台本概要

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タイトル [鴉の雛]
作者名 瀬川こゆ  (@hiina_segawa)
ジャンル 時代劇
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 50 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 失踪した姉の代理で役目を引き継ぐ事になった見習い巫女のあびは、最年少で禰宜に就任した鴉間家の藤克に教えを習う事になる。

神の道を進み、神の意志に従う神の遣い達は、神職でありながら例外として人ならざるモノを使役する許可を得ており、あびは日々鍛錬に勤しんでいたがなかなか使役許可が下りずにいた。

ある日、鬼に眼を盗られた他の地の巫女が妙な事を言い、それを機に見習いのあびもまた人対妖の戦いに巻き込まれて行く……。

※後半、シリアス。
微ラブストーリー要素有。
時代劇風の和風ファンタジーです。

非商用時は連絡不要ですが、投げ銭機能のある配信媒体等で記録が残る場合はご一報と、概要欄等にクレジット表記をお願いします。

過度なアドリブ、改変、無許可での男女表記のあるキャラの性別変更は御遠慮ください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
あび 243 失踪した姉の代わりに、代理で神の遣いになった少女。禰宜の藤克に指示を仰いでいる修行中の巫女。 視る眼が無い為、代わりに目以外の全てでモノを視る。
藤克 239 「鴉間 藤克(からすま とうかつ)」 齢九歳で最年少の禰宜に就任した少年。 あびの所謂、師匠にあたる。 年齢に見合わない大人びた性格をしており、禰宜のくせに神嫌いな節がある。 ※↑の為、歳を取り過ぎていなければ年齢不問。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
あび:(M) あび:悔やんでも悔やんでも あび:悔やみ切れない事がある あび:それは一生の中で一番最期に あび:残して置きたいものなのだ あび:  あび:あの背中を覚えている あび:笑うのが苦手な君の後ろ姿だ あび:  あび:優しい優しい神様は あび:君にだけは残酷で あび:生まれ落ちたその瞬間から あび:君の道は茨しか生えていなかった あび:  あび:私は未だに思うのだ あび:何度も繰り返し夢を見るのだろう あび:夢に見ては思い出すのだろう あび:振り返ってぎこちなく口元を歪ませた あび:君を思って、想っては あび:私は何度も泣くしかないのだろう、と あび:  あび:年月が経ってしまえば あび:やがて君の顔も浮かばなくなる あび:  あび:そうしていつしか薄れていっても あび:君に返せなかった後悔を あび:私は抱えて生きるのだろう あび:  あび:…………言葉は嫌いだ 0:一拍。 0:藤克、あび、共に子供時代。 藤克:妖、鬼、或いは魑魅魍魎。 藤克:此の世に蔓延る数多なる人ならざるモノ達。 藤克:そう言う輩は一重に、 藤克:人の世に介入して来ては悪さを働く。 藤克:あび、ここ迄は? あび:だいじょーぶ、おぼえた。 藤克:そう。 藤克:それじゃあ、続きね。 あび:うん。 藤克:何の能力も無いただの人なんかは、 藤克:勿論、論外なんだけれど……。 藤克:割と古くから対人ならざるモノを、 藤克:相手にしている奴らは多かったりするんだ。 藤克:最近だと、例えば? あび:あやかし絵師? 藤克:当たり、よく出来たね。 藤克:彼は表立った行動をしている方だから、 藤克:僕達の中では名が通っている。 藤克:それこそ、滞りなく。 あび:とんとんはあったことあるの? 藤克:僕が?誰に? あび:あやかし絵師。 藤克:嗚呼、無いよ。 藤克:残念ながら、知っているのは名前だけ。 藤克:別にわざわざ会いたいとも思わないけれど。 あび:どうして? 藤克:僕も然(しか)り、 藤克:常日頃、妖を相手にしている奴なんか、 藤克:どうせろくな奴じゃ無いからさ。 あび:そうなの? 藤克:お前の姉なんかはそうじゃん。 藤克:所詮道具でしかない妖とお手て取り合って、 藤克:駆け落ち騒動起こしがって。 藤克:挙げ句、行方迄晦(くら)ましやがったんだからさ。 あび:……。 藤克:……ごめん、口が滑った。 藤克:お前はあの人の事が好きだったね。 あび:だいじょーぶ。 藤克:ごめんね。 あび:うん。 藤克:……さて此方側が把握している限りでは、 藤克:他にもどうやら複数人居て、 藤克:その中には審判者も紛れ込んでいるみたいなんだ。 あび:審判者ってなぁに? 藤克:死する時そいつが咎人(とがびと)かそうでないかを、 藤克:正しく判断する者の事。 藤克:尤もこれに限っては、人、妖、関係無く皆平等に、 藤克:裁かれる奴は裁かれるんだけれど。 あび:……。 藤克:だから気を付けなね、あび。 あび:なにを? 藤克:此の世よりもずぅっと、 藤克:彼の世の方が罪の基準が低いから、 藤克:下手したら僕達も審判者の前では、 藤克:咎人になるかもしれないんだ。 藤克:分かった? あび:わかった。 藤克:まだ居るけれど……。 藤克:それはまぁ、置いておこうか。 藤克:長くなりそうだしね。 あび:うん。 藤克:さて、ねぇあび? あび:なぁに?とんとん。 藤克:僕達は"なに"? あび:んと……神さまのつかい。 藤克:呼び方は? あび:男はかんなぎ、女はみこ。 藤克:それじゃあ僕は? あび:とんとんはねぎ。 藤克:そう、禰宜(ねぎ)。 藤克:それじゃあ禰宜はどんな人? あび:上しゃのおてつだいさん! 藤克:あび、"上しゃ"じゃないよね? あび:あ……ぐうじ様。 藤克:そう。 藤克:それからお手伝いでもない。 藤克:補佐って言うんだよ。 藤克:分かった? あび:わかった。 藤克:僕はこれでも禰宜(ねぎ)だから、 藤克:こうして新米巫女のあびに諸々教える役割を、 藤克:有難くも宮司様直々に受けてここに居る。 藤克:例えお前が姉の身代わりだとしても、だ。 あび:……ごめんね。 藤克:腹が立っているのはお上の連中にであって、 藤克:お前には別に怒っていないよ、あび。 藤克:やってみて分かったけれど、 藤克:そう悪くもない役割だったし。 あび:そうなの? 藤克:うん、悪くない。 藤克:僕は妖が嫌いだし、その次に人も嫌いだけれど、 藤克:……不思議とお前は嫌いじゃないんだ。 あび:あびはとんとん好き! 藤克:うん、有難う。 藤克:もう少しだけおさらいをしておこうね。 藤克:疲れていない? あび:だいじょーぶ、げんき! 藤克:そう、それじゃあ続けるね。 藤克:覡(かんなぎ)も巫女も沢山居るけれど、 藤克:僕達には唯一、 藤克:他の奴等と違って許されている事がある。 藤克:それは何? あび:あやかしを、しえきすること。 藤克:当たり、よく覚えているね。 藤克:偉い偉い。 あび:えへへ。 藤克:僕達は神の遣いだ。 藤克:飽く迄、神の御心に沿って動くだけ。 藤克:その為の手段に用いる物は、 藤克:言わば道具と言っても差し支えは無い。 あび:だから神さまじゃなくて、 あび:あやかしをつかうの? 藤克:その通りだよ。 藤克:信心深いやら何とか、 藤克:全く持ってクソ喰らえな話だけれど、 藤克:残念ながら僕達は、 藤克:腐っても神の遣いにしかなれないんだ。 あび:(M) あび:齢六つになったばかりの頃、 あび:慕っていた姉様が居なくなった。 あび:どうやら姉様は重要な任に就いていたらしく、 あび:その穴埋めとして、 あび:散々、役立たずだと罵られていた、 あび:妹の私が後釜に座る事になった。 あび:  あび:右も左も分からない幼子の、 あび:子守りを体良く押し付けられたのは、 あび:当時、齢九つと言う異例の若さで、 あび:最年少の禰宜(ねぎ)として就任したばかりの、 あび:鴉間 藤克。 あび:……君だった。 0:一拍。 0:あびが藤克の所に来てからすぐ。 0:藤克、人型の紙に向かって怒っている。 藤克:ですから! 藤克:何で僕が、んなクソ面倒な事、 藤克:引き受けなきゃいけないんですか! 藤克:あなた方もご存知でしょうが! 藤克:僕は忙しいんですよ。 藤克:あ、クソっっ?! 藤克:言うだけ言って消しやがった! あび:……ごめんなさい。 藤克:え?嗚呼、別にあなたは悪く無いですよ。 藤克:悪いのは何でもかんでも突然言ってくる、 藤克:お上の連中です。 藤克:これ、覚えておいて下さいね。 あび:うぇ……わかり、ました? 藤克:いや、今の冗談だったんですが……。 あび:そうなん、ですか? 藤克:(溜め息) 藤克:あーー!何でそんなまどろこっしくて、 藤克:慣れてもいなくて、堅苦しい。 藤克:まるで取って付けたような、 藤克:気持ち悪い話し方するんです? あび:えっと、 藤克:嗚呼分かりました。 藤克:違う、分かった。 藤克:僕が、 藤克:取って付けたような話し方だからだ。 藤克:そうでしょ? あび:わかんない、です。 あび:でもこうしてはなせって、 あび:いわれたの……あ、いわれました。 藤克:(溜め息) 藤克:僕はね、鴉間 藤克。 藤克:一応、鴉間の者ではあるけれど、 藤克:身分が高いとかそんなんじゃない。 藤克:だからそう畏まらなくていいんだよ。 あび:……。 藤克:お前の名前は? あび:……あび。 藤克:あび?あびって言うの? あび:そう、あび。 藤克:あび、ねぇ。 藤克:何の巡り合わせか知らないけれど、 藤克:僕達、地獄みたいな名前同士だね。 あび:じごく、なの? あび:わるいおなまえなの? 藤克:少なくとも僕の名には、 藤克:良い意味が込められていないのは確かだよ。 あび:(M) あび:厚ぼったい前髪で、君は片目を隠していた。 あび:光に透けるその色は、 あび:いつだって金色に輝いていた。 藤克:よくある話だよ。 藤克:妾の子なんだ、僕はさ。 藤克:相手がもっと周りに馴染む色だったらさ、 藤克:僕は鴉間に紛れ込めたかもしれないのにね。 あび:(M) あび:後で知った話では、 あび:君は右側に大きな傷を負っていて、 あび:それは君自身が、 あび:過去に付けた楔だったのだと。 あび:いつも隠していたのは、 あび:傷の酷さを誤魔化していたんじゃなくて、 あび:単に、君の右側が、 あび:青い色をしていたからだ、と。 0:十代くらいになった二人。 藤克:そんなに見たい? あび:ほんのちょっとだけ。 藤克:……やめておきな。 あび:どうして? 藤克:気持ち悪いから。 あび:そんなの見なきゃ分からないよ。 藤克:あびにわざわざ見てもらわなくたって、 藤克:気持ち悪いのを俺自身が知ってんだから、 藤克:再確認する必要無いでしょ。 あび:……そう言うの嫌だよ、とんとん。 藤克:ごめん。 藤克:でも今更お前に迄、拒絶されたらさ、 藤克:多分、立ち直れなくなるんだ。 あび:……。 藤克:分かって、あび。 あび:(M) あび:あの時の私よりも、もしかしたら、 あび:もっとずっと幼かったかもしれない君が、 あび:抉り出そうと付けた傷。 あび:どれだけ、どれだけ虚しかったのだろう。 あび:哀しくて、辛かったのだろう。 あび:きっと想像では補えもしない痛みを、 あび:君は身体にも心にも受け続けて生きてきた。 あび:  あび:今更、分かったフリも出来ないけれど。 0:庭で視る修行をしている。 藤克:ほらあび、集中して。 あび:ん〜〜。 藤克:そう、よく聞いて。 藤克:ほんの僅かな音も聞き逃さないで。 藤克:何が聞こえる? あび:……弦。 あび:弦が弾かれる音。 藤克:いいね、その調子。 藤克:次は肌で捕らえるんだ。 あび:何を? 藤克:全て。 藤克:お前は生憎と視えないから、 藤克:眼に頼るのは止めるんだ、いいね? 藤克:眼を使わない代わりに他の物で視るんだよ。 藤克:さぁ何が視える? あび:……弓。 あび:おっきい弓! 藤克:うん当たり、よく出来たね。 あび:これ、とんとんの? 藤克:そうだよ、これは僕の弓。 藤克:僕が使役しているから、あびは使えないけれど。 あび:何の妖なの? 藤克:分からない? あび:うん。 藤克:それじゃあ次だ。 藤克:この弓は、どんな弓? あび:どんな?……古い? 藤克:それから? あび:何だろう……すーってするよ。 藤克:その感覚に近い物は? あび:…………神域? あび:お社とか、祠みたいな。 あび:後は、分かんないや。 藤克:いいね、概ね合っているよ。 藤克:知らないモノを視る時は? あび:どんな些細なモノでも見逃さない事! あび:視たらどれだけ面倒でも、 あび:頭の中で一から組み立てる事! 藤克:当たり。 藤克:それから、 藤克:視るモノと視ないモノを分ける事! 藤克:全てを視ようとしない事! あび:ねぇ、とんとん。 藤克:ん? あび:結局これは何の妖なの? 藤克:嗚呼、そうだなぁ……。 藤克:強引に括って付喪神? あび:付喪神? あび:それなら神さまじゃないの? 藤克:神かもしれないけれど、 藤克:だとしても低い地位に居るよ。 藤克:妖が神になるのと同じ様に、 藤克:神が妖になる事もあるからね。 藤克:これはその類い。 あび:よく分かんない。 あび:妖は妖、神さまは神さまじゃないの? 藤克:長く存在する物にはね、あび。 藤克:時々これみたいに魂が宿る時があるんだ。 藤克:八百万の神だなんて言うけれど、 藤克:でも一々その一柱一柱に、 藤克:名前なんか付けられないだろう? あび:うん。 藤克:勿論例外はあるけれど、 藤克:神が此の世で神で在る為には条件がある。 藤克:分かる? あび:……分かんない。 藤克:第一に、名を持つ事。 藤克:次に、人に信仰される事。 藤克:つまりなるべく多くの人々に、 藤克:名を知られて敬われて奉られる事。 藤克:誰にも知られずに、 藤克:誰からの信仰心も得られない神は、 藤克:それはただの名ばかりのモノに過ぎない。 あび:そんな事無いんじゃないかなぁ。 藤克:あびはそう思う? 藤克:でも僕は九十九(つくも)なんて雑多に纏められた奴等は、 藤克:例外こそあれど、妖と同等だと思っているんだ。 あび:だからとんとんは、 あび:妖が壊れてもいいの? 藤克:……それ誰に聞いたの? あび:上さ……宮司様。 藤克:(溜め息) あび:聞いちゃいけなかった? 藤克:いいや。 藤克:あの人はあびの事、 藤克:「雛」って呼んで可愛がっているし。 藤克:対して嘘でも無いから仕様が無いよ。 あび:……そっか。 藤克:何て聞いたの? あび:「あの子はモノの扱いが酷い。 あび:今年に入ってから既に三体壊している」 藤克:それから? あび:「厄介なのは、 あび:壊れてもいいと軽く見ているのが、 あび:妖だけじゃなくて己自身もなところだ」 藤克:……それで? あび:「あの子からは習うだけ。 あび:決して倣(なら)っちゃいけないよ、雛」 藤克:……あのお節介野郎が。 あび:とんとんが壊れてもいいってどう言う事? 藤克:それは知らない方がいいんじゃない? あび:教えてくれないの? 藤克:……死んでもいいって事だよ。 あび:……。 藤克:哀しい顔しないで、あび。 藤克:時々居るんだよ、僕みたいな奴がさ。 あび:それはどうにも出来ないの? 藤克:さぁ、難しいんじゃないかなぁ。 藤克:生まれた時から持っている感覚は、 藤克:そう簡単には変えられないからなぁ……。 あび:(M) あび:幼い頃から、らしくない。 あび:大人の振る舞いを強要された君。 あび:きっと全てに否定をされてきた筈だから、 あび:私くらいは君を否定したくはなかったの。 あび:「駄目だよ」 あび:「良くないよ」 あび:生憎と私はその言葉を言える程度には、 あび:マシな生き方をしていたのだ。 あび:  あび:たかが話すだけなら簡単だ。 あび:何も思わなくたって、 あび:この口は安易に音を紡ぎ出せる。 あび:だから躊躇して、躊躇して、 あび:……それが優しさだと錯覚していたの。 0:一拍。 藤克:そう言えばあび、あれ知っていたっけ? あび:あれ? 藤克:蓮華沼(れんげぬま)の桜に住み着いて、 藤克:疫(えき)を連れて来る鬼の姫。 あび:知らない。 藤克:少しだけ教えておくね。 藤克:いい?あの手の鬼には気を付けるんだ。 あび:どうして? 藤克:鬼神だから。 藤克:前に言ったでしょ? 藤克:妖が神になる事もあるって。 あび:その、鬼の姫?がそうなの? 藤克:うん。 藤克:しかもタチが悪い事にアレは、 藤克:力が強過ぎて勝手に神格化された鬼なんだ。 藤克:勝手に人々に思われて、 藤克:本人すら知らぬ間に名を得る事になった、ね。 あび:勝手に思う……? あび:恐れ? 藤克:当たり。 藤克:昔、西の方の坊主が、 藤克:鬼の姫に魅入られて鬼化した事もあったらしいよ。 あび:人も鬼になるの? 藤克:鬼の半数は元人だよ?あび。 藤克:そりゃあ純粋な鬼も居るけれど、 藤克:妬み、僻み、恨み、苦しみ、怒り。 藤克:そんな負の感情が限界に迄達した時、 藤克:人は人をやめて、鬼や妖になる事がある。 あび:その西のお坊さん?も、 あび:負の感情に呑まれちゃったの? 藤克:萵苣(ちしゃ)。 あび:萵苣? 藤克:西の坊主が鬼になった後に、 藤克:与えられた名が、萵苣鬼(ちしゃおに)。 あび:萵苣鬼……覚えた。 藤克:まぁ彼が鬼になり果てた所以は、 藤克:負の感情では無いと思うけれどね。 あび:負の感情じゃないなら、どうして? 藤克:言っただろう?魅入られたって。 藤克:端的に言えば彼は鬼の姫を愛し、 藤克:彼女と同じモノになろうとした。 あび:愛? 藤克:そう、愛。 藤克:ただ厄介な事に萵苣鬼は、 藤克:名を持つ鬼な上に、元坊主だ。 あび:名を持つ鬼が強いのは分かるけど、 あび:元お坊さんだとどうして厄介なの? 藤克:効かないんだよねぇ。 あび:何が? 藤克:仏の教えが。 藤克:元々悟りかけていたのに、 藤克:誰かに説教されたところでな話だったみたいだよ。 あび:知ってる事は悟せない? 藤克:多分ね。 藤克:ならば神の道とか陰陽道に従うとして、 藤克:あの鬼は仏の教えを倣ってきた。 藤克:つまり土台が違う訳だ。 藤克:釈迦の膝元を目指していた奴には、 藤克:釈迦の説法こそ効いたとして、 藤克:他の道は届かない。 あび:試さないと分からないんじゃないの? 藤克:数年前に不運にも試す機会があったんだよ。 藤克:その時に巫女が一人、奴に眼を盗られた。 あび:眼を? 藤克:うん……嗚呼そうだ。 藤克:眼無しの巫女について調べておきな。 藤克:彼女は今療養中だけれど、 藤克:あびと同じ様に眼に頼らない視方をしている筈だから。 あび:分かった。 あび:それでもう少し頑張ったら、 あび:私にも妖を使役する許可が下りるかな? 藤克:焦る事は無いよ。 あび:でもまだ護りの力が足りないから、 あび:とんとんが私の分までやってるでしょ? 藤克:それで良いじゃん。 あび:私も早くとんとんみたいに、 あび:妖使役して役に立ちたいの! 藤克:充分役に立っているよ。 あび:じゃあ、私に出来る事は? 藤克:今は無い。 あび:(不満げに睨む) 藤克:ははっ。 藤克:妖を使役出来る様になったら、 藤克:多分沢山頼ると思うから、それでいい? あび:うん! 藤克:じゃあもっと色々学ばないとね。 あび:頑張る! 藤克:だからって根は詰め過ぎない事。 あび:分かった! 藤克:それからね、 藤克:基本的に俺達は護り手だから、 藤克:神の意志を護り遂行するのがお役目だ。 あび:それが神の遣いの使命でしょ? 藤克:そうだよ。 藤克:いずれはあびもお上からあれこれ、 藤克:叩き込まれるとは思うんだけれどね……。 あび:何を教わるの? 藤克:内緒。 藤克:ただその余計な事のせいで、 藤克:この先あびが自分を護れなくなった時は、 あび:うん。 藤克:味方を置いてでも逃げる事。 藤克:それが例え、誰であっても。 藤克:勿論、僕だとしても、ね? あび:え、そんなの出来ないよ。 藤克:僕だってどうしようもなくなったら、 藤克:あびの事を置いて逃げるつもりだよ? 藤克:だから約束して、分かった? あび:……。 0:間。 0:数年経った冬。 藤克:あ〜……冬は嫌だなぁ。 あび:どうして? 藤克:寒いから。 あび:あったかくすればいいんだよ。 藤克:でも寒いと痛いじゃん。 あび:暑いのだって痛いよ。 藤克:……確かに。 あび:とんとんは偶に、 あび:私よりもお馬鹿になっちゃうね。 藤克:言うねぇ。 あび:んふふ。 藤克:……誰に言われたの?それ。 あび:どれ? 藤克:お前が馬鹿だって。 あび:え……誰? 藤克:言いたくないなら別に、 あび:あ、違うの違うの! あび:沢山居るから、誰かに出来なくて。 藤克:…………はぁ??? あび:ほら、 あび:昔の私って何も知らなかったでしょう? あび:流石にいまは大きくなったし、 あび:色々とんとんが教えてくれたから、 あび:馬鹿ってそんなに言われなくなったけどさ。 藤克:知らないのは当たり前でしょ。 藤克:端から誰も教える気が無かったんだから。 あび:ね、姉ぇねも居たし! 藤克:あの人とあびは別。 藤克:単に姉妹なだけ。 藤克:どちらか選ばなくちゃいけないなら、 藤克:僕はあびが良いけどね。 あび:あ……。 藤克:ほらお前頑張り屋だし、素直だし。 藤克:泣き虫だけれどよく笑うところとか、 藤克:あと僕にだけは甘えん坊なところでしょ。 あび:えと……。 藤克:それから頬がまん丸だから、 藤克:寒くても恥ずかしくてもすぐ赤くなるんだ。 藤克:それが昔からずっと可愛……って。 あび:……。 藤克:ごめん無し! 藤克:いまの聞かなかった事にして。 あび:う、うん、分かった。 藤克:あ〜……うっかりしてたなぁ。 あび:あの、えっと、あびはね、 藤克:良いよ、言わなくて。 藤克:ちゃんと分かっているから大丈夫。 あび:でも……。 藤克:返さなきゃいけない事は言わないし、 藤克:返して欲しいとも思っていない。 あび:……。 藤克:僕が勝手なだけだから、 藤克:お前は良いんだよ、その儘で。 あび:(M) あび:悔やんでも悔やんでも あび:悔やみ切れない事がある あび:それは一生の中で一番最期に あび:残して置きたいものなのだ 0:数日後。 0:藤克、人型の紙と話している。 藤克:はい……はい。 藤克:……え?あびも連れて行くんですか? 藤克:いや、何考えてるんですか! 藤克:だってあの子は、あ、くっそっっ!! 藤克:(長い溜め息) あび:とんとん? 藤克:……あび。 あび:どうしたの?今の式? あび:上……宮司様から? 藤克:……そうだよ。 あび:何て? 藤克:(溜め息) 藤克:……眼無しの巫女の事、覚えている? あび:覚えてるよ。 あび:萵苣鬼(ちしゃおに)に眼を盗られちゃって、 あび:療養してる巫女さんでしょ? 藤克:……じゃあ眼無しの巫女の代わりに、 藤克:あの地の護りを引き受けていたモノの事は? 藤克:知っている? あび:烏天狗だっけ? あび:確か、珠木(たまき)って名の。 藤克:そう。 あび:それがどうしたの? 藤克:……その烏天狗が死んだ。 藤克:それで眼無しの巫女の隠居が決まったって。 あび:っっ?! あび:じゃあ誰があの地を護るの? 藤克:あそこはそこ迄荒れていないから、 藤克:その辺りは大丈夫だよ。 藤克:ただね……。 あび:うん。 藤克:眼無しの巫女がおかしな事を言っているんだ。 あび:何て? 藤克:「珠木が死んでからしばらくの間、 藤克:珠木の様で珠木じゃない誰かが近くに居た。 藤克:ソレは珠木と同じ声で同じ雰囲気で、 藤克:妖力迄、珠木と同じだったけれど、 藤克:どうしても違和感が拭えなかった。 藤克:ソレはまるで、 藤克:珠木に成り代わろうとしている様だった」って。 あび:偽物……? 藤克:(溜め息)当たり。 藤克:偽物だと暴かれたナニかは、 藤克:眼無しの巫女の元から去って行ったらしいよ。 藤克:だけど、問題が起きた。 あび:何が起きたの? 藤克:今、各地で死んだ筈の珠木が目撃されている。 藤克:その珠木の様な誰かは、 藤克:妖を人にけしかけて時には殺したりもしているんだと。 藤克:……既に何人も死人が出ているらしい。 あび:何の為にそんな事をしているの? 藤克:知らない。 藤克:誰も知らないから、俺達が調べなきゃいけなくてさ。 藤克:……あび。 あび:なぁに?とんとん。 藤克:今回の任にお前も加わる事になった。 あび:え? 藤克:どうしても眼に頼っている俺達だと、 藤克:正確に視る事が出来ない可能性があるから……だってさ。 あび:……頑張る。 藤克:頑張らないでよ。 あび:どうして? 藤克:お前が嫌だって言えば、 藤克:行かなくて済むかもしれないんだ。 あび:やっと役に立てるんだよ。 あび:私は行きたい。 藤克:視るだけのお前に何が出来るんだよ。 あび:っっ?! 藤克:殺されかけたら? 藤克:ただ黙って視てる事しか出来ないだろうが。 藤克:妖を使役する許可すら持っていないのに、 藤克:お前はまだ全然足りない役立たずなんだよ。 あび:…………とんとんもそう、思ってたの? 藤克:あ……。 あび:言わないだけで、 藤克:違う!違うんだ、あび。 藤克:ごめん僕が悪かった、ごめん……。 あび:……何にも成れないのは苦しいんだよ、とんとん。 藤克:分かってる。 藤克:でも危ないんだよ、本当に。 あび:誰にも頼られないのだって苦しいんだよ、とんとん。 藤克:分かってるよ。 藤克:でも嫌な予感がするんだ、頼むから。 あび:とんとんには分からないよ! あび:生まれた時から優秀で最年少で禰宜にもなって、 あび:いつも必要とされてるから忙しい。 あび:そんな人が! あび:……役立たずの気持ちなんか分からないよ。 藤克:…………ごめん。 藤克:でも、行かないで。 あび:やだ、上さんに行くって言って来るもん。 藤克:…………くそっっ。 あび:(M) あび:やっと君と同じ場所に立てる。 あび:その第一歩が今なんだ。 あび:そう考えていた私は、 あび:君に意地を張り続けた。 あび:  あび:妖を相手にする事が、 あび:ましてや得体の知れない妖と対峙する事が、 あび:どれだけ危ないのかも、 あび:知らなかったくせに。 0:一拍。 藤克:……あび。 あび:……何? あび:帰れって言っても無駄だからね。 あび:帰るつもり無いから。 藤克:分かってる。 藤克:何があっても前には来ないでって、 藤克:言いに来ただけ。 あび:私が視るだけしか出来ないから? 藤克:違う、危ない目にあって欲しくないの。 藤克:……僕は大事な子に傷付いて欲しくない。 あび:……。 藤克:あび。 あび:…………なぁに?とんとん。 藤克:(何かを言おうとして口を開いてから閉じる) 藤克:行ってくるよ。 あび:……行ってらっしゃい。 0:一拍。 あび:(M) あび:初めは勝てると思ってた。 あび:全国の遣い達が大勢居たし、 あび:何より君が先陣に向かったから。 あび:  あび:だけど……。 0:藤克が飛ばした式と話すあび。 藤克:『あび!聞こえる?!』 あび:とんとん? あび:どうしたの?式なんか飛ばして。 藤克:『先陣に鬼が出た。あれ恐らく萵苣(ちしゃ)だ』 あび:味方だったの?! 藤克:『今、伊勢のが探っている。 藤克:それから、あの珠木(たまき)の偽物の事なんだけれど』 あび:うん。 藤克:『あいつ多分、 藤克:対峙した者を写し盗る力か何か持っている。 藤克:相模の覡(かんなぎ)と紀伊(きい)の巫女が、 藤克:既に姿を盗られてやられたんだ』 あび:妖なの? 藤克:『恐らくはね、でも正体が分からない。 藤克:あんな妖、誰も知らないんだよ。 藤克:文献にも残っていないし、 藤克:そもそもちゃんと視えなくて』 あび:……私が視るよ! 藤克:『はぁっっ?!いや違うって!! 藤克:ごめん誤解させたなら悪いけれど、 藤克:僕はお前に逃げろって言いたくて、』 あび:でもとんとん達が視えない時の為に、 あび:私がここに居るんでしょ?! 藤克:『一体なら何とか出来たかもしれないけれど、 藤克:言っただろう!鬼が居るんだって!!』 あび:でも! 藤克:『あーーもう! 藤克:僕危なくなったら逃げろって言ったけれど、訂正! 藤克:危なくなる前に逃げる事!』 あび:そんなの出来ないよ! 藤克:『出来なくてもやるんだよ! 藤克:僕は何があったって、 藤克:お前に視ろなんか言わないからな!』 あび:どうして! 藤克:『護りたいからだよ!分かれよ! 藤克:くっそ不味い、勘付かれた!! 藤克:いいね?あび!逃げるんだよ!分かった?!』 あび:(M) あび:私には、視えないものが多過ぎた。 あび:だから眼には頼らない。 あび:そう言う風に君が教えてくれた。 あび:  あび:焦っていたの。 あび:少しでも早く君に追い付きたかった。 あび:  あび:だからって、 あび:視なくていいものを視る理由にはならないね。 0:間。 藤克:此処に居たんだ。 あび:とんとん!倒したの? 藤克:残念ながら倒してはないよ。 藤克:でも捕まえられた。 あび:本当に?! 藤克:うん、何とかね。 藤克:でもやっぱりどうしても僕には視えないから、 藤克:お前が代わりに視てくれない? あび:分かった! 藤克:嗚呼、ちょっと待って。 あび:どうしたの? 藤克:お前ってどうやって視るんだっけ? あび:…………え? 藤克:何か特別な眼を持ってたんだっけ? 藤克:その割には色は普通だけど。 あび:どうして……とんとんが聞くの? 藤克:え?嗚呼、さっき迄大変だったから、 藤克:少し頭がぼーっとしててさ。 藤克:変な事聞いてると思うけど教えて、あび。 あび:…………分かった、今視る。 藤克:うん、お願い。 藤克:……え?眼閉じるの? あび:使わないからね。 藤克:でも視るには眼が必要だろう? あび:私は生憎と視えないから、 あび:眼に頼るのは止めたの。 あび:眼を使わない代わりに他の物で視てるんだよ。 藤克:へぇ……。 藤克:(小声)そうやって視られると困るなぁ。 あび:君は……下手くそだね。 藤克:……何が? あび:そっか……自分が無いんだ。 あび:だから真似するしかないし、 あび:こんなに迂闊なんだよ……。 藤克:何言ってるの?あび。 あび:沢山混ざってて分かんないけど、 あび:一つだけ分かった事があるの。 藤克:何が分かったの? あび:…………君は誰? 藤克:僕は鴉間 藤克だよ? あび:眼無しの巫女が言ってたよ。 あび:『ソレは珠木と同じ声で同じ雰囲気で、 あび:妖力迄、珠木と同じだったけれど、 あび:どうしても違和感が拭えなかった』って。 藤克:(舌打ち) あび:君は誰? 藤克:……知る訳ないじゃん。 あび:どこから来たの? 藤克:知らない。 あび:何がしたいの? 藤克:別にしたい事なんて無いよ。 あび:じゃあ、どうして、 藤克:知りたいだけさ! 藤克:僕は僕の事すら知らないからさ! 藤克:だから知りたいだけさ! あび:……何が知りたいの? 藤克:それすら知らないんだよねぇ。 藤克:嗚呼、丁度いいじゃん! 藤克:僕が視えてるんでしょ? 藤克:教えてよ、僕は何? 藤克:君にはどう視える? 藤克:鴉間 藤克?それとも他の誰か? あび:……姿はとんとん。 あび:話し方も、雰囲気も……力も。 藤克:ならやっぱり僕は鴉間 藤克じゃん。 あび:違う、とんとんじゃない。 藤克:存在が同じなら、 藤克:実質本人だと思うけどねぇ。 あび:君には中身が無い。 あび:どれだけ外側を真似したって、 あび:記憶とか感情とか、 あび:君は中身までは誤魔化せないの。 あび:そうでしょ? 藤克:なら僕は誰だ? あび:知らないよ。 藤克:役立たず。 あび:っっ?! あび:……君は、下手くそだし迂闊だよ。 藤克:どうして? あび:だって私が眼を使わない様に教えたのは、 あび:とんとんなんだよ。 藤克:だから僕が鴉間 藤克ではないって? あび:そう。 藤克:(鼻で笑う) 藤克:萵苣(ちしゃ)! 藤克:ねぇこの子、 藤克:お前が探してる眼じゃないみたいだよ! 藤克:残念だったね、どうする?引く? あび:(M) あび:誰かも分からないその人は、 あび:ふと上に向かって「萵苣(ちしゃ)」と声を出した。 あび:いつの間にそこに居たのか、 あび:近くの木の上には、 あび:妙に綺麗な顔立ちの鬼が立っていた。 あび:  あび:鬼は言う。 あび:  あび:『それはただの伽藍堂(がらんどう)どす。 あび: 先の虫けらも色が違うたし、 あび: こん有様じゃあ、うち気が済まんのどすけど? あび: なぁ、珠木』 藤克:あ、そう。 藤克:じゃあ気が済む迄殺せば? 藤克:尤も前の方は殆ど残って無いと思うけどさ。 藤克:え? 藤克:この子はまだ駄目、用があるから。 藤克:用が終わったら好きにしなよ。 あび:…………用って何? 藤克:大した事じゃないよ。 藤克:ただ君は、 藤克:視たくないものを視ない節があるからさ。 あび:(少しずつ呼吸が荒くなる) 藤克:別に僕が言ってあげてもいいよ? 藤克:でも自分で聞く方がいいんじゃないの? あび:……。 藤克:ほら、早く。 あび:…………とんとんは、どうしたの? 藤克:それだよ、それそれ!! 藤克:精一杯視ない振りをしてたみたいだけどさぁ、 藤克:君が一番知りたい事なんて、 藤克:結局それしかないじゃんか。 あび:わざわざ聞かせたんだから答えてよ。 藤克:(鼻で笑う) 藤克:薄々勘付いてる癖にぃ。 あび:だから、 藤克:(被せる)殺したよ。 あび:っっ?! 藤克:当たり前でしょ? 藤克:だって厄介なんだよ、あの子。 藤克:いや、この子?まぁいいや。 あび:……とんとんはどこ? 藤克:ねぇ君達って護り手じゃないの? 藤克:護るだけしか脳が無い奴等だと思ってたのに、 藤克:攻撃して来るなんて知らなかったから、 藤克:流石に焦ったよね~。 あび:とんとんはどこに居るのっっ!! 藤克:煩いなぁ……。 藤克:殺したって言ってんじゃん。 藤克:君、物分り悪過ぎない?馬鹿なの? あび:死んでない! あび:とんとんは殺されないもん! 藤克:でも実際に負けたんだから、 藤克:僕にこうして盗られたんだよ。 藤克:その辺りくらいは分からなきゃ。 あび:信じない、信じるもんか。 0:あびの足元に藤克の弓を投げる。 藤克:信じたくないの間違いだろう? 藤克:嗚呼信じられる様に、 藤克:ほら、これあげるよ。 藤克:何だっけ?嗚呼、形見にすれば? あび:…………とんとんの弓? 藤克:それね、生憎と僕は使えないみたいなんだ。 藤克:色々と縛られてるんだよ、僕もね。 あび:違う……嘘だ……そんな筈無いよ。 藤克:あ!いいね、いいねぇ!その顔! 藤克:その顔好きなんだよ! 藤克:だから君にしたんだよ! 藤克:嗚呼……良かったぁ。 あび:駄目、嘘だ、違う、違うよ。 藤克:確かに僕は迂闊だろうし、 藤克:記憶とか感情の有無に左右もされる。 藤克:でも別に、 藤克:『全て無い訳じゃないんだよ?あび』 あび:……ぁ。 藤克:『僕は孤独だった。 藤克: 鴉間に生まれたけれど、 藤克: 誰かに愛された事もなかった。 藤克: 誰かを愛する事も』 あび:……めて。 藤克:『父でも母でもいい。 藤克: もっと普通の色を持たせてくれたのならば、 藤克: 僕の息の仕方は、 藤克: もう少し楽になっていたのかもしれない』 あび:……めてよ。 藤克:『あび、僕は死にたいんだ。 藤克: 死ぬ以外に、 藤克: 生きる訳が見付からないんだよ』 あび:……やめて。 藤克:『でもね、あび。 藤克: お前に会えて僕は独りじゃなくなったよ。 藤克: お前が生きるなら、 藤克: 同じ様に生きてもいいと思えたんだ』 あび:やめてよっっ!! 藤克:『……そうだよね。 藤克: お前は僕を慕ってくれるけれど、 藤克: それは僕がお前に向けた感情と、 藤克: 同じじゃないんだよ……』 あび:っっ……。 藤克:『良いんだよ、あび。 藤克: お前はその儘で居て。 藤克: 僕が勝手なだけだから、 藤克: 返して欲しいとも思っていないから。 藤克:  藤克: お前を困らせるくらいなら、 藤克: 死ぬ迄黙るから許して、あび』 あび:困ってないよ! あび:勇気が出なかっただけなの。 あび:私が弱かっただけで、 藤克:だから言わせなかったんだ。 あび:っっ?! 藤克:酷いね、あび。 藤克:とっくに気付いてたのにさ。 藤克:お前は本当に、 藤克:視たくないものから目を逸らすねぇ。 あび:……。 藤克:あーあー可哀想。 藤克:折角何年も守って可愛がって想ってたのに、 藤克:それすらも言わせて貰えないとか。 あび:(押し殺して泣く) 藤克:聞いて、あび? 藤克:教えてあげるよ、あび。 藤克:この子が最期に思った事。 あび:聞きたくない……やめて。 藤克:ははっっ。 藤克:『あびは大丈夫かな……』 藤克:『逃げているといいけれど』 藤克:『嗚呼、悔しいなぁ』 あび:やめてよ……。 藤克:『もっと、お前と生きたかったよ』 藤克:『愛してたんだ、あび』 あび:………………。 藤克:ははっっ、ねぇ愛って何? 藤克:そんな軽率な物でこの子は死んだの? 藤克:愛していれば、 藤克:死にたがりが生きたくもなるの? 藤克:でも愛されないのなら、 藤克:それは死にたくもなるの? 藤克:何故?どうして?なんで? 藤克:僕は知りたいんだよねぇ、それが! 藤克:……自分の事よりも知りたいんだよ。 あび:……らない。 藤克:神の遣いの中で、君は僕に気が付けた。 藤克:だったら視えるんじゃあないの? 藤克:ねぇ視てよ、教えてよ。 藤克:愛しも愛されもしないものがさ、 藤克:存在する訳を教えてよ、あび。 藤克:愛された君になら分かるんじゃあないの? あび:知らないっっ!! あび:そうだよ、私は!! あび:視たくないものから、 あび:目を逸らしたんだよ!! 藤克:…………はぁ?何それ? 藤克:つまんないんだけど。 0:あび、弓を抱える。 あび:……ごめんね、とんとん。 藤克:違うんだよなぁ、そうじゃないんだよ。 藤克:分かってないなー。 あび:……私は視る以外出来なくて、 あび:それもとんとんに……、 あび:教わらなくちゃいけなくて。 あび:甘えてばかりで、きっと苦しめてたよね。 藤克:あのねぇ、 藤克:後生大事にその弓抱えたところで、 藤克:所有者が居なくなった奴なんか、 藤克:ただのがらくたに過ぎないじゃん。 あび:でもね、ごめんね、とんとん。 あび:この後に及んでまだって、 あび:思うかもしれないけれど、 藤克:ねぇ聞いてるー? 藤克:僕が無理なんだから、 藤克:君如きには使えないよ。 あび:私じゃ駄目なの。 あび:私じゃ足りないの。 あび:お願い……力を貸して。 0:急に苦しみ出す。 藤克:だから使えないってば、っっ?! 藤克:は……ちょっっ……ぅ……。 あび:……? 藤克:(深く息を吸う) 藤克:『…………あび』 あび:……とんとん? 藤克:『時間無いから……急ぐよ』 あび:え? 藤克:『これがお前に、 藤克: 教えてあげられる最後だから、 藤克: よく聞いて、よく視て。 藤克: それで視えたら、僕に繋げるんだよ。 藤克: 分かった?』 あび:……分かった。 藤克:『藤は鴉(からす)、雛は阿鼻(あび) 藤克: 共鳴せよ、叫喚せよ 藤克: 我は針山の躯也(むくろなり) 藤克:  藤克: 契りを糧に命じ申す 藤克: 藤を雛へ、鴉を阿鼻へ 藤克: 死者を廃し、生者に従え 藤克:……彼(か)の名は?』 あび:……【愧遊(きゆう)】。 藤克:『うん、当たり。 藤克: よく出来たね、あび』 あび:とんと、 藤克:(被せる) 藤克:~~っっ?! 藤克:ぁ……あぁぁぁあ!! 藤克:あ~……あははははっっ!? 藤克:はぁあ?!凄いねっっ?! 藤克:自分の器じゃないのに乗っ取れる訳?! 藤克:ねぇもしかして僕、 藤克:惜しい奴殺しちゃった?! 藤克:どう思う?あび?! 0:あび、無視して弓を凝視する。 あび:……? 藤克:答えてよ~。 0:誰かと話すあび。 あび:……愧遊(きゆう)、さん? 藤克:ねぇ、 あび:はい……聞こえます。 あび:…………そうですよね。 あび:私も同じです。 藤克:あび? あび:……私は未熟者ですが、 あび:それでも、手伝って頂けますか? あび:とんとんの……いえ、 あび:鴉間 藤克の、 あび:代わりには、成れないですが……。 藤克:……何する気? 0:間。 あび:(M) あび:その後は、無我夢中で覚えていない。 あび:ただあと一歩のところで、 あび:未熟な私には力が及ばず、 あび:逃げられてしまった事だけは確かだった。 あび:  あび:弓の愧遊(きゆう)は、君の物だ。 あび:  あび:それが私に手を貸して、 あび:そして今も私の手の内に在る。 あび:  あび:つまり、 あび:君はやっぱり……死んでしまったのだ。 0:一拍。 0:過去、回想。 藤克:僕はね、鴉間 藤克。 藤克:お前の名前は? あび:……あび。 0:一拍。 藤克:返さなきゃいけない事は言わないし、 藤克:返して欲しいとも思っていない。 藤克:僕が勝手なだけだから、 藤克:お前は良いんだよ、その儘で。 0:一拍。 あび:(M) あび:  あび:悔やんでも悔やんでも あび:悔やみ切れない事がある あび: あび:それは一生の中で一番最期に あび:残して置きたいものなのだ あび:  あび:嗚呼、難儀だ難儀だ難儀だよぅ あび:  あび:あの背中を覚えている あび:今はもう到底追い付けやしない あび:大好きな……君の後ろ姿だ 0:一拍。 0:少し時が経つ。 0:藤克の墓の前。 あび:どうやら奴は江戸の方に、 あび:出没してるみたいですよ。 あび:仇……必ず取りましょうね。 あび:愧遊(きゆう)さん。 0:幻聴が聞こえる。 藤克:『あび』 あび:っっ?! あび:…………なぁに?とんとん。 藤克:『……愛してるよ』 あび:…………うん。 0:一拍。 あび:(M) あび:  あび:『愛してる』と言う言葉は嫌いだ あび: 

あび:(M) あび:悔やんでも悔やんでも あび:悔やみ切れない事がある あび:それは一生の中で一番最期に あび:残して置きたいものなのだ あび:  あび:あの背中を覚えている あび:笑うのが苦手な君の後ろ姿だ あび:  あび:優しい優しい神様は あび:君にだけは残酷で あび:生まれ落ちたその瞬間から あび:君の道は茨しか生えていなかった あび:  あび:私は未だに思うのだ あび:何度も繰り返し夢を見るのだろう あび:夢に見ては思い出すのだろう あび:振り返ってぎこちなく口元を歪ませた あび:君を思って、想っては あび:私は何度も泣くしかないのだろう、と あび:  あび:年月が経ってしまえば あび:やがて君の顔も浮かばなくなる あび:  あび:そうしていつしか薄れていっても あび:君に返せなかった後悔を あび:私は抱えて生きるのだろう あび:  あび:…………言葉は嫌いだ 0:一拍。 0:藤克、あび、共に子供時代。 藤克:妖、鬼、或いは魑魅魍魎。 藤克:此の世に蔓延る数多なる人ならざるモノ達。 藤克:そう言う輩は一重に、 藤克:人の世に介入して来ては悪さを働く。 藤克:あび、ここ迄は? あび:だいじょーぶ、おぼえた。 藤克:そう。 藤克:それじゃあ、続きね。 あび:うん。 藤克:何の能力も無いただの人なんかは、 藤克:勿論、論外なんだけれど……。 藤克:割と古くから対人ならざるモノを、 藤克:相手にしている奴らは多かったりするんだ。 藤克:最近だと、例えば? あび:あやかし絵師? 藤克:当たり、よく出来たね。 藤克:彼は表立った行動をしている方だから、 藤克:僕達の中では名が通っている。 藤克:それこそ、滞りなく。 あび:とんとんはあったことあるの? 藤克:僕が?誰に? あび:あやかし絵師。 藤克:嗚呼、無いよ。 藤克:残念ながら、知っているのは名前だけ。 藤克:別にわざわざ会いたいとも思わないけれど。 あび:どうして? 藤克:僕も然(しか)り、 藤克:常日頃、妖を相手にしている奴なんか、 藤克:どうせろくな奴じゃ無いからさ。 あび:そうなの? 藤克:お前の姉なんかはそうじゃん。 藤克:所詮道具でしかない妖とお手て取り合って、 藤克:駆け落ち騒動起こしがって。 藤克:挙げ句、行方迄晦(くら)ましやがったんだからさ。 あび:……。 藤克:……ごめん、口が滑った。 藤克:お前はあの人の事が好きだったね。 あび:だいじょーぶ。 藤克:ごめんね。 あび:うん。 藤克:……さて此方側が把握している限りでは、 藤克:他にもどうやら複数人居て、 藤克:その中には審判者も紛れ込んでいるみたいなんだ。 あび:審判者ってなぁに? 藤克:死する時そいつが咎人(とがびと)かそうでないかを、 藤克:正しく判断する者の事。 藤克:尤もこれに限っては、人、妖、関係無く皆平等に、 藤克:裁かれる奴は裁かれるんだけれど。 あび:……。 藤克:だから気を付けなね、あび。 あび:なにを? 藤克:此の世よりもずぅっと、 藤克:彼の世の方が罪の基準が低いから、 藤克:下手したら僕達も審判者の前では、 藤克:咎人になるかもしれないんだ。 藤克:分かった? あび:わかった。 藤克:まだ居るけれど……。 藤克:それはまぁ、置いておこうか。 藤克:長くなりそうだしね。 あび:うん。 藤克:さて、ねぇあび? あび:なぁに?とんとん。 藤克:僕達は"なに"? あび:んと……神さまのつかい。 藤克:呼び方は? あび:男はかんなぎ、女はみこ。 藤克:それじゃあ僕は? あび:とんとんはねぎ。 藤克:そう、禰宜(ねぎ)。 藤克:それじゃあ禰宜はどんな人? あび:上しゃのおてつだいさん! 藤克:あび、"上しゃ"じゃないよね? あび:あ……ぐうじ様。 藤克:そう。 藤克:それからお手伝いでもない。 藤克:補佐って言うんだよ。 藤克:分かった? あび:わかった。 藤克:僕はこれでも禰宜(ねぎ)だから、 藤克:こうして新米巫女のあびに諸々教える役割を、 藤克:有難くも宮司様直々に受けてここに居る。 藤克:例えお前が姉の身代わりだとしても、だ。 あび:……ごめんね。 藤克:腹が立っているのはお上の連中にであって、 藤克:お前には別に怒っていないよ、あび。 藤克:やってみて分かったけれど、 藤克:そう悪くもない役割だったし。 あび:そうなの? 藤克:うん、悪くない。 藤克:僕は妖が嫌いだし、その次に人も嫌いだけれど、 藤克:……不思議とお前は嫌いじゃないんだ。 あび:あびはとんとん好き! 藤克:うん、有難う。 藤克:もう少しだけおさらいをしておこうね。 藤克:疲れていない? あび:だいじょーぶ、げんき! 藤克:そう、それじゃあ続けるね。 藤克:覡(かんなぎ)も巫女も沢山居るけれど、 藤克:僕達には唯一、 藤克:他の奴等と違って許されている事がある。 藤克:それは何? あび:あやかしを、しえきすること。 藤克:当たり、よく覚えているね。 藤克:偉い偉い。 あび:えへへ。 藤克:僕達は神の遣いだ。 藤克:飽く迄、神の御心に沿って動くだけ。 藤克:その為の手段に用いる物は、 藤克:言わば道具と言っても差し支えは無い。 あび:だから神さまじゃなくて、 あび:あやかしをつかうの? 藤克:その通りだよ。 藤克:信心深いやら何とか、 藤克:全く持ってクソ喰らえな話だけれど、 藤克:残念ながら僕達は、 藤克:腐っても神の遣いにしかなれないんだ。 あび:(M) あび:齢六つになったばかりの頃、 あび:慕っていた姉様が居なくなった。 あび:どうやら姉様は重要な任に就いていたらしく、 あび:その穴埋めとして、 あび:散々、役立たずだと罵られていた、 あび:妹の私が後釜に座る事になった。 あび:  あび:右も左も分からない幼子の、 あび:子守りを体良く押し付けられたのは、 あび:当時、齢九つと言う異例の若さで、 あび:最年少の禰宜(ねぎ)として就任したばかりの、 あび:鴉間 藤克。 あび:……君だった。 0:一拍。 0:あびが藤克の所に来てからすぐ。 0:藤克、人型の紙に向かって怒っている。 藤克:ですから! 藤克:何で僕が、んなクソ面倒な事、 藤克:引き受けなきゃいけないんですか! 藤克:あなた方もご存知でしょうが! 藤克:僕は忙しいんですよ。 藤克:あ、クソっっ?! 藤克:言うだけ言って消しやがった! あび:……ごめんなさい。 藤克:え?嗚呼、別にあなたは悪く無いですよ。 藤克:悪いのは何でもかんでも突然言ってくる、 藤克:お上の連中です。 藤克:これ、覚えておいて下さいね。 あび:うぇ……わかり、ました? 藤克:いや、今の冗談だったんですが……。 あび:そうなん、ですか? 藤克:(溜め息) 藤克:あーー!何でそんなまどろこっしくて、 藤克:慣れてもいなくて、堅苦しい。 藤克:まるで取って付けたような、 藤克:気持ち悪い話し方するんです? あび:えっと、 藤克:嗚呼分かりました。 藤克:違う、分かった。 藤克:僕が、 藤克:取って付けたような話し方だからだ。 藤克:そうでしょ? あび:わかんない、です。 あび:でもこうしてはなせって、 あび:いわれたの……あ、いわれました。 藤克:(溜め息) 藤克:僕はね、鴉間 藤克。 藤克:一応、鴉間の者ではあるけれど、 藤克:身分が高いとかそんなんじゃない。 藤克:だからそう畏まらなくていいんだよ。 あび:……。 藤克:お前の名前は? あび:……あび。 藤克:あび?あびって言うの? あび:そう、あび。 藤克:あび、ねぇ。 藤克:何の巡り合わせか知らないけれど、 藤克:僕達、地獄みたいな名前同士だね。 あび:じごく、なの? あび:わるいおなまえなの? 藤克:少なくとも僕の名には、 藤克:良い意味が込められていないのは確かだよ。 あび:(M) あび:厚ぼったい前髪で、君は片目を隠していた。 あび:光に透けるその色は、 あび:いつだって金色に輝いていた。 藤克:よくある話だよ。 藤克:妾の子なんだ、僕はさ。 藤克:相手がもっと周りに馴染む色だったらさ、 藤克:僕は鴉間に紛れ込めたかもしれないのにね。 あび:(M) あび:後で知った話では、 あび:君は右側に大きな傷を負っていて、 あび:それは君自身が、 あび:過去に付けた楔だったのだと。 あび:いつも隠していたのは、 あび:傷の酷さを誤魔化していたんじゃなくて、 あび:単に、君の右側が、 あび:青い色をしていたからだ、と。 0:十代くらいになった二人。 藤克:そんなに見たい? あび:ほんのちょっとだけ。 藤克:……やめておきな。 あび:どうして? 藤克:気持ち悪いから。 あび:そんなの見なきゃ分からないよ。 藤克:あびにわざわざ見てもらわなくたって、 藤克:気持ち悪いのを俺自身が知ってんだから、 藤克:再確認する必要無いでしょ。 あび:……そう言うの嫌だよ、とんとん。 藤克:ごめん。 藤克:でも今更お前に迄、拒絶されたらさ、 藤克:多分、立ち直れなくなるんだ。 あび:……。 藤克:分かって、あび。 あび:(M) あび:あの時の私よりも、もしかしたら、 あび:もっとずっと幼かったかもしれない君が、 あび:抉り出そうと付けた傷。 あび:どれだけ、どれだけ虚しかったのだろう。 あび:哀しくて、辛かったのだろう。 あび:きっと想像では補えもしない痛みを、 あび:君は身体にも心にも受け続けて生きてきた。 あび:  あび:今更、分かったフリも出来ないけれど。 0:庭で視る修行をしている。 藤克:ほらあび、集中して。 あび:ん〜〜。 藤克:そう、よく聞いて。 藤克:ほんの僅かな音も聞き逃さないで。 藤克:何が聞こえる? あび:……弦。 あび:弦が弾かれる音。 藤克:いいね、その調子。 藤克:次は肌で捕らえるんだ。 あび:何を? 藤克:全て。 藤克:お前は生憎と視えないから、 藤克:眼に頼るのは止めるんだ、いいね? 藤克:眼を使わない代わりに他の物で視るんだよ。 藤克:さぁ何が視える? あび:……弓。 あび:おっきい弓! 藤克:うん当たり、よく出来たね。 あび:これ、とんとんの? 藤克:そうだよ、これは僕の弓。 藤克:僕が使役しているから、あびは使えないけれど。 あび:何の妖なの? 藤克:分からない? あび:うん。 藤克:それじゃあ次だ。 藤克:この弓は、どんな弓? あび:どんな?……古い? 藤克:それから? あび:何だろう……すーってするよ。 藤克:その感覚に近い物は? あび:…………神域? あび:お社とか、祠みたいな。 あび:後は、分かんないや。 藤克:いいね、概ね合っているよ。 藤克:知らないモノを視る時は? あび:どんな些細なモノでも見逃さない事! あび:視たらどれだけ面倒でも、 あび:頭の中で一から組み立てる事! 藤克:当たり。 藤克:それから、 藤克:視るモノと視ないモノを分ける事! 藤克:全てを視ようとしない事! あび:ねぇ、とんとん。 藤克:ん? あび:結局これは何の妖なの? 藤克:嗚呼、そうだなぁ……。 藤克:強引に括って付喪神? あび:付喪神? あび:それなら神さまじゃないの? 藤克:神かもしれないけれど、 藤克:だとしても低い地位に居るよ。 藤克:妖が神になるのと同じ様に、 藤克:神が妖になる事もあるからね。 藤克:これはその類い。 あび:よく分かんない。 あび:妖は妖、神さまは神さまじゃないの? 藤克:長く存在する物にはね、あび。 藤克:時々これみたいに魂が宿る時があるんだ。 藤克:八百万の神だなんて言うけれど、 藤克:でも一々その一柱一柱に、 藤克:名前なんか付けられないだろう? あび:うん。 藤克:勿論例外はあるけれど、 藤克:神が此の世で神で在る為には条件がある。 藤克:分かる? あび:……分かんない。 藤克:第一に、名を持つ事。 藤克:次に、人に信仰される事。 藤克:つまりなるべく多くの人々に、 藤克:名を知られて敬われて奉られる事。 藤克:誰にも知られずに、 藤克:誰からの信仰心も得られない神は、 藤克:それはただの名ばかりのモノに過ぎない。 あび:そんな事無いんじゃないかなぁ。 藤克:あびはそう思う? 藤克:でも僕は九十九(つくも)なんて雑多に纏められた奴等は、 藤克:例外こそあれど、妖と同等だと思っているんだ。 あび:だからとんとんは、 あび:妖が壊れてもいいの? 藤克:……それ誰に聞いたの? あび:上さ……宮司様。 藤克:(溜め息) あび:聞いちゃいけなかった? 藤克:いいや。 藤克:あの人はあびの事、 藤克:「雛」って呼んで可愛がっているし。 藤克:対して嘘でも無いから仕様が無いよ。 あび:……そっか。 藤克:何て聞いたの? あび:「あの子はモノの扱いが酷い。 あび:今年に入ってから既に三体壊している」 藤克:それから? あび:「厄介なのは、 あび:壊れてもいいと軽く見ているのが、 あび:妖だけじゃなくて己自身もなところだ」 藤克:……それで? あび:「あの子からは習うだけ。 あび:決して倣(なら)っちゃいけないよ、雛」 藤克:……あのお節介野郎が。 あび:とんとんが壊れてもいいってどう言う事? 藤克:それは知らない方がいいんじゃない? あび:教えてくれないの? 藤克:……死んでもいいって事だよ。 あび:……。 藤克:哀しい顔しないで、あび。 藤克:時々居るんだよ、僕みたいな奴がさ。 あび:それはどうにも出来ないの? 藤克:さぁ、難しいんじゃないかなぁ。 藤克:生まれた時から持っている感覚は、 藤克:そう簡単には変えられないからなぁ……。 あび:(M) あび:幼い頃から、らしくない。 あび:大人の振る舞いを強要された君。 あび:きっと全てに否定をされてきた筈だから、 あび:私くらいは君を否定したくはなかったの。 あび:「駄目だよ」 あび:「良くないよ」 あび:生憎と私はその言葉を言える程度には、 あび:マシな生き方をしていたのだ。 あび:  あび:たかが話すだけなら簡単だ。 あび:何も思わなくたって、 あび:この口は安易に音を紡ぎ出せる。 あび:だから躊躇して、躊躇して、 あび:……それが優しさだと錯覚していたの。 0:一拍。 藤克:そう言えばあび、あれ知っていたっけ? あび:あれ? 藤克:蓮華沼(れんげぬま)の桜に住み着いて、 藤克:疫(えき)を連れて来る鬼の姫。 あび:知らない。 藤克:少しだけ教えておくね。 藤克:いい?あの手の鬼には気を付けるんだ。 あび:どうして? 藤克:鬼神だから。 藤克:前に言ったでしょ? 藤克:妖が神になる事もあるって。 あび:その、鬼の姫?がそうなの? 藤克:うん。 藤克:しかもタチが悪い事にアレは、 藤克:力が強過ぎて勝手に神格化された鬼なんだ。 藤克:勝手に人々に思われて、 藤克:本人すら知らぬ間に名を得る事になった、ね。 あび:勝手に思う……? あび:恐れ? 藤克:当たり。 藤克:昔、西の方の坊主が、 藤克:鬼の姫に魅入られて鬼化した事もあったらしいよ。 あび:人も鬼になるの? 藤克:鬼の半数は元人だよ?あび。 藤克:そりゃあ純粋な鬼も居るけれど、 藤克:妬み、僻み、恨み、苦しみ、怒り。 藤克:そんな負の感情が限界に迄達した時、 藤克:人は人をやめて、鬼や妖になる事がある。 あび:その西のお坊さん?も、 あび:負の感情に呑まれちゃったの? 藤克:萵苣(ちしゃ)。 あび:萵苣? 藤克:西の坊主が鬼になった後に、 藤克:与えられた名が、萵苣鬼(ちしゃおに)。 あび:萵苣鬼……覚えた。 藤克:まぁ彼が鬼になり果てた所以は、 藤克:負の感情では無いと思うけれどね。 あび:負の感情じゃないなら、どうして? 藤克:言っただろう?魅入られたって。 藤克:端的に言えば彼は鬼の姫を愛し、 藤克:彼女と同じモノになろうとした。 あび:愛? 藤克:そう、愛。 藤克:ただ厄介な事に萵苣鬼は、 藤克:名を持つ鬼な上に、元坊主だ。 あび:名を持つ鬼が強いのは分かるけど、 あび:元お坊さんだとどうして厄介なの? 藤克:効かないんだよねぇ。 あび:何が? 藤克:仏の教えが。 藤克:元々悟りかけていたのに、 藤克:誰かに説教されたところでな話だったみたいだよ。 あび:知ってる事は悟せない? 藤克:多分ね。 藤克:ならば神の道とか陰陽道に従うとして、 藤克:あの鬼は仏の教えを倣ってきた。 藤克:つまり土台が違う訳だ。 藤克:釈迦の膝元を目指していた奴には、 藤克:釈迦の説法こそ効いたとして、 藤克:他の道は届かない。 あび:試さないと分からないんじゃないの? 藤克:数年前に不運にも試す機会があったんだよ。 藤克:その時に巫女が一人、奴に眼を盗られた。 あび:眼を? 藤克:うん……嗚呼そうだ。 藤克:眼無しの巫女について調べておきな。 藤克:彼女は今療養中だけれど、 藤克:あびと同じ様に眼に頼らない視方をしている筈だから。 あび:分かった。 あび:それでもう少し頑張ったら、 あび:私にも妖を使役する許可が下りるかな? 藤克:焦る事は無いよ。 あび:でもまだ護りの力が足りないから、 あび:とんとんが私の分までやってるでしょ? 藤克:それで良いじゃん。 あび:私も早くとんとんみたいに、 あび:妖使役して役に立ちたいの! 藤克:充分役に立っているよ。 あび:じゃあ、私に出来る事は? 藤克:今は無い。 あび:(不満げに睨む) 藤克:ははっ。 藤克:妖を使役出来る様になったら、 藤克:多分沢山頼ると思うから、それでいい? あび:うん! 藤克:じゃあもっと色々学ばないとね。 あび:頑張る! 藤克:だからって根は詰め過ぎない事。 あび:分かった! 藤克:それからね、 藤克:基本的に俺達は護り手だから、 藤克:神の意志を護り遂行するのがお役目だ。 あび:それが神の遣いの使命でしょ? 藤克:そうだよ。 藤克:いずれはあびもお上からあれこれ、 藤克:叩き込まれるとは思うんだけれどね……。 あび:何を教わるの? 藤克:内緒。 藤克:ただその余計な事のせいで、 藤克:この先あびが自分を護れなくなった時は、 あび:うん。 藤克:味方を置いてでも逃げる事。 藤克:それが例え、誰であっても。 藤克:勿論、僕だとしても、ね? あび:え、そんなの出来ないよ。 藤克:僕だってどうしようもなくなったら、 藤克:あびの事を置いて逃げるつもりだよ? 藤克:だから約束して、分かった? あび:……。 0:間。 0:数年経った冬。 藤克:あ〜……冬は嫌だなぁ。 あび:どうして? 藤克:寒いから。 あび:あったかくすればいいんだよ。 藤克:でも寒いと痛いじゃん。 あび:暑いのだって痛いよ。 藤克:……確かに。 あび:とんとんは偶に、 あび:私よりもお馬鹿になっちゃうね。 藤克:言うねぇ。 あび:んふふ。 藤克:……誰に言われたの?それ。 あび:どれ? 藤克:お前が馬鹿だって。 あび:え……誰? 藤克:言いたくないなら別に、 あび:あ、違うの違うの! あび:沢山居るから、誰かに出来なくて。 藤克:…………はぁ??? あび:ほら、 あび:昔の私って何も知らなかったでしょう? あび:流石にいまは大きくなったし、 あび:色々とんとんが教えてくれたから、 あび:馬鹿ってそんなに言われなくなったけどさ。 藤克:知らないのは当たり前でしょ。 藤克:端から誰も教える気が無かったんだから。 あび:ね、姉ぇねも居たし! 藤克:あの人とあびは別。 藤克:単に姉妹なだけ。 藤克:どちらか選ばなくちゃいけないなら、 藤克:僕はあびが良いけどね。 あび:あ……。 藤克:ほらお前頑張り屋だし、素直だし。 藤克:泣き虫だけれどよく笑うところとか、 藤克:あと僕にだけは甘えん坊なところでしょ。 あび:えと……。 藤克:それから頬がまん丸だから、 藤克:寒くても恥ずかしくてもすぐ赤くなるんだ。 藤克:それが昔からずっと可愛……って。 あび:……。 藤克:ごめん無し! 藤克:いまの聞かなかった事にして。 あび:う、うん、分かった。 藤克:あ〜……うっかりしてたなぁ。 あび:あの、えっと、あびはね、 藤克:良いよ、言わなくて。 藤克:ちゃんと分かっているから大丈夫。 あび:でも……。 藤克:返さなきゃいけない事は言わないし、 藤克:返して欲しいとも思っていない。 あび:……。 藤克:僕が勝手なだけだから、 藤克:お前は良いんだよ、その儘で。 あび:(M) あび:悔やんでも悔やんでも あび:悔やみ切れない事がある あび:それは一生の中で一番最期に あび:残して置きたいものなのだ 0:数日後。 0:藤克、人型の紙と話している。 藤克:はい……はい。 藤克:……え?あびも連れて行くんですか? 藤克:いや、何考えてるんですか! 藤克:だってあの子は、あ、くっそっっ!! 藤克:(長い溜め息) あび:とんとん? 藤克:……あび。 あび:どうしたの?今の式? あび:上……宮司様から? 藤克:……そうだよ。 あび:何て? 藤克:(溜め息) 藤克:……眼無しの巫女の事、覚えている? あび:覚えてるよ。 あび:萵苣鬼(ちしゃおに)に眼を盗られちゃって、 あび:療養してる巫女さんでしょ? 藤克:……じゃあ眼無しの巫女の代わりに、 藤克:あの地の護りを引き受けていたモノの事は? 藤克:知っている? あび:烏天狗だっけ? あび:確か、珠木(たまき)って名の。 藤克:そう。 あび:それがどうしたの? 藤克:……その烏天狗が死んだ。 藤克:それで眼無しの巫女の隠居が決まったって。 あび:っっ?! あび:じゃあ誰があの地を護るの? 藤克:あそこはそこ迄荒れていないから、 藤克:その辺りは大丈夫だよ。 藤克:ただね……。 あび:うん。 藤克:眼無しの巫女がおかしな事を言っているんだ。 あび:何て? 藤克:「珠木が死んでからしばらくの間、 藤克:珠木の様で珠木じゃない誰かが近くに居た。 藤克:ソレは珠木と同じ声で同じ雰囲気で、 藤克:妖力迄、珠木と同じだったけれど、 藤克:どうしても違和感が拭えなかった。 藤克:ソレはまるで、 藤克:珠木に成り代わろうとしている様だった」って。 あび:偽物……? 藤克:(溜め息)当たり。 藤克:偽物だと暴かれたナニかは、 藤克:眼無しの巫女の元から去って行ったらしいよ。 藤克:だけど、問題が起きた。 あび:何が起きたの? 藤克:今、各地で死んだ筈の珠木が目撃されている。 藤克:その珠木の様な誰かは、 藤克:妖を人にけしかけて時には殺したりもしているんだと。 藤克:……既に何人も死人が出ているらしい。 あび:何の為にそんな事をしているの? 藤克:知らない。 藤克:誰も知らないから、俺達が調べなきゃいけなくてさ。 藤克:……あび。 あび:なぁに?とんとん。 藤克:今回の任にお前も加わる事になった。 あび:え? 藤克:どうしても眼に頼っている俺達だと、 藤克:正確に視る事が出来ない可能性があるから……だってさ。 あび:……頑張る。 藤克:頑張らないでよ。 あび:どうして? 藤克:お前が嫌だって言えば、 藤克:行かなくて済むかもしれないんだ。 あび:やっと役に立てるんだよ。 あび:私は行きたい。 藤克:視るだけのお前に何が出来るんだよ。 あび:っっ?! 藤克:殺されかけたら? 藤克:ただ黙って視てる事しか出来ないだろうが。 藤克:妖を使役する許可すら持っていないのに、 藤克:お前はまだ全然足りない役立たずなんだよ。 あび:…………とんとんもそう、思ってたの? 藤克:あ……。 あび:言わないだけで、 藤克:違う!違うんだ、あび。 藤克:ごめん僕が悪かった、ごめん……。 あび:……何にも成れないのは苦しいんだよ、とんとん。 藤克:分かってる。 藤克:でも危ないんだよ、本当に。 あび:誰にも頼られないのだって苦しいんだよ、とんとん。 藤克:分かってるよ。 藤克:でも嫌な予感がするんだ、頼むから。 あび:とんとんには分からないよ! あび:生まれた時から優秀で最年少で禰宜にもなって、 あび:いつも必要とされてるから忙しい。 あび:そんな人が! あび:……役立たずの気持ちなんか分からないよ。 藤克:…………ごめん。 藤克:でも、行かないで。 あび:やだ、上さんに行くって言って来るもん。 藤克:…………くそっっ。 あび:(M) あび:やっと君と同じ場所に立てる。 あび:その第一歩が今なんだ。 あび:そう考えていた私は、 あび:君に意地を張り続けた。 あび:  あび:妖を相手にする事が、 あび:ましてや得体の知れない妖と対峙する事が、 あび:どれだけ危ないのかも、 あび:知らなかったくせに。 0:一拍。 藤克:……あび。 あび:……何? あび:帰れって言っても無駄だからね。 あび:帰るつもり無いから。 藤克:分かってる。 藤克:何があっても前には来ないでって、 藤克:言いに来ただけ。 あび:私が視るだけしか出来ないから? 藤克:違う、危ない目にあって欲しくないの。 藤克:……僕は大事な子に傷付いて欲しくない。 あび:……。 藤克:あび。 あび:…………なぁに?とんとん。 藤克:(何かを言おうとして口を開いてから閉じる) 藤克:行ってくるよ。 あび:……行ってらっしゃい。 0:一拍。 あび:(M) あび:初めは勝てると思ってた。 あび:全国の遣い達が大勢居たし、 あび:何より君が先陣に向かったから。 あび:  あび:だけど……。 0:藤克が飛ばした式と話すあび。 藤克:『あび!聞こえる?!』 あび:とんとん? あび:どうしたの?式なんか飛ばして。 藤克:『先陣に鬼が出た。あれ恐らく萵苣(ちしゃ)だ』 あび:味方だったの?! 藤克:『今、伊勢のが探っている。 藤克:それから、あの珠木(たまき)の偽物の事なんだけれど』 あび:うん。 藤克:『あいつ多分、 藤克:対峙した者を写し盗る力か何か持っている。 藤克:相模の覡(かんなぎ)と紀伊(きい)の巫女が、 藤克:既に姿を盗られてやられたんだ』 あび:妖なの? 藤克:『恐らくはね、でも正体が分からない。 藤克:あんな妖、誰も知らないんだよ。 藤克:文献にも残っていないし、 藤克:そもそもちゃんと視えなくて』 あび:……私が視るよ! 藤克:『はぁっっ?!いや違うって!! 藤克:ごめん誤解させたなら悪いけれど、 藤克:僕はお前に逃げろって言いたくて、』 あび:でもとんとん達が視えない時の為に、 あび:私がここに居るんでしょ?! 藤克:『一体なら何とか出来たかもしれないけれど、 藤克:言っただろう!鬼が居るんだって!!』 あび:でも! 藤克:『あーーもう! 藤克:僕危なくなったら逃げろって言ったけれど、訂正! 藤克:危なくなる前に逃げる事!』 あび:そんなの出来ないよ! 藤克:『出来なくてもやるんだよ! 藤克:僕は何があったって、 藤克:お前に視ろなんか言わないからな!』 あび:どうして! 藤克:『護りたいからだよ!分かれよ! 藤克:くっそ不味い、勘付かれた!! 藤克:いいね?あび!逃げるんだよ!分かった?!』 あび:(M) あび:私には、視えないものが多過ぎた。 あび:だから眼には頼らない。 あび:そう言う風に君が教えてくれた。 あび:  あび:焦っていたの。 あび:少しでも早く君に追い付きたかった。 あび:  あび:だからって、 あび:視なくていいものを視る理由にはならないね。 0:間。 藤克:此処に居たんだ。 あび:とんとん!倒したの? 藤克:残念ながら倒してはないよ。 藤克:でも捕まえられた。 あび:本当に?! 藤克:うん、何とかね。 藤克:でもやっぱりどうしても僕には視えないから、 藤克:お前が代わりに視てくれない? あび:分かった! 藤克:嗚呼、ちょっと待って。 あび:どうしたの? 藤克:お前ってどうやって視るんだっけ? あび:…………え? 藤克:何か特別な眼を持ってたんだっけ? 藤克:その割には色は普通だけど。 あび:どうして……とんとんが聞くの? 藤克:え?嗚呼、さっき迄大変だったから、 藤克:少し頭がぼーっとしててさ。 藤克:変な事聞いてると思うけど教えて、あび。 あび:…………分かった、今視る。 藤克:うん、お願い。 藤克:……え?眼閉じるの? あび:使わないからね。 藤克:でも視るには眼が必要だろう? あび:私は生憎と視えないから、 あび:眼に頼るのは止めたの。 あび:眼を使わない代わりに他の物で視てるんだよ。 藤克:へぇ……。 藤克:(小声)そうやって視られると困るなぁ。 あび:君は……下手くそだね。 藤克:……何が? あび:そっか……自分が無いんだ。 あび:だから真似するしかないし、 あび:こんなに迂闊なんだよ……。 藤克:何言ってるの?あび。 あび:沢山混ざってて分かんないけど、 あび:一つだけ分かった事があるの。 藤克:何が分かったの? あび:…………君は誰? 藤克:僕は鴉間 藤克だよ? あび:眼無しの巫女が言ってたよ。 あび:『ソレは珠木と同じ声で同じ雰囲気で、 あび:妖力迄、珠木と同じだったけれど、 あび:どうしても違和感が拭えなかった』って。 藤克:(舌打ち) あび:君は誰? 藤克:……知る訳ないじゃん。 あび:どこから来たの? 藤克:知らない。 あび:何がしたいの? 藤克:別にしたい事なんて無いよ。 あび:じゃあ、どうして、 藤克:知りたいだけさ! 藤克:僕は僕の事すら知らないからさ! 藤克:だから知りたいだけさ! あび:……何が知りたいの? 藤克:それすら知らないんだよねぇ。 藤克:嗚呼、丁度いいじゃん! 藤克:僕が視えてるんでしょ? 藤克:教えてよ、僕は何? 藤克:君にはどう視える? 藤克:鴉間 藤克?それとも他の誰か? あび:……姿はとんとん。 あび:話し方も、雰囲気も……力も。 藤克:ならやっぱり僕は鴉間 藤克じゃん。 あび:違う、とんとんじゃない。 藤克:存在が同じなら、 藤克:実質本人だと思うけどねぇ。 あび:君には中身が無い。 あび:どれだけ外側を真似したって、 あび:記憶とか感情とか、 あび:君は中身までは誤魔化せないの。 あび:そうでしょ? 藤克:なら僕は誰だ? あび:知らないよ。 藤克:役立たず。 あび:っっ?! あび:……君は、下手くそだし迂闊だよ。 藤克:どうして? あび:だって私が眼を使わない様に教えたのは、 あび:とんとんなんだよ。 藤克:だから僕が鴉間 藤克ではないって? あび:そう。 藤克:(鼻で笑う) 藤克:萵苣(ちしゃ)! 藤克:ねぇこの子、 藤克:お前が探してる眼じゃないみたいだよ! 藤克:残念だったね、どうする?引く? あび:(M) あび:誰かも分からないその人は、 あび:ふと上に向かって「萵苣(ちしゃ)」と声を出した。 あび:いつの間にそこに居たのか、 あび:近くの木の上には、 あび:妙に綺麗な顔立ちの鬼が立っていた。 あび:  あび:鬼は言う。 あび:  あび:『それはただの伽藍堂(がらんどう)どす。 あび: 先の虫けらも色が違うたし、 あび: こん有様じゃあ、うち気が済まんのどすけど? あび: なぁ、珠木』 藤克:あ、そう。 藤克:じゃあ気が済む迄殺せば? 藤克:尤も前の方は殆ど残って無いと思うけどさ。 藤克:え? 藤克:この子はまだ駄目、用があるから。 藤克:用が終わったら好きにしなよ。 あび:…………用って何? 藤克:大した事じゃないよ。 藤克:ただ君は、 藤克:視たくないものを視ない節があるからさ。 あび:(少しずつ呼吸が荒くなる) 藤克:別に僕が言ってあげてもいいよ? 藤克:でも自分で聞く方がいいんじゃないの? あび:……。 藤克:ほら、早く。 あび:…………とんとんは、どうしたの? 藤克:それだよ、それそれ!! 藤克:精一杯視ない振りをしてたみたいだけどさぁ、 藤克:君が一番知りたい事なんて、 藤克:結局それしかないじゃんか。 あび:わざわざ聞かせたんだから答えてよ。 藤克:(鼻で笑う) 藤克:薄々勘付いてる癖にぃ。 あび:だから、 藤克:(被せる)殺したよ。 あび:っっ?! 藤克:当たり前でしょ? 藤克:だって厄介なんだよ、あの子。 藤克:いや、この子?まぁいいや。 あび:……とんとんはどこ? 藤克:ねぇ君達って護り手じゃないの? 藤克:護るだけしか脳が無い奴等だと思ってたのに、 藤克:攻撃して来るなんて知らなかったから、 藤克:流石に焦ったよね~。 あび:とんとんはどこに居るのっっ!! 藤克:煩いなぁ……。 藤克:殺したって言ってんじゃん。 藤克:君、物分り悪過ぎない?馬鹿なの? あび:死んでない! あび:とんとんは殺されないもん! 藤克:でも実際に負けたんだから、 藤克:僕にこうして盗られたんだよ。 藤克:その辺りくらいは分からなきゃ。 あび:信じない、信じるもんか。 0:あびの足元に藤克の弓を投げる。 藤克:信じたくないの間違いだろう? 藤克:嗚呼信じられる様に、 藤克:ほら、これあげるよ。 藤克:何だっけ?嗚呼、形見にすれば? あび:…………とんとんの弓? 藤克:それね、生憎と僕は使えないみたいなんだ。 藤克:色々と縛られてるんだよ、僕もね。 あび:違う……嘘だ……そんな筈無いよ。 藤克:あ!いいね、いいねぇ!その顔! 藤克:その顔好きなんだよ! 藤克:だから君にしたんだよ! 藤克:嗚呼……良かったぁ。 あび:駄目、嘘だ、違う、違うよ。 藤克:確かに僕は迂闊だろうし、 藤克:記憶とか感情の有無に左右もされる。 藤克:でも別に、 藤克:『全て無い訳じゃないんだよ?あび』 あび:……ぁ。 藤克:『僕は孤独だった。 藤克: 鴉間に生まれたけれど、 藤克: 誰かに愛された事もなかった。 藤克: 誰かを愛する事も』 あび:……めて。 藤克:『父でも母でもいい。 藤克: もっと普通の色を持たせてくれたのならば、 藤克: 僕の息の仕方は、 藤克: もう少し楽になっていたのかもしれない』 あび:……めてよ。 藤克:『あび、僕は死にたいんだ。 藤克: 死ぬ以外に、 藤克: 生きる訳が見付からないんだよ』 あび:……やめて。 藤克:『でもね、あび。 藤克: お前に会えて僕は独りじゃなくなったよ。 藤克: お前が生きるなら、 藤克: 同じ様に生きてもいいと思えたんだ』 あび:やめてよっっ!! 藤克:『……そうだよね。 藤克: お前は僕を慕ってくれるけれど、 藤克: それは僕がお前に向けた感情と、 藤克: 同じじゃないんだよ……』 あび:っっ……。 藤克:『良いんだよ、あび。 藤克: お前はその儘で居て。 藤克: 僕が勝手なだけだから、 藤克: 返して欲しいとも思っていないから。 藤克:  藤克: お前を困らせるくらいなら、 藤克: 死ぬ迄黙るから許して、あび』 あび:困ってないよ! あび:勇気が出なかっただけなの。 あび:私が弱かっただけで、 藤克:だから言わせなかったんだ。 あび:っっ?! 藤克:酷いね、あび。 藤克:とっくに気付いてたのにさ。 藤克:お前は本当に、 藤克:視たくないものから目を逸らすねぇ。 あび:……。 藤克:あーあー可哀想。 藤克:折角何年も守って可愛がって想ってたのに、 藤克:それすらも言わせて貰えないとか。 あび:(押し殺して泣く) 藤克:聞いて、あび? 藤克:教えてあげるよ、あび。 藤克:この子が最期に思った事。 あび:聞きたくない……やめて。 藤克:ははっっ。 藤克:『あびは大丈夫かな……』 藤克:『逃げているといいけれど』 藤克:『嗚呼、悔しいなぁ』 あび:やめてよ……。 藤克:『もっと、お前と生きたかったよ』 藤克:『愛してたんだ、あび』 あび:………………。 藤克:ははっっ、ねぇ愛って何? 藤克:そんな軽率な物でこの子は死んだの? 藤克:愛していれば、 藤克:死にたがりが生きたくもなるの? 藤克:でも愛されないのなら、 藤克:それは死にたくもなるの? 藤克:何故?どうして?なんで? 藤克:僕は知りたいんだよねぇ、それが! 藤克:……自分の事よりも知りたいんだよ。 あび:……らない。 藤克:神の遣いの中で、君は僕に気が付けた。 藤克:だったら視えるんじゃあないの? 藤克:ねぇ視てよ、教えてよ。 藤克:愛しも愛されもしないものがさ、 藤克:存在する訳を教えてよ、あび。 藤克:愛された君になら分かるんじゃあないの? あび:知らないっっ!! あび:そうだよ、私は!! あび:視たくないものから、 あび:目を逸らしたんだよ!! 藤克:…………はぁ?何それ? 藤克:つまんないんだけど。 0:あび、弓を抱える。 あび:……ごめんね、とんとん。 藤克:違うんだよなぁ、そうじゃないんだよ。 藤克:分かってないなー。 あび:……私は視る以外出来なくて、 あび:それもとんとんに……、 あび:教わらなくちゃいけなくて。 あび:甘えてばかりで、きっと苦しめてたよね。 藤克:あのねぇ、 藤克:後生大事にその弓抱えたところで、 藤克:所有者が居なくなった奴なんか、 藤克:ただのがらくたに過ぎないじゃん。 あび:でもね、ごめんね、とんとん。 あび:この後に及んでまだって、 あび:思うかもしれないけれど、 藤克:ねぇ聞いてるー? 藤克:僕が無理なんだから、 藤克:君如きには使えないよ。 あび:私じゃ駄目なの。 あび:私じゃ足りないの。 あび:お願い……力を貸して。 0:急に苦しみ出す。 藤克:だから使えないってば、っっ?! 藤克:は……ちょっっ……ぅ……。 あび:……? 藤克:(深く息を吸う) 藤克:『…………あび』 あび:……とんとん? 藤克:『時間無いから……急ぐよ』 あび:え? 藤克:『これがお前に、 藤克: 教えてあげられる最後だから、 藤克: よく聞いて、よく視て。 藤克: それで視えたら、僕に繋げるんだよ。 藤克: 分かった?』 あび:……分かった。 藤克:『藤は鴉(からす)、雛は阿鼻(あび) 藤克: 共鳴せよ、叫喚せよ 藤克: 我は針山の躯也(むくろなり) 藤克:  藤克: 契りを糧に命じ申す 藤克: 藤を雛へ、鴉を阿鼻へ 藤克: 死者を廃し、生者に従え 藤克:……彼(か)の名は?』 あび:……【愧遊(きゆう)】。 藤克:『うん、当たり。 藤克: よく出来たね、あび』 あび:とんと、 藤克:(被せる) 藤克:~~っっ?! 藤克:ぁ……あぁぁぁあ!! 藤克:あ~……あははははっっ!? 藤克:はぁあ?!凄いねっっ?! 藤克:自分の器じゃないのに乗っ取れる訳?! 藤克:ねぇもしかして僕、 藤克:惜しい奴殺しちゃった?! 藤克:どう思う?あび?! 0:あび、無視して弓を凝視する。 あび:……? 藤克:答えてよ~。 0:誰かと話すあび。 あび:……愧遊(きゆう)、さん? 藤克:ねぇ、 あび:はい……聞こえます。 あび:…………そうですよね。 あび:私も同じです。 藤克:あび? あび:……私は未熟者ですが、 あび:それでも、手伝って頂けますか? あび:とんとんの……いえ、 あび:鴉間 藤克の、 あび:代わりには、成れないですが……。 藤克:……何する気? 0:間。 あび:(M) あび:その後は、無我夢中で覚えていない。 あび:ただあと一歩のところで、 あび:未熟な私には力が及ばず、 あび:逃げられてしまった事だけは確かだった。 あび:  あび:弓の愧遊(きゆう)は、君の物だ。 あび:  あび:それが私に手を貸して、 あび:そして今も私の手の内に在る。 あび:  あび:つまり、 あび:君はやっぱり……死んでしまったのだ。 0:一拍。 0:過去、回想。 藤克:僕はね、鴉間 藤克。 藤克:お前の名前は? あび:……あび。 0:一拍。 藤克:返さなきゃいけない事は言わないし、 藤克:返して欲しいとも思っていない。 藤克:僕が勝手なだけだから、 藤克:お前は良いんだよ、その儘で。 0:一拍。 あび:(M) あび:  あび:悔やんでも悔やんでも あび:悔やみ切れない事がある あび: あび:それは一生の中で一番最期に あび:残して置きたいものなのだ あび:  あび:嗚呼、難儀だ難儀だ難儀だよぅ あび:  あび:あの背中を覚えている あび:今はもう到底追い付けやしない あび:大好きな……君の後ろ姿だ 0:一拍。 0:少し時が経つ。 0:藤克の墓の前。 あび:どうやら奴は江戸の方に、 あび:出没してるみたいですよ。 あび:仇……必ず取りましょうね。 あび:愧遊(きゆう)さん。 0:幻聴が聞こえる。 藤克:『あび』 あび:っっ?! あび:…………なぁに?とんとん。 藤克:『……愛してるよ』 あび:…………うん。 0:一拍。 あび:(M) あび:  あび:『愛してる』と言う言葉は嫌いだ あび: