台本概要
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タイトル | 鹿は狼の骸と踊る・完全版【東西戦争】 |
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作者名 | 机の上の地球儀 (@tsukuenoueno) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 6人用台本(男3、女3) ※兼役あり |
時間 | 90 分 |
台本使用規定 | 商用、非商用問わず連絡不要 |
説明 |
(しかはおおかみのむくろとおどる) ※こちらの台本は110分台本です※ 90分以上の選択肢がないので、表記と違いがあります。ご注意ください! 最低2:2から最高4:3で上演できます。 戦闘・叫び有/戦いの終結 商用・非商用利用に問わず連絡不要。 告知画像・動画の作成もお好きにどうぞ。 (その際各画像・音源の著作権等にご注意・ご配慮ください) ただし、有料チケット販売による公演の場合は、可能ならTwitterにご一報いただけますと嬉しいです。 台本の一部を朗読・練習する配信なども問題ございません。 兼ね役OK。1人全役演じ分けもご自由に。 ブラッツは女性がやる場合も一人称が「俺」だと嬉しいですが、どの役も一人称や語尾、言い回しの変更は演者さまに一任しています。 【セリフ数】 ガリウス:169 シャルロット:148 シド:110 キリエル:125 グェン:113 パトリシア:80 ブラッツ:23 エメリヒ:29 シュトルツ:22 村人:7 村のおばさん:19 兵士:4 医者:10 司会:1 【2:2:0の場合の推奨】 ガリウス/シド/村人/医者(296)♂: キリエル/シャルロット/村のおばさん(292)♀: グェン/シュトルツ/エメリヒ/司会(165)♂: パトリシア/兵士/ブラッツ(107)♀: 【3:3:0の場合】 ガリウス(169)♂: シャルロット(148)♀: シド/ブラッツ/エメリヒ(162)♂: キリエル/村のおばさん(144)♀: グェン/シュトルツ/村人/司会(143)♂: パトリシア/兵士/医者(94)♀: 【4:3:0の場合】 ガリウス(169)♂: シャルロット(148)♀: シド/村人/司会(118)♂: キリエル/村のおばさん(144)♀: グェン(113)♂: パトリシア/兵士/医者(94)♀: シュトルツ/エメリヒ/ブラッツ(74)♂: ()内は台詞数です。 地球儀の個人台本サイト:https://lit.link/tsukuenoueno 147 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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ガリウス | 男 | 166 | ガリウス・ローウォルフ・レヴァンティン。二十七歳。東国レヴァンティンの王。王家に代々受け継がれた紋章入りの剣を持ち、真っ向勝負で戦う猪突猛進な男。 |
シャルロット | 女 | 148 | シャルロット=ツーディア=エーベルヴァィン。27歳。西国「エーベルヴァィン」の女王。人身掌握に長けたカリスマ。特注の銃剣で戦う。今回敵対する形とはなっているが、戦争が始まる前までは、幼馴染みとしてガリウスと友好的な関係を築いていた。 |
シド | 男 | 110 | シド=ヤーカルム。32歳。西国「エーベルヴァイン」の軍師。狡猾で冷静な戦略指揮を得意とする。女王シャルロットに心酔しており、彼女もまた彼を信頼して外交を任せている。若い頃は、プライドが高く傲慢だった。 |
キリエル | 女 | 123 | 29歳。姓はなく、ただ「キリエル」と名乗っている。両親に捨てられたため、養護施設「ディアコニー」で育つ。未来を先読む天眼を持ち、大鎌を扱う東国の巫女。 |
グェン | 男 | 113 | グェン=リーファス。18歳。東国の諜報員。暗器を自在に扱い、薬や化粧で自由にその外見を変えられる。現在は実年齢相応の外見で過ごしているが、ガリウスと出会う頃は、薬で外見を変え年齢を上に偽っており、途中薬が切れて子供の見た目に戻ってしまうシーンがあります。 |
パトリシア | 女 | 80 | パトリシア=アンダンテ。22歳。辺境の村出身の、西国「エーベルヴァイン」の近衛隊長。小柄で可愛い体躯でありながら、身の丈ほどもある大剣を振り回す。力持ちの大飯食らい。 |
シュトルツ | 男 | 22 | シドの騎士学校時代の同期であり、騎士団に1師団を持つ師団長。 |
エメリヒ | 不問 | 29 | 少年。15歳。パトリシアの幼馴染みであり、剣の稽古相手。 |
ブラッツ | 不問 | 23 | ブラッツ=アインホルン。性別不問。東国の元近衛隊長で、現在は養護施設「ディアコニー」の修道士。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
兵士:陛下!ご報告致します!予想よりも早く、兵の三分の一が負傷または死亡。戦闘不能状態です……!
シャルロット:そうか。
兵士:も、申し訳ありません……!
シャルロット:問題ない。(微笑んで)私に任せろ。
兵士:陛下……。
シャルロット:Norden Eirik endkampf(ノルデンエイリーク・エンカムス)を申し込む!鐘を鳴らせ!
0:◆その時、エーベルヴァイン側が鐘を鳴らすのと同時に、レヴァンティン側の鐘が鳴る。
シャルロット:…………ッ!?鐘が同時に……!
兵士:陛下、これは……!
シャルロット:レヴァンティンサイドからも、エンカムスの申し込みか……く、ふはは……!
0:
シャルロット:(M)あぁ、本当に。哀しいほどに、私達は……。
0:
シャルロット:(天を仰いで)ガリウス……。
0:―場面転換―
0:(響く鐘の音。戦っていた側近達は、武器を下ろし呆然としている)
パトリシア:音が重なって響いてる……。不思議だね。戦争中だっていうのに。まるで平和を祝福する鐘の音みたい……。
グェン:ハッ。鳴らしてんのは平和の象徴、教会の鐘の音だからな。……祝福、か……。
シド:(ため息を吐いて)さて。アンダンテ嬢。我らは一旦休戦です。後は、ただ陛下を信じるのみ。
パトリシア:……ちぇー。ま、仕方ないか。……戦うのが楽しい相手と、二戦目をやり合えるかもしれないってのは……良いこと、だよね?カメレオンさん。
グェン:は、はは……。そうだねえ、パトリシアちゃん。
パトリシア:ちゃんって呼ばないで!
0:
◆キリエル、二人の調子に思わずため息を漏らす。
キリエル:(シドを見て)おい。
シド:……なんです。
キリエル:(鼻で笑って)何だ?寂しそうだな?愛しの陛下にこれほど重要なことを秘密にされていたのだから当然か?
シド:(返すように軽く鼻で笑って)その言葉、そっくりそのままお返しいたします。
キリエル:む。
シド:……まあ、こういったことは慣れております。いつものことです。陛下はいつも、私の思考の上を行く。
キリエル:……確か、敗北は二度目、と言っていたな。
シド:ええ。
キリエル:お主、いつからシャルロット王に付いているのだ。
シド:もう……12年になるでしょうか。貴方は?
キリエル:……それでももう4,5年になるか。
シド:おやおや。忠臣歴は私の勝ちですね。
キリエル:時間など瑣末(さまつ)なものだろう。
シド:ふふ。
キリエル:そうは言っても……長いな。
シド:ええ。……懐かしいですね。出逢った頃の陛下はまだ姫君で……私もまた若かった。
0:(回想スタート。シャルロット15歳。シド20歳)
シド:(M)昔から、人の思考を読むのが得意だった。ボードゲームやカードゲームは負け知らず。何手先でも、脳内で簡単に盤面を浮かべ、対処できる。それ故エリート思考も強く、有り体に言えば、当時の私はかなり調子に乗っ……いや。驕っていた。
0:
シュトルツ:シド、あまり気を落とすなよ。お前なら、またすぐに戻って来れる。それまで、姫様に忠義を尽くせ。
シド:……分かっておりますよ、シュトルツ卿。
シュトルツ:どうだかな。お前は優秀だが、扱いにくいことこの上ない男だからな。
シド:直属の上司だった方のお言葉、骨身に沁みますねえ。
シュトルツ:上司になってまだ三月(みつき)と経ってなかったがな。……さあ、ここだ。シド、俺はどこに行っても、お前の味方だからな。
シド:あぁ。ありがとう、シュトルツ。
0:◆シュトルツ、シドに微笑んだ後、扉に向き合い、3度ノックをする。
シュトルツ:殿下、シュトルツです。
シャルロット:どうぞ。
シュトルツ:失礼致します。
シャルロット:ご機嫌よう、シュトルツ卿。
シャルロット:……まあ。そちらはヤーカルム卿のご子息ですね?学園では、歴代最高の俊才と謳われていらっしゃったとか。騎士団に所属していながら、傾きかけていたご実家の貿易事業も、貴方自ら建て直したと聞き及んでおります。
シュトルツ:ええ、ええ、その通り!こいつは中々どうして、気骨のある男です。
シド:シド=ヤーカルムと申します、シャルロット殿下。噂とは、いつのまにやら大きくなるもの。此度は幸運が味方をしてくれただけに過ぎません。
シャルロット:謙虚ですのね。
シャルロット:シュトルツ卿、案内ありがとうございます。用件は分かっておりますわ。……ヤーカルム様と、2人にしてくださるかしら?
シュトルツ:え、ええ……。ですが妙齢の姫君が、異性と二人きりというのは、その……。
シャルロット:用件は分かっている、と申しましたわね。「ソレ」でしたら、2人になることに何の問題がございましょう。
シュトルツ:……はっ。では、失礼致します。……ヤーカルム、くれぐれも、姫様に無礼の無いように。
0:◆シャルロットとシド、宰相が席を離れるのを見届けてから話し始める。
シャルロット:……さて。貴方がこれから、私の騎士(ナイト)様になるのかしら?そういう話でしょう?
0:
シド:(M)どうやら頭の回転は悪くない。この歳の女子(おなご)など、やれお茶会だ、やれ舞踏会だと、ピーチクパーチク囀る小鳥だと思っていたものだが。
0:
シド:殿下に異が無ければ。陛下より、殿下の専属騎士を打診いただきました。
シャルロット:そう。……異論などある筈がないわ。私は貴方の優秀さを存じておりますから。
シャルロット:これから宜しくね。「シド」と呼んでも良いかしら?
シド:……はっ。
0:
シド:(M)その時私は、澄んだ瞳に見つめられて、一種の居心地の悪さを覚えた。姫君の専属護衛騎士。聞こえは良いが、女である彼女が王位を継ぐ可能性は低く、出世とは到底言えぬ差配であった。家の事情が落ち着き、ようやく本腰を入れて仕事と向き合えるようになった、このタイミングで。騎士学校の同期であり、唯一の気の置けない仲間である、シュトルツの率いる師団に配属された、このタイミングで。私の才能を妬む狸親父共が、私を潰そうとした結果がこれだ。……つまりこれは、事実上の左遷、という訳だった。
シド:優秀とは聞くが、所詮は女。どうせ底が知れている。適当に機嫌を取って、頃合いを見て辞任……次の王になるべくお方の騎士になる機会を、どうにか探るしかない。
シド:問題ない。私なら上手くやれる。例え、こんな小娘の子守りを任されたとしても。
0: (間)
シャルロット:……まだ、正式な任命式をする前ではあるけれど、楽にしても良いかしら?
シド:勿論でございます。私のことはお気になさらずに。……お邪魔なようであれば、すぐに退室致します。ドアの外で(警護を……)、
シャルロット:(被せて)いや、そのままで結構。
シド:…………?
0:
シド:(M)何だ?いきなり雰囲気が……。
0:
シャルロット:実につまらなそうだな、シド。
シド:…………は?
シャルロット:面白くないか?王を継ぐ確率の低い、私のような小娘の子守りは。
0:
シド:(M)何だ。何なんだこの女は。
0:
シド:…………何をおっしゃいます。これ以上の誉れはございませぬ。
シャルロット:優秀過ぎる駒は消される運命にある。それが今の、父上の治世するエーベルヴァインの現実だ。
シド:…………。
シャルロット:お前は今回の任、「割を食った」と思っているのだろう?
シド:そのようなことは。
シャルロット:本音で話せ。お前が、これから私の命を託す男となる。……くだらぬ建前や嘘は要らない。お前は今、何を考えている?
0:
シド:(M)適当に躱わせ。真剣に向き合うな。こんなところで本音など明かしてみろ。そんなことをしたら、この首など簡単にふっ飛ぶ。
シド:……だというのに。
0:
シド:……貴女が、命を賭けて尽くすに値するか。それを考えております。
0:
シド:(M)その真っ直ぐな瞳に見つめられると。
0:
シャルロット:ふふ。良い答えだ。
0:
シド:(M)……どうしても、適当なことなど口にはできなかった。
0:
シャルロット:父上は政治に疎い。ここ数年は、ほとんど「女」である母上が政を行っている。……それが面白くない者も多いだろうし、元より母上の統治能力を疑う者も少なくない。女に国を仕切る才幹はない、とな。
シャルロット:……母上は食えないお方だ。父上を愛し、父上のために尽くしていらっしゃる。故に「まだ」、父上はどうにか玉座に座れている訳だ。
シド:女王は、我らがエーベルヴァインの叡智、宝にございます。
シャルロット:本音は?
シド:……大陸戦争の前に、内戦の気がございます。優秀な駒は消される。おっしゃる通りです。国王を傀儡にしたかった無法者どもは、女でありながらそれの障害となった優秀な女王も、そして女の下に甘じなければない現状も、良しとしてはいません。
シャルロット:お前は?
シド:は?
シャルロット:お前も、今のエーベルヴァインを壊したいか?
シド:…………数分前と、心持ちが変わってきております。
シャルロット:ほう。
シド:恐れながら、申し上げます。
0:
シド:(M)やめろ、何を言おうとしている。
0:
シャルロット:聞こう。
0:
シド:(M)黙れ、喋るな!
0:
シド:貴女なら、壊さずにこの国を変えられると……そうおっしゃるのでしょうか。
シャルロット:あぁ。
シド:貴女が、継承戦争を勝ち抜き、女王になると?
シャルロット:いや。
シド:……私をからかってらっしゃるのですか。
シャルロット:王になるかは、まだ分からん。
シド:…………。
シャルロット:しかしこの国の現状はいかんともしがたい。だから私には、優秀な手駒が必要だ。信頼できる、忠臣が。
シャルロット:率直に言おう。私はお前が欲しい。
シド:……その言葉を信じるに値するだけの情報が、まだ私にはありません。
シャルロット:信じて欲しい、という他ない。お前は堅実だ。今まで着実に、石橋を叩いて渡ってきたのだろう。……それでも。
シド:それでも?
シャルロット:今お前は、私に興味を持ってしまった。
シド:…………!
シャルロット:違うか?
シド:…………。
シャルロット:沈黙は肯定、だな。
シャルロット:賭けをしよう、シド。まず3年。3年で良い。私にくれ。私が18になり成人するまでには、お前は必ず私に忠誠を誓うようになる。私は私の価値を、お前に示し続けよう。
0:
シド:(M)たった3年。されど3年。しかし、それは悪い賭けではなかった。例え3年無駄にしても、その程度、私なら軽く補える。その自信があった。しかし私はその時、賭けに失敗する、とも思ってはいなかった。
0:
シド:(M)それでは、見せていただきましょうか。貴女の価値とやらを。
0:
シャルロット:ふふ。ああ。
0: (間。1年後)
シド:(M)それから私は、彼女の優秀さを身をもって知っていくこととなる。視点の鋭さも、それを実現する行動力も、それに伴う能力も。知も、武も。彼女は全てを持っていた。陛下に惹かれ、ただの興味が忠誠に変わるまで、そう時間もかからなかった。わざわざ「価値を見せ続ける」までもなく、彼女は真(しん)に、頭(こうべ)を垂れるに値するお人だったのだから。
シド:——そして、あの日。国王陛下が、ヘルヘイムの刺客に討たれた、あの日。
0:
シド:(荒い呼吸で)殿下!こちらにおられましたか!陛下が……!
シャルロット:知っておる。マクロンが既に伝達してくれた。
シド:……そうでしたか。では、すぐにこちらへ。
シャルロット:……あぁ。
シド:……殿下?どうされました?向こうに、何か?
0:
シド:(M)その視線の先には、何もない。何もないのに、陛下のその瞳は、不自然に揺れていた。
0:
シャルロット:……いや。何でもない。
シャルロット:本当に、ヘルヘイムの者が、父上を……?
シド:この目で確認をして参りました。今は女王陛下がお側に。
シャルロット:最期は?
シド:……喉元を綺麗に一線(いっせん)切られておりました。おそらく、苦しむこともなく、一瞬で……。
シャルロット:そうか。
0: (間)
シャルロット:シド
シド:はい。
シャルロット:王になるぞ。
シド:は……?
シャルロット:私は王になる。……復讐の為などではない。民のため、ノルデンエイリークのため。私がこの国の王となり、ノルデンエイリークを1つに導こう。
シド:…………!
シャルロット:お前との誓いを果たす時が来たな。私に仕える理由を、私の価値を。見せてやろうじゃないか。……付いてきてくれるか、シド。
シド:……はい。はい……!貴女となら、冥府の底までも……!
0:
シド:(M)その時もう既に、私の忠誠は揺るぎないものとなっていた。それでも。この先彼女が見せ続けてくれるという、「彼女に仕える価値」というものが、一体何なのか。想像しては、身震いした。
0:
シド:……まだ残党がいるやもしれません。さあ、参りましょう。
シャルロット:あぁ。今行く。
0:
シド:(M)そう言いつつも、陛下の視線はまだ塀の向こうを見つめていて。
シド:
シド:……今思えば、あの日からだったのかもしれない。
シド:
シド:この国を背負うと決めた彼女が、どこかに行ってしまう筈はないのに。それなのに。陛下はいつも、ここではない、どこか遠くを見つめている。
0: (間。1年後)
シュトルツ:シド!久しぶりだな。
シド:シュトルツ……!今日はお前の師団が一緒だったのか!
シュトルツ:姫様の最初の戦場だ。他の師団には任せられまいよ。
シド:はは。相変わらず自信家だな、お前は。
シュトルツ:お前の腕も心配してないぞ。とはいえ、本格的な戦場は初めてだろう?どうだ、緊張してるんじゃないか?
シド:馬鹿を言え。私が緊張などするものか。
シュトルツ:はは。まあ、「気をつけろよ」。
シド:……?あぁ。
シド:ここは後方だし、そう厳しい闘いにはならんだろうに。……まあ、油断は禁物、か。
0:
シド:(M)そう。簡単な掃討作戦。……の筈だった。
0:
シャルロット:シド。森の様子がおかしい。……あまりに静かだ。
シド:そう……でしょうか?部隊に驚いて動物が隠れたのでは?
シャルロット:いや。この辺の動物は人に慣れている。ここまで静かになることはない。まして今時分は、この森には多くの木の実がなる。動物が一番活発な時期だ。
シド:……何か他に気になるところがおありで?
シャルロット:部隊の編成もおかしい。……シュトルツ卿の部隊だったな。
シド:そうでしょうか。……確かに今回は殿下のおられる中央ではなく、外周に丸く部隊を配置しておりますが。……もしかして討ち漏らしを心配していらっしゃるので?心配無用ですよ。シュトルツの部隊が、奴らに負けるはずはありません。
シャルロット:私に少しでも敵が近付かないように外周配備にしていると思うか?私はそうは思わん。「わざと手薄にしている」。私のいる中央を。
シド:まさかそんな。
シャルロット:お前、さては身内相手だと読みがブレるタイプだな。
シド:は?
シャルロット:何百、何千と、一縷(いちる)の可能性があるのなら全てを思考し全てを潰せ。お前なら出来る。だから私はお前を信用している。シド、考えろ。
シド:…………。
シャルロット:私たちを、消そうとしている奴がいる。……おや。はは、なるほどな。
0:◆獣の声が辺りに響く。
シャルロット:こんな場所で、魔物の群れとはなあ。向こうさんは、本気だな。本気で、ここで私たちを始末したいらしい。
0:
シド:(M)王都に近いこの場所で、まさか、魔物の群れと対峙するなんて。一体誰が想像できるだろうか。
0:
シド:それこそ、部隊の手引きがなければ……。
シャルロット:そうだ。そこに至れるお前だからこそ、私の騎士に相応しい。
0:◆シャルロット、兵士に檄を飛ばす。
シャルロット:お前たち、ぼーっとするな!走れ!足を止めるな!それは現実だ!我らの目の前に魔物がいる!鼓膜に響く獣の咆哮も、頬の傷の痛みも血の匂いも!全て本物だ!足を止めたら死ぬぞ!死ぬ気で走れ!
シャルロット:腕に自信のある者だけ、私に続け!
0:
シド:(M)陛下も、本格的な戦地は初めてだったはずなのに。あれだけの魔物を目にするなど、初めてだったはずなのに。彼女は初陣とは到底思えぬ凛々しさで、皆の士気を上げ、魔物の群れを一掃して行った。
0:
シャルロット:シド!
シド:ハッ!
シャルロット:お前はもう行け!もう分かっているだろう。成すべきことを成せ!
シド:…………!
シド:あぁもう。本当に。……敵わないな。
0: (間)
シド:シュトルツ。
シュトルツ:…………!おや、シド。どうした?どうしてここにいるんだ?
シド:中央が襲われた。
シュトルツ:なんだと!それは大変だ!部隊をすぐに動かそう。大丈夫だ、安心しろ。魔物ごとき、我らシュトルツ師団にかかれば……、
シド:残念だ。
シュトルツ:は?……カハッ!
0:◆シド、シュトルツの腹を刺す。
シド:友人だと、思っていたのに。
シュトルツ:シ、ド……なんで……。
シド:シュトルツ。私は襲われたとしか言っていないのに。何故「魔物に襲われた」と分かった?
シュトルツ:は、はは……酷いミスだな、くそ。
シド:どうして。お前ほどの男が、何故姫様を……!
シュトルツ:姫様?違うよ。
シド:は?
シュトルツ:姫様はついでだ。俺は、ずっと、お前が邪魔だった。
シド:……何を。
シュトルツ:優秀なお前が憎かった。いつ団長の座を追われるかも分からない。お前が怖くて怖くて、憎くて憎くて、堪らなかった。武も、知も、全てを持つお前が。私が必死に超えたものを楽々超えるお前が。ずっとずっと……大嫌いだったんだよ!ははっ。こんな劣等感、お前には分からないだろうがなあ!?
シド:……その苦しみは、私にも分かるよ。殺しはしないが、もう立てもしないだろう。……お前を軍法会議にかける。楽に死ねると思うな。
シュトルツ:……お前なんかに分かってたまるか。一息で心臓を突かず、お情けで腹を刺す……そんなところにもむかっ腹が立つ。……でもな、シド。俺は、お前の思い通りには、ならない。
シド:シュトルツ……!
シュトルツ:あばよ。……ぐ!ぁ……!
0:◆シュトルツ、シドの手を払って自らに刺さった剣を横に引き、絶命する。
シド:………………馬鹿な奴め。
0: (間)
シャルロット:おかえり、シド。
シド:……ただいま戻りました、殿下。
シャルロット:何も聞かぬ。よくやった。
0:
シド:(M)首謀者であるシュトルツは自害。その他、王族殺人を企てた謀反者たちは全て捕縛された。陛下はこの魔物退治の武勲を皮切りに、どんどんと功績を上げ、継承戦争を勝ち上がり、西国初めての女王となった。
シド:……私の、唯一の王に。
0:―場面転換・同時刻―
ガリウス:よぉ、シャーリー。
シャルロット:……ようやく来たか。
ガリウス:今は女王様、か。約束通り、ダンスのお誘いに来たぜ。
シャルロット:あぁ。待ちくたびれたぞ、ガリウス。
ガリウス:そう言うなって。これでも超特急で会いに来たんだぜ?
シャルロット:フッ。それで?
シャルロット:それが貴様の一張羅か?随分と汚れているが。
ガリウス:俺は直接斬り刻むのが好きだからよお。……良い色に染まってるだろ?
ガリウス:……しっかし、てめえのドレスは綺麗なままだな?お得意の飛び道具で、離れた相手を撃つ簡単なお仕事、ってか?
シャルロット:我が銃剣は、別に不意を撃つ為の武器ではない。腕前は……まあ、踊れば分かるだろうさ。
ガリウス:そーかよ。
ガリウス:……それにしても。
ガリウス:……あーあ、結局こうなる訳だ……。こうなる前にこの戦が終わるなら、それでも良いと思っていたんだがな。
シャルロット:おや。私と踊りたくなかったと?
ガリウス:……直接お前と踊らなくても……手を下さなくても。俺が統治するレヴァンティンがエーベルヴァインに勝てさえすれば、それは女王であるお前を倒すことになる。……違うか?
シャルロット:……確かにな。
シャルロット:本当に……こんなにも互角の戦いが続くとはな……犠牲も多かった。
ガリウス:……それもここまでだ。
シャルロット:あぁ。
ガリウス:ノルデンエイリーク・エンカムス……。
シャルロット:大陸式最終決闘……互いに軍の三分の一を失った時、双方同意の上でのみこの手法で戦争を終結できる。
ガリウス:そうだ。……ノルデンエイリークの伝統に則り、国王同士の最終決闘にて、両国の決着をつける。いいな?
シャルロット:鐘はこちらも鳴らした。当然、異論はない。
ガリウス:……約束通り、これでノルデンエイリークが俺ら以外に渡ることはない。
シャルロット:そうだな。どちらが倒れることになっても……生き残った者が、このノルデンエイリークを統(す)べることになる。私たちの、どちらかが。
シャルロット:……泰平への道、か。長かった……。
ガリウス:俺らが出会ったのは、まだ12の時だった。
シャルロット:そして、16の終わりに戦争が始まった。
ガリウス:17になって、ようやく戦場へ出陣できた。
シャルロット:大陸戦争の最中、自国の継承戦争をようやく勝ち取り、王になれたのは25の時だ。
ガリウス:俺も25で、父上から王位を継いだ。
シャルロット:互いに領地を広げ……、
ガリウス:大陸はどんどんと統一されて行った……。
シャルロット:ヘルヘイムも……お前が1人で倒したと、そう聞いた。
0: (間)
ガリウス:(少し辛そうに息を吸って)……いや。積もる話をする仲でもねえな。俺らは今……敵同士だ。
ガリウス:御託はいい。……さっさとやり合おうぜ。
シャルロット:(同じく少し辛そうに)……そうだな。
0:◆シャルロットが、その銃剣の銃口をガリウスに向けた。
シャルロット:今日こそ私が終わらせる。
シャルロット:貴様を、その玉座から引きずり下ろしてくれよう……狼皇帝!
0:◆発砲。しかし、ガリウスは身を捩ってそれを躱す。
ガリウス:盤上に、キングは2人も要らねえ……!
シャルロット:あぁ、そうだ!だからお前は……ここで果てろ!
ガリウス:(同時に)うぉおおおおおお!
シャルロット:(同時に)はぁああああああ!
0:―場面転換。同時刻―
パトリシア:…………。
グェン:なんだよ。気まずそうにするんなら軍師様のところに行けよ。
パトリシア:だって何か、大人2人で黙って座ってるんだん……。
グェン:お前そういう空気読めたんだ。
パトリシア:はぁ!?馬鹿にしてんの!?
グェン:はは。それにしても不思議だよな。さっきまでバッチバチに戦ってたってのに。
パトリシア:私は、シャルロット様を信じるだけ。私を認めて側においてくれたあの人に、私の全身全霊で報いたいだけ。
グェン:愛が重いねえ。
パトリシア:あんたは、そう忠誠心が高そうにも見えないけど?……なんでガリウス王に仕えてるの?
グェン:ん〜?まあ、そうだな。話すと長くなるぜ?
パトリシア:あっそう。じゃあ聞かない。
グェン:そーかよ。
グェン:……ま、色々あったんだわ。
0:
グェン:(M)……リーファス家の人間には、自由なんかない。
グェン:
グェン:「リーファス家の人間には自我など要らない」
グェン:「リーファス家の人間には意思など要らない」
グェン:「全ては国のため、そして王のため」
グェン:「ただただ尽くし、その命を捧げよ」
グェン:
グェン:物心ついた時には、「俺」はいなかった。グェンという名前は単なる記号であり、俺は常に、「俺」ではない姿を強要された。どこにでも溶け込めるように。誰にでも付け入れるように。金髪は茶髪に、瞳の色は緑から青へ……。素の自分を打ち消して、偽りの存在を作り上げる。時に……薬を飲んで、その体格や性別を変えてまで。
グェン:
グェン:俺は……父や母の素顔も知らない。王家直属の諜報一族、リーファス家とはそういう一家だから。
グェン:だから「あの時」まで……「俺」はどこにもいなかった。存在してはいなかったんだ。
0:―以下、回想開始。6年前。レヴァンティン帝国軍第三部隊隊舎―
グェン:お!あんたがガリウスか!俺はリーファス家のグェン。同じ部隊に配属されたんだ。これから宜しくな、若さん!
ガリウス:リーファス……?
0: ガリウス:(M)代々親衛隊特殊部隊を担っている、あのリーファス家の子息か。
ガリウス:……おい。
グェン:なんだ?
ガリウス:俺とお前……どこかで会ってるか?
グェン:……んーにゃ。今日が初めましてだぜ。
ガリウス:そうか……。
ガリウス:(小声で)……ん?そもそもあそこの家に、俺と近い年齢の男なんていたっけか……。
グェン:おう!……いやあ、それにしても……お前、将来の王様のくせに人望ねえのな!みんなお前のこと避けてるっつーかなんつーか……。
ガリウス:あのなあ……。逆にてめえみてぇに、将来自分が仕えるであろう相手に、ずけずけと空気も読まずに話しかけてくる方が珍しいんじゃねーのか。
グェン:そんなもんか?……ふーん。俺にゃあ、貴族の坊ちゃん嬢ちゃんの考えることはちっとも分かんねえなあ。
ガリウス:……てめえも一応貴族だろうが。
グェン:まあな〜。でも、俺ら同期だろ。
ガリウス:(ため息)相手が俺じゃなかったら、不敬で訴えられても文句は言えねえぜ。
グェン:何言ってんだよ。
ガリウス:あ?
グェン:俺は「あんた」に話しかけてるだろ、若さんよ。
ガリウス:……なるほど。お前、そういう奴か。
グェン:え?なんだって?若さん。
ガリウス:ガリウスでいい。……グェン。
グェン:……ッ!おう、ガリウス!
0: (以下、暫く場面が転々とします)
グェン:ガリウス!訓練のペア、俺と組もうぜ!
ガリウス:別に良いが……足引っ張んじゃねえぞ。
グェン:いやいや〜。型通りの騎士様の剣より、俺の剣のが実践向きだと思うけどな〜?
ガリウス: 俺の剣が、そんなお上品だと思うか?
グェン:ははっ、思わない。でーも!未来の王様が負けるなんてだせぇから気を付けろよな?
ガリウス:はっ。言ってろ。手加減はしねえぜ。
0: (間)
グェン:ガリウス!未来の王様は、仕掛けられた勝負から逃げたりしないよな?
ガリウス:あ?そりゃそうだろ。売られた喧嘩は買うのが礼儀だ。
ガリウス:ってかお前、ちょこちょこいたりいなかったりするよな?一体どこでサボって……、
グェン:(被せて)ところでよお!今日の昼飯は、ななななんと!シュニッツェルだってよ!
ガリウス:へー。……で?
グェン:食堂まで競争して、勝った方が負けた方から一枚奪えるルールな。よーい、スタート!(走り出す)
ガリウス:は?クソ、待ちやがれグェン……!
0: (間)
グェン:ガーリーウースッ!……ん?どうした?怖い顔して。
ガリウス:いや、別に……何でもねえ。
グェン:午後からはヘルヘイムとの合同訓練だぞ?気合入れて行こうぜ!な!
ガリウス:……あぁ。そうだな。
グェン:?ガリウス……?
ガリウス:いや。何でもねえ。
グェン:……何かあったら言えよ。俺はお前の、目となり盾となる男なんだから。
ガリウス:(小さく笑って)あぁ。……ちょっと感傷に浸っちまった。行こう。
グェン:……おう!
0: (間)
グェン:ガリウス!ちょっとこれに着替えてくれよ!
ガリウス:あ?なんだこの粗末な服は……。
グェン:いいからいいから!
0: (間)
グェン:ってことでじゃじゃーん!城下町でぇす!
ガリウス:こらグェンてめぇ……これちゃんと許可取ってんだろうな……!?
グェン:いや?取ってる訳ないだろ〜。俺だぞ?
ガリウス:〜〜〜ッ!
グェン:んーじゃ、お忍び⭐︎市場で食い倒れるまで帰れませんツアーと行こうぜえ。
ガリウス:は?おい待て!流石にこれは(ちゃんと許可を)……、
グェン:(被せて)はいはいどうどう。ほれ、ブルスト。
ガリウス:んが!……んん、んぐんぐんぐ……。
グェン:どうだ?
ガリウス:んだこれ……めちゃくちゃ美味え……!
グェン:ハハッ、そりゃ良かった!
グェン:……たまには息抜きも必要だぜ、未来の王様。
ガリウス:……グェン、てめぇもしかして……。
グェン:俺ら、友達だろ?
ガリウス:(笑って)……そうだな。
グェン:はははっ!……ん、ゲホッ、カハッ……!(血を吐く)
ガリウス:……ッ、グェン!?
グェン:ああ、大丈夫。大丈夫だから……。
ガリウス:大丈夫じゃねえだろそれ!すぐ医者を……!
グェン:(大声でキツく)それはダメだ!
ガリウス:…………ッ、
グェン:……ぁ。す、済まねえガリウス。先に帰っててくれ……!(走ってその場を去る)
ガリウス:あっ、おいグェン……!
0:◆路地裏に身を隠すグェン。その身体は、みるみると小さく、本来の12歳(見た目は10歳くらい)の姿になっていく。
グェン:クソ……最近薬を飲み過ぎてたか……。身体が……どんどん元に戻って……ウッ。
ガリウス:グェン!やっと見つけ、た……。
グェン:…………!
ガリウス:お前……それ……その姿……。
グェン:…………。
ガリウス:グェン、なのか?……だよな?
グェン:………ごめん、俺……。
ガリウス:それが、本当のお前か?……時々いなくなってたのは、まさか……。
グェン:…………。
ガリウス:あー……10歳くらい、か?
グェン:なっ。12だよ失礼な……!
グェン:……ガッカリ、したろ……。こんなガキで……。
0: (間)
ガリウス:(吹き出して)ぷっ、くくく……!
グェン:な、何がおかしい……!
ガリウス:あぁいや。(グェンの頭にポンと手を置く)
グェン:…………!
ガリウス:一人で抱え込むなよ。お前は、俺の目となり盾となる男なんだろ?それに……。
ガリウス:俺ら、友達じゃねえか。隠し事はなしだぜ。
グェン:とも、だち……。
ガリウス:あ?お前が言ったんだろうが。それとも何か?年の差があったら友達にはなれねえのか?
グェン:そ、そんなことは……。
ガリウス:あと。ガキならガキらしく、大人に甘えろ。バーカ。
グェン:…………!……ガリウスは、「大人」って感じはしないけどな。
ガリウス:(笑って)減らねえ口だな。
0: (間。以下、モノローグではなくセリフです)
グェン:リーファス家は、王家に使える特殊部隊……表向きは貴族だが、いわゆる諜報員として、代々レヴァンティンの皇帝に仕えている。
グェン:……俺が生まれたのは、あんたが九つの時だ。俺が戦闘員として一人前になる頃には、きっとあんたが王になっている。
グェン:
グェン:俺は……あんたが将来利用できるように……「使える道具」になるために育てられてきた。
グェン:第三部隊に配属になる前から、いつもあんたの事を見てたよ。初めてあんたの警備を許されたのは、気配を消すテストに合格した九つの時だった。それからは、いつだって姿を隠して傍にいた。
グェン:だから、あんたが朝起きて最初に何をするかも、好きな食べ物も……なんと!寝相まで知ってるって訳だ。
ガリウス:……そーかよ。
グェン:そーかよって……それだけかよ?俺が気持ち悪くないのか?
ガリウス:何がだよ?それがお前の仕事だろ。
グェン:でも……、
ガリウス:入隊の日、お前とどこかで会ってるような気がしたのはそのせいだな。
グェン:……え。
ガリウス:ずっと付いてくれていたからだろうな。てめえの波長は心地いい。
0: (間)
ガリウス:……何も変わんねーよ。
グェン:…………。
ガリウス:にしても、四六時中俺に付いてるなんてご苦労なこった。
グェン:「グェン」に、自由なんてない。俺はガリウスの……、
ガリウス:道具だから?
グェン:…………そうだ。
ガリウス:ふーん。
ガリウス:(立ち上がって)お前、生涯通して俺に従い、俺の命(めい)を遵守(じゅんしゅ)すると誓うか?
グェン:…………もちろん。
ガリウス:そうか。なら命令だ。
0: (間)
ガリウス:自由に生きろ。
グェン:へ……?
ガリウス:俺の物だから自由がない?馬鹿を言え。てめぇはてめぇだ。俺は自分の意思で考えない人形になんざ興味ねぇ。俺の為に生き、俺の為に存在したいのなら……精々飽きられねぇように自由に生きるんだな。
グェン:……ッ!お、俺なんかが……自由に生きて、いい訳……、
ガリウス:これは未来の王様命令だぜ?……俺を楽しませくれよ。
グェン:ガリ、ウス……。
ガリウス:自由に生きちゃ駄目な人間なんて存在しねえ。俺もお前も……(小声で)あいつだって……。
ガリウス:……さ。落ち着いたなら、なんか食ってから帰ろうぜ。走ったら腹減ったわ。いい店教えてくれよ、グェン?
グェン:(暫し呆気に取られて)フッ。……あぁ!
0:
グェン:(M)そうして俺は、その時本当の自由を手に入れた。俺はその時、初めて本当の意味で、「グェン」になれたんだ。
0:―回想終了・現在―
グェン:ぷ、っくく。
パトリシア:え、何、きっしょ。思い出し笑い?
グェン:良いだろ、別に。
パトリシア:まあ良いけど。……ふーん。良い顔してる。そんなに良い王様なのね、あんたのところの狼さんは。
グェン:まあな。
0: (間)
パトリシア:……私ね、村で一番の力持ちだったの。男の人より力が強いしよく食べるから、ちょっと変なんだなって、子供の頃から何となく分かってた。それでも、別に、「とびきり変」ではないって思ってたの。私は普通だって。
パトリシア:……って。なんでこんな話してるんだろ、私。
グェン:普通だろ、別に。
パトリシア:……戦った後でも、そう思うの?
グェン:は?思うだろ、別に。どっからどう見ても普通の女の子だし。……あ?なんだ?もしかしてツノとかあったり、背中に羽を隠してたりでもすんのかよ。
パトリシア:そんな訳ないでしょ。馬鹿なの、あんた。
グェン:じゃあ普通だろ。
パトリシア:……そっか。
0: (間)
グェン:俺は擬態が得意なカメレオンだから。……透明人間みたいなもんだよ。話したいことがあるなら、好きに話しゃいいさ。
パトリシア:……あんたって、もしかして良い奴?
グェン:もしかしなくても良い奴だろ!
パトリシア:まあ話さないけど。
グェン:はぁ!?
0:
パトリシア:(M)標高が高く、冬の間は陸の孤島と化す雪国。そんな辺境のど田舎で、私は生まれ育った。過酷な土地だからか魔物の被害もほとんどなく、たまに出る魔物も、辺境騎士団がささっと倒してくれる。静かな平和なその村では娯楽も少なく、同世代の友達も少ない。そもそも髪を結うことや、着飾ることにはあまり興味のなかった私は、いつも同じ年のエメリヒと、剣の稽古という名のちゃんばらごっこで遊んでいた。
0:―回想開始・7年前・西国 辺境の地―
0:◆15歳のパトリシアとエメリヒが、剣を交えている。
エメリヒ:うわあッ!……あー!くっそ、また負けた!お前ほんっっっとに強えなあ!すげえや!俺も村ではそれなりのはずなのに、お前には手も足も出ねえ!
パトリシア:ふふーん!
エメリヒ:だぁああああ!ムカつく!その顔!
パトリシア:今日はいい線行ってたよ。エメリヒは、絶対良い騎士になれる!
エメリヒ:勝った奴に言われてもよ。
パトリシア:だって、私じゃ騎士にはなれないもん。
エメリヒ:それは……、
村のおばさん:パトリシア!
パトリシア:あ、おばさん!
村のおばさん:稽古のところ済まないね。ちょっくらうちの人の荷運びを手伝ってくれないかい。
パトリシア:分かった、おじさんのとこね!ばっびゅーんっと行ってくる!まったねー、エメリヒ!
エメリヒ:あ!おい!また勝ち逃げかよー!くそ!
村のおばさん:あっはっは。今日もパトリシアの圧勝かい?
エメリヒ:聞くまでもないだろ、おばちゃん。この村でパティに敵う奴なんていねえよ。
村のおばさん:そうだねえ。
エメリヒ:なあ、おばちゃん。
村のおばさん:何だい?
エメリヒ:パティの奴、また強くなってたぜ。手加減されててもさ、分かるんだ。……いや、手加減されてるからこそ、かな。
エメリヒ:パティを除けば、俺は村のガキの中じゃ一番強いんだぜ。父ちゃんだって、俺の歳の頃はここまでじゃなかったって。
村のおばさん:辺境騎士団長のお父上が?
エメリヒ:お前はここじゃなく、王都に行って試験を受けろって。……親バカだって思うか?でも、父ちゃんがお世辞言わないってのは、おばちゃんもよーく知ってるだろ。
村のおばさん:そりゃ、団長さんはうちの店にもよく来てくれるからねえ。……でも、そんなエメリヒでも、パトリシアには一本も当てられない、か。
エメリヒ:あいつの練習に付き合ってるおかげで、俺は強くなった。いや、もっともっと強くなる。
エメリヒ:でも俺、時々あいつが怖くなるんだ。酷いよな。友達なのに。
村のおばさん:エメリヒ……。
エメリヒ:パティは、どうして騎士にはなれないんだ?
村のおばさん:そりゃあだって、パトリシアは、女だもの。
エメリヒ:あんなにつえーのに。
村のおばさん:あっ、大変だ。パトリシアばかりに仕事させてたんじゃ怒られちまう。私もそろそろ戻るよ。じゃあね、エメリヒ。
エメリヒ:……そんなのおかしいよ、絶対。
0:
パトリシア:(M)暇な時は、村の人の手伝いをして過ごす。炊事や洗濯は苦手だから、専ら大人も持て余すような力仕事が私の役目だった。「大人も持て余すような」……そんな重いものでも、私はひょいと持ち上げられた。それでもあの時までは。……あの時までは、私はそれでもこの普通の村の一員なんだって、普通の女の子だって。
パトリシア:……そう思ってたんだ。
0:
パトリシア:よいしょ、っと。はい!これで全部かな?
村のおばさん:いつもありがとうね、パトリシア。
パトリシア:いーえ!いつでもどーぞ!私ほどの力持ちは、なっかなかいないからね!
村のおばさん:ふふ。いつも助かってるよ。
パトリシア:それにしても、こんな大剣売れるの?騎士団の人にもこれを振り回せる人は少ないんじゃない?
村のおばさん:豪傑揃いの騎士団様相手だ。品揃えをよくしておかないとね。
パトリシア:ふふ。そっか。
村人:た、助けてくれーーー!
パトリシア:!?
村のおばさん:どうしたんだい、あんた。
村人:ままま魔物が!村に魔物が出た!パン屋のオイゲンがやられちまった!
村のおばさん:ええっ!?へ、辺境騎士団の騎士様たちは!?
村人:遠征に行っちまってる!何だってこんな時に……!
村のおばさん:魔物なんて、そんなの一体どうしたら……!
村人:もうそこまで来てる!早く逃げるんだ!
0:◆エメリヒ、パトリシアを追いかけてやってくる。
エメリヒ:あ!パティ!いたいた!もっかい勝負だ!今度は負けねえからな!
村のおばさん:……!エメリヒ!後ろ!
エメリヒ:え?……う、うわぁあああ!な、なんだこりゃ……!
村人:あぁああああもうだめだ……!
パトリシア:…………っ、コレ、借りるよおばさん!(大剣を手に走り出す)
村人:パトリシア!?
村のおばさん:いくらパトリシアでも無茶だよ!あんた、パトリシアを止めとくれ!
0:
パトリシア:(M)相手は魔物。エメリヒじゃない。手加減はいらない。簡単だ。我慢する必要なんてない。あぁ、思ったより柄が長い。でも本気を出して良いんだ。初めて、遠慮なく、本気を出せる。
パトリシア:思い切り振りかぶって、本気で、ただ、振り下ろす……!
0:
パトリシア:はぁああああああ!
0:◆地鳴り。土埃が収まると、エメリヒを襲おうとした魔物は真っ二つに割れていた。
パトリシア:やった……!倒せた……!倒せたよ、みんな……!大丈夫!?みんな怪我ない!?
0:
パトリシア:(M)振り返った時のみんなのあの目、今でも忘れない。私は、ちゃんとみんなを守れてた。おじさんも、おばさんも、エメリヒも、他の村のみんなも。だけど。
0:
エメリヒ:……パ、パティ……。
0:
パトリシア:(M)知ってる、この目。さっき、みんなが魔物を見て、怖くて怖くて怯えていた、その目。……なんで?魔物はもういないのに。私が倒したのに。みんなの目が、みんなが、
0:
村人:ば、化け物……!
0:
パトリシア:(M)みんなが、魔物を見るような目で、私を見ていた。
0:
村のおばさん:ひぃ……!
0:
パトリシア:(M)さっきまで一緒に笑っていたおばさんも、私と目が合って後退りしていく。
0:
パトリシア:……エメリヒ。
エメリヒ:…………っ、
パトリシア:私って、もしかして、普通じゃ、ない、のかな……?どこか……どこかおかしい……?
エメリヒ:…………。
0:
パトリシア:(M)あぁ、そうか。私が「怖くて」、声が出ないんだ。
0:
エメリヒ:……!パティ、危ない……!
パトリシア:…………ぇ。
0:
パトリシア:(M)もう1匹……!?やばい、間に合わない……!
0:
シャルロット:はぁあああああああ!
0:◆駆けつけたシャルロットが、魔物を一撃を振るう。
パトリシア:(M)剣が振り払った空気が、風となって通り抜ける。瞬間、一気に空気が変わったような感覚。私と同じ、たった一撃で魔物を屠ったその人は、悠然と私を振り返った。あの一撃が。あの風が。私の中の澱んだ何かを吹き飛ばしたように感じた。
0:
シド:あぁ、良かった。間一髪、間に合いましたね。
シャルロット:馬鹿言え、間に合ってないぞ、シド。
シド:え?……なんと。この魔物は、一体どなたが……。
シャルロット:ふむ。…………其方(そなた)か?
パトリシア:あ、なたは……。
シャルロット:私はシャルロット=ツーディア=エーベルヴァインという。
パトリシア:だ、第一皇女殿下……!
シャルロット:あぁ、堅苦しい挨拶は不要だ。視察中、偶然通りがかってな。もう少し早く来られたら良かったのだが……。それにしても、この太刀筋は凄いな。誰かに指南してもらっているのか?
パトリシア:い、いえ……。
シャルロット:独学か?
シド:断面を見るに、信じられないことではありますが……この硬い鱗を、文字通り力で押し切っているようですね……。
シャルロット:力で?ははっ、そいつはすごい。
パトリシア:…………。
シャルロット:其方ら、良かったな。この娘がいなければ、下手したら全滅だ。村が1つ無くなるところだった。
村のおばさん:あ、あぁあ……。
シャルロット:恐怖で言葉を忘れたか。無理もない。シド、視察隊全員で村人の治療にあたれ。怪我をしているものもいるし、心の方も心配だ。
シド:仰せのままに。
エメリヒ:あの……!
シャルロット:おや。其方は話せるのか。ふふ。この村は、若者の方が精神力があるようだな。
エメリヒ:助けていただき、ありがとうございました、殿下……!
パトリシア:…………っ、
0:
パトリシア:(M)怯えて私を見ていた瞳が、殿下を感謝と喜びに満ちた瞳で見上げる。途端にまた、自分の身体に澱んだ何かが巻き付く感覚に陥る。
0:
シャルロット:構わぬ。無事で何よりだ。
エメリヒ:パティは、俺の大事な親友なんです。なのに、俺何もできなくて……だから本当に!ありがとうございました!
パトリシア:…………ぇ。
シャルロット:変わった奴だ。己の命の前に、友の命を助けたことへの謝辞を述べるとは。
エメリヒ:パティ、さっきはごめん。俺、怖くて声出なくて。ありがとう。お前のおかげで助かった。やっぱりお前はすげえ!あ、あとさっきの話だけどさ!
0: (間)
エメリヒ:お前が普通な訳ないだろ!お前は特別だ!怖いくらい強い、村の英雄!本物の騎士だ!
0:
パトリシア:(M)騎士。私が……?動揺する私を、しかしエメリヒは真っ直ぐに見つめていて。
0:
パトリシア:な、何言ってんの。女は騎士になれないんだよ。
シャルロット:それはどうかな。
パトリシア:え?
シャルロット:今後、一時的な処置などではなく、真に女が王となる時代が来れば。……「女騎士」というのも、何ら不思議はなくなるぞ?
パトリシア:それって……。
0:
パトリシア:(M)風が吹く。
0:
シド:殿下。無闇矢鱈と人をたらすのはやめていただきたい。
シャルロット:おや。おかえり、シド。ふふ。怒られてしまった。
シド:まったくもう……。
パトリシア:…………ください。
シャルロット:え?
パトリシア:王様になってください!
シド:ちょっと君……、
パトリシア:貴女が王様になるなら、私が貴女の近衛騎士になります!
0:
パトリシア:(M)私の中に、今までにない、大きな風が。
0:
シャルロット:……この国に近衛隊は無いんだが……。
パトリシア:え!?じゃ、じゃあじゃあ!私が作ります!で、なります!貴女を護る近衛騎士に!
シャルロット:ふふ。其方(そなた)が?
パトリシア:はい、私が!……む、無謀で、しょうか……!
シャルロット:いや。(フッと笑って)それでは私は、何が何でも王にならなければな。
パトリシア:…………!
シャルロット:しかし。私が王になるには、まだ少し時間もかかるが。其方が騎士になる方法なら、他にもあるぞ。なあ、シド?
パトリシア:え!あるんですか!?どんな方法ですか、それ!
シド:(ため息をついて)年に一度、王都で台覧試合(たいらんじあい)試合が行われるのです。そこで優勝し、王族の皆様方に自らの力を示せば、あるいは……。例えそれが女性でも、召し立てられることもあるやもしれません。
パトリシア:台覧、試合……。
シャルロット:そういうことだ。王都で待ってる。
パトリシア:は、はい……!
シャルロット:あとその大剣、柄がどうも長すぎるし、刃先ももう少し鋭い方が其方には合っているぞ。……そうだ。其方が近衛騎士になった暁には、私が業物を送ってやろう。約束だ。
パトリシア:…………!
シド:だから!すぐそうやって人をたらすのはおやめください!
シャルロット:おや。また怒られてしまった。
シャルロット:では、後始末があるので失礼するよ。其方らも少し休んだ方が良い。では。
0:◆シャルロットとシド、立ち去る。
エメリヒ:……パティ。
パトリシア:……エメリヒ。
エメリヒ:王都に、行くのか。
パトリシア:やっぱり、無茶かな。
エメリヒ:無茶なもんか!
パトリシア:…………!
エメリヒ:お前なら絶対、近衛騎士でも近衛隊長でも、何にでもなれるよ。ずっとお前と剣をあわせてきた俺が言うんだ。間違いない。……まあ、お前がいなくなるのは、ちょーっと寂しいけどよ。
0: (間)
エメリヒ:でも、応援する。
パトリシア:……へへ。ありがとう、エメリヒ。
0:―場面転換・1年後・王都―
司会:まさかまさかの快進撃!おったまげた!信じられないことが起きています!豊作といわれた今年(こんねん)、激闘を制したのは〜、まさかの少女!少女です!その小柄な体躯で大剣を軽々振るう様は、まるで天使か妖精か!
司会:今回の台覧試合(たいらんじあい)の優勝者はぁ!小さき猛獣、パトリシアー!アンダンテー!
シャルロット:はは!ほらな、シド。あの時の娘だ。
シド:……そのようですね。
シャルロット:本当に勝ってしまった。いや、疑ってはいなかったが。ふふ。賭けは私の勝ちだな?
シド:陛下は彼女の優勝を疑っていらっしゃらなかったようですが、私とて彼女の勝利を荒唐無稽だと進言してはいなかったはずです。賭けは不成立ですね、陛下。
シャルロット:なるほど、確かに。……なぁ、シド?
シド:なんです?
シャルロット:近衛隊を作るには、どこから手を付ければ良いだろうか。あの子、まだ若いだろう?近衛騎士に任命するには……、
シド:…………ふふ。そうですね。まずは殿下。玉座を手に。
シャルロット:あぁ。ふふ。あの子との約束を果たすのは、骨が折れそうだ。
0:―場面転換・4年後・戴冠式―
シャルロット:こうして無事、戴冠の儀を終えられたのも、常日頃国に尽くしてくれる其方(そなた)らの働きあってこそである。感謝する。……戴冠に伴い、幾つかの職務に変動がある。……我が騎士、シド=ヤーカルム。
シド:はっ。
シャルロット:其方を本日付で、我が国の宰相、及び軍師に任命する。
シド:拝命仕(つかまつ)ります。
シャルロット:よく励め。
シャルロット:そして第1師団団長、パトリシア=アンダンテ。
パトリシア:え!?は、はい!
シャルロット:其方を本日より、私、エーベルヴァインが女王、シャルロット=ツーディア=エーベルヴァイン直轄の、近衛隊所属とする。
パトリシア:…………へ。
シャルロット:騎士団に入団してからの其方の働き、とくと見せてもらった。其方が団長だ。私の側で、其方の忠義を見せてくれ。
パトリシア:はっ。
シャルロット:また、褒賞として、この大剣を授ける。(耳元で)約束は守ったぞ、パティ。
パトリシア:はい……!ありがたき幸せ……!
0: (間)
シド:永遠に。
パトリシア:永久(とこしえ)に。
シド:(同時に、ゆっくり)陛下の為に。
パトリシア:(同時に)シャルロット様の為に!
0:―回想終了・再び現在―
0:◆ガリウスとシャルロットが剣を交えている。
シャルロット:はあぁっ!……ふ、ふふ。あぁ、そんなこともあったか。
ガリウス:んだぁ!?笑ってんじゃねぇ、クソ野郎!
シャルロット:貴様に余裕がないだけだろう。悔しければ笑ってみるといい!
ガリウス:誰が余裕がないってえ……!グッ……!俺は民のため、仲間のため、負ける訳には、行かねえんだよ……!
シャルロット:お前はいつもそうだ。自分のことしか考えていないような脳筋に見えて、結局はいつも人の為……!
ガリウス:突然褒めんなよ気持ち悪ぃ。
シャルロット:褒めているものか、ド阿呆(あほう)め。
ガリウス:あぁん!?
シャルロット:お前は甘いのだ。お前が鍛錬するのはいつだってお前自身の為ではない。ダンスパートナーの恥とならない為、部下を助ける為、民の命を守る為……!お前の心はどこにある!
ガリウス:ハッ!何言ってやがる。てめぇに俺の……何が分かる……!
シャルロット:何だ何だ!心が乱れたか!剣がブレているぞ、ガリウス!
ガリウス:クッ、俺はァ……!
シャルロット:もう一度訊くぞガリウス!貴様の覚悟はその程度か!お前の心は!お前の自由はどこにある……!
ガリウス:…………ッ!くそ、好き勝手言いやがって……!俺は!お前のそういうところが!昔っからムカつくんだよ!
シャルロット:あぁそうだな!図星を突かれれば、どんな聖人でも腹が立つだろうさ!
ガリウス:違ぇよ……!お前も……お前だって……!お前だって……!人のことばっかりだろうがよ!
シャルロット:…………!
ガリウス:いつだってヘラヘラヘラヘラ笑いやがって!お前はどうなんだよ!お前の自由は!一体どこにあるって言うんだ……!
0:
キリエル:(M)この世に自由などない。
キリエル:生まれ落ちたその瞬間、自分の意思とは関係なく、ピラミッドの一角にその身を位置づけられる。身分が高いか低いか。金があるかないか。そして……力を持っているかどうか。私達に無限の選択の余地などない。位置付けられたヒエラルキーの、その既に狭められた選択の中で、どうにか抗い続けるしかない。
キリエル:
キリエル:……そして私は、「力」を持つが故、自由でなくなった者の1人だった。
0:―以下、回想開始。5年前。レヴァンティン帝国軍―
ガリウス:おい、あいつは……?
グェン:ん?あぁ。……あれが噂の先読みの巫女さんだ。どうやらちょっと前まで養護施設にいたそうで…………ま、何やら訳ありなんだと!
キリエル:どいつもこいつも……。
0:
キリエル:(M)人間は勝手だ。
キリエル:私は、幼き頃に親に捨てられた。天眼(てんがん)の予見(よけん)を受けあれこれ言い当てる私は、両親の目には奇異として映ったのだろう。私だって、そんな幼子(おさなご)を育てるのはご免こうむる。
キリエル:だから私には、血を分けた「肉親」と呼べる存在はいない。……しかし、幸運なことに、「親」と呼べる存在はいる。養護施設「ディアコニー」の修道者、ブラッツ・アインホルン……その人こそが、私の心の家族であった。
0: (以下、更に過去の回想シーン)
0:◆幼き頃のキリエルが、ブラッツに剣術の指南を受けている。
ブラッツ:どうしたどうした!もう終わりかぁ?
キリエル:クッ……もう疲れた!こんなことに意味なんてない!
ブラッツ:おいおい、逃げるのか。ちゃんと俺の動きを読め!天眼で予見(よけん)し、俺の先に回りこむんだ。
キリエル:ふざけるな!そんなにテンポ良く次々読めるものじゃない!
ブラッツ:だから精度を上げろっつってんだよ。
キリエル:そもそも女に剣術なんて必要ないだろう!
ブラッツ:バァカ。護身術だろうが。お前さんにゃ必要なものだ。
キリエル:護身術の域を超えてる!これは殺人術だ!他の子は遊んでるのに、なんで私ばっかり……!
ブラッツ:お前さんのような異能持ちは、自分で自分の身を守らなきゃ、ボロ雑巾のように使われて終わりだぞ。それで良いなら、授業はこれで終わりだ。
キリエル:…………ッ。
ブラッツ:生憎俺ァ、戦争を生き抜く方法しか知らないんでね。だが、殺人術を学べば十二分に身は守れる。そんでもって、それで人を殺すかどうかは……お前さんの選択に委ねられるだろうよ。
キリエル:私は……人殺しなんてしない。
ブラッツ:そーかよ。
キリエル:一角獣ブラッツ……レヴァンティン帝国・元近衛隊長様……この国じゃあ、サルでも知ってる有名人だ。
ブラッツ:おう、そうか。まあ「俺」だからな。
キリエル:自分で言うのかそれを……。
ブラッツ:それだけ研鑽(けんさん)したんだよ。俺は、俺の鍛錬の歴史をしっかりと認めているだけだ。
キリエル:ふん。人殺しの研鑽か。
ブラッツ:己の正義を全うする時、そしてそれが、相手の正義と反する時……ぶつかり合うのは、仕方のないことだ。……それが「たった1人」の為なら尚更。
キリエル:たった1人?
ブラッツ:騎士が生涯を捧げる主君のことだ。意思が弱い奴は、ボロ雑巾のように利用されて捨てられる。だが、たった1人と出会えたら……自分の力を全て捧げても良いと思える存在に仕えることができたら。それは騎士の誉れと、自信につながる。
ブラッツ:……自らの意思で選んだ、たった1人だ。
キリエル:それは……、
ブラッツ:(被せて)とにかくだ、エル。お前さんの目はお前さんのものだ。勝手に相手に主導権を渡すな。勝手に誰かに利用されるな。
ブラッツ:お前さんは、お前さんの意志で。自らが使いたい時、そして生涯を捧げても良いと思う相手の為にだけ、その目を使え。
キリエル:…………。
ブラッツ:俺が教えんのは、圧倒的な力に負けない物理的な方法だけだ。……だが、精神はそうもいかん。精神は簡単に侵されてしまうからな。
ブラッツ:意志を強く保つのは、己との対話だ。他人がどうこうできるもんでもない。
ブラッツ:(キリエルの頭に手を乗せて)ま、頑張れよ、エル。
キリエル:〜〜〜ッ、頭に手を置くな、クソ!…………ぁ。
ブラッツ:ん?何だ?
キリエル:雨が来る。
ブラッツ:お。予見か。よし。んじゃ今日はここで終わるか。
キリエル:……こんなに晴れてるのに、とは言わないのか。
ブラッツ:お前さんのことを信じてるからな、俺は。
キリエル:気持ち悪くないのか。
ブラッツ:あー?(笑いながらキリエルの頭を乱暴に撫でる)
キリエル:わ、おい、撫でるな!
ブラッツ:バァカ。気持ち悪い訳ねえだろ。「家族」なんだから。
キリエル:…………ッ。
ブラッツ:おし。走って帰るぞ。明日からまたビジバシしごいてやるからな。
0:
キリエル:(M)ブラッツの修行は、本当に容赦がなかった……が、おかげで私は強さを手にし、自分を守る術を得た。
キリエル:……20歳を超えた頃だった。その頃には、私は天眼の力をある程度自由に使えるようになっており、その日私は初めて、一角獣の角を折った。
0:◆成長したキリエルが、初めてブラッツの剣を弾く。2人は、そのまま暫し放心する。
キリエル:……った……やった……!やっと、やっと一本取ったぞ!ブラッツ!はははっ!
ブラッツ:あ、あぁ……。はは。してやられたな。強くなったなあ、エル。
キリエル:はは、あはははは!今回は読みが上手くいった!ブラッツの動きを予見して、逆側から回り込んで……やっと、やっとだ!とうとう勝った……!
ブラッツ:おいおい。たかが一度のまぐれでそんなに喜ぶな、よ……ゴホッ、(激しく咳き込む)。
キリエル:……あ?……ブラッツ……?
ブラッツ:ゥ……ッ!(倒れる)
キリエル:ブラッツ……おい、ブラッツ……!
0:―場面転換。病院―
0:◆ブラッツが寝ている部屋の前で、キリエルと医者が話している。
医者:アインホルン様は、もう長くはないでしょう。
キリエル:は……?もう一度調べてくれ。そんな訳が(ない)……、
医者:残念ですが。……隠してらっしゃったようですが、アインホルン様は長く肺を患っておられました。
0: (間)
医者:どうか、ご覚悟くださいませ。……それから。
キリエル:……それから?
医者:延命治療をする場合は、かなりの額を要します……。
キリエル:…………。
医者:養護施設の維持費も必要となるでしょう。そこで、ご提案なのですが。
キリエル:てい、あん……?
医者:軍に入られては?
キリエル:は?私がか?
医者:実は上に知り合いがおりまして。キリエル様のことをずっと前から「欲しい」と打診していたものの、アインホルン様ににべもなく断られ続けていると愚痴っておりました。
キリエル:は……?そんな話一度も聞いたことがないが。
医者:なるほど。本当に大事にされていたのですね。流石天下の一角獣の秘蔵っ子。
キリエル:…………別に、箱に入れられていた訳では……。
医者:貴女様の力は神の力です。ならば、万人のために使ってこそ意味がある。その力で、お国に貢献なさい。
キリエル:…………私は……。
医者:施設の子供たちも、貴方様だけが頼りでしょう?
0:
キリエル:(M)お金。確かにお金は必要だ。
キリエル:ならば強くならねば。
キリエル:私が子供たちを守らねば。
キリエル:……ブラッツの代わりに、私が。
0:
キリエル:分かりました。……軍に、入ります。
0:―場面転換―
0:◆キリエルが軍に入り、暫くの時が経った。キリエルが廊下を歩いていると、後ろから彼女を呼び止める声がした。
ガリウス:おい。
キリエル:……なんだ。
グェン:あー。こんにちは。俺はグェン・リーファス。実はこの男があんたに用があるって……、
ガリウス:(被せて)てめぇだろ?先読みの巫女ってのは。ちょっと手合わせしてくれよ。
グェン:お、おい……。
キリエル:無礼な奴だな。用があるなら先に名乗らんか。
ガリウス:失礼な奴だな。未来の王の名前も知らねえとは。
0: (間)
キリエル:(ため息)ガリウス=ローウォルフ=レヴァンティン。この国の未来の統治者。
グェン:あ、なんだ。流石に知ってたか。
キリエル:貴様のような者が次代の王とは。私は将来国を移ることを考えねばならないかもな。
ガリウス:……は?
キリエル:おや、怒ったか。そうしてすぐに顔に出るのもいただけないな。短気な王は国を滅ぼす。
ガリウス:……口の減らねえ女だな。まあいい。俺が知りたいのはお前が強ぇか、そうでないか。それだけだ。一戦やろうぜ。
キリエル:……ガキか、貴様は。
ガリウス:あ?なんだと……。
グェン:おっと……。
キリエル:戦う必要もない。どうせ貴様も、私の「たった1人」には程遠い、小さな器だろうからな。
ガリウス:……?何言ってやがる。
キリエル:生憎私は忙しいんだ。
ガリウス:待て。
キリエル:…………ッ!
0:◆キリエルの足元一歩先に、ナイフが刺さっている。
グェン:あっ!俺のナイフ!いつの間に!
キリエル:……皇族の癖に手癖が悪いな。だが。
ガリウス:だが、腕は確か。……だろ?
キリエル:……面白い。一戦だけだぞ。付き合ってやる。
ガリウス:ヘッ。そうこなくっちゃ。
0:―場面転換。訓練場―
0:◆ガリウスとキリエルが剣と鎌を構え立っている。
グェン:んじゃ、未来の王ガリウス、先読みの巫女キリエルの手合わせ一本勝負!……あー、だけどよ?本当に真剣でやるのか?後で怒られるぜ?
キリエル:バレなきゃ良かろう。
ガリウス:お?気が合うな。バレなきゃ良いだろ?なあ、グェン。
グェン:言っとくけど、お忍びで市場に行くよりもこっちのが罪は重いからな、ガリウス。
グェン:(咳払い)……では、構え、始め!
キリエル:はぁああ……ッ!
ガリウス:おっと……!噂にゃ聞いてたが、その大鎌すっげぇな。油断したらリーチの差で即刻首無しだ!
キリエル:王の他に「デュラハン」の異名も付くな!やってやろうか!
ガリウス:お前が本気出しても、俺がよそ見しねえ限りは一生無理だぜ!
キリエル:ハッ、王宮でぬくぬく育てられた仔犬がよくほざく……!
ガリウス:……おっまえ、それ不敬だからな。……ったく。でもまあ、そうして隙作ってくれるのはありがたい、がな!
キリエル:……なっ!は、早い……!何だこの動きは……!
ガリウス:おっと、どうしたどうした、先読みの巫女様!目ぇ開けながら寝てやがんのか!
キリエル:……クソッ!
ガリウス:はは!途端に剣筋がブレやがる!……あ、いや。この場合鎌筋、か……?
キリエル:ええい小癪な!……あっ!
ガリウス:バカお前、そっちは……!
キリエル:あぁああ……っ!
0:◆キリエルがバランスを崩し、武器立てに突っ込みそうになったのを、ガリウスが覆い被さる形で守る。
ガリウス:いって〜……!あぁもう、何やってんだてめぇは。
キリエル:な、何故庇った……!こんなの痛くも痒くも……!女扱いするな!馬鹿者!
ガリウス:女ぁ?……全く何言ってやがんだてめぇは。
0: (間)
ガリウス:王が民を守るのに、理由なんてあるかよ。
キリエル:…………ッ、
ガリウス:女だろうが男だろうが関係ねぇよ、バーカ。
キリエル:…………。
0:
グェン:ガリウス!巫女さん!大丈夫か!?
グェン:(ガリウスに手貸して)まったく、ほら。
ガリウス:おう。……よっと、(立ち上がる)
グェン:ほら、巫女さんも。
キリエル:(グェンの手を弾いて)いらん。(一人で立ち上がる)
グェン:冷た……!
ガリウス:なんっか戦う気も失せたな。腹も減ったし、何か食いに行くか。
キリエル:な!逃げる気か、貴様!
ガリウス:勝ってもねえのに逃げるかよ。またやろうぜ。てめぇと剣交えんのは悪くなかったわ。
キリエル:…………。
グェン:ほら!巫女さんも行こうぜ!最近また良いブルストの店見つけてさあ!
キリエル:は?おい、何で私まで……!
グェン:いいからいいから!
0:
キリエル:(M)それから、なんとなく、本当になんとなく。私はガリウスとグェンの二人と、行動を共にするようになっていった。彼奴(あやつ)らは相変わらず猪突猛進のバカであったが……でも、救いようのないバカ、という訳でもなかった。
キリエル:……そして、私が軍の生活にようやく慣れ、暫く経った頃だった。
0:
キリエル:……何だ?え?電報?……まさか。
0: (キリエル、荒々しく電報を開く)
キリエル:……ッ!ブラッツが……死んだ……?
0:
キリエル:(M)もっと、もっとだ。
キリエル:私が強くならねば。私が。
0:
キリエル:……ブラッツ、ブラッツ……ッ!ぁあぁあああ……!(泣き崩れる)
0:
キリエル:(M)もっと、もっともっともっと……!
キリエル:強くならねば。
キリエル:私が子供たちを守らねば。
キリエル:……ブラッツは、もうこの世にいないのだから。
0:
キリエル:私が、やらねば……。
0:―場面転換。帝国軍施設廊下―
グェン:ガリウス、ちょっと良いか?
ガリウス:あ?なんだ?
グェン:最近の巫女さんについて聴いてるか?
ガリウス:そういや最近見ねえな。任務でも食堂でもかち合わねえし……。
グェン:あぁ、実は……。
0: (間)
ガリウス:……リエル!おい、キリエル!
キリエル:……何だ。
ガリウス:最近どうしたんだ、てめぇ。
キリエル:何がだ。
ガリウス:危険地帯の任務ばかり志願しているようだな。
キリエル:そんなもの私の勝手だろう。
ガリウス:俺は……俺は今まで、てめぇの事情に首を挟んだことはねえ。てめぇの尻はてめぇで拭くもんだし、それに……どんな奴にも、譲れねえ「大事な何か」ってもんがある。
ガリウス:……だが、前に言ったな。
キリエル:は?
ガリウス:王が民を守るのに、理由などないと。
キリエル:…………。
ガリウス:それが友なら尚更だ。
キリエル:友……?
ガリウス:あぁ。だから。
ガリウス:それが、友の意思とは違っても。俺は俺の意思で友の為に動く。
キリエル:何を言って……。
ガリウス:言っても無駄だろうが一応言うぜ。目が赤い。最近寝れてねえだろ。
キリエル:…………ッ、
ガリウス:せめて今夜くらいは、何も考えずに休めよ。じゃあな。
キリエル:あ、おい……!
キリエル:……何なんだあいつは……。
0: (間)
キリエル:友、だと…………?
0:―場面転換。養護施設「ディアコニー」―
キリエル:こんにちはシスター!今月の分の経営費を持って参りました!これで暫くは食卓も潤っ…………え?寄付……?匿名の支援者の方が?それはありがたいですね。して、支援金は如何ほど……えっ!
キリエル:そんな大金……一体誰が……。
0: (間)
キリエル:まさか……。ガリ、ウス……?
0:―場面転換。帝国軍施設廊下―
キリエル:(走ってきて)ガリウス……!
グェン:お、巫女さんだ。ちーっす!
キリエル:(グェンを無視して)ガリウス……ありがとう。養護施設の(支援金、お前が)……、
ガリウス:(被せて)あ?何のお礼だそりゃ。
キリエル:……いや。……何でもない。
0: (間)
ガリウス:……なあ。
キリエル:……何だ。
ガリウス:安心しろ、てめえは強ぇよ。目の力なんて無くてもな。……ま。目の力は、そりゃあレア度の高い才能だがよ。
ガリウス:(ニヤリと笑って)王になったら、俺の下で働いて欲しいくらいだぜ?
グェン:ハハッ、そりゃあいい。俺と巫女さんが脇を固めりゃ、向かう所敵なしだ。
キリエル:……分かった。
グェン:…………へ?今なんて……。
キリエル:分かった、と言ったのだ。ガリウス。お前が王になったその暁には、貴様の下(もと)で働いてやろう。
0: (間)
グェン:マジかよ……。
ガリウス:(ため息)……キリエル。
キリエル:何だ。
ガリウス:それは簡単に口にして良い言葉じゃねえだろ。
キリエル:簡単になど言っていない。
ガリウス:いいか。てめぇの目を、誰かに勝手に利用されるなよ。てめぇはてめぇの意思でその目を使え。
キリエル:…………ッ。それ……。
0:
ブラッツ:(声だけ)お前さんの目はお前さんのものだ。勝手に相手に主導権を渡すな。勝手に誰かに利用されるな。
ブラッツ:お前さんは、お前さんの意志で。自らが使いたい時、そして生涯を捧げても良いと思う相手の為にだけ、その目を使え。
0:
キリエル:ブラ、ッツ……。
ガリウス:あ?
キリエル:……あ、いや。……未来の王が、利用価値のあるツールを囲わなくて良いのか。
グェン:(吹き出して)ははっ、ツールって……!巫女さんみてぇな頭の良い奴でも、そんなバカなこと言うんだな。っくくく。あー、おっかし……!
ガリウス:人間は、どこまで行っても縛れやしない。みんな自由だ。俺もてめぇも。……どんな家柄に生まれても、どんな力を生まれ持っても……変わらず平等だ。
キリエル:…………。
ガリウス:何だ?天眼持ちだから、特別扱いされるとでも思ったか?
キリエル:いや……よく分かった。
キリエル:……ありがとう。
ガリウス:だから何のお礼だって。
キリエル:(笑って)いや。
0: (間)
キリエル:これからは、「エル」と呼んでくれないか、ガリウス。
グェン:お?んじゃ俺も……、
キリエル:(被せて)貴様には言っていない。
グェン:冷た……。
ガリウス:……何だ、イキナリ。
キリエル:そう呼んで欲しいんだ。将来仕える王からは。
ガリウス:だから、別に俺に従う必要は……、
キリエル:(被せて)お前が良い。
ガリウス:…………ッ。
キリエル:従うなら。仕えるなら。私はお前を選ぶ。自分の意志で。
0: (間)
グェン:(口笛、もしくは口で)ヒューウ。
ガリウス:……は、ははっ。あぁ、そうかよ。
ガリウス:分かった。エル。
キリエル:ん。ありがとう。
グェン:……なーんかよく分かんねえけど……めでたしめでたし、ってか……?
グェン:(2人の肩にガバッと手を回して)よっし!俺らの友情と、レヴァンティンの未来に、ブルストとアップルサイダーで乾杯と行こうぜ!
キリエル:お、おいリーファス、貴様気安いぞ!くっつくでない!…………ぁ。
グェン:おお!?聴いたかガリウス!今巫女さんが初めて俺の名前を!
ガリウス:良かったな。
キリエル:う、うるさい!貴様の名など呼んでない!
グェン:あっはは!
0:
キリエル:(M)そうして私は、「たった1人」と出会った。私の、たった1人の、「素晴らしき王」と……そして、同じ王を持つ「仲間」と。
0:―場面転換・現在―
シャルロット:(M)ガリウスは……素晴らしい王だ。ガリウスは強い。ガリウスは揺るがない。だから、全てを背負って尚、1人で立とうする。本当に……本当にいい王だ。私が死んだとて、ノルデンエイリークはガリウスによって、問題なく統治されるであろう。
シャルロット:……だけど。だから。……だから私は……!
0:
ガリウス:クッ。
シャルロット:大陸の王の席は荷が重かろう!なぁに問題ない!その席には私が座ってやろう!
ガリウス:ぬかせ!はぁあっ!
シャルロット:遠慮は要らぬ!貴様は王の器ではないからな!
ガリウス:てめえよりはよっぽど才があるさ!
シャルロット:ほざけ……!貴様のどこに、私より王としての風格が(あると言うのだ)……、
ガリウス:(被せて)ハッ、てめえは俺と違って、規律に雁字搦(がんじがら)めになっちゃあ、へらへら笑うことしか出来なくなるようなアホだからな!シャーリー!ノルデンエイリークの玉座は、お前の身には余ると思うぜ!
シャルロット:…………ッ!お前は、また……!何故、何故そうお前は人の気持ちばかり……!ヘルヘイムに1人で挑んだのも、もしや……!
ガリウス:おっと、それは自惚れだぜシャーリー!俺は強い。俺は負けない。ムカつく奴は、俺がこの手でぶっ倒す。誰にも譲ってなんかやらねえ!勿論てめえにもな!
シャルロット:……ッ!
シャルロット:……なるほど……なるほどな。本当に、哀しい程、よく似ている……。
ガリウス:…………あ?
0: (間)
シャルロット:お前がそう言うなら、そうなのだろう。……ならもう、私も揺るがない。私も絶対に、お前には譲れない矜持(きょうじ)というものがある……!
シャルロット:私は自由だ、ガリウス。お前とは違う。私は、自由に、好きに、望んで選ぶ!誰のためでもない、自分のために!
ガリウス:あ……?
シャルロット:最後に会ったあの時に言ったな!私はお前以外にやられはしない!いや!お前にさえも、負けはしないと……!
ガリウス:……ああ。俺らは、互いを討つ為にここまで来た!
シャルロット:お前が全て1人で背負うというのなら!その業は私がみな断ち切ってくれる!お前を取り巻く積年の恨み、長年の因縁、王としての宿命!……その全てを、私がこの手で終わらせてくれる!お前はこの手で、私が倒す!
ガリウス:驕り高ぶるのもいい加減にしろよ女王様!頭(ず)が高すぎて笑えてくるぜ!
シャルロット:バカな男だガリウス、お前は……!
ガリウス:は……?
シャルロット:お前は!優しすぎる!
ガリウス:…………ッ!
0: (以下、回想シーン。2年前。レヴァンティン帝国玉座前)
ガリウス:王室警護官グェン=リーファス、そして先読みの巫女キリエル……これより其方(そなた)らを、私、レヴァンティン皇帝、ガリウス=ローウォルフ=レヴァンティン直属の親衛隊に任命する。
グェン:(同時に)はっ。
キリエル:(同時に)はっ。
キリエル:今後はガリウス陛下に、この身をお捧げします。
グェン:右に同じく。生涯お尽くし致します。
ガリウス:よろしい。その魂の灯火が消える最期の一瞬まで、私に従い、仕えて果てろ。
キリエル:……。
グェン:……。
0: (間)
ガリウス:(吹き出して)……なーんてな。
グェン:(同時に)へ?
キリエル:(同時に)は?
ガリウス:そういう堅っ苦しいのはなしだ。グェン、エル。精々「好き勝手自由に」、汗水垂らして働いてくれ。
キリエル:(暫し呆気に取られて)…………ふふっ、でしたら。
0: (間)
キリエル:私は……いえ、私たちは……「好き勝手自由に」、貴方の手となり、足となりましょう、陛下。
グェン:……くく。そうだな!
0:―再び現在―
シャルロット:お前は!優しすぎる!……はぁあああああッ!
ガリウス:…………ぐあッ!
0:◆ガキィン、と、ガリウスの剣が吹き飛ばされる音がする。
ガリウス:(囁くように)くっ。………エル……!グェン……!
0:
キリエル:…………ッ!?
シド:ん?どうしました?
キリエル:今……今。陛下のお声が聴こえた気がして……。
パトリシア:それって……。
グェン:……ッ、ガリウス……!(立ち上がる)
キリエル:待て、リーファス!
グェン:……ッ!
キリエル:王を信じて待つのが、臣下の務めだ。
グェン:でも……!(キリエルの震えに気付いて)巫女さん、あんた震えて……。
キリエル:…………。
グェン:……くっ。(もう一度キリエルの横に座って)最初に待つって決めたんなら、最後まで信じなくっちゃ……だよな。
グェン:俺も生涯をガリウスに捧げた身だ。最後まで王に従うよ。……それがどんな結末であれ。
キリエル:あぁ。(思いついて、少しイタズラに)……この魂の灯火が消える、最期の一瞬まで?
グェン:ふっ。……あぁ。そうだな、巫女さん。
パトリシア:なーによ。格好つけちゃって。……私たちだって、ねえ?
シド:ええ。永遠に。
パトリシア:永久(とこしえ)に。
シド:(同時に、ゆっくり)陛下の為に。
パトリシア:(同時に)シャルロット様の為に!
0:―場面転換―
0:◆再び、対峙しているガリウスとシャルロットへ場面が戻る。辺りは静まり返っており、ただ、2人の激しい息遣いだけが聞こえている。
ガリウス:クソが。……俺様が、負けた、だと……?
シャルロット:……ダンスのお誘い、嬉しかったぞガリウス。……勝ったのは……エーベル、ヴァインだ……。
ガリウス:ほんっとにてめぇは……いつまでも、その気持ち悪い笑顔を浮かべる癖が抜けねえなあ、シャーリー。
シャルロット:それを言われるのは何度目か。後にも先にも、お前だけ。
ガリウス:さあ、俺を殺せ。情けはいらねえ。
シャルロット:そう、だな。貴様の骸と踊るために、私はここまで来た。
ガリウス:……あぁ。
シャルロット:ガリウス 、貴様が守ってきたレヴァンティン……帝国のその名はいただくぞ。貴様は今、この瞬間より……皇帝ではなくなった。
ガリウス:(心底悔しそうに)…………あぁ。
シャルロット:つまり……貴様が守ってきた「レヴァンティン 」は……そして「皇帝ガリウス」は…………今ここで死に絶えた。
0: (間)
ガリウス:は……?
シャルロット:優秀な者をただ殺すのは我が国の損失だ。我がエーベルヴァインのために、ひいてはノルデンエイリークのために……お前を飼い殺してくれよう。ガリウス。
ガリウス:……何言って……。
シャルロット:……ノルデンエイリークは私に任せろ。貴様には優秀な仲間がいる。きっと、他の地でも上手くやっていける。
ガリウス:………おいシャーリー。てめぇ一体何の話を……、
シャルロット:海を越えろ、ガリウス。
ガリウス:……は?
シャルロット:海を越えた先に、シュッドガルド大陸がある。貴様の耳にも入っているだろう?最近中々に力をつけてきた大陸だ。このノルデンエイリークの利になるかは分からぬが、王であった貴様の目で、大陸の是非を確かめてきてもらいたい。
ガリウス:てめぇはアホか。んなの、俺があっちで味方をつけて、またお前に……!
ガリウス:……お前に、牙を剥くとは考えねえのか……?
シャルロット:バカを言え。皇帝でもない、「ただの」愛らしい狼に……一体何ができるというのだ?
ガリウス:……言ってくれる。
ガリウス:恩情を与えたこと、いつか後悔するぜ、シャーリー。
シャルロット:面白い。させてみろガリウス。
ガリウス:ハッ、上等だぜ女王様。
0: (間)
シャルロット:………貴様は義を通す男だ。それに……ノルデンエイリークを私と同じくらい愛しているのは……お前しかいない。
シャルロット:お前は私に……私には牙を向けても、ノルデンエイリークに牙は向けない。
ガリウス:(舌打ち)そうかよ。
シャルロット:私は中から、そしてお前は外から。……ともに、ノルデンエイリークを守ってくれないか?
ガリウス:(ため息)……俺は……てめぇのそういうところが気に食わねえ。
シャルロット:ふふ、ありがとう。嬉しいよガリウス。
ガリウス:……(笑いながら)褒めてねえよクソが。
がで)なんでこうも似てるかねえ……。
シャルロット:ん?なんだ?
ガリウス:いや?
0:◆ガリウスが、シャルロットにかしづき頭を垂れる。
ガリウス:……拝命仕(つかまつ)ります、女王陛下。貴女の意のままに……。
ガリウス:(笑ってシャルロットを見上げて)従ってやんよ、シャーリー。
兵士:陛下!ご報告致します!予想よりも早く、兵の三分の一が負傷または死亡。戦闘不能状態です……!
シャルロット:そうか。
兵士:も、申し訳ありません……!
シャルロット:問題ない。(微笑んで)私に任せろ。
兵士:陛下……。
シャルロット:Norden Eirik endkampf(ノルデンエイリーク・エンカムス)を申し込む!鐘を鳴らせ!
0:◆その時、エーベルヴァイン側が鐘を鳴らすのと同時に、レヴァンティン側の鐘が鳴る。
シャルロット:…………ッ!?鐘が同時に……!
兵士:陛下、これは……!
シャルロット:レヴァンティンサイドからも、エンカムスの申し込みか……く、ふはは……!
0:
シャルロット:(M)あぁ、本当に。哀しいほどに、私達は……。
0:
シャルロット:(天を仰いで)ガリウス……。
0:―場面転換―
0:(響く鐘の音。戦っていた側近達は、武器を下ろし呆然としている)
パトリシア:音が重なって響いてる……。不思議だね。戦争中だっていうのに。まるで平和を祝福する鐘の音みたい……。
グェン:ハッ。鳴らしてんのは平和の象徴、教会の鐘の音だからな。……祝福、か……。
シド:(ため息を吐いて)さて。アンダンテ嬢。我らは一旦休戦です。後は、ただ陛下を信じるのみ。
パトリシア:……ちぇー。ま、仕方ないか。……戦うのが楽しい相手と、二戦目をやり合えるかもしれないってのは……良いこと、だよね?カメレオンさん。
グェン:は、はは……。そうだねえ、パトリシアちゃん。
パトリシア:ちゃんって呼ばないで!
0:
◆キリエル、二人の調子に思わずため息を漏らす。
キリエル:(シドを見て)おい。
シド:……なんです。
キリエル:(鼻で笑って)何だ?寂しそうだな?愛しの陛下にこれほど重要なことを秘密にされていたのだから当然か?
シド:(返すように軽く鼻で笑って)その言葉、そっくりそのままお返しいたします。
キリエル:む。
シド:……まあ、こういったことは慣れております。いつものことです。陛下はいつも、私の思考の上を行く。
キリエル:……確か、敗北は二度目、と言っていたな。
シド:ええ。
キリエル:お主、いつからシャルロット王に付いているのだ。
シド:もう……12年になるでしょうか。貴方は?
キリエル:……それでももう4,5年になるか。
シド:おやおや。忠臣歴は私の勝ちですね。
キリエル:時間など瑣末(さまつ)なものだろう。
シド:ふふ。
キリエル:そうは言っても……長いな。
シド:ええ。……懐かしいですね。出逢った頃の陛下はまだ姫君で……私もまた若かった。
0:(回想スタート。シャルロット15歳。シド20歳)
シド:(M)昔から、人の思考を読むのが得意だった。ボードゲームやカードゲームは負け知らず。何手先でも、脳内で簡単に盤面を浮かべ、対処できる。それ故エリート思考も強く、有り体に言えば、当時の私はかなり調子に乗っ……いや。驕っていた。
0:
シュトルツ:シド、あまり気を落とすなよ。お前なら、またすぐに戻って来れる。それまで、姫様に忠義を尽くせ。
シド:……分かっておりますよ、シュトルツ卿。
シュトルツ:どうだかな。お前は優秀だが、扱いにくいことこの上ない男だからな。
シド:直属の上司だった方のお言葉、骨身に沁みますねえ。
シュトルツ:上司になってまだ三月(みつき)と経ってなかったがな。……さあ、ここだ。シド、俺はどこに行っても、お前の味方だからな。
シド:あぁ。ありがとう、シュトルツ。
0:◆シュトルツ、シドに微笑んだ後、扉に向き合い、3度ノックをする。
シュトルツ:殿下、シュトルツです。
シャルロット:どうぞ。
シュトルツ:失礼致します。
シャルロット:ご機嫌よう、シュトルツ卿。
シャルロット:……まあ。そちらはヤーカルム卿のご子息ですね?学園では、歴代最高の俊才と謳われていらっしゃったとか。騎士団に所属していながら、傾きかけていたご実家の貿易事業も、貴方自ら建て直したと聞き及んでおります。
シュトルツ:ええ、ええ、その通り!こいつは中々どうして、気骨のある男です。
シド:シド=ヤーカルムと申します、シャルロット殿下。噂とは、いつのまにやら大きくなるもの。此度は幸運が味方をしてくれただけに過ぎません。
シャルロット:謙虚ですのね。
シャルロット:シュトルツ卿、案内ありがとうございます。用件は分かっておりますわ。……ヤーカルム様と、2人にしてくださるかしら?
シュトルツ:え、ええ……。ですが妙齢の姫君が、異性と二人きりというのは、その……。
シャルロット:用件は分かっている、と申しましたわね。「ソレ」でしたら、2人になることに何の問題がございましょう。
シュトルツ:……はっ。では、失礼致します。……ヤーカルム、くれぐれも、姫様に無礼の無いように。
0:◆シャルロットとシド、宰相が席を離れるのを見届けてから話し始める。
シャルロット:……さて。貴方がこれから、私の騎士(ナイト)様になるのかしら?そういう話でしょう?
0:
シド:(M)どうやら頭の回転は悪くない。この歳の女子(おなご)など、やれお茶会だ、やれ舞踏会だと、ピーチクパーチク囀る小鳥だと思っていたものだが。
0:
シド:殿下に異が無ければ。陛下より、殿下の専属騎士を打診いただきました。
シャルロット:そう。……異論などある筈がないわ。私は貴方の優秀さを存じておりますから。
シャルロット:これから宜しくね。「シド」と呼んでも良いかしら?
シド:……はっ。
0:
シド:(M)その時私は、澄んだ瞳に見つめられて、一種の居心地の悪さを覚えた。姫君の専属護衛騎士。聞こえは良いが、女である彼女が王位を継ぐ可能性は低く、出世とは到底言えぬ差配であった。家の事情が落ち着き、ようやく本腰を入れて仕事と向き合えるようになった、このタイミングで。騎士学校の同期であり、唯一の気の置けない仲間である、シュトルツの率いる師団に配属された、このタイミングで。私の才能を妬む狸親父共が、私を潰そうとした結果がこれだ。……つまりこれは、事実上の左遷、という訳だった。
シド:優秀とは聞くが、所詮は女。どうせ底が知れている。適当に機嫌を取って、頃合いを見て辞任……次の王になるべくお方の騎士になる機会を、どうにか探るしかない。
シド:問題ない。私なら上手くやれる。例え、こんな小娘の子守りを任されたとしても。
0: (間)
シャルロット:……まだ、正式な任命式をする前ではあるけれど、楽にしても良いかしら?
シド:勿論でございます。私のことはお気になさらずに。……お邪魔なようであれば、すぐに退室致します。ドアの外で(警護を……)、
シャルロット:(被せて)いや、そのままで結構。
シド:…………?
0:
シド:(M)何だ?いきなり雰囲気が……。
0:
シャルロット:実につまらなそうだな、シド。
シド:…………は?
シャルロット:面白くないか?王を継ぐ確率の低い、私のような小娘の子守りは。
0:
シド:(M)何だ。何なんだこの女は。
0:
シド:…………何をおっしゃいます。これ以上の誉れはございませぬ。
シャルロット:優秀過ぎる駒は消される運命にある。それが今の、父上の治世するエーベルヴァインの現実だ。
シド:…………。
シャルロット:お前は今回の任、「割を食った」と思っているのだろう?
シド:そのようなことは。
シャルロット:本音で話せ。お前が、これから私の命を託す男となる。……くだらぬ建前や嘘は要らない。お前は今、何を考えている?
0:
シド:(M)適当に躱わせ。真剣に向き合うな。こんなところで本音など明かしてみろ。そんなことをしたら、この首など簡単にふっ飛ぶ。
シド:……だというのに。
0:
シド:……貴女が、命を賭けて尽くすに値するか。それを考えております。
0:
シド:(M)その真っ直ぐな瞳に見つめられると。
0:
シャルロット:ふふ。良い答えだ。
0:
シド:(M)……どうしても、適当なことなど口にはできなかった。
0:
シャルロット:父上は政治に疎い。ここ数年は、ほとんど「女」である母上が政を行っている。……それが面白くない者も多いだろうし、元より母上の統治能力を疑う者も少なくない。女に国を仕切る才幹はない、とな。
シャルロット:……母上は食えないお方だ。父上を愛し、父上のために尽くしていらっしゃる。故に「まだ」、父上はどうにか玉座に座れている訳だ。
シド:女王は、我らがエーベルヴァインの叡智、宝にございます。
シャルロット:本音は?
シド:……大陸戦争の前に、内戦の気がございます。優秀な駒は消される。おっしゃる通りです。国王を傀儡にしたかった無法者どもは、女でありながらそれの障害となった優秀な女王も、そして女の下に甘じなければない現状も、良しとしてはいません。
シャルロット:お前は?
シド:は?
シャルロット:お前も、今のエーベルヴァインを壊したいか?
シド:…………数分前と、心持ちが変わってきております。
シャルロット:ほう。
シド:恐れながら、申し上げます。
0:
シド:(M)やめろ、何を言おうとしている。
0:
シャルロット:聞こう。
0:
シド:(M)黙れ、喋るな!
0:
シド:貴女なら、壊さずにこの国を変えられると……そうおっしゃるのでしょうか。
シャルロット:あぁ。
シド:貴女が、継承戦争を勝ち抜き、女王になると?
シャルロット:いや。
シド:……私をからかってらっしゃるのですか。
シャルロット:王になるかは、まだ分からん。
シド:…………。
シャルロット:しかしこの国の現状はいかんともしがたい。だから私には、優秀な手駒が必要だ。信頼できる、忠臣が。
シャルロット:率直に言おう。私はお前が欲しい。
シド:……その言葉を信じるに値するだけの情報が、まだ私にはありません。
シャルロット:信じて欲しい、という他ない。お前は堅実だ。今まで着実に、石橋を叩いて渡ってきたのだろう。……それでも。
シド:それでも?
シャルロット:今お前は、私に興味を持ってしまった。
シド:…………!
シャルロット:違うか?
シド:…………。
シャルロット:沈黙は肯定、だな。
シャルロット:賭けをしよう、シド。まず3年。3年で良い。私にくれ。私が18になり成人するまでには、お前は必ず私に忠誠を誓うようになる。私は私の価値を、お前に示し続けよう。
0:
シド:(M)たった3年。されど3年。しかし、それは悪い賭けではなかった。例え3年無駄にしても、その程度、私なら軽く補える。その自信があった。しかし私はその時、賭けに失敗する、とも思ってはいなかった。
0:
シド:(M)それでは、見せていただきましょうか。貴女の価値とやらを。
0:
シャルロット:ふふ。ああ。
0: (間。1年後)
シド:(M)それから私は、彼女の優秀さを身をもって知っていくこととなる。視点の鋭さも、それを実現する行動力も、それに伴う能力も。知も、武も。彼女は全てを持っていた。陛下に惹かれ、ただの興味が忠誠に変わるまで、そう時間もかからなかった。わざわざ「価値を見せ続ける」までもなく、彼女は真(しん)に、頭(こうべ)を垂れるに値するお人だったのだから。
シド:——そして、あの日。国王陛下が、ヘルヘイムの刺客に討たれた、あの日。
0:
シド:(荒い呼吸で)殿下!こちらにおられましたか!陛下が……!
シャルロット:知っておる。マクロンが既に伝達してくれた。
シド:……そうでしたか。では、すぐにこちらへ。
シャルロット:……あぁ。
シド:……殿下?どうされました?向こうに、何か?
0:
シド:(M)その視線の先には、何もない。何もないのに、陛下のその瞳は、不自然に揺れていた。
0:
シャルロット:……いや。何でもない。
シャルロット:本当に、ヘルヘイムの者が、父上を……?
シド:この目で確認をして参りました。今は女王陛下がお側に。
シャルロット:最期は?
シド:……喉元を綺麗に一線(いっせん)切られておりました。おそらく、苦しむこともなく、一瞬で……。
シャルロット:そうか。
0: (間)
シャルロット:シド
シド:はい。
シャルロット:王になるぞ。
シド:は……?
シャルロット:私は王になる。……復讐の為などではない。民のため、ノルデンエイリークのため。私がこの国の王となり、ノルデンエイリークを1つに導こう。
シド:…………!
シャルロット:お前との誓いを果たす時が来たな。私に仕える理由を、私の価値を。見せてやろうじゃないか。……付いてきてくれるか、シド。
シド:……はい。はい……!貴女となら、冥府の底までも……!
0:
シド:(M)その時もう既に、私の忠誠は揺るぎないものとなっていた。それでも。この先彼女が見せ続けてくれるという、「彼女に仕える価値」というものが、一体何なのか。想像しては、身震いした。
0:
シド:……まだ残党がいるやもしれません。さあ、参りましょう。
シャルロット:あぁ。今行く。
0:
シド:(M)そう言いつつも、陛下の視線はまだ塀の向こうを見つめていて。
シド:
シド:……今思えば、あの日からだったのかもしれない。
シド:
シド:この国を背負うと決めた彼女が、どこかに行ってしまう筈はないのに。それなのに。陛下はいつも、ここではない、どこか遠くを見つめている。
0: (間。1年後)
シュトルツ:シド!久しぶりだな。
シド:シュトルツ……!今日はお前の師団が一緒だったのか!
シュトルツ:姫様の最初の戦場だ。他の師団には任せられまいよ。
シド:はは。相変わらず自信家だな、お前は。
シュトルツ:お前の腕も心配してないぞ。とはいえ、本格的な戦場は初めてだろう?どうだ、緊張してるんじゃないか?
シド:馬鹿を言え。私が緊張などするものか。
シュトルツ:はは。まあ、「気をつけろよ」。
シド:……?あぁ。
シド:ここは後方だし、そう厳しい闘いにはならんだろうに。……まあ、油断は禁物、か。
0:
シド:(M)そう。簡単な掃討作戦。……の筈だった。
0:
シャルロット:シド。森の様子がおかしい。……あまりに静かだ。
シド:そう……でしょうか?部隊に驚いて動物が隠れたのでは?
シャルロット:いや。この辺の動物は人に慣れている。ここまで静かになることはない。まして今時分は、この森には多くの木の実がなる。動物が一番活発な時期だ。
シド:……何か他に気になるところがおありで?
シャルロット:部隊の編成もおかしい。……シュトルツ卿の部隊だったな。
シド:そうでしょうか。……確かに今回は殿下のおられる中央ではなく、外周に丸く部隊を配置しておりますが。……もしかして討ち漏らしを心配していらっしゃるので?心配無用ですよ。シュトルツの部隊が、奴らに負けるはずはありません。
シャルロット:私に少しでも敵が近付かないように外周配備にしていると思うか?私はそうは思わん。「わざと手薄にしている」。私のいる中央を。
シド:まさかそんな。
シャルロット:お前、さては身内相手だと読みがブレるタイプだな。
シド:は?
シャルロット:何百、何千と、一縷(いちる)の可能性があるのなら全てを思考し全てを潰せ。お前なら出来る。だから私はお前を信用している。シド、考えろ。
シド:…………。
シャルロット:私たちを、消そうとしている奴がいる。……おや。はは、なるほどな。
0:◆獣の声が辺りに響く。
シャルロット:こんな場所で、魔物の群れとはなあ。向こうさんは、本気だな。本気で、ここで私たちを始末したいらしい。
0:
シド:(M)王都に近いこの場所で、まさか、魔物の群れと対峙するなんて。一体誰が想像できるだろうか。
0:
シド:それこそ、部隊の手引きがなければ……。
シャルロット:そうだ。そこに至れるお前だからこそ、私の騎士に相応しい。
0:◆シャルロット、兵士に檄を飛ばす。
シャルロット:お前たち、ぼーっとするな!走れ!足を止めるな!それは現実だ!我らの目の前に魔物がいる!鼓膜に響く獣の咆哮も、頬の傷の痛みも血の匂いも!全て本物だ!足を止めたら死ぬぞ!死ぬ気で走れ!
シャルロット:腕に自信のある者だけ、私に続け!
0:
シド:(M)陛下も、本格的な戦地は初めてだったはずなのに。あれだけの魔物を目にするなど、初めてだったはずなのに。彼女は初陣とは到底思えぬ凛々しさで、皆の士気を上げ、魔物の群れを一掃して行った。
0:
シャルロット:シド!
シド:ハッ!
シャルロット:お前はもう行け!もう分かっているだろう。成すべきことを成せ!
シド:…………!
シド:あぁもう。本当に。……敵わないな。
0: (間)
シド:シュトルツ。
シュトルツ:…………!おや、シド。どうした?どうしてここにいるんだ?
シド:中央が襲われた。
シュトルツ:なんだと!それは大変だ!部隊をすぐに動かそう。大丈夫だ、安心しろ。魔物ごとき、我らシュトルツ師団にかかれば……、
シド:残念だ。
シュトルツ:は?……カハッ!
0:◆シド、シュトルツの腹を刺す。
シド:友人だと、思っていたのに。
シュトルツ:シ、ド……なんで……。
シド:シュトルツ。私は襲われたとしか言っていないのに。何故「魔物に襲われた」と分かった?
シュトルツ:は、はは……酷いミスだな、くそ。
シド:どうして。お前ほどの男が、何故姫様を……!
シュトルツ:姫様?違うよ。
シド:は?
シュトルツ:姫様はついでだ。俺は、ずっと、お前が邪魔だった。
シド:……何を。
シュトルツ:優秀なお前が憎かった。いつ団長の座を追われるかも分からない。お前が怖くて怖くて、憎くて憎くて、堪らなかった。武も、知も、全てを持つお前が。私が必死に超えたものを楽々超えるお前が。ずっとずっと……大嫌いだったんだよ!ははっ。こんな劣等感、お前には分からないだろうがなあ!?
シド:……その苦しみは、私にも分かるよ。殺しはしないが、もう立てもしないだろう。……お前を軍法会議にかける。楽に死ねると思うな。
シュトルツ:……お前なんかに分かってたまるか。一息で心臓を突かず、お情けで腹を刺す……そんなところにもむかっ腹が立つ。……でもな、シド。俺は、お前の思い通りには、ならない。
シド:シュトルツ……!
シュトルツ:あばよ。……ぐ!ぁ……!
0:◆シュトルツ、シドの手を払って自らに刺さった剣を横に引き、絶命する。
シド:………………馬鹿な奴め。
0: (間)
シャルロット:おかえり、シド。
シド:……ただいま戻りました、殿下。
シャルロット:何も聞かぬ。よくやった。
0:
シド:(M)首謀者であるシュトルツは自害。その他、王族殺人を企てた謀反者たちは全て捕縛された。陛下はこの魔物退治の武勲を皮切りに、どんどんと功績を上げ、継承戦争を勝ち上がり、西国初めての女王となった。
シド:……私の、唯一の王に。
0:―場面転換・同時刻―
ガリウス:よぉ、シャーリー。
シャルロット:……ようやく来たか。
ガリウス:今は女王様、か。約束通り、ダンスのお誘いに来たぜ。
シャルロット:あぁ。待ちくたびれたぞ、ガリウス。
ガリウス:そう言うなって。これでも超特急で会いに来たんだぜ?
シャルロット:フッ。それで?
シャルロット:それが貴様の一張羅か?随分と汚れているが。
ガリウス:俺は直接斬り刻むのが好きだからよお。……良い色に染まってるだろ?
ガリウス:……しっかし、てめえのドレスは綺麗なままだな?お得意の飛び道具で、離れた相手を撃つ簡単なお仕事、ってか?
シャルロット:我が銃剣は、別に不意を撃つ為の武器ではない。腕前は……まあ、踊れば分かるだろうさ。
ガリウス:そーかよ。
ガリウス:……それにしても。
ガリウス:……あーあ、結局こうなる訳だ……。こうなる前にこの戦が終わるなら、それでも良いと思っていたんだがな。
シャルロット:おや。私と踊りたくなかったと?
ガリウス:……直接お前と踊らなくても……手を下さなくても。俺が統治するレヴァンティンがエーベルヴァインに勝てさえすれば、それは女王であるお前を倒すことになる。……違うか?
シャルロット:……確かにな。
シャルロット:本当に……こんなにも互角の戦いが続くとはな……犠牲も多かった。
ガリウス:……それもここまでだ。
シャルロット:あぁ。
ガリウス:ノルデンエイリーク・エンカムス……。
シャルロット:大陸式最終決闘……互いに軍の三分の一を失った時、双方同意の上でのみこの手法で戦争を終結できる。
ガリウス:そうだ。……ノルデンエイリークの伝統に則り、国王同士の最終決闘にて、両国の決着をつける。いいな?
シャルロット:鐘はこちらも鳴らした。当然、異論はない。
ガリウス:……約束通り、これでノルデンエイリークが俺ら以外に渡ることはない。
シャルロット:そうだな。どちらが倒れることになっても……生き残った者が、このノルデンエイリークを統(す)べることになる。私たちの、どちらかが。
シャルロット:……泰平への道、か。長かった……。
ガリウス:俺らが出会ったのは、まだ12の時だった。
シャルロット:そして、16の終わりに戦争が始まった。
ガリウス:17になって、ようやく戦場へ出陣できた。
シャルロット:大陸戦争の最中、自国の継承戦争をようやく勝ち取り、王になれたのは25の時だ。
ガリウス:俺も25で、父上から王位を継いだ。
シャルロット:互いに領地を広げ……、
ガリウス:大陸はどんどんと統一されて行った……。
シャルロット:ヘルヘイムも……お前が1人で倒したと、そう聞いた。
0: (間)
ガリウス:(少し辛そうに息を吸って)……いや。積もる話をする仲でもねえな。俺らは今……敵同士だ。
ガリウス:御託はいい。……さっさとやり合おうぜ。
シャルロット:(同じく少し辛そうに)……そうだな。
0:◆シャルロットが、その銃剣の銃口をガリウスに向けた。
シャルロット:今日こそ私が終わらせる。
シャルロット:貴様を、その玉座から引きずり下ろしてくれよう……狼皇帝!
0:◆発砲。しかし、ガリウスは身を捩ってそれを躱す。
ガリウス:盤上に、キングは2人も要らねえ……!
シャルロット:あぁ、そうだ!だからお前は……ここで果てろ!
ガリウス:(同時に)うぉおおおおおお!
シャルロット:(同時に)はぁああああああ!
0:―場面転換。同時刻―
パトリシア:…………。
グェン:なんだよ。気まずそうにするんなら軍師様のところに行けよ。
パトリシア:だって何か、大人2人で黙って座ってるんだん……。
グェン:お前そういう空気読めたんだ。
パトリシア:はぁ!?馬鹿にしてんの!?
グェン:はは。それにしても不思議だよな。さっきまでバッチバチに戦ってたってのに。
パトリシア:私は、シャルロット様を信じるだけ。私を認めて側においてくれたあの人に、私の全身全霊で報いたいだけ。
グェン:愛が重いねえ。
パトリシア:あんたは、そう忠誠心が高そうにも見えないけど?……なんでガリウス王に仕えてるの?
グェン:ん〜?まあ、そうだな。話すと長くなるぜ?
パトリシア:あっそう。じゃあ聞かない。
グェン:そーかよ。
グェン:……ま、色々あったんだわ。
0:
グェン:(M)……リーファス家の人間には、自由なんかない。
グェン:
グェン:「リーファス家の人間には自我など要らない」
グェン:「リーファス家の人間には意思など要らない」
グェン:「全ては国のため、そして王のため」
グェン:「ただただ尽くし、その命を捧げよ」
グェン:
グェン:物心ついた時には、「俺」はいなかった。グェンという名前は単なる記号であり、俺は常に、「俺」ではない姿を強要された。どこにでも溶け込めるように。誰にでも付け入れるように。金髪は茶髪に、瞳の色は緑から青へ……。素の自分を打ち消して、偽りの存在を作り上げる。時に……薬を飲んで、その体格や性別を変えてまで。
グェン:
グェン:俺は……父や母の素顔も知らない。王家直属の諜報一族、リーファス家とはそういう一家だから。
グェン:だから「あの時」まで……「俺」はどこにもいなかった。存在してはいなかったんだ。
0:―以下、回想開始。6年前。レヴァンティン帝国軍第三部隊隊舎―
グェン:お!あんたがガリウスか!俺はリーファス家のグェン。同じ部隊に配属されたんだ。これから宜しくな、若さん!
ガリウス:リーファス……?
0: ガリウス:(M)代々親衛隊特殊部隊を担っている、あのリーファス家の子息か。
ガリウス:……おい。
グェン:なんだ?
ガリウス:俺とお前……どこかで会ってるか?
グェン:……んーにゃ。今日が初めましてだぜ。
ガリウス:そうか……。
ガリウス:(小声で)……ん?そもそもあそこの家に、俺と近い年齢の男なんていたっけか……。
グェン:おう!……いやあ、それにしても……お前、将来の王様のくせに人望ねえのな!みんなお前のこと避けてるっつーかなんつーか……。
ガリウス:あのなあ……。逆にてめえみてぇに、将来自分が仕えるであろう相手に、ずけずけと空気も読まずに話しかけてくる方が珍しいんじゃねーのか。
グェン:そんなもんか?……ふーん。俺にゃあ、貴族の坊ちゃん嬢ちゃんの考えることはちっとも分かんねえなあ。
ガリウス:……てめえも一応貴族だろうが。
グェン:まあな〜。でも、俺ら同期だろ。
ガリウス:(ため息)相手が俺じゃなかったら、不敬で訴えられても文句は言えねえぜ。
グェン:何言ってんだよ。
ガリウス:あ?
グェン:俺は「あんた」に話しかけてるだろ、若さんよ。
ガリウス:……なるほど。お前、そういう奴か。
グェン:え?なんだって?若さん。
ガリウス:ガリウスでいい。……グェン。
グェン:……ッ!おう、ガリウス!
0: (以下、暫く場面が転々とします)
グェン:ガリウス!訓練のペア、俺と組もうぜ!
ガリウス:別に良いが……足引っ張んじゃねえぞ。
グェン:いやいや〜。型通りの騎士様の剣より、俺の剣のが実践向きだと思うけどな〜?
ガリウス: 俺の剣が、そんなお上品だと思うか?
グェン:ははっ、思わない。でーも!未来の王様が負けるなんてだせぇから気を付けろよな?
ガリウス:はっ。言ってろ。手加減はしねえぜ。
0: (間)
グェン:ガリウス!未来の王様は、仕掛けられた勝負から逃げたりしないよな?
ガリウス:あ?そりゃそうだろ。売られた喧嘩は買うのが礼儀だ。
ガリウス:ってかお前、ちょこちょこいたりいなかったりするよな?一体どこでサボって……、
グェン:(被せて)ところでよお!今日の昼飯は、ななななんと!シュニッツェルだってよ!
ガリウス:へー。……で?
グェン:食堂まで競争して、勝った方が負けた方から一枚奪えるルールな。よーい、スタート!(走り出す)
ガリウス:は?クソ、待ちやがれグェン……!
0: (間)
グェン:ガーリーウースッ!……ん?どうした?怖い顔して。
ガリウス:いや、別に……何でもねえ。
グェン:午後からはヘルヘイムとの合同訓練だぞ?気合入れて行こうぜ!な!
ガリウス:……あぁ。そうだな。
グェン:?ガリウス……?
ガリウス:いや。何でもねえ。
グェン:……何かあったら言えよ。俺はお前の、目となり盾となる男なんだから。
ガリウス:(小さく笑って)あぁ。……ちょっと感傷に浸っちまった。行こう。
グェン:……おう!
0: (間)
グェン:ガリウス!ちょっとこれに着替えてくれよ!
ガリウス:あ?なんだこの粗末な服は……。
グェン:いいからいいから!
0: (間)
グェン:ってことでじゃじゃーん!城下町でぇす!
ガリウス:こらグェンてめぇ……これちゃんと許可取ってんだろうな……!?
グェン:いや?取ってる訳ないだろ〜。俺だぞ?
ガリウス:〜〜〜ッ!
グェン:んーじゃ、お忍び⭐︎市場で食い倒れるまで帰れませんツアーと行こうぜえ。
ガリウス:は?おい待て!流石にこれは(ちゃんと許可を)……、
グェン:(被せて)はいはいどうどう。ほれ、ブルスト。
ガリウス:んが!……んん、んぐんぐんぐ……。
グェン:どうだ?
ガリウス:んだこれ……めちゃくちゃ美味え……!
グェン:ハハッ、そりゃ良かった!
グェン:……たまには息抜きも必要だぜ、未来の王様。
ガリウス:……グェン、てめぇもしかして……。
グェン:俺ら、友達だろ?
ガリウス:(笑って)……そうだな。
グェン:はははっ!……ん、ゲホッ、カハッ……!(血を吐く)
ガリウス:……ッ、グェン!?
グェン:ああ、大丈夫。大丈夫だから……。
ガリウス:大丈夫じゃねえだろそれ!すぐ医者を……!
グェン:(大声でキツく)それはダメだ!
ガリウス:…………ッ、
グェン:……ぁ。す、済まねえガリウス。先に帰っててくれ……!(走ってその場を去る)
ガリウス:あっ、おいグェン……!
0:◆路地裏に身を隠すグェン。その身体は、みるみると小さく、本来の12歳(見た目は10歳くらい)の姿になっていく。
グェン:クソ……最近薬を飲み過ぎてたか……。身体が……どんどん元に戻って……ウッ。
ガリウス:グェン!やっと見つけ、た……。
グェン:…………!
ガリウス:お前……それ……その姿……。
グェン:…………。
ガリウス:グェン、なのか?……だよな?
グェン:………ごめん、俺……。
ガリウス:それが、本当のお前か?……時々いなくなってたのは、まさか……。
グェン:…………。
ガリウス:あー……10歳くらい、か?
グェン:なっ。12だよ失礼な……!
グェン:……ガッカリ、したろ……。こんなガキで……。
0: (間)
ガリウス:(吹き出して)ぷっ、くくく……!
グェン:な、何がおかしい……!
ガリウス:あぁいや。(グェンの頭にポンと手を置く)
グェン:…………!
ガリウス:一人で抱え込むなよ。お前は、俺の目となり盾となる男なんだろ?それに……。
ガリウス:俺ら、友達じゃねえか。隠し事はなしだぜ。
グェン:とも、だち……。
ガリウス:あ?お前が言ったんだろうが。それとも何か?年の差があったら友達にはなれねえのか?
グェン:そ、そんなことは……。
ガリウス:あと。ガキならガキらしく、大人に甘えろ。バーカ。
グェン:…………!……ガリウスは、「大人」って感じはしないけどな。
ガリウス:(笑って)減らねえ口だな。
0: (間。以下、モノローグではなくセリフです)
グェン:リーファス家は、王家に使える特殊部隊……表向きは貴族だが、いわゆる諜報員として、代々レヴァンティンの皇帝に仕えている。
グェン:……俺が生まれたのは、あんたが九つの時だ。俺が戦闘員として一人前になる頃には、きっとあんたが王になっている。
グェン:
グェン:俺は……あんたが将来利用できるように……「使える道具」になるために育てられてきた。
グェン:第三部隊に配属になる前から、いつもあんたの事を見てたよ。初めてあんたの警備を許されたのは、気配を消すテストに合格した九つの時だった。それからは、いつだって姿を隠して傍にいた。
グェン:だから、あんたが朝起きて最初に何をするかも、好きな食べ物も……なんと!寝相まで知ってるって訳だ。
ガリウス:……そーかよ。
グェン:そーかよって……それだけかよ?俺が気持ち悪くないのか?
ガリウス:何がだよ?それがお前の仕事だろ。
グェン:でも……、
ガリウス:入隊の日、お前とどこかで会ってるような気がしたのはそのせいだな。
グェン:……え。
ガリウス:ずっと付いてくれていたからだろうな。てめえの波長は心地いい。
0: (間)
ガリウス:……何も変わんねーよ。
グェン:…………。
ガリウス:にしても、四六時中俺に付いてるなんてご苦労なこった。
グェン:「グェン」に、自由なんてない。俺はガリウスの……、
ガリウス:道具だから?
グェン:…………そうだ。
ガリウス:ふーん。
ガリウス:(立ち上がって)お前、生涯通して俺に従い、俺の命(めい)を遵守(じゅんしゅ)すると誓うか?
グェン:…………もちろん。
ガリウス:そうか。なら命令だ。
0: (間)
ガリウス:自由に生きろ。
グェン:へ……?
ガリウス:俺の物だから自由がない?馬鹿を言え。てめぇはてめぇだ。俺は自分の意思で考えない人形になんざ興味ねぇ。俺の為に生き、俺の為に存在したいのなら……精々飽きられねぇように自由に生きるんだな。
グェン:……ッ!お、俺なんかが……自由に生きて、いい訳……、
ガリウス:これは未来の王様命令だぜ?……俺を楽しませくれよ。
グェン:ガリ、ウス……。
ガリウス:自由に生きちゃ駄目な人間なんて存在しねえ。俺もお前も……(小声で)あいつだって……。
ガリウス:……さ。落ち着いたなら、なんか食ってから帰ろうぜ。走ったら腹減ったわ。いい店教えてくれよ、グェン?
グェン:(暫し呆気に取られて)フッ。……あぁ!
0:
グェン:(M)そうして俺は、その時本当の自由を手に入れた。俺はその時、初めて本当の意味で、「グェン」になれたんだ。
0:―回想終了・現在―
グェン:ぷ、っくく。
パトリシア:え、何、きっしょ。思い出し笑い?
グェン:良いだろ、別に。
パトリシア:まあ良いけど。……ふーん。良い顔してる。そんなに良い王様なのね、あんたのところの狼さんは。
グェン:まあな。
0: (間)
パトリシア:……私ね、村で一番の力持ちだったの。男の人より力が強いしよく食べるから、ちょっと変なんだなって、子供の頃から何となく分かってた。それでも、別に、「とびきり変」ではないって思ってたの。私は普通だって。
パトリシア:……って。なんでこんな話してるんだろ、私。
グェン:普通だろ、別に。
パトリシア:……戦った後でも、そう思うの?
グェン:は?思うだろ、別に。どっからどう見ても普通の女の子だし。……あ?なんだ?もしかしてツノとかあったり、背中に羽を隠してたりでもすんのかよ。
パトリシア:そんな訳ないでしょ。馬鹿なの、あんた。
グェン:じゃあ普通だろ。
パトリシア:……そっか。
0: (間)
グェン:俺は擬態が得意なカメレオンだから。……透明人間みたいなもんだよ。話したいことがあるなら、好きに話しゃいいさ。
パトリシア:……あんたって、もしかして良い奴?
グェン:もしかしなくても良い奴だろ!
パトリシア:まあ話さないけど。
グェン:はぁ!?
0:
パトリシア:(M)標高が高く、冬の間は陸の孤島と化す雪国。そんな辺境のど田舎で、私は生まれ育った。過酷な土地だからか魔物の被害もほとんどなく、たまに出る魔物も、辺境騎士団がささっと倒してくれる。静かな平和なその村では娯楽も少なく、同世代の友達も少ない。そもそも髪を結うことや、着飾ることにはあまり興味のなかった私は、いつも同じ年のエメリヒと、剣の稽古という名のちゃんばらごっこで遊んでいた。
0:―回想開始・7年前・西国 辺境の地―
0:◆15歳のパトリシアとエメリヒが、剣を交えている。
エメリヒ:うわあッ!……あー!くっそ、また負けた!お前ほんっっっとに強えなあ!すげえや!俺も村ではそれなりのはずなのに、お前には手も足も出ねえ!
パトリシア:ふふーん!
エメリヒ:だぁああああ!ムカつく!その顔!
パトリシア:今日はいい線行ってたよ。エメリヒは、絶対良い騎士になれる!
エメリヒ:勝った奴に言われてもよ。
パトリシア:だって、私じゃ騎士にはなれないもん。
エメリヒ:それは……、
村のおばさん:パトリシア!
パトリシア:あ、おばさん!
村のおばさん:稽古のところ済まないね。ちょっくらうちの人の荷運びを手伝ってくれないかい。
パトリシア:分かった、おじさんのとこね!ばっびゅーんっと行ってくる!まったねー、エメリヒ!
エメリヒ:あ!おい!また勝ち逃げかよー!くそ!
村のおばさん:あっはっは。今日もパトリシアの圧勝かい?
エメリヒ:聞くまでもないだろ、おばちゃん。この村でパティに敵う奴なんていねえよ。
村のおばさん:そうだねえ。
エメリヒ:なあ、おばちゃん。
村のおばさん:何だい?
エメリヒ:パティの奴、また強くなってたぜ。手加減されててもさ、分かるんだ。……いや、手加減されてるからこそ、かな。
エメリヒ:パティを除けば、俺は村のガキの中じゃ一番強いんだぜ。父ちゃんだって、俺の歳の頃はここまでじゃなかったって。
村のおばさん:辺境騎士団長のお父上が?
エメリヒ:お前はここじゃなく、王都に行って試験を受けろって。……親バカだって思うか?でも、父ちゃんがお世辞言わないってのは、おばちゃんもよーく知ってるだろ。
村のおばさん:そりゃ、団長さんはうちの店にもよく来てくれるからねえ。……でも、そんなエメリヒでも、パトリシアには一本も当てられない、か。
エメリヒ:あいつの練習に付き合ってるおかげで、俺は強くなった。いや、もっともっと強くなる。
エメリヒ:でも俺、時々あいつが怖くなるんだ。酷いよな。友達なのに。
村のおばさん:エメリヒ……。
エメリヒ:パティは、どうして騎士にはなれないんだ?
村のおばさん:そりゃあだって、パトリシアは、女だもの。
エメリヒ:あんなにつえーのに。
村のおばさん:あっ、大変だ。パトリシアばかりに仕事させてたんじゃ怒られちまう。私もそろそろ戻るよ。じゃあね、エメリヒ。
エメリヒ:……そんなのおかしいよ、絶対。
0:
パトリシア:(M)暇な時は、村の人の手伝いをして過ごす。炊事や洗濯は苦手だから、専ら大人も持て余すような力仕事が私の役目だった。「大人も持て余すような」……そんな重いものでも、私はひょいと持ち上げられた。それでもあの時までは。……あの時までは、私はそれでもこの普通の村の一員なんだって、普通の女の子だって。
パトリシア:……そう思ってたんだ。
0:
パトリシア:よいしょ、っと。はい!これで全部かな?
村のおばさん:いつもありがとうね、パトリシア。
パトリシア:いーえ!いつでもどーぞ!私ほどの力持ちは、なっかなかいないからね!
村のおばさん:ふふ。いつも助かってるよ。
パトリシア:それにしても、こんな大剣売れるの?騎士団の人にもこれを振り回せる人は少ないんじゃない?
村のおばさん:豪傑揃いの騎士団様相手だ。品揃えをよくしておかないとね。
パトリシア:ふふ。そっか。
村人:た、助けてくれーーー!
パトリシア:!?
村のおばさん:どうしたんだい、あんた。
村人:ままま魔物が!村に魔物が出た!パン屋のオイゲンがやられちまった!
村のおばさん:ええっ!?へ、辺境騎士団の騎士様たちは!?
村人:遠征に行っちまってる!何だってこんな時に……!
村のおばさん:魔物なんて、そんなの一体どうしたら……!
村人:もうそこまで来てる!早く逃げるんだ!
0:◆エメリヒ、パトリシアを追いかけてやってくる。
エメリヒ:あ!パティ!いたいた!もっかい勝負だ!今度は負けねえからな!
村のおばさん:……!エメリヒ!後ろ!
エメリヒ:え?……う、うわぁあああ!な、なんだこりゃ……!
村人:あぁああああもうだめだ……!
パトリシア:…………っ、コレ、借りるよおばさん!(大剣を手に走り出す)
村人:パトリシア!?
村のおばさん:いくらパトリシアでも無茶だよ!あんた、パトリシアを止めとくれ!
0:
パトリシア:(M)相手は魔物。エメリヒじゃない。手加減はいらない。簡単だ。我慢する必要なんてない。あぁ、思ったより柄が長い。でも本気を出して良いんだ。初めて、遠慮なく、本気を出せる。
パトリシア:思い切り振りかぶって、本気で、ただ、振り下ろす……!
0:
パトリシア:はぁああああああ!
0:◆地鳴り。土埃が収まると、エメリヒを襲おうとした魔物は真っ二つに割れていた。
パトリシア:やった……!倒せた……!倒せたよ、みんな……!大丈夫!?みんな怪我ない!?
0:
パトリシア:(M)振り返った時のみんなのあの目、今でも忘れない。私は、ちゃんとみんなを守れてた。おじさんも、おばさんも、エメリヒも、他の村のみんなも。だけど。
0:
エメリヒ:……パ、パティ……。
0:
パトリシア:(M)知ってる、この目。さっき、みんなが魔物を見て、怖くて怖くて怯えていた、その目。……なんで?魔物はもういないのに。私が倒したのに。みんなの目が、みんなが、
0:
村人:ば、化け物……!
0:
パトリシア:(M)みんなが、魔物を見るような目で、私を見ていた。
0:
村のおばさん:ひぃ……!
0:
パトリシア:(M)さっきまで一緒に笑っていたおばさんも、私と目が合って後退りしていく。
0:
パトリシア:……エメリヒ。
エメリヒ:…………っ、
パトリシア:私って、もしかして、普通じゃ、ない、のかな……?どこか……どこかおかしい……?
エメリヒ:…………。
0:
パトリシア:(M)あぁ、そうか。私が「怖くて」、声が出ないんだ。
0:
エメリヒ:……!パティ、危ない……!
パトリシア:…………ぇ。
0:
パトリシア:(M)もう1匹……!?やばい、間に合わない……!
0:
シャルロット:はぁあああああああ!
0:◆駆けつけたシャルロットが、魔物を一撃を振るう。
パトリシア:(M)剣が振り払った空気が、風となって通り抜ける。瞬間、一気に空気が変わったような感覚。私と同じ、たった一撃で魔物を屠ったその人は、悠然と私を振り返った。あの一撃が。あの風が。私の中の澱んだ何かを吹き飛ばしたように感じた。
0:
シド:あぁ、良かった。間一髪、間に合いましたね。
シャルロット:馬鹿言え、間に合ってないぞ、シド。
シド:え?……なんと。この魔物は、一体どなたが……。
シャルロット:ふむ。…………其方(そなた)か?
パトリシア:あ、なたは……。
シャルロット:私はシャルロット=ツーディア=エーベルヴァインという。
パトリシア:だ、第一皇女殿下……!
シャルロット:あぁ、堅苦しい挨拶は不要だ。視察中、偶然通りがかってな。もう少し早く来られたら良かったのだが……。それにしても、この太刀筋は凄いな。誰かに指南してもらっているのか?
パトリシア:い、いえ……。
シャルロット:独学か?
シド:断面を見るに、信じられないことではありますが……この硬い鱗を、文字通り力で押し切っているようですね……。
シャルロット:力で?ははっ、そいつはすごい。
パトリシア:…………。
シャルロット:其方ら、良かったな。この娘がいなければ、下手したら全滅だ。村が1つ無くなるところだった。
村のおばさん:あ、あぁあ……。
シャルロット:恐怖で言葉を忘れたか。無理もない。シド、視察隊全員で村人の治療にあたれ。怪我をしているものもいるし、心の方も心配だ。
シド:仰せのままに。
エメリヒ:あの……!
シャルロット:おや。其方は話せるのか。ふふ。この村は、若者の方が精神力があるようだな。
エメリヒ:助けていただき、ありがとうございました、殿下……!
パトリシア:…………っ、
0:
パトリシア:(M)怯えて私を見ていた瞳が、殿下を感謝と喜びに満ちた瞳で見上げる。途端にまた、自分の身体に澱んだ何かが巻き付く感覚に陥る。
0:
シャルロット:構わぬ。無事で何よりだ。
エメリヒ:パティは、俺の大事な親友なんです。なのに、俺何もできなくて……だから本当に!ありがとうございました!
パトリシア:…………ぇ。
シャルロット:変わった奴だ。己の命の前に、友の命を助けたことへの謝辞を述べるとは。
エメリヒ:パティ、さっきはごめん。俺、怖くて声出なくて。ありがとう。お前のおかげで助かった。やっぱりお前はすげえ!あ、あとさっきの話だけどさ!
0: (間)
エメリヒ:お前が普通な訳ないだろ!お前は特別だ!怖いくらい強い、村の英雄!本物の騎士だ!
0:
パトリシア:(M)騎士。私が……?動揺する私を、しかしエメリヒは真っ直ぐに見つめていて。
0:
パトリシア:な、何言ってんの。女は騎士になれないんだよ。
シャルロット:それはどうかな。
パトリシア:え?
シャルロット:今後、一時的な処置などではなく、真に女が王となる時代が来れば。……「女騎士」というのも、何ら不思議はなくなるぞ?
パトリシア:それって……。
0:
パトリシア:(M)風が吹く。
0:
シド:殿下。無闇矢鱈と人をたらすのはやめていただきたい。
シャルロット:おや。おかえり、シド。ふふ。怒られてしまった。
シド:まったくもう……。
パトリシア:…………ください。
シャルロット:え?
パトリシア:王様になってください!
シド:ちょっと君……、
パトリシア:貴女が王様になるなら、私が貴女の近衛騎士になります!
0:
パトリシア:(M)私の中に、今までにない、大きな風が。
0:
シャルロット:……この国に近衛隊は無いんだが……。
パトリシア:え!?じゃ、じゃあじゃあ!私が作ります!で、なります!貴女を護る近衛騎士に!
シャルロット:ふふ。其方(そなた)が?
パトリシア:はい、私が!……む、無謀で、しょうか……!
シャルロット:いや。(フッと笑って)それでは私は、何が何でも王にならなければな。
パトリシア:…………!
シャルロット:しかし。私が王になるには、まだ少し時間もかかるが。其方が騎士になる方法なら、他にもあるぞ。なあ、シド?
パトリシア:え!あるんですか!?どんな方法ですか、それ!
シド:(ため息をついて)年に一度、王都で台覧試合(たいらんじあい)試合が行われるのです。そこで優勝し、王族の皆様方に自らの力を示せば、あるいは……。例えそれが女性でも、召し立てられることもあるやもしれません。
パトリシア:台覧、試合……。
シャルロット:そういうことだ。王都で待ってる。
パトリシア:は、はい……!
シャルロット:あとその大剣、柄がどうも長すぎるし、刃先ももう少し鋭い方が其方には合っているぞ。……そうだ。其方が近衛騎士になった暁には、私が業物を送ってやろう。約束だ。
パトリシア:…………!
シド:だから!すぐそうやって人をたらすのはおやめください!
シャルロット:おや。また怒られてしまった。
シャルロット:では、後始末があるので失礼するよ。其方らも少し休んだ方が良い。では。
0:◆シャルロットとシド、立ち去る。
エメリヒ:……パティ。
パトリシア:……エメリヒ。
エメリヒ:王都に、行くのか。
パトリシア:やっぱり、無茶かな。
エメリヒ:無茶なもんか!
パトリシア:…………!
エメリヒ:お前なら絶対、近衛騎士でも近衛隊長でも、何にでもなれるよ。ずっとお前と剣をあわせてきた俺が言うんだ。間違いない。……まあ、お前がいなくなるのは、ちょーっと寂しいけどよ。
0: (間)
エメリヒ:でも、応援する。
パトリシア:……へへ。ありがとう、エメリヒ。
0:―場面転換・1年後・王都―
司会:まさかまさかの快進撃!おったまげた!信じられないことが起きています!豊作といわれた今年(こんねん)、激闘を制したのは〜、まさかの少女!少女です!その小柄な体躯で大剣を軽々振るう様は、まるで天使か妖精か!
司会:今回の台覧試合(たいらんじあい)の優勝者はぁ!小さき猛獣、パトリシアー!アンダンテー!
シャルロット:はは!ほらな、シド。あの時の娘だ。
シド:……そのようですね。
シャルロット:本当に勝ってしまった。いや、疑ってはいなかったが。ふふ。賭けは私の勝ちだな?
シド:陛下は彼女の優勝を疑っていらっしゃらなかったようですが、私とて彼女の勝利を荒唐無稽だと進言してはいなかったはずです。賭けは不成立ですね、陛下。
シャルロット:なるほど、確かに。……なぁ、シド?
シド:なんです?
シャルロット:近衛隊を作るには、どこから手を付ければ良いだろうか。あの子、まだ若いだろう?近衛騎士に任命するには……、
シド:…………ふふ。そうですね。まずは殿下。玉座を手に。
シャルロット:あぁ。ふふ。あの子との約束を果たすのは、骨が折れそうだ。
0:―場面転換・4年後・戴冠式―
シャルロット:こうして無事、戴冠の儀を終えられたのも、常日頃国に尽くしてくれる其方(そなた)らの働きあってこそである。感謝する。……戴冠に伴い、幾つかの職務に変動がある。……我が騎士、シド=ヤーカルム。
シド:はっ。
シャルロット:其方を本日付で、我が国の宰相、及び軍師に任命する。
シド:拝命仕(つかまつ)ります。
シャルロット:よく励め。
シャルロット:そして第1師団団長、パトリシア=アンダンテ。
パトリシア:え!?は、はい!
シャルロット:其方を本日より、私、エーベルヴァインが女王、シャルロット=ツーディア=エーベルヴァイン直轄の、近衛隊所属とする。
パトリシア:…………へ。
シャルロット:騎士団に入団してからの其方の働き、とくと見せてもらった。其方が団長だ。私の側で、其方の忠義を見せてくれ。
パトリシア:はっ。
シャルロット:また、褒賞として、この大剣を授ける。(耳元で)約束は守ったぞ、パティ。
パトリシア:はい……!ありがたき幸せ……!
0: (間)
シド:永遠に。
パトリシア:永久(とこしえ)に。
シド:(同時に、ゆっくり)陛下の為に。
パトリシア:(同時に)シャルロット様の為に!
0:―回想終了・再び現在―
0:◆ガリウスとシャルロットが剣を交えている。
シャルロット:はあぁっ!……ふ、ふふ。あぁ、そんなこともあったか。
ガリウス:んだぁ!?笑ってんじゃねぇ、クソ野郎!
シャルロット:貴様に余裕がないだけだろう。悔しければ笑ってみるといい!
ガリウス:誰が余裕がないってえ……!グッ……!俺は民のため、仲間のため、負ける訳には、行かねえんだよ……!
シャルロット:お前はいつもそうだ。自分のことしか考えていないような脳筋に見えて、結局はいつも人の為……!
ガリウス:突然褒めんなよ気持ち悪ぃ。
シャルロット:褒めているものか、ド阿呆(あほう)め。
ガリウス:あぁん!?
シャルロット:お前は甘いのだ。お前が鍛錬するのはいつだってお前自身の為ではない。ダンスパートナーの恥とならない為、部下を助ける為、民の命を守る為……!お前の心はどこにある!
ガリウス:ハッ!何言ってやがる。てめぇに俺の……何が分かる……!
シャルロット:何だ何だ!心が乱れたか!剣がブレているぞ、ガリウス!
ガリウス:クッ、俺はァ……!
シャルロット:もう一度訊くぞガリウス!貴様の覚悟はその程度か!お前の心は!お前の自由はどこにある……!
ガリウス:…………ッ!くそ、好き勝手言いやがって……!俺は!お前のそういうところが!昔っからムカつくんだよ!
シャルロット:あぁそうだな!図星を突かれれば、どんな聖人でも腹が立つだろうさ!
ガリウス:違ぇよ……!お前も……お前だって……!お前だって……!人のことばっかりだろうがよ!
シャルロット:…………!
ガリウス:いつだってヘラヘラヘラヘラ笑いやがって!お前はどうなんだよ!お前の自由は!一体どこにあるって言うんだ……!
0:
キリエル:(M)この世に自由などない。
キリエル:生まれ落ちたその瞬間、自分の意思とは関係なく、ピラミッドの一角にその身を位置づけられる。身分が高いか低いか。金があるかないか。そして……力を持っているかどうか。私達に無限の選択の余地などない。位置付けられたヒエラルキーの、その既に狭められた選択の中で、どうにか抗い続けるしかない。
キリエル:
キリエル:……そして私は、「力」を持つが故、自由でなくなった者の1人だった。
0:―以下、回想開始。5年前。レヴァンティン帝国軍―
ガリウス:おい、あいつは……?
グェン:ん?あぁ。……あれが噂の先読みの巫女さんだ。どうやらちょっと前まで養護施設にいたそうで…………ま、何やら訳ありなんだと!
キリエル:どいつもこいつも……。
0:
キリエル:(M)人間は勝手だ。
キリエル:私は、幼き頃に親に捨てられた。天眼(てんがん)の予見(よけん)を受けあれこれ言い当てる私は、両親の目には奇異として映ったのだろう。私だって、そんな幼子(おさなご)を育てるのはご免こうむる。
キリエル:だから私には、血を分けた「肉親」と呼べる存在はいない。……しかし、幸運なことに、「親」と呼べる存在はいる。養護施設「ディアコニー」の修道者、ブラッツ・アインホルン……その人こそが、私の心の家族であった。
0: (以下、更に過去の回想シーン)
0:◆幼き頃のキリエルが、ブラッツに剣術の指南を受けている。
ブラッツ:どうしたどうした!もう終わりかぁ?
キリエル:クッ……もう疲れた!こんなことに意味なんてない!
ブラッツ:おいおい、逃げるのか。ちゃんと俺の動きを読め!天眼で予見(よけん)し、俺の先に回りこむんだ。
キリエル:ふざけるな!そんなにテンポ良く次々読めるものじゃない!
ブラッツ:だから精度を上げろっつってんだよ。
キリエル:そもそも女に剣術なんて必要ないだろう!
ブラッツ:バァカ。護身術だろうが。お前さんにゃ必要なものだ。
キリエル:護身術の域を超えてる!これは殺人術だ!他の子は遊んでるのに、なんで私ばっかり……!
ブラッツ:お前さんのような異能持ちは、自分で自分の身を守らなきゃ、ボロ雑巾のように使われて終わりだぞ。それで良いなら、授業はこれで終わりだ。
キリエル:…………ッ。
ブラッツ:生憎俺ァ、戦争を生き抜く方法しか知らないんでね。だが、殺人術を学べば十二分に身は守れる。そんでもって、それで人を殺すかどうかは……お前さんの選択に委ねられるだろうよ。
キリエル:私は……人殺しなんてしない。
ブラッツ:そーかよ。
キリエル:一角獣ブラッツ……レヴァンティン帝国・元近衛隊長様……この国じゃあ、サルでも知ってる有名人だ。
ブラッツ:おう、そうか。まあ「俺」だからな。
キリエル:自分で言うのかそれを……。
ブラッツ:それだけ研鑽(けんさん)したんだよ。俺は、俺の鍛錬の歴史をしっかりと認めているだけだ。
キリエル:ふん。人殺しの研鑽か。
ブラッツ:己の正義を全うする時、そしてそれが、相手の正義と反する時……ぶつかり合うのは、仕方のないことだ。……それが「たった1人」の為なら尚更。
キリエル:たった1人?
ブラッツ:騎士が生涯を捧げる主君のことだ。意思が弱い奴は、ボロ雑巾のように利用されて捨てられる。だが、たった1人と出会えたら……自分の力を全て捧げても良いと思える存在に仕えることができたら。それは騎士の誉れと、自信につながる。
ブラッツ:……自らの意思で選んだ、たった1人だ。
キリエル:それは……、
ブラッツ:(被せて)とにかくだ、エル。お前さんの目はお前さんのものだ。勝手に相手に主導権を渡すな。勝手に誰かに利用されるな。
ブラッツ:お前さんは、お前さんの意志で。自らが使いたい時、そして生涯を捧げても良いと思う相手の為にだけ、その目を使え。
キリエル:…………。
ブラッツ:俺が教えんのは、圧倒的な力に負けない物理的な方法だけだ。……だが、精神はそうもいかん。精神は簡単に侵されてしまうからな。
ブラッツ:意志を強く保つのは、己との対話だ。他人がどうこうできるもんでもない。
ブラッツ:(キリエルの頭に手を乗せて)ま、頑張れよ、エル。
キリエル:〜〜〜ッ、頭に手を置くな、クソ!…………ぁ。
ブラッツ:ん?何だ?
キリエル:雨が来る。
ブラッツ:お。予見か。よし。んじゃ今日はここで終わるか。
キリエル:……こんなに晴れてるのに、とは言わないのか。
ブラッツ:お前さんのことを信じてるからな、俺は。
キリエル:気持ち悪くないのか。
ブラッツ:あー?(笑いながらキリエルの頭を乱暴に撫でる)
キリエル:わ、おい、撫でるな!
ブラッツ:バァカ。気持ち悪い訳ねえだろ。「家族」なんだから。
キリエル:…………ッ。
ブラッツ:おし。走って帰るぞ。明日からまたビジバシしごいてやるからな。
0:
キリエル:(M)ブラッツの修行は、本当に容赦がなかった……が、おかげで私は強さを手にし、自分を守る術を得た。
キリエル:……20歳を超えた頃だった。その頃には、私は天眼の力をある程度自由に使えるようになっており、その日私は初めて、一角獣の角を折った。
0:◆成長したキリエルが、初めてブラッツの剣を弾く。2人は、そのまま暫し放心する。
キリエル:……った……やった……!やっと、やっと一本取ったぞ!ブラッツ!はははっ!
ブラッツ:あ、あぁ……。はは。してやられたな。強くなったなあ、エル。
キリエル:はは、あはははは!今回は読みが上手くいった!ブラッツの動きを予見して、逆側から回り込んで……やっと、やっとだ!とうとう勝った……!
ブラッツ:おいおい。たかが一度のまぐれでそんなに喜ぶな、よ……ゴホッ、(激しく咳き込む)。
キリエル:……あ?……ブラッツ……?
ブラッツ:ゥ……ッ!(倒れる)
キリエル:ブラッツ……おい、ブラッツ……!
0:―場面転換。病院―
0:◆ブラッツが寝ている部屋の前で、キリエルと医者が話している。
医者:アインホルン様は、もう長くはないでしょう。
キリエル:は……?もう一度調べてくれ。そんな訳が(ない)……、
医者:残念ですが。……隠してらっしゃったようですが、アインホルン様は長く肺を患っておられました。
0: (間)
医者:どうか、ご覚悟くださいませ。……それから。
キリエル:……それから?
医者:延命治療をする場合は、かなりの額を要します……。
キリエル:…………。
医者:養護施設の維持費も必要となるでしょう。そこで、ご提案なのですが。
キリエル:てい、あん……?
医者:軍に入られては?
キリエル:は?私がか?
医者:実は上に知り合いがおりまして。キリエル様のことをずっと前から「欲しい」と打診していたものの、アインホルン様ににべもなく断られ続けていると愚痴っておりました。
キリエル:は……?そんな話一度も聞いたことがないが。
医者:なるほど。本当に大事にされていたのですね。流石天下の一角獣の秘蔵っ子。
キリエル:…………別に、箱に入れられていた訳では……。
医者:貴女様の力は神の力です。ならば、万人のために使ってこそ意味がある。その力で、お国に貢献なさい。
キリエル:…………私は……。
医者:施設の子供たちも、貴方様だけが頼りでしょう?
0:
キリエル:(M)お金。確かにお金は必要だ。
キリエル:ならば強くならねば。
キリエル:私が子供たちを守らねば。
キリエル:……ブラッツの代わりに、私が。
0:
キリエル:分かりました。……軍に、入ります。
0:―場面転換―
0:◆キリエルが軍に入り、暫くの時が経った。キリエルが廊下を歩いていると、後ろから彼女を呼び止める声がした。
ガリウス:おい。
キリエル:……なんだ。
グェン:あー。こんにちは。俺はグェン・リーファス。実はこの男があんたに用があるって……、
ガリウス:(被せて)てめぇだろ?先読みの巫女ってのは。ちょっと手合わせしてくれよ。
グェン:お、おい……。
キリエル:無礼な奴だな。用があるなら先に名乗らんか。
ガリウス:失礼な奴だな。未来の王の名前も知らねえとは。
0: (間)
キリエル:(ため息)ガリウス=ローウォルフ=レヴァンティン。この国の未来の統治者。
グェン:あ、なんだ。流石に知ってたか。
キリエル:貴様のような者が次代の王とは。私は将来国を移ることを考えねばならないかもな。
ガリウス:……は?
キリエル:おや、怒ったか。そうしてすぐに顔に出るのもいただけないな。短気な王は国を滅ぼす。
ガリウス:……口の減らねえ女だな。まあいい。俺が知りたいのはお前が強ぇか、そうでないか。それだけだ。一戦やろうぜ。
キリエル:……ガキか、貴様は。
ガリウス:あ?なんだと……。
グェン:おっと……。
キリエル:戦う必要もない。どうせ貴様も、私の「たった1人」には程遠い、小さな器だろうからな。
ガリウス:……?何言ってやがる。
キリエル:生憎私は忙しいんだ。
ガリウス:待て。
キリエル:…………ッ!
0:◆キリエルの足元一歩先に、ナイフが刺さっている。
グェン:あっ!俺のナイフ!いつの間に!
キリエル:……皇族の癖に手癖が悪いな。だが。
ガリウス:だが、腕は確か。……だろ?
キリエル:……面白い。一戦だけだぞ。付き合ってやる。
ガリウス:ヘッ。そうこなくっちゃ。
0:―場面転換。訓練場―
0:◆ガリウスとキリエルが剣と鎌を構え立っている。
グェン:んじゃ、未来の王ガリウス、先読みの巫女キリエルの手合わせ一本勝負!……あー、だけどよ?本当に真剣でやるのか?後で怒られるぜ?
キリエル:バレなきゃ良かろう。
ガリウス:お?気が合うな。バレなきゃ良いだろ?なあ、グェン。
グェン:言っとくけど、お忍びで市場に行くよりもこっちのが罪は重いからな、ガリウス。
グェン:(咳払い)……では、構え、始め!
キリエル:はぁああ……ッ!
ガリウス:おっと……!噂にゃ聞いてたが、その大鎌すっげぇな。油断したらリーチの差で即刻首無しだ!
キリエル:王の他に「デュラハン」の異名も付くな!やってやろうか!
ガリウス:お前が本気出しても、俺がよそ見しねえ限りは一生無理だぜ!
キリエル:ハッ、王宮でぬくぬく育てられた仔犬がよくほざく……!
ガリウス:……おっまえ、それ不敬だからな。……ったく。でもまあ、そうして隙作ってくれるのはありがたい、がな!
キリエル:……なっ!は、早い……!何だこの動きは……!
ガリウス:おっと、どうしたどうした、先読みの巫女様!目ぇ開けながら寝てやがんのか!
キリエル:……クソッ!
ガリウス:はは!途端に剣筋がブレやがる!……あ、いや。この場合鎌筋、か……?
キリエル:ええい小癪な!……あっ!
ガリウス:バカお前、そっちは……!
キリエル:あぁああ……っ!
0:◆キリエルがバランスを崩し、武器立てに突っ込みそうになったのを、ガリウスが覆い被さる形で守る。
ガリウス:いって〜……!あぁもう、何やってんだてめぇは。
キリエル:な、何故庇った……!こんなの痛くも痒くも……!女扱いするな!馬鹿者!
ガリウス:女ぁ?……全く何言ってやがんだてめぇは。
0: (間)
ガリウス:王が民を守るのに、理由なんてあるかよ。
キリエル:…………ッ、
ガリウス:女だろうが男だろうが関係ねぇよ、バーカ。
キリエル:…………。
0:
グェン:ガリウス!巫女さん!大丈夫か!?
グェン:(ガリウスに手貸して)まったく、ほら。
ガリウス:おう。……よっと、(立ち上がる)
グェン:ほら、巫女さんも。
キリエル:(グェンの手を弾いて)いらん。(一人で立ち上がる)
グェン:冷た……!
ガリウス:なんっか戦う気も失せたな。腹も減ったし、何か食いに行くか。
キリエル:な!逃げる気か、貴様!
ガリウス:勝ってもねえのに逃げるかよ。またやろうぜ。てめぇと剣交えんのは悪くなかったわ。
キリエル:…………。
グェン:ほら!巫女さんも行こうぜ!最近また良いブルストの店見つけてさあ!
キリエル:は?おい、何で私まで……!
グェン:いいからいいから!
0:
キリエル:(M)それから、なんとなく、本当になんとなく。私はガリウスとグェンの二人と、行動を共にするようになっていった。彼奴(あやつ)らは相変わらず猪突猛進のバカであったが……でも、救いようのないバカ、という訳でもなかった。
キリエル:……そして、私が軍の生活にようやく慣れ、暫く経った頃だった。
0:
キリエル:……何だ?え?電報?……まさか。
0: (キリエル、荒々しく電報を開く)
キリエル:……ッ!ブラッツが……死んだ……?
0:
キリエル:(M)もっと、もっとだ。
キリエル:私が強くならねば。私が。
0:
キリエル:……ブラッツ、ブラッツ……ッ!ぁあぁあああ……!(泣き崩れる)
0:
キリエル:(M)もっと、もっともっともっと……!
キリエル:強くならねば。
キリエル:私が子供たちを守らねば。
キリエル:……ブラッツは、もうこの世にいないのだから。
0:
キリエル:私が、やらねば……。
0:―場面転換。帝国軍施設廊下―
グェン:ガリウス、ちょっと良いか?
ガリウス:あ?なんだ?
グェン:最近の巫女さんについて聴いてるか?
ガリウス:そういや最近見ねえな。任務でも食堂でもかち合わねえし……。
グェン:あぁ、実は……。
0: (間)
ガリウス:……リエル!おい、キリエル!
キリエル:……何だ。
ガリウス:最近どうしたんだ、てめぇ。
キリエル:何がだ。
ガリウス:危険地帯の任務ばかり志願しているようだな。
キリエル:そんなもの私の勝手だろう。
ガリウス:俺は……俺は今まで、てめぇの事情に首を挟んだことはねえ。てめぇの尻はてめぇで拭くもんだし、それに……どんな奴にも、譲れねえ「大事な何か」ってもんがある。
ガリウス:……だが、前に言ったな。
キリエル:は?
ガリウス:王が民を守るのに、理由などないと。
キリエル:…………。
ガリウス:それが友なら尚更だ。
キリエル:友……?
ガリウス:あぁ。だから。
ガリウス:それが、友の意思とは違っても。俺は俺の意思で友の為に動く。
キリエル:何を言って……。
ガリウス:言っても無駄だろうが一応言うぜ。目が赤い。最近寝れてねえだろ。
キリエル:…………ッ、
ガリウス:せめて今夜くらいは、何も考えずに休めよ。じゃあな。
キリエル:あ、おい……!
キリエル:……何なんだあいつは……。
0: (間)
キリエル:友、だと…………?
0:―場面転換。養護施設「ディアコニー」―
キリエル:こんにちはシスター!今月の分の経営費を持って参りました!これで暫くは食卓も潤っ…………え?寄付……?匿名の支援者の方が?それはありがたいですね。して、支援金は如何ほど……えっ!
キリエル:そんな大金……一体誰が……。
0: (間)
キリエル:まさか……。ガリ、ウス……?
0:―場面転換。帝国軍施設廊下―
キリエル:(走ってきて)ガリウス……!
グェン:お、巫女さんだ。ちーっす!
キリエル:(グェンを無視して)ガリウス……ありがとう。養護施設の(支援金、お前が)……、
ガリウス:(被せて)あ?何のお礼だそりゃ。
キリエル:……いや。……何でもない。
0: (間)
ガリウス:……なあ。
キリエル:……何だ。
ガリウス:安心しろ、てめえは強ぇよ。目の力なんて無くてもな。……ま。目の力は、そりゃあレア度の高い才能だがよ。
ガリウス:(ニヤリと笑って)王になったら、俺の下で働いて欲しいくらいだぜ?
グェン:ハハッ、そりゃあいい。俺と巫女さんが脇を固めりゃ、向かう所敵なしだ。
キリエル:……分かった。
グェン:…………へ?今なんて……。
キリエル:分かった、と言ったのだ。ガリウス。お前が王になったその暁には、貴様の下(もと)で働いてやろう。
0: (間)
グェン:マジかよ……。
ガリウス:(ため息)……キリエル。
キリエル:何だ。
ガリウス:それは簡単に口にして良い言葉じゃねえだろ。
キリエル:簡単になど言っていない。
ガリウス:いいか。てめぇの目を、誰かに勝手に利用されるなよ。てめぇはてめぇの意思でその目を使え。
キリエル:…………ッ。それ……。
0:
ブラッツ:(声だけ)お前さんの目はお前さんのものだ。勝手に相手に主導権を渡すな。勝手に誰かに利用されるな。
ブラッツ:お前さんは、お前さんの意志で。自らが使いたい時、そして生涯を捧げても良いと思う相手の為にだけ、その目を使え。
0:
キリエル:ブラ、ッツ……。
ガリウス:あ?
キリエル:……あ、いや。……未来の王が、利用価値のあるツールを囲わなくて良いのか。
グェン:(吹き出して)ははっ、ツールって……!巫女さんみてぇな頭の良い奴でも、そんなバカなこと言うんだな。っくくく。あー、おっかし……!
ガリウス:人間は、どこまで行っても縛れやしない。みんな自由だ。俺もてめぇも。……どんな家柄に生まれても、どんな力を生まれ持っても……変わらず平等だ。
キリエル:…………。
ガリウス:何だ?天眼持ちだから、特別扱いされるとでも思ったか?
キリエル:いや……よく分かった。
キリエル:……ありがとう。
ガリウス:だから何のお礼だって。
キリエル:(笑って)いや。
0: (間)
キリエル:これからは、「エル」と呼んでくれないか、ガリウス。
グェン:お?んじゃ俺も……、
キリエル:(被せて)貴様には言っていない。
グェン:冷た……。
ガリウス:……何だ、イキナリ。
キリエル:そう呼んで欲しいんだ。将来仕える王からは。
ガリウス:だから、別に俺に従う必要は……、
キリエル:(被せて)お前が良い。
ガリウス:…………ッ。
キリエル:従うなら。仕えるなら。私はお前を選ぶ。自分の意志で。
0: (間)
グェン:(口笛、もしくは口で)ヒューウ。
ガリウス:……は、ははっ。あぁ、そうかよ。
ガリウス:分かった。エル。
キリエル:ん。ありがとう。
グェン:……なーんかよく分かんねえけど……めでたしめでたし、ってか……?
グェン:(2人の肩にガバッと手を回して)よっし!俺らの友情と、レヴァンティンの未来に、ブルストとアップルサイダーで乾杯と行こうぜ!
キリエル:お、おいリーファス、貴様気安いぞ!くっつくでない!…………ぁ。
グェン:おお!?聴いたかガリウス!今巫女さんが初めて俺の名前を!
ガリウス:良かったな。
キリエル:う、うるさい!貴様の名など呼んでない!
グェン:あっはは!
0:
キリエル:(M)そうして私は、「たった1人」と出会った。私の、たった1人の、「素晴らしき王」と……そして、同じ王を持つ「仲間」と。
0:―場面転換・現在―
シャルロット:(M)ガリウスは……素晴らしい王だ。ガリウスは強い。ガリウスは揺るがない。だから、全てを背負って尚、1人で立とうする。本当に……本当にいい王だ。私が死んだとて、ノルデンエイリークはガリウスによって、問題なく統治されるであろう。
シャルロット:……だけど。だから。……だから私は……!
0:
ガリウス:クッ。
シャルロット:大陸の王の席は荷が重かろう!なぁに問題ない!その席には私が座ってやろう!
ガリウス:ぬかせ!はぁあっ!
シャルロット:遠慮は要らぬ!貴様は王の器ではないからな!
ガリウス:てめえよりはよっぽど才があるさ!
シャルロット:ほざけ……!貴様のどこに、私より王としての風格が(あると言うのだ)……、
ガリウス:(被せて)ハッ、てめえは俺と違って、規律に雁字搦(がんじがら)めになっちゃあ、へらへら笑うことしか出来なくなるようなアホだからな!シャーリー!ノルデンエイリークの玉座は、お前の身には余ると思うぜ!
シャルロット:…………ッ!お前は、また……!何故、何故そうお前は人の気持ちばかり……!ヘルヘイムに1人で挑んだのも、もしや……!
ガリウス:おっと、それは自惚れだぜシャーリー!俺は強い。俺は負けない。ムカつく奴は、俺がこの手でぶっ倒す。誰にも譲ってなんかやらねえ!勿論てめえにもな!
シャルロット:……ッ!
シャルロット:……なるほど……なるほどな。本当に、哀しい程、よく似ている……。
ガリウス:…………あ?
0: (間)
シャルロット:お前がそう言うなら、そうなのだろう。……ならもう、私も揺るがない。私も絶対に、お前には譲れない矜持(きょうじ)というものがある……!
シャルロット:私は自由だ、ガリウス。お前とは違う。私は、自由に、好きに、望んで選ぶ!誰のためでもない、自分のために!
ガリウス:あ……?
シャルロット:最後に会ったあの時に言ったな!私はお前以外にやられはしない!いや!お前にさえも、負けはしないと……!
ガリウス:……ああ。俺らは、互いを討つ為にここまで来た!
シャルロット:お前が全て1人で背負うというのなら!その業は私がみな断ち切ってくれる!お前を取り巻く積年の恨み、長年の因縁、王としての宿命!……その全てを、私がこの手で終わらせてくれる!お前はこの手で、私が倒す!
ガリウス:驕り高ぶるのもいい加減にしろよ女王様!頭(ず)が高すぎて笑えてくるぜ!
シャルロット:バカな男だガリウス、お前は……!
ガリウス:は……?
シャルロット:お前は!優しすぎる!
ガリウス:…………ッ!
0: (以下、回想シーン。2年前。レヴァンティン帝国玉座前)
ガリウス:王室警護官グェン=リーファス、そして先読みの巫女キリエル……これより其方(そなた)らを、私、レヴァンティン皇帝、ガリウス=ローウォルフ=レヴァンティン直属の親衛隊に任命する。
グェン:(同時に)はっ。
キリエル:(同時に)はっ。
キリエル:今後はガリウス陛下に、この身をお捧げします。
グェン:右に同じく。生涯お尽くし致します。
ガリウス:よろしい。その魂の灯火が消える最期の一瞬まで、私に従い、仕えて果てろ。
キリエル:……。
グェン:……。
0: (間)
ガリウス:(吹き出して)……なーんてな。
グェン:(同時に)へ?
キリエル:(同時に)は?
ガリウス:そういう堅っ苦しいのはなしだ。グェン、エル。精々「好き勝手自由に」、汗水垂らして働いてくれ。
キリエル:(暫し呆気に取られて)…………ふふっ、でしたら。
0: (間)
キリエル:私は……いえ、私たちは……「好き勝手自由に」、貴方の手となり、足となりましょう、陛下。
グェン:……くく。そうだな!
0:―再び現在―
シャルロット:お前は!優しすぎる!……はぁあああああッ!
ガリウス:…………ぐあッ!
0:◆ガキィン、と、ガリウスの剣が吹き飛ばされる音がする。
ガリウス:(囁くように)くっ。………エル……!グェン……!
0:
キリエル:…………ッ!?
シド:ん?どうしました?
キリエル:今……今。陛下のお声が聴こえた気がして……。
パトリシア:それって……。
グェン:……ッ、ガリウス……!(立ち上がる)
キリエル:待て、リーファス!
グェン:……ッ!
キリエル:王を信じて待つのが、臣下の務めだ。
グェン:でも……!(キリエルの震えに気付いて)巫女さん、あんた震えて……。
キリエル:…………。
グェン:……くっ。(もう一度キリエルの横に座って)最初に待つって決めたんなら、最後まで信じなくっちゃ……だよな。
グェン:俺も生涯をガリウスに捧げた身だ。最後まで王に従うよ。……それがどんな結末であれ。
キリエル:あぁ。(思いついて、少しイタズラに)……この魂の灯火が消える、最期の一瞬まで?
グェン:ふっ。……あぁ。そうだな、巫女さん。
パトリシア:なーによ。格好つけちゃって。……私たちだって、ねえ?
シド:ええ。永遠に。
パトリシア:永久(とこしえ)に。
シド:(同時に、ゆっくり)陛下の為に。
パトリシア:(同時に)シャルロット様の為に!
0:―場面転換―
0:◆再び、対峙しているガリウスとシャルロットへ場面が戻る。辺りは静まり返っており、ただ、2人の激しい息遣いだけが聞こえている。
ガリウス:クソが。……俺様が、負けた、だと……?
シャルロット:……ダンスのお誘い、嬉しかったぞガリウス。……勝ったのは……エーベル、ヴァインだ……。
ガリウス:ほんっとにてめぇは……いつまでも、その気持ち悪い笑顔を浮かべる癖が抜けねえなあ、シャーリー。
シャルロット:それを言われるのは何度目か。後にも先にも、お前だけ。
ガリウス:さあ、俺を殺せ。情けはいらねえ。
シャルロット:そう、だな。貴様の骸と踊るために、私はここまで来た。
ガリウス:……あぁ。
シャルロット:ガリウス 、貴様が守ってきたレヴァンティン……帝国のその名はいただくぞ。貴様は今、この瞬間より……皇帝ではなくなった。
ガリウス:(心底悔しそうに)…………あぁ。
シャルロット:つまり……貴様が守ってきた「レヴァンティン 」は……そして「皇帝ガリウス」は…………今ここで死に絶えた。
0: (間)
ガリウス:は……?
シャルロット:優秀な者をただ殺すのは我が国の損失だ。我がエーベルヴァインのために、ひいてはノルデンエイリークのために……お前を飼い殺してくれよう。ガリウス。
ガリウス:……何言って……。
シャルロット:……ノルデンエイリークは私に任せろ。貴様には優秀な仲間がいる。きっと、他の地でも上手くやっていける。
ガリウス:………おいシャーリー。てめぇ一体何の話を……、
シャルロット:海を越えろ、ガリウス。
ガリウス:……は?
シャルロット:海を越えた先に、シュッドガルド大陸がある。貴様の耳にも入っているだろう?最近中々に力をつけてきた大陸だ。このノルデンエイリークの利になるかは分からぬが、王であった貴様の目で、大陸の是非を確かめてきてもらいたい。
ガリウス:てめぇはアホか。んなの、俺があっちで味方をつけて、またお前に……!
ガリウス:……お前に、牙を剥くとは考えねえのか……?
シャルロット:バカを言え。皇帝でもない、「ただの」愛らしい狼に……一体何ができるというのだ?
ガリウス:……言ってくれる。
ガリウス:恩情を与えたこと、いつか後悔するぜ、シャーリー。
シャルロット:面白い。させてみろガリウス。
ガリウス:ハッ、上等だぜ女王様。
0: (間)
シャルロット:………貴様は義を通す男だ。それに……ノルデンエイリークを私と同じくらい愛しているのは……お前しかいない。
シャルロット:お前は私に……私には牙を向けても、ノルデンエイリークに牙は向けない。
ガリウス:(舌打ち)そうかよ。
シャルロット:私は中から、そしてお前は外から。……ともに、ノルデンエイリークを守ってくれないか?
ガリウス:(ため息)……俺は……てめぇのそういうところが気に食わねえ。
シャルロット:ふふ、ありがとう。嬉しいよガリウス。
ガリウス:……(笑いながら)褒めてねえよクソが。
がで)なんでこうも似てるかねえ……。
シャルロット:ん?なんだ?
ガリウス:いや?
0:◆ガリウスが、シャルロットにかしづき頭を垂れる。
ガリウス:……拝命仕(つかまつ)ります、女王陛下。貴女の意のままに……。
ガリウス:(笑ってシャルロットを見上げて)従ってやんよ、シャーリー。