台本概要
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タイトル | 今宵も頁を紐解いて_No.06 小泉八雲「茶碗の中」より |
---|---|
作者名 | ラーク (@atog_field) |
ジャンル | コメディ |
演者人数 | 4人用台本(男2、女2) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
謎の洋館を訪れる文学部生の話。
27 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ハリマ | 男 | 86 | ハリマユウイチ。二十歳。陽明館大学二年。男性。 一人称は「僕」。 子どもの頃、ホラー番組を見てトイレに行けなくなり、おねしょをしたことがある。 |
イズモ | 女 | 38 | 二十代。古本屋「夜見書堂」店主。女性。 一人称は「あたし」。 好きな落語は「もう半分」。カイが小学生の頃実演してみせたら大泣きされた。 |
ヒュウガ | 男 | 67 | ヒュウガカイ。二十一歳。陽明館大学二年。男性。 一人称は「俺」。 実はお化け屋敷巡りが趣味。高校時代、デートの度に彼女をお化け屋敷に連れて行ったらフラれた。 |
スオウ | 女 | 83 | スオウキキョウ。二十歳。陽明館大学二年。女性。 一人称は「私」。 中学時代、こっくりさんの原理がわからず自力で動かした結果、自分の学校だけ「チーターさん」という名前で流行った。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
スオウ:やったよ~~~~ハリハリ~~~~~!
ハリマ:ん。スオウ。どうしたの、喜んでるのか泣いてるのかよくわかんない顔して。
スオウ:やったんだよ~~~~ハリハリ~~~~!
ハリマ:やった……?
スオウ:そう、やったの。
ハリマ:スオウ……確かに、いつかやるとは思ってたけど。とうとう、やっちゃったんだね……被害者は誰? ヒュウガ?
スオウ:え、被害者?
ハリマ:僕が付いて行ってあげるから、ちゃんと自首しよう? 今の日本じゃ、逃げ切れないよ。
スオウ:え? え? 何の話?
ハリマ:何の話って、やっちゃったって人を殺しちゃったんじゃないの?
スオウ:違うよ! そんなわけないでしょ!
ハリマ:何だ、これまでやろうやろうと思っていた念願を果たせたけど自分の手を汚してしまったから喜んでいるのか泣いてるのかよくわからない顔してたんじゃないのか。
スオウ:ハリハリは私のことなんだと思ってるの?
ハリマ:明朗快活でちょっと騒がしい同級生。
スオウ:三十点。っていうか、今の印象から人殺しに結び付くのよくわかんないんだけど!
ハリマ:人は見かけによらないってよく言うから……いつも明るく振舞っているスオウでも、心に闇を飼ってるのかなあと。
スオウ:そんなわけないでしょ! 私の心の中は歌舞伎町もびっくりなほど眠らない町だからね! 夜でもピカピカだよ!
ハリマ:それはどうかと思うけど……さすがに夜は消灯しようよ。んで、話戻すけど何だったの? 「やった」って。
スオウ:あ、そうそう! やったんだよハリハリ!
ハリマ:スオウ、この話を前に進ませるつもりある? とりあえずその「やった」の内容を教えてよ。
スオウ:ごめんごめん。あのね、三回目にして、とうとう日本儒学史の確認テストを及第できました!
ハリマ:……あ、ああ。おめでとう。
スオウ:ありがと~~~~! 無事レポートなし! これで締め切りに追われない素敵な週末を過ごせるよ!
ハリマ:よ、よかったね。今まで二回レポート対象者になっちゃったんだよね。
スオウ:そうなんだよ~! 今回はばっちしヤマが当たったんだ~。
ハリマ:ヤマとかじゃなくて、もうちょっとちゃんと勉強したらいいんじゃ……
ヒュウガ:ヤマとかじゃなくて、もうちょっとちゃんと勉強したらいいんじゃ……
ハリマ:スオウが日本儒学史のレポート対象者から外れたっていう歓喜の速報を聞いてたよ。
ヒュウガ:ん。つっても今回は全員及第だったからなあ。
スオウ:ちょっとヒュウガ。人の喜びに水を差すようなこと、言わないで!
ヒュウガ:だいたいちゃんと前回の授業の内容おさらいしときゃ、なんてこたないんだよ。何でお前「孔子」も答えられないんだ?
スオウ:それはちゃんと答えたよ! でもひらがなで「こーし」って書いたらなぜかバツされたの!
ハリマ:それは普通にバツじゃないかな……スオウもまともに答える気ある? それ。
スオウ:ぎくっ。……そ、それは……
ハリマ:自分の口で「ぎくっ」とか言う人、初めて見た。
ヒュウガ:スオウは自分の興味が薄い分野へのモチベーションが低すぎるんだよ。そんなんじゃ、ゼミ振り分けの時希望のゼミに入れないかもしれないぞ。定数超過したときは成績順で振り分けられるらしいからな。
スオウ:えっ、何それ聞いてない! 結局頭がいい人が得をするの? 二人ともそんな世の中でいいのか!
ハリマ:いいよ。
ヒュウガ:いいな。
スオウ:うっ……偏差値の暴力めえ。
ハリマ:偏差値とかそんな関係ないような。
ヒュウガ:大学の成績なんてまともに受講してりゃそんな悪くならないんだから、頭がいい悪いもあんまり関係ないと思うけどな。日本儒学史とかまさにそうだろ。
スオウ:何だよお。ヒュウガだって講義結構さぼってるじゃんかー!
ヒュウガ:俺はその辺しっかり計算してるからいいんだよ。おかげでだいたい優判定取れてる。
スオウ:ぐぬぬ……そんなので勝ったと思うなよお。
ハリマ:というか、そんな調子で単位は大丈夫なの? ゼミの振り分け以前に三年生に上がれなかったら元も子もないと思うけど。
スオウ:それは大丈夫! ……だと思う。今期の授業がだいたい取れたら。
ハリマ:パンキョ(一般教養)は?
スオウ:必要数は取ってる!
ハリマ:外国語は?
スオウ:英語でしょ? ちゃんと取ってるよ! 英語はそんなに苦手じゃないからね!
ハリマ:あれ、第二――
ヒュウガ:(遮るように、小声で)おい、ハリマ。面白そうだしそのままにしとこうぜ。
ハリマ:(小声)え、でも。
ヒュウガ:(小声)うちの教務だって馬鹿じゃない、卒業までには足りてないのを教えてくれるだろ。
スオウ:何だよー! 突然こそこそしだして!
ヒュウガ:いや、外国語は三年進級時の必須単位には含まれないよなって確認してたんだ。
スオウ:ふーん? ほんとに? ハリハリ。ハリマ
ハリマ:う、うん。そうそう。忘れてたよ~。
ヒュウガ: だから、外国語は卒業するまでに取れてりゃ問題ないはずだ。
スオウ:ふーん。でも、ちゃんと英語は取れてるからそのあたりは心配ないよー。どうだヒュウガまいったか!
ヒュウガ:おう、参った参った。
スオウ:へへーん。……あれ、そういやヒュウガ、私たちのこと探してたんじゃないの?
ヒュウガ:ん。ああ、そうだ。スオウの馬鹿話に突き合わされてすっかり忘れてた。
スオウ:何だとー! 馬鹿って言ったな?
ヒュウガ:すまんすまん。
スオウ:よかろう! 今日は許して進ぜよう。なんてったってヒュウガに一泡吹かせてあげたんだからな!
ヒュウガ:一泡吹いた覚えはないけどな。
ハリマ:不憫だ……
ヒュウガ:で、だ。姉貴からメッセージが来たんだよ。
スオウ:え、何、ヒュウガってお姉さんいんの?
ハリマ:うん、イズモさんだよ。
スオウ:へー。ヒュウガのお姉さんってイズモさんって言うん……え?
ハリマ:だからイズモさん。
ヒュウガ:夜見書堂、最近スオウもよく行くんだろ? あそこでいけ好かない店主やってんのが、うちの姉。
スオウ:……ワッツ、ハッペン?
ヒュウガ:およそ英語が得意な人とは思えない発音だな。
ハリマ:ぷっ……ヒュウガ、さすがにそれは失礼だよ。またスオウに怒られるよ?
スオウ:ホワーイ……? ドンチューノウ?
ヒュウガ:たぶんだいじょうぶだ。どうやら俺の姉の情報が処理しきれず脳みそがオーバーフローしてるらしい。
ハリマ:あー、確かに。これ今「応答なし」ってなってるね。
スオウ:ど、どどどどういうこと? え、イズモさんが、ヒュウガの、お姉さん?
ハリマ:お、動き出した。
ヒュウガ:そうそう。あれ、うちの愚姉なんだ。
スオウ:ぐしっ!?
ヒュウガ:オノマトペみたいに言うな。
スオウ:えええええええええ! それ本当なの? 私何っにも聞いてないんだけど!
ヒュウガ:今言った。
スオウ:どゆこと? ハリハリは知ってたの?
ハリマ:うん、僕もこないだ初めて知ったんだけど。
スオウ:何で教えてくれなかったのさー! この裏切り者お!
ハリマ:ごめんって。忘れてたんだよ。
ヒュウガ:少しは落ち着いたか?
スオウ:まだびっくりしてるけどねー。いやー今世紀最大の驚きだよー。
ハリマ:今世紀まだ四分の一も終わってないのに、最大の驚き出しちゃって大丈夫?
ヒュウガ:大丈夫だ。どーせ来年になったら「今世紀最大とも思われた昨年に匹敵する大きな驚き」とか言い出すだろ。
スオウ:そんなボジョレー・ヌ―ヴォの煽りみたいな言い方やめてよ! それだけ驚いたってことなんだから!
ハリマ:まあ僕も、当時の状況が状況だけに余裕があんまりなかったからアレだったけど、今のスオウの立場だったら確かにかなり驚いただろうね。
スオウ:え、アレってなにー?
ヒュウガ:おい、ハリマ。余計なこと言うなよ。
ハリマ:う、うん。
スオウ:二人とも隠し事はよくないぞー! もしかして、ヒュウガの弱みとか?
ハリマ:あながち間違いではないかも――
ヒュウガ:(遮って)話。進めるぞ。姉貴からメッセージが来て。……こりゃ見せたほうが早そうだな。ほら。
ハリマ:イズモさんからのメッセージ……
スオウ:ん、どれどれー?
イズモ(読み上げ):愚弟へ。今日学校が終わったら南山の近くにある洋館に来なさい。ハリマくんとスオウさんも、予定が許せば一緒にお願い。洋館にある面白い「秘密」を教えてあげる。
スオウ:うわ、ヒュウガってイズモさんから愚弟って呼ばれてるの?
ヒュウガ:そこはたぶん、姉貴の冗談みたいなもんだと思うぞ。
ハリマ:南山の洋館に来いって書いてあるね。洋館の秘密……って何だろ。
ヒュウガ:さあなー。姉貴の言うことだからろくなもんじゃなさそうだけど。
スオウ:えー? イズモさんの言う「面白い秘密」ならきっと面白いと思うけどなあ。でも、あの辺って洋館あったっけ?
ヒュウガ:細かい住所はそのあと送られてきてる。俺もあの辺はあんまり行ったことないからな。
ハリマ:このあたりでも外れだからね。特別な用事でもなければ行かないだろうなあ。
ヒュウガ:そう。特別な用事がなけりゃ行かない。で、これがその「特別な用事」ってわけだ。本当に特別かどうかは知らんけど。二人はどうだ、この後予定あるか?
スオウ:私は空いてるよ!
ハリマ:僕も。
ヒュウガ:んじゃ、今から行くとするか。あんまり遅くなって姉貴に怒られても嫌だしな。
0:(南山町・洋館前)
ヒュウガ:着いた。ここだな。思ったより時間がかかっちまった。
ハリマ:もう夕暮れになっちゃったね。
スオウ:如何にもって感じの庭付き洋館だね! 雰囲気あるう。推理小説で殺人事件とか起きそうでわくわくする!
ハリマ:物騒なこと言わないでよ。それでわくわくできるのはスオウだけだから。
スオウ:でも、庭も荒れちゃってるねえ。今は誰も住んでないのかな。
ヒュウガ:どうして姉貴がこんなところに俺たちを呼び出したのかはわかんねえけど。ま、入ってみるしかないな。
ハリマ:門も、如何にもな鉄門だね。ちょっと錆びてるけど。
スオウ:ねえねえハリハリ、あそこの穴、プールの跡かな?
ハリマ:え、どれ? 薄暗くてよく見えない。
スオウ:ほら、あそこ。あの石像みたいなのがあるところ!
ハリマ:ほんとだ。あれ確かにプールっぽいね。
スオウ:家にプールとかすごいねえ。憧れちゃうなあ。
ハリマ:そう? 管理とか大変そうだけどなあ。
ヒュウガ:海外じゃ、あのくらいのプール家にあるのは珍しくないぞ。
スオウ:え、何、ヒュウガって海外行ったことあんの?
ヒュウガ:高校時代アメリカに交換留学してたからな。ホームステイした家にもあった。
スオウ:くううう、ブルジョワジー!
ヒュウガ:留学がブルジョワとか、いつの時代の話だ?
ハリマ:玄関前まで来たけど。中にだれかいるのかな。
スオウ:呼び鈴とかもないね。イズモさんどこだろ。
ヒュウガ:鍵はかかってないみたいだな。
ハリマ:ちょっと、ヒュウガ。誰かいたらどうするんだよ。
ヒュウガ:こんな時間だってのに電気もついてないぞ? なんかあったら姉貴のせいにすりゃいいだろ。
ハリマ:そういう問題なのかな……
スオウ:お、じゃあ中に入っちゃう? なんか探検! って感じでドキドキするねえ。
ハリマ:スオウ、活き活きしてるな。
ヒュウガ:姉貴から返信来ねえし、こんなところで突っ立ってたって仕方ない。入ってみるか。
スオウ:うわ、中は結構暗いね!
ヒュウガ:どこかに電気のスイッチはないか?
ハリマ:あった。……けど、押しても電気つかないよ。
ヒュウガ:マジか。本当にこの洋館何なんだ? 姉貴はこんなところに俺たちを連れてきて何をしようってんだろうな。
スオウ:洋館の秘密ってのも気になるね! 昔ここで殺人事件があって、今でもその被害者の霊が夜な夜なさまよってる……とかだったらどうしよう! ……二人ともぉ、もしそうだったらどうしよう……
ヒュウガ:自分で言って自分で怖がってんなよな。仕方ない。どこかに姉貴がいるかもしれないし、ちょっと手前の部屋から見てみるか。
ハリマ:手前の部屋は何か和室みたいだね。四畳半くらい?
ヒュウガ:洋館なのに一番最初の部屋和室かよ。何だこの部屋。なんもねえな。
ハリマ:古い家だし、今誰も住んでなくて片づけられたのかもね。次の部屋は……リビング? みたいな感じの洋室だね。
ヒュウガ:でっかいダイニングテーブルみたいなの置いてあるし、どっちかっていうとダイニングだろうな。
スオウ:きゃあああああ!!
ハリマ:うわああ! スオウ? 大丈夫?
スオウ:ご、ごめん、チェストの上に人の絵が置いてあって、びっくりしちゃって……
ヒュウガ:びっくりしたのはこっちだよ。ったく、叫ぶんならあらかじめ叫ぶって教えといてくれ。
スオウ:私もそれができるならやってるよ。
ハリマ:でも、この絵ちょっと気味悪いね……体中に字みたいなのが書いてあって。
ヒュウガ:たぶんこれ、耳なし芳一だろ。琵琶も持ってるし。
ハリマ:何で耳なし芳一の絵がこんなところに……
ヒュウガ:それはわからん。だが、薄暗い中で見ると確かにうわってなるな。
ハリマ:よく見たら、絵それだけじゃないね。こっちにも何か飾られてる。
ヒュウガ:こっちは……何だ、ろくろっくび?
スオウ:うううう、首長いよお。
ハリマ:ろくろっくびなんだから首長いのは当たり前だろ?
ヒュウガ:さっきまでの威勢はどこ行ったんだ。
スオウ:こんな状況で虚仮威ししててもしかたないって……
ハリマ:急に言葉の知的レベルが上がってない?
ヒュウガ:ろくろっくびの隣は……武士の絵か?
スオウ:うううう、顔怖いよお。
ヒュウガ:知的レベルが上がった気がしたのは気のせいだったな、ハリマ。
ハリマ:かもね。……この武士、何か壁透けてるように書かれてない?
スオウ:ちょっと、怖がらせようとしてる? 変なこと言わないでよ……
ハリマ:いや、よく見てみなよ。そう描いてあるって。
0:(急に電気が点く)
スオウ:きゃああああああ!! 武士が光ったあああああ!
ヒュウガ:うわ、まぶしっ。
ハリマ:落ち着いてスオウ、光ったのは武士じゃなくて部屋だから。
イズモ:ちょっとあなたたち、何してるの。
スオウ:きゃああああ! 武士がイズモさんの声でしゃべったああああ!!
ハリマ:だから落ち着いてって!
ヒュウガ:姉貴の声だって認識してるあたり、割と冷静なんじゃないかって思うけどな。姉貴、急に話しかけてくるのはないって。
イズモ:あら、ごめんなさい。驚かせちゃった?
ヒュウガ:驚かせちゃった? じゃねえよ……見ろよこのスオウの変わり果てた姿を。
スオウ:あー、武士の幽霊が迎えに来たあ……あははは……
イズモ:大変ね。
ハリマ:三文字五音で片づけられた!?
スオウ:はっ、武士……じゃないイズモさん! うわーんイズモさん、怖かったよお。
イズモ:あらあら。男ども二人が頼りないせいで怖かったわねえ。
ハリマ:……ヒュウガ、これ僕たちのせいにされてない?
ヒュウガ:もう何も言わん。いつものことだ。
で、姉貴。俺たちをこんな気味の悪い絵が飾られた洋館に来させたのは、なんでなんだ?
イズモ:ああ、そうだったわね。何てこたないわよ。ちょっとこの館の片づけを手伝ってもらおうと思って。
ヒュウガ:は!? おい姉貴、そんな話聞いてねーぞ!
イズモ:今言ったわ。
ヒュウガ:ぐ……だから姉貴のこういう話はろくなことにならねえんだよ……
ハリマ:お手伝いするのはともかくとして。説明は欲しいです。この洋館は何なんですか?
イズモ:そうね、その説明をしていなかったわ。この洋館は、あたしの恩師のものなの。
ハリマ:恩師?
イズモ:そう。あたしが学部生時代にお世話になった先生。数か月前に他界されてね。この屋敷も壊すことになったそうなの。それで、最後に蔵書や何かを譲ってもらえることになったのよ。
スオウ:ってことは、大学の先生だった人の家なんですね。どこの大学なんですか?
イズモ:うーん、そうね。アワジタケヒコって名前、聞いたことないかしら?
スオウ:アワジ、タケヒコ……? うーん。聞いたことある? ハリハリ。
ハリマ:何かどっかで聞いたことが……
ヒュウガ:うちの大学の前副学長だよ。
ハリマ:え? あ、そうだ! 入学したときに祝辞読んでた! そっか、確かに数か月前に亡くなったって広報誌に載ってた気がする。
スオウ:ってことは、イズモさんってうちの大学の卒業生?
イズモ:そうよ。言ってなかったかしら?
スオウ:聞いてないですよ! わわ、今世紀一の驚きだ……
ハリマ:ヒュウガ。今世紀一の驚きがたった二時間で更新されたんですが。
ヒュウガ:一日ともたなかったな。ボジョレー・ヌーヴォもびっくりだ。
イズモ:アワジ先生は戦前の散文研究の権威でね。小泉八雲研究を嚆矢として、当時の海外に日本の文化や芸術がどのように紹介され、受容されていったかも研究していた人なの。
ハリマ:へええ、そうなんですね。あれ、ってことはこの部屋に飾ってある絵画って……
イズモ:そう。すべて小泉八雲の作品のシーンを描いたものよ。
スオウ:そうなんですか! でも、耳なし芳一やろくろっくびはわかるんですけど、この武士の絵って何なんですか?
イズモ:ああ、それはね。
ハリマ:「茶碗の中」……じゃないですか?
イズモ:珍しく正解よ。知ってたのね、ハリマくん。
ハリマ:珍しくは余計です。いや、余計じゃないけど……
小泉八雲の作品集が祖父母の家にあって、幼いころ読んだことがあったんです。当時はとても怖かったんですけど、印象的で。
イズモ:そう。いい本があったのね。ハリマくんの言う通り、あの絵は「茶碗の中」という作品のワンシーンよ。とある武家屋敷に、謎の武士の霊が訪れてきたので屋敷の主が斬ろうとするシーン。でも幽霊だから、実態がなくて斬った手ごたえもないし、壁も透過しちゃうのよね。
スオウ:うわ、ほんとにすり抜けてたんだこれ……
ハリマ:印象的って言った手前申し訳ないんですけど、僕この作品の結末覚えてないんですよね。どんな話かは何となく覚えてるんですけど……怖くて忘れちゃったのかな。
イズモ:ふふっ。それなら、あたしの店に小泉八雲の全集があるから、もう一度読んでみるといいわよ。あの時怖くてちゃんと読めなかったものでも、今ならまた違う視点で読むことができるわ。
ハリマ:そう、ですね。今度読んでみます。
ヒュウガ:姉貴の店で買う必要なんてないぞ。大学の図書館にだって全集、あるんだからな。
イズモ:カイ。どうしてあなたそんな酷いこと言うの? お姉ちゃんのお店が繁盛しなくていいのかしら。
ヒュウガ:さっさと潰れちまえばいいんだよ、そんなの。
スオウ:ヒュウガひっどーい!
ヒュウガ:ふん。別にひどくねえよ。んで、俺たちに片づけを手伝えってんだろ? なにすりゃいいんだ。さっさとやろうぜ。
イズモ:そうだったわ。片付けといっても、大したことじゃないのよ。先生の蔵書の中から、あなたたちが興味のある本を持って帰ってくれればいいの。
ハリマ:持って帰ってって……僕たちにくれるってことですか?
イズモ:もちろん。そのつもりで言ったのだけれど。
スオウ:わあ、いいんですか?
イズモ:ええ。先生の遺族と話し合って、残りの本は陽大図書館に寄贈することになってるから。さっきまでその件で陽大に寄ってたのよ。それで少し遅くなってしまったの。
ハリマ:あれ、イズモさんのお店で取り扱うとかじゃないんですか?
イズモ:ここにあるのは、大半が学術書だったり、学会誌だったり。あんまりあたしの店で売れそうなものじゃないのよ。一部作家の全集とかはあるけれどね。だから大学図書館のほうが引き取るのは適任なの。あなたたちはこれから文学を研究する学生だから、少しは役立つ本があるんじゃないかと思って今日呼んだのよ。
スオウ:わあぁ、ありがとうございます! ちょっと興味のありそうなの見繕ってきます!
イズモ:ここの向かいの部屋が書斎だから、そこから持っていってね。ちょっと古い本が多いと思うけど、授業や研究の参考にはなると思うわ。
スオウ:はーい! あれ、でもさっき電気つかなかったような?
イズモ:普段はブレーカー切ってるからね。火事になったりするといけないから。
ハリマ:ああ、だからイズモさんが来て電気が点いたんですね。
イズモ:そういうこと。書斎の電気も点くはずよ。
スオウ:了解です! 行ってきます!
ヒュウガ:まあ、大学教授やってた人の蔵書とか面白そうなのありそうだな。ちょっと見せてもらうか。
イズモ:あら、ハリマくんは行かないの?
ハリマ:いえ、行きます。……でも、イズモさんの先生ってどんな人だったのかな、と思って。入学してから、その方の授業とか取ったこともなくて。
イズモ:そうねえ。変な先生だったわよ。あたしを執拗に文学研究者にしようとするの。「私の下で研究しないか」ってね。先生に言われて院進学を決めたのだけれど、そしたら途端に「君はこんなところで燻ってる才能じゃない、もっとちゃんとした院に行くんだ」って言いだして、で結局あたしは東京の大学院に進学したのよ。
ハリマ:イズモさん、大学院まで出てらしたんですね。
イズモ:ドクターまでみっちり五年間もね。一昨年卒業して、当然どっかの大学で研究を続けるみたいな流れだったのだけれど。まあ色々あって今の座に収まって。それを報告したときも、「君が選んだのならそれでいいんじゃないか」って。前は院を出たら先生のところで研究して、色々な景色を見せてくれるって言ってたのだけれどね。その景色を見ることもなくそれでおしまい。一昨年には亡くなってしまった。ほんと、呆気ない終わり方だったわ。
ハリマ:でも、面白そうな先生だったんですね。僕も一度は授業受けてみたかったなあ。
イズモ:そうね。面白い先生だったことだけは確かだわ。……さて、あたしたちも行きましょう。柄にもなく長々と語っちゃったわね。久々に先生の家に来て、感傷的になってるのかも。
ヒュウガ:姉貴。
イズモ:あら、カイ。どうしたの。もう持っていく本決まったのかしら?
ヒュウガ:そうじゃなくて。先生の本棚の中にこれがあって。これは姉貴が持ってったほうがいいだろうなって思って。
イズモ:これは……
ハリマ:何です?
イズモ:あたしが書いた本、ね。
ハリマ:えっ……あ、本当だ! ヒュウガイズモって書いてある。
イズモ:書いたのはあたしだけじゃないけれどね。そっか。先生、持っていてくれたのね。
ハリマ(M):その時に見たイズモさんの顔は、どこか誇らしげで、けれどどこか寂しげで。いつものイズモさんとは明らかに違っていて、そんな一面を持っているのかと意外に思うとともに、なんだか嬉しくもあった。
0:(少しのち)
イズモ:さて。みんなよさそうな本は見つかったかしら?
スオウ:見つかりました! さすが副学長、古事記とか万葉集に関する本も結構ありましたよお!
ハリマ:目が輝いてるね、スオウ。
ヒュウガ:俺もなんだかんだ言って結構もらっちまったな。ホントにこれ、全部もらっていいのか?
イズモ:ええ。学業の役に立つならと遺族の方も言ってくれてるから。じゃ、行きましょうか。
スオウ:そういえばカギは? 来た時もかかってなかったよね。
イズモ:それなら大丈夫。ここを管理している遺族の方が近所にいて、連絡をしたら締めに来てくれるから。メッセージを送っておくわ。
スオウ:なーるほど! でも、それならブレーカーもあげておいて欲しかったなあ……
ハリマ:忘れちゃったんじゃない? いつも使ってるわけじゃないし。
ヒュウガ:あ、そうだ。姉貴、そういや俺に送ってきたメッセージに書いてあった「洋館にある面白い秘密」って何なんだ? この本たちのことか?
スオウ:あっ、そうだ! その昔この館で起きた殺人事件は!?
イズモ:殺人事件? 何のことかしら?
ハリマ:気にしないでください。でも、僕も気になります。何ですか、秘密って。
イズモ:そういえばそんなこと送ってたわね。みんな、知りたい?
三人:(口々に)はい!
イズモ:じゃあ教えてあげましょうか。この洋館にある「面白い秘密」っていうのはね――
スオウ:やったよ~~~~ハリハリ~~~~~!
ハリマ:ん。スオウ。どうしたの、喜んでるのか泣いてるのかよくわかんない顔して。
スオウ:やったんだよ~~~~ハリハリ~~~~!
ハリマ:やった……?
スオウ:そう、やったの。
ハリマ:スオウ……確かに、いつかやるとは思ってたけど。とうとう、やっちゃったんだね……被害者は誰? ヒュウガ?
スオウ:え、被害者?
ハリマ:僕が付いて行ってあげるから、ちゃんと自首しよう? 今の日本じゃ、逃げ切れないよ。
スオウ:え? え? 何の話?
ハリマ:何の話って、やっちゃったって人を殺しちゃったんじゃないの?
スオウ:違うよ! そんなわけないでしょ!
ハリマ:何だ、これまでやろうやろうと思っていた念願を果たせたけど自分の手を汚してしまったから喜んでいるのか泣いてるのかよくわからない顔してたんじゃないのか。
スオウ:ハリハリは私のことなんだと思ってるの?
ハリマ:明朗快活でちょっと騒がしい同級生。
スオウ:三十点。っていうか、今の印象から人殺しに結び付くのよくわかんないんだけど!
ハリマ:人は見かけによらないってよく言うから……いつも明るく振舞っているスオウでも、心に闇を飼ってるのかなあと。
スオウ:そんなわけないでしょ! 私の心の中は歌舞伎町もびっくりなほど眠らない町だからね! 夜でもピカピカだよ!
ハリマ:それはどうかと思うけど……さすがに夜は消灯しようよ。んで、話戻すけど何だったの? 「やった」って。
スオウ:あ、そうそう! やったんだよハリハリ!
ハリマ:スオウ、この話を前に進ませるつもりある? とりあえずその「やった」の内容を教えてよ。
スオウ:ごめんごめん。あのね、三回目にして、とうとう日本儒学史の確認テストを及第できました!
ハリマ:……あ、ああ。おめでとう。
スオウ:ありがと~~~~! 無事レポートなし! これで締め切りに追われない素敵な週末を過ごせるよ!
ハリマ:よ、よかったね。今まで二回レポート対象者になっちゃったんだよね。
スオウ:そうなんだよ~! 今回はばっちしヤマが当たったんだ~。
ハリマ:ヤマとかじゃなくて、もうちょっとちゃんと勉強したらいいんじゃ……
ヒュウガ:ヤマとかじゃなくて、もうちょっとちゃんと勉強したらいいんじゃ……
ハリマ:スオウが日本儒学史のレポート対象者から外れたっていう歓喜の速報を聞いてたよ。
ヒュウガ:ん。つっても今回は全員及第だったからなあ。
スオウ:ちょっとヒュウガ。人の喜びに水を差すようなこと、言わないで!
ヒュウガ:だいたいちゃんと前回の授業の内容おさらいしときゃ、なんてこたないんだよ。何でお前「孔子」も答えられないんだ?
スオウ:それはちゃんと答えたよ! でもひらがなで「こーし」って書いたらなぜかバツされたの!
ハリマ:それは普通にバツじゃないかな……スオウもまともに答える気ある? それ。
スオウ:ぎくっ。……そ、それは……
ハリマ:自分の口で「ぎくっ」とか言う人、初めて見た。
ヒュウガ:スオウは自分の興味が薄い分野へのモチベーションが低すぎるんだよ。そんなんじゃ、ゼミ振り分けの時希望のゼミに入れないかもしれないぞ。定数超過したときは成績順で振り分けられるらしいからな。
スオウ:えっ、何それ聞いてない! 結局頭がいい人が得をするの? 二人ともそんな世の中でいいのか!
ハリマ:いいよ。
ヒュウガ:いいな。
スオウ:うっ……偏差値の暴力めえ。
ハリマ:偏差値とかそんな関係ないような。
ヒュウガ:大学の成績なんてまともに受講してりゃそんな悪くならないんだから、頭がいい悪いもあんまり関係ないと思うけどな。日本儒学史とかまさにそうだろ。
スオウ:何だよお。ヒュウガだって講義結構さぼってるじゃんかー!
ヒュウガ:俺はその辺しっかり計算してるからいいんだよ。おかげでだいたい優判定取れてる。
スオウ:ぐぬぬ……そんなので勝ったと思うなよお。
ハリマ:というか、そんな調子で単位は大丈夫なの? ゼミの振り分け以前に三年生に上がれなかったら元も子もないと思うけど。
スオウ:それは大丈夫! ……だと思う。今期の授業がだいたい取れたら。
ハリマ:パンキョ(一般教養)は?
スオウ:必要数は取ってる!
ハリマ:外国語は?
スオウ:英語でしょ? ちゃんと取ってるよ! 英語はそんなに苦手じゃないからね!
ハリマ:あれ、第二――
ヒュウガ:(遮るように、小声で)おい、ハリマ。面白そうだしそのままにしとこうぜ。
ハリマ:(小声)え、でも。
ヒュウガ:(小声)うちの教務だって馬鹿じゃない、卒業までには足りてないのを教えてくれるだろ。
スオウ:何だよー! 突然こそこそしだして!
ヒュウガ:いや、外国語は三年進級時の必須単位には含まれないよなって確認してたんだ。
スオウ:ふーん? ほんとに? ハリハリ。ハリマ
ハリマ:う、うん。そうそう。忘れてたよ~。
ヒュウガ: だから、外国語は卒業するまでに取れてりゃ問題ないはずだ。
スオウ:ふーん。でも、ちゃんと英語は取れてるからそのあたりは心配ないよー。どうだヒュウガまいったか!
ヒュウガ:おう、参った参った。
スオウ:へへーん。……あれ、そういやヒュウガ、私たちのこと探してたんじゃないの?
ヒュウガ:ん。ああ、そうだ。スオウの馬鹿話に突き合わされてすっかり忘れてた。
スオウ:何だとー! 馬鹿って言ったな?
ヒュウガ:すまんすまん。
スオウ:よかろう! 今日は許して進ぜよう。なんてったってヒュウガに一泡吹かせてあげたんだからな!
ヒュウガ:一泡吹いた覚えはないけどな。
ハリマ:不憫だ……
ヒュウガ:で、だ。姉貴からメッセージが来たんだよ。
スオウ:え、何、ヒュウガってお姉さんいんの?
ハリマ:うん、イズモさんだよ。
スオウ:へー。ヒュウガのお姉さんってイズモさんって言うん……え?
ハリマ:だからイズモさん。
ヒュウガ:夜見書堂、最近スオウもよく行くんだろ? あそこでいけ好かない店主やってんのが、うちの姉。
スオウ:……ワッツ、ハッペン?
ヒュウガ:およそ英語が得意な人とは思えない発音だな。
ハリマ:ぷっ……ヒュウガ、さすがにそれは失礼だよ。またスオウに怒られるよ?
スオウ:ホワーイ……? ドンチューノウ?
ヒュウガ:たぶんだいじょうぶだ。どうやら俺の姉の情報が処理しきれず脳みそがオーバーフローしてるらしい。
ハリマ:あー、確かに。これ今「応答なし」ってなってるね。
スオウ:ど、どどどどういうこと? え、イズモさんが、ヒュウガの、お姉さん?
ハリマ:お、動き出した。
ヒュウガ:そうそう。あれ、うちの愚姉なんだ。
スオウ:ぐしっ!?
ヒュウガ:オノマトペみたいに言うな。
スオウ:えええええええええ! それ本当なの? 私何っにも聞いてないんだけど!
ヒュウガ:今言った。
スオウ:どゆこと? ハリハリは知ってたの?
ハリマ:うん、僕もこないだ初めて知ったんだけど。
スオウ:何で教えてくれなかったのさー! この裏切り者お!
ハリマ:ごめんって。忘れてたんだよ。
ヒュウガ:少しは落ち着いたか?
スオウ:まだびっくりしてるけどねー。いやー今世紀最大の驚きだよー。
ハリマ:今世紀まだ四分の一も終わってないのに、最大の驚き出しちゃって大丈夫?
ヒュウガ:大丈夫だ。どーせ来年になったら「今世紀最大とも思われた昨年に匹敵する大きな驚き」とか言い出すだろ。
スオウ:そんなボジョレー・ヌ―ヴォの煽りみたいな言い方やめてよ! それだけ驚いたってことなんだから!
ハリマ:まあ僕も、当時の状況が状況だけに余裕があんまりなかったからアレだったけど、今のスオウの立場だったら確かにかなり驚いただろうね。
スオウ:え、アレってなにー?
ヒュウガ:おい、ハリマ。余計なこと言うなよ。
ハリマ:う、うん。
スオウ:二人とも隠し事はよくないぞー! もしかして、ヒュウガの弱みとか?
ハリマ:あながち間違いではないかも――
ヒュウガ:(遮って)話。進めるぞ。姉貴からメッセージが来て。……こりゃ見せたほうが早そうだな。ほら。
ハリマ:イズモさんからのメッセージ……
スオウ:ん、どれどれー?
イズモ(読み上げ):愚弟へ。今日学校が終わったら南山の近くにある洋館に来なさい。ハリマくんとスオウさんも、予定が許せば一緒にお願い。洋館にある面白い「秘密」を教えてあげる。
スオウ:うわ、ヒュウガってイズモさんから愚弟って呼ばれてるの?
ヒュウガ:そこはたぶん、姉貴の冗談みたいなもんだと思うぞ。
ハリマ:南山の洋館に来いって書いてあるね。洋館の秘密……って何だろ。
ヒュウガ:さあなー。姉貴の言うことだからろくなもんじゃなさそうだけど。
スオウ:えー? イズモさんの言う「面白い秘密」ならきっと面白いと思うけどなあ。でも、あの辺って洋館あったっけ?
ヒュウガ:細かい住所はそのあと送られてきてる。俺もあの辺はあんまり行ったことないからな。
ハリマ:このあたりでも外れだからね。特別な用事でもなければ行かないだろうなあ。
ヒュウガ:そう。特別な用事がなけりゃ行かない。で、これがその「特別な用事」ってわけだ。本当に特別かどうかは知らんけど。二人はどうだ、この後予定あるか?
スオウ:私は空いてるよ!
ハリマ:僕も。
ヒュウガ:んじゃ、今から行くとするか。あんまり遅くなって姉貴に怒られても嫌だしな。
0:(南山町・洋館前)
ヒュウガ:着いた。ここだな。思ったより時間がかかっちまった。
ハリマ:もう夕暮れになっちゃったね。
スオウ:如何にもって感じの庭付き洋館だね! 雰囲気あるう。推理小説で殺人事件とか起きそうでわくわくする!
ハリマ:物騒なこと言わないでよ。それでわくわくできるのはスオウだけだから。
スオウ:でも、庭も荒れちゃってるねえ。今は誰も住んでないのかな。
ヒュウガ:どうして姉貴がこんなところに俺たちを呼び出したのかはわかんねえけど。ま、入ってみるしかないな。
ハリマ:門も、如何にもな鉄門だね。ちょっと錆びてるけど。
スオウ:ねえねえハリハリ、あそこの穴、プールの跡かな?
ハリマ:え、どれ? 薄暗くてよく見えない。
スオウ:ほら、あそこ。あの石像みたいなのがあるところ!
ハリマ:ほんとだ。あれ確かにプールっぽいね。
スオウ:家にプールとかすごいねえ。憧れちゃうなあ。
ハリマ:そう? 管理とか大変そうだけどなあ。
ヒュウガ:海外じゃ、あのくらいのプール家にあるのは珍しくないぞ。
スオウ:え、何、ヒュウガって海外行ったことあんの?
ヒュウガ:高校時代アメリカに交換留学してたからな。ホームステイした家にもあった。
スオウ:くううう、ブルジョワジー!
ヒュウガ:留学がブルジョワとか、いつの時代の話だ?
ハリマ:玄関前まで来たけど。中にだれかいるのかな。
スオウ:呼び鈴とかもないね。イズモさんどこだろ。
ヒュウガ:鍵はかかってないみたいだな。
ハリマ:ちょっと、ヒュウガ。誰かいたらどうするんだよ。
ヒュウガ:こんな時間だってのに電気もついてないぞ? なんかあったら姉貴のせいにすりゃいいだろ。
ハリマ:そういう問題なのかな……
スオウ:お、じゃあ中に入っちゃう? なんか探検! って感じでドキドキするねえ。
ハリマ:スオウ、活き活きしてるな。
ヒュウガ:姉貴から返信来ねえし、こんなところで突っ立ってたって仕方ない。入ってみるか。
スオウ:うわ、中は結構暗いね!
ヒュウガ:どこかに電気のスイッチはないか?
ハリマ:あった。……けど、押しても電気つかないよ。
ヒュウガ:マジか。本当にこの洋館何なんだ? 姉貴はこんなところに俺たちを連れてきて何をしようってんだろうな。
スオウ:洋館の秘密ってのも気になるね! 昔ここで殺人事件があって、今でもその被害者の霊が夜な夜なさまよってる……とかだったらどうしよう! ……二人ともぉ、もしそうだったらどうしよう……
ヒュウガ:自分で言って自分で怖がってんなよな。仕方ない。どこかに姉貴がいるかもしれないし、ちょっと手前の部屋から見てみるか。
ハリマ:手前の部屋は何か和室みたいだね。四畳半くらい?
ヒュウガ:洋館なのに一番最初の部屋和室かよ。何だこの部屋。なんもねえな。
ハリマ:古い家だし、今誰も住んでなくて片づけられたのかもね。次の部屋は……リビング? みたいな感じの洋室だね。
ヒュウガ:でっかいダイニングテーブルみたいなの置いてあるし、どっちかっていうとダイニングだろうな。
スオウ:きゃあああああ!!
ハリマ:うわああ! スオウ? 大丈夫?
スオウ:ご、ごめん、チェストの上に人の絵が置いてあって、びっくりしちゃって……
ヒュウガ:びっくりしたのはこっちだよ。ったく、叫ぶんならあらかじめ叫ぶって教えといてくれ。
スオウ:私もそれができるならやってるよ。
ハリマ:でも、この絵ちょっと気味悪いね……体中に字みたいなのが書いてあって。
ヒュウガ:たぶんこれ、耳なし芳一だろ。琵琶も持ってるし。
ハリマ:何で耳なし芳一の絵がこんなところに……
ヒュウガ:それはわからん。だが、薄暗い中で見ると確かにうわってなるな。
ハリマ:よく見たら、絵それだけじゃないね。こっちにも何か飾られてる。
ヒュウガ:こっちは……何だ、ろくろっくび?
スオウ:うううう、首長いよお。
ハリマ:ろくろっくびなんだから首長いのは当たり前だろ?
ヒュウガ:さっきまでの威勢はどこ行ったんだ。
スオウ:こんな状況で虚仮威ししててもしかたないって……
ハリマ:急に言葉の知的レベルが上がってない?
ヒュウガ:ろくろっくびの隣は……武士の絵か?
スオウ:うううう、顔怖いよお。
ヒュウガ:知的レベルが上がった気がしたのは気のせいだったな、ハリマ。
ハリマ:かもね。……この武士、何か壁透けてるように書かれてない?
スオウ:ちょっと、怖がらせようとしてる? 変なこと言わないでよ……
ハリマ:いや、よく見てみなよ。そう描いてあるって。
0:(急に電気が点く)
スオウ:きゃああああああ!! 武士が光ったあああああ!
ヒュウガ:うわ、まぶしっ。
ハリマ:落ち着いてスオウ、光ったのは武士じゃなくて部屋だから。
イズモ:ちょっとあなたたち、何してるの。
スオウ:きゃああああ! 武士がイズモさんの声でしゃべったああああ!!
ハリマ:だから落ち着いてって!
ヒュウガ:姉貴の声だって認識してるあたり、割と冷静なんじゃないかって思うけどな。姉貴、急に話しかけてくるのはないって。
イズモ:あら、ごめんなさい。驚かせちゃった?
ヒュウガ:驚かせちゃった? じゃねえよ……見ろよこのスオウの変わり果てた姿を。
スオウ:あー、武士の幽霊が迎えに来たあ……あははは……
イズモ:大変ね。
ハリマ:三文字五音で片づけられた!?
スオウ:はっ、武士……じゃないイズモさん! うわーんイズモさん、怖かったよお。
イズモ:あらあら。男ども二人が頼りないせいで怖かったわねえ。
ハリマ:……ヒュウガ、これ僕たちのせいにされてない?
ヒュウガ:もう何も言わん。いつものことだ。
で、姉貴。俺たちをこんな気味の悪い絵が飾られた洋館に来させたのは、なんでなんだ?
イズモ:ああ、そうだったわね。何てこたないわよ。ちょっとこの館の片づけを手伝ってもらおうと思って。
ヒュウガ:は!? おい姉貴、そんな話聞いてねーぞ!
イズモ:今言ったわ。
ヒュウガ:ぐ……だから姉貴のこういう話はろくなことにならねえんだよ……
ハリマ:お手伝いするのはともかくとして。説明は欲しいです。この洋館は何なんですか?
イズモ:そうね、その説明をしていなかったわ。この洋館は、あたしの恩師のものなの。
ハリマ:恩師?
イズモ:そう。あたしが学部生時代にお世話になった先生。数か月前に他界されてね。この屋敷も壊すことになったそうなの。それで、最後に蔵書や何かを譲ってもらえることになったのよ。
スオウ:ってことは、大学の先生だった人の家なんですね。どこの大学なんですか?
イズモ:うーん、そうね。アワジタケヒコって名前、聞いたことないかしら?
スオウ:アワジ、タケヒコ……? うーん。聞いたことある? ハリハリ。
ハリマ:何かどっかで聞いたことが……
ヒュウガ:うちの大学の前副学長だよ。
ハリマ:え? あ、そうだ! 入学したときに祝辞読んでた! そっか、確かに数か月前に亡くなったって広報誌に載ってた気がする。
スオウ:ってことは、イズモさんってうちの大学の卒業生?
イズモ:そうよ。言ってなかったかしら?
スオウ:聞いてないですよ! わわ、今世紀一の驚きだ……
ハリマ:ヒュウガ。今世紀一の驚きがたった二時間で更新されたんですが。
ヒュウガ:一日ともたなかったな。ボジョレー・ヌーヴォもびっくりだ。
イズモ:アワジ先生は戦前の散文研究の権威でね。小泉八雲研究を嚆矢として、当時の海外に日本の文化や芸術がどのように紹介され、受容されていったかも研究していた人なの。
ハリマ:へええ、そうなんですね。あれ、ってことはこの部屋に飾ってある絵画って……
イズモ:そう。すべて小泉八雲の作品のシーンを描いたものよ。
スオウ:そうなんですか! でも、耳なし芳一やろくろっくびはわかるんですけど、この武士の絵って何なんですか?
イズモ:ああ、それはね。
ハリマ:「茶碗の中」……じゃないですか?
イズモ:珍しく正解よ。知ってたのね、ハリマくん。
ハリマ:珍しくは余計です。いや、余計じゃないけど……
小泉八雲の作品集が祖父母の家にあって、幼いころ読んだことがあったんです。当時はとても怖かったんですけど、印象的で。
イズモ:そう。いい本があったのね。ハリマくんの言う通り、あの絵は「茶碗の中」という作品のワンシーンよ。とある武家屋敷に、謎の武士の霊が訪れてきたので屋敷の主が斬ろうとするシーン。でも幽霊だから、実態がなくて斬った手ごたえもないし、壁も透過しちゃうのよね。
スオウ:うわ、ほんとにすり抜けてたんだこれ……
ハリマ:印象的って言った手前申し訳ないんですけど、僕この作品の結末覚えてないんですよね。どんな話かは何となく覚えてるんですけど……怖くて忘れちゃったのかな。
イズモ:ふふっ。それなら、あたしの店に小泉八雲の全集があるから、もう一度読んでみるといいわよ。あの時怖くてちゃんと読めなかったものでも、今ならまた違う視点で読むことができるわ。
ハリマ:そう、ですね。今度読んでみます。
ヒュウガ:姉貴の店で買う必要なんてないぞ。大学の図書館にだって全集、あるんだからな。
イズモ:カイ。どうしてあなたそんな酷いこと言うの? お姉ちゃんのお店が繁盛しなくていいのかしら。
ヒュウガ:さっさと潰れちまえばいいんだよ、そんなの。
スオウ:ヒュウガひっどーい!
ヒュウガ:ふん。別にひどくねえよ。んで、俺たちに片づけを手伝えってんだろ? なにすりゃいいんだ。さっさとやろうぜ。
イズモ:そうだったわ。片付けといっても、大したことじゃないのよ。先生の蔵書の中から、あなたたちが興味のある本を持って帰ってくれればいいの。
ハリマ:持って帰ってって……僕たちにくれるってことですか?
イズモ:もちろん。そのつもりで言ったのだけれど。
スオウ:わあ、いいんですか?
イズモ:ええ。先生の遺族と話し合って、残りの本は陽大図書館に寄贈することになってるから。さっきまでその件で陽大に寄ってたのよ。それで少し遅くなってしまったの。
ハリマ:あれ、イズモさんのお店で取り扱うとかじゃないんですか?
イズモ:ここにあるのは、大半が学術書だったり、学会誌だったり。あんまりあたしの店で売れそうなものじゃないのよ。一部作家の全集とかはあるけれどね。だから大学図書館のほうが引き取るのは適任なの。あなたたちはこれから文学を研究する学生だから、少しは役立つ本があるんじゃないかと思って今日呼んだのよ。
スオウ:わあぁ、ありがとうございます! ちょっと興味のありそうなの見繕ってきます!
イズモ:ここの向かいの部屋が書斎だから、そこから持っていってね。ちょっと古い本が多いと思うけど、授業や研究の参考にはなると思うわ。
スオウ:はーい! あれ、でもさっき電気つかなかったような?
イズモ:普段はブレーカー切ってるからね。火事になったりするといけないから。
ハリマ:ああ、だからイズモさんが来て電気が点いたんですね。
イズモ:そういうこと。書斎の電気も点くはずよ。
スオウ:了解です! 行ってきます!
ヒュウガ:まあ、大学教授やってた人の蔵書とか面白そうなのありそうだな。ちょっと見せてもらうか。
イズモ:あら、ハリマくんは行かないの?
ハリマ:いえ、行きます。……でも、イズモさんの先生ってどんな人だったのかな、と思って。入学してから、その方の授業とか取ったこともなくて。
イズモ:そうねえ。変な先生だったわよ。あたしを執拗に文学研究者にしようとするの。「私の下で研究しないか」ってね。先生に言われて院進学を決めたのだけれど、そしたら途端に「君はこんなところで燻ってる才能じゃない、もっとちゃんとした院に行くんだ」って言いだして、で結局あたしは東京の大学院に進学したのよ。
ハリマ:イズモさん、大学院まで出てらしたんですね。
イズモ:ドクターまでみっちり五年間もね。一昨年卒業して、当然どっかの大学で研究を続けるみたいな流れだったのだけれど。まあ色々あって今の座に収まって。それを報告したときも、「君が選んだのならそれでいいんじゃないか」って。前は院を出たら先生のところで研究して、色々な景色を見せてくれるって言ってたのだけれどね。その景色を見ることもなくそれでおしまい。一昨年には亡くなってしまった。ほんと、呆気ない終わり方だったわ。
ハリマ:でも、面白そうな先生だったんですね。僕も一度は授業受けてみたかったなあ。
イズモ:そうね。面白い先生だったことだけは確かだわ。……さて、あたしたちも行きましょう。柄にもなく長々と語っちゃったわね。久々に先生の家に来て、感傷的になってるのかも。
ヒュウガ:姉貴。
イズモ:あら、カイ。どうしたの。もう持っていく本決まったのかしら?
ヒュウガ:そうじゃなくて。先生の本棚の中にこれがあって。これは姉貴が持ってったほうがいいだろうなって思って。
イズモ:これは……
ハリマ:何です?
イズモ:あたしが書いた本、ね。
ハリマ:えっ……あ、本当だ! ヒュウガイズモって書いてある。
イズモ:書いたのはあたしだけじゃないけれどね。そっか。先生、持っていてくれたのね。
ハリマ(M):その時に見たイズモさんの顔は、どこか誇らしげで、けれどどこか寂しげで。いつものイズモさんとは明らかに違っていて、そんな一面を持っているのかと意外に思うとともに、なんだか嬉しくもあった。
0:(少しのち)
イズモ:さて。みんなよさそうな本は見つかったかしら?
スオウ:見つかりました! さすが副学長、古事記とか万葉集に関する本も結構ありましたよお!
ハリマ:目が輝いてるね、スオウ。
ヒュウガ:俺もなんだかんだ言って結構もらっちまったな。ホントにこれ、全部もらっていいのか?
イズモ:ええ。学業の役に立つならと遺族の方も言ってくれてるから。じゃ、行きましょうか。
スオウ:そういえばカギは? 来た時もかかってなかったよね。
イズモ:それなら大丈夫。ここを管理している遺族の方が近所にいて、連絡をしたら締めに来てくれるから。メッセージを送っておくわ。
スオウ:なーるほど! でも、それならブレーカーもあげておいて欲しかったなあ……
ハリマ:忘れちゃったんじゃない? いつも使ってるわけじゃないし。
ヒュウガ:あ、そうだ。姉貴、そういや俺に送ってきたメッセージに書いてあった「洋館にある面白い秘密」って何なんだ? この本たちのことか?
スオウ:あっ、そうだ! その昔この館で起きた殺人事件は!?
イズモ:殺人事件? 何のことかしら?
ハリマ:気にしないでください。でも、僕も気になります。何ですか、秘密って。
イズモ:そういえばそんなこと送ってたわね。みんな、知りたい?
三人:(口々に)はい!
イズモ:じゃあ教えてあげましょうか。この洋館にある「面白い秘密」っていうのはね――