台本概要

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タイトル 『猫を捨てに行く話』
作者名 sazanka  (@sazankasarasara)
ジャンル その他
演者人数 2人用台本(不問2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 冬の日の、記憶。
30分程度の会話劇です。

両役とも男女不問。
男×男でも、女×女でも、男×女でも演じて頂けます。セリフ中の□には、それぞれお好きな一人称を入れてお読みください。

※男×男の場合のみ、「◯」=「浪川啓太(なみかわけいた)」という人と、「△」=「霧谷秀(きりたにすぐる)」という人の、6年程前にあった別れ話、という事になります。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
不問 104 △より年下。性別不問。
不問 114 ◯より年上。性別不問。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:◯、△両役とも、性別・年齢性不問(△が◯より年長者である、という事だけは決まっています)。 0:台詞中の□にはそれぞれ、お好きな一人称を入れてお読みください。 : 0:『猫を捨てに行く話』 【モノローグ】(◯):まだ子猫だったコイツを拾ったのも、ちょうど今ぐらいの季節だった。 【モノローグ】(◯):何にもわかってないのか、後部座席に座る□の膝で、暢気(のんき)そうに丸まってる。 【モノローグ】(◯):早朝。窓ガラス越しに流れて行く冬の空は、赤い絵の具と青の絵の具を綯(な)い交ぜにして、水の中で溶かしたみたいにぼやけてて。 【モノローグ】(◯):昔、母さんと行ったホームセンターの、隅っこの方のペット売り場で見た、尾ビレと背ビレがやたらにヒラヒラな、カラフルな魚にも似てて……、 ◯:(意図せぬ呟き) ◯:……なんだっけ……。 △:何が? ◯:ん……? △:何が「なんだっけ?」 ◯:あ……、 ◯:声、出てた? 【モノローグ】(◯):運転席から、聞えよがしな溜息。 【モノローグ】(◯):この人の、良いとは言えない癖の、一つ。 △:眠い? ◯:いや……、そうでもない、けど、 △:けど? ◯:ぼーっとは、してた。 △:運転代わってよ、眠気覚ましに。 ◯:眠くはないんだって……。 ◯:でも、代わるよ、 △:いい、次のサービスエリアまで。 △:で? ◯:ん……? △:何の「何だっけ?」 ◯:ああ……。 ◯:大した事じゃないけど、 △:たいしたコトと思って訊いてない。 ◯:名前が出て来なくて……、 ◯:魚の、 △:さかな? ◯:ヒラヒラで、綺麗な色で……、 ◯:瓶とかに入って売ってる、 △:「ベタ」? ◯:あ……、 △:「闘魚(とうぎょ)」とかとも言う。 △:雑貨屋とかでも売ってるヤツでしょ。 ◯:そう、確かそう……。 ◯:「ベタ」……。 △:綺麗だけど凶暴だから。 △:一緒に飼うと殺し合っちゃうから、一匹ずつ瓶詰めで売ってるヤツ。 △:……昔、同級生で飼ってる子がいたわ。 △:猫に食べられちゃったらしいけど。 ◯:猫……? △:瓶ごとテーブルから落とされて。 △:割れちゃったんだって。 ◯:あー……。 【モノローグ】(◯):ガラスの破片で口とか、ベロとか、肉球とか、怪我、しなかったかな……、って。 【モノローグ】(◯):魚にお悔やみ申し上げるよりも先に、思うくらいには、 【モノローグ】(◯):□も猫の飼い主が、板についてるみたいで。 【モノローグ】(◯):昨日の雨で湿った道路は時間のせいか対向車も少ない。 【モノローグ】(◯):モスグリーンの軽トラを1台、追い越した。 【モノローグ】(◯):膝の上、あったかいキジトラ模様に眼をやると、気持ちよさそうに丸まって、ゆっくりと上下してる。 ◯:ウチでもおんなじ事になるかな……、 △:ん? ◯:その、魚、飼ったら。 △:一緒の空間に置かなきゃイイだけだし。 △:それに……、もうその心配は無いでしょ。 △:今から捨てに行くんだから。 △:その子。 ◯:…………。 ◯:そうだった。 △:飼う? △:ベタ。 ◯:……、 ◯:引っ越してから、考える。 0:【間】 【モノローグ】(△):猫の成長って早い。 【モノローグ】(△):この子を拾ってからの1年間、何回そんなコトを口にしたか、わからないけど。 【モノローグ】(△):人と人の、関係が変わるのも、早い時は早い。 【モノローグ】(△):関係が結ばれるのも。 【モノローグ】(△):それが、解(ほど)けるのも。 【モノローグ】(△):飲み屋で出会って二回目の夜。 【モノローグ】(△):どっちから誘ったんだっけ、 【モノローグ】(△):……□に決まってるか。 【モノローグ】(△):1年半前のコイツが、自分から誘うワケないし。いくら酔ってたって、 【モノローグ】(△):……、酔ってたっけ。 【モノローグ】(△):□だけ? △:もーじきサービスエリア着きまーす……。 △:トイレ、大丈夫? ◯:あ、うん……。 ◯:あんま、そんなには、平気……。 △:どっちだ、それ。 【モノローグ】(△):いつまでも直らない、 【モノローグ】(△):……、 【モノローグ】(△):直らなかった、曖昧な返事。 【モノローグ】(△):おんなじ調子でグダグダに始まった、二人暮らし。 【モノローグ】(△):コイツが転がり込んだ□のマンションの前で、段ボールに入った汚ったない子猫を拾ったのは、付き合って半年記念の日の夜、 【モノローグ】(△):……朝だったっけ、もう。 【モノローグ】(△):酔って寒さもわからなくなった□たちとは違って、 【モノローグ】(△):凍えて、震えて、細く鳴いてた。 【モノローグ】(△):ああ前の飼い主から「死ね」って言われてんだなコノ子。 【モノローグ】(△):そう思ってすぐに「飼うよ」って言ったのは□で、 【モノローグ】(△):「うん」、って即答したのがコイツ。 【モノローグ】(△):それは……、はっきり覚えてる。 △:なんかお腹空いたな……。 △:買う? 何か。 ◯:んー……。 ◯:あれ、まだあるかな……、 ◯:前来た時に食べた、 △:「焼き明太ドッグ」? △:□、アレやだ。塩っカラ過ぎ。 ◯:おんなじモノじゃなくてもイイでしょ、 ◯:もう。 △:……、 △:そっか。 【モノローグ】(△):ドライブデートで軽く買い食いする時は。 【モノローグ】(△):二人、おんなじ物を食べる。 【モノローグ】(△):今思えば下らない、お遊びのルールだけど。 【モノローグ】(△):癖って怖い。 【モノローグ】(△):コレはもう、デートなんかじゃないのに。 【モノローグ】(△):明け方のサービスエリアは、猫に荒らされたネズミの巣みたいに閑散としてた。 0:【間】 △:しっかしさぁー……、 △:あ、そこ、次のトコ右だからね。 ◯:うん……、カーナビ見てるよ、 △:いくら十二月だからってさぁー、どこもかしこも、朝っぱらのサービスエリアでまでユーミンだの竹内まりやだの、聴きたくナイってーの。 ◯:かかってたね、定番のヤツ……、 △:マライアは許すけど。 △:ホント、クリスマスソングって何十年おんなじ曲コスってんだか……。 △:って、ちょっと、こら……っ、 ◯:何? △:この泥棒猫……、焼き明太に興味津々。 △:オヤジかってーの……。 ◯:さっきカリカリあげたんだけどね……、 ◯:でも無理ないかも。魚だし。 △:ダメダメ、塩分過多。 △:お前はこれから、野良の野生の、そりゃーもーひもじーぃワイルドライフ送ってくんだから。 △:贅沢覚えたら毒よ、毒。 ◯:安くないもんね、明太子って……。 ◯:……ていうかさ、 △:何? ◯:買ったんだね……、 ◯:焼き明太ドッグ。 △:……、 0:暫しの沈黙。 △:悪い? ◯:いや……、じゃないけど、 △:なんか。 △:今回はイケるかなって思ったけど。 △:気の迷いだったわ。 ◯:□、貰おうか、 △:二本目はダメ。塩分過多。 △:…………それぐらいだったら、 0:膝の上に眼を遣り。 △:食べる? ちょっとだけ。 ◯:あ……、 【モノローグ】(◯):薄茶色の包み紙を開いて、湿ったパンに挟まれた、鮮やかなピンクをひとかけら、ちぎるが早いか。 【モノローグ】(◯):小さな獣は猛烈な勢いでがっつく。 【モノローグ】(◯):グルグル唸りながら、噛んで、潰して、飲み下していく。 【モノローグ】(◯):可愛いよりも勇ましくて、 【モノローグ】(◯):□は、これを見るのが好きだった。 △:おーおー、厚かましー食べっぷり。 ◯:いいの……? △:別にぶっちゃけ……、 △:1欠け2欠け食べたぐらいでどーってコトないでしょ。 △:……それにまー、 0:視線は車外へ。 △:最後だし。 △:これで。 ◯:……、 【モノローグ】(◯):□の、世界で一番近くだった人は、 【モノローグ】(◯):窓の外の景色を見て言った。 【モノローグ】(◯):何だか知らない人みたいな顔だった。 ◯:……そうだね。 0:【間】 【モノローグ】(△):「この子、捨てに行こうか」、って。 【モノローグ】(△):言ったのは□。 【モノローグ】(△):□の方が、先に新居を決めて。 【モノローグ】(△):「でも最後の月まで、部屋代は折半にしといたげる。□にしたら半月分の空(から)家賃だけど、」 【モノローグ】(△):なんて嫌味を捻るくらいには、別れ自体にも冷めてて。 【モノローグ】(△):……冷めた振りしてただけか。どっちでもイイけど。 【モノローグ】(△):「□は次の所、ペット無理なトコだし。」 【モノローグ】(△):「そっちもコブ付きじゃない方が、色々探しやすいんじゃないの」、とか何だとか、適当に。 【モノローグ】(△):仕事終わりに仮眠して。 【モノローグ】(△):土曜の真夜中に車を出した。 【モノローグ】(△):BGMはつけなかった。 △:飲み物って買った? ◯:一応……。 ◯:買ってないの? △:忘れた。 △:喫煙所で飲み切って捨てた。 ◯:戻る? △:イイ、イイ。 △:次コンビニあったら寄って。 ◯:OK……。 0:【間】 【モノローグ】(◯):走る。走る。 【モノローグ】(◯):ようやく顔を出した太陽に照らされて、 【モノローグ】(◯):少しずつ暖まっていく世界を走る。 【モノローグ】(◯):景色が流れていく。 【モノローグ】(◯):流れていく。 【モノローグ】(◯):□は運転に集中している。 【モノローグ】(◯):道沿いに緑が増えてきた。 【モノローグ】(◯):目的地まではもう少し。 【モノローグ】(◯):□は運転に集中している。 0:【間】 ◯:なあ……。 ◯:お前はどう思う? 【モノローグ】(◯):コンビニエンス・ストアの駐車場。 【モノローグ】(◯):後部座席で、猫は大あくび。 ◯:1年って長いかな、短いかな。 ◯:こないだ聞いたんだけどさ、猫って最初の1年で人間の二十歳(はたち)ぐらいまで成長して、その後は1年で5歳ぐらいずつ、歳を取るんだってさ……。 ◯:そのお前からしたらさ、 0:猫は身じろぎし、丸くなる。 ◯:「1年続けば持った方だよ」、って、言う人もいるけどさ……。 0:猫は一瞥もくれず、微睡みの姿勢。 ◯:……お前って鳴かないよな。 ◯:捨て猫だから……、親から鳴き方とか、教わらなかったのかな……。 0:尚も猫は唯我独尊。 ◯:……何とか言ってよ。 ◯:最後なんだからさ……。 0:コンコンっ、と窓をノックする音(出来れば鳴らしてください)。 0:次いで、助手席のドアが開き。 △:お取り込み中失礼っ。 △:また猫とマジトーンで喋ってたの? ◯:おかえり……。 ◯:トイレ、混んでた? △:□の前が長くてさー……、 △:レジも遅っそいし。この時間のコンビニでロクな目にあった覚えないわ、なんか。 △:あ、何か買ってくる? ◯:ううん、いい。 △:ナニ話してたワケ? ◯:えと……、何、とかは、 △:猫は猫、人間語なんてわかんないんだから。 △:こっちの言葉で一方的に喋るのって失礼じゃない? ◯:その……、ニュアンスだけ伝わればっていうか……、 ◯:聞いててくれるだけで半分満足っていうか、 △:出た、自己中。 △:相手の気持ち考えない。 △:自分さえ良かったらイイって? ◯:いやあの、 ◯:ごめん……。 △:□はもうどーでもイイけど。 △:「次」までには、治しなよ。 ◯:…………、 ◯:うん。 △:…………。 0:暫しの静寂。 △:運転、代わるから。 ◯:あ……、 ◯:いい。 △:ん? ◯:□……、最後まで。 ◯:そんな、気分。 △:…………。 △:そう? 0:【間】 【モノローグ】(△):ひたすらに走っても、田舎の景色はゆっくりとしか変わらない。 【モノローグ】(△):雲は流れて、この時期にしちゃ路面は快適。 【モノローグ】(△):ウチの猫のヤツは相変わらず、のほほんとしている。 【モノローグ】(△):……そりゃそうか。外よりずっと快適だもんね。 【モノローグ】(△):毛皮を失くした人間様には、今年の寒波は堪え過ぎ。 【モノローグ】(△):……コレも毎年言ってるけど。 ◯:すご……、 ◯:外の木、葉っぱ、凍ってる……、 △:前見な、前。 △:……ホントだ。霜が降りてる。 △:マジで寒いんだねこの辺……。 【モノローグ】(△):木の枝にも、路面にも、 【モノローグ】(△):細かい氷の粒がきらきら、きらきら。 【モノローグ】(△):砕けたガラスの粒みたいに光ってて。 【モノローグ】(△):青いスポーツカーの、内と外を隔てる窓は曇ってる。 【モノローグ】(△):内側に居る限り、外の世界の、刺すような冷たさに苛まれる事はない。 【モノローグ】(△):互いを傷付け合わない為に、小さくて狭い瓶の中、たった独りで一生を終える魚のように。 【モノローグ】(△):或いは傷付く事も傷付ける事も恐れて、自分という薄いガラスすら破るのを躊躇(ためら)う、人間たちのように。 【モノローグ】(△):……コイツはどうなんだか、知らないけど。 △:(微かな呟き) △:……いっそ落として割ってくれたら良かったのに……。 ◯:え……? △:……、 △:何でもナイ。 △:…………、 △:なんかさ、 ◯:うん、 △:もっとケンカとかしたら良かったね、 △:□たち。 ◯:……、 ◯:……、 【モノローグ】(△):距離だの。 【モノローグ】(△):主義だの。 【モノローグ】(△):将来だの。 【モノローグ】(△):空論を捏ね回すだけの机の上から、肉球パンチでハタキ落とされて。 【モノローグ】(△):ガラスまみれの床の上で、パクパク、ピチピチ。 【モノローグ】(△):のたうち回って傷付いて、 【モノローグ】(△):それでも最後は猫のお腹で、仲良く1つ。 【モノローグ】(△):ソレならそこそこ、 【モノローグ】(△):ハッピーかもじゃんね? 【モノローグ】(△):…………。 【モノローグ】(△):なんつって。 【モノローグ】(△):メンヘラか□は。 ◯:喧、嘩……、 △:上手にやり過ごす事ばっか考えずにさ。 △:ひとまずぶつかってみたら良かった、とか。 △:思わない? ◯:……、 ◯:……、 0:暫し、走行音だけの静寂。 △:お互いによ? △:勿論。 ◯:うん……。 ◯:でも……、 △:んー。 ◯:お互いに……、 ◯:そういう性格じゃ、 ◯:ないもんね……。 △:……、 △:…………。 0:再びの沈思。 △:(溜息) △:正解(せーかい)……。 △:アンタが正しい。 【モノローグ】(△):いつだってね。 【モノローグ】(△):コイツはどこまでも本当に、優し過ぎたし……、 【モノローグ】(△):□は、最後の最後まで面倒くさがりだった。 【モノローグ】(△):ただ、それだけのこと。 【モノローグ】(△):どこにでもある、別れ話。 0:【間】 【モノローグ】(◯):山の緑を縫うみたいに、青い車は走る、走る。 【モノローグ】(◯):後部座席で伸びをする猫は、キジトラ模様の白と茶色で。 【モノローグ】(◯):十二月のぼんやりした空は、薄っすらとしたネズミ色。 【モノローグ】(◯):淡く褪せた水色の空と、アスファルトの黒が視界を埋めて。 【モノローグ】(◯):□は運転に集中している。 △:なんだかんだでもーすぐ着くか……。 △:閉園中とかじゃないよね?? 今の時期って、 ◯:大丈夫、と思うけど……、 ◯:調べる? △:いや……、 △:イイ。 △:入れなきゃ、ソレはソレでしょ。 ◯:……、うん。 【モノローグ】(◯):県境の、古いダムの跡地に造られた、噴水公園。 【モノローグ】(◯):□たちが、人生を分け合う約束をした場所。 【モノローグ】(◯):あの場所には、猫がたくさん居る。 △:来なくなってなきゃイイけどね……、 △:あの「餌やりオジサン」。 ◯:ほんとに……、ね。 【モノローグ】(△):たくさんの猫に、たくさんの餌をあげては帰っていく、謎の不審者。 【モノローグ】(△):近所に住んでる寂しい年寄りだか、 【モノローグ】(△):マジでソレしかやる事が無い日陰者だか、 【モノローグ】(△):見るまでは信じられなかったけど。 【モノローグ】(△):噂じゃなくて、本当に居て。 【モノローグ】(△):□たちは、それに望みをかけている。 ◯:……今度は□がトイレ行きたくなってきた……。 △:寄る? コンビニ。 ◯:うん……。 0:【間】 【モノローグ】(◯):「どうせならたくさんが良い」、って。 【モノローグ】(◯):言ったのは多分、□。 【モノローグ】(◯):今日からこの二人は、世界で1番近い、他人同士なんだから。 【モノローグ】(◯):キスも、ハグも。 【モノローグ】(◯):声も、熱も、表情も、 【モノローグ】(◯):なるだけたくさん持ち寄って、なるだけたくさん、二人で分けよう、って。 【モノローグ】(◯):寒い冬に凍えてしまわないように。 【モノローグ】(◯):互いで互いを、包み合おう、って。 【モノローグ】(◯):決めたのか、決まったのか、 【モノローグ】(◯):一年前の□たちは、確かに世界で、二人だった。 △:見えて来た……。え、アソコだよね?? ◯:そう…、の筈。 △:前来た時は夜だったじゃん、 △:日中だと感じチガウわー……、 ◯:ね……。 【モノローグ】(△):だけど□たちは人間だ。 【モノローグ】(△):猫みたいに気高くも強くもない。 【モノローグ】(△):薄いガラスを自ら破って、二人で一つになる事は決して出来ない。 【モノローグ】(△):卑怯で、臆病な生き物だ。 【モノローグ】(△):だから、 △:……終わりだね、ここで。 0:【間】 【モノローグ】(◯):車を駐めた頃には昼過ぎだった。 【モノローグ】(◯):公園の、大きくて赤い正面ゲートは閉まってはいなくて。 【モノローグ】(◯):□たち以外に、人はまばらで。 【モノローグ】(◯):前と変わらず……、 【モノローグ】(◯):猫が、たくさん居た。 △:おー……、 △:そこにも、あそこにも、猫団子。 ◯:前より多いような……、 ◯:あっ、ちょっと、暴れないでっ、 △:バッグから出たがってんじゃない。 △:久々にお仲間見て興奮してるか、 ◯:上手く馴染めるかな……、 △:……、さあ。 △:そっからは、コイツ次第でしょ。 【モノローグ】(△):いつだって。 【モノローグ】(△):いつだって全部は、自分次第。 【モノローグ】(△):そうやって言い聞かせて、強がって生きて来たつもりの、□には。 【モノローグ】(△):「分け合う」事はいつだって怖かった。 【モノローグ】(△):「面倒臭い」は言い訳で。 【モノローグ】(△):ホントは、結局……、 △:臆病だったんだよねー、□が……。 ◯:え……、 【モノローグ】(◯):噴水を囲むベンチに腰掛けて。 【モノローグ】(◯):冬の雲を見透かしながら、この人は言った。 【モノローグ】(◯):噴き上がる水は、今は止められている。 △:ごめんね。 ◯:……、なん、で……、 △:「自分が悪いのかも」、とか思ったまま、次行ってほしくナイし。 ◯:……、別に……、 △:いや全然思ってないのもソレはソレでムカつくケド。 ◯:どっち……。 △:どっちでも。 △:本当はこんなの、どっちでもイイ。 △:お互い、別々になるんだから。 ◯:……、そう、だけど……、 △:イイ事ばっかり起こると良いね。 △:この次は。 ◯:……、でも……、 ◯:でも、□は、 【モノローグ】(△):何を言う気だろう、コイツは。 【モノローグ】(△):□は何を聞きたい? ◯:□は……、良い事も、悪い事も……、 ◯:二人で、分け合えたらいいと、思ってた……。 △:……、……。 △:は。 △:ソコらでいっぱいくっついてる、アイツらみたいに? ◯:……、 【モノローグ】(◯):猫、猫、猫。 【モノローグ】(◯):公園の一番奥の、この白い噴水に辿り着くまでにも、たくさん、猫。 【モノローグ】(◯):丸まって、重なり合って、暖め合っている。 【モノローグ】(◯):皆、捨てに来るんだろうか。 【モノローグ】(◯):□たちのように、 【モノローグ】(◯):過去と、思い出を置いて行くみたいに。 【モノローグ】(◯):分け合う事も、押し付け合う事もせずに。 【モノローグ】(◯):猫の形をした温もりごと、 【モノローグ】(◯):置き去りにして帰って行くんだろうか。 【モノローグ】(◯):どこへ、 【モノローグ】(◯):どこへ? 【モノローグ】(◯):□たちは、どこへ帰ったら良い? 【モノローグ】(◯):この、温かくて、柔らかくて、偶(たま)に鬱陶しい、 【モノローグ】(◯):家族を、置き去りにして――――、 △:……っ、ちょっと、 ◯:(落涙)っ、うっ、ぐすっ、ぅ……っ、 ◯:えっ、ぐっ、うっ……っ、 △:あー、えー……、 △:何、何の感じ……、 0:一頻り、嗚咽。 ◯:ぐずっ、……っ、……、 ◯:嫌、だ……っ、 △:何がァ? ◯:やっぱり……、 ◯:コイツ、を……、 ◯:いくら仲間が、いっぱい居るから、って……、 ◯:こんな、冬なのにっ、 ◯:知らない、トコに……、 ◯:捨てて行く、なんてっ……、 ◯:ぅっ、……、 △:……、 △:……。 【モノローグ】(△):やっぱり。 【モノローグ】(△):コイツは……。 △:(溜息) △:遅いっての。最後まで……。 ◯:……、え……、 △:ていうか当たり前でしょ。 △:動物捨てるとか最低だし。 ◯:え……、 ◯:え……? △:「二人で」飼ってたこの猫はココに捨てて。 △:捨てられたコイツを、□が拾う。 △:って。 △:するつもりだったし。 △:アンタが何も言い出さなかったら。 ◯:……、だって……、 ◯:次の所、動物、駄目、って……、 △:そーだよ? △:けどどーとでもなるし。 △:稼いでるから□、アンタより。 ◯:……っ、 ◯:……、 △:ていうか本当に捨ててく気だったの?? 最初は。 ◯:……、 ◯:あんまり、実感、湧いてなかった……、 △:そんな感じだと思った。 △:…………するワケ無いじゃん。 △:せっかく家族になったのに。 ◯:かぞ、く……、 △:1年間は、三人家族。 △:で……、明日からは、違うね。 ◯:……、……、 △:アンタがそんなに泣いてるトコ、初めて見た。 ◯:そうだっけ……、 △:そーよ? そうじゃん。 △:……ちょっと羨ましい、コイツが。 【モノローグ】(◯):紺色の猫用キャリーをポンポン、とはたいても、中の猫は気にも止めない。 【モノローグ】(◯):知らない場所にももう慣れたのか丸くなって、コレなら本当に野良でも、上手くやって行けたんじゃないか、とか。 【モノローグ】(◯):コイツは、そうだとして、 【モノローグ】(◯):じゃあ、□は、どうなんだろう、とか……、 △:出来たら二人でヨロシクやってよ? △:これからは。 ◯:あ、え……? △:引越し先まだ決めてないんでしょ? △:一人より二人が良いって、アンタは。 ◯:……□と、コイツ、二人……? △:他に誰が居るんだっての。 △:……ヨロシク頼んだよー? ダメな人間の飼い主をさー? 【モノローグ】(◯):格子(こうし)の隙間からこっちを覗いて、「任せろ」、とでも言うように、薄ピンクの鼻を鳴らす。 【モノローグ】(◯):□の家族だった人は、人差し指を突っ込んで、髭の付け根を撫でてやる。 【モノローグ】(◯):呆気ないくらいに、 【モノローグ】(◯):いつもの光景だった。 【モノローグ】(◯):ここがどこでも。 【モノローグ】(◯):今日が、最後の日でも、 △:ほら、アンタも言っときな。 ◯:あ……、え、と、 【モノローグ】(◯):猫はいつでも、 【モノローグ】(◯):猫らしい。 ◯:……□からも、よろしく……。 0:【間】 △:……さァー、って……。 △:目的も果たしたし。 △:ご飯食べて帰ろっかー。 ◯:あ……、 △:お腹空かない? △:あ、勿論他人同士としてよ? ◯:空(す)いてる、けど……、 ◯:目的? △:決まったでしょ。 △:コイツの、新しい拾い主。 ◯:そういう……。 ◯:……、うん……。 △:辛気臭いのヤメてね? △:散々話し合って決めたのがバカみたいじゃん。 ◯:そう……、なんだけどさ……、 △:捨ててく? やっぱり猫。 ◯:いや……っ、ソレは全く、別なんだけど……、 △:けど? ◯:もう……、本当に、 ◯:最後なんだな、って……、 △:……、 △:思うんだけどさ。 ◯:うん、 △:最後ってナニ? ◯:えっ、 △:アンタの? □の? この世の最後?? ◯:いや、あの……、 △:何が最後で、何が終わるの? △:何か変わる? ◯:そりゃ……、色々と、 △:変わってくのは今までもそうで。 △:これからも同じじゃん。 △:違う? ◯:……、……、 △:死んでないし。 △:生きてんだから。 △:今日は今日だし明日は明日でしょ。 ◯:……、 △:はいグゥの音(ね)も出ないんだったら無理しないでトイレ行っといで。 ◯:え……、 △:行きたいんでしょ? △:公園出ちゃったら最初のコンビニまで結構あるよ。 ◯:あ……、 △:水分取りすぎ。 △:ここで待ってるからほら、さっさと。 ◯:う、うん……、 ◯:……、ごめん、行ってくる……。 0:足早に、◯は公園事務所隣接のWCへと向かう。 △:……、……。 0:周囲に人影は無く。 △:(溜息) △:ナニ言ってんだか、□……。 0:人と、猫、二人。 △:……ごめんね? なんか……。 △:こんなトコまで付き合わせちゃって。 0:猫はキャリーの中、もぞ、と蠢き。 △:寒いよね……。もー、すぐ車だから。 0:白く息を吐き。 0:静寂。 △:…………捨てられちゃった、□。 0:風は無く、空気は乾き。 0:噴水公園の午後は緩やかに時が流れている。 △:あーーーーー…………。 △:ヤーーーーだなーーーーーー、別れんの……。 △:今更だけどさーーー…………。 △:……聞いてる? 0:我関せず、と無言の猫。寝息に似た呼吸音。 △:……はァーー…………。 △:とりま何食べよっかな…………。 △:…………、 0:思案し、格子の中に座す、かつての家族を見やり。 △:ね。 △:お腹も、結構ちゃんと、空いてるし……。 △:色々食べたい気分だからさ……。 △:ちょこちょこ、アレコレ、バラバラっと頼んで……、 △:二人でシェア、出来る感じのにする、とか。 △:……そーいうの、どう思う? 猫:……、 【モノローグ】(△):「良いんじゃないの」、とでも言う風に。 【モノローグ】(△):キジトラの猫がニャーと鳴いた。 【モノローグ】(△):ガラスを割って、派手に全部を、ぶち撒けられなくても。 【モノローグ】(△):こうしてたまァーに、ちょろっと零(こぼ)すぐらいなら、とか。 【モノローグ】(△):猫も食わない戯言(たわごと)が浮かんで、溶けて。 【モノローグ】(△):この話はおしまい。 0:【終】

0:◯、△両役とも、性別・年齢性不問(△が◯より年長者である、という事だけは決まっています)。 0:台詞中の□にはそれぞれ、お好きな一人称を入れてお読みください。 : 0:『猫を捨てに行く話』 【モノローグ】(◯):まだ子猫だったコイツを拾ったのも、ちょうど今ぐらいの季節だった。 【モノローグ】(◯):何にもわかってないのか、後部座席に座る□の膝で、暢気(のんき)そうに丸まってる。 【モノローグ】(◯):早朝。窓ガラス越しに流れて行く冬の空は、赤い絵の具と青の絵の具を綯(な)い交ぜにして、水の中で溶かしたみたいにぼやけてて。 【モノローグ】(◯):昔、母さんと行ったホームセンターの、隅っこの方のペット売り場で見た、尾ビレと背ビレがやたらにヒラヒラな、カラフルな魚にも似てて……、 ◯:(意図せぬ呟き) ◯:……なんだっけ……。 △:何が? ◯:ん……? △:何が「なんだっけ?」 ◯:あ……、 ◯:声、出てた? 【モノローグ】(◯):運転席から、聞えよがしな溜息。 【モノローグ】(◯):この人の、良いとは言えない癖の、一つ。 △:眠い? ◯:いや……、そうでもない、けど、 △:けど? ◯:ぼーっとは、してた。 △:運転代わってよ、眠気覚ましに。 ◯:眠くはないんだって……。 ◯:でも、代わるよ、 △:いい、次のサービスエリアまで。 △:で? ◯:ん……? △:何の「何だっけ?」 ◯:ああ……。 ◯:大した事じゃないけど、 △:たいしたコトと思って訊いてない。 ◯:名前が出て来なくて……、 ◯:魚の、 △:さかな? ◯:ヒラヒラで、綺麗な色で……、 ◯:瓶とかに入って売ってる、 △:「ベタ」? ◯:あ……、 △:「闘魚(とうぎょ)」とかとも言う。 △:雑貨屋とかでも売ってるヤツでしょ。 ◯:そう、確かそう……。 ◯:「ベタ」……。 △:綺麗だけど凶暴だから。 △:一緒に飼うと殺し合っちゃうから、一匹ずつ瓶詰めで売ってるヤツ。 △:……昔、同級生で飼ってる子がいたわ。 △:猫に食べられちゃったらしいけど。 ◯:猫……? △:瓶ごとテーブルから落とされて。 △:割れちゃったんだって。 ◯:あー……。 【モノローグ】(◯):ガラスの破片で口とか、ベロとか、肉球とか、怪我、しなかったかな……、って。 【モノローグ】(◯):魚にお悔やみ申し上げるよりも先に、思うくらいには、 【モノローグ】(◯):□も猫の飼い主が、板についてるみたいで。 【モノローグ】(◯):昨日の雨で湿った道路は時間のせいか対向車も少ない。 【モノローグ】(◯):モスグリーンの軽トラを1台、追い越した。 【モノローグ】(◯):膝の上、あったかいキジトラ模様に眼をやると、気持ちよさそうに丸まって、ゆっくりと上下してる。 ◯:ウチでもおんなじ事になるかな……、 △:ん? ◯:その、魚、飼ったら。 △:一緒の空間に置かなきゃイイだけだし。 △:それに……、もうその心配は無いでしょ。 △:今から捨てに行くんだから。 △:その子。 ◯:…………。 ◯:そうだった。 △:飼う? △:ベタ。 ◯:……、 ◯:引っ越してから、考える。 0:【間】 【モノローグ】(△):猫の成長って早い。 【モノローグ】(△):この子を拾ってからの1年間、何回そんなコトを口にしたか、わからないけど。 【モノローグ】(△):人と人の、関係が変わるのも、早い時は早い。 【モノローグ】(△):関係が結ばれるのも。 【モノローグ】(△):それが、解(ほど)けるのも。 【モノローグ】(△):飲み屋で出会って二回目の夜。 【モノローグ】(△):どっちから誘ったんだっけ、 【モノローグ】(△):……□に決まってるか。 【モノローグ】(△):1年半前のコイツが、自分から誘うワケないし。いくら酔ってたって、 【モノローグ】(△):……、酔ってたっけ。 【モノローグ】(△):□だけ? △:もーじきサービスエリア着きまーす……。 △:トイレ、大丈夫? ◯:あ、うん……。 ◯:あんま、そんなには、平気……。 △:どっちだ、それ。 【モノローグ】(△):いつまでも直らない、 【モノローグ】(△):……、 【モノローグ】(△):直らなかった、曖昧な返事。 【モノローグ】(△):おんなじ調子でグダグダに始まった、二人暮らし。 【モノローグ】(△):コイツが転がり込んだ□のマンションの前で、段ボールに入った汚ったない子猫を拾ったのは、付き合って半年記念の日の夜、 【モノローグ】(△):……朝だったっけ、もう。 【モノローグ】(△):酔って寒さもわからなくなった□たちとは違って、 【モノローグ】(△):凍えて、震えて、細く鳴いてた。 【モノローグ】(△):ああ前の飼い主から「死ね」って言われてんだなコノ子。 【モノローグ】(△):そう思ってすぐに「飼うよ」って言ったのは□で、 【モノローグ】(△):「うん」、って即答したのがコイツ。 【モノローグ】(△):それは……、はっきり覚えてる。 △:なんかお腹空いたな……。 △:買う? 何か。 ◯:んー……。 ◯:あれ、まだあるかな……、 ◯:前来た時に食べた、 △:「焼き明太ドッグ」? △:□、アレやだ。塩っカラ過ぎ。 ◯:おんなじモノじゃなくてもイイでしょ、 ◯:もう。 △:……、 △:そっか。 【モノローグ】(△):ドライブデートで軽く買い食いする時は。 【モノローグ】(△):二人、おんなじ物を食べる。 【モノローグ】(△):今思えば下らない、お遊びのルールだけど。 【モノローグ】(△):癖って怖い。 【モノローグ】(△):コレはもう、デートなんかじゃないのに。 【モノローグ】(△):明け方のサービスエリアは、猫に荒らされたネズミの巣みたいに閑散としてた。 0:【間】 △:しっかしさぁー……、 △:あ、そこ、次のトコ右だからね。 ◯:うん……、カーナビ見てるよ、 △:いくら十二月だからってさぁー、どこもかしこも、朝っぱらのサービスエリアでまでユーミンだの竹内まりやだの、聴きたくナイってーの。 ◯:かかってたね、定番のヤツ……、 △:マライアは許すけど。 △:ホント、クリスマスソングって何十年おんなじ曲コスってんだか……。 △:って、ちょっと、こら……っ、 ◯:何? △:この泥棒猫……、焼き明太に興味津々。 △:オヤジかってーの……。 ◯:さっきカリカリあげたんだけどね……、 ◯:でも無理ないかも。魚だし。 △:ダメダメ、塩分過多。 △:お前はこれから、野良の野生の、そりゃーもーひもじーぃワイルドライフ送ってくんだから。 △:贅沢覚えたら毒よ、毒。 ◯:安くないもんね、明太子って……。 ◯:……ていうかさ、 △:何? ◯:買ったんだね……、 ◯:焼き明太ドッグ。 △:……、 0:暫しの沈黙。 △:悪い? ◯:いや……、じゃないけど、 △:なんか。 △:今回はイケるかなって思ったけど。 △:気の迷いだったわ。 ◯:□、貰おうか、 △:二本目はダメ。塩分過多。 △:…………それぐらいだったら、 0:膝の上に眼を遣り。 △:食べる? ちょっとだけ。 ◯:あ……、 【モノローグ】(◯):薄茶色の包み紙を開いて、湿ったパンに挟まれた、鮮やかなピンクをひとかけら、ちぎるが早いか。 【モノローグ】(◯):小さな獣は猛烈な勢いでがっつく。 【モノローグ】(◯):グルグル唸りながら、噛んで、潰して、飲み下していく。 【モノローグ】(◯):可愛いよりも勇ましくて、 【モノローグ】(◯):□は、これを見るのが好きだった。 △:おーおー、厚かましー食べっぷり。 ◯:いいの……? △:別にぶっちゃけ……、 △:1欠け2欠け食べたぐらいでどーってコトないでしょ。 △:……それにまー、 0:視線は車外へ。 △:最後だし。 △:これで。 ◯:……、 【モノローグ】(◯):□の、世界で一番近くだった人は、 【モノローグ】(◯):窓の外の景色を見て言った。 【モノローグ】(◯):何だか知らない人みたいな顔だった。 ◯:……そうだね。 0:【間】 【モノローグ】(△):「この子、捨てに行こうか」、って。 【モノローグ】(△):言ったのは□。 【モノローグ】(△):□の方が、先に新居を決めて。 【モノローグ】(△):「でも最後の月まで、部屋代は折半にしといたげる。□にしたら半月分の空(から)家賃だけど、」 【モノローグ】(△):なんて嫌味を捻るくらいには、別れ自体にも冷めてて。 【モノローグ】(△):……冷めた振りしてただけか。どっちでもイイけど。 【モノローグ】(△):「□は次の所、ペット無理なトコだし。」 【モノローグ】(△):「そっちもコブ付きじゃない方が、色々探しやすいんじゃないの」、とか何だとか、適当に。 【モノローグ】(△):仕事終わりに仮眠して。 【モノローグ】(△):土曜の真夜中に車を出した。 【モノローグ】(△):BGMはつけなかった。 △:飲み物って買った? ◯:一応……。 ◯:買ってないの? △:忘れた。 △:喫煙所で飲み切って捨てた。 ◯:戻る? △:イイ、イイ。 △:次コンビニあったら寄って。 ◯:OK……。 0:【間】 【モノローグ】(◯):走る。走る。 【モノローグ】(◯):ようやく顔を出した太陽に照らされて、 【モノローグ】(◯):少しずつ暖まっていく世界を走る。 【モノローグ】(◯):景色が流れていく。 【モノローグ】(◯):流れていく。 【モノローグ】(◯):□は運転に集中している。 【モノローグ】(◯):道沿いに緑が増えてきた。 【モノローグ】(◯):目的地まではもう少し。 【モノローグ】(◯):□は運転に集中している。 0:【間】 ◯:なあ……。 ◯:お前はどう思う? 【モノローグ】(◯):コンビニエンス・ストアの駐車場。 【モノローグ】(◯):後部座席で、猫は大あくび。 ◯:1年って長いかな、短いかな。 ◯:こないだ聞いたんだけどさ、猫って最初の1年で人間の二十歳(はたち)ぐらいまで成長して、その後は1年で5歳ぐらいずつ、歳を取るんだってさ……。 ◯:そのお前からしたらさ、 0:猫は身じろぎし、丸くなる。 ◯:「1年続けば持った方だよ」、って、言う人もいるけどさ……。 0:猫は一瞥もくれず、微睡みの姿勢。 ◯:……お前って鳴かないよな。 ◯:捨て猫だから……、親から鳴き方とか、教わらなかったのかな……。 0:尚も猫は唯我独尊。 ◯:……何とか言ってよ。 ◯:最後なんだからさ……。 0:コンコンっ、と窓をノックする音(出来れば鳴らしてください)。 0:次いで、助手席のドアが開き。 △:お取り込み中失礼っ。 △:また猫とマジトーンで喋ってたの? ◯:おかえり……。 ◯:トイレ、混んでた? △:□の前が長くてさー……、 △:レジも遅っそいし。この時間のコンビニでロクな目にあった覚えないわ、なんか。 △:あ、何か買ってくる? ◯:ううん、いい。 △:ナニ話してたワケ? ◯:えと……、何、とかは、 △:猫は猫、人間語なんてわかんないんだから。 △:こっちの言葉で一方的に喋るのって失礼じゃない? ◯:その……、ニュアンスだけ伝わればっていうか……、 ◯:聞いててくれるだけで半分満足っていうか、 △:出た、自己中。 △:相手の気持ち考えない。 △:自分さえ良かったらイイって? ◯:いやあの、 ◯:ごめん……。 △:□はもうどーでもイイけど。 △:「次」までには、治しなよ。 ◯:…………、 ◯:うん。 △:…………。 0:暫しの静寂。 △:運転、代わるから。 ◯:あ……、 ◯:いい。 △:ん? ◯:□……、最後まで。 ◯:そんな、気分。 △:…………。 △:そう? 0:【間】 【モノローグ】(△):ひたすらに走っても、田舎の景色はゆっくりとしか変わらない。 【モノローグ】(△):雲は流れて、この時期にしちゃ路面は快適。 【モノローグ】(△):ウチの猫のヤツは相変わらず、のほほんとしている。 【モノローグ】(△):……そりゃそうか。外よりずっと快適だもんね。 【モノローグ】(△):毛皮を失くした人間様には、今年の寒波は堪え過ぎ。 【モノローグ】(△):……コレも毎年言ってるけど。 ◯:すご……、 ◯:外の木、葉っぱ、凍ってる……、 △:前見な、前。 △:……ホントだ。霜が降りてる。 △:マジで寒いんだねこの辺……。 【モノローグ】(△):木の枝にも、路面にも、 【モノローグ】(△):細かい氷の粒がきらきら、きらきら。 【モノローグ】(△):砕けたガラスの粒みたいに光ってて。 【モノローグ】(△):青いスポーツカーの、内と外を隔てる窓は曇ってる。 【モノローグ】(△):内側に居る限り、外の世界の、刺すような冷たさに苛まれる事はない。 【モノローグ】(△):互いを傷付け合わない為に、小さくて狭い瓶の中、たった独りで一生を終える魚のように。 【モノローグ】(△):或いは傷付く事も傷付ける事も恐れて、自分という薄いガラスすら破るのを躊躇(ためら)う、人間たちのように。 【モノローグ】(△):……コイツはどうなんだか、知らないけど。 △:(微かな呟き) △:……いっそ落として割ってくれたら良かったのに……。 ◯:え……? △:……、 △:何でもナイ。 △:…………、 △:なんかさ、 ◯:うん、 △:もっとケンカとかしたら良かったね、 △:□たち。 ◯:……、 ◯:……、 【モノローグ】(△):距離だの。 【モノローグ】(△):主義だの。 【モノローグ】(△):将来だの。 【モノローグ】(△):空論を捏ね回すだけの机の上から、肉球パンチでハタキ落とされて。 【モノローグ】(△):ガラスまみれの床の上で、パクパク、ピチピチ。 【モノローグ】(△):のたうち回って傷付いて、 【モノローグ】(△):それでも最後は猫のお腹で、仲良く1つ。 【モノローグ】(△):ソレならそこそこ、 【モノローグ】(△):ハッピーかもじゃんね? 【モノローグ】(△):…………。 【モノローグ】(△):なんつって。 【モノローグ】(△):メンヘラか□は。 ◯:喧、嘩……、 △:上手にやり過ごす事ばっか考えずにさ。 △:ひとまずぶつかってみたら良かった、とか。 △:思わない? ◯:……、 ◯:……、 0:暫し、走行音だけの静寂。 △:お互いによ? △:勿論。 ◯:うん……。 ◯:でも……、 △:んー。 ◯:お互いに……、 ◯:そういう性格じゃ、 ◯:ないもんね……。 △:……、 △:…………。 0:再びの沈思。 △:(溜息) △:正解(せーかい)……。 △:アンタが正しい。 【モノローグ】(△):いつだってね。 【モノローグ】(△):コイツはどこまでも本当に、優し過ぎたし……、 【モノローグ】(△):□は、最後の最後まで面倒くさがりだった。 【モノローグ】(△):ただ、それだけのこと。 【モノローグ】(△):どこにでもある、別れ話。 0:【間】 【モノローグ】(◯):山の緑を縫うみたいに、青い車は走る、走る。 【モノローグ】(◯):後部座席で伸びをする猫は、キジトラ模様の白と茶色で。 【モノローグ】(◯):十二月のぼんやりした空は、薄っすらとしたネズミ色。 【モノローグ】(◯):淡く褪せた水色の空と、アスファルトの黒が視界を埋めて。 【モノローグ】(◯):□は運転に集中している。 △:なんだかんだでもーすぐ着くか……。 △:閉園中とかじゃないよね?? 今の時期って、 ◯:大丈夫、と思うけど……、 ◯:調べる? △:いや……、 △:イイ。 △:入れなきゃ、ソレはソレでしょ。 ◯:……、うん。 【モノローグ】(◯):県境の、古いダムの跡地に造られた、噴水公園。 【モノローグ】(◯):□たちが、人生を分け合う約束をした場所。 【モノローグ】(◯):あの場所には、猫がたくさん居る。 △:来なくなってなきゃイイけどね……、 △:あの「餌やりオジサン」。 ◯:ほんとに……、ね。 【モノローグ】(△):たくさんの猫に、たくさんの餌をあげては帰っていく、謎の不審者。 【モノローグ】(△):近所に住んでる寂しい年寄りだか、 【モノローグ】(△):マジでソレしかやる事が無い日陰者だか、 【モノローグ】(△):見るまでは信じられなかったけど。 【モノローグ】(△):噂じゃなくて、本当に居て。 【モノローグ】(△):□たちは、それに望みをかけている。 ◯:……今度は□がトイレ行きたくなってきた……。 △:寄る? コンビニ。 ◯:うん……。 0:【間】 【モノローグ】(◯):「どうせならたくさんが良い」、って。 【モノローグ】(◯):言ったのは多分、□。 【モノローグ】(◯):今日からこの二人は、世界で1番近い、他人同士なんだから。 【モノローグ】(◯):キスも、ハグも。 【モノローグ】(◯):声も、熱も、表情も、 【モノローグ】(◯):なるだけたくさん持ち寄って、なるだけたくさん、二人で分けよう、って。 【モノローグ】(◯):寒い冬に凍えてしまわないように。 【モノローグ】(◯):互いで互いを、包み合おう、って。 【モノローグ】(◯):決めたのか、決まったのか、 【モノローグ】(◯):一年前の□たちは、確かに世界で、二人だった。 △:見えて来た……。え、アソコだよね?? ◯:そう…、の筈。 △:前来た時は夜だったじゃん、 △:日中だと感じチガウわー……、 ◯:ね……。 【モノローグ】(△):だけど□たちは人間だ。 【モノローグ】(△):猫みたいに気高くも強くもない。 【モノローグ】(△):薄いガラスを自ら破って、二人で一つになる事は決して出来ない。 【モノローグ】(△):卑怯で、臆病な生き物だ。 【モノローグ】(△):だから、 △:……終わりだね、ここで。 0:【間】 【モノローグ】(◯):車を駐めた頃には昼過ぎだった。 【モノローグ】(◯):公園の、大きくて赤い正面ゲートは閉まってはいなくて。 【モノローグ】(◯):□たち以外に、人はまばらで。 【モノローグ】(◯):前と変わらず……、 【モノローグ】(◯):猫が、たくさん居た。 △:おー……、 △:そこにも、あそこにも、猫団子。 ◯:前より多いような……、 ◯:あっ、ちょっと、暴れないでっ、 △:バッグから出たがってんじゃない。 △:久々にお仲間見て興奮してるか、 ◯:上手く馴染めるかな……、 △:……、さあ。 △:そっからは、コイツ次第でしょ。 【モノローグ】(△):いつだって。 【モノローグ】(△):いつだって全部は、自分次第。 【モノローグ】(△):そうやって言い聞かせて、強がって生きて来たつもりの、□には。 【モノローグ】(△):「分け合う」事はいつだって怖かった。 【モノローグ】(△):「面倒臭い」は言い訳で。 【モノローグ】(△):ホントは、結局……、 △:臆病だったんだよねー、□が……。 ◯:え……、 【モノローグ】(◯):噴水を囲むベンチに腰掛けて。 【モノローグ】(◯):冬の雲を見透かしながら、この人は言った。 【モノローグ】(◯):噴き上がる水は、今は止められている。 △:ごめんね。 ◯:……、なん、で……、 △:「自分が悪いのかも」、とか思ったまま、次行ってほしくナイし。 ◯:……、別に……、 △:いや全然思ってないのもソレはソレでムカつくケド。 ◯:どっち……。 △:どっちでも。 △:本当はこんなの、どっちでもイイ。 △:お互い、別々になるんだから。 ◯:……、そう、だけど……、 △:イイ事ばっかり起こると良いね。 △:この次は。 ◯:……、でも……、 ◯:でも、□は、 【モノローグ】(△):何を言う気だろう、コイツは。 【モノローグ】(△):□は何を聞きたい? ◯:□は……、良い事も、悪い事も……、 ◯:二人で、分け合えたらいいと、思ってた……。 △:……、……。 △:は。 △:ソコらでいっぱいくっついてる、アイツらみたいに? ◯:……、 【モノローグ】(◯):猫、猫、猫。 【モノローグ】(◯):公園の一番奥の、この白い噴水に辿り着くまでにも、たくさん、猫。 【モノローグ】(◯):丸まって、重なり合って、暖め合っている。 【モノローグ】(◯):皆、捨てに来るんだろうか。 【モノローグ】(◯):□たちのように、 【モノローグ】(◯):過去と、思い出を置いて行くみたいに。 【モノローグ】(◯):分け合う事も、押し付け合う事もせずに。 【モノローグ】(◯):猫の形をした温もりごと、 【モノローグ】(◯):置き去りにして帰って行くんだろうか。 【モノローグ】(◯):どこへ、 【モノローグ】(◯):どこへ? 【モノローグ】(◯):□たちは、どこへ帰ったら良い? 【モノローグ】(◯):この、温かくて、柔らかくて、偶(たま)に鬱陶しい、 【モノローグ】(◯):家族を、置き去りにして――――、 △:……っ、ちょっと、 ◯:(落涙)っ、うっ、ぐすっ、ぅ……っ、 ◯:えっ、ぐっ、うっ……っ、 △:あー、えー……、 △:何、何の感じ……、 0:一頻り、嗚咽。 ◯:ぐずっ、……っ、……、 ◯:嫌、だ……っ、 △:何がァ? ◯:やっぱり……、 ◯:コイツ、を……、 ◯:いくら仲間が、いっぱい居るから、って……、 ◯:こんな、冬なのにっ、 ◯:知らない、トコに……、 ◯:捨てて行く、なんてっ……、 ◯:ぅっ、……、 △:……、 △:……。 【モノローグ】(△):やっぱり。 【モノローグ】(△):コイツは……。 △:(溜息) △:遅いっての。最後まで……。 ◯:……、え……、 △:ていうか当たり前でしょ。 △:動物捨てるとか最低だし。 ◯:え……、 ◯:え……? △:「二人で」飼ってたこの猫はココに捨てて。 △:捨てられたコイツを、□が拾う。 △:って。 △:するつもりだったし。 △:アンタが何も言い出さなかったら。 ◯:……、だって……、 ◯:次の所、動物、駄目、って……、 △:そーだよ? △:けどどーとでもなるし。 △:稼いでるから□、アンタより。 ◯:……っ、 ◯:……、 △:ていうか本当に捨ててく気だったの?? 最初は。 ◯:……、 ◯:あんまり、実感、湧いてなかった……、 △:そんな感じだと思った。 △:…………するワケ無いじゃん。 △:せっかく家族になったのに。 ◯:かぞ、く……、 △:1年間は、三人家族。 △:で……、明日からは、違うね。 ◯:……、……、 △:アンタがそんなに泣いてるトコ、初めて見た。 ◯:そうだっけ……、 △:そーよ? そうじゃん。 △:……ちょっと羨ましい、コイツが。 【モノローグ】(◯):紺色の猫用キャリーをポンポン、とはたいても、中の猫は気にも止めない。 【モノローグ】(◯):知らない場所にももう慣れたのか丸くなって、コレなら本当に野良でも、上手くやって行けたんじゃないか、とか。 【モノローグ】(◯):コイツは、そうだとして、 【モノローグ】(◯):じゃあ、□は、どうなんだろう、とか……、 △:出来たら二人でヨロシクやってよ? △:これからは。 ◯:あ、え……? △:引越し先まだ決めてないんでしょ? △:一人より二人が良いって、アンタは。 ◯:……□と、コイツ、二人……? △:他に誰が居るんだっての。 △:……ヨロシク頼んだよー? ダメな人間の飼い主をさー? 【モノローグ】(◯):格子(こうし)の隙間からこっちを覗いて、「任せろ」、とでも言うように、薄ピンクの鼻を鳴らす。 【モノローグ】(◯):□の家族だった人は、人差し指を突っ込んで、髭の付け根を撫でてやる。 【モノローグ】(◯):呆気ないくらいに、 【モノローグ】(◯):いつもの光景だった。 【モノローグ】(◯):ここがどこでも。 【モノローグ】(◯):今日が、最後の日でも、 △:ほら、アンタも言っときな。 ◯:あ……、え、と、 【モノローグ】(◯):猫はいつでも、 【モノローグ】(◯):猫らしい。 ◯:……□からも、よろしく……。 0:【間】 △:……さァー、って……。 △:目的も果たしたし。 △:ご飯食べて帰ろっかー。 ◯:あ……、 △:お腹空かない? △:あ、勿論他人同士としてよ? ◯:空(す)いてる、けど……、 ◯:目的? △:決まったでしょ。 △:コイツの、新しい拾い主。 ◯:そういう……。 ◯:……、うん……。 △:辛気臭いのヤメてね? △:散々話し合って決めたのがバカみたいじゃん。 ◯:そう……、なんだけどさ……、 △:捨ててく? やっぱり猫。 ◯:いや……っ、ソレは全く、別なんだけど……、 △:けど? ◯:もう……、本当に、 ◯:最後なんだな、って……、 △:……、 △:思うんだけどさ。 ◯:うん、 △:最後ってナニ? ◯:えっ、 △:アンタの? □の? この世の最後?? ◯:いや、あの……、 △:何が最後で、何が終わるの? △:何か変わる? ◯:そりゃ……、色々と、 △:変わってくのは今までもそうで。 △:これからも同じじゃん。 △:違う? ◯:……、……、 △:死んでないし。 △:生きてんだから。 △:今日は今日だし明日は明日でしょ。 ◯:……、 △:はいグゥの音(ね)も出ないんだったら無理しないでトイレ行っといで。 ◯:え……、 △:行きたいんでしょ? △:公園出ちゃったら最初のコンビニまで結構あるよ。 ◯:あ……、 △:水分取りすぎ。 △:ここで待ってるからほら、さっさと。 ◯:う、うん……、 ◯:……、ごめん、行ってくる……。 0:足早に、◯は公園事務所隣接のWCへと向かう。 △:……、……。 0:周囲に人影は無く。 △:(溜息) △:ナニ言ってんだか、□……。 0:人と、猫、二人。 △:……ごめんね? なんか……。 △:こんなトコまで付き合わせちゃって。 0:猫はキャリーの中、もぞ、と蠢き。 △:寒いよね……。もー、すぐ車だから。 0:白く息を吐き。 0:静寂。 △:…………捨てられちゃった、□。 0:風は無く、空気は乾き。 0:噴水公園の午後は緩やかに時が流れている。 △:あーーーーー…………。 △:ヤーーーーだなーーーーーー、別れんの……。 △:今更だけどさーーー…………。 △:……聞いてる? 0:我関せず、と無言の猫。寝息に似た呼吸音。 △:……はァーー…………。 △:とりま何食べよっかな…………。 △:…………、 0:思案し、格子の中に座す、かつての家族を見やり。 △:ね。 △:お腹も、結構ちゃんと、空いてるし……。 △:色々食べたい気分だからさ……。 △:ちょこちょこ、アレコレ、バラバラっと頼んで……、 △:二人でシェア、出来る感じのにする、とか。 △:……そーいうの、どう思う? 猫:……、 【モノローグ】(△):「良いんじゃないの」、とでも言う風に。 【モノローグ】(△):キジトラの猫がニャーと鳴いた。 【モノローグ】(△):ガラスを割って、派手に全部を、ぶち撒けられなくても。 【モノローグ】(△):こうしてたまァーに、ちょろっと零(こぼ)すぐらいなら、とか。 【モノローグ】(△):猫も食わない戯言(たわごと)が浮かんで、溶けて。 【モノローグ】(△):この話はおしまい。 0:【終】