台本概要
145 views
タイトル | 愛され方を知っている |
---|---|
作者名 | 風音万愛 (@sosaku_senden) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男2) ※兼役あり |
時間 | 50 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
※この台本には身売りや性暴力の表現があります。トラウマがある方や苦手な方は回れ右。 ※センシティブなシーンがあります。18歳未満の方や苦手な方は回れ右。 ※この作品はBLです。苦手な方は回れ右。 人見知りの激しい有志は、大学で偶然初恋の相手である三桜と再会する。 ある日のバイト帰り、ホテルから三桜が見知らぬ男と出てくるところを目撃してしまう。 三桜が援助交際をしていると知り、彼の一生分を買うと宣言するが…… 145 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
有志 | 男 | 263 | 馬目有志(まのめ・ゆうし) 大学生 |
三桜 | 男 | 283 | 天束三桜(あまつか・みお) 大学生 旧姓は陸田(りくた) |
モブ | 男 | 3 | モブおじさん(有志役の方が兼役推奨) |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
:
三桜:愛されるのなんて簡単だ
三桜:相手の思うように動いてやればいい
:
モブ:「いい……、いいよぉ、三桜くん……」
:
三桜:女のように啼(な)いて
三桜:表情を作って、艶(なま)めかしく身体をよじらせて
:
モブ:「いい声で啼くねぇ……」
:
三桜:たとえ気持ちが伴わなくても
三桜:挙動のひとつひとつが計算でも
:
モブ:「三桜くん、気持ちいいかい……?」
:
三桜:要求通りに、理想通りに反応すれば可愛がってもらえる
三桜:ずっと、そうやって生きてきた
三桜:だって俺は――
三桜:
三桜:
三桜:愛され方を知っている
:
:
:
0:間
:
:
0:大学の講義室
:
有志:「ひぃー……。大学生になって何日か経つけど、みんな友達作るのはやいな……。ぼっちなの、僕だけじゃん……」
有志:「ていうか、みんな私服だから先輩なのか同い年なのか見分けがつかない……。でも、せっかく大学生になったんだ! 友達を作って、大学生活を楽しもう!」
三桜:「すみません」
有志:「ひゃひぃぃぃ!! すみませんすみません、うるさかったですよね黙ります!!」
三桜:「いえ……、そんなことは。お隣、座ってもいいですか?」
有志:「へ……?」
三桜:「他の席、空いてなくて」
有志:「あ……、はい。どうぞ」
三桜:「ありがとうございます」
:
0:三桜、有志の隣に座る
:
有志:「(うわぁぁ! さっそく陰キャコミュ障発揮しちゃったよぉぉぉぉ! 目もまともに合わせられないしぃぃ! で、でも、せっかく話しかけてもらえたんだ! 友達を作るチャンスかもしれない……!)」
有志:「(あぁぁ、でも講義中に話しかけるのは迷惑だよなぁ……)」
:
0:講義終了
:
有志:「(よし、講義が終わったぞ……。話しかけるんだ……! がんばれ、僕!)」
三桜:「ありがとうございました。では、失礼します」
有志:「あ、あの……!」
三桜:「? はい」
有志:「ぼ、僕、馬目有志っていいます! よかったら、お友達になってくれませんか!?」
三桜:「……」
有志:「(よっし!! 言えたぁぁぁ! 相変わらず目は合わせられないけど!!)」
三桜:「……」
有志:「(え……、なんで黙るの……? や、やっぱり僕みたいな陰キャコミュ障にいきなり『友達になってほしい』なんて言われても困るってことかな……)」
三桜:「まのめ、ゆうし……。もしかして、有志なの……?」
有志:「え……?」
三桜:「俺だよ! 覚えてない?」
有志:「……?」
:
0:有志、顔をあげて三桜と目を合わせる
:
有志:「……! みお……!? 陸田三桜!?」
三桜:「久しぶり!」
有志:「わぁぁ! 久しぶり! 声とか雰囲気が変わってたから全然気づかなかった!」
三桜:「中一のときに転校して以来だったもんね! あ、有志。このあと授業入ってる?」
有志:「え? ううん。午後まで暇だけど」
三桜:「せっかく再会できたんだし、一緒にご飯でもどう?」
有志:「あ、いいね! 話したいこと、いっぱいあるし!」
三桜:「うん!」
:
:
0:間
:
:
0:学食にて
:
有志:「席は……ここでいい?」
三桜:「うん。けっこう、空いてるね」
有志:「お昼ご飯にはまだ早いからね。それにしても、まさか大学が一緒になるとは思わなかったよ」
三桜:「俺も。もう何年ぶりになるのかな?」
有志:「中一、中二……(指折り数える)……六年?」
三桜:「そんなに経つんだ!」
有志:「ていうか、だいぶ変わったね! 最後に見たときはもっと小さかった気がする」
三桜:「中二くらいから急激に伸びたからね、身長」
有志:「そりゃ気づかないわけだ。声も、あのときに比べて低くなった?」
三桜:「んー、そうかも? 有志はあんまり変わらないね」
有志:「そうかな? だいぶ身長伸びたし、声変わりもしたんだけど」
三桜:「中身の話。俺以外と話せないの、相変わらず」
有志:「う、うるさいな」
三桜:「俺がいない間、どうしてたの?」
有志:「……ぼっちだった」
三桜:「あらら(笑)」
三桜:「でも、さっきは頑張って友達作ろうとしてたじゃん。えらいえらい。目を合わせてくれなかったのは減点だけど」
有志:「陰キャコミュ障なめんな……」
三桜:「なめてないよ(笑)」
有志:「だけど、三桜とまた一緒に過ごせるなんて夢みたいだよ」
三桜:「大げさだなぁ」
有志:「大げさじゃないですぅー。転校したのって、親御さんの仕事の都合だっけ?」
三桜:「あー……。表面上はそうなってるけど、本当は違うんだ」
有志:「そうなの?」
三桜:「あのとき、親が離婚してさ。母親について行ったんだ」
有志:「なるほど……。大変だったんだね」
三桜:「まぁね。あ、苗字はもう『陸田』じゃないよ」
有志:「あ、そっか。今は?」
三桜:「『天束』」
有志:「あまつか?」
三桜:「そ。天使の『天』に『束(たば)』って書いて『天束(あまつか)』」
有志:「変わった苗字だね」
三桜:「でしょ。再婚相手の苗字なんだ」
有志:「再婚相手? 三桜の? ……え!? 三桜、結婚してたの!?」
三桜:「なわけ(笑) 母親のだよ(笑)」
有志:「あ、そっか」
三桜:「俺のことはいいんだよ。有志はどうだったの? この六年間」
有志:「どうって?」
三桜:「そのままの意味だよ。俺の知らないところで、彼女の一人や二人……ごめん、なんでもないや」
有志:「答え聞く前に納得するのやめて!?」
三桜:「いやぁ、さっき『ぼっちだった』って言ってたの忘れてて」
有志:「傷口えぐるのもやめて!? ていうか、そう言う三桜はどうだったの?」
三桜:「あいにく、色恋沙汰には興味がなくてね」
有志:「えぇ、意外。モテそうなのに」
三桜:「全然」
有志:「そっか。(小声で)……よかった」
三桜:「ん?」
有志:「ううん、なんでもない! ……大学でもよろしくね!」
三桜:「うん。よろしく!」
:
0:
:
有志:昔から人見知りが激しかった
有志:緊張して、うまく話せなくて、目も合わせられなくて
有志:三桜は、そんな僕が唯一まともに会話を交わせる相手だった
有志:正直……初恋の相手だ
有志:小学一年生の時に出会った彼を、当時は女の子だと思っていた
有志:だって自分のこと『私』って呼んでたし
有志:見た目も言葉づかいも振る舞いも女の子らしかったんだ
有志:そんな三桜は性格もよかった
有志:誰にでも分け隔てなく優しくて、こんな僕とも仲良くしてくれて……子どもながらに惹かれていたのだ
有志:三桜が自分のことを『俺』と呼び始め、男の子だと分かっても、気持ちが変わることはなかった
有志:だけど『友達』という関係が壊れるのが怖かった僕は、この気持ちを隠し続けた
有志:三桜の転校が決まったときも、そのあとも、結局想いを伝えることができず……かといって、忘れることもできず
有志:ずるずると引きずったまま、現在に至る
:
0:
:
三桜:「みお」という名前は、女の子が欲しかった母親が付けたらしい
三桜:幼い頃、やたらと「女の子らしい」振る舞いを強いられた
三桜:自分のことを『私』と呼び
三桜:車のおもちゃより可愛い人形を欲しがり
三桜:鬼ごっこよりままごとを好み
三桜:スカートやワンピースに身を包む
三桜:そこから逸脱すれば存在を無視された。それが子どもながらに怖くて、必死に「女の子」であろうとした
三桜:母親の『理想通り』に振る舞えば――愛してもらえる
三桜:だけど中学生になった途端「女の子」で居られなくなった
三桜:身長が伸びて、声変わりして
三桜:
三桜:幸いにも身体は華奢(きゃしゃ)な方だった。だから、しばらくはあがいた
三桜:女の子らしい服装、女の子らしい話し方、女の子らしい立ち振る舞い
三桜:まだ「女の子」でいられる、と
三桜:だが、ある日
三桜:「いい加減、それやめてくれる?」
三桜:「男のくせに、気持ち悪い」
三桜:母親に蔑んだ視線を向けられて悟った
三桜:あぁ、俺は――この人には一生、愛されないのだと
:
0:
:
:
0:数日後、ある日の夜
0:バイトが終わり、帰路をたどる有志
:
有志:「ふぅー。やっとバイト終わった……。今日も忙しかったなぁ。早く帰ってゆっくり寝よう」
有志:「……あれ?」
:
0:通りかかったホテルから知らない男と出てくる三桜
:
有志:「……三桜?」
:
三桜:「(男に向けて)
三桜: それじゃあ、僕はこれで。……あぁ、待って。はい。まだもらってないよね?」
:
0:男から封筒を受け取る三桜
0:封筒の中身はお金
:
三桜:「(お札の数を数える。数え方はおまかせします)」
三桜:「はい、確かに。またしたかったら連絡してね。……え? ……あぁ、はいはい」
三桜:「(ささやく)……愛してる」
:
0:男とキスをしようとしている三桜
:
有志:「……っ! ……三桜!」
:
0:キス寸前で有志の声に気付く三桜
0:逃げるように立ち去る男
0:三桜のもとに駆け寄る有志
:
三桜:「……」
有志:「……。あー……、えっと……。ぐ、偶然だね! 僕、今バイト帰りでさ! たまたま通りかかって」
三桜:「(セリフをさえぎるように)見た?」
有志:「え」
三桜:「今の。見た?」
有志:「……うん」
三桜:「そっか」
有志:「……なに、してたの」
三桜:「見てわからない?」
:
0:お札が透けて見える封筒をちらつかせる三桜
:
有志:「……援助、交際、ってやつ?」
三桜:「援助交際かぁ。パパ活とどう違うんだろうね? やってることは一緒だと思うんだけど」
有志:「……どう、して?」
三桜:「ん?」
有志:「お金……、困ってるの?」
三桜:「別に」
有志:「だったら、なんで……?」
三桜:「んー。俺に向いてるから?」
有志:「え……?」
三桜:「知ってる? 『愛され方』」
有志:「あい、されかた……?」
三桜:「昔から得意だったんだよね。愛されて生きてきたからさ、俺」
有志:「……」
三桜:「だから、どうせなら活かせないかなって。そしたら、ビンゴ。ちょっと寝るだけで、てっとり早くお金稼げて超ラッキー」
有志:「……」
三桜:「あ、もしかして……引いてる? 数年ぶりに再会した友達が、こんなビッチだったって幻滅した?」
有志:「そんな、ことは」
三桜:「友達やめる?」
有志:「やだ! やめたくない」
三桜:「……ふぅん?」
有志:「けど、……援助交際は、やめてほしいって、思ってる」
三桜:「……なんで?」
有志:「……してほしくない」
三桜:「俺がどこでなにをしてようが、有志には関係なくない?」
有志:「好きな人に! ……こんなこと、してほしくないんだよ」
三桜:「は?」
有志:「ずっと言えなかったんだけどさ。僕、三桜のこと……好き、なんだ」
三桜:「……へぇ」
有志:「こんな形で言うつもりじゃ、なかったんだけど……。小学生の頃から、転校した後だって忘れられなかったんだ」
三桜:「(セリフをさえぎるように)
三桜: 好きって、どこが?」
有志:「全部! 全部、好きだよ!」
三桜:「全部って、具体的にどこ? かわいこぶって愛想ふりまいてる俺? 優秀で優しくて、男女問わず好かれてる俺?」
有志:「そ、それは……」
三桜:「そりゃ、好かれるよね。そうやって生きてきたんだもん」
有志:「……っ」
三桜:「知ってる? 周りの都合よく動いていれば、理想通りに振る舞っていたら……それだけで愛してもらえるんだよ」
三桜:「俺の言葉が、行動が、反応が演技だろうが本物だろうがどうでもいい。奴らが求めてるのは『自尊心(プライド)を満たして適度に気持ちよくしてくれる相手』であって『自分の都合のいいように動く傀儡(にんぎょう)』なんだ。それに従ってさえいれば可愛がってもらえる」
三桜:
三桜:
三桜:「俺はね……愛され方を知っているんだよ」
:
:
有志:「……」
三桜:「幻滅するなら好きにして。友達やめたいって言うなら明日から近づかないし、言いふらされても気にしないから」
有志:「(セリフをさえぎるように)
有志: いくら?」
三桜:「……は?」
有志:「いくら払えば、三桜の一生分、買える?」
三桜:「バカなの?」
有志:「バカでいい」
三桜:「言っとくけど俺、高いよ?」
有志:「いくらでも払うよ!」
三桜:「百万」
有志:「え……」
三桜:「人ひとりの一生を買うんだ、それくらい出してもらわなきゃ。むしろ安い方じゃない? 友達価格にはしてあげたんだから」
有志:「……わかった。必ず買いに行くから、待ってて」
三桜:「……あっそ。期待しないで待っとくよ」
:
:
0:
0:
:
三桜:望みどおりに、理想通りに、都合よく
三桜:学校ではそう振る舞えば「いい子」と認定された
三桜:みんなと仲良くしろと言われればそうする。頼みごとは引き受ける
三桜:そこに俺の気持ちも意思も必要ない
三桜:その振る舞いのおかげで、教師からも生徒からも「愛され」た
三桜:家でも同じだ
三桜:母親が俺に興味を無くした後も、それなりに愛想を振りまき続けてきた
三桜:家庭という社会で生きていくためにできることなんか、それくらいだった
三桜:母親が再婚相手とその子どもを連れてきたときも、上手くやっていけると思っていた
三桜:最低限の愛想と従順な態度
三桜:それさえ守れば可愛がってもらえる――「愛され」る
三桜:……はずだった
:
0:
0:
:
:
0:間
:
:
三桜:あれ以来、大学で有志と顔を合わせることはなかった
三桜:授業がかぶらないのか、それとも避(さ)けているのか
三桜:どうせ後者だろう。あんな現場を見られたのだ
三桜:いくら好きだと言ったって、理想から逸脱すれば熱も冷める
:
有志:『必ず買いに行くから、待ってて』
:
三桜:……あんな言葉、真に受けるわけないだろ
:
0:
:
三桜:有志と再び会ったのは、とある休日のことだった
:
0:街中
0:ティッシュ配りをしている有志
:
有志:「よろしければ、もらってくださーい!」
:
0:気づかずに横切ろうとする三桜
:
有志:「よろしければ、もらって……、あ、三桜」
:
0:気づいて立ち止まる三桜
:
三桜:「……有志」
有志:「はい。よかったらティッシュ、もらってよ」
三桜:「……ん(受け取る)」
有志:「ありがと。配り終わるまで帰れなくてさ」
三桜:「……やけに普通に話しかけてくるんだな」
有志:「ん? なにが?」
三桜:「てっきり、もう俺には関わらないんだと思ってた」
有志:「そんなわけないじゃん! ……ねぇ。まだ、あれやってるの?」
三桜:「うん、って言ったら?」
有志:「……そっか」
三桜:「それじゃ、俺、もう行くから」
有志:「うん。またね」
:
0:有志と別れる三桜
:
有志:「よかったら、もらってください! よかったら、もらっ、て……」
:
0:倒れる有志
:
三桜:「っ!? 有志!!」
:
0:気づいて振り返り、駆け寄る三桜
:
三桜:「有志、有志! しっかりしろ! ……だめだ、返事がない」
三桜:「(スマフォを取り出して電話を掛ける)
三桜: ……もしもし! 救急車をお願いします! 友達が急に倒れて……! 場所は――」
:
:
0:間
:
:
0:病院
0:ベッドに眠る有志と近くの椅子に座っている三桜
:
有志:「……んん(目を覚ます)」
三桜:「……起きた」
有志:「あれ……。ここは……」
三桜:「病院。過労だってさ」
有志:「……。そっか……。僕、倒れて……」
三桜:「今、点滴打ってるから。明日には帰れるらしいよ」
有志:「あっ……! バイト!」
三桜:「有志が寝てる間にひっきりなしに電話かかってきたから対応しといた。全部、無断欠勤扱いでクビだってさ」
有志:「えっ! ……いや、それもそうか」
三桜:「……バイト。あんなにたくさん掛け持ちしてたんだね」
有志:「……うん。一日でも早く、百万稼ぎたくて」
三桜:「は?」
有志:「いつものバイトが休みの日に、日雇いのバイトをできるだけ詰め込んでみたんだけど……倒れちゃうなんて、だめだね」
三桜:「……バカじゃないの。そんな大金、大学生が稼げるわけないじゃん! こんなぶっ倒れるまで無理して……ほんと、バカなの!?」
有志:「そうでもしないと三桜のこと買えないじゃん!」
三桜:「なんで、そこまで」
有志:「僕が三桜を買えば……もう、あんなことしないでくれるでしょ?」
三桜:「……」
有志:「あぁ、でも……クビかぁ。ふりだしに戻っちゃったなぁ」
三桜:「……でも、……けど」
有志:「(気づいていない)
有志: いっそ、今のバイトの時間をもっと増やそうかな……?」
三桜:「後払いでもいいけど」
有志:「え?」
三桜:「百万。……後払いでもいいから、買われてやるって言ってんの」
有志:「……え? ……えぇぇ!?」
三桜:「だって、このままじゃ有志また無理するんでしょ!? 俺のために倒れるとか、胸糞悪いし」
有志:「本当に……? 本当に本当!? もう援助交際、しない?」
三桜:「信用できないなら、監視でもする?」
有志:「(食い気味に)
有志: 一緒に住んでいいってこと!?」
三桜:「近い近い! 同棲っていうか、お互いの家に交互に泊まりに行くって感じになると思うけど」
有志:「うん……! うん!」
三桜:「……なに嬉しそうにしてんの。明日になったら迎えに来るから、安静にしとくんだよ!」
有志:「うん! 待ってる!」
:
:
0:
0:
:
三桜:『初めて』の相手は義兄(あに)――母親の再婚相手が連れてきた子どもだった
三桜:それは「愛される」とは程遠い行為で
三桜:貪るように抱かれた身体と欲にまみれた視線を通して聞こえた言葉に、ただただ震えていた
三桜:
三桜:『お前に愛される資格はない』
三桜:『お前なんか、せいぜい性欲処理の道具でしか価値はない』
三桜:
三桜:愛されるように振る舞ってきたのに
三桜:それを否定されてしまったら……俺の存在意義は?
三桜:
三桜:生きている価値は?
三桜:
:
0:
:
三桜:すがるように、かりそめの愛を求めた
三桜:セフレ。ナンパ。ワンナイトラブ
三桜:きっかけも関係性もどうでもいい
:
0:
:
三桜:誰か、誰か
三桜:俺に、価値をください
三桜:愛されていいんだと、生きていていいんだと
三桜:ここに居ていいんだと――そんな確証をください
:
0:
0:
:
:
:
0:間
:
:
0:朝
0:病院から出てくる有志と三桜
:
有志:「迎えに来てくれてありがとうね、三桜」
三桜:「別に。俺にも有志を監視する義務があるし」
有志:「ん? どういうこと?」
三桜:「放っておいたら、また無理なバイトの入れ方しかねないでしょ」
有志:「うぅ……。でも、心配してくれるあたり、やっぱり優しい」
三桜:「だから! 俺が原因で倒れられるのが胸糞悪いだけだってば!」
有志:「そっか、そっか」
三桜:「ほら、早く有志の家、連れてって!」
有志:「はぁい」
:
:
:
0:有志の家
:
有志:「ただいま」
三桜:「……誰もいなくても言うんだ」
有志:「なんか、癖で……。三桜も早く上がりなよ」
三桜:「うん。……お邪魔します」
有志:「はぁい」
:
0:部屋に上がる三桜
0:ベッドに腰掛ける有志
:
三桜:「……で? どうするの?」
:
0:有志の隣に腰掛ける三桜
:
三桜:「すぐに抱かれてあげてもいいけど?」
有志:「え」
三桜:「一生分買うってさ、そういうことでしょ? 俺のこと好きだって言ってたもんね?」
:
0:有志の耳元に口を寄せる三桜
:
三桜:「(ささやく)
三桜: 今すぐ抱きたくて仕方ないんじゃないの……?」
有志:「あ、そういうのいらない」
三桜:「……え? は?」
:
0:三桜を押しのける有志
:
有志:「だって三桜、僕のこと好きなわけじゃないでしょ? そういうのって、お互いが好きになってからじゃないと意味ないじゃん」
三桜:「……なんだよ、それ」
有志:「そんなことより、マリカやろ、マリカ!」
三桜:「……はぁ」
:
0:ベッドから降りて準備をする
:
有志:「はい、コントローラー。あ。念のため言っておくけど、わざと負けるとかはなしだからね!」
三桜:「……わかった」
:
0:数分後
:
三桜:「だぁぁっ! 絶妙なところにバナナ置きやがって! ……あぁぁぁ! また落ちたぁ! くそぅ!」
有志:「……三桜?」
三桜:「ちょ、今話しかけてくんなってあぁぁぁぁ赤コウラうぜえぇぇぇぇ!」
有志:「一応訊くけど……それって、わざとじゃ」
三桜:「ねぇよ! 難しすぎるんだよ、このコース!」
有志:「コンピューターも強いしね」
三桜:「そういうお前はずいぶん余裕そうだな?」
有志:「僕はよくやってるからね」
三桜:「おっ。よっしゃ!! とげコウラ、ゲットォ!」
有志:「わぁ。僕、ピンチ……」
:
三桜:「だあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
有志:「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
:
三桜:「なんでだよぉぉぉ! このタイミングで雷って!!」
有志:「あっはははははは! ゴール前で雷はずるいって! はははっ!」
三桜:「あぁぁ……、結局びりだぁ……」
有志:「僕も、最後の最後で越されちゃった」
三桜:「それでも三位じゃんよ」
有志:「次はもう少し簡単なコースにする?」
三桜:「その前に、ちょっと休憩したい。酔ってきた……」
有志:「おっけー。……ふふっ」
三桜:「なんだよ?」
有志:「意外だったなぁって」
三桜:「ゲームが下手なことが?」
有志:「それもあるけど。そんな口調で話したりするんだなって」
三桜:「あ……」
有志:「『お前』って呼ばれたのも、初めて」
三桜:「……それは、ごめん」
有志:「なんで謝るの?」
三桜:「え……。いやだったんじゃ……」
有志:「ううん。むしろ嬉しかったよ。僕の知らなかった三桜が見れたみたいで」
三桜:「……は?」
有志:「いつもそうしていればいいのに」
三桜:「……こんな俺、誰も求めないよ」
有志:「そうなの?」
三桜:「そうなの。みんな、大人しくて従順で可愛い俺を求めてんの」
有志:「僕はさっきの三桜の方がいいけどなぁ」
三桜:「……本気で言ってる?」
有志:「うん」
三桜:「有志は『大人しくて従順で可愛い俺』を好きになったんじゃないの?」
有志:「『優しくて誰にでも分け隔てなく接してくれる三桜』を好きになったよ。でも、さっきのゲームしてる三桜を見て、可愛いなって思ったんだ」
三桜:「かわ……? さっきの俺が?」
有志:「うん。取り繕っている三桜より、本気になってムキになって、くだけた口調で話している三桜の方が僕は好きだな」
三桜:「……別に、お前に好かれなくてもいいし」
有志:「はっ! ぼ、僕、ナチュラルに『好き』とか言っちゃった! なんか恥ずかしい……」
三桜:「いや、どうでもいいわ」
:
0:有志のスマフォが鳴る
:
有志:「あ、電話。ちょっとごめん」
有志:「(電話を取って)
有志: もしもし。お疲れ様です。……はい、はい。……あぁー、わかりました。すぐに行きます」
:
0:有志、電話を切る
:
有志:「ごめん、三桜。急にバイト入っちゃった。帰るのは夜中になるかも」
三桜:「そっか」
有志:「あ、ご飯とか買いに行くでしょ? これ、鍵」
三桜:「……(受け取る)」
有志:「それじゃ、行ってきます!」
三桜:「いってらっしゃい」
:
0:有志、部屋を出ていく
:
三桜:「……何のためらいもなく鍵、置いていくんだな。お前がいない間に隠れて金稼ぎに行くかもとか考えないのかよ」
:
有志:『さっきのゲームしてる三桜を見て、可愛いなって思ったんだ』
:
三桜:「……っ」
:
有志:『取り繕っている三桜より、本気になってムキになって、くだけた口調で話している三桜の方が僕は好きだな』
:
三桜:「……んなこと、初めて言われた」
三桜:「……合鍵、作らせてもらうか」
:
0:少し間
:
三桜:「ふぅ……。課題はこれで終わりっと。さすがに腹減ったな。何か作るか」
三桜:「冷蔵庫、勝手に開けるぞ有志……うわ、何も入ってないじゃん。あー、そういえば買い物行く前提で鍵置いて行ったんだもんな。仕方ない、夕飯の材料でも買いに……」
:
有志:『帰るのは夜中になるかも』
:
三桜:「……ついでに、あいつの夜食も作るか」
:
0:少し間
:
有志:「ただいま」
三桜:「おかえり」
有志:「はっ!! 『ただいま』って言って『おかえり』が返ってくる……。しかも三桜の声で……! 感動……! お客さんに怒鳴られた心の傷が癒えていく……!」
三桜:「めんどくさ」
有志:「あれ? なんかいい匂いがする」
三桜:「あぁ。キッチン、借りた」
有志:「え、わざわざご飯作ったの?」
三桜:「やっぱり自炊はしないタイプだったか……。夜食、作ったけど食べる?」
有志:「え……!?」
三桜:「いらないなら、別にいいけど」
有志:「食べる! 三桜の手料理!」
三桜:「夜食だし、軽いものしか作ってない、ぞ。……温めるから、ちょい待ってな」
有志:「……」
三桜:「……なに」
有志:「なんか……口調、困ってる?」
三桜:「なっ……! 別に困ってない!」
有志:「僕が口調のこと言ったから、どうやって話したらいいかわからなくなった?」
三桜:「だから、困ってねぇっつーの! ……あっ」
有志:「ふふっ。話しやすいように話してくれていいのに」
三桜:「……はい。温まったよ」
有志:「あ、ありがとう! いただきます!」
有志:「(もぐもぐ)……んんっ! 美味しい! 三桜、料理上手いんだね!」
三桜:「まぁ……小さい頃から一通りの家事は叩き込まれてきたから」
有志:「(もぐもぐ)……んんーっ! ひあわせ……」
三桜:「大げさだなぁ」
有志:「大げさじゃないもん!」
三桜:「成人前の男が『もん』とか言わないで」
有志:「はぁい。……ごちそうさまでした」
三桜:「おそまつさまでした」
有志:「いえいえ、ごちそうさまでした! ふわぁ……。眠くなってきた」
三桜:「はみがき、ちゃんとしなよ」
有志:「はぁい」
:
0:少し間
:
有志:「それじゃ、そろそろ寝ようか。僕は床で寝るから、三桜はベッド使ってよ」
三桜:「え、なんで。普通、逆でしょ」
有志:「え? そう?」
三桜:「それとも……一緒に寝てくれるの?」
有志:「あ! いいね、それ!」
:
0:一緒のベッドに入る
:
有志:「おやすみぃ」
三桜:「あれ、もう寝るの? ……夜はまだこれからだよ?」
有志:「(寝息を立てる)」
三桜:「早っ! ……まぁ、さっきまでバイトしてたんだもんな」
:
0:寝顔を見つめる三桜
:
有志:「(寝息を立てる)」
三桜:「……本当に、俺のこと抱く気ないんだな」
有志:「んぅ……。むにゃむにゃ」
三桜:「……おやすみ。有志」
:
:
:
0:
0:
:
:
三桜:一夜限りの関係を繰り返した
三桜:そのうちにわかった――愛されるのなんて簡単だ
三桜:可愛い声で喘いで、みだらに身体をくねらせれば
三桜:口先だけの愛の言葉に喜んで、嬉しそうに微笑めば
三桜:それだけで「愛して」もらえる
三桜:そこに気持ちが伴っているか否かはどうでもいい
三桜:
三桜:援助交際に手を出すようになるのに時間はかからなかった
三桜:かつて否定された俺自身の価値が金銭として可視化されるのは快感だった
三桜:
三桜:そうやって、自分を殺して、偽って
三桜:人生をかけて「愛され方」を知ったのだ
三桜:
三桜:……なのに
:
:
有志:『そういうのって、お互いが好きになってからじゃないと意味ないじゃん』
有志:『取り繕っている三桜より、本気になってムキになって、くだけた口調で話している三桜の方が僕は好きだな』
有志:『話しやすいように話してくれていいのに』
:
:
三桜:……調子、狂うっつーの
:
:
0:
0:
:
:
:
0:間
:
:
0:ある日の朝
0:有志の家にて
:
有志:「んぅ……」
三桜:「有志! 朝だよ」
有志:「んんー。……すー、すー」
三桜:「二度寝すんな! 起きろ!」
有志:「ふぇっ!? ……ふわぁ。おはよう、三桜」
三桜:「おはよ。朝ごはん、できてるぞ」
有志:「わぁい!」
三桜:「今日は一限からだろ。早く食べろ」
有志:「はぁい。いただきます。……ふふっ」
三桜:「なんだよ?」
有志:「だいぶ肩の力、抜けてきたなぁって」
三桜:「……なんだ、そりゃ」
有志:「僕の前でだけでも『素の三桜』で居られるように、これからも頑張るからね!」
三桜:「……っ。バカなこと言ってねぇで、早く食え! 遅刻するぞ!」
有志:「あっ! そうだった!(急いでもぐもぐ)」
三桜:「ったく……」
有志:「あれ? そういえば、三桜は?」
三桜:「今日は二限から」
有志:「いいなぁ……」
三桜:「そういや有志、今日は五限終わりだったよな?」
有志:「うん。そのままバイト行ってくる」
三桜:「それじゃ、先に俺んちで待ってるから」
有志:「うん! (もぐもぐ)……ごちそうさま!」
三桜:「おそまつさん」
:
0:少し間
:
有志:「それじゃ、いってきます!」
三桜:「おう。いってらっしゃい」
0:
三桜:「……この生活にも、だいぶ慣れてきたな。なんか、すごく変な感じ。一緒に住んでて、同じベッドで寝てるのに……一回も抱かれたことないなんて」
三桜:「あ、そういや……今日の夜食は何にしようかな。あいつ、なに作っても喜んでくれるからなぁ。逆になに作っていいかわかんねぇや……ふふっ」
三桜:「(つぶやくように)
三桜: こんな日々が、ずっと続けばいいな」
三桜:「……って、なに言ってんだ、俺! さて、学校行く準備、しないとな!!」
:
:
0:間
:
:
0:夕方
0:三桜の家
:
三桜:「ただいま……って、誰もいないのに。有志がうつったかな」
三桜:「どうせ、帰ってくるのは夜中だろ……それまで課題でもしとくか」
:
0:少し間
:
0:夜
0:呼び鈴が鳴る
:
三桜:「ん? 有志? 帰ってくるにはまだ早いはずだけど……」
:
0:ドアを開ける
:
三桜:「……っ! 義兄(にい)さん……」
:
0:部屋の中に押し入る義兄
:
三桜:「ここの住所、家族には教えてないんだけど。なに? わざわざ特定してきたの?」
三桜:「……それで、何の用?」
:
0:義兄、三桜をベッドに押し倒す
:
三桜:「うわっ……! ……なに。……え? ヤらせろって? それだけのために住所調べたんだ? 性欲処理の相手、僕以外に見つからなかった?」
三桜:
三桜:
三桜:昔から、そうだった
三桜:この人には何度も何度も抱かれて……何度も『性欲処理』に付き合ってきた
三桜:いつものことだ
三桜:たったひととき、身を委ねていればいい
三桜:
三桜:
:
0:義兄の手が三桜のシャツの下を這う
:
三桜:「……っっ!」
三桜:
三桜:手が肌を這う感覚が気持ち悪かろうと、知ったことじゃない
三桜:いつもみたいに『傀儡(にんぎょう)』でいればいい
三桜:ずっと、そうしてきたじゃないか
:
有志:『三桜』
:
三桜:「――っ!!」
:
0:抵抗を始める三桜
:
三桜:「いやだ! いやだ、離せ!! 触るな!」
:
0:義兄、三桜のみぞおちを殴る
:
三桜:「がはっ……! ごほっ、ごほっ……」
三桜:「……っ、うわああぁぁぁぁ!」
:
0:三桜、義兄を突き飛ばす
0:スマフォだけ持ってトイレに鍵をかけて引きこもる
:
三桜:「有志……、有志……!」
:
0:有志に電話をかける
0:絶えずドアを叩く音が聞こえる
:
有志:『もしもし』
三桜:「……っ! ……ゆう、し」
有志:『……三桜?』
三桜:「有志……っ。有志、有志っ……!」
有志:『何かあった? なんか、ドンドンって聞こえるけど』
三桜:「たす、けて……。助けてぇ……!」
有志:『……今、家?』
三桜:「……うん」
有志:『電話、いったん切るよ。すぐに行くから、待っててね!』
:
0:電話が切れる
:
三桜:「……(軽く鼻をすする)」
:
0:義兄、ドアノブをがちゃがちゃし始める
:
三桜:「っ! ……有志ぃ」
:
0:
:
三桜:ドアを叩く音と、カギをこじ開けようとする音がしばらく続いた
三桜:耳をふさいで耐え、どれくらい時間が経っただろう
三桜:ふいに、音が止んだ
:
0:優しくノックされる
:
有志:「三桜」
三桜:「っ! ……ゆうし?」
有志:「もう大丈夫だよ。出ておいで」
:
三桜:おそるおそるドアを開けると目の前には有志がいて、義兄は警察に取り押さえられていた
:
有志:「三桜、大丈夫? 怪我はない?」
三桜:「……有志。……ゆうし」
:
0:有志、三桜を優しく抱きしめる
:
有志:「怖かったね。……もう、大丈夫だよ」
三桜:「ううぅっ……。うわあぁぁぁぁ!(号泣)」
:
:
0:間
:
:
0:警察が義兄を連行した後
0:ベッドに腰を掛ける有志と三桜
0:お互い、手を握り合っている
:
有志:「落ち着いた?」
三桜:「……うん」
有志:「おなか以外、どこも殴られてない?」
三桜:「……うん」
有志:「そっか」
三桜:「……ごめん。バイト中に電話かけて」
有志:「そこは謝るところじゃないよ。三桜の一大事だもん。バイトなんて抜け出すに決まってる。むしろ、助けを求めてくれてありがとね」
:
0:しばらく沈黙
:
三桜:「……あいつさ。母親の再婚相手の連れ子なんだ」
有志:「……うん」
三桜:「高校生のとき……あいつに、……無理やり、されてさ」
有志:「……っ!」
三桜:「『お前に愛される価値はない』って言われてるみたいで、怖かったんだ。だから……、だから、俺……」
:
0:有志、三桜を抱きしめる
:
有志:「ゆっくりでいいよ」
三桜:「……っ」
有志:「無理に笑おうとしなくていいから」
三桜:「……愛されてるって、証明が欲しかったんだ」
有志:「うん」
三桜:「だから、愛されるように振る舞ってきたんだ……。だけど……」
有志:「……うん」
三桜:「さっき、あいつに『ヤらせろ』って言われて……身体、触られて……気持ち悪いって思ったんだ。今さら、おかしいよな。でも……。すごく、いやだった。怖くて、怖くて……」
有志:「三桜……」
三桜:「真っ先に有志の顔が浮かんで……。有志の声、聴いたら安心したんだ」
有志:「……それは、嬉しいな」
三桜:「どうしてくれるんだよ……! 有志じゃないと、だめになったじゃん……!」
有志:「それでいいじゃん」
三桜:「え……?」
有志:「きっと三桜の欲しかったものは、お義兄(にい)さんやそこら辺の男には与えられないものだったんだよ」
有志:「その人たちがどういう気持ちで接していたかは知らない。……でも、少なくとも僕は」
有志:
有志:「三桜のこと、心から愛してる」
:
三桜:「っ!」
有志:「どんな三桜も……大好きだよ」
三桜:「……そういうこと、さらっと言うなよな」
有志:「だって、本当のことだもん」
三桜:「……あっそ」
有志:「だから、三桜に好きになってもらえるように頑張るね、僕!」
三桜:「……この流れで、なんでわかんないかなぁ」
有志:「え?」
三桜:「『有志じゃないとだめだ』って、さっき言ったじゃん!」
有志:「うん、そうだね。……ん? え?」
三桜:「~~~っ!! あぁもう、この鈍感! 俺も好きだって言ってんだよ!」
有志:「あ、そうなんだ! 嬉しいな!」
有志:「……って、えええええぇぇぇぇぇ!?」
三桜:「なんだよ!」
有志:「だって……、両想いなんてなったことないから嬉しくて!」
三桜:「……ふん」
有志:「あれっ? そうなると、百万円の件はどうしたらいいんだろう?」
三桜:「は? まだそんなこと真に受けてたわけ?」
有志:「え?」
三桜:「もともと、そんなもんいらねぇよ」
有志:「えぇー! 無理のない範囲でバイト頑張ってたのにぃ」
三桜:「じゃあ、それは……」
有志:「僕たちの将来のために貯めとくね!」
三桜:「なっ!! だから、そういうことさらっと言うなって!!」
:
0:間
:
0:就寝前
0:同じベッドに入るふたり
:
有志:「それじゃ、おやすみ」
三桜:「……おやすみ」
有志:「……」
三桜:「……」
有志:「……ねぇ、三桜」
三桜:「……なに」
有志:「ぎゅーって、していいかな?」
三桜:「……わざわざ訊くとか、マジで野暮」
有志:「ごめん……」
三桜:「……ん」
:
0:三桜、有志の方に寝返りを打つ
:
有志:「……ありがと」
:
0:有志、三桜を抱きしめる
:
有志:「えへへ。あったかい」
三桜:「……あつい」
有志:「(軽くリップ音)」
三桜:「んっ!? な、なんだよ、いきなり!」
有志:「え、だって……訊くなって言うから」
三桜:「そうだけどさ……」
有志:「いやだった?」
三桜:「……ううん」
有志:「よかった。……(長めにリップ音)」
三桜:「(相手に合わせて反応してください)」
有志:「……三桜」
:
0:有志、三桜の上にまたがる
:
有志:「抱いても、いいかな?」
三桜:「……だから、いちいち訊くなって」
有志:「……ふふっ。ごめん」
有志:「(リップ音。首筋とかその辺りにキスしているイメージで)」
三桜:「んっっ。んはぁ……っ」
:
0:有志の手が三桜の服の下を這う
:
三桜:「あぁっ……! ちょっと、まって……」
有志:「ん? どうしたの?」
三桜:「はぁっ、はぁっ……。いや、なんか……、変」
有志:「……いやだった?」
三桜:「いやじゃ、ないけど……」
有志:「……さわって、いい?」
三桜:「……うん」
有志:「(リップ音。身体にキスしながら愛撫しているイメージで)」
三桜:「んぁっ……、あっ、あぁぁっ……」
三桜:「(おかしい……っ。今まで、こんなに感じたこと、ないのに……!)」
有志:「……」
三桜:「やっ……! おま……、どこ、さわって……」
:
有志:考えたくないのに、考えてしまう
有志:何人の男が、この可愛い表情(かお)を見てきたんだろう
有志:あぁ、いやだ……
:
三桜:「まっ、て、そこは……ああぁっ!」
:
有志:三桜の過去は、どうやったって変えられない
有志:だったら、せめて今だけは
:
三桜:「ふーっ……、ふーっ……」
有志:「三桜……。もう、いいかな?」
三桜:「えっ……」
有志:「だめ?」
三桜:「だめじゃ、ないけど……、でも……」
有志:「ん?」
三桜:「……こわい。おかしくなりそうで」
有志:「なっちゃいなよ」
三桜:「え……?」
:
0:三桜の手を握る有志
:
有志:「僕がそばにいるから、どうなっても大丈夫。壊れて、おかしくなって――僕だけ見て。僕のことだけ考えて」
三桜:「……っ」
有志:「……ね? ……っっ」
三桜:「んあぁっ!」
:
有志:僕だけを、見ていればいい
有志:僕のことだけを、考えればいい
:
三桜:「あっ……、はぁっ……。ゆう、し……」
有志:「っ、はぁっ……、はぁっ……!」
三桜:「あっ……! そん、なっ……、はげしっ、あぁぁっ!」
有志:「っ、ふぅっ……、んっ……」
:
三桜:知らない、知らない……!
三桜:こんなに気持ちよかったことなんて
三桜:今までなかったのに――
:
有志:「三桜。……っ」
三桜:「や、ああぁっ!」
有志:「余計なこと、考えないで」
三桜:「あぁっ……、んぁぁっ!」
有志:「……三桜、……っ、ごめ……、もう、限界……」
三桜:「ちょ、ま」
有志:「……ふぅっ、……あぁっ!」
三桜:「あぁぁっ!」
:
有志:甘く火照って、黒く渦巻く
:
三桜:溶けて、蕩(とろ)けて、堕ちていく
:
有志:「はぁ、はぁ……」
三桜:「はぁっ……、はぁっ……」
有志:「……三桜。もう一回、いい?」
三桜:「は……? え、ちょ、ふざけん……んぁぁっ!」
:
有志:暑く、熱く、はげしく
有志:眠れぬ夜は更けていく
:
:
0:間
:
:
0:朝
:
三桜:「んん……」
有志:「んぅー……。……ふわぁ」
有志:「……ふふっ。三桜が僕より寝てるの、珍しいな」
三桜:「……ん」
有志:「おはよう」
三桜:「……おはよ。……ねみぃ」
有志:「よく寝てたね」
三桜:「誰のせいだよ……。あー……ケツ痛ぇ……」
有志:「ごめんね、無理させちゃって」
三桜:「ほんとだよ! 気絶するまでされるとは思ってなかったっての、この絶倫チワワ!」
有志:「チワワ?」
三桜:「気にするところ、そこじゃねぇ!」
有志:「ごめん」
三桜:「ったく……」
有志:「ねぇ、三桜」
三桜:「なに」
有志:「どれだけ時間がかかっても、塗り替えるからね」
三桜:「……」
有志:「過去を思い出さなくてもいいように。僕だけを、見ていられるように」
三桜:「有志ってもしかして、けっこう独占欲強い?」
有志:「かもね」
三桜:「(ため息)……もうとっくにお前しか見えねぇっつーの」
有志:「……え?」
三桜:「なんでもねぇよ!」
:
:
0:
:
三桜:愛され方を知っている――はずだった
三桜:でも、多分もう必要ない
三桜:本当に欲しかったものは、有志がくれたから
:
:
三桜:愛されるのなんて簡単だ
三桜:相手の思うように動いてやればいい
:
モブ:「いい……、いいよぉ、三桜くん……」
:
三桜:女のように啼(な)いて
三桜:表情を作って、艶(なま)めかしく身体をよじらせて
:
モブ:「いい声で啼くねぇ……」
:
三桜:たとえ気持ちが伴わなくても
三桜:挙動のひとつひとつが計算でも
:
モブ:「三桜くん、気持ちいいかい……?」
:
三桜:要求通りに、理想通りに反応すれば可愛がってもらえる
三桜:ずっと、そうやって生きてきた
三桜:だって俺は――
三桜:
三桜:
三桜:愛され方を知っている
:
:
:
0:間
:
:
0:大学の講義室
:
有志:「ひぃー……。大学生になって何日か経つけど、みんな友達作るのはやいな……。ぼっちなの、僕だけじゃん……」
有志:「ていうか、みんな私服だから先輩なのか同い年なのか見分けがつかない……。でも、せっかく大学生になったんだ! 友達を作って、大学生活を楽しもう!」
三桜:「すみません」
有志:「ひゃひぃぃぃ!! すみませんすみません、うるさかったですよね黙ります!!」
三桜:「いえ……、そんなことは。お隣、座ってもいいですか?」
有志:「へ……?」
三桜:「他の席、空いてなくて」
有志:「あ……、はい。どうぞ」
三桜:「ありがとうございます」
:
0:三桜、有志の隣に座る
:
有志:「(うわぁぁ! さっそく陰キャコミュ障発揮しちゃったよぉぉぉぉ! 目もまともに合わせられないしぃぃ! で、でも、せっかく話しかけてもらえたんだ! 友達を作るチャンスかもしれない……!)」
有志:「(あぁぁ、でも講義中に話しかけるのは迷惑だよなぁ……)」
:
0:講義終了
:
有志:「(よし、講義が終わったぞ……。話しかけるんだ……! がんばれ、僕!)」
三桜:「ありがとうございました。では、失礼します」
有志:「あ、あの……!」
三桜:「? はい」
有志:「ぼ、僕、馬目有志っていいます! よかったら、お友達になってくれませんか!?」
三桜:「……」
有志:「(よっし!! 言えたぁぁぁ! 相変わらず目は合わせられないけど!!)」
三桜:「……」
有志:「(え……、なんで黙るの……? や、やっぱり僕みたいな陰キャコミュ障にいきなり『友達になってほしい』なんて言われても困るってことかな……)」
三桜:「まのめ、ゆうし……。もしかして、有志なの……?」
有志:「え……?」
三桜:「俺だよ! 覚えてない?」
有志:「……?」
:
0:有志、顔をあげて三桜と目を合わせる
:
有志:「……! みお……!? 陸田三桜!?」
三桜:「久しぶり!」
有志:「わぁぁ! 久しぶり! 声とか雰囲気が変わってたから全然気づかなかった!」
三桜:「中一のときに転校して以来だったもんね! あ、有志。このあと授業入ってる?」
有志:「え? ううん。午後まで暇だけど」
三桜:「せっかく再会できたんだし、一緒にご飯でもどう?」
有志:「あ、いいね! 話したいこと、いっぱいあるし!」
三桜:「うん!」
:
:
0:間
:
:
0:学食にて
:
有志:「席は……ここでいい?」
三桜:「うん。けっこう、空いてるね」
有志:「お昼ご飯にはまだ早いからね。それにしても、まさか大学が一緒になるとは思わなかったよ」
三桜:「俺も。もう何年ぶりになるのかな?」
有志:「中一、中二……(指折り数える)……六年?」
三桜:「そんなに経つんだ!」
有志:「ていうか、だいぶ変わったね! 最後に見たときはもっと小さかった気がする」
三桜:「中二くらいから急激に伸びたからね、身長」
有志:「そりゃ気づかないわけだ。声も、あのときに比べて低くなった?」
三桜:「んー、そうかも? 有志はあんまり変わらないね」
有志:「そうかな? だいぶ身長伸びたし、声変わりもしたんだけど」
三桜:「中身の話。俺以外と話せないの、相変わらず」
有志:「う、うるさいな」
三桜:「俺がいない間、どうしてたの?」
有志:「……ぼっちだった」
三桜:「あらら(笑)」
三桜:「でも、さっきは頑張って友達作ろうとしてたじゃん。えらいえらい。目を合わせてくれなかったのは減点だけど」
有志:「陰キャコミュ障なめんな……」
三桜:「なめてないよ(笑)」
有志:「だけど、三桜とまた一緒に過ごせるなんて夢みたいだよ」
三桜:「大げさだなぁ」
有志:「大げさじゃないですぅー。転校したのって、親御さんの仕事の都合だっけ?」
三桜:「あー……。表面上はそうなってるけど、本当は違うんだ」
有志:「そうなの?」
三桜:「あのとき、親が離婚してさ。母親について行ったんだ」
有志:「なるほど……。大変だったんだね」
三桜:「まぁね。あ、苗字はもう『陸田』じゃないよ」
有志:「あ、そっか。今は?」
三桜:「『天束』」
有志:「あまつか?」
三桜:「そ。天使の『天』に『束(たば)』って書いて『天束(あまつか)』」
有志:「変わった苗字だね」
三桜:「でしょ。再婚相手の苗字なんだ」
有志:「再婚相手? 三桜の? ……え!? 三桜、結婚してたの!?」
三桜:「なわけ(笑) 母親のだよ(笑)」
有志:「あ、そっか」
三桜:「俺のことはいいんだよ。有志はどうだったの? この六年間」
有志:「どうって?」
三桜:「そのままの意味だよ。俺の知らないところで、彼女の一人や二人……ごめん、なんでもないや」
有志:「答え聞く前に納得するのやめて!?」
三桜:「いやぁ、さっき『ぼっちだった』って言ってたの忘れてて」
有志:「傷口えぐるのもやめて!? ていうか、そう言う三桜はどうだったの?」
三桜:「あいにく、色恋沙汰には興味がなくてね」
有志:「えぇ、意外。モテそうなのに」
三桜:「全然」
有志:「そっか。(小声で)……よかった」
三桜:「ん?」
有志:「ううん、なんでもない! ……大学でもよろしくね!」
三桜:「うん。よろしく!」
:
0:
:
有志:昔から人見知りが激しかった
有志:緊張して、うまく話せなくて、目も合わせられなくて
有志:三桜は、そんな僕が唯一まともに会話を交わせる相手だった
有志:正直……初恋の相手だ
有志:小学一年生の時に出会った彼を、当時は女の子だと思っていた
有志:だって自分のこと『私』って呼んでたし
有志:見た目も言葉づかいも振る舞いも女の子らしかったんだ
有志:そんな三桜は性格もよかった
有志:誰にでも分け隔てなく優しくて、こんな僕とも仲良くしてくれて……子どもながらに惹かれていたのだ
有志:三桜が自分のことを『俺』と呼び始め、男の子だと分かっても、気持ちが変わることはなかった
有志:だけど『友達』という関係が壊れるのが怖かった僕は、この気持ちを隠し続けた
有志:三桜の転校が決まったときも、そのあとも、結局想いを伝えることができず……かといって、忘れることもできず
有志:ずるずると引きずったまま、現在に至る
:
0:
:
三桜:「みお」という名前は、女の子が欲しかった母親が付けたらしい
三桜:幼い頃、やたらと「女の子らしい」振る舞いを強いられた
三桜:自分のことを『私』と呼び
三桜:車のおもちゃより可愛い人形を欲しがり
三桜:鬼ごっこよりままごとを好み
三桜:スカートやワンピースに身を包む
三桜:そこから逸脱すれば存在を無視された。それが子どもながらに怖くて、必死に「女の子」であろうとした
三桜:母親の『理想通り』に振る舞えば――愛してもらえる
三桜:だけど中学生になった途端「女の子」で居られなくなった
三桜:身長が伸びて、声変わりして
三桜:
三桜:幸いにも身体は華奢(きゃしゃ)な方だった。だから、しばらくはあがいた
三桜:女の子らしい服装、女の子らしい話し方、女の子らしい立ち振る舞い
三桜:まだ「女の子」でいられる、と
三桜:だが、ある日
三桜:「いい加減、それやめてくれる?」
三桜:「男のくせに、気持ち悪い」
三桜:母親に蔑んだ視線を向けられて悟った
三桜:あぁ、俺は――この人には一生、愛されないのだと
:
0:
:
:
0:数日後、ある日の夜
0:バイトが終わり、帰路をたどる有志
:
有志:「ふぅー。やっとバイト終わった……。今日も忙しかったなぁ。早く帰ってゆっくり寝よう」
有志:「……あれ?」
:
0:通りかかったホテルから知らない男と出てくる三桜
:
有志:「……三桜?」
:
三桜:「(男に向けて)
三桜: それじゃあ、僕はこれで。……あぁ、待って。はい。まだもらってないよね?」
:
0:男から封筒を受け取る三桜
0:封筒の中身はお金
:
三桜:「(お札の数を数える。数え方はおまかせします)」
三桜:「はい、確かに。またしたかったら連絡してね。……え? ……あぁ、はいはい」
三桜:「(ささやく)……愛してる」
:
0:男とキスをしようとしている三桜
:
有志:「……っ! ……三桜!」
:
0:キス寸前で有志の声に気付く三桜
0:逃げるように立ち去る男
0:三桜のもとに駆け寄る有志
:
三桜:「……」
有志:「……。あー……、えっと……。ぐ、偶然だね! 僕、今バイト帰りでさ! たまたま通りかかって」
三桜:「(セリフをさえぎるように)見た?」
有志:「え」
三桜:「今の。見た?」
有志:「……うん」
三桜:「そっか」
有志:「……なに、してたの」
三桜:「見てわからない?」
:
0:お札が透けて見える封筒をちらつかせる三桜
:
有志:「……援助、交際、ってやつ?」
三桜:「援助交際かぁ。パパ活とどう違うんだろうね? やってることは一緒だと思うんだけど」
有志:「……どう、して?」
三桜:「ん?」
有志:「お金……、困ってるの?」
三桜:「別に」
有志:「だったら、なんで……?」
三桜:「んー。俺に向いてるから?」
有志:「え……?」
三桜:「知ってる? 『愛され方』」
有志:「あい、されかた……?」
三桜:「昔から得意だったんだよね。愛されて生きてきたからさ、俺」
有志:「……」
三桜:「だから、どうせなら活かせないかなって。そしたら、ビンゴ。ちょっと寝るだけで、てっとり早くお金稼げて超ラッキー」
有志:「……」
三桜:「あ、もしかして……引いてる? 数年ぶりに再会した友達が、こんなビッチだったって幻滅した?」
有志:「そんな、ことは」
三桜:「友達やめる?」
有志:「やだ! やめたくない」
三桜:「……ふぅん?」
有志:「けど、……援助交際は、やめてほしいって、思ってる」
三桜:「……なんで?」
有志:「……してほしくない」
三桜:「俺がどこでなにをしてようが、有志には関係なくない?」
有志:「好きな人に! ……こんなこと、してほしくないんだよ」
三桜:「は?」
有志:「ずっと言えなかったんだけどさ。僕、三桜のこと……好き、なんだ」
三桜:「……へぇ」
有志:「こんな形で言うつもりじゃ、なかったんだけど……。小学生の頃から、転校した後だって忘れられなかったんだ」
三桜:「(セリフをさえぎるように)
三桜: 好きって、どこが?」
有志:「全部! 全部、好きだよ!」
三桜:「全部って、具体的にどこ? かわいこぶって愛想ふりまいてる俺? 優秀で優しくて、男女問わず好かれてる俺?」
有志:「そ、それは……」
三桜:「そりゃ、好かれるよね。そうやって生きてきたんだもん」
有志:「……っ」
三桜:「知ってる? 周りの都合よく動いていれば、理想通りに振る舞っていたら……それだけで愛してもらえるんだよ」
三桜:「俺の言葉が、行動が、反応が演技だろうが本物だろうがどうでもいい。奴らが求めてるのは『自尊心(プライド)を満たして適度に気持ちよくしてくれる相手』であって『自分の都合のいいように動く傀儡(にんぎょう)』なんだ。それに従ってさえいれば可愛がってもらえる」
三桜:
三桜:
三桜:「俺はね……愛され方を知っているんだよ」
:
:
有志:「……」
三桜:「幻滅するなら好きにして。友達やめたいって言うなら明日から近づかないし、言いふらされても気にしないから」
有志:「(セリフをさえぎるように)
有志: いくら?」
三桜:「……は?」
有志:「いくら払えば、三桜の一生分、買える?」
三桜:「バカなの?」
有志:「バカでいい」
三桜:「言っとくけど俺、高いよ?」
有志:「いくらでも払うよ!」
三桜:「百万」
有志:「え……」
三桜:「人ひとりの一生を買うんだ、それくらい出してもらわなきゃ。むしろ安い方じゃない? 友達価格にはしてあげたんだから」
有志:「……わかった。必ず買いに行くから、待ってて」
三桜:「……あっそ。期待しないで待っとくよ」
:
:
0:
0:
:
三桜:望みどおりに、理想通りに、都合よく
三桜:学校ではそう振る舞えば「いい子」と認定された
三桜:みんなと仲良くしろと言われればそうする。頼みごとは引き受ける
三桜:そこに俺の気持ちも意思も必要ない
三桜:その振る舞いのおかげで、教師からも生徒からも「愛され」た
三桜:家でも同じだ
三桜:母親が俺に興味を無くした後も、それなりに愛想を振りまき続けてきた
三桜:家庭という社会で生きていくためにできることなんか、それくらいだった
三桜:母親が再婚相手とその子どもを連れてきたときも、上手くやっていけると思っていた
三桜:最低限の愛想と従順な態度
三桜:それさえ守れば可愛がってもらえる――「愛され」る
三桜:……はずだった
:
0:
0:
:
:
0:間
:
:
三桜:あれ以来、大学で有志と顔を合わせることはなかった
三桜:授業がかぶらないのか、それとも避(さ)けているのか
三桜:どうせ後者だろう。あんな現場を見られたのだ
三桜:いくら好きだと言ったって、理想から逸脱すれば熱も冷める
:
有志:『必ず買いに行くから、待ってて』
:
三桜:……あんな言葉、真に受けるわけないだろ
:
0:
:
三桜:有志と再び会ったのは、とある休日のことだった
:
0:街中
0:ティッシュ配りをしている有志
:
有志:「よろしければ、もらってくださーい!」
:
0:気づかずに横切ろうとする三桜
:
有志:「よろしければ、もらって……、あ、三桜」
:
0:気づいて立ち止まる三桜
:
三桜:「……有志」
有志:「はい。よかったらティッシュ、もらってよ」
三桜:「……ん(受け取る)」
有志:「ありがと。配り終わるまで帰れなくてさ」
三桜:「……やけに普通に話しかけてくるんだな」
有志:「ん? なにが?」
三桜:「てっきり、もう俺には関わらないんだと思ってた」
有志:「そんなわけないじゃん! ……ねぇ。まだ、あれやってるの?」
三桜:「うん、って言ったら?」
有志:「……そっか」
三桜:「それじゃ、俺、もう行くから」
有志:「うん。またね」
:
0:有志と別れる三桜
:
有志:「よかったら、もらってください! よかったら、もらっ、て……」
:
0:倒れる有志
:
三桜:「っ!? 有志!!」
:
0:気づいて振り返り、駆け寄る三桜
:
三桜:「有志、有志! しっかりしろ! ……だめだ、返事がない」
三桜:「(スマフォを取り出して電話を掛ける)
三桜: ……もしもし! 救急車をお願いします! 友達が急に倒れて……! 場所は――」
:
:
0:間
:
:
0:病院
0:ベッドに眠る有志と近くの椅子に座っている三桜
:
有志:「……んん(目を覚ます)」
三桜:「……起きた」
有志:「あれ……。ここは……」
三桜:「病院。過労だってさ」
有志:「……。そっか……。僕、倒れて……」
三桜:「今、点滴打ってるから。明日には帰れるらしいよ」
有志:「あっ……! バイト!」
三桜:「有志が寝てる間にひっきりなしに電話かかってきたから対応しといた。全部、無断欠勤扱いでクビだってさ」
有志:「えっ! ……いや、それもそうか」
三桜:「……バイト。あんなにたくさん掛け持ちしてたんだね」
有志:「……うん。一日でも早く、百万稼ぎたくて」
三桜:「は?」
有志:「いつものバイトが休みの日に、日雇いのバイトをできるだけ詰め込んでみたんだけど……倒れちゃうなんて、だめだね」
三桜:「……バカじゃないの。そんな大金、大学生が稼げるわけないじゃん! こんなぶっ倒れるまで無理して……ほんと、バカなの!?」
有志:「そうでもしないと三桜のこと買えないじゃん!」
三桜:「なんで、そこまで」
有志:「僕が三桜を買えば……もう、あんなことしないでくれるでしょ?」
三桜:「……」
有志:「あぁ、でも……クビかぁ。ふりだしに戻っちゃったなぁ」
三桜:「……でも、……けど」
有志:「(気づいていない)
有志: いっそ、今のバイトの時間をもっと増やそうかな……?」
三桜:「後払いでもいいけど」
有志:「え?」
三桜:「百万。……後払いでもいいから、買われてやるって言ってんの」
有志:「……え? ……えぇぇ!?」
三桜:「だって、このままじゃ有志また無理するんでしょ!? 俺のために倒れるとか、胸糞悪いし」
有志:「本当に……? 本当に本当!? もう援助交際、しない?」
三桜:「信用できないなら、監視でもする?」
有志:「(食い気味に)
有志: 一緒に住んでいいってこと!?」
三桜:「近い近い! 同棲っていうか、お互いの家に交互に泊まりに行くって感じになると思うけど」
有志:「うん……! うん!」
三桜:「……なに嬉しそうにしてんの。明日になったら迎えに来るから、安静にしとくんだよ!」
有志:「うん! 待ってる!」
:
:
0:
0:
:
三桜:『初めて』の相手は義兄(あに)――母親の再婚相手が連れてきた子どもだった
三桜:それは「愛される」とは程遠い行為で
三桜:貪るように抱かれた身体と欲にまみれた視線を通して聞こえた言葉に、ただただ震えていた
三桜:
三桜:『お前に愛される資格はない』
三桜:『お前なんか、せいぜい性欲処理の道具でしか価値はない』
三桜:
三桜:愛されるように振る舞ってきたのに
三桜:それを否定されてしまったら……俺の存在意義は?
三桜:
三桜:生きている価値は?
三桜:
:
0:
:
三桜:すがるように、かりそめの愛を求めた
三桜:セフレ。ナンパ。ワンナイトラブ
三桜:きっかけも関係性もどうでもいい
:
0:
:
三桜:誰か、誰か
三桜:俺に、価値をください
三桜:愛されていいんだと、生きていていいんだと
三桜:ここに居ていいんだと――そんな確証をください
:
0:
0:
:
:
:
0:間
:
:
0:朝
0:病院から出てくる有志と三桜
:
有志:「迎えに来てくれてありがとうね、三桜」
三桜:「別に。俺にも有志を監視する義務があるし」
有志:「ん? どういうこと?」
三桜:「放っておいたら、また無理なバイトの入れ方しかねないでしょ」
有志:「うぅ……。でも、心配してくれるあたり、やっぱり優しい」
三桜:「だから! 俺が原因で倒れられるのが胸糞悪いだけだってば!」
有志:「そっか、そっか」
三桜:「ほら、早く有志の家、連れてって!」
有志:「はぁい」
:
:
:
0:有志の家
:
有志:「ただいま」
三桜:「……誰もいなくても言うんだ」
有志:「なんか、癖で……。三桜も早く上がりなよ」
三桜:「うん。……お邪魔します」
有志:「はぁい」
:
0:部屋に上がる三桜
0:ベッドに腰掛ける有志
:
三桜:「……で? どうするの?」
:
0:有志の隣に腰掛ける三桜
:
三桜:「すぐに抱かれてあげてもいいけど?」
有志:「え」
三桜:「一生分買うってさ、そういうことでしょ? 俺のこと好きだって言ってたもんね?」
:
0:有志の耳元に口を寄せる三桜
:
三桜:「(ささやく)
三桜: 今すぐ抱きたくて仕方ないんじゃないの……?」
有志:「あ、そういうのいらない」
三桜:「……え? は?」
:
0:三桜を押しのける有志
:
有志:「だって三桜、僕のこと好きなわけじゃないでしょ? そういうのって、お互いが好きになってからじゃないと意味ないじゃん」
三桜:「……なんだよ、それ」
有志:「そんなことより、マリカやろ、マリカ!」
三桜:「……はぁ」
:
0:ベッドから降りて準備をする
:
有志:「はい、コントローラー。あ。念のため言っておくけど、わざと負けるとかはなしだからね!」
三桜:「……わかった」
:
0:数分後
:
三桜:「だぁぁっ! 絶妙なところにバナナ置きやがって! ……あぁぁぁ! また落ちたぁ! くそぅ!」
有志:「……三桜?」
三桜:「ちょ、今話しかけてくんなってあぁぁぁぁ赤コウラうぜえぇぇぇぇ!」
有志:「一応訊くけど……それって、わざとじゃ」
三桜:「ねぇよ! 難しすぎるんだよ、このコース!」
有志:「コンピューターも強いしね」
三桜:「そういうお前はずいぶん余裕そうだな?」
有志:「僕はよくやってるからね」
三桜:「おっ。よっしゃ!! とげコウラ、ゲットォ!」
有志:「わぁ。僕、ピンチ……」
:
三桜:「だあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
有志:「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
:
三桜:「なんでだよぉぉぉ! このタイミングで雷って!!」
有志:「あっはははははは! ゴール前で雷はずるいって! はははっ!」
三桜:「あぁぁ……、結局びりだぁ……」
有志:「僕も、最後の最後で越されちゃった」
三桜:「それでも三位じゃんよ」
有志:「次はもう少し簡単なコースにする?」
三桜:「その前に、ちょっと休憩したい。酔ってきた……」
有志:「おっけー。……ふふっ」
三桜:「なんだよ?」
有志:「意外だったなぁって」
三桜:「ゲームが下手なことが?」
有志:「それもあるけど。そんな口調で話したりするんだなって」
三桜:「あ……」
有志:「『お前』って呼ばれたのも、初めて」
三桜:「……それは、ごめん」
有志:「なんで謝るの?」
三桜:「え……。いやだったんじゃ……」
有志:「ううん。むしろ嬉しかったよ。僕の知らなかった三桜が見れたみたいで」
三桜:「……は?」
有志:「いつもそうしていればいいのに」
三桜:「……こんな俺、誰も求めないよ」
有志:「そうなの?」
三桜:「そうなの。みんな、大人しくて従順で可愛い俺を求めてんの」
有志:「僕はさっきの三桜の方がいいけどなぁ」
三桜:「……本気で言ってる?」
有志:「うん」
三桜:「有志は『大人しくて従順で可愛い俺』を好きになったんじゃないの?」
有志:「『優しくて誰にでも分け隔てなく接してくれる三桜』を好きになったよ。でも、さっきのゲームしてる三桜を見て、可愛いなって思ったんだ」
三桜:「かわ……? さっきの俺が?」
有志:「うん。取り繕っている三桜より、本気になってムキになって、くだけた口調で話している三桜の方が僕は好きだな」
三桜:「……別に、お前に好かれなくてもいいし」
有志:「はっ! ぼ、僕、ナチュラルに『好き』とか言っちゃった! なんか恥ずかしい……」
三桜:「いや、どうでもいいわ」
:
0:有志のスマフォが鳴る
:
有志:「あ、電話。ちょっとごめん」
有志:「(電話を取って)
有志: もしもし。お疲れ様です。……はい、はい。……あぁー、わかりました。すぐに行きます」
:
0:有志、電話を切る
:
有志:「ごめん、三桜。急にバイト入っちゃった。帰るのは夜中になるかも」
三桜:「そっか」
有志:「あ、ご飯とか買いに行くでしょ? これ、鍵」
三桜:「……(受け取る)」
有志:「それじゃ、行ってきます!」
三桜:「いってらっしゃい」
:
0:有志、部屋を出ていく
:
三桜:「……何のためらいもなく鍵、置いていくんだな。お前がいない間に隠れて金稼ぎに行くかもとか考えないのかよ」
:
有志:『さっきのゲームしてる三桜を見て、可愛いなって思ったんだ』
:
三桜:「……っ」
:
有志:『取り繕っている三桜より、本気になってムキになって、くだけた口調で話している三桜の方が僕は好きだな』
:
三桜:「……んなこと、初めて言われた」
三桜:「……合鍵、作らせてもらうか」
:
0:少し間
:
三桜:「ふぅ……。課題はこれで終わりっと。さすがに腹減ったな。何か作るか」
三桜:「冷蔵庫、勝手に開けるぞ有志……うわ、何も入ってないじゃん。あー、そういえば買い物行く前提で鍵置いて行ったんだもんな。仕方ない、夕飯の材料でも買いに……」
:
有志:『帰るのは夜中になるかも』
:
三桜:「……ついでに、あいつの夜食も作るか」
:
0:少し間
:
有志:「ただいま」
三桜:「おかえり」
有志:「はっ!! 『ただいま』って言って『おかえり』が返ってくる……。しかも三桜の声で……! 感動……! お客さんに怒鳴られた心の傷が癒えていく……!」
三桜:「めんどくさ」
有志:「あれ? なんかいい匂いがする」
三桜:「あぁ。キッチン、借りた」
有志:「え、わざわざご飯作ったの?」
三桜:「やっぱり自炊はしないタイプだったか……。夜食、作ったけど食べる?」
有志:「え……!?」
三桜:「いらないなら、別にいいけど」
有志:「食べる! 三桜の手料理!」
三桜:「夜食だし、軽いものしか作ってない、ぞ。……温めるから、ちょい待ってな」
有志:「……」
三桜:「……なに」
有志:「なんか……口調、困ってる?」
三桜:「なっ……! 別に困ってない!」
有志:「僕が口調のこと言ったから、どうやって話したらいいかわからなくなった?」
三桜:「だから、困ってねぇっつーの! ……あっ」
有志:「ふふっ。話しやすいように話してくれていいのに」
三桜:「……はい。温まったよ」
有志:「あ、ありがとう! いただきます!」
有志:「(もぐもぐ)……んんっ! 美味しい! 三桜、料理上手いんだね!」
三桜:「まぁ……小さい頃から一通りの家事は叩き込まれてきたから」
有志:「(もぐもぐ)……んんーっ! ひあわせ……」
三桜:「大げさだなぁ」
有志:「大げさじゃないもん!」
三桜:「成人前の男が『もん』とか言わないで」
有志:「はぁい。……ごちそうさまでした」
三桜:「おそまつさまでした」
有志:「いえいえ、ごちそうさまでした! ふわぁ……。眠くなってきた」
三桜:「はみがき、ちゃんとしなよ」
有志:「はぁい」
:
0:少し間
:
有志:「それじゃ、そろそろ寝ようか。僕は床で寝るから、三桜はベッド使ってよ」
三桜:「え、なんで。普通、逆でしょ」
有志:「え? そう?」
三桜:「それとも……一緒に寝てくれるの?」
有志:「あ! いいね、それ!」
:
0:一緒のベッドに入る
:
有志:「おやすみぃ」
三桜:「あれ、もう寝るの? ……夜はまだこれからだよ?」
有志:「(寝息を立てる)」
三桜:「早っ! ……まぁ、さっきまでバイトしてたんだもんな」
:
0:寝顔を見つめる三桜
:
有志:「(寝息を立てる)」
三桜:「……本当に、俺のこと抱く気ないんだな」
有志:「んぅ……。むにゃむにゃ」
三桜:「……おやすみ。有志」
:
:
:
0:
0:
:
:
三桜:一夜限りの関係を繰り返した
三桜:そのうちにわかった――愛されるのなんて簡単だ
三桜:可愛い声で喘いで、みだらに身体をくねらせれば
三桜:口先だけの愛の言葉に喜んで、嬉しそうに微笑めば
三桜:それだけで「愛して」もらえる
三桜:そこに気持ちが伴っているか否かはどうでもいい
三桜:
三桜:援助交際に手を出すようになるのに時間はかからなかった
三桜:かつて否定された俺自身の価値が金銭として可視化されるのは快感だった
三桜:
三桜:そうやって、自分を殺して、偽って
三桜:人生をかけて「愛され方」を知ったのだ
三桜:
三桜:……なのに
:
:
有志:『そういうのって、お互いが好きになってからじゃないと意味ないじゃん』
有志:『取り繕っている三桜より、本気になってムキになって、くだけた口調で話している三桜の方が僕は好きだな』
有志:『話しやすいように話してくれていいのに』
:
:
三桜:……調子、狂うっつーの
:
:
0:
0:
:
:
:
0:間
:
:
0:ある日の朝
0:有志の家にて
:
有志:「んぅ……」
三桜:「有志! 朝だよ」
有志:「んんー。……すー、すー」
三桜:「二度寝すんな! 起きろ!」
有志:「ふぇっ!? ……ふわぁ。おはよう、三桜」
三桜:「おはよ。朝ごはん、できてるぞ」
有志:「わぁい!」
三桜:「今日は一限からだろ。早く食べろ」
有志:「はぁい。いただきます。……ふふっ」
三桜:「なんだよ?」
有志:「だいぶ肩の力、抜けてきたなぁって」
三桜:「……なんだ、そりゃ」
有志:「僕の前でだけでも『素の三桜』で居られるように、これからも頑張るからね!」
三桜:「……っ。バカなこと言ってねぇで、早く食え! 遅刻するぞ!」
有志:「あっ! そうだった!(急いでもぐもぐ)」
三桜:「ったく……」
有志:「あれ? そういえば、三桜は?」
三桜:「今日は二限から」
有志:「いいなぁ……」
三桜:「そういや有志、今日は五限終わりだったよな?」
有志:「うん。そのままバイト行ってくる」
三桜:「それじゃ、先に俺んちで待ってるから」
有志:「うん! (もぐもぐ)……ごちそうさま!」
三桜:「おそまつさん」
:
0:少し間
:
有志:「それじゃ、いってきます!」
三桜:「おう。いってらっしゃい」
0:
三桜:「……この生活にも、だいぶ慣れてきたな。なんか、すごく変な感じ。一緒に住んでて、同じベッドで寝てるのに……一回も抱かれたことないなんて」
三桜:「あ、そういや……今日の夜食は何にしようかな。あいつ、なに作っても喜んでくれるからなぁ。逆になに作っていいかわかんねぇや……ふふっ」
三桜:「(つぶやくように)
三桜: こんな日々が、ずっと続けばいいな」
三桜:「……って、なに言ってんだ、俺! さて、学校行く準備、しないとな!!」
:
:
0:間
:
:
0:夕方
0:三桜の家
:
三桜:「ただいま……って、誰もいないのに。有志がうつったかな」
三桜:「どうせ、帰ってくるのは夜中だろ……それまで課題でもしとくか」
:
0:少し間
:
0:夜
0:呼び鈴が鳴る
:
三桜:「ん? 有志? 帰ってくるにはまだ早いはずだけど……」
:
0:ドアを開ける
:
三桜:「……っ! 義兄(にい)さん……」
:
0:部屋の中に押し入る義兄
:
三桜:「ここの住所、家族には教えてないんだけど。なに? わざわざ特定してきたの?」
三桜:「……それで、何の用?」
:
0:義兄、三桜をベッドに押し倒す
:
三桜:「うわっ……! ……なに。……え? ヤらせろって? それだけのために住所調べたんだ? 性欲処理の相手、僕以外に見つからなかった?」
三桜:
三桜:
三桜:昔から、そうだった
三桜:この人には何度も何度も抱かれて……何度も『性欲処理』に付き合ってきた
三桜:いつものことだ
三桜:たったひととき、身を委ねていればいい
三桜:
三桜:
:
0:義兄の手が三桜のシャツの下を這う
:
三桜:「……っっ!」
三桜:
三桜:手が肌を這う感覚が気持ち悪かろうと、知ったことじゃない
三桜:いつもみたいに『傀儡(にんぎょう)』でいればいい
三桜:ずっと、そうしてきたじゃないか
:
有志:『三桜』
:
三桜:「――っ!!」
:
0:抵抗を始める三桜
:
三桜:「いやだ! いやだ、離せ!! 触るな!」
:
0:義兄、三桜のみぞおちを殴る
:
三桜:「がはっ……! ごほっ、ごほっ……」
三桜:「……っ、うわああぁぁぁぁ!」
:
0:三桜、義兄を突き飛ばす
0:スマフォだけ持ってトイレに鍵をかけて引きこもる
:
三桜:「有志……、有志……!」
:
0:有志に電話をかける
0:絶えずドアを叩く音が聞こえる
:
有志:『もしもし』
三桜:「……っ! ……ゆう、し」
有志:『……三桜?』
三桜:「有志……っ。有志、有志っ……!」
有志:『何かあった? なんか、ドンドンって聞こえるけど』
三桜:「たす、けて……。助けてぇ……!」
有志:『……今、家?』
三桜:「……うん」
有志:『電話、いったん切るよ。すぐに行くから、待っててね!』
:
0:電話が切れる
:
三桜:「……(軽く鼻をすする)」
:
0:義兄、ドアノブをがちゃがちゃし始める
:
三桜:「っ! ……有志ぃ」
:
0:
:
三桜:ドアを叩く音と、カギをこじ開けようとする音がしばらく続いた
三桜:耳をふさいで耐え、どれくらい時間が経っただろう
三桜:ふいに、音が止んだ
:
0:優しくノックされる
:
有志:「三桜」
三桜:「っ! ……ゆうし?」
有志:「もう大丈夫だよ。出ておいで」
:
三桜:おそるおそるドアを開けると目の前には有志がいて、義兄は警察に取り押さえられていた
:
有志:「三桜、大丈夫? 怪我はない?」
三桜:「……有志。……ゆうし」
:
0:有志、三桜を優しく抱きしめる
:
有志:「怖かったね。……もう、大丈夫だよ」
三桜:「ううぅっ……。うわあぁぁぁぁ!(号泣)」
:
:
0:間
:
:
0:警察が義兄を連行した後
0:ベッドに腰を掛ける有志と三桜
0:お互い、手を握り合っている
:
有志:「落ち着いた?」
三桜:「……うん」
有志:「おなか以外、どこも殴られてない?」
三桜:「……うん」
有志:「そっか」
三桜:「……ごめん。バイト中に電話かけて」
有志:「そこは謝るところじゃないよ。三桜の一大事だもん。バイトなんて抜け出すに決まってる。むしろ、助けを求めてくれてありがとね」
:
0:しばらく沈黙
:
三桜:「……あいつさ。母親の再婚相手の連れ子なんだ」
有志:「……うん」
三桜:「高校生のとき……あいつに、……無理やり、されてさ」
有志:「……っ!」
三桜:「『お前に愛される価値はない』って言われてるみたいで、怖かったんだ。だから……、だから、俺……」
:
0:有志、三桜を抱きしめる
:
有志:「ゆっくりでいいよ」
三桜:「……っ」
有志:「無理に笑おうとしなくていいから」
三桜:「……愛されてるって、証明が欲しかったんだ」
有志:「うん」
三桜:「だから、愛されるように振る舞ってきたんだ……。だけど……」
有志:「……うん」
三桜:「さっき、あいつに『ヤらせろ』って言われて……身体、触られて……気持ち悪いって思ったんだ。今さら、おかしいよな。でも……。すごく、いやだった。怖くて、怖くて……」
有志:「三桜……」
三桜:「真っ先に有志の顔が浮かんで……。有志の声、聴いたら安心したんだ」
有志:「……それは、嬉しいな」
三桜:「どうしてくれるんだよ……! 有志じゃないと、だめになったじゃん……!」
有志:「それでいいじゃん」
三桜:「え……?」
有志:「きっと三桜の欲しかったものは、お義兄(にい)さんやそこら辺の男には与えられないものだったんだよ」
有志:「その人たちがどういう気持ちで接していたかは知らない。……でも、少なくとも僕は」
有志:
有志:「三桜のこと、心から愛してる」
:
三桜:「っ!」
有志:「どんな三桜も……大好きだよ」
三桜:「……そういうこと、さらっと言うなよな」
有志:「だって、本当のことだもん」
三桜:「……あっそ」
有志:「だから、三桜に好きになってもらえるように頑張るね、僕!」
三桜:「……この流れで、なんでわかんないかなぁ」
有志:「え?」
三桜:「『有志じゃないとだめだ』って、さっき言ったじゃん!」
有志:「うん、そうだね。……ん? え?」
三桜:「~~~っ!! あぁもう、この鈍感! 俺も好きだって言ってんだよ!」
有志:「あ、そうなんだ! 嬉しいな!」
有志:「……って、えええええぇぇぇぇぇ!?」
三桜:「なんだよ!」
有志:「だって……、両想いなんてなったことないから嬉しくて!」
三桜:「……ふん」
有志:「あれっ? そうなると、百万円の件はどうしたらいいんだろう?」
三桜:「は? まだそんなこと真に受けてたわけ?」
有志:「え?」
三桜:「もともと、そんなもんいらねぇよ」
有志:「えぇー! 無理のない範囲でバイト頑張ってたのにぃ」
三桜:「じゃあ、それは……」
有志:「僕たちの将来のために貯めとくね!」
三桜:「なっ!! だから、そういうことさらっと言うなって!!」
:
0:間
:
0:就寝前
0:同じベッドに入るふたり
:
有志:「それじゃ、おやすみ」
三桜:「……おやすみ」
有志:「……」
三桜:「……」
有志:「……ねぇ、三桜」
三桜:「……なに」
有志:「ぎゅーって、していいかな?」
三桜:「……わざわざ訊くとか、マジで野暮」
有志:「ごめん……」
三桜:「……ん」
:
0:三桜、有志の方に寝返りを打つ
:
有志:「……ありがと」
:
0:有志、三桜を抱きしめる
:
有志:「えへへ。あったかい」
三桜:「……あつい」
有志:「(軽くリップ音)」
三桜:「んっ!? な、なんだよ、いきなり!」
有志:「え、だって……訊くなって言うから」
三桜:「そうだけどさ……」
有志:「いやだった?」
三桜:「……ううん」
有志:「よかった。……(長めにリップ音)」
三桜:「(相手に合わせて反応してください)」
有志:「……三桜」
:
0:有志、三桜の上にまたがる
:
有志:「抱いても、いいかな?」
三桜:「……だから、いちいち訊くなって」
有志:「……ふふっ。ごめん」
有志:「(リップ音。首筋とかその辺りにキスしているイメージで)」
三桜:「んっっ。んはぁ……っ」
:
0:有志の手が三桜の服の下を這う
:
三桜:「あぁっ……! ちょっと、まって……」
有志:「ん? どうしたの?」
三桜:「はぁっ、はぁっ……。いや、なんか……、変」
有志:「……いやだった?」
三桜:「いやじゃ、ないけど……」
有志:「……さわって、いい?」
三桜:「……うん」
有志:「(リップ音。身体にキスしながら愛撫しているイメージで)」
三桜:「んぁっ……、あっ、あぁぁっ……」
三桜:「(おかしい……っ。今まで、こんなに感じたこと、ないのに……!)」
有志:「……」
三桜:「やっ……! おま……、どこ、さわって……」
:
有志:考えたくないのに、考えてしまう
有志:何人の男が、この可愛い表情(かお)を見てきたんだろう
有志:あぁ、いやだ……
:
三桜:「まっ、て、そこは……ああぁっ!」
:
有志:三桜の過去は、どうやったって変えられない
有志:だったら、せめて今だけは
:
三桜:「ふーっ……、ふーっ……」
有志:「三桜……。もう、いいかな?」
三桜:「えっ……」
有志:「だめ?」
三桜:「だめじゃ、ないけど……、でも……」
有志:「ん?」
三桜:「……こわい。おかしくなりそうで」
有志:「なっちゃいなよ」
三桜:「え……?」
:
0:三桜の手を握る有志
:
有志:「僕がそばにいるから、どうなっても大丈夫。壊れて、おかしくなって――僕だけ見て。僕のことだけ考えて」
三桜:「……っ」
有志:「……ね? ……っっ」
三桜:「んあぁっ!」
:
有志:僕だけを、見ていればいい
有志:僕のことだけを、考えればいい
:
三桜:「あっ……、はぁっ……。ゆう、し……」
有志:「っ、はぁっ……、はぁっ……!」
三桜:「あっ……! そん、なっ……、はげしっ、あぁぁっ!」
有志:「っ、ふぅっ……、んっ……」
:
三桜:知らない、知らない……!
三桜:こんなに気持ちよかったことなんて
三桜:今までなかったのに――
:
有志:「三桜。……っ」
三桜:「や、ああぁっ!」
有志:「余計なこと、考えないで」
三桜:「あぁっ……、んぁぁっ!」
有志:「……三桜、……っ、ごめ……、もう、限界……」
三桜:「ちょ、ま」
有志:「……ふぅっ、……あぁっ!」
三桜:「あぁぁっ!」
:
有志:甘く火照って、黒く渦巻く
:
三桜:溶けて、蕩(とろ)けて、堕ちていく
:
有志:「はぁ、はぁ……」
三桜:「はぁっ……、はぁっ……」
有志:「……三桜。もう一回、いい?」
三桜:「は……? え、ちょ、ふざけん……んぁぁっ!」
:
有志:暑く、熱く、はげしく
有志:眠れぬ夜は更けていく
:
:
0:間
:
:
0:朝
:
三桜:「んん……」
有志:「んぅー……。……ふわぁ」
有志:「……ふふっ。三桜が僕より寝てるの、珍しいな」
三桜:「……ん」
有志:「おはよう」
三桜:「……おはよ。……ねみぃ」
有志:「よく寝てたね」
三桜:「誰のせいだよ……。あー……ケツ痛ぇ……」
有志:「ごめんね、無理させちゃって」
三桜:「ほんとだよ! 気絶するまでされるとは思ってなかったっての、この絶倫チワワ!」
有志:「チワワ?」
三桜:「気にするところ、そこじゃねぇ!」
有志:「ごめん」
三桜:「ったく……」
有志:「ねぇ、三桜」
三桜:「なに」
有志:「どれだけ時間がかかっても、塗り替えるからね」
三桜:「……」
有志:「過去を思い出さなくてもいいように。僕だけを、見ていられるように」
三桜:「有志ってもしかして、けっこう独占欲強い?」
有志:「かもね」
三桜:「(ため息)……もうとっくにお前しか見えねぇっつーの」
有志:「……え?」
三桜:「なんでもねぇよ!」
:
:
0:
:
三桜:愛され方を知っている――はずだった
三桜:でも、多分もう必要ない
三桜:本当に欲しかったものは、有志がくれたから
: