台本概要
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タイトル | ソーホーの掃除屋〜エバンス探偵日記〜 |
---|---|
作者名 | 大輝宇宙@ひろきうちゅう (@hiro55308671) |
ジャンル | ミステリー |
演者人数 | 5人用台本(男2、女3) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
エリオット・エバンスは、数年前、とある事件をきっかけに孤児院から引き取った助手のハンナと共に 小さな探偵事務所をやっている。 ある日ハンナの旧友ローズが訪ねてきて、「自分は人を殺している」かもしれないと言い出す。 ※本編にローズ役、ダグラス役のどちらかに演じる役者様を委ねている箇所があります。 共演の方と、予めご相談の上御利用下さい。 利用時は、私のXの固定ポストの注意事項を必ずご確認ください。 演じる役者の性別は不問ですが、役の性転換は不可です。 特定の時代、地域、犯罪、人物について書いていません。 「この世界ではそうなんだな」とご理解ください。 また、男娼や殺人などお子様には相応しくない単語が飛び交います。 台本を選ばれる際、共演の方の年齢等にもご配慮下さい。 利用時は、作品タイトルと作家名を明記してください。 作家名:大輝宇宙@ひろきうちゅう ※大輝宇宙のみでも可 今作だけで楽しめるよう書いているつもりですが、 この作品を書くキッカケとなっている 「神様の子供たち」をお読みいただくと、冒頭部分やハンナの特性が 少し分かりやすいと思います。 363 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
エリオット | 男 | 69 | エリオットエバンス。探偵。年齢は35以上をイメージ。普通の感覚の持ち主で特段冴えてはいない。以前孤児院を舞台にした事件でハンナと知り合い、孤児院が大火事になったのをキッカケに彼女を引き取って育てている。 |
ハンナ | 女 | 65 | 年齢は10代を想定。ローズより下であればOK。もともとは感情表現が豊かで可愛らしい少女だったが、孤児院「希望の丘」でロボトミー手術を受けさせられ、感情が欠けてしまっている。その分状況を冷静に見極めることができる。引き取ってくれたエリオットには感謝をしており、現在は探偵業の助手のようなことをしている。 |
ローズ | 女 | 41 | ローズエジャートン。年齢は18〜23想定。もともとはハンナ同様孤児院で育っていたが、その後貴族の養子となる。ダグラスと結婚し、幸せに暮らしていた。優しい。 |
ダグラス | 男 | 39 | ダグラスエジャートン。孤児院育ちで貴族家に引き取られた。ローズとは孤児院にいるときからの知り合いで、再会の後結婚した。誠実な雰囲気の妻思いの夫。 |
マダム | 女 | 33 | マダムロッテ。情報通。変態。貴族界隈でもかなり顔が広く、怪しいサロンを開いては貴族たちの欲求を満たしている。人をいたぶるのが趣味の変態。ハンナのことが気に入っている。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:
0:エリオットエバンスの探偵事務所。応接用のテーブルを挟んで、2組の男女が向き合っている。エリオットの隣には助手のハンナ、向かいには依頼人のローズとダグラスが座っている。
ローズ:久しぶりね、ハンナ。
ハンナ:ローズ・・。来てくれて嬉しいわ。
ローズ:「希望の丘」が大火事になったと聞いて、すぐにでも駆けつけたい気持ちでいっぱいだったのだけど・・お父様に反対されて、ずっと訪ねることが出来ずにいたの。
ハンナ:大丈夫よ、私は。エリオットに引き取られて、元気にやっているわ。
ローズ:良かった。あの火事で亡くなった仲間も沢山いると聞いてるわ。
ハンナ:そうね・・。
ローズ:みんなバラバラになってしまったわね。・・私はね、希望の丘から十一歳の時に父の養子になって幸せにやっているわ。十六でダグラスと再会して、・・こないだ結婚したの。
エリオット:ダグラスさんも希望の丘に?
ダグラス:はい。私もあそこの出身です。私はハンナがあの孤児院に預けられるよりも前に、今のエジャートン家に引き取られましたのでハンナとは面識はありませんが・・。
エリオット:なるほど。
ローズ:ハンナは、本当の妹みたいに可愛かったわ。いつもニコニコしていて、明るくって。まさか探偵をしてるなんて驚いたわ。
ハンナ:大したことはしてないわ。ここはペット探しや浮気調査、果てはお婆さんの買い物代行もするのよ。探偵かどうかも怪しいの。
エリオット:反論できないのが痛い話だ。
ローズ:ふふ・・そう。
ダグラス:ローズ、やっぱり探偵さんを頼るのはよさないか?
ローズ:・・嫌よ。ハンナなら不安な私の気持ちを分かってくれるはずだもの。
ダグラス:しかし、人が殺されてる、恐ろしい事件だ。警察に任せておけばきっと解決する。
ローズ:嫌ったら嫌!そうやって何もしない間に、また私が人を殺してしまったらどうするの!?
エリオット:ちょ・・ちょっと待ってください!ローズさん・・あなたがまた人を殺すっていうのは・・どういう事ですか?
ローズ:そのままの意味です。
ハンナ:どうして殺したの?誰を?
ローズ:・・分からないわ。
エリオット:衝動的に?見知らぬ人を?
ローズ:・・そうかもしれない。
エリオット:ええっと・・?
ダグラス:ローズ、それじゃあ伝わらないよ。・・おふたりは、最近ソーホーの娼館街で男娼の子供たちが相次いで殺されている話はご存知ですか?
ハンナ:新聞に載っていたわ。女装をして客の相手をするのが専門の男娼ばかりが立て続けに殺されているって。
ダグラス:ええ。
エリオット:その事件の犯人が、奥さんの・・ローズさんだと?
ダグラス:勿論そんなことは絶対に有り得ない!でも彼女は自分が犯人だと思い込んでいて・・。
エリオット:うぅん?
ハンナ:被害者は既に3人。内2件で現場から立ち去る女性が目撃されているって書いてあったわ。
エリオット:ほぉ・・でもだよ?思い込んでるってことは、やった記憶はないってことですよね?
ローズ:はい・・そんな恐ろしい記憶はありません。
ハンナ:何故自分がやったと思うの?
ローズ:それは・・ダグラス、ドレスを出して。
ダグラス:ああ・・(持ってきた包みを開いて、クリームイエローのドレスを見せる。ドレスにはべっとりと血痕が付着している)
エリオット:うぉっ・・!裾(すそ)が血だらけだ。
ハンナ:このドレスはローズのなの?
ローズ:ええ。
エリオット:・・・。どうしてこんなに血が・・。
ローズ:クローゼットの奥に押し込めるように丸めて入っていたんです。
ハンナ:誰かが盗んで返したってこと?
ローズ:盗まれることはあっても、わざわざ返すなんて考えられないでしょう?
ハンナ:確かに。でも、被害者の血とは限らない。
ローズ:この血はね・・被害者が殺されたと報道されるたびに濃くなってるし、付く場所も増えてるのよ・・。
ダグラス:考えすぎだと思うんですけどね・・私は。だって、ローズは虫も殺せないような優しい女性なんです。孤児院にいた時から何も変わっていない。
ローズ:ダグラス・・。じゃあこの血はなんだって言うの・・。
ダグラス:それは・・!・・(答えられない)
ローズ:ほら!説明できないじゃない・・このドレスは私のもの・・そして私は彼らが殺された夜の記憶が無いのよ!
エリオット:記憶がない?
ローズ:もともと不眠症ぎみで、明け方まで寝付けないことが多いんですが・・、事件の晩は決まってすぐに眠りに落ちていて・・。
ダグラス:そうだろう?つまり、朝まで眠っているってことだ。
エリオット:そうですよね。失礼ですがご主人と寝室は同じで?
ローズ:ええ。
エリオット:着替えて出て行って少年を殺して戻る・・。さすがに気づかないわけがないと思います。
ローズ:そう・・ですけど・・。
ハンナ:このドレスのこと、警察には言った?
ローズ:まだ・・。
ダグラス:言う必要がないと思っています。ローズがやったわけはないし、警察に話したら、ろくに調べもせずローズを捕まえて幕引きです。
エリオット:確かに、最近のロンドン市警は腐ってるからな・・。
ハンナ:自分たちに都合の悪い犯罪を揉み消してる噂は絶えない。
ダグラス:ええ。それに、これだけ続いてるというのに、殺されたのは皆、男娼ということもあって捜査は難航していると新聞でも書かれていました。
ハンナ:捜査をする気がないってことよね、どうせ被害にあった男娼はみんな、誰にも心配されない孤児(みなしご)だって思っているのよ。
ローズ:私・・希望の丘に預けられる前・・、本当の家族と暮らしていた時に祖父から虐待をされていたの・・。
ダグラス:ローズ、それは関係ない。
ローズ:精神の学者様とお話をした際に「自分とは別の人格にその苦しみを肩代わりさせたことはないか」って聞かれたことがあるわ・・。
エリオット:どういう意味ですか?
ハンナ:自己防衛の方法のひとつよ。今虐待をされているのは別人だと思い込むことで自分は被害に遭ってはいないことにして自分を守るの。その時に作った別の人格をずっと自分の人格と同居させているという考え方があるのよ。
エリオット:二重人格ってやつか!
ハンナ:なんだ、知ってるじゃない。
エリオット:別の人格が勝手に出入り(ではいり)して、その時の記憶がないってことだよな・・。
エリオット:ローズさんは、そうなんですか?
ローズ:分かりません・・ただ、もしかしたら私の中に別の残虐な人格がいて、夜な夜な男娼の子を殺して回っているのかもしれないと・・。
ダグラス:それは絶対にないよ。安心して。僕はそんな別人格の君を見た事ない。
ローズ:わたし、新聞で報道が出る度に恐ろしくて・・ハンナが探偵をしていると聞いて、相談に乗って貰えないかと思ったの・・。
ハンナ:ずっとローズを監視しているわけにもいかない。
ローズ:えっ・・
ハンナ:第一、本当に二重人格を疑っているならこんな寂れた探偵事務所じゃなく、精神の医者や学者に診てもらうべきだわ。
ローズ:そんな・・ハンナ・・。あなた、昔はそんなこと言う子じゃなかったのに・・きっと力になってくれるって・・私・・。
ダグラス:もう帰ろうローズ・・。(肩を抱き、立ち上がらせようとする)
エリオット:申し訳ない。ハンナは、あの火事のショックでその・・。
ハンナ:傷つけたならごめんなさい。私、何も感じなくなったの。嬉しいも悲しいも、どこか遠くで見ているような、自分の事として感じられなくなったのよ。
ローズ:そう・・だったのね。どおりで全く違う雰囲気になってしまったと思ったわ。そう、あの火事で・・。大変だったわね、ハンナ・・。
エリオット:話を聞く限り、俺はローズさんが二重人格の犯人だとは思えない。だから、真犯人を探すってことで依頼を引き受けようと思うんだが、どうだろう。
ダグラス:それなら、是非お願いします。犯人が捕まれば、ローズもきっと落ち着きますし・・どうか、お願い致します。
0:ローズ達が帰った後の探偵事務所。紅茶を飲みながらハンナがエリオットに話しかける。
ハンナ:火事のせいだなんて嘘、付かなくて良かったのに・・。
エリオット:・・あぁ、うん。
ハンナ:「ハンナはあの孤児院でロボトミー手術をされて心を失いました」って、言えばいいのよ。
エリオット:難しいことを言う必要はないだろ。
ハンナ:・・それは、そうね。私が「不感症」だって事実が伝われば充分。
エリオット:さて、どう思う?
ハンナ:ローズが本当に犯人かどうか?新聞の報道だけでは断定が出来ない。
エリオット:そうだな。目撃されているのは女だが・・ドレスを着た女に可能な犯行なのかどうか・・。
ハンナ:遺体の状態が知りたい。
エリオット:こら!ハンナ!年頃の娘がそんなもの知りたがるな
ハンナ:バカね。私、死体を前にしてもエリオットより動揺しない自信があるわ。
エリオット:そうだとしても!俺は、お前には普通の人生を送ってほしいとだな・・
ハンナ:そんなものは諦めて。むしろ刺激があった方が、私の感情が取り戻せるかもしれないわ。
エリオット:本当かぁ?
ハンナ:さぁね。・・遺体の状態に詳しい人に話を聞きたいけれど・・警察は教えてくれないだろうし・・。エリオット、あの人の所へ行くわよ。
エリオット:げっ!あの人・・嫌だぞ俺は。
ハンナ:マダムは表に出ない情報は、全て掌握してるでしょう。大丈夫、私はマダムのお気に入りだから。一番フリルの多いドレスと・・つばの大きな帽子でいけば、聞き出すのは容易いことよ。
エリオット:うう・・
0:マダムロッテの屋敷。応接室。
マダム:ふふ・・顔に出過ぎていて笑えるわね、エリオットエバンス。
エリオット:悪かったな。
マダム:そんなにここへ来たくなかったなら、ハンナだけ来たら良かったのに。
エリオット:あんたがハンナに何をするか分かったもんじゃないからな。一人でここへやる気はない。
マダム:あら、やだ(にやりとする)
エリオット:監禁だってやりかねん。
マダム:そうね。閉じ込めて着せ替え遊びをするのも素敵だし、何も着せないで繋いで世話をするのも楽しそうだわ。
ハンナ:やめて。私達は今日、マダムロッテに情報を貰いに来たの。
マダム:ハンナ・・賢い瞳の虚ろな少女。今日は私好みに着飾って来てくれたのね?ありがとう。それで?何を知りたいのかしら。
0:別室から男の叫び声が聞こえる。
エリオット:何だ、今の声は。
マダム:ああ、今手懐けている犬がいるの。
エリオット:いや、どう聴いても人間の声だったぞ。
マダム:ふふ、言葉の「あや」よ。彼は犬だもの。トイレの躾の最中なのよ。定期的に使用人が部屋に毒蛇を放つことになっていて、犬がトイレ以外で漏らしてしまわないかトレーニングをしているの。今のは・・恐怖のあまり叫んでしまったんでしょう。
ハンナ:毒で死んでしまったらどうするの?
マダム:また別の犬を飼えば良いわ。
ハンナ:使用人がよ。
マダム:そうね、毒蛇の回収をする時に噛まれた者がいたけれど・・命はとりとめて、今では私の犬として幸せに暮らしているわ。
ハンナ:そう。
マダム:ハンナもいつでも私の犬になっていいのよ?大事に可愛がってあげるわ。死んだらちゃあんと骨まで煮込んでスープにしてあげる・・。
エリオット:やめろ!あんたは、どこまで本気か分からん。
ハンナ:マダムは全部本気よ。
マダム:ふふふ。普通の面白みのない男だわ。
ハンナ:そろそろ本題に入ってもいいかしら、マダムロッテ。
マダム:ええ、どうぞ。可愛いハンナ。私の知っていることなら何でも教えてあげるわ。
ハンナ:ソーホーの風俗街の事件の事なのだけど。
マダム:ああ。あの悪趣味な事件ね。
エリオット:あんたのしていることも十分に悪趣味だけどな。
マダム:あの犯人は、美しくないわ。
ハンナ:どういうところが?
マダム:だって、せっかくめかし込んだ男娼を着替えさせて、髪を剃り落としているのよ?せっかくのドレスや長い髪を台無しにするなんて!
ハンナ:男娼たちは皆、ドレス姿で見つかったんじゃないの?
マダム:着ていたドレスはズタズタに裂かれて現場に落ちているの。そして彼らは皆ズボンを穿かされているのよ。
エリオット:遺体になってからか?そんな面倒なことを何でわざわざ。
マダム:そうねぇ。犯人が自称「掃除屋」だからじゃないかしら?
エリオット:掃除屋?そう名乗っているのか?
マダム:メッセージカードが残されているのよ。「綺麗(クリーン)になった」ってね。
ハンナ:風俗や女装を嫌う人間が世直しのためにやっているつもりなのかしら。
マダム:どうかしらね。でも髪を剃り落としズボンを穿かせ、化粧を荒く拭き取っている・・私の美学には全く合わないお粗末な仕立てだわ。
エリオット:しかし、犯人は女らしい。現場から立ち去るのが目撃されている。
マダム:らしいわね。でも・・同業の可能性もあるんじゃないかしら?
エリオット:女装の子供同士で殺してるってことか?・・その後にズボンを穿かせるって・・それは女の犯行より無理があるんじゃないのか?
マダム:驚いたわね。
エリオット:ああ。だとしたら驚きだ。それにしても詳しいな。何だってあんたのところにはこんなに情報が集まってくるんだ。
マダム:私の開くサロンには色んなお客様がいらっしゃるのよ。警察関係者、政治の関係者、それこそ風俗の経営者なんかもいるわ。ふふふ・・誰から聞いたか実名は明かせないけれどね。
ハンナ:血の付いたドレスを持っている女性がいるの。
マダム:まぁ!素敵。あなた達は犯人を見つけたってこと?
エリオット:いや。俺たちは彼女が犯人ではないという仮定で動いてるんだ。
マダム:あら、残念。でも、血が付いた理由が分からないんじゃ証明もできないと思ってるのね?
エリオット:まだ少年たちの血だと決まったわけじゃないが、結構な量の血だ。他に何故付いたのかも分からない。
マダム:ふぅん。事件の相談はその女から持ちかけられたの?
ハンナ:そうよ。私の孤児院時代の知り合いなの。
マダム:そう・・。残念だけど、その女は犯人かもしれないわね。
ハンナ:なぜ?
マダム:だって、極めて犯人に近い人間しか知らないことを知っているんですもの。
ハンナ:何のことを言ってるの?
マダム:あなたたち、殺された男娼たちが女装専門だということは知っていたわよね?
ハンナ:ええ。新聞にもそう書いてあったもの。
マダム:でも、着替えをして、髪を剃られ、化粧を拭き取られていたことは知らなかった・・。
ハンナ:そこまでのことは書かれてなかったわ。
マダム:情報源は新聞と、その女からの話しかなかったのね?
エリオット:ああ。・・もったいぶらずにさっさと教えてくれ。何が犯人に近い人間しか知り得ない事なんだ?
マダム:ふふふ・・・面白いわ。
エリオット:何も面白くないね。ローズさんが犯人だとしても、同業者同士の、子ども同士の殺し合いだとしても何も面白くない。
マダム:・・・エリオットのお馬鹿さん(にんまりする)私が「驚いた」と言ったのは犯人の手口のことじゃないわ。
エリオット:ああ!?じゃあ何に驚いたんだよ
ハンナ:待って。
エリオット:何だ?
ハンナ:私もローズが来た時に初めて聞いて、「そうだったんだ」って思って流していたけれど、知らなかったことがあったの。
エリオット:あん?
マダム:そういう綻びは大事になさい。人間を追い詰めるいい材料になる。
エリオット:そうか・・・新聞のどこにも「子供」・・、男娼が「子供」だとは書かれていなかったんだ。
ハンナ:ええ。
エリオット:それを知っていたってことは、やっぱりローズさんは・・。
0:
0:エジャートン家、ローズとダグラスの寝室。夜。
ダグラス:最近眠れていないよね、ローズ。
ローズ:大丈夫よ・・。いつものことだもの。それに眠ってしまったら、私また・・。
ダグラス:君が犯人なはずがない。大丈夫だよローズ。さ、ホットミルクを。
ローズ:いつもありがとう・・。
ダグラス:いや?よく眠れるように作っているけど、君の不眠症はなかなか頑固だから。
ローズ:ふふ。ごめんなさい。
ダグラス:今夜はゆっくり眠れるといいね。
ローズ:ええ。今夜は何も起こらないといいんだけど・・。
0:
0:
0:深夜。ソーホーの風俗街裏通り。暗闇の中でドレスを纏った人影が、道にしゃがんでいる。
人影:(ローズが声を低くするか、ダグラスが高くするかで演じて下さい)綺麗にしなきゃ・・綺麗にしなきゃ・・。もう沢山・・もう沢山なんだから・・・。
ハンナ:これ以上、遺体を辱めるのはやめなさい。
人影:!
エリオット:・・・遅かった・・か・・。
ハンナ:そのドレス・・やっぱり貴方だったのね。
エリオット:何でなんだ。どうしてこんなことを繰り返す必要がある!
人影:・・・・。
ハンナ:貴方は街を綺麗にしているつもりかもしれないけど、その子達にそこまでされる罪があるとは思えないわ。
エリオット:さっぱり分からねぇよ・・。何でなんだ。なぁ!ダグラスさん!!
0:薄暗い中からダグラスがゆっくりと立ち上がり姿を現す。
ダグラス:ローズは・・このことは?
ハンナ:知らせてないわ。
ダグラス:そう・・ですか。
エリオット:そんなにローズさんが心配なら、なぜ彼女のドレスを着てこんなことをする。
ダグラス:私にもね・・わからないんですよ。感情が理性がバラバラでぐちゃぐちゃで・・わからないんです。
ダグラス:僕は、孤児院を出てあの家に引き取られてからずっと義父に可愛がられてきました。・・ドレスを着せてもらって、化粧をしてもらって。愛されていたんです。
エリオット:女の子として、育てられてたのか?
エリオット:・・・今も続いてるのか?ローズさんと結婚してからも、アンタの父親は・・?
ダグラス:ちょうどローズと再会する少し前に、義父は他界しましてね。義母は私達の関係を知って、離縁していましたから、私はまんまとエジャートン家の当主になれたんです。
ハンナ:ローズと結婚したのはなぜ?
ダグラス:愛していたからですよ。孤児院にいるときから好きだった。彼女と再会して、私の人生にようやく光がさしたんだ・・。でも・・・
ハンナ:ローズは、あなたがそんな扱いをされていたことを知っているの?
ダグラス:余計な心配になりますから言ってません。彼女自身も虐待に苦しんでいる・・。
エリオット:どうしてあんたは、女の格好をして子どもたちを殺したんだ?
ダグラス:ローズと結婚してから、声が聞こえるようになったんです。
エリオット:声?
ダグラス:ええ。義父の声が・・。愛してるよディジー、私のかわいいディジー・・。義父は私をディジーと呼んで可愛がってくれました・・・。
エリオット:あんた、その父親の歪んだ愛を愛情だと思ってるのか?
ダグラス:はい。私を引き取ってくれて愛してくれたんですから・・
エリオット:そいつは変態趣味の汚い大人だろ!?そもそも、女の子が欲しいなら、孤児院からは女の子を引き取ればいい!
ダグラス:・・・それも、分かっているんですよ。
ダグラス:愛されていたと思う自分と、玩具にされていたんじゃないかという自分がせめぎ合っていて・・どちらなのか分かりません。義父との日々は・・幸せで、苦しかった。ははっ。だから僕の感情はズタズタです。だから、綺麗に(クリーンに)してあげないとって思ったんです。
ダグラス:ローズを愛そうとする度に、彼女にこんな汚らわしい自分を曝け出すことができなかった・・。そんな人間は僕だけで十分だ。だから、彼らを綺麗にしてあげました。
ハンナ:自分と同じ目に遭わせないためだと言うのね。
ダグラス:はい。・・はーっ・・ずっと誰かに話したかったような気がします。とてもスッキリしました。
エリオット:俺は、お前を警察に突き出すぞ。
ダグラス:ええ。お好きなように。でも、今話したことは話しませんよ?ローズには知られたくない。世間に面白おかしく噂されるのも御免です。私は、風俗街を掃除するために人殺しをした。そういうことです。
ハンナ:・・ローズはどっちにしてもショックを受けるわ。
ダグラス:へぇ・・。心が死んでいるのに、分かるんだねハンナ。
ハンナ:・・・。
ダグラス:はははっ!こいつらは汚らわしいよ!女の格好をして男を弄んで、金を貰って・・そんなの愛でもなんでも無い。金欲しさに、居場所欲しさにそんなことをして、そんな人間は、死んで当然なんだよ!・・死んで当然・・。
ローズ:・・ダグラス・・。
ダグラス:ローズ・・・!何故・・・ホットミルクを飲まなかったの?
ローズ:・・眠るのが怖かったから・・。貴方が出ていくのに気がついて・・・嘘でしょう・・?
ダグラス:全部聞いてたの?
ローズ:・・・・
ダグラス:・・そう。君にだけは知られたくなかった・・・。はははっ・・そうだよね、一番汚いのは僕だ・・。
ローズ:ダグラス!そんなことないわ!
ダグラス:もう・・おしまいだ。こんな格好したって愛されていた頃に戻れるわけじゃないのに・・!お義父様に会えるわけじゃないのに・・・。
ダグラス:いや、違う・・。会いたくない!!女の格好なんてしたくなかった・・・!お義父様なんて大嫌いだ・・。痛いのは嫌だ・・・来ないで・・来ないで・・・
ローズ:ダグラス・・・大丈夫・・?
ダグラス:ああ・・。ローズ・・・君と幸せになれると思ってたのに・・・ごめんね・・ごめん・・。
ローズ:ダグラス?
0:ダグラスは持っている刃物を自分の腹に突き立てるように構える
ハンナ:ダグラス!
エリオット:やめろ!
ローズ:いやぁっ!!
0:思い切り腹を刺すダグラス。
0:
0:エバンス探偵事務所
ハンナ:ローズがエジャートン家の財産の半分以上を使って、子供の福祉に役立てる組織を創ったそうよ。孤児院から引き取られた子供の、その後の生活を見届けるような活動をするんですって。
エリオット:そうか。
ハンナ:ダグラスのような子供をもう作りたくないからって。
エリオット:そうだな・・。
ハンナ:虐待が愛されていた記憶に変わることもあるのね。
エリオット:頭と心でチグハグになるから、苦しいんだろ。愛されていた記憶に変わるんじゃなくて、そう思いたい、思わないと死にたくなるほど辛いってことだ。
ハンナ:あら。エリオットにしては鋭い考察だわ。
エリオット:お前なぁ・・。
ハンナ:さっきから何を書いてるの?
エリオット:あ?これか?いや、探偵として本格的な事件に立ち会うのは滅多にないから、記録を付けておこうと思ってな。
ハンナ:ふぅん。
エリオット:エリオットエバンスの事件簿・・・うん、探偵っぽいだろう?
ハンナ:事件簿なんて似合わないわ。第一、あなた全く推理なんてしてないじゃない。
エリオット:うっ!
ハンナ:エリオットには日記がお似合いよ。エバンス探偵日記ってところでしょうね。
エリオット:ちぇー・・ま、たしかに。俺にはそのくらいがちょうどいいや。
0:ノートの表紙の「事件簿」の文字を消し、上から「探偵日記」と書き足すエリオット
0:
0:end
0:
0:エリオットエバンスの探偵事務所。応接用のテーブルを挟んで、2組の男女が向き合っている。エリオットの隣には助手のハンナ、向かいには依頼人のローズとダグラスが座っている。
ローズ:久しぶりね、ハンナ。
ハンナ:ローズ・・。来てくれて嬉しいわ。
ローズ:「希望の丘」が大火事になったと聞いて、すぐにでも駆けつけたい気持ちでいっぱいだったのだけど・・お父様に反対されて、ずっと訪ねることが出来ずにいたの。
ハンナ:大丈夫よ、私は。エリオットに引き取られて、元気にやっているわ。
ローズ:良かった。あの火事で亡くなった仲間も沢山いると聞いてるわ。
ハンナ:そうね・・。
ローズ:みんなバラバラになってしまったわね。・・私はね、希望の丘から十一歳の時に父の養子になって幸せにやっているわ。十六でダグラスと再会して、・・こないだ結婚したの。
エリオット:ダグラスさんも希望の丘に?
ダグラス:はい。私もあそこの出身です。私はハンナがあの孤児院に預けられるよりも前に、今のエジャートン家に引き取られましたのでハンナとは面識はありませんが・・。
エリオット:なるほど。
ローズ:ハンナは、本当の妹みたいに可愛かったわ。いつもニコニコしていて、明るくって。まさか探偵をしてるなんて驚いたわ。
ハンナ:大したことはしてないわ。ここはペット探しや浮気調査、果てはお婆さんの買い物代行もするのよ。探偵かどうかも怪しいの。
エリオット:反論できないのが痛い話だ。
ローズ:ふふ・・そう。
ダグラス:ローズ、やっぱり探偵さんを頼るのはよさないか?
ローズ:・・嫌よ。ハンナなら不安な私の気持ちを分かってくれるはずだもの。
ダグラス:しかし、人が殺されてる、恐ろしい事件だ。警察に任せておけばきっと解決する。
ローズ:嫌ったら嫌!そうやって何もしない間に、また私が人を殺してしまったらどうするの!?
エリオット:ちょ・・ちょっと待ってください!ローズさん・・あなたがまた人を殺すっていうのは・・どういう事ですか?
ローズ:そのままの意味です。
ハンナ:どうして殺したの?誰を?
ローズ:・・分からないわ。
エリオット:衝動的に?見知らぬ人を?
ローズ:・・そうかもしれない。
エリオット:ええっと・・?
ダグラス:ローズ、それじゃあ伝わらないよ。・・おふたりは、最近ソーホーの娼館街で男娼の子供たちが相次いで殺されている話はご存知ですか?
ハンナ:新聞に載っていたわ。女装をして客の相手をするのが専門の男娼ばかりが立て続けに殺されているって。
ダグラス:ええ。
エリオット:その事件の犯人が、奥さんの・・ローズさんだと?
ダグラス:勿論そんなことは絶対に有り得ない!でも彼女は自分が犯人だと思い込んでいて・・。
エリオット:うぅん?
ハンナ:被害者は既に3人。内2件で現場から立ち去る女性が目撃されているって書いてあったわ。
エリオット:ほぉ・・でもだよ?思い込んでるってことは、やった記憶はないってことですよね?
ローズ:はい・・そんな恐ろしい記憶はありません。
ハンナ:何故自分がやったと思うの?
ローズ:それは・・ダグラス、ドレスを出して。
ダグラス:ああ・・(持ってきた包みを開いて、クリームイエローのドレスを見せる。ドレスにはべっとりと血痕が付着している)
エリオット:うぉっ・・!裾(すそ)が血だらけだ。
ハンナ:このドレスはローズのなの?
ローズ:ええ。
エリオット:・・・。どうしてこんなに血が・・。
ローズ:クローゼットの奥に押し込めるように丸めて入っていたんです。
ハンナ:誰かが盗んで返したってこと?
ローズ:盗まれることはあっても、わざわざ返すなんて考えられないでしょう?
ハンナ:確かに。でも、被害者の血とは限らない。
ローズ:この血はね・・被害者が殺されたと報道されるたびに濃くなってるし、付く場所も増えてるのよ・・。
ダグラス:考えすぎだと思うんですけどね・・私は。だって、ローズは虫も殺せないような優しい女性なんです。孤児院にいた時から何も変わっていない。
ローズ:ダグラス・・。じゃあこの血はなんだって言うの・・。
ダグラス:それは・・!・・(答えられない)
ローズ:ほら!説明できないじゃない・・このドレスは私のもの・・そして私は彼らが殺された夜の記憶が無いのよ!
エリオット:記憶がない?
ローズ:もともと不眠症ぎみで、明け方まで寝付けないことが多いんですが・・、事件の晩は決まってすぐに眠りに落ちていて・・。
ダグラス:そうだろう?つまり、朝まで眠っているってことだ。
エリオット:そうですよね。失礼ですがご主人と寝室は同じで?
ローズ:ええ。
エリオット:着替えて出て行って少年を殺して戻る・・。さすがに気づかないわけがないと思います。
ローズ:そう・・ですけど・・。
ハンナ:このドレスのこと、警察には言った?
ローズ:まだ・・。
ダグラス:言う必要がないと思っています。ローズがやったわけはないし、警察に話したら、ろくに調べもせずローズを捕まえて幕引きです。
エリオット:確かに、最近のロンドン市警は腐ってるからな・・。
ハンナ:自分たちに都合の悪い犯罪を揉み消してる噂は絶えない。
ダグラス:ええ。それに、これだけ続いてるというのに、殺されたのは皆、男娼ということもあって捜査は難航していると新聞でも書かれていました。
ハンナ:捜査をする気がないってことよね、どうせ被害にあった男娼はみんな、誰にも心配されない孤児(みなしご)だって思っているのよ。
ローズ:私・・希望の丘に預けられる前・・、本当の家族と暮らしていた時に祖父から虐待をされていたの・・。
ダグラス:ローズ、それは関係ない。
ローズ:精神の学者様とお話をした際に「自分とは別の人格にその苦しみを肩代わりさせたことはないか」って聞かれたことがあるわ・・。
エリオット:どういう意味ですか?
ハンナ:自己防衛の方法のひとつよ。今虐待をされているのは別人だと思い込むことで自分は被害に遭ってはいないことにして自分を守るの。その時に作った別の人格をずっと自分の人格と同居させているという考え方があるのよ。
エリオット:二重人格ってやつか!
ハンナ:なんだ、知ってるじゃない。
エリオット:別の人格が勝手に出入り(ではいり)して、その時の記憶がないってことだよな・・。
エリオット:ローズさんは、そうなんですか?
ローズ:分かりません・・ただ、もしかしたら私の中に別の残虐な人格がいて、夜な夜な男娼の子を殺して回っているのかもしれないと・・。
ダグラス:それは絶対にないよ。安心して。僕はそんな別人格の君を見た事ない。
ローズ:わたし、新聞で報道が出る度に恐ろしくて・・ハンナが探偵をしていると聞いて、相談に乗って貰えないかと思ったの・・。
ハンナ:ずっとローズを監視しているわけにもいかない。
ローズ:えっ・・
ハンナ:第一、本当に二重人格を疑っているならこんな寂れた探偵事務所じゃなく、精神の医者や学者に診てもらうべきだわ。
ローズ:そんな・・ハンナ・・。あなた、昔はそんなこと言う子じゃなかったのに・・きっと力になってくれるって・・私・・。
ダグラス:もう帰ろうローズ・・。(肩を抱き、立ち上がらせようとする)
エリオット:申し訳ない。ハンナは、あの火事のショックでその・・。
ハンナ:傷つけたならごめんなさい。私、何も感じなくなったの。嬉しいも悲しいも、どこか遠くで見ているような、自分の事として感じられなくなったのよ。
ローズ:そう・・だったのね。どおりで全く違う雰囲気になってしまったと思ったわ。そう、あの火事で・・。大変だったわね、ハンナ・・。
エリオット:話を聞く限り、俺はローズさんが二重人格の犯人だとは思えない。だから、真犯人を探すってことで依頼を引き受けようと思うんだが、どうだろう。
ダグラス:それなら、是非お願いします。犯人が捕まれば、ローズもきっと落ち着きますし・・どうか、お願い致します。
0:ローズ達が帰った後の探偵事務所。紅茶を飲みながらハンナがエリオットに話しかける。
ハンナ:火事のせいだなんて嘘、付かなくて良かったのに・・。
エリオット:・・あぁ、うん。
ハンナ:「ハンナはあの孤児院でロボトミー手術をされて心を失いました」って、言えばいいのよ。
エリオット:難しいことを言う必要はないだろ。
ハンナ:・・それは、そうね。私が「不感症」だって事実が伝われば充分。
エリオット:さて、どう思う?
ハンナ:ローズが本当に犯人かどうか?新聞の報道だけでは断定が出来ない。
エリオット:そうだな。目撃されているのは女だが・・ドレスを着た女に可能な犯行なのかどうか・・。
ハンナ:遺体の状態が知りたい。
エリオット:こら!ハンナ!年頃の娘がそんなもの知りたがるな
ハンナ:バカね。私、死体を前にしてもエリオットより動揺しない自信があるわ。
エリオット:そうだとしても!俺は、お前には普通の人生を送ってほしいとだな・・
ハンナ:そんなものは諦めて。むしろ刺激があった方が、私の感情が取り戻せるかもしれないわ。
エリオット:本当かぁ?
ハンナ:さぁね。・・遺体の状態に詳しい人に話を聞きたいけれど・・警察は教えてくれないだろうし・・。エリオット、あの人の所へ行くわよ。
エリオット:げっ!あの人・・嫌だぞ俺は。
ハンナ:マダムは表に出ない情報は、全て掌握してるでしょう。大丈夫、私はマダムのお気に入りだから。一番フリルの多いドレスと・・つばの大きな帽子でいけば、聞き出すのは容易いことよ。
エリオット:うう・・
0:マダムロッテの屋敷。応接室。
マダム:ふふ・・顔に出過ぎていて笑えるわね、エリオットエバンス。
エリオット:悪かったな。
マダム:そんなにここへ来たくなかったなら、ハンナだけ来たら良かったのに。
エリオット:あんたがハンナに何をするか分かったもんじゃないからな。一人でここへやる気はない。
マダム:あら、やだ(にやりとする)
エリオット:監禁だってやりかねん。
マダム:そうね。閉じ込めて着せ替え遊びをするのも素敵だし、何も着せないで繋いで世話をするのも楽しそうだわ。
ハンナ:やめて。私達は今日、マダムロッテに情報を貰いに来たの。
マダム:ハンナ・・賢い瞳の虚ろな少女。今日は私好みに着飾って来てくれたのね?ありがとう。それで?何を知りたいのかしら。
0:別室から男の叫び声が聞こえる。
エリオット:何だ、今の声は。
マダム:ああ、今手懐けている犬がいるの。
エリオット:いや、どう聴いても人間の声だったぞ。
マダム:ふふ、言葉の「あや」よ。彼は犬だもの。トイレの躾の最中なのよ。定期的に使用人が部屋に毒蛇を放つことになっていて、犬がトイレ以外で漏らしてしまわないかトレーニングをしているの。今のは・・恐怖のあまり叫んでしまったんでしょう。
ハンナ:毒で死んでしまったらどうするの?
マダム:また別の犬を飼えば良いわ。
ハンナ:使用人がよ。
マダム:そうね、毒蛇の回収をする時に噛まれた者がいたけれど・・命はとりとめて、今では私の犬として幸せに暮らしているわ。
ハンナ:そう。
マダム:ハンナもいつでも私の犬になっていいのよ?大事に可愛がってあげるわ。死んだらちゃあんと骨まで煮込んでスープにしてあげる・・。
エリオット:やめろ!あんたは、どこまで本気か分からん。
ハンナ:マダムは全部本気よ。
マダム:ふふふ。普通の面白みのない男だわ。
ハンナ:そろそろ本題に入ってもいいかしら、マダムロッテ。
マダム:ええ、どうぞ。可愛いハンナ。私の知っていることなら何でも教えてあげるわ。
ハンナ:ソーホーの風俗街の事件の事なのだけど。
マダム:ああ。あの悪趣味な事件ね。
エリオット:あんたのしていることも十分に悪趣味だけどな。
マダム:あの犯人は、美しくないわ。
ハンナ:どういうところが?
マダム:だって、せっかくめかし込んだ男娼を着替えさせて、髪を剃り落としているのよ?せっかくのドレスや長い髪を台無しにするなんて!
ハンナ:男娼たちは皆、ドレス姿で見つかったんじゃないの?
マダム:着ていたドレスはズタズタに裂かれて現場に落ちているの。そして彼らは皆ズボンを穿かされているのよ。
エリオット:遺体になってからか?そんな面倒なことを何でわざわざ。
マダム:そうねぇ。犯人が自称「掃除屋」だからじゃないかしら?
エリオット:掃除屋?そう名乗っているのか?
マダム:メッセージカードが残されているのよ。「綺麗(クリーン)になった」ってね。
ハンナ:風俗や女装を嫌う人間が世直しのためにやっているつもりなのかしら。
マダム:どうかしらね。でも髪を剃り落としズボンを穿かせ、化粧を荒く拭き取っている・・私の美学には全く合わないお粗末な仕立てだわ。
エリオット:しかし、犯人は女らしい。現場から立ち去るのが目撃されている。
マダム:らしいわね。でも・・同業の可能性もあるんじゃないかしら?
エリオット:女装の子供同士で殺してるってことか?・・その後にズボンを穿かせるって・・それは女の犯行より無理があるんじゃないのか?
マダム:驚いたわね。
エリオット:ああ。だとしたら驚きだ。それにしても詳しいな。何だってあんたのところにはこんなに情報が集まってくるんだ。
マダム:私の開くサロンには色んなお客様がいらっしゃるのよ。警察関係者、政治の関係者、それこそ風俗の経営者なんかもいるわ。ふふふ・・誰から聞いたか実名は明かせないけれどね。
ハンナ:血の付いたドレスを持っている女性がいるの。
マダム:まぁ!素敵。あなた達は犯人を見つけたってこと?
エリオット:いや。俺たちは彼女が犯人ではないという仮定で動いてるんだ。
マダム:あら、残念。でも、血が付いた理由が分からないんじゃ証明もできないと思ってるのね?
エリオット:まだ少年たちの血だと決まったわけじゃないが、結構な量の血だ。他に何故付いたのかも分からない。
マダム:ふぅん。事件の相談はその女から持ちかけられたの?
ハンナ:そうよ。私の孤児院時代の知り合いなの。
マダム:そう・・。残念だけど、その女は犯人かもしれないわね。
ハンナ:なぜ?
マダム:だって、極めて犯人に近い人間しか知らないことを知っているんですもの。
ハンナ:何のことを言ってるの?
マダム:あなたたち、殺された男娼たちが女装専門だということは知っていたわよね?
ハンナ:ええ。新聞にもそう書いてあったもの。
マダム:でも、着替えをして、髪を剃られ、化粧を拭き取られていたことは知らなかった・・。
ハンナ:そこまでのことは書かれてなかったわ。
マダム:情報源は新聞と、その女からの話しかなかったのね?
エリオット:ああ。・・もったいぶらずにさっさと教えてくれ。何が犯人に近い人間しか知り得ない事なんだ?
マダム:ふふふ・・・面白いわ。
エリオット:何も面白くないね。ローズさんが犯人だとしても、同業者同士の、子ども同士の殺し合いだとしても何も面白くない。
マダム:・・・エリオットのお馬鹿さん(にんまりする)私が「驚いた」と言ったのは犯人の手口のことじゃないわ。
エリオット:ああ!?じゃあ何に驚いたんだよ
ハンナ:待って。
エリオット:何だ?
ハンナ:私もローズが来た時に初めて聞いて、「そうだったんだ」って思って流していたけれど、知らなかったことがあったの。
エリオット:あん?
マダム:そういう綻びは大事になさい。人間を追い詰めるいい材料になる。
エリオット:そうか・・・新聞のどこにも「子供」・・、男娼が「子供」だとは書かれていなかったんだ。
ハンナ:ええ。
エリオット:それを知っていたってことは、やっぱりローズさんは・・。
0:
0:エジャートン家、ローズとダグラスの寝室。夜。
ダグラス:最近眠れていないよね、ローズ。
ローズ:大丈夫よ・・。いつものことだもの。それに眠ってしまったら、私また・・。
ダグラス:君が犯人なはずがない。大丈夫だよローズ。さ、ホットミルクを。
ローズ:いつもありがとう・・。
ダグラス:いや?よく眠れるように作っているけど、君の不眠症はなかなか頑固だから。
ローズ:ふふ。ごめんなさい。
ダグラス:今夜はゆっくり眠れるといいね。
ローズ:ええ。今夜は何も起こらないといいんだけど・・。
0:
0:
0:深夜。ソーホーの風俗街裏通り。暗闇の中でドレスを纏った人影が、道にしゃがんでいる。
人影:(ローズが声を低くするか、ダグラスが高くするかで演じて下さい)綺麗にしなきゃ・・綺麗にしなきゃ・・。もう沢山・・もう沢山なんだから・・・。
ハンナ:これ以上、遺体を辱めるのはやめなさい。
人影:!
エリオット:・・・遅かった・・か・・。
ハンナ:そのドレス・・やっぱり貴方だったのね。
エリオット:何でなんだ。どうしてこんなことを繰り返す必要がある!
人影:・・・・。
ハンナ:貴方は街を綺麗にしているつもりかもしれないけど、その子達にそこまでされる罪があるとは思えないわ。
エリオット:さっぱり分からねぇよ・・。何でなんだ。なぁ!ダグラスさん!!
0:薄暗い中からダグラスがゆっくりと立ち上がり姿を現す。
ダグラス:ローズは・・このことは?
ハンナ:知らせてないわ。
ダグラス:そう・・ですか。
エリオット:そんなにローズさんが心配なら、なぜ彼女のドレスを着てこんなことをする。
ダグラス:私にもね・・わからないんですよ。感情が理性がバラバラでぐちゃぐちゃで・・わからないんです。
ダグラス:僕は、孤児院を出てあの家に引き取られてからずっと義父に可愛がられてきました。・・ドレスを着せてもらって、化粧をしてもらって。愛されていたんです。
エリオット:女の子として、育てられてたのか?
エリオット:・・・今も続いてるのか?ローズさんと結婚してからも、アンタの父親は・・?
ダグラス:ちょうどローズと再会する少し前に、義父は他界しましてね。義母は私達の関係を知って、離縁していましたから、私はまんまとエジャートン家の当主になれたんです。
ハンナ:ローズと結婚したのはなぜ?
ダグラス:愛していたからですよ。孤児院にいるときから好きだった。彼女と再会して、私の人生にようやく光がさしたんだ・・。でも・・・
ハンナ:ローズは、あなたがそんな扱いをされていたことを知っているの?
ダグラス:余計な心配になりますから言ってません。彼女自身も虐待に苦しんでいる・・。
エリオット:どうしてあんたは、女の格好をして子どもたちを殺したんだ?
ダグラス:ローズと結婚してから、声が聞こえるようになったんです。
エリオット:声?
ダグラス:ええ。義父の声が・・。愛してるよディジー、私のかわいいディジー・・。義父は私をディジーと呼んで可愛がってくれました・・・。
エリオット:あんた、その父親の歪んだ愛を愛情だと思ってるのか?
ダグラス:はい。私を引き取ってくれて愛してくれたんですから・・
エリオット:そいつは変態趣味の汚い大人だろ!?そもそも、女の子が欲しいなら、孤児院からは女の子を引き取ればいい!
ダグラス:・・・それも、分かっているんですよ。
ダグラス:愛されていたと思う自分と、玩具にされていたんじゃないかという自分がせめぎ合っていて・・どちらなのか分かりません。義父との日々は・・幸せで、苦しかった。ははっ。だから僕の感情はズタズタです。だから、綺麗に(クリーンに)してあげないとって思ったんです。
ダグラス:ローズを愛そうとする度に、彼女にこんな汚らわしい自分を曝け出すことができなかった・・。そんな人間は僕だけで十分だ。だから、彼らを綺麗にしてあげました。
ハンナ:自分と同じ目に遭わせないためだと言うのね。
ダグラス:はい。・・はーっ・・ずっと誰かに話したかったような気がします。とてもスッキリしました。
エリオット:俺は、お前を警察に突き出すぞ。
ダグラス:ええ。お好きなように。でも、今話したことは話しませんよ?ローズには知られたくない。世間に面白おかしく噂されるのも御免です。私は、風俗街を掃除するために人殺しをした。そういうことです。
ハンナ:・・ローズはどっちにしてもショックを受けるわ。
ダグラス:へぇ・・。心が死んでいるのに、分かるんだねハンナ。
ハンナ:・・・。
ダグラス:はははっ!こいつらは汚らわしいよ!女の格好をして男を弄んで、金を貰って・・そんなの愛でもなんでも無い。金欲しさに、居場所欲しさにそんなことをして、そんな人間は、死んで当然なんだよ!・・死んで当然・・。
ローズ:・・ダグラス・・。
ダグラス:ローズ・・・!何故・・・ホットミルクを飲まなかったの?
ローズ:・・眠るのが怖かったから・・。貴方が出ていくのに気がついて・・・嘘でしょう・・?
ダグラス:全部聞いてたの?
ローズ:・・・・
ダグラス:・・そう。君にだけは知られたくなかった・・・。はははっ・・そうだよね、一番汚いのは僕だ・・。
ローズ:ダグラス!そんなことないわ!
ダグラス:もう・・おしまいだ。こんな格好したって愛されていた頃に戻れるわけじゃないのに・・!お義父様に会えるわけじゃないのに・・・。
ダグラス:いや、違う・・。会いたくない!!女の格好なんてしたくなかった・・・!お義父様なんて大嫌いだ・・。痛いのは嫌だ・・・来ないで・・来ないで・・・
ローズ:ダグラス・・・大丈夫・・?
ダグラス:ああ・・。ローズ・・・君と幸せになれると思ってたのに・・・ごめんね・・ごめん・・。
ローズ:ダグラス?
0:ダグラスは持っている刃物を自分の腹に突き立てるように構える
ハンナ:ダグラス!
エリオット:やめろ!
ローズ:いやぁっ!!
0:思い切り腹を刺すダグラス。
0:
0:エバンス探偵事務所
ハンナ:ローズがエジャートン家の財産の半分以上を使って、子供の福祉に役立てる組織を創ったそうよ。孤児院から引き取られた子供の、その後の生活を見届けるような活動をするんですって。
エリオット:そうか。
ハンナ:ダグラスのような子供をもう作りたくないからって。
エリオット:そうだな・・。
ハンナ:虐待が愛されていた記憶に変わることもあるのね。
エリオット:頭と心でチグハグになるから、苦しいんだろ。愛されていた記憶に変わるんじゃなくて、そう思いたい、思わないと死にたくなるほど辛いってことだ。
ハンナ:あら。エリオットにしては鋭い考察だわ。
エリオット:お前なぁ・・。
ハンナ:さっきから何を書いてるの?
エリオット:あ?これか?いや、探偵として本格的な事件に立ち会うのは滅多にないから、記録を付けておこうと思ってな。
ハンナ:ふぅん。
エリオット:エリオットエバンスの事件簿・・・うん、探偵っぽいだろう?
ハンナ:事件簿なんて似合わないわ。第一、あなた全く推理なんてしてないじゃない。
エリオット:うっ!
ハンナ:エリオットには日記がお似合いよ。エバンス探偵日記ってところでしょうね。
エリオット:ちぇー・・ま、たしかに。俺にはそのくらいがちょうどいいや。
0:ノートの表紙の「事件簿」の文字を消し、上から「探偵日記」と書き足すエリオット
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0:end