台本概要

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タイトル 四季を織る人
作者名 鹿野月彦  (@kanokeimegu)
ジャンル その他
演者人数 1人用台本(女1) ※兼役あり
時間 20 分
台本使用規定 商用、非商用問わず連絡不要
説明 「せっかく召し上がっていただくのなら、よりおいしく楽しんで貰いたいと思うのが料理人というものです」

とあるお屋敷で働く使用人と、扉の向こう側から出てこないお嬢様のお話です。
使用人の一人語り形式で進行します。


◎作品詳細
タイトル:「四季を織る人(しきをおるひと)」
作品形式:朗読劇・ボイスドラマ
キャスト:女性1名
所要時間:20分前後

◎キャラクター紹介
(セリフが存在するのは語り手の『使用人』のみのため他キャラクターの詳細もこちらに表記いたします)

☆使用人
半年前からお屋敷の使用人として働き始めた女性。20代後半。
主にお嬢様の身の回りの世話を担当している。
……と言っても、お嬢様と顔を合わせたことはない。
本編中では主に料理の仕事をしているが、他に洗濯や清掃、買い出し等も担当している。
お嬢様の部屋には基本的に入らないように指示されており、お嬢様がご主人様と出かけるタイミングなどの不在時のみ清掃のための入室を許可されている。
本編は使用人の一人語り形式で進行する。

☆お嬢様
足が悪いため部屋の中にこもりきりになっている。(恐らく)10代後半。
兄である屋敷のご主人や親族以外の人間とは顔を合わせず、使用人たちとも文面で会話をする。
両親は既に他界しており、兄と二人で生きてきたという。
本編では手紙の文面でのみ登場する。

☆ご主人(お嬢様の兄)
屋敷の主人。(恐らく)20代前半。
本編では存在のみが語られる。


女性キャラの一人語り形式で進行する朗読劇の台本です。
商用・非商用問わずご利用いただけます。
朗読の練習や配信等にぜひご活用くださいませ。
配信・投稿の際は著者名と著者X(旧Twitter @kanokeimegu)、もしくはこちらのページのURLの表記を頂ければ特に利用報告等は不要ですが、ご報告いただけますと作者の励みになります!

キャラクター制作協力 四ツ倉 絢一 様 X(旧Twitter @2o11_bunbei)

☆BOOTH版(無料配布)もございます。こちらも併せてご利用くださいませ。
https://booth.pm/ja/items/5478233

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
使用人 67 半年前からお屋敷の使用人として働き始めた女性。20代後半。 主にお嬢様の身の回りの世話を担当している。 ……と言っても、お嬢様と顔を合わせたことはない。 本編中では主に料理の仕事をしているが、他に洗濯や清掃、買い出し等も担当している。 お嬢様の部屋には基本的に入らないように指示されており、お嬢様がご主人様と出かけるタイミングなどの不在時のみ清掃のための入室を許可されている。 本編は使用人の一人語り形式で進行する。 セリフの中にある「」内の文面は使用人が声に出して実際に言っているセリフ、『』内の文面はお嬢様の手紙やご主人のセリフ等の使用人以外の発言等を表現している。 尚、お嬢様の手紙のみが独立している部分のみ「お嬢様の手紙」として表記しておりますが使用人が読み上げているor脳内で読んでいる認識で問題ありません。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
四季を織る人 0:場面1 導入 使用人:「お嬢様、お食事をお持ちいたしました」 使用人:扉に向かって話しかけるけれど、返事はありません。 使用人:代わりに、少し待つと扉の隙間から小さな紙が差し出されます。 使用人:「『ありがとう、そこに置いてください』……はい、かしこまりました」 使用人:私は言われた通り、扉の前に食事を乗せたカートごと置いてその場を去りました。 使用人:これは……私と、私が仕えるお嬢様のなんでもないお話。 0:場面2 出会い 使用人:私がこの家にやってきたのは、半年ほど前のこと。 使用人:それ以来、ずっとお嬢様のお食事を始めとする身の回りのお世話を担当しています。 使用人:この家にいる使用人は、昔からいるおばあさんと、私の二人だけ。 使用人:おばあさんの腰が悪くなってきたのもあって、新しく若い使用人を雇うことになったそうです。 使用人:お嬢様は、あまり人とお話をしません。 使用人:そもそも、私はこの半年の間、一度もお嬢様と顔を合わせたことはありません。 使用人:おばあさんが言うには、お嬢様は足が悪いため、なかなかお外に出られないそうです。 使用人:基本的にはずっとお屋敷の中にいて、お兄様……つまりはこのお屋敷のご主人としか対面しないとか。 使用人:それが一体どうしてか、気になってはいるのですが……。 使用人:雇われたその日に、「余計なことは考えなくていいんだよ。君はただ言われた通りの仕事をこなせばいい」とそう言われています。 使用人:恐らく、余計な詮索はするなと。 使用人:そういう意図なのだと感じました。 使用人:ご主人はとてもお若い方で、20代前半くらいに見えます。 使用人:男性にしては少し小柄で線の細い方でしたが、この古いお屋敷の主にふさわしい凛としたたたずまいと風格を持った方でした。 使用人:ご主人がこれほどお若いのですから、きっと妹であるお嬢様は10代くらいでしょう。 使用人:この年でご両親を亡くされているというのであれば、もしかしたら、これまでかなりの苦労をして来られたのかも知れません。 使用人:使用人とはいえ、私はあくまでも他人。 使用人:他人に触れられたくないこともありましょう。 使用人:私はその疑問を胸にしまいつつ、日々仕事に励んでいました。 0:場面3 気の迷い 使用人:ある日のことです。 使用人:「お嬢様、お食事をお持ちいたしました」 使用人:いつものように私はお嬢様の部屋の前に食事を運びました。 使用人:お嬢様も、いつもと同じようにそこに置いておくようにとメモを差し出してきます。 使用人:いつもなら、それで終わり……ですが。 使用人:「えっと、お嬢様。ぜひお早めにお召し上がりくださいね」 使用人:「その……今日の献立ですと温かい方がより美味しく召し上がっていただける……かと……」 使用人:何気なく声に出した言葉の途中で、ご主人の言葉を思い出して歯切れが悪くなってしまいました。 使用人:……一体、なぜこんな事を口に出してしまったのでしょう。 使用人:こんなの、余計なお世話でしかないというのに。 使用人:お嬢様の気分を害してしまったのではないかと、すぐに後悔が押し寄せてきます。 使用人:どうしてこんなことを言ってしまったんだろう、と考えていると、扉の向こうから、カタン、と物音がします。 使用人:「えっと、その。お嬢様。申し訳ありません。その、出過ぎた真似を……!えっ」 使用人:カサ、と何か軽いものが滑るような音がして、足元に視線を向けました。 使用人:そこには、また小さなメモが置かれていました。 使用人:メモを拾い上げると、そこには『親切にどうも』とだけ書かれています。 使用人:たった今急いで書いたのでしょうか。 使用人:いつものお嬢様の字に比べると少し崩れているようにも見えました。 使用人:「……いえ、とんでもございません!また後程お片付けに参りますね。それでは、失礼します」 使用人:私はお嬢様から差し出されたメモを持って急いでその場を離れました。 使用人:うるさいくらいに心臓が跳ねまわっているのが分かります。 使用人:歩いて、歩いて、階段を駆け上って。私はようやく立ち止まってメモに目をやりました。 使用人:よかった。嫌われなくてよかった。そんな安堵が私の頭の中に溢れていきます。 使用人:そしてその中にひとかけら、別の気持ちが生まれていました。 使用人:……これまで、お嬢様とは決まったやり取りしかしてきませんでした。 使用人:けれど、今日は違う。 使用人:お嬢様は私の言葉に返事をくれたのです。 使用人:私は今日、お嬢様本人と初めて言葉を交わしたような、そんな気持ちになったのです。 使用人:以前から抱いていた、でも押さえつけていた想いがゆっくりと胸の奥から浮かび上がってきてしまいました。 使用人:お嬢様のことをもっと知りたい、と。 0:場面4 お手紙 使用人:「えっと、今日の献立と……。それから、どうしよう」 使用人:「えーっと……そうね。『お好きなものや、苦手なものがあったら教えていただけますか。お嬢様のお口に合うものを作れるようになりたいのです』っと」 使用人:「こんな感じなら気に障らないかしら……」 使用人:「お手紙、読んでもらえるでしょうか……」 使用人:次の日、私はお嬢様あてに短いお手紙を書きました。 使用人:お嬢様のことを、あれからずっと考えていました。 使用人:やっぱり、年頃の女の子がお屋敷の中にずっと引きこもっているのは、少し寂しいと思います。 使用人:だからせめて、毎日のお食事だけでも楽しんでもらいたいと思い立ったのです。 使用人:……けれど、そう思ったのに何を作ったらいいのか私にはわかりませんでした。 使用人:だって、お嬢様のことを私は何も知らなかったのです。 使用人:お嬢様は、いつもお出しした食事を全て残さず召し上がります。 使用人:それはとても嬉しいのですが……それではお嬢様の好きなものも苦手な味付けもわかりません。 使用人:せっかく召し上がっていただくのなら、よりおいしく楽しんで貰いたいと思うのが料理人というものです。 使用人:ですから私は、思い切ってお嬢様に直接聞いてみることに決めました。 使用人:もしかしたら、気分を害してしまうかもしれない……そう思いながらも私は行動せずにはいられなくなってしまったのです。 使用人:私は書いたお手紙を、お食事を乗せるおぼんに添えて、お嬢様の部屋の前に向かいました。 使用人:「……お嬢様、お食事をお持ち致しました」 使用人:いつもと同じセリフ。でも、私はドキドキしてしまってそれどころではありませんでした。 お嬢様の手紙:『ありがとう、そこに置いてください』 使用人:と、お嬢様からはいつもと同じメモが返ってきます。 使用人:「かしこまりました。……えっと、お嬢様」 使用人:私はそう声をかけました。声が少し震えてしまいます。不審に思われてしまうでしょうか。 使用人:「おぼんに、今日の献立を書いた紙を添えてあります。もしご興味がございましたらご覧ください。 使用人:「も、もし……もし煩わしければ処分していただいて結構ですから……」 使用人:カタン、とまた扉の奥から物音が聞こえてきます。 使用人:きっと、お嬢様はまたメモを書いているのでしょう。 使用人:私はまるで判決を待つ罪人のような気持ちになりながら、扉の前で立ち尽くしていました。 使用人:少し待つと、思っていた通りにメモが差し出されます。 使用人:そこには……『ありがとう、読んでみます』と書かれていました。 使用人:「ありがとう、ございます!それでは、失礼いたします……!」 使用人:胸につかえていたものが一気に消えてしまったかのようでした。 使用人:受け入れて、くださった。 使用人:それがとても嬉しくて、それからほっとして、体中の力が抜けてしまいそうでした。 使用人:「お返事、頂けるでしょうか……」 使用人:私は浮足立つ気持ちを抑えながら、お庭のお掃除に向かいました。 使用人:返事を書いてくださるだろうか、お嬢様はどんなものがお好きなのか。 使用人:そんなことを考えながら、ぼうっと空を眺めます。 使用人:夏が終わり、少しだけ涼しくなってきた風が、私の心の中を通り抜けるように流れていきました。 使用人:お掃除を終えて、私はお嬢様のお部屋の前に向かいました。 使用人:もうそろそろ、お嬢様のお食事が終わる頃です。 使用人:胸のざわめきを抑えながら、私はお嬢様の部屋の前に置かれた配膳用のカートを覗き込みます。 使用人:そこには綺麗に中身のなくなった食器たちと、それから折りたたんである紙。 使用人:いつもメモ書きをしている紙よりも少し大きいものです。 使用人:本当は今すぐにでも読んでしまいたかったのですが……ドアの向こうにいるであろうお嬢様のことを考えて、そっとポケットの中にしまいました。 使用人:書いたお手紙をすぐ近くで読まれるのは、なんとなく気恥ずかしいものですから……。 使用人:その夜、自室に帰って、私はお嬢様からのお手紙を開きました。 使用人:中には お嬢様の手紙:『ありがとう。とても興味深かったです。苦手なものは特にありません』 お嬢様の手紙:『味は濃いめよりも薄めの方がおいしい気がします』 お嬢様の手紙:『今日のおかずの中だとあんかけ豆腐が一番おいしかったです』 使用人:と、そうつづられていました。 使用人:「ふふ、そう。そうだったんですね……」 使用人:正直なところ、少し不安だったのです。 使用人:健康を気遣って濃すぎない味付けにしたり、できるだけ栄養の豊富な食材を使うようにしていたので、もしかしたらお若いお嬢様には物足りないかもしれない……なんてそう思ったこともありました。 使用人:でも、お嬢様にとってはそれがちょうどよかったようです。 使用人:そして何より、作ったものをおいしいと思ってくださったことが嬉しくてしかたがありませんでした。 使用人:それから、私は時々お嬢様に料理の感想を伺うようになりました。 使用人:お手紙を書くと、お嬢様はお返事を返してくださいます。 使用人:初めの方は『これがおいしかった』というような簡単なものでしたが、回数を重ねていくうちに『これはもう少し甘くてもいいかもしれません』とか『これはもっと食べたいです』とか、細かい感想を書いてくださるようになりました。 使用人:私は、これが本当に嬉しくてたまらなかったのです。 使用人:誰とも会わず、お兄様以外の誰にも心を開いていなかったお嬢様が。 使用人:こうして欲しい、という要望を素直に書いてくださるのが、本当に嬉しかった。 使用人:ずっと誰にも言えずにいたのでしょうか。 使用人:お嬢様は育ちざかりですから、今までの量だともしかしたら物足りなかったのかもしれません。 使用人:ご自身の食事についてのささやかな希望すら言えずにここまで来たのだとしたら、なんて健気で、なんて淋しいことでしょう。 使用人:自分にできることなら、なんだって叶えて差し上げたい。 使用人:私は、いつしかそう思うようになりました。 0:場面5 秋 使用人:ある日のこと。 使用人:私はお洗濯をしながら、次の献立について考えていました。 使用人:お嬢様の味の好みが少しずつ分かってきたので、もっと料理の幅を広げたかったのです。 使用人:けれど、何を作ったら喜んでくださるでしょう。 使用人:そう悩みながら、ふとお庭の外の景色を眺めました。 使用人:すこし遠くの方の家のお庭に、赤く染まったモミジが植えてあるのが見えました。 使用人:その鮮やかな赤を見て、私は考えます。 使用人:「お嬢様にも、お見せしたい……」 使用人:ずっとお部屋にこもりきりでは、季節を感じることもあまりないのではないか。 使用人:そう思ったのです。 使用人:けれど、お嬢様を勝手にお外に連れ出す訳にもいきません。 使用人:では、どうしたらよいでしょうか。 使用人:「……ああ、そうだわ。お食事で季節を感じていただくのは?」 使用人:お外に出られないのなら、お部屋の中でも季節を感じられる方法を探せばいいのです。 使用人:それにぴったりの方法を、私はもう知っているではありませんか。 使用人:そう思ってから準備に取り掛かるまでは、それほど時間はかかりませんでした。 使用人:旬の野菜や果物などの食材を買い込み、それらを使って秋らしい献立に仕上げます。 使用人:だしをきかせて優しい味わいに炊き上げた、きのこを使った炊き込みご飯。 使用人:さっぱりとした後味の秋ナスの煮びたし。 使用人:それからサンマは食べやすいように柔らかく煮物にします。 使用人:お吸い物にはモミジをかたどったお麩(ふ)を入れ、見た目も華やかに仕上げました。 使用人:デザートにはよく冷やした柿を添えて。 使用人:10代の方にお出しするには少し渋い献立かもしれませんが……。 使用人:それでも秋らしさと、味には自信がありました。 使用人:「失礼いたします。お嬢様、お食事をお持ち致しました」 使用人:部屋の前で、そう声を掛けます。 使用人:「お嬢様、本日は秋が旬の食材を使ったお料理をご用意いたしました。お口に合うと良いのですが」 使用人:「……また詳細を書いておきますので、ご興味がおありでしたら、ご覧くださいね」 使用人:少し間があって、扉の隙間からメモが差し出されます。 使用人:『ありがとう、楽しみにしています』、と。 使用人:メモにはそう書かれておりました。 使用人:「はい、お嬢様。ごゆっくりお楽しみくださいませ!」 使用人:お嬢様からのメモを見て、思わず笑みがこぼれてしまいます。 使用人:いけない、いけない。いくら嬉しかったとはいえ、今はお仕事中なのですから。 使用人:私はニヤついてしまう頬を抑えながら、その場を離れました。 0:場面6 お返事 使用人:そして、それから少しして。 使用人:お嬢様の部屋の前に行くと、いつもと同じように食器をのせたカートが置いてありました。 使用人:どれもきれいに空っぽになっています。 使用人:そして、おぼんには封筒が置かれていました。 使用人:いつも置かれているものは紙1枚でしたが……この日のお手紙はきちんと便箋にしたためたもののようでした。 使用人:一体、どんなことがつづられているのでしょう。 使用人:私は跳ねまわりそうな心臓を抑えながら、その封筒をポケットにしまいました。 使用人:部屋に戻って、便箋を開くと、中にはこのように書かれておりました。 お嬢様の手紙:『今日のお料理、とてもおいしかったです。ありがとう』 お嬢様の手紙:『きのこの炊き込みごはん、味がちょうどよかったです。いい香りでした』 お嬢様の手紙:『あまりきのこにはくわしくないのですが、あれはなにが入っていたんですか?』 お嬢様の手紙:『ナスもおいしかったです。ナスは秋が旬だってこと、初めて知りました』 お嬢様の手紙:『サンマの煮物も初めて食べました。サンマは焼くものだと思っていました。煮るのもおいしいですね』 お嬢様の手紙:『汁物に入っていたモミジもおもしろいです。少しもちもちしていました』 お嬢様の手紙:『柿もよく冷えていてさっぱりしました』 お嬢様の手紙:『兄さんは果物が好きみたいです。兄さんの分は少し多くしてあげると喜ぶかもしれません』 お嬢様の手紙:『秋のお料理、とても興味深かったです。また機会があったら、食べてみたいです』 使用人:それは、いつもよりも何倍も長いお手紙でした。 使用人:淡白な文体の、でも素直さが表れたような言葉の数々。 使用人:きっと、ご満足いただけたのでしょう。 使用人:次の日、私は小さな額縁を買ってきて、お手紙をそこに飾りました。 使用人:私は、それを見る度に思い出すでしょう。 使用人:誰かのためを想って作る料理の楽しさを。仕事への誇りを。 使用人:そして、愛情と言っても差し支えないくらいの、確かなこの心を。

四季を織る人 0:場面1 導入 使用人:「お嬢様、お食事をお持ちいたしました」 使用人:扉に向かって話しかけるけれど、返事はありません。 使用人:代わりに、少し待つと扉の隙間から小さな紙が差し出されます。 使用人:「『ありがとう、そこに置いてください』……はい、かしこまりました」 使用人:私は言われた通り、扉の前に食事を乗せたカートごと置いてその場を去りました。 使用人:これは……私と、私が仕えるお嬢様のなんでもないお話。 0:場面2 出会い 使用人:私がこの家にやってきたのは、半年ほど前のこと。 使用人:それ以来、ずっとお嬢様のお食事を始めとする身の回りのお世話を担当しています。 使用人:この家にいる使用人は、昔からいるおばあさんと、私の二人だけ。 使用人:おばあさんの腰が悪くなってきたのもあって、新しく若い使用人を雇うことになったそうです。 使用人:お嬢様は、あまり人とお話をしません。 使用人:そもそも、私はこの半年の間、一度もお嬢様と顔を合わせたことはありません。 使用人:おばあさんが言うには、お嬢様は足が悪いため、なかなかお外に出られないそうです。 使用人:基本的にはずっとお屋敷の中にいて、お兄様……つまりはこのお屋敷のご主人としか対面しないとか。 使用人:それが一体どうしてか、気になってはいるのですが……。 使用人:雇われたその日に、「余計なことは考えなくていいんだよ。君はただ言われた通りの仕事をこなせばいい」とそう言われています。 使用人:恐らく、余計な詮索はするなと。 使用人:そういう意図なのだと感じました。 使用人:ご主人はとてもお若い方で、20代前半くらいに見えます。 使用人:男性にしては少し小柄で線の細い方でしたが、この古いお屋敷の主にふさわしい凛としたたたずまいと風格を持った方でした。 使用人:ご主人がこれほどお若いのですから、きっと妹であるお嬢様は10代くらいでしょう。 使用人:この年でご両親を亡くされているというのであれば、もしかしたら、これまでかなりの苦労をして来られたのかも知れません。 使用人:使用人とはいえ、私はあくまでも他人。 使用人:他人に触れられたくないこともありましょう。 使用人:私はその疑問を胸にしまいつつ、日々仕事に励んでいました。 0:場面3 気の迷い 使用人:ある日のことです。 使用人:「お嬢様、お食事をお持ちいたしました」 使用人:いつものように私はお嬢様の部屋の前に食事を運びました。 使用人:お嬢様も、いつもと同じようにそこに置いておくようにとメモを差し出してきます。 使用人:いつもなら、それで終わり……ですが。 使用人:「えっと、お嬢様。ぜひお早めにお召し上がりくださいね」 使用人:「その……今日の献立ですと温かい方がより美味しく召し上がっていただける……かと……」 使用人:何気なく声に出した言葉の途中で、ご主人の言葉を思い出して歯切れが悪くなってしまいました。 使用人:……一体、なぜこんな事を口に出してしまったのでしょう。 使用人:こんなの、余計なお世話でしかないというのに。 使用人:お嬢様の気分を害してしまったのではないかと、すぐに後悔が押し寄せてきます。 使用人:どうしてこんなことを言ってしまったんだろう、と考えていると、扉の向こうから、カタン、と物音がします。 使用人:「えっと、その。お嬢様。申し訳ありません。その、出過ぎた真似を……!えっ」 使用人:カサ、と何か軽いものが滑るような音がして、足元に視線を向けました。 使用人:そこには、また小さなメモが置かれていました。 使用人:メモを拾い上げると、そこには『親切にどうも』とだけ書かれています。 使用人:たった今急いで書いたのでしょうか。 使用人:いつものお嬢様の字に比べると少し崩れているようにも見えました。 使用人:「……いえ、とんでもございません!また後程お片付けに参りますね。それでは、失礼します」 使用人:私はお嬢様から差し出されたメモを持って急いでその場を離れました。 使用人:うるさいくらいに心臓が跳ねまわっているのが分かります。 使用人:歩いて、歩いて、階段を駆け上って。私はようやく立ち止まってメモに目をやりました。 使用人:よかった。嫌われなくてよかった。そんな安堵が私の頭の中に溢れていきます。 使用人:そしてその中にひとかけら、別の気持ちが生まれていました。 使用人:……これまで、お嬢様とは決まったやり取りしかしてきませんでした。 使用人:けれど、今日は違う。 使用人:お嬢様は私の言葉に返事をくれたのです。 使用人:私は今日、お嬢様本人と初めて言葉を交わしたような、そんな気持ちになったのです。 使用人:以前から抱いていた、でも押さえつけていた想いがゆっくりと胸の奥から浮かび上がってきてしまいました。 使用人:お嬢様のことをもっと知りたい、と。 0:場面4 お手紙 使用人:「えっと、今日の献立と……。それから、どうしよう」 使用人:「えーっと……そうね。『お好きなものや、苦手なものがあったら教えていただけますか。お嬢様のお口に合うものを作れるようになりたいのです』っと」 使用人:「こんな感じなら気に障らないかしら……」 使用人:「お手紙、読んでもらえるでしょうか……」 使用人:次の日、私はお嬢様あてに短いお手紙を書きました。 使用人:お嬢様のことを、あれからずっと考えていました。 使用人:やっぱり、年頃の女の子がお屋敷の中にずっと引きこもっているのは、少し寂しいと思います。 使用人:だからせめて、毎日のお食事だけでも楽しんでもらいたいと思い立ったのです。 使用人:……けれど、そう思ったのに何を作ったらいいのか私にはわかりませんでした。 使用人:だって、お嬢様のことを私は何も知らなかったのです。 使用人:お嬢様は、いつもお出しした食事を全て残さず召し上がります。 使用人:それはとても嬉しいのですが……それではお嬢様の好きなものも苦手な味付けもわかりません。 使用人:せっかく召し上がっていただくのなら、よりおいしく楽しんで貰いたいと思うのが料理人というものです。 使用人:ですから私は、思い切ってお嬢様に直接聞いてみることに決めました。 使用人:もしかしたら、気分を害してしまうかもしれない……そう思いながらも私は行動せずにはいられなくなってしまったのです。 使用人:私は書いたお手紙を、お食事を乗せるおぼんに添えて、お嬢様の部屋の前に向かいました。 使用人:「……お嬢様、お食事をお持ち致しました」 使用人:いつもと同じセリフ。でも、私はドキドキしてしまってそれどころではありませんでした。 お嬢様の手紙:『ありがとう、そこに置いてください』 使用人:と、お嬢様からはいつもと同じメモが返ってきます。 使用人:「かしこまりました。……えっと、お嬢様」 使用人:私はそう声をかけました。声が少し震えてしまいます。不審に思われてしまうでしょうか。 使用人:「おぼんに、今日の献立を書いた紙を添えてあります。もしご興味がございましたらご覧ください。 使用人:「も、もし……もし煩わしければ処分していただいて結構ですから……」 使用人:カタン、とまた扉の奥から物音が聞こえてきます。 使用人:きっと、お嬢様はまたメモを書いているのでしょう。 使用人:私はまるで判決を待つ罪人のような気持ちになりながら、扉の前で立ち尽くしていました。 使用人:少し待つと、思っていた通りにメモが差し出されます。 使用人:そこには……『ありがとう、読んでみます』と書かれていました。 使用人:「ありがとう、ございます!それでは、失礼いたします……!」 使用人:胸につかえていたものが一気に消えてしまったかのようでした。 使用人:受け入れて、くださった。 使用人:それがとても嬉しくて、それからほっとして、体中の力が抜けてしまいそうでした。 使用人:「お返事、頂けるでしょうか……」 使用人:私は浮足立つ気持ちを抑えながら、お庭のお掃除に向かいました。 使用人:返事を書いてくださるだろうか、お嬢様はどんなものがお好きなのか。 使用人:そんなことを考えながら、ぼうっと空を眺めます。 使用人:夏が終わり、少しだけ涼しくなってきた風が、私の心の中を通り抜けるように流れていきました。 使用人:お掃除を終えて、私はお嬢様のお部屋の前に向かいました。 使用人:もうそろそろ、お嬢様のお食事が終わる頃です。 使用人:胸のざわめきを抑えながら、私はお嬢様の部屋の前に置かれた配膳用のカートを覗き込みます。 使用人:そこには綺麗に中身のなくなった食器たちと、それから折りたたんである紙。 使用人:いつもメモ書きをしている紙よりも少し大きいものです。 使用人:本当は今すぐにでも読んでしまいたかったのですが……ドアの向こうにいるであろうお嬢様のことを考えて、そっとポケットの中にしまいました。 使用人:書いたお手紙をすぐ近くで読まれるのは、なんとなく気恥ずかしいものですから……。 使用人:その夜、自室に帰って、私はお嬢様からのお手紙を開きました。 使用人:中には お嬢様の手紙:『ありがとう。とても興味深かったです。苦手なものは特にありません』 お嬢様の手紙:『味は濃いめよりも薄めの方がおいしい気がします』 お嬢様の手紙:『今日のおかずの中だとあんかけ豆腐が一番おいしかったです』 使用人:と、そうつづられていました。 使用人:「ふふ、そう。そうだったんですね……」 使用人:正直なところ、少し不安だったのです。 使用人:健康を気遣って濃すぎない味付けにしたり、できるだけ栄養の豊富な食材を使うようにしていたので、もしかしたらお若いお嬢様には物足りないかもしれない……なんてそう思ったこともありました。 使用人:でも、お嬢様にとってはそれがちょうどよかったようです。 使用人:そして何より、作ったものをおいしいと思ってくださったことが嬉しくてしかたがありませんでした。 使用人:それから、私は時々お嬢様に料理の感想を伺うようになりました。 使用人:お手紙を書くと、お嬢様はお返事を返してくださいます。 使用人:初めの方は『これがおいしかった』というような簡単なものでしたが、回数を重ねていくうちに『これはもう少し甘くてもいいかもしれません』とか『これはもっと食べたいです』とか、細かい感想を書いてくださるようになりました。 使用人:私は、これが本当に嬉しくてたまらなかったのです。 使用人:誰とも会わず、お兄様以外の誰にも心を開いていなかったお嬢様が。 使用人:こうして欲しい、という要望を素直に書いてくださるのが、本当に嬉しかった。 使用人:ずっと誰にも言えずにいたのでしょうか。 使用人:お嬢様は育ちざかりですから、今までの量だともしかしたら物足りなかったのかもしれません。 使用人:ご自身の食事についてのささやかな希望すら言えずにここまで来たのだとしたら、なんて健気で、なんて淋しいことでしょう。 使用人:自分にできることなら、なんだって叶えて差し上げたい。 使用人:私は、いつしかそう思うようになりました。 0:場面5 秋 使用人:ある日のこと。 使用人:私はお洗濯をしながら、次の献立について考えていました。 使用人:お嬢様の味の好みが少しずつ分かってきたので、もっと料理の幅を広げたかったのです。 使用人:けれど、何を作ったら喜んでくださるでしょう。 使用人:そう悩みながら、ふとお庭の外の景色を眺めました。 使用人:すこし遠くの方の家のお庭に、赤く染まったモミジが植えてあるのが見えました。 使用人:その鮮やかな赤を見て、私は考えます。 使用人:「お嬢様にも、お見せしたい……」 使用人:ずっとお部屋にこもりきりでは、季節を感じることもあまりないのではないか。 使用人:そう思ったのです。 使用人:けれど、お嬢様を勝手にお外に連れ出す訳にもいきません。 使用人:では、どうしたらよいでしょうか。 使用人:「……ああ、そうだわ。お食事で季節を感じていただくのは?」 使用人:お外に出られないのなら、お部屋の中でも季節を感じられる方法を探せばいいのです。 使用人:それにぴったりの方法を、私はもう知っているではありませんか。 使用人:そう思ってから準備に取り掛かるまでは、それほど時間はかかりませんでした。 使用人:旬の野菜や果物などの食材を買い込み、それらを使って秋らしい献立に仕上げます。 使用人:だしをきかせて優しい味わいに炊き上げた、きのこを使った炊き込みご飯。 使用人:さっぱりとした後味の秋ナスの煮びたし。 使用人:それからサンマは食べやすいように柔らかく煮物にします。 使用人:お吸い物にはモミジをかたどったお麩(ふ)を入れ、見た目も華やかに仕上げました。 使用人:デザートにはよく冷やした柿を添えて。 使用人:10代の方にお出しするには少し渋い献立かもしれませんが……。 使用人:それでも秋らしさと、味には自信がありました。 使用人:「失礼いたします。お嬢様、お食事をお持ち致しました」 使用人:部屋の前で、そう声を掛けます。 使用人:「お嬢様、本日は秋が旬の食材を使ったお料理をご用意いたしました。お口に合うと良いのですが」 使用人:「……また詳細を書いておきますので、ご興味がおありでしたら、ご覧くださいね」 使用人:少し間があって、扉の隙間からメモが差し出されます。 使用人:『ありがとう、楽しみにしています』、と。 使用人:メモにはそう書かれておりました。 使用人:「はい、お嬢様。ごゆっくりお楽しみくださいませ!」 使用人:お嬢様からのメモを見て、思わず笑みがこぼれてしまいます。 使用人:いけない、いけない。いくら嬉しかったとはいえ、今はお仕事中なのですから。 使用人:私はニヤついてしまう頬を抑えながら、その場を離れました。 0:場面6 お返事 使用人:そして、それから少しして。 使用人:お嬢様の部屋の前に行くと、いつもと同じように食器をのせたカートが置いてありました。 使用人:どれもきれいに空っぽになっています。 使用人:そして、おぼんには封筒が置かれていました。 使用人:いつも置かれているものは紙1枚でしたが……この日のお手紙はきちんと便箋にしたためたもののようでした。 使用人:一体、どんなことがつづられているのでしょう。 使用人:私は跳ねまわりそうな心臓を抑えながら、その封筒をポケットにしまいました。 使用人:部屋に戻って、便箋を開くと、中にはこのように書かれておりました。 お嬢様の手紙:『今日のお料理、とてもおいしかったです。ありがとう』 お嬢様の手紙:『きのこの炊き込みごはん、味がちょうどよかったです。いい香りでした』 お嬢様の手紙:『あまりきのこにはくわしくないのですが、あれはなにが入っていたんですか?』 お嬢様の手紙:『ナスもおいしかったです。ナスは秋が旬だってこと、初めて知りました』 お嬢様の手紙:『サンマの煮物も初めて食べました。サンマは焼くものだと思っていました。煮るのもおいしいですね』 お嬢様の手紙:『汁物に入っていたモミジもおもしろいです。少しもちもちしていました』 お嬢様の手紙:『柿もよく冷えていてさっぱりしました』 お嬢様の手紙:『兄さんは果物が好きみたいです。兄さんの分は少し多くしてあげると喜ぶかもしれません』 お嬢様の手紙:『秋のお料理、とても興味深かったです。また機会があったら、食べてみたいです』 使用人:それは、いつもよりも何倍も長いお手紙でした。 使用人:淡白な文体の、でも素直さが表れたような言葉の数々。 使用人:きっと、ご満足いただけたのでしょう。 使用人:次の日、私は小さな額縁を買ってきて、お手紙をそこに飾りました。 使用人:私は、それを見る度に思い出すでしょう。 使用人:誰かのためを想って作る料理の楽しさを。仕事への誇りを。 使用人:そして、愛情と言っても差し支えないくらいの、確かなこの心を。