台本概要

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タイトル 『ビンゴくんの同情的憐憫』
作者名 sazanka  (@sazankasarasara)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 5人用台本(男2、女2、不問1)
時間 60 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 『ビンゴくんの◯◯的□□』シリーズ第2作。
2017年の夏に端を発する、変わった名前の高校生「ビンゴくん」の、聞く人によっては数奇な運命と出会いを描く、ラブコメディのような何かです。

―――――――――――――――――ーー

新生活にもようやく馴染み、夏休みを目前に控えた敏悟(びんご)くん。
胡乱な料理部部長、黒衣の奇妙な近隣住民、そしてまさかの赤点、追試。
陽射しはいよいよ熱を増し、2017年の夏は盛りを迎えようとしていた。
―平成29年真夏の直前―

※アドリブ、固有名詞以外の変更等はお好きにされてください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
敏悟 155 「神戸 敏悟(かんべ びんご)」。高校2年生。年上好き。世話焼き。
香澄 81 「入矢 香澄(いりや かすみ)」。高校2年生。ヒロインに似た何か。読書好き。
91 「尾上 蘭(おがみ らん)」。近隣住民。片付けられない女。
60 「串野 巽(くしの たつみ)」。高校2年生。何もしない漢(おとこ)。
太一 不問 90 「戸賀 太一(とが たいち)」。小学5年生。家主の息子。味にはうるさい方。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
【モノローグ】(敏悟):血のように赤い夕暮れ。 蘭:アナタとワタシは、似ている、って聞いたから。 蘭:……仲良くしましょう、ね。 【モノローグ】(敏悟):その人の影は、何かを引き摺(ず)って伸びているかのように、黒かった。 0:タイトルコール。 蘭:『ビンゴくんの同情的憐憫(どうじょうてきれんびん)』 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):俺の名前は「神戸敏悟(かんべびんご)」。 【モノローグ】(敏悟):両親を事故で亡くし、紆余曲折(うよきょくせつ)の果て、母の旧友である美人小説家(未亡人)の元に身を寄せ、戸惑いながらもウハウハドッキドキの同居生活を送る、どこにでも居る普通の高校生さっ。 【モノローグ】(敏悟):……等と、説明臭い戯言(たわごと)は置いといて。 敏悟:あーーーー……。 敏悟:……暑っつ……。 【モノローグ】(敏悟):「普通」だの「変」だのを、くっきり2つに区別するナンセンスを、高2ともなれば自覚しつつも。 【モノローグ】(敏悟):果たして実際、自分は、どうなんだろうか。 【モノローグ】(敏悟):名前と境遇は置いといて、他に……、 【モノローグ】(敏悟):人が特別誇り、或いは卑下する類(たぐい)の変さはあるのか? 【モノローグ】(敏悟):時として無責任な他人が、「中身」とでも、呼ぶような。 【モノローグ】(敏悟):蝉が煩く鳴き、夏の盛りを間近に控えた夕暮れのホームにて。 【モノローグ】(敏悟):すっかり癖付いた詮無き思索に耽(ふけ)っていると、 【モノローグ】(敏悟):半ズボンを履いた、紅顔(こうがん)の悪魔が現れた。 太一:……あァ。嫌なモノ見ちゃった。 太一:人生に疲れ切った高校生の背中。 敏悟:……太一じゃん。おかえり。 【モノローグ】(敏悟):「戸賀太一(とがたいち)」。 【モノローグ】(敏悟):家主たる「戸賀梨子(とがなしこ)」さんの、息子。ちなみに養子であり、 【モノローグ】(敏悟):整った小作りの顔に、恐るべきこまっしゃくれた舌を生やした、鬼もそこ退(の)く小学5年生である。 太一:魂は肉体の3倍早く老いるって言うけど。ますます、年を取るのが怖くなるね。 敏悟:……天才子役みたいなコト言って。 敏悟:今から塾? 太一:そー。今日2発目。 太一:言ってたように夜は、 敏悟:お呼ばれするんだよな、六段(ろくだん)さんトコ。 太一:……うん。 太一:遂に包囲された気分だけど、さ。 敏悟:だいぶ、変わった子、だよな。太一も大概だけど。 太一:珍しく同意見だね。ただ僕なんか遠く及ばないよ、彼女の人生設計の早さには。 敏悟:耳年増、っていうかなんていうか……、 太一:夕食を頂いたら早急に退避しないと。何らかの既成事実を作られたら堪んない。 敏悟:わかって言ってんの? ソレ……。 敏悟:結婚、したいんだっけ、本気で。 太一:……彼女の言う「本気」が、どこまでの物かは知らないけど。 太一:少なくとも眼は真剣(マジ)ってヤツ。 敏悟:……お気を付けて。 太一:ビンゴこそ。 太一:人の心配してる暇があったら、精々追試を一回で済ませられるようにさ、 香澄:(遮り)あぁー。赤点ビンゴくんだぁ。 【モノローグ】(敏悟):家族モドキの寄る辺なき会話を、薄く、細い、三日月のような笑みが遮った。 香澄:(歩み寄りつつ) 香澄:油売っててイイのかなぁ。 敏悟:……図書室閉まったから。家着くまで、気分転換。 【モノローグ】(敏悟):「入矢香澄(いりやかすみ)」。隣のクラスの女子。 【モノローグ】(敏悟):ニヤついた、常に嘲るような気色(きしょく)を湛えつつ、赤点や補習等には縁遠い、如才(じょさい)なき同級生。 【モノローグ】(敏悟):そして、何より、 太一:「変な女子」、だ。 太一:ビンゴが言ってた。 香澄:(ニヤ、と笑み) 香澄:……へぇ? 敏悟:コラコラぁ、太一クン。 敏悟:何ヲ馬鹿ナ、ソンナノヒトコトダッテ俺ハ、 香澄:言ってるんだぁ、そーいう風に。ふぅん……。 太一:よくね。 太一:何かと絡んで来て、アレはきっと俺に気があるんだ、とか何とか、 敏悟:(思わず大声で突っ込み) 敏悟:純然たる嘘はヤメろよっ!!! 0:人も疎らなホームで、それでも視線が集まり。 香澄:……ヤメてよ大声。見てるじゃん、人。 太一:常識まで前の家に忘れて来たの? 人としても赤点だね。 敏悟:(周囲を気にしつつ) 敏悟:あ、いや、 香澄:ウクク。無視して他人のフリしよっかぁ。 香澄:ね、「T君」。 太一:……エッセイの読者か、母さんの。 太一:名案だね。 敏悟:いや、あの、 香澄:(無視して) 香澄:ホントにエッセイのまんまの話し方なんだぁ。何だか不思議。 太一:母さんの本、どれが好き? 香澄:ええっとねぇ、 敏悟:おーい、 香澄:(無視して) 香澄:全作網羅は出来て無いんだけど、取り敢えずデビュー作は何回も読んだよ。 太一:「天の庭の球技」ね。僕も面白いと思う。 敏悟:ちょっと、 香澄:(無視して) 香澄:後の作品のエッセンスが詰まっててね。作者のデビューの、処女作にはさぁ、 太一:その作家の生涯の全てがあらかじめ、って言うよね。ただ母さんの場合は後もかなり、 香澄:挑戦的な作家だよねぇ、アプローチが毎回違うし、 敏悟:あのォー……、 太一:(無視して) 太一:視座っていうか、切り口を幾つも使い分けられるのが優れた作家の資質な訳だけど、そりゃぁ伊達に恩行(おんぎょう)大学文学部を、 香澄:出てないよねぇ。「筆の力とは知の力」、って、後書きにもよく、 太一:母さんの師匠の言葉だね。 太一:「土屋毬子(つちやまりこ)」さん、お正月に毎年来るよ。 香澄:ソレ本当ぉっ!? 香澄:えっ、凄い……っ、……、 香澄:何とか、同席、叶わないかな……、 香澄:ねっ、ビンゴくん、 0:ばっ、と、敏悟に振り向き。 敏悟:……散々無視しといて。 敏悟:そーいう時にだけ……、 太一:ちなみにビンゴは、一冊でも読めたの? 母さんの作品。 敏悟:いやあの……、 敏悟:さっ、最新のあの、黄色い表紙のヤツはこないだ、 香澄:アレ、児童向けの絵本でしょぉ。内容は良かったけど。 敏悟:……絵も、良かったケド。 【モノローグ】(敏悟):結構胸に刺さったけどな……。 【モノローグ】(敏悟):おれにはひらがなぐらいが、ちょうどいいのかな。 【モノローグ】(敏悟):等と、意味もなく卑屈になっていると、 【モノローグ】(敏悟):転轍機が鈍く軋(きし)り、踏切の警報が、電車の到着を告げる。 太一:さて、来た。 太一:……お先に。お姉さん。 香澄:ばいばぁい。 香澄:妙な勘違いされない言動を心がけるねぇ。 敏悟:してないって。 太一:ビンゴも。ちょっとは真面目に生きなよ。 【モノローグ】(敏悟):……スゴい事を言われた。小学生に。 【モノローグ】(敏悟):鋭目のボディブローを残し、諧謔(かいぎゃく)児童は車窓へと去り。 【モノローグ】(敏悟):ホームには、俺と、変な女が残された。 香澄:綺麗な子だねぇ。 香澄:エッセイの、文章のイメージ通り。流石の筆致(ひっち)。 敏悟:……本、好きなんだな。 香澄:程々に、ね。 香澄:……小さい頃から。 敏悟:へえ……、 香澄:物語を読んで。 香澄:ココじゃないドコカへ、心を逃していなければ……、 香澄:とっくの昔に、壊れてたと思うから。 敏悟:……、ふーん。 【モノローグ】(敏悟):細い月の笑みが、形をそのままに、冬の氷のように凍て付いた、気がした。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):ニヤけた同級生は、お兄さんと共に暮らすマンションがあるという、「裃口(かみしもぐち)」の駅で降りて行き。 【モノローグ】(敏悟):俺は3駅、鈍行に揺られ。 【モノローグ】(敏悟):戸賀梨子邸より徒歩10分、ターコイズのタイルも趣深(おもむきぶか)し、「機ノ辻(はたのつじ)」駅で降車した。 【モノローグ】(敏悟):紫の炭酸飲料片手に、俗に言う閑静な住宅街をトボトボと歩いていると。 【モノローグ】(敏悟):暮れかかる黄昏の闇に溶け、 【モノローグ】(敏悟):電柱の陰に、幽鬼の如き人影が。 【モノローグ】(敏悟):俺とて人の子。有り体に言うならば、 敏悟:(乱れた息を整えつつ) 敏悟:っ……、マジでクソほどビビりましたって……っ、はぁっ、はぁっ……っ、 蘭:……何がそんなに? 蘭:ただ、ビンゴくんまだかなあ、って、待ってたダケなのに、な。 敏悟:いやあの、もっと普通に……、 【モノローグ】(敏悟):「尾上蘭(おがみらん)」さん、28歳。 【モノローグ】(敏悟):年齢は先日聞いたんだけれども。 【モノローグ】(敏悟):梨子さんが言うところの「要注意近隣住民」、トップ3の一角。 【モノローグ】(敏悟):住宅地の外れ、広い角地の、何とも怪しげな洋館に一人で暮らす、魔女の如き女性。 【モノローグ】(敏悟):気分に依らず憂いを帯びた美貌や、季節を問わず纏う黒尽くめの衣服など、特筆すべき箇所は多々あるが。 【モノローグ】(敏悟):目下、俺に取ってのこの人は、 敏悟:「片付けられない女」発動ですか、また。 蘭:……正、解。 蘭:今日のワタシは片付けられない女。 敏悟:いつもでしょ。知ってる限り。 蘭:コーヒードリッパーが見つからない、の……。 蘭:フィルターは出てきたんだけど。 敏悟:……ちなみに、フィルターはドコから? 蘭:玄関。 敏悟:一体何をどうしたらソコへ……。 敏悟:あー、と、ドリッパーは確か、冷蔵庫の横の棚の、下の引き戸か、 蘭:口で言っても無駄だよ。2回ぐらい地殻変動が起こってるから。 蘭:敏悟くんは取り敢えず、うちへ来るしか無いと思う、な。 敏悟:(頭を抱え) 敏悟:……夕飯が……。 【モノローグ】(敏悟):普段なら、「ちょっとだけ遅くなります」、との旨を梨子さんにメールするところだが、今日はイイとして。 【モノローグ】(敏悟):いざや向かうは、黒い魔女の館。 【モノローグ】(敏悟):ていうか……、 【モノローグ】(敏悟):ゴミ屋敷。 【モノローグ】(敏悟):絶望的なまでに整頓の才能に恵まれぬ反面、潔癖の気もある為か、生ゴミ・生活ゴミの類だけはどうにか代謝されてはいるものの。 【モノローグ】(敏悟):古く厳(いかめ)しく、豪奢(ごうしゃ)な玄関を一歩入るとソコは、 敏悟:うおお……。 敏悟:前にも増してモノの迷宮……っ。 蘭:どう、ぞ。狭い家だけど。 敏悟:いや、広いんですよ、元はメチャクチャ。 敏悟:……何で玄関先の廊下にルームランナーが来てるんですか……。 蘭:私の部屋だとやっぱり手狭になったから……。 蘭:頑張って動かした、の。 【モノローグ】(敏悟):……で。そのルームランナーのあったスペースには、 敏悟:ええ……?? 【モノローグ】(敏悟):以前片付けた際には、奥の間の書斎の更に奥、本棚の隣にあった筈の、アンティークのレコードプレイヤーが。 敏悟:……何でよ。 敏悟:夜中に足でも生えて一人でに移動したんですか……。 蘭:怖いこと言わないで。 敏悟:怖いのはコッチですって。 蘭:ドリッパー、見つけてくれてありがとう。 蘭:お詫びに珈琲を淹れてあげるから、レコードを一曲いかが? 敏悟:……聞きたかったんですか? 自分の部屋で。 敏悟:それでワザワザ? 蘭:お義父さんの趣味。 蘭:いいモノだよ、電子音声とはやっぱり違う……。 蘭:……珈琲は? 敏悟:……、 敏悟:頂いたら、帰りますから。 【モノローグ】(敏悟):結局、古い洋楽がうっそりと流れる中、蘭さんの徒然話(つれづればなし)に付き合って。 【モノローグ】(敏悟):珈琲は、2杯。 【モノローグ】(敏悟):……ちなみにドリッパーは風呂場の隣、勝手口の戸棚から出て来た。 【モノローグ】(敏悟):ポルターガイストでも取り憑いてるんじゃないか。 【モノローグ】(敏悟):しかし実際……、ちょっと洒落にならないんだな、コレが。 0:【間】 香澄:……へぇーぇ。ビンゴくんってホントに未亡人が好きなんだねぇ。センサーでも付いてるの? 【モノローグ】(敏悟):翌日、放課後。家庭科室。 敏悟:……部活動中だぜ。関係ナイ話は慎めよ。 香澄:調理台の上で追試の勉強してるヒトがナニか言ってまぁす。 巽:構わねェさ、構わねェぜ。俺はナニしてくれても。 巽:ただ俺の平穏を、奪わないでさえくれたらよォ。 【モノローグ】(敏悟):家庭科室の隅に持ち込んだ折り畳みチェアで悠々、雑誌を読むこの男は「串野巽(くしのたつみ)」。 【モノローグ】(敏悟):俺の所属する、製菓料理部の部長を務める男。 【モノローグ】(敏悟):ちなみに、副部長は俺である。 敏悟:料理とお菓子作りだけはやらないのな、結局。 巽:やってくれても構わんぜ、神戸がやりてェなら。ニンニク系は勘弁だがな。 敏悟:……いいよ。おかしいだろ俺だけ作ってたら。 香澄:食べる役でなら助っ人、来てあげてもいいケドぉ。 巽:俺もヤブサカではねェぜ。 【モノローグ】(敏悟):「ねェぜ」じゃねェぜ。 敏悟:……調理器具揃ったらな。 敏悟:部長は何をやってんだよ。 巽:俺は何もしねェ。ただ其処(そこ)に、居るだけの男だ。 敏悟:ついてナイからな、カッコ。 香澄:どーしてナニもしないの? 串野くん。 巽:んン? 【モノローグ】(敏悟):足を組み換え、無駄にニヒルに身を起こす。 【モノローグ】(敏悟):ちなみに入矢と串野は、同じクラスである。 巽:……俺ァよォ。 巽:見ての通り中学じゃ、ちィとバカシ荒れちまっててよォ。 敏悟:浮いてたのは判るけど。 巽:そんトキ世話ンなった教師によォ、言われたんだよ。 香澄:何て? 巽:「自分の価値を上げたきゃ、まず自分から、価値のある行動を取らなきゃ」、とよォ。 敏悟:尤(もっと)もじゃん。普通だけど。 香澄:私は嫌いだな。ドヤ顔でそーいう事言う教師。 巽:俺もよ。言い様(ざま)と、何よりその、同情するみてェな、カワイソーなモンを見るみてェなカオに、キレちまってよ。 巽:茶ァひっくり返して指導室飛び出してからコッチ。 巽:納得行くまで、あの女の言葉に逆らって生きてやると決めたんだ、俺ァ。 敏悟:そのココロは? 巽:価値のある、面白ェモンが向こうから転がり込んで来るまでよ……、 巽:俺ァ、自分からは何もしねェ。 【モノローグ】(敏悟):最大級のドヤ顔で言い放ちやがった。 【モノローグ】(敏悟):……同情、ね。する方だけはイイ気分、と。 【モノローグ】(敏悟):ま、幽霊部長の奇天烈な人生哲学は、ここらで置いといて。 香澄:でもそっかぁ。『コッペリア』の美人な店員さん。 香澄:お家、中はそんななんだぁ……。 敏悟:知ってんの?? 敏悟:週一かちょっとだけ、働いてるとは聞いたけど……、 香澄:レトロブームに乗って、一昨年(おととし)ぐらいに出来たんだけど。結構人気あるんだよ。 巽:喫茶店だろ、「奥伝森(おうでんもり)」の駅前の。テレビか何かにも出たらしいなァ。 香澄:私も、たまぁに行くけど。何回か珈琲出して貰ったよ。 香澄:無口だけど、手付きが素敵。 敏悟:……確かに珈琲は美味かった。店の豆使ってるって言ってたし。 香澄:……ていうかでも、ホントにずっと1人で住んでるの? 巽:ンな広い屋敷にか? 敏悟:……んーー。 敏悟:これは……、近所じゃ全員知ってる事なんだけど、 香澄:ビンゴくんが天涯孤独の可哀想な子って話ぐらいには、デショ。 敏悟:……ま、系統としちゃ似てるかな。 敏悟:あの人……、早目に結婚して、その屋敷に嫁いで来たらしいんだけど、 香澄:うん、うん。それで、旦那さんを亡くして、 敏悟:……それからスグに、相次いで……、 敏悟:屋敷に住んでる親族全員、亡くなったんだって。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):……等と、意味深に引きを作ってみたものの。 【モノローグ】(敏悟):呪怨だの、保険金だのの剣呑なアレでは無く。 【モノローグ】(敏悟):結婚の時点で、夫の両親は高齢、且つどちらも持病を患っており。 【モノローグ】(敏悟):そして夫は、生まれ付いての虚弱・病弱だった。 【モノローグ】(敏悟):それだけの話だ、と当の未亡人は、新品のシーツみたいに読めない表情で言うけれど。 【モノローグ】(敏悟):さて。 太一:……ふぅん。一途にも母さんに操(みさお)を立ててるのかと思えば。 太一:隠れてそんな事をやってるの。 【モノローグ】(敏悟):帰宅し、太一との二人の食卓。梨子さんの執筆中にはよくある光景であるし。 【モノローグ】(敏悟):今は何せ、新作の為の取材旅行中につき、家主は不在なのである。 【モノローグ】(敏悟):今日のメニューは、ばら寿司。 太一:抜け目の無いイヤラシさだなぁ。 太一:流石は下半身魔神。間男(まおとこ)永世名人級。 敏悟:増やすの止めて、アダ名……。 太一:あ、紅ショウガいっぱい乗せて良いっ? 敏悟:良いけどお腹壊さない量で。 敏悟:ていうかさ、 太一:何? 敏悟:(妙に真摯に)梨子さんも尾上さんも、現状独身なんだから間男ではないだろ。 太一:目ェ剥いて言うこと? ソレ。下心認めてるじゃん。 敏悟:いや、いや……。 【モノローグ】(敏悟):一般論、いっぱんろんでヤンスよ、へっへへへ……。 【モノローグ】(敏悟):あとショウガ乗せすぎ。後で胃薬飲まそ……。 太一:それで今度の休みに、本格的な整理整頓って? 敏悟:ん、まあ……。 敏悟:前回から結構間が空いたから、必需品だけ発掘に。あと大まかな配置と、 太一:細かい物なら買えば良いのに、その都度。 太一:遺産もあれば、土地や不動産だって丸ごと、 敏悟:それやると無限に増えるからさ、モノが。 太一:掃除や整頓なんか、業者でも呼べば、 敏悟:何か……、知らない他人を入れるのがあんまり、っていう……、 敏悟:基本的に物を大事にしたい性分らしいし。 敏悟:本人も散らかしたい訳じゃ、 太一:随分親身になってるね。 太一:ご褒美は何なワケ? 敏悟:…………、 敏悟:美味しい、珈琲だよ。 太一:子供騙しも大概にしてよね。 【モノローグ】(敏悟):ですよねー。はい。 太一:何にせよ。ご近所付き合いの域を越えてるなぁ。 太一:我が家の諸々に支障のない範囲でね。 敏悟:わかってるよ。 敏悟:何より、俺には追試が、 太一:諦めたのかと思った。 太一:頑張ってよね、海、楽しみにしてるんだから。 敏悟:いや別に俺抜きで行ってもらって全然……。 敏悟:……太一の方は? 太一:なに? 敏悟:昨日のお呼ばれ。恙(つつが)無くイケたワケ。 太一:……、直截的なナニかは、特段。 太一:彼女がどんどん薄着になって行く事を除いては。 敏悟:小5にナニを求めてんだろーね。 太一:彼女も小5だけどね。 太一:…………、 太一:あのさ、 敏悟:ん? あ、ショウガはコレ以上、 太一:違うよ。 太一:尾上さん家(ち)の整頓、土曜日だっけ。 敏悟:そーだけど。 太一:……僕も同行してお手伝いするのは、都合が悪い? 敏悟:……問題、は無いだろうけど。 敏悟:どういう……、 太一:風の吹き回しかは、割愛するけど。 太一:…………彼女が家に来たがってる。 敏悟:え、 敏悟:……六段さん? 太一:目下、僕が「彼女」と言えばそうなるね。 敏悟:普通に断れば? 親も居ないし、って、 太一:何となくだけど。 太一:母さんの不在を彼女に知られたくない。 敏悟:珍しくビビってるじゃん。 太一:というより……。 太一:侮れない、と思ってるだけだよ。「六段葦乃(ろくだんあしの)」という女の本気(マジ)を。 【モノローグ】(敏悟):小さな悪魔がこうも慄(おのの)くとは……、末が恐ろし過ぎる女児である。 【モノローグ】(敏悟):まあ、何はさて。ご町内とはいえ、旅は道連れ。 敏悟:旨い珈琲、淹れて貰えるよ。 太一:……生憎だけど。 太一:僕は紅茶派なんでね。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):翌日。部室にて入矢を師と仰ぎ、小馬鹿にされつつも数学の手解きを受けた後、切り良く解散。 【モノローグ】(敏悟):帰宅の途上、浮かび上がるは黒い女の影。 【モノローグ】(敏悟):……遠回り、すれば良かった。 蘭:おかえり。敏悟くん。 敏悟:何でいつも逆光を背負ってるんですか……。 蘭:さあ……? 帰り道の方角の問題だと思うけど、な。 蘭:疲れてる……? 敏悟くん。 敏悟:えーと、質問の意図が、 蘭:爪切り、 蘭:って……、 敏悟:あー、と……、 敏悟:前は確か、リビングの黒の棚に戻した気が……、 蘭:崩れちゃった。 敏悟:流石に新しく買います? 日用品系、 蘭:駄目、なの。 蘭:あれが、いい。 敏悟:……、 蘭:お義母(かあ)さんが、良いよ、って、奨めてくれたもの、だから。 蘭:まだ壊れてない、から……。 敏悟:……、 蘭:ごめん、ね。 蘭:やっぱり、大丈夫。 敏悟:ちょっと、寄ります。 敏悟:……珈琲は、今日は結構。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):ガレージにあった。 【モノローグ】(敏悟):どこで爪を切ってるんだよ……。 蘭:ありがとう。明日、出勤の日だから……。 敏悟:いえ……。 敏悟:他に、必要なモノがあればついでに掘り出しますけど、 蘭:ううん。自分で探して出てくる事もあるから。 敏悟:じゃ……、本格的なのは土曜に。 敏悟:……あ、あの、 蘭:なに? 敏悟:増員を連れて来ても、良いですか。 敏悟:梨子さんの、息子さんなんですけど、 蘭:太一くん……? 蘭:勿論良い、よ。 敏悟:言いふらす子じゃ無いと思うんで、 蘭:ありがとう。 蘭:……とっくにご近所中、知ってると思うけど、ね。 敏悟:……、さあ。 【モノローグ】(敏悟):ホントに。噂ってヤツは。 【モノローグ】(敏悟):ドコをどう巡って、千里を走るんでしょうか、ね。 【モノローグ】(敏悟):重量級のレコードや、ぶっ倒れたコート掛け、その他をぼんやりと眺めながら、 【モノローグ】(敏悟):ふと、 敏悟:……増員、もうちょい増えてもイイですか。 蘭:ああ……、実質男手1人だもん、ね。 敏悟:多分、その方が早いんで。 敏悟:来るとしても、近所の人間ではないので、 蘭:近くても、平気。 蘭:「恥ずかしい」、って、最近、どんどんわからなくなってきてるから……。 蘭:自分の身嗜みさえ大丈夫なら、良いかな、って。 敏悟:……、ソレすら、興味が無くなって来たら。 敏悟:ホントにヤバいって、聞きますね。 蘭:だから……、『コッペリア』で働き始めたの。 蘭:……ねえ、敏悟くん、 敏悟:はい? 蘭:どうしてこんなに、やさしくしてくれるの? 敏悟:……、……、 【モノローグ】(敏悟):そりゃあ。 【モノローグ】(敏悟):そりゃあ、もちろん。 【モノローグ】(敏悟):みんな大嫌いで、大好きな……、 【モノローグ】(敏悟):同情とか。憐れみ、とか。 【モノローグ】(敏悟):そういう、ヤツでヤンスよ。 0:【間】 蘭:わあ……。いらっしゃい。 太一:おじゃましまぁす。 香澄:まぁす。ウクク。 【モノローグ】(敏悟):2日飛んで、土曜日。 【モノローグ】(敏悟):蝉は鳴き、太陽はいよいよシャカリキではあったけれど。 【モノローグ】(敏悟):不思議と風のある日だった。 蘭:皆さん、ありがとう。 蘭:家中……、エアコンだけ、付けといた。 敏悟:どうも。大所帯ですみません。 巽:神戸よォ。この俺もいくら無頼を気取ってたって、イザとなりゃァ何だかんだで男を見せると思ってんだろ? なァ? 香澄:違うの? 巽:(ニヒルかつクールに決め) 巽:俺は自分から来たとしても、何もしない男だぜ。 敏悟:最早何でだよ。意味がわからねェよ。 太一:僕こういう年上嫌いだなぁ。日本はコイツらの代で終わりだね。 香澄:ウクク……、面白ぉい。 香澄:私以外全員変。 【モノローグ】(敏悟):頼りになるのか、ならないのか微妙極まるメンツを引き連れて。 【モノローグ】(敏悟):まずはこれまた美味なアイス珈琲を頂いてから、早々と作業にかかる。 【モノローグ】(敏悟):太一が半分残した珈琲も俺が片付けたので、少々、水っ腹である。 太一:まずはさぁ、全体像の把握じゃないの。 香澄:最終的な形を決めてからかかりたいよね。 香澄:大まかな間取り図を作って、尾上さんに希望の配置を書き込んで貰ったら。 太一:紙とペンを持って各自散らばって、エリア毎に掌握していく、だね。 敏悟:ダンジョン攻略そのものじゃん……。しかも難易度キツ目の昔のゲームの。 【モノローグ】(敏悟):案外と適任だったらしい。少なくとも太一と入矢の2名は。 【モノローグ】(敏悟):一方。別に全然イイんだけども、「片付けられない女」と、「何もしない男」は。 巽:いやァ、お構いなく。俺ァ邪魔だけはしねェんで。 蘭:ワタシも、同じだから……。 蘭:しりとり、する? 巽:おォ? へへっ、受けて立ちますぜ。 【モノローグ】(敏悟):アッチはアッチで案外と嵌ってるようではあるけど……。 【モノローグ】(敏悟):まあ、イイや。 0:【間】 太一:ビンゴーーーっ! 太一:ちょっとコレ、僕と香澄さんでは無理っ! 敏悟:あいよーーーっ、今行くーーっ。 【モノローグ】(敏悟):整理と、整頓。 香澄:まず大物を置いちゃってから細かいトコ、かな。 香澄:あっ、モノの上にモノを載せちゃ駄目っ。 【モノローグ】(敏悟):運搬と、配置。 敏悟:ようやく床をイケるな……。まずもって箒やら拭くヤツやら、 香澄:お風呂場のロッカーにあったよ。 太一:掃除用具は一旦こっちにまとめるのがイイんじゃない。あと、ゴミ袋。 敏悟:動いてると暑いな、やっぱ……、 【モノローグ】(敏悟):分類と、まとめ作業。 蘭:「燕尾服」。 巽:く、く……、「クリスマス」。 蘭:「隙間」。 巽:ま? ……、抹茶プリ、おっと危ねェ、「抹茶パフェ」っ。 蘭:「フェスティバル」。 巽:「(ご自由に)」っ。 蘭:「(ご自由に)」。 巽:うぐォっ、……「(ご自由に)」っ! 【モノローグ】(敏悟):しりとりと、 【モノローグ】(敏悟):ってオイっ! 【モノローグ】(敏悟):やってらんねェっ。我々も休憩、休憩っ。 香澄:はぁ。ちょっとソコのローソン行って来まぁーす。 太一:あっ、僕もっ。ソルティライチっ。 香澄:クフ。アイス買ってあげようかぁ。 太一:ビンゴに請求してね、ちゃんと。 【モノローグ】(敏悟):何やら太一は、入矢に懐いたようだけど。通ずるモノでもあったのかね。 【モノローグ】(敏悟):……俺も適度に涼み、休憩しつつ。 【モノローグ】(敏悟):生活周りの細かいモノの、分類などに取り掛かった。 巽:……よォく働くねェ、しかし。 蘭:こうして座って見てるのが申し訳なくなる、ね。 巽:人情、ってモンすねェ。 巽:ソコをグっ、と堪(こら)えて。「敢えて」何もしねェ、ってのが、今の俺の流儀なんすがね。 蘭:かっこいいと、思う。 巽:おっ、そーすか? へへっ……。 【モノローグ】(敏悟):何を粋に笑ってんだ。 【モノローグ】(敏悟):高校生を甘やかさないでください、この国の将来の為に……。 【モノローグ】(敏悟):作業の精神衛生上良くないので、暫く無視した。 巽:(整いつつある屋内を見渡しつつ) 巽:……しかし。さっきからアッチ行ったりコッチ運んだりしてるのを見てると、色んなモンがありますね、この家。 蘭:ホントに……、結婚のご挨拶で、初めて来た時はびっくりした。 蘭:さっきまでソコにあった、古いレコードの機械は……、義理のお父さん、夫の父の趣味。 巽:へェ……。 蘭:よく書斎で聞かせてくれて、ね。 蘭:今でもよく聞くような曲も、原曲は凄く古いものもあるんだよ、って。 蘭:それからガラスの壺、アソコにあった、でしょ? さっきまで。 巽:神戸がプルプルしながら運んでたヤツすね。 蘭:アレはお義母さんの。ガラスの調度品、壷とか、お皿とかが趣味で。 蘭:1つ1つ、光の閉じ込め方が違うから、置く場所も1つ1つ、考えるんだって。窓の近くが良いのか、敢えて、暗い所か。 巽:はァーっ。高尚っつーか、なんつーか……、 蘭:私も、最初は全然、知らないモノたちだったけれど。 蘭:でも、その人の「好き」が伝わってくれば、わかるもの。 巽:……そりゃ、そうっすね。 巽:ソコはわかる。 蘭:……聞いたかも、しれないけど。 蘭:この家、私の他はもう皆、亡くなってしまっていて……、 巽:ええ、ま、ちょっと小耳に……、 蘭:写真が、ね、あるの。 蘭:……、よいしょ、 巽:あ、イケるすか、 蘭:コレだけは、皆のモノに紛れちゃわないように、枕元に置いてあるんだけど、 巽:みんなの、もの。 巽:……、 蘭:(見せつつ)コレ……、 巽:お、どーも。 巽:……はァーっ。いかにも、って感じの……、 蘭:結婚してスグだから……、 蘭:6年、ううん7年前、かな。 蘭:こっち側の、眼鏡のまあるい人が、お義父さん。 巽:おー。貫禄あるっすね。 蘭:昔から、大橋巨泉、っていう人に似てるって言われる、って。ワタシは世代が違うけど、 巽:昔のタレントっすね。 蘭:調べたら、似てた。フフ。 蘭:でもお父さんの方が、福耳。 巽:ホントだ、耳たぶ。 蘭:こっちがお義母さん。この時はもう闘病中だから、かなり、痩せてるけど。 蘭:ダイエットの手間が省けた、って、いつも、冗談を言ってて、 巽:言われる方はちょい困るヤツっすね。 巽:でもま、根っから明るそうな、 蘭:うん……。とっても。 蘭:娘がもう1人欲しかったの、って。凄く、良くしてくれて。 巽:へェー……。 巽:てことは、この女の人は、 蘭:倫也(ともや)さん、あ、主人の……、妹さん。 蘭:結婚の少し前に、ちょっと、事情があって、この家に戻って来てて、 巽:離婚とかすか? 巽:あ、すんません、 蘭:ううん。そう、なの。 蘭:この子も冗談好きで、ちょっと皮肉屋な所もあるけど……、 蘭:あ、そう、今日来てくれてる、入矢さん? 彼女にちょっと、雰囲気が……、 巽:あーー。まあ、そっすね、ドコとなく。微妙にイジワルっぽいトコとか、 0:唐突に声が差し込まれ。 香澄:誰が意地悪ぅ? 巽:(驚き)うおっ。 巽:……早ェな、帰るの。 香澄:すぐソコだもん。 香澄:……写真、見てたの? 蘭:フ、フ。 蘭:お手伝いもせず、ね。 蘭:この、女の人が、アナタに似てる、って。 香澄:(覗き込み) 香澄:……、私、こんなに綺麗じゃない、です。 太一:(横からひょこりと顔を出し) 太一:世間的には同じぐらいのレベルじゃないの。大概の男は ま、喜ぶ類(たぐい)の。 巽:さっきからこまっしゃくれたガキだなァ、おい。 太一:アンタこそ。その昔の不良ドラマみたいな喋り方、ドコで習ったの? 巽:やるかァ、オうっ。 巽:しりとりで勝負すっかァ? 太一:僕、強いよ。ひと山いくらの小学生とは語彙力が違うから。 巽:世も末だぜ小学生がヒトヤマいくらで売られてたらよォ。 太一:孤児院なんて今もそんなモンだけど。 香澄:あっちでやってね、うるさいから。 香澄:(写真へと目を戻し) 香澄:この、隣に立ってる方が、その……、 蘭:うん。主人、ね。 蘭:フフ、今にも死にそうでしょう? 蘭:でもソレは出会った時からで、この時期は発作も少なかったし、とても……、 香澄:すぐに、亡くなられる、とは? 蘭:…………。ええ。 香澄:すみません。 蘭:ううん。でも周りの全員、油断をしてて。 蘭:本人だけは……、きっと薄っすら、悟っていたのかも、しれないけど、ね。 香澄:……死期を。 蘭:ええ……。 蘭:結婚式も、ハネムーンも。 蘭:きっと、命を削っていたのに、違いない、けど。 蘭:でも……、我慢して、見せないようにしてくれる気持ちが、嬉しかったから。 香澄:…………、 蘭:そういう風に考えたら……、 蘭:やっぱり、ワタシのせいで、死んじゃったのかも、ね。フフ。 香澄:…………。 【モノローグ】(敏悟):問題。音というものは、何の性質を持っている事で、空気や個体の間を伝って、離れた場所まで届くのでしょうか? 【モノローグ】(敏悟):答え。「波」。 【モノローグ】(敏悟):ハイ正解、神戸敏悟くん追試満点ーーーん。 【モノローグ】(敏悟):……ふぅ。 【モノローグ】(敏悟):……まあ、だから。 【モノローグ】(敏悟):聞く気など無くても、同じ空間に居れば、話し声は、聞こえて来るのであって。 【モノローグ】(敏悟):……コイツらの、コレも然り。 巽:「レトルトカレー」っ。 太一:「レ・ミゼラブル」。 巽:ンだそりゃァっ? 太一:有名なミュージカルだよ。ホラ、「る」。 巽:る……、る、「ルマンド」っ。 太一:ブルボンのお菓子じゃん。 太一:「(ご自由に)」。 巽:「(ご自由に)」っ。 【モノローグ】(敏悟):当たり前かもだけど太一、強いな……。 【モノローグ】(敏悟):……何だかすっかり、休憩明けに作業再開、という雰囲気でも無くなってしまった。 【モノローグ】(敏悟):日暮れにはまだ少しあるが、太陽も頂点を過ぎ、軽い風がいよいよ心地良さそうな時刻。 【モノローグ】(敏悟):……さて。 敏悟:(歩み出つつ、全員に) 敏悟:なんかさ……、取り敢えず配置はもう完了で、道具類も纏めてもらったからさ。 敏悟:今日はもう、解散で。 香澄:あ……、そう? 太一:後はゴミ出しと、細かいモノの分類? 敏悟:うん。収集は明後日だし、必需品の分類は俺が出来るから、 太一:あとはしっぽりやりたいから邪魔者は帰れって? 流石は下半身魔神、情欲ブルドーザービンゴ。 香澄:魔神なの? ブルドーザーなのぉ? 蘭:ま……。お姉さん困っちゃう、な。 巽:ある意味「男」だぜ、神戸……っ。 【モノローグ】(敏悟):四人で好き勝手言いやがって。 【モノローグ】(敏悟):もー突っ込む気力も無いわ。 敏悟:だいぶ動いて貰ったからさ……。 敏悟:1人を除いて。 巽:コレも信念 故(ゆえ)よ。悪ィなっ。 太一:本気っぽいからタチが悪いよね。 敏悟:尾上さん、明日って、ご用事ありますか? 蘭:ううん……、無い、よ。 蘭:家でする事って、本当に、無いの。 敏悟:俺も追試の勉強あるんで、今日はもう帰ります。明日……、出来たら3時か、それぐらいに、 蘭:うん……、イイ、けど、2日間も、 敏悟:ここまで来たら、乗りかかった船なんで。 太一:僕は、馬鹿な友達と約束があるから。 巽:俺ァ親父のバカと予定がよ。 敏悟:勿論。ていうか今日はホントに、 蘭:ありがとう、皆さん……。 【モノローグ】(敏悟):元の広さをどうにか取り戻した廊下を抜け、一同玄関へ。 【モノローグ】(敏悟):まだ隅の辺りが雑然としてはいるが、残りは明日の俺、任せた。 【モノローグ】(敏悟):串野と太一は先に玄関を潜(くぐ)る。 【モノローグ】(敏悟):蘭さんに見送られつつ、靴を履いていると、 香澄:明日……、さ。私、来れるよ。 敏悟:ん? 香澄:誰かと違って追試も無いし、ねぇ。 敏悟:……、あー、そう? 香澄:お邪魔なら控えるけどぉ。ブルドーザー先生? 敏悟:ハハハ、イヤぁ、アリガタイナぁ。 蘭:いいの……? そんな。 香澄:面白そうなモノ、いっぱいあったから。整った状態で見たいし。 香澄:……あわよくば美味しい珈琲も、なんて。 蘭:フ、フ……。いくらでも。 蘭:じゃあ特別に……、美味しいタルトも出してあげる。職場でも焼いてる、の。 香澄:私……、『コッペリア』で、何度か珈琲、頂いてるんですよ。 蘭:……ま。 【モノローグ】(敏悟):ともあれそういう事になった。 【モノローグ】(敏悟):串野と入矢を駅まで送り、夕食の買い物を済ませんが為、商店街へと歩く。 【モノローグ】(敏悟):高校生と、小学生。歩幅を合わせつつ。 太一:今日なに? 敏悟:んー……。何食べたい? 太一:夏だからって冷製のモノが続いてるから、温かいのがイイな。 敏悟:パスタは? 敏悟:冷凍アサリあるから。夏野菜とアサリのパスタ。 太一:悪くないね。 【モノローグ】(敏悟):差し迫った事がある時ほど料理に凝り出すのは、俺の悪癖であるらしい。 【モノローグ】(敏悟):今であれば憎き追試。 【モノローグ】(敏悟):もしくは、明日の……、 敏悟:……どーだった? 尾上さん家(ち)。 太一:どう、って? 敏悟:上がったのは初めてなんだっけ。 太一:近隣一帯、行った事のある人のが珍しいんじゃない。 太一:そうね……、気味の悪い家だった。 敏悟:どの辺。 太一:ビンゴはよく知ってるだろ。 太一:廊下や、あの人の生活空間は散らかってるのに、死んだ家族たちの暮らしてた部屋はそっくりそのまま。 太一:まるで、まだ生きてる家族のそれぞれの部屋から……、 太一:興味のある物だけを借りてきては、自分の周りに並べているような。 敏悟:…………、 太一:レコードを聞きたけりゃ、書斎に行けば良いのに、ワザワザ。 太一:奇妙な礼儀とでも言うか……。 太一:死人と暮らしてでも、いる気なのかな。 敏悟:辛口、だな。 太一:あんまり好きなタイプの大人じゃ無いんだ。母さんも露骨に避けてるし。 敏悟:梨子さんが? 何で……、 太一:知らないけど。 太一:同情、してるからじゃないの。 敏悟:……、それは、 太一:ビンゴと僕が、孤児(みなしご)仲間であるように。 太一:母さんとあの人は、寡婦(かふ)仲間だから。 敏悟:「寡婦」……、ね。小5の口から。 太一:「後家(ごけ)」か「未亡人」の方がグっと来る? 年上大好き寄生昆虫としては。 敏悟:あんまりクリティカルなアダ名はヤメろよ。立ち直れなくなるから。 太一:……、同情ってのは諸刃の剣(つるぎ)だからね。 太一:思いをかければ、その分だけ自分も、 敏悟:生傷を晒す、って? 太一:気を付けなよ、ビンゴも。 太一:僕らは同情されこそすれ。 太一:する方に回ったって、良い事1つも無いんだから。 敏悟:…………。 敏悟:流石は、梨子さんの事、よく見てるよな。 太一:なりたくてなった息子だからね。 太一:それで言うならさァ、 敏悟:ん? 太一:ビンゴは誰の、何なワケ? 敏悟:……、……、 【モノローグ】(敏悟):さあね。 【モノローグ】(敏悟):……何でもない、空っぽの人、じゃないの。 【モノローグ】(敏悟):パスタのように中空の気持ちに引き換え、アサリの出汁は上手く野菜に絡み。 【モノローグ】(敏悟):珍しく。上出来であった。 0:【間】 香澄:ごちそうさま。 香澄:タルト……、本当にとっても、美味しかったです。 蘭:フ、フ。こちらこそ……。 【モノローグ】(敏悟):翌日、日没直後。 【モノローグ】(敏悟):その日の作業は緩やかかつ、スムーズに進み。 【モノローグ】(敏悟):タルトは非常に、美味であった。 蘭:ごめん、ね……。学生さんの、大事なお休みを、 敏悟:どの道もうじき、夏休みなんで。 香澄:余裕ぅ。もう受かったつもりなワケ? 追試。 敏悟:……イケるだろ。オカゲサマで。 香澄:クフ。 蘭:フフ。本当に、香澄ちゃん、……美紀子(みきこ)ちゃんに、よく似てる。 蘭:笑う時、ちょっとだけ眉が寄る所も。 香澄:…………。 香澄:壷とか、旦那さんの絵画とか……。 香澄:色々と、見せて頂いて。ありがとうございます。 蘭:うん。ワタシ以外の人に、鑑賞してもらうのは本当に久しぶりだから……。 蘭:皆も、喜ぶんじゃないかな。 敏悟:……、 香澄:珈琲や、お菓子作りも、 蘭:うん。元々は美紀子ちゃんの趣味。 蘭:ほんの短い間だったけど、よく一緒に、何かを作って、珈琲を飲んだの。 香澄:…………。 香澄:義妹(いもうと)さんは、その、最後は……、 蘭:自殺。 香澄:……っ、 【モノローグ】(敏悟):俺は、知っていた。 【モノローグ】(敏悟):ソレがこの家に、人が寄り付かない理由でもある。 蘭:嫁ぎ先で何があったかは、最後まで、聞く機会が無かったけれど。 蘭:傷付いて帰って来て……、すぐにお兄さん、倫也(ともや)さんが亡くなって。 蘭:糸が切れたようにお母さん、後を追うように、お父さんを亡くして。 蘭:心が空っぽのまま……、生きる意味を、見つけられなかったんだと思う、な。 香澄:…………、 蘭:嫌な話でごめん、ね。 香澄:いえ。 蘭:1月ほど……、二人で暮らした、けど。 蘭:最後に、シナモンパイを二人で作って、食べている時に。 蘭:「自分はもう、駄目かもしれない、けど、 蘭:……義姉(ねえ)さんは、死ぬ理由が出来るまでは、生きたら良いんじゃない」、って。 蘭:そんな時まで皮肉が効いてて、思わず笑っちゃった、の。フ、フ。 香澄:…………。 蘭:でもね、お菓子への拘りだけは萎えていなくて。 蘭:その時も1回焼き直したし、コレには珈琲じゃなくて紅茶だったね、って2人で。フ、フフフ……。 【モノローグ】(敏悟):昨日の事を語るように笑うその顔は。 【モノローグ】(敏悟):どうしてか夕陽の下で見たいつの時よりも、美しかった。 香澄:……、その、後、 蘭:1週間も経たず。部屋で、血を流して。 蘭:ワタシが、もっと見ていられたら、何か……、 蘭:…………、 蘭:ううん。きっと、変わらなかったと、思う。 香澄:……そして、誰もいなくなった。 蘭:アガサ・クリスティ、ね。 蘭:フフ、周りでは本当に、そんな風に噂、されてるみたいだけど。 蘭:土地も遺産も、ほとんど余さず受け継いだんだから、当然だけど、ね。 敏悟:……下衆な噂好きはドコにでも、 蘭:いい、の。 蘭:私は、私の無実と、皆の、濁りの無い死を、知っているから。 敏悟:…………、 蘭:敏悟くんは、悲しい? 0:沈黙。 敏悟:……、……。 敏悟:ウチの場合は事故だし。 敏悟:噂も。皆飽きたら、それまで、ですから。 蘭:うん。 蘭:私は……、この家で生きていた人たちに、最後まで何も、してあげられなかったけれど。 敏悟:そんな、ことは、 蘭:わからない、ね。もう聞く事は、出来ないから。 敏悟:……、……。 蘭:死んだ人の声を聞く事は、出来ない。 蘭:少なくとも、ワタシは信じて、いない。 敏悟:そりゃ……、 敏悟:そう、ですよね。 敏悟:……、 蘭:でも、ワタシは。 蘭:皆が好きだったものや、話してくれた事。 蘭:彼が、なんにも無いワタシを、命を賭けて愛してくれた事を……、覚えているから。 香澄:おぼえ、て。 蘭:彼の絵を見る度に。 蘭:古いレコードに針を落とす度に。 蘭:ガラスの器に光を入れる度に。 蘭:珈琲を、飲む度に。 蘭:思い出は寂しいけれど、私を、温めてくれる。 敏悟:…………。 蘭:私、本当にとっても、愛していたの。 蘭:この家で確かに生きていた、この人たちを。 【モノローグ】(敏悟):在りし日の、家族の肖像を眺め。 【モノローグ】(敏悟):闇に溶かすように、言う。 【モノローグ】(敏悟):……飲み干した珈琲は、微かに苦すぎた気がした。 【モノローグ】(敏悟):俺のような、コドモには。 香澄:……このお屋敷は、尾上さんの……、 香澄:棺(ひつぎ)という訳では、無いんですね。 蘭:蘭でいいわ。 蘭:フ、フ……。そう、ね。 蘭:もしかして、心配だった? 香澄:いえ……。 香澄:興味があっただけ、です。 蘭:ワタシにはまだ、死ぬ理由が無いから、ね。 【モノローグ】(敏悟):……では。 【モノローグ】(敏悟):では、そうである、ならば。 敏悟:記憶、は。 敏悟:……、思い出や、話してもらった事は、蘭さんの中に、あったとして……、 蘭:うん。 敏悟:じゃあ……、その、……蘭さん、自身が、話したい事、とか。 敏悟:もっと……、聞いてほしかった事、とかは……、 蘭:ああ……、 蘭:それなら、 【モノローグ】(敏悟):自分でも。 【モノローグ】(敏悟):何を思ってこんな質問を、したものだか。 【モノローグ】(敏悟):だが黒い寡婦(かふ)は、絹(きぬ)のように笑った。 蘭:生きてる人に、聞いてもらうの。 蘭:……珈琲のおかわりはいかが? 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):夜の、帰路。何処かから、虫の声。 香澄:流石に涼しいね。 敏悟:……な。マシ、だよな。 0:何とはなしの、沈黙。 香澄:また散らかるのかな、お家。 敏悟:ま……、2週間は持つんじゃないか。 香澄:珈琲目当てに、また片付けに行こうかなぁ。 敏悟:……いいんじゃないの。 香澄:…………変なヒト。すっごく。 敏悟:近所でも評判の、ね。 香澄:でも凄く、綺麗な人。 敏悟:…………。 敏悟:そう、だな。 香澄:思い出は、温めてくれるらしいよ? 敏悟:……、……。 香澄:私は生きてようが、死んでようが。 香澄:家族にいい思い出なんて、無いけど。 香澄:勿論お兄ちゃん以外は、ね。 敏悟:…………。 香澄:ビンゴくんはどう? 敏悟:……、忘れた。 香澄:なんかさ。 香澄:気にしない方がイイよ。あの人とビンゴくんは、タイプが違うと思うから。 敏悟:……ソレ言う為にワザワザ今日? 香澄:どうかなぁ。 香澄:……でもさ。 香澄:シンパシーって、ツマンナイよね。 【モノローグ】(敏悟):好き勝手、言いやがって。 【モノローグ】(敏悟):思い出や、自分の中身の量なんて。 【モノローグ】(敏悟):自分では、わからない。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):1日空け、放課後。 【モノローグ】(敏悟):いよいよ追試は目前。家庭科室は俺の最後の砦と化していた。 【モノローグ】(敏悟):部屋の隅には、相変わらず、何もしない男。 巽:ほォーん。思い出、ねェ……。 敏悟:要は……、別に無理して忘れなくても、みたいなさ、 巽:一般化しなくてイイんじゃねェの。あの美人さんの感性だろ。 敏悟:……そうだけど。 巽:俺もお袋死んでっから、判る気ィするがよ。 巽:……金持ちんトコ嫁いで、死んじまったとはいえハイソな趣味に付き合って。 巽:上等な人生じゃねェの。 敏悟:……言い種(ぐさ)、 巽:悪い意味で言ってンじゃねェ。 巽:あの姉ちゃんの眼は、生きてる人間の眼だった。寧ろ……、 巽:俺の、この信念を、証明するみてェじゃねェか、なァ? 敏悟:……、は……? 【モノローグ】(敏悟):今回は本当に、意味がわからん。 巽:自分が変わらなくても。 巽:別に何にも、スゲェ事やってのけてなくてもよ。 巽:腐らず生きてりゃそんだけで、面白ェ話も、価値のあるナンかしらも。 巽:転がり込んで来る時ゃ、来るんだ、ってよ。 敏悟:…………。 敏悟:ひでェコジツケを、 巽:だからよ、神戸。 【モノローグ】(敏悟):クールに、ニヒルに。いつもの如く。 巽:俺も、お前も。 巽:スッカラカンなんかじゃァ、ねェんだぜ。 敏悟:…………。 敏悟:何だよ、ソレ。 【モノローグ】(敏悟):言い様(ざま)だけはカッコいいんだから。 【モノローグ】(敏悟):しかしそこに、同情の苦味は、不思議と無かった。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):家までの帰路。 【モノローグ】(敏悟):空はいよいよ赤染まり、全ての影を濃く、長くする。 【モノローグ】(敏悟):黄昏に佇(たたず)む小さな影は、鬼か、悪魔か。 【モノローグ】(敏悟):見慣れた、俺が洗濯している半ズボン。 【モノローグ】(敏悟):紅顔(こうがん)の小悪魔。もしくは。 【モノローグ】(敏悟):俺の、何でもない、人。 太一:……ビンゴ。おかえり。 敏悟:お……。今日って、 太一:塾は休みだよ。いつもそうじゃん。 敏悟:……だっけ。 太一:しっかりしてよ。明日には母さんも帰って来るんだから。ボケた顔、見せないでよね。 敏悟:ん……。気ィ付ける。 太一:それよりさ。 敏悟:ん? 太一:こないだのアサリのパスタ。 太一:また作ってよ。 敏悟:あー、アレ……、 太一:美味しかったから。 敏悟:…………、 太一:ナニ? そのアホ面。 敏悟:いや……。 敏悟:美味しい、って、初めて言ったな、って。 太一:そう? 僕、味に嘘はつかないんだけど。 敏悟:…………。 敏悟:梨子さんが帰って来たら、な。 太一:えー。今日がイイっ。 敏悟:今日はばら寿司。 太一:またぁ? 赤ダシつけてよねっ、 【モノローグ】(敏悟):大小の濃い影が、夕暮れにもつれて跡を引く。 【モノローグ】(敏悟):同情しようが、されようが。 【モノローグ】(敏悟):影は、生きる者の足元にしか差さない。 0:暗転。 : 0:【間】 : 0:一同、横並び。 巽:ああー、と、カーテンコール! 巽:今回はしりとりのコーナー、だとよォ。 巽:最初は『どうじょう』の「う」だ。 太一:「う」ね。「(ご自由に)」。 香澄:うーん、「(ご自由に)」。 蘭:フ、フ。「(末尾は「れ」で。)」 敏悟:「れ」っ!? 敏悟:おー、あー、っと、 敏悟:れ、「憐憫(れんびん)」っ! 敏悟:……あ、 太一:ブブーーーーっ。 巽:アウトだっ! 太一:ビンゴに激ニガ珈琲っ! 敏悟:聞いてないし、罰ゲームっ! 0:【終】

【モノローグ】(敏悟):血のように赤い夕暮れ。 蘭:アナタとワタシは、似ている、って聞いたから。 蘭:……仲良くしましょう、ね。 【モノローグ】(敏悟):その人の影は、何かを引き摺(ず)って伸びているかのように、黒かった。 0:タイトルコール。 蘭:『ビンゴくんの同情的憐憫(どうじょうてきれんびん)』 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):俺の名前は「神戸敏悟(かんべびんご)」。 【モノローグ】(敏悟):両親を事故で亡くし、紆余曲折(うよきょくせつ)の果て、母の旧友である美人小説家(未亡人)の元に身を寄せ、戸惑いながらもウハウハドッキドキの同居生活を送る、どこにでも居る普通の高校生さっ。 【モノローグ】(敏悟):……等と、説明臭い戯言(たわごと)は置いといて。 敏悟:あーーーー……。 敏悟:……暑っつ……。 【モノローグ】(敏悟):「普通」だの「変」だのを、くっきり2つに区別するナンセンスを、高2ともなれば自覚しつつも。 【モノローグ】(敏悟):果たして実際、自分は、どうなんだろうか。 【モノローグ】(敏悟):名前と境遇は置いといて、他に……、 【モノローグ】(敏悟):人が特別誇り、或いは卑下する類(たぐい)の変さはあるのか? 【モノローグ】(敏悟):時として無責任な他人が、「中身」とでも、呼ぶような。 【モノローグ】(敏悟):蝉が煩く鳴き、夏の盛りを間近に控えた夕暮れのホームにて。 【モノローグ】(敏悟):すっかり癖付いた詮無き思索に耽(ふけ)っていると、 【モノローグ】(敏悟):半ズボンを履いた、紅顔(こうがん)の悪魔が現れた。 太一:……あァ。嫌なモノ見ちゃった。 太一:人生に疲れ切った高校生の背中。 敏悟:……太一じゃん。おかえり。 【モノローグ】(敏悟):「戸賀太一(とがたいち)」。 【モノローグ】(敏悟):家主たる「戸賀梨子(とがなしこ)」さんの、息子。ちなみに養子であり、 【モノローグ】(敏悟):整った小作りの顔に、恐るべきこまっしゃくれた舌を生やした、鬼もそこ退(の)く小学5年生である。 太一:魂は肉体の3倍早く老いるって言うけど。ますます、年を取るのが怖くなるね。 敏悟:……天才子役みたいなコト言って。 敏悟:今から塾? 太一:そー。今日2発目。 太一:言ってたように夜は、 敏悟:お呼ばれするんだよな、六段(ろくだん)さんトコ。 太一:……うん。 太一:遂に包囲された気分だけど、さ。 敏悟:だいぶ、変わった子、だよな。太一も大概だけど。 太一:珍しく同意見だね。ただ僕なんか遠く及ばないよ、彼女の人生設計の早さには。 敏悟:耳年増、っていうかなんていうか……、 太一:夕食を頂いたら早急に退避しないと。何らかの既成事実を作られたら堪んない。 敏悟:わかって言ってんの? ソレ……。 敏悟:結婚、したいんだっけ、本気で。 太一:……彼女の言う「本気」が、どこまでの物かは知らないけど。 太一:少なくとも眼は真剣(マジ)ってヤツ。 敏悟:……お気を付けて。 太一:ビンゴこそ。 太一:人の心配してる暇があったら、精々追試を一回で済ませられるようにさ、 香澄:(遮り)あぁー。赤点ビンゴくんだぁ。 【モノローグ】(敏悟):家族モドキの寄る辺なき会話を、薄く、細い、三日月のような笑みが遮った。 香澄:(歩み寄りつつ) 香澄:油売っててイイのかなぁ。 敏悟:……図書室閉まったから。家着くまで、気分転換。 【モノローグ】(敏悟):「入矢香澄(いりやかすみ)」。隣のクラスの女子。 【モノローグ】(敏悟):ニヤついた、常に嘲るような気色(きしょく)を湛えつつ、赤点や補習等には縁遠い、如才(じょさい)なき同級生。 【モノローグ】(敏悟):そして、何より、 太一:「変な女子」、だ。 太一:ビンゴが言ってた。 香澄:(ニヤ、と笑み) 香澄:……へぇ? 敏悟:コラコラぁ、太一クン。 敏悟:何ヲ馬鹿ナ、ソンナノヒトコトダッテ俺ハ、 香澄:言ってるんだぁ、そーいう風に。ふぅん……。 太一:よくね。 太一:何かと絡んで来て、アレはきっと俺に気があるんだ、とか何とか、 敏悟:(思わず大声で突っ込み) 敏悟:純然たる嘘はヤメろよっ!!! 0:人も疎らなホームで、それでも視線が集まり。 香澄:……ヤメてよ大声。見てるじゃん、人。 太一:常識まで前の家に忘れて来たの? 人としても赤点だね。 敏悟:(周囲を気にしつつ) 敏悟:あ、いや、 香澄:ウクク。無視して他人のフリしよっかぁ。 香澄:ね、「T君」。 太一:……エッセイの読者か、母さんの。 太一:名案だね。 敏悟:いや、あの、 香澄:(無視して) 香澄:ホントにエッセイのまんまの話し方なんだぁ。何だか不思議。 太一:母さんの本、どれが好き? 香澄:ええっとねぇ、 敏悟:おーい、 香澄:(無視して) 香澄:全作網羅は出来て無いんだけど、取り敢えずデビュー作は何回も読んだよ。 太一:「天の庭の球技」ね。僕も面白いと思う。 敏悟:ちょっと、 香澄:(無視して) 香澄:後の作品のエッセンスが詰まっててね。作者のデビューの、処女作にはさぁ、 太一:その作家の生涯の全てがあらかじめ、って言うよね。ただ母さんの場合は後もかなり、 香澄:挑戦的な作家だよねぇ、アプローチが毎回違うし、 敏悟:あのォー……、 太一:(無視して) 太一:視座っていうか、切り口を幾つも使い分けられるのが優れた作家の資質な訳だけど、そりゃぁ伊達に恩行(おんぎょう)大学文学部を、 香澄:出てないよねぇ。「筆の力とは知の力」、って、後書きにもよく、 太一:母さんの師匠の言葉だね。 太一:「土屋毬子(つちやまりこ)」さん、お正月に毎年来るよ。 香澄:ソレ本当ぉっ!? 香澄:えっ、凄い……っ、……、 香澄:何とか、同席、叶わないかな……、 香澄:ねっ、ビンゴくん、 0:ばっ、と、敏悟に振り向き。 敏悟:……散々無視しといて。 敏悟:そーいう時にだけ……、 太一:ちなみにビンゴは、一冊でも読めたの? 母さんの作品。 敏悟:いやあの……、 敏悟:さっ、最新のあの、黄色い表紙のヤツはこないだ、 香澄:アレ、児童向けの絵本でしょぉ。内容は良かったけど。 敏悟:……絵も、良かったケド。 【モノローグ】(敏悟):結構胸に刺さったけどな……。 【モノローグ】(敏悟):おれにはひらがなぐらいが、ちょうどいいのかな。 【モノローグ】(敏悟):等と、意味もなく卑屈になっていると、 【モノローグ】(敏悟):転轍機が鈍く軋(きし)り、踏切の警報が、電車の到着を告げる。 太一:さて、来た。 太一:……お先に。お姉さん。 香澄:ばいばぁい。 香澄:妙な勘違いされない言動を心がけるねぇ。 敏悟:してないって。 太一:ビンゴも。ちょっとは真面目に生きなよ。 【モノローグ】(敏悟):……スゴい事を言われた。小学生に。 【モノローグ】(敏悟):鋭目のボディブローを残し、諧謔(かいぎゃく)児童は車窓へと去り。 【モノローグ】(敏悟):ホームには、俺と、変な女が残された。 香澄:綺麗な子だねぇ。 香澄:エッセイの、文章のイメージ通り。流石の筆致(ひっち)。 敏悟:……本、好きなんだな。 香澄:程々に、ね。 香澄:……小さい頃から。 敏悟:へえ……、 香澄:物語を読んで。 香澄:ココじゃないドコカへ、心を逃していなければ……、 香澄:とっくの昔に、壊れてたと思うから。 敏悟:……、ふーん。 【モノローグ】(敏悟):細い月の笑みが、形をそのままに、冬の氷のように凍て付いた、気がした。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):ニヤけた同級生は、お兄さんと共に暮らすマンションがあるという、「裃口(かみしもぐち)」の駅で降りて行き。 【モノローグ】(敏悟):俺は3駅、鈍行に揺られ。 【モノローグ】(敏悟):戸賀梨子邸より徒歩10分、ターコイズのタイルも趣深(おもむきぶか)し、「機ノ辻(はたのつじ)」駅で降車した。 【モノローグ】(敏悟):紫の炭酸飲料片手に、俗に言う閑静な住宅街をトボトボと歩いていると。 【モノローグ】(敏悟):暮れかかる黄昏の闇に溶け、 【モノローグ】(敏悟):電柱の陰に、幽鬼の如き人影が。 【モノローグ】(敏悟):俺とて人の子。有り体に言うならば、 敏悟:(乱れた息を整えつつ) 敏悟:っ……、マジでクソほどビビりましたって……っ、はぁっ、はぁっ……っ、 蘭:……何がそんなに? 蘭:ただ、ビンゴくんまだかなあ、って、待ってたダケなのに、な。 敏悟:いやあの、もっと普通に……、 【モノローグ】(敏悟):「尾上蘭(おがみらん)」さん、28歳。 【モノローグ】(敏悟):年齢は先日聞いたんだけれども。 【モノローグ】(敏悟):梨子さんが言うところの「要注意近隣住民」、トップ3の一角。 【モノローグ】(敏悟):住宅地の外れ、広い角地の、何とも怪しげな洋館に一人で暮らす、魔女の如き女性。 【モノローグ】(敏悟):気分に依らず憂いを帯びた美貌や、季節を問わず纏う黒尽くめの衣服など、特筆すべき箇所は多々あるが。 【モノローグ】(敏悟):目下、俺に取ってのこの人は、 敏悟:「片付けられない女」発動ですか、また。 蘭:……正、解。 蘭:今日のワタシは片付けられない女。 敏悟:いつもでしょ。知ってる限り。 蘭:コーヒードリッパーが見つからない、の……。 蘭:フィルターは出てきたんだけど。 敏悟:……ちなみに、フィルターはドコから? 蘭:玄関。 敏悟:一体何をどうしたらソコへ……。 敏悟:あー、と、ドリッパーは確か、冷蔵庫の横の棚の、下の引き戸か、 蘭:口で言っても無駄だよ。2回ぐらい地殻変動が起こってるから。 蘭:敏悟くんは取り敢えず、うちへ来るしか無いと思う、な。 敏悟:(頭を抱え) 敏悟:……夕飯が……。 【モノローグ】(敏悟):普段なら、「ちょっとだけ遅くなります」、との旨を梨子さんにメールするところだが、今日はイイとして。 【モノローグ】(敏悟):いざや向かうは、黒い魔女の館。 【モノローグ】(敏悟):ていうか……、 【モノローグ】(敏悟):ゴミ屋敷。 【モノローグ】(敏悟):絶望的なまでに整頓の才能に恵まれぬ反面、潔癖の気もある為か、生ゴミ・生活ゴミの類だけはどうにか代謝されてはいるものの。 【モノローグ】(敏悟):古く厳(いかめ)しく、豪奢(ごうしゃ)な玄関を一歩入るとソコは、 敏悟:うおお……。 敏悟:前にも増してモノの迷宮……っ。 蘭:どう、ぞ。狭い家だけど。 敏悟:いや、広いんですよ、元はメチャクチャ。 敏悟:……何で玄関先の廊下にルームランナーが来てるんですか……。 蘭:私の部屋だとやっぱり手狭になったから……。 蘭:頑張って動かした、の。 【モノローグ】(敏悟):……で。そのルームランナーのあったスペースには、 敏悟:ええ……?? 【モノローグ】(敏悟):以前片付けた際には、奥の間の書斎の更に奥、本棚の隣にあった筈の、アンティークのレコードプレイヤーが。 敏悟:……何でよ。 敏悟:夜中に足でも生えて一人でに移動したんですか……。 蘭:怖いこと言わないで。 敏悟:怖いのはコッチですって。 蘭:ドリッパー、見つけてくれてありがとう。 蘭:お詫びに珈琲を淹れてあげるから、レコードを一曲いかが? 敏悟:……聞きたかったんですか? 自分の部屋で。 敏悟:それでワザワザ? 蘭:お義父さんの趣味。 蘭:いいモノだよ、電子音声とはやっぱり違う……。 蘭:……珈琲は? 敏悟:……、 敏悟:頂いたら、帰りますから。 【モノローグ】(敏悟):結局、古い洋楽がうっそりと流れる中、蘭さんの徒然話(つれづればなし)に付き合って。 【モノローグ】(敏悟):珈琲は、2杯。 【モノローグ】(敏悟):……ちなみにドリッパーは風呂場の隣、勝手口の戸棚から出て来た。 【モノローグ】(敏悟):ポルターガイストでも取り憑いてるんじゃないか。 【モノローグ】(敏悟):しかし実際……、ちょっと洒落にならないんだな、コレが。 0:【間】 香澄:……へぇーぇ。ビンゴくんってホントに未亡人が好きなんだねぇ。センサーでも付いてるの? 【モノローグ】(敏悟):翌日、放課後。家庭科室。 敏悟:……部活動中だぜ。関係ナイ話は慎めよ。 香澄:調理台の上で追試の勉強してるヒトがナニか言ってまぁす。 巽:構わねェさ、構わねェぜ。俺はナニしてくれても。 巽:ただ俺の平穏を、奪わないでさえくれたらよォ。 【モノローグ】(敏悟):家庭科室の隅に持ち込んだ折り畳みチェアで悠々、雑誌を読むこの男は「串野巽(くしのたつみ)」。 【モノローグ】(敏悟):俺の所属する、製菓料理部の部長を務める男。 【モノローグ】(敏悟):ちなみに、副部長は俺である。 敏悟:料理とお菓子作りだけはやらないのな、結局。 巽:やってくれても構わんぜ、神戸がやりてェなら。ニンニク系は勘弁だがな。 敏悟:……いいよ。おかしいだろ俺だけ作ってたら。 香澄:食べる役でなら助っ人、来てあげてもいいケドぉ。 巽:俺もヤブサカではねェぜ。 【モノローグ】(敏悟):「ねェぜ」じゃねェぜ。 敏悟:……調理器具揃ったらな。 敏悟:部長は何をやってんだよ。 巽:俺は何もしねェ。ただ其処(そこ)に、居るだけの男だ。 敏悟:ついてナイからな、カッコ。 香澄:どーしてナニもしないの? 串野くん。 巽:んン? 【モノローグ】(敏悟):足を組み換え、無駄にニヒルに身を起こす。 【モノローグ】(敏悟):ちなみに入矢と串野は、同じクラスである。 巽:……俺ァよォ。 巽:見ての通り中学じゃ、ちィとバカシ荒れちまっててよォ。 敏悟:浮いてたのは判るけど。 巽:そんトキ世話ンなった教師によォ、言われたんだよ。 香澄:何て? 巽:「自分の価値を上げたきゃ、まず自分から、価値のある行動を取らなきゃ」、とよォ。 敏悟:尤(もっと)もじゃん。普通だけど。 香澄:私は嫌いだな。ドヤ顔でそーいう事言う教師。 巽:俺もよ。言い様(ざま)と、何よりその、同情するみてェな、カワイソーなモンを見るみてェなカオに、キレちまってよ。 巽:茶ァひっくり返して指導室飛び出してからコッチ。 巽:納得行くまで、あの女の言葉に逆らって生きてやると決めたんだ、俺ァ。 敏悟:そのココロは? 巽:価値のある、面白ェモンが向こうから転がり込んで来るまでよ……、 巽:俺ァ、自分からは何もしねェ。 【モノローグ】(敏悟):最大級のドヤ顔で言い放ちやがった。 【モノローグ】(敏悟):……同情、ね。する方だけはイイ気分、と。 【モノローグ】(敏悟):ま、幽霊部長の奇天烈な人生哲学は、ここらで置いといて。 香澄:でもそっかぁ。『コッペリア』の美人な店員さん。 香澄:お家、中はそんななんだぁ……。 敏悟:知ってんの?? 敏悟:週一かちょっとだけ、働いてるとは聞いたけど……、 香澄:レトロブームに乗って、一昨年(おととし)ぐらいに出来たんだけど。結構人気あるんだよ。 巽:喫茶店だろ、「奥伝森(おうでんもり)」の駅前の。テレビか何かにも出たらしいなァ。 香澄:私も、たまぁに行くけど。何回か珈琲出して貰ったよ。 香澄:無口だけど、手付きが素敵。 敏悟:……確かに珈琲は美味かった。店の豆使ってるって言ってたし。 香澄:……ていうかでも、ホントにずっと1人で住んでるの? 巽:ンな広い屋敷にか? 敏悟:……んーー。 敏悟:これは……、近所じゃ全員知ってる事なんだけど、 香澄:ビンゴくんが天涯孤独の可哀想な子って話ぐらいには、デショ。 敏悟:……ま、系統としちゃ似てるかな。 敏悟:あの人……、早目に結婚して、その屋敷に嫁いで来たらしいんだけど、 香澄:うん、うん。それで、旦那さんを亡くして、 敏悟:……それからスグに、相次いで……、 敏悟:屋敷に住んでる親族全員、亡くなったんだって。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):……等と、意味深に引きを作ってみたものの。 【モノローグ】(敏悟):呪怨だの、保険金だのの剣呑なアレでは無く。 【モノローグ】(敏悟):結婚の時点で、夫の両親は高齢、且つどちらも持病を患っており。 【モノローグ】(敏悟):そして夫は、生まれ付いての虚弱・病弱だった。 【モノローグ】(敏悟):それだけの話だ、と当の未亡人は、新品のシーツみたいに読めない表情で言うけれど。 【モノローグ】(敏悟):さて。 太一:……ふぅん。一途にも母さんに操(みさお)を立ててるのかと思えば。 太一:隠れてそんな事をやってるの。 【モノローグ】(敏悟):帰宅し、太一との二人の食卓。梨子さんの執筆中にはよくある光景であるし。 【モノローグ】(敏悟):今は何せ、新作の為の取材旅行中につき、家主は不在なのである。 【モノローグ】(敏悟):今日のメニューは、ばら寿司。 太一:抜け目の無いイヤラシさだなぁ。 太一:流石は下半身魔神。間男(まおとこ)永世名人級。 敏悟:増やすの止めて、アダ名……。 太一:あ、紅ショウガいっぱい乗せて良いっ? 敏悟:良いけどお腹壊さない量で。 敏悟:ていうかさ、 太一:何? 敏悟:(妙に真摯に)梨子さんも尾上さんも、現状独身なんだから間男ではないだろ。 太一:目ェ剥いて言うこと? ソレ。下心認めてるじゃん。 敏悟:いや、いや……。 【モノローグ】(敏悟):一般論、いっぱんろんでヤンスよ、へっへへへ……。 【モノローグ】(敏悟):あとショウガ乗せすぎ。後で胃薬飲まそ……。 太一:それで今度の休みに、本格的な整理整頓って? 敏悟:ん、まあ……。 敏悟:前回から結構間が空いたから、必需品だけ発掘に。あと大まかな配置と、 太一:細かい物なら買えば良いのに、その都度。 太一:遺産もあれば、土地や不動産だって丸ごと、 敏悟:それやると無限に増えるからさ、モノが。 太一:掃除や整頓なんか、業者でも呼べば、 敏悟:何か……、知らない他人を入れるのがあんまり、っていう……、 敏悟:基本的に物を大事にしたい性分らしいし。 敏悟:本人も散らかしたい訳じゃ、 太一:随分親身になってるね。 太一:ご褒美は何なワケ? 敏悟:…………、 敏悟:美味しい、珈琲だよ。 太一:子供騙しも大概にしてよね。 【モノローグ】(敏悟):ですよねー。はい。 太一:何にせよ。ご近所付き合いの域を越えてるなぁ。 太一:我が家の諸々に支障のない範囲でね。 敏悟:わかってるよ。 敏悟:何より、俺には追試が、 太一:諦めたのかと思った。 太一:頑張ってよね、海、楽しみにしてるんだから。 敏悟:いや別に俺抜きで行ってもらって全然……。 敏悟:……太一の方は? 太一:なに? 敏悟:昨日のお呼ばれ。恙(つつが)無くイケたワケ。 太一:……、直截的なナニかは、特段。 太一:彼女がどんどん薄着になって行く事を除いては。 敏悟:小5にナニを求めてんだろーね。 太一:彼女も小5だけどね。 太一:…………、 太一:あのさ、 敏悟:ん? あ、ショウガはコレ以上、 太一:違うよ。 太一:尾上さん家(ち)の整頓、土曜日だっけ。 敏悟:そーだけど。 太一:……僕も同行してお手伝いするのは、都合が悪い? 敏悟:……問題、は無いだろうけど。 敏悟:どういう……、 太一:風の吹き回しかは、割愛するけど。 太一:…………彼女が家に来たがってる。 敏悟:え、 敏悟:……六段さん? 太一:目下、僕が「彼女」と言えばそうなるね。 敏悟:普通に断れば? 親も居ないし、って、 太一:何となくだけど。 太一:母さんの不在を彼女に知られたくない。 敏悟:珍しくビビってるじゃん。 太一:というより……。 太一:侮れない、と思ってるだけだよ。「六段葦乃(ろくだんあしの)」という女の本気(マジ)を。 【モノローグ】(敏悟):小さな悪魔がこうも慄(おのの)くとは……、末が恐ろし過ぎる女児である。 【モノローグ】(敏悟):まあ、何はさて。ご町内とはいえ、旅は道連れ。 敏悟:旨い珈琲、淹れて貰えるよ。 太一:……生憎だけど。 太一:僕は紅茶派なんでね。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):翌日。部室にて入矢を師と仰ぎ、小馬鹿にされつつも数学の手解きを受けた後、切り良く解散。 【モノローグ】(敏悟):帰宅の途上、浮かび上がるは黒い女の影。 【モノローグ】(敏悟):……遠回り、すれば良かった。 蘭:おかえり。敏悟くん。 敏悟:何でいつも逆光を背負ってるんですか……。 蘭:さあ……? 帰り道の方角の問題だと思うけど、な。 蘭:疲れてる……? 敏悟くん。 敏悟:えーと、質問の意図が、 蘭:爪切り、 蘭:って……、 敏悟:あー、と……、 敏悟:前は確か、リビングの黒の棚に戻した気が……、 蘭:崩れちゃった。 敏悟:流石に新しく買います? 日用品系、 蘭:駄目、なの。 蘭:あれが、いい。 敏悟:……、 蘭:お義母(かあ)さんが、良いよ、って、奨めてくれたもの、だから。 蘭:まだ壊れてない、から……。 敏悟:……、 蘭:ごめん、ね。 蘭:やっぱり、大丈夫。 敏悟:ちょっと、寄ります。 敏悟:……珈琲は、今日は結構。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):ガレージにあった。 【モノローグ】(敏悟):どこで爪を切ってるんだよ……。 蘭:ありがとう。明日、出勤の日だから……。 敏悟:いえ……。 敏悟:他に、必要なモノがあればついでに掘り出しますけど、 蘭:ううん。自分で探して出てくる事もあるから。 敏悟:じゃ……、本格的なのは土曜に。 敏悟:……あ、あの、 蘭:なに? 敏悟:増員を連れて来ても、良いですか。 敏悟:梨子さんの、息子さんなんですけど、 蘭:太一くん……? 蘭:勿論良い、よ。 敏悟:言いふらす子じゃ無いと思うんで、 蘭:ありがとう。 蘭:……とっくにご近所中、知ってると思うけど、ね。 敏悟:……、さあ。 【モノローグ】(敏悟):ホントに。噂ってヤツは。 【モノローグ】(敏悟):ドコをどう巡って、千里を走るんでしょうか、ね。 【モノローグ】(敏悟):重量級のレコードや、ぶっ倒れたコート掛け、その他をぼんやりと眺めながら、 【モノローグ】(敏悟):ふと、 敏悟:……増員、もうちょい増えてもイイですか。 蘭:ああ……、実質男手1人だもん、ね。 敏悟:多分、その方が早いんで。 敏悟:来るとしても、近所の人間ではないので、 蘭:近くても、平気。 蘭:「恥ずかしい」、って、最近、どんどんわからなくなってきてるから……。 蘭:自分の身嗜みさえ大丈夫なら、良いかな、って。 敏悟:……、ソレすら、興味が無くなって来たら。 敏悟:ホントにヤバいって、聞きますね。 蘭:だから……、『コッペリア』で働き始めたの。 蘭:……ねえ、敏悟くん、 敏悟:はい? 蘭:どうしてこんなに、やさしくしてくれるの? 敏悟:……、……、 【モノローグ】(敏悟):そりゃあ。 【モノローグ】(敏悟):そりゃあ、もちろん。 【モノローグ】(敏悟):みんな大嫌いで、大好きな……、 【モノローグ】(敏悟):同情とか。憐れみ、とか。 【モノローグ】(敏悟):そういう、ヤツでヤンスよ。 0:【間】 蘭:わあ……。いらっしゃい。 太一:おじゃましまぁす。 香澄:まぁす。ウクク。 【モノローグ】(敏悟):2日飛んで、土曜日。 【モノローグ】(敏悟):蝉は鳴き、太陽はいよいよシャカリキではあったけれど。 【モノローグ】(敏悟):不思議と風のある日だった。 蘭:皆さん、ありがとう。 蘭:家中……、エアコンだけ、付けといた。 敏悟:どうも。大所帯ですみません。 巽:神戸よォ。この俺もいくら無頼を気取ってたって、イザとなりゃァ何だかんだで男を見せると思ってんだろ? なァ? 香澄:違うの? 巽:(ニヒルかつクールに決め) 巽:俺は自分から来たとしても、何もしない男だぜ。 敏悟:最早何でだよ。意味がわからねェよ。 太一:僕こういう年上嫌いだなぁ。日本はコイツらの代で終わりだね。 香澄:ウクク……、面白ぉい。 香澄:私以外全員変。 【モノローグ】(敏悟):頼りになるのか、ならないのか微妙極まるメンツを引き連れて。 【モノローグ】(敏悟):まずはこれまた美味なアイス珈琲を頂いてから、早々と作業にかかる。 【モノローグ】(敏悟):太一が半分残した珈琲も俺が片付けたので、少々、水っ腹である。 太一:まずはさぁ、全体像の把握じゃないの。 香澄:最終的な形を決めてからかかりたいよね。 香澄:大まかな間取り図を作って、尾上さんに希望の配置を書き込んで貰ったら。 太一:紙とペンを持って各自散らばって、エリア毎に掌握していく、だね。 敏悟:ダンジョン攻略そのものじゃん……。しかも難易度キツ目の昔のゲームの。 【モノローグ】(敏悟):案外と適任だったらしい。少なくとも太一と入矢の2名は。 【モノローグ】(敏悟):一方。別に全然イイんだけども、「片付けられない女」と、「何もしない男」は。 巽:いやァ、お構いなく。俺ァ邪魔だけはしねェんで。 蘭:ワタシも、同じだから……。 蘭:しりとり、する? 巽:おォ? へへっ、受けて立ちますぜ。 【モノローグ】(敏悟):アッチはアッチで案外と嵌ってるようではあるけど……。 【モノローグ】(敏悟):まあ、イイや。 0:【間】 太一:ビンゴーーーっ! 太一:ちょっとコレ、僕と香澄さんでは無理っ! 敏悟:あいよーーーっ、今行くーーっ。 【モノローグ】(敏悟):整理と、整頓。 香澄:まず大物を置いちゃってから細かいトコ、かな。 香澄:あっ、モノの上にモノを載せちゃ駄目っ。 【モノローグ】(敏悟):運搬と、配置。 敏悟:ようやく床をイケるな……。まずもって箒やら拭くヤツやら、 香澄:お風呂場のロッカーにあったよ。 太一:掃除用具は一旦こっちにまとめるのがイイんじゃない。あと、ゴミ袋。 敏悟:動いてると暑いな、やっぱ……、 【モノローグ】(敏悟):分類と、まとめ作業。 蘭:「燕尾服」。 巽:く、く……、「クリスマス」。 蘭:「隙間」。 巽:ま? ……、抹茶プリ、おっと危ねェ、「抹茶パフェ」っ。 蘭:「フェスティバル」。 巽:「(ご自由に)」っ。 蘭:「(ご自由に)」。 巽:うぐォっ、……「(ご自由に)」っ! 【モノローグ】(敏悟):しりとりと、 【モノローグ】(敏悟):ってオイっ! 【モノローグ】(敏悟):やってらんねェっ。我々も休憩、休憩っ。 香澄:はぁ。ちょっとソコのローソン行って来まぁーす。 太一:あっ、僕もっ。ソルティライチっ。 香澄:クフ。アイス買ってあげようかぁ。 太一:ビンゴに請求してね、ちゃんと。 【モノローグ】(敏悟):何やら太一は、入矢に懐いたようだけど。通ずるモノでもあったのかね。 【モノローグ】(敏悟):……俺も適度に涼み、休憩しつつ。 【モノローグ】(敏悟):生活周りの細かいモノの、分類などに取り掛かった。 巽:……よォく働くねェ、しかし。 蘭:こうして座って見てるのが申し訳なくなる、ね。 巽:人情、ってモンすねェ。 巽:ソコをグっ、と堪(こら)えて。「敢えて」何もしねェ、ってのが、今の俺の流儀なんすがね。 蘭:かっこいいと、思う。 巽:おっ、そーすか? へへっ……。 【モノローグ】(敏悟):何を粋に笑ってんだ。 【モノローグ】(敏悟):高校生を甘やかさないでください、この国の将来の為に……。 【モノローグ】(敏悟):作業の精神衛生上良くないので、暫く無視した。 巽:(整いつつある屋内を見渡しつつ) 巽:……しかし。さっきからアッチ行ったりコッチ運んだりしてるのを見てると、色んなモンがありますね、この家。 蘭:ホントに……、結婚のご挨拶で、初めて来た時はびっくりした。 蘭:さっきまでソコにあった、古いレコードの機械は……、義理のお父さん、夫の父の趣味。 巽:へェ……。 蘭:よく書斎で聞かせてくれて、ね。 蘭:今でもよく聞くような曲も、原曲は凄く古いものもあるんだよ、って。 蘭:それからガラスの壺、アソコにあった、でしょ? さっきまで。 巽:神戸がプルプルしながら運んでたヤツすね。 蘭:アレはお義母さんの。ガラスの調度品、壷とか、お皿とかが趣味で。 蘭:1つ1つ、光の閉じ込め方が違うから、置く場所も1つ1つ、考えるんだって。窓の近くが良いのか、敢えて、暗い所か。 巽:はァーっ。高尚っつーか、なんつーか……、 蘭:私も、最初は全然、知らないモノたちだったけれど。 蘭:でも、その人の「好き」が伝わってくれば、わかるもの。 巽:……そりゃ、そうっすね。 巽:ソコはわかる。 蘭:……聞いたかも、しれないけど。 蘭:この家、私の他はもう皆、亡くなってしまっていて……、 巽:ええ、ま、ちょっと小耳に……、 蘭:写真が、ね、あるの。 蘭:……、よいしょ、 巽:あ、イケるすか、 蘭:コレだけは、皆のモノに紛れちゃわないように、枕元に置いてあるんだけど、 巽:みんなの、もの。 巽:……、 蘭:(見せつつ)コレ……、 巽:お、どーも。 巽:……はァーっ。いかにも、って感じの……、 蘭:結婚してスグだから……、 蘭:6年、ううん7年前、かな。 蘭:こっち側の、眼鏡のまあるい人が、お義父さん。 巽:おー。貫禄あるっすね。 蘭:昔から、大橋巨泉、っていう人に似てるって言われる、って。ワタシは世代が違うけど、 巽:昔のタレントっすね。 蘭:調べたら、似てた。フフ。 蘭:でもお父さんの方が、福耳。 巽:ホントだ、耳たぶ。 蘭:こっちがお義母さん。この時はもう闘病中だから、かなり、痩せてるけど。 蘭:ダイエットの手間が省けた、って、いつも、冗談を言ってて、 巽:言われる方はちょい困るヤツっすね。 巽:でもま、根っから明るそうな、 蘭:うん……。とっても。 蘭:娘がもう1人欲しかったの、って。凄く、良くしてくれて。 巽:へェー……。 巽:てことは、この女の人は、 蘭:倫也(ともや)さん、あ、主人の……、妹さん。 蘭:結婚の少し前に、ちょっと、事情があって、この家に戻って来てて、 巽:離婚とかすか? 巽:あ、すんません、 蘭:ううん。そう、なの。 蘭:この子も冗談好きで、ちょっと皮肉屋な所もあるけど……、 蘭:あ、そう、今日来てくれてる、入矢さん? 彼女にちょっと、雰囲気が……、 巽:あーー。まあ、そっすね、ドコとなく。微妙にイジワルっぽいトコとか、 0:唐突に声が差し込まれ。 香澄:誰が意地悪ぅ? 巽:(驚き)うおっ。 巽:……早ェな、帰るの。 香澄:すぐソコだもん。 香澄:……写真、見てたの? 蘭:フ、フ。 蘭:お手伝いもせず、ね。 蘭:この、女の人が、アナタに似てる、って。 香澄:(覗き込み) 香澄:……、私、こんなに綺麗じゃない、です。 太一:(横からひょこりと顔を出し) 太一:世間的には同じぐらいのレベルじゃないの。大概の男は ま、喜ぶ類(たぐい)の。 巽:さっきからこまっしゃくれたガキだなァ、おい。 太一:アンタこそ。その昔の不良ドラマみたいな喋り方、ドコで習ったの? 巽:やるかァ、オうっ。 巽:しりとりで勝負すっかァ? 太一:僕、強いよ。ひと山いくらの小学生とは語彙力が違うから。 巽:世も末だぜ小学生がヒトヤマいくらで売られてたらよォ。 太一:孤児院なんて今もそんなモンだけど。 香澄:あっちでやってね、うるさいから。 香澄:(写真へと目を戻し) 香澄:この、隣に立ってる方が、その……、 蘭:うん。主人、ね。 蘭:フフ、今にも死にそうでしょう? 蘭:でもソレは出会った時からで、この時期は発作も少なかったし、とても……、 香澄:すぐに、亡くなられる、とは? 蘭:…………。ええ。 香澄:すみません。 蘭:ううん。でも周りの全員、油断をしてて。 蘭:本人だけは……、きっと薄っすら、悟っていたのかも、しれないけど、ね。 香澄:……死期を。 蘭:ええ……。 蘭:結婚式も、ハネムーンも。 蘭:きっと、命を削っていたのに、違いない、けど。 蘭:でも……、我慢して、見せないようにしてくれる気持ちが、嬉しかったから。 香澄:…………、 蘭:そういう風に考えたら……、 蘭:やっぱり、ワタシのせいで、死んじゃったのかも、ね。フフ。 香澄:…………。 【モノローグ】(敏悟):問題。音というものは、何の性質を持っている事で、空気や個体の間を伝って、離れた場所まで届くのでしょうか? 【モノローグ】(敏悟):答え。「波」。 【モノローグ】(敏悟):ハイ正解、神戸敏悟くん追試満点ーーーん。 【モノローグ】(敏悟):……ふぅ。 【モノローグ】(敏悟):……まあ、だから。 【モノローグ】(敏悟):聞く気など無くても、同じ空間に居れば、話し声は、聞こえて来るのであって。 【モノローグ】(敏悟):……コイツらの、コレも然り。 巽:「レトルトカレー」っ。 太一:「レ・ミゼラブル」。 巽:ンだそりゃァっ? 太一:有名なミュージカルだよ。ホラ、「る」。 巽:る……、る、「ルマンド」っ。 太一:ブルボンのお菓子じゃん。 太一:「(ご自由に)」。 巽:「(ご自由に)」っ。 【モノローグ】(敏悟):当たり前かもだけど太一、強いな……。 【モノローグ】(敏悟):……何だかすっかり、休憩明けに作業再開、という雰囲気でも無くなってしまった。 【モノローグ】(敏悟):日暮れにはまだ少しあるが、太陽も頂点を過ぎ、軽い風がいよいよ心地良さそうな時刻。 【モノローグ】(敏悟):……さて。 敏悟:(歩み出つつ、全員に) 敏悟:なんかさ……、取り敢えず配置はもう完了で、道具類も纏めてもらったからさ。 敏悟:今日はもう、解散で。 香澄:あ……、そう? 太一:後はゴミ出しと、細かいモノの分類? 敏悟:うん。収集は明後日だし、必需品の分類は俺が出来るから、 太一:あとはしっぽりやりたいから邪魔者は帰れって? 流石は下半身魔神、情欲ブルドーザービンゴ。 香澄:魔神なの? ブルドーザーなのぉ? 蘭:ま……。お姉さん困っちゃう、な。 巽:ある意味「男」だぜ、神戸……っ。 【モノローグ】(敏悟):四人で好き勝手言いやがって。 【モノローグ】(敏悟):もー突っ込む気力も無いわ。 敏悟:だいぶ動いて貰ったからさ……。 敏悟:1人を除いて。 巽:コレも信念 故(ゆえ)よ。悪ィなっ。 太一:本気っぽいからタチが悪いよね。 敏悟:尾上さん、明日って、ご用事ありますか? 蘭:ううん……、無い、よ。 蘭:家でする事って、本当に、無いの。 敏悟:俺も追試の勉強あるんで、今日はもう帰ります。明日……、出来たら3時か、それぐらいに、 蘭:うん……、イイ、けど、2日間も、 敏悟:ここまで来たら、乗りかかった船なんで。 太一:僕は、馬鹿な友達と約束があるから。 巽:俺ァ親父のバカと予定がよ。 敏悟:勿論。ていうか今日はホントに、 蘭:ありがとう、皆さん……。 【モノローグ】(敏悟):元の広さをどうにか取り戻した廊下を抜け、一同玄関へ。 【モノローグ】(敏悟):まだ隅の辺りが雑然としてはいるが、残りは明日の俺、任せた。 【モノローグ】(敏悟):串野と太一は先に玄関を潜(くぐ)る。 【モノローグ】(敏悟):蘭さんに見送られつつ、靴を履いていると、 香澄:明日……、さ。私、来れるよ。 敏悟:ん? 香澄:誰かと違って追試も無いし、ねぇ。 敏悟:……、あー、そう? 香澄:お邪魔なら控えるけどぉ。ブルドーザー先生? 敏悟:ハハハ、イヤぁ、アリガタイナぁ。 蘭:いいの……? そんな。 香澄:面白そうなモノ、いっぱいあったから。整った状態で見たいし。 香澄:……あわよくば美味しい珈琲も、なんて。 蘭:フ、フ……。いくらでも。 蘭:じゃあ特別に……、美味しいタルトも出してあげる。職場でも焼いてる、の。 香澄:私……、『コッペリア』で、何度か珈琲、頂いてるんですよ。 蘭:……ま。 【モノローグ】(敏悟):ともあれそういう事になった。 【モノローグ】(敏悟):串野と入矢を駅まで送り、夕食の買い物を済ませんが為、商店街へと歩く。 【モノローグ】(敏悟):高校生と、小学生。歩幅を合わせつつ。 太一:今日なに? 敏悟:んー……。何食べたい? 太一:夏だからって冷製のモノが続いてるから、温かいのがイイな。 敏悟:パスタは? 敏悟:冷凍アサリあるから。夏野菜とアサリのパスタ。 太一:悪くないね。 【モノローグ】(敏悟):差し迫った事がある時ほど料理に凝り出すのは、俺の悪癖であるらしい。 【モノローグ】(敏悟):今であれば憎き追試。 【モノローグ】(敏悟):もしくは、明日の……、 敏悟:……どーだった? 尾上さん家(ち)。 太一:どう、って? 敏悟:上がったのは初めてなんだっけ。 太一:近隣一帯、行った事のある人のが珍しいんじゃない。 太一:そうね……、気味の悪い家だった。 敏悟:どの辺。 太一:ビンゴはよく知ってるだろ。 太一:廊下や、あの人の生活空間は散らかってるのに、死んだ家族たちの暮らしてた部屋はそっくりそのまま。 太一:まるで、まだ生きてる家族のそれぞれの部屋から……、 太一:興味のある物だけを借りてきては、自分の周りに並べているような。 敏悟:…………、 太一:レコードを聞きたけりゃ、書斎に行けば良いのに、ワザワザ。 太一:奇妙な礼儀とでも言うか……。 太一:死人と暮らしてでも、いる気なのかな。 敏悟:辛口、だな。 太一:あんまり好きなタイプの大人じゃ無いんだ。母さんも露骨に避けてるし。 敏悟:梨子さんが? 何で……、 太一:知らないけど。 太一:同情、してるからじゃないの。 敏悟:……、それは、 太一:ビンゴと僕が、孤児(みなしご)仲間であるように。 太一:母さんとあの人は、寡婦(かふ)仲間だから。 敏悟:「寡婦」……、ね。小5の口から。 太一:「後家(ごけ)」か「未亡人」の方がグっと来る? 年上大好き寄生昆虫としては。 敏悟:あんまりクリティカルなアダ名はヤメろよ。立ち直れなくなるから。 太一:……、同情ってのは諸刃の剣(つるぎ)だからね。 太一:思いをかければ、その分だけ自分も、 敏悟:生傷を晒す、って? 太一:気を付けなよ、ビンゴも。 太一:僕らは同情されこそすれ。 太一:する方に回ったって、良い事1つも無いんだから。 敏悟:…………。 敏悟:流石は、梨子さんの事、よく見てるよな。 太一:なりたくてなった息子だからね。 太一:それで言うならさァ、 敏悟:ん? 太一:ビンゴは誰の、何なワケ? 敏悟:……、……、 【モノローグ】(敏悟):さあね。 【モノローグ】(敏悟):……何でもない、空っぽの人、じゃないの。 【モノローグ】(敏悟):パスタのように中空の気持ちに引き換え、アサリの出汁は上手く野菜に絡み。 【モノローグ】(敏悟):珍しく。上出来であった。 0:【間】 香澄:ごちそうさま。 香澄:タルト……、本当にとっても、美味しかったです。 蘭:フ、フ。こちらこそ……。 【モノローグ】(敏悟):翌日、日没直後。 【モノローグ】(敏悟):その日の作業は緩やかかつ、スムーズに進み。 【モノローグ】(敏悟):タルトは非常に、美味であった。 蘭:ごめん、ね……。学生さんの、大事なお休みを、 敏悟:どの道もうじき、夏休みなんで。 香澄:余裕ぅ。もう受かったつもりなワケ? 追試。 敏悟:……イケるだろ。オカゲサマで。 香澄:クフ。 蘭:フフ。本当に、香澄ちゃん、……美紀子(みきこ)ちゃんに、よく似てる。 蘭:笑う時、ちょっとだけ眉が寄る所も。 香澄:…………。 香澄:壷とか、旦那さんの絵画とか……。 香澄:色々と、見せて頂いて。ありがとうございます。 蘭:うん。ワタシ以外の人に、鑑賞してもらうのは本当に久しぶりだから……。 蘭:皆も、喜ぶんじゃないかな。 敏悟:……、 香澄:珈琲や、お菓子作りも、 蘭:うん。元々は美紀子ちゃんの趣味。 蘭:ほんの短い間だったけど、よく一緒に、何かを作って、珈琲を飲んだの。 香澄:…………。 香澄:義妹(いもうと)さんは、その、最後は……、 蘭:自殺。 香澄:……っ、 【モノローグ】(敏悟):俺は、知っていた。 【モノローグ】(敏悟):ソレがこの家に、人が寄り付かない理由でもある。 蘭:嫁ぎ先で何があったかは、最後まで、聞く機会が無かったけれど。 蘭:傷付いて帰って来て……、すぐにお兄さん、倫也(ともや)さんが亡くなって。 蘭:糸が切れたようにお母さん、後を追うように、お父さんを亡くして。 蘭:心が空っぽのまま……、生きる意味を、見つけられなかったんだと思う、な。 香澄:…………、 蘭:嫌な話でごめん、ね。 香澄:いえ。 蘭:1月ほど……、二人で暮らした、けど。 蘭:最後に、シナモンパイを二人で作って、食べている時に。 蘭:「自分はもう、駄目かもしれない、けど、 蘭:……義姉(ねえ)さんは、死ぬ理由が出来るまでは、生きたら良いんじゃない」、って。 蘭:そんな時まで皮肉が効いてて、思わず笑っちゃった、の。フ、フ。 香澄:…………。 蘭:でもね、お菓子への拘りだけは萎えていなくて。 蘭:その時も1回焼き直したし、コレには珈琲じゃなくて紅茶だったね、って2人で。フ、フフフ……。 【モノローグ】(敏悟):昨日の事を語るように笑うその顔は。 【モノローグ】(敏悟):どうしてか夕陽の下で見たいつの時よりも、美しかった。 香澄:……、その、後、 蘭:1週間も経たず。部屋で、血を流して。 蘭:ワタシが、もっと見ていられたら、何か……、 蘭:…………、 蘭:ううん。きっと、変わらなかったと、思う。 香澄:……そして、誰もいなくなった。 蘭:アガサ・クリスティ、ね。 蘭:フフ、周りでは本当に、そんな風に噂、されてるみたいだけど。 蘭:土地も遺産も、ほとんど余さず受け継いだんだから、当然だけど、ね。 敏悟:……下衆な噂好きはドコにでも、 蘭:いい、の。 蘭:私は、私の無実と、皆の、濁りの無い死を、知っているから。 敏悟:…………、 蘭:敏悟くんは、悲しい? 0:沈黙。 敏悟:……、……。 敏悟:ウチの場合は事故だし。 敏悟:噂も。皆飽きたら、それまで、ですから。 蘭:うん。 蘭:私は……、この家で生きていた人たちに、最後まで何も、してあげられなかったけれど。 敏悟:そんな、ことは、 蘭:わからない、ね。もう聞く事は、出来ないから。 敏悟:……、……。 蘭:死んだ人の声を聞く事は、出来ない。 蘭:少なくとも、ワタシは信じて、いない。 敏悟:そりゃ……、 敏悟:そう、ですよね。 敏悟:……、 蘭:でも、ワタシは。 蘭:皆が好きだったものや、話してくれた事。 蘭:彼が、なんにも無いワタシを、命を賭けて愛してくれた事を……、覚えているから。 香澄:おぼえ、て。 蘭:彼の絵を見る度に。 蘭:古いレコードに針を落とす度に。 蘭:ガラスの器に光を入れる度に。 蘭:珈琲を、飲む度に。 蘭:思い出は寂しいけれど、私を、温めてくれる。 敏悟:…………。 蘭:私、本当にとっても、愛していたの。 蘭:この家で確かに生きていた、この人たちを。 【モノローグ】(敏悟):在りし日の、家族の肖像を眺め。 【モノローグ】(敏悟):闇に溶かすように、言う。 【モノローグ】(敏悟):……飲み干した珈琲は、微かに苦すぎた気がした。 【モノローグ】(敏悟):俺のような、コドモには。 香澄:……このお屋敷は、尾上さんの……、 香澄:棺(ひつぎ)という訳では、無いんですね。 蘭:蘭でいいわ。 蘭:フ、フ……。そう、ね。 蘭:もしかして、心配だった? 香澄:いえ……。 香澄:興味があっただけ、です。 蘭:ワタシにはまだ、死ぬ理由が無いから、ね。 【モノローグ】(敏悟):……では。 【モノローグ】(敏悟):では、そうである、ならば。 敏悟:記憶、は。 敏悟:……、思い出や、話してもらった事は、蘭さんの中に、あったとして……、 蘭:うん。 敏悟:じゃあ……、その、……蘭さん、自身が、話したい事、とか。 敏悟:もっと……、聞いてほしかった事、とかは……、 蘭:ああ……、 蘭:それなら、 【モノローグ】(敏悟):自分でも。 【モノローグ】(敏悟):何を思ってこんな質問を、したものだか。 【モノローグ】(敏悟):だが黒い寡婦(かふ)は、絹(きぬ)のように笑った。 蘭:生きてる人に、聞いてもらうの。 蘭:……珈琲のおかわりはいかが? 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):夜の、帰路。何処かから、虫の声。 香澄:流石に涼しいね。 敏悟:……な。マシ、だよな。 0:何とはなしの、沈黙。 香澄:また散らかるのかな、お家。 敏悟:ま……、2週間は持つんじゃないか。 香澄:珈琲目当てに、また片付けに行こうかなぁ。 敏悟:……いいんじゃないの。 香澄:…………変なヒト。すっごく。 敏悟:近所でも評判の、ね。 香澄:でも凄く、綺麗な人。 敏悟:…………。 敏悟:そう、だな。 香澄:思い出は、温めてくれるらしいよ? 敏悟:……、……。 香澄:私は生きてようが、死んでようが。 香澄:家族にいい思い出なんて、無いけど。 香澄:勿論お兄ちゃん以外は、ね。 敏悟:…………。 香澄:ビンゴくんはどう? 敏悟:……、忘れた。 香澄:なんかさ。 香澄:気にしない方がイイよ。あの人とビンゴくんは、タイプが違うと思うから。 敏悟:……ソレ言う為にワザワザ今日? 香澄:どうかなぁ。 香澄:……でもさ。 香澄:シンパシーって、ツマンナイよね。 【モノローグ】(敏悟):好き勝手、言いやがって。 【モノローグ】(敏悟):思い出や、自分の中身の量なんて。 【モノローグ】(敏悟):自分では、わからない。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):1日空け、放課後。 【モノローグ】(敏悟):いよいよ追試は目前。家庭科室は俺の最後の砦と化していた。 【モノローグ】(敏悟):部屋の隅には、相変わらず、何もしない男。 巽:ほォーん。思い出、ねェ……。 敏悟:要は……、別に無理して忘れなくても、みたいなさ、 巽:一般化しなくてイイんじゃねェの。あの美人さんの感性だろ。 敏悟:……そうだけど。 巽:俺もお袋死んでっから、判る気ィするがよ。 巽:……金持ちんトコ嫁いで、死んじまったとはいえハイソな趣味に付き合って。 巽:上等な人生じゃねェの。 敏悟:……言い種(ぐさ)、 巽:悪い意味で言ってンじゃねェ。 巽:あの姉ちゃんの眼は、生きてる人間の眼だった。寧ろ……、 巽:俺の、この信念を、証明するみてェじゃねェか、なァ? 敏悟:……、は……? 【モノローグ】(敏悟):今回は本当に、意味がわからん。 巽:自分が変わらなくても。 巽:別に何にも、スゲェ事やってのけてなくてもよ。 巽:腐らず生きてりゃそんだけで、面白ェ話も、価値のあるナンかしらも。 巽:転がり込んで来る時ゃ、来るんだ、ってよ。 敏悟:…………。 敏悟:ひでェコジツケを、 巽:だからよ、神戸。 【モノローグ】(敏悟):クールに、ニヒルに。いつもの如く。 巽:俺も、お前も。 巽:スッカラカンなんかじゃァ、ねェんだぜ。 敏悟:…………。 敏悟:何だよ、ソレ。 【モノローグ】(敏悟):言い様(ざま)だけはカッコいいんだから。 【モノローグ】(敏悟):しかしそこに、同情の苦味は、不思議と無かった。 0:【間】 【モノローグ】(敏悟):家までの帰路。 【モノローグ】(敏悟):空はいよいよ赤染まり、全ての影を濃く、長くする。 【モノローグ】(敏悟):黄昏に佇(たたず)む小さな影は、鬼か、悪魔か。 【モノローグ】(敏悟):見慣れた、俺が洗濯している半ズボン。 【モノローグ】(敏悟):紅顔(こうがん)の小悪魔。もしくは。 【モノローグ】(敏悟):俺の、何でもない、人。 太一:……ビンゴ。おかえり。 敏悟:お……。今日って、 太一:塾は休みだよ。いつもそうじゃん。 敏悟:……だっけ。 太一:しっかりしてよ。明日には母さんも帰って来るんだから。ボケた顔、見せないでよね。 敏悟:ん……。気ィ付ける。 太一:それよりさ。 敏悟:ん? 太一:こないだのアサリのパスタ。 太一:また作ってよ。 敏悟:あー、アレ……、 太一:美味しかったから。 敏悟:…………、 太一:ナニ? そのアホ面。 敏悟:いや……。 敏悟:美味しい、って、初めて言ったな、って。 太一:そう? 僕、味に嘘はつかないんだけど。 敏悟:…………。 敏悟:梨子さんが帰って来たら、な。 太一:えー。今日がイイっ。 敏悟:今日はばら寿司。 太一:またぁ? 赤ダシつけてよねっ、 【モノローグ】(敏悟):大小の濃い影が、夕暮れにもつれて跡を引く。 【モノローグ】(敏悟):同情しようが、されようが。 【モノローグ】(敏悟):影は、生きる者の足元にしか差さない。 0:暗転。 : 0:【間】 : 0:一同、横並び。 巽:ああー、と、カーテンコール! 巽:今回はしりとりのコーナー、だとよォ。 巽:最初は『どうじょう』の「う」だ。 太一:「う」ね。「(ご自由に)」。 香澄:うーん、「(ご自由に)」。 蘭:フ、フ。「(末尾は「れ」で。)」 敏悟:「れ」っ!? 敏悟:おー、あー、っと、 敏悟:れ、「憐憫(れんびん)」っ! 敏悟:……あ、 太一:ブブーーーーっ。 巽:アウトだっ! 太一:ビンゴに激ニガ珈琲っ! 敏悟:聞いてないし、罰ゲームっ! 0:【終】