台本概要
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タイトル | ボクのシアワセ |
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作者名 | 安財由希子 (@yukiko_anzi) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 1人用台本(不問1) |
時間 | 10 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
ワンコのボク視点での一人語りです。以前ボイコネで投稿していたものと同じ内容です。 それぞれ好きな犬種になりきって演じていただければと思います。 ご連絡は基本不要ですが、演じてくださったものをぜひ聴きたいのでこっそりでもご報告いただけるとトリプルアクセルでうかがいます。 宜しくお願いいたします。 309 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ボク | 不問 | 135 | 飼い犬。穏やかな性格。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
ボク:夢を見た。
ボク:ボクらは一つのテーブルを囲み、色鮮やかな料理を前に、他愛ない会話に声を弾ませる。
ボク:こんがり焼いたサクサクトーストの香り。バターがとろけたまろやかな香り。肉汁溢れ出すジューシーな香り。ミカンフルーツの清涼な香り。挽き立てコーヒーの香ばしい香り。
ボク:いつもは口にできない魅惑的な料理を存分に頬張り、満面の笑みを浮かべる。いくら食べても、食べ飽きない。
ボク:そんなに食べて大丈夫?と心配する声は愛情に溢れた優しい声。
ボク:「食べるのが大好きなんだ」とボクが主張すると、満面の笑みが返ってくる。
ボク:言葉を交わし、笑い合い、食卓を囲んで、同じ味を共有し合う。当たり前に広がる光景にボクはこう思うんだ。
ボク:あぁ、なんてしあわせなんだろう───と。
ボク:幸せを噛み締め、胸を熱くし、目の奥から出るはずのない涙が溢れてくる。この時間がずっと続いてほしいと、すがる気持ちが強くなれば強くなるほど意識が遠のいていく。
ボク:いやだ、もっとここにいたい、もっと二人と話がしたい───!
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0:(一拍置く)
:
ボク:ふわふわとまどろむ意識の中、ジリリリリと耳を裂くような音が響き、ボクは思わず跳ね起きた。
ボク:ボクを挟んで寝ていたご主人と、ご主人の恋人、ノエルが、むにゃむにゃとうわ言を言い合って掛け布団の取り合いをし始める。
ボク:暖が足りないと言わんばかりにご主人がモフモフしたボクの体を抱き寄せると、ずるい!と言ってノエルもボクに手を伸ばす。
ボク:大きくて長くて筋肉質な腕がボクの体を引き寄せ、その隙間からそれよりも少し細くてしなやかな腕が入り込み、ボクらは広いフカフカのベッドの上でお団子のようにくっついた。
ボク:ボクを抱きしめる腕は優しく、温かく、愛しさに溢れていて、しあわせな気持ちに包まれながら再びボクは瞼を閉じた。
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0:(場面転換)
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ボク:何の変哲もない朝食風景。
ボク:大好きなご主人とノエルがテーブルを挟んだ対面で楽しそうに会話をしている。
ボク:それを横目に、ボクはボク専用のお皿に用意されたご飯をあっという間にカラにした。
ボク:ボクのご飯はご主人のこだわりのものらしい。
ボク:ボクの体のことを考えて、馴染みのお医者さんのお墨付きってやつを食べさせてくれている。
ボク:そのおかげなのか、ボクの体はとても元気だ。
ボク:元気すぎてご主人には食いしん坊だなぁってよく笑われるけど、そういうところも大好きだよって、やわらかいほっぺを寄せて抱きしめてくれる。
ボク:欲求が抑えられなくてこっそり人間の食べ物を食べてしまったことも、ちょっとだけあるけれど、一度息ができなくなって心配させてしまったから、最近は我慢するようになったんだ。
ボク:ご飯を食べ終わると、ご主人がタオルを持って、ボクの顔を上に向かせる。
ボク:ボクは口の周りも毛がモッサリだから、どうしても色々くっついてしまう。
ボク:でもご主人は、いつも面倒臭がらずニコニコしながらボクの口から首のあたりまでを丁寧に拭いてくれるんだ。
ボク:こうやって細かなところを気遣ってくれるのも、ご主人のことが大好きな理由の一つだ。
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0:(場面転換)
:
ボク:朝食後の散歩から帰れば、すぐに二人がオシゴトに行く時間になる。
ボク:ボクに軽いハグをしながら「お留守番よろしくね」と言うと、ご主人はノエルの肩に腕を回して扉の向こうに消えていった。
ボク:それまで賑やかだった空間は途端に静寂に包まれる。
ボク:ボクはリビングの隅の、おひさまの光が差し込むとっておきの場所で、体を丸めて目を閉じた。
ボク:誰もいなくなった空間には、記憶の中にいる大好きな二人の姿が自然と再生され、ボクの退屈を紛らわせた。
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0:(場面転換)(回想)
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ボク:ボクは小さい頃からご主人と過ごす時間がとても好きだった。
ボク:ご主人はいつもボクを優しく、愛情たっぷりに抱きしめてくれる。
ボク:そして、毎日語りかけてくれて、思いっきり遊んでくれて、耳心地の良い声で名前を呼んでくれる。
ボク:ボクがご主人の言葉を理解できるようになってくると、更に喜んでくれるご主人の声に気分が高揚した。
ボク:ご主人にとってボクは唯一無二のパートナーになっていたと思う。
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0:(一拍置く)
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ボク:ボクの体が近所の友人たちの中で一番大きくなった頃、ボクはふしぎなことに気付いた。
ボク:大好きなご主人の言葉とは別に、心のにおいが嗅ぎ分けられるようになっていたんだ。
ボク:それはボクだけの能力なのか、ボクと同じように友人達にも同じ能力があるのかはわからない。
ボク:花の匂いやご飯の匂いのような直接的なものとは違う、もっと鼻の奥の奥の場所で感じる、感覚的なにおい。
ボク:ご主人だけじゃなく、散歩中にすれ違った人間の漠然とした人柄や、時には強い感情もボクには感じ取ることができるようになっていた。
ボク:この能力は、ボクがご主人のパートナーとして存在していくためにとても役立ち、さらにボクらの絆は強くなっていくこととなった。
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0:(場面転換)(まだ回想中)
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ボク:ある時、ご主人がひどく思い悩んでいるのに気づいて、ボクはボクが考えられるいろいろな方法で必死にご主人を励ましていた。
ボク:心を込めて顔を舐めたり、おなかに乗って甘えてみたり、肩に前足をかけてじゃれてみたり、ご主人の帰りをジャンプで全力で喜んでみたり、寄り添って寝てみたり、話しかけてくれる言葉に必死に答えようと声を出したり、とにかくご主人が喜びそうなことを必死に考えて試してみた。
ボク:その一瞬は確かに笑ってくれた。
ボク:温かい声でボクの名前を呼んでくれた。
ボク:でも、ボクに流れてくる感情のにおいは全く変わらなかった。
ボク:ボクには決定的に足りないものがあったんだ。
ボク:いくらご主人の心を感じることができても、ボクには【言葉】がない。
ボク:ご主人の感情が流れてきて、こんなにも胸が苦しいのに、元気がなくなっていくご主人のそばにボクは寄り添うことしかできない。
ボク:正直落ち込んだ。
ボク:悲しかった。
ボク:悔しかった。
ボク:何がパートナーだ。
ボク:ボクじゃ駄目だ。
ボク:誰か気づいて!誰か助けて!ってずっとボクは叫んでた。
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0:(一拍置く)
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ボク:そんなある日、いつものようにご主人の帰りを全力でお出迎えしたら、ご主人の後ろからもう一人、知らない人間が顔を出した。
ボク:その瞬間、ボクの体の中で風船がパンッと弾けたような衝撃が走って、胸の奥が熱く疼いた。
ボク:あぁ、ご主人に必要なのはこの人だ───って、すぐにわかった。
ボク:その人の名前はノエルといった。
ボク:ノエルを彩るキラキラと澄んだ、キレイなにおいに、ボクの心は一瞬で惹きつけられた。
ボク:ボクは考えるよりも先に喜びが先走って、思わずノエルに飛びついていた。
ボク:「来てくれてありがとう!ボクはキミを待ってたよ!」と大歓迎のシルシにノエルの顔をいっぱい舐めると、ノエルはくしゃくしゃの笑顔で受け止めてくれた。
ボク:ご主人は、優しいにおいに溢れたノエルと過ごす中で、どんどん元気になって、前みたいにたくさん笑いかけてくれるようになった。
ボク:ボクは本当に嬉しくて嬉しくて、ノエルに会うたびにありがとうをたくさん伝えたんだ。
ボク:ご主人と同じくらい、ノエルのことが大好きになった一番の理由はそこにある。
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0:(一拍置く)
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ボク:それからしばらくして、ノエルは大きなカバンを持って、これからもよろしくねと挨拶をして、ボクらと一緒に住むことになった。
ボク:もちろん大歓迎だよって抱きついたら、くすぐったいよ~って褒めてくれたから、嬉しくて大サービスしちゃった。
ボク:ノエルと出会ってから、ご主人はボクにかまってくれる時間が少し減ったけど、変わらず大切にしてくれるし、不思議と寂しさは感じない。
ボク:むしろ、ご主人とノエルがくっついている空間に身を置いていると、穏やかなにおいに包まれて、とても心地よく感じているんだ。
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0:(場面転換)(現実)
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ボク:空がオレンジ色と夜の色に混ざり合う頃。
ボク:ご主人とノエルは一緒に帰ってきて、思わずよだれがしたたる程魅力的な香りのする人間の食べ物を作り始める。
ボク:ボクは、ご飯を催促するように、ボク専用のお皿の端を踏んで、離して、踏んで、離してを繰り返し、音を鳴らす。
ボク:それを見たご主人とノエルが顔を見合わせて、ぷっと吹き出した。
ボク:ノエルが手際よくテーブルにご飯を並べていきながら、「すぐできるから、もうちょっと待っててね」とボクに微笑みかける。
ボク:二人のご飯が揃ったタイミングで、ご主人がボクのお皿にご飯を盛ってくれた。
ボク:ご飯を前に手を合わせる二人。
ボク:その時間はボクにとっては「ステイ」の時間。
ボク:オーケー、とご主人から合図が出たら、待ちに待ったご飯の時間!
ボク:ボクのご飯の味はいつもと変わらないけれど、ご主人たちのご飯の香りがまるでベールのようになってボクのご飯を彩ってくれるから、そんなに気にならない。
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0:(一拍置く)
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ボク:ご主人とノエルが軽やかに会話して、笑顔が鮮やかに色を付ける夕食のひととき。
ボク:この空間にいるシアワセをどう表現したらいいのかわからない。
ボク:ボクのしっぽは無意識にゆらゆらと左右に揺れる。
ボク:ボクは、昔のボクに伝えてあげたい。
ボク:大好きな人が増えて、ボクはもぉぉっとシアワセになるんだって。
ボク:温かい雰囲気の中で食べるご飯は、ボクの味覚に虹色の魔法をかけてくれたみたいだ。
ボク:ボクはご飯を食べ終わると、窓際のいつもの定位置に体を丸めて、ゆったりと二人を眺める。
ボク:二人は会話を弾ませ、まるでボクの存在を忘れているみたいだ。
ボク:「ねぇ、ノエル…」とご主人が突然甘い空気をまとって、ノエルの隣に腰掛ける。
ボク:距離を詰められたノエルは目を大きくして、視線だけで返事をした。
ボク:ご主人の顔がゆっくりとノエルに近づき、鼻先がくっつきそうになる。
ボク:その瞬間、ノエルがボクに視線を向けて、ご主人の口元を両手でふさいだ。
ボク:でもご主人はそれすらも楽しそうに目を細めて、ノエルの両手を絡めとると、ノエルの甘やかな声ごと溶け合った。
ボク:ボクのことは気にしないで?と、ボクは視線をそらして、前脚にストンと頭を乗せて目を閉じた。
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0:(一拍置く)
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ボク:夜も深まってきた頃、「そろそろ寝ようか」とご主人がノエルを部屋に呼んだ。
ボク:ボクもノエルの後ろからついて行くと、扉の前でご主人がボクの目線に合わせて屈んだ。
ボク:すると、ボクの口に人差し指を当てて、まるで内緒話をするように小さな声で「ごめんね。今日はリビングでいいかい?」と言う。
ボク:ご主人のガラス玉のような瞳がボクをまっすぐ見つめる。
ボク:透き通ったその瞳がボクの心に強い意志を伝えてくるようだった。
ボク:ボクとご主人の間で通用する言葉は限られている。
ボク:そのほかの言葉は、口調や流れてくるにおいで感じ取るしかできない。
ボク:優しい口調で尋ねられた言葉。
ボク:けれど、それは尋ねられているんじゃない。命令されてるんだと察した。
ボク:くぅん、と鼻を鳴らして一つ返事をすると、ご主人は「いい子だね」とボクのおでこにキスをする。
ボク:扉を閉めてしまう寸前に「明日お気に入りのおやつを買ってきてあげるよ」と言われてしまえば、食いしん坊なボクはそのおやつの味の記憶で頭がいっぱいになった。
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0:(一拍置く)
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ボク:閉められた扉の隙間から、二人の甘やかな心のにおいが漂う。
ボク:ノエルが来るまでは、ご主人の隣がボクの定位置だったけれど、ノエルが代わりに隣に居てくれるなら、悪い気なんてしない。
ボク:ボクは大人しく、リビングの隅のいつものお気に入りの場所で丸くなった。
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0:(一拍置く)
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ボク:ボクは食べることが大好きだ。
ボク:脳みそがトロけるような甘い匂いや、鼻腔をくすぐる香ばしい匂い、鼻の粘膜を撫でるような濃厚な肉の匂い、思わず口を開けてしまう上品な匂い。
ボク:人間のご飯の魅惑的な匂いをお腹いっぱいに吸い込んだ後の、ご飯の時間。
ボク:一日の時間でご飯を食べる時間が最高に楽しみだ。
ボク:そして、それはご主人とノエルがつくる穏やかで温かな空気が彩る中でなら、もっと特別な時間になる。
ボク:ボクの心を満たしてくれるシアワセな時間は、二人がいてくれさえすれば絶対になくならない。
ボク:何の変哲もない、同じことの繰り返しの日々でも、そこにはボクにとっての特別なシアワセがある。
ボク:二人の柔らかなにおいに包まれて、二人のそばにいられることが、ボクの一番の喜び。
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0:(一拍置く)
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ボク:だからボクは願ってる。
ボク:ご主人とノエルがこれからもずっと一緒にいられますように───って。
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0:(場面転換)
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ボク:まぶたの向こう側から差し込む光。
ボク:カーテンの隙間から空を飛び回る鳥が、チラチラと太陽の光を遮る。
ボク:耳をすませば、人間が乗る四角い箱の息を吐く音が少しずつ増えていくのが聞こえる。
ボク:そろそろご主人たちが起きる頃だと身構えると、案の定いつものジリリリリが鼓膜を揺らした。
ボク:布が擦れる音の中から、ご主人とノエルのくぐもった声が聞こえてくる。
ボク:朝だよ、起きてよ、お腹すいたよと、ボクは扉をカシャカシャ爪で鳴らした。
ボク:ボクの耳はとってもいいから、扉の向こうでいつものようにむにゃむにゃとうわ言を言い合う二人の声が聞こえている。
ボク:いつまでたっても扉を開けてくれない二人に痺れを切らして、ボクは後ろ足に力を込めて実力行使に出た。
ボク:ボクは知ってるんだ!この扉の取手は、上から下に押せば開くってことを!
ボク:前足を引っ掛けると、扉がゆらりと動き出す。
ボク:僅かな隙間に鼻先を入れて、顔を突っ込むと、いとも簡単に扉は開いた。
ボク:一声「ワフッ」と声を上げながら床を蹴り、勢い良く飛び上がって挨拶するボクを、目を丸くして咄嗟に両手を広げたノエルと、その後ろからノエルを支えるように手を伸ばしたご主人が満面の笑みで受け止めてくれた。
ボク:おはよう!と二人に抱きしめられると、トロけるほどに嬉しくて、しっぽがブンブン動いてしまう。
ボク:ごはん!ごはん!と二人の顔を舐めると、はいはいわかったよって、くしゃくしゃの笑顔で答えてくれた。
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ボク:今日も一日が始まる。
ボク:ボクのシアワセな一日が、二人の笑顔が溢れるこの家で──────
ボク:夢を見た。
ボク:ボクらは一つのテーブルを囲み、色鮮やかな料理を前に、他愛ない会話に声を弾ませる。
ボク:こんがり焼いたサクサクトーストの香り。バターがとろけたまろやかな香り。肉汁溢れ出すジューシーな香り。ミカンフルーツの清涼な香り。挽き立てコーヒーの香ばしい香り。
ボク:いつもは口にできない魅惑的な料理を存分に頬張り、満面の笑みを浮かべる。いくら食べても、食べ飽きない。
ボク:そんなに食べて大丈夫?と心配する声は愛情に溢れた優しい声。
ボク:「食べるのが大好きなんだ」とボクが主張すると、満面の笑みが返ってくる。
ボク:言葉を交わし、笑い合い、食卓を囲んで、同じ味を共有し合う。当たり前に広がる光景にボクはこう思うんだ。
ボク:あぁ、なんてしあわせなんだろう───と。
ボク:幸せを噛み締め、胸を熱くし、目の奥から出るはずのない涙が溢れてくる。この時間がずっと続いてほしいと、すがる気持ちが強くなれば強くなるほど意識が遠のいていく。
ボク:いやだ、もっとここにいたい、もっと二人と話がしたい───!
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ボク:ふわふわとまどろむ意識の中、ジリリリリと耳を裂くような音が響き、ボクは思わず跳ね起きた。
ボク:ボクを挟んで寝ていたご主人と、ご主人の恋人、ノエルが、むにゃむにゃとうわ言を言い合って掛け布団の取り合いをし始める。
ボク:暖が足りないと言わんばかりにご主人がモフモフしたボクの体を抱き寄せると、ずるい!と言ってノエルもボクに手を伸ばす。
ボク:大きくて長くて筋肉質な腕がボクの体を引き寄せ、その隙間からそれよりも少し細くてしなやかな腕が入り込み、ボクらは広いフカフカのベッドの上でお団子のようにくっついた。
ボク:ボクを抱きしめる腕は優しく、温かく、愛しさに溢れていて、しあわせな気持ちに包まれながら再びボクは瞼を閉じた。
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ボク:何の変哲もない朝食風景。
ボク:大好きなご主人とノエルがテーブルを挟んだ対面で楽しそうに会話をしている。
ボク:それを横目に、ボクはボク専用のお皿に用意されたご飯をあっという間にカラにした。
ボク:ボクのご飯はご主人のこだわりのものらしい。
ボク:ボクの体のことを考えて、馴染みのお医者さんのお墨付きってやつを食べさせてくれている。
ボク:そのおかげなのか、ボクの体はとても元気だ。
ボク:元気すぎてご主人には食いしん坊だなぁってよく笑われるけど、そういうところも大好きだよって、やわらかいほっぺを寄せて抱きしめてくれる。
ボク:欲求が抑えられなくてこっそり人間の食べ物を食べてしまったことも、ちょっとだけあるけれど、一度息ができなくなって心配させてしまったから、最近は我慢するようになったんだ。
ボク:ご飯を食べ終わると、ご主人がタオルを持って、ボクの顔を上に向かせる。
ボク:ボクは口の周りも毛がモッサリだから、どうしても色々くっついてしまう。
ボク:でもご主人は、いつも面倒臭がらずニコニコしながらボクの口から首のあたりまでを丁寧に拭いてくれるんだ。
ボク:こうやって細かなところを気遣ってくれるのも、ご主人のことが大好きな理由の一つだ。
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0:(場面転換)
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ボク:朝食後の散歩から帰れば、すぐに二人がオシゴトに行く時間になる。
ボク:ボクに軽いハグをしながら「お留守番よろしくね」と言うと、ご主人はノエルの肩に腕を回して扉の向こうに消えていった。
ボク:それまで賑やかだった空間は途端に静寂に包まれる。
ボク:ボクはリビングの隅の、おひさまの光が差し込むとっておきの場所で、体を丸めて目を閉じた。
ボク:誰もいなくなった空間には、記憶の中にいる大好きな二人の姿が自然と再生され、ボクの退屈を紛らわせた。
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0:(場面転換)(回想)
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ボク:ボクは小さい頃からご主人と過ごす時間がとても好きだった。
ボク:ご主人はいつもボクを優しく、愛情たっぷりに抱きしめてくれる。
ボク:そして、毎日語りかけてくれて、思いっきり遊んでくれて、耳心地の良い声で名前を呼んでくれる。
ボク:ボクがご主人の言葉を理解できるようになってくると、更に喜んでくれるご主人の声に気分が高揚した。
ボク:ご主人にとってボクは唯一無二のパートナーになっていたと思う。
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ボク:ボクの体が近所の友人たちの中で一番大きくなった頃、ボクはふしぎなことに気付いた。
ボク:大好きなご主人の言葉とは別に、心のにおいが嗅ぎ分けられるようになっていたんだ。
ボク:それはボクだけの能力なのか、ボクと同じように友人達にも同じ能力があるのかはわからない。
ボク:花の匂いやご飯の匂いのような直接的なものとは違う、もっと鼻の奥の奥の場所で感じる、感覚的なにおい。
ボク:ご主人だけじゃなく、散歩中にすれ違った人間の漠然とした人柄や、時には強い感情もボクには感じ取ることができるようになっていた。
ボク:この能力は、ボクがご主人のパートナーとして存在していくためにとても役立ち、さらにボクらの絆は強くなっていくこととなった。
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ボク:ある時、ご主人がひどく思い悩んでいるのに気づいて、ボクはボクが考えられるいろいろな方法で必死にご主人を励ましていた。
ボク:心を込めて顔を舐めたり、おなかに乗って甘えてみたり、肩に前足をかけてじゃれてみたり、ご主人の帰りをジャンプで全力で喜んでみたり、寄り添って寝てみたり、話しかけてくれる言葉に必死に答えようと声を出したり、とにかくご主人が喜びそうなことを必死に考えて試してみた。
ボク:その一瞬は確かに笑ってくれた。
ボク:温かい声でボクの名前を呼んでくれた。
ボク:でも、ボクに流れてくる感情のにおいは全く変わらなかった。
ボク:ボクには決定的に足りないものがあったんだ。
ボク:いくらご主人の心を感じることができても、ボクには【言葉】がない。
ボク:ご主人の感情が流れてきて、こんなにも胸が苦しいのに、元気がなくなっていくご主人のそばにボクは寄り添うことしかできない。
ボク:正直落ち込んだ。
ボク:悲しかった。
ボク:悔しかった。
ボク:何がパートナーだ。
ボク:ボクじゃ駄目だ。
ボク:誰か気づいて!誰か助けて!ってずっとボクは叫んでた。
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ボク:そんなある日、いつものようにご主人の帰りを全力でお出迎えしたら、ご主人の後ろからもう一人、知らない人間が顔を出した。
ボク:その瞬間、ボクの体の中で風船がパンッと弾けたような衝撃が走って、胸の奥が熱く疼いた。
ボク:あぁ、ご主人に必要なのはこの人だ───って、すぐにわかった。
ボク:その人の名前はノエルといった。
ボク:ノエルを彩るキラキラと澄んだ、キレイなにおいに、ボクの心は一瞬で惹きつけられた。
ボク:ボクは考えるよりも先に喜びが先走って、思わずノエルに飛びついていた。
ボク:「来てくれてありがとう!ボクはキミを待ってたよ!」と大歓迎のシルシにノエルの顔をいっぱい舐めると、ノエルはくしゃくしゃの笑顔で受け止めてくれた。
ボク:ご主人は、優しいにおいに溢れたノエルと過ごす中で、どんどん元気になって、前みたいにたくさん笑いかけてくれるようになった。
ボク:ボクは本当に嬉しくて嬉しくて、ノエルに会うたびにありがとうをたくさん伝えたんだ。
ボク:ご主人と同じくらい、ノエルのことが大好きになった一番の理由はそこにある。
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ボク:それからしばらくして、ノエルは大きなカバンを持って、これからもよろしくねと挨拶をして、ボクらと一緒に住むことになった。
ボク:もちろん大歓迎だよって抱きついたら、くすぐったいよ~って褒めてくれたから、嬉しくて大サービスしちゃった。
ボク:ノエルと出会ってから、ご主人はボクにかまってくれる時間が少し減ったけど、変わらず大切にしてくれるし、不思議と寂しさは感じない。
ボク:むしろ、ご主人とノエルがくっついている空間に身を置いていると、穏やかなにおいに包まれて、とても心地よく感じているんだ。
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ボク:空がオレンジ色と夜の色に混ざり合う頃。
ボク:ご主人とノエルは一緒に帰ってきて、思わずよだれがしたたる程魅力的な香りのする人間の食べ物を作り始める。
ボク:ボクは、ご飯を催促するように、ボク専用のお皿の端を踏んで、離して、踏んで、離してを繰り返し、音を鳴らす。
ボク:それを見たご主人とノエルが顔を見合わせて、ぷっと吹き出した。
ボク:ノエルが手際よくテーブルにご飯を並べていきながら、「すぐできるから、もうちょっと待っててね」とボクに微笑みかける。
ボク:二人のご飯が揃ったタイミングで、ご主人がボクのお皿にご飯を盛ってくれた。
ボク:ご飯を前に手を合わせる二人。
ボク:その時間はボクにとっては「ステイ」の時間。
ボク:オーケー、とご主人から合図が出たら、待ちに待ったご飯の時間!
ボク:ボクのご飯の味はいつもと変わらないけれど、ご主人たちのご飯の香りがまるでベールのようになってボクのご飯を彩ってくれるから、そんなに気にならない。
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ボク:ご主人とノエルが軽やかに会話して、笑顔が鮮やかに色を付ける夕食のひととき。
ボク:この空間にいるシアワセをどう表現したらいいのかわからない。
ボク:ボクのしっぽは無意識にゆらゆらと左右に揺れる。
ボク:ボクは、昔のボクに伝えてあげたい。
ボク:大好きな人が増えて、ボクはもぉぉっとシアワセになるんだって。
ボク:温かい雰囲気の中で食べるご飯は、ボクの味覚に虹色の魔法をかけてくれたみたいだ。
ボク:ボクはご飯を食べ終わると、窓際のいつもの定位置に体を丸めて、ゆったりと二人を眺める。
ボク:二人は会話を弾ませ、まるでボクの存在を忘れているみたいだ。
ボク:「ねぇ、ノエル…」とご主人が突然甘い空気をまとって、ノエルの隣に腰掛ける。
ボク:距離を詰められたノエルは目を大きくして、視線だけで返事をした。
ボク:ご主人の顔がゆっくりとノエルに近づき、鼻先がくっつきそうになる。
ボク:その瞬間、ノエルがボクに視線を向けて、ご主人の口元を両手でふさいだ。
ボク:でもご主人はそれすらも楽しそうに目を細めて、ノエルの両手を絡めとると、ノエルの甘やかな声ごと溶け合った。
ボク:ボクのことは気にしないで?と、ボクは視線をそらして、前脚にストンと頭を乗せて目を閉じた。
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ボク:夜も深まってきた頃、「そろそろ寝ようか」とご主人がノエルを部屋に呼んだ。
ボク:ボクもノエルの後ろからついて行くと、扉の前でご主人がボクの目線に合わせて屈んだ。
ボク:すると、ボクの口に人差し指を当てて、まるで内緒話をするように小さな声で「ごめんね。今日はリビングでいいかい?」と言う。
ボク:ご主人のガラス玉のような瞳がボクをまっすぐ見つめる。
ボク:透き通ったその瞳がボクの心に強い意志を伝えてくるようだった。
ボク:ボクとご主人の間で通用する言葉は限られている。
ボク:そのほかの言葉は、口調や流れてくるにおいで感じ取るしかできない。
ボク:優しい口調で尋ねられた言葉。
ボク:けれど、それは尋ねられているんじゃない。命令されてるんだと察した。
ボク:くぅん、と鼻を鳴らして一つ返事をすると、ご主人は「いい子だね」とボクのおでこにキスをする。
ボク:扉を閉めてしまう寸前に「明日お気に入りのおやつを買ってきてあげるよ」と言われてしまえば、食いしん坊なボクはそのおやつの味の記憶で頭がいっぱいになった。
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ボク:閉められた扉の隙間から、二人の甘やかな心のにおいが漂う。
ボク:ノエルが来るまでは、ご主人の隣がボクの定位置だったけれど、ノエルが代わりに隣に居てくれるなら、悪い気なんてしない。
ボク:ボクは大人しく、リビングの隅のいつものお気に入りの場所で丸くなった。
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ボク:ボクは食べることが大好きだ。
ボク:脳みそがトロけるような甘い匂いや、鼻腔をくすぐる香ばしい匂い、鼻の粘膜を撫でるような濃厚な肉の匂い、思わず口を開けてしまう上品な匂い。
ボク:人間のご飯の魅惑的な匂いをお腹いっぱいに吸い込んだ後の、ご飯の時間。
ボク:一日の時間でご飯を食べる時間が最高に楽しみだ。
ボク:そして、それはご主人とノエルがつくる穏やかで温かな空気が彩る中でなら、もっと特別な時間になる。
ボク:ボクの心を満たしてくれるシアワセな時間は、二人がいてくれさえすれば絶対になくならない。
ボク:何の変哲もない、同じことの繰り返しの日々でも、そこにはボクにとっての特別なシアワセがある。
ボク:二人の柔らかなにおいに包まれて、二人のそばにいられることが、ボクの一番の喜び。
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ボク:だからボクは願ってる。
ボク:ご主人とノエルがこれからもずっと一緒にいられますように───って。
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ボク:まぶたの向こう側から差し込む光。
ボク:カーテンの隙間から空を飛び回る鳥が、チラチラと太陽の光を遮る。
ボク:耳をすませば、人間が乗る四角い箱の息を吐く音が少しずつ増えていくのが聞こえる。
ボク:そろそろご主人たちが起きる頃だと身構えると、案の定いつものジリリリリが鼓膜を揺らした。
ボク:布が擦れる音の中から、ご主人とノエルのくぐもった声が聞こえてくる。
ボク:朝だよ、起きてよ、お腹すいたよと、ボクは扉をカシャカシャ爪で鳴らした。
ボク:ボクの耳はとってもいいから、扉の向こうでいつものようにむにゃむにゃとうわ言を言い合う二人の声が聞こえている。
ボク:いつまでたっても扉を開けてくれない二人に痺れを切らして、ボクは後ろ足に力を込めて実力行使に出た。
ボク:ボクは知ってるんだ!この扉の取手は、上から下に押せば開くってことを!
ボク:前足を引っ掛けると、扉がゆらりと動き出す。
ボク:僅かな隙間に鼻先を入れて、顔を突っ込むと、いとも簡単に扉は開いた。
ボク:一声「ワフッ」と声を上げながら床を蹴り、勢い良く飛び上がって挨拶するボクを、目を丸くして咄嗟に両手を広げたノエルと、その後ろからノエルを支えるように手を伸ばしたご主人が満面の笑みで受け止めてくれた。
ボク:おはよう!と二人に抱きしめられると、トロけるほどに嬉しくて、しっぽがブンブン動いてしまう。
ボク:ごはん!ごはん!と二人の顔を舐めると、はいはいわかったよって、くしゃくしゃの笑顔で答えてくれた。
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ボク:今日も一日が始まる。
ボク:ボクのシアワセな一日が、二人の笑顔が溢れるこの家で──────