台本概要
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タイトル | 善の鬼 第三章「人斬り」 |
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作者名 | Oroるん (@Oro90644720) |
ジャンル | 時代劇 |
演者人数 | 4人用台本(不問4) ※兼役あり |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
一刀斎に弟子入りしたぜんは、その厳しい修練に何とか耐えていた 一方、とらは清吉と平穏に暮らしていたが・・・ ・演者性別不問ですが、役性別は変えないようにお願いします。 ・時代考証甘めです。 ・軽微なアドリブ可 144 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ぜん | 男 | 217 | 一刀流弟子見習いの青年 |
とら | 女 | 91 | ぜんの幼馴染 |
清吉 | 男 | 123 | 町大工の青年 |
一刀斎 | 男 | 94 | 伊東一刀斎(いとういっとうさい)一刀流創始者である剣豪 |
夜鷹 | 女 | 63 | 女郎 ※とらとの兼ね役推奨 |
浪人 | 男 | 27 | 浪人 ※清吉との兼ね役推奨 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
一刀斎:おい。今日はお前に良いものを持ってきてやったぞ。
ぜん:え?
夜鷹:こんばんわ。
ぜん:『白い頭巾(ずきん)に着崩した着物、脇にはござを抱えている。』
ぜん:『夜鷹(よたか)と呼ばれる女郎の一種だろう。先生が時々、そういう女を買っているのは知っていた。』
夜鷹:なかなか可愛い子じゃないか。私の好みだよ。
ぜん:せ、先生。これは一体?
一刀斎:ん?お前、最近よく励んでいるからな。これは俺からの褒美だ。
夜鷹:(妖しく笑う)
ぜん:先生、お、俺は・・・
一刀斎:さあ、「いたす」がよい。
夜鷹:ほら、「先生さん」もこう言ってるんだし、一緒に楽しもうじゃないか。
ぜん:『そう言って、夜鷹がござを敷き始めた。』
一刀斎:上玉を選んでやったぞ。良かったなあ。
ぜん:『褒美など、とんでもない。先生は俺の反応を見て、面白がっているだけだ。』
夜鷹:さあ、支度ができたよ。こっちへおいで。
ぜん:『でも俺は、俺には・・・』
夜鷹:ウフフ、固まっちゃって、本当かわいい・・・手解き(てほどき)が必要みたいだねえ。
0:夜鷹が着物の帯に手をかける。
ぜん:な、何をする?
夜鷹:何って・・・着物を脱がすんだよ。着たまんまじゃできないだろう?
ぜん:よせっ!(夜鷹を突き飛ばす)
夜鷹:きゃっ!
一刀斎:おい。
ぜん:っ!
一刀斎:まさかとは思うが、俺の折角(せっかく)の心遣い、「受けれぬ」などとは言うまいな?
ぜん:い、いや・・・
夜鷹:(ぜんに抱きつきながら)ほら、捕まえた。
ぜん:うっ!
夜鷹:そうれっ!
ぜん:『俺は、ござの上に押し倒された。』
夜鷹:全部、私に任せれば良いからね。
ぜん:(荒い呼吸)
一刀斎:存分に楽しめ。
ぜん:『夜鷹の顔が、俺の目の前にある。』
夜鷹:さあ、極楽浄土(ごくらくじょうど)へ連れて行ってあげよう。
ぜん:(さっきよりも荒い呼吸。過呼吸気味)
ぜん:(俺には・・・俺には!)
ぜん:(そのまま気絶)
夜鷹:・・・・・・あら?
一刀斎:どうした?縮こまっておるのか?
夜鷹:この子・・・気を失っちゃったよ。
一刀斎:は?
夜鷹:・・・
一刀斎:(笑い声。最初は小さく、だんだんと大きく)
夜鷹:まったくもう!
ぜん:『俺には・・・とらが・・・』
0:清吉の長屋。寝ているとらと、それを立って見下ろしている清吉。
とら:(寝息を立てている)
清吉:とら・・・
0:清吉、とらに覆い被さり、顔を近づけていく。
とら:ん・・・(目覚める)っ!
とら:『目覚めると、私の目の前に清吉の顔があった。』
清吉:とらっ!
とら:うわっ!
0:とら、清吉を突き飛ばす。
清吉:ぐはっ!
とら:あっ!すまねえ、大丈夫か?
清吉:いてて・・・
とら:突き飛ばしてごめんよ。起きたらアンタの顔が目の前にあったからよ、びっくりして・・・
清吉:いや、大丈夫だ。
とら:・・・何、してたんだ?
清吉:それは・・・
とら:『察しはついていた。』
清吉:す、すまねえ!お前の寝顔見てたら、何か変な気分になってきて・・・その、俺も、一応男だからよ。
とら:・・・
清吉:お、俺、どうかしてたんだ!本当にすまねえ!
とら:『ここで一緒に暮らすようになってもうすぐ二月(ふたつき)。清吉がどうやら私をそういう目で見ているらしい事には、薄々気付いてはいた。』
とら:『気付いていたが、気付かないふりをしていた。』
清吉:でもよ、お前も本当は、俺の気持ち、気付いてんだろ?
とら:え?
清吉:俺は・・・お前に惚れてんだ!
とら:っ!
清吉:なあ、俺と一緒に・・・なっちゃくれねえか?
とら:それは・・・
清吉:・・・駄目なのか?
とら:・・・ゴメン。
清吉:どうしてだ?他に、好きな奴でもいんのか?
とら:・・・
清吉:そうか・・・
とら:オラは・・・
清吉:起こして悪かったな、おやすみ。
とら:『清吉は自分の寝床(ねどこ)に戻っていった。』
0:翌朝
清吉:おはよう、とら!
とら:お、おはよう・・・
とら:『翌朝、清吉はいつもと変わらない様子だった。昨晩の事は忘れてしまったように・・・』
清吉:じゃあ、行ってくらあ。
とら:あのよ!
清吉:なんだ?
とら:オラ、今度こそ出ていくよ。
清吉:まだそんな事言ってんのか?いつまでも居てくれて良いって言ったろ。
とら:そういうわけにはいかねえよ。
清吉:何でだ?もしかして、昨日の事を気にしてんのか?
とら:・・・
清吉:俺は一向に構わねえぜ。何も気にしちゃいねえよ。
とら:え?
清吉:だから、出て行くなんて言うなよ。それに・・・
とら:?
清吉:俺、諦めねえから。お前の気が変わるのを、気長に待ってるからよ。
とら:だからそれは・・・
清吉:じゃあ行ってくる。今日はでかい勝負があるからよ、勝ったらまた美味いもん持って帰ってくるぜ!
とら:『そう言って清吉は、私の話を遮って(さえぎって)行ってしまった。私に出て行って欲しくないんだろう。』
とら:『でも、もうここには居られない。』
0:朝 一刀斎達が逗留している宿
ぜん:(あくびをする)
夜鷹:あ、おはよう。
ぜん:お、おお・・・
夜鷹:(伸びをする)気持ちの良い朝だねえ。
ぜん:『あの時出会った夜鷹は、何故かその後もずっと付いてきた』
夜鷹:今日の朝飯は何だろうねえ?ほんと極楽だよ。毎日「おまんま」にありつけて、柔らかい布団で眠れてさあ。
夜鷹:ちょっと前までは、明日も知れない路上暮らしだったのにねえ。先生さんには感謝してもしきれないよ。
ぜん:それは・・・良かったな。
夜鷹:まあその分(ぜんの耳元に口を寄せる)毎晩たあっぷり、体でお礼はしてるけどねえ。
ぜん:う・・・
夜鷹:(笑う)本当、可愛いねえ。
ぜん:『正直俺は、先生にまたいつ「抱け」と命じられるかも知れないと、冷や冷やしていた』
夜鷹:あら、先生さん。
ぜん:おはようございます、先生。
一刀斎:おい。
ぜん:はい。
一刀斎:着いて来い。
ぜん:どこへですか?
一刀斎:良いから来い。
夜鷹:私は連れて行ってくれないのかい?
一刀斎:お前は留守番だ。
夜鷹:ふん、つまらないねえ。
0:町
ぜん:『俺は先生に連れられ町に出た。』
一刀斎:お前、真剣が欲しくはないか?
ぜん:え?
一刀斎:お前も武芸者ならば、いつまでも木刀では格好がつかんだろう。
ぜん:『俺は未だに真剣を持たず、帯には木刀を差していた。真剣を買おうにも、そんな銭は持っていない。』
ぜん:真剣を、もらえるんですか?
一刀斎:そうだ。師としてそれぐらいの面倒は見んとな。
ぜん:ありがとうございます。
ぜん:『嬉しかった。これでようやく、俺も武芸者の仲間入りだと思った。』
ぜん:『だが、なぜか先生は刀剣商(とうけんしょう)の店の前を通り過ぎた。』
ぜん:先生?
一刀斎:お、あれなんかどうだ?
ぜん:『俺たちは町を抜け、港まできていた。心なしか、柄(がら)の悪い連中が多い気がした。』
一刀斎:あの剣、お前には手頃ではないか?
ぜん:えっと・・・どこに剣があるんです?
一刀斎:ほれ、あそこだ。
ぜん:『先生が指し示す方角にあったのは・・・』
0:浪人、剣を見せびらかしながら談笑している。
浪人:どうだ?中々の業物(わざもの)だろう?博打(ばくち)の形(かた)に取り上げてやったのよ。(笑う)
ぜん:もしかして・・・あの浪人が持っている剣でしょうか?
一刀斎:そうだ。
ぜん:あれを・・・どうしろと。
一刀斎:とってこい。
ぜん:・・・
一刀斎:案ずるな。ああいう手合い(てあい)は、剣を奪われたとて、役人に届け出る様な「お行儀の良い」ことはせぬ。
ぜん:『真剣を持つ相手に、木刀で挑めと言うのか・・・』
一刀斎:まさか、怖気(おじけ)付いたわけではあるまいな?
ぜん:『また、あの目だ。あの目には、逆らえない。』
一刀斎:行くのか、行かないのか。
ぜん:・・・分かりました。
0:木刀を抜いて浪人に近づく。
浪人:ん?何か用か若造?
ぜん:やあああああ!
浪人:うおっ!何だ貴様!?気でも狂ったか!?
ぜん:『一撃目はかわされた。しかし、ここで終わるわけにはいかない!』
ぜん:うおおおおお!
浪人:くっ!どうやら死にたいらしいな!
ぜん:『浪人が剣を抜いた。刀身がきらりと光る。』
浪人:丁度良い。こいつの斬れ味を試させてもらうぞ。
ぜん:『背筋に悪寒が走った。しかし、俺の後ろには先生がいる。』
一刀斎:『剣を恐れるな。』
浪人:喰らえ!
ぜん:『浪人が斬撃を放つ。かわしきれず、右膝を斬られてしまった。』
ぜん:くっ!
一刀斎:『痛みを恐れるな。』
ぜん:でやああああ!
浪人:こいつ!このっ!
ぜん:『浪人が再び剣を振るった。先程は不意をつかれたが、よく見るとその斬撃にはまるで鋭さがなかった。先生とは大違いだ。』
浪人:(激しく息をつく)
ぜん:(大丈夫だ。俺はいつも先生の相手をしてんだぞ?こんなやつ、どうってことねえ!)
浪人:おおおおお!
ぜん:遅い!はあっ!
浪人:ぐあっ!
ぜん:『俺の一撃は、浪人の小手(こて)を打った。手から剣が落ちる。俺は素早く浪人の剣を拾い上げた』
浪人:ぐぅぅ・・・
ぜん:(やった!俺の勝ち・・・)
一刀斎:(遮って)とどめをさせ!
ぜん:っ!
ぜん:『一瞬、思考が停止した。とどめをさす?俺が、こいつを斬る?俺が・・・人を殺す?』
浪人:くっ!
ぜん:『浪人は慌てて逃げ出した。俺は追おうとしたが・・・』
ぜん:うっ!
ぜん:『足に力を入れたとたん、斬られた箇所に痛みが走り、つまずいた。その隙に、浪人は遥か遠くに駆け去ってしまった。』
ぜん:あ・・・
一刀斎:(舌打ち)
0:一刀斎、ぜんに近づいてくる。
ぜん:先生、すいません、逃してしまいました。
一刀斎:どう思った?
ぜん:え?何を・・・がはっ!
ぜん:『突然、先生に殴られた。』
一刀斎:あの浪人が逃げた時、どう思った?
ぜん:それは・・・「しまった」と思いました。
一刀斎:っ!
0:一刀斎、再びぜんを殴る。
ぜん:ぐはっ!
一刀斎:どう思ったかと聞いている。
ぜん:せ、先生?
一刀斎:言え!(殴る)
ぜん:ぐぅっ!
一刀斎:言え!!(殴る)
ぜん:ごはっ!
一刀斎:どう思った!?(殴る)
ぜん:・・・・・・安心、しました。
一刀斎:何故だ?
ぜん:・・・斬らずに済んだと・・・人を、殺さずに済んだと!
一刀斎:・・・腰抜けめ。
ぜん:・・・
一刀斎:今度躊躇う(ためらう)ような事があれば、俺がお前を斬るからな。
0:その夜
ぜん:(走っている息遣い)
ぜん:『その夜、俺は先生の元を逃げ出した。』
ぜん:(無理だ!俺には無理だ!)
ぜん:(走っている息遣い)
ぜん:『俺は走り続けた。しかし・・・』
一刀斎:どこへ行く?
ぜん:っ!せん、せい・・・
一刀斎:逃げるのか?
ぜん:先生、俺には・・・俺には無理です!俺に人は斬れません!
0:一刀斎がぜんの両肩に手を置く。
一刀斎:駄目だ。
ぜん:お願いします!もう辞めさせて下さい!
一刀斎:駄目だ!
ぜん:っ!
一刀斎:お前はもう、俺のものだ。逃げることは許さん。
一刀斎:お前はこれからも俺の元にいて、そして、人を斬るのだ。
ぜん:・・・
ぜん:『喧嘩は数え切れないくらいやってきた。だが、命のやり取りは、人に殺意を抱いた事は今までない。』
ぜん:『・・・いや、一度だけある。そうだあの時だ。とらを傷付けようとした奴に、かつて俺は、殺意を向けた。』
0:清吉の長屋
とら:『今日は、いつもより帰りが遅い。博打が盛り上がっているのか・・・』
とら:『帰ってきたら、清吉ともう一度話をするつもりだった。やはりここを出て行くと。』
とら:『私は清吉の気持ちに応えることはできない。それはいつまで待っても同じことだ。』
とら:『ここを出て・・・そして、ぜんのところへ帰る』
とら:『私は間違っていた。ぜんの元を離れるべきではなかったのだ』
とら:『ぜんの居る所が、私のいるべき場所だ。』
とら:『私はようやく、その事に気付いた』
とら:『見つけられるかは分からない。でも絶対に諦めない』
とら:『私はぜんと添い遂げる、と胸に強く想っていた』
とら:(帰ってきた!)
清吉:・・・
とら:おかえり?
清吉:(怯えた様子)
とら:どうした?何かあったのか?
清吉:・・・
とら:『清吉は何も言わず、瓶(かめ)の水を柄杓(ひしゃく)ですくうと、一息(ひといき)に飲んだ。』
清吉:(水を飲む)
とら:清吉さん?
清吉:・・・とら。
とら:『それは初めて見る、清吉の怯えた顔だった。』
0:町中
ぜん:『武芸者としての修行の傍ら、俺はとらを探し続けていた。僅かな手掛かりを辿りながら、様々な場所や人を尋ねて回った。』
ぜん:『そしてようやく、とらが、ある町人(ちょうにん』の所で暮らしているらしいという情報を手に入れた。』
ぜん:『俺は歓喜した。ついに、とらを見つけられるかもしれない。』
ぜん:『ただ、一つ引っかかったのは、その町人が独り身の男だという事だ。とらとは、どういう関係なんだろう?』
ぜん:『心がざわついた。』
ぜん:『俺はその町人が住むという長屋に行ってみた。』
ぜん:『腰には、あの浪人から奪った剣がぶら下がっている』
清吉:ふう・・・
ぜん:『長屋が立ち並ぶ場所に行ってみると、井戸で水汲みをしている男がいた。』
清吉:ん?
ぜん:なあ、アンタ。この長屋に清吉って奴が住んでると思うんだが、知らねえか?
清吉:清吉ってのは俺だが、アンタは?
ぜん:そうか、おめえが・・・
清吉:?
ぜん:とらは、とらはどこだ!?
0:ぜん、清吉の両肩を掴む。
清吉:ちょっ!いきなりなんだよ!?
ぜん:とらに会わせてくれ!なあ、頼むよ!
清吉:落ち着いてくれ!あいつはもうここにはいねえよ!
ぜん:え・・・?
清吉:アンタ、あいつの知り合いか?・・・立ち話もなんだ、俺の長屋に来なよ。
0:清吉の長屋
ぜん:・・・そうか。おめえがとらを助けてくれたんだな。
清吉:ああ。しかし残念だったな、あいつもアンタに会いたかっただろうに。
ぜん:とらは、いつまでここにいたんだ?
清吉:(少し考えて)出ていって、もう三年になるかねえ。
ぜん:そんなに前なのか・・・
ぜん:『やっと近づいたと思ったとらが、また遠ざかった。俺は途方に暮れた。』
清吉:ここを出てからは、隣町にある「山崎屋」って店にいたはずだが、二年前に火事になってね、そこで働いてた女たちは散り散り(ちりぢり)に・・・
ぜん:待て、その「山崎屋」ってのは・・・
清吉:え?
ぜん:な、何の店だ?
清吉:ちと言いにくいんだが・・・
ぜん:・・・
清吉:女郎屋だ。
ぜん:っ!
清吉:まあ、女子(おなご)が一人で生きていくとなりゃあ、やっぱり、な?
ぜん:そんな・・・
ぜん:『それだけは・・・それだけは、あって欲しくなかった!せっかく売られそうになったアイツを助けたのに、結局・・・』
清吉:大丈夫かい?顔色が悪いぜ?
ぜん:(俺の・・・俺のせいだ!何もかも!)
清吉:まあ、親しい相手が女郎になったってんじゃ、無理もねえか。
ぜん:・・・
清吉:けどよ、山崎屋ってのは、かなり手広く商いをやってたんで、女郎達も良い暮らしをしてたって話だぜ。だから俺も・・・
ぜん:「俺も」なんだ?
清吉:あ、いや・・・
ぜん:・・・とらは何でここを出て行ったんだ?
清吉:え?ああ!(少しだけ笑いながら)アイツ「いつまでも俺に甘えるわけにはいかねえ。自分の食い扶持(くいぶち)は自分で稼ぐ」なんて言い出してよ・・・
ぜん:『清吉の口元がわずかに歪んだのを、俺は見逃さなかった。』
清吉:俺の方は、いつまで居てくれても構わなかったんだが・・・
ぜん:嘘だ・・・
清吉:え?
0:ぜん、清吉の襟元を掴む。
清吉:な、何すんだ!放せよ!
ぜん:てめえ!とらを売り飛ばしやがったな!
清吉:っ!
0:回想
とら:なあ、何があったんだよ?
清吉:・・・やっちまった。
とら:え?
清吉:負けたんだよ!それも大負けだ!
とら:博打でか?
清吉:他に何があるってんだ!
とら:・・・
清吉:ちくしょう。アイツらぜってえサイコロに仕掛けしてやがったんだ!でなきゃ、あんな良い出目(でめ)が続くわきゃねえ!
とら:どんくらい負けたんだ?
清吉:もう「すっからかん」だよ!何も残っちゃいねえ。
とら:そんな・・・
清吉:・・・
とら:ま、まあ、そんなに落ち込むなよ。一から出直しだと思えば良いじゃねえか!
とら:オラも手伝うからよ。二人で地道にやっていこう。な?
とら:『出て行くつもりだったが、こうなっては仕方ない。それに、世話になった恩を返す良い機会だ。』
清吉:とら・・・すまねえ。
とら:良いんだ。
清吉:本当にすまねえ。
とら:そんな何回も謝んなよ。
清吉:許してくれ・・・
とら:え?・・・アンタ、一体何の話してんだ?
清吉:もう銭がなくなって、後一勝負すれば取り返せると思ったんだ!だから・・・
とら:まさか・・・
清吉:・・・
とら:銭の代わりに、オラを賭けたとか言うんじゃねえよな?
清吉:・・・すまねえ。
とら:嘘だ・・・オラは、どうなるんだ?
清吉:べ、別に命を取られるわけじゃねえ!行くとこだって、隣町の大きな店だ!
とら:店?何の店だ?
清吉:・・・わかんだろ?
とら:っ!
清吉:お前の器量ならきっと大事にしてもらえる!だから、そんな悪い話じゃねえよ。
とら:・・・ふざけんな。
清吉:え?
とら:ふざけんな!オラは絶対行かねえぞ!
清吉:ま、待ってくれよ!それじゃ困るんだ!
とら:『女郎にだけは、なるわけにはいかない。それは、ぜんの思いを裏切る事になってしまう。』
清吉:頼むよ!俺を助けると思って!な?
とら:自分が博打で負けたからって、人を勝手に売り飛ばしやがって!
清吉:なあ、堪忍(かんにん)してくれよ。
とら:この人でなし!
清吉:・・・なんだと?
0:現在
ぜん:この野郎!よくも!
清吉:お、落ち着けよ!
ぜん:よくもそんな真似を!
清吉:仕方なかったんだ!他にどうしようも・・・
ぜん:この外道が!
清吉:・・・なんだと?
0:回想(回想と現在が交錯)
清吉:おい、こちとら行き倒れそうになってたところを助けてやったんだぞ?
清吉:俺が居なけりゃ、お前はとっくにくたばってたんだ。その大恩人に向かって、ずいぶんな言い草じゃねえか!
とら:っ!
清吉:これまで散々世話してやったんだ。恩返しするのは当然じゃねえのか!ああっ!!
とら:てめえ・・・
0:現在
ぜん:てめえ・・・
清吉:ああ、そうか。お前、アイツに惚れてたのか?
ぜん:っ!
清吉:図星かよ(笑いながら)健気だねえ。まあ、分からんじゃねえよ。アイツは確かに良い女だ。
清吉:ちっと品は足りねえが、器量は良いし、(下品な笑い)あっちの具合は格別だしなあ。
ぜん:(息を呑む)何・・・だと・・・?おめえまさか!
清吉:ああん?何が「まさか」だよ?頂いたに決まってんだろ。
0:回想
0:清吉、とらの両腕をつかむ。
とら:くっ!離せ!
清吉:このまま行かせるのも癪(しゃく)だしよ、ちょいと味見しとくか。
とら:っ!
清吉:その前に、コイツは返してもらうぜ。売れば幾らかにはなんだろ。
とら:『清吉は私の髪から簪(かんざし)を奪い取った。』
とら:あっ!
清吉:こんなもんまで買ってやって、毎日不味い飯も食ってやったのに、結局最後まで靡(なび)かなかったな。
清吉:お前の方から股開かせようと、お上品にしてやったのによ。
とら:おめえ、最初からそのつもりでオラを・・・
清吉:当たりめえだろ?お前みたいな小汚い女、善意だけで世話するやつがいるか?下心があるに決まってんだろうが!
とら:そんな・・・
清吉:回りくどい真似せずに、最初からこうしときゃ良かったんだよな!
0:清吉、とらの着物をはだけさせる。
とら:いやあっ!このっ!(清吉の腕に噛み付く)
清吉:いてっ!このアマ!!
0:清吉、とらを平手打ちする。
とら:うあっ!
清吉:お、良い顔するじゃねえか。(下品な笑い)勝ち気な女のそういう顔、たまんねえんだよなあ。
とら:離せ!離せえ!
清吉:へへへ、諦めろよ。
とら:やめてえ!お願い!
清吉:(興奮しながら)駄目だ、もう我慢できねえ!
とら:助けて・・・ぜん!ぜん!!助けてええええ!!!
清吉:(下品な笑い)いやあ、最高だったぜ。今思い出しても「おっ立って」きちまう。
清吉:でよ、なんか「すんなりいかねえ」と思ったら、なんとアイツ初めてでよ!得したぜ!
ぜん:(怒りに震えている)
清吉:あ、そうか。という事は、アンタ「まだ」だったんだな?そいつは悪いことしたなあ。(大笑いする)あ、何で刀抜いて・・・?
ぜん:うわあああああ!(剣を振り下ろす)
清吉:危ねぇ!何しやがんだ!
ぜん:があっ!(斬りつける)
ぜん:『俺は剣を振るった。だが、頭に血が上った俺の斬撃は精度を欠き、清吉にかわされてしまう』
清吉:この野郎・・・刀抜きゃあ、怖気付く(おじけづく)とでも思ってんのか!?
ぜん:『清吉が懐から短刀を取り出した』
清吉:俺は博徒(ばくと)だぜ?修羅場ならいくつもくぐってきたんだ!
ぜん:やあああ!(剣を振る)
清吉:おっと!(かわす)そんな大振りじゃ当たんねえよ。お前、真剣抜いたの初めてか?
ぜん:(荒い呼吸)
清吉:そらあっ!(斬りつける)
ぜん:うぐっ!
清吉:ははは!侍も大したことねえなあ!
ぜん:『清吉の短刀が、俺の腕を斬りつけた。血が、手を伝って(てをつたって)床に流れ落ちる』
清吉:どうした?あ?来ねえのかよっ!?
ぜん:くそおおお!
ぜん:『俺は渾身の斬撃を放った。しかし・・・』
ぜん:ぐっ!?
清吉:(笑いながら)お前何やってんだよ?
ぜん:『剣が、長屋の天井に突き刺さって抜けなくなってしまった』
清吉:(笑いながら)部屋の中で長刀振り回すからだよ!武芸の初歩じゃねえか、俺でも知ってるぜ。
ぜん:(引き抜こうとしながら)ぐっ!・・・くそっ!・・・
清吉:間抜けな奴。
清吉:大体、女を傷物(きずもの)にされたぐらいでなあ・・・刀振り回してんじゃねえよ!
ぜん:があああああ!!
清吉:なっ!?
ぜん:『俺は刀を振り下ろした』
清吉:っ!こいつ・・・天井ごと斬ってきやがった。
ぜん:・・・
清吉:(天井を見て)あっ!てめえ!天井にでっけえ傷が付いたじゃねえか!どうしてくれんだよ!?
ぜん:・・・
清吉:もう容赦しねえぞ・・・あれ?
ぜん:・・・
清吉:なあ、お前・・・・・・
清吉:俺の右手、どこいったか知らねえか?
ぜん:・・・
清吉:お、おっかしいなあ。さ、さっきまで腕にくっついてたはずなのによう。
清吉:あ、床に落っこちてるじゃねえか。あ、あれ?何でだあ?
清吉:あ・・・
清吉:痛い・・・・・・痛い・・・痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!!
ぜん:らあっ!(斬りつける)
清吉:がっ!痛え・・・痛えよお!!
ぜん:だあっ!(斬りつける)
清吉:ぎゃっ!や、やめてくれ!もう斬らねえでくれよう!
ぜん:やあっ!(斬りつける)
清吉:あうっ!痛えって言ってるじゃねえか!
清吉:(泣きながら)もう勘弁してくれ。俺が悪かったよう。謝るからよう。
ぜん:うがあっ!(斬りつける)
清吉:ぐふっ!誰かあ!助けてくれええ!
清吉:人斬りだあ!人斬りが、ここにいるんだああ!!
ぜん:『声が聞こえた。』
先生:『とどめをさせ!』
ぜん:うがあっ!
清吉:うあっ・・・
ぜん:『その一撃が脳天に直撃すると、清吉はばたりと倒れて動かなくなった』
ぜん:『俺は動かなくなった清吉の体めがけて何度も剣を叩きつけた。』
ぜん:(剣を振り下ろしながら)ああっ!ああ!ああ!ああ!ああ!ああ!ああ!ああ!
ぜん:『感触が変わった。剣が折れたのだ。俺はようやく、剣を振るのを辞めた。』
ぜん:『辺り一面、血の海だった。床も壁も天井も。俺の足元には、かつて人であった、肉の塊(かたまり)が転がっている。』
ぜん:(崩れ落ちながら)うぅぅぅぅぅ・・・あぁぁぁぁぁ!!!
0:町中
ぜん:(ふらふらと歩いている)
ぜん:『俺は町を歩いていた。体は返り血で真っ赤に染まり、右手には折れた剣、虚ろな目をしたまま、ふらふらと歩いていた』
ぜん:『すれ違う人は、驚いた表情で俺を見ていた。悲鳴を上げる者もいる』
ぜん:(人を・・・斬っちまった・・・)
ぜん:『とらの受けた仕打ちに対する怒りと哀しみ、人を斬ったことに対する罪悪感・・・俺の心はぐちゃぐちゃだった』
浪人:(ぜんの背後から声をかける)おい。
ぜん:?(振り返った瞬間)
浪人:剣を返せ!(斬りつける)
ぜん:がはっ!(倒れる)
ぜん:『胸に鋭い痛みが走った。』
浪人:(折れた刀を拾い上げ)これ・・・俺の剣か!?
浪人:おのれ、せっかくの名刀を!
ぜん:(苦しそうな息遣い)
ぜん:『胸の痛みは全身に広がり、体中が熱くなった。段々と意識が薄れていく・・・』
浪人:許さん!
ぜん:(・・・死ぬのか)
ぜん:(・・・そうだな。こんな苦しい想いを抱えたまま生きるよりは、いっそ・・・)
浪人:・・・随分と苦しそうだな。今とどめを刺してやる!
ぜん:『薄れゆく意識の中で、俺の目は近づいてくる人影を捉えた』
一刀斎:(ぜんを見下ろしながら)無様だな。
浪人:っ!?何だ貴様は?
ぜん:せん・・・せい・・・
一刀斎:(視線を浪人に向け)こいつの師だ。
浪人:何!?(剣を構える)弟子を救いに来たか!
一刀斎:ただの散歩だ。
浪人:戯言を!
ぜん:『先生が浪人と対峙する』
浪人:なっ!?扇子(せんす)だと!まさかそれで俺の相手をすると言うのか!
一刀斎:そうだ。
浪人:馬鹿にしおって、覚悟しろ!
一刀斎:お前がな。
ぜん:『先生の体から、殺気が放たれる。浪人の顔から血の気が引いた』
浪人:ぐっ!
一刀斎:どうした?こんな扇子が怖いのか?
浪人:ふ、ふざけるな!はあああ!
ぜん:『浪人は斬撃を放った。だが、その切っ先は、先生の鼻先をかすめただけだった』
浪人:そんな!
一刀斎:はっ!
ぜん:『先生の扇子が、浪人の頭を打った』
浪人:っ!
ぜん:『浪人は崩れ落ちるように倒れ、少しの間はびくんびくんと痙攣していたが、やがて動かなくなった』
一刀斎:(扇子をしまいながら)つまらん。
ぜん:(先生は・・・扇子で、人を殺せる・・・)
一刀斎:(ぜんを見下ろす)
0:宿
夜鷹:ああ、おかえり・・・って一体どうしたんだい!?
一刀斎:(担いでいたぜんを畳の上に下ろす)
ぜん:うぅ・・・
夜鷹:すごい血じゃないか!ああ、どうしよう!どうしよう!
一刀斎:おい。
夜鷹:このままじゃこの子死んじゃうよ!い、医者!そうだ医者を・・・
一刀斎:おい!
夜鷹:ひっ!何だよ!?
一刀斎:宿の者から酒をもらってきてくれ。
夜鷹:はあ!?酒なんか飲んでる場合かい!
一刀斎:阿保、飲むためではない。あと、針と糸もだ。
夜鷹:え?まさかあんたが縫うのかい?
一刀斎:お前がやるか?
夜鷹:出来るわけないだろ!医者を呼んだ方が良いんじゃないかい?
一刀斎:それは後だ。早く血止め(ちどめ)をしないと、こいつは死ぬ。
夜鷹:でも・・・
一刀斎:急げ!
夜鷹:ああもう!わかったよ!
0:夜鷹、急ぎ部屋を出て行く。
ぜん:(うめき声)
一刀斎:「痛みを感じるな」と教えたのを忘れたか?
ぜん:俺・・・は・・・
一刀斎:せっかく初めて人を斬ったんだろう?ここで死んでは勿体無いぞ?
ぜん:・・・
0:時間経過
夜鷹:ほら、もらってきたよ!
一刀斎:まずは酒だ。よこせ。
夜鷹:は、はい。(とっくりを渡す)
一刀斎:(酒を口に含み)
一刀斎:(傷口に吹きかける)
ぜん:ぐうっ!
夜鷹:ひぇっ・・・
一刀斎:次は針と糸だ。
夜鷹:は、はいよ。(針と糸を渡す)
一刀斎:動くなよ。手元が狂ってもしらんぞ。(縫い始める)
ぜん:ううううう!
一刀斎:わめくな。舌を切り落とすぞ。
ぜん:ふぅっ!ふぅっ!ふぅっ!
夜鷹:ど、どれ、汗でも拭いてあげようかね。
一刀斎:触るな!
夜鷹:ひぃっ!
ぜん:『体中を激痛が走る。俺はうめき声を上げ続けた。』
ぜん:『しかし先生は、そんなことは意に介さない様子で、淡々と縫い進めていく』
一刀斎:あと半分くらいか。
ぜん:せん・・・せい・・・
一刀斎:ん?
ぜん:死な・・・せて・・・
一刀斎:・・・
ぜん:死な・・・せ・・・(失神)
夜鷹:気を失ったみたいだね。
一刀斎:おい。
夜鷹:なんだい?
一刀斎:何をぼさっとしている?医者を呼んでこい。
夜鷹:へ?あんた「それは後だ」って・・・
一刀斎:今がその「後」だ。
夜鷹:ええ・・・
一刀斎:さっさと行け!
夜鷹:わ、わかったよ!全く人使いが荒いねえ!(部屋を出て行く)
一刀斎:おい。
ぜん:・・・
一刀斎:俺はまだ楽しんでいないぞ。
一刀斎:お前は俺が拾ったのだ。だから、勝手に死ぬことは許さん。
一刀斎:お前は、俺の物だ。
0:ニ年前、山崎屋
とら:『鏡が私を写し出す。肌にはおしろいを塗り、髪を結い、唇には紅(べに)をさした、一年前とは別人になった私を。』
とら:『私の後ろでは、男がいびきをかいて寝ている。今晩はこの男で何人目だったろうか?』
とら:『毎夜毎夜、数人の男が入れ替わり立ち替わり現れては、私を抱いて行く。』
とら:『私の心は死んでしまった。もう、何も感じない。悲しいとも、辛いとも、もう何も。』
とら:(もう、ここで終い(しまい)にしよう。)
とら:『私は、行燈(あんどん)の枠を外し、蝋燭(ろうそく)を手に持つ。そして、畳の上に落とした。』
とら:『火はあっという間に炎となった。寝ていた男は炎に気付いて飛び起き、ふんどし姿で悲鳴をあげながら出て行った。』
とら:『炎はどんどん大きくなる。真っ黒な煙が、私の視界を覆う。』
とら:『障子(しょうじ)が勢いよく開け放たれた。入ってきたのは、店に雇われている男達だ。』
とら:『男達は呆然と立ち尽くす私を担ぎ上げた。彼らは店にとって大切な「商品」である私達を守る役目を負っていたのだ。』
とら:『私は男に運ばれながら、広がる炎と、それによって崩れ落ちる店を見ていた。全てが灰と塵に化していく光景は、神秘的だとさえ思えた。』
とら:(私も、消えてなくなりたい・・・)
0:宿
ぜん:(杖をつきながら宿の廊下を歩く)くっ・・・うっ・・・
夜鷹:あっ!何やってんだい!寝てなきゃ駄目じゃないか!
ぜん:もう・・・大丈夫・・・
夜鷹:大丈夫なわけないだろ!どれだけの怪我だったと思ってるんだい!
ぜん:先生が、三日後に発つ(たつ)って言ってたから、今のうちに、体を動かしておかないと・・・
夜鷹:三日後!?そんな無茶な!弟子の体を何だと思ってるんだい!
ぜん:先生は、そういう人だから・・・
夜鷹:あんた、聞き分けが良すぎるよ。
ぜん:本当に大丈夫だから。それよりあんた・・・
夜鷹:ん?
ぜん:その格好・・・旅支度(たびじたく)じゃないか。どこかへ行くのか?
夜鷹:ああ、そろそろ元の夜鷹暮らしに戻ろうかと思ってね。
夜鷹:あんたらと一緒の生活は楽だけど、人の世話になりっぱなしってのは、どうも居心地が悪くてね。
ぜん:そうか。世話になったな。ずっと看病してくれたんだろ?ありがとう。
夜鷹:何言ってんだい、礼を言うのはこっちの方さ。しばらくぶりに、人間らしい暮らしをさせてもらったよ。
ぜん:・・・なあ。
夜鷹:なんだい?
ぜん:・・・女郎でいるってのは、やっぱり辛い事か?
夜鷹:・・・そうさねえ。まあ、楽ではないね。いつおっ死(ち)んじまうかも分かんないし。
ぜん:・・・
夜鷹:でもさ、良い事だってあるよ。あんたらみたいな、良い人に出会えたり、とかね。
ぜん:・・・そうか。
夜鷹:それに気楽だしね。私の性(しょう)には合ってるんだよ。
ぜん:・・・
夜鷹:・・・でもね、一つだけ心残りがあるんだ。
ぜん:心残り?
夜鷹:(ぜんの耳元で囁く)あんたの「初めて」を、もらい損ねちまった事さ。
ぜん:う・・・
夜鷹:・・・
夜鷹:(吹き出す)
ぜん:(笑う)
夜鷹:・・・あの「先生さん」と一緒じゃ、命がいくつあっても足りないだろうね。それでも・・・
0:ぜんの肩に手を添える。
夜鷹:何があっても、命を粗末にするような真似だけは、するんじゃないよ。
ぜん:・・・ああ。
0:中庭
一刀斎:よう。
ぜん:『中庭に出ると、先生が岩に腰掛けていた。その手には、俺が折ってしまった剣があった』
一刀斎:せっかくの剣をこんなにしおって。
ぜん:・・・すみません。
一刀斎:何故俺に謝る。
ぜん:・・・
一刀斎:こっちへ来い。
ぜん:『先生はそう言うと、帯に差していた脇差(わきざし)を鞘ごと抜き、俺に差し出した。』
一刀斎:ほれ。
ぜん:え?
一刀斎:くれてやる。
ぜん:先生の、脇差を?
一刀斎:長刀は自分で何とかせい。
ぜん:・・・ありがとう、ございます。
0:ぜん、脇差を受け取る。
一刀斎:そうだ、名は?
ぜん:え?
一刀斎:お前の名だ。
ぜん:『弟子入りして半年以上経つというのに、先生は俺の名前を覚えていなかった。』
ぜん:ぜん、です。
一刀斎:そうか・・・
ぜん:『先生は何かを考えこむように視線を空に向けた。そして、ぽつりと呟いた。』
一刀斎:善鬼(ぜんき)だ。
ぜん:ぜん、き?
一刀斎:善き(よき)鬼と書いて善鬼。これからはそう名乗れ。
0:つづく
一刀斎:おい。今日はお前に良いものを持ってきてやったぞ。
ぜん:え?
夜鷹:こんばんわ。
ぜん:『白い頭巾(ずきん)に着崩した着物、脇にはござを抱えている。』
ぜん:『夜鷹(よたか)と呼ばれる女郎の一種だろう。先生が時々、そういう女を買っているのは知っていた。』
夜鷹:なかなか可愛い子じゃないか。私の好みだよ。
ぜん:せ、先生。これは一体?
一刀斎:ん?お前、最近よく励んでいるからな。これは俺からの褒美だ。
夜鷹:(妖しく笑う)
ぜん:先生、お、俺は・・・
一刀斎:さあ、「いたす」がよい。
夜鷹:ほら、「先生さん」もこう言ってるんだし、一緒に楽しもうじゃないか。
ぜん:『そう言って、夜鷹がござを敷き始めた。』
一刀斎:上玉を選んでやったぞ。良かったなあ。
ぜん:『褒美など、とんでもない。先生は俺の反応を見て、面白がっているだけだ。』
夜鷹:さあ、支度ができたよ。こっちへおいで。
ぜん:『でも俺は、俺には・・・』
夜鷹:ウフフ、固まっちゃって、本当かわいい・・・手解き(てほどき)が必要みたいだねえ。
0:夜鷹が着物の帯に手をかける。
ぜん:な、何をする?
夜鷹:何って・・・着物を脱がすんだよ。着たまんまじゃできないだろう?
ぜん:よせっ!(夜鷹を突き飛ばす)
夜鷹:きゃっ!
一刀斎:おい。
ぜん:っ!
一刀斎:まさかとは思うが、俺の折角(せっかく)の心遣い、「受けれぬ」などとは言うまいな?
ぜん:い、いや・・・
夜鷹:(ぜんに抱きつきながら)ほら、捕まえた。
ぜん:うっ!
夜鷹:そうれっ!
ぜん:『俺は、ござの上に押し倒された。』
夜鷹:全部、私に任せれば良いからね。
ぜん:(荒い呼吸)
一刀斎:存分に楽しめ。
ぜん:『夜鷹の顔が、俺の目の前にある。』
夜鷹:さあ、極楽浄土(ごくらくじょうど)へ連れて行ってあげよう。
ぜん:(さっきよりも荒い呼吸。過呼吸気味)
ぜん:(俺には・・・俺には!)
ぜん:(そのまま気絶)
夜鷹:・・・・・・あら?
一刀斎:どうした?縮こまっておるのか?
夜鷹:この子・・・気を失っちゃったよ。
一刀斎:は?
夜鷹:・・・
一刀斎:(笑い声。最初は小さく、だんだんと大きく)
夜鷹:まったくもう!
ぜん:『俺には・・・とらが・・・』
0:清吉の長屋。寝ているとらと、それを立って見下ろしている清吉。
とら:(寝息を立てている)
清吉:とら・・・
0:清吉、とらに覆い被さり、顔を近づけていく。
とら:ん・・・(目覚める)っ!
とら:『目覚めると、私の目の前に清吉の顔があった。』
清吉:とらっ!
とら:うわっ!
0:とら、清吉を突き飛ばす。
清吉:ぐはっ!
とら:あっ!すまねえ、大丈夫か?
清吉:いてて・・・
とら:突き飛ばしてごめんよ。起きたらアンタの顔が目の前にあったからよ、びっくりして・・・
清吉:いや、大丈夫だ。
とら:・・・何、してたんだ?
清吉:それは・・・
とら:『察しはついていた。』
清吉:す、すまねえ!お前の寝顔見てたら、何か変な気分になってきて・・・その、俺も、一応男だからよ。
とら:・・・
清吉:お、俺、どうかしてたんだ!本当にすまねえ!
とら:『ここで一緒に暮らすようになってもうすぐ二月(ふたつき)。清吉がどうやら私をそういう目で見ているらしい事には、薄々気付いてはいた。』
とら:『気付いていたが、気付かないふりをしていた。』
清吉:でもよ、お前も本当は、俺の気持ち、気付いてんだろ?
とら:え?
清吉:俺は・・・お前に惚れてんだ!
とら:っ!
清吉:なあ、俺と一緒に・・・なっちゃくれねえか?
とら:それは・・・
清吉:・・・駄目なのか?
とら:・・・ゴメン。
清吉:どうしてだ?他に、好きな奴でもいんのか?
とら:・・・
清吉:そうか・・・
とら:オラは・・・
清吉:起こして悪かったな、おやすみ。
とら:『清吉は自分の寝床(ねどこ)に戻っていった。』
0:翌朝
清吉:おはよう、とら!
とら:お、おはよう・・・
とら:『翌朝、清吉はいつもと変わらない様子だった。昨晩の事は忘れてしまったように・・・』
清吉:じゃあ、行ってくらあ。
とら:あのよ!
清吉:なんだ?
とら:オラ、今度こそ出ていくよ。
清吉:まだそんな事言ってんのか?いつまでも居てくれて良いって言ったろ。
とら:そういうわけにはいかねえよ。
清吉:何でだ?もしかして、昨日の事を気にしてんのか?
とら:・・・
清吉:俺は一向に構わねえぜ。何も気にしちゃいねえよ。
とら:え?
清吉:だから、出て行くなんて言うなよ。それに・・・
とら:?
清吉:俺、諦めねえから。お前の気が変わるのを、気長に待ってるからよ。
とら:だからそれは・・・
清吉:じゃあ行ってくる。今日はでかい勝負があるからよ、勝ったらまた美味いもん持って帰ってくるぜ!
とら:『そう言って清吉は、私の話を遮って(さえぎって)行ってしまった。私に出て行って欲しくないんだろう。』
とら:『でも、もうここには居られない。』
0:朝 一刀斎達が逗留している宿
ぜん:(あくびをする)
夜鷹:あ、おはよう。
ぜん:お、おお・・・
夜鷹:(伸びをする)気持ちの良い朝だねえ。
ぜん:『あの時出会った夜鷹は、何故かその後もずっと付いてきた』
夜鷹:今日の朝飯は何だろうねえ?ほんと極楽だよ。毎日「おまんま」にありつけて、柔らかい布団で眠れてさあ。
夜鷹:ちょっと前までは、明日も知れない路上暮らしだったのにねえ。先生さんには感謝してもしきれないよ。
ぜん:それは・・・良かったな。
夜鷹:まあその分(ぜんの耳元に口を寄せる)毎晩たあっぷり、体でお礼はしてるけどねえ。
ぜん:う・・・
夜鷹:(笑う)本当、可愛いねえ。
ぜん:『正直俺は、先生にまたいつ「抱け」と命じられるかも知れないと、冷や冷やしていた』
夜鷹:あら、先生さん。
ぜん:おはようございます、先生。
一刀斎:おい。
ぜん:はい。
一刀斎:着いて来い。
ぜん:どこへですか?
一刀斎:良いから来い。
夜鷹:私は連れて行ってくれないのかい?
一刀斎:お前は留守番だ。
夜鷹:ふん、つまらないねえ。
0:町
ぜん:『俺は先生に連れられ町に出た。』
一刀斎:お前、真剣が欲しくはないか?
ぜん:え?
一刀斎:お前も武芸者ならば、いつまでも木刀では格好がつかんだろう。
ぜん:『俺は未だに真剣を持たず、帯には木刀を差していた。真剣を買おうにも、そんな銭は持っていない。』
ぜん:真剣を、もらえるんですか?
一刀斎:そうだ。師としてそれぐらいの面倒は見んとな。
ぜん:ありがとうございます。
ぜん:『嬉しかった。これでようやく、俺も武芸者の仲間入りだと思った。』
ぜん:『だが、なぜか先生は刀剣商(とうけんしょう)の店の前を通り過ぎた。』
ぜん:先生?
一刀斎:お、あれなんかどうだ?
ぜん:『俺たちは町を抜け、港まできていた。心なしか、柄(がら)の悪い連中が多い気がした。』
一刀斎:あの剣、お前には手頃ではないか?
ぜん:えっと・・・どこに剣があるんです?
一刀斎:ほれ、あそこだ。
ぜん:『先生が指し示す方角にあったのは・・・』
0:浪人、剣を見せびらかしながら談笑している。
浪人:どうだ?中々の業物(わざもの)だろう?博打(ばくち)の形(かた)に取り上げてやったのよ。(笑う)
ぜん:もしかして・・・あの浪人が持っている剣でしょうか?
一刀斎:そうだ。
ぜん:あれを・・・どうしろと。
一刀斎:とってこい。
ぜん:・・・
一刀斎:案ずるな。ああいう手合い(てあい)は、剣を奪われたとて、役人に届け出る様な「お行儀の良い」ことはせぬ。
ぜん:『真剣を持つ相手に、木刀で挑めと言うのか・・・』
一刀斎:まさか、怖気(おじけ)付いたわけではあるまいな?
ぜん:『また、あの目だ。あの目には、逆らえない。』
一刀斎:行くのか、行かないのか。
ぜん:・・・分かりました。
0:木刀を抜いて浪人に近づく。
浪人:ん?何か用か若造?
ぜん:やあああああ!
浪人:うおっ!何だ貴様!?気でも狂ったか!?
ぜん:『一撃目はかわされた。しかし、ここで終わるわけにはいかない!』
ぜん:うおおおおお!
浪人:くっ!どうやら死にたいらしいな!
ぜん:『浪人が剣を抜いた。刀身がきらりと光る。』
浪人:丁度良い。こいつの斬れ味を試させてもらうぞ。
ぜん:『背筋に悪寒が走った。しかし、俺の後ろには先生がいる。』
一刀斎:『剣を恐れるな。』
浪人:喰らえ!
ぜん:『浪人が斬撃を放つ。かわしきれず、右膝を斬られてしまった。』
ぜん:くっ!
一刀斎:『痛みを恐れるな。』
ぜん:でやああああ!
浪人:こいつ!このっ!
ぜん:『浪人が再び剣を振るった。先程は不意をつかれたが、よく見るとその斬撃にはまるで鋭さがなかった。先生とは大違いだ。』
浪人:(激しく息をつく)
ぜん:(大丈夫だ。俺はいつも先生の相手をしてんだぞ?こんなやつ、どうってことねえ!)
浪人:おおおおお!
ぜん:遅い!はあっ!
浪人:ぐあっ!
ぜん:『俺の一撃は、浪人の小手(こて)を打った。手から剣が落ちる。俺は素早く浪人の剣を拾い上げた』
浪人:ぐぅぅ・・・
ぜん:(やった!俺の勝ち・・・)
一刀斎:(遮って)とどめをさせ!
ぜん:っ!
ぜん:『一瞬、思考が停止した。とどめをさす?俺が、こいつを斬る?俺が・・・人を殺す?』
浪人:くっ!
ぜん:『浪人は慌てて逃げ出した。俺は追おうとしたが・・・』
ぜん:うっ!
ぜん:『足に力を入れたとたん、斬られた箇所に痛みが走り、つまずいた。その隙に、浪人は遥か遠くに駆け去ってしまった。』
ぜん:あ・・・
一刀斎:(舌打ち)
0:一刀斎、ぜんに近づいてくる。
ぜん:先生、すいません、逃してしまいました。
一刀斎:どう思った?
ぜん:え?何を・・・がはっ!
ぜん:『突然、先生に殴られた。』
一刀斎:あの浪人が逃げた時、どう思った?
ぜん:それは・・・「しまった」と思いました。
一刀斎:っ!
0:一刀斎、再びぜんを殴る。
ぜん:ぐはっ!
一刀斎:どう思ったかと聞いている。
ぜん:せ、先生?
一刀斎:言え!(殴る)
ぜん:ぐぅっ!
一刀斎:言え!!(殴る)
ぜん:ごはっ!
一刀斎:どう思った!?(殴る)
ぜん:・・・・・・安心、しました。
一刀斎:何故だ?
ぜん:・・・斬らずに済んだと・・・人を、殺さずに済んだと!
一刀斎:・・・腰抜けめ。
ぜん:・・・
一刀斎:今度躊躇う(ためらう)ような事があれば、俺がお前を斬るからな。
0:その夜
ぜん:(走っている息遣い)
ぜん:『その夜、俺は先生の元を逃げ出した。』
ぜん:(無理だ!俺には無理だ!)
ぜん:(走っている息遣い)
ぜん:『俺は走り続けた。しかし・・・』
一刀斎:どこへ行く?
ぜん:っ!せん、せい・・・
一刀斎:逃げるのか?
ぜん:先生、俺には・・・俺には無理です!俺に人は斬れません!
0:一刀斎がぜんの両肩に手を置く。
一刀斎:駄目だ。
ぜん:お願いします!もう辞めさせて下さい!
一刀斎:駄目だ!
ぜん:っ!
一刀斎:お前はもう、俺のものだ。逃げることは許さん。
一刀斎:お前はこれからも俺の元にいて、そして、人を斬るのだ。
ぜん:・・・
ぜん:『喧嘩は数え切れないくらいやってきた。だが、命のやり取りは、人に殺意を抱いた事は今までない。』
ぜん:『・・・いや、一度だけある。そうだあの時だ。とらを傷付けようとした奴に、かつて俺は、殺意を向けた。』
0:清吉の長屋
とら:『今日は、いつもより帰りが遅い。博打が盛り上がっているのか・・・』
とら:『帰ってきたら、清吉ともう一度話をするつもりだった。やはりここを出て行くと。』
とら:『私は清吉の気持ちに応えることはできない。それはいつまで待っても同じことだ。』
とら:『ここを出て・・・そして、ぜんのところへ帰る』
とら:『私は間違っていた。ぜんの元を離れるべきではなかったのだ』
とら:『ぜんの居る所が、私のいるべき場所だ。』
とら:『私はようやく、その事に気付いた』
とら:『見つけられるかは分からない。でも絶対に諦めない』
とら:『私はぜんと添い遂げる、と胸に強く想っていた』
とら:(帰ってきた!)
清吉:・・・
とら:おかえり?
清吉:(怯えた様子)
とら:どうした?何かあったのか?
清吉:・・・
とら:『清吉は何も言わず、瓶(かめ)の水を柄杓(ひしゃく)ですくうと、一息(ひといき)に飲んだ。』
清吉:(水を飲む)
とら:清吉さん?
清吉:・・・とら。
とら:『それは初めて見る、清吉の怯えた顔だった。』
0:町中
ぜん:『武芸者としての修行の傍ら、俺はとらを探し続けていた。僅かな手掛かりを辿りながら、様々な場所や人を尋ねて回った。』
ぜん:『そしてようやく、とらが、ある町人(ちょうにん』の所で暮らしているらしいという情報を手に入れた。』
ぜん:『俺は歓喜した。ついに、とらを見つけられるかもしれない。』
ぜん:『ただ、一つ引っかかったのは、その町人が独り身の男だという事だ。とらとは、どういう関係なんだろう?』
ぜん:『心がざわついた。』
ぜん:『俺はその町人が住むという長屋に行ってみた。』
ぜん:『腰には、あの浪人から奪った剣がぶら下がっている』
清吉:ふう・・・
ぜん:『長屋が立ち並ぶ場所に行ってみると、井戸で水汲みをしている男がいた。』
清吉:ん?
ぜん:なあ、アンタ。この長屋に清吉って奴が住んでると思うんだが、知らねえか?
清吉:清吉ってのは俺だが、アンタは?
ぜん:そうか、おめえが・・・
清吉:?
ぜん:とらは、とらはどこだ!?
0:ぜん、清吉の両肩を掴む。
清吉:ちょっ!いきなりなんだよ!?
ぜん:とらに会わせてくれ!なあ、頼むよ!
清吉:落ち着いてくれ!あいつはもうここにはいねえよ!
ぜん:え・・・?
清吉:アンタ、あいつの知り合いか?・・・立ち話もなんだ、俺の長屋に来なよ。
0:清吉の長屋
ぜん:・・・そうか。おめえがとらを助けてくれたんだな。
清吉:ああ。しかし残念だったな、あいつもアンタに会いたかっただろうに。
ぜん:とらは、いつまでここにいたんだ?
清吉:(少し考えて)出ていって、もう三年になるかねえ。
ぜん:そんなに前なのか・・・
ぜん:『やっと近づいたと思ったとらが、また遠ざかった。俺は途方に暮れた。』
清吉:ここを出てからは、隣町にある「山崎屋」って店にいたはずだが、二年前に火事になってね、そこで働いてた女たちは散り散り(ちりぢり)に・・・
ぜん:待て、その「山崎屋」ってのは・・・
清吉:え?
ぜん:な、何の店だ?
清吉:ちと言いにくいんだが・・・
ぜん:・・・
清吉:女郎屋だ。
ぜん:っ!
清吉:まあ、女子(おなご)が一人で生きていくとなりゃあ、やっぱり、な?
ぜん:そんな・・・
ぜん:『それだけは・・・それだけは、あって欲しくなかった!せっかく売られそうになったアイツを助けたのに、結局・・・』
清吉:大丈夫かい?顔色が悪いぜ?
ぜん:(俺の・・・俺のせいだ!何もかも!)
清吉:まあ、親しい相手が女郎になったってんじゃ、無理もねえか。
ぜん:・・・
清吉:けどよ、山崎屋ってのは、かなり手広く商いをやってたんで、女郎達も良い暮らしをしてたって話だぜ。だから俺も・・・
ぜん:「俺も」なんだ?
清吉:あ、いや・・・
ぜん:・・・とらは何でここを出て行ったんだ?
清吉:え?ああ!(少しだけ笑いながら)アイツ「いつまでも俺に甘えるわけにはいかねえ。自分の食い扶持(くいぶち)は自分で稼ぐ」なんて言い出してよ・・・
ぜん:『清吉の口元がわずかに歪んだのを、俺は見逃さなかった。』
清吉:俺の方は、いつまで居てくれても構わなかったんだが・・・
ぜん:嘘だ・・・
清吉:え?
0:ぜん、清吉の襟元を掴む。
清吉:な、何すんだ!放せよ!
ぜん:てめえ!とらを売り飛ばしやがったな!
清吉:っ!
0:回想
とら:なあ、何があったんだよ?
清吉:・・・やっちまった。
とら:え?
清吉:負けたんだよ!それも大負けだ!
とら:博打でか?
清吉:他に何があるってんだ!
とら:・・・
清吉:ちくしょう。アイツらぜってえサイコロに仕掛けしてやがったんだ!でなきゃ、あんな良い出目(でめ)が続くわきゃねえ!
とら:どんくらい負けたんだ?
清吉:もう「すっからかん」だよ!何も残っちゃいねえ。
とら:そんな・・・
清吉:・・・
とら:ま、まあ、そんなに落ち込むなよ。一から出直しだと思えば良いじゃねえか!
とら:オラも手伝うからよ。二人で地道にやっていこう。な?
とら:『出て行くつもりだったが、こうなっては仕方ない。それに、世話になった恩を返す良い機会だ。』
清吉:とら・・・すまねえ。
とら:良いんだ。
清吉:本当にすまねえ。
とら:そんな何回も謝んなよ。
清吉:許してくれ・・・
とら:え?・・・アンタ、一体何の話してんだ?
清吉:もう銭がなくなって、後一勝負すれば取り返せると思ったんだ!だから・・・
とら:まさか・・・
清吉:・・・
とら:銭の代わりに、オラを賭けたとか言うんじゃねえよな?
清吉:・・・すまねえ。
とら:嘘だ・・・オラは、どうなるんだ?
清吉:べ、別に命を取られるわけじゃねえ!行くとこだって、隣町の大きな店だ!
とら:店?何の店だ?
清吉:・・・わかんだろ?
とら:っ!
清吉:お前の器量ならきっと大事にしてもらえる!だから、そんな悪い話じゃねえよ。
とら:・・・ふざけんな。
清吉:え?
とら:ふざけんな!オラは絶対行かねえぞ!
清吉:ま、待ってくれよ!それじゃ困るんだ!
とら:『女郎にだけは、なるわけにはいかない。それは、ぜんの思いを裏切る事になってしまう。』
清吉:頼むよ!俺を助けると思って!な?
とら:自分が博打で負けたからって、人を勝手に売り飛ばしやがって!
清吉:なあ、堪忍(かんにん)してくれよ。
とら:この人でなし!
清吉:・・・なんだと?
0:現在
ぜん:この野郎!よくも!
清吉:お、落ち着けよ!
ぜん:よくもそんな真似を!
清吉:仕方なかったんだ!他にどうしようも・・・
ぜん:この外道が!
清吉:・・・なんだと?
0:回想(回想と現在が交錯)
清吉:おい、こちとら行き倒れそうになってたところを助けてやったんだぞ?
清吉:俺が居なけりゃ、お前はとっくにくたばってたんだ。その大恩人に向かって、ずいぶんな言い草じゃねえか!
とら:っ!
清吉:これまで散々世話してやったんだ。恩返しするのは当然じゃねえのか!ああっ!!
とら:てめえ・・・
0:現在
ぜん:てめえ・・・
清吉:ああ、そうか。お前、アイツに惚れてたのか?
ぜん:っ!
清吉:図星かよ(笑いながら)健気だねえ。まあ、分からんじゃねえよ。アイツは確かに良い女だ。
清吉:ちっと品は足りねえが、器量は良いし、(下品な笑い)あっちの具合は格別だしなあ。
ぜん:(息を呑む)何・・・だと・・・?おめえまさか!
清吉:ああん?何が「まさか」だよ?頂いたに決まってんだろ。
0:回想
0:清吉、とらの両腕をつかむ。
とら:くっ!離せ!
清吉:このまま行かせるのも癪(しゃく)だしよ、ちょいと味見しとくか。
とら:っ!
清吉:その前に、コイツは返してもらうぜ。売れば幾らかにはなんだろ。
とら:『清吉は私の髪から簪(かんざし)を奪い取った。』
とら:あっ!
清吉:こんなもんまで買ってやって、毎日不味い飯も食ってやったのに、結局最後まで靡(なび)かなかったな。
清吉:お前の方から股開かせようと、お上品にしてやったのによ。
とら:おめえ、最初からそのつもりでオラを・・・
清吉:当たりめえだろ?お前みたいな小汚い女、善意だけで世話するやつがいるか?下心があるに決まってんだろうが!
とら:そんな・・・
清吉:回りくどい真似せずに、最初からこうしときゃ良かったんだよな!
0:清吉、とらの着物をはだけさせる。
とら:いやあっ!このっ!(清吉の腕に噛み付く)
清吉:いてっ!このアマ!!
0:清吉、とらを平手打ちする。
とら:うあっ!
清吉:お、良い顔するじゃねえか。(下品な笑い)勝ち気な女のそういう顔、たまんねえんだよなあ。
とら:離せ!離せえ!
清吉:へへへ、諦めろよ。
とら:やめてえ!お願い!
清吉:(興奮しながら)駄目だ、もう我慢できねえ!
とら:助けて・・・ぜん!ぜん!!助けてええええ!!!
清吉:(下品な笑い)いやあ、最高だったぜ。今思い出しても「おっ立って」きちまう。
清吉:でよ、なんか「すんなりいかねえ」と思ったら、なんとアイツ初めてでよ!得したぜ!
ぜん:(怒りに震えている)
清吉:あ、そうか。という事は、アンタ「まだ」だったんだな?そいつは悪いことしたなあ。(大笑いする)あ、何で刀抜いて・・・?
ぜん:うわあああああ!(剣を振り下ろす)
清吉:危ねぇ!何しやがんだ!
ぜん:があっ!(斬りつける)
ぜん:『俺は剣を振るった。だが、頭に血が上った俺の斬撃は精度を欠き、清吉にかわされてしまう』
清吉:この野郎・・・刀抜きゃあ、怖気付く(おじけづく)とでも思ってんのか!?
ぜん:『清吉が懐から短刀を取り出した』
清吉:俺は博徒(ばくと)だぜ?修羅場ならいくつもくぐってきたんだ!
ぜん:やあああ!(剣を振る)
清吉:おっと!(かわす)そんな大振りじゃ当たんねえよ。お前、真剣抜いたの初めてか?
ぜん:(荒い呼吸)
清吉:そらあっ!(斬りつける)
ぜん:うぐっ!
清吉:ははは!侍も大したことねえなあ!
ぜん:『清吉の短刀が、俺の腕を斬りつけた。血が、手を伝って(てをつたって)床に流れ落ちる』
清吉:どうした?あ?来ねえのかよっ!?
ぜん:くそおおお!
ぜん:『俺は渾身の斬撃を放った。しかし・・・』
ぜん:ぐっ!?
清吉:(笑いながら)お前何やってんだよ?
ぜん:『剣が、長屋の天井に突き刺さって抜けなくなってしまった』
清吉:(笑いながら)部屋の中で長刀振り回すからだよ!武芸の初歩じゃねえか、俺でも知ってるぜ。
ぜん:(引き抜こうとしながら)ぐっ!・・・くそっ!・・・
清吉:間抜けな奴。
清吉:大体、女を傷物(きずもの)にされたぐらいでなあ・・・刀振り回してんじゃねえよ!
ぜん:があああああ!!
清吉:なっ!?
ぜん:『俺は刀を振り下ろした』
清吉:っ!こいつ・・・天井ごと斬ってきやがった。
ぜん:・・・
清吉:(天井を見て)あっ!てめえ!天井にでっけえ傷が付いたじゃねえか!どうしてくれんだよ!?
ぜん:・・・
清吉:もう容赦しねえぞ・・・あれ?
ぜん:・・・
清吉:なあ、お前・・・・・・
清吉:俺の右手、どこいったか知らねえか?
ぜん:・・・
清吉:お、おっかしいなあ。さ、さっきまで腕にくっついてたはずなのによう。
清吉:あ、床に落っこちてるじゃねえか。あ、あれ?何でだあ?
清吉:あ・・・
清吉:痛い・・・・・・痛い・・・痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!!
ぜん:らあっ!(斬りつける)
清吉:がっ!痛え・・・痛えよお!!
ぜん:だあっ!(斬りつける)
清吉:ぎゃっ!や、やめてくれ!もう斬らねえでくれよう!
ぜん:やあっ!(斬りつける)
清吉:あうっ!痛えって言ってるじゃねえか!
清吉:(泣きながら)もう勘弁してくれ。俺が悪かったよう。謝るからよう。
ぜん:うがあっ!(斬りつける)
清吉:ぐふっ!誰かあ!助けてくれええ!
清吉:人斬りだあ!人斬りが、ここにいるんだああ!!
ぜん:『声が聞こえた。』
先生:『とどめをさせ!』
ぜん:うがあっ!
清吉:うあっ・・・
ぜん:『その一撃が脳天に直撃すると、清吉はばたりと倒れて動かなくなった』
ぜん:『俺は動かなくなった清吉の体めがけて何度も剣を叩きつけた。』
ぜん:(剣を振り下ろしながら)ああっ!ああ!ああ!ああ!ああ!ああ!ああ!ああ!
ぜん:『感触が変わった。剣が折れたのだ。俺はようやく、剣を振るのを辞めた。』
ぜん:『辺り一面、血の海だった。床も壁も天井も。俺の足元には、かつて人であった、肉の塊(かたまり)が転がっている。』
ぜん:(崩れ落ちながら)うぅぅぅぅぅ・・・あぁぁぁぁぁ!!!
0:町中
ぜん:(ふらふらと歩いている)
ぜん:『俺は町を歩いていた。体は返り血で真っ赤に染まり、右手には折れた剣、虚ろな目をしたまま、ふらふらと歩いていた』
ぜん:『すれ違う人は、驚いた表情で俺を見ていた。悲鳴を上げる者もいる』
ぜん:(人を・・・斬っちまった・・・)
ぜん:『とらの受けた仕打ちに対する怒りと哀しみ、人を斬ったことに対する罪悪感・・・俺の心はぐちゃぐちゃだった』
浪人:(ぜんの背後から声をかける)おい。
ぜん:?(振り返った瞬間)
浪人:剣を返せ!(斬りつける)
ぜん:がはっ!(倒れる)
ぜん:『胸に鋭い痛みが走った。』
浪人:(折れた刀を拾い上げ)これ・・・俺の剣か!?
浪人:おのれ、せっかくの名刀を!
ぜん:(苦しそうな息遣い)
ぜん:『胸の痛みは全身に広がり、体中が熱くなった。段々と意識が薄れていく・・・』
浪人:許さん!
ぜん:(・・・死ぬのか)
ぜん:(・・・そうだな。こんな苦しい想いを抱えたまま生きるよりは、いっそ・・・)
浪人:・・・随分と苦しそうだな。今とどめを刺してやる!
ぜん:『薄れゆく意識の中で、俺の目は近づいてくる人影を捉えた』
一刀斎:(ぜんを見下ろしながら)無様だな。
浪人:っ!?何だ貴様は?
ぜん:せん・・・せい・・・
一刀斎:(視線を浪人に向け)こいつの師だ。
浪人:何!?(剣を構える)弟子を救いに来たか!
一刀斎:ただの散歩だ。
浪人:戯言を!
ぜん:『先生が浪人と対峙する』
浪人:なっ!?扇子(せんす)だと!まさかそれで俺の相手をすると言うのか!
一刀斎:そうだ。
浪人:馬鹿にしおって、覚悟しろ!
一刀斎:お前がな。
ぜん:『先生の体から、殺気が放たれる。浪人の顔から血の気が引いた』
浪人:ぐっ!
一刀斎:どうした?こんな扇子が怖いのか?
浪人:ふ、ふざけるな!はあああ!
ぜん:『浪人は斬撃を放った。だが、その切っ先は、先生の鼻先をかすめただけだった』
浪人:そんな!
一刀斎:はっ!
ぜん:『先生の扇子が、浪人の頭を打った』
浪人:っ!
ぜん:『浪人は崩れ落ちるように倒れ、少しの間はびくんびくんと痙攣していたが、やがて動かなくなった』
一刀斎:(扇子をしまいながら)つまらん。
ぜん:(先生は・・・扇子で、人を殺せる・・・)
一刀斎:(ぜんを見下ろす)
0:宿
夜鷹:ああ、おかえり・・・って一体どうしたんだい!?
一刀斎:(担いでいたぜんを畳の上に下ろす)
ぜん:うぅ・・・
夜鷹:すごい血じゃないか!ああ、どうしよう!どうしよう!
一刀斎:おい。
夜鷹:このままじゃこの子死んじゃうよ!い、医者!そうだ医者を・・・
一刀斎:おい!
夜鷹:ひっ!何だよ!?
一刀斎:宿の者から酒をもらってきてくれ。
夜鷹:はあ!?酒なんか飲んでる場合かい!
一刀斎:阿保、飲むためではない。あと、針と糸もだ。
夜鷹:え?まさかあんたが縫うのかい?
一刀斎:お前がやるか?
夜鷹:出来るわけないだろ!医者を呼んだ方が良いんじゃないかい?
一刀斎:それは後だ。早く血止め(ちどめ)をしないと、こいつは死ぬ。
夜鷹:でも・・・
一刀斎:急げ!
夜鷹:ああもう!わかったよ!
0:夜鷹、急ぎ部屋を出て行く。
ぜん:(うめき声)
一刀斎:「痛みを感じるな」と教えたのを忘れたか?
ぜん:俺・・・は・・・
一刀斎:せっかく初めて人を斬ったんだろう?ここで死んでは勿体無いぞ?
ぜん:・・・
0:時間経過
夜鷹:ほら、もらってきたよ!
一刀斎:まずは酒だ。よこせ。
夜鷹:は、はい。(とっくりを渡す)
一刀斎:(酒を口に含み)
一刀斎:(傷口に吹きかける)
ぜん:ぐうっ!
夜鷹:ひぇっ・・・
一刀斎:次は針と糸だ。
夜鷹:は、はいよ。(針と糸を渡す)
一刀斎:動くなよ。手元が狂ってもしらんぞ。(縫い始める)
ぜん:ううううう!
一刀斎:わめくな。舌を切り落とすぞ。
ぜん:ふぅっ!ふぅっ!ふぅっ!
夜鷹:ど、どれ、汗でも拭いてあげようかね。
一刀斎:触るな!
夜鷹:ひぃっ!
ぜん:『体中を激痛が走る。俺はうめき声を上げ続けた。』
ぜん:『しかし先生は、そんなことは意に介さない様子で、淡々と縫い進めていく』
一刀斎:あと半分くらいか。
ぜん:せん・・・せい・・・
一刀斎:ん?
ぜん:死な・・・せて・・・
一刀斎:・・・
ぜん:死な・・・せ・・・(失神)
夜鷹:気を失ったみたいだね。
一刀斎:おい。
夜鷹:なんだい?
一刀斎:何をぼさっとしている?医者を呼んでこい。
夜鷹:へ?あんた「それは後だ」って・・・
一刀斎:今がその「後」だ。
夜鷹:ええ・・・
一刀斎:さっさと行け!
夜鷹:わ、わかったよ!全く人使いが荒いねえ!(部屋を出て行く)
一刀斎:おい。
ぜん:・・・
一刀斎:俺はまだ楽しんでいないぞ。
一刀斎:お前は俺が拾ったのだ。だから、勝手に死ぬことは許さん。
一刀斎:お前は、俺の物だ。
0:ニ年前、山崎屋
とら:『鏡が私を写し出す。肌にはおしろいを塗り、髪を結い、唇には紅(べに)をさした、一年前とは別人になった私を。』
とら:『私の後ろでは、男がいびきをかいて寝ている。今晩はこの男で何人目だったろうか?』
とら:『毎夜毎夜、数人の男が入れ替わり立ち替わり現れては、私を抱いて行く。』
とら:『私の心は死んでしまった。もう、何も感じない。悲しいとも、辛いとも、もう何も。』
とら:(もう、ここで終い(しまい)にしよう。)
とら:『私は、行燈(あんどん)の枠を外し、蝋燭(ろうそく)を手に持つ。そして、畳の上に落とした。』
とら:『火はあっという間に炎となった。寝ていた男は炎に気付いて飛び起き、ふんどし姿で悲鳴をあげながら出て行った。』
とら:『炎はどんどん大きくなる。真っ黒な煙が、私の視界を覆う。』
とら:『障子(しょうじ)が勢いよく開け放たれた。入ってきたのは、店に雇われている男達だ。』
とら:『男達は呆然と立ち尽くす私を担ぎ上げた。彼らは店にとって大切な「商品」である私達を守る役目を負っていたのだ。』
とら:『私は男に運ばれながら、広がる炎と、それによって崩れ落ちる店を見ていた。全てが灰と塵に化していく光景は、神秘的だとさえ思えた。』
とら:(私も、消えてなくなりたい・・・)
0:宿
ぜん:(杖をつきながら宿の廊下を歩く)くっ・・・うっ・・・
夜鷹:あっ!何やってんだい!寝てなきゃ駄目じゃないか!
ぜん:もう・・・大丈夫・・・
夜鷹:大丈夫なわけないだろ!どれだけの怪我だったと思ってるんだい!
ぜん:先生が、三日後に発つ(たつ)って言ってたから、今のうちに、体を動かしておかないと・・・
夜鷹:三日後!?そんな無茶な!弟子の体を何だと思ってるんだい!
ぜん:先生は、そういう人だから・・・
夜鷹:あんた、聞き分けが良すぎるよ。
ぜん:本当に大丈夫だから。それよりあんた・・・
夜鷹:ん?
ぜん:その格好・・・旅支度(たびじたく)じゃないか。どこかへ行くのか?
夜鷹:ああ、そろそろ元の夜鷹暮らしに戻ろうかと思ってね。
夜鷹:あんたらと一緒の生活は楽だけど、人の世話になりっぱなしってのは、どうも居心地が悪くてね。
ぜん:そうか。世話になったな。ずっと看病してくれたんだろ?ありがとう。
夜鷹:何言ってんだい、礼を言うのはこっちの方さ。しばらくぶりに、人間らしい暮らしをさせてもらったよ。
ぜん:・・・なあ。
夜鷹:なんだい?
ぜん:・・・女郎でいるってのは、やっぱり辛い事か?
夜鷹:・・・そうさねえ。まあ、楽ではないね。いつおっ死(ち)んじまうかも分かんないし。
ぜん:・・・
夜鷹:でもさ、良い事だってあるよ。あんたらみたいな、良い人に出会えたり、とかね。
ぜん:・・・そうか。
夜鷹:それに気楽だしね。私の性(しょう)には合ってるんだよ。
ぜん:・・・
夜鷹:・・・でもね、一つだけ心残りがあるんだ。
ぜん:心残り?
夜鷹:(ぜんの耳元で囁く)あんたの「初めて」を、もらい損ねちまった事さ。
ぜん:う・・・
夜鷹:・・・
夜鷹:(吹き出す)
ぜん:(笑う)
夜鷹:・・・あの「先生さん」と一緒じゃ、命がいくつあっても足りないだろうね。それでも・・・
0:ぜんの肩に手を添える。
夜鷹:何があっても、命を粗末にするような真似だけは、するんじゃないよ。
ぜん:・・・ああ。
0:中庭
一刀斎:よう。
ぜん:『中庭に出ると、先生が岩に腰掛けていた。その手には、俺が折ってしまった剣があった』
一刀斎:せっかくの剣をこんなにしおって。
ぜん:・・・すみません。
一刀斎:何故俺に謝る。
ぜん:・・・
一刀斎:こっちへ来い。
ぜん:『先生はそう言うと、帯に差していた脇差(わきざし)を鞘ごと抜き、俺に差し出した。』
一刀斎:ほれ。
ぜん:え?
一刀斎:くれてやる。
ぜん:先生の、脇差を?
一刀斎:長刀は自分で何とかせい。
ぜん:・・・ありがとう、ございます。
0:ぜん、脇差を受け取る。
一刀斎:そうだ、名は?
ぜん:え?
一刀斎:お前の名だ。
ぜん:『弟子入りして半年以上経つというのに、先生は俺の名前を覚えていなかった。』
ぜん:ぜん、です。
一刀斎:そうか・・・
ぜん:『先生は何かを考えこむように視線を空に向けた。そして、ぽつりと呟いた。』
一刀斎:善鬼(ぜんき)だ。
ぜん:ぜん、き?
一刀斎:善き(よき)鬼と書いて善鬼。これからはそう名乗れ。
0:つづく