台本概要

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タイトル 接触
作者名 橘りょう  (@tachibana390)
ジャンル ホラー
演者人数 4人用台本(男2、女1、不問1)
時間 40 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 部屋を花で飾り立てて自殺する女性の事件を追う刑事と、彼女たちをモデルに絵を描いた画家、そして彼と一緒に暮らす少年のミステリーホラー
冒頭の(N)は大川、福井の指定はあるがどちらかが全部を兼ねても構わない

読み手の性別は不問、キャラクターの性別変更は不可
ご利用の際は強制ではありませんが、メンションなどでお知らせ下さると作者が小躍りして喜びます。
作品名、作者名、リンクのどれか二点の明記をお願いします。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
大川 142 変死事件を追う男性刑事。既婚者だが福井とは不倫関係にある
福井 163 大川の部下であり相棒。仕事は真面目だが大川との関係を続けている
月宮 112 画家。やせぎすで暗い瞳を持っている
椿 不問 68 月宮と同居している少年。10歳(作中で青年声になる)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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福井:(N)あの瞳を、この意識が消えるまで忘れることは無いだろう 大川:真っ黒な瞳が怪しく光る 大川:心の底のどろりとした部分を睨(ね)めつけるその視線に、従わないという選択肢は無い : 福井:あぁなんという… 福井:抗えない、それは甘美な囁きであった : : :大川は難しい顔をして資料を眺めている 福井:大川さん 大川:ん? 福井:ずっとその資料見てますけど…やっぱり納得いかないんですか? 大川:まぁ…な 福井:…でも自殺と… 大川:分かってる。…鑑識からは何も出なかった、聞き込みしても何も無かった。だが…どうにも気味が悪い。友人との旅行を控えて、その話をした翌日に自殺するか? 福井:交友関係のあった人からも、悩んでる様子があったとか証言は出ませんでしたしね… 大川:何かしらの予兆とか…周りには話さないトラブルとかあるもんだろ? 福井:えぇ、まぁ… 大川:でも、自殺した。ご丁寧に自分の部屋を花で飾って… 福井:(M)まるで部屋自体が棺桶のようだ、と誰が漏らしたのを覚えてる 大川:自殺する人間が、わざわざそんな演出みたいなことをするか?それに…これが初めてじゃない 福井:(M)既に似たような事件が三件、起きている。死因はどれも違うが、飾りつけられた現場。事件性が強いものの、調べても他人が介入した形跡が一切無く、結局自殺と判断された謎の死… 大川:居住地区も違えば年齢も違う、被害者同士が接触した様子もない…だからこそ :資料の中の写真を1枚抜き出す 大川:この男が、怪しいんだ…! 福井:ですが… 福井:(M)写真の中の男は痩せぎすで神経質そうな、そして暗い瞳でこちらを見ている 福井:彼には彼女たちが亡くなった時間帯、接触した形跡はありませんでした…何度も事情聴取もしましたが、毎回協力的で… 大川:月宮圭一郎…それが余計に気味悪くて、怪しいんだよ 福井:…… 大川:こいつにもう一度話を聞きに行く、付き合え 福井:え?!今からですか? 大川:あぁ、行くぞ 福井:は、はい! : :車内 福井:そういえば…許可はとったんですか? 大川:何の? 福井:一応、事情聴取って事ですよね? 大川:…いや、世間話をしに行くだけだ 福井:許可、取って無いんですね(溜息) 大川:上のやつらはこれ以上、調べようと思ってないみたいだからな 福井:…そんなに気になりますか? 大川:あぁ、なるね。気色悪い 福井:ちなみにアポは… 大川:取ってると思うか? 福井:いいえ 大川:そういうことだ 福井:大川さん… 大川:二人の時は泰司でいい 福井:でも…(ドラレコを指さす) 大川:事故でも起こさなきゃ誰も調べたりしねぇよ 福井:とか言ってて事故ったら笑えませんよ 大川:そうなりゃ、無許可で参考人のところに話を聞きに行ってるのがバレちまうな 福井:大目玉です 大川:事故らなきゃ良いんだよ。それに現役警察官が事故ったら世間のパッシングが怖いからな 福井:風当たり、強いですからね 大川:宏美 福井:は、はい… 大川:今日は黙って俺の後ろに控えとけ。俺が主に喋る、奴が変な動きをしないかよく見張ってろ 福井:分かりました 大川:何かあっても、守ってやる 福井:…そういうセリフは、奥様に言ってあげてください 大川:…手厳しいな… 福井:ここのところ遅くまで調べ物をしてたでしょう?今日は早く帰ってあげたら良いんじゃないですか? 大川:…まぁ、それもそうだけどな :信号で止まる 大川:(福井の方を見て)お前には辛い思いをさせてると思ってるよ 福井:…私は、辛いなんて思う資格はありません 大川:全部、俺の責任だ 福井:いえ…いわば共犯です。私もわかってて…泰司さんを受けれいたから… 大川:そうか… :また車が走り出す 大川:(咳払い)とにかく、そういうことだ。あいつがどんな反応をしてくるかわからん 福井:はい…! : :インターホンの音 椿:(少し間があってインターホンごしに)はい :大川と福井は顔を見合わす 福井:…子供の声? 椿:あの、どちら様でしょうか? 大川:…あのっ、大川と申します。月宮先生と少しお話させて頂きたく… 椿:大川…えっと、警察の方、ですか…? 大川:えぇ、まぁ… 福井:(小声)資料に同居家族の情報はなかったはずですが…? 大川:あぁ… 椿:少々お待ちください、ロックを解除しますので上がってきてください :オートロックが解除される 大川:…怪しいな 福井:どういう関係でしょうか 大川:本人に聞けばわかる、行くぞ :2人はエレベーターに乗り込み、部屋に向かう 椿:(ドアを開け)いらっしゃいませ 大川:突然の訪問、申し訳ありません。南署の大川です 福井:福井です 大川:先程は申し訳ありません、エントランスでこちらから警察と名乗るのも、と… 椿:お気遣いありがとうございます。今、先生はお客様がいらしてて…どうぞ、あちらにソファがありますので少しお待ちください :リビングに通されると、一人の女性と月宮が現れる 月宮:じゃあ、続きはまた来週…気をつけて。椿、お見送りを 椿:はい、先生 月宮:…お待たせしました 大川:いえ、こちらこそ突然の訪問を… 月宮:構いませんよ。どうぞ、座ってください 大川:失礼します :応接セットで向かい合って座る三人 椿:先生、お見送り終わりました 月宮:ありがとう、お客様にお茶の用意を頼んでいいか? 椿:はい、分かりました 大川:…月宮先生に子供さんがいたとは知りませんでした 月宮:私の子ではありません。親戚の子をね、預かってるだけです 大川:ご一緒に住まわれてる? 月宮:…事情聴取、ですか? 大川:いや、そういう訳では。…職業柄、どうも人を詮索してしまう癖がついているようで申し訳ない 月宮:ははっ、それはお辛いですね 福井:しっかりされてる子供さんですね 月宮:そうでしょう?まだ十歳だと言うのに大人顔負けですよ。私が世話するどころか、世話をされている : 月宮:…で?今日はなんの御用事で 大川:…月宮先生 月宮:先生はよしてくれ、どうにもくすぐったい 大川:そうですか?では、月宮さん 月宮:なんでしょう? 大川:あなたのモデルになった女性が三人、亡くなっています 月宮:ええ、先日聴取の時にも聞かされました 大川:それで、もしかしたらなにか思い出したことがないかと思いましてね 月宮:ほう… 椿:お茶をお持ちしました :鋭く視線を交わしたまま黙る :椿が三人の前にカップを置いていく 月宮:ありがとう、椿。君は部屋でゆっくりしてていい 椿:分かりました先生 :月宮の後ろのドアの中に消えていく 月宮:…なにか思い出したことがあれば、こちらから連絡しますとお話したはずでは? 大川:ええ、ですがたまたま近くを通りましたので 月宮:そうですか、それはわざわざ… :不自然な沈黙が流れる 月宮:お茶を、どうぞ?(一口飲む) 大川:…えぇ 福井:いただきます… 月宮:大川さんは、私を疑っておられるようだ 大川:ええ、疑っています 福井:大川さん…! 月宮:はっきり物を言われる方だ、嫌いじゃない 大川:私の個人的な勘、でしかありませんがね 月宮:ふふふ… 大川:なぜ彼女たちが亡くなったのか、あなたは知っているのでは? 月宮:知りませんね 大川:本当ですか? 月宮:…私のモデルになったら死ぬ、と? 大川:質問に、質問で返さないで頂きたい 月宮:しかし私がモデルにした人は、他にもおりますが?画家として活動を始めてからモデルを頼んだのはもう十人を超える 大川:…… 月宮:今回聴取を受けた三名の方がお亡くなりになったのは残念だと思います。しかし、彼女たちは時期もバラバラでしたし…そこはどう説明を? 大川:それは…確かにそれはその通りです 月宮:ふふっ…どうでしょう?試しにモデルになってみては? 大川:…は? 月宮:モデルになって描かれたら、死んだ人の気持ちがわかるかもしれませんよ? 大川:……! 月宮:どうです?例えば後ろの女性の方… 福井:私…? 大川:(遮るように)いや、それなら私が 月宮:(低く笑っている) 大川:月宮先生のように高名な画家先生に描いてもらえる機会なんて、一生のうちにまず無いでしょう。…折角なら、私をモデルにお願いできますか? 月宮:くくっ…良いでしょう。そこの壁に姿見がありますから、身だしなみを整えるならどうぞ 福井:大川さん… 大川:…大丈夫だ。お前はそこに座ってろ :大川が鏡を見ている間に、椅子やイーゼルを手早く用意する月宮 大川:男を描くのは気が進みませんか? 月宮:いや、とんでもない。どんなものも等しく、モデルになり得ますよ :月宮の正面に用意された椅子に、緊張の面持ちで座る大川 月宮:では、始めましょう。…動かないで : : 月宮:…動かないで : 福井:(M)鋭い視線の月宮の手が淀みなく、鉛筆を走らせる。対峙する大川さんの表情は固く緊張しているのがわかる : 月宮:そんなに緊張しなくて良いですよ。力を抜いた方が疲れなくて良い 大川:モデルになる経験なんて、35年生きていて初めてなのでね… 月宮:ほう、それは。光栄です : 大川:画家のお仕事は、いつから? 月宮:大学を出てアルバイトをしながらいつの間にか、という感じですね。そう思うと、もう十年程ですか…私も歳をとったもんだ 大川:まだお若いでしょう、なんせ私より若い 月宮:そう言えばそうですね : 福井:(M)短い会話の中に何かないか、それを見ろという事なのだろうと私は判断する。大川さんの鋭い視線と、それを見ているのかどうか読めない月宮の温度差は明らかだった 福井:(M)姿見越しに描かれていくのを見つめる : 大川:普段から人物画を? 月宮:風景も静物も描きますよ 大川:それは、見てみたいですね 月宮:よろしければ後でギャラリーをご案内しましょうか? : 福井:「それ」は、突然起きた : 大川:…っ?! 福井:大川さん…? 大川:…さっき…腕に触れたか? 福井:いえ… 大川:…そうか 月宮:どうか、なさいましたか? 大川:あ、いや… 月宮:モデルさんは動いてはダメですよ。少し休憩なさいますか? 大川:いや、大丈夫です 月宮:そうですか?では体制を直して頂いて… 大川:あぁ… : 福井:(M)絵を描かれているだけに見える、が大川さんの様子がおかしくなっているのは明らかだった。まるで、突然触られたことを驚くようにキョロキョロとし始め… : 大川:…失礼、もうそろそろ時間が 月宮:まだそんなに時間は経ってないと思うが… 大川:仕事が残っているので、戻らなくては 月宮:…そうですか 大川:今日は突然お伺いして申し訳ありませんでした。福井、帰るぞ 福井:え、はい…!すみません、お邪魔致しました! 月宮:また、いつでもどうぞ :2人は足早に出ていく : 福井:ちょ、大川さん!どうしたんですか、突然?! 大川:(自分の腕を擦る)…触られたはずなんだ 福井:え…? 大川:誰も触れなかった、そうだな? 福井:あの場には他に誰もいませんでした… 大川:…腕を、確かに触られた感触があった 福井:そんな、馬鹿な… 大川:こんなくだらない冗談を言うと思うか? 福井:…… 大川:腕だけじゃない、顔や首元…確かに感触があった 福井:…本気、ですか? 大川:疑うか…? 福井:…そんな酷い顔色で…冗談は言わないと思います 大川:考えられないが…。くそっ、なんなんだアイツ…! : 福井:(M)冷たいものが背中を走る。月宮の暗い瞳が映していたのは、なんだったのだろう 福井:(M)それからしばらく、大川さんは描かれた時の話題には触れなかったが、モデルになった女性たちの身辺は洗い続けていた。そんな日が続いて… : : 大川:…四人目… : 福井:(M)次の、自殺者が出た : 大川:笹川恵美(ささかわえみ)、25歳。市内で配偶者との二人暮らし。第一発見者は…夫か 福井:彼女は前日に近所の花屋に花を買いに行っています 大川:変わった様子は? 福井:なかったそうです。むしろ機嫌が良い様子で、誕生日か何かと聞いたら楽しいことがある、と 大川:…それで、自殺か? 福井:そこだけの状況を見れば、明らかにおかしいです 大川:ご主人の方は? 福井:憔悴しきっていて、とても話を聞ける状態では… 大川:日を改めるか… 福井:…モデルの経験があるかどうかは、未確認です 大川:…何も聞いてない 福井:気にされてると思って 大川:(長い溜息)話が聞けるようになったら、ご主人に確認してくれ。交友関係、洗うぞ 福井:はい! : : 椿:本当に良かったの? 月宮:あぁ、構わない 椿:…また警察が来るよ? 月宮:だろうね。アイツらも馬鹿じゃない、すぐ突き止めるさ 椿:(低く笑う)突き止めた所で、無理だけどね 月宮:あぁ 椿:…あなたが考えてることを、当てようか? 月宮:ふふふ…椿には、お見通しか 椿:僕を、急かしてるんでしょう? 月宮:あぁ、もちろん 椿:僕は逃げることも、できるんだよ? 月宮:それは…悲しいなぁ 椿:あまり急かされるのは好きじゃないんだけどなぁ 月宮:僕は、焦らされるのが好きじゃない 椿:そう言いながら、もう何年経ったかな… 月宮:椿は特別だよ。だから…解放したんだ 椿:そうだったね… 月宮:椿…(膝をつき、椿の胴に抱きつく) 椿:そんなに縋っても…まだダメだよ 月宮:君の目が欲しい、君の手が欲しい…君の才能が欲しい 椿:「こんなもの」が欲しいなんて、あなたくらいだ。本当に物好きだね 月宮:その素晴らしさが分からないなんて、本当に理解が出来ないよ…僕は、それが欲しい…!それが叶わないから、ずっとこうして懇願してるんじゃないか : 月宮:僕の願いを、叶えてくれ… : : 福井:(M)それから数日後、私たちは再度、彼の所へ向かっていた : :インターホン音 椿:(インターホン越しに)はい 大川:大川と申します、以前お伺いした。…月宮先生はご在宅でしょうか? 椿:はい、少々お待ちください :ロックが外される 大川:…行くぞ 福井:はい…! : 福井:あの… 大川:…なんだ? 福井:顔色が、悪いです 大川:そうか… 福井:正直な意見を言っても? 大川:あぁ 福井:…彼には、関わらない方がいいです。なんだか…気味が悪いんです。非現実的なことを言うようですが… 大川:俺もそう思う 福井:なら…! 大川:放置も出来ん 福井:それはそうですが… 大川:宏美 福井:はい… 大川:(引き寄せて口付ける)頼むから、黙ってくれ… 福井:お…、泰司さん 大川:奴には何かある、それは分かってる。証拠がなくても、つきとめなきゃ終わらない 福井:(大川に抱きついて)何かあったら、って思うと…怖いんです 大川:大丈夫だ。…必ず何かあるんだ : : 椿:いらっしゃいませ 大川:また突然の訪問で申し訳ありません 椿:いえ、先生はあまりお家から出ないので… 月宮:コラコラ、人をまるで引きこもりのように言うんじゃない 椿:先生 月宮:もしかして椿。君、僕が居ない所でお客様にそんな事吹き込んでたのか? 椿:そっ、そんなことしてませんよ!でもほとんど外に出られないのは本当でしょ? 月宮:まぁ、確かに。…ようこそ。どうぞ、あちらへ 大川:えぇ…失礼します 福井:失礼します 月宮:椿、お茶を頼む 椿:はい、先生 : :応接セットで向かい合って座る三人 月宮:今日は?先日の続きでも描きますか? 大川:いえ。…そういえば、親戚とか言われてましたか、あの子 月宮:椿ですか?ええ、そうですよ 大川:先生、と呼ばせてるんですね 月宮:勝手にあの子が呼んでるだけですよ。お客様の対応もいつの間にか当たり前にしてくれるようになって。気がつけば私の世話係だ 大川:しっかりしてますね、本当に 月宮:えぇ、まったく 大川:(咳払い)…笹川恵美さん、ご存知ですか? 月宮:笹川? 大川:七年前に、あなたのモデルを務めた女性です 月宮:…… 大川:お話、聞かせて頂いても? 月宮:話せることは、無さそうですね 大川:笹川さんのことは覚えておられますか? 月宮:残念ながら、全く 大川:この方です :写真を取りだし月宮に見せる 大川:1週間ほど前に亡くなられました 月宮:そうですか。それは、残念 大川:…なにも、思われない? 月宮:写真を見ても、何となくぼんやりと思い出す程度ですね 大川:…っ!!(月宮の胸ぐらを掴む) 福井:大川さんっ! 大川:てめぇ…!! 月宮:思い出さないことが、そんなに悪いことですかねぇ 大川:そういう事を言ってるんじゃねぇよ…!一体何しやがった! 福井:大川さん、落ち着いてください!(二人を引き剥がす)月宮さん、申し訳ございません! 月宮:いえ…熱心な刑事さんだ 大川:…失礼しました… 月宮:私のことを疑っておられる様ですが、私が何をしましたか? 大川:…… 月宮:私は、なにも、しておりませんよ?(低く笑う) 椿:あの、お茶が… 大川:結構。…福井、帰るぞ 椿:お見送りを… 大川:必要ない(足早に出ていく) 福井:ちょ、大川さん!…あの、本当に申し訳ありませんでした!(頭を下げて追う) : :(エレベーターの中) 福井:大川さん!どうしたんですか、らしくない… 大川:…笑ってやがった 福井:え… 大川:あいつ、笑ってやがった。絶対何か知ってる 福井:でも、だからって乱暴したら問題に…! 大川:楽しんでる。こっちの反応を見て、な… : 大川:もう少し洗うぞ、あの椿とかいう子供の事もな 福井:あの子もですか? 大川:あぁ。一緒に生活してるなら何か知ってるかもしれないし、それに…(言い淀む) 福井:…大川さん? 大川:いや、なんでもない。署に戻ろう 福井:私達だけで、調べるんですか? 大川:課長に話はしてみるが…そうなるだろうな 福井:少し、厳しいですね… 大川:それは元から承知だ。嫌なら俺一人で調べる 福井:ちゃんと、お付き合いしますよ : : 椿:(M)聞こえたのは短い悲鳴。ひんやりとした部屋の空気は、また静けさを取り戻した。 : 椿:(M)冷たい廊下をひたひたと歩く。 : 椿:(M)ひたひた、ぴたぴた、ぽたぽた、けたけた : 椿:(M)微かな水音がする部屋を開けると、そこにはおとうさんとおかあさんが、折り重なって倒れていた。真っ赤な、部屋の中で。 : 椿:(M)傍らに立つ、黒づくめの人物には見覚えがあった。奥底に青い炎を抱えた暗い瞳をよく覚えている。 : 椿:(M)どの位、その光景を眺めていただろう。黒づくめの口元が三日月のように歪む。 : 椿:(M)赤く染まった手を差し出される。断る理由は無い。 : 椿:(M)少し乾いた鉄臭い手を取り、暗い夜に並んで歩き出す。 : 椿:(M)君の作品にして欲しい、と黒づくめは笑う。いつかね、と答えると満足そうに頷いた。 : :パソコンを見ている二人 福井:…大川さん! 大川:どうした、急に大声上げて… 福井:ちょ、これ見てください! 大川:なんなんだ、落ち着け 福井:落ち着いてられませんよ! 大川:何か分かったのか? 福井:改めて月宮の経歴や、家族構成を調べたんです。…確かに遠縁ですが椿くんの名前がありました :パソコンの画面を指さす 福井:十年前にあった、田宮一家斬殺事件の被害者の中に名前が… 大川:は? 福井:だから!もう死んでるはずなんです!彼が月宮の親戚である、田宮椿であるなら 大川:…じゃあ今、月宮と一緒にいる少年は…違う人物ってことか? 福井:そういうことになります。他になにか… : 福井:……え? : 福井:おおか…、泰司さん 大川:なんだ? 福井:(震えている)…今夜、一緒に居てください…朝までじゃなくて良いから… 大川:…わかった : : 福井:(M)間違った関係であることは分かってる。ただ、彼の腕に抱かれている時は自分だけを想ってくれる、私だけを求めてくれている 福井:(M)そんな錯覚を起こすのだ : 福井:ん…、泰司さん…? 大川:あぁ、起こしたか。すまん 福井:もう、帰るんですか? 大川:…あぁ :ベッドに腰かけている大川に後ろから抱きつく 福井:ごめんなさい、わがままを言ってしまって 大川:良いさ、仕方ない… 福井:少しだけ、もう少しだけこうしてて…良いですか? 大川:…あぁ : : 福井:(そっと離れる)ありがとうございました 大川:…あぁ 福井:気を付けて、帰ってください 大川:また明日な 福井:えぇ、また明日 : 福井:(M)部屋にひとり、残される。先程までの温もりが掻き消えるような気がした。 福井:(M)これは、寂しさじゃない。…これは : 福井:虚しい、な… : :着信音 福井:ん…誰、こんな早くに… : 福井:はい、福井です…お疲れ様です : 福井:…は? : 福井:え、ちょっと…何言ってるんですか。そんな馬鹿な…冗談でしょ? : 福井:大川さんが、死んだ…? : : 福井:(M)冷たい雨の日、葬儀は執り行われた。喪服姿の彼の妻は気丈で、涙を見せず唇を固く結んでいる姿は、凛として居て彼に似合いの女性だと思った。 : 福井:(M)深夜に異変を感じたのは彼女だった。隣で眠りについたはずの夫の不在に気付き、様子を見ようと部屋を出て… 福井:(M)キッチンで変わり果てた夫の姿を発見した。 : 福井:(M)司法解剖の結果、死因は失血死。包丁で喉元を切りつけていた。 : 福井:(M)自殺だった : : 月宮:今日はおひとりなんですね 福井:…えぇ 月宮:いつもの刑事さんはどうしました? 福井:…椿くんは、居ないんですか? 月宮:質問に質問で返すな、とあの刑事さんが言ってなかったかな 福井:…そう、ですね。失礼しました 月宮:まぁ私は構いませんけどね。…椿は今、買い物に行ってくれています。用事も頼んだので、少し帰りが遅くなるんじゃないかな 福井:月宮さん 月宮:はい 福井:あなたは…いえ、「あなた達」は一体なんなんですか…! 月宮:どういうことかな 福井:調べさせてもらいました。あなたの事も、椿くんのことも。そのうえで聞いています 月宮:調べたなら、わざわざ聞く必要は無いでしょう? 福井:…あなたに描かれた人が、五人も亡くなってます。非現実的ですが、そうとしか考えられない…! 月宮:そう、とは? 福井:あなたは絵に書くことで…人を死に至らしめることができる : 月宮:(笑い出す) 福井:何がおかしいんですか…! 月宮:(高笑い) 福井:何がおかしいと聞いてるのよ!答えなさい! 月宮:(ゆっくり笑いが止む)…私の絵で、人の生死が分かれるなんて本気で思ってるのか? 福井:…… 月宮:私の、私ごときの絵で!人の生死に影響が出ると!本気で思ってるのか? 福井:そうとしか…考えられない 月宮:はっ!バカバカしい。私程度の作品でそんな事はありえない。そもそも、死んだ人間以外にも描かれたモデルはいるぞ?それはどう説明をつける 福井:それは… 月宮:(福井に顔を近付ける)あんたは魂を揺さぶられる絵を、見た事があるか? 福井:…たましい…? 月宮:心の臓を掴まれたような衝撃を受けたことは?興奮のあまり膝をついたことは?その感動を味わったことは?無いだろう?無いからそんな事が言えるのだ 福井:なんの話…? 月宮:絵の話だよ 福井:意味が分からない… 月宮:大川という男、私は嫌いじゃなかった。御冥福をお祈りするよ 福井:…彼が死んだなんて、私は一度も言ってない 月宮:おっと、そうだったかな 福井:なんで知ってるの… 月宮:(低く笑っている) 福井:彼に、何をしたの…? 月宮:なにも 福井:嘘…! 月宮:私は、なにも、していない 福井:嘘よ! 月宮:本当だ。私は何一つ、していない 福井:…椿という子は、何者? 月宮:…… : 福井:答えて。あの子は、何者? 月宮:説明しなかったかな?親戚の子だよ 福井:…そうだとしたら、ますます訳が分からない 月宮:なぜ? 福井:十年前、遠縁の田宮家一家三人が殺された事件。…被害者の中に、彼の名前があった。その事件は覚えてるでしょう? 月宮:あぁ、よく覚えてる 福井:本人だとしたら、なぜ生きてるの?当時の写真も見つけたのよ。…本人だとしたら、 : 福井:どうして成長してないの? : 月宮:…ふふふ 福井:答えて 月宮:(背後を指さす)直接、本人に聞くといい :振り返った先には椿が薄い笑みを浮かべて立っている 椿:(青年声)誕生日が先月だったから、もう21だよ 福井:…その、声… 椿:正真正銘、僕は田宮椿本人だよ 福井:でも、被害者の中に… 椿:あの時死んだ子は、誰だったんだろうねぇ。名前なんか聞かなかったなぁ :椿は話しながらゆっくりと部屋を歩く。 :棚からスケッチブックを取り出すと、鉛筆を走らせ始める 椿:物心ついた頃から絵を描くのが好きでね。よく時間を見つけては絵を描いてた。好きこそ物の上手なれって言うだろ?自分でも上達していってるのがわかって楽しくてね : 椿:没頭してた、絵を描くことに(指先をかみ切りスケッチブックを撫でる) : 椿:きっかけなんて忘れたなぁ。何かの拍子に手を怪我した : 椿:それでも描いてた。その時は…花だった : 椿:…ふと気がついた。僕が描いた花がいつまでたっても枯れていない事に。子供だからね、無邪気に大人に話したけど誰も信じてくれなかった。まぁそうだよね : 椿:不思議だった。どうしてだろうって思ったから色々試してみたら段々に分かってきたよ 福井:…っ!(腕を触られた感触に驚く) : 椿:条件はふたつ。僕の血を混ぜて描くと、その通りになる。 : 椿:あぁ、でも空を飛んだ絵を描いてもその通りにはならないね。人間は空を飛べない。重力に従って地に落ちるだけだ。無機物もダメだった 福井:やめて…!触らないで!(しゃがみこんで自分の両腕を抱く) 椿:誰も触ってない 福井:じゃあ…これはなんなのよ! 椿:僕は、描いてるだけだよ : 椿:僕が完成を告げなければ、何年経とうがどうにもならない。これが二つ目。 : 福井:なんなの…あなたは何者なの?! 椿:さぁ。僕にも分からないな。何故か体も成長を止めてしまって、結構困ってるんだよ? : 椿:そこの鏡ね、マジックミラーになってるんだ 福井:え… 椿:あの刑事さんは、向こうの部屋から僕が描いた 月宮:見せてあげようか、素晴らしい芸術を :一度奥の部屋に行くと直ぐに戻ってくる月宮 月宮:さぁご覧 :大川が喉を切り裂いている絵を見せる 福井:ひっ…! 月宮:よく見るといい。深い関係にあったんだろ? 福井:なんで… 月宮:雰囲気で分かる。隠してるつもりだったんだろうけど…時に人の視線は饒舌に語るものだ 椿:(手を止めて)ドラマチックだったろ? 福井:なにを、いってるの… 椿:ただの飛び降りとかじゃつまらないなーって。より印象的に、より衝撃的にするにはどうした方が結構考えたんだ 福井:あなたを逮捕するわ…! 椿:どうやって?僕は、絵を描いただけだよ?直接手を下してない 福井:わかっててやったんでしょう! 椿:ふふっ、それはもちろん :福井に歩み寄ると顔を両手で掴む 椿:(近くで)描かれてる時の気分はどう? 福井:やめて…! :福井から離れる椿 椿:人物デッサンは早い方だと思うんだ、ほら見て。もうほとんど描けた 月宮:…羨ましいよ、貴女は 福井:なに… 月宮:私はね、椿の才能が羨ましくて仕方ないんだ。彼の作り出すものは、それこそ対象の存在全てに影響を及ぼす…素晴らしい才能だよ : 月宮:椿の才能の片鱗だけでも、私にあれば良かったのに…!所詮、凡人ということだ。ならせめて…彼の作品になりたいと願っているのに、それすらも叶えて貰えない : 月宮:椿の作品になれる貴女が、羨ましくて仕方ない 椿:花は何が好き?どうせなら好きな花に囲まれて死にたいだろ? 福井:いや…!やめて!こんな…こんな…! 月宮:あぁ…実に刺激的だ、羨ましいよ 椿:あなたはこれから、いつ告げられるか分からない僕の完成の言葉に怯えて生活をするんだよ。ふふふっ、楽しいよね :フラフラとした足取りで、部屋を出ていこうとする福井 月宮:そんな足元で帰れるかな? 椿:止めたりしないから、気をつけて帰って。気を強くね 福井:あなたに、言われたくないわ…! 椿:あっは。それもそうか。じゃーね :ドアが閉まる 椿:…なんてね : : 福井:帰って…報告しなきゃ…!何がなんでも、動いてもらわなきゃ…!うっ…!!(吐く) : 福井:はぁ…はぁ…、早く報告… : 福井:…でも、それより : 福井:お花、買って帰らなきゃ… : :終

福井:(N)あの瞳を、この意識が消えるまで忘れることは無いだろう 大川:真っ黒な瞳が怪しく光る 大川:心の底のどろりとした部分を睨(ね)めつけるその視線に、従わないという選択肢は無い : 福井:あぁなんという… 福井:抗えない、それは甘美な囁きであった : : :大川は難しい顔をして資料を眺めている 福井:大川さん 大川:ん? 福井:ずっとその資料見てますけど…やっぱり納得いかないんですか? 大川:まぁ…な 福井:…でも自殺と… 大川:分かってる。…鑑識からは何も出なかった、聞き込みしても何も無かった。だが…どうにも気味が悪い。友人との旅行を控えて、その話をした翌日に自殺するか? 福井:交友関係のあった人からも、悩んでる様子があったとか証言は出ませんでしたしね… 大川:何かしらの予兆とか…周りには話さないトラブルとかあるもんだろ? 福井:えぇ、まぁ… 大川:でも、自殺した。ご丁寧に自分の部屋を花で飾って… 福井:(M)まるで部屋自体が棺桶のようだ、と誰が漏らしたのを覚えてる 大川:自殺する人間が、わざわざそんな演出みたいなことをするか?それに…これが初めてじゃない 福井:(M)既に似たような事件が三件、起きている。死因はどれも違うが、飾りつけられた現場。事件性が強いものの、調べても他人が介入した形跡が一切無く、結局自殺と判断された謎の死… 大川:居住地区も違えば年齢も違う、被害者同士が接触した様子もない…だからこそ :資料の中の写真を1枚抜き出す 大川:この男が、怪しいんだ…! 福井:ですが… 福井:(M)写真の中の男は痩せぎすで神経質そうな、そして暗い瞳でこちらを見ている 福井:彼には彼女たちが亡くなった時間帯、接触した形跡はありませんでした…何度も事情聴取もしましたが、毎回協力的で… 大川:月宮圭一郎…それが余計に気味悪くて、怪しいんだよ 福井:…… 大川:こいつにもう一度話を聞きに行く、付き合え 福井:え?!今からですか? 大川:あぁ、行くぞ 福井:は、はい! : :車内 福井:そういえば…許可はとったんですか? 大川:何の? 福井:一応、事情聴取って事ですよね? 大川:…いや、世間話をしに行くだけだ 福井:許可、取って無いんですね(溜息) 大川:上のやつらはこれ以上、調べようと思ってないみたいだからな 福井:…そんなに気になりますか? 大川:あぁ、なるね。気色悪い 福井:ちなみにアポは… 大川:取ってると思うか? 福井:いいえ 大川:そういうことだ 福井:大川さん… 大川:二人の時は泰司でいい 福井:でも…(ドラレコを指さす) 大川:事故でも起こさなきゃ誰も調べたりしねぇよ 福井:とか言ってて事故ったら笑えませんよ 大川:そうなりゃ、無許可で参考人のところに話を聞きに行ってるのがバレちまうな 福井:大目玉です 大川:事故らなきゃ良いんだよ。それに現役警察官が事故ったら世間のパッシングが怖いからな 福井:風当たり、強いですからね 大川:宏美 福井:は、はい… 大川:今日は黙って俺の後ろに控えとけ。俺が主に喋る、奴が変な動きをしないかよく見張ってろ 福井:分かりました 大川:何かあっても、守ってやる 福井:…そういうセリフは、奥様に言ってあげてください 大川:…手厳しいな… 福井:ここのところ遅くまで調べ物をしてたでしょう?今日は早く帰ってあげたら良いんじゃないですか? 大川:…まぁ、それもそうだけどな :信号で止まる 大川:(福井の方を見て)お前には辛い思いをさせてると思ってるよ 福井:…私は、辛いなんて思う資格はありません 大川:全部、俺の責任だ 福井:いえ…いわば共犯です。私もわかってて…泰司さんを受けれいたから… 大川:そうか… :また車が走り出す 大川:(咳払い)とにかく、そういうことだ。あいつがどんな反応をしてくるかわからん 福井:はい…! : :インターホンの音 椿:(少し間があってインターホンごしに)はい :大川と福井は顔を見合わす 福井:…子供の声? 椿:あの、どちら様でしょうか? 大川:…あのっ、大川と申します。月宮先生と少しお話させて頂きたく… 椿:大川…えっと、警察の方、ですか…? 大川:えぇ、まぁ… 福井:(小声)資料に同居家族の情報はなかったはずですが…? 大川:あぁ… 椿:少々お待ちください、ロックを解除しますので上がってきてください :オートロックが解除される 大川:…怪しいな 福井:どういう関係でしょうか 大川:本人に聞けばわかる、行くぞ :2人はエレベーターに乗り込み、部屋に向かう 椿:(ドアを開け)いらっしゃいませ 大川:突然の訪問、申し訳ありません。南署の大川です 福井:福井です 大川:先程は申し訳ありません、エントランスでこちらから警察と名乗るのも、と… 椿:お気遣いありがとうございます。今、先生はお客様がいらしてて…どうぞ、あちらにソファがありますので少しお待ちください :リビングに通されると、一人の女性と月宮が現れる 月宮:じゃあ、続きはまた来週…気をつけて。椿、お見送りを 椿:はい、先生 月宮:…お待たせしました 大川:いえ、こちらこそ突然の訪問を… 月宮:構いませんよ。どうぞ、座ってください 大川:失礼します :応接セットで向かい合って座る三人 椿:先生、お見送り終わりました 月宮:ありがとう、お客様にお茶の用意を頼んでいいか? 椿:はい、分かりました 大川:…月宮先生に子供さんがいたとは知りませんでした 月宮:私の子ではありません。親戚の子をね、預かってるだけです 大川:ご一緒に住まわれてる? 月宮:…事情聴取、ですか? 大川:いや、そういう訳では。…職業柄、どうも人を詮索してしまう癖がついているようで申し訳ない 月宮:ははっ、それはお辛いですね 福井:しっかりされてる子供さんですね 月宮:そうでしょう?まだ十歳だと言うのに大人顔負けですよ。私が世話するどころか、世話をされている : 月宮:…で?今日はなんの御用事で 大川:…月宮先生 月宮:先生はよしてくれ、どうにもくすぐったい 大川:そうですか?では、月宮さん 月宮:なんでしょう? 大川:あなたのモデルになった女性が三人、亡くなっています 月宮:ええ、先日聴取の時にも聞かされました 大川:それで、もしかしたらなにか思い出したことがないかと思いましてね 月宮:ほう… 椿:お茶をお持ちしました :鋭く視線を交わしたまま黙る :椿が三人の前にカップを置いていく 月宮:ありがとう、椿。君は部屋でゆっくりしてていい 椿:分かりました先生 :月宮の後ろのドアの中に消えていく 月宮:…なにか思い出したことがあれば、こちらから連絡しますとお話したはずでは? 大川:ええ、ですがたまたま近くを通りましたので 月宮:そうですか、それはわざわざ… :不自然な沈黙が流れる 月宮:お茶を、どうぞ?(一口飲む) 大川:…えぇ 福井:いただきます… 月宮:大川さんは、私を疑っておられるようだ 大川:ええ、疑っています 福井:大川さん…! 月宮:はっきり物を言われる方だ、嫌いじゃない 大川:私の個人的な勘、でしかありませんがね 月宮:ふふふ… 大川:なぜ彼女たちが亡くなったのか、あなたは知っているのでは? 月宮:知りませんね 大川:本当ですか? 月宮:…私のモデルになったら死ぬ、と? 大川:質問に、質問で返さないで頂きたい 月宮:しかし私がモデルにした人は、他にもおりますが?画家として活動を始めてからモデルを頼んだのはもう十人を超える 大川:…… 月宮:今回聴取を受けた三名の方がお亡くなりになったのは残念だと思います。しかし、彼女たちは時期もバラバラでしたし…そこはどう説明を? 大川:それは…確かにそれはその通りです 月宮:ふふっ…どうでしょう?試しにモデルになってみては? 大川:…は? 月宮:モデルになって描かれたら、死んだ人の気持ちがわかるかもしれませんよ? 大川:……! 月宮:どうです?例えば後ろの女性の方… 福井:私…? 大川:(遮るように)いや、それなら私が 月宮:(低く笑っている) 大川:月宮先生のように高名な画家先生に描いてもらえる機会なんて、一生のうちにまず無いでしょう。…折角なら、私をモデルにお願いできますか? 月宮:くくっ…良いでしょう。そこの壁に姿見がありますから、身だしなみを整えるならどうぞ 福井:大川さん… 大川:…大丈夫だ。お前はそこに座ってろ :大川が鏡を見ている間に、椅子やイーゼルを手早く用意する月宮 大川:男を描くのは気が進みませんか? 月宮:いや、とんでもない。どんなものも等しく、モデルになり得ますよ :月宮の正面に用意された椅子に、緊張の面持ちで座る大川 月宮:では、始めましょう。…動かないで : : 月宮:…動かないで : 福井:(M)鋭い視線の月宮の手が淀みなく、鉛筆を走らせる。対峙する大川さんの表情は固く緊張しているのがわかる : 月宮:そんなに緊張しなくて良いですよ。力を抜いた方が疲れなくて良い 大川:モデルになる経験なんて、35年生きていて初めてなのでね… 月宮:ほう、それは。光栄です : 大川:画家のお仕事は、いつから? 月宮:大学を出てアルバイトをしながらいつの間にか、という感じですね。そう思うと、もう十年程ですか…私も歳をとったもんだ 大川:まだお若いでしょう、なんせ私より若い 月宮:そう言えばそうですね : 福井:(M)短い会話の中に何かないか、それを見ろという事なのだろうと私は判断する。大川さんの鋭い視線と、それを見ているのかどうか読めない月宮の温度差は明らかだった 福井:(M)姿見越しに描かれていくのを見つめる : 大川:普段から人物画を? 月宮:風景も静物も描きますよ 大川:それは、見てみたいですね 月宮:よろしければ後でギャラリーをご案内しましょうか? : 福井:「それ」は、突然起きた : 大川:…っ?! 福井:大川さん…? 大川:…さっき…腕に触れたか? 福井:いえ… 大川:…そうか 月宮:どうか、なさいましたか? 大川:あ、いや… 月宮:モデルさんは動いてはダメですよ。少し休憩なさいますか? 大川:いや、大丈夫です 月宮:そうですか?では体制を直して頂いて… 大川:あぁ… : 福井:(M)絵を描かれているだけに見える、が大川さんの様子がおかしくなっているのは明らかだった。まるで、突然触られたことを驚くようにキョロキョロとし始め… : 大川:…失礼、もうそろそろ時間が 月宮:まだそんなに時間は経ってないと思うが… 大川:仕事が残っているので、戻らなくては 月宮:…そうですか 大川:今日は突然お伺いして申し訳ありませんでした。福井、帰るぞ 福井:え、はい…!すみません、お邪魔致しました! 月宮:また、いつでもどうぞ :2人は足早に出ていく : 福井:ちょ、大川さん!どうしたんですか、突然?! 大川:(自分の腕を擦る)…触られたはずなんだ 福井:え…? 大川:誰も触れなかった、そうだな? 福井:あの場には他に誰もいませんでした… 大川:…腕を、確かに触られた感触があった 福井:そんな、馬鹿な… 大川:こんなくだらない冗談を言うと思うか? 福井:…… 大川:腕だけじゃない、顔や首元…確かに感触があった 福井:…本気、ですか? 大川:疑うか…? 福井:…そんな酷い顔色で…冗談は言わないと思います 大川:考えられないが…。くそっ、なんなんだアイツ…! : 福井:(M)冷たいものが背中を走る。月宮の暗い瞳が映していたのは、なんだったのだろう 福井:(M)それからしばらく、大川さんは描かれた時の話題には触れなかったが、モデルになった女性たちの身辺は洗い続けていた。そんな日が続いて… : : 大川:…四人目… : 福井:(M)次の、自殺者が出た : 大川:笹川恵美(ささかわえみ)、25歳。市内で配偶者との二人暮らし。第一発見者は…夫か 福井:彼女は前日に近所の花屋に花を買いに行っています 大川:変わった様子は? 福井:なかったそうです。むしろ機嫌が良い様子で、誕生日か何かと聞いたら楽しいことがある、と 大川:…それで、自殺か? 福井:そこだけの状況を見れば、明らかにおかしいです 大川:ご主人の方は? 福井:憔悴しきっていて、とても話を聞ける状態では… 大川:日を改めるか… 福井:…モデルの経験があるかどうかは、未確認です 大川:…何も聞いてない 福井:気にされてると思って 大川:(長い溜息)話が聞けるようになったら、ご主人に確認してくれ。交友関係、洗うぞ 福井:はい! : : 椿:本当に良かったの? 月宮:あぁ、構わない 椿:…また警察が来るよ? 月宮:だろうね。アイツらも馬鹿じゃない、すぐ突き止めるさ 椿:(低く笑う)突き止めた所で、無理だけどね 月宮:あぁ 椿:…あなたが考えてることを、当てようか? 月宮:ふふふ…椿には、お見通しか 椿:僕を、急かしてるんでしょう? 月宮:あぁ、もちろん 椿:僕は逃げることも、できるんだよ? 月宮:それは…悲しいなぁ 椿:あまり急かされるのは好きじゃないんだけどなぁ 月宮:僕は、焦らされるのが好きじゃない 椿:そう言いながら、もう何年経ったかな… 月宮:椿は特別だよ。だから…解放したんだ 椿:そうだったね… 月宮:椿…(膝をつき、椿の胴に抱きつく) 椿:そんなに縋っても…まだダメだよ 月宮:君の目が欲しい、君の手が欲しい…君の才能が欲しい 椿:「こんなもの」が欲しいなんて、あなたくらいだ。本当に物好きだね 月宮:その素晴らしさが分からないなんて、本当に理解が出来ないよ…僕は、それが欲しい…!それが叶わないから、ずっとこうして懇願してるんじゃないか : 月宮:僕の願いを、叶えてくれ… : : 福井:(M)それから数日後、私たちは再度、彼の所へ向かっていた : :インターホン音 椿:(インターホン越しに)はい 大川:大川と申します、以前お伺いした。…月宮先生はご在宅でしょうか? 椿:はい、少々お待ちください :ロックが外される 大川:…行くぞ 福井:はい…! : 福井:あの… 大川:…なんだ? 福井:顔色が、悪いです 大川:そうか… 福井:正直な意見を言っても? 大川:あぁ 福井:…彼には、関わらない方がいいです。なんだか…気味が悪いんです。非現実的なことを言うようですが… 大川:俺もそう思う 福井:なら…! 大川:放置も出来ん 福井:それはそうですが… 大川:宏美 福井:はい… 大川:(引き寄せて口付ける)頼むから、黙ってくれ… 福井:お…、泰司さん 大川:奴には何かある、それは分かってる。証拠がなくても、つきとめなきゃ終わらない 福井:(大川に抱きついて)何かあったら、って思うと…怖いんです 大川:大丈夫だ。…必ず何かあるんだ : : 椿:いらっしゃいませ 大川:また突然の訪問で申し訳ありません 椿:いえ、先生はあまりお家から出ないので… 月宮:コラコラ、人をまるで引きこもりのように言うんじゃない 椿:先生 月宮:もしかして椿。君、僕が居ない所でお客様にそんな事吹き込んでたのか? 椿:そっ、そんなことしてませんよ!でもほとんど外に出られないのは本当でしょ? 月宮:まぁ、確かに。…ようこそ。どうぞ、あちらへ 大川:えぇ…失礼します 福井:失礼します 月宮:椿、お茶を頼む 椿:はい、先生 : :応接セットで向かい合って座る三人 月宮:今日は?先日の続きでも描きますか? 大川:いえ。…そういえば、親戚とか言われてましたか、あの子 月宮:椿ですか?ええ、そうですよ 大川:先生、と呼ばせてるんですね 月宮:勝手にあの子が呼んでるだけですよ。お客様の対応もいつの間にか当たり前にしてくれるようになって。気がつけば私の世話係だ 大川:しっかりしてますね、本当に 月宮:えぇ、まったく 大川:(咳払い)…笹川恵美さん、ご存知ですか? 月宮:笹川? 大川:七年前に、あなたのモデルを務めた女性です 月宮:…… 大川:お話、聞かせて頂いても? 月宮:話せることは、無さそうですね 大川:笹川さんのことは覚えておられますか? 月宮:残念ながら、全く 大川:この方です :写真を取りだし月宮に見せる 大川:1週間ほど前に亡くなられました 月宮:そうですか。それは、残念 大川:…なにも、思われない? 月宮:写真を見ても、何となくぼんやりと思い出す程度ですね 大川:…っ!!(月宮の胸ぐらを掴む) 福井:大川さんっ! 大川:てめぇ…!! 月宮:思い出さないことが、そんなに悪いことですかねぇ 大川:そういう事を言ってるんじゃねぇよ…!一体何しやがった! 福井:大川さん、落ち着いてください!(二人を引き剥がす)月宮さん、申し訳ございません! 月宮:いえ…熱心な刑事さんだ 大川:…失礼しました… 月宮:私のことを疑っておられる様ですが、私が何をしましたか? 大川:…… 月宮:私は、なにも、しておりませんよ?(低く笑う) 椿:あの、お茶が… 大川:結構。…福井、帰るぞ 椿:お見送りを… 大川:必要ない(足早に出ていく) 福井:ちょ、大川さん!…あの、本当に申し訳ありませんでした!(頭を下げて追う) : :(エレベーターの中) 福井:大川さん!どうしたんですか、らしくない… 大川:…笑ってやがった 福井:え… 大川:あいつ、笑ってやがった。絶対何か知ってる 福井:でも、だからって乱暴したら問題に…! 大川:楽しんでる。こっちの反応を見て、な… : 大川:もう少し洗うぞ、あの椿とかいう子供の事もな 福井:あの子もですか? 大川:あぁ。一緒に生活してるなら何か知ってるかもしれないし、それに…(言い淀む) 福井:…大川さん? 大川:いや、なんでもない。署に戻ろう 福井:私達だけで、調べるんですか? 大川:課長に話はしてみるが…そうなるだろうな 福井:少し、厳しいですね… 大川:それは元から承知だ。嫌なら俺一人で調べる 福井:ちゃんと、お付き合いしますよ : : 椿:(M)聞こえたのは短い悲鳴。ひんやりとした部屋の空気は、また静けさを取り戻した。 : 椿:(M)冷たい廊下をひたひたと歩く。 : 椿:(M)ひたひた、ぴたぴた、ぽたぽた、けたけた : 椿:(M)微かな水音がする部屋を開けると、そこにはおとうさんとおかあさんが、折り重なって倒れていた。真っ赤な、部屋の中で。 : 椿:(M)傍らに立つ、黒づくめの人物には見覚えがあった。奥底に青い炎を抱えた暗い瞳をよく覚えている。 : 椿:(M)どの位、その光景を眺めていただろう。黒づくめの口元が三日月のように歪む。 : 椿:(M)赤く染まった手を差し出される。断る理由は無い。 : 椿:(M)少し乾いた鉄臭い手を取り、暗い夜に並んで歩き出す。 : 椿:(M)君の作品にして欲しい、と黒づくめは笑う。いつかね、と答えると満足そうに頷いた。 : :パソコンを見ている二人 福井:…大川さん! 大川:どうした、急に大声上げて… 福井:ちょ、これ見てください! 大川:なんなんだ、落ち着け 福井:落ち着いてられませんよ! 大川:何か分かったのか? 福井:改めて月宮の経歴や、家族構成を調べたんです。…確かに遠縁ですが椿くんの名前がありました :パソコンの画面を指さす 福井:十年前にあった、田宮一家斬殺事件の被害者の中に名前が… 大川:は? 福井:だから!もう死んでるはずなんです!彼が月宮の親戚である、田宮椿であるなら 大川:…じゃあ今、月宮と一緒にいる少年は…違う人物ってことか? 福井:そういうことになります。他になにか… : 福井:……え? : 福井:おおか…、泰司さん 大川:なんだ? 福井:(震えている)…今夜、一緒に居てください…朝までじゃなくて良いから… 大川:…わかった : : 福井:(M)間違った関係であることは分かってる。ただ、彼の腕に抱かれている時は自分だけを想ってくれる、私だけを求めてくれている 福井:(M)そんな錯覚を起こすのだ : 福井:ん…、泰司さん…? 大川:あぁ、起こしたか。すまん 福井:もう、帰るんですか? 大川:…あぁ :ベッドに腰かけている大川に後ろから抱きつく 福井:ごめんなさい、わがままを言ってしまって 大川:良いさ、仕方ない… 福井:少しだけ、もう少しだけこうしてて…良いですか? 大川:…あぁ : : 福井:(そっと離れる)ありがとうございました 大川:…あぁ 福井:気を付けて、帰ってください 大川:また明日な 福井:えぇ、また明日 : 福井:(M)部屋にひとり、残される。先程までの温もりが掻き消えるような気がした。 福井:(M)これは、寂しさじゃない。…これは : 福井:虚しい、な… : :着信音 福井:ん…誰、こんな早くに… : 福井:はい、福井です…お疲れ様です : 福井:…は? : 福井:え、ちょっと…何言ってるんですか。そんな馬鹿な…冗談でしょ? : 福井:大川さんが、死んだ…? : : 福井:(M)冷たい雨の日、葬儀は執り行われた。喪服姿の彼の妻は気丈で、涙を見せず唇を固く結んでいる姿は、凛として居て彼に似合いの女性だと思った。 : 福井:(M)深夜に異変を感じたのは彼女だった。隣で眠りについたはずの夫の不在に気付き、様子を見ようと部屋を出て… 福井:(M)キッチンで変わり果てた夫の姿を発見した。 : 福井:(M)司法解剖の結果、死因は失血死。包丁で喉元を切りつけていた。 : 福井:(M)自殺だった : : 月宮:今日はおひとりなんですね 福井:…えぇ 月宮:いつもの刑事さんはどうしました? 福井:…椿くんは、居ないんですか? 月宮:質問に質問で返すな、とあの刑事さんが言ってなかったかな 福井:…そう、ですね。失礼しました 月宮:まぁ私は構いませんけどね。…椿は今、買い物に行ってくれています。用事も頼んだので、少し帰りが遅くなるんじゃないかな 福井:月宮さん 月宮:はい 福井:あなたは…いえ、「あなた達」は一体なんなんですか…! 月宮:どういうことかな 福井:調べさせてもらいました。あなたの事も、椿くんのことも。そのうえで聞いています 月宮:調べたなら、わざわざ聞く必要は無いでしょう? 福井:…あなたに描かれた人が、五人も亡くなってます。非現実的ですが、そうとしか考えられない…! 月宮:そう、とは? 福井:あなたは絵に書くことで…人を死に至らしめることができる : 月宮:(笑い出す) 福井:何がおかしいんですか…! 月宮:(高笑い) 福井:何がおかしいと聞いてるのよ!答えなさい! 月宮:(ゆっくり笑いが止む)…私の絵で、人の生死が分かれるなんて本気で思ってるのか? 福井:…… 月宮:私の、私ごときの絵で!人の生死に影響が出ると!本気で思ってるのか? 福井:そうとしか…考えられない 月宮:はっ!バカバカしい。私程度の作品でそんな事はありえない。そもそも、死んだ人間以外にも描かれたモデルはいるぞ?それはどう説明をつける 福井:それは… 月宮:(福井に顔を近付ける)あんたは魂を揺さぶられる絵を、見た事があるか? 福井:…たましい…? 月宮:心の臓を掴まれたような衝撃を受けたことは?興奮のあまり膝をついたことは?その感動を味わったことは?無いだろう?無いからそんな事が言えるのだ 福井:なんの話…? 月宮:絵の話だよ 福井:意味が分からない… 月宮:大川という男、私は嫌いじゃなかった。御冥福をお祈りするよ 福井:…彼が死んだなんて、私は一度も言ってない 月宮:おっと、そうだったかな 福井:なんで知ってるの… 月宮:(低く笑っている) 福井:彼に、何をしたの…? 月宮:なにも 福井:嘘…! 月宮:私は、なにも、していない 福井:嘘よ! 月宮:本当だ。私は何一つ、していない 福井:…椿という子は、何者? 月宮:…… : 福井:答えて。あの子は、何者? 月宮:説明しなかったかな?親戚の子だよ 福井:…そうだとしたら、ますます訳が分からない 月宮:なぜ? 福井:十年前、遠縁の田宮家一家三人が殺された事件。…被害者の中に、彼の名前があった。その事件は覚えてるでしょう? 月宮:あぁ、よく覚えてる 福井:本人だとしたら、なぜ生きてるの?当時の写真も見つけたのよ。…本人だとしたら、 : 福井:どうして成長してないの? : 月宮:…ふふふ 福井:答えて 月宮:(背後を指さす)直接、本人に聞くといい :振り返った先には椿が薄い笑みを浮かべて立っている 椿:(青年声)誕生日が先月だったから、もう21だよ 福井:…その、声… 椿:正真正銘、僕は田宮椿本人だよ 福井:でも、被害者の中に… 椿:あの時死んだ子は、誰だったんだろうねぇ。名前なんか聞かなかったなぁ :椿は話しながらゆっくりと部屋を歩く。 :棚からスケッチブックを取り出すと、鉛筆を走らせ始める 椿:物心ついた頃から絵を描くのが好きでね。よく時間を見つけては絵を描いてた。好きこそ物の上手なれって言うだろ?自分でも上達していってるのがわかって楽しくてね : 椿:没頭してた、絵を描くことに(指先をかみ切りスケッチブックを撫でる) : 椿:きっかけなんて忘れたなぁ。何かの拍子に手を怪我した : 椿:それでも描いてた。その時は…花だった : 椿:…ふと気がついた。僕が描いた花がいつまでたっても枯れていない事に。子供だからね、無邪気に大人に話したけど誰も信じてくれなかった。まぁそうだよね : 椿:不思議だった。どうしてだろうって思ったから色々試してみたら段々に分かってきたよ 福井:…っ!(腕を触られた感触に驚く) : 椿:条件はふたつ。僕の血を混ぜて描くと、その通りになる。 : 椿:あぁ、でも空を飛んだ絵を描いてもその通りにはならないね。人間は空を飛べない。重力に従って地に落ちるだけだ。無機物もダメだった 福井:やめて…!触らないで!(しゃがみこんで自分の両腕を抱く) 椿:誰も触ってない 福井:じゃあ…これはなんなのよ! 椿:僕は、描いてるだけだよ : 椿:僕が完成を告げなければ、何年経とうがどうにもならない。これが二つ目。 : 福井:なんなの…あなたは何者なの?! 椿:さぁ。僕にも分からないな。何故か体も成長を止めてしまって、結構困ってるんだよ? : 椿:そこの鏡ね、マジックミラーになってるんだ 福井:え… 椿:あの刑事さんは、向こうの部屋から僕が描いた 月宮:見せてあげようか、素晴らしい芸術を :一度奥の部屋に行くと直ぐに戻ってくる月宮 月宮:さぁご覧 :大川が喉を切り裂いている絵を見せる 福井:ひっ…! 月宮:よく見るといい。深い関係にあったんだろ? 福井:なんで… 月宮:雰囲気で分かる。隠してるつもりだったんだろうけど…時に人の視線は饒舌に語るものだ 椿:(手を止めて)ドラマチックだったろ? 福井:なにを、いってるの… 椿:ただの飛び降りとかじゃつまらないなーって。より印象的に、より衝撃的にするにはどうした方が結構考えたんだ 福井:あなたを逮捕するわ…! 椿:どうやって?僕は、絵を描いただけだよ?直接手を下してない 福井:わかっててやったんでしょう! 椿:ふふっ、それはもちろん :福井に歩み寄ると顔を両手で掴む 椿:(近くで)描かれてる時の気分はどう? 福井:やめて…! :福井から離れる椿 椿:人物デッサンは早い方だと思うんだ、ほら見て。もうほとんど描けた 月宮:…羨ましいよ、貴女は 福井:なに… 月宮:私はね、椿の才能が羨ましくて仕方ないんだ。彼の作り出すものは、それこそ対象の存在全てに影響を及ぼす…素晴らしい才能だよ : 月宮:椿の才能の片鱗だけでも、私にあれば良かったのに…!所詮、凡人ということだ。ならせめて…彼の作品になりたいと願っているのに、それすらも叶えて貰えない : 月宮:椿の作品になれる貴女が、羨ましくて仕方ない 椿:花は何が好き?どうせなら好きな花に囲まれて死にたいだろ? 福井:いや…!やめて!こんな…こんな…! 月宮:あぁ…実に刺激的だ、羨ましいよ 椿:あなたはこれから、いつ告げられるか分からない僕の完成の言葉に怯えて生活をするんだよ。ふふふっ、楽しいよね :フラフラとした足取りで、部屋を出ていこうとする福井 月宮:そんな足元で帰れるかな? 椿:止めたりしないから、気をつけて帰って。気を強くね 福井:あなたに、言われたくないわ…! 椿:あっは。それもそうか。じゃーね :ドアが閉まる 椿:…なんてね : : 福井:帰って…報告しなきゃ…!何がなんでも、動いてもらわなきゃ…!うっ…!!(吐く) : 福井:はぁ…はぁ…、早く報告… : 福井:…でも、それより : 福井:お花、買って帰らなきゃ… : :終