台本概要

 256 views 

タイトル 終焉のハーモニー
作者名 刹羅木 劃人  (@voice_ac_meme)
ジャンル その他
演者人数 2人用台本(女2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 音のしない終末時計
漣のメトロノーム
連弾奏でる声音が交わす
世界最後の『はじめまして』

 256 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
少女 111 あとがき参照
皇ケイ 112 すめらぎ けい あとがき参照
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:あとがきにて世界観設定・キャラ詳細・サイドストーリー記載あり 0: 0: 0:shoot and harmony 0: 0:***波打ち際に座っている女子高生のもとへ、砂浜を歩いて近づいてくる足音が届く*** 皇ケイ:「こんにちは」 少女:「……」 皇ケイ:「はじめまして」 少女:「……意味あります?それ。あと三十分ちょっとですよ。ほら」 皇ケイ:「あっ、スマートウォッチだとそんな風に表示されるんだ。初めて見た」 少女:「1週間前の宣言からです。あのあとアプデが入って」 皇ケイ:「そうだよね~スマホの方も何かと通知が来てさ、こんな時でも頑張ってるお役所のお偉いさんとか、大変だよね」 少女:「……」 皇ケイ:「私、皇ケイ。あなたは?」 少女:「…」 皇ケイ:「ふーん。ねぇ、それなに?」 少女:「あの、私最期くらい静かにと思ってここに来たんです」 皇ケイ:「私もそう。でもこんな面白いもの見て、スルーなんて出来ないでしょ」 少女:「面白い?」 皇ケイ:「どっか静かなところはないかなってふらふらしてたら、路に血痕が続いてた。ぽたぽたと赤黒い点線が。後を追ってみたら、波打ち際で体育座りしているセーラー服の女子高生。しかも傍らには砂浜に刺さってる日本刀。面白いでしょ?」 少女:「…怖くないんですか?危ないとか思わないんですか?」 皇ケイ:「まぁ、どうせ三十分後には皆死んでるんだし、誤差かなって」 少女:「そのちょっとが大事かもしれないじゃないですか」 皇ケイ:「―――うん。そうだね。そのとおり」 少女:「?」 皇ケイ:「そういうわけだから、静かに過ごしたいってところ申し訳ないんだけど、私の好奇心が収まらないの。だから、聞いてもいい?」 少女:「正直いやです」 皇ケイ:「だよね。でも諦めて」 少女:「……」 皇ケイ:「ふふっ。で、改めて聞くけど、それなに?」 少女:「どれです」 皇ケイ:「えっとまずは、その、あなたの座ってる目の前の、波打ち際でぷるんぷるんしてるそれ」 少女:「見てわかんないんですか?男性器です」 皇ケイ:「えっ?ちっさ!」 少女:「血が抜けたんじゃないですか。ついさっきまではもう少し大きかったですよ。そのうち海水を吸ってぶよぶよになるかもです」 皇ケイ:「貴方が切ったの?」 少女:「はい」 皇ケイ:「その日本刀で?」 少女:「はい」 皇ケイ:「ぷっ、くくっ、あっははっはははははっはははは」 少女:「(笑いに被せながら)そんなに面白いですか?」 皇ケイ:「(笑いを収めながら)だって、ふふっ、普通ありえないでしょ。っく、おっかっしーの。ぷっ」 少女:「……」 皇ケイ:「ごめんごめん、笑いすぎたね。襲われそうになったの?怖かった?」 少女:「別に、怖いって感じじゃなかったです。一生懸命でした。かわいそうなくらい」 皇ケイ:「童貞のまま死ぬのは嫌だ!って感じ?」 少女:「ええ、まぁ。私もそういう経験なかったし、いいかなって一瞬思ったんですけど――」 皇ケイ:「愛もないのに身体を重ねるのが嫌だった?」 少女:「愛なんて、私にはわかりません。でも、なんというか、純度が落ちる気がして」 皇ケイ:「純度?」 少女:「触れ合って、溶け合って、境界があいまいになって。自分の型枠が侵されるというか、輪郭が滲んでしまうというか」 皇ケイ:「そっか。なるほど、そっか――あなたは残したいんだね。こんな世界になっても、自分だけの残り香を」 少女:「え?」 皇ケイ:「まあなんにせよ、自己防衛ってわけだ!もし裁判があっても情状酌量の余地ありって感じかな?」 少女:「そんな心配、意味ないですよ。残り時間でどんな犯罪をやったって、やったもん勝ちです」 皇ケイ:「そうだねー。うん、ほんとにそう。やったもん勝ち」 少女:「?」 皇ケイ:「あ、じゃあもしかしてその日本刀はどっかから盗んできたとか?」 少女:「いえ、それは商店街歩いてる時に顔見知りのおじさんに貰いました。変なのに襲われたら振り回せ、それで大抵の奴は引き下がるからって」 皇ケイ:「予言的中ってわけだ」 少女:「まさか男性器切り落とすとまでは思ってなかったでしょうけどね」 皇ケイ:「んふっ、真顔で言うのやめて、ジワるから」 少女:「適当に振り下ろしただけです。狙ってやったわけじゃないですよ。 少女:満足しました?ならどこか行ってください」 皇ケイ:「まだだよ。まだあなた自身のこと、何も聞いてない」 少女:「話したって仕方ないじゃないですか」 皇ケイ:「む~。そっちがその気なら、こっちが勝手に喋っちゃおうっと」 少女:「いい迷惑です」 皇ケイ:「でもさ、良くあるじゃん。好きな食べ物聞いたりするときに、『明日が世界最後の日だとしたら死ぬ前に何食べる?』みたいな。 皇ケイ:世界最後の今日一日に何してきたか、リアルに語り合う機会なんて貴重じゃない?」 少女:「静かに終わりを迎えるのも、同じくらい貴重だと思いますけど?」 皇ケイ:「私はね~」 少女:「聞いてないし」 皇ケイ:「ついさっき人を殺してきたの」 少女:「―――は?」 皇ケイ:「あなたみたいに正当防衛とかじゃないよ。殺意を持って、狙った相手の命を奪ってきたの」 少女:「――そう、ですか」 皇ケイ:「あそこに見えるおっきな隕石が、まだ地球に落ちるかもしれないくらいの噂話でしかなかった頃にね、付き合ってた彼が刺されたの。私の誕生日だったから、ケーキを買って帰ってくる途中だった。 皇ケイ:通り魔だって話だけど、多分ほんとは狙ってたんだと思う。私の彼氏を」 少女:「たぶん?」 皇ケイ:「彼を刺して気が動転した犯人はね、そのまま慌てて路に出て車に轢かれちゃったの。彼も犯人も一命はとりとめたけど、揃って意識不明の昏睡状態。 皇ケイ:だから、ほんとのとこは分からず仕舞い。どっちも眠ったまんま、遂に今日まで起きなかったの」 少女:「だから、その犯人を?」 皇ケイ:「そ。コンセント抜いただけだけど、ちゃんと死んだよ」 少女:「……」 皇ケイ:「怖くなった?」 少女:「いいえ。ここにコンセントはないですから」 皇ケイ:「あはっ。やっぱあなた面白いね」 少女:「……すっきりしました?」 皇ケイ:「まあね。これからあの世は70億の長蛇の列が出来るだろうから、一足先に逝って閻魔様にじっくり裁いてもらわないと」 少女:「お姉さんも―」 皇ケイ:「名乗ったでしょ~皇ケイ。ケイでいいよ」 少女:「――ケイさんも、裁かれるんじゃないですか」 皇ケイ:「だろうね~。でもいいの。後悔はないから」 少女:「じゃあ、最期くらい彼氏さんの側にいればいいじゃないですか。なんでこんなところに」 皇ケイ:「コンセントを抜く前にね、あってきたよ。 皇ケイ:世界は大騒ぎなのに、その病室は嘘みたいに静かで、彼の静かな寝息と、それを邪魔しないくらいの機械の音しかなかった。 皇ケイ:眠ってる彼に言ったの。『おーい、早く起きないと、私、殺人犯になっちゃうぞ』って。そう言ったら、彼が目を覚まして私を止めてくれるかなって思ったの。 皇ケイ:でも、そんなことはなかった。だから、街をぷーらぷら」 少女:「それでも、側にいればいいじゃないですか。目を醒ますのが終末の十秒前でも、そのちょっとが大事かもしれないじゃないですか」 皇ケイ:「だからよ」 少女:「え?」 皇ケイ:「こんな私は見せたくないの。彼はあの病室で、最期を静かに迎える。それでいいの」 少女:「――ひとつ、聞いてもいいですか?」 皇ケイ:「おっ、なになに興味でてきた?お姉さんうれし~!何でも聞いてっ」 少女:「ケイさんにとって、『愛』ってなんですか」 皇ケイ:「ぁ――うーん、そうね。執着の優先順位、かな」 少女:「ずっと一番執着していられるものが、強くて美しい愛って事ですか? 皇ケイ:「強くて美しいかもしれないけど、一番じゃダメ」 少女:「え?」 皇ケイ:「それが『恋』のうちはね、一番でいいの。いつもその人のこと考えちゃって、何をするにも相手のことがちらついて、つい目で追っちゃって。 皇ケイ:恋に恋する乙女をする時間ってのは綺麗だし、大抵の人には経験があるんじゃないかな。あなたは、もしかしたら無いのかもしれないけど。 皇ケイ:でも、それがいずれ『愛』になったら、相手の事は、自分の中で二番や三番、もしかしたら五番目くらいがいいのかもしれない」 少女:「それって、結局恋愛感情はいずれ冷めるってことですか?」 皇ケイ:「一番熱してる時に比べれば、冷めてるように見えるかもね。言いようによっては落ち着いたともいえる。 皇ケイ:でもね、肝心なのは、必要な時に、もう一度一番に出来るかどうかだと思うの」 少女:「そんなにふらふらしてるものなんですか?」 皇ケイ:「失って初めて大切なものに気づくってよく聞くでしょ。あれは嘘よ。本当に大切なものは皆分かってて、失った時に、分かっていたのに大事にしなかった自分への免罪符みたいにその言葉を唱えるの。 皇ケイ:だから、本当は一番なんだけど、普段は見せかけの順番で落ち着いたところに置いといて、なおかつ順位は下げすぎない。それを維持出来て、必要な時に一番に返り咲かせることが出来る。 皇ケイ:それができたら、それはとても素敵な愛だと、私は思うな」 少女:「じゃあ、もし相手の事をずっと一番に置き続ける、恋みたいな愛の形があったとしたら?」 皇ケイ:「それはもう呪いだよ。苦しくて辛くて、そんなの、自分も相手も疲れちゃう。――でも」 少女:「でも?」 皇ケイ:「そんな風に愛し合えたら、どんなに良かっただろうね」 少女:「―――あっ」 皇ケイ:「ん?どしたの?」 少女:「スマートウォッチの通知です。もうすぐ始まるみたいですね。ほら」 0:夕闇空に複数の閃光、爆音 皇ケイ:「あっ……すごい」 少女:「世界中の核ミサイルを一斉に発射して、あの隕石に当てるそうです」 皇ケイ:「壊せるの?」 少女:「軌道がそれるかどうか、だそうですよ。悪あがきだって、ニュースで言ってました」 皇ケイ:「ふーん。でも、思ったよりもきれいだね。核ミサイルの花火」 少女:「綺麗、ですか?」 皇ケイ:「そうだよ。あのひとつひとつが何万人分の血液を蒸発させてたと思えば、あの宇宙に実をつけた鬼灯はなんだか可愛く思える」 少女:「でも、結局のところ、その種を最後まで手放せない人が最後に実を結ぶ鬼灯は、とても醜いと思いますよ」 皇ケイ:「ん?どゆこと?」 少女:「MADって知ってます?」 皇ケイ:「まっど?どろって意味の英語だっけ?」 少女:「スペルが違います。相互確証破壊のことです」 皇ケイ:「難しい言葉だね。スマホで調べたら出てくる?」 0:スマホを取り出そうとするケイ 少女:「無駄ですよ。もう地球のこちら側の電子機器は死にました。高高度で核爆発が起きると、EMPが発生して――」 皇ケイ:「む~~」 少女:「なんだかんだで、機械は使えなくなるんです」 皇ケイ:「そっ。で、まっどって言うのは?」 少女:「ケイさんが言ったとおり、あの光の一つ一つが何万人もの命を奪って、都市を消し飛ばすだけの脅威なんです。 少女:だから、核を持ってる国は、同じように核を持ってる国を撃てない。相手に撃ったことがバレたら、その瞬間に撃ち返されて全部終わりですから」 皇ケイ:「なるほどね。あの石ころをこの星から遠ざけるのに出し惜しみは出来ない。でも、もし無事にあの隕石を押し返した時、誰かがまだ鬼灯の種を持っていたら…」 少女:「そういうことです。今、人類は試されているんですよ。愛を」 皇ケイ:「愛?」 少女:「執着の優先順位、ですよ。この星ごと全人類を愛せるか、それよりも自国を優先するか」 皇ケイ:「なんか、私が思ってたのと違うな~」 少女:「でも、しっくりきましたよ」 皇ケイ:「そう?」 少女:「ええ。結局、人は本当に大事なものから目を背けられないんですよ」 0:***少しの間 少女:「そろそろいいですか。いいかげん一人になりたいんですが」 皇ケイ:「まーだ。あとちょっと」 少女:「あとちょっとしかないんですけど」 皇ケイ:「ねぇ、あの花火、上手くいくと思う?」 少女:「無理でしょうね。結局みんな、他人を信じ切って全てをさらけ出すことなんて出来ない。ありもしない未来の心配事をして、みんな仲良く星屑です」 皇ケイ:「星屑かぁ」 少女:「ええ。本当にむ」 皇ケイ:「いいね、星屑」 少女:「―――は?」 皇ケイ:「たんぽぽの綿毛が種を運ぶように、私たちは星屑になって宇宙に散っていくんだよ。なんかロマンチックじゃない?」 少女:「でも、そこには、何にも残らないんですよ」 皇ケイ:「残らなきゃ、だめ?」 少女:「っ――そんなの、だめに決まってるじゃないですか!」 皇ケイ:「!」 少女:「あなたはいいですよね。やりたいことやって、後悔もなくて、もうどうにでもなれって感じじゃないですか!いっそ何もかもなくなれって、そう思ってるんでしょ? 少女:哀しい結末だったけど、満ち足りた日々の思い出もたくさんあって、この理不尽な終わりを受け入れてる!冗談じゃないですよっ」 皇ケイ:「あなたは、納得してないんだね」 少女:「できるわけ、ないでしょ」 皇ケイ:「聞かせてよ。あなた自身の、これまでのこと」 少女:「?」 皇ケイ:「あなたが言ったとおり、私はやりたいことやって、言いたいこと言ったから、次はあなたの番」 少女:「……」 皇ケイ:「怒らせちゃったお詫び」 少女:「あなたが聞きたいだけでしょ」 皇ケイ:「んふっ、バレたか」 少女:「(ため息)――本が、出るはずだったんです。来週」 皇ケイ:「あなた、作家だったの?」 少女:「まだです。来週デビューする予定でした」 皇ケイ:「あぁ、そっか。そうなんだ」 少女:「今という時代は、物語が大量に生まれては消費され、埋もれていくのが当たり前です。本も、映画も、ドラマも、ゲームや音楽、果ては役者やネット配信者に至るまで、たくさんの物語が生まれては消えてく。 少女:私も、その消費される物語の濁流の中に、一冊の想いを送り出すって、そんな時だったんですよ。それがどんな覚悟か、あなたにわかりますか? 少女:作品を生み出すのに必要なエネルギーは、消費する側のそれとは比べ物になりません。文字通り、字を綴った原稿に血反吐吐きながら、それでも一つの物語を締めくくったんです。 少女:それが必ず絶賛されるわけでもない。批判されたり、大量消費の波間に埋もれてただ沈んでいくだけかもしれない。 少女:それでも!それが浪費ではなく消費なら、誰かの心に消化されて、糧になるなら、それが私の生きた証になる。そんな覚悟と、やっとの思いで、その激流の畔に立ったんです。 少女:私は、小さいころから何一つ取り得なんかなくて、満ち足りたことなんてなかった。閉じこもる様に、本ばかり読んでました。いつしか私も、同じように言葉を、物語を遺せたらって。 少女:それで、ネットに小説を上げるようになって、それを見つけてもらえて、嘘みたいに話が進んで、出版が決まって、そして、あの隕石です」 皇ケイ:「皆に見てもらう舞台を、なくしちゃったわけか」 少女:「いつか飛んでいく綿毛を、どんな風雨に晒されても、どんなに凍てつく吹雪の中でも、両手で包んで守り育ててきました。それを、さあ、飛んでいけって見送る瞬間を待ち望んでいたんです。 少女:欲を言えば、その種子が、受け取ってくれた人の心で芽吹いてくれたらって」 皇ケイ:「そっか。でも、成果は出なかったかもしれないけど、見える形で残りはしなかったかもしれないけど、それでも、あなたが頑張ったこと自体が無駄になるわけじゃないと、私は思うな」 少女:「――結果がすべてじゃない、過程だって大事だって、そんなありきたりな慰めでも言うつもりですか。そんなもの」 皇ケイ:「ふざけないで」 少女:「っ!」 皇ケイ:「慰めなんかじゃない。過程は、小さな結果の積み重ねよ。どんな結果も、ゴールも、歩みづけた足跡の一つ一つという結果の結末でしょ。 皇ケイ:どんなに哀しい終わりが待っていても、幸せだった日々や、その時一生懸命だった自分まで嘘にしたくない」 少女:「―――一緒にしないでください」 皇ケイ:「……」 少女:「あなたは、それで良いんでしょう。それで良かったんでしょう。一つ一つの結果に満足していた。哀しい結末を呑み込めるくらいには幸福の貯蓄が出来た。 少女:――でも、私はここからだったんです。一つ一つの結果に苦悩していた。どんな言葉を選ぶか、どんな言い回しを使うか、どんな風に相手に伝えたいか、どうしたら伝わるだろうかって!考えて考えて考えて、その積み重ねの答えを得る機会を!あの石ころに奪われたっ。 少女:この結末を、物語を綴り終えたことに満足して『がんばって書けたんだから偉いね』って、それだけで納得は出来ませんよ……」 皇ケイ:「……」 少女:「……」 皇ケイ:「でも、本当に何も残らないのかな」 少女:「は?」 皇ケイ:「多分この星は、形に残らなかった星屑の塵が積もって出来てるんだよ。取るに足らない色んなものが、形をなくして、砂粒みたいになって、折り重なって、そうやって形になったんだよ。 だから、残らなくても、残るんじゃないかな?上手く言えないけど」 少女:「何が、言いたいんです」 皇ケイ:「遺す物も、残されるものも、跡形もなくなるものも、結局、生まれたものは皆、何かをのこしていくんだよ。たとえ、誰の目にも触れなくてもね」 少女:「それでも、誰だって、残したいんですよ。跡形もない何かじゃなくて、自分が生み出した、確かな何かを。子供を産んで血を残すのも、音符や文字を連ねて作品を残すのもの、人の本能ですよ。 少女:私だって――そうしたかったんです。そうするしかなかったんです。どんなに苦しくても辛くても、それしかなかったんですよ」 皇ケイ:「――そっか。あなたは、物語に恋をしていたんだね」 0:***少しの間 皇ケイ:「じゃあ、私が残してあげる」 少女:「え?」 0:***ケイの顔を見る少女 皇ケイ:「私はもう、満足したから。世界最後の日に、やりたい事やって空っぽになった私に、あなたを詰め込んで、私は逝くわ」 0:***その瞳に、悲しくも確かに映る、ここにいない誰かへの執着を見る 少女:「何、言ってるんですか。二人ともここに居るんだから、一緒に死んじゃうじゃないですか」 皇ケイ:「そうね。でもほら、あなたの方がちょっとだけあの隕石に近いよ?」 少女:「誤差でしょ」 皇ケイ:「でも、そのちょっとが大事かもしれないじゃない?」 少女:「……」 皇ケイ:「ねぇ、あなたはどんな物語を描いていたの?聞かせてほしいな」 少女:「―――魔法使いが、長く苦しい旅を終えて、約束を果たすお話です」 皇ケイ:「約束って?」 少女:「家で帰りを待つ家族に、「ただいま」って、その一言を―――」 皇ケイ:「続きは?」 少女:「いいです。長くなるので。それに」 皇ケイ:「?」 少女:「あなたは、空っぽなんかじゃない」 皇ケイ:「ぁ……」 少女:「ほんとは胸がいっぱいで、心の中の一番はずっと変わらないのに、無理に優先順位を下げようとしてる。 少女:ケイさんのその想いは、私の物語じゃ上書きできないと思いますよ」 皇ケイ:「―――あーあ、はっきり言われちゃった」 少女:「今からでも、行ったらどうですか」 皇ケイ:「ううん。哀しいし、本当は違う結末が良かったけど、もう決めたから」 少女:「そうですか」 0:***少しの間 皇ケイ:「ねぇ、やっぱり、聞かせてほしいな。あなたの物語」 少女:「え?」 皇ケイ:「あなたがどんな言葉を連ねていたのかは知らない。あなたがどんな感情を織り込んでいたのかは分からない。その物語は、あなたの手のひらから旅立つことなく枯れていく。風にのって誰かの心に届くこともなく、ただ土に還るだけ。 皇ケイ:それでも、私の好奇心が収まらないの。彼への未練を押さえつける言い訳なんかじゃない。あなたの物語への恋心が、私の執着の優先順位を駆け上がってきたの。だから―― 皇ケイ:だからさ、紡いでみてよ。この風景を、この時代を、この星の終わりを、あなたはどんな言葉で編むの?」 少女:「…………」 皇ケイ:「刻んで。世界最後の日に何もかもを終わらせて、それでも未練たらたらで、彼のことで一杯のページの僅かな余白に、あなたの物語を」 少女:「―――『音のしない終末時計。漣のメトロノーム。夜が訪れる匂いを感じさせるはずの、薄く輝き始める星々が顔を覗かせる夕焼けの空には、その瞬きが霞んで消える程の場違いな灯りが煌々と連なっていた。 少女:空が、落ちてくる。地球という小瓶に蓋をするよう迫る石ころを眺めつつ、浜辺に揺れる即物的な愛の触覚を視界の端に収めながら、ふたつの声帯が静かに音を奏でていた。 少女:ぎこちなく、不細工に、まるで下手糞なピアノの連弾のように。それでも、傾いだ夕陽に沈んでいくあの耳障りな轟音に比べれば、それはとても、美しいハーモニーだった』」 皇ケイ:「――うん。綺麗だよ、とっても。もう何も残せない私だけど、私の中に、貴方を残して、私は終わるわ。世界の終わりに、ふたりだけで、弾むような会話をしたことを。私が星屑になる瞬間まで」 少女:「――でも、こんなに長い文章、覚えられるわけ」 皇ケイ:「『音のしない終末時計」 少女:「っ!」 皇ケイ:「漣のメトロノーム。夜が訪れる匂いを感じさせるはずの、薄く輝き始める星々が顔を覗かせる夕焼けの空には、その瞬きが霞んで消える程の場違いな灯りが煌々と連なっていた。 皇ケイ:空が、落ちてくる。地球という小瓶に蓋をするように迫る石ころを眺めつつ、浜辺に揺れる即物的な愛の触覚を視界の端に収めながら、ふたつの声帯が静かに音を奏でていた。 皇ケイ:ぎこちなく、不細工に、まるで下手糞なピアノの連弾のように。それでも、傾いだ夕陽に沈んでいくあの耳障りな轟音に比べれば、それはとても、美しいハーモニーだった』」 少女:「ぁ……」 皇ケイ:「得意なんだ。セリフ覚えるの」 少女:「そう、ですか」 皇ケイ:「うん」 0:***間  潮騒    静かに頬を濡らす少女 皇ケイ:「いつだって、遅すぎることはない。本当に大事なものを諦めきれないなら、いつだってテイク2を始めることもできる。 皇ケイ:だから―――もう一度聞くね? 皇ケイ:はじめまして、こんにちは。私は皇ケイ。 皇ケイ:あなたの、名前は?」 少女:「……………… 少女:っ―――ぁ――――――――― ■■ ■■■:はじめまして―――こんにちは。私の、名前は 0: 0:***終演(終焉) 0: 0:以下あとがき。 0: 0:本作は、『巨大隕石の衝突により地球滅亡が30分後に迫った世界で、浜辺で2人の女性が世界最後のはじめましてを交わす』お話です。 0:まずはここに至るまでの世界について、お示しいたします。 0:この作中から2年前、世界の各先進国の主要機関が、地球の17分の1の大きさの隕石が地球に落下する計算が『確定』したことを認識する。隕石自体の発見はもっと前で、高い確度で落ちるとされていたが、それが確定し、その対策のために必要なあらゆる事が本格的にスタートしたのがそのタイミング。そこから各国は隕石対策を含めた外交を開始する。つまり、『これから地球のあらゆるところで全力で核兵器開発をしても間に合うか微妙だが、正直に核兵器を使い切ってしまったら、核兵器を温存した仮想敵国に支配されてしまう』という状況の中で、難しい対応を迫られることになった。 0:この辺、小難しい話に見えますが、今のロシア・ウクライナやイスラエルのように、残念ながらこの星の霊長たる人類は、人を殺し、領土を拡大する戦争・主義主張のために他民族を排斥する戦争を現在進行形で続けていることを見ればご理解いただけますでしょうか。 0:みんなで一緒に地球の危機を乗り越えた瞬間に、疲れ切った国は余力のある国に侵略されることを考えておかなきゃいけない、ということです。 0:隕石落下が確定する前から、各国はこの事実を世間には秘匿していた。この切迫した局面で、治安の悪化による対応力の低下を避けるためだ。そうして、世界各国で秘密裏に、人類の存亡をかけた核兵器開発が始まる。日本でさえ、原子力発電所から排出された核廃棄物や停止していた原子力発電所からさえも原料を集め、宇宙開発関係各所と連携し、核ミサイルを製造した。そして、世界中で対隕石の兵器開発と外交が進む中、アメリカは事前に宇宙に打ち上げたミサイルを『宇宙で発射』することで、かなり早い段階から隕石削減を実行するものの、精度の低さもあり、難航。その他の対策も功を奏することなく、隕石落下まで2ヶ月の段階で、人類絶滅が濃厚になった。その頃には既に、世間には濃厚な噂として広まっており、もはや政府などの公的機関が正式な発表をしていないだけで周知の事実となっていた隕石落下。衝突まで49日を切った日、各国政府は遂に、正式に隕石の落下と絶望的な現状を公表した。まだ抵抗を続けるとする声明に、縋る人、自暴自棄になって凶行に走る人、ピンと来なくていつも通りの日常を送る人、様々な日常が送られる中、日本政府は7日前にもはや抵抗による生存の確率はほぼ無いということを国民に正直に発表した。これがネット上で通称『絶滅宣言』と呼ばれるようになる。その時でさえ『ピンと来なくていつも通りの日常を送る』人が大半だった日本だが、隕石が肉眼で見えるようになるにつれて治安は悪化。社会は崩壊し、軛は解かれ、自由と混沌が不協和音を奏でる、正しく世界の終わりが訪れた。 0:ここまでが、あの30分サシ劇の会話に至る『世界』の設定です。 0:小難しい話ですが、ここは世界の前提条件ですので、わかってるほうが読んだり演じたりするのが楽しくなると思います。 0:絶滅宣言については『1週間前の宣言からです』というセリフのとこに関わる部分ですね。 0:さて、では登場人物にフォーカスします。 0:皇ケイについては、『終焉のディソナンス』※にて触れたとおりです。 0:(※外伝的作品、本ページ末尾にも掲載します) 0:あらゆる芸能的才能に恵まれたマルチタレント。女優、歌手の二本柱を主に、他にも多彩なフィールドで活躍する正真正銘の天才。数多の人間を虜にしながら、たった1人の男の愛に満たされ、その才能の全てを発揮するステージから去った女。 0:少女については本編での独白がメインです。 0:演じる上での心の動きを雑に説明すると、少女は開幕からずっとかなり不機嫌で、ケイに対して本気でイライラしてます。 0:ケイの方は、本当は情けなく大声で泣き叫びたいほどなのを、持ち前の女優としての演技力でなんでもない振りをしているのです。自分を騙すために、飄々としてる演技をしている。『観客』がいれば、自分は『女優』になって、自分を騙せる。 0:ただ、ケイは少女の話を聞いて、思い出してしまう。何かに執着して、諦めきれないという強い感情を。全てを手放してまで愛したいと思った、優先順位ナンバーワンの男がいたことを。そこでケイの天才的な『演じる』という行為に綻びが生じる。奥底から駆け上がってくる情動が滲み出てしまう。それを、少女は感じ取ってしまった。噛み合ってしまった。不協和音だらけの世界で、ハーモニーが生まれる瞬間。諦めきれない未練(ねつ)に浮かされた者同士の、どうしようもない慟哭が重なる時。 0:諦めるしかないから自分を騙したかったのに、自分が忘れようとした強烈な恋を燃やす少女を羨望するケイ。 0:もし本が出て、誰かの心に残ったら。 0:それが売れて、映画になっちゃったりして、もし有名な女優が私のセリフを読んだりしたら。 0:そんな、起こりえなかった夢を叶えてくれたケイを、恋を乗り越えて愛を育んだのであろう大人の女を尊敬する少女 0:無いものを、失ったものを、望むものを。 0:お互いの中に尊いものを見出した2人が交わす声音は、波音の伴奏に引き立てられた、美しいハーモニーになる。 0:イラつく無遠慮な大人 / 自分を騙すための観客 0:相手のことをそんな風にしか思っていなかった、そんなはじめましてから30分、世界最後に互いが贈る『はじめまして』は、まるで恋文のように。 その未練という名の熱をもったラブレターは綴り切られることはなく、星が見る夢は、終焉を迎える。 0:最後に、少女は名前を口にします。名を名乗るというのは、相手への当然の敬意の表れです。ただ、その音を紡ぐ前に、隕石が直撃した轟音が全てを包んでしまったのです。ここ、解釈は読む人次第でいいんですが、作者的には『はっきり名乗ったけど間に合わなかった』という場面です。ビジュアルにすると名前を口パクしてるのは見えるけどその瞬間には閃光と轟音と高熱に包まれてまさに蒸発し始めているところ、という感じでした。 0:この作品はタイトルからして『終わり』をテーマにしているのはお察しいただけるものと思います。世界が滅亡したその瞬間に台本も終わる。終演にして終焉、というのは書いてる時から考えてましたが、その後に後書きを載せたくなかった。だってその世界はもうその瞬間に終わっていて、後なんてないからです。世界観設定の話を引き継ぎますが、最終的に隕石は直径17kmまで小さくなって落ちてきます。だいぶ小さくなってますが、それでもこれは恐竜が絶滅した原因とされる隕石よりも大きいくらいです。地表は人間の生存環境からは大きく変化し、もう後に残るのは塵芥だけ。 0:いつまでも未来があると思っていた。 0:それが突然なくなって、何もかもが跡形もなくなるとして。 0:それでも、残された最後のわずかな時間に、心のままに絶滅に抗うことは、何かを残そうとすることは、無意味だろうか? 0:『終わり』を語ることは、『終わりの後に続くもの』を語ることでもあると思うのです。だって、人も、歴史も、終わり続けてきたから。いつか人の歴史が終わっても、地表には違う何かが霊長として君臨するでしょう。そうして星は、天体としての寿命が尽きるその日まで、地表の夢を見続けている。いつか星が崩れ去っても、宇宙の塵は、いつか聞いたハーモニーを覚えているかもしれない。そんな、『そうだったらいいな』『最後までそうありたいな』という感情が結実したのが、『終焉のハーモニー』でした。 0:本当に折り悪く、現実の世界は正真正銘の戦争を始めてしまって、かの国が核兵器を持ち出す可能性も有り得る頃に、この作品を投稿しました。遊んでいただいた演者さんには『預言者か』と言われたりもしましたが、『いつ訪れるかわからないけど、いつ訪れてもおかしくないのが終焉』という話を書いたら、それに近しい現実が訪れてしまったというだけの話なのです。 0: 0:人は生きている限り、いつだって不意に出会い、唐突に別れます。 0:別に、だから親孝行しろとか、そんなことが言いたい訳じゃないんです。刻んで、刻まれて、そうして生きていくのが人で、その集積した熱量がこの星の歴史なのだと思います。 0:終わりが見えても、諦めないでいたい。今更なんて思わず、残された『そのちょっと』を大切にしたい。『いつだってテイク2を始めることもできる』のだから、心に素直に、優先順位を見据えて、最期を迎えたい。 0:どうせ、全てをやりきって満足して終われることなんてないのだから、未練という名の熱に浮かされるのも悪くない。 0:それが、たまたま最後に出会った人と、美しいハーモニーとして残るなら、自分の輪郭が溶ける時でさえ、少し笑っていられるかもしれないから。 0: 0: 0:『終焉のディソナンス』 0: 0:*****サイドストーリーです。気になる人だけ目を通していただければ。***** 0: 0:「ふ、ふぁぁぁぁあああああああああ!!」 0: 0:我ながら、みっともなく上擦った叫び声だった。 0:勢いよく駆けていき、夜道を歩く男の背に迫った。 0:男は俺に気づいて振り返るが、身を翻す間はなかった。 0:男の腹部に、包丁を突き立てる。走った勢いに体重を乗せて、深々と。 0:本当に気持ち悪かった。刺した瞬間に、相手が吐血するよりも早く自分が嘔吐しそうだった。 0:刃を伝い、柄を持つ自分の手に、男の血液が絡まってくる。 0:命が、滴っていた。 0:「はぁ、はぁ、はぁ」 0:「うっ」 0:「お前がっ!お前が悪いんだっ!皇ケイという才能を終わらせた大罪を犯したお前が!!」 0:吐き気を押しやる様に、食道から逆流するものを押し付けるために無理に気道を開く。叫ぶ。吐瀉物の代わりに怨念をぶちまける。 0:「うぐっ」 0:包丁から手を放す。刺された男は、鮮血が滲むシャツではなくて、地面に落とした自分の荷物を見ていた。中身は、恐らく洋菓子店で買ったのであろうホールケーキ。 0:「あーあ、崩れちゃったかな。せっかく、綺麗な奴、選んだのに」 0:「お前、何をいって――っ!?」 0:男は、膝を折ることもなく、一歩踏み込んで俺の両肩を掴んだ。あり得ないほど強い握力だったように感じるが、俺は竦んで、僅かほどの力も籠められなかった。 0:だから、肩を掴んだその力が子供ほどのものであっても、俺は逃げられなかっただろう。 0:何よりも強かったのは、踏みだされた一歩でも、掌の握力でもなく、至近距離で俺をのぞき込んだ、その目だった。 0:「いいか、良く聞け。頼みがある」 0:「―――は?」 0:たった今、自分が腹部を刺した男が、俺を真っすぐに見据えて頼みごとをしている。訳が分からなかった。ただひたすら、狂気を浴びせられた。 0:武道家が数十年の異常な鍛錬を経て会得するような気迫が、たった今俺によって死にそうになっている男から暴風のように吹き荒れていた。 「お前が、彼女を幸せにしろ」 0:「な、にを」 0:「俺はもうじき死ぬ。だから、頼む、俺の代わりに、お前の人生の全てを費やして、彼女を幸せにしろ」 0:「っ―――」 0:「いいか。これは、お前の責務だ。逃げるな。必ず彼女を、世界で一番、幸福な終わりに連れていけ。 0:彼女の人生が終わる時に、この選択の結末が、彼女という人間が持ち得たあらゆる可能性の中で最も輝きに満ちたものだったと思わせろ。いいか、絶対、に、ごほっ」 0:盛大な咳に、血液が混じっていた。男は力を失い、遂に掌は俺の肩から離れ、膝を屈し、アスファルトの上の血だまりに沈んだ。 0:「う、うぁ、ぁぁぁあ、ふぁああああああああああああああああああああああああああああああああ」 0:走った。顔面をぐちょぐちょにしながら走った。 0:悟ってしまったから。あの男が、自分と同じところに居て、そこからどれほどの覚悟で歩み始めたのかを。 0:理解してしまったから。自分が、あの男と同じものを背負っては、一歩も動けないことを。 0:走った。走った。走った。でも、どこまで行っても逃げられなかった。もうこの世に生きている限り、どこにも逃げ場はなかった。 0:あの男の頼みごとが、呪いとなって纏わりついた。手のひらを何度洗っても落ちない血のように。 0:贖罪や後悔さえ浮かばない。ただひたすら、逃げたいと思うことしか出来なかった。 0:だから、飛び出した。情けなく、みっともなく、勢いに任せて歩道から跳んだ。 0:衝撃、浮遊感、衝撃。路面を転がり、四肢の感覚がなくなって、最後に見えたのは、薄暗い夜空。その最奥の、一等星の輝き。 0:「あぁ、やっぱり君は、綺麗だ」 0:灯が消える時、彼女が傍にいた気がした。 0:あぁ、君の手で俺の蝋燭の揺らめきが消えるなら、それはどんなに、望ましい終焉だろうか。 0:*****終幕***** 0:■人物紹介 0:■皇ケイ 0:『終焉のハーモニー』登場人物 0:十代後半から女優業で頭角を現し、一躍大人気女優となった1000年に1度の逸材。 0:演技はもちろん、トーク、歌唱、人格に至るまで、あらゆるタレント業をマルチにこなすまさに超新星だった。 0:二十代前半、未だ衰えず、魅力は増すばかり。特にラブストーリー物のドラマや映画に引っ張りだこ。 0:しかし、突然の芸能界引退。理由は、一ファンに過ぎなかった一般男性との交際。 0:発覚したから、ではなく、結婚を前提にお付き合いするので、芸能界辞めます、という潔白なもの。 0:相手の男性の詳細以外は、全てを正直に公開し、多くのファンや関係者に惜しまれながらの引退だった。 0:「コンサートの観客席は、まるで星空だった。でも一等星は私。私を見に来てくれた皆のためにも、私はそこで一番輝いていないといけない。でも、サイリウムの海に一つだけ、見えた気がしたの。私だけの一番星が」 0:■ケイのパートナー 0:人生の全てをケイを幸せにすることにのみ捧げると誓った男。周囲から見ればドン引きレベルの命の使い方をしていた。「好きな相手にそこまでする?」という引かれ方。 0:ただ、彼は誰よりも彼女に魅せられたファンの一人だった。六等星の自分が一等星の輝きに並び立つならば、持てる全てを懸けても足りないと思っていた。己を磨き、彼女を尊んだ。 0:それは、「ハーモニー」で語られた、「呪いのような、恋のような、強くて美しい愛」だった。 0:「彼女を、世界で一番幸せにしたいと、心から思った。その瞬間に、俺の命の使い道は決まった」 0:■狂信的なファン 0:本作主人公 0:皇ケイという眩しすぎる才能に魅せられた一人。心酔し、狂信し、故に異性との交際をきっかけとした引退が許せなかった。 0:何よりも、同じファンの一人でありながら、その一等星と並び立った六等星に、嫉妬した。あらゆる負の劣情(性的な意味ではない)を抱いた。 0:そして、かけられた呪いの重さに耐えきれず、終わりを迎えた。

0:あとがきにて世界観設定・キャラ詳細・サイドストーリー記載あり 0: 0: 0:shoot and harmony 0: 0:***波打ち際に座っている女子高生のもとへ、砂浜を歩いて近づいてくる足音が届く*** 皇ケイ:「こんにちは」 少女:「……」 皇ケイ:「はじめまして」 少女:「……意味あります?それ。あと三十分ちょっとですよ。ほら」 皇ケイ:「あっ、スマートウォッチだとそんな風に表示されるんだ。初めて見た」 少女:「1週間前の宣言からです。あのあとアプデが入って」 皇ケイ:「そうだよね~スマホの方も何かと通知が来てさ、こんな時でも頑張ってるお役所のお偉いさんとか、大変だよね」 少女:「……」 皇ケイ:「私、皇ケイ。あなたは?」 少女:「…」 皇ケイ:「ふーん。ねぇ、それなに?」 少女:「あの、私最期くらい静かにと思ってここに来たんです」 皇ケイ:「私もそう。でもこんな面白いもの見て、スルーなんて出来ないでしょ」 少女:「面白い?」 皇ケイ:「どっか静かなところはないかなってふらふらしてたら、路に血痕が続いてた。ぽたぽたと赤黒い点線が。後を追ってみたら、波打ち際で体育座りしているセーラー服の女子高生。しかも傍らには砂浜に刺さってる日本刀。面白いでしょ?」 少女:「…怖くないんですか?危ないとか思わないんですか?」 皇ケイ:「まぁ、どうせ三十分後には皆死んでるんだし、誤差かなって」 少女:「そのちょっとが大事かもしれないじゃないですか」 皇ケイ:「―――うん。そうだね。そのとおり」 少女:「?」 皇ケイ:「そういうわけだから、静かに過ごしたいってところ申し訳ないんだけど、私の好奇心が収まらないの。だから、聞いてもいい?」 少女:「正直いやです」 皇ケイ:「だよね。でも諦めて」 少女:「……」 皇ケイ:「ふふっ。で、改めて聞くけど、それなに?」 少女:「どれです」 皇ケイ:「えっとまずは、その、あなたの座ってる目の前の、波打ち際でぷるんぷるんしてるそれ」 少女:「見てわかんないんですか?男性器です」 皇ケイ:「えっ?ちっさ!」 少女:「血が抜けたんじゃないですか。ついさっきまではもう少し大きかったですよ。そのうち海水を吸ってぶよぶよになるかもです」 皇ケイ:「貴方が切ったの?」 少女:「はい」 皇ケイ:「その日本刀で?」 少女:「はい」 皇ケイ:「ぷっ、くくっ、あっははっはははははっはははは」 少女:「(笑いに被せながら)そんなに面白いですか?」 皇ケイ:「(笑いを収めながら)だって、ふふっ、普通ありえないでしょ。っく、おっかっしーの。ぷっ」 少女:「……」 皇ケイ:「ごめんごめん、笑いすぎたね。襲われそうになったの?怖かった?」 少女:「別に、怖いって感じじゃなかったです。一生懸命でした。かわいそうなくらい」 皇ケイ:「童貞のまま死ぬのは嫌だ!って感じ?」 少女:「ええ、まぁ。私もそういう経験なかったし、いいかなって一瞬思ったんですけど――」 皇ケイ:「愛もないのに身体を重ねるのが嫌だった?」 少女:「愛なんて、私にはわかりません。でも、なんというか、純度が落ちる気がして」 皇ケイ:「純度?」 少女:「触れ合って、溶け合って、境界があいまいになって。自分の型枠が侵されるというか、輪郭が滲んでしまうというか」 皇ケイ:「そっか。なるほど、そっか――あなたは残したいんだね。こんな世界になっても、自分だけの残り香を」 少女:「え?」 皇ケイ:「まあなんにせよ、自己防衛ってわけだ!もし裁判があっても情状酌量の余地ありって感じかな?」 少女:「そんな心配、意味ないですよ。残り時間でどんな犯罪をやったって、やったもん勝ちです」 皇ケイ:「そうだねー。うん、ほんとにそう。やったもん勝ち」 少女:「?」 皇ケイ:「あ、じゃあもしかしてその日本刀はどっかから盗んできたとか?」 少女:「いえ、それは商店街歩いてる時に顔見知りのおじさんに貰いました。変なのに襲われたら振り回せ、それで大抵の奴は引き下がるからって」 皇ケイ:「予言的中ってわけだ」 少女:「まさか男性器切り落とすとまでは思ってなかったでしょうけどね」 皇ケイ:「んふっ、真顔で言うのやめて、ジワるから」 少女:「適当に振り下ろしただけです。狙ってやったわけじゃないですよ。 少女:満足しました?ならどこか行ってください」 皇ケイ:「まだだよ。まだあなた自身のこと、何も聞いてない」 少女:「話したって仕方ないじゃないですか」 皇ケイ:「む~。そっちがその気なら、こっちが勝手に喋っちゃおうっと」 少女:「いい迷惑です」 皇ケイ:「でもさ、良くあるじゃん。好きな食べ物聞いたりするときに、『明日が世界最後の日だとしたら死ぬ前に何食べる?』みたいな。 皇ケイ:世界最後の今日一日に何してきたか、リアルに語り合う機会なんて貴重じゃない?」 少女:「静かに終わりを迎えるのも、同じくらい貴重だと思いますけど?」 皇ケイ:「私はね~」 少女:「聞いてないし」 皇ケイ:「ついさっき人を殺してきたの」 少女:「―――は?」 皇ケイ:「あなたみたいに正当防衛とかじゃないよ。殺意を持って、狙った相手の命を奪ってきたの」 少女:「――そう、ですか」 皇ケイ:「あそこに見えるおっきな隕石が、まだ地球に落ちるかもしれないくらいの噂話でしかなかった頃にね、付き合ってた彼が刺されたの。私の誕生日だったから、ケーキを買って帰ってくる途中だった。 皇ケイ:通り魔だって話だけど、多分ほんとは狙ってたんだと思う。私の彼氏を」 少女:「たぶん?」 皇ケイ:「彼を刺して気が動転した犯人はね、そのまま慌てて路に出て車に轢かれちゃったの。彼も犯人も一命はとりとめたけど、揃って意識不明の昏睡状態。 皇ケイ:だから、ほんとのとこは分からず仕舞い。どっちも眠ったまんま、遂に今日まで起きなかったの」 少女:「だから、その犯人を?」 皇ケイ:「そ。コンセント抜いただけだけど、ちゃんと死んだよ」 少女:「……」 皇ケイ:「怖くなった?」 少女:「いいえ。ここにコンセントはないですから」 皇ケイ:「あはっ。やっぱあなた面白いね」 少女:「……すっきりしました?」 皇ケイ:「まあね。これからあの世は70億の長蛇の列が出来るだろうから、一足先に逝って閻魔様にじっくり裁いてもらわないと」 少女:「お姉さんも―」 皇ケイ:「名乗ったでしょ~皇ケイ。ケイでいいよ」 少女:「――ケイさんも、裁かれるんじゃないですか」 皇ケイ:「だろうね~。でもいいの。後悔はないから」 少女:「じゃあ、最期くらい彼氏さんの側にいればいいじゃないですか。なんでこんなところに」 皇ケイ:「コンセントを抜く前にね、あってきたよ。 皇ケイ:世界は大騒ぎなのに、その病室は嘘みたいに静かで、彼の静かな寝息と、それを邪魔しないくらいの機械の音しかなかった。 皇ケイ:眠ってる彼に言ったの。『おーい、早く起きないと、私、殺人犯になっちゃうぞ』って。そう言ったら、彼が目を覚まして私を止めてくれるかなって思ったの。 皇ケイ:でも、そんなことはなかった。だから、街をぷーらぷら」 少女:「それでも、側にいればいいじゃないですか。目を醒ますのが終末の十秒前でも、そのちょっとが大事かもしれないじゃないですか」 皇ケイ:「だからよ」 少女:「え?」 皇ケイ:「こんな私は見せたくないの。彼はあの病室で、最期を静かに迎える。それでいいの」 少女:「――ひとつ、聞いてもいいですか?」 皇ケイ:「おっ、なになに興味でてきた?お姉さんうれし~!何でも聞いてっ」 少女:「ケイさんにとって、『愛』ってなんですか」 皇ケイ:「ぁ――うーん、そうね。執着の優先順位、かな」 少女:「ずっと一番執着していられるものが、強くて美しい愛って事ですか? 皇ケイ:「強くて美しいかもしれないけど、一番じゃダメ」 少女:「え?」 皇ケイ:「それが『恋』のうちはね、一番でいいの。いつもその人のこと考えちゃって、何をするにも相手のことがちらついて、つい目で追っちゃって。 皇ケイ:恋に恋する乙女をする時間ってのは綺麗だし、大抵の人には経験があるんじゃないかな。あなたは、もしかしたら無いのかもしれないけど。 皇ケイ:でも、それがいずれ『愛』になったら、相手の事は、自分の中で二番や三番、もしかしたら五番目くらいがいいのかもしれない」 少女:「それって、結局恋愛感情はいずれ冷めるってことですか?」 皇ケイ:「一番熱してる時に比べれば、冷めてるように見えるかもね。言いようによっては落ち着いたともいえる。 皇ケイ:でもね、肝心なのは、必要な時に、もう一度一番に出来るかどうかだと思うの」 少女:「そんなにふらふらしてるものなんですか?」 皇ケイ:「失って初めて大切なものに気づくってよく聞くでしょ。あれは嘘よ。本当に大切なものは皆分かってて、失った時に、分かっていたのに大事にしなかった自分への免罪符みたいにその言葉を唱えるの。 皇ケイ:だから、本当は一番なんだけど、普段は見せかけの順番で落ち着いたところに置いといて、なおかつ順位は下げすぎない。それを維持出来て、必要な時に一番に返り咲かせることが出来る。 皇ケイ:それができたら、それはとても素敵な愛だと、私は思うな」 少女:「じゃあ、もし相手の事をずっと一番に置き続ける、恋みたいな愛の形があったとしたら?」 皇ケイ:「それはもう呪いだよ。苦しくて辛くて、そんなの、自分も相手も疲れちゃう。――でも」 少女:「でも?」 皇ケイ:「そんな風に愛し合えたら、どんなに良かっただろうね」 少女:「―――あっ」 皇ケイ:「ん?どしたの?」 少女:「スマートウォッチの通知です。もうすぐ始まるみたいですね。ほら」 0:夕闇空に複数の閃光、爆音 皇ケイ:「あっ……すごい」 少女:「世界中の核ミサイルを一斉に発射して、あの隕石に当てるそうです」 皇ケイ:「壊せるの?」 少女:「軌道がそれるかどうか、だそうですよ。悪あがきだって、ニュースで言ってました」 皇ケイ:「ふーん。でも、思ったよりもきれいだね。核ミサイルの花火」 少女:「綺麗、ですか?」 皇ケイ:「そうだよ。あのひとつひとつが何万人分の血液を蒸発させてたと思えば、あの宇宙に実をつけた鬼灯はなんだか可愛く思える」 少女:「でも、結局のところ、その種を最後まで手放せない人が最後に実を結ぶ鬼灯は、とても醜いと思いますよ」 皇ケイ:「ん?どゆこと?」 少女:「MADって知ってます?」 皇ケイ:「まっど?どろって意味の英語だっけ?」 少女:「スペルが違います。相互確証破壊のことです」 皇ケイ:「難しい言葉だね。スマホで調べたら出てくる?」 0:スマホを取り出そうとするケイ 少女:「無駄ですよ。もう地球のこちら側の電子機器は死にました。高高度で核爆発が起きると、EMPが発生して――」 皇ケイ:「む~~」 少女:「なんだかんだで、機械は使えなくなるんです」 皇ケイ:「そっ。で、まっどって言うのは?」 少女:「ケイさんが言ったとおり、あの光の一つ一つが何万人もの命を奪って、都市を消し飛ばすだけの脅威なんです。 少女:だから、核を持ってる国は、同じように核を持ってる国を撃てない。相手に撃ったことがバレたら、その瞬間に撃ち返されて全部終わりですから」 皇ケイ:「なるほどね。あの石ころをこの星から遠ざけるのに出し惜しみは出来ない。でも、もし無事にあの隕石を押し返した時、誰かがまだ鬼灯の種を持っていたら…」 少女:「そういうことです。今、人類は試されているんですよ。愛を」 皇ケイ:「愛?」 少女:「執着の優先順位、ですよ。この星ごと全人類を愛せるか、それよりも自国を優先するか」 皇ケイ:「なんか、私が思ってたのと違うな~」 少女:「でも、しっくりきましたよ」 皇ケイ:「そう?」 少女:「ええ。結局、人は本当に大事なものから目を背けられないんですよ」 0:***少しの間 少女:「そろそろいいですか。いいかげん一人になりたいんですが」 皇ケイ:「まーだ。あとちょっと」 少女:「あとちょっとしかないんですけど」 皇ケイ:「ねぇ、あの花火、上手くいくと思う?」 少女:「無理でしょうね。結局みんな、他人を信じ切って全てをさらけ出すことなんて出来ない。ありもしない未来の心配事をして、みんな仲良く星屑です」 皇ケイ:「星屑かぁ」 少女:「ええ。本当にむ」 皇ケイ:「いいね、星屑」 少女:「―――は?」 皇ケイ:「たんぽぽの綿毛が種を運ぶように、私たちは星屑になって宇宙に散っていくんだよ。なんかロマンチックじゃない?」 少女:「でも、そこには、何にも残らないんですよ」 皇ケイ:「残らなきゃ、だめ?」 少女:「っ――そんなの、だめに決まってるじゃないですか!」 皇ケイ:「!」 少女:「あなたはいいですよね。やりたいことやって、後悔もなくて、もうどうにでもなれって感じじゃないですか!いっそ何もかもなくなれって、そう思ってるんでしょ? 少女:哀しい結末だったけど、満ち足りた日々の思い出もたくさんあって、この理不尽な終わりを受け入れてる!冗談じゃないですよっ」 皇ケイ:「あなたは、納得してないんだね」 少女:「できるわけ、ないでしょ」 皇ケイ:「聞かせてよ。あなた自身の、これまでのこと」 少女:「?」 皇ケイ:「あなたが言ったとおり、私はやりたいことやって、言いたいこと言ったから、次はあなたの番」 少女:「……」 皇ケイ:「怒らせちゃったお詫び」 少女:「あなたが聞きたいだけでしょ」 皇ケイ:「んふっ、バレたか」 少女:「(ため息)――本が、出るはずだったんです。来週」 皇ケイ:「あなた、作家だったの?」 少女:「まだです。来週デビューする予定でした」 皇ケイ:「あぁ、そっか。そうなんだ」 少女:「今という時代は、物語が大量に生まれては消費され、埋もれていくのが当たり前です。本も、映画も、ドラマも、ゲームや音楽、果ては役者やネット配信者に至るまで、たくさんの物語が生まれては消えてく。 少女:私も、その消費される物語の濁流の中に、一冊の想いを送り出すって、そんな時だったんですよ。それがどんな覚悟か、あなたにわかりますか? 少女:作品を生み出すのに必要なエネルギーは、消費する側のそれとは比べ物になりません。文字通り、字を綴った原稿に血反吐吐きながら、それでも一つの物語を締めくくったんです。 少女:それが必ず絶賛されるわけでもない。批判されたり、大量消費の波間に埋もれてただ沈んでいくだけかもしれない。 少女:それでも!それが浪費ではなく消費なら、誰かの心に消化されて、糧になるなら、それが私の生きた証になる。そんな覚悟と、やっとの思いで、その激流の畔に立ったんです。 少女:私は、小さいころから何一つ取り得なんかなくて、満ち足りたことなんてなかった。閉じこもる様に、本ばかり読んでました。いつしか私も、同じように言葉を、物語を遺せたらって。 少女:それで、ネットに小説を上げるようになって、それを見つけてもらえて、嘘みたいに話が進んで、出版が決まって、そして、あの隕石です」 皇ケイ:「皆に見てもらう舞台を、なくしちゃったわけか」 少女:「いつか飛んでいく綿毛を、どんな風雨に晒されても、どんなに凍てつく吹雪の中でも、両手で包んで守り育ててきました。それを、さあ、飛んでいけって見送る瞬間を待ち望んでいたんです。 少女:欲を言えば、その種子が、受け取ってくれた人の心で芽吹いてくれたらって」 皇ケイ:「そっか。でも、成果は出なかったかもしれないけど、見える形で残りはしなかったかもしれないけど、それでも、あなたが頑張ったこと自体が無駄になるわけじゃないと、私は思うな」 少女:「――結果がすべてじゃない、過程だって大事だって、そんなありきたりな慰めでも言うつもりですか。そんなもの」 皇ケイ:「ふざけないで」 少女:「っ!」 皇ケイ:「慰めなんかじゃない。過程は、小さな結果の積み重ねよ。どんな結果も、ゴールも、歩みづけた足跡の一つ一つという結果の結末でしょ。 皇ケイ:どんなに哀しい終わりが待っていても、幸せだった日々や、その時一生懸命だった自分まで嘘にしたくない」 少女:「―――一緒にしないでください」 皇ケイ:「……」 少女:「あなたは、それで良いんでしょう。それで良かったんでしょう。一つ一つの結果に満足していた。哀しい結末を呑み込めるくらいには幸福の貯蓄が出来た。 少女:――でも、私はここからだったんです。一つ一つの結果に苦悩していた。どんな言葉を選ぶか、どんな言い回しを使うか、どんな風に相手に伝えたいか、どうしたら伝わるだろうかって!考えて考えて考えて、その積み重ねの答えを得る機会を!あの石ころに奪われたっ。 少女:この結末を、物語を綴り終えたことに満足して『がんばって書けたんだから偉いね』って、それだけで納得は出来ませんよ……」 皇ケイ:「……」 少女:「……」 皇ケイ:「でも、本当に何も残らないのかな」 少女:「は?」 皇ケイ:「多分この星は、形に残らなかった星屑の塵が積もって出来てるんだよ。取るに足らない色んなものが、形をなくして、砂粒みたいになって、折り重なって、そうやって形になったんだよ。 だから、残らなくても、残るんじゃないかな?上手く言えないけど」 少女:「何が、言いたいんです」 皇ケイ:「遺す物も、残されるものも、跡形もなくなるものも、結局、生まれたものは皆、何かをのこしていくんだよ。たとえ、誰の目にも触れなくてもね」 少女:「それでも、誰だって、残したいんですよ。跡形もない何かじゃなくて、自分が生み出した、確かな何かを。子供を産んで血を残すのも、音符や文字を連ねて作品を残すのもの、人の本能ですよ。 少女:私だって――そうしたかったんです。そうするしかなかったんです。どんなに苦しくても辛くても、それしかなかったんですよ」 皇ケイ:「――そっか。あなたは、物語に恋をしていたんだね」 0:***少しの間 皇ケイ:「じゃあ、私が残してあげる」 少女:「え?」 0:***ケイの顔を見る少女 皇ケイ:「私はもう、満足したから。世界最後の日に、やりたい事やって空っぽになった私に、あなたを詰め込んで、私は逝くわ」 0:***その瞳に、悲しくも確かに映る、ここにいない誰かへの執着を見る 少女:「何、言ってるんですか。二人ともここに居るんだから、一緒に死んじゃうじゃないですか」 皇ケイ:「そうね。でもほら、あなたの方がちょっとだけあの隕石に近いよ?」 少女:「誤差でしょ」 皇ケイ:「でも、そのちょっとが大事かもしれないじゃない?」 少女:「……」 皇ケイ:「ねぇ、あなたはどんな物語を描いていたの?聞かせてほしいな」 少女:「―――魔法使いが、長く苦しい旅を終えて、約束を果たすお話です」 皇ケイ:「約束って?」 少女:「家で帰りを待つ家族に、「ただいま」って、その一言を―――」 皇ケイ:「続きは?」 少女:「いいです。長くなるので。それに」 皇ケイ:「?」 少女:「あなたは、空っぽなんかじゃない」 皇ケイ:「ぁ……」 少女:「ほんとは胸がいっぱいで、心の中の一番はずっと変わらないのに、無理に優先順位を下げようとしてる。 少女:ケイさんのその想いは、私の物語じゃ上書きできないと思いますよ」 皇ケイ:「―――あーあ、はっきり言われちゃった」 少女:「今からでも、行ったらどうですか」 皇ケイ:「ううん。哀しいし、本当は違う結末が良かったけど、もう決めたから」 少女:「そうですか」 0:***少しの間 皇ケイ:「ねぇ、やっぱり、聞かせてほしいな。あなたの物語」 少女:「え?」 皇ケイ:「あなたがどんな言葉を連ねていたのかは知らない。あなたがどんな感情を織り込んでいたのかは分からない。その物語は、あなたの手のひらから旅立つことなく枯れていく。風にのって誰かの心に届くこともなく、ただ土に還るだけ。 皇ケイ:それでも、私の好奇心が収まらないの。彼への未練を押さえつける言い訳なんかじゃない。あなたの物語への恋心が、私の執着の優先順位を駆け上がってきたの。だから―― 皇ケイ:だからさ、紡いでみてよ。この風景を、この時代を、この星の終わりを、あなたはどんな言葉で編むの?」 少女:「…………」 皇ケイ:「刻んで。世界最後の日に何もかもを終わらせて、それでも未練たらたらで、彼のことで一杯のページの僅かな余白に、あなたの物語を」 少女:「―――『音のしない終末時計。漣のメトロノーム。夜が訪れる匂いを感じさせるはずの、薄く輝き始める星々が顔を覗かせる夕焼けの空には、その瞬きが霞んで消える程の場違いな灯りが煌々と連なっていた。 少女:空が、落ちてくる。地球という小瓶に蓋をするよう迫る石ころを眺めつつ、浜辺に揺れる即物的な愛の触覚を視界の端に収めながら、ふたつの声帯が静かに音を奏でていた。 少女:ぎこちなく、不細工に、まるで下手糞なピアノの連弾のように。それでも、傾いだ夕陽に沈んでいくあの耳障りな轟音に比べれば、それはとても、美しいハーモニーだった』」 皇ケイ:「――うん。綺麗だよ、とっても。もう何も残せない私だけど、私の中に、貴方を残して、私は終わるわ。世界の終わりに、ふたりだけで、弾むような会話をしたことを。私が星屑になる瞬間まで」 少女:「――でも、こんなに長い文章、覚えられるわけ」 皇ケイ:「『音のしない終末時計」 少女:「っ!」 皇ケイ:「漣のメトロノーム。夜が訪れる匂いを感じさせるはずの、薄く輝き始める星々が顔を覗かせる夕焼けの空には、その瞬きが霞んで消える程の場違いな灯りが煌々と連なっていた。 皇ケイ:空が、落ちてくる。地球という小瓶に蓋をするように迫る石ころを眺めつつ、浜辺に揺れる即物的な愛の触覚を視界の端に収めながら、ふたつの声帯が静かに音を奏でていた。 皇ケイ:ぎこちなく、不細工に、まるで下手糞なピアノの連弾のように。それでも、傾いだ夕陽に沈んでいくあの耳障りな轟音に比べれば、それはとても、美しいハーモニーだった』」 少女:「ぁ……」 皇ケイ:「得意なんだ。セリフ覚えるの」 少女:「そう、ですか」 皇ケイ:「うん」 0:***間  潮騒    静かに頬を濡らす少女 皇ケイ:「いつだって、遅すぎることはない。本当に大事なものを諦めきれないなら、いつだってテイク2を始めることもできる。 皇ケイ:だから―――もう一度聞くね? 皇ケイ:はじめまして、こんにちは。私は皇ケイ。 皇ケイ:あなたの、名前は?」 少女:「……………… 少女:っ―――ぁ――――――――― ■■ ■■■:はじめまして―――こんにちは。私の、名前は 0: 0:***終演(終焉) 0: 0:以下あとがき。 0: 0:本作は、『巨大隕石の衝突により地球滅亡が30分後に迫った世界で、浜辺で2人の女性が世界最後のはじめましてを交わす』お話です。 0:まずはここに至るまでの世界について、お示しいたします。 0:この作中から2年前、世界の各先進国の主要機関が、地球の17分の1の大きさの隕石が地球に落下する計算が『確定』したことを認識する。隕石自体の発見はもっと前で、高い確度で落ちるとされていたが、それが確定し、その対策のために必要なあらゆる事が本格的にスタートしたのがそのタイミング。そこから各国は隕石対策を含めた外交を開始する。つまり、『これから地球のあらゆるところで全力で核兵器開発をしても間に合うか微妙だが、正直に核兵器を使い切ってしまったら、核兵器を温存した仮想敵国に支配されてしまう』という状況の中で、難しい対応を迫られることになった。 0:この辺、小難しい話に見えますが、今のロシア・ウクライナやイスラエルのように、残念ながらこの星の霊長たる人類は、人を殺し、領土を拡大する戦争・主義主張のために他民族を排斥する戦争を現在進行形で続けていることを見ればご理解いただけますでしょうか。 0:みんなで一緒に地球の危機を乗り越えた瞬間に、疲れ切った国は余力のある国に侵略されることを考えておかなきゃいけない、ということです。 0:隕石落下が確定する前から、各国はこの事実を世間には秘匿していた。この切迫した局面で、治安の悪化による対応力の低下を避けるためだ。そうして、世界各国で秘密裏に、人類の存亡をかけた核兵器開発が始まる。日本でさえ、原子力発電所から排出された核廃棄物や停止していた原子力発電所からさえも原料を集め、宇宙開発関係各所と連携し、核ミサイルを製造した。そして、世界中で対隕石の兵器開発と外交が進む中、アメリカは事前に宇宙に打ち上げたミサイルを『宇宙で発射』することで、かなり早い段階から隕石削減を実行するものの、精度の低さもあり、難航。その他の対策も功を奏することなく、隕石落下まで2ヶ月の段階で、人類絶滅が濃厚になった。その頃には既に、世間には濃厚な噂として広まっており、もはや政府などの公的機関が正式な発表をしていないだけで周知の事実となっていた隕石落下。衝突まで49日を切った日、各国政府は遂に、正式に隕石の落下と絶望的な現状を公表した。まだ抵抗を続けるとする声明に、縋る人、自暴自棄になって凶行に走る人、ピンと来なくていつも通りの日常を送る人、様々な日常が送られる中、日本政府は7日前にもはや抵抗による生存の確率はほぼ無いということを国民に正直に発表した。これがネット上で通称『絶滅宣言』と呼ばれるようになる。その時でさえ『ピンと来なくていつも通りの日常を送る』人が大半だった日本だが、隕石が肉眼で見えるようになるにつれて治安は悪化。社会は崩壊し、軛は解かれ、自由と混沌が不協和音を奏でる、正しく世界の終わりが訪れた。 0:ここまでが、あの30分サシ劇の会話に至る『世界』の設定です。 0:小難しい話ですが、ここは世界の前提条件ですので、わかってるほうが読んだり演じたりするのが楽しくなると思います。 0:絶滅宣言については『1週間前の宣言からです』というセリフのとこに関わる部分ですね。 0:さて、では登場人物にフォーカスします。 0:皇ケイについては、『終焉のディソナンス』※にて触れたとおりです。 0:(※外伝的作品、本ページ末尾にも掲載します) 0:あらゆる芸能的才能に恵まれたマルチタレント。女優、歌手の二本柱を主に、他にも多彩なフィールドで活躍する正真正銘の天才。数多の人間を虜にしながら、たった1人の男の愛に満たされ、その才能の全てを発揮するステージから去った女。 0:少女については本編での独白がメインです。 0:演じる上での心の動きを雑に説明すると、少女は開幕からずっとかなり不機嫌で、ケイに対して本気でイライラしてます。 0:ケイの方は、本当は情けなく大声で泣き叫びたいほどなのを、持ち前の女優としての演技力でなんでもない振りをしているのです。自分を騙すために、飄々としてる演技をしている。『観客』がいれば、自分は『女優』になって、自分を騙せる。 0:ただ、ケイは少女の話を聞いて、思い出してしまう。何かに執着して、諦めきれないという強い感情を。全てを手放してまで愛したいと思った、優先順位ナンバーワンの男がいたことを。そこでケイの天才的な『演じる』という行為に綻びが生じる。奥底から駆け上がってくる情動が滲み出てしまう。それを、少女は感じ取ってしまった。噛み合ってしまった。不協和音だらけの世界で、ハーモニーが生まれる瞬間。諦めきれない未練(ねつ)に浮かされた者同士の、どうしようもない慟哭が重なる時。 0:諦めるしかないから自分を騙したかったのに、自分が忘れようとした強烈な恋を燃やす少女を羨望するケイ。 0:もし本が出て、誰かの心に残ったら。 0:それが売れて、映画になっちゃったりして、もし有名な女優が私のセリフを読んだりしたら。 0:そんな、起こりえなかった夢を叶えてくれたケイを、恋を乗り越えて愛を育んだのであろう大人の女を尊敬する少女 0:無いものを、失ったものを、望むものを。 0:お互いの中に尊いものを見出した2人が交わす声音は、波音の伴奏に引き立てられた、美しいハーモニーになる。 0:イラつく無遠慮な大人 / 自分を騙すための観客 0:相手のことをそんな風にしか思っていなかった、そんなはじめましてから30分、世界最後に互いが贈る『はじめまして』は、まるで恋文のように。 その未練という名の熱をもったラブレターは綴り切られることはなく、星が見る夢は、終焉を迎える。 0:最後に、少女は名前を口にします。名を名乗るというのは、相手への当然の敬意の表れです。ただ、その音を紡ぐ前に、隕石が直撃した轟音が全てを包んでしまったのです。ここ、解釈は読む人次第でいいんですが、作者的には『はっきり名乗ったけど間に合わなかった』という場面です。ビジュアルにすると名前を口パクしてるのは見えるけどその瞬間には閃光と轟音と高熱に包まれてまさに蒸発し始めているところ、という感じでした。 0:この作品はタイトルからして『終わり』をテーマにしているのはお察しいただけるものと思います。世界が滅亡したその瞬間に台本も終わる。終演にして終焉、というのは書いてる時から考えてましたが、その後に後書きを載せたくなかった。だってその世界はもうその瞬間に終わっていて、後なんてないからです。世界観設定の話を引き継ぎますが、最終的に隕石は直径17kmまで小さくなって落ちてきます。だいぶ小さくなってますが、それでもこれは恐竜が絶滅した原因とされる隕石よりも大きいくらいです。地表は人間の生存環境からは大きく変化し、もう後に残るのは塵芥だけ。 0:いつまでも未来があると思っていた。 0:それが突然なくなって、何もかもが跡形もなくなるとして。 0:それでも、残された最後のわずかな時間に、心のままに絶滅に抗うことは、何かを残そうとすることは、無意味だろうか? 0:『終わり』を語ることは、『終わりの後に続くもの』を語ることでもあると思うのです。だって、人も、歴史も、終わり続けてきたから。いつか人の歴史が終わっても、地表には違う何かが霊長として君臨するでしょう。そうして星は、天体としての寿命が尽きるその日まで、地表の夢を見続けている。いつか星が崩れ去っても、宇宙の塵は、いつか聞いたハーモニーを覚えているかもしれない。そんな、『そうだったらいいな』『最後までそうありたいな』という感情が結実したのが、『終焉のハーモニー』でした。 0:本当に折り悪く、現実の世界は正真正銘の戦争を始めてしまって、かの国が核兵器を持ち出す可能性も有り得る頃に、この作品を投稿しました。遊んでいただいた演者さんには『預言者か』と言われたりもしましたが、『いつ訪れるかわからないけど、いつ訪れてもおかしくないのが終焉』という話を書いたら、それに近しい現実が訪れてしまったというだけの話なのです。 0: 0:人は生きている限り、いつだって不意に出会い、唐突に別れます。 0:別に、だから親孝行しろとか、そんなことが言いたい訳じゃないんです。刻んで、刻まれて、そうして生きていくのが人で、その集積した熱量がこの星の歴史なのだと思います。 0:終わりが見えても、諦めないでいたい。今更なんて思わず、残された『そのちょっと』を大切にしたい。『いつだってテイク2を始めることもできる』のだから、心に素直に、優先順位を見据えて、最期を迎えたい。 0:どうせ、全てをやりきって満足して終われることなんてないのだから、未練という名の熱に浮かされるのも悪くない。 0:それが、たまたま最後に出会った人と、美しいハーモニーとして残るなら、自分の輪郭が溶ける時でさえ、少し笑っていられるかもしれないから。 0: 0: 0:『終焉のディソナンス』 0: 0:*****サイドストーリーです。気になる人だけ目を通していただければ。***** 0: 0:「ふ、ふぁぁぁぁあああああああああ!!」 0: 0:我ながら、みっともなく上擦った叫び声だった。 0:勢いよく駆けていき、夜道を歩く男の背に迫った。 0:男は俺に気づいて振り返るが、身を翻す間はなかった。 0:男の腹部に、包丁を突き立てる。走った勢いに体重を乗せて、深々と。 0:本当に気持ち悪かった。刺した瞬間に、相手が吐血するよりも早く自分が嘔吐しそうだった。 0:刃を伝い、柄を持つ自分の手に、男の血液が絡まってくる。 0:命が、滴っていた。 0:「はぁ、はぁ、はぁ」 0:「うっ」 0:「お前がっ!お前が悪いんだっ!皇ケイという才能を終わらせた大罪を犯したお前が!!」 0:吐き気を押しやる様に、食道から逆流するものを押し付けるために無理に気道を開く。叫ぶ。吐瀉物の代わりに怨念をぶちまける。 0:「うぐっ」 0:包丁から手を放す。刺された男は、鮮血が滲むシャツではなくて、地面に落とした自分の荷物を見ていた。中身は、恐らく洋菓子店で買ったのであろうホールケーキ。 0:「あーあ、崩れちゃったかな。せっかく、綺麗な奴、選んだのに」 0:「お前、何をいって――っ!?」 0:男は、膝を折ることもなく、一歩踏み込んで俺の両肩を掴んだ。あり得ないほど強い握力だったように感じるが、俺は竦んで、僅かほどの力も籠められなかった。 0:だから、肩を掴んだその力が子供ほどのものであっても、俺は逃げられなかっただろう。 0:何よりも強かったのは、踏みだされた一歩でも、掌の握力でもなく、至近距離で俺をのぞき込んだ、その目だった。 0:「いいか、良く聞け。頼みがある」 0:「―――は?」 0:たった今、自分が腹部を刺した男が、俺を真っすぐに見据えて頼みごとをしている。訳が分からなかった。ただひたすら、狂気を浴びせられた。 0:武道家が数十年の異常な鍛錬を経て会得するような気迫が、たった今俺によって死にそうになっている男から暴風のように吹き荒れていた。 「お前が、彼女を幸せにしろ」 0:「な、にを」 0:「俺はもうじき死ぬ。だから、頼む、俺の代わりに、お前の人生の全てを費やして、彼女を幸せにしろ」 0:「っ―――」 0:「いいか。これは、お前の責務だ。逃げるな。必ず彼女を、世界で一番、幸福な終わりに連れていけ。 0:彼女の人生が終わる時に、この選択の結末が、彼女という人間が持ち得たあらゆる可能性の中で最も輝きに満ちたものだったと思わせろ。いいか、絶対、に、ごほっ」 0:盛大な咳に、血液が混じっていた。男は力を失い、遂に掌は俺の肩から離れ、膝を屈し、アスファルトの上の血だまりに沈んだ。 0:「う、うぁ、ぁぁぁあ、ふぁああああああああああああああああああああああああああああああああ」 0:走った。顔面をぐちょぐちょにしながら走った。 0:悟ってしまったから。あの男が、自分と同じところに居て、そこからどれほどの覚悟で歩み始めたのかを。 0:理解してしまったから。自分が、あの男と同じものを背負っては、一歩も動けないことを。 0:走った。走った。走った。でも、どこまで行っても逃げられなかった。もうこの世に生きている限り、どこにも逃げ場はなかった。 0:あの男の頼みごとが、呪いとなって纏わりついた。手のひらを何度洗っても落ちない血のように。 0:贖罪や後悔さえ浮かばない。ただひたすら、逃げたいと思うことしか出来なかった。 0:だから、飛び出した。情けなく、みっともなく、勢いに任せて歩道から跳んだ。 0:衝撃、浮遊感、衝撃。路面を転がり、四肢の感覚がなくなって、最後に見えたのは、薄暗い夜空。その最奥の、一等星の輝き。 0:「あぁ、やっぱり君は、綺麗だ」 0:灯が消える時、彼女が傍にいた気がした。 0:あぁ、君の手で俺の蝋燭の揺らめきが消えるなら、それはどんなに、望ましい終焉だろうか。 0:*****終幕***** 0:■人物紹介 0:■皇ケイ 0:『終焉のハーモニー』登場人物 0:十代後半から女優業で頭角を現し、一躍大人気女優となった1000年に1度の逸材。 0:演技はもちろん、トーク、歌唱、人格に至るまで、あらゆるタレント業をマルチにこなすまさに超新星だった。 0:二十代前半、未だ衰えず、魅力は増すばかり。特にラブストーリー物のドラマや映画に引っ張りだこ。 0:しかし、突然の芸能界引退。理由は、一ファンに過ぎなかった一般男性との交際。 0:発覚したから、ではなく、結婚を前提にお付き合いするので、芸能界辞めます、という潔白なもの。 0:相手の男性の詳細以外は、全てを正直に公開し、多くのファンや関係者に惜しまれながらの引退だった。 0:「コンサートの観客席は、まるで星空だった。でも一等星は私。私を見に来てくれた皆のためにも、私はそこで一番輝いていないといけない。でも、サイリウムの海に一つだけ、見えた気がしたの。私だけの一番星が」 0:■ケイのパートナー 0:人生の全てをケイを幸せにすることにのみ捧げると誓った男。周囲から見ればドン引きレベルの命の使い方をしていた。「好きな相手にそこまでする?」という引かれ方。 0:ただ、彼は誰よりも彼女に魅せられたファンの一人だった。六等星の自分が一等星の輝きに並び立つならば、持てる全てを懸けても足りないと思っていた。己を磨き、彼女を尊んだ。 0:それは、「ハーモニー」で語られた、「呪いのような、恋のような、強くて美しい愛」だった。 0:「彼女を、世界で一番幸せにしたいと、心から思った。その瞬間に、俺の命の使い道は決まった」 0:■狂信的なファン 0:本作主人公 0:皇ケイという眩しすぎる才能に魅せられた一人。心酔し、狂信し、故に異性との交際をきっかけとした引退が許せなかった。 0:何よりも、同じファンの一人でありながら、その一等星と並び立った六等星に、嫉妬した。あらゆる負の劣情(性的な意味ではない)を抱いた。 0:そして、かけられた呪いの重さに耐えきれず、終わりを迎えた。