、傷つけ、否定した。 : トラ:誰がお前みたいなやつ助ける? てめぇに逃げ場なんてねぇんだよぉ! : ウルフ:(M)悪人は死なないと俺は知っていたからだ。 : トラ:ゴミ溜めから湧いて出てきた野良犬がよぉ! : ウルフ:(M)俺の父親がそうだった。 : トラ:シカトこいてんじゃねぇよボケが! おらぁ! なんとか言えや黒川ぁ! : ウルフ:(M)そして、善人は騙されてあっさりと死ぬ。 : トラ:諦めてさっさとくたばれや! : ウルフ:(M)俺の母親が――。 : トラ:てめぇのバカなお袋みてぇによ! かははっ! : ウルフ:(M)そうだった。 : トラ:可哀想になぁ、あの女。 : ウルフ:(M)俺は生きるために悪人になり、悪人になったから生き続けた。 : トラ:それなりに良いツラだったのに、最期は……ッヒッヒ! : ウルフ:(M)それでも、下手を打てば死ぬ。 : トラ:それもこれも、こんなデキの悪いカスのガキこさえちまったばっかりによぉ? : ウルフ:(M)俺より悪い奴など腐るほどいるからだ。 : トラ:拾ってやった恩も忘れて逃げ出すなんてよぉ? 大人しく組織に飼われてりゃいいものを。やっぱ親不孝者のゴミだぜおめぇはよ。てか、どう足掻いてもゴミの子はゴミってことだなぁ? 所詮ツラだけのアバズレ。頭の中はお粗末で、騙されて使い潰されるしか能の無い……お? どしたどした? : 0:ウルフ、壁にしがみついたまま振り返り、トラを睨む。 : ウルフ:…………っ! トラ:なになになに? 怒っちゃってんの? 顔こっわ。ヒヒヒ! てかさ、俺思ってたんだけど、てめぇも、あのゴミ女に似てツラだけは良いんだからうまくいったら売れるかもだよな? あー、俺天才じゃね? ヒヒ、降りて来いよ? 俺優しいからさぁ、今なら殺さないでおいてやるよ。変態共のおもちゃになるんだったらな? よかったじゃん、母ちゃんの仕事と同じことして親孝行できるなぁ、黒川? ぎゃはははは! ウルフ:赤村ぁっ! : 0:ウルフ、壁面からトラに跳びかかる。 : トラ:……赤村『さん』だろうが、クソガキ。 : 0:トラ、難なく躱し、ウルフの首根っこを掴んで地面に引き倒す。 : ウルフ:な……っ⁉ っぐ! トラ:やっぱ馬鹿だろお前。飛び降りて不意を突いたとでも思った? いつまでも降りてこねぇから煽ってやったんだろうが。 ウルフ:く、そ……。 トラ:いや、クソはだからお前だって。クソの癖に半端に情なんて持つから、こうして地面にクソみてぇに転がる羽目になってんの。分かる? ま、分かんねぇよな。クソ馬鹿だもん。ひゃはは。……はぁ。大人しく、命令通り殺せばよかったのにな、マジ、馬鹿なガキだ。 ウルフ:はぁ、はぁ……。 トラ:で、どうするよワンちゃん。『お肉屋さん』か『おもちゃ屋さん』どっちがお好みだ? 特別に選ばせてやるよ? ヒヒッ俺ってやっぱ優しいなぁ。 ウルフ:願い……、下げだ、クソ野郎っ! っぺ! トラ:……あーあ。人に親切にされたらありがとうだろ? 何ツバとか吐いちゃってんの? ママにそんなことしちゃダメって習わなかった? あぁ、習ってるわけないよなぁ、おめぇのママ馬鹿だもん。だからおめぇも馬鹿だよな。んで、馬鹿は死ぬか俺みてえに賢い奴の食いもんにでもなってりゃいいんだよ、このゴミがよぉ! : 0:トラ、ウルフの顔を地面に打ちつける。 : ウルフ:っぐ! トラ:あーあ、顔凹んじゃったねぇ。ま、元々傷物だったけどよ。これでおもちゃの線は無くなった? いやぁもっとえげつない変態に売れちまうかなぁ? ヒヒッ!  それとも俺が直々にここで精肉してあげてもいいけどよぉ。粗挽きってやつ? ま、好きな方選べよ黒川くぅん? ウルフ:し……、 トラ:うん? ウルフ:……ね。 トラ:……人に死ねとか言っちゃいけませんって、習わなかったのかなぁ⁉ 黒川くん! おらっ! ウルフ:がはっ! トラ:この! ウルフ:ぐがぁ! トラ:うっぜぇんだよ! さっきからよぉ! この! 死ねや!  : ウルフ:(M)そして、俺は汚物のような悪人に掴まれて、顔面で路地裏のゲロ臭い地面にキスしながら、この世と地獄の間を彷徨い、そのゴミみたいな一生を終えようとしていた。 : トラ:クソガキがぁ! 死ねぇぇぇ! : ウルフ:(M)そんな時、あの女が現れた。 : スズメ:すぅ……えい! : 0:背後からスズメがトラの後頭部をブロックで殴打する。 : トラ:だぁ……っ⁉ : トラ、昏倒。 : スズメ:ふぅ……。 ウルフ:……え? スズメ:危ないところだったね。 : ウルフ:(M)それはいくらか年上の、色が白くて線の細い、いや痩せこけた女だった。 : スズメ:怪我はない? ウルフ:……無い、ように……見えるか……っ? スズメ:うーん……寧ろ怪我しか見えないね。 ウルフ:……はぁ……。 スズメ:で、このおじさん、何? 私、咄嗟に、殴っちゃったけど……。生きてるよね……? これ? : 0:間。 : ウルフ:……さぁ? スズメ:……え、やっば、私ほんとにやっちゃった……? どうしよう⁉ 私、ひ、人殺し……⁉ ど、どうしようこのままじゃ私……! ウルフ:……いや、落ち着――。 スズメ:バイトクビになる! : 0:間。 : ウルフ:……サイコかよ、あんた。 スズメ:え、最高だって? 照れるなぁ。 ウルフ:…………。 スズメ:ま、いいや。 ウルフ:……何が? スズメ:んー? 店長セクハラしてくるし、給料もよくないし。そろそろ潮時かなって。 ウルフ:……あんた、さぁ……。 スズメ:どしたの?  トラ:…………っぐ……ぅ…………。 : 0:と、気を失っているトラが身動ぎする。 : ウルフ:……っ! スズメ:あ、よかった! 生きてるみたいだね。 ウルフ:いっそ、死んだ方が……良い奴だけど。 スズメ:もう! そんなこと言ったらダメなんだからね? ウルフ:あんたが、言う? 殴り殺そうとした、くせに。 スズメ:いやいや殺そうとなんて、私! ただ、これで「ぽこん!」ってしたら「あいたー!」って言って倒れるかなって。 ウルフ:……ふざけてんのか? スズメ:えぇ? 私、いつも真面目だよ? 「それだけが取り柄よね、白坂さんって」って、チーフの緑ヶ丘さんによく言われるもん、私。 ウルフ:……辞めちまえ、そんなバイト。 スズメ:駄目だよ、それは。 ウルフ:なんで……? スズメ:雛子(ひなこ)と竜馬(りょうま)と雲雀(ひばり)と寧々子(ねねこ)と狐(こ)太郎(たろう)と鷹雄(たかお)と犬(けん)太(た)と湖(こ)亜羅(あら)と蜂之(はちの)介(すけ)と朱鷺音(ときね)は私が養わなきゃだから。 ウルフ:え……? スズメ:それに……。 : ウルフ:(M)女は困ったような泣きそうな顔で、俺に手を差し出した。 : スズメ:今まで大変だったね、私があなたの居場所になるよ。 ウルフ:いや、何がだよ……? スズメ:行くところ、ないんでしょ? 分かるよ、そういうの。 : ウルフ:(M)頭がわいているのかと思ったが、 : スズメ:私もそうだったから。 ウルフ:……あっそ……。 スズメ:うん。 ウルフ:……でも、絶対後悔するぞ? スズメ:どうして? ウルフ:面倒ごとに、巻き込むことに、なる。 スズメ:そうなの? ウルフ:決まってんだろ……。俺にかかわると、不幸になる、みんな。 スズメ:そっか。でもね? 私思うんだ。 : ウルフ:(M)もちろん俺は、 : スズメ:面倒ごとも、不幸も、全部一緒に乗り越えるのが家族だって。私は、選べなかった本当の親とかいうやつに捨てられたから、本当の家族は、選びたいの。もちろん、君が私を選んでくれたら、だけどね。……どうする? : ウルフ:(M)手を取った。 : スズメ:ふふ。ありがと。それに後悔なんてしないし、させないよ? だからみんなで一緒に幸せ見つけていこ? : ウルフ:(M)この女の家に転がり込めば身の安全は守れるし。逃げる時に金を盗めば当面生活にも困らない。 : スズメ:そういえば、名前、なんていうの? ウルフ:……黒川……ルフ。 スズメ:え? なんて? ウルフ:ウルフ。 スズメ:ウルフ? って、あおーん。の……狼? ウルフ:狼が歩く、で、ウルフ。……んだよ、それ。馬鹿にしてるだろ。 スズメ:ううん、かわいいなって。 ウルフ:か、わいくねぇし……。あんたは? スズメ:ちゅんちゅん。 ウルフ:……は? スズメ:鈴に芽が出るでスズメさんです。 ウルフ:白坂鈴芽? スズメ:あれ? 私、苗字言ったっけ? ウルフ:さっき緑ヶ丘がどうとか言ってただろ。 スズメ:すっご、よく憶えてるね! ウルフくんって頭いいんだ! えらいえらい。 : 0:スズメ、ウルフの頭を撫でる。 : ウルフ:や、やめろ、頭さわんな! スズメ:ふふ、照れちゃって。かわいい。 ウルフ:照れてねぇし……! スズメ:てか、頭ベッタベタだね、血で……。血で⁉ 大変、怪我してるじゃん! ウルフ:最初に言っただろ……。 スズメ:早く手当しないと! 来て! : スズメ、ウルフの手を引く。 : ウルフ:なっ、どこ行くんだよ……! スズメ:決まってるじゃん。 : ウルフ:(M)女は、微笑んだ。 : スズメ:我が家だよ? ウルフ:我が家……? スズメ:そうだよ。これから一緒に暮らすんだもん。 : ウルフ:(M)その見慣れた善人顔は、俺の心に安らぎを与えた。 : スズメ:ね? 新しい弟くん。 : ウルフ:(M)いかにも騙しやすそうで。 : 0:廃墟のような雑居ビル『スズメの家』の前。 0:スズメに手を引かれるウルフ。 : スズメ:もうすぐ着くよー。平気? よく頑張ったね、えらいえらい! ウルフ:だ、か……ら、それ、や、め……ろ……て。 スズメ:大変、足ふらふら……! もうちょっとだから! うち七階だから、頑張って上ろ! 何故かここエレベーターないし! 天国行くつもりで、死ぬ気で! ウルフ:いや、ふざけ……、死……ぬ、わ……。 : 0:ウルフ、気を失う。 : スズメ:あ、ちょっとウルフ? あ、し、死なないで! できたばっかりの弟を、私こんなところで亡くしちゃうの⁉ 待って待って! お姉ちゃんを置いていかないで! せ、せめてうちに上がってから死んで! 畳の上で! 私家族は畳の上で見送りたいの! ……って、うちボロい雑居ビルだから、和室なんて無いけど! あ……! ウルフ! ウルフ! ……ウルフぅぅぅ! あおぉぉぉん……! ウルフ:……やっぱ、馬鹿に……てんだろ……。 スズメ:あ、生きてた! まだ! ウルフ:て……めぇ……。 : 0:ウルフ、再び気を失う。 : 0:◆◆◇ : ウルフ:(M)女は怪我の手当てをすると、拾った俺に甲斐甲斐しく世話を焼いた。 ウルフ:(M)そして俺は次第に回復し、女はますます痩せていった。 ウルフ:(M)それは時に、自分の食事より俺のことを心配していたせいか。 ウルフ:(M)いや、より正確には――、 : スズメ:紹介するね。料理が得意だけどなかなか作ってくれない雛子(ひなこ)、野球が上手だけどサッカーやってる竜馬(りょうま)、本ばっかり読んでる雲雀(ひばり)、整理整頓の鬼の寧々子(ねねこ)、照れ屋さんで心の優しい狐(こ)太郎(たろう)、花が好きだから花屋さんでバイトしてる鷹(たか)雄(お)、買い物上手で人懐っこい犬太(けんた)、ダンサー目指してるお洒落さんの湖(こ)亜羅(あら)、歌がプロ並みでピアノも弾けるけど絵は独特な蜂之(はちの)介(すけ)、たまにしか笑わないけど笑うとめっちゃ可愛い朱鷺音(ときね)。 : ウルフ:(M)そんな、自分よりも、大切な『家族』を優先している。 : スズメ:そしてなにより、パーフェクトに可愛くて、アメイジングに頼れるみんなのお姉ちゃん。鈴芽ちゃんです! ウルフ:……自分で言うのかよ。アメイジング……? スズメ:だって誰も言ってくれないからね! ウルフ:自称かよ……。 スズメ:でも、みんなにそう言われるように頑張ってるのはほんとなんだよ。 ウルフ:あっそ。 スズメ:うん。だから、ウルフもアメイジングに頼ってくれていいんだよ? ウルフ:…………。 スズメ:だって、私たちは『家族』なんだからね。えっと、目つきが悪くてぶっきらぼうだけどよく見たらイケメンの狼歩! ウルフ:絶対、馬鹿にしてるだろ。 スズメ:馬鹿になんてしてないよ? ただ、私は愛してるだけだよ。 ウルフ:あ、愛……? スズメ:うん、家族愛。これからもっともっと、ウルフの色んな良いところを見つけていくから、覚悟してね? : ウルフ:(M)胸くそ悪いくらいの善人だ。 : キツネ:「は? 僕、お前のこと兄だとか認めないから。」 : 0:二年後。 0:廃墟のような雑居ビル『スズメの家』。 0:スズメとキツネが並んで内職をしている。 0:スズメは以前よりかなり痩せている。 : スズメ:なんて言ってたのが懐かしいくらい。 キツネ:は? スズメ:最近はべったべただよね狐太郎? キツネ:な、何の話だよ、姉さん。 スズメ:二人の話。 キツネ:……誰と、誰の、話かな? スズメ:うん? キツネ:心当たり無いんだけど……? スズメ:はぁ……。みんなが仲良しで居てくれるのはとっても嬉しいんだけど、代わりに私からは離れて行っちゃったのが、複雑だよね。 キツネ:無視すんなよ! スズメ:お姉ちゃんとしては。 キツネ:おい! スズメ:ねぇ、幸せ? キツネ:は? な、何が。 スズメ:狐太郎は今、幸せ? : 0:間。 : キツネ:……さぁ。不幸せでは、ない、と思うよ。 スズメ:ふぅんそっか。 キツネ:……うん。……その、あ、りが—— スズメ:――じゃあ、狐太郎がもっと自信持って幸せって言えるように、お姉ちゃんもっともっと頑張らないとね! キツネ:頑張んな病人! スズメ:し、失礼な! もう直ったもん! キツネ:直ってないよ、身体は多少元気になった『つもり』かも知れないけど、本当なら入院してるような身体なんだぞ? スズメ:そ、それは……。 キツネ:しかもそれ以上に姉さんの場合は、心が危ういんだよ。 スズメ:お、お姉ちゃんのことをそんな心を病んでるみたいに! 私、そんな弟に育てたつもりありません! キツネ:つもりはなくとも、積もり積もってそう育ったんだよ。無茶ばっかしやがって。その背中見てたら、嫌でもこんなんなるんだよ。分かる? スズメ:え、え……? キツネ:この際だから言わせてもらうけどさ「家族は一緒に苦しみを乗り越えて、幸せになるものなんだよ?」とか言うくせに、ぜーーーーんぶ、一人で抱え込むの何? スズメ:そ、その……、あははは、お、お姉ちゃんとして、みんなに苦労は掛けられな—— キツネ:あのさ、何回も言ってるよね? 僕らだっていつまでも守られるだけの子供じゃないんだけど? スズメ:わ、私の中ではみんなはいつまでも可愛い子供だから! キツネ:それ、スズメの中だけの話でしょ? 妄想と愛情と支配欲を混同して押し付けんのやめてくんない? スズメ:ひ、ひどい⁉ 狐太郎そんなこと思ってたの……っ! キツネ:思ってたけど? みんな。あの犬太ですら言ってたし。というか、スズメはいつも「私、頼れるお姉ちゃん!」みたいな顔してるけど、実際全然頼りにならないからね? 掃除も洗濯も料理も買い物も来客対応もできない、凄まじいポンコツじゃん。 スズメ:ポン……⁉ みんなひどい! こんなに頑張ってるのに! お姉ちゃんもう泣いちゃうんだから! キツネ:だから頑張んなって言ってんの! わかんないかな? 何が泣いちゃうだよ、過労で倒れてみんなにめちゃくちゃ心配かけたのまさかもう忘れた? スズメ:うっ……。 キツネ:お金もかかったし。ただでさえ生活苦しいのに……。 スズメ:だから、それは、頑張って働いて……。 キツネ:で、また倒れるつもり? スズメ:うっ……。 キツネ:何回も繰り返すつもり? 無理して倒れたこと自体忘れちゃってんの? スズメ:そんなの……忘れるに決まってるでしょ! キツネ:……は? スズメ:みんなのこと考えてたら、私、どんな疲れも忘れちゃうんだから! キツネ:…………この馬鹿姉は。 スズメ:っば⁉ キツネ:馬鹿は風邪ひかないっていうけど、風邪に気付かないんだよ。 スズメ:え? でも、私風邪ひいたことないよ? あ、いや、あれ? ってことは……私って馬鹿なのかな? え、でもでも……うん? キツネ:馬鹿で間違いないし、風邪もひいたことあるから安心してよ。というか、その時も倒れてたし。 スズメ:そっか、よかった! ……いやよくないよ⁉ っていうか、え? そうだっけ、記憶にないんだけど……。 キツネ:記憶残らないくらい重傷だったんだよ……。 スズメ:マジかー。 キツネ:それ以来みんな「この人はほんとに危ない人なんだな」って思うようになったし……。いや、初めて会った時から、ヤバイ女だとは思ってたんだけど。 スズメ:は、初耳! ヤバイくらい良い女とかじゃなくて⁉ キツネ:なんだその褒め方。嬉しいのか、それ。少なくとも僕はヤバイ女だと思ってたね。 スズメ:えー……今は? キツネ:ヤバイくらいヤバイ女。 スズメ:悪化してる⁉ キツネ:だから悪化してんだよ。 スズメ:そ、そんなことないもん! お姉ちゃんいつも頑張って……! キツネ:頑張んなっつってんだろうが! 堂々巡りなんだよ! 何回やるんだこのやり取り! というか、僕の内職勝手に手伝おうとするのやめろ! 寝てろ! スズメ:でもでも、二人でやった方が早いし! キツネ:いや、寧ろ余計なひと手間増やされて効率落ちてんだよ。 スズメ:そ、そんな人を足手纏いみたいに……! キツネ:そう言ったんだけど? スズメ:小太郎ぉ……っ! : 0:スズメ、キツネの髪をくしゃくしゃと撫でる。 0:そこに、ウルフが帰ってくる。 : ウルフ:またやってんのか? ほんと仲良いな。 キツネ:ウルフ! スズメ:そうそう、仲良しなの! おかえりー! ウルフ:あぁ……その、ただいま。 スズメ:ふふっ。 ウルフ:何笑ってんだよ。 スズメ:いやぁ、未だにただいまって言うの恥ずかしがっててかわいいなって、お姉ちゃんは思っただけだよ? ウルフ:う、うるせぇな……。それより、お前、何狐太郎の邪魔してんだよ。 スズメ:な! お手伝いだよ! 寧ろ狐太郎が私のお手伝いしてるみたいな! キツネ:邪魔しかしてない。 スズメ:ひどい⁉ ウルフ:寝てろって言われただろ、医者に。 スズメ:言われたけど聞くとは言ってないし。 ウルフ:子供かお前。 スズメ:大人ですぅ。 キツネ:そんなこと言う大人っている? スズメ:いますぅ。というかウルフ、さっきから、お前じゃなくてお姉ちゃんって呼ばなきゃダメでしょ? なんか、むかつくんですけど。 ウルフ:あー、悪かったな。スズメ。 スズメ:あ、姉を呼び捨て! この不良! ウルフ:いや、そうなんだけどさ。狐太郎も普通に呼び捨てしてることあるだろ。 スズメ:狐太郎は私よりしっかり者だから特別なの! キツネ:……自覚あったんだ。 スズメ:もちろん! 私を誰だと思ってるの? 狐太郎の次にしっかり者の鈴芽お姉ちゃんだよ? キツネ:そっちは自覚無いんだ……。 ウルフ:はははっ。 : ウルフ:(M)あれから二年。 : スズメ:あ! いま笑った! キツネ:ウルフが笑うなんて、珍しいね。 : ウルフ:(M)俺はその暮らしを心地よく感じ始めていた。 : スズメ:うんうん、いつもむすっとしてるもんねー。 : ウルフ:(M)失った物を取り戻すような、 : スズメ:……ねぇ、ウルフ? : ウルフ:(M)そんな、 : スズメ:ウルフは今、 : スズメ:幸せ? ウルフ:(M)幸せな日々。 スズメ:……そっか、うん。だって私言ったでしょ? : ウルフ:(M)しかし、それは。 : スズメ:後悔、させないって。 : ウルフ:(M)やはりというべきか、 : 0:何かが砕ける音。 : ウルフ:(M)長くは続かなかった。 : 0:◆◆◆ : ウルフ:(M)やっぱり、良い奴は早く死ぬらしい。 : 0:五年後。 0:廃墟、かつての『スズメの家』。 0:キツネが酒の瓶に火薬を詰めている。 0:扉もない玄関で靴を脱ぎ、ウルフが入ってくる。 : キツネ:……お帰り、ウルフ。 ウルフ:ただいま、狐太郎。 キツネ:それで? ゴミ野郎……赤村允緋琥は? ウルフ:例の賭場に来ることになってる、今夜。 キツネ:罠だとも知らずに、のこのこと。 ウルフ:狩る側だと思ってるんだろう。 キツネ:っは。憐れみは覚えないね、僕にあるのはもう、憎悪だけだよ。 ウルフ:……愛は? キツネ:あの時失くしたもので全部だよ。 : ウルフ:(M)ひどい死に方だった。 : キツネ:だから、清算しなくっちゃいけない。 : ウルフ:(M)女は、白坂鈴芽は、俺を追っていた悪党、赤村允緋琥に攫われて、死んだ。 : キツネ:鈴芽と同じ目に、いいや、それ以上の痛みと恐怖と屈辱と絶望を与え続けて、何もかもを奪い尽くしてやるんだ。 : キツネ:その為に、僕は待った。耐え忍んだ。幸せを、捨てた。スズメが今の僕を見たら、泣いてしまうかもしれない。あの人は泣き虫だから。優しい人だったから。 ウルフ:その涙は俺が流させた。 キツネ:は? ウルフ:後悔してるか、狐太郎。 キツネ:しなかった日がないさ。当たり前だろう、ウルフ? 君を家族として受け入れたばかりに、こんなことになった。 ウルフ:……すまない。 キツネ:なんて、言って欲しいのかも知れないけど、ふざけるな。うぬぼれないで欲しい。 ウルフ:でも……すまない。 キツネ:何度目の言葉だよそれは。後悔? しないし、させない。それが僕らの、スズメの愛した家族じゃないか。失ったのも、失わせたのも、僕の弱さだ。僕らの弱さだ。面倒ごとも、不幸も、全部一緒に乗り越えるのが家族だ。そう、あの人が言ったんだ。そして選んだのは、僕だ。あなただ。 ウルフ:狐太郎。 キツネ:兄さん。きっと優しくてお人好しで、暴力なんて振るったことも無い姉さんは、復讐なんて望んでいないけれど、少なくとも僕は幸せになることができない。あのゴミ野郎が生きていたら。 ウルフ:それは、俺もだ。 キツネ:そう。だから僕らは選んだ。違うかい? ウルフ:もう戻れなくなるぞ。 キツネ:帰る場所はこの家だけだ。僕はあの日々を取り戻すために行く。 ウルフ:……そうか。じゃあ、行くか。 キツネ:あ、待って。 ウルフ:なんだ? やっぱり……。 キツネ:そうじゃなくて、これ。 : 0:キツネ、火薬を詰めていた酒瓶とは別の瓶を取り出す。 : ウルフ:酒……? キツネ:忘れたかもしれないけど、今日は。 ウルフ:狐太郎の二十歳の誕生日、だったか? 律儀だな。 キツネ:馬鹿、違うよ。先月だ。 ウルフ:あれ……? じゃあ、なんだ? キツネ:忘れたのかよ……。スズメに連れられて、ウルフが家族になった日。だよ。 ウルフ:あー、どおりで。記憶にないというか、意識も無かったじゃねぇか、その日。 キツネ:血まみれのまま、階段を荷物のように雑に引きずられてね。 ウルフ:……あんにゃろう。 キツネ:ははっ。どう、一杯? ウルフ:……一杯だけな。 キツネ:よし。 : 0:キツネ、二つの欠けた茶碗に酒を注ぐ。 : ウルフ:スズメに。 キツネ:家族に。 : 0:二人、酒を掲げて、一息に飲み下す。 : ウルフ:ぐぁぁ……! んじゃこりゃ⁉ の、喉が、ぐぇ、ひっでぇ味だなぁ! キツネ:ま、工業用アルコールだしね。おぇ。 ウルフ:何飲ませてんだよ! うぇぇぇ! キツネ:っはっはっは。冗談だよ。ただの、よくわからん密造酒だから安心してよ、兄さん。 ウルフ:それはそれで不安だけどな……。 キツネ:さぁ、身体も温まったところで虎狩りといこうか。 : 0:◇◇◇ : ウルフ:(M)俺は、俺たちはそれ以来、奴らを潰そうと躍起になった。 : 0:息を切らせ、路地裏を駆ける男、トラ。 : トラ:はぁ、はぁ……っ! ……っくしょぉがぁっ! : 0:それを追いかける男、キツネ。 : キツネ:どこに行くのかなぁ! ゴミ野郎! : 0:トラの身体には打ち身や裂傷の跡があり、右手は手首から先がない。 : ウルフ:(M)襲ってくる奴も、隠れ潜む奴も、怯え逃げ惑う奴も殺した。できるだけ無惨に。俺の悪名が轟くように。 : 0:追いかけられるトラの行く手に煙草を咥えたウルフが立ち塞がる。 : トラ:なっ!  ウルフ:行き止まりだ。赤村『さん』。お散歩楽しかったか? トラ:てめぇは黒川のガキ! そうか……っ、ああああああ! くそがぁぁぁ……っ! キツネ:逃げ切れると思ってた? 僕らの手の平から。 トラ:っは、ははっ、なめんじゃねぇよクソガキがよぉぉぉぉっ! : 0:トラ、踵を返すとキツネに殴り掛かる。 0:キツネ、懐から酒瓶を取り出すと、トラに投げつける。 : トラ:ッくぁ⁉ んだこりゃぁ! 酒……っ⁉ キツネ:五年物だよ、たんと味わえ。 トラ:ふざけ……! ウルフ:ふん。 : 0:ウルフ、火のついた煙草を背後からトラに投げ捨てる。 0:と、液体のかかったトラの身体が燃え上がる。 : トラ:っが、がぁぁぁぁぁっ! あづい! あづいぃぃよぉぉぉぉ! おぉぉぉ! がぁぁぁ! キツネ:よく吠えるなぁ。らぁっ! : 0:キツネ、火を消そうと這い回るトラの顔を蹴り飛ばす。 : トラ:がはぁっ! く、ぐぅぅ……! キツネ:しぶといなぁ。 ウルフ:狐太郎。 キツネ:うん? ウルフ:もう始末するのか? キツネ:あー。もう、見飽きた感じもするし、良いかな。復讐の愉しさなんて精々五分くらいだったよ。あとは惰性? 元々の品性が下劣じゃないと、こういうのはきっと向かないんだろうね。僕はもういい。兄さんは? ウルフ:その流れで、じゃあ続けよう。とはならないけどよ。あぁ、俺も見ているだけで胸糞悪い十分さ。それに最初から、楽しいとかは無かったな。 キツネ:そ? どうして? ウルフ:このクソみたいな時間で埋め合わせれると思うか? 失った日々を。 キツネ:あー。復讐は何も生まない。その言葉の意味が分かった気がするよ。 : 0:火をもみ消したトラ、話し込む二人の前から這って逃げようとする。 : トラ:っく……ぐぅぅ……ハ、ハァ……! ウルフ:なに、逃げようとしてんだ? マジ手間かけさせんなよ赤村さん。 : 0:ウルフ、回り込んでその顔を踏みつける。 : トラ:ぐぶぅ……⁉ なん……! な、んだ……! ウルフ:あぁ? なんて? トラ:なん、な、んだよ……! てべぇらはよ……ぉ⁉ ウルフ:は? トラ:ぉでをごどじでぜいぎのびがだぎどりが? ぶ、ぶひゃ、ひゃ、ぁ、ぁ、ぁ! グゾがっ、グゾどぼがぁ! トラ:(※ 俺を殺して正義の味方気取りか? ふっ、ふは、ふ、ははははは! クソが、クソ共が!) ウルフ:……はぁ。なんて? キツネ:兄さん、僕がやろうか? ウルフ:いい。 キツネ:じゃあ、任せた。 ウルフ:赤村さん『お肉屋さん』か『おもちゃ屋さん』どっちがいい? トラ:は、はぁ……⁉ ウルフ:特別に選ばせてやるよ。 トラ:ぐ……。 ウルフ:ぐ? トラ:グゾっだでがぁぁぁぁっ! っぐべぇぇ……⁉ トラ:(※ クソったれがぁぁぁ! っぐべぇぇ……⁉) : 0:ウルフ、トラの顔を地面に押し付けて踏みつける。 : ウルフ:人に親切にされたらありがとうだろ? 教えてくれたのは、あんただよな? キツネ:どこが十分なんだか。 トラ:っが……! ウルフ:あーあ、顔汚れちゃったなぁ。ま、元々汚物だったけど。これでおもちゃの線は無くなった? いやぁ少なくとも、あんたに恨みを持ってる人間には売れちまうかなぁ? はぁ……。あー。それとも俺が直々にここで精肉? してあげてもいいけどさ。腸詰か、ケバブか。そういうのもありかなぁ。好きな方選べよ赤村さん? キツネ:そんな台詞どこで覚えたのさ? ウルフ:赤村さん。 キツネ:っは。因果応報か。ウケるね。初めてこいつ関連で笑ったよ。兄さん。なんだよこいつクソ間抜けじゃん。 トラ:ぐぅぅぅ……っ! キツネ:で、どうすんの? 殺す? それとも売り渡す? まぁ、産業廃棄物みたいなもんだから、お引き取りに手数料必要になりそうだけど。 ウルフ:狐太郎、知ってるか? キツネ:うん? ウルフ:早く死ぬんだ。 キツネ:何が? ウルフ:良い奴は。 : 0:間。 : キツネ:……なるほど。 トラ:……っだ、んだ、ばびが……! トラ:(※ ……っなんだ! なにが……!) キツネ:死んだら楽になるのか、死んだ後には地獄があって耐え難い苦しみがあるのか――それは分からないけれど、少なくとも生きている限り、死んで楽になることばかり考えるような素敵な毎日が始まるということだよ。分かる? そうさ、ゴミのようなあなたを必要とする人達がきっと歓迎してくれる。おもちゃとして? まぁ、限りある資源は大切に。ということさ。よかったね。 : 0:キツネ、注射を取り出す。 : トラ:ぶ、ざげ……っ! だ、だんだぞどじゅぶじゃば⁉ トラ:(※ ふざけ……っ! な、なんだその注射は⁉) キツネ:おやすみ。ま、せめてもの慈悲さ、この麻酔のカクテルで最期くらいは安らかな夢を。 ウルフ:与える気はねぇよ。 トラ:っが……! : 0:ウルフがトラの後頭部をブロックで殴り、気絶させる。 : キツネ:いやブロックでって……。死んだんじゃない……? ウルフ:いや、平気だろ? キツネ:何で言い切れるのさ? ウルフ:前も生きてたし。 キツネ:え……? ウルフ:それに、良い奴は早く死ぬからな。 キツネ:兄さん、そのフレーズ好きなの? : 0:ウルフ:(M)けれど、仇を全て殺したとき。 : キツネ:……じゃあ、僕らは早死にしないとだね。 : ウルフ:(M)俺は、生きる意味を失ったことに気付いた。 : 0:二人、空を見上げて沈黙。 : キツネ:……それで『これ』をリサイクルに出したら次はどうするの? : ウルフ:(M)俺は、死にたくなった。 : キツネ:兄さん? なにか、やりたいこととか……。 ウルフ:やりたいことも、やれることもない。お前の言ったように、あの家が、あの場所が俺の全てだった。スズメのおかげで全てになった。家族なんて、もう手に入らないと思ってた。でも、また失うことになるなんて思ってなかった。こんなことになるくらいならって、後悔を俺が何度したかなんて、お前も知ってるだろう、狐太郎? キツネ:兄さん……。でも、全て失ったわけじゃない。僕がいる。雛子(ひなこ)も竜馬(りょうま)も雲雀(ひばり)も寧々子(ねねこ)も鷹(たか)雄(お)も犬(けん)太(た)も湖(こ)亜羅(あら)も蜂之(はちの)介(すけ)も朱鷺音(ときね)も、獅子之(ししの)介(すけ)も朱雀(すざく)も鶴羽(つるは)も依瑠(いる)歌(か)も犀(さい)も雪(ゆき)兎(と)も鹿(ろっ)華(か)も蝶(ちょう)夜(や)も……。これから先も、兄さんは色んな人に出会って、大切なものを手に入れていく。失うこともあるかも知れない。でも一緒に面倒ごとも、不幸も、全部一緒に乗り越えるのが家族だって。……もちろん、兄さんが僕らを選んでくれたら——兄さん! : ウルフ:(M)そして、良い奴は。 : トラ:じでぇぇぇぇ! グゾガギィィィィィッ! : 0:トラ、隠し持っていた拳銃をウルフの背中に向けて撃つ。 : キツネ:……っ! : 0:が、キツネがそれを庇って倒れる。 : ウルフ:狐太郎! トラ:ぎひっ、ひひ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! ヒャハァッ! ザバァビ―― : 0:ウルフ、笑い声を上げるトラを踏み潰す。 : ウルフ:あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! : ウルフ:(M)死んでしまうんだ。 : 0:◇◇◇◆ : 0:七十年後。 0:あるビルの一室、ベッドの上。 : ウルフ:(M)そして、それ以来俺は、善人になろうとした。 ウルフ:(M)悪辣なギャングや汚職警官を叩きのめし、脅して金を巻き上げ、身よりの無いガキを拾い育てた。 ウルフ:(M)路地裏の連中に仕事を斡旋し、真っ当な社会に帰そうとした。 ウルフ:(M)けれど、 : ウルフ:良い奴は……、早く死ねるんだろう……? : ウルフ:(M)しかし、俺は長生きした。 ウルフ:(M)誰も求めていないのに、誰にも求められていないのに。 ウルフ:(M)最期の時はなかなか来ない。 ウルフ:(M)だからきっと俺は、既に悪の親玉になっていたんだろう。 ウルフ:(M)どこまで行っても、俺はあの女にはなれないらしい。 ウルフ:(M)どこまで生きても、俺はあの弟にはなれないらしい。 ウルフ:(M)同じところにはいけないのだろう。 : ウルフ:どうして、俺のような、悪人が、こんな、平凡で、満ち足りた、最期を、迎えるの、だろうな? : ウルフ:(M)それでも、後悔はしていない。 ウルフ:(M)俺という悪人は、長生きしたことも、これまでの出会いも、別れも。 ウルフ:(M)そして、こう思うのだ。 : ウルフ:……あぁ、幸せだった。 : ウルフ:(M)悪くない、人生だったのだと。 : 0:ウルフ、眠りにつく。